空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第二十話 納涼記念ヨシュエス短編 ブライト家の心霊写真アルバム


浮遊都市リベルアークでの世界の命運をかけた戦いを終えてからしばらくの間、エステルとヨシュアは自分達の家でゆっくりと休息を取っていた。
結社の企みは阻止する事が出来たが、ヨシュアは結社との戦いの決着をつけるためにエレボニア帝国へと旅立つ決意を話し、エステルも共について行くと誓った。
エステルとヨシュアがリベール王国を後にすると決めた前日には、カシウスとシェラザードもブライト家に戻り、4人で懐かしい思い出に浸っていた。

「それで、私に視てもらいたい物って何?」
「これなのよ」

昼食の後、シェラザードに尋ねられたエステルがテーブルに置いたのは分厚い一冊のアルバムだった。
表紙には『思い出』と言う題名が書かれている。

「これが、あの時王都から戻って来たあたしの部屋の勉強机に置いてあったの」
「カシウスさんが作ったものではないんですね?」
「ああ、俺もそんな物があるとは、エステルに言われるまで知らなかった」

シェラザードに言われて、カシウスは首を横に振った。
アルバムのページをめくると、一番最初に目に付く写真はベッドに横たわるヨシュアと、その側に立つエステルの写真だった。

「これってあたしとヨシュアが出会った頃の写真よね」
「ふーん、エステルってばかわいいじゃない」

3人とも、ヨシュアが浮かべる冷たい表情には触れずに次のページをめくった。
次は魚を釣り上げる元気一杯のエステルと、それを眺めているヨシュアの写真だった。

「この頃のエステルって、本当に色気の欠片も無いわね」
「余計なお世話よ、シェラ姉」

写真を見て笑うシェラザードとカシウスに、エステルはむくれた顔になった。

「でも、僕にはエステルの明るさが眩しい太陽に見えたんだよ……」

ヨシュアは誰にも聞こえない声でポツリとそう呟いた。

「あら、私まで写ってるじゃない」

リベール各地の支部を巡る準遊撃士の研修の旅から戻り、手土産をどっさり持ってブライト家を訪問したシェラザードと、ヨシュアの背中を思いっきり押してシェラザードに紹介するエステルの姿が映った写真。

「ヨシュアのこの驚いた表情って面白い! 決定的瞬間ってやつよね!」
「恥ずかしいから、次の写真に行こうよ」

次の写真は、食材相手に苦戦して居るエステルと、涼しい顔をして料理をこなすヨシュアの姿だった。

「これじゃあ、ヨシュアが女の子みたいじゃない」

シェラザードは苦笑しながら次の写真を見るためにページをめくろうとするが、それをエステルがちょっと待ったとばかりに阻んだ。

「次の写真は参考にならないと思うから、飛ばしましょうよ」
「だめだよ、今度はエステルが恥ずかしい思いをする番だよ」

さらにエステルの手を退けようとしたヨシュアと、エステルは揉み合いになってしまった。

「ほらほら、今さら姉弟ケンカみたいな事をしないの」

シェラザードがそう言って2人をたしなめながらアルバムの次のページを開いた。
するとそこには七耀教会のデバイン神父の講義の最中に居眠りをするエステルの姿が丸写しになっていた。
後ろの席ではエリッサが困ったような諦めたようなごまかし笑いを浮かべていた。

「あっちゃー、これは恥ずかしいわね」

エステルは赤くなって下を向くしかなかった。
そして次の写真は、ブライト家の庭で木刀の短剣と棒を構えて向き合うヨシュアとエステル、そしてその様子を見つめるカシウスの姿が映っていた。

「今までの写真は、カシウス先生が撮った可能性も考えられたけど……」
「この通り、俺が写っている。俺が並はずれた能力の持ち主だとしても、自分自身は写せないだろう?」
「そうですね……」

カシウスの言葉に、シェラザードは納得したようにうなずいた。
次の写真はロレントの街の中へと場所が移る。
エステルとヨシュア、エリッサとティオの4人が並んで楽しそうに買い物をしながら歩いている姿が映されていた。

「俺が側に居なくて、エステルは寂しい思いをしているんじゃないかと思っていたこともあったが、この写真を見ると良い友人達に恵まれたようだな」
「そうだね、あたしは1人で沈んでいる事はあんまりなかったと思う」

次の写真は再び場所はブライト家の室内に戻り、酒の入ったグラスを持ちながら、レナの写真を前にうつむいて苦しげな表情を浮かべているカシウスの姿が写っている写真だった。

「先生、まだ奥さんのレナさんの事を……」

写真の中のカシウスが人前で見せた事の無い表情を浮かべているのを見て、シェラザードは思わず言葉を詰まらせた。

「無様な所を見せてしまったな……」

カシウスが静かにそう言ったきり、しばらく重苦しい空気がブライト家の食卓を包む。
家の外で鳴く小鳥やセミの声が、その沈黙をわずかに和らげていた。
シェラザードは、その気まずい空気を破るためにも、次の写真を見るためにページをめくった。
するとそこには星空の輝く中、ブライト家の2階のバルコニーでハーモニカを吹くヨシュアと、嬉しそうに曲に聴き入るエステルの姿があった。

「これはずいぶん最近の写真ね。傍から見ても2人ともラブラブのカップルに見えるわよ」
「冷やかさないでよ、シェラ姉」

先ほどの重苦しい空気を吹き飛ばすためか、シェラザードは思いっきりエステルを冷やかし、エステルもおどけてそう答えた。
すっかり雰囲気がいつものブライト家の食卓に戻った中で、シェラザードはアルバムに収められた他の写真も眺めて、エステルとヨシュアとカシウスに向かって宣言する。

「間違いないわ、あなた達は憑かれているわね」
「嫌な言い方をしないでよ」

エステルは身震いをしてそう答えた。

「本人達に気付かれないように写真を取るなんて、生きている人間に出来る事じゃないわ。立派な心霊写真ね」
「心霊写真ですか」
「まあ、正確に言えば心霊が撮った写真とも言うべきかしら」

ヨシュアの呟きに対して、シェラザードはそう説明を付け加えた。

「レナは魂だけの存在になってしまっても、私達を見守っているんだな」
「母さんが側に居てくれるのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも」

カシウスが感慨深く呟いたのに対して、エステルは顔を赤くして慌てた様子でそう言った。

「そうね、ロレントの街の写真もあるから場所もブライト家の中に限らず、昼も夜も関係無さそうね」
「それじゃあ、今日はヨシュアと一緒の部屋で寝るつもりだったけど、母さんに見られちゃうの?」

シェラザードの言葉を聞いて、つい本当の事をもらしてしまったエステルに、ヨシュアの顔が血の気が失せたように青くなった。

「ヨシュア〜、お前今夜エステルに手を出すつもりだったのか!」
「う、うわあ!」

怒り心頭に発したカシウスを見て、ヨシュアはエステルの手を引いて、慌てて玄関からブライト家を飛び出して逃げ出した。

「エレボニア帝国に旅立つなんて認めんぞ! 戻って来い!」

大声を出して消えたヨシュアを追い掛けるカシウスを見送ったシェラザードはため息をつく。

「先生も、先生の奥さんのレナさんも、子離れがなかなかできないのかしら。エステルとヨシュアは大変ね」

しかし、親の顔も覚えていない孤児だったシェラザードは、それでもエステルとヨシュアの事をうらやましく思うのだった。

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