※この画像は京都サンガF.C.の著作物を加工して使用しています。
2008年12月6日、京都市右京区の西京極スタジアム。J1最終節を飾る京都サンガF.C.のホームゲームが開催された収容人数約2万人の広大な会場は、好ゲームを期待する熱烈なサポーターで埋め尽くされた。
そんな中、この試合を選手やサポーターとは別の視点から注目している人たちがいた。京都サンガF.C. 取締役 広報・運営部部長の中村邦彦氏。そして、京セラコミュニケーションシステム(以下 KCCS)の研究開発部門のスタッフたちだ。
彼らは、ケータイを手に応援するサンガサポーターたちを注視していた。この日、試合の裏では、通常のワンセグよりも狭いエリアを対象としたワンセグ放送、スポットワンセグを活用した「ポットワン実証実験」が行われていたのである。
研究部
ICT 応用研究課 課長
谷口 友浩
1993年のJリーグ発足の翌年、京都市民約25万人の署名による後押しを受けて誕生した「京都パープルサンガ」は、2007年シーズンに名称を「京都サンガF.C.(KYOTO SANGA F.C.)」に改め、新たな歴史をピッチに刻んでいる。
2008年12月6日、その京都サンガF.C.の試合を舞台に、「ポットワン実証実験」(※1)は実施された。KCCS 研究部 ICT応用研究課 課長の谷口友浩は、この実証実験の概要をこう説明する。
「『ポットワン』とは、スポットワンセグと、続きリンクという2つの技術を組み合わせ、通信と放送を融合させた新しいサービスの名称です。研究部では、KCCS 京都烏丸オフィスを映像コンテンツの送出拠点として、ワンセグケータイユーザ向けのイベントツールとしての有効性を検証するとともに、京都サンガF.C.のファン拡大や満足度向上に活用できるはずと考えていました」。
地上デジタル放送を利用した携帯電話などの移動体向け放送(1セグメント放送)。これに対応したワンセグケータイの累計出荷台数は、2009年1月末時点で5,000万台を突破する勢いである。
京都サンガF.C.
取締役
広報・運営部 部長
中村 邦彦氏
谷口のいうスポットワンセグとは、通常の広域放送とは異なる、特定エリア向けのワンセグ放送のことである。放送電波の到達距離は、半径数メートルから数キロメートル程度。視聴可能なエリアは限定されるが、市販のワンセグケータイでの受信が可能で、通常のワンセグ同様に双方向の通信も可能だ。
例えば観光地やテーマパーク、駅構内などで利用することで、観光情報やエキナカ情報など地域に根ざした情報の提供が可能になるほか、セール・クーポン情報を放送すれば、ピンポイントでの販促にも活用できる。
もう一つのコア技術である“続きリンクシステム”とは、KCCSが独自で開発した通信・放送横断型認証システムである。現地で登録を行うだけで、視聴者は、当該エリアで視聴したスポットワンセグの続き映像を、自宅などのパソコンでストリーミング映像として視聴することができる。続きリンクを組み合わせることで、番組を最後まで見たいという視聴者の満足度を高められる。
京都サンガF.C.の中村氏は、実証実験について、「“続きリンクシステム”を使うことで、ただの放送とは違い、帰宅後のファンの行動や視聴履歴を可視化することができます。ファンの期待に応える商品開発へのフィードバックやマーケティングでの応用といった可能性に着目しました」と、振り返る。
研究部
ICT 応用研究課
山本 和幸
一方、KCCSが、京都サンガF.C.に実証実験の協力を仰いだ理由について、KCCS研究部 ICT応用研究課の山本和幸は、こう述べる。
「周辺に京都サンガF.C.の熱烈なファン層が集まるエリア・設備があること。人気選手が多数いるためコンテンツが豊富にあること。そして、試合開始までの待ち時間にワンセグ放送が有効であるなど、実証実験の場としての諸条件が整っていました」。
配信用の映像コンテンツの開発では、地元放送局や近畿総合通信局と連携し、選手のインタビューやファンからの応援メッセージ、京都にある関連スポットの観光情報などを5分程度の長さに収めたワンセグ特別番組を制作した。
実験放送は試合当日だけではなかった。より多くのファンにポットワン実証実験に参加してもらうため、試合に先立つ2008年11月28日より、スポーツバー「HUB四条烏丸店」と、ショッピングモール「新風館」のそれぞれに専用ブースを設け、スポットワンセグ放送を開始した。
最終節に向けたスタジアムへの来場促進という意味で、選手のインタビューや寄せられた応援メッセージを、ファンがワンセグケータイを使って視聴できるようにする、新しい試みが始まった。
プラットフォーム
事業本部
企画課 副課長
杉田 裕
同じ頃、西京極スタジアムでは、放送用のアンテナや機材のセッティング、コンテンツ配信のための入念なリハーサルが重ねられていた。
KCCS プラットフォーム事業本部 企画課 副課長の杉田 裕は、その時の状況を振り返る。
「ある目的をもったファンが、限定された時間、ある特定エリアに滞留する場所でのポットワン実証実験は、KCCSとしても初めての試み。広い西京極スタジアムの中で、ユーザのいる必要なエリアに電波を届けられるように、電波の発信源となるアンテナの位置や向き、出力レベルなどをきめ細かく調整しました」。
HUB四条烏丸店と新風館ではケータイ向けのコンテンツ配信に微弱電波を用いた。微弱電波は、無線局免許を申請しなくてもよい帯域を利用する仕組み。機器の設置場所にもよるが、その到達範囲は約1メートルである。
HUB四条烏丸店での実証実験ブースの模様
それに対して、西京極スタジアムの観客席では小電力電波を利用。電波を広範囲に出力できる帯域の電波で、到達範囲は、見通しのよい場所で数百メートル〜数キロメートル。サービス内容に応じて調整することが可能だ。ただし、小電力電波によるコンテンツ配信を行うには、総務省へ無線局免許を申請する必要がある。
「無線局免許の申請手続きは非常に煩雑で、敷居が高いのは事実です。しかし、KCCSでは、移動体通信の基地局建設・保守などを行う通信エンジニアリング事業を行っており、免許申請に関するノウハウが豊富にあります。今後、スポットワンセグ放送を検討される事業者に対して、技術面だけでなくサポートをご提供できると考えています」(杉田)。
イベント会場では、限られた時間の中で高いサービス品質が要求される。ICT関連事業および通信エンジニアリング関連事業で培ったKCCSのノウハウが、そこではフル活用された。
スタジアムでの実証実験の模様
実証実験当日、スタジアム開場時に、杉田自身も含め、KCCS研究部のスタッフは、手製のチラシ約8,000枚をファンに手渡しで配り、受信エリアの告知につとめた。その甲斐もあって、実証実験では、貴重なデータが数多く得られたのである。スタジアムで実施したアンケートへの回答は638件。京都サンガF.C.という京都に深く関わりのあるコンテンツであることや、ワンセグがスタジアム内での待ち時間に手軽に楽しめるツールであったことが、アンケートからもうかがえた。
スタジアムでは、アンテナ設置場所の見通しが良く、大部分のエリアで良好な受信結果を得ることができた。HUB四条烏丸店と新風館では、KDDIが開発したマルチキャスト技術を利用し、複数拠点へのコンテンツ同時配信実験も実施した(※2)。 試合の告知や京都近隣の観光情報など、1日10回の番組入れ替えを行ったが、ほぼリアルタイムでコンテンツ更新を確認できたという。
また同時に、スポットワンセグの地域ICT技術応用を目的に、地震速報の配信実験も実施。近畿総合通信局の協力のもと、地震速報をワンセグ映像にCM形式で流し、ユーザの反応をうかがった。
ユーザからの意見は、良い意見と改善要望とがほぼ同数寄せられた。「スポットワンセグやワンセグに対する期待の声もある反面、使い勝手や事前の告知方法などへの指摘も多かった。次回への改善材料として活かしたい」と杉田は述べるが、それも実証実験の大きな収穫であったことは間違いない。
コンテンツ面では、「今まで蓄積した京都サンガF.C.の膨大なコンテンツ資産をもっと活かせるという手応えがあった」と中村氏は述べる。
京都サンガF.C.がJ1発足後の初ゴール映像、数々の名シーンのリプレイ、ゴール後の歓喜の表情などは一例だ。「著作権管理や課金システムなどのハードルがあるが、それも順次解決していけば、こうした映像をワンセグケータイに配信する、待ち受け画面にしてもらう、といったことが可能になるのではないか」と中村氏は今後を展望する。
昨今では、屋外や店舗、駅や電車などの交通機関で利用される多様なディスプレイを、デジタル通信を利用した広告媒体として活用するデジタル・サイネージが注目されている。
「ポットワン実証実験が示すように、手のひらの上にユーザの属性にあった情報を表示できれば、次回試合の告知やグッズの紹介など、さまざまなコンテンツを連動させ、ファンの満足度向上に加えて、京都サンガF.C.のビジネス基盤強化にもつながると考えています」と中村氏は述べる。
この実証実験を通じて明らかになったのは、コンテンツ、設備・エリア、配信システムといった条件さえ整えば、ポットワンサービスが集客アップやサービス満足度向上につながる可能性がある、という点だ。
これまでもKCCSでは、東映太秦映画村などで同様の実証実験を行ってきたが、観光地やテーマパーク、スポーツ観戦場、ショッピングセンターといった特定エリアにいるユーザが、今すぐ知りたい・見たいというコンテンツをダイレクトに伝える新しいメディアとして、スポットワンセグの注目度は高い。
「通信、放送双方のエンジニアリング力のあるKCCSと、コンテンツを持つ弊社が、WIN-WINの関係で協業できるならば、今後も、どんどん提案してほしい」と中村氏は言う。
サポーターを巻き込んで地域をさらに活性化する、熱いコラボレーションに期待だ。
※1 実験局免許での実験サービスになるため商用サービスとしては提供できません。(2009年5月時点)
※2 ワンセグコンテンツをIPネットワーク経由でマルチキャスト配信し、遠隔地において地上デジタル放送規格に準拠したワンセグ信号へリアルタイムに変換する技術は、KDDI様の「IP/RF変換技術」を応用しています。