表12はチェルノブイリ事故後の疾患別患者統計の年次推移である。このデ-タはA.ニャ-グら196)により報告されたもので、チェルノブイリ周辺の人々を同じ方法で何年にもわたって診察した結果である。この表を見ると被ばくしてもしばらくのあいだは患者数が増えていない。しかし、数年後からすべての群で患者数が大幅に上昇している。枠内の数値は住民10万人あたりの患者数を示しており、多くの住民がひとつではなく、複数の疾患に苦しんでいることがわかる。
事故後数年して、広島・長崎の犠牲者のデ-タをこの地域にも適用できることが明らかとなった。しかし、当局は放射線被ばくとがん以外の疾患の関連性を認めようとはしなかった。さらに、失われたデ-タがこの分野の研究を邪魔した。
表12.北ウクライナ住民(チェルノブイリ事故で被ばく)の精神身体疾患の患者数推移
(1987年~1992年) 197)
登録患者数/ 10万人あたり
| ||||||
青少年と成人
| ||||||
病気/臓器
|
1987年
|
1988年
|
1989年
|
1990年
|
1991年
|
1992年
|
内分泌疾患
|
631
|
825
|
886
|
1,008
|
4,550
|
16,304
|
精神疾患
|
249
|
438
|
576
|
1,157
|
5,769
|
13,145
|
神経系疾患
|
2,641
|
2,423
|
3,559
|
5,634
|
15,518
|
15,101
|
循環器疾患
|
2,236
|
3,417
|
4,986
|
5,684
|
29,503
|
98,363
|
消化器疾患
|
1,041
|
1,589
|
2,249
|
3,399
|
14,486
|
62,920
|
皮膚疾患
|
1,194
|
947
|
1,262
|
1,366
|
4,268
|
60,271
|
筋骨格系疾患
|
768
|
1,694
|
2,100
|
2,879
|
9,746
|
73,440
|
次の表13も同じ文献から引用した。4つの住民グル-プで、健康な人の数が減少していることが示されている。例えば、1987年の時点では汚染除去作業員の78.2%が健康であるが、1996年にはその割合は15%まで減少している。
もっとも問題と思われるのはⅣ群-被ばくした親の子どもたちの群-である。これらの子どもたち自身は直接チェルノブイリの被害を受けていないが、両親がチェルノブイリ事故に遭遇している。こうした子どもたちの健康状態は年を経るにつれ悪化していることは憂慮すべきことである。遺伝子が影響を受けた可能性はある。しかし、答えの見つからない疑問もまだ数多く残されている。
表13.被ばくした住民(ウクライナ)の健康悪化 198)
健康な人の割合(%)
| ||||||||||
犠牲者の種類
|
1987
|
1988
|
1989
|
1990
|
1991
|
1992
|
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
I 汚染除去作業員
|
78.2
|
74.4
|
66.4
|
53.3
|
35.8
|
28.8
|
23
|
19.8
|
17.6
|
15
|
II 避難者
|
58.7
|
51.6
|
35.2
|
26.2
|
29.7
|
27.5
|
24.3
|
21.1
|
19.5
|
17.9
|
III汚染地域の住民
|
51.7
|
35.4
|
35.2
|
26
|
31.7
|
38.2
|
27.9
|
24.5
|
23.1
|
20.5
|
IV 被ばくした親の子どもたち
|
80.9
|
66.8
|
74.2
|
62.9
|
40.6
|
n.d.
|
36.9
|
32.4
|
32.1
|
29.9
|
表14は、ホメリ(ゴメリ)地域(南ベラル-シの高度に汚染された地域)の子どもたちの健康状態の推移を示している。表は1985年から始まっている。この欄を見ると、1985年には子どもたちの患者数は意図的に少なく記録されたのではないかという疑問がわく。しかし、この欄を抜きにして考えても、残りの1990年から1997年の欄において、大きな変化が認められる。患者数の大部分ががん以外のカテゴリ-に属していることは明らかである。引用した元のデ-タから、相当数の小児が複数の疾患に同時に苦しんでいることも明白である。
がん以外の疾患に関して、放射線被ばくがどのように“作用 ”しているのかについてはまだ解明が始まったところである。しかし、この問題に関して積極的な追及はなされていない。なぜならこれらの疾患群の人々を全て放射線被ばくに起因する病気として公式に認めた場合、おそらく放射線被害をうけた人の(チェルノブイリだけではなく)総数が、突然急上昇すると考えられるからである。西側の世界ではこのような疾患に関するデ-タは集積されておらず、登録もされていないため、この問題に関する調査はほぼ不可能である。
表14.小児疾患の患者数/10万人あたり(ホメリ地域/ベラル-シ) 199)
疾患グル-プ/臓器
|
1985
|
1990
|
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
初診者数
|
9,771.2
|
73,754.2
|
108,567.5
|
120,940.9
|
127,768.8
|
120,829.0
|
124,440.6
|
感染性疾患/寄生虫疾患
|
4,761.1
|
6,567.7
|
8,903.3
|
13,738.0
|
11,923.5
|
10,028.4
|
8,694.2
|
腫瘍性疾患 *
|
1.4
|
32.5
|
144.6
|
151.3
|
144.6
|
139.2
|
134.5
|
内分泌疾患、栄養・代謝・免疫系疾患
|
3.7
|
116.1
|
1,515.5
|
3,961.0
|
3,549.3
|
2,425.5
|
1,111.4
|
血液骨髄疾患
|
54.3
|
502.4
|
753.0
|
877.6
|
859.1
|
1,066.9
|
1,146.9
|
精神疾患
|
95.5
|
664.3
|
930.0
|
1,204.2
|
908.6
|
978.6
|
867.6
|
神経感覚器疾患
|
644.8
|
2,359.6
|
5,951.8
|
6,666.6
|
7,649.3
|
7,501.1
|
7,040.0
|
循環器疾患
|
32.3
|
158.0
|
375.1
|
379.8
|
358.2
|
422.7
|
425.1
|
呼吸器疾患
|
760.1
|
49,895.6
|
71,546.0
|
72,626.3
|
81,282.5
|
75,024.7
|
82,688.9
|
消化器疾患
|
26.0
|
3,107.6
|
5,503.8
|
5,840.9
|
5,879.2
|
5,935.9
|
5,547.9
|
泌尿生殖器疾患
|
24.5
|
555.2
|
994.8
|
1,016.0
|
961.2
|
1,163.7
|
1,198.8
|
皮膚疾患
|
159.0
|
4,529.1
|
5,488.3
|
6,748.2
|
7,012.6
|
6,455.0
|
7,100.4
|
筋骨格系疾患/ 結合組織疾患
|
13.4
|
266.0
|
727.7
|
937.7
|
847.4
|
989.9
|
1,035.9
|
先天性奇形 **
|
50.8
|
121.9
|
265.3
|
307.9
|
210.1
|
256.2
|
339.6
|
事故と中毒
|
2,590.2
|
3,209.7
|
4,122.7
|
4,409.8
|
4,326.1
|
4,199.1
|
4,343.0
|
* 1985 年だけは悪性腫瘍のみ, ** 流産の場合の未報告例では奇形児を多めに見積った
糖尿病
デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ大学とミンスクのベラル-シ内分泌アドバイスセンタ-の内分泌科医たちは共同で、ベラル-シの小児および青年を対象に、糖尿病の発症についての調査を行なった。1980年から2002年まで、23年間の長きにわたり、汚染の程度がかなり異なる2つの地区で、糖尿病1型(インスリン依存性で、若年成人に主に発症するタイプ)の発症率(1年間に新たに発症した率)を検討した。汚染度の高いホメリ地域と比較的軽度に汚染されたミンスク地域のデ-タを事故前の1980年~1986年と事故後の1987年~2002年に分けて比較した。解析対象はホメリ地域の643人とミンスク地域の302人である。
事故前の1980年~1986年では、ホメリとミンスクのあいだには発病率に差はなかった。一方、事故後の1987年~2002年では、両地域の発病率に有意な差異が認められた(p<0.001)。さらに、ミンスク地域では事故前と後では発病率に差が認められなかったのに対し、高汚染地区であるホメリ地域では事故前と比較して事故後に、糖尿病1型の小児および青年が年間約2倍の人数になった。ホメリ地域でもっとも発病率の高かった年は1998年であった200)。
事故前の1980年~1986年では、ホメリとミンスクのあいだには発病率に差はなかった。一方、事故後の1987年~2002年では、両地域の発病率に有意な差異が認められた(p<0.001)。さらに、ミンスク地域では事故前と後では発病率に差が認められなかったのに対し、高汚染地区であるホメリ地域では事故前と比較して事故後に、糖尿病1型の小児および青年が年間約2倍の人数になった。ホメリ地域でもっとも発病率の高かった年は1998年であった200)。
放射線被ばく後の神経障害と精神障害
以前にチェルノブイリ地域に住んでいた多くの成人が精神病性障害に苦しんでいる。その原因として、放射線で神経細胞が損傷されるのではないかといわれている。1992年という早い段階からこの説を唱えていたのが、キエフにあるパラギュイン生化学研究所のナデイダ・グラヤである201)。 別の可能性として、電離作用をもつ放射線が特に血管に障害を及ぼした結果、大脳の血流障害が起き、脳への組織傷害が引き起こされるのではないかとも考えられている。この説は、モスクワにあるロシア科学アカデミ-の神経生理研究所のジャヴォロンカヴァにより提唱された。
さまざまな国の科学者たちが指摘していることだが、最大の問題となるのが、チェルノブイリ事故が人々のメンタルヘルスにいかに影響を与えたかということである(ここで問題にしているのはいわゆる“放射線恐怖症”のことではない-“放射線恐怖症”とはモスクワで作り出されたにせの病気で、放射能から国民の目をそらすため、何の証拠もないのにあらゆる健康問題の“真”の原因であるかのように宣伝してきた)。
WHOとIAEA、チェルノブイリ・フォ-ラムの健康に関する専門家チ-ムは、特別に注意を払うべき領域として次の4つを指定した;①ストレスに関係する症状、②小さい子どもの脳発達への影響、③高度に被ばくした汚染除去作業者の器質的脳障害、④自殺率。K.ロガノフスキ-がすでに指摘していることであるが、日本の原爆被爆者では6%もの人が統合失調症になっている。チェルノブイリの汚染除去作業者は、放射線の直接作用だけでなく、事故による他の原因で精神障害になるリスクも抱えていることは疑いようもない202)。
ロガノフスキ-は、汚染除去作業者ががん以外の疾患にかかる危険率を出そうと、多くの異なる研究を集め検討した。そして、統計学的に有意な結果が得られた。それによると、被ばくした1グレイ当りのリスクの増加(過剰相対リスクERR/Gy)(訳注:1グレイ被ばくした時、ある病気になる確率がどれくらい増えるか、ということである。0.4であれば100人が140人に増えるということになる)は、以下のようになる。
精神障害はERR/Gy=0.4(95%信頼区間=0.17—0.64)、神経学的感覚障害は0.35(95%信頼区間=0.19—0.52)、内分泌疾患は0.58(95%信頼区間=0.3—0.87)(ビリウコフら2001、ブズノフら2001、2003)、神経症性障害は0.82(95%信頼区間=0.32—1.32)である(ビリウコフら2001)。しかし、全体としてもっとも高リスクのものは、脳の血流障害(脳血管機能障害)で、1.17(95%信頼区間=0.45—1.88)である(イワノフら2000)。
さらに最近、150ミリグレイ(mGy)を超える外部放射線被ばくだけで脳血管機能障害のリスクが高まることがわかった。ERR/100 mGy/day=2.17(95%信頼区間=0.64—3.69)が示された(イワノフら2005)。 しかしながら、これらの結果は、適切にデザインされた精神医学の調査と標準化された診断手続きによってなされたものではなく、精神障害に関する州の健康システムからの情報を単に解析したものに基づいている。
精神障害はERR/Gy=0.4(95%信頼区間=0.17—0.64)、神経学的感覚障害は0.35(95%信頼区間=0.19—0.52)、内分泌疾患は0.58(95%信頼区間=0.3—0.87)(ビリウコフら2001、ブズノフら2001、2003)、神経症性障害は0.82(95%信頼区間=0.32—1.32)である(ビリウコフら2001)。しかし、全体としてもっとも高リスクのものは、脳の血流障害(脳血管機能障害)で、1.17(95%信頼区間=0.45—1.88)である(イワノフら2000)。
さらに最近、150ミリグレイ(mGy)を超える外部放射線被ばくだけで脳血管機能障害のリスクが高まることがわかった。ERR/100 mGy/day=2.17(95%信頼区間=0.64—3.69)が示された(イワノフら2005)。 しかしながら、これらの結果は、適切にデザインされた精神医学の調査と標準化された診断手続きによってなされたものではなく、精神障害に関する州の健康システムからの情報を単に解析したものに基づいている。
しかし、旧ソ連を後継した国々で精神医学の教科書的知識を見てみると、身体疾患との誤解や精神障害のシステムにおける診断の誤り(例;精神病性や器質性とせずに神経症性とする場合)のため、精神障害が行きすぎた過小評価を受けていることがうかがえる。実際、ウクライナ保健省は、1990年、1995年、2000年での精神障害の発症率を、それぞれ2.27%、2.27%、2.43%と計算している。
しかしながら、標準化された手法を用いたWHOの世界精神保健調査(WMH)によると、ウクライナの発症率は20.5%(95%信頼区間=17.7—23.3)とされる。つまり、州の健康システムは、精神障害の発症率を少なくとも10分の1も過小評価していることになる。世界精神保健調査には、恐怖、うつ、心身症やアルコ-ル乱用などのいわゆる精神不安が含まれるが、精神病、器質的障害に基づいた精神障害や精神遅滞といった専門用語の使用は避けられている。
しかしながら、標準化された手法を用いたWHOの世界精神保健調査(WMH)によると、ウクライナの発症率は20.5%(95%信頼区間=17.7—23.3)とされる。つまり、州の健康システムは、精神障害の発症率を少なくとも10分の1も過小評価していることになる。世界精神保健調査には、恐怖、うつ、心身症やアルコ-ル乱用などのいわゆる精神不安が含まれるが、精神病、器質的障害に基づいた精神障害や精神遅滞といった専門用語の使用は避けられている。
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