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 パネリストの発言が終わった後、西村修平の携帯電話の番号が公開された。会場に在日特権を許さない市民の会メンバーや安田浩一氏の書籍に反論しようとする者が声をあげず、議論が盛り上がりそうにないと考えた司会の野村旗守氏の配慮であった。しかし、これは結果として失敗であった。西村修平氏の携帯電話に変な電話が連続でかかってきたのである。その電話の問題点は、質問が興味深いわけでも、反論が的確なわけでもないことである。最初に在日特権を許さない市民の会の関西地区のメンバーであると思われる男性、次に在日特権を許さない市民の会の東京地区の男性であったが、話す言葉を持っていない人物であった。安田浩一氏に対する反発の感情と口に論理や頭脳がついていないと言える。その後ネットからの質問が紹介され、朝鮮学校に対する補助金に対する質問が安田浩一氏に投げかけられた。そして広島県の五條剛氏が「右翼は名前を名乗って活動するが、桜井誠は通名を名乗っている。桜井誠は朝鮮人か。」という質問がなされた。確か桜井誠氏は役所の税務関係の仕事をしていたはずであり、そのような立場の人間が本名を公開して政治活動するというのは非常なリスクを伴う行為であることは十二分に推察することができる。広島県の五條剛氏は、維新政党・新風の無理筋の擁護や荒巻靖彦被告人の出鱈目な裁判期日を得意気に流布した横拳こと永島研二氏を必死で擁護するなど痛い人物として名が通っているが、千載一遇の挽回のチャンスとして電話で質問に至ったのであろうか。

 討論はその後朝鮮学校に対する補助金の議論となったが、私はそこに違和感を感じた。それは朝鮮学校に対する補助金の問題ではなく、私立学校に対する補助金全体の問題である。私立学校はそれぞれの教育方針に基づいて教育を行っている。国であれ地方公共団体であれ、その教育方針に対して介入すべきではないのは言うまでもないことであろう。補助金を交付するということは、結果として国なり地方公共団体の意向にそった教育を行えという圧力となるのであって、それは国として好ましいことではないことは明らかである。国や地方公共団体が私立学校に対して行う支援は補助金という仕組みで行うべきではなく、私立学校側に義務が発生しない非課税等の措置の拡大によって行うべきであろう。

 その後西村修平氏の切れ味鋭いブーメランが数多く投げられた。

「相手を斬ればその返り血を私も浴びるんです。」

 例えば、西村修平氏は平成20年9月1日に東村山駅前のブティックを襲撃したが、それはブティックの店主が矢野穂積東村山市議会議員や朝木直子東村山市議会議員との民事裁判で疲れきっている存在であることを自覚したうえで行ったことではないのか。千葉英司東村山警察署副署長、ジャーナリストの宇留嶋瑞郎氏などから提訴されたことによって西村修平氏は東村山について語らなくなったが、仮にそのような事態とならなければますますエスカレートさせていたのではないか。そして、西村修平氏の思想とまったく異なる東村山市議会会派草の根市民クラブと手を組んだのは、金、人、モノという有形無形のうまみがあるという利が原因なのではないか。埃だらけの増木重夫氏を財布として活動していた疑惑については荒井禎雄氏によっても指摘されていたが、西村修平氏からそれに対する反論らしきものを行っているのを見たことがない。

「逃げ得は許されないんです。」

 この言葉は元々主権回復を目指す会のメンバーで現在は袂を分かった細川氏や紫藤氏に聞かせたい台詞である。第二次街宣名誉毀損裁判で西村修平氏は何を述べ、どのように行動したか。すべては逃げ得を狙ったものではなかったのか。

「プロは利によって迷走し、アマチュアは理によって暴走する」

政治活動、社会運動について私が表現した言葉であるが、プロである西村修平氏の活動にはそれらのうまみを追求する姿勢がそこかしこに見られる。そして現在でもこの言葉は当たらずとも遠からずという印象を強く持っている。

 


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