ディマッテオの下、ランパードも変身! 新生チェルシーを支える「学習能力」。
Number Web 9月13日(木)18時30分配信
開幕早々、チェルシーに裏切られた。そう思っているファンは、少なくないのではないだろうか? かくいう筆者も、その1人。但し、良い意味での話である。
奇跡に等しいCL優勝の余韻も薄れたこの夏、プレミアリーグで昨季6位のチェルシーに対しては、不安が期待を上回っていた。マンチェスターの両雄と国内タイトルを争うには、昨季の25ポイント差を埋めなければならない。両軍には、得点数でも20点台の差をつけられた。しかし、メディアでは、ディディエ・ドログバが抜けた最前線の穴が指摘され続けた。チームには、7月の時点で、エデン・アザール、オスカル、マルコ・マリンが加わっていたが、合計約80億円の2列目の買い物は、揃って20代前半の若さ。実力発揮には時間が必要と思われた。
ところが、いざ開幕してみると、チェルシーは8月のリーグ戦3試合に全勝し、首位で9月を迎えた。この時期の順位にあまり意味はないが、合計8得点を含むパフォーマンスは、「新生チェルシー」すら予感させた。嬉しい誤算の要因を一言で言えば、「学習能力」。その代表例は、欧州でも屈指の中盤の得点源でありながら、ダブルボランチの一角にフィットしつつある、フランク・ランパードだ。
■ボールを支配して攻めるチームの中で、ランパードの役割は?
ポジションそのものは、今季の変化ではない。昨季も、終盤に基本システムとなった4-2-3-1の「2」が、ベテランMFの持ち場だった。だが、それは、守りに守ってのCL優勝など、事実上の4-5-1で全員が守備を重視していたチームでのこと。その点、今季は、ボールを支配して攻める姿勢を見せるチームにあっても、低い位置を保つことを意識している。
例えば、今季初のホームゲームとなった第2節レディング戦(4−2)。立ち上がりから攻勢に出たチェルシーは、18分、アザールが奪ったPKをランパードが決めて先制した。ゴールの起点も、ハーフウェイライン付近で、中央でコンビを組むジョン・オビ・ミケルにボールを預けたランパードだった。縦に蹴り出し、自身が駆け上がろうとしても不思議ではなかった。逆転されて迎えた後半、60分過ぎにオスカルがゴールを狙って反撃の狼煙を上げる過程でも、自陣内でフィードを受けたランパードは、数メートル上がっただけで、無理せずアザールにつないでいる。
いずれも、アンドレ・ビラスボアス(現トッテナム)の監督就任でチーム改革が予想された昨夏、「ボランチでもいい。『ハーフウェイラインを超えるな!』とでも言われなければね(笑)」と、冗談ながらに攻撃的MFとしてのプライドを窺わせた姿とは、一線を画すものだった。
■12年目となるランパードは、残留を望んでいるが……。
自らのゴール以上にこだわる「スタメン」の可能性を最大限に高めるべく、変身の必要性を悟ったのだ。レディングに1対1とされた際、人もスペースもケアしきれなかったように、守備面でのポジショニングには改善の余地がある。タックルのタイミングにも注意が必要だ。しかし、その点は、「もっとプレスに行ったり、守備の仕事を全うしなければ」と、実戦から学ぶ意識も十分だ。
今季末で契約が切れるチェルシー12年目の34歳は、残留を望んでいる。ミケルの他には、20歳のオリオル・ロメウしか本職がいないボランチとしても力になれれば、契約延長の可能性も増す。また、ゴール前に顔を出す頻度が減る分、機を見ての攻め上がりが相手DFの意表を突くと、プラスに解釈することもできる。ピッチにいれば、従来通りPKも任される。2年間の契約延長を取り付けることができれば、昨季の段階であと16点に迫り、「達成できたら最高の達成感」と本人が言う、クラブ歴代得点王の座はほぼ確実だ。
■前監督を反面教師に、コミュニケーションに留意し主力の人心を掌握。
ランパードが腹を括った背景には、指揮官のマン・マネージメントもある。
今季から正監督となったロベルト・ディマッテオは、プレミアでの監督歴1年未満の42歳だが、やはり着実に学んでいる。助監督当時のディマッテオには、「選手との距離の遠さは監督以上」という声が内部から漏れていたが、暫定監督となるや否や、主力の人心掌握に失敗した前監督を反面教師として、コミュニケーションに留意した。ランパードは、チームがスタイル変更と若返りの過渡期にあっても、貴重な経験値を持つ戦力と評価されていると実感し、モチベーションを上げた古株のひとりだ。
選手操縦法の成果が最も顕著なのは、フェルナンド・トーレスだろう。
監督交代以降、「監督の信頼を感じる」という発言が度々聞かれる。指揮官としてのディマッテオは、昨季から、トーレスに途中交代を命じれば、必ず二言、三言、声を掛けてきた。CL決勝の帰路では、お祭り騒ぎの機内で、ベンチスタートを命じたCFと差しで話をし、自身の続投が未定だったにもかかわらず、「お前はクラブの未来だ」と告げたという。
■今季のチェルシーらしさを見せたトーレスのゴール。
その暫定監督の昇格が決まり、自身もエースに昇格した上、フアン・マタ頼みだったサポート陣の補強が実現したのだから、トーレスの自信回復も当然だ。
第3節ニューカッスル戦(2−0)での1点は、チェルシーでのベストゴールと言ってもよい。前半ロスタイム、敵陣内で、ブラニスラフ・イバノビッチがマタにボールを預ける。続いて、マタが一旦後ろに叩いたボールは、1.5列目の位置にいたトーレスに。ターンで前を向いたトーレスは、代わりに最前線にいたアザールにパス。アザールが、CBを背負いながらキープする間、外に膨らんだマタが左SBとボランチの注意を引き付ける。相手DF陣の意識が逸れた隙にトーレスが足を進めると、アザールからバックヒールでラストパスが届けられた。トーキック気味にゴール右上に叩き込んだシュートが、ゴールゲッターならではのフィニッシュならば、ゴールに至る過程も、今季のチェルシーならではのビルドアップだった。
■早くもプレミアに適応しつつあるスター候補生・アザール。
アシストをこなし、一気にスター候補生になったアザールは、更に学習が早い。プレシーズンの米国遠征中のアザールには、映像で確認する限り、ドリブルで袋小路にはまる姿が目についた。ブライトン(2部)との親善試合と、マンCとの開幕前哨戦で観察したアザールは、チャージの激しさとテンポの速さに驚いているようだった。だが、「ブライトン戦とコミュニティ・シールドは、貴重な経験になった」と言う新トップ下は、重心の低さでボディッチェックに耐え、素早いターンでマークを振り切り、使いどころを弁えたドリブルでプレミアに適応した。その結果が、開幕から3試合連続の計4アシスト。2度のPK獲得を含めれば、3試合で6ゴールを演出した計算だ。
2列目では、開幕戦からサブで起用されたオスカルに加え、脚の怪我で出遅れたマリンも、今後は出場機会を得る。CLグループステージを含むカップ戦では、2人に先発の機会もあるだろう。アザールと同じく、トップ下もサイドもこなす両MFは、マタとポジションチェンジを繰り返しながらトーレスにチャンスを供給するという、昨季にはなかった前線での展開を可能にする新戦力だ。
■いざとなれば、引いてカウンターを狙う昨季の再現も可能。
無論、「新生チェルシー」は現在進行形だ。不完全な証拠は、8月末のスーパーカップで、攻守に中途半端なまま完敗したアトレティコ・マドリー戦(1−4)。だが、真剣味が増すプレミアやCLでの強豪対決で、同じ過ちが繰り返されることはないと見ている。守備の基盤が変わっていないチームは、いざとなれば、引いてカウンターを狙う昨季の再現も可能。パスをつないで攻める今季の姿と使い分ければ良いのだ。
いずれのパターンでも引くことを学んだランパードが、「前に出る機会を厳選するよ。アザールや、マタや、トーレスに前で仕事をしてもらうためにね」と言えば、トーレスは、「プレミア優勝が第1目標だけど、CL史上初の連覇も達成できるかも。夢を持たないと」と言う。そして、予想外の好スタートに期待を膨らませているファンは、奇跡が起こることを昨季に学んでいる。
(「プレミアリーグの時間」山中忍 = 文)
最終更新:9月13日(木)18時30分
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