男女ともに読めるように意識しています
田中……単行本で一般文芸を発表される前から、桜庭さんはライトノベルの『GOSICK』シリーズで有名な作家さんでした。私はミステリ小説を読んで犯人がわかったことがなかったのですが、『GOSICK』では初めて自分で謎が解けました。
桜庭……『GOSICK』は子供が読みやすい娯楽小説を書くというところから始まった作品です。伏線を拾ったり、どんでん返しを予期したり、とミステリ特有の読み方があると思いますが、その読み方を知らない若い読者のために、伏線に傍点を振ったり、謎解きの前に事件をおさらいする回想シーンを入れています。中高生に向けて書いていますが、そうやってわかりやすくしたためか最近では小学生の読者もいますね。
高橋……この作品では、子供たちが憧れそうなアイテムも盛り込まれていますね。
桜庭……自分が子供のころ好きだったものを描いています。『赤毛のアン』や『小公女』で読んだ、ギンガムチェックの服やトランクなどは、きっといまの子供たちも好きだろうと。ミステリの要素がありながら、冒険物だったり恋愛物だったり、大人も子供も楽しめるシリーズにしたいと考えていました。
溜まっていた暗い題材で書いた第二のデビュー作
田中……私ははじめて読んだ桜庭さんの作品が『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』でした。知人に薦められたのがきっかけです。
桜庭……この作品を書いたのは『GOSICK』を三巻まで書いた頃で、あの作品に入りきらない、暗い側面のある材料が自分の中に溜まっていました。このまま暗い題材を埋めておいたら、そういうものを書かない作家になってしまうという焦燥感もあって書き上げたのが、この『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』です。生の感情を剥き出しにして、短期間で一気に書きましたし、私にとっては第二のデビュー作のようにも感じています。
高橋……この作品は文庫から単行本になりましたが、女の子二人のイラストを使った文庫の装丁は、女性としては手に取りにくいものでした。実際に読んでみたところ、「男性のラノベ読者は、こんな素晴らしい小説を読んでいたのか!」と思いました。
桜庭……以前にお会いした年配の男性読者の方も、「これ、面白かったですよ」とこの小説を持っていらしたときに、文庫のカバーは外されていましたね(笑)。単行本の装丁は、手書き文字のタイトルに水玉模様のかわいいイメージ案なども出ましたが、落ち着いた雰囲気で大人の読者が手に取りやすいものにしてほしいとお願いしました。
田中……『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』は単行本になったおかげで、私たち書店員も売りやすくなったと思います。若いお客様は文庫のほうが手に取りやすいでしょうし、そういう意味では選択肢が増えましたね。単行本にする際、内容に手を加えたりはされましたか?
桜庭……いま読み返すと気になるところはありますが、書いたときの勢いを思うと、粗削りで野蛮な力に満ちていることがこの小説の美点だと感じたので、改稿しませんでした。ただ、映画館の上映作品を「トム・クルーズ主演の最新作」と書いたのですが、ほんの二年のあいだになぜかトムが微妙な人になってしまった。ジョニー・デップに替えようかとも思ったけれど、何年か経っていろいろ変わったら困るし、結局「ハリウッドスター主演の恋愛映画」に変えました。
高橋……いままでの作品もそうですが、桜庭さんの小説は戦う少女がテーマのものが多いですね。読者には女性を想定されていますか?
桜庭……とくに女性だけというわけではありません。若い女性が主人公でも、年齢や性別がさまざまな人が共感できる、普遍性のある物語にしたいと意識しています。
一対一の関係を書くのが好き
田中……『少女七竈と七人の可愛そうな大人』は、本の装丁がとてもきれいですね。この作品から桜庭さんを読み始める人にとっても、他の作品に繋がっていくきっかけとなる小説だと思います。
高橋……美しい娘と破天荒な母親との対比が印象的ですね。母親も掘り下げていくとひとりの女性にすぎないのだなあと痛感しました。
桜庭……恋人、友人、犬と飼い主など、一対一の深い関係を書くのが好きなので、母と娘もそのひとつの形ですね。対照的な二人の関係から徐々にテーマが浮かびあがってくる。自分の中に、親になっても大人になれない人間に対する脅威と共感が同時にあったので、この母娘は描きながら怖く、楽しかったです。
田中……私自身、「母も女なんだ」と気づいて驚いたことを思い出しながら読みました。こういう親を持つと子供のほうが逆に大人になっていく感じがしました。今後自分がどんな親になっていくのかわかりませんし、もう少し年を重ねてから読み返すと、また違った受け取り方ができる作品です。
桜庭……いま、10代の子供たちが学校の朝の読書の時間に読んだり、図書館で借りてくれているようです。一方で、子供に薦められて読んだお母さんから手紙をもらったり。子供が母親が、この物語をどんなふうに読んだのか気になりますね。
自分が面白いと思ったものをくっつけ小さな村を
田中……日本推理作家協会賞を受賞された『赤朽葉家の伝説』は、桜庭さんのご出身でもある鳥取を舞台に、時代背景を盛り込んだ女性三代の話に仕上がっていますね。
桜庭……日本の近代史を絡めた、女三代の話をいつか書きたいと思っていましたが、壮大なテーマですし、重厚な小説に仕上げるのは大変なことなので……。でも、自分はどうしてもいまこれを書かなくては、とも感じていました。
高橋……この作品はゲラをいただいて読んだのですが、読んですごい作品だなと思いました。第三部のラストシーンがとくに印象的で、余韻に浸れる素敵な終わり方が好きです。第二部の毛毬のシーンでは、ぱらりらぱらりらと走る暴走族が出てきますが、本当に鳥取にいるんですか?(笑)
桜庭……いや、ここまでの人たちは……。不良の巣窟、寂れた繁華街などモデルになっている場所は幾つかありますが、実際の鳥取とは違いますよ(笑)。舞台としての架空の鳥取をつくるとき、『GOSICK』や七竈と同じ手法ですが、一度、舞台をからっぽにしました。山、港、製鉄所、真っ赤な大屋敷、とからの舞台に大道具を置くようにして、おもしろいと思った要素のみで演劇的な空間をつくりました。
田中……この作品は分量が多いですし、ある程度覚悟して読まないといけませんが、発売してすぐに店頭での動きがよく、嬉しかったですね。
桜庭……若い人は二段組みの本を読み慣れていないかも、と心配でしたが、中高生の子もいつもどおりすぐ読んでくれて、嬉しかったです。また、この作品で40、50歳代の方にまで読者が広がった気がします。サイン会でも「たぶん僕が一番年上だと思います」と仰る方が何人もいて、それも嬉しかった(笑)。
高橋……桜庭さんの作品の読者は、ここ一年ですそ野が広がっているように感じますね。桜庭さんは一般向けの文芸とともに、ライトノベルの『GOSICK』シリーズもきちんと売れているのがすごいです。
自分でもポップな作品を書きたかった
高橋……新刊の『青年のための読書クラブ』は女子高が舞台の連作短篇集ですね。
桜庭……担当編集者がミッション系の学校に十二年間通っていた方で、私の学生時代とはかなりギャップがあって面白かったんです。彼女の学校を取材させてもらい、西洋の教養小説に出てくるような寄宿舎生活と、吉屋信子の少女小説に出てくる女学校を合わせたイメージで書きました。
田中……聖マリアナ学園の創立までの秘密も、第二章で語られていて、全体にからくりがある小説に仕上がっていました。前作の『赤朽葉家の伝説』はただただ圧倒されて読み終えましたが、今回はひたすら楽しかったです。
桜庭……自分でもポップでアバンギャルドな作品を書きたい気分だったんです。第一章が独特な雰囲気を持つ話になったので、第二章以降も、世界観は第一章と共通しつつも独自の物語になるように書こうとしたら、思ったよりも時間がかかりましたね。不思議な学園の創立から消失までの百年間の歴史を描きつつ、外の世界の変化も織り込みました。
高橋……最終章に出てくる中野ブロードウェイの喫茶店はいいですね。あんな喫茶店があったらぜひ行ってみたいです。
桜庭……あれは、じつはモデルになった喫茶店があります。昔からお友達だったらしき、常連の上品なおばあさんたちがいっぱいいて、喫茶店だけど古い社交場的で素敵なんです。あと、最後の章で老女になったかつてのクラブ員が出てくるのは、物語の前のほうに出てきた人物が、読者がすっかり忘れた頃にシレッとまた出てくる、海外の昔の大河小説が好きなので、自分でもその手法を使ってみました。
高橋……とくにどのキャラクターに思い入れがありますか?
桜庭……一番感情移入したのはアザミですね。同じ年頃の人間が集まって、同じ制服を着せられると、美であれ醜であれ、人と異なる部分が否応なく目立ってしまう。その居心地の悪さを美で表現しようとしたのが七竈で、知がアザミです。誰の中にもある、人と違う部分を醜い聖痕のように感じる、プライドと表裏一体のコンプレックスを描きたかったです。
田中……私が所属していた読書系のサークルには代々続いているノートがあって、自分が知っている先輩が書いたものを読むととても面白かった。そんなことを思い出しながら読み進めました。
桜庭……仕事で会う編集さん、書店員さん、それからサイン会で会う読者の人たちとも、「かつて本を読む学生だった」という共通点があるように感じて、不思議な親しみを覚えることがあります。この『青年のための読書クラブ』を通じて、書く人、売る人、読む人、みんなして、まるで同じ「読書クラブ」のOGだったような気分を共有できたら楽しいな、と思います。
田中……女の子たちが読んでいる小説がとても気になりました。どうやって選ばれたのですか?
桜庭……だいたいの粗筋を決めてからどんな本を登場させるかを決めていきましたが、選んだ本の内容が、書きながら作品世界に溶け込んでいった感じもします。「読書好きな子だったら読んでいるだろうなあ」という本もありましたし、「こういうキャラクターの子はこれが特別好きだろう」という作品もありました。
田中……書きながらその本を読み直されたりはしませんでしたか?
桜庭……それはありましたね。本を読むときに、好きなフレーズがあるとそのページを折っているので、もともと好きだった台詞をここぞとばかりに引用したものもあります。
高橋……やはり本にまつわる言葉が作中に入っていると、書店員としては燃えますよね。図書館という言葉などにも弱い(笑)。桜庭さんの作品はタイトルも素晴らしいです。
桜庭……いままで「少女」がつくタイトルの作品をいくつか発表していることもあって、今回はあえて「青年」にしました。ただこの『青年のための読書クラブ』というタイトルで「桜庭一樹」という作家名だと、男が書いた女子高物と思われないか心配です(笑)。書店に行っても女性作家の棚に自分の作品があるか、つい確認してしまいます。
高橋……桜庭さんのように海外文学をたくさん読んできている作家の方の作品は、読んでいて楽しいです。ある意味、これからの読書の指標にもなるので、若い読み手を海外文学に引き込みやすくもなります。『青年のための読書クラブ』に出てくる本のリストをつくって、店頭で棚をつくろうと思っています。
桜庭……昔の海外文学って、個性的な人物が歴史の波に巻きこまれて大冒険をする内容のものが多くて、いま読んでもエンタメとして面白いんですよね。いまの子供たちが、敬遠せずにそういう小説に触れるきっかけになれたらうれしいです。きっかけといえば、書店のPOPを見て、未読だった傑作を手に取ることが私も多いですね……。書店での本選びは、平台に積まれてるラインナップが頼りなので、「これはお薦め!」というのを平台やPOPで教えてくれたら嬉しいです。あ、もちろん、私の作品もこれからもどうぞよろしくお願いします。
(構成/松田美穂)
桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年デビュー。2003年開始の『GOSICK』シリーズで多くの読者を獲得し、翌年の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。07年、『赤朽葉家の伝説』で第六〇回日本推理作家協会賞を受賞。『赤朽葉家の伝説』は、第二八回吉川英治文学新人賞、第一三七回直木賞候補となる。他の著作に『少女には向かない職業』(東京創元社)『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(角川書店)など多数。
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