ベナブルズ 本日は、ヨーロッパの統合について3つの観点からお話したいと思います。そして、最後に、ヨーロッパの経験から何を学んだら良いか、少しお話して、他の地域のお役に立てればと思っております。 ●EUの歩み、プログラムと制度が支えに まず、EU(欧州連合)がどのように発展してきたか、歴史的におさらいしてみたいと思います。まず、EUは加盟国の数を増やして拡大してきました。当初の6カ国が現在は、25カ国、4億5500万人を擁しています。それとともに、統合を深化させてきました。関税同盟として始まり、1990年前半に単一市場構想をスタートさせ、通貨同盟に至っています。 この歩みを振り返ると、特徴としては、まず非常に野心的なプログラムがありました。ローマ条約で、4つの自由、つまり、モノ、サービス、資本、労働力の移動の自由をうたった。EUの歴史の中で非常に野心的なプログラムを追求してきたということが1つ。 もう1つは、機関的な枠組みです。4つの機関が重要だと思います。力の強弱はありますが、欧州議会、欧州委員会、評議会、それから裁判所。EUに新しく加盟した国は、様々な共同体としての規制や法律的な枠組みを、自国の中に取り込んでいかなければならない。これがEUの深化の中で非常に重要だった。 ここで、2つの疑問を提起します。まず、EUの統合には、どんな利益と、そして損失があったのかということです。もう一つは、地理的な観点から、こうした利益や損失がどのように分配されてきたのか、ということです。個人の利益、損失もありますが、各国間で、また同じ国の中で、得をしたところと損をしたところがあるということを考えていきたいと思います。 こうした疑問の解を求めることは、経済学にとっても非常に大きな課題だと思います。標準的な交易理論は、非常に異なった国家、様々な国家の間の産業間について扱う理論でした。もともとのEUの6カ国は大体同じような国々だった。特色が同じだったから、新しい理論が必要になりました。類似した国家の間の交易に関して、1970年代にクルーグマン先生が非常に大きな役割を果たされた。「新貿易論」で、競争と規模の経済をともに扱うモデルを提供、分析が可能になりました。 もう一つが、統合された経済内で経済活動がどう立地するか、という課題です。これは「新経済地理学」が空間的な相互作用と、産業の集積を扱うモデルを提供したことで分析できるようになりました。1990年代に研究が進みました。 これから、3つの問題について論じていきます。いずれも、地理的な、また空間的な観点を持っています。1つは産業の立地です。地域の統合を考えた場合に、産業はどうなったのか、産業の立地は変わってきたのかということが1つ。 それから、第2番目の問題として所得の格差があります。統合によって1人当たりの所得の収斂が行われたのか。これにはEUでは、最初から懸念がありました。損をする地域もあるのではないか、その場合、どの程度の損になるのか、ということが最初から疑問としてあったわけです。それから最後に、ヨーロッパの都市体系、特に労働の移動ということについて見たい。ヨーロッパの労働移動がこれから拡大していくことを考えるのであれば、ヨーロッパの都市体系が新しい形になっていくのではないか。 企業の立地には、市場アクセスや、資本や労働などへのアクセスが影響を与えます。しかし、こうした要素を考慮しても、産業の立地を完全に予測することはできません。生産要素よりも産業の数が多い場合、産業の立地を特定できないことを国際貿易の理論は証明しています。 ●EUでも進む地域特化
産業立地の予測が難しいとしても、経済統合が促す変化の方向については、多くの理論が共通した結論を出しています。統合は特化を促進する、という結論です。EUについて、地域特化を示す指数を見てみましょう。国々がお互いにどれだけ違うことをやっているのかを示す指数で、指数が大きいほど、違いが大きいことを示しています。欧州の平均値は、1970〜73年には0.396でしたが、1998〜2001年では0.495になっています。1980年代以降、この指数がだんだん上がっている。すなわち、地域特化が行われてきたわけです。ただ、この特化が、比較優位によるものなのか、産業集積に基づくものなのか、は不明です。 また、EUの地域特化は、米国と比べて、その度合いが低く、スピードも遅い。その要因として、ヨーロッパ各国が鉄鋼産業とか自動車産業を持ってきた、という歴史的な事情が働いています。また、政府の介入、特定産業に対する保護政策がありました。 また、この速度には、コストが関係すると思います。特定の能力、知識ベースを持っている会社が、その能力や知識ベースを全く新しい土地にそっくり持っていけるのか、新たに立地できるのか、と考えると、それは厳しいですね。人的な資本を使っているところは遅くなってしまいます。 また、すでに産業集積が行われてしまっている場合、貿易障壁が低下しても企業の立地には影響を与えない場合もあります。 統合が経済的な利益をもたらすためには、特化が行われなければなりません。各国が文句を言うかもしれない、労働者も文句を言うかもしれない。伝統的なセクターを保護する動きもあると思います。しかし、交易は変化をもたらし、変化が利益をもたらします。産業が立地を変えるからです。ですから、そういうことが本当に気に入らないのであれば、そもそも統合の動きそのものを始めるべきではないでしょう。 ●国家間で縮まる所得格差、国内ではむしろ拡大
次に、所得の格差について見てみましょう。地理経済学から学んだことは、良い市場アクセスを持つ地域、すなわち産業集積の中心とか、町の中心といった所は、生産性にも、従業員にも、良い結果をもたらします。良い均衡になって、賃金も高くなるわけです。この効果は、様々な空間スケールで働きます。 都市と農村部でも生じるし、EUでは、賃金勾配というものがあって、中心のほうが賃金は高く、離れるに従って徐々に低くなっていきます。 EUの1人当たりの所得を2001年についてみると、最近加盟した旧共産圏は平均より低い。スペインや、ポルトガル、南イタリアやギリシャなど賃金が低い部分もある。もう少し前ですと、アイルランドもかなり貧困だった。逆に、ドイツとかイタリアの北部、フランスやイギリスは、賃金が高い。賃金勾配がその中心から離れるに従って下がっていくことが分かると思います。 しかし、2001年に至るまで、遅れていた国々がキャッチアップした面もあります。開発、発展のキャッチアップがあり、イベリア半島、アイルランド、スペインなどで経済発展が追いついていき、所得格差に収斂があったわけです。国家間では、所得格差、所得上の不均衡は減少していったものの、国内では、所得格差は増大している状況がある。 国民1人当たりの所得及び成長を4つの変数で見ています。人口密度、ルクセンブルグをヨーロッパ、EUの中心とした場合、ルクセンブルグからの距離、また所与の所得、どのくらいそれが変化していったか。 まとめてみますと、ある程度遅れをとっていた所得水準の低い地域の格差が埋まっています。ある程度のキャッチアップがありました。しかし、体系的な平準化、つまり中心と周辺地域の賃金の勾配がフラット化し、平坦化しているという証左は見られません。 一般論で言うと、人口密度の高い地域のほうが所得は上がってきています。実際に所得水準が高くなっています。国内、国家内における地理的な単位、空間の単位の格差は、この15年間かなり埋まっているわけです。やはり国家の経済的なパフォーマンスの違いを調整してみますと、国家間の収斂は見られます。しかし、国内では、経済行為が集積している、そして人口密度が高い地域で相対的に所得が高いという結果が出てきています。 結局、経済統合がどう影響するのいか、という点になると、実は良く分からない部分があります。例えば、ポルトガルとかギリシャの遠隔地が市場アクセスを大きく改善することができて、賃金が上昇する効果もある。一方で産業の集積の仕方が変わり、この地域の集積がヨーロッパの中心地域に引き寄せられるかもしれない。従って、予測がなかなか難しい。 !--本文-->
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