From The Side Line スポーツコラム
MLB
高橋 洋一郎
『沈黙 ?松井秀喜?』
9月10日(月)
9月中旬。
メジャーのシーズンもいよいよ3週間と少し、各チームとも20余試合を残すところとなった。
日々の試合で順位が入れ替わるような激戦地区もあれば、すでにほぼプレーオフ進出を射程圏内におさめ、シーズン残りの試合をその「準備」へと切り替えつつあるチームもある。
今シーズンからワイルドカード枠が一つ増えプレーオフで戦う事ができるのは計10チーム、その10の中に入ろうとこれからも各地で熱戦が続く。
まだまだいくつものドラマを期待させるような、熱い残り3週間であることは間違いなさそうだ。
そんな「熱さ」とは無縁、ユニフォームを着ることさえなく、独り沈黙のなかで9月を過ごしている野球選手がいる。       
松井秀喜選手だ。

ニューヨークはすっかり秋である。    
街を渡る風にはひんやりとした心地のいい冷気が混じり、道行く人たちの出で立ちには、袖がつき始める。
クリスピーな空気に街の輪郭はくっきりと浮かび、鮮やかな色彩に包まれ、立ち上がる。
ニューヨークが最も美しい季節だ。
そんな街で、松井秀喜選手はメジャー10年目の『残りのシーズン』を、ユニフォームを着ることなく過ごしている。
「まだ今後のことは何も決めていない。」
7月25日にタンパベイ・レイズを戦力外となった当初、この言葉だけを残して公の場から姿を消した。
獲得に手を挙げるチームもないまま9月に入り、秋の声とともに今季は事実上終了となってしまった。
「まだ何も決めていない。逆に今はまだ決める必要がないから。」 言葉のニュアンスだけが変わった。

プロ20年目、いやこれまでの野球人生において初めてとなる、シーズン中にもかかわらずシーズンオフとなってしまった自らの憂き目とはどのようなものなのだろうか?
悔しさ、敗北感、焦り、終末感……
ただこれまでの彼がそうであったように、そのような感情を直接表に出すことはない。   
「仕方が無い。今はゆっくり休むだけ。」 
とこれまでと何も変わらない、いつもの松井選手がいるだけだ。

引退?                
「その可能性もゼロではないよ。」    
しかしそう言う言葉には、その意味自体とは不釣り合いな力がこもっている。
まるで「それはないね!」とでも言わんばかりに。
すでに前を見据えている。        
それがゆえに、そしてそこにたどり着くために、今はゆっくりと休む事だけしか考えていない。
ニューヨークに戻ってから一月以上経った。
すでにバットを振らなくなって久しい。  
身体は動かしているがジムでの簡単なトレーニングのみ、今は“野球”そのものをしていない。
もうしばらくは、この状態を続けるという。
野球をしない野球選手。           
とりあえず今は…
「元気ですか?」の問いに、「元気だよ!」と、元気な答えが返ってくる。 
そのうちまた、“野球”をやり始めるはずだ。  
もしかしたら、誰も知らなかった仕方で。
その姿が待ち遠しい。
【著者】高橋洋一郎
1990年よりアメリカ在住。
スポーツは”するもの”ではなく”観るもの”としっかり割り切る、実はインドア派。
著者の高橋洋一郎さん
著者の高橋洋一郎さん