2012-09-13
司法が認定した「慰安婦」制度の実態
坪川宏子・大森典子『司法が認定した日本軍「慰安婦」――被害・加害事実は消せない!』(かもがわブックレット、2011年)を読んだ。定価600円、頁数64頁の薄いブックレットなので、数時間もあれば読了できる。
1991年に「従軍慰安婦」制度の被害者が初めて名乗り出てから20年以上が経過したが、その間、各国の被害者が日本政府を相手に謝罪と賠償を求めた裁判は全部で10件に上り、2010年3月の海南島事件最高裁判決をもって、すべての裁判が終了した。裁判の結果は、これから述べる下関判決を除き、いずれも賠償請求を認めるものではなく、その意味では原告敗訴に終わったのだが、多くの判決はその中で原告たちの被害を明確に認定し、軍の行動を厳しく非難している。本ブックレットは、これら10件の判決のうち、事実認定を行った8件(他の2件は被害を否定したのではなく、単に事実認定を行わず結論を導いた)の判決で認定された「背景事情と被害事実」を網羅している。
その目的は、(下の記事でも指摘したように)近年、「軍による強制はなかった」等の政治家やマスコミによる歴史歪曲発言(報道)が繰り返され、「慰安婦」は「商行為(売春婦)」だったなどの暴言も公的に反論されない状況が続く中で、多くの人々には何が真実なのかが曖昧にされる状況が強まっていることに危機感を抱いた筆者らが、裁判所という日本の国家機関によって認定された「事実」をもっと広く周知・広報する必要があると考えたことである。本ブックレットに記載された事実はあまりにも痛ましく、人間の尊厳をこれほど根底的に蹂躙する行為は他には考えられないほどである。引用するのも憚られるほどではあるが、安い本なので、一人でも多くの方が本書を手に取られることを希望する。
以下では、本書に引用されている10件の訴訟のうち、唯一、原告が(一部)勝訴した関釜元慰安婦訴訟第一審山口地方裁判所下関支部判決(1998年4月27日)の全文を入手したので、その一節を抜粋引用する。
関釜元慰安婦訴訟第一審・山口地方裁判所下関支部1998年4月27日判決(抜粋)
(1) 慰安婦原告らが、いずれもその貧困のため、慰安所経営者と思われる人物の甘言に乗せられ、不任意に旧日本軍の関与する慰安所に連行され、監禁同然にして、長期間、慰安婦として旧日本軍人との性交を強要されたこと、同原告らが被った肉体的・精神的苦痛は極めて苛酷なものであり、帰国後もその恥辱に苛まれ、今なお心身ともに癒すことのできない苦悩のうちにあることは、前記事実問題においてみたとおりである。
そして、この従軍慰安婦制度が、原告らの主張するとおり、徹底した女性差別、民族差別思想の現れであり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、しかも、決して過去の問題ではなく、現在においても克服すべき根源的人権問題であることもまた明らかである。
例えば、甲一四(四五頁以下)に次の資料がある。
昭和一三年三月、常州駐屯間内務規定、独立攻城砲兵第二大隊
第九章 慰安所使用規定
「単価
使用時間は一人一時間を限度とす
支那人 一円〇〇銭
半島人 一円五十銭
日本人 二円〇〇銭」
「慰安所内に於て飲酒するを禁す」
「女は総て有毒者と思惟し防毒に関し万全を期すべし」
「営業者は酒肴茶菓の饗応を禁す」
「営業者は特に許したる場所以外に外出するを禁す」
慰安所という名の施設の「使用」規定であり、「使用」単価、料金であり、「使用」限度時間である。酒肴茶菓の饗応、接待もなく、ただ性交するだけの施設がここにあり、慰安婦とはその施設の必需の備付品のごとく、もはや売(買)春ともいえない、単なる性交、単なる性的欲望の解消のみがここにある。そして、前記事実問題でみた慰安所開設の目的と慰安婦たちの日常とに鑑みれば、まさに性奴隷としての慰安婦の姿が如実に窺われるというべきである。しかも、使用単価に現れた露骨な民族差別。希少性ないし需給法則のゆえに日本人の単価が高かっただけではあるまい。
(2) (略)
(3) (前略)従軍慰安婦制度は、その当時においても、婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約(一九二一年)や強制労働に関する条約(一九三〇年)上違法の疑いが強い存在であったが、単にそれのみにとどまらず、同制度は、慰安婦原告らがそうであったように、植民地、占領地の未成年女子を対象とし、甘言、強圧等により本人の意思に反して慰安所に連行し、さらに、旧軍隊の慰安所に対する直接的、間接的関与の下、政策的、制度的に旧軍人との性交を強要したものであるから、これが二〇世紀半ばの文明的水準に照らしても、極めて反人道的かつ醜悪な行為であったことは明白であり、少なくとも一流国を標榜する帝国日本がその国家行為において加担すべきものではなかった。にもかかわらず、帝国日本は、旧軍隊のみならず、政府自らも事実上これに加担し、その結果として、先にみたとおりの重大な人権侵害と深刻な被害をもたらしたばかりか、慰安婦原告らを始め、慰安婦とされた多くの女性のその後の人生までをも変え、第二次世界大戦終了後もなお屈辱の半生を余儀なくさせたものであって、日本国憲法制定後五〇年余を経た今日まで同女らを際限のない苦しみに陥れている。
ところで、このような場合、法の解釈原理として、あるいは条理として、先行法益侵害に基づくその後の保護義務を右法益侵害者に課すべきことが一般に許容されている。そうであれば、日本国憲法制定前の帝国日本の国家行為によるものであっても、これと同一性ある国家である被告には、その法益侵害が真に重大である限り、被害者に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の法的作為義務が課せられているというべきであり、特に、個人の尊重、人格の尊厳に根幹的価値をおき、かつ、帝国日本の軍国主義等に関して否定的認識と反省を有する日本国憲法制定後は、ますますその義務が重くなり、被害者に対する何らかの損害回復措置を採らなければならないはずである。しかるに、被告は、当然従軍慰安婦制度の存在を知っていたはずであるのに、日本国憲法制定後も多年にわたって右作為義務を尽くさず、同女らを放置したままあえてその苦しみを倍加させたのであり、この不作為は、それ自体がまた同女らの人格の尊厳を傷つける新たな侵害行為となるというべきである。
そして、遅くとも従軍慰安婦が国際問題化し、国会においても取り上げられるようになった平成二年(一九九〇年)五、六月ころには、右不作為による新たな被告の侵害行為は、それ以前の多年にわたる放置と元慰安婦女性の高齢化、労働省職業安定局長による「民間業者が云々」との政府答弁(別紙一の第八の一5参照)、さらには、そのころまでには明確に自覚されるに至った女子差別の撤廃と性的自由の思想等々とあいまっていよいよその人権侵害の重大性と救済の必要性を増し、違憲的違法性を帯びるものとなったということができる。
(4) (前略)そして、これに加えるに、そのころまでには、ドイツ連邦共和国、アメリカ合衆国、カナダにおいて、第二次世界大戦中の各国家の行為によって犠牲を被った外国人に対する謝罪と救済のための立法等がなされた事実もまた明らかになっており(別紙一及び二のとおり、当事者間に争いがない。)、これら先進諸国の動向とともに従軍慰安婦制度がいわゆるナチスの蛮行にも準ずべき重大な人権侵害であって、これにより慰安婦とされた多くの女性の被った損害を放置することもまた新たに重大な人権侵害を引き起こすことをも考慮すれば、遅くとも右内閣官房長官談話が出された平成五年(一九九三年)八月四日以降の早い段階で、先の作為義務は、慰安婦原告らの被った損害を回復するための特別の賠償立法をなすべき日本国憲法上の義務に転化し、その旨明確に国会に対する立法課題を提起したというべきである。そして、右の談話から遅くとも三年を経過した平成八年八月末には、右立法をなすべき合理的期間を経過したといえるから、当該立法不作為が国家賠償法上も違法となったと認められる。
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