ありふれたトラック転生のお話。
とあるうららかな昼下がりの住宅街。
学生であれば放課後と呼ばれる時間帯だ。
歩道を一人の少年が歩いている。
制服から判断すると、近くにある高校の生徒だろう。
彼の名は日向吉影(ひゅうが-きら)。
静かに暮らすことを座右の銘とする、ごく普通の高校生だ。
吉影は、放課後ということもありブレザーのネクタイをだらしなく緩め、耳に着けたイヤホンで音楽プレーヤーから友人から勧められた最近流行っているらしい構成員数十名からなるアイドルグループの曲を聴いている。
特段、アイドルといったものに興味があるわけでもないが、かといってこれといった好きな曲というものも持たない吉影はただただ惰性で音楽を聞き流す。
吉影の帰宅帰路の途中にある公園で、小さな男の子二人がキャッチボールをして遊んでいる。
吉影は公園に隣接する歩道を歩きながら、その光景を何とはなしに見る。
男の子たちの保護者らしき主婦二人は、なにやら世間話に夢中で男の子たちから目を離している。
その時であった。
男の子の一人がボールをあらぬ方へと投げてしまい、もう一人がそのボールを追いかけていく。
転がっていくボールはそのまま、公園に隣接する車道へと出てしまう。
男の子は転がるボールだけしか見ていない。
この道路はそこそこ交通量があるため、吉影が男の子に注意を促そうとしたとき、図ったかのごとく、法定速度を越えたスピードで10tトラックが向かってくる。
道路の真ん中で転がることを止めたボール。
そのボールを拾おうとする男の子。
男の子の存在に気付き、もはや間に合わないであろうブレーキを踏むトラック運転手。
これはまずいと思った瞬間、すでに吉影の身体が動き出していた。
吉影は車道へと飛び出すと、ボールを拾おうとする男の子を突き飛ばす。
勢いよく突き飛ばされては流石に無傷では済まないだろうが、轢かれるよりはマシだろうから勘弁してくれ。
そう吉影が心中で謝罪した瞬間、吉影の全身に強い衝撃が走る。
そして訪れるなんとも気分の悪い浮遊感。
ほんの少しの似非宇宙遊泳を済ませた吉影に、先ほどよりも強い衝撃が走る。
吉影の耳に、ぐしゃりというまるで肉を固い地面に叩き付けるような音が聞こえるとともに、彼の意識は薄れていった。
俺が目を覚ますと、辺りは白一色だった。
白い壁紙の部屋だとかそういうことではなく、自分でも何が言いたいのかうまく説明できないが、とにかく俺は白い空間にいた。
やや、記憶の混濁はあるものの、ついさっきの事故のことだけはイヤにハッキリと覚えている。
だが、その事故と今あるこの状況とか、結び付かない。
今自分がおかれている立場には皆目見当もつかない。
「さっきはすまんかったのう」
どこからともなく声が聞こえる、いや、直接響いてくるといった方が表現として正しいかもしれない。
声からして、おそらくは年配の男性であろう。
「すみません。
どなたでしょうか?」
俺がどこにいるかも分からない老人(仮)に声をかけると、突然目の前に上向きのヘッドライトを向けられたような眩しい光が現れる。
光がしばらくして収まると、そこには一人の老人が立っていた。
背筋がピンと伸びており身長は一八○センチほどもある。
白く腰ほどまである髭をたくわえ、白いローブを着て、老人の身長と同じくらいの白く長い杖を持っている。
その白一色の姿は、白い空間に紛れ込んでしまいそうであったが、不思議な存在感ともいうべきものがあり、老人が現れてからは彼から目が離せない。
「ご老体、お訊ねしてもよろしいでしょうか?
ここは何処なのでしょう。
自分でも気付かぬうちに、このような場所に居て、非常に難儀しているのです」
俺が訊ねると老人は答える。
「ここはいわゆる死後の世界と呼ばれる所、ワシは神と呼ばれる存在じゃ。
より正確な表現を使うなら、この宇宙や地球を含むあらゆる天体、そこにすむ動植物や物質といったありとあらゆるモノを創造した、人類をはるかに越える高度知的生命体といったところかの。
詳しく説明をすると長くなるから、今は便宜上、神としておこう。
実は、まことにスマンがワシのミスでお主の命運を絶ってしまったのじゃ」
彼の声は聞こえるが、その口は開きもしない。
やはり、直接響いてくるという先ほどの推測は当たっていたようだ。
だがそんなことよりも。
「ご老体。
今、神とおっしゃいましたか?」
「左様、信じられぬか?
出来れば信じてもらえた方が、今からする説明が楽になるのじゃが……」
「いえ、本来なら信じがたい話ですが、現在私がおかれた状況を考えると、むしろ得心がいったという気分です」
「ならばよい。
では、今からお主のおかれている現状を告げる」
神様の言うにはこういうことだ。
俺は神様のミスで間違って死んだ。
一度死んだものは、たとえ神であろうと復活させることは出来ない。
しかし、俺が希望するのならば、記憶を持ったまま異世界に転生させることは出来る。(ちなみにその世界は俗にいう剣と魔法の世界というやつらしい)
また、転生するのならば、さまざまな能力を付けたり、その他諸々をある程度のカスタマイズは可能。
本来なら、例えなんらかの間違いがあったとしても、転生云々をさせる義務はないそうだ。
これは、復活させられないならせめても、というあくまでも純粋に謝罪したいという気持ちの現れらしい。
その真偽は分からないが、それは俺にとってどうでもいいこと。
「しかし意外といっては悪いがお主は礼儀正しいのう。
ワシが知る限りでは、こういった場合、神に対してぞんざいな口の聞き方をしたり、暴行を加えたりするようなケースがままあると聞いたのじゃが」
「年長者に対し、礼を失する行為は恥ずべき行いであり、暴行などは問題外であると私は思います。
まぁ、殺されたことに対して含むことが無いのかと言われれば、やはり多少の怒りや恨みはあります。
でも、その詫びとして転生させてくれるというのだから、水に流してもいいと思いました。
とはいえ、一番の理由は神様を怒らせたりしたら、どんなバチが当たるかわかりませんからね」
俺がそう言うと、神様は面白そうに笑う。
「ほっほっほ。
お主というやつは、ずいぶんと面白いやつじゃの」
「よし、決まりました」
俺は転生後の自分の姿や能力などをついに決めた。
この空間には時計などが無いので詳しくは分からないが、一時間強ほどは悩んだだろう。
「そうか。 して、どのような設定で転生するつもりじゃ」
「フェラーリ・512TRにしてください」
俺は望みを言う。
「本当にそれでよいのか? ワシ個人としての意見じゃがテスタロッサ系統は映画やドラマ・アニメなどで持て囃されてはいるが、実像を越えて過剰に評価されているきらいがあるぞ。
無論、テスタロッサ系統が悪いとは言わんが……。
例えば550バルケッタとかはどうじゃ?」
「いえ、なにがなんでもフェラーリ・512TRです。
250TRとも迷いましたが。
そうだ、例えば体を512TR状態と250TR状態とで、自在にモードチェンジ出来る能力とかありですか?」
「まぁ、出来んこともない」
「じゃあそれで。
それと運転手がいなくとも、自分の意思で動ける能力をください。
他に欲しい能力は燃料を好きなだけ出せる能力をください。
いくら走っても燃料切れを起こさないように。
私から出る排気ガスに、生物や環境に影響を及ぼす一切の物質が含まれなくなる能力もください。
どんな攻撃や事故に遭おうとも、傷一つ付かない能力と、全てのパーツが磨耗したり劣化したりしない能力もください」
「なるほど、全て了承したぞ。
他にはもうないか?」
「いえ、最後に一つだけ」
そう。
最も大切なことが残っている。
もし、この能力が認められないなら、転生そのものを諦めようと思うほど、大事な能力。
「私の操作方法が書かれたマニュアル本を自由に生み出す能力をください」
「はて? よくわからんのじゃが仔細詳しく申してみよ」
「はい。
私は車です。
今世もただの10tトラックとして生まれ、ただの10tトラックとして死にました。
私は車なんです。
勿論、自分で自由に走りたい願望もあります。
それでもやはり、誰かに運転されたいのです。
それこそが私の車としてのアイデンティティーであり、レーゾンデートルでもあるのです」
そう、俺は車だ。
車は誰かに運転されてこそ車なんだ。
異世界において、車の運転方法を知るものなどいない。
だからこそ、俺が俺を運転するに相応しいと思った者のみにマニュアル本を渡し、運転させる。
「そうか、分かった。
向こう(異世界)の言語に翻訳しておいたマニュアル本を自由に生み出す能力をやる。
一応、512TR用と250TR用の二冊を出せるようにしておこう」
「そういえば、512TRと250TRの二パターンを使い分けられるんでしたね。
つい失念していました。
お心遣い感謝致します」
「うむ。
それではお主を異世界において転生させるぞ。
ハアァァーーーー!!!!」
神様が気合いと共に杖を振ると、だんだんと意識が遠のいてきた。
まどろみの中で「頑張ってこい」という神様の励ましの声が聞こえたように感じた。
一生を10tトラックとして過ごすものだと思っていたが、まさか俺が512TRなれる日が来るとは夢にも思わなかった。
少なくとも、異世界では人をはねたりしないように注意しよう。
そういえば俺がはねた少年はどうなったのだろうか。
ちなみに作者はセリカこそが最高の自動車だと思います。
あと消防車も。
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