【第1回】
――桜庭さんご自身、大きな締めくくりと表現されている『ファミリーポートレイト』(08年)以降、『赤朽葉家の伝説』(06年)のスピンアウト作品『製鉄天使』(09年)、ラテンアメリカ文学からの影響が著しい説話的短編 連作集『道徳という名の少年』(10年)、そして滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』を換骨奪胎した初の時代劇『伏 贋作・里見八犬伝』(同)と、桜庭さんの表現世界の拡がりを見て取ることができます。『ばらばら死体の夜』は、卓越した心理サスペンスであり、桜庭さんの関心がミステリに再び立ちかえった印象を受けます。
桜庭 確かに『ファミリーポートレイト』で、自分の中にあるすべてを書き尽くした感覚がありました。『ファミリーポートレイト』では、主人公コマコの母親が行方不明になります。『私の男』(07年)でも主人公の父親が姿を消しますが、両者とも完全な死を書いていません。次に書くべきテーマとして、「誰かが死んだ後にその人を送り葬る物語」が自然に浮かびあがってきました。いま「傷痕」という長編小説を書いています。この作品では国民的なスターが亡くなった後、残された人々はどのように生きていけばいいかという問題を取り扱っています。現在の私の関心は、そこに集約していると思います。 ――桜庭作品では物語の舞台が重要な要素としてありますが、今回、神田神保町を選ばれました。出版社や古書店など本に関わりのある街ということで、桜庭さんのイメージにジャストフィットした舞台設定だと思いました。 桜庭 東京を舞台にして書くことに決めて、簡単なプロットを作成しました。その後、舞台はどこにしようか考えました。都内のいろんな街をピックアップしてみたのですが、大きたテーマとして「お金」があったので、お金や経済といったものと遠いイメージの街を舞台にした方がテーマが際立つのでは、と考えました。どなたかのエッセイで読んだのですけれど、宇多田ヒカルが十代で颯爽とデビューして、印税がこれだけ入ったとメディアで騒がれていたときに、宇多田ヒカルの話題を出す人には二種類の人がいた、と。こんなに若くて自己表現したいことがあって多くの人に聴いてもらえてうらやましいという人と、お金がたくさん入ってうらやましいという人。エッセイの著者は、夢を持っている人は歌を聴いてもらうことにうらやましさを感じ、夢を失っている人はお金のことをうらやましく思う、と書かれていました。そのことがずっと頭にありました。 ――主人公白井沙漠が下宿する、泪亭と呼ばれる古書店の佇まいの描写が独特です。沙漠の住む二階の部屋は十畳敷きで、三つの丸い窓が特徴的です。 桜庭 神保町の、ある鰻屋さんの二階に丸い窓が付いているんです。あの建物はどうも怪しいということになって(笑)、そのイメージを元に、一階を鰻屋さんではなく古書店にして、二階には不思議な円窓がある古書店ぽくない異空間として造型してみました。 |