麻原彰晃が逮捕された年の八月のある日、私は、運営部長と保安担当マネージャーから呼ばれました。
「関係部署からの情報により、本日オウム教団の幹部一行が来る。東京ディズニーランド側の対応者として、本日出勤しているスーパーバイザーでは中村さんが一番適任と考えられる。任務がスムーズに進むようパークを挙げて援護するので対応してほしい」
当時のオウム教団です。指令を受けた私の心臓は、それはもう爆発しそうな状態でした。私の任務は次のとおりです。
・オウム教団一行をスムーズに入園させ、スムーズに退園させる
・オウム教団と東京ディズニーランド間において、今後に何かを残すようなもめごと
を起こさせない
・世間から「オウム教団を受け入れた」とも、「標的にされた」とも判断されない対
応をする
■一行は麻原彰晃の家族が中心
利用するアトラクションやコースの詳細を教団側の責任者と調整しなくてはなりません。施設の別口入場や、レストランの一部貸切などの特別対応を関係部署と調整しなくてはなりません。やるべきことが頭に浮かんでは消えていきます。やるしかありません。
私は、最も信頼していた女性ワーキングリード弓岡さんをガイド役兼エスコートに指名しました。私は同行している教団側責任者と交渉することになりますが、家族をガイドするのは弓岡さんです。私は、彼女に対しオウム教団の幹部であるこの女性(当時は未成年でした)の性格はこのようだということを伝えました。
幹部であるこの女性の機嫌を大きく損ねさせるような状況になれば、弓岡さん自身がある種…人生においての大きなキズを残す可能性があることを伝えました。たとえ何事も起こらず、成功したという評価を受けたとしても、この人たちに「また来てください」とは言えません。テンポラリーの名前のないガイド役でしかないことも伝えました。その上で私は尋ねました。「エスコートを引き受けてくれるか?」。弓岡さんの答えはこうでした。
「誰かがやるしかないことですから」
私たちにとって最大の問題は、私たちの対応姿勢でした。すべてのゲストと同様、スマイルで「ディズニーの世界にようこそ」という姿勢で臨むことが正しいのか。それとも、いくら事件に関与していないとはいえ「社会の敵オウム教団」一行です。映画の世界ではありませんが、秘密組織が秘密裏に行う任務のように、「口数は少なく、淡々と」応対するのが正しいのか。私は判断に迷いました。
一行が西新宿のホテルを出発したとの情報が入りました。
私たちは東京ディズニーランドの全キャストの代表です。オウム事件の多数の被害者、マスコミ関係者、今日来園しているゲスト、そして東京ディズニーランドのすべてのキャストの「存在」を考えました。様々な立場の人たちが、東京ディズニーランド代表である私たちの対応ぶりをどのように評価するのか考えました。「東京ディズニーランド、社会の敵オウム教団にようこそ!」といった記事が書かれることを気にしました。
到着を待つ間、私たちは話し合いました。決断にそれほどの時間は要しませんでした。
「相手も人間、スマイルで迎えよう」
弓岡さんにはスマイルでの応対以外は似合いません。きっとディズニーのオンステージに立った瞬間、冷たい表情や対応もディズニースタイルに戻るだろうと考えました。
エスコートはスマイルで迎えることは決まりました。しかしながら、その分相手側から受け入れることのできない要求があった場合、調整に当たる私が毅然たる態度をとらざるをえない立場になる。そのことも認識しました。
到着予定時間の知らせを受け、私たちはネームタグを胸にパークへ向かいました。
すべてのゲストがVIP 中村克著 芸文社より
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