保坂展人区長 殿

 

私はフリーライターの嶋田和子と申します。

これまで、精神医療についてさまざま調べてまいりました。

ことに、自身運営するブログにて、精神医療によって被害を受けられた方々の体験談を募ったのですが、かなりの数の被害報告を受け、その被害の甚大さ、深刻さを肌で知ることとなりました。

ブログ「精神医療の真実 聞かせてください、あなたの体験」

 http://ameblo.jp/momo-kako/

 

そうした経験を踏まえて、少し意見を述べさせていただきます。

現在、若者を対象とした、統合失調症など精神疾患への「早期支援」に向けたさまざまな動きがあります。しかし、残念ながら、現在の日本の精神医療は、若者への早期介入を許せるほどの実力はないと言わざるを得ません。

「治療」といっても、そのほとんどが薬物療法に終始し、寄せられた被害報告の中にも、若者、とくに高校生に対してじつに驚くべき処方が行われていた例があります(別紙の事例参照)。しかも、薬物による副作用等の被害は、そのときだけにとどまらず、その人の人生そのものをも左右しかねない、実に深刻なものであると実感しています。

私は、こうした被害の実態を知る者として、現在進められている「早期支援」「早期介入」に対して、非常な危機感を抱いております。

 

 たとえば、厚生労働省の障害保健福祉推進事業の一環として行われた「早期介入検討会」のモデルケースとして、三重県四日市市の例があります。

http://www.yokkaichi.ed.jp/e-center/nc3/htdocs/index.php?page_id=43

 四日市市は「早期介入」のため、「YESnet」(四日市市早期支援ネットワーク)を立ち上げました。その活動は、HPによると、「統合失調症など精神病の子どもの早期発見・早期支援のために、教育委員会、保健所、医療機関がネットワークを組んだ事業」ということです。

 

 HPの最初のページにこんな言葉が出てきます。

 こんな症状で悩んでいませんか?

  ・みんなが自分を見ている気がする・・・

  ・いつも不安でじっとしていられない・・・

  ・誰かにうわさされてる気がする・・・

  ・音や光がせまってくるみたい・・・

  ・今にも何か恐ろしいことが起こりそう・・・

          ↓↓

  一人で悩まないでまずは 担任の先生に相談してみよう

 

また、別のページには、教師向けとして、

こんな状況がみられる子どもはいませんか?

・物が歪んで見える。不思議なものが見える。

・音に過敏になる。空耳のようなものが聞こえる。

・自分の考えでない考えが浮かんでくる。

・皆が自分のことを注目しているように感じる。

・人が遠まわしに自分のことを言っている気がする。

・機械の音が自分を笑っているように感じる。

・誰かに危害を加えられるのではという考えが浮かんでしまう。

・いつも不安が付きまとい、イライラして、じっとしていられない。

 

 しかも、HPには生徒自らが自分の「異常さ」を診断できる「こころのチェックシート」なるものまで用意されていますが、これはかつて国を挙げて行われた「うつ病キャンペーン」のときに見られた構造そのものです。こうしたチェックシートの裏には製薬会社が絡んでいるのが実際です。

上記の項目は、簡単に言ってしまえば、もし、子供自身がこんな経験を告白し、あるいは教師から疑われたら、即精神科を受診させられるということです。(もちろん、HPには、精神科直結という書き方はなく、さまざまな方策が描かれていますが、結局は「一度、専門の先生に診てもらいましょう」ということになるのは、火を見るよりも明らかです)。

 この厚労省の「研究開発事業」をうけおったのは、「医療法人カメリア」です。そして、ここの大村共立病院の宮田雄吾という精神科医は、統合失調症の早期発見に役立てようと『そらみみがきこえたひ』という絵本(その他にも「こころの病気がわかる絵本」としてうつ病や強迫性障害などを解説した絵本シリーズ)を出版していますが、内容は、すべて薬物療法へ導くものです。

 

三重県では四日市市のほか津市もモデル校を選出して早期介入の実験を行っており、また、長崎県大村市では「早期発見のための学校・地域との連携・啓発事業」を行い、ここ世田谷区でもそうした動きが現在進められております。

そして、いずれは全国的に「早期介入」システムを導入するため、現在、その地固めとも言える研究等がいくつか行われています。

 

こころの健康政策構想会議

 そのひとつが、2010年5月28日に厚労省に提出された「こころの健康政策構想会議」という提案書です。

 ここで高らかにうたわれているのが、「こころの健康推進を日本の基本政策に!」というもので、内容をざっと書けば、

 精神疾患はいま、たいへんな勢いで増えている。しかも、それが社会に与える負担は、癌、循環器疾患を上回って、全体の4分の1を占め、トップである。いわば「こころの健康の危機」に直面しているにもかかわらず、日本においてその手当はこれまで不十分だった。だから、精神医療改革で、こころの困難への啓発や予防などの精神保健、早期発見や早期治療、こころを病んだ人々が地域で生活していけるような専門家チームによるアウトリーチを含む支援などを積極的に行っていかねばならぬ――というものです。

 

 さらに、7月6日の新聞報道によれば、厚生労働省は、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病の「4大疾病」に、新たに精神疾患を追加して「5大疾病」とする方針を決めています。

 厚労省によると、うつ病などの精神疾患の患者は増加し続けており、2008年度に323万人となるなど、従来の4大疾病の患者数を上回っている。また、年約3万人に上る自殺者の9割は精神疾患に罹患していた可能性があるとされており、09年に糖尿病で死亡した1万4000人の2倍に達していた――ということです。

 

 この「こころの健康政策構想会議」の座長は、松沢病院の岡崎祐士氏です。

 提言書の冒頭に、岡崎氏の言葉があります。

この10年でうつ病などが急増し、2005年には300万人、つまり40人に1人以上の人々が精神科を受診するようになりました。30年前の4倍以上の人々が精神科を受診しています。誰でもいつでもうつや不安の病いになってもおかしくない、と言われる状況、こころの危機といえる状態になっています。」

 そして、自殺者はずっと3万人を超えたままである、と。

 

 うつ病患者が300万人で、40人に1人が精神科を受診していると……確か、少し前まではうつ病100万人と言われていたはずですが、それがいつの間にか300万人。

 こう書くと、いかにも「うつ病の人がたいへんな勢いで増えている」と思われるかもしれませんが、うつ病激増の裏には、カラクリがあります。

 まず、「うつ病」という疾病概念の果てしのない拡大解釈です。失恋をして落胆している人も、肉親を亡くして悲しみに暮れている人も、精神科を受診すれば、みな「うつ病」と診断されます。

精神科を受診して「気分の落ち込み」を訴えて、即「うつ病」と診断され(つまり誤診ということです)、抗うつ薬を飲むケース、その数が323万人いる、ということです。

つまり、うつ病の人が増えたのではなく、キャンペーンその他の効果(?)によって、「うつ病かも?」と思って精神科を受診する人が増えただけのこと、といえます。うつ病ではないので抗うつ剤を飲んでも効果はなく、結局「治らない」まま、薬を飲み続ける人だけが累積的に増えているという「うつ病増加」のカラクリなのです。(冨高辰一郎氏の『なぜうつ病の人が増えたのか』はそうしたカラクリを解いています。)

岡崎氏がどこまでこうした「事実」をわかってこの文章を書いたのか知りませんが、この文章をよくよく読めば、「精神科を受診してもうつ病は治りません」と自ら告白しているようなものではないでしょうか。

 

しかも、よく取り沙汰されるのが自殺者3万人超という数字ですが――だから、こころの健康政策をもっと熱心に行わなければいけないという論理――これはひどく世間の通りがいい――しかし、これもよくよく考えれば、精神科を受診する人が日本人の40人に1人の割合と増えているにもかかわらず、自殺者は13年間ずっと3万人超のまま減っていないではないか、ということです。

それどころか、自死遺族連絡会(仙台市・田中幸子代表)の調査によれば、自死した人(約1000人)のうち約7割の人が精神科に通院中だったといいます。

つまり、精神科受診はうつ病を治すこともできず、自殺者を減らすことにもならないばかりか、むしろ自殺の一因になっているといえないでしょうか。(多剤大量処方による薬の副作用、離脱症状を考えれば、当然かもしれません)。

つまり、現在の精神医療の質では、精神科受診は、いわゆる「専門家」といわれる人たちが叫ぶ「こころの健康の危機」に対して、なんの役にも立っていないということです。

 

そうした人たちが引っ張り出してくる数字には用心しなければなりません。上記のように、彼らは「世間の通りがいい」言い方で、その数字を都合よく利用しているだけです。そして、マスコミもそうした「専門家の意見」を鵜呑みにし、何の疑いもなく「うつ病は増加し続けて」などとさらりと書き、その裏にある真実についてまったく思考停止の状態です。

 

そんな数字のカラクリから導き出される「こころの健康政策構想会議」です。

そして、それに乗っかる形で、若者に対する「早期支援」を、いかにも善意の顔をして、いま「専門家」たちが強引に推し進めようとしています。

 

統合失調症の早期介入の意義?

「早期介入」に関して、松沢病院はここでも見事にその役割を果たしています。

「若者の回復を支援します」――ユースメンタルサポートセンター松沢(通称、わかばWAKABA)http://www.byouin.metro.tokyo.jp/matsuzawa/wakaba/index.html

 

HPにいわく。

「若者への早期支援・早期治療の重要性」

 他の身体疾患と同様に、青年期の若者がかかりやすい統合失調症をはじめとする精神疾患についても、早期発見・早期治療が重要であるといわれています。専門の支援・治療が遅れてしまうと、病気がこじれて本人や家族の不安、苦しみが深まり、障害も重篤になってしまいがちです。逆に、病気が早期に発見され、早期に専門的支援・治療が受けられれば、順調に回復する可能性が高まります。精神疾患もかかりはじめの対応が肝心です。そのため、精神疾患発病後の未支援・未治療の期間をできるだけ短縮し、初期の継続的で包括的な専門治療を提供することが、若者の回復を促すうえで不可欠となります。

 

この文章は「脅迫」に近いものといえないでしょうか。統合失調症は放っておくと大変なことになりますよ、と。

しかし、「治療が遅れてしまうと……障害も重篤になってしまいがちです」とは、なんとも苦しい表現です。さらに、「かかりはじめが肝心」とは、風邪薬のうたい文句のようですが、いったい誰がそんなことを言っているのでしょう。

もちろん、岡崎氏は、西田淳志氏(東京都精神医学総合研究所)と共に行った「思春期精神病理の疫学と精神疾患の早期介入方策に関する研究」というなかで、もっともらしい海外のデータをあげています。

しかし、それにしたところで、じっくり数字を読みこめば、?マークがたくさんつくような内容です。

岡崎氏らが参考にしているのはオーストラリア、あるいはニュージーランドの研究ですが、そこで出される数字も、数字のマジックで、いかようにも結論を導けます。

 

そもそも、統合失調症の早期介入の意義は何なのでしょう?

早期に介入しないと本当に病気がこじれるのでしょうか?

統合失調症を放置しておくと、障害が重篤となり、結果廃人となってしまうのでしょうか?

もし、早期に介入したとして、統合失調症とはそもそも「予防」できるものなのでしょうか? 薬物治療は症状を抑えるだけのはずですが……。

そして、一番の問題は、統合失調症を正しく診断できる精神科医がどれほど存在するのか、ということです。

冒頭に掲げた枠内のチェック項目に当てはまるかどうかで、子供たちをまずふるいにかけるこの「早期介入」のやり方は、魔女狩りに等しいものです。

そして、ピックアップされた若者へは、結局薬物てんこ盛り療法が施されます。結果は、想像するだけでもおぞましいものとなるでしょう。

 

両の眼をしっかり見開いて、現実を見てください。

「統合失調症(かもしれない)」と診断されて、若者が薬を飲まされ、それで何かが「予防」できたり、「改善」したり、家庭が平和になったり……そんな例がどこに転がっているでしょう。聞こえてくるのは、薬物の副作用による「悪化」ばかりです。こじれにこじれるのは、「治療」をしたからとしかいいようのない被害の現実を無視して、この政策は絶対に進めるべきではない、と強く思います。

 

                        フリーライター 嶋田 和子