東洋大学教授 渡辺満久
 
 東日本大震災の発生から1年半になります。きょうは、「変動地形学」の立場から、震災、特に福島で起きたことから、私たちは何を学んだのか、何を教訓とすべきなのか、をお話したいと思います。

私は、原子力の利用に反対という立場にはありません。しかし、活断層の危険性があまりにも軽んじられていることを訴え、現状では問題が多いことを指摘してきました。まず、これを理解していただくために、活断層とは何か、活断層研究者とはどのような分野にいるのか、活断層があると何が問題なのかといったことをお話しいたします。

s120913_01.jpg

 

 

 

 

 

 

断層とは、強い力によって岩盤が変形させてずらせているものです。活断層とは活きている断層のことですが、日本では、いつもズルズルと滑っている活断層はありません。「活きている」とは、現在は動いてはいないが、近い将来に動くという意味なのです。近い将来とは、地質学的な言い方であり、明日かも知れませんし数千年後かも知れません。近い将来に動くかどうかについては、地面にずれが現れているかどうかで判断することが普通です。一般に、地面は新しい時代に作られているので、地面にずれがあるということは最近動いたのであるから、また動くだろうと考えるのです。

地面の起伏の成因などを研究する学問が「地形学」です。その中で、地殻変動でできる起伏を扱う分野を変動地形学と言います。活断層は地形で認定しますので、活断層の専門家は変動地形研究の分野にいます。そして日本では、地形学は地理学に完全に含まれています。地理学と言えば人文科学が多数派ですから、変動地形研究者の多くは人文科学系の学部に属しているのです。一般には、活断層=地震というイメージが強いので、活断層研究者=地震研究者と思われがちですが、活断層の専門家は、実は地理学者なのです。私の専門は「変動地形学」ですが、大学で社会学部に所属しているのは、そういう意味があります。このことは、後半の内容にも関わります。

活断層が引き起こす被害を考えると、大きな問題は2つあります。第1に、地形から認定される活断層は、M7クラスの地震を繰り返し発生させるということです。活断層の近くでは強い揺れが発生し、「揺れによる被害」が起きやすいのです。地盤が悪い場合にはとくに大きな被害が出ます。第2に、活断層は土地の高さをずらしてしまいますので、その上にある建物は破壊されてしまいます。

s120913_02.jpg

 

 

 

 

 

 

写真の建物は、揺れには耐えましたが、活断層の上にあって土地がずれてしまったところでは壊れてしまっています。どんなに頑丈に造られていても、土台が食い違ってしまっては、「ずれによる被害」を食い止めることはできません。地震被害というと、「揺れによる被害」だけを指すことも多いのですが、本当に深刻な被害は「ずれ」によってもたらされるのです。なお、大きな活断層があると、地形ではわからないような小さな活断層がたくさん派生しています。これらは、大きな活断層が動いた時にお付き合いで動きますので、小さくても「ずれの被害」が発生する可能性があります。
改めて申し上げるまでもなく、原子力関連施設は高度な安全性を備えていなくてはなりません。なるべく活断層の近くには建てるべきではありませんし、活断層の上にあってはいけないものです。しかし、現実には、活断層のことを心配する必要のない原子力関連施設は、日本には1つくらいしかありません。その他多くの施設は、活断層の危険性を無視できない状態にあるのです。

s120913_03.jpg

 

 

 

 

 

 

私は、かつて、原子力関連施設周辺では、ちゃんとした専門家が活断層調査をし、その危険性が正しく評価されていると信じてきました。ところが、いろんな地域で調査をしてみると、活断層の長さは値切られ・無視されていることがわかってきました。日本の原子力関連施設の多くは十分な耐震安全性を備えているとは言えず、いくつかの施設は活断層上に建築されていることがわかってきました。

「活断層を値切る」とは、長い活断層を短く見積もることを指しています。長い活断層ほど大きな地震を起こすことが知られています。活断層が短ければ地震は小さくなるので、工事費を安くすることが可能となります。これまでの原子力関連施設の建設は、まず場所ありきだったようです。場所を決めてから、そこが安全であるという作文が始まり、活断層の存在は否定されてきました。どうしても否定できない場合は、その長さを短くしてきたのです。また、津波の高さも同様に値切られてきました。海岸部で大きな地震が起こった時には建造物が損傷を受け、津波による被害を受ける危険性があったのですが、2011年03月11日にそれが現実のものとなってしまいました。福島第1原子力発電所の事故は、「過去の事例でわかっていた津波の高さや地震の大きさ」を想定しなかった、すなわち、本来は想定すべきことを考慮していなかったことによって発生した人災なのです。

どうしてこんなことが起こってしまったのか? それは、これまでの安全審査が杜撰であったためです。正しい安全審査が行われなかった最大の理由は、活断層評価に係わってきた専門家の、活断層を評価する能力や「中立性」に非常に大きな問題があったからです。先ほど紹介したように、「活断層研究者=地震研究者」という誤解があるため、活断層評価の場に本当の専門家がいなかったという状況がありました。中立性に問題があるとは、本来は純粋に活断層の危険性を検討すべきであるのに、電力側の利益を代弁するような立場にいる「専門家」が審査をしてきたという意味です。そのような問題のある「専門家」を任命し続けてきた政府機関にも大きな責任があります。福島第1原子力発電所の事故に関する責任の所在は明らかなのですが、誰も責任を追及されることなく1年半が経過しようとしています。大変おかしなことです。責任を追及されないのであれば、これからも、その「専門家」達は安心して過ちを繰り返すでしょう。

大飯原子力発電所については、再稼動の前に活断層の有無を確認する必要がありました。想定される危険性を確認せずに再稼動に踏み切ってしまったということは、福島の教訓は生かされず、再び同じ過ちをおかしてしまいました。想定できるものをどうして検討せずに進めてしまうのでしょうか? 誰も責任を取らないですむという状況が、再稼働容認の背景にあるのではないでしょうか。責任の所在を明確にすることもなく、責任を問うことも好まないとすれば、日本人はあまりに優しすぎると思います。