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<サンデー時評>高野孟さんの「脱・脱原発」批判

サンデー毎日 8月29日(水)18時0分配信

 ◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

 原発用語に注意しなければならない。特に〈脱〉という言葉、歴史的にもすっきりいかない。福沢諭吉は一八八五(明治十八)年、『時事新報』に〈脱亜論〉を発表して話題になった。アジアを脱して欧米にならうという主張である。

 しかし、〈脱亜入欧〉は近代日本を特徴づける流れではあったが、脱しきれるはずもない。一方に〈脱欧入亜〉の強い主張もあって、この揺れがいまに至っても対アジア外交をむずかしくしている一因とも言える。

 ことほどさように、〈脱……〉にはいささかのあいまいさがつきまとう。昨年の十一月ごろだったが、野田佳彦首相とやりとりをしたことがある。まず私が尋ねた。

「脱原発でいくつもりですか」

 野田さんが答えた。

「いえ、脱原発依存です」

「原発でなく、原発依存……」

「ええ、依存」

「どう違うのかなあ。依存度は下げるが、ゼロにはしないと」

「当面はね」

 野田さんはゼロを口にするのを慎重に避けた。それが再稼働問題に結びつく。

 だが、その後、関西電力大飯原発の再稼働決定に手間どり、五月六日から北海道電力泊原発が定期検査で止まると、日本で稼働中の原発はゼロになった。担当の枝野幸男経済産業相は、この直前の講演で、

「一瞬ゼロになる」

 と発言、一瞬を三度も繰り返し、すぐにまずいと気づいて撤回、謝罪する。しかし、だれもが、大飯原発をすぐに再稼働させるので、それまでの束の間のゼロだから、と枝野さんは釈明したかったのだろう、と受け止めた。つまり、

〈民主党政権は脱原発依存と言いながら、最終的にもゼロにするつもりはないのだ〉

 と。

 それを裏書きするように、大飯再稼働決定(六月八日)に続き、八月に入ると政府はエネルギー政策の策定に向け国民の声を聞く新たな手法として〈討論型世論調査(DP)〉を始めた。討論の選択肢として、二〇三〇年の原発比率を(1)0%(2)15%(3)20〜25%とする三案を示したのである。

「15%にもっていきたいらしい」

 という噂が流れ、15%案を公然と主張する民主党首脳まで現れたのだ。

 ところが、八月六日になると、野田さんは広島の原爆記念式典に出席したあとの記者会見で、

「将来の原発依存度をゼロにする場合にはどのような課題があるか、関係閣僚に指示する。脱原発依存の基本方針のもと、中長期的には原子力の依存度を引き下げる方向を目指すべきだと考えている」

 と、初めて原発ゼロがありうるかのような発言をした。一体、本音はどこにあるのか。民主党幹部の一人は、

「とにかく選挙が近い。反原発の世論が高まっているのに、少しでも原発を残すような目標を示したら、とても選挙は戦えない。本当にゼロにするかどうかでなく、ゼロへの姿勢を見せればいい。二〇三〇年は党がどうなっているかわからないことだし」

 ともらすが、そうだとすれば、選挙用のバラマキ政策と同様、またもマニフェスト(政権公約)詐欺と批判される。

 ◇原子力ムラがふりまく イデオロギー的呪縛

 ところで、ジャーナリストでテレビでもおなじみの高野孟さんが、七月末、『原発ゼロ社会への道程−−日本は「核なき世界」への先導者となるべきだ』(書肆パンセ)を緊急出版した。高野さんは一九七五年から三十七年間もニュースレター『インサイダー』編集長として、現代史の同時進行ドキュメンタリーを書き続けてきた。

 本書に収められたのは、昨年の3・11東日本大震災以後、『インサイダー』誌上に、

〈こんな世の中を残して死ねるか!〉

 という腹の底から湧き上がる想い(あとがき)で書きまくったものだという。高野さんはこのなかで〈脱・脱原発の野田政権〉の一章を設け、野田さんの原発政策に噛みついている。〈脱〉を二つ重ねたのは高野さんが初めてで、野田さんはすでに脱原発からも離脱しているというのだ。

 野田さんが再稼働に前のめりになり、脱原発方針がヘロヘロになるのは、経産省はじめ原子力利権共同体がふりまくいくつかのイデオロギー的呪縛から逃れられないためだ、と高野さんはみる。

 第一の呪縛、経済の維持・発展のためには、原発による電力供給の確保が至上命題だという見方だ。言い換えれば、人間の命より経済が大事だと割り切る。命あって、人々の生活があっての経済ではないのか。

 第二の呪縛、にもかかわらず、地元にそれを納得させるために用いられるのは、起きないかもしれない原発事故の恐怖よりも目先のカネが欲しいじゃないの、という人間の尊厳を打ち砕くようなイデオロギーだ。

 第三の呪縛、原発が減る分を自然エネルギーと節電でまかなうのは無理だというイデオロギー。これはどうにもならない衰弱思考で、電力の地域独占体制を守ろうとするばかりの過去の経産行政こそが、自然エネの急速な拡大を抑えてきた。

 第四の呪縛、それでも自然エネの普及に時間がかかるのは事実で、当面のつなぎとして火力発電の増強で補う考えが広まっているが、これに対してはまた別の経産省発のイデオロギーがふりまかれている。〈不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は三兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約二割、産業では四割近く値上がりし、大打撃となる〉と。これは国民を脅迫しているようなもので、世界の流れはすでに液化天然ガス(LNG)発電に向かっている。

 −−という指摘だ。この呪縛論、説得力がある。

 高野さんはあとがきで、

〈私ごときがどう頑張ったところで、野田政権の「脱・脱原発」への傾斜にかすり傷ほどの影響も与えることができない空しさに、改めて打ちのめされる。しかし、……〉

 と悲観的な感想を書いているが、そんなことはない。みなさん、ご一読を。

<今週のひと言>

 行儀が悪すぎる、お隣の大統領閣下。

最終更新:8月29日(水)18時0分

サンデー毎日

 

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