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ブームの仕掛け人
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◆ 生い立ち〜ピーターヨネナガの少年時代〜◆ 大いなる志の芽生え 〜アメリカ滞在時代〜さらにヨネナガはカリフォルニア大学バークレー校に編入学からカラテクラブの指導員としてまた、バークレー市の町道場でも教えた。日本の文化をアメリカ人に伝えるのに又とない機会であった。 ヨネナガは外交官になるのを夢見て猛烈に勉強をしたが、町の道場経営や日本語指導にも時間を使い多忙な日々を過ごした。そこで友人のアメリカ人ケネス・ピューダーと共にカリフォルニア・スポーツ団体を起こし数千人を収容できる体育館で大会などを催した。これが生涯初めてのビジネス体験であった。ヨネナガはこれを持って、サクラメント市にあるスポーツ振興団体やスポンサーに売り込みに行く。カリフォルニア知事に手紙を出し、スポーツを通じて日本の文化を紹介した。しかし知事や市からは全く返事がなかった。当時は財政的に厳しく日本の文化を広く紹介するような考えは、どこの馬の骨かも分からないヨネナガの考えは理解されなかったようだ。(中には日系人もいたがヨネナガのような日系2世には文化のアイデンティティーにおける3世、4世などとの差が出てくる理由がみてとれる。) ◆ 世界を感じる旅へ 〜ビジネス世界に飛び込むまで〜帰国後、無事卒業したが現地の日系企業でアルバイトをするうちにビジネスに興味を持つようになった。特に輸入・輸出のコーディネーターを任され多くの日系企業の業者と関係を強めていった。会社を辞めて新しいグローバルビジネスのアイディアをクロネコヤマト社(米国では、ヤマトUSA)にアポなしでプレゼンしに行ったのも「今考えたことを今やる」の実行性によるものだと思う。当時のヤマトUSAで輸出部長だった川俣氏はこの時のことを、次のように語っている。 「当時、ピーターさんが売り込んでいる最中に、日本通運の人から、ほんとうにすごいかどうか見てくれないかと頼まれて立ち会った。ピーターさんは険しい顔をして座っていた。変なことをいったら殺すぞという感じだった。あの時は料金が高すぎるなどの、話をしたことを覚えている。その時に印象的だったのは、ピーターさんに”名刺を欲しい”といったら”名刺はまだない”といわれ、名刺がなくてビジネスが良く出きるものだと思ったことだ。」 年のジャパン・ソサエティーでの新年会で二人が対談した発言より抜粋)ヨネナガは、日通で門前払いされたことなどを川俣氏に正直に話し、自分がアメリカに単身わたりバークレーで勉強していることなどを話した。川俣氏は目の前の企画書に興味を持ち、事業に投資してくれるようにと即決した。川俣はピーターとは初対面であったが、ヨネナガの真摯な性格に心打たれたという。 ◆ サクセスへの道 〜アメリカでの開業、成功〜ヨネナガは日本円にして800万円でヤマトに成功報酬というかたちで支払った。そして残りの1000万円を元手に今で言う学生ベンチャーを始める。会社の名前はアトラス・インターナショナル、翌96年の設立である。このアトラスインターナショナルを経営する上で、ヨネナガはマネージャーにエディ・ヨシムラという日系アメリカ人でヨネナガの3歳年上の人間を雇う。当時ヨシムラはアトラス・インターナショナルで働くのをためらった。バークレーを卒業したら、シリコンバレーに芽生えつつあったハイテクベンチャーで働くことができる。それをやめて、どこの馬の骨ともわからないヨネナガと働くことを周りの人間がとめたのである。ヨネナガはこれに対して「僕はいつか日本に帰るのだから、その時は会社を君に譲る。」と言って口説き落とした。彼らがやったのは日本から来た駐在者の引越便の受け渡しや現地の日系企業の日本向け貨物の仲介などであったという。自社のトラックなどは一切持たず全てアウトソーシングで給料も直接商品を降ろしたドライバーが給料を直接企業からもらえるようにした「サプライチェーン・マーケティング」で成功した。 ◆ 新たなる挑戦 〜英会話業界への参入〜ヨネナガは2000 年5月に帰国した。サンホゼ市で作った会社の名前と同じなのであるが、アトラスマンツーマン英会話という会社を設立。数年をかけて、英会話スクールの現状とサービス、マーケティングなどを研究した。大小関わらず全ての英会話学校を見学、体験レッスンを受けた。もちろんヨネナガが入れるクラスは一つもなかった。 この時の経験を参考に、ヨネナガはこのような経営方法をまとめた。 ●「プライベートレッスンを低価格で提供できること」 ●「教室に通わなくても講師と英会話を練習できるスペースが必要」 ●「長く続けることができるように講師にもサポートをしてもらうこと」 ●「入会したら2,3回でレッスンを受けない幽霊会員を作らないこと」 ●「カリキュラムや自宅学習を相談できる経験豊富なスタッフの人材獲得」 ●「そのビジネスはユニークであり、かつ誰にもやれないこと」 ●「大きな投下資本を必要としない事業であること」 ●「インターネット以外で宣伝はしないこと」 ◆ 未来への階段 〜アトラスの現在とこれから〜それが大成功。その後は、一日数十人のペースで体験レッスンの申込者が続出。1日に10名以上が入会する人気英会話スクールになった。現在は、スタッフの数が少なく限定で数名に講師を紹介しているが希望者の長蛇の列が並んでいるようだ。ヨネナガは新しいコース(プレミアムコース)を武器にして、生徒数を3000人、講師数を1000人と次々と成功させていった。やがて、アトラスマンツーマン英会話はマンツーマン英会話レッスン専門として、全国展開する戦略を打ちだした。そしてオンライン英会話レッスン e-Atlasをケーリンク社と共同開発を始めた。 これ以降ヨネナガは様々な山や谷を経験するものの、発展を続け横浜駅、名古屋駅のすぐ前にに新しくラーニングスタジオをオープンさせる。北海道の英会話スクールでは始めて全国展開を目指した。 |