私は元自衛官です。
都内の結構広い駐屯地で、普通科連隊の情報偵察小隊に所属していました。
その小隊には一年に一度、小隊長と隊員五名で毎年必ず行わなければならない任務がありました。
新兵から二年経ち、一人前の士長になると参加させられます。
任務とは広大な敷地に、何故か旧軍の時のままの状態で放置されている建造物の、地下階の映像の撮影です。
建造物は、かなり大きな建物だったのだろうと思われますが、基礎から上の建造物は風化しほとんど原型を留めておらず、一階と二階に繋がる階段もぼぼ朽ち果てており、屋根などはありませんでした。
地下に繋がる階段の入り口は、重い鉄の蓋が閉まっており、頑丈な鎖で幾重にも施錠されています。
小隊長の命令で、鍵をいくつも解錠し鎖を外します。
とてつもなく重い鉄の扉を持ち上げると、地下の階から冷気とカビ、そして錆の臭いが外に吹き上がりました。
小隊長の前に、先任曹長が若い隊員に、「これから見るものを、他言は絶対にするな。」と釘をさされます。
小隊長が撮影を開始する命令を出し、カメラを渡された私と照明担当の先輩が、懐中電灯を持って先行した上官の後に続きます。
地階へ続く階段は、普通の深さではありませんでした。通常の地下三階以上の長さで、真っ直ぐに下っていく長い階段でした。
あと、数段で地下の扉に近付いた時、照明担当のライトが「パンっ」という音と共にいきなり切れてしまい、非常にアナログな大昔の懐中電灯の明かりだけが頼りでした。
この時点で、小隊長と先任曹長が2人で囁き合いながら、相談をしていました。
地下の扉は三重になっており、一つ目の扉を開けると奥の方から「ガタンガタン」となにかがぶつかり合い、
「ガチャンガチャン」と重い金属のぶつかる音も聞こえてきます。
それでも、カメラに異常はなく、二枚目、三枚目の扉も「ギギギッ」と全員の力で開けました。
何かがぶつかり激しく響き渡る音の正体を照らして、驚きました。
広い地下のフロアに、相当に古い、枠が鉄で出来ている古いベッドが勝手に跳ね上がり鎖により引き戻され、また跳ね上がっています。
誰もいないのに・・・
怖さの為、撮影を忘れていると、先任曹長が変わって撮り始めました。私はぼう然自失でした。
五分程その場にいたでしょうか。
小隊長が撤収の令を出し、三つの扉を閉め上に戻ろうとしたその時、
「開けろ!出せ~!開けろ!」
この声が、全員に聞こえてきました。
一斉に全員地上へと駆け上がり、最後の蓋を閉じ、また鎖でグルグル巻きにし封印しその場を後にしました。
撮影した映像は師団長、基地司令部に渡し、結局、建造物はまた取り壊す事は延期されました。
「あそこは一体何なんですか?」と班長に聞くと「旧陸軍の病院で、戦場で精神をやられた兵士の隔離施設だったんだ」と聞かされました。
何度も取り壊す予定があったのですが、重機が入ると、隊員や機械が直ぐに破損し、隊員が精神に支障をきたすとなんの手立ても出来ず、現在も放置されているのだそうです。