葉っぱ日本は文明社会?!Justice or Terror
                      M. フォックス(兵庫大学・助教授)
◆正義か?恐怖か? - Part1 - 2000.10.

法とは何だろうか。そしてそのもとになったものは何か。大抵の人は、自分の生活に大きな影響を及ぼしている様々な社会制度の起源や目的に疑問を持つことは、ほとんどない。
来日当初、私は民間企業で従業員に英語を教えていた。彼らはしばしば、「なぜ」という言葉で始まる質問を私に浴びせかけてきた。「なぜ日本に来たのか」「なぜ日本語を勉強するのか」「なぜ禅をやるのか」「禅はどこでもできるのに、なぜアメリカでやらないのか」など・・・

この種の質問は、時に私を刑事裁判の被告人のような気持ちにさせた。私は質問に答える代わりに、逆に彼らに問い返した。なぜあなた方はこの会社のためにそれほど長時間残業をするのか。なぜあなた方サラリーマンは、いつも同じ時に休暇をとるのか。なぜ企業や役所での出世にどの大学を出たかがそれほど重要なのか。なぜこの国では収賄で有罪になった政治家が刑務所に行かないのか。なぜマンガやテレビ番組でこれほどまでに女性に対する暴力が描かれるのか・・・。
これらの質問に対する答として、いつもぽかんとした顔が返ってくるだけだった。日本人は、外国人に対してたくさんの「なぜ」で始まる疑問を持っているのに、いったいどれだけの人々が、自らの生活に対して疑問を抱いたことがあるだろうか。

こと法律に関して、疑問は想像の域に留めておくわけにはいかない。その起源と目的を常に問い続けなければならない。日本国憲法は、アメリカ占領軍の所産である。アメリカの法律はイギリスのコモン・ロー(common law)に由来し、コモン・ローは、大半の西側世界の法律と同様、その起源は旧約聖書に帰する。このように、今日の世界を律する法のほとんどが、古代ユダヤ教に源を発しているのである。

古代ユダヤ教によれば、神がすべての人々に守ることを求めた七つの戒律があり、そのうちの五つは「十戒」から派生している。
  殺してはならない。   盗んではならない。
  神の名をみだりに唱えてはならない。
  姦淫してはならない。
  わたしのほかに何ものをも神としてはならない。
  そして六番目:生きた動物を食べてはならない。

 七番目はとても興味深い。
  あなたは成文法と公平な法廷のある地に住まなければならない。

この最後の掟は注目に値する。なぜ人類は、自然のままの美しい緑豊かな地ではなく、文明社会に生きることを命じられたのか。理由は単純だ。人間はもともと、感情的で利己的で、争いにおいては過剰反応しがちである。人々の間で争いが絶えることはないので、公平な法廷と成文法の存在が社会の安定と治安を維持するために、どうしても必要なのだ。そのような安全装置がなければ、社会は突如として暴力とカオスの海と化してしまうに違いない。

私はユダヤ人として、上記の七つの戒律を守りたいと思う。しかしながら、東住吉事件を通して日本の法律を考察すれば、私達は本当に上記の七番目の戒めにあるような社会に住んでいるのか、あやしくなってくる。
警察は、人々を守るものであり、人々を家から引きずり出して虚偽の自白調書にサインさせる存在ではない。検察官は事件を客観的に調査するものであり、でっち上げの容疑で人々をいじめるための存在ではないはずだ。そして、裁判官が事件を判断するのは証言と証拠に基づいてであり、無罪判決を書くことによって当局から人事上の不利な扱いを受けるかもしれないという恐怖心に支配されてではないはずだ。

東住吉事件には、正義のかけらも見当たらない。そこにあるのは恐怖だけだ。朴さんと青木さんは無実だ。高裁が事実を直視し、真実を見極め、判決を覆すことを願っている。もしもそうならなければ、この国に住む我々一億二千五百万人すべてが、神の報いを目の当たりにすることになるかもしれない。


◆正義か?恐怖か? - Part2-授業で東住吉事件を紹介 2001.05.

 場所:兵庫大学
 講師:M・Fox
 科目名:言語と国際理解
 対象学生:短大の一回生。
   (下記の授業は日本語で行いました。)

講師:
今日は、私の研究テーマの一つを皆さんに紹介します。そのテーマは冤罪です。冤罪と言う言葉を知っていますか?
学生:
(分からない学生もいます。)
講師:
じゃ、黒板に字を書きます。冤罪の類語は「濡衣」と「誤認」。その定義は「無実の罪・犯したおぼえのない罪」。狭山事件を聞いたことはありますか?
学生:
あります。
講師:
狭山事件は冤罪の疑いの濃い事例です。今日はもう一つ、別の事件を紹介します。まず、皆さんにお聞きしたいことがあります。生命保険に入っていますか? 入っていたら、手を上げてください。
学生:
(大体1/3は手を上げる)
講師:
それでは、掛けている金額はどのぐらいですか?
学生:
よく知らない、分からない・・・
講師:
児童福祉を勉強している方もいるんでしょう? もし将来子供ができた時、その子にかける生命保険はどのぐらいが適当だと思いますか。
学生:
どのぐらいかな? 考えてない・・・
講師:
じゃ、話を進めましょう。皆さんは警察の刑事だと思ってみてください。ある家が火事になりました。家族構成は、カップルと子供が二人の四人家族です。その火事で11歳の女の子が幸にも亡くなりました。貴女達は刑事としてどうする?
学生:
多分、捜査をする?
講師:
そうですね。日本では保険金を得るための放火事件は少なくない。捜査をするのは当然です。はじめに火事の原因と経過を調査し、後はその家族についても捜査をします。家族についてどんなことを調べるのでしょうか?
学生:
その家族はみな仲良くしていましたか? 犯罪歴はあるかどうか?家族の金銭的な状況と・・・
講師:
特に生命保険を掛けているかどうかを調べなくちゃ。先の質問に戻りましょう。子供さんには生命保険はどのぐらいが適当か。例えば1億円は多いか、少ないか?
学生:
それは多すぎる!
講師:
1億円も掛けていると怪しい。う〜ん。それの半分ぐらい、5千万はどう?
学生:
それも多すぎる。
講師:
じゃ、それを半額に分けて、2千5百万円はどうですか?
学生:
(一部の学生は納得し、一部はまだ怪しいと。)
講師:
2千万はいかがでしょう?
学生:
(多数は多過ぎないと反応、数人はまだ納得できない。)
講師:
1千万、1千5百万はどうでしょう?
学生:
そのくらいは適当かも。
講師:
まあ、そのくらいは適当だと思いますね・・・ 実は5百万〜1千万円というのが普通掛けている保険金の額なのです。
講師:
その次に、家族背景を検討します。捜査の初期段階で警察はこの家族には少し変わった点が三つあることを発見したらしい。まず、このカップルは正式には結婚していません。6年間、同居生活をしていて、二人の子供さんは妻の連れ子です。皆さん、これはどう思いますか?
学生:
別におかしくない。
講師:
それに夫は在日コリアン。怪しい?
学生:
いえ、怪しくないよ。
講師:
(私の印象では本当に純粋な若者です。)第三に発見したことは、先に言った生命保険のこと。亡くなったお子さんには1千5百万円、もう一人のお子さんには2千万円。刑事だったら何をしますか?
学生:
保険金を得るため放火をしたかもしれない・・・
講師:
その可能性があります。火事の原因を徹底的に検討した結果、ガレージに停めてあった車から自然発火した可能性が高いことがわかりました。刑事として君たちはどうしますか?
学生:
分からない・・・ あきらめます。
講師:
放火事件としての取り調べをあきらめて当然だと思いますか?
学生:
(ほとんど全員、賛成の眼差しをする。)
講師:
諦めるのは常識ですが、日本の警察は常識主義ではなく、嫌疑主義です。警察は、カップルが、つまり亡くなった女の子の母親とそのパートナーの男性が共謀して子供に保険金をかけ、火事に見せかけて放火したと考えました。だから、その二人をどうしても逮捕したい。警察の最後の戦略は何でしょう?
学生:
分かりません。
講師:
自白を引き出そうとします。カップルを警察署へ連れてきて、二人を別々にして、それから12時間も暴力的な取り調べを行います。夫の膝を蹴ったり頭を書類でたたいたり首を絞めたり、妻には「娘さんを助けなかったのでお前は人殺しだ」などと、暴力的な言葉を繰り返します。
皆さんは、本当にやっていないなら「自分がやった」などと言うはずはないと思うでしょう。けれど、何を言っても聞いてもらえない、信じてもらえない状態で何時間も「お前がやったんだろう。すべてわかっている。正直に言え」などと言われ続けると、大抵の人は頭がもうろうとして「私がやりました」と言ってしまうそうです。心理学的にも説明されています。
このカップルも自白をとられてしまいました。もちろん、嘘の自白です。嘘の自白でも自白は自白で非常に有力な証拠になりますから、警察は二人を逮捕・起訴します。結局二人とも無期懲役の判決が下されました。これが東住吉事件の真相です。
学生:
(一人は涙を浮かべています)。
講師:
皆さんは警察というと、隣の交番のおまわりさんのイメージが強いでしょう? 警察は正義の味方をし悪人を逮捕して、という概念が通用しています。でも警察も犯罪を起こします。冤罪事件は警察の犯罪です。
では、警察はなぜ無実の人を逮捕する<のかな。学校のいじめ問題と同じ理由です。いじめる方は自分の力に不安があります。弱い者をいじめると自分のパワーを実感できます。いじめる方は、このパワーを実感すると気分がいいので、いじめを何度も繰り返します。警察構造と学校の社会とはそんなに変わりません。
裁判を傍聴したことのある人はいますか?手をあげて下さい。
学生:
(1人も手をあげません)
講師:
裁判を傍聴することをおすすめします。私が初めて傍聴したのは14歳のときでした。だれでもどこの裁判所でも傍聴できます。
学生:
ええっ、本当ですか?!
講師:
本当ですよ。裁判を傍聴してみると社会の隠された構造が見えてきます。皆さんももう18・19歳ですから、自分の住んでいる社会をしっかり見つめて積極的に参加するよう私は願っています。

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