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【正論】東京大学名誉教授・小堀桂一郎 乃木大将が殉じた明治の倫理観
そこで謂(い)はば革命政府の統領からお墨付きを貰(もら)つた急進派集団の如くに、言論・教育界を我物顔に横行闊歩(かっぽ)し始めた。文部省の学習指導要領は、歴史の教育目標が社会の段階的発展の功利的意義を子供に理解させる事にあるのだと定義し、この論理を以てすれば、凡(およ)そ過去は現在よりは価値が低く、現在は未来よりは価値が低いことになつた。歴史の教材から各時代の代表的個人の業績が消え、大衆的集団の損得利害が専ら時代の価値を決定するかの様に教へた。
こんな風潮が60年余り続いた揚句に、輓近(ばんきん)漸(ようや)く、歴史を動かす動因としての個人の意味を考へ直す新思考、といふよりも歴史は人物中心に考察してこそ面白く、且(か)つ現在に生きる人間への指針として意味があるのだといふ考へ方が復活してきた様である。それは端的に健康な傾向であり、歓迎に値する動きである。
健康な歴史観の復調といふ曙光(しょこう)の中で眺める時、乃木希典夫妻の自裁といふ行動の持つ深い意味を理解できず、揶揄(やゆ)と冷笑を以て遇することしかしなかつた、大正教養派などと呼ばれる当時の一部知識人の浅はかさが、今こそ百年後の後生による厳しい批判を受けるめぐり合せになつてゐる。
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