真・恋姫†無双 変革する外史。 (たいち)
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前書き

こんにちは


前回、ネギまのssを書いていてにじファン3.15の件で
別の場所で連載を続けていましたが、
無事にネギまのssを完結させることが出来ましたので
その次回作として今回恋姫のssを書くことにしました。

ネギま! 神様から頼まれたお仕事。 仮設避難所
http://current9.blog.fc2.com/


宣伝はここまで。




さて、今回恋姫ssを書くにあたって
わざわざ前書きを用意したのは
三国志の歴史考察に於いて
色々とおかしな所が出るであろう事がわかっているためです。

私は三国志時代の歴史考察などについては全くの素人です。
wikiやweb 本等で調べてはいますが
一つの案件についても諸説あったり
史実と演義等で違ったりしてるみたいなので
ひとつひとつ細かい所まで調べていたら
死ぬまで完結させることができませんので
三国志や中国の歴史に詳しい人が見て
ここ違う、そこはおかしい、等有りましたら
軽く指摘して頂くか、
素人知識で勘違いしている 馬鹿な私を生暖かい目で見るくらいで
勘弁していただけたらと思います。


それ以外にも 話しの展開上
「それはねーよ。」とか「あ り え ん (w)」とか
捏造設定、ご都合主義等で 様々な意見があると思いますが
素人が趣味でやっている妄想の範囲なので
その辺も生暖かい目で見てくれるとありがたいです。

ご指摘に関しては修正できるところは
修正していこうとは思いますが
話の展開上無理だった場合は
このssではそういう物だという事で
スルーしていただけるとありがたいです。


あと、それぞれの人物についての呼称ですが
この時代だと

姓+字で呼ぶことが一般的みたいで
姓+名で呼ぶことは一般的ではありません。

(例) 荀 文若  姓+字
    荀 彧   姓+名

姓+名だと むしろ侮辱しているとされるそうです。
幼少時の呼び方として小字、幼名と言うのがあるようですが
ひとりひとり用意できませんし
小字で読んでいると誰が誰の事かわかりにくくなると思いますの
幼少時は基本的に姓+名で呼ぶことにしています。

成長したら分かる範囲で 初対面では姓+字で
ある程度親しくなったり
説明等で わかりやすくするために 姓+名
真名を交わした相手は真名で呼ぶことにしたいと思います。

他人    姓+字
知人    姓+名
親友 家族 真名

一部例外を除いては こんな感じです。


恋姫の設定に関してはPCゲーム準拠とさせてもらいます。
ゲームは初代、真、萌将伝(全部PCの18禁版)とやっているのですが、
アニメやドラマCDは見たり聞いてないですし
ゲームと設定が違うと思うので、
基本は真・恋姫をベースに所々恋姫設定が混じる感じです。


オリキャラは最低限必要な人物だけにする予定です。
個人的に、原作のキャラを大事にしたいので
史実等で有名武将がいる場合でも
極力 恋姫キャラだけで進めていこうかと思います。

あと、様々な捏造設定があります(主に桂花周りや皇室周りで)がご了承ください。

追記
感想欄にネタ等書いていただいたり多少の事は見逃しますが、
展開予想は書き手、読み手、双方の利益にならないので、ご容赦ください。



ご本人から許可をいただけたので、
私がこのSSを書くにあたって資料にした作品を載せておきます。
にじファンから同じハーメルンに移動しています。

資料 恋姫時代の後漢
http://syosetu.org/?mode=ss&nid=189

このような良い資料を参考にさせていただき、
更に色々相談に乗っていただき、所長様には感謝しております。




三国志時代、後漢時代の生活や農業、商業等
一般生活がわかるような本等が有りましたら
教えてくださるとありがたいです。

孫子は読んだけど論語も読んだほうがいいだろうか・・・



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一話

2012年 夜 某所



今日の業務も終わりはしたが、
結構残業したため スーパーはもう閉まっているので
コンビニで夕食に蕎麦とおにぎりを購入し
アパートへと帰宅の途中、
いつも通り近道をするために 近所の公園を横切ることにした。


「はぁ~腹減った。
(あの糞課長 よりにもよって終業間際に
余計な仕事持ってきやがって・・・
アレで自分は帰るとか抜かしてたら
アイツが会社に置いていってる靴に
牛乳でもぶちまけてやるとこだった。)」


そんな いつも通りの帰り道だが、
今日だけはいつもとは違う出来事が一つあった。

少し離れたところから怒号にも近い人の声が聞こえ
何かを打ち付ける音や
金属音等が聞こえてくる。


「ん? 近くで酔っ払いかなんかが喧嘩でもしてんのか?
絡まれると面倒だな・・・少し遠回するか。」


残業で疲れているのか 考えていたことがつい言葉に出てしまうが
実際 言葉通り絡まれると面倒だと考えた俺は
公園から出るように方向を変える・・・
しかし 先程から聞こえる音が
だんだんとコチラに近づいてくるような気がしていた。


「勘弁してくれよな・・・こっちは残業で疲れてるのに・・・」


そう思いながらも では走ってでも逃げるのか?
と言うとそれも面倒だと思ったので
そのまま通常の歩くペースで公園から出ようとした。

だが その願いも虚しく
徐々に音が近づいてきて
何を喋っているのか少しだが
確認できるくらいの距離まで迫ってきていた。


「・・を、かえ・! それが・・な物か・・・のか!」
「黙れ! こ・・あ・・ 俺は・・世界に・・・んだ!」

「喧嘩するのはいいが自分達だけでやってくれよな・・・ったく。」


とりあえず自分の近くに 何やらもめている二人が来ても
無視することを心に軽く誓いながら
そのまま公園から出ようとしたその時・・


「何の目的か解からんが 貴様のような雑魚が
銅鏡を使い外史に渡ったとしても すぐに野垂れ死ぬのが関の山だ!!」
「ぐがぁっ!!」
「な! しまった!?」


男同士の揉める声が聞こえ
何やら 「しまった!」 と言う声が聞こえたが
巻き込まれても面倒だと思った俺は
そのまま無視して歩いていたのだが
急にガラスが割れるような音がなったと思ったら
後頭部に今までで体験したことのないような
激痛が走り そのまま意識を失ってしまった。






「・・・ぃ、・・・・起き・・・ね。」
「大・・慈、貴様が・・・・・りして・・・。」
「うるせーな! あ・・・・・さと
銅鏡を・・・てれば・・・こと・・。」

「・・・つっ・・・いって~・・・
クソッ! まだズキズキ・・・・アレ?」

「おぉ、起きたみたいだぞ!」
「そうみたいなのねぇ。」
「・・・ったく、面倒かけさせやがる。」


さっきは信じられないほどの激痛が後頭部に走ったが
今は痛みも何も感じられない・・・
アレほどの痛みだったら数日は後を引きそうなのに・・・と
考えていたら近くから 数人の男の話し声が聞こえたので
そちらの方を見てみると・・・・

目の前には一部が異様に膨らんだ ピンク色のマイクロビキニが
視界いっぱいに広がった。


「う、うおおぉぉぉっっぉ!!!??」
「あぁら、少しシゲキが強すぎたかしらぁん♪」
「貂蝉(ちょうせん)、漢女ならばもう少し恥じらいを持たんか!」
「・・・訳の解らんことを言うな化け物共が!」
「フフフ。」


とりあえず転がりながら距離を取り
男達(?)の声の方に視線をむけると
そこにはどこかで見覚えのの有る化物2人と
小柄な少年・・・更にその後ろの方に人影が2人ほど確認できた。


「バ、化けも・・・・の?
・・・・・はぁぁ!? な、何でココ・・現実にお前達が・・・っ!?」
「あら、もしかしてあたし達のこと バケモノとか言おうとした?」


慌てて俺は否定するように首を横に振りまくる。


「そうよねぇ~、私のような美しい漢女を捕まえて
そんな酷いこと言わないわよねぇ。」
「我等の美しさがわかるとは、
なかなか見所のある男子よな。
ワシにダァーリンが居なかったら
食事くらいまでならOKするところだったぞ。」
「・・・・貴様らは黙ってろ・・・ヤツが怯える。
おい、聞こえているな?」
「あ、あぁ・・・」
「まずは俺から名乗ろうか、
俺の名前は左慈(さじ)、あそこのバケモノ共は
貂蝉と卑弥呼(ひみこ)と言うが 覚えなくてもいいぞ。」
「・・・やっぱりそうなのか?」
「・・ん? お前・・・俺達を知っているのか?」

「あ、あぁ・・でもお前達はゲームのキャラクターで・・」
「ふむ・・・お前の世界ではそうなのか。
だがわかっているなら話が早い。
外史や銅鏡についてどこまで知っている?」
「外史って言うとアレだろ?
恋姫†無双での正史からいくつもの枝分かれした世界の呼び名・・・みたいな?
後 銅鏡は主人公の北郷一刀が外史に入る時に・・・?」

「ふむ、そこまでわかっているなら話が早い。
簡単にお前の状況について話そう。
俺はお前の世界に流れ着いた銅鏡を回収するために
お前の住んでいる世界に行ったんだが、
何処の馬の骨かわからないバカが
銅鏡を使って外史に渡ろうとしやがってな・・
それを阻止するために 俺が追跡していたのだが
丁度そのバカを蹴り飛ばしてやった時に
銅鏡が放り投げられてな、
その後 街頭に当たり 銅鏡が割れ、
その破片が貴様の頭に刺さってしまい、
貴様は死ぬ所だったのだが・・銅鏡がなぜか作動してしまい
今居るココ、数多もの外史を観測し管理する場、
本来なら俺達のような外史の管理人とでも言うか・・
そういう立場の人間にしか来れない場所に転移してきたというわけだ。」

「・・・・は? イヤ でも俺の頭は・・・なんともなってないぞ?」
「妲己(だっき)様が言うにはおそらくこの場に渡る時に
肉体が再構成されて 元の健康な肉体に修正されたのでは無いかということだ。」
「・・まぁ、よく解からんが、
スゲー痛かったが 特に問題ないならいいか・・・で
俺は何時帰れるんだ?」
「それは無理だ。」
「・・・・は? 何で?
確か初代の恋姫だとそこの貂蝉が一刀・・君を元の世界に戻してただろ?」
「ふむ・・・お前が観測したのが
どこの外史の事か解からんが、
通常の方法で外史に来たのならば それも可能だったかもしれんが
お前はイレギュラーなのだ。
俺達も何度か検討してみたが
結果としてお前が元の世界に戻れば良くて
怪我の状況が再現されて死亡、
悪くて次元の狭間で漂流・・・
まぁ、コレも5分と経たずに死ぬだろうな。」

「・・・・マジ?」
「こんな事で嘘を言ってどうなる。
まぁ、俺が巻き込んでしまったからな
一応 詫びはしておこう すまなかったな。」
「ちょ、ちょっと待て!
じゃあ俺はこの後どうするんだよ!?
っていうか、えらくあっさりした謝罪だな!
人をこんな事に巻き込んでおいて!」
「その事をさっきから検討していたんだ。
俺とて外史の管理人として、
お前がどう感じるかはともかく 詫びの気持ちはきちんと持ってるぞ?
だからお前の希望は俺や、
ココにいる者達で可能な限り望みは応じるつもりだ。
・・・で、お前どうしたい?」
「どうしたいって・・・逆に聞くが どの程度のことをできるんだ?」
「一つは お前が望むなら元の世界に帰すようにしよう、
まぁ、その場合死体としてか漂流だがな。
もう一つは お前をどこかの外史で新たな人生を送らせることも可能だ。
この場合俺達が出来る範囲でサポートする。
あとひとつ有るとしたら・・・ココで餓死するまで過ごすかだな。」
「・・・・実質選択肢は一つじゃねーか。
って言うかそれしか無いのか?」
「俺達にできるのはそれだけしか無い。
お前は俺達の事をよくわかってるみたいだから
わかるだろう?
外史の管理人たる俺達にできることは どの程度のことか。」
「・・・・マジかよ・・・」


こいつらが俺の知ってる恋姫のキャラなら
外史の世界では ほぼ最強だから
こいつらに護衛を頼めば少なくとも
戦争に巻き込まれて死ぬことはないだろう・・・が


「外史って例の三国志の世界しか無いのか?
どこか俺の住んでいた世界に似た世界はないのか?」
「ここから飛べる外史は全てお前の知る
所謂 魏 呉 蜀 の三国志の外史しか無いな。
希望があれば ある程度融通できるが。」
「その融通がきく範囲はどの程度なんだ?
お前達みたいに妖術みたいな術が使えるようになるとか?」
「希望するなら教えてもいいが
死ぬまでに習得できるかどうかと言うところだぞ?」
「意味ね~じゃねーか・・・
じゃ、じゃあ戦闘力や知力が武将並みとかは?」
「無理だ。」
「マジで意味ねー・・・一応理由を聞いても?」

「お前が通常の方法で外史に来たのなら まだ望みはあったが
さっきも言ったが お前はイレギュラーだ、
お前が今持つ身体能力が基本になってしまうから
外史の武将並に変更すると外史から弾かれてしまう。
外史は基本的に異物を排除する傾向にあるため、
元々が異物のお前を武将並にいじると
外史にとって完全な異物になってしまう。
ある程度の範囲なら大丈夫だろうが
武将並は諦めろ。
どうしてもと言うのなら外史に渡ってから死ぬほど鍛えろ。
まぁ それでも届かんと思うがな。」
「・・・俺もそう思う。
俺の世界で気を飛ばすとか、素手で岩を砕くとか絶対無理だもん。
・・・あ、ちょっと待て!」


俺は周りを確認した時、この世界に飛ばされた時に
手元に荷物もきちんと着ていた事を思い出し
慌てて鞄の中を漁る。


「こ、これ! コレを持って行け無いか!?
あんた達の術かなんかでバッテリーが切れないようにして
普通にネット回線も繋がるように とか。」


そう言って俺は職場に持ち込んでいる自分のノートPCを取り出して見せる。
俺の記憶が確かなら一刀くんはどこかのルートで
携帯を持ち込んでいたはずだ、
優遇措置が有るならば バッテリー問題やネット回線問題を何とか出来ないか
聞いてみるだけの価値はある。


「ふむ、ノートパソコンか・・・
どうですか、妲己様?」


そう言って左慈が後ろを振り向いた時、
俺は初めて左慈達の後ろにいた二人を見た。

その内一人は見覚えのある于吉(うきつ)。
だがもう一人は完全に見覚えがない女性だ・・・しかもかなり美人の。


「そうねぇ・・・無理ね。」
「だ そうだ、残念だったな。」
「ちょ! 確か一刀くんは携帯電話持ち込んでなかったか!」
「普通に持ち込むだけだったらいいわよ。
でも君はバッテリーやネット回線もつかいたんでしょう?
それは無理って言うことよ。」
「・・・・じゃあもう何も無いよ。」


もうコレ以上特に思いつくことはない・・・
有るとしたら後は 左慈にでも護衛についてもらうくらいだ。


「・・・・ふむ、君は何でノートPCを持って行きたいのかしら?」
「・・単純にネットに繋がれば
ネット上の知識を利用して向こうの世界で有利に過ごせるでしょう?
農業やるにしても商売やるにしても・・・
戦争に参加なんて真っ平御免だから
せめて生きていく上で金に困らないようにしたいんですよ。」
「単純にお金をあげる、じゃ駄目なのかしら?
それに向こうで生活する時は 基本的な衣食住の保証くらいはするわよ?
左慈が迷惑掛けたみたいだし。」
「三国志の時代なんですよね?
単純に考えて戦争の時代の貨幣価値なんて当てにならないじゃないですか。
だったら農業とか商売で稼げる方に持って行かないと。
だけど俺の持ってる知識なんて
雑学レベルですからね、一応3流ですけど大学出てるんで・・・
ある程度は自前でなんとかなるんですけど
やっぱりネットでwikiでも見れるのと比べると大違いですからね。」
「・・・・そうねぇ、知識がほしいのよね?
だったら できるかもしれないわよ?」

「・・・本当ですか?」
「この世界・・・観測世界にある外史や外の世界の情報に
君がアクセスできるようにするわ。
私達がやってるのと同じような感じにね。」
「逆にそっちの方が難しそうなんですけど?」
「そうでもないわよ?
そこの左慈達は君から見れば一人の個人に見えるかもしれないけど
無数の外史を個人で管理なんて できるわけないでしょう?」
「・・・そうですね。」
「そこの左慈達はこの観測世界の端末で
数多もの外史での活動情報を集約して
各 外史にいる端末に情報を送ってるの。
君にも その外史の管理人としての情報を受け取る能力をつけてあげる。
情報自体はこの観測世界にあるから
外史から異物扱いされることは無いと思うわ。
君の世界の情報は私達がアクセスする
情報元から引っ張りだして振り分けるとして。
君につける能力は外史の端末と同じ能力だから
外史も受け入れやすいし。
ただし、扱える情報は君がいる世界でのレベルに制限させてもらうわよ。」
「それはいいですけど もしかして
俺のいた世界よりも未来の情報とか技術もやろうと思えば出来るんですか?」
「できるわね。
君の世界で左慈が活動していたように
私達には活動する世界の情報を得られる大本があるのよ。
そこから君の住んでた世界の情報を振り分けるわ。
でも あくまで君の生きていた時代のレベルまでよ。」
「わかりました。」
「後、おまけで私も付いてって あ げ る ♪」

「「「「妲己様!!」」」」

「何? なんか文句あるの?」
「さ、流石に妲己様が行かれるのは・・・
我等4人で大丈夫ですので。」
「そ、そうですよ! 我等でこいつのバックアップは十分です!」
「妲己様はここでゆっくりしてらしてぇん。」
「うむ、妲己様ほどのお方が動くほどのことでは無いと思うぞ。」


・・・何やらこの4人の様子がおかしい。
様子からして妲己さんはこの4人よりもかなり上役のようだが
それ以上になにか・・・そう
気まぐれな上司が思いつきで何かやらかさないように
諌める感じを受ける。


「君もこんな悍ましいバケモノや
ショタやホモよりは私のほうがいいわよねぇ?
・・・ちなみに私は正真正銘の女よ。」
「はぁ・・よくわからないんですが
もしかして一緒に暮らしたりするんですか?」
「そうよ。
君が外史に渡る時にはそのままの姿じゃなくて一旦子供になってもらい
外史が始まる年・・北郷一刀が天より現れる年に成人するように調整するわ。
コレは外史に異物である君が入って
すぐに北郷一刀が入ると君が異物としてはじき出される可能性が高いため
外史に君という異分子を慣らすための猶予期間と
君があの世界で生きていくための 知識と武術を収めるまでの期間よ。」
「ぶ、武術ですか?」
「そう、君が少なくとも野盗なんかに殺られないために
最低限度の武術は必要でしょう?」


一瞬これから渡る世界のことを考えると
確かに武術は最低限度必要かもしれないと思った。
あの世界は戦争が実際に身近にある世界で
特に黄巾の乱なんかが起きたら
自分が住んでる町が襲われるかもしれないんだ。


「それは・・・そうでしょうね。」


元の世界ではまともに喧嘩もしたことがない自分が
三国志の世界でなんか生きていけるのだろうか?
ふと そんなことを考えさせられて 行く気がなくなりかけた時に
不意に妲己さんに頬を撫でられる。


「大丈夫よ。君が外史で生きていけるだけの武術や知識を得るまで
私が守ってあげるから・・ねっ♪」
「・・・あ、ありがとうございます。」


優しい顔で俺の頬を撫でた後に、
少しイタズラっぽく、見た目で感じる彼女の年齢よりも
子供っぽい微笑みで俺を元気づけてくれた。


「ならば我等はどうしましょうか 妲己様?」
「あなた達はいつも通りでいいわよ。
ただし左慈、てめぇは駄目だ!」
「・・・妲己様、口調が・・」
「わざとよ。
左慈はこの子に迷惑をかけた張本人なんだから
私と一緒にこの子をサポートするのよ。」


そう言うと妲己さんは左慈のそばへ行き
左慈の耳元で何やら囁いている。


「・・・分かりました!
貴様! 俺が貴様を あの国の王にしてやるから
そのつもりでいろ!」
「いや、それは勘弁。」
「貴様を王にして あのクソ忌々しい北郷一刀を叩き潰してやる!」

(・・・やっぱどこの外史でも左慈は一刀くんが嫌いなんだな。)

「じゃあ君が行く外史では
私が君の母親役としていくから 向こうに行ったらよろしくね♪」
「は・・・はぁ!?」
「あら、お嫁さんが良かった?
君が大きくなったら考えてもいいわよ?
私達外史では基本 歳を取らないから。」
「・・・お、お互いもう少し知り合ってからと言うことで。」
「そうね、私のことよく見ててね♪」


正直 妲己さんみたいな美人にこんな事を言われるのは
初めてなので 反射的に曖昧な答えを返してしまった。




こうして左慈に巻き込まれたせいで恋姫†無双の世界で
生活することになってしまったが、
この先俺はどうなっていくんだろうか・・・


「ちゃんと あの世界で生きていけるかなぁ・・・・はぁ。」






俺が外史に送られた後の観測世界での話・・・・


「・・・フフフ、左慈がポカやらかした時はどうなるかと思ったけど
今日 この日 この時が私の転機となる。

あの子の渡る外史は・・・・フフフ、楽しみだわぁ。
本当に・・楽しみ♪
・・・・・でも一緒に暮らすなら
少しくらい私の好みの容姿にしたほうがいいわね♪」


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二話

外史 某所



妲妃さん達の言う、所謂 観測世界で
光りに包まれ目を覚ました俺は
長時間寝た時の独特の気だるさを感じながら
あたりを見回して状況を確認してみた。


「・・・つっ~、目がしぱしぱする。
ココは・・・?」
「あら、目が覚めたかしら。」


声の方を見てみると椅子に座って
湯のみで何かを飲んでいる妲妃さんを見つける。


「起きてすぐの所悪いけど
まず、状況を説明するわ。、
君の身体の方は 特に何の問題も無く設定できたから安心して頂戴。
何か違和感を感じたら遠慮なく言って頂戴。」
「ありがとうございます。
体の方は特に痛みとか違和感はありま・・・・って!
なんだこれ!?」


体の違和感を確かめるために
手で触って確かめようとして
自分の手を見た時、
明らかに指などが縮んで 完全に子供の手で有ることを確認する。


「ココに来る前に説明したでしょ?
君は子供の状態まで身体を戻して
外史に馴染ませるって。」
「そ、そうでしたね・・・いきなりのことなんで
びっくりしてしまって・・・」
「まぁ、普通はそうよね~、
いきなり自分の身体が子供に戻ったらびっくりするわよ。
そこに鏡があるから自分の姿確認してみたら?
一応言うけど 君の前いたとこの鏡と比べないでよ。
それでも一応高級品なんだから。」


妲妃さんの勧めで自分の姿を鏡で確認してみると
髪の毛が伸びているが特に問題なく子供の顔だ。
少し女顔の気もするが 子供の頃はこんなもんだろうか?
・・・・ん? 俺って子供の頃こんな顔だったか?


「なんか違和感ありますね・・俺って子供の時こんな顔だったっけ?」
「そ、それはホラ! 外史に渡るにあたって
現代人とこの時代の人間じゃあ少し違ったりするでしょう?
人種だって違うし!
それで違和感がでないように少し調整したのよ!
容姿でいきなり異民族だとか言われて襲われたくないでしょ!」
「え?・・まぁ そうですね。


なんか妲己さんの様子が明らかにおかしくなったが
もしかして何かしたんだろうか?
容姿以外 特に違和感は感じないが。


「じゃ じゃあ、説明を続けるわよ!
ココは数多ある外史の中の一つで、
許昌にある私の家、 君がこれから使うことになる寝室、
今日から君もココに一緒に住むことなるからよろしくね。」
「許昌・・ですか?」
「そう、君の世界の歴史だと今の年代だと
まだ許県とか言うのかもしれないけど
この外史では既に許昌と言う名に決まっているわ。
それで、なぜ許昌なのかというと
現在の中央である洛陽から適当に離れていて
ある程度発展していて 且つ程々に安全だからよ。」
「・・・なるほど・・・?
まぁ、そこまで詳しくないんで俺にはわかりませんけど。」
「そうそう、その『俺』って言うのは
やめてもらうわよ。
あと口調も もっと丁寧なものに直してもらうわ。」
「・・? 何でかわかりませんけど必要なんですか?」
「えぇ、君もある程度知っている通り
今現在 この国では君の前いた国より
人権が著しく低いわ、ある程度の役職に付いている人物や
豪族にとって 下の者にはほとんど人権は無いといってもいいわ。
そんな中で君が口が悪いからって言って
いきなり斬られたり、暴行を受けたくはないでしょう?」
「・・・そうですね、分かりました。」
「(・・・・やった!)」
「・・・?」


俺の口調の件に関して同意した時、
何やら妲己さんがいたずらでも成功した子供のように
ニヤリと笑て何か囁いたが・・・俺は何か失敗したんだろうか?


「今日からは自分のことは『私』と呼んで
ある程度丁寧に話すように気をつけてくれたらいいわ。
所々まずいと思ったらその都度 私が注意するから。」
「分かりました。」
「あと私と君の関係は義理の親子ということになっているから
私のことは『お母さん♪』って可愛らしく呼んでくれると最高ね!」
「・・・はぁ、善処します。」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「わかりました、お・・母さん。」
「まぁ、いい子ね!」


妲己さんの事をお母さんと呼んだら
俺・・・私に飛びかかって来て
私の頭を撫で回した。
妲己さんの豊満な胸が顔あたって
なんとも言えない気分になる。
もちろん恥ずかしさはあるが 性的な反応は薄く感じる。
子供に戻った影響だろうか?

一通り私の頭を撫で回して満足した妲己さんは
一旦離れて説明を続ける。


「それで君の名前なんだけど、
私が蘇妲己(そだっき)だから君は胡喜媚(こきび)にしましょうか。
っていうか決定よ。」
「・・・ちょっと待って下さいよ!
胡喜媚って妖怪・・っていうか、女性に変化した妖怪じゃないんですか!?」
「あら、よく知ってるわね。
もしかして封神演義読んだこと有るの?」
「・・・漫画の方なら。」
「へ~、あの話 漫画にもなってるんだ。
その世界 外史にならないかしら・・」
「・・話を戻してください。」
「っち・・・別に男につけちゃ駄目って決まりでも
あるわけじゃないからいいじゃない。
もう一人いたら王貴人(おうきじん)ってつけて三人揃うのに。」
「・・・・って言いますか、
いるんじゃないですか?
胡喜媚って管理人、妲己さ・・お母さんがいるんだから。」


妲己さんの名前を呼ぼうとしたら 急に泣きそうな顔をしたから
お母さんと言い直す。


「いないわよ。
居てくれたら あんなバケモノ共やショタ、ホモは使わないわよ。
それに左慈や皆にはもう君の名前胡喜媚で連絡した後だから
今更変えようはないわね、私が変えさせないし。」
(・・・なんてわがままな。)
「とにかくそれで決まったから。
役所にもその名前で届け出したし。」

「・・・役所って。
外堀もう埋まってるんじゃないですか。」
「一応 人頭税を払う必要があるからね。
ウチは許昌の城壁内に家があるから
戸籍も 一応 管理されてるのよ。
喜媚が成人するまでその辺の税金や
徴兵を逃れるための税金を更賦って言うんだけど
それもこっちで払っておくし。」
「ありがたいんですけどいいんですか?」
「それくらいいいわよ。
元々 左慈がポカやらかしたのが原因なんだから
アイツに稼がせればいいのよ。
喜媚がずっとココで暮らすんだったら
生活費はずっと気にしないでもいいわよ。」

「・・・左慈が稼いでいるんですか?
その割には姿は見えませんけど。」
「アイツの担当は西のほうだからね。
貂蝉が中央から北、卑弥呼が東で左慈が西、
于吉は南で大体の担当が決まってるのよ。
まぁ、皆そんなこと気にしないで好き勝手してるけど。」
「・・・結構自由なんですね。」
「私達が出張るような異常はほとんど起きないわよ。
喜媚の件が今私達が対応しなくちゃいけない
最大の異常なんだし。」
「なんか・・御迷惑かけます。」
「別に気にしなくていいわよ、
迷惑掛けたのはこっちなんだから。
さて、続きを説明するわよ。」
「そういえば気になったんですが蘇妲己って姓が蘇で名が妲妃ですか?」
「本来の妲妃は違うらしいんだけど私の場合はそうね。
本人ってわけじゃないし。」
「じゃあ私の場合は蘇の姓じゃなくていいんですか?」
「蘇喜媚って変じゃない。
だから胡喜媚でいいのよ。」
「・・そうですか。」


この短期間でなんとなく彼女の性格がわかってきたが
妲己さんのことだ、私の名前も自分の名前が妲妃だからと
適当に決めたんだろう・・・
この時 俺はそう思っていたが それは大きな間違いだということに
後で気がつくことになる。


「話を続けるわよ?
ウチは何人か人を雇っている農家だけど
基本的に喜媚は家の仕事を手伝う必要はないわ。
まず喜媚は武術の訓練やこの国の文字を覚えることを第一に、
その後 喜媚が農業したいなら勉強するなり
店を開きたいならその資金稼ぎか
どこかに働きに出てこの国の商売のやり方を覚えるなりすればいいわ。」
「分かりました、まずは文字ですね。
文字が読めないことには なんにもなりませんし。」
「その辺は喜媚の国の考え方でしょうね。
この国の識字率は低いから
文字なんて読めなくても結構生きていけるんだけどね。」
「そうですね・・でも文字は読めるようになりたいです。
商売するにしても 文字が読めないと騙されたりしそうですし。」

「その辺は喜媚の好きにしていいわ。
最後に喜媚の能力っていうか、
知識を引っ張り出せるかどうかだけど・・
とりあえず適当になんか試してみたら?」
「・・・どうすればいいんですかね?」
「難しく考えなくていわよ、
普通に記憶を思い出すようにすればいいから。」
「う~ん・・・じゃあ・・・」


急に何か知識を引っ張り出せって言われても困るけど
とりあえず妲妃さんについて調べてみるか。


(え~っと封神演義の蘇妲己・・・おぉ!」


適当に思い出そうとすると殷王朝だとか紂王だとか
思いついた単語の意味を考えると
次々とその情報を 『思い出せる』。


「ちゃんと使えてるみたいね。」
「・・そうですね・・・だけどコレ、
慣れないと次から次へと知識が流れてきて
調べたいことが埋没していきますよ。」
「その辺は日常的に使って 慣れればいいわよ。」
「・・・分かりました。
練習しておきます。」


とりあえず むりやり思考を切り替えて
これからの生活について考える。

まず第一にこの国の一般常識を覚えつつ文字を覚えて、
身を守るための武術の訓練か。
そういえばこの身体、子供ということはわかるけど
何歳くらいなんだろうか?


「だ・・お母さん、私のこの身体って何歳くらいで
どれくらいに本編が始まるっ・・ていうか
一刀くんは来るんですか?」
「そうね・・喜媚はだいたい五歳くらいよ。
北郷一刀は喜媚が一八か一九歳くらいになったらこの外史に降り立つわ。」
「・・・と言うと大体一三~四年くらいか・・・」

「一つ注意しておくけど、
北郷一刀は基本的に外史において中心となる人物ではあるけど
この外史では違うわよ。」
「・・・へ? どういうことですか?」
「この外史の中心は 今は 貴方、喜媚よ。」
「・・・お、俺ぇ!」
「ほら、口調。」
「す すいません。
私ですか?」
「そう。
本来 北郷一刀が外史に降り立つまで外史は
休眠状態って言えばいいのか・・
ほとんど決まった動きしか無いのよ。
多少の差異はあるけどね。
その後の北郷一刀の動きで外史が色々と変わっていくんだけど
この外史においては 既に喜媚と言う異物が入り込んだせいで
これからの喜媚の動き次第で
もしかしたら北郷一刀が降り立つ前に
国が統一されたりもする可能性があるのよ。」
「・・・・マジっすk・・・本当ですか?」
「まぁ、それは極端な例よ。
そうねぇ・・・例えばどこかで喜媚が劉備(りゅうび)さんと出会って仲良くなって
婚約したとするでしょう?
そうすると桃園の誓いで張飛(ちょうひ)さんや関羽(かんう)さんが義姉妹に
ならなかったり 喜媚が劉備さんに北郷一刀に会わない様に言ったら
北郷一刀が劉備さん達に出会う可能性が
極端に低くなったりするのよ。」
「なるほど・・」
「でも喜媚はそんなこと気にせずに思う通りに生きたらいいわ。」
「で、でもいいんですかね?
それだと一刀くんやこの国が・・・」
「貴方 前の世界で生きていた時
一々そんな事考えながら生きてた?
自分の一挙手一投足で世界平和がどうとか。」
「・・・いえ。」
「それが普通でしょう?
別に喜媚にこの外史で国を統一しろとか
誰かを王にしろとか誰も期待してないし望んでないわ。
・・・・・左慈は北郷一刀を何とかして貶めたいみたいだけど。」
「・・アレはまぁ・・・なんというか。」
「アイツの妄言は放っておいていいわ。
とにかく 喜媚はこの外史で自分の好きなように生きればいいわ。
仮にこの先誰か知ってる人物に出会っても
変な色眼鏡で見たり、避けたりせずに
普通の一個人として付き合って
合わなければ別れればいいし 合えば仲良くなればいい。」
「・・・努力はしてみます。」


妲己さんはそう言うが
私にしてみたら下手に知識があるために問題だ・・

私は恋姫は初代も真もやったし萌将伝も一通りかじったから
どのルートに行けばどう動くか大体の予想がつく。
その知識を使えば 自分がこの世界で
生きていくために有利になるだろうし
そのつもりであったが、
自分の動きでその流れが変わってしまうとしたら そこは問題だ。

魏ルートだから陳留で店でも開いてのんびりしてれば安心、
とか考えていたら魏の武将の誰かに変なフラグ立てて
流れが変わったとか・・そんなことになったら最悪だ。

・・・とにかく今そんなことを考えてもしょうがない。
なるべく原作に出るような人物や家には関わらないようにして
身を守れる程度の武術と知識、
それに何をするにも資金を貯めておかないと。


「それじゃあ 後の細かいことは生活しながら
徐々に覚えていけばいいわね。」
「・・・そうですね。
あ、そういえば真名はどうするんですか?」
「それは喜媚が好きにしていいわよ。
名乗りたければ自分でつければいいし
いらないなら無しでいいし。」
「そんな適当でいいんですか?」
「いいのよ。
実際 身分の低い人や漢民族以外では無い人もいるし
昔の風習を継いで親族や結婚した人にしか教えない人もいるし。」
「ちょっと意外でした、皆ある物だと思ってました。」
「大抵 真名が無い人は自分で勝手につけたりするから
珍しいことではあるんだけどね。
喜媚は宗教観や育った文化が違うから
違和感あるでしょう?
人の真名を勝手に呼ばないように気をつけてさえいればいいのよ。
私も無いし 無くても意外に何とかなるわよ。」
「・・・そうですね。
いいのが思いつかなかったら
本当の両親がつけてくれたんだろうけど
物心付く前に亡くなったから教えてもらえなくて
自分で勝手につけるのも両親に悪いから
名乗ってない。
ってことにでもしておきましょうか。」
「喜媚がそれでいいならいいんじゃない。」


とりあえずの現状と自分の体のことも分かった。
後は日常生活で学んでいくことだろう・・・

前の世界でのことは心残りではあるが
両親は既に他界して天涯孤独だったし
部屋も家賃が未払いになれば その内処理されるだろう。
就職してからは友人とも仕事が忙しくて疎遠になっていたし
心残りは・・・・・


「ああぁぁぁ~ぁぁっ!!」
「なによ いきなり大きな声出して。」
「あ・・あぁ・あ・・」


自分のPCや押入れに入っているモノについて思い出し
俺は狼狽え、あたりを見回したり何処かに行こうとしたが
元の世界には戻れないしどうしようもない。


(言えねぇ・・・俺のPCに入ってるデータや
押入れの中身や本棚のラインナップなんて・・・
アレを他人に始末させるのか・・・
わざわざPCの電源を入れて中身確認したりしないよな?
・・・でも滞納分の家賃を回収するためにPC売る時とか・・・
無いよな? 所有権が云々とかあるもんな・・・
押入れのアレが他人に見られるとか・・・・)
「・・・・死にてぇ。」
「いきなり狼狽えて 頭抱えて転がり出したと思ったら
何言い出すのよ・・・」
「だ、妲己さん!! お 俺の部屋のPCとアレ!
じゃなくてココに来る前の世界の俺の部屋の荷物全部消して・・
この世から消滅させてくれませんか!!
能力とかこの世界での保証とか もうどうでもいいんで!!」
「無茶言わないでよ・・喜媚の前の家がわからないし
そもそも喜媚の前いた世界にそんなに簡単に行けないわよ。」
「・・・うぁぁぁ・・・・オワタ。」
「・・・まぁ、大体想像つくけね。
喜媚も若いんだし
男の子なんだからそういうのはしょうがないわよね♪」
「ギャーーーッ!!
もういっそ殺してくれぇ!!」


こうして俺・・・もとい、私の外史での初日は終わりを迎えた。



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三話

許昌




さて、外史に渡っての初日は最後に醜態を晒したが
この二日目からは気分を入れ替えて頑張っていこう。

・・・前の俺・・・私のアパートの事はもう忘れよう。


この日 朝日が登った時に丁度目を覚ましたのだが
時計など無いから時間がわからない。
その内 暇を見て、日時計でもいから用意するのもいいかもしれない。

しばらく布団でまどろんでいると
なにか美味しそうな匂いがする、
宛てがわれた自室から 居間の方に出てみる。
昨日あの後 夕食時に あらかた家の構造を説明されたので
迷うことは無い。

そのまま今に入ると 丁度妲己さんが朝食を並べている所だった。


「あら、おはよう。」
「おはようございます。」
「もう少しで朝食ができるから顔洗ってきなさい。」
「・・手伝いとかしましょうか?」
「別に今はいいわよ。
喜媚の身長や体力で手伝ってもらっても
そんなに手伝えることないでしょ?」
「・・・申し訳ないです。」
「気にしなくてもいいわよ、
その分成長したら存分に家事を手伝ってもらうから。」
「お手柔らかにお願いします。」
「はい はい。」


朝の挨拶の後 井戸へ行って水を汲んで顔を洗おうとしたのだが、
この井戸の桶がまた思いの外重い。
この時代で つるべ式の井戸があったのかは分からないが
眼の前にあるんだからあるんだろう。

桶を放り込んで縄を引くだけなのだが
子供に戻った私にはそれだけで重労働なのだ。
なんとか引き上げた桶を取ろうと片手を離すと
重さで桶が井戸に落ちていってしまう。

このままでは同じ事の繰り返しだと思った私は
とりあえず引き上げた後につるべを支えている井戸の柱に
縄を何回か巻き 摩擦の力を利用して
なんとか水を汲み上げたのだが・・・


「コレが今日から毎日続くのか・・・
何はともあれ まずは体力だな。」


それだけで朝からいい汗をかいていた。


「あら遅かったわね・・・何やってきたの?
汗だくじゃない。」
「・・・井戸の桶が重くて。」
「あ~、喜媚くらいの歳の子だと まだちょっときついかもね。」
「いえ、これからアレを毎日 何回も やらないといけないので
なんとか体力をつけますよ。」
「まぁ、頑張りなさいな。
それはそれとして 朝ごはんにしましょう。」
「はい。」

「「いただきます。」」


どうやらウチ妲己さんは できる妲己さんで、
この朝食にしても 昨日の夕食にしても
かなりおいしいのだ。

やはり前の世界とは違って見た目や味付けはシンプルなのだが
素材の味をうまく生かして美味しい料理を作る。


「この外史だとの喜媚の居た世界と違って
食事なんかはどうしても
味が落ちると思うんだけど どう?」
「いえ、美味しいですよ。
私は料理人じゃないので詳しく説明できませんけど
シンプルだけど素材の味を生かしてて
すごく美味しいです。」
「そう、良かったわ♪」
「良かったら後で教えてもらえますか?
一応一人暮らしだったので
簡単な料理はできますけど
この先この世界の調理にも慣れないといけないと思うので。」
「いいわよ。
どちらにしてもある程度 喜媚の身体ができたら
手伝わせるつもりではあったから。」
「ありがとうございます。」
「そうだ、食事の後に
ウチで働いてる小作人に紹介するから
そのつもりでいてね。」
「わかりました。
・・・農家って言ってましたけど
どんな感じの畑何ですか?」
「どんな感じって言われてもね・・・私にしたら普通よ。
喜媚が見たら また別の感想が出てくると思うけど。
ついでだから一緒に見に行く?
城壁の外に出ることになるけど。」
「お願いします。
まだこの家の中しか知らないので。」


これからの生活への心配もあるが
やはりココは古代中国、
海外旅行もしたことがない私にしたら
見るもの全てが目新しくて
好奇心が刺激される。

食事の後、働いてる小作人に合う前に
妲己さんから説明を受けた。


「喜媚 皆に会わせる前に 一応説明しておくけど、
さっきは食事中だったこともあって一応小作人と言ったけど
彼らの立場は奴隷にかなり近いものになっているの。」
「奴隷・・ですか。」
「喜媚の倫理観からすると おかしく感じるかもしれないけど
この世界ではそういうものだと思って置いて。
もう少しいいとこの家だと 使用人として普通の人が働いてたりするけど
ウチは標準的な農家よりも少し裕福なくらいで
そういう所で働くような人は
他所から逃げてきて戸籍のない人や
その親族だったりすることが多いのよ。
別に奴隷に近いからって 私が無碍に扱っているという意味ではないわよ?
ちゃんと人並みに衣食住は保証している
暴力を働くとかはないけど
立場上は雇用関係ではなく
彼らは私の所有物扱いになることになる。」
「そうですか。」
「同時に私のむすm・・・息子でもある
喜媚にもその所有権があることになる。
貴方が個人的に彼らと仲良くするのはいいけど
他の人が見るとおかしく見える場合もあるから気をつけておいてね。
あと 喜媚が普通に彼らと話してて
たまたまそこに 家柄の良い所の人が現れて
彼らがその人に同じような口を聞いて その人を怒らせたら
彼らだけじゃなく彼らの所有者である私や喜媚にも
その矛先が向くことがあるから。」
「・・・分かりました。」
「まぁ、一応注意したけど
彼らもその辺はよくわかっているから
そんなことにはならないと思うけど
この外史はそういう世界だということを覚えておいて。」
「はい。」


どうしても恋姫のゲームの感覚があるから
以外にのんびりした世界かと思っていたけど
そういう所は結構シビアな世界なんだな・・・と
思い知らされる。

(そうなると 開いた時間にでも
この時代の情報を集めておいたほうがよさそうだ。)


その後、妲己さんに案内され
家から出て街の中を見て回ったが、
今まで映画でしか見たことないような
古い建築様式の家が多く
自分が古代中国の世界に来たんだと認識させられる。

しばらく歩き、城門から一歩出た時、
視界いっぱいに広がる畑や大地がこの国の広さを感じさせる。


「は~・・凄いですね。」
「そう?」
「えぇ・・私が今まで住んでいたところは
家やビルで視界が塞がれていましたから
こんなに視界いっぱいに大地が広がる光景
見たことありませんでした。」
「・・そっか。
さっきは暗い話もしたけど
この世界もまんざら悪いことばかりじゃないでしょう?」
「・・そうですね。」


その後、畑まで歩いて行く途中周りを見回してみたが
よく見ると遠くの方に森が見えたり
畑に水を引くための小川が見える。

その内 川に釣りに行くのも悪くないかもしれない。
などと考えながら移動していると
不意に妲己さんが足を止める。


「着いたわよ。」
「この辺がだ・・お母さんの畑ですか。」
「そうよ、くわしい事はまた後で説明するけど・・きたわね。」


話しているとコチラに5人ほどの男性が近づいてきた。


「「「「妲己様おはようございます。」」」」


妲己さんは自分の名前をそのまま呼ばせているが
特に気にした様子もないから いつも通りなんだろう。


「おはよう。
前話したと思うけど
この子が今度 私の子供になった胡喜媚よ。」
「よろしくお願いします。
あと 呼び方は喜媚で結構なので。」

「「「「「お嬢! これからよろしくお願いします。」」」」」

「・・・あの喜媚でいいので。
それに私男ですし。」
「いえいえ、妲己様からお嬢と呼ぶように言われてますから。」


すぐさま私は妲己さんを睨みつけるが
ニヤニヤと笑うだけで
私の睨みなどものともしていない。


「・・・謀ったな。
最初から このつもりだったな・・」
「別にいいじゃない、喜媚は可愛いんだから。
私 息子よりも娘が欲しかったしぃ~。」
「・・・クッ。」
「フフフ♪」


今この場で外史云々の話を出すわけにも行かず、
とりあえずは引き下がるが
おそらく私が女顔なのも口調を直せ云々も
この件が絡んでいる違いない・・・
後で詳しく問いただす必要がありそうだ。

結局この後 何回か呼び方を変えてもらうように言っては見たが
我が家では妲己さんの方が権力が圧倒的に強いため
呼び方を変えてもらうことは出来なかった。

畑からの帰りに本人に文句を言ってみたが
呼び方を変えさせる気も全くなく
更に口調を元に戻そうとしたりしたら
食事を抜きにすると脅され
泣く泣く私は引き下がることになる。


(・・・一刻も早く一人で生きていけるようにならないと。)


妲妃さんの思惑はどうかわからないが
今回のことは少なからず
私が独り立ちするために動機の一つになることになった。

その後、家に帰った私達は早速文字の読み書きをするため
妲己さんが用意した本を相手に夕方まで格闘することになる。

空が夕日で赤く染まり、
城壁に夕日が沈んでいく頃、
妲己さんから話があると呼ばれた。


「何です?
夕食の手伝いですか?」
「それはしばらく後でいいわ。
明日からは朝食前と昼の喜媚の勉強後にやることにするけど
これから武術の訓練をするわよ。」
「武術・・ですか。」
「まぁ、訓練といっても
今の喜媚にまともに剣を振ったりできるわけないから
体力作りと木刀・・・と言うには形が悪いけど
木刀と棍をつかって型を教えるから素振りを何本か。
後は基本的な歩法や型を教えていくから
ちゃんと覚えるのよ?
喜媚自身の命にかかわるんだから。」
「分かりました。」

説明を受けながら庭まで移動していくと
庭には既に木刀や棒、アレが棍だろうか後
何か入った袋がいくつか置いてあった。


「木刀や棍は見ればわかるわね。
その横においてある袋は砂を入れておいたから
それを背負って家の周りを何週か歩いてもらう。
最初は走るのは無理だと思うけど
そのうち慣れたら走ってもらうし
距離も伸ばしていくわよ。」
「分かりました。」


こうして私の武術訓練が始まった。

最初は一番軽い砂袋を背負って家の周りを何週か歩き
次の木刀や棍での訓練は最初は型を覚えるために
力は入れずに丁寧に素振り、
それが終わったら無手で歩法を覚えるために
ひたすら決められた順番で足を動かす。
それが終わったら砂袋を背負ってまた家の周りを歩く。
コレを1つの流れとして朝と夕に繰り返していく。


一見 簡単そうに見えるが
5歳児の身体にはかなりきつく
最後に歩き終わった時にはへたり込んでしまった。

今日の訓練が終わり、
疲労で私がへたり込んでいる時に
ふと妲己さんはどの程度の強さなのか気になった。
左慈や貂蝉はかなり強いはずだ、
記憶に間違いがなければ呂布(りょふ)さんとだって戦えていたはずだから
その上司の妲妃さんはどれくらい強いのか聞いてみたら・・・


「さぁ? 私がどれくらい強いのかなんて知らなわ。」
「・・・じゃ、じゃあ左慈や貂蝉と比べてどうなんですか?」
「戦ったこと無いし。」
「・・・・」
「・・・・冗談よ、冗談♪
そんなにむくれないでよ、可愛い顔が台無しよ。」
「褒め言葉になってません!」
「まぁまぁ、それで私の強さだっけ?
女が強くてもどうかと思うんだけど
呂布ちゃんよりは強いわよ。」
「・・・・この国で既に最強じゃないですか。」
「まぁ、それなりに強くないと
この仕事やってられないからねぇ。」
「・・・ハァ。」
「まぁ、その内 私と模擬戦をすることになるから
その時を楽しみにしてなさい。」
「全然楽しみじゃありません。
基礎体力の時点で差がありすぎて
模擬戦にもなりませんよ。
私の基礎体力は前の世界のまんまなんですよね?」
「そうねこの世界の武将になるような人は
石を握りつぶすくらいわけないし。」
「絶望した・・・努力しても埋まら無い現実に絶望した。」
「別にいいじゃない。
喜媚は武将になりたいわけじゃないんでしょう?」
「まぁ、そうなんですけど・・・訓練に対する意欲というかなんというか。」
「大丈夫よ、その内意欲なんて言ってられないくらい
必死になって訓練するようになるから。」
「・・・嫌な予感しかしない。」
「私はなにもしないわよ?
城壁の外に出れば その内 野盗に襲われた死体を見ることになるから
それを見たらやる気も出るだろうと思って。」
「やる気が出るどころの騒ぎじゃない・・・
きっと数日は眠れなくなるに違いない。」
「でもそれが今の現実なのよ・・・
でも大丈夫、私がちゃんと鍛えてあげるから。
ちゃんと喜媚にこの世界で野盗に襲われても生きて逃げられるように、
一人でも生きていけるだけの強さを身に付けさせてあげるから。」
「・・・・ありがとうございます。」


普段おちゃらけてはいるが
こういう時はちゃんと真面目になる人だし
この世界の現実に直面する前に
事前にこうして教えてくれようとしている。

良い人なんだろうが・・・・娘扱いは勘弁して欲しいです。



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四話

許昌




あれから一年くらいたっただろうか・・
その間の私の生活を簡単に振り返ってみる。


朝、日が昇るとほぼ同時に起床。
寝坊したら母さんにたたき起こされる。
1年の生活で 妲己さんを母さんと呼ぶように変化していく。
朝食前に戦闘の訓練をして朝食。

昼間では家にあった本を参考に
この世界の文字の読み書きの勉強。

昼食後、城壁沿いの畑に行き
その時々の農作業をする。

夕方に戻り、戦闘の訓練。
夕食後、文字の勉強。


私の一日は基本的にこの流れで動いていく。


そんな中で 変わったことといえば、

一ヶ月ほどした辺りで
ある程度訓練後も動ける体力がつきはじめたので
今まで生活に不便だと思っていた
便所や風呂が無い事、井戸水が若干気になる等の問題点を
改善していくことにした。

便所がくみ取り式と言うことは変わらないのだが
小作人の人に手伝ってもらい
蓋を付け、風通しをよくしつつ壁やカーテン等で
花を摘んでいる最中に 人目を気にしなくてもいいようにした。
トイレットペーパー替わりに紙を使うわけにも行かないので
畑で柔らかい葉や繊維質の高い葉などを拾ってきて揉みほぐし
柔らかくした後に使ったりして 何が最適か実験中である。

風呂は流石に今の私にはどうしようもないので
大人が座れる程度の大きい桶を母さんに頼んで職人の人に作ってもらい
そこで行水をできるようにした。

水に関しては観測世界のデータベース、以降 知恵袋 とでも呼ぶが、
そこから現状でも作れる簡単なろ過器の作り方を参考に
試行錯誤を繰り返し一ヶ月ほどかかってようやく
最低限実用レベルの物が出来上がった。
だが、現状では素直に井戸水を煮沸したほうがいいレベルではあるが
働いてくれている小作人の人達は
川の水を生活用水に使っているそうなので
コレを使えば少なくとも川の水を直接使うよりはいいはずである。
このろ過器は今後も交換する時に改善していき
最終目標は井戸水に感じる土臭さを消すことである。


その後 少し手が空いたので
今度は農作物、主に肥料に手を出してみようと思ったが、
当時の私はあくまでただの5歳児である。

当然 小作人の皆に説明した所で
子供の戯言だと無視されるだろうし
無理やり言い聞かせるわけにも行かない。

そもそも肥料の問題を何とかしようと思ったのは
肥料に人糞を使っている所が結構多いからである。
人糞肥料は使えないことはないが
使用法を間違えると根腐れを起こしたり
ハエや蚊などを発生させたり 疫病の原因にもなりかねない。
それにココでは肥溜めで発酵させる手順を抜いているのでなお悪い。

そこでまずは私が自分で堆肥を作り
その堆肥で作物を育てて有用性を証明することが必要だと思ったので
母さんに頼んで 畑の隅っこの方に 私用の小さい畑を用意してもらい
堆肥を作ることから始めることにした。

堆肥の作り方は知恵袋に有る
枯葉、雑草や収穫時に余り食べることのない茎や葉、
更に家で飼っている牛と鶏の糞を混ぜ
発酵させるものを使い、
さらに台所の釜でいままで捨てていた灰や余った草や葉を焼いて
作物を上る前の畑に撒いて耕して置いておく。
豚は雑食なので使わずに 穴を掘り糞を一箇所に集めて
発酵させてから使うことにする。

堆肥の方は最初は水分量を少なめにして様子をみていたが
三回ほど作りなおした所でミミズを使って様子を見た所
ミミズが土に潜ってしばらくしても死ぬことがなかったので
ようやく 最低限使えそうな堆肥を作ることに成功した。

早速 出来た堆肥と畑の土を混ぜ
廃材と石で作った簡単な苗床に種を撒き
様子を見ていたが
順調に作物が育っているようで
ある程度育った所で畑に植え替え
様子を見ることにした。

コレが意外にも初回で成功し、
周りの畑よりも一回り大きく、
一つの苗あたりの収穫量も一~二割多く収穫できた。

しかし私の知恵袋で閲覧できる作物よりは遙かに出来が悪いので
その辺は 今後も改善していく必要がある。


さて、そんな生活を続けていたが
当初は私が行なっている灰を撒いたり 堆肥作ったりする
畑仕事に 奇異な目を向けていた小作人の皆が
私の育てた作物の出来がいいことと、
母さんから 私が新しい農法を実験していると言う話を聞いたことで
私の話を少しづつ聞いてくれるようになり、
畑仕事の合間に 私が何を目的に堆肥を作っていたか、
なぜ、畑に灰を撒いて土と混ぜていたのか
等の話を聞いてくれるようになった。

更には小作人の人達の子供達が畑仕事を手伝う合間に
皆に簡単な文字の読み書きを教えたり
簡単な足し算引き算を教えたりしたことで
今までみたいな奇異な目で見られることもなくなり
普通に日常会話を楽しむことが出来る程度には
仲良くなることが出来た。


しかし、ウチの小作人や その家族はいいが
それ以外の人には 私がやっていることは
頭がおかしいか 頭が可哀想な子供に見えるようで
近所での私の評判は 結構悪いものになり。
隣の家の人が私に挨拶などをしてくれることも
ほとんど無い状態になった。

母さんからは・・


「別に間違ったことはやってないだけに
難しい問題よね~。
もし許昌で疫病でも流行ったら喜媚のせいにされたりして♪」


などと洒落にもならないことを言っていたので
私も少し気をつけて
隣近所の人には 私から積極的に挨拶くらいはするように
心がけることにした。


それと私にとっては悪夢以外の何物でもないのだが
母さんの私に対しての口調の強制が酷い。

当初は丁寧に話していれば問題なかったのだが
途中から「我慢ができなくなった!」とか言い出し
女言葉を強要するようになってきた、
しかも逆らうと 持っている扇子で容赦無く殴ってきたり
夕食を抜かれたり、挙句に怪しい妖術まで使って強制的に
話させようとしたり。

こっちもムキになって逆らったが 最終的に
口調を直さなかったら術で女にする と言われ
泣く泣く話し方を変えることになった。

この世界では力が全てだという事を
身を持って知る事となった。


一年が過ぎた辺りで
母さんから 私がこの世界に一年経った記念日ということで
夕食に肉料理が多めに出たり
食後に胡麻団子が出たりと
簡単ではあるが お祝いをしてくれた。


「そういえばもう一年経ったんですね。
カレンダーなんか無いから忘れてましたよ。」
「フフン、私はちゃんと数えてたわよ。
庭に日時計を作るのはいいけど
日付も計算できるようになんかやったら?」
「そうですね・・・余った木片にでも
なにか印をつけとこうかな。」
「何にしても まずは食事が冷める前に食べましょう。」
「そうですね・・今まで1年ありがとうございます。
また来年からも よろしくお願いします。」
「仮とは言え喜媚は私の娘だからね♪
気にしなくてもいいわよ。」
「・・・そこはせめて息子にしてくださいよ。」


こうして私の一年は終わり
新たに二年目に突入した。

と言っても、特に生活が変わるわけではなく、
武術の訓練では、そろそろ型が身体に染み付いただろうということで
妲己さんとの防御や回避をメインとした簡単な模擬戦が新たに追加され
背負う砂袋も重い物へと変更された。

農業の方は試験的に畑の2割ほどの面積で
私の指示する農法に変わり
全体でも人糞の肥料をやめてもらい
そのかわり貯めておいた豚の糞を
発酵させたものを使ってもらうようにお願いし、
衛生面でも うがい手洗いを徹底してもらうようにした。

さらに畑で使う堆肥を作るために
小作人の皆が 知り合い等から枯葉やいらない茎や草、
家畜の糞などを集めてもらったり、
私一人で行くことを許可されてない近くの森から
枯葉や土などを少しづつ集めてもらったり、
堆肥を作る際の雨よけの簡単な建物を
作る時に協力してもらったりした。


こうして二年目は特に目新しことはなかったが、
ろ過器の性能が上がったり、畑で使う分の堆肥を大量に用意できたり、
小作人の皆の農業知識が上がり 識字率も同時に上がり
簡単な足し算引き算位ならできるようになっていた。

武術の方は子供の割には強い程度、と言う評価を受けた。
少なくとも近所の普通の子供と喧嘩しても
負けることはないとか・・・・それは自慢できるのか?

ともかく、皆 大きい怪我や病気になることもなく
むしろ うがい手洗いを実践するようになって
風邪を引いたり下痢になったりすることが減ったという事で
以前よりも健康な生活を送ることができるようになった。

外史に渡って二年目が終わりを迎えつつある中
農法の改善に伴い作物の出来や収穫が2割ほど増えたことで
今年は結構良い収入であったようだ。
というのも、税の徴収方法が畑の面積辺りで計算されるため
おなじ面積畑で二割多く作物がとれたら
それがそのまま利益になるのだ。

農法の改善で利益を上げたことで
母さんから儲かった利益の内、
何割かを私の個人的な財産として使ってもいいように言われた。


「でも、本当にいいんですか?」
「いいわよ~、喜媚が頑張ったおかげで儲かったんだし
将来的にも先立つ物がないと困るでしょう?
それになんか新しい事をするにもお金は必要だろうし
喜媚ならその元手と知識を生かしてもっと稼ぐことが出来るだろうし。
その中で何か私に還元してくれたらいいわ。
・・・具体的に言うとお酒で!
喜媚の知識で喜媚の世界のお酒作れるでしょ!
早速今日から作りましょう!」
「流石に今日からは無理ですって・・・
自家製どぶろくとかならできるかもしれませんが
それにしても麹も一から作らないといけないし
本格的な日本酒なんか作ろうと思ったら
まともにできるのに何年かかるか・・・」
「やりなさい! コレは母親としての命令よ!
お金も(左慈に稼がせて)私が出すから!」
「・・・あんまり期待しないでくださいよ?」
「期待してるわよ!
この国のお酒はどうも薄くて飲んだ気がしないのよね。」


母さんの言う通りにこの国のお酒は比較的アルコール度数が低い。
夕食時にはいつも飲んでいるようだが
酔っ払った所を見たことがないので
母さんはかなりお酒にも強いんだろう。

とにかく母親命令で私の日常作業にお酒の研究も含まれることになった。


(っていうか・・・七歳児に酒作らせるなよ。
味見なんか出来ないっていうのに・・・)


三年目に突入して日常生活では
今まで通り
起きる、訓練、勉強、畑仕事、訓練、寝る
という流れを繰り返していたのだが、
ある程度 暖かくなる過ごしやすい時期になった時
変化が訪れた。


ある日、堆肥の研究をしていた時である。
視界の隅に見慣れない女の子を見つけたので
そちらの方を見てみた時、
私と目があった女の子が走って慌てて走って逃げていった。

それだけだったら特に珍しいことではない。
私は近所で(頭の)かわいそうな子として
嫌な意味で有名だったので
たまに見に来る人はいたのだ。

だがその女の子はその次の日、
またその翌日にも現れ
最初は目があったら逃げていたが
何日かして私が 特に気にしてないのを悟ったのか、
目があっても逃げることはなく
たまに来ない日もあったが ほぼ毎日のように現れては
日が沈む前に帰って行き
また翌日の午後には現れるということを繰り返していた。

そうなってくると私も気になったので
女の子の事を観察してみると
若干クセの着いた肩まで伸ばしたの栗色の髪の毛で、
コチラを見ている時の目は真剣味を帯びているためか
少し気が強そうな印象を受ける。
身長は私と同じくらいで、
女の子は子供の時は男より発育がいいからもしかしたら年下かもしれない。
着ている服は日によって変わるが女の子らしく可愛らしい服だ。
基本的に彼女が着ている服は綺麗な物が多く
種類も多そうなので、どこかいいとこの娘なのだろう。

すると気になるのが なぜ彼女のような いいとこの子が
わざわざ城壁の外の畑まで来て
私の作業を見ているのかということだ。

一日二日なら好奇心からだろうが
彼女を始めて見てから もう既に三週間ほど経っている。
好奇心にして気が長すぎるだろう・・・
などと思いながらも 作業をしていた所、
不意に背後から話掛けられた。


「ねぇ、ちょっと貴女。」
「・・え? 私ですか?」
「そうよ・・貴女それ何してるの?」
「これ・・・ですか?
堆肥を作ってるんですけど、・・堆肥ってわかりますか?」
「たいひ? 初めて聞くけど何なの?」
「簡単に説明すると肥料の一種です。
糞や枯葉などを使ってる所がこの辺では多いみたいですけど
ウチでは去年あたりから この堆肥を使うようにしてまして。」
「ふ~ん・・でも肥料ならさっさと畑に撒かずに
何でそこでかき回してるのよ?」
「コレはまだ畑に撒ける状態じゃないんですよ。
使えるまでしばらく置いておかないと駄目ですし
こうやって時々かき回して空気に当てて
やらないと駄目なんですよ。」
「・・・なんでそんな面倒なことしてるのよ?」
「え~っとですね・・・・説明すると長くなるんですが・・・」
「少しくらい長くてもいいわよ。」


どうやらこの娘は知的好奇心が強く
気になったことは調べるか何かしないと気が済まない性質のようだ。

いいとこのお嬢さんみたいだから無碍にも出来ない。
しょうがないので 私は堆肥が
どうやってできるかということを説明していくが、
話が食物連鎖等の小学校で習う程度の生物学の話まで
広がり始めた所で 夕日が目に差し込むのに気がついた。


「あっ! まずいそろそろ帰らないと。
え・・・と お嬢様も早く帰らないと
城門が閉まってしまいますし
お家の方が心配しますよ?」
「・・げっ! もうこんな時間なの!?
早く戻らないと!」


この許昌を含む多くの この国の都市では
都市ごと城壁で囲んでいて
日が沈むと城門を閉め、外との出入りが完全にできなくなる。

城壁内部でもそれぞれ区画が決められていて
夜にその区画を超えた移動が原則禁止されているので
日が沈むまでに帰らないと
下手したら家に帰れないことにもなりかねないのだ。


「そういうわけなので私は片付けてから
帰りますのでお嬢様も早く帰ったほうがいいですよ。」
「わかったわ・・・でも、そのお嬢様っていうのやめなさいよ。
私にはちゃんとした名前があるんだから。」
「すいません、まだ自己紹介してなかったし
見たところ貴女は結構いいところのお嬢さんなんでしょう?」
「・・そうだったわね。
私としたことが まだ名乗ってもいなかったなんて。」
「申し遅れましたが、私は胡喜媚という名です。
喜媚と読んでくれて構いませんので。
皆そう呼びますし。」

「そう、わかったわ。
私の名前は 荀彧(じゅんいく) よ。」


「・・・・はっ?」


「何 聞こえなかったの?
じゅ ん い く よ!」
「・・・・マジ?」
「何その まじ ってどういう意味?」
「あぁ、すみません。
私の前いたところの方言みたいなものですので
気にしないでください。」
「そう? じゃあ私は帰るけど
また明日来るから さっきの話の続き聞かせなさいよ!
あと敬語も必要ないわ。
一応 教わっているのはこっちなんだから。」
「あぁ・・・はい、分かりました。」
「敬語はいらないって言ってんのよ!
全く・・・じゃあ、また明日ね!」


そう言って荀彧と名乗った彼女は城門の方へ
駆けていった。


「・・・・どうしてこうなった?」


この世界に渡って三年目。

恋姫の武将になる様な人には 決して関わらないでおこうと誓っていた
私の誓いは彼女によって あっさりと破られることになった。


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五話

許昌




「ちょっと! 母さんマズイことになった!!」
「なによ、帰ってくるなり挨拶もなしに
大騒ぎして。」
「それどころじゃないんだって!
大変なことになったんだって!」


畑で荀彧ちゃんとの出会いのあと、
農具の片付けも早々に終わらせて
大急ぎで私は家に帰ってきた。


「何が大変なのよ・・野盗でも攻めて来たの?
それにしては静かだけど?」
「そういう問題じゃないんだって!
じゅ、荀彧ちゃんに話しかけられたの!!」
「・・・・・へ~、良かったじゃない。」
「良くないわよ!」


荀彧ちゃんに出会って混乱状態になっても
私の口調はこの数年かけて母さんに(文字通り)叩きこまれたせいで
昔の面影はなく、
丁寧どころか女の子が使うような口調になっている。


「何が良くないのよ、女の子に話しかけられただけでしょ?
喜媚は友達がいないんだから 仲良くしてもらえばいいじゃない?」
「友達がいないとか言うな!
そういう問題じゃなくて
荀彧ちゃんに会ったら 私の将来設計が台無しになっちゃうじゃない!」
「なにが台無しになるのよ?
さっきも言ったけど ただ話しかけられただけでしょう?」
「そう言うのじゃないんだって!
明日もまた来るって!」
「いいことじゃない、仲良くすれば?」
「だからそれじゃ駄目じゃない!」
「・・・・少し落ち着きなさいよ。」
「コレが落ち着いていられる状況かっていうのよ!」
「・・・・ハァ・・・・フンッ!」


私が一人で大騒ぎしていると、
いきなり母さんが私の頭にゲンコツを落としてきた。


「つっ~~~っ!!!!!
な、何すんのよ!」
「落ち着きなさいって言ってるのよ。
ただ話しかけられただけで どうこうなるわけ無いでしょう?
荀彧ちゃんが野盗に襲われて死んだとかならともかく
喜媚に話しかけただけでどうにかなるんだったら
とっくの昔に この国はどうにかなってるわよ。」
「だけどぉ!」
「全くしょうがないわね この子は・・・
何が不満なのよ?
私も知ってるけど あの子可愛いでしょう?
男なら可愛い子と仲良くなれたら普通喜ぶでしょうに。」
「仲良くなるっていうか、色々質問されたんだよ
堆肥がどうこうとか食物連鎖がどうこうとか・・・」
「そもそも、どういう風に話しかけられたのよ。」
「えっと、最初は・・・」


私は 荀彧ちゃんと出会った経緯を母さんに説明する。
最初は向こうが私の事を こっそりと見ていて
やがて観察するような感じになり
今日話しかけられ、どんな話をしたか。
そして最後に自己紹介して 別れたことを母さんに説明する。


「へ~、あの子らしいわね~。
大方 どこかで喜媚の噂でも聞いて確かめに来たんじゃないの?」
「私の噂って・・・」
「城壁沿いの畑で 頭の可哀想な娘が おかしな事をやってるってやつでしょう。
喜媚も知ってるでしょ?」
「・・・頭が可哀想な子っていうのだけは否定したいんだけど・・・」
「何も知らない人達が見たらそういう風にも見えるわよ。
だけど荀彧ちゃんも よく話しかける気になったわよね。」
「最初は目があっただけで逃げてったんだけどね・・・」
「でも、今日は話しかけてきたうえに
長いこと話し込んだんでしょう?
少なくとも荀彧ちゃんは 喜媚が頭が可哀想な娘じゃなくて
まともに話ができる子だと思ったんじゃないの?
でなかったら さっさと話を切り上げて帰るだろうし
明日また来るなんて言わないわよ?」
「・・・まぁ、そうなんだろうけど。」
「明日また会ったら話しをしてあげればいいじゃない?」
「・・でもぉ。」
「喜媚が何やってるわからなくて無くて
好奇心で話を聞きに来たのなら
気がすんだらもうこなくなるわよ。」
「そういうものかなぁ。」
「そういうもんでしょう?
あの子はいいとこの娘なんだから
そんなに軽々と城壁外まで一人で来れるはずないだろうし、
飽きたら来なくなるわよ。」
「む~・・・」
「前も言ったけど喜媚は好きなようにしたらいいのよ?
荀彧ちゃんと仲良くなりたいんだったらなればいいし
話をしてみて合わないんだったら
合わないなりの対応してれば
その内向こうから来なくなるでしょう。」
「・・・・」

「気にし過ぎなのよ喜媚は。
別に貴方にこの国をどうこうしろなんて誰も言ってないんだから
もっと気楽に生きたらいいのよ?
それこそ 『原作ブレイクして皆 喜媚ハーレムに入れてやるぜ! ガハハ!』
くらいの気持ちで。」
「何が喜媚ハーレムよ・・・ハァ。」
「まぁ、喜媚もいきなりのことで混乱してるみたいだけど、
明日になれば落ち着くわよ。
ほら、本当は今日の訓練してから 夕食にしようと思ったけど、
今日の訓練は無しにしておいてあげるから
手と顔洗ってうがいしてらっしゃい。
その間に夕食の準備しておくから。」
「・・・・はい。」


その後、夕食を食べ いつもだったら少し本を読んだり
農法等を研究するのだが
明日の事が心配で そんな気もなくなり
鬱々としながらこの日は眠ることにした。

翌日 訓練や食事を済ませ畑に行こうとしたが
荀彧ちゃんに会うのが嫌で今日は畑に行くのをやめようとしたら
母さんに家を叩きだされ、やむなく私は畑に向かうことにした。

畑について作業をして軽く汗をかいた所で
また昨日のように荀彧ちゃんが背後から話しかけてきた。


「こんにちは、昨日の話の続きをしにきたわよ!」
「こんにちは。
・・・なんでそんなに気合入ってんの?」
「べ、別に気合なんか入ってないわよ!」


荀彧ちゃんはそういうが
語尾に力が入っているし、肩から下げている袋から
何本か竹簡が頭を覗かせ
荀彧ちゃんは近くの手頃な木材を引きずってきて
椅子がわりにして座り込み、
更には筆と墨を取り出している。


「・・・・あの、何してんの?」
「見ればわかるでしょ、
要点を竹簡に書き留めとこうと思って 用意してるのよ。」
「本気? 私の話なんて大したことないと思うけど・・・」
「昨日あれから家の本を調べたり お母様や姉様に話を聞いたリしたけど
昨日あんたがしたような話は全く出て来なかったし
誰も知らなかったのよ。」
「食物連鎖くらいなら五行思想の関連から出てきそうなものなのに。」
「あんたが話したような細かい事までは出てこないでしょ!
っていうか、あんたどこでそんな知識を手に入れてきたのよ!
自慢じゃないけど 私もそれなりに学問は納めてるつもりだけど
あんたが昨日話したような細かくて理解しやすい話は聞いたこともないわよ!」
(小学生向けの理科の話を
たとえ話を交えながら話しただけだから
そんなに感心するようなことでもないと思うんだけどな・・・)
「荀彧ちゃんは家で学問教えてもらえるんでしょ?
だからその内習うよ。
それに 私と同じくらいの年だと思うから
まだ10歳にもなってないでしょ?」
「それでも私は 今 知りたいの!
ほら、昨日の話を最初から頼むわよ。」
「・・・はぁ。」


結局 荀彧ちゃんにせがまれ
小学生で習う理科の話を最初からさせられ、
お陰で今日の畑仕事も最低限にしかできなかった。

この日以降、荀彧ちゃんは
ほぼ毎日のように私の所に現れて、
最初は私のほうが理科や農法の話をさせられていたのだが
その内 荀彧ちゃんの愚痴を聞かされることになる。


「だいたいお母様は荀諶(じゅんしん)に甘いのよ・・・」
「そう言ったって荀諶ちゃんは まだ小さいんでしょ?
しょうがないじゃない。」
「小さいって言っても私と2つも違わないわよ!」
「だからって毎日家を抜け出して
こんな所に来てると危ないよ?
城壁内ならまだしも 外は警備の人の目も届きにくいんだから。」
「そんな事言ったらあんただってそうじゃない。」
「私は荀彧ちゃんとこみたいに いいとこの家じゃないから
そんな危険な事にはならないよ。
それに畑には知り合いもいるし。」
「じゃあ私も大丈夫じゃない。
あんたと一緒にいるんだから。」
「・・・はぁ。」
「それよりちゃんと聞きなさいよ!
お母様は荀諶に甘いのよ!」
「もうその話4回目だよ・・・」


この年の子供にしては荀彧ちゃんは大人びており
おそらく家でもそんなに手のかからない子なんだろう。
その分 妹の荀諶ちゃんは話を聞いてる分じゃ
手のかかると言うよりも、
歳相応の子供なんだろう。

その為どうしても荀彧ちゃんの母親や乳母は
手のかからない荀彧ちゃんよりも
荀諶ちゃんの方の面倒をよく見ているのだが
大人びているとしても荀彧ちゃんはまだ10歳にも満たない子供だ。
やはり母親のことが恋しく
妹に母親を取られたようなきがするのだろう。、
しかし、その愚痴を私に言われてもどうしような出来無いわけで・・・


「この間だって 桃を切りわけた時に
私も もう少し食べたかったのに
姉だから我慢しろって荀諶のほうが一切多かったのよ!」
「あぁ・・・それは大変だったね。」
「儒教の教えから言ったって本来なら
年上の私のほうが多く食べるべきでしょう!
身体だって大きいんだから。」
「そうだね、大変だったね。」
「あんたちゃんと聞いてるの!」


おやつの桃が荀諶ちゃんの方が一切多いとか私に言われても
どうしようもないよ・・・


私が荀彧ちゃんと知り合って
1ヶ月ほどした時。
その日は荀彧ちゃんの塾の話を聞かされていた。


「ほんっと あの塾の男共は腹立つわ。
忌々しいったらありゃしない!」
「何があったのよ?」
「何があったも何もないわよ!
人が読もうとしてた本を 私の手の届かないとこに わざと置いたり
何考えてるのかわからないけど人の裙子(スカート)を
いきなりめくってくるのよ!」
「あ~・・・まぁ、よくあることだよね。」
「こんな事よくあってたまるか!!
私がどんな恥ずかしい目にあったと思ってるのよ。
本当、男っていやらしい最悪だわ。
将来 絶対男の下では働かないし
男の部下なんていらないわ。」
「どこかに勤めたらそうも言ってられないでしょうに・・
そんなに男が嫌いなの?」
「前は苦手ではあったけど最近はもうダメね。
憎しみしか湧かないわ。」


このくらいの年だと複雑だからなぁ・・・
小学生くらいの年って
男子と女子に完全に分かれて
仲良くしようものならからかったりするから
余計に同性で固まるんだよね。

その上 好意を表現するのがまだ慣れてないせいで
いたずらしたりするわけだけど。


「その男の子きっと荀彧ちゃんが好きで
気を引きたいだけじゃないの?
そのくらいの年の男の子ってそういうとこあるし。」
「はぁ? 冗談でも笑えないわよ。
そんなこと有るわけないし
仮にそうだとしたら 私そいつ殺すわ。」
「物騒な・・・」
「好きだから嫌がらせってどういうことよ?
理解できないわ。」
「荀彧ちゃんは頭で考えすぎるんだよ。
好きだから仲良くなりたいけど
恥ずかしくて どうしていいかわからないから
気を引く為に好きな子をいじめるってよくある話だよ?」
「好きなら好きって言えばいいじゃない。
ホント男って理解できないし 仲良く出来ないわ。」
「そう? 私とは結構仲良く話してるじゃない?」
「・・・なに言ってんの?
あんた女じゃない。」
「え? 言ってなかったっけ?
私男だよ?」
「冗談にしては笑えないわよ?」
「いやいや、本当だって。
皆に聞いてみなよ、畑で働いてる皆
私が男だって知ってるから。」
「・・・・からかってんの?
皆あんたのことお嬢って呼んでるじゃない。」
「荀彧ちゃんも疑り深いな・・
本当だって。」
「じゃあ、あんた何でそんな格好で
話し方も女みたいに話してるのよ。」
「・・・・色々複雑な理由があるんだよ。」
「その理由を言ってみなさいよ。」
「母さんが本当は娘が欲しかったとかで・・・」
「全っ然 複雑じゃないじゃない。
・・・大体本当でしょうね?
確かめるわよ? 違ってたら蹴っ飛ばすし
本当だったら穴に埋めるわよ?」
「どっちでも酷いことになるじゃない・・・」


その後 荀彧ちゃんが皆に聞いて回った結果、
私の所に走って戻ってきたと思ったら
そのままの勢いで私に殴りかかってきて
私の頭に拳骨を落としていった。


「いった~~~っ!」
「あ、あ、あんた騙したわね!!」
「別に騙してないじゃない、皆私のこと男だって言ったでしょ!」
「そういう意味じゃないわよ!
あんた男なら男ってなんで最初に言わないのよ!」
「いや、聞かれなかったし
知ってるものかと思ってたし。
それに見ればわかるでしょ?
髪の毛伸ばしてるけど
どこからどう見ても私は男じゃない。」
「あんたはどっからどう見ても女にしか見えないわよ!
あんたの噂だって頭の可哀想な『娘』って言う噂だったし。」
「マジで・・・?」
「マジよ。
あんたの家族やあんたの家の人間以外
皆あんたのこと女だと思ってるわよ。」


以前 私が不意に口にした『マジで?』という言葉の意味を
私の前いたところの方言で『本当に?』と言う意味だと教えて以来、
たまに荀彧ちゃんも使うようになった。

それはいいとして 私は周りには女だと思われているというのは
本格的に何とかしないといけない・・・
頭の可哀想な子(こ) と頭の可哀想な娘(こ)だと
同じ音で聞こえるため 今までは気にもしてなかったが
本格的に誤解を解く方法を考えないといけないようだ。


「まったく、男なら男って最初から言いなさいよね。」
「知ってるものだと思ったからゴメンね。」
「まぁ、いいわよ。
私が勝手に勘違いしてたのも悪いんだし・・」
「それで荀彧ちゃんは私が男だとしても
また明日からいつも通りにココに来るの?」
「来るわよ。
あんたは塾のバカどもと違って
ちゃんと話通じるし。」
「・・・そうなんだ。」

「何で少しがっかりしてるのよ。
そこは普通 喜ぶところなんじゃないの?」
「いや、だって荀彧ちゃんが来ると
話してばっかだから作業進まないし。」
「別に話しながら作業すればいいじゃない。」
「前にそうしたら 人の話聞いてるのか? とか言って
怒りだしたじゃない。」
「・・・・・まぁ、そんなこともあったわね。」
「逆に荀彧ちゃんはいいの?
家の人心配するんじゃないの?」
「私がどこに行ってるかは教えてあるし、
お父様の教えで畑仕事や町の様子を
自分の目でよく見るように言われてるのよ。」
「それはいい教えだけど、
荀彧ちゃんにはまだ早いんじゃない?」
「早く学ぶことは悪いことじゃないでしょ。
私はもっともっといろんな勉強をして
将来は父様のような立派な人になるのよ!」

「荀彧ちゃんのお父さんって言うと荀緄(じゅんこん)様だっけ?
「そうよ父様は尚書を務めていてすごく偉いのよ!」
「尚書さまって天子様に上奏する時にまず尚書さまを
通さないといけないんだっけ?」
「そうよ・・・あんたよく知ってるわねそんなこと。」
「たまたま・・たまたま知ってただけだよ。」
「あんた本当に変なことばっかり知ってるわね・・
常識的なこと知らないと思ったら
誰も知らないような事知ってるし。」
「私の知識が偏ってるのは認めるよ。」
「まぁ、いいわ。
とにかくお父様は尚書と言う役職を天子様から頂いてるくらい偉いし
お祖父様も神君と噂されるくらいなんだから
私もお二人に負けないように偉くなって
この国を良くしないといけないのよ!」


荀彧ちゃんはすでにこの年齢から
将来の事を考えてたんだなと感心させられる。


「まぁ、そうね。
私が偉くなったらあんただったら使用人か書生として
使ってあげてもいいわよ?」
「はははっ、コレで私も将来の仕事には困らずに済みそうだね。」
「まぁ、あんたも頑張って勉強しなさい。」


以前の私だったら 「冗談じゃない!」 と思う所だが
何週間か荀彧ちゃんと話している内に
この手の話を冗談、又は子供が思いつきで言う話 程度には
受け入れられる余裕ができたので軽く受け流す。

それにしても最初は思いっきり警戒していたが
こうやってただの友人として付き合う分には
そんなに警戒せずともいいのかもしれない。

実際に仕官するのは真っ平御免だけどね。


こんな感じで私と荀彧ちゃんは友人と呼べる関係になり、
この後も私と荀彧ちゃんの付き合いは 長く続くことになる。



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六話

許昌




この世界に来て3年目に入り、
荀彧ちゃんと出会うというトラブルもあったが
それ以外では大きな問題もなく平穏に過ごしている。


最近では学問の話や、愚痴を聞かされるだけではなく
普通の子供のように遊んだりする関係になってきている。

この間も小川で拾ってきた丸い石を使って
おはじき遊びをしてみたり
お手玉を教えてみたりしたが
やはり荀彧ちゃんは頭をつかう遊びが好きなようで
何か無いか聞かれたが、
そもそも私は畑仕事をしているので
そんな頭をつかうような遊びの道具は用意してない。


「なにかないって言われてもね・・・
まるぺけでもする?
地面に棒で○と×書くだけでできるし。」
「イヤよ! あんた私が知らないと思って
絶対負けない方法で散々私を弄んでくれたじゃない!」


まるぺけとは井の形に線を引いてその中に○と×を交互に書いて
3マス揃える遊びなのだが、
まるぺけは最初に中心を取るのではなく
角を取ると最悪でも引き分けに持ち込めるので
昔 荀彧ちゃんをからかうつもりで
一見有利に見える真ん中を取らせてあげて
ボコボコにしたことがある。


「ん~じゃあ五目並べにする?
アレなら大丈夫でしょう?」
「それも単純すぎて面白くないのよね~。」
「わがままだなぁ。」
「・・・そうだ、囲碁はないの?
囲碁盤と碁石!」
「あるわけないじゃない。
あんなのお金持ちの家にしか無いし
私は囲碁なんか打ったこと無いし。
大体私はココに畑仕事しに来てるのよ?」
「使えないわね~。
家から持ってくるわけにも行かないし・・
・・・・ん?
そうだ!」


荀彧ちゃんはおはじきに使っていた小石をもって
眺めていると急に立ち上がった。


「そうよ、なけりゃ作ればいいのよ!
この小石をたくさん集めてきて墨で塗って
後は その辺の板に線を引けば十分使えるじゃない。」
「でも、私は囲碁なんてやったことないわよ?」
「それくらい 私が教えてあげるわよ。
喜媚も囲碁くらい打てるようになったほうがいいわよ?」
「え~・・・」


私の印象だと囲碁はお爺さん達がお茶を飲みながら
縁側で打ってる印象が強いし
難しそうなので出来たら敬遠したいのだけど・・・


「そうとなったら石を拾いに行くわよ!」
「今日はもう遅いから明日にしようよ。
川まで行って使えそうな石拾うだけで
結構時間掛かると思うよ?」
「・・そうね、じゃあ明日から早速石を拾いに行くわよ!」
「はぁ・・・しょうがないなぁ。」


この将来の王佐の才こと荀彧ちゃんは
意外に行動派で 気になったことは自分の目で調べに行くし
まだ子供だということで 思い立ったら即行動というところがある。
彼女の姉妹は部屋にこもって本を読んだり
屋内で できる遊びをしていることが多いのだそうだが
荀彧ちゃんは部屋で本を読むのも好きなのだが
知識を自分の目で確認しないと気が済まないようだ。

本の知識だけで頭でっかちになるよりはいいだろうが
その内 痛い目に合いそうで心配になる。


この日から数日掛けて使えそうな小石を集め
半分を墨に漬け込んで色をつけて
ちょうどいい大きさの板がなかったから
荀彧ちゃんが家の人に頼んだのか
どこからか板を持ってきて
私が大工さんがやる墨入れの要領で
糸を使って線を引いて
囲碁で遊ぶ準備が整った。


「やっと完成したわね!
早速やるわよ!」
「しょうがないなぁ、じゃあ私打ち方知らないから教えてよ。」
「いいわよ、じゃあまず囲碁っていうのは・・・」


結局 囲碁の打ち方を教えてもらうだけでこの日は終わり、
翌日から開いた時間に少しづつ囲碁で遊んでいるのだが
荀彧ちゃんに勝つことは一度もできていない。

どうやら以前にまるぺけでフルボッコにしたことを
未だに恨んでいるようで
素人の私相手に置き石もなしで
一切の容赦無く私をボコボコにしていった。

数週間ほどその状態が続いたが
流石に荀彧ちゃんも飽きたのか
それ以降は徐々に置き石を増やしてもらったが
結局 未だに勝つことはできていない。

このまま負けっぱなしと言うのも腹が立つので
夜寝る前に知恵袋から囲碁の棋譜を引っ張りだしてきて
勝てそうな状況に持ち込む方法を模索する日々が続いた。


さて、荀彧ちゃんと囲碁を打つようにはなったが
遊んでばっかりもいられない。
私は私で畑の収穫率を上げる方法や
母さんに頼まれたお酒造り。
更には 衛生面で不安があるので
今度石鹸でも作ってみようと思い立ち 知恵袋で調べてみたが
やはり私の前いた時代のような石鹸は無理だが
灰と油で簡単な石鹸を作れそうなので
この日から実験を繰り返すことになる。


さて こうなってくると荀彧ちゃんと話したり
遊ぶ時間が少なくなってくるのだが、
しばらくは我慢していた荀彧ちゃんが
我慢できなくなり・・


「じゃあ 私が畑仕事手伝ってあげるから
さっさと終わらせるわよ!」


・・と 言い出した。

本人が言ってるんだから
ハイそうですか。 と言って手伝わせるわけにも行かず。


「荀彧ちゃんに畑仕事手伝わせたなんて
ご両親の耳にでも入ったら 私や皆が怒られるからだめだよ。」
「私が良いって言ってんのよ!
母さま達は関係ないわよ。」
「いや、十分関係あるって・・・
尚書の役職を賜るほどのお方の娘に農作業手伝わせるなんて
問題以外の何物でもないよ。」
「・・・・ぐぬぬっ。」


荀彧ちゃんはこの年の子供にしては
理屈がわかる子なので、こう言えば無理に手伝おうとはしないだろう。
この日は荀彧ちゃんが折れる形で終わったが、
翌日 私は信じられない話を聞くことになる。


「喜媚! お母様から許可をもらったから
私も農作業手伝うわよ!」
「・・・はぁ?
流石にそんなこと あるわけ無いでしょう?」
「本当よ、何ならお母様に会って確認してもいいわよ?」
「いやいや、私が荀彧ちゃんのお母さんに会うなんて
できるわけ無いでしょう。」
「別にお母様はそんなこと気にしないわよ。」
「・・・そもそも どうやって説明して許可をもらってきたの?」
「簡単よ。
書物で学ぶのも大切だけど
自分で実践して学ぶことで 書物からでは学べないことがあるから
実際に自分で体験してみたい。
お父様も自分の目で町や畑を見て
どうしたらより良くなるか考えなさい。
って言っていた。 って話したら普通に許可してくれたわよ。」
(・・・・この子はこういう時は悪知恵が働く。)
「あ~、別に私の所にこなくても、
塾の友達とかと遊べばいいんじゃない・・かな?」
「前も言ったでしょう、
私塾ではそれなりに話したりする友人はいるけど話が合わないのよ。
一人話しが合う子はいるけど
その子は暇さえアレば本ばっか読んでるから
あんまり遊んだりしないし。」
「・・・むぅ。」


荀彧ちゃんくらいの年で 私塾に通わせてもらえるのは
かなりいいとこの子が多く、
そういうところの子供は 当然将来を嘱望されている。
まだ荀彧ちゃんくらいの年齢なら遊びたい盛りだろうが
そういう子達だと 荀彧ちゃんと精神年齢が合わない。
逆にこの年で将来の事を見据えて
勉強するような子は あまり子供がするような遊びはしないし
そんな暇があったら勉強するだろう。

年齢が違う人とは 対等に遊ぶことが出来ず
気を使うことになるので敬遠したくなるだろうし。
なかなか難しいものだな~ と思った。


「・・・本当にやるの?
結構大変だよ?」
「やるわよ。
それにそういう事を学ぶためでもあるんだから。」
「・・・ハァ。
しょうがないな・・・」


かと言って 荀彧ちゃんに何をやってもらおうか?
堆肥作りは水分調整とかが難しいし
汚れるから駄目だし。
収穫はこの間終わったばかり。
今やれることと言ったら
畑の土に空気を含ませるために耕すくらいだけど・・・
私の実験用の畑なら小さいから二人でやれば大丈夫かな。


「じゃあ荀彧ちゃん畑を耕してみる?
次の種植のための準備で 畑を耕す必要があるんだけど。」
「任せておきなさい!
すぐに終わらせて 昨日の囲碁の続きをやるわよ!」


そう言ってクワを渡して
使い方を教え、一緒に畑を耕してみたのだが
・・・どうしてこうなった?


「あの荀彧ちゃん?」
「なによ?」
「あの・・・そんなに一箇所を深く掘らなくてもいいんだよ?
耕すんだから・・・」


荀彧ちゃんが掘った穴は、
彼女の腰ほどまでに深さに達している。


「あんた、なるべく深く掘れって言ったじゃない?
それに前に農法の話で作物の根をうまく張わせるために
なるべく深い所まで土を柔らかくしたほうがいいとか
言ってなかった?」
「いや、たしかにそうだけど限度があるよ。
もっと浅くてもいいんだよ?
私の畑は小さいけど、そんなに深く掘ってたら
何時まで経っても終わらないよ。」
「もう、そういうことは早く言いなさいよ。
・・・でもコレ使えるわね。
ここまでの深さがあれば敵の歩兵の行軍を遅らせたり
輜重隊の足止めに使えそうだし柵を一緒に組めば
騎馬も止められるわね。」
「あぁ・・・塹壕に馬防柵ね。
荀彧ちゃん塾でもうそんな事習ってるの?」
「え? こういう穴を使った戦法って有るの?」
「昔から有るみたいだよ。
知らなかったのなら その内習うんじゃない。」
「・・・・じゃあ何であんたは知ってんのよ?」
「ま、前に読んだ本にたまたま書いてあったんだよ。
「くっ・・家や塾でたくさん本を読んで
先生や姉様にも話を聞いてるのに
まだ喜媚よりも知識で負けてるなんて・・」
「た、たまたま! たまたま知ってただけだよ!」
「いいわよ・・・今はまだ勉強が足りないかもしれないけど
いつかあんたをぎゃふんと言わせてやるから!」
「・・・・ハァ。」


荀彧ちゃんは負けず嫌いなところがあるから
しょうがないのかもしれないけど
私を目の敵というか、変な目標にされるのも困るんだけどな・・・

この後、私の実験用畑を三割ほど耕した所で
荀彧ちゃんは農作業は初めてなので
この日の農作業は終わりにした。

もっと早く音を上げるかと思ったら
意外に体力があったのか、それほど疲労した様子は見られない。
作業のあとに少し囲碁を打ったが
その間に荀彧ちゃんは体力が回復したのか元気に帰っていった。

翌日も私の作業を少し手伝いながら
何かブツブツと独り言を言っているが
農作業をしていて何か思うところがあったのだろう。

結局、荀彧ちゃんは畑を全部耕すまで手伝ってくれて、
その後の作物の苗を植えるのも手伝い、
私の畑でいちばん外側の畝は荀彧ちゃんが育て
作物が収穫できた時には家に持って帰って
家族に振舞ったそうだ。
コレは少し先のお話。


しかし問題もなかったわけではない。
最初に畑を耕した際に穴を深く掘りすぎ、
それを軍事で使えないかと考えた荀彧ちゃんは
よりにもよってそれを私で実践することになる。


それは荀彧ちゃんが私の畑仕事を手伝うようになった数日後の話。

その日、私が畑についた時には荀彧ちゃんは既に
畑に到着し、うっすらと汗をかいていた。


「どうしたの荀彧ちゃん、きょうはやけに早いね?」
「今日は私塾が早く終わったから来てみたのよ。
喜媚はいつもこのくらいの日の高さの時に来るの?」
「そうだね、昼食をとって少し家の仕事をしてからくるから
いつもこのくらいだね。」
「そう。
そういえば先に畑を見ていた時に変なものを見つけたんだけど
ちょっと見てくれない?
こっちだから。」


そう言うと荀彧ちゃんは私の手を取り、
畑の隅の方に連れていく。


「ちょ、ちょっと荀彧ちゃん。
そんなに急がなくてもちゃんとついていくわよ。」
「早くしないと逃げるかもしれないでしょ。
ほら、もう少し言った所・・・・ククッ。」


私は荀彧ちゃんに手を引かれるまま歩いて行ったのだが
不意に足元がなくなり、浮遊感が私を襲った。


「え? うわぁっ!」
「・・・・クックック、アーッハッハッハ!
引っかかったわね!」
「え?・・・・・落とし・・穴?」


一瞬 身体が浮いたような感じがしたと思ったら
すぐに足元に地面の感触が蘇り。
私は転ばないように地面に手をつくが高さがおかしい。

笑っているの荀彧ちゃんをよそに、
状況を確認してみると、
どうやら私は落とし穴に落ちたようで
それを掘ったのは荀彧ちゃんなのだろう。

深さ自体は膝までしか無いので
ちょっとびっくりした程度ですんだが、
驚く私の様子を見て、
お腹を抱えて笑っている荀彧ちゃんを見ると
ふつふつと怒りが湧いてくる。


「クフフ、やったわ。
コレは兵法にも使えるかもしれないわね!」
「・・・荀彧ちゃん・・・こんな所に落とし穴なんか掘ったら危ないでしょう?
誰か引っかかって転んだらどうするのよ!」
「あんた以外 他の皆は知ってるわよ。
穴を隠すのに手伝ってもらったから。」
「つまり皆もグルか・・・」


私が畑の方を見ると
子供達が私達の方をみて笑っている。


「・・・こんないたずらをする悪い子にはお仕置きが必要みたいね。」
「フフ、引っかかるあんたが悪いのよ。 ・・クックック。」


荀彧ちゃんは反省や謝罪をするどころか
引っかかった私が悪いと言っている・・・
コレはもうお仕置きが必要でしょう。


「荀彧ちゃん・・・」
「な、何よ・・・」


流石に私の様子がおかしいことを感じた荀彧ちゃんは
私が一歩近づくと一歩下がり
更に荀彧ちゃんに近づくと同じだけ下がっていく。


「・・・待ちなさい! 荀彧っ!!」
「げっ!」


私が走って荀彧ちゃんを追いかけると
荀彧ちゃんも同じように走って逃げる。

しばらく追いかけっこが続くが
毎日訓練をしてる私と、何もしていない荀彧ちゃんとでは
体力が違うので 少し走った所で
息を切らせた荀彧ちゃんを捕まえることに成功し
そのまま荀彧ちゃんを背後から抱えるようにして
道具や堆肥の雨よけのための小屋の方に連れて行く。


「ちょっと喜媚 離しなさいよ!」
「こんないたずらをして
ちゃんと謝ることが出来ないような子には
お仕置きが必要なのよ!」
「お母様みたいなこと言うんじゃないわよ!」
「荀彧ちゃんのお母さんとかは関係ありません。
悪いことをした子にお仕置きするのは当たり前なんだから。」


途中でじたばたと暴れる荀彧ちゃんを
そのまま抱きかかえて小屋の近くに置いてある
丸太を短く切っただけの椅子まで連れていき
私は丸太に座り荀彧ちゃんは私の膝で
抱えるようにうつ伏せにさせる。


「ちょっと何するのよ!」
「昔から悪いことをした子にするお仕置きといえば
お尻叩き十回でしょ。」
「・・・ちょっと、あんた本気なの?」
「荀彧ちゃんがちゃんと謝らないのが悪いんだからしょうがないでしょう?
さぁ、行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待っ・・・!」


流石に子供の力とはいえ
私はある程度体力をつける訓練をしているので
おもいっきり叩くとマズイので
ある程度加減して荀彧ちゃんのおしりを平手で叩く。


「痛っ・・・たぁぁいっ!!
ちょっと何すんのよ!」
「荀彧ちゃんがちゃんと謝らないからいけなんでしょう?
次 行くわよ!」
「引っかかったあんたが・・・ぃったぁ~い!!」
「どう? 謝る気になった?」
「誰が!」
「じゃあしょうがないわね・・・ホラっ!」
「い゛っ・・ったぁ!」
「次ぃ!」
「んぐっ!?」
「次行くわよ!」
「わ、わかったわよ! 私が悪かったから!」
「・・・やっと分かった?」
「分か・・・ったから。」


荀彧ちゃんの様子を見ると
頬が若干硬直しているがコレは怒りと恥ずかしさだろうか?
目も若干涙目になっている。


「そう・・・でもお尻叩きは十回って決まってるから、
・・・次行くわよ?」
「ちょ! 待ちなさいよ!!
私が悪かったって言ってるでしょう!?」
「じゃあなんて言うの?」
「う・・・ご、ごめん なさい。」
「そう、よく出来ました。
・・・・でもお尻叩きはあと五回残ってるからね♪」
「ふざけんじゃないわよ!!」
「ほら、反省してない。
本当に申し訳ないという気持ちで一杯なら、
本心から反省しているなら
どこでも 何回でも お尻叩きを受け入れられるはず!」
「そんなふざけたこと有るわけ無いでしょう!!」
「次行くわよ!」
「ま・・・いったぁぁぁっっい!!」
「ほら、次!」
「いぃっ!! 分かった、分かりました!
ゴメンナサイ!!」
「あと三回!!」
「本当に駄目だって! これ以上はっ・・ったぁい!!」
「後二回!」
「・・・だめぇ・・・駄目だって・・・・んくっ!」
「最後行くわよ!」
「ハァハァ・・・本当、だめらって・・・・んあぁ!」
「・・・・ふ~ はい十回おしまい。
これに懲りたら もうこんないたずらはしちゃだめだよ?」
「・・・・んっ・・・ぅぁ・・ハァハァ」
「・・・? 荀彧ちゃん?」


私がお尻叩きを終えて荀彧ちゃんを解放すると
荀彧ちゃんはその場にぺたんと座りこみ、
地面に手をついて息を荒げている・・・が
何か様子がおかしい。
私の言葉に返事を返してこない。


「荀彧ちゃん? ・・大丈夫?」
「・・・・ハァハァ・・・・んぅっ・・ハァ、だ、らいじょうぶ・・です。」
「・・・ちょっと本当に大丈夫?」


私が荀彧ちゃんの目の前に座り
荀彧ちゃんの顔を見ようと頬を手でさわり
私の方を向かせようとすると
荀彧ちゃんは焦点の定まってないぼーっとした目付きで
目の端に涙をため、口は半開きで頬が真っ赤になり息も荒い。


「ちょっと、ほんとうに大丈夫?」
「・・・はい、大丈夫です。
・・ごめん なさい・・・もうしません。」
「・・・ほんとうに大丈夫なの?
痛いところとか無い?」
「・・大丈夫です。」


私が荀彧ちゃんの頬に当てている手に荀彧ちゃんがそっと手を重ねて
愛おしそうに頬ずりをしながら
素直に謝罪を述べるが・・・何が起きた?

あまりの荀彧ちゃんの変貌に
薄気味悪くなった私はとりあえず荀彧ちゃんを椅子に座らせて
水を飲ませ落ち着かせる。


それからしばらくして、荀彧ちゃんが急に震えだしたので
何事かと思って荀彧ちゃんの様子を見ると・・


「・・・あ、あんた・・・見た?」
「え? 何を?」
「・・その、私・・・少し 変じゃなかった?」
「・・・えぇっと・・・変というか・・・
可愛かった・・よ? なんか妙に素直で。」
「くっ・・・っ!
ああぁぁぁあんた! 今日見たことは黙ってなさいよ!!
誰にも言うんじゃないわよ!!」


そう言いながら急に立ち上がった荀彧ちゃんが
私の胸ぐらを掴んで口止めをしてくる。


「ちょ、荀彧ちゃん苦しいって。」
「いいから黙ってなさいよ!」
「それはいいけど・・・どうしたのさっきの荀彧ちゃん。」
「・・・・べ、別に大したことはない わよ?」
「何で疑問形なのよ。
さっきの荀彧ちゃん、ちょっと・・・いつもと違ってたよ?」
「うぅぅっ うるさいわね!
あんたは黙ってればいいのよ!!」
「でも・・・」
「・・くっ、きょ、今日はこの辺にしといてやるけど
いつかこの屈辱は晴らしてやるから覚えてなさいよっ!!」
「あ・・・荀彧ちゃん!」


荀彧ちゃんはそう言い残すと走って帰っていった。

作業を終わらせて家に帰り訓練、夕食を済ませ
就寝時に今日の出来事を考えてみて ふと思い出した。


「あぁ! そう言えば荀彧ちゃんてドMの人じゃない!
・・・彼女まだ8~9歳なのに既にその素質が目覚めているのか?
そういえば、お仕置きする前に荀彧ちゃんの母親も
同じように悪いことをしたらお仕置きをしてると言っていたけど
まさか、それが原因じゃないでしょうね・・・」


翌日 少し恥ずかしそうな顔をしていたが
いつも通り荀彧ちゃんは現れ、
普段通り話をしたり、遊んだりしたが・・

この日以降 十日に一度くらいの割合で
荀彧ちゃんがいたずらをしては
私がお仕置きするというのが新たに私の日常に追加された。



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七話

許昌




私が外史に降り立って五年ほどの歳月が過ぎた。

荀彧ちゃんに出会って以来
慌ただしい毎日を送っているが
私達は大きな問題もなく無事に過ごしている。


私達は、というのはこの国の情勢がいよいよ怪しくなってきたからだ。

私が住んでいる許昌は洛陽ほどではないが
それなりに発展していて
市などでは よその邑等から商人や旅人が来ていて
いろんな情報を得ることができるのだが、
やはり洛陽から離れた場所では
官の目が届きにくいため治安が悪化しており、
その上 重税や干ばつ、疫病、
連作障害や天候不順、追いつかない治水、虫害等による凶作
様々な要因で民衆が苦しみ
税金を払えなくなった人々が邑を離れ 流民となったり、
中には野盗に身をやつす者達も現れ
この国内は今 大変なことになっている。


荀彧ちゃんの耳にも その話は入っていて
昔はただ父親のように偉くなり、
皆に尊敬されたいという思いだけであったが、
最近は この国を何とかしないといけないという
使命感にも似た思いを度々口にするようになった。

一緒に通っている私塾の中にも
同じような思いの人達が増えているとも話していた。


国内の事情はコレまでとして、
私の方はと言うと・・

武術関係では最近では型の訓練や体力をつける訓練よりも
模擬戦の比率が増して来て
更に鉄釘の投擲も訓練に含まれることになった。

模擬戦に関しては、
昔は事前に決まった攻撃を躱したり
防御する訓練だったが
最近は本当に模擬戦と呼べるような形に変わり、
私用の武器として鉄扇と鉄釘をもらった。
コレは私の身長が低いため
大人が使うような剣は使えないし
力もそんなに無いため槍も使えないし
そもそも その二つを普段持ち歩くことが出来ないので
普段持っていてもおかしくなく
身体にあった鉄扇と鉄扇に仕込んである
投擲用の鉄釘を使うことで
牽制に鉄釘を投げて逃げる。
接近されたら鉄扇で攻撃をいなす と言う使い方をするためだ。
単純に鈍器としても十分の威力は期待できると言う話だ。

食生活では芋から水飴を作ることに成功し
今まであまり口にする機会がなかった甘味を
堪能できるようになったり、
ある程度使える石鹸を作ることに成功したため
衛生面が向上し
農業の方もウチの畑だけで言えば
他所 よりも収穫率が上がり
小作人の人達の知り合いが どうやって収穫率を上げているのか
話を聞きに来ることが多いそうだ。

そこで問題に上がってきたのが虫害や鳥害だ。
当初は子供たちに遊びの延長で捕まえてもらって
捕まえたイナゴ等は しばらく置いてフンをさせてから
油であげるなどで 基調なタンパク源として食べていたのだが
農作物の出来が良くなるに連れて
虫害が無視できないようになってきた。

その為まずは服屋に行き
網目の粗い網タイツの生地を加工してもらい
簡易の玉網を作って子供たちに渡して
今まで以上に虫を捕まえてもらった。
ここが古代中国ならば こんなに簡単に素材が手に入らなかっただろうが
ココは恋姫世界、服飾関係の技術等が異様に高く
私がいた時代にも匹敵するのではないかと
思うくらいの精巧な服なども置かれていることもあり
簡易の玉網用の布もすぐに見つかり、
更に今後 ちゃんと長期にわたって使える
玉網も作ってもらえることになっている。

コレに合わせて農薬の作成にも着手した。
農薬といっても私がいた時代のようなものではなく、
まず最初に作ったのは唐辛子とニンニクを使ったものだ。
バッタには効果はないがアブラムシなどに効果があるし
簡単且つ大量に作れたためとりあえず私の実験畑での
一部で試験運用してから全体的に使うことにした。

次に考えたのが木酢液を作ることだが
コレが思いの外 量を作ることができなく
金属のパイプでも作れたらいいのだろうが
そこまでの金属加工技術は知っている鍛冶屋には無く、
仮にあったとしても高額の費用を要求されるだろうから
少量だけ作ってお蔵入りとなった。

次に考えたのが
バッタなどが大量に現れた時には夜に火を炊いて
火に飛び込んでくるバッタ等を駆除。
日中は捕獲と煙を燻して追い払うことで
少しではあるが被害を抑えることが出来た。

私の小さい畑ならは蚊帳で囲うこともできるが
大きい畑になると、流石に布の費用もバカにならないので
無理だということがわかった。


更にコレとは別に考えたのが養蜂だ。
私は虫があまり得意ではないので
蜂の扱いに困っていたが、
この世界は恋姫世界だ。
服飾技術が発展している。
その為 ストッキング等も有るので
全身を覆う白い服を何枚も着こみ、
目の所は白いストッキングの生地を使うことで視界を確保。

これで蜂の巣箱での作業も安全にできる様になったのだが、
肝心のミツバチがなかなか捕まらず、
知恵袋で現状できる最適な巣箱の設計図を得て
それを元に巣箱を幾つか作ったのだが
蜂が住んでくれない。

森の方に行けば蜂がいるらしいし
邑や畑の外れにたまに蜂の巣があるという話は聞くのだが
私の巣箱に入ってくれないと意味が無い。

結局巣箱を作った年は蜂が巣箱に住まず、
失敗に終わったが翌年、
金稜辺とい花が 蜂を誘引する匂いを放つということで
小作人の人達の知り合いにあたってもらったり
市場で行商の商人の人に頼むことで
金稜辺ではないが 蜂を誘うと言う花の種をなんとか手に入れることに成功し
コレを栽培し、巣箱にも水飴などを塗ったりしながら
なんとか2年目で蜂を巣箱に住ませることに成功した。

蜂の行動範囲は数キロは有るそうなので
畑の近くにある私の小屋の近くで
小作人の人達の家から見える場所に
見つかりにくいように設置し
壊されたりしないように周りに話を通したり
見張っていてもらうようにしておいた。


さて、そんなことをしながら数年過ごし 私も10歳。
荀彧ちゃんも私よりは生まれが数ヶ月遅いようなので
私のほうが少し歳上なのだが 同い年だ。

後八~九年ほどで一刀くんが今世界に降り立ち
黄巾の乱が起きてしまうことを思うと
憂鬱になるが、なんとか頑張って生きていこうと
気合を入れた・・・・のだが
すぐさま私のその決意は揺らぐことになる。


それは私が十歳になり数週間ほどたった時だ。


「喜媚、母様があんたに会いたいんだって。」

「・・・・はぁ?」
「聞こえてるんでしょ?
お 母 様 が あ ん た に 会 い た い ん だ っ て 。」
「・・・またまたご冗談を。」


私は苦笑しながら右手を猫が手招きするように
荀彧ちゃんの方に振り、
今 聞いた話しが何かの冗談であることを祈った。


「別に冗談じゃないわよ?
あんた 私のお母様に会いたくないの?」
「会いたいとか以前に 私が会うなんて身分違いとか
そんな感じでちがくない?」
「なにを焦っているのか知らないけど
言葉使いがおかしいわよ?
そういう身分とか お母様は気にしないわよ。
そもそも、一度喜媚に会いたいっていうのは
よく口にしてたんだけど
少し前に 洛陽のお父様から書簡が届いてね、
それを読んでから 本格的に喜媚に会いたいから
家に招待しろって言われたのよ。」

「・・・もしかして荀彧ちゃんを拐かしたとか言って
いきなり首切ったりしない?
確か荀彧ちゃんのお母様って
結構武術や兵法に明るくて
許昌の軍部にも影響力があるんでしょ?」
「そんな事しないわよ。
招待しろって言ってるのよ?
招待ってことは歓迎するってことでしょう、普通。
別にとって食やしないわよ。」
「う~ん・・・そもそも何で
私なんかに会いたいのかわからないんだけど?」
「私も詳しくは聞いてないんだけど、
最近 お母様はいろんな農家の人間を呼び出しては
話を聞いてるのよ。
その関係じゃない?
喜媚の畑って、今は殆ど喜媚が取り仕切ってるんでしょ?」
「まぁ、ウチの母さんが面倒くさがりで
私に押し付けてるだけなんだけどね。」
「ふ~ん、喜媚のお母さんって妲己さんでしょ?
何回かあったけど結構しっかりしてそうなのに。」
「外面だけはいいんだよ・・母さんは。」

「まぁ、その話はいいけど
何時くらいなら時間取れるの?」
「・・・話をするだけなら別に明日とかでもいいんだけど。」
「ふ~ん、じゃあこっちでお母様に都合のいい日時を
決めてもらうけどいいわね?」
「それでいいよ。
・・・なんかおみやげとか持ってったり 正装したほうがいいのかな?」
「別に何もいらないし 普通の格好でいいわよ。
流石に今着てるような畑仕事用の
汚れた服じゃ駄目だけど
それ以外だったら普通の服でいいわよ。
お母様はそういうことあまり気にしないから。」

「わかったよ・・・ついでに聞くんだけど
荀彧ちゃんのお母さんってどんな人?」
「どんな人って・・・普段は優しいわよ。
昔は武官をやってたらしいけど
お父様と結婚してからは 引退して子育てに専念してるけど
今でもココの軍部の人とかが よく訪ねてくるわね。」
「まぁ、尚書さまの奥さんだから
偉い人が訪ねてくるのは当然か。」
「まぁ、あんまり地位とかには拘らずに
その為人を見るって感じ?
だから無理におべっか使ったり
卑屈になる必要はないわよ。
普段にしてれば大丈夫よ。」
「そっか・それは良かった。」
「でも・・・怒ると怖いわね。」
「マジ?」
「マジよ、私には平気で体罰とかするわよ。
妹の荀諶や姉の荀衍(じゅんえん)には ほとんど体罰なんてしないのに・・・」
「あ~・・・・」


荀彧ちゃんの体罰といえば『アレ』か・・・
私も普段のツンツンしたキツい感じの荀彧ちゃんと違って
お尻叩きとかした後の 妙に従順な荀彧ちゃんが可愛くて
つい、やり過ぎることとかあるからなぁ・・
なんか子供なのに妙に色っぽかったりするし。

もしかしたら荀彧ちゃんのお母さんも
怒られた時の荀彧ちゃんが見たくて
荀彧ちゃんには厳しいのかもしれないな・・・
それに荀彧ちゃん かなり悪戯っ子だし。


「な、何よ・・・」
「別にぃ・・もしかしたら荀彧ちゃんの
お母さんとは仲良くやれるかもしれないなと思って。」
「・・・なんかむかつくわね。
とにかくそういうことだから
こっちで勝手に予定決めるわよ。」
「はいはい、日付が決まったら教えてね。」
「はいはい。
キリがいいことだし 今日はもう帰るわね。」
「ん、また明日ね~。」
「じゃあね。」


そう言うと 荀彧ちゃんは城門の方に駆けていった。

翌日、荀彧ちゃんから
二日後に私が荀彧ちゃんの家に招待すると連絡があったので、
おみやげはいらないと言われたが
一応ウチで取れた蜂蜜を使った飴の試作品を
持っていくことにした。

当日は 私が荀彧ちゃんの家を知らなかったが
荀彧ちゃんの家は有名なので
その辺の人に聞けばすぐに分かるのだが
今回は招待されているということで
わざわざ迎えに来てくれるということだった。

こうして荀彧ちゃんの案内で
とうとう荀彧ちゃんの家まで来てしまったわけだが・・・

「や、やっぱり帰ってもいいかな?」
「あんた、何言ってんのよここまで来て。」
「だってなんかすごい門構えで
私が来るようなところじゃないと思うんだけど。」
「あんた、妙な所で卑屈よね・・・
そんな事いちいち気にしなくてもいいのよ。
ほら、入るわよ。」
「あ、ちょっと!」


そう言うと荀彧ちゃんは
門を開けてさっさと中に入っていってしまう。

私もこんなとこで一人で残されても困るので
荀彧ちゃんについて一緒に門の中に入っていく。

そのまま荀彧ちゃんの案内で庭の方に連れて行かれる。
荀彧ちゃん言うには庭の東屋で飲茶の用意をしているそうだ。

流石に荀彧ちゃんの家の庭とも言うと
ウチとは違い広いし
小さいながらも池があり 木が植えてあり ちゃんと剪定もされているようだ。
その庭の少し開けた所に
赤い東屋がたっており、そこのは一人の女性、
荀彧ちゃんと同じ髪色ではあるが
軽くウェーブがかかった髪が背中まで伸ばしてあり
身長はあまり高くはなさそうだが、
私や荀彧ちゃんよりは背は高く
女性的な特徴は・・色々と控えめではあるが
荀彧ちゃんを大人にして穏やかで 優しそうな感じにした顔立ちをしている。

その女性が私達を見つけ、
私と丁度視線があった・・

「ご苦労様桂花、初めまして胡喜媚さま。
この家の主は洛陽に出かけていますので
今は私が代理でこの家を取り仕切っています。
荀桂(じゅんけい)と申します。」
「・・・あ、これはこれはご丁寧に!
今日はご招待ありがとうございました。
胡喜媚と申します。
あと、私を呼ぶ時は喜媚で結構なので。」
「ウフフ、じゃあ喜媚ちゃんって呼ばせてもらうわね。
後 私を呼ぶ時は荀桂で構わないわよ。
様とかそういうのはいらないから。」
「あ、では荀桂さんで・・・」
「堅苦しい挨拶はこの辺にして、
どうぞコチラに、簡単なものしか用意できなくて
申し訳ないけど飲茶を用意してあるから
軽く食事でもしながら話しましょ?」
「あ、はい。
失礼します。」


私は荀彧ちゃんに案内されるまま東屋に入り
荀桂さんの正面に座り
荀彧ちゃんは私の右斜め前に座った。


「今日は突然呼び出したりしてごめんなさいね。
それと、桂花と今まで仲良くしてくれてありがとうね♪」
「その名前は、荀彧ちゃんの真名ですか?」
「あら、桂花はまだ喜媚ちゃんと真名を交わしてなかったの?
もう何年も付き合ってるから
真名を交わしてると思ってたわ。」
「・・・お母様!
そ、その真名はお互い信頼出来る者同士で
交わし合うものですし
その、喜媚は男なのでそう簡単に真名を交わすわけには・・・」
「桂花は変な所で硬いわね・・・
いつもは私達が止めても平気で家から飛び出して
そこら中で遊びまわってるくせに。」
「私は別に遊びまわってるわけではありません!
お父様に言われた通り、
この目と耳で実際の町の様子を見て
何がこの許昌にとって最適なのか研究しているんです!」
「はいはい、喜媚ちゃんの前だから
そういうことにしておくわね。」
「お母様!」
「ごめんなさいね喜媚ちゃん、
ウチの子が迷惑かけてるみたいで。」
「いえ、迷惑というほどでは・・・」
「べつに遠慮しなくていいのよ?
桂花は少し気が強くて大人びてるから
私塾でも少し浮いてるのよね。
話し相手や議論する相手はいるらしいんだけど
あなた達くらいの歳の子が
当たり前のように遊んだりするような
友達は喜媚ちゃんが初めてなのよ?」
「お母様! 私が人付き合いが苦手な様な言い方はやめてください!!」
「桂花もこんな席だからって
わざわざそんな口調使わ無くてもいいのよ?
いつも通り話しなさいな。
いつもだったら 「ふざけんじゃないわよ。」 とか言うでしょう?」
「・・・くっ!」
「あの、荀桂さん?」
「あら、ごめんなさいね。
桂花がこんな席だからって
妙に堅苦しい話し方をするから気になって。」
「・・・・」


桂花は普段の家庭内での生活の話をされて
少し恥ずかしそうに俯いている。


「それで、本日はどんな御用だったんでしょうか?」
「そうね、今日喜媚ちゃんを呼んだのは
実は喜媚ちゃんの農法についての話なのよ。」
「農法・・・ですか?」
「そう、喜媚ちゃんが今は一人で畑を切り盛りしてるっていうのは本当なの?」
「一人ってわけじゃありませんが、
最近は私が雇ってる皆に指示を出して作業してもらってますが。」
「そうなの・・・実は今この許昌でも
農作物の収穫が落ちてきているのは知ってる?」
「いいえ、初耳ですが?」
「まぁ、喜媚ちゃんの立場だとあまりわからないと思うんだけど
最近 国内の至るところで住民が邑や村を離れて
流民となったり 酷い時には野盗に身をやつしたりしてるんだけど
この許昌でも 最近作物の収穫率が下がってきていて
そう長くない時期に この許昌からも流民が出る可能性があるのよ。」
「はぁ・・」

「本来は喜媚ちゃんにするような話ではないんだけど
許昌の太守もその辺の事を気にしていてね、
実はウチの旦那、尚書さまにも相談したらしいんだけど
今は国内中がそんな感じだから どう仕様もなくて
困っていたんだけど、
桂花が喜媚ちゃんのところの畑だけはなぜか
収穫が落ちるどころか増えてるって言うから
話を聞かせてもらおうと思ってね。」
「そういう話ですか。」
「太守様や私の方でも 何人か農民を読んで話を聞いてるんだけど
農法自体は特に今までと変わったことをしてないから
収穫が落ちてるのは天候不順か害虫か、そういった理由だと思うんだけど
桂花が違うって言い出してね。
よくよく話を聞いてみると 連作障害とか肥料がどうとか言う
知らない話が出てきて 色々話している内に
喜媚ちゃんから その話を聞いたって言うから
私にも詳しく話して欲しいんだけど・・どうかしら?
喜媚ちゃんの農法が許昌の農民に伝われば
許昌の収穫率が上がり
流民や野盗の増加を抑えられて治安も良くなるし
皆も助かるから出来れば教えてもらいたいのだけど。
もちろん知識はその人の宝だから
それなりの礼金も出すつもりだし、
効果の検証は必要だけど 太守様からも恩賞は出ると思うわよ?」
「う~ん・・・」


家で使ってる農法の話なら 話すことはいいんだけど
ココで下手に話して太守様に名を覚えてもらっても困る。
かと言って 話さなかったら許昌から流民が出たり
治安が悪くなったりするから
それも困るんだよな・・・
ふむ、ココは荀彧ちゃんの手柄にでもしてもらおうか。
どうせ話しの内容自体は 既に荀彧ちゃんに話した内容と同じだし。


「あの、荀桂さま。」
「なに? 話してくれるの?」
「話をすること自体は構わないのですが
その話を私から聞いたっていうのは勘弁してもらえますか?」
「・・どういうことかしら?」
「私は特に世に出ようとかは全く考えていないので
私が農法について話した事で
変に私の名前を出したくないんです。
それに話す内容自体は既に 荀彧ちゃんに話した内容と
変わらないので 荀彧ちゃんが調べた農法だってことにしてもらえませんか?」

「喜媚・・・あんた本気で言ってるの?」
「本気もなにも荀彧ちゃんだって
私が将来のんびり暮らしたいっていうのは知ってるでしょう?
それに私の農法にしたって、
最初こそ私が荀彧ちゃんに教えたことが多いけど
途中からは二人で一緒に考えて
私の実験用の畑で二人で実験してやってきたことだから
荀彧ちゃんの手柄にしても特に問題はないでしょう?」
「だからって!
・・・・はぁ、もういいわよ。
こういう時のあんたは変に頑固だし。
私としても名声を得られるに越したことはないわ・・・
だけど報奨金はあんたが全部持って行きなさい!
私は名声、あんたは報奨金、コレで貸し借りとかは無しよ!」
「いいけど、最初からこの話を荀彧ちゃんの貸しに
しようとかは考えてないよ?」
「私の 気 分 の 問題なのよ!!
確かに私も途中から協力はしたけど
最初は私があんたから農法を習ったんだから
本来なら名声も報奨もあんたが持っていくべきなのよ!
その辺わかってるの!?」
「わかってるって・・・だけど私は名を売るつもりは全くないから・・・」
「・・・もういいわよ、その辺は私がかぶってあげるわよ。
お互い損をしないんだから、
あんたにいろんなことを教わった授業料だと思っておくわ。」

「あの・・二人で話を進められても私も困るんだけど? 」
「別にお母様を無視したわけじゃないわ。
ただ、このバカが好き勝手抜かすから・・・」
「バカって・・・」
「あんたなんかバカで十分よ!」
「そ、それで喜媚ちゃんは農法について話をしてくれるのかしら?」
「あ、はい。
それと荀彧ちゃんも一緒にお願いします。
私じゃ抜けてるところとか
実際の運用で問題があるところとかあったら
荀彧ちゃんが修正してくれますから。」
「あんたの案は突拍子もないことが多すぎなのよ。
少しはあんたもこの町や自分の畑以外も
見て回って勉強しなさい。」
「まぁ、それは時間があったらということで・・・」
「じゃあ、早速話を聞かせてもらっていいかしら?」
「いいけどお母様、この話は1~2日じゃ終わらないから
明日からにしない?」
「そんなに長い話なの?
・・・母さん身体動かすのは得意だけど
じっと話を聞くのは苦手なんだけど・・・な。」
「お母様が話しを聞きたいと言い出したんでしょう?
だったらちゃんと聞きてよね。」
「あぅあぅ・・・」


この二人・・・本当に親子か?
最初は凄い品の良い奥さんだと思ったけど
荀彧ちゃんと正反対で 武力が高くて
学問の方は苦手なのか?

それに荀彧ちゃんに諌められてるとこを見ると
意外に押しに弱かったりするのだろうか?


「喜媚、アンタが何考えてるのか想像がつくけど
お母様のコレに騙されたらダメよ。
油断してるとパクっと食われるし
こう見えて怒るとめちゃくちゃ怖いんだから。
あんたもお母様を怒らせるのだけはやめときなさいよ。」
「・・・わかった。」
「何? 桂花ちゃん。
友達にお母さんの影口を言うのは感心しないわよ?」
「べ、別に影口なんて言ってません!」
「そう? ならいいけど。
じゃあ喜媚ちゃん、話は明日から聞くとして
今日はこれから一緒に飲茶でもしながら
桂花の話でもしましょうか?
私、桂花が喜媚ちゃんと普段どんな事してるのか
興味あったのよ。」
「いいですよ。
荀彧ちゃんはいつも家の畑に来ると・・・」
「ちょっと! 喜媚! 余計なことは言わなくてもいいわよ!」


こうして農法の話は 翌日以降に持ち越され、
この日は荀彧ちゃんの暴露話になり、
荀彧ちゃんのいたずらや、その後のお仕置きをした時の話や
虫や蛙が苦手で髪の毛に虫がついた時に泣きながら逃げまわった話。
荀桂さんからも、荀彧ちゃんが姉妹喧嘩した時の話や
昔 怪談話の本を読んで一人で厠へいけなくなった話や
やはり家でもいたずらして 荀桂さんにお仕置きされる話などをしながら、
飲茶を楽しんだ。


「何で 私の 恥ずかしい 話ばっかなのよ!
ふざけんじゃないわよ!! 」
「あらあら、桂花は喜媚ちゃんにもお仕置きされてたのね。
じゃあ喜媚ちゃんは『あの』桂花を見たのね?」
「最初はびっくりしましたけど
それ以降も荀彧ちゃんのいたずらが止まないのでやむなく・・・」
「でも桂花はアレで悦んでるのよ?
子供がいたずらして好きな人の気を引くなんて
よくあることだもの。
それに 本当に懲りてたら イタズラなんかすぐに止めるはずだもの。」
「・・・だどいいんですけど。
だけど 可愛いだけならいいんですけど
ちょっといやらしいだけに
荀彧ちゃんの将来が心配になるんですけど。」
「子供を生むのには何の問題もないからいいわよ。
それに喜媚ちゃんにはまだ早いかもしれないけど
大人には色々と楽しみ方があるのよ♪」
「・・・そういうものですか。」
「そういうものなのよ。」

「あんた達はなんの話をしてんのよ!!」

「桂花が可愛いって話しよ?」
「荀彧ちゃんが可愛いって話だよ?」
「後たまにいやらしいとか?」
「たまにいやらしいかな?」

「うがぁぁぁあああ!!」



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八話

許昌




荀彧ちゃんの母親である荀桂さんとの対談後、
私は時間を作っては荀彧ちゃんの家に通いながら
荀彧ちゃんと一緒に私の家の畑で行なっている
農法について話をしている。

話自体は1週間とかからずに終わったのだが
その後 荀桂さんが文官の人達と話をしながら
分からない箇所を 私と荀彧ちゃんで補足していく作業が続いた。


その後 数年かかりで許昌の作物の収穫率は
少しづつ上がっていき、
最初に話をした時の荀桂さんからもらった礼金や恩賞、
更に効果が出たということで数年後に
太守様から荀彧ちゃんに恩賞が出て
その中から礼金は私が貰うことになった。


さて話は戻り、
荀彧ちゃんの家で農法についての話をしたのだが、
荀桂さんが許昌の文官の人に話す時に
必要な理科の事前知識がないためうまく伝わらず、
結局 荀彧ちゃんが参加し
わからない箇所を補足して
ようやく最低限必要な知識を理解してもらえたようだ。

こうして農法についての話は終わったのだが、
私はこれ以降も 荀彧ちゃんの友人として
度々 荀彧ちゃんの家におじゃまをするようになった。


さて、農法についての件から数週間後、
その日 荀彧ちゃんはすごく不機嫌で
私の畑に現れるなり、丸太の椅子に座り込み
ブツブツと呪詛をまき散らしたかと思ったら
急に立ち上がり 堆肥に空気を含ませる作業をしていた
私の(鍛冶屋で作ってもらった)ピッチフォークを奪い取り
うっぷんを晴らすかのように
むちゃくちゃに堆肥をかき回しまくり
その際に出た匂いで咽て
また椅子に座り込んではブツブツと言っている。


「どうしたの荀彧ちゃん?
なにかあったの?」
「・・・・何かあったも何もないわよ!
少し前にわかったんだけど
お父様が 私がまだ小さい時に
勝手に婚約の約束をしてたらしいんだけど、
その相手の情報が ついさっきわかったのよ!」
「へ~、荀彧ちゃん結婚するんだ。」
「しないわよ!!
・・・いや、将来はするかもしれないけど、
少なくとも今回の相手とは絶対しないわ。
するくらいなら その辺の雌犬と結婚したほうがマシよ。」
(犬だとしても雌なんだ・・・)
「なに? そんなに酷い相手なの?」
「・・・酷いなんてもんじゃないわよ。
宦官の血縁者からもらった養子らしいんだけど
コレがまた・・・父親の威を借りて好き放題してるらしいし
学問も親が無理やりやらせてるから
向学心もないし 出来も悪いらしいわ。
その上 食道楽のせいで同年代の子供の
倍は体重がある肥満児だそうよ・・・」
「・・・その情報はどこから来たの?」
「お父様よ! ・・実は私が十歳くらいになったら
一度会わせようという話が少し前からあったらしいけど
相手は洛陽にいるし、お父様も当時は
私の婚姻に乗り気だったらしいけど
相手の事を調べていく内に
流石に酷いと思ったらしいわよ。
 全 く いい迷惑よ!」

「なんか・・・それは大変だね。」
「何 人事みたいに言ってるのよ・・」
「いや、流石に荀彧ちゃんの結婚話に私は関係無いでしょう?」
「あんたねぇ! ・・・・くっ、まぁ、いいわ。
どっちにしても私は断るつもりだし、
お父様も嫌だったら断ってもいいって
書簡に書いてきてたから断るつもりよ。」
「そんな簡単に断ってもいいの?」

「いいのよ!
そもそも最初はお父様が宦官と縁故を結びたいのと
私の将来を考えて宦官の息子だったら
人脈として使えそうだからというのが理由だったらしいけど、
この間 お母様や許昌の文官達に農法の話をしたの覚えてる?」
「あぁ、覚えてるけど?」
「アレのお陰で 私はこの年で許昌の太守様に名を覚えて頂けたし、
これから許昌の収穫が増えていけば
同時に私の名声も高まって、
許昌の文官達にも私の名が知られていくことになるわ。
それに洛陽の人脈はお父様が持っているのでも
十分だから 私が宦官の息子に嫁がなくても
大して困らないのよ。」
「なんか結婚の話にしては殺伐としてるというか・・
夢も希望もないね~。」
「まぁ、あんたにはあんまり関係ないかもしれないけど、
ウチのように 昔から続いている家だと
色々とあるのよ・・・
別に 会ったこともないような人間と
結婚だって珍しい話ではないけど、
私は男とうまく生活していく自信が 全くないわ!」
「そこは威張って言うようなことじゃないでしょうに・・」
「仕方ないじゃない、
いきなり裙子(スカート)をめくってくるような変態だし、
訳の分からない嫌がらせもしてくるし、汗臭いし、
平気で虫や蜥蜴を触るし、この間だって・・・」
「分かった、もう十分 分かったから・・・」
「むぅ・・・とにかくアイツらはわけわかんない生き物なのよ。」
(荀彧ちゃんの男嫌いにも困ったものだな・・・
だけどいまの段階だと、元からの苦手意識に合わせて
私塾でちょっかいかけられてることが原因なんだから、、
その辺はもう少し成長すれば改善されると思うんだけどな~)


結局、この日荀彧ちゃんは荒れに荒れたが、
しばらくしたら婚約を破棄してもらえたようで、
その報告が届いた時には
我が世の春か訪れたかのように喜んでいた。


こうして この年も過ぎていき、
許昌では 新しい農法を試験的に試した畑で
多少の誤差はあるが全体的に収穫率が上がっており、
来年からは新しい農法を更に広め、
数年がかりで許昌全ての畑で採用できるようにするそうだ。

コレに合わせて 副次的効果として、
人糞肥料の使用を控えたことで
病気になる人も少し減ったそうだ。


私の生活の方も昔とは代わり、
武術の稽古の方で 基礎はもちろんやるのだが、
模擬戦の時間が増えていき、
母さんの言う話だと
今の私ならば何も武術を納めていない
大人ならば まず負けることは無いそうだ。

十一歳で大人と喧嘩して勝てるのだから
昔の私の常識から考えたら
かなり強くなったのだろう。


畑や養蜂、お酒作りの方はと言うと、
皆の協力のお陰で
畑や養蜂は まぁまぁの成果を上げ、
毎年黒字を上げている。
養蜂は蜂が巣箱に住んでくれるかどうかという点で
運の要素がまだ高いので、
改善の余地がまだある思う。
お酒造りの方は、簡単な所謂どぶろくならば
だいぶ安定して作れるようになりはしたが
なにぶん、私は子供の舌のせいで味見が出来ないので
味は母さんだよりだが、
普通に飲める程度にはできているそうだ。
母さんは早く日本酒を飲みたいと言っていたが
何年かかるかわからないので気長に待つようように言っておいた。

それに ろ過器の方だが、
使う布や炭や小石などを工夫して
だいぶ透明感のある水が取れるようになり、
飲んでみても普通に飲めるし、
一度 井戸水を通してみたら
若干土臭さが取れたような気がするので、
もう少し改良したらウチの生活用水にも使ってみようと思う。


あと、お酒作りの経験を生かして、
味噌や醤油の作成にも着手してみた。
米麹の作り方で何度か失敗してしまったが
なんとか仕込みは終わり、後は発酵熟成を待ち
加熱殺菌をすれば醤油は味見できるし、
味噌の方も熟成を待つのみだ。

こうして我が家の食生活が充実するにつれ
私が台所に立つ時間も増えていき、
母さんに料理を教わる時間も増えていった。

ただ問題なのは、私が料理を覚えたのはいいのだが、
その分 母さんが家事をサボり出したのが問題ではある。
養ってもらってるから家事をするのはいいのだが
この世界に来た当初の印象が残っているので
私には だらけているようにしか見えない。
今も漬物をつまみにお酒飲んでるし・・・・


それ以外では、
荀彧ちゃんが 私を町中に連れ出すことが多くなった。
彼女が言うには 私はこの許昌の事をよくわかっていないそうだ。
時々荀彧ちゃんと内政についての議論をさせられることがあるのだが
私がこの街の現状について何もわかっていないので
案を出しても現実にそぐわないために使えず、
更に 現在運用している許昌の組織構造も私は全く知らない。
荀彧ちゃんが言うには
このままでは せっかくの知恵がもったいないそうだ。

その為、私を引っ張りだしては街の中を歩きまわり
時には商店に入って話を聞いたりして
世間のことを学ぶべき、
・・・だと言うことらしい。

いいとこのお嬢様の荀彧ちゃんに 世間知らずだと言われた私は
今までどれだけ狭い世界で生きていたのだろうか?

・・・・よく考えてみると、
家の周辺と よく行く市場、後は畑くらいしか行動範囲がないことに気がついた。

そうして荀彧ちゃんと町中を歩いていると
必然的に 荀彧ちゃんの知り合いと会うのだが
好意的な人もいればそうでない人も居る。
その 好意的でない(?)筆頭が
今、私達の後ろにいる男の子達だ。


その日、私は荀彧ちゃんと市場を歩いていて、
先導する荀彧ちゃんに私がついていく形なのだが
いきなり 私の横を男の子が数人走り抜けていったと思ったら、
荀彧ちゃんの裙子(スカート)をめくり上げ、
彼女の少し大人びた感じの白い下着が目の前に晒された。


「やった~!」 「やったぜ!」 「すげ~!」
「・・っ!? 何すんのよアンタ達!!」
「荀彧の内褲(パンツ)は今日は白だぜ~!」
「・・・・殺す!
待ちなさい! アンタ達!!」
「「「逃げろ~!!」」」
「・・・・何だったんだ?」


荀彧ちゃんの裙子(スカート)をめくり上げた男の子達を
追っかけまわす荀彧ちゃん。
私もしばらくその後を追っかけていったが
逃げられてしまったようで
荀彧ちゃんが息を切らして悔しそうに地団駄を踏んでいた。


「あ~もう! ホントむかつくわね あいつら!!」
「・・・あ~、いつもあんな感じなの?」
「そうよ! アイツら私だけじゃなく
私塾の他の何人かにも同じようなことばっかしてんのよ!」
「なんと言うか・・・(おもいっきり子供のいたずらだな。)」
「あいつら明日塾で会ったら覚えてなさいよ!
・・・・・・そういえば、喜媚。
あんた・・・見た?」


荀彧ちゃんは一通り怒った後
急に何かを思い出したように恥ずかしそうに顔を赤く染めた後、
私の方に来て小声で訪ねてきた。


「あ~・・・・えっと。
・・・白?」
「あんた! ・・・・っく!!
・・・あいつら明日必ず殺すわ。」


一瞬 荀彧ちゃんは羞恥と怒りで真っ赤になって
私をひっぱたこうとするが
途中で思いとどまり、振り上げた手を下げた後に
力強く拳を握りしめながら物騒な一言をつぶやき、
家の方に歩いて行った。

この後 私も荀彧ちゃんの家までついていき、
家に帰ったのだが、その後 あの男の子たちがどうなったのかは知らない。

ただ、翌日畑に来た荀彧ちゃんは 満面の笑みを浮かべていた。


荀彧ちゃんとの散歩というか、
町の視察は何日かおきにしているのだが、
その日、荀彧ちゃんが通っている私塾の方に行くということで、
私は普段荀彧ちゃんが どんな塾に通ってるのか気になってはいたので
見に行こうと言う話になり、
私塾の前を通った時に 予想外の人物に出会うことになる。


「ココが私が通っている私塾よ。」
「へ~・・私塾って言っても小さい看板が出てるだけで
後は少し大きい普通の家みたいだね。」
「あたりまえじゃない。
昔 文官をやっていた先生が引退して
個人で開いているだけなんだから。
なに? どんな感じだと思ってたの?」
「いや、もっと大きい建物で
もっと騒がしい感じなのかなと・・・」
「そんなわけないでしょう。
私達は学問を習いに来てるんだから
騒いでいたら普通に怒られるわよ。
・・・それでも騒ぐのは小さい子供か
あのバカ共だけよ。」
「そういうもんなんだ。」


私の印象だと、どうしても小学校や中学校のようなものを
想像してしまうが、やはりそんなものではなく
どちらかと言うと、本当に個人でやっている
塾のような感じであることがわかった。

そうして 私が建物を眺めていると、
荀彧ちゃんが知り合いを見つけたのか
一人の女の子に話しかけている。


「あら、今帰りなの郭嘉(かくか)。」
「えぇ、荀彧さんはどうしたんですか?
一旦帰ったと思いましたが、何か忘れ物でもしたんですか?」
「違うわよ、私の・・・し、知り合いに
私が通っている塾を紹介していたのよ。
ちょうどいいから、紹介しておくわ。
この子よ・・・・って喜媚なんて顔してるのよ。」
「え、だって・・・この子。」


そりゃ、驚きもするだろう。
荀彧ちゃんの私塾に来たら いきなり将来の魏の軍師である
郭嘉さんを紹介されたのだから。


「初めまして、郭嘉ともうします。
・・・ん? 以前 どこかで会ったこと有りましたか?」
「い、いいえ! 初めてです! 初見ですよ!
初めまして、胡喜媚と言います!
喜媚と呼んでくれて構いませんので!」
「・・・喜媚、あんた様子がおかしいわよ?」
「おかしくないよ!
ちょっといきなり紹介されたからびっくりしただけ!」
「・・そう?」
「胡喜媚と言うと封神演義の妖怪として有名ですが、
変わった名前ですね?」
「ウチの親が少し変わり者でして・・・」
「・・・郭嘉、一応言っておくけど、
この子こう見えても男だからね。」
「・・・・はぁ?」


荀彧ちゃんが私が男だということを郭嘉さんに言うと
驚いた顔をした郭嘉さんの眼鏡がずり落ちて
ちょっと面白い顔になっている。


「こ、コホン。 あの、荀彧さん。
いくらなんでも冗談にしては 選ぶ相手が悪いですよ?
どうせそんな冗談を言うなら
もう少し男の子っぽい子で言ったほうがいいですよ?」
「・・・私も最初は疑ったんだけど
こいつは本当に男なのよ。」
「・・・・本気ですか?」
「本気もなにも 事実なんだからしょうがないじゃない。
い、一応 私は子供の頃の喜媚の裸見たことあるし・・・」


荀彧ちゃんの言う 私の裸は 別に私が望んで見せたものではない。
たまたま、訓練後に水浴びをして
着替えている所に荀彧ちゃんが現れただけだ。


「あの・・・なんかすいません。
親の歪んだ教育方針でこんなんですけど
一応れっきとした男なので。
別に女装癖があるとか 同性愛者とかそういうのじゃありませんから。」
「・・・・・・・・・・よ、世の中には、
まだまだ 私の知らないことがたくさんあるんですね・・・」
「だから あんたも部屋に篭って本ばっか読んでないで
少しは表に出たほうがいいのよ。」
「流石に今回の喜媚さんのことと その話は関係無いでしょう?
外に出て得る経験も否定はしませんが
土台となる知識がしっかりしていない限り
経験を完全に活かすことなどできないのですから
まずは知識をしっかりと得ることが重要です。」
「・・・まぁ その話は長くなるから今はいいわ。
私達は町の視察のついでに ここによっただけだからもう行くけど、
・・・あんたついてくる?」
「いいえ、今読んでる本が途中なので
家に帰ってから読もうと思っていたんです。
ですから、また次の機会ということで。」
「そう、じゃあ行くわよ喜媚。」
「あ、はい。 じゃあ郭嘉さん さよなら。」
「はい、さようなら。」


こうして、突然の郭嘉さんとの出会いもあったが、
余計な波風を立てる事無く済ませることが出来た。

しかし、荀彧ちゃんと郭嘉さんが
こんな所で知り合いだったとは・・・
意外だったので少し知恵袋で調べてみたら
正史で郭嘉さんが曹操さんの所に来る時に
荀彧ちゃんが紹介したようなので
この恋姫世界でも この流れは
別段おかしいものではないということがわかった。


(それにしても、郭嘉さん意外に普通だったな・・・
妄想して鼻血吹く印象が強かったからかもしれないけど、
案外 普通に生活している時にはあんな感じなのかな?)




(・・・くっ、落ち着くのよ稟!
ここで変な妄想をしたら せっかく築いてきた私の社会的な印象が、
常に冷静沈着な少女と言う印象が ぶち壊しになってしまう!
・・・・それにしても、あの男嫌いの荀彧さんが・・・
嫌がる可憐な男の子に無理やり女装させて、
町中を連れ回してさんざん辱めた後、
あまりの恥ずかしさで熱くなった喜媚さんの躰を
荀彧さんが焦らすように撫で回し、
その果てには羞恥と荀彧さんの愛撫で熱く滾った
喜媚さんの男性の象徴を・・・・ぶふぅっ!」

未来の軍師 郭奉孝・・・部屋に篭って本を読んでばかりいるために
彼女の妄想癖はすでに この時期から開花し始めていた。



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九話

許昌




この日は 前日に荀彧ちゃんより
私塾が終わり次第城壁沿いの警備体制を見に行こう。
と、誘われており、
早めに私塾を出てくるので
迎えに来て欲しいと言われていた。

荀彧ちゃんの通う私塾からのほうが
北の城壁が近いため 北から東回りで南の城門まで見に行こうというのが
今日の予定だった。


私は午後の最低限の畑仕事を済ませ、
一旦 家に帰り着替えてから荀彧ちゃんの通う
私塾に向かうことにした。




--荀彧--


今日は喜媚と城壁の警備体勢を見に行くために
早めに私塾を出る予定なので
読んでいた本などを棚にしまい、
先生に挨拶を済ませ私塾を出ようとしたけど
その時に あの(忌々しい)三馬鹿に邪魔をされた。


「・・・何よ、今はあんた達の相手をしてる暇はないのよ。」
「荀彧、皆まだ勉強してるのに
お前なんでこんなに早く帰ろうとしてんだよ?」
「あんたには関係無いでしょ、
それに人の名前呼び捨てにしないでちょうだい。
あんたに名前を呼ばれるだけでも寒気がするのに
呼び捨てになんかされたら頭痛がして今にも倒れそうよ。」
「くっ・・・ちょっと先生に認められてるからって生意気だぞ!」
「そうだ そうだ!」 「生意気だぞ!」
「・・・ハァ、いいから そこどきなさい。
私はこの後 喜媚と用事があるんだから。」
「・・・! へぇ、喜媚ってアレだろ?
西南の里(区画)の方に住んでる
頭がおかしいとか言われてるヤツだろ?」
「あんたみたいな男には喜媚の価値はわからないわよ。
いいからどういてちょうだい。」
「俺だって用がなかったら
こうやってお前なんかを引き止めるかよ。」
「・・・何よ、用があるならさっさと言いなさいよ。」
「フフン、お前が言ってた喜媚ってやつがさっきそこまで来て
お前に伝えて欲しいって伝言を残していったんだよ。」
「?」 「え?」
「喜媚が私に伝言?
・・・どんな内容か言って見なさいよ。」
「そう焦るなって、なんて言ってたっけな?」
「・・・あんた今すぐ思い出さないと
この間 私に殴られて泣いたこと皆にバラすわよ。」
「ちょ、それは言わね~って約束だろ!」
「だったら早く話しなさいよ。」
「わ、わかったよ。
え~っと・・確か 北の城門を出て道沿いに進んだ先に見える
大岩の辺りで待ってるって言ってたぜ。」
「・・・北の大岩?
(今日は城壁と警備を見ようって話なのに・・・?
そういえば あの辺からなら城壁を見渡せるわね・・)
ふ~ん、一応例を言っておくわ、ありがとう。
それじゃあね。」
「あ、おい・・・」


私はこれ以上、あの三馬鹿に構っていられないので
さっさと塾から出て、待ち合わせ場所の大岩に向かうことにした。




「なぁ、今の話って本当か?」
「ば~か、嘘に決まってんだろ?
これで馬鹿正直に日が落ちるまで荀彧が待ってたら
あいつ、今日は家に帰れなくなるぜ。」
「なるほど!」
「ちょっと待ってよ! 確か父ちゃんが言ってたけど
最近あの大岩の辺りで追い剥ぎが出てるらしいよ?
いいのかな?」
「それって・・・まずくないか?」
「いいんだよ、あの生意気な荀彧は少し痛い目にあったほうがいいんだよ!」




私塾から出てきた私は、
塾の前で掃除をしていた使用人に挨拶して、
そのまま北の城門へ向かい、城壁の外に出ようとする。

すると城門で警備に立っていた警備兵に声をかけられた。


「おっ? 嬢ちゃん 荀家のお嬢ちゃんじゃないか?
こんな所で何やってるんだ?」
「ちょっと友達と待ち合わせで 大岩の辺りまで行くんですけど?
(馴れ馴れしいわね・・・コレで年上じゃなかったら蹴飛ばしてやるのに。)」
「あんな所に何しに行くんだ?
北の方は日当たり悪いから嬢ちゃんが見るような畑も少ないし
大岩の辺りはあの岩以外なにもないぞ?
それとも あの邪魔な大岩をどかしてくれるのか?」
「別にそういう用事じゃないです。
あそこからだと多分城壁がよく見えると思って。
(あぁ、もう。 鎧着てる男は汗臭くて嫌だわ。)」
「まぁ、確かによく見えるだろうけど、
今日は止めたほうがいいぞ。
最近あの辺で追い剥ぎが出たって話だし嬢ちゃん達だけじゃあぶね~ぞ?」
「平気です、そんなに遠くないし
岩自体はここから見えてるじゃないですか。
(あんなここからでも見えてる場所で追い剥ぎなんかする馬鹿
いるわけ無いでしょ!)」
「・・・まぁ、そこまで言うならこれ以上止めないけど、
何かあったらすぐに大声で助けを呼ぶんだぞ?
ここなら大きな声を出せば俺達まで聞こえるから。」
「ありがとうございます、それでは・・・」


こうして、なんとか汗臭い男達から離れることができ、
私は大岩まで歩いて行く。

警備の男が言っていたように
城壁のすぐ北側は日当たりが悪いため畑が少なく
あったとしても作物の生育は悪そうだ。

城壁の近くのほうが安全とはいえ
税金を払わなくてはいけないので
日当たりが良く農業用水等も整備されている南側に畑は多く
農家も皆 南側に集まっている。


「畑に行くばかりじゃなく たまにはこうやって
城壁をいろんな方向からみてみるのもいいわね。」


そうして歩いていると いつの間にか大岩まで着いたので
大岩の辺りを見てみるが喜媚の姿は見えない。

待ちくたびれて うたた寝でもしているのかと思い、
大岩の周りを歩いてみると
岩の陰から二人の男に声を掛けられた。


「へへへっ、こんな所で一人でなにしてるんだ?
・・・嬢ちゃん。」
「(うっ・・臭い、離れているのにここまで臭ってくるなんて。)
ちょっと人と待ち合わせをしているだけよ。」
「へぇ・・・こんなところでねぇ?」
「兄貴、このガキ結構いい服着てますぜ?
いいとこの娘なんじゃねーかな?」
「そうだな、おい、嬢ちゃん。
もしかして役人の娘か何かか?」
「・・・別にあんた達には関係無いでしょう?
それよりもココに私と同じくらいの子か来なかった?」
「へへ、どうだかなぁ?
おい、お前見たか?」
「さぁ、どうだったですかね?
・・・・そうだ、少しくらい恵んでもらえたら何か思い出すかも。」
「あ~俺も何か飯の種にでもなりそうなもんが手元にあったら
思い出すかもな。」
「(こいつら・・・どうせ何も知らないくせに。)
あ、そう。だったらいいわ。
私は帰るから。」
「おおっと、待ちな!」


あからさまに怪しい態度を取る、臭い男達から逃げるために
私が駆け出そうとしたら、男に腕を掴まれた。


「ちょっと! 離しなさいよ!!」
「へっへっへ、そう連れねーこと言うなって。
嬢ちゃんが何か金目もんよこしたら思い出すって言ってんじゃねーか。」
「どうせ何も知らないでしょう!
いいからその臭い手を離しなさいよ!」
「っへ、言ってくれるぜ。」
「兄貴、このガキ生意気ですね。」
「あぁ、口だけは達者だな。
おい、縄があっただろう持ってこい!
縛り上げてからこのガキの家を聴きだして金をふんだくるぞ!」
「離しなさいって言ってんでしょ!!」
「兄貴 兄貴! それもいいけど少しくらい楽しみませんかねぇ。
・・・ッフヒヒ。」
「オメェも好きだな・・・それにしてもちょっとガキすぎね~か?」
「これくらいの年のガキは 意外に良い具合なんですぜ?
知らね~んですか?」
「俺はもっと出るとこが出てる女のほうがいいが・・
まぁ、最近ご無沙汰だったからこのガキでもいいか。」
(こいつら・・・まさか・・・・・)


この時 男達の会話の内容を推察してあることを思い出していた。

荀家の女として 子供を生む為に何が必要で
どんなことをすればいいのか・・
想像するだけで寒気のする話だったが荀家の女として、
いや、女である以上 どの家に生まれても避けては通れない事。
それを去年 お母様から教えられたのを思い出し、
この薄汚い男達が何を考えているのかが 理解できてしまった。


「クッ・・・!」
「いてぇ!!」 「あ、兄貴!」


私は私の腕を掴んでいた男の腕に噛み付き、
痛みで手を離した隙に逃げようとしたが
もう一人の男に服を捕まれてしまう。


「くそっ、このガキ噛み付きやがった!」
「離しなさいよ!!」
「兄貴大丈夫ですか?」
「あぁ、っち、少し楽しんだら勘弁してやるつもりだったが
もう容赦しねぇ! 徹底的に犯りまくってやる!」
「流石兄貴! ガキ相手でも容赦しねぇ、
そこに痺れる 憧れるぅ!」
「おうよ! ちゃんと押さえとけよ!」
「いや・・・いゃ・・・・ぁ。」


私は一人の男に羽交い締めにされ
もう一人の男が正面からジリジリと
私に近づいてきて私の服に手をかけ・・・


「いやぁぁぁあああっ!!」


一気に私の服を引きちぎった。




--喜媚--


時間は少し戻り城壁内。


荀彧ちゃんとの待ち合わせで私塾まで迎えに行ったはいいが
まだ終わっていないのか、荀彧ちゃんの姿は見えない。

待っていても暇だったので
門の前で掃除をしていた使用人のお兄さんに
中の様子を聞こうと思い話しかけてみた。


「あの~すいません。」
「はい、どうしましたか?」
「あの、荀彧ちゃん・・・荀桂様の娘さんの荀彧様は
まだ お勉強中でしょうか?」
「荀彧さま?
あぁ、荀彧様でしたら先ほど出ていかれ
あっちの方に歩いて行きましたよ。」
「ありがとうございます。」


使用人さんに聞いた所。北に行く道を指差し
その道を歩いて行ったと聞いたので
私も北の方に小走りで移動する。


(それにしても迎えに来いって言っておいて
自分だけ先に行くなんて・・まぁ、荀彧ちゃんらしいって言えばらしいか。)


北の城門に向けてしばらく移動してみたが
結局 城門まで駆けてきたが 荀彧ちゃんに会うことはなかった。

途中で行き違いで抜いてしまったかと思ったが
一応門の警備の人に荀彧ちゃんが来てないか聞いて
来てなかったら伝言を頼んできた道を引き返そうと思った。


「あの、すいません。」
「ん? どうした嬢ちゃん。」
「あの、私一応男なんですけど・・・
「えぇっ!? 本当か!? そりゃ悪かったなな坊主。」
「まぁ、それはいいんですけど。
ココに私と同じくらいの栗色の髪の毛の女の子来ませんでした?」
「ん? ・・・もしかして荀家のお嬢ちゃんか?」
「来たんですか?」
「あぁ、なんでも北の大岩で待ち合わせしてるとか言ってたが、
その相手が坊主か?」
「いや、私はそんなところで待ち合わせなんかしてないんですけど・・
待ち合わせ場所にいなくて
荀彧ちゃんがこっちの方に来たって聞いたから
追ってきたんですけど?」
「そうなのか? ・・・・とすると、まずいかもな。」
「何かあったんですか?」
「いや、最近あの大岩の辺りで追い剥ぎがあったんだが
まだ追い剥ぎは捕まってないんだよ。」
「じゃあもしかしたら荀彧ちゃんが会う可能性も・・・」
「あぁ・・・あ、ホラあそこ見ろ坊主!」
「ん? ・・・アレは荀彧ちゃん?」


警備のお兄さんが指差す方を見ると
ここからでも見える岩に向かって歩いて行く荀彧ちゃんが見える。


「私ちょっと言って連れ戻してきます!」


私は荀彧ちゃんを見つけると
警備の人が止めるのも聞かずにすぐに駆け出す。


「おい、待て坊主。
・・・ったく、しょうがね~な。
おい、何人か連れて俺たちも行くぞ。」
「「「おう!」」」


私は荀彧ちゃんを呼びながら走るが
私の声が小さいのか、聞こえてないようで
そのまま荀彧ちゃんは大岩までたどり着き、
私からは見えない岩の陰に入り込んでいってしまう。

私がそのまま全速力で岩場まで駆けていくと
急に荀彧ちゃんの悲鳴が聞こえてきた。


「荀彧ちゃん!」


私は荀彧ちゃんに何かあったものと判断し
持っていた鉄扇から鉄釘を数本取り出し
岩場まで駆けていく。

私が岩場までたどり着き
岩の裏に回ると丁度荀彧ちゃんが男に服を脱がされ
下着を脱がされそうになっている所だった。


私は母さんとの模擬戦で叩きこまれた事を思い出す。


『いい、喜媚。 戦う時は戦う。 逃げる時は逃げる。
どちらでも喜媚の好きなようにしていいけど
やるからには徹底してやりなさい。
戦う時は躊躇なく相手を殺すつもりで戦い、
必ず止めを差しなさい。
逃げる時は何があっても 誰を犠牲にしても逃げなさい。
私は貴方が生きて帰ってくれればそれでいいし、
いつでも貴方が帰ってくるのを待ってるわ。
貴方にはこの世界の武官のように
手加減して相手を無力化できるような力は無いんだから
やると決めたら、最後までやりきりなさい。』


(今は・・・くっ・・・手加減なんか考えてる状況じゃ無い・・
やるしか無いっ!!)


荀彧ちゃんを助けるため、
私は走りながら鉄釘を二本指の間で握り荀彧ちゃんを
背後から抑えている男の目に向けて投擲し、
荀彧ちゃんの下着を脱がせようとしている男の
後頭部を背後から鉄扇で思いっきり叩きつけた。

この一連の動作は 毎日毎日何年も繰り返した動作だ、
それに私の大切な荀彧ちゃんを辱めようとする
この男達を殺してでも荀彧ちゃんを助けると決めた以上
迷ってる暇はない!


「なっ・・・ぎゃぁ!!」
「んがっ・・・!!」
「誰かあぁぁっ!!」


私が後頭部を殴りつけた男を
荀彧ちゃんから蹴り剥がし、
目に向けて鉄釘を投擲した男は
一本は目に刺さり、もう一本は顔に刺さった後皮に引っかかっている。

私は目に鉄釘は刺さり苦しみ悶えている男の首筋を
鉄扇で殴りつけ、倒れた所に全体重を掛けて数回首を踏みつけ
首の骨を砕く。

最初に鉄扇で殴りつけた男は意識を失っているように見えるが
もう一本の鉄釘を取り出し鉄扇で殴りつけ若干陥没した
後頭部に向けて突き刺し、止めを刺す。


「ゃぁ・・・ぁ!」
「荀彧ちゃん大丈夫!!」


その後 私が荀彧ちゃんの所に行き
荀彧ちゃんに怪我がないか確かめたが
擦り傷が少しある程度で 下着もまだ脱がされていないし
性行為をされた後は全くなかったので無事だったようだ。


「荀彧ちゃん! 私だよ、喜媚だよ!」
「ゃ・・・ぇ・・・・き、喜 媚?」
「もう大丈夫だよ、荀彧ちゃんに何かしようって奴はもう居ないから。」
「うぇ・・・・っ・・・喜媚ぃ・・・・。」


荀彧ちゃんは私の顔を見ると安心したようで
私にしがみつき、
鳴き声を噛み締めるように私の胸に顔を埋めてすすり泣いている。

私は着ていた上着を脱いで荀彧ちゃんに掛けてあげ、
荀彧ちゃんが落ち着くまでその場で
彼女を抱きしめ続けた。


しばらく荀彧ちゃんが落ち着くまで待つつもりだったのだが
少し離れたところから声が聞こえ来る。


「お~い、坊主どこだ~!」
「・・・っ!?」
「ココです! 大岩のすぐ横です!
大丈夫荀彧ちゃん、あの声は警備の人達だから。」


声の主は門で警備をしていたお兄さんのようだ。
男の人の声で荀彧ちゃんが一瞬怯えた様子を見せたが
私が荀彧ちゃんの背中をポンポンと叩きなだめると
落ち着いたようで身体に入っていた力が抜けるのが分かった。


「おぉ・・・!? 坊主!大丈夫か?」
「えぇ、こっちは大丈夫です。
「そっちの嬢ちゃんは・・・大丈夫・・なのか?」
「はい、擦り傷が少しありますが
なんとか間に合いました。」
「ふ~・・・そうか、良かったな。
・・・で、こいつらは・・・坊主が殺ったのか?」
「・・・はい、荀彧ちゃんを助けるために止む無く。」
「・・・そうか。
坊主はなにか武術を修めてるのか?」
「・・昔から長いこと修行をつけてもらいました・・・
色々きついこともあったけど
今日 荀彧ちゃんを助けられて報われた気がします。」
「そうか、その言葉を坊主に武術を教えてくれた人に言ってやれ。
きっと喜ぶ・・・」
「・・はい。」
「さぁ、後は俺達に任せて坊主は・・・
っと、お前はもう坊主じゃないな・・・お前 名前は?」
「胡喜媚といいます、皆は喜媚と呼びますけど。」
「うむ、喜媚か。 じゃあ喜媚!
その子を家まで送って行ってやれ。
おい! お前ら二人喜媚達を送って行ってやれ!
俺達はここの処理をするぞ。」
「「はい!」」


そうして私と荀彧ちゃんは二人の警備隊の人に守られ、
荀彧ちゃんの家に向かった。


「・・・っと、喜媚!」
「何ですか?」
「お前はその子を守った。 お前が その子を守ったんだ。
俺達 皆が それを知っている・・・それだけは忘れるなよ。」
「・・・? はい。」


去り際に警備隊の人に 何かわからないことを言われたが
その時は 私の胸の中にいる荀彧ちゃんが
無事でよかったことだけで頭が一杯で
警備隊の人が言ったその言葉の真意を
私は理解できていなかった。


(それにしても、あの警備隊の人、どっかで見たこと有るような・・・)


私がその答えにたどり着くのは この日から数日後になる。



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十話

許昌




警備隊の人達に守られながら、
私と荀彧ちゃんは、彼女の家まで
無事にたどり着くことが出来た。

荀彧ちゃんの家についた時に、
私達の様子を見た使用人の人がびっくりして
荀桂さんを呼びに行き
何事かと小走りできた荀桂さんは
私と 私に抱かている荀彧ちゃんが何かに怯えている様子を見て
ただごとではないと察したようで、
私達と一緒に来た警備隊の人達に
普段の荀桂さんとは思えないような
凛とした態度で話を聞いている。

使用人の人が着替えや治療のために
荀彧ちゃんを屋内に入れようと声をかけるが
荀彧ちゃんは私の服を掴んだまま離さず、
その様子を見た荀桂さんが 私も一緒に中に案内するように指示を出し
私と荀彧ちゃんは一緒に屋敷内に入り
そのまま荀彧ちゃんの部屋まで案内された。

部屋についた事で少しは落ち着いたのか
荀彧ちゃんは私から離れ、小声で・・


「着替えるけど・・・こっち見るんじゃないわよ。」
「あ・・・私部屋から出てようか?」
「いやっ! ・・・・あ・・ごめん。
・・・部屋には居て・・・お願い。」
「・・・うん。」
「いいって言うまで、こっち見ないでよ・・・
見たら・・・ころ・・怒るわよ。」


そう言うと荀彧ちゃんは着替えを始めたようで
衣擦れの音が聞こえ、たまに擦り傷に布があたって痛いのか
痛みを我慢するような声が聞こえるが
一人で無事に着替えれたようだ。


「荀彧ちゃん大丈夫?
擦り傷を水かお酒で洗って消毒したほうがいいよ。」
「わかったわ・・・じゃあ台所に行きましょ。」


着替え終わった荀彧ちゃんは
いつもの裙子(スカート)や、おしゃれな服とは違い
秋か冬物でも出したのだろうか、
長袖の上着と 膝下まで有る褲(ズボン)を履き、
その上から薄手の上着を羽織り
なるべく肌の露出を無くすようにしている。

荀彧ちゃんの手には、さっき私が貸した上着が握られており
開いた方の手で私の手を握り、
台所まで移動し、捨てに出血は止まっているが
膝や肘に出来た擦り傷を水で洗った後、
荀桂さんが呼んでいるということなので
応接室まで二人で移動していく。


「失礼します。」「・・・」
「・・・来たわね。
二人共座って、まずはお茶でも飲んで落ち着いてちょうだい。」
「はい。」 「・・・」


私はいつも通り荀桂さんの正面に座るのだが
普段 荀桂さんの横に座ることの多い荀彧ちゃんが
わざわざ椅子を動かして 私のすぐ横に座り
私の貸した上着を握ったままうつむいている。


「さて・・・まずはお礼を言わせてちょうだい。
胡喜媚様、この度は私の娘を救ってくれて・・本当に有難うございます。
家長である夫、荀緄は居ませんが、
家を代表して私 荀桂がお礼を申し上げます。」


荀桂さんはそう言うと膝を付いて右手で左の拳を包むように両手を組み
頭を垂れ2回頭を下げる、
所謂 再拝稽首と言う礼法でこの国では最上の礼のはずだ。
荀彧ちゃんも荀桂さんの様子をみて驚いて固まっている。


「じゅ、荀桂さん、止めてください!
頭を上げてください!」
「いいえ、胡喜媚様は 私共の娘の操と命を救って下さったお方です。
この礼は当然のものです。」
「分かりました。わかりましたから!
もういいですから。」
「・・・・ふぅ、じゃあココからはいつも通り
話させてもらうわね、喜媚ちゃん♪」
「・・・それでお願いします。
私の精神の安寧の為にも・・・」
「・・・はっ! わ、私も!
ええっと、胡喜媚様・・・」
「荀彧ちゃんもいいから・・・いつも通りでいいから。」
「えっ・・・ええと・・・じゃあ、その・・・・ありがと。
本当に・・・感謝してる。」
「はい、どういたしまして。」
「じゃあ、話を聞かせてもらおうかしら。
桂花が城門を出てからの話は 一緒に来た警備隊から聞いたんだけど
一体何処で どんな経緯があったのか。」
「「はい。」」


そして私の話と荀彧ちゃんの話をすり合わせていき、
今回の事件の経緯を知ることが出来た。


「そう・・・つまり桂花は私塾の子供達に嘘を教えられて
北の岩場まで行き、そこで野盗に襲われた所を
喜媚ちゃんに助けられたと。
簡単にいえばこういうことね。」
「そうですね。」
「・・・くっ!」


皆の話をすり合わせ、事の経緯がわかった所で
荀彧ちゃんは騙されたことが悔しいのか
俯いて私の貸した上着を強く握りしめながら怒りに震えている。

荀桂さんは手を叩いて使用人を呼び・・


「話は聞いていたわね、
今すぐ私塾へ行き桂花を騙した子達や先生に確認してきて。
夫と私の名前を出して構わないわ。」
「かしこまりました。」


荀桂さんがそう言うと、使用人の人は部屋から出ていった。


「さて、ココからは一族の問題になるから、
わかってるわね桂花。」
「・・・でも、お母様!」
「ダメよ。 ココからは桂花個人の話ではなく
荀家として、一族としてけじめを付けるわ。」
「・・・わかりました。」
「さて・・・それにしても喜媚ちゃん、ひどい格好ね。」
「・・え?」
「貴方 自分の格好を見てみなさい。
私、最初は喜媚ちゃんが大怪我したのかと思ったわよ?」


そう言われて自分の格好を見てみるが、
右足の靴や褲(ズボン)の裾は血に塗れ、
服にも返り血が付いている。
鉄扇も確認してみると血がついている。


「あ・・・」
「まぁ、それだけ喜媚ちゃんが必死に桂花を助けてくれたということでしょ。
とりあえずお湯を用意させてるから身体を洗ってらっしゃい。
その間に 服はなにか見繕っておくから。」
「いえ、そこまでお世話になるわけには・・・・」
「何言ってるの? こっちは桂花の命を助けられたのよ?
喜媚ちゃんがこの家で何したって誰も迷惑だなんて思わないわよ。
自分の家だと思ってゆっくりしてちょうだい。」
「いや、でも・・・」
「それにもうすぐ日が沈むわよ。
今から身体を洗ってたら日が沈んでしまうわよ。
家に帰ろうにも警備兵に見つかったら
喜媚ちゃん一人だと怒られるか盗賊と間違えられるわよ。」
「だったらなおさら帰らないと・・・」
「今日は泊まって行きなさい。
・・・いえ、しばらく泊まっていってちょうだい。
今回のお礼の宴席も設けないといけないし。」
「いや、・・・「ダメよ喜媚ちゃん。」・・・うぐ。」
「喜媚ちゃんにはなんとしても 私達の歓迎の席に出てもらうわよ。
荀家の者が娘の命の恩人に対して
恩に報いず 家から放り出したなんてことになったら
一族の恥になるんだから。」
「・・・・どうしてもですか?」
「どうしてもよ。」
「・・・畑の方は・・」
「私の方で人手は用意するわ。」
「・・・母さんには。」
「すぐに説明に向かわせるわ。」
「・・・・・・・じゃあ、あの・・・・お世話になります。」
「ええ♪ ゆっくりくつろいでいってね♪
とりあえずは身体を洗ってらっしゃい。」
「・・・はい。」


私が席を立ち、案内をしてくれる使用人の人について行こうとすると
荀彧ちゃんが一緒についてこようとする。


「桂花はココにいなさい。
嫁入り前の娘が 殿方が肌を晒そうという所に
ついていって何をするつもり?」
「・・・・はい。」


こうして荀彧ちゃんは部屋に残り、
私は使用人の人に連れられ身体に着いた返り血や汗をを洗い流し、
荀桂さんが用意してくれた服を着ようとしたのだが・・・


「あの? 服ってこれですか?」
「はい。 奥様からコレをきていただくように仰せつかってます。」
「・・・・ハァ。」


用意されたその服は黒を基調とした長袖の上着と
裾が膝下までの黒い褲(ズボン)なのだが
上着の意匠が明らかに女物の上着だった。

用意された服をきて先ほどの応接室に戻ると、
荀桂さんや荀彧ちゃんとは別に
二人・・・一人は荀彧ちゃんに似た薄い栗色の髪を
背中まで伸ばし後ろで縛っていて
黒を基調とした连衣裙(ワンピース)で
上から披肩(ストール)を羽織っている。
身長は私と同じか少し高いくらいだが
おそらく年上だろうか、荀彧ちゃんより少し大人びた感じがする。

もう一人の方は濃い栗色のウェーブの掛かった髪を
顎くらいまで伸ばして、
桃色の上着に桃色のふわっとした裙子(スカート)
この子は荀彧ちゃんより明らかに年下だろう。
私と初めて出会った頃の荀彧ちゃんを思わせるが
荀彧ちゃんのようにキツい目付きではなく
明るい素直そうなパッチリとした目をしている。

二人に共通して言えることは・・・胸がな「喜媚ちゃん♪」
・・・私はなにも考えなかった。


「紹介するわね。
こっちの黒い服の子が荀衍で桂花の姉、
もう一人のほうが荀諶で桂花の妹よ。」
「初めまして、荀衍と申します。
話は聞きました、妹がお世話になったようで、本当に有難うございます。」
「はじめまして♪ 荀諶です!
お姉ちゃんのこと、ありがとうございます!」
「どうもご丁寧に、初めまして胡喜媚と申します。
皆は喜媚と呼ぶのでその呼び方でお願いします。」
「よろしく。」 「よろしくお願いします♪」
「・・・喜媚あんたに言っておくけど、
荀諶に騙されちゃ駄目よ、
この子 私達の中で一番性格が悪いんだから。」
「え~お姉ちゃんひどぉい。」
「あんたは可愛らしい喋り方でごまかしてるだけで
中身真っ黒じゃない!」
「そんなことないもん。」
「はいはい、二人共喧嘩は後で二人っきりの時にしなさい。」
「・・・ちっ!」 「はぁ~い。」


荀彧ちゃんが思いっきり舌打ちをしてるが
あの二人 そんなに仲が悪いのだろうか?

そんな中、荀衍さんが私のそばまで来て
上から下までまるで品定めするように私を見ていた。


「ふむ、やはり私の見立ては間違ってなかったようね。」
「・・・はぁ。」


不意に荀衍さんが私の頬を手で撫でると。


「喜媚、貴方私の弟にならない?」
「・・・はぁ!?」
「私 弟が欲しかったのよ。
それが素直で素朴で可愛かったら最高。
貴方は私の弟になるために生まれてきたような子だわ!」
「・・・姉様、引っ込んでて。」
「変態姉はお疲れのようだから
自分の部屋でゆっくりと休んでてください、永遠に。」
「・・・・ず、随分と個性的な姉妹ですね。」
「もう一人荀愔っていう子がいるんだけど
その子はウチの人の所に行っているから、
その内会う機会もあるかもしれないわね。」
「あの姉は何時まで経っても父離れ出来ませんから。」
「さぁ、色々と皆聞きたいことは有るでしょうけど
今は食事にしましょう♪
もう用意させてるから、喜媚ちゃんもいっぱい食べていってね。」
「はい、ごちそうになります。」


その後、食堂に案内され皆で食事を楽しんだが
流石に荀彧ちゃんの家は大きいだけあって
出てくる食材もかなりいい物が多く
肉料理も出てきている。

明日以降の私の歓迎会ではもっと豪華になるというのだがから
私には想像もつかない・・・

食事中、荀彧ちゃんはあまり食が進んでいないようだったが
しばらくはしょうがないだろう。
周りもそれがわかっているのか、
無理に食事を進めようとはせず、
その代わりにいろんな話題を振って
荀彧ちゃんが余計なことを考えないようにと
気を使っているようである。

それに気になったことがある。
給仕のために荀彧ちゃんに使用人の男性が近づくと
わずかに身を竦めるのだ。
元々男の人が苦手だったこともあり、
そこへあんな事があったので
やはり男の人に対する恐怖が沸くのだろう。

食後、荀桂さんがお酒を持ってきて
私に飲むように勧められたが
私は飲めない旨を伝え、断ろうとしたのだが
荀彧ちゃんが無事に帰ってこれてめでたい席なので
口をつけるだけでもと言われ、
一口だけ飲むことにしたのだが、
この時代のお酒にしてはすごくキツいお酒だった。


荀彧ちゃんの事を気遣って、皆で明るい雰囲気で食事を終え、
皆、就寝の時間となったのだが
ここで、一つ問題が起きた。

私は客間で寝ることになっていたのだが
荀彧ちゃんが無言で私の手を握り、
離してくれない。


「荀彧ちゃん?」
「・・・・・」
「あの、離してくれないと私 客間の方に行けないんだけど?」
「・・・・・っ。」
「・・・喜媚ちゃん、今日は桂花と一緒に寝てあげてくれないかしら?」
「え? ・・・でも。」
「・・お願い。」
「・・・・・はい。」


どうしようか考えていたのだが、
今日の あの事件があって荀彧ちゃんも心細いのだろう。
それに荀桂さんの縋るような表情と真剣さの篭った声・・

たまたま 私が荀彧ちゃんを助けたのもあって
今は私がそばにいるのが 一番安心できるのだろう・・・
それを思うと、私も無碍に断ることも出来ず、
私の精神年齢は 前 と合わせて三十歳を超えるし
肉体年齢でも十一歳なので間違いも起こらないだろう。
そう考え 私は荀彧ちゃんと一緒に寝ることにした。

荀彧ちゃんと手を繋ぎ
本日二回目の荀彧ちゃんの部屋に行く。

日は既に落ちており
明かりは私が持っている燭台の明かりのみ。

普段暮らしている自分の家とは違い
他人の家なので
燭台の明かりで揺らいで見える屋内の様子が
いつもと違うことで 私は少し不安に駆られる。

荀彧ちゃんは無言で私を寝台に誘い
私も荀彧ちゃんの手を握ったまま
寝台のそばまで行き
燭台の火を消そうとした時
不意に荀彧ちゃんと目が合う。


「・・・・」
「・・・・」


蝋燭の火に照らされる荀彧ちゃんの顔は
普段の勝気な表情とは違い
若干怯えたような表情をし、
蝋燭の火で顔色が若干赤く染まっているように見え
なんとも不思議な魅力を醸し出していた。

お互いがお互いをしばらく見つめていたが
不意に窓から流れた少し肌寒い風が
二人の頬を撫で、少し落ち着いた私は・・


「・・じゃあ、寝よっか。」
「・・・えぇ。」


こうして先に荀彧ちゃんが布団に入り
私が続いて一緒の布団に入り、
どちらからともなく 布団の中で荀彧ちゃんと手を繋ぐ。




こうして慌ただしかった一日が終わると思い、
ようやく自分と荀彧ちゃんの無事を確認して
気持ちの落ち着いた私は
目を閉じ眠ることにした・・・・・のだが、
荀彧ちゃんが横にいることに緊張して眠れなかったので、
今日一日の出来事を振り返って考えて見た時、


私の脳裏に 今日の出来事が蘇る。


駆け出し 鉄の釘を構え 投擲し 鉄扇で殴りつける
先ほどまで完全に忘れていた感触が 今はっきりとこの手に蘇り
踏みつけた足の感触、何かを砕いたような感触
鉄の釘を人の頭蓋に打ち込んだ感触。

それらの感触が蘇り 古くて出来の悪いフィルム映画のように
ノイズの入った映像が脳裏に映し出された時・・・

その時になってようやく 私は この手で
人を殺めたんだと オモイダシタ。


一度 記憶が蘇ると 堰を切ったように脂汗が流れだし
自分が今日何をしたのか、その事実が頭の中を駆け巡る。

仕方なかった! 荀彧ちゃんを助けるために仕方がなかった!
私にはあの時は アレしか出来なかった!

何度もしょうがない、仕方がなかったと
自分で自分を納得させようとするが、
いままで生きてきた三十年以上の人生で、
人を殺めることは悪いことだと教育され続けてきたため
どんな理由があったとしても
その罪悪感を拭い去ることができない。

こんな事なら あの時逃げ出せばよかったのか?


否!!


あの時はアレが最善だった。
荀彧ちゃんや警備隊の人と話した荀桂さんから聞いたが
あの二人は今日と同じように何人もの女性を辱め
奪い 時には殺害してきた罪悪人だ。
後日 報奨金も出るらしい。

私は良いことをしたんだ!

そう自分に言い聞かせるが、
罪悪感が薄れることは無く、
自分の手や足、それどころか全身が震えているのがわかる。
汗をかいているはずなのに 酷く寒く感じる。

私が自分でやったことに対しての罪悪感に苛まれている時、

不意にが誰かに抱きしめられ名前を呼ばれていることに気がついた。


「喜媚! 喜媚! あんた大丈夫なの!?」
「・・・・荀 彧ちゃ ん? 」
「あんた・・・大丈夫なの?
急にあんたが手に汗をかいたかと思ったらいきなり震えだすし・・・
体調でも悪いの?」
「・・・いや、違うよ、なんでもないから離してくれていいよ。
・・・その荀彧ちゃんの・・胸とか
顔にあたってるっていうか埋まってるし。」
「こんなに汗かいて震えてるのにほうって置けるわけ無いでしょう!
何ならすぐにお医者さんでも呼びましょか?」
「いい! 別にいいよ、本当に体調が悪いとかじゃないから・・・」
「じゃあ何なのよ! さっきはあんなに震えてたのに。」
「・・・・別に・・大したことじゃないよ。」


私がそう言っても納得しない荀彧ちゃんは
抱きしめていた私の頭を今度は自分の顔の正面に持ってくる。


「私は、あんたに命を救われたのよ!
あんたが何でそんなになってるかわからないけど、
今度は私があんたを助けてあげる番でしょ!
どんなことでもいいから話してよ・・・私じゃ力になれないかもしれないけど・・・
私にだって 何かできることが有るはずよ!」
「・・・・本当に、大したことじゃないんだよ・・・」
「だったら話しなさいよ。」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・私が 話せって言ってんでしょうが!!」
「っ・・・・実は。」


そして、私はさっき思い出し、考えていたこと・・・
今日私がしたこと 、それについて私が自分でどう思っているのか、
どう思い込もうとしているのか、そしてそれが出来ないことを
荀彧ちゃんに全部 最初はつぶやくように・・
最後には吐き出すように話した。


「そう・・・・」
「頭ではわかってるんだよ・・・アレしかなかったし、
周りに誰も私を責める人は居ないって・・・
でも・・・」
「いいから聞きなさい!」
「・・・・・荀彧ちゃん。」
「あんたは何も悪くない!
アレはしょうがなかったの!
この国内で 誰が なんと 言おうが あんたは悪くない!
国内すべての人間があんたを責めても
私と私の家族はあんたの味方よ!
それに警備隊の男共も言ってたでしょ。
『お前はその子を守った。 お前が その子を守ったんだ。
俺達 皆が それを知っている・・・それだけは忘れるなよ。』
・・・って。」
「・・・・・・」
「それに あんたが悪いんだったら、
あんたに殺しをさせた原因の 私も悪いってことよ。」
「それは違うよ! 荀彧ちゃんは明らかに被害者じゃない・・・」
「だったらその被害者を罪人から助けたあんたは
褒められこそすれ 非難されるいわれはないわ。」
「・・・・」
「あんたが 罪悪感に苛まれることなんて無いの。
あんたには私が居るんだから そんなに怯えることなんて無いの。」
「・・・・荀彧ちゃん・・・」

「その荀彧ちゃんって言うのも もうやめなさい。
今からは『桂花』でいいわ。」

「・・・荀彧ち「桂花!」・・・・け、桂花・・・」
「私はあんたに真名を預ける。
コレは信頼であり、絆であり、そ、それに・・・・ゴニョゴニョ。
と、とにかく! あんたは悪くない!
それでいいわね!」
「いいわねって・・・」
「いいの!
ホラわかったらさっさと寝るわよ!」


荀彧ち「あ゛ぁっ!?」・・・桂花はそう言うと私を引き寄せ
私に抱きつく。


「あ、あのじゅ・・・桂花?
その抱きつく必要は無いんじゃ・・・」
「あんたさっきまで震えてたじゃない。
そ、それに・・・・」
「・・・・それに?」
「・・・・皆には言うんじゃないわよ。
他の人間に喋ったら あんたでも殺・・・怒るわよ。」
「・・・・わ、わかったよ。」
「・・・・わ、私も その・・怖いのよ・・・目をつぶると思い出して。」
「・・・そっか。」
「・・・そうよ。」


私も初めて人を殺めておかしくなってたけど、
桂花も男達に無理やり犯されそうになって怖かったんだな・・・


(私は 桂花を助けることができたんだな・・・)


そう思うと罪悪感が無くなったわけではないが、
この腕の中にある温もりを
この手で守ることができたんだと言う思いが溢れ、
不思議とさっきまでの体の震えや汗は収まり、
その代わりに桂花の温もりが身体に染み渡った。


(あの時の選択は間違ったとは思えない。
アレで全て良かったとも思えない。
それでも 私は桂花を無事に助けることができて
・・・本当に良かったと思う。)


桂花に一方的に抱かれていた私は
身体を少し動かし、私からも桂花を抱きしめ、
桂花の耳元で囁く。


「桂花・・・」
「な、何よ・・・」
「ありがとう。」
「・・・その、私も・・・ありがとう。」


こうしてこの世界に来て最も波乱に満ちた一日は終わり。
ようやく私達は眠りにつくことが出来た。



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十一話

許昌




昨日は ほんとうに色々なことがあり、
私の人生の中で最も波乱に満ちた一日だったが
こうして私も荀彧ちゃん・・・桂花も無事に朝日を迎えることが出来た。

寝ている間にどうやら私は桂花を抱きしめていた手を解いたようで
桂花が私の胸に顔を埋めるようにしがみついている。

しばらくはそのまま桂花の好きなようにさせ、
私は眠っている桂花の髪を撫でたり
しびれてきた腕を桂花が起きないように動かしたりしながら
布団と桂花の温もりを堪能していたら
桂花が起きたようで 私の服から手を離し
布団の中から桂花の顔が出てきた。


「おはよう桂花。」
「・・・んぁ・・・おはよ。
・・・・・・・・っはぁ!?」
「どうしたの?」
「な、な、なんであんたが・・・・・・あぁ、そっか・・・
き、昨日は 一緒に寝たんだったわね。」
「・・・あはは。」
「・・・は はは。」 

流石に昨日の今日ではお互い恥ずかしさが先に立ち、
二人で揃って乾いた笑いを浮かべていた。

そんな時 不意に桂花が真面目な顔になり私に尋ねてきた。


「そういえば私は あんたに真名を預けた訳だけど、
あんたの真名ってなんて言うのよ?
まさか、私の真名は預かっておいて
自分のは駄目とかぬかさないでしょうね。」
「そんなことは言わないけど、
だけど私は少し事情があるんだよ。」
「何よ事情って。」


そうして私は自分の真名がないことを桂花に伝える。

自分が本当は今の母さんの子供ではなく
孤児であり、本当の両親がつけてくれたであろう
真名を私は覚えてなく、
勝手に名乗ってもいいのだが、
本当の両親を尊重し、真名を名乗ってないことを。


「そう・・・そういう事情ならしかたがないわね。
でも あんたは私に真名を預ける気はあるのね!?」
「そ、それはもちろん。」
「じゃあいいわ、これからあんたの名前を呼ぶ時は
真名を呼ぶつもりで呼ぶから。」
「・・・いいの?」
「いいのよ。
大体 数年来の付き合いがあって
み、操や命の恩人のあんたに真名を預けなかったら
私はこの先一体 誰に真名を預けんのよ。」
「・・・ははは。」


こうして私は荀彧ちゃん もとい、桂花と真名を交わし、
今までの友人とはまた違った関係を築きあげていくことになった。


二人で庭の井戸に行き、顔を洗い身だしなみを整えていると
使用人の人から食事がもうすぐできる旨を伝えられたので、
私達は食堂に行くと、
既に荀桂さん達は食堂に揃っていて お茶を飲んでいた。


「あら、二人共おはよう。
昨日はよく眠れた?」
「おはよう。」
「おはようございます。
お陰様で昨日はよく眠れました。」
「そう・・・なら良かったわ。
もうすぐ朝食だから二人共座りなさい。」


荀桂さんの勧めに従って開いている席に座ると
使用人の人からお茶を注がれる。

この世界に来て初めての外泊なので
少々居心地が悪いが とりあえずお茶を飲んで
気を落ち着けることにする。

私も桂花も特に話すことはなく、
荀衍さんは本を読んでいるし、荀諶ちゃんは眠そうに
机に突っ伏している。
そんな中、荀桂さんは私の方を見ながらニコニコ笑っているので
何かおかしい所でもあるのか心配になり、
寝ぐせや目やにが付いてないか確認する。


「お母様は何 喜媚を見てニヤニヤしてるのよ。」
「ん? 別に~・・・ただ桂花が初めて男の人と閨を共にしたから
その相手はどんな子なのかな~と思って。」

「「ぶふぅっ!」」


私と桂花は飲んでいたお茶を吹き出した。



「んきゃ! な、なに!? 雨っ!?」
「・・・汚いわね、本が濡れるじゃない。」
「す、すいません。」
「お、お母様! 何を言ってんのよ!!」
「別に事実をありのままに言っただけじゃない。
一緒に寝たんだから、閨を共にしたというのは事実でしょう?」
「紛らわしい言い方はやめなさいよ!!
別に私と喜媚はただ一緒に寝ただけで、それ以上もそれ以下もないわよ!」
「あらそうなの?
少しくらい何かあるのかと思ってたのに。」
「何もありません! ただ少し話してそのまま寝ただけよ!」
「閨房の語らいってやつ?」
「お母様!!」
「はいはい、わかったわよ。
ちょっとからかっただけじゃない。」
「・・・・全く、喜媚もお母様に余計なことを言うんじゃないわよ。
どうせ、それをネタにからかってくるだけなんだから。」
「うん、わかったよ桂花。」
「・・・・おやおや~♪」
「・・・な、何よ?」
「いつの間に喜媚ちゃんは桂花の真名を呼ぶようになったのかなぁ?」
「うっ・・べ、別にいいでしょ!
命の恩人なんだから真名くらい預けたって!」
「本当にそれだけ? 」
「くっ・・もうその事はほっといてよ!
私と喜媚の問題なんだから!」
「たしかにそうなんだけど、少し気になるのよね。
何で喜媚ちゃんは桂花の真名を呼ぶのに
桂花は喜媚ちゃんの真名を呼ばないのよ?」
「それは少し事情があるのよ・・」
「あ、私が説明しますよ、実は・・・」


そうして私は昨日桂花にした真名が無い理由と
桂花はそれを納得した上で真名を預けた事を皆に話す。


「ふ~ん、そういうことだったの。
だったらしょうがないわね。
なら桂花も今後は喜媚ちゃんの名前を呼ぶときは
ちゃんと真名を呼ぶつもりで、
誇りと魂を懸けて呼ぶのよ。」
「わかってるわよ。」
「喜媚ちゃん これからも桂花のことお願いね。」
「はい。
コチラこそよろしくお願いします。」
「・・・じゃあ、そろそろ食事が用意できたみたいだから
朝食にしましょうか。」


次々と朝食が机の上に並べられ、
朝食が出揃った所で 皆で食事を食べる事にした。

食後にお茶を飲みながら桂花の昔話や
普段 皆がどんな生活を送っているか等を話していると
荀衍さんや荀諶ちゃんが私塾に行く時間になったようなので
二人は一緒に私塾に行ったが、
桂花はしばらく休みを取るようで
そのまま私と家に残っていた。

しばらく庭で桂花とゆっくり過ごしていると
荀桂さんが来た。


「二人ともココにいたのね。」
「お母様?」
「荀桂さん、なにか御用ですか?」
「喜媚ちゃんの服なんだけど、
洗ってはみたけど汚れが落ちなくてね。
そこで、私の方で何着か送らせてもらおうと思うんだけど
これから一緒に買いに行かない?」
「服ですか・・・別に汚れが落ちないなら
今借りている服を貸してもらえば家まで取りに行きますから
わざわざ買っていただかなくてもいいですけど?」
「そういうわけにも行かないわ。
桂花を助けるために汚れたのだから、
代わりの服を用意させてもらうくらいはさせてもらわないと。」
「・・そうですか。
じゃあお言葉に甘えさせて頂きます。」
「えぇ、じゃあ早速で悪いけど行きましょうか?
寸法が合わなかったら 仕立て直してもらわないといけないから。」
「はい。 桂花はどうする?」
「わたしもついていくわよ。」


こうして私達は町の服屋に向かったのだが、
やはりまだ桂花は男の人が怖いようで、
周りを気にするように歩きながら
私の手を握りしめ、服屋まで歩いて行く。


「さぁ、着いたわよ喜媚ちゃん。
好きな服を選んでちょうだい。
何着でもいいわよ。」
「そんなにたくさんは要りませんが
・・とりあえず汚れた服の代わりだけを・・・」
「じゃあ、お母様 私も少し見てくるわ。」


そう言って桂花は服の品定めを始める。
桂花は元々 普通に女の子らしいおしゃれな服を着ていたのだが
先日の一件以来 なるべく肌の露出を避けるような服を着ている。
彼女の家には冬物以外では あまりそういった服はないので
多分 肌の露出を控えた服を探しているのだろう。

私の方も 服を探すが、
今回 荀桂さんから提案されたこの機会を逃すのはもったいない。

私の服は基本的に母さんが どこからかかってくるのだが
全て女に見えても可笑しくない様な服ばかりなのだ。
流石に女物の服や、裙子(スカート)を持ってきた時は
断固として反対したのだが、
それ以外に着るものがないので しょうがなく着ている状況だ。

この機会を生かして、男物の服を手に入れようと思った
私は男物の服がある場所に行き、よさそうな服を探す。

しばらく服を見ていて丁度いい裤(ズボン)を見つけた。
膝の少し下まで裾があり、少しゆったりとして
膝を曲げたりするのにじゃまにならず
足首が出ているので激しく動いた時に
気にしなくてよさそうだ。

まずはこの裤(ズボン)を選び、次は上に着るものと
上着を探そうとした時に
桂花が目の前に現れ、
私に黒い上着を差し出す。


「あんたちょっとコレ着てみなさいよ。」
「これ? 黒い上着? 
あ、頭巾が一緒に縫いこんであるなんて珍しいね。」


桂花に渡された上着を着て頭巾の部分を頭にかぶってみるが
伸ばしている後ろ髪が邪魔なので左右に分けて
肩から前に出し頭巾をかぶってみる。

少し寸法が大きいようでぶかぶかだが
コレはコレでいいかもしれない。
前の世界でSWの某暗黒面の皇帝みたいなローブに憧れた時期があったので
この頭巾は面白いなと思い、
備え付けられている鏡を見てみると・・・
私がかぶっている頭巾には・・・1対の 猫耳 が生えていた。


「なっ! さ、流石にコレはないな・・・」
「どう、ちょっと見せてみなさい。」
「・・え?」


背後から桂花に呼ばれたので
振り返ってみると桂花の方は
知ってる人にはもうおなじみの 水色の上着に黄色の猫耳頭巾という
格好で立っていた。
中に来ている服や裤(ズボン)こそ違うが
私が初めて桂花に会った時に この格好だったら
間違いなく桂花だと判断しただろう。


「へ~、あんた黒髪だからどうかと思ったけど
案外似合うわね・・・じゃあ上着はそれでいいわね。
同じ上着を予備に何着か作るとして、
中の服は少し明るい色のほうがいいわね。」
「ちょ、待って桂花、私はこの上着は止めておこうかと思うんだけど。」
「・・・何でよ?」
「いや・・・男なのにこの猫の耳みたいなのはちょっとどうかなと・・・」
「いいじゃない、あんたに似合ってて。」
「そもそも、似合ってるのが問題なのであって・・・ね?」
「似合うなら何も問題ないじゃない。」
「・・・っく。
その、もう少し男らしい服がいいかな~って。」
「はぁ? あんたに男らしい服なんて似合うわけ無いじゃない。」


桂花はどうやらこの件では折れるつもりが全くないようで
この後も何度か問答を繰り返したが
すべてが無駄に終わった。

その桂花の後ろで荀桂さんが立っていたので
何とかしてもらおうと 彼女の方を見てみたら、
申し訳なさそうに両手を合わせて
片目をつむって、声を出さずに唇だけで 『ごめんね♪』
と言っているのがなんとなく理解できてしまった。

だが、流石に男物服を手に入れるいい機会なのに
コレを不意にするわけにも行かない。
桂花としばらく問答をしていると、
荀桂さんに肩を叩かれ、私だけ店の隅に連れて行かれる。


「悪いんだけど喜媚ちゃん、桂花のお願いを聞いてあげてくれない?」
「しかし、流石に女物の服は・・・
母さんに何回言っても、男物とも女物取れる
微妙な服ばっかり買ってくるので
私としても いい機会なので、男物の服がほしいんですが。」
「・・・桂花も単純に喜媚ちゃんと
おそろいの服がいい っていうのもあると思うけど、
昨日の事を引きずってるのよ・・
今ココで喜媚ちゃんが男の子の服を着て
男の子の格好をしてるのを見ると
無意識でも自分が喜媚ちゃんを
警戒しちゃうかもしれないと思ってるのよ。」
「・・・」
「だから暫くの間だけでいいから
桂花のお願いを聞いてあげてくれない?」
「・・・はぁ、本当にしばらくですよ。
桂花が落ち着くまでの間ですよ?」
「えぇ、その後は改めて私が喜媚ちゃんの服を用意させてもらうわ。」


結局、私が折れる形で
猫耳頭巾付きの黒い上着を予備とあわせて何着か買うことになり
それ以外には最初に私が選んだ裤(ズボン)と
その後に桂花が選んだ服が数着、
これらの服を買うことになり、
桂花はこのまま着て帰るということで
それに私も付き合う形になり 服屋を後にした。


「うんうん、二人共可愛いわよ♪」
「そう。」
「・・・褒め言葉になってません。」
「喜媚ちゃんもそんなに拗ねないで。
この後 もう一軒鍛冶屋に寄りたいんだけどいいかしら?」
「いいけど 鍛冶屋なんかに何の用なのお母様。」
「喜媚ちゃんの鉄扇がね。
汚れを落として返そうかと思ったんだけど
どうも無理な使い方したらしくて
少し軸がずれてるのよ。」
「あ・・・」
「・・・」


鉄扇の話を聞いて、私はアレを使った時の事を思い出す。
その時に 桂花がそっと私の手を握ってくれて
私は少し落ち着くことが出来た。


「・・・・で、お母様それは直るの?」
「えぇ、私が昔 武官をやってた頃から
お世話になってる鍛冶屋があるんだけど
腕はいいから そこに持っていけば直してくれるはずよ。」
「そう、ならお母様、早速行きましょう。」
「じゃあ、こっちだから二人共付いてきて。」


そのまま桂花と手を繋いで私達は鍛冶屋に向かう。
鍛冶屋に近づくと空に向かって登っていく煙や
鉄を打つ音、更にはその周辺だけ少し温度が上がったような感じがした。


「おじさん、おじゃまするわよ。」
「あぁ? ・・おぉ、荀桂様じゃね~か!
久しぶりだなぁ。」
「ココに来るものひさしぶりね。」
「まぁ、引退した荀桂様にはこんな暑苦しいとことこ
用事はね~から しょうがねーぜ。
で? わざわざウチまで来たのは
そこの娘さん達を紹介するためか?」
「ウチの娘を紹介するのはいいんだけど、今日は別件よ。
コレを見て欲しいのよ。」


荀桂さんはそう言うと持っていた布に包まれた私の鉄扇を
鍛冶屋のおじさんに渡す。


「どれどれ・・・・へぇ、なかなかの業物じゃねーか。
良い鉄使ってるぜ・・・ん?
鉄の針・・・にしちゃぁ太いな。 暗器か? 
ふむ・・・少し要が歪んでんな。
無茶な使い方でもしたのか?」
「えぇ、ちょっとあってね。
私が使ってるものじゃないんだけど
今日はそれを直してもらおうと思って。」
「へ~ 荀桂様の獲物にしちゃぁ小さすぎるしな。
で、誰が使ってんだ?
そこの嬢ちゃん達か?」
「そう、こっちのかわいい黒猫ちゃんの方よ♪」
「あの・・・その呼び方は止めてくれませんか?」
「ごめんなさい♪」
「黒い方の嬢ちゃんか。」
「あ、私 胡喜媚と言います。
皆は喜媚と呼ぶのでそれでお願いします。
あと、私はコレでも男です。」
「ん、そうか。 じゃあ坊主、ちょっとこっち来てみろ。」
「・・・はぁ?」


鍛冶屋のおじさんは
あまり細かいことは気にしない性格のようだ。
呼ばれたのでそのままおじさんの元に行くと、
私の腕を触ったり、糸を使って私の腕の長さや
身長を測り、その後いきなり
私を持ち上げ そのまま手を離す。


「ふ~ん、坊主ちゃんと飯食ってるか?
飯食わね~と でっかくなれねーぞ。」
「一応 人並みには食べてるんですが・・・」
「まぁ、いいや。
直すだけなら1日もあれば直せるけど
この鉄扇、坊主に合ってねーぜ。」
「そうなの?」
「あぁ、武器として使うなら もう少し長い物のほうがいい。
それにもう少し鉄を厚くして重くしたほうがいいな。
坊主の力じゃこの重さだと急所でも狙わねーと
仕留め損なう可能性があるぜ。」
「その鉄扇、何年も前にもらったやつですから、
私の身体が成長して合わなくなったんですかね?」
「そうだろうな。
まぁ、直すだけなら1日。
鉄の針も何本か使ったみたいだからそれを補充するとして、
坊主に合わせていじるなら・・・荀桂様の紹介だ、
3日でいいぜ。」
「あの、だったら私がもう少し成長することを見越して
少し大きめには出来ませんか?」
「坊主、武器として使うなら 今の坊主に一番合うようにしねぇと駄目だ。
大きめに作って使いこなせずに殺られましたじゃ
話にもならねーぜ?」
「・・分かりました。」
「じゃあ、おじさん お願いするわ。
代金は私が出すから。」
「おう、じゃあ3日以降に取りに来てくれ。」
「お願いします。」
「お願いね。 じゃあ行きましょうか。」


そう言うと要件だけさっさと済ませて
桂花の紹介もせずに荀桂さんは帰ろうとしてしまう。


「桂花の紹介とかはいいんですか?」
「いいのよ、あのおじさんは細かいこと気にしないし、
さっきので桂花の顔は覚えたから
今度 桂花が一人で来たとしても
ちゃんと覚えてるわよ。」
「そういうものですか・・・」
「まぁ、あんな暑苦しい男に名前を名乗らずに済んでよかったわ。」


桂花は強気な発言をしているが
さっきの鍛冶場では、私の手を強く握っていたので
緊張していたんだろう。

こうして 私の新しい服と、
桂花の新しい服・・・原作の上着と猫耳フードを手に入れ
私達は一旦 桂花の家に帰ることになった。



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十二話

許昌




服屋と鍛冶屋で用事を済ませた私達は、
一旦 桂花の家に帰り、
軽い昼食を皆で取った後
今夜は宴会になるということで 私達が家に居ると準備の邪魔なので
私と桂花は庭で碁を打っていた。


「・・・・くっ、やっぱ桂花には勝てないか。
今度から置き石もう少し増やしてくれない?」
「もう七つも置いてるのにこれ以上増やしてどうするのよ。
それに今のは あんたが途中で読み違えたのがいけなんでしょう?
あそこで読み違えなかったら あんたが勝ってたのに
何で今さら あんな素人みたいな読み違いするのよ。」
「そう言われても・・・」


私が碁を打つ時は 最初は普通に習いながら打っていたのだが
余りにも負け続けるので途中で私がムキになって
知恵袋からプロの棋士の棋譜をなどを真似て打ってみた。
その試合はもう少しで勝てる所まで行ったのだが
それに驚いた桂花が置き石を減らしてしまい
何とか追いつこうと棋譜を参照して打つ、
桂花が勝つが私の打ち方がえらく気に入り、
私が今までにないような打ち方をするのを面白がって
次の試合をせがまれる。
その後は・・・打つ、負ける、打つ、負ける。
コレを繰り返して結局 私は一度も勝つことが出来ずに
今に至っている。

そうして庭で碁を打っていると
真剣な顔をした荀桂さんに呼ばれる。


「桂花、喜媚ちゃん、ちょっと話があるから聞いてくれる?」
「いいけど・・どんな話なの お母様。」
「桂花を嵌めた子達が来たのよ。」
「・・・・そう。」
「昨日 ウチの使用人に事実確認に行かせた結果、
彼らがいたずらで桂花に嘘を教えて
あの場所に行かせたことが確認できたわ。
本人達が言うには桂花をちょっと懲らしめてやろうって言う
軽い考えだったらしいけど
起きた事は起きたことだからきっちりけじめは付けないと
いけないけど・・桂花、いけるわね。」
「・・桂花。」
「・・・はい。
・・大丈夫よ、喜媚。」


そう言うと桂花は椅子から立ち上がり、
しっかりとした足取りで荀桂さんについて行く。
私もその二人を追いかける。

二人の向かう先は屋敷内ではなく
門の方に向かって歩いている。
最初は応接室で待たせているものだと思っていたが、
どうやら屋敷の敷居をまたがせる気は無いようで
門の外で以前桂花の裙子(スカート)めくりをしていた
三人の男の子達は頭にたんこぶを作っていたり
頬を張られたのか頬に真っ赤な手形がついていたりして
三人とも目を真っ赤にして涙目だ。
そして その子達の両親と思われる大人達が
引きつった笑顔で荀桂さん達を待っていた。


「・・・それで、今日は何の用なの?」
「・・・」


普段桂花や私に話すような優しい話し方ではなく、
明確な敵意を持った冷たい刃の様な口調で
荀桂さんは話しかけ、桂花は拳を握りながら無言で荀桂さんの横に立っている。
私のその二人の様子を、門の内側から眺めていた。

すると堤を切ったように男の子達の親が頭を下げながら
謝罪をしたり 許しを請うたり、
お詫びの品物を差し出したりと
なんとかして許してもらおうとしている。

子供達の方も、親が頭を下げるのと一緒に
頭を下げ謝罪し、反省の弁を述べる。

桂花や荀桂さんはその話を黙って聞くだけで
特に返事を返すこともなく
謝罪の品を受け取る気配も見せず
ただ黙って相手の話を聞くだけだ。

しばらくそうしていると、
相手のほうも話すことがなくなってきたのか
ただひたすら謝罪を述べるだけになり、
そこに来てようやく荀桂さんが口を開いた。


「・・・・桂花、聞いていたわね。
貴女はどうするの?」
「・・・・」


どうやら荀桂さんは桂花に決めさせるようだ。
家の事や一族の事だとは言っていたが
やはり最後には当事者である桂花に決めさせるのだろう。

おそらく 桂花がどんな決断を下しても
それを家や一族の総意として扱うだろう。

それと同時に 桂花に自分が
荀家の人間であるという自覚をもたせるのと
今回どんな判断を下すのかで
桂花の成長具合や器を確かめるつもりなんだろう。

私は桂花が今回の件でどんな判断を下すのか、
桂花がどんな決断をするのか ただじっと待っていた。

そうして私の体感では前の世界の時間で数分ほど、
あの男の子達やその両親達には
もっと長く感じたであろう沈黙が続いた後、
桂花がそっと一言はなった。


「・・・もういいわ。」


その言葉を聞いて男の子達や両親はほっとした表情を浮かべたが、
桂花の言葉はまだ続いていた。


「そのかわり、今後 私達 には一切関わらないで。」


その言葉を聞いた男の子達は ほっとした表情のままだったが、
その両親達の表情は一気に青ざめ、
悲壮感を感じる表情に変わってった。

桂花が放った言葉はこう言い換えることができる。


『今回の件ではこれ以上 罪は問わないが
以後、荀家には関わるな。』


つまり、罪に問わない代わりに
今後 荀家の支援はなくなり、逆に敵に回したままということになる。

荀家では 桂花のお爺さんは神君と噂されるほどの高名な人で
桂花の父親も尚書という天子様に近い役職に付いている。
荀桂様もこの許昌では有名だし
荀家自体が許昌では名家として有名だ。

つまり彼らは許昌においては荀家を敵に回し、
漢という国においても重要な役職を負う尚書様を敵に回した。
少なくとも許昌や中央である洛陽に近い都市などでは
彼らの未来は暗いものとなるだろう。

大人達はそれがわかっているから
あんな悲壮感に満ちた表情をしているのだろう。


逆に桂花の立場では
親の叱責だけで それ以上罪に問わないと言う形になるので
世間の評価では、親からの叱責だけで罪に問わなかったと言う寛容さを表しつつも、
その実 『絶対に許さない!』 と言う意思を込めたことになる。

荀桂さんもそれがわかっているのか
満足そうな顔をして桂花の頭を撫でている。


後はもう話すことはないとばかりに
二人はその場を後にし、
門の中に入り そのまま門を閉じてしまう。

外からは許しを請う大人達の声が聞こえるが
二人はそれらを一切無視して
庭の方に移動していき、私も二人について行く。

私達は無言のまま 庭の東屋に用意された椅子に座ると、
すぐに使用人の人がお茶の用意をし
用意されたお茶で喉を潤す。


「さて、喜媚ちゃんも当事者の一人なのに勝手に話を
進めちゃって悪かったわね。」
「・・・いえ。」
「桂花もちゃんと成長しているみたいだし、私も嬉しいわ。」
「別に・・私はこれ以上あの馬鹿共に関わりたくなかっただけよ・・・
後は ついでに奴らに嫌がらせをしてやっただけよ。」
「もう、桂花は素直じゃないんだから。
喜媚ちゃんもそう思うわよね?」
「はぁ・・・まぁ、そうですね。」
「桂花は あともう少し素直になったらもっと可愛いのに。」
「ほっといてよ!」


桂花の頭を撫でようとする荀桂さんと
子供扱いされるのを嫌がる桂花。

二人の様子を見ていると仲の良いただの親子に見えるけど、
やっぱりいいとこの娘だけあって
私の知らないような苦労や、
立場っていうのがあるんだろうな~、
と 考えさせられた一日だった。


この後、庭で三人で夕食までの時間を潰していると
宴席の準備が出来たと呼ばれたので
三人で移動し、私は今回の宴席での
主役ということらしいので上座に座らされ、
その横に荀桂さんと反対側には本来なら年長者が座るのだろうが
あまり厳密に決めているわけではなく
仲がいいということで桂花が座り、
後は 各々好きな場所に座っている。

今日はとりあえず荀桂さんの家の人間だけということらしいが
明日には近所に住む荀家の血縁者も顔を出すということで
私は 何やら大変なことに巻き込まれているようだ。

食事は私がこの世界に来てから見たこともないような豪華なもので、
豚の丸焼きがあったり、大きな貝を焼いたものや
魚を焼いたもの、肉を煮込んだ料理や、
食材を使った彫刻のようなものまで有り、
いったい何が食べれて 何を食べていけないのかすら
わからない状況になったが
その辺りは荀桂さんや桂花が教えてくれたり
取り皿に食事をとってくれたりしたので
なんとか事なきを得たが、
味を楽しむ余裕など無く、
食事が終わった時はただひたすらに
疲れたと言う印象だけが残った。


食後は身体を流すお湯を用意してくれたようで
お湯で身体を流した後は用意された寝間着を来て寝るのだが
用意された寝間着はやはり昨日と同じように
明らかに女物に見える服だった。

その後、昨日と同じように桂花と一緒に寝ることになり、
布団の中で 今日の昼の出来事や、鍛冶屋でのできごと、
宴席での出来事などを話をしている内に
眠気がやってきたので
昨日と同じように正面から抱き合いながら眠った。


翌朝 起きた私達は朝食をとり、
桂花の姉妹は私塾へと行き、
私と桂花は庭でのんびりとしていたのだが
どうやら 私にお客さんが来ているようなので
桂花と一緒に応接間まで行くと
そこにはあの日、桂花を助けるのに協力してくれた
警備隊のお兄さんが兜を脱いで座っていた。


「よぅ、喜媚・・・・元気みたいだな。」
「はい、お陰様で。」
「そうか、あの時は時間がなかったから心配してたが
・・・どうやら大丈夫らしいな。」
「・・・なんとか。
あっ! あの時 最後に掛けてくれた言葉、ありがとうございました。」
「なに、いいってことさ。
俺達みたいな仕事してると、賊を斬ったりすることもあるからな。
新兵が通る通過儀礼みたいなもんだが
お前は武術の訓練をしていたとはいえ
本来なら俺達が守る民だからな。
逆に あれくらいしかしてやれなくてこっちが申し訳ないくらいだ。」
「いいえ、助かりました。」
「そうか・・・っと、今日来た用事なんだが、
太守様より賊の討伐に対する恩賞が出てるぞ。
今日はそれを届けに来たんだ。」


そう言うと警備隊のお兄さんは持っていた小さい袋を
机の上に置いて私の方に差し出した。


「コレが報奨金だ。
まぁ、お前さんは素直に喜べないだろうがあって困るもんでもない。
ありがたくもらっとけ。」
「・・・そうですね。
ありがとうございます。」


そう言い、差し出された小さいが少し重みを感じる袋を手にする。


(少し重いけど、お金にしたらあの二人はこんなもんなんだな・・・)


桂花を助けるためとはいえ、
人を殺めてお金を得るというのは複雑な気分ではあるが
お兄さんの言う通りにあって困るものでもないので受け取って置く・・・が

私は桂花に手を握られるまで
気が付かなかったのだが
受け取った小さいが袋を持っている手が少し震えていたようで
桂花が私の手に そっと手を合わせてくれたら
不思議と震えが止まった。


「なんだなんだ? 喜媚はガキのくせにもう女がいるのか?
羨ましい限りだな!」
「え・・・? ち、違いますよ!
桂花とは・・・仲はいいですけどそういう関係では!」
「・・・・・」


私がお兄さんの言葉に反論しようとしたら
桂花が私の手を思いっきり抓る。


「・・痛ぅ。」
「はっはっは、お前はどう思ってるかわからないが
この娘の方はまんざらでもないようだぞ?」
「勘弁して下さいよ・・」
「まぁ、お前達をからかうのはこの辺にしておくか。
じゃあ、俺はまだ仕事があるから失礼させてもらうぞ。」
「あ、わざわざすいません。」
「なに、コレも仕事の内だ。
じゃあな。
荀桂様お騒がせしました。」
「いいのよ。
面白いものも見れたことだし♪」


そう言うと警備隊のお兄さんは
もう一回 私の方を見てにこやかに笑い帰っていった。

その時 何が記憶に引っかかるものがあったので
もう一度お兄さんの顔を思い出してみようとすると
ある人物と非常に似ている気がしたのだ・・・・


「あぁぁ~~ぁっ!!」
「ちょっと何よ、いきなり大声を出して。」
「あ、ご ゴメン桂花。」


そう、思い出した・・・と言うよりも知恵袋から画像が引っぱり出された。
あの警備隊のお兄さん、北郷一刀くんによく似ているのだ。


(ま、まさか・・・・本来は あのお兄さんが
桂花を助けるんじゃないのか?
そう考えると辻褄が合う。
あの岩場は門から近いからある程度の大声を出せば充分聞こえる。
桂花は未来の魏の軍師だからかなのか 意外と声は大きい。
実際 私の呼び声は聞こえていないようだったが
桂花の叫び声は聞こえてきた。
それに本来 桂花は男の人は苦手意識はあったが
私と出会った当初 それほどひどくはなかった。
私塾であの三人の男の子にちょっかいをかけられたため
嫌悪感を抱いてはいたが、原作みたいに顔を見るだけで
暴言を並び立てる程でもなかった。
だけど今回の一件は致命的だったはずだ・・・
多分この件が一番のきっかけになって
桂花の男嫌いが決定的になるのだろうが
その割には一刀くんに対する桂花の態度は
暴言こそ吐くが ある程度は認めていたし
だからこそ彼の功績を認めることが出来たのだろう。
それにあんな事があったら 本当に嫌だったら
曹操(そうそう)さんが命じたからって彼に抱かれるわけがない。
警備隊のお兄さんの面影を感じつつ
一刀くんの功績を認めていたからこそ
桂花が曹操さんの命令に従って一刀くんに抱かれたというのなら・・・
そう考えると 私はな何か大変なフラグを
思いっきり、バキバキに へし折ってしまったんじゃないだろうか・・)


「あんたどうしたのよ?
そんなに汗かいて・・・また・・思い出したの?」
「ち、違うよ! アレとは全く別の話!
全然大丈夫だよ!」
「本当? ならいいけど・・・」


桂花にはまた私が あの賊を殺めた時の記憶を
思い出したのかと心配されたが、
私が冷や汗をかいているだけで
それ以外には異常がないと言うことで
おかしいとは思いつつも 納得はしたようだ。


(やばい・・・一刀くん・・・
魏に来るのは止めたほうがいいかもしれない・・・
このまま桂花の男嫌いが改善されなかったら
本格的に桂花が一刀くんを魏から追いだそうとするかもしれない・・)


この後 私はしばらく
一刀くんが魏に来て、桂花に無碍に扱われないか?
いっそ来ないほうがいいんじゃないか?
と 心配しつつも、
魏に来てくれないと桂花の陣営が負けてしまう と言う
この二つの未来にしばらく悩むことになる。





ちなみに後日、賊を倒した報奨金の事を家に帰るまで忘れていた私は
家に帰った後に母さんといくら入っていたのか確認したのだが、
銀が四斤ほど、銭にして約八千銭で
良い牛が一頭買えそうなくらい入っていてびっくりした。



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十三話

許昌




警備隊のお兄さんから報奨金を受け取った後、
特にすることもないので
桂花と庭で許昌の警備状況や軍備、軍の運用方法などを
話していた。

桂花が襲われたあの事件や、警備隊の人に会ったという事で
その話題になったのだが
警備隊の人員を増やすだけでは
費用がかさんで都市の運営に支障が出るので
今の人員でも効率的に運用できないか?
見回りの経路を効率化したり
邑周辺の治安も今よりも確保できないか?
等の話をしていた。


「あんたの言う屯所だったっけ?
警備隊が何人か常に待機していて
犯罪が起きた時にすみやかに動けるようにっていうのは
もう少し練ればいい案になりそうだけど
初期費用がかかるわよね。」
「まぁ、この許昌じゃ難しいよね。
新しく作る村や これから程度発展していく村、
なんかだと屯所の用地確保も楽なんだけど
今住んでる人がいるのに
屯所作るからどっか行け、っていうのはちょっと難しいよね。
警備隊の再訓練もあるし、
あんまり屯所だけに任せておくと
そこから賄賂とかもらって犯罪者を見逃したり
有る特定の家だけを優遇するとかもありそうだし。」
「そうね、屯所を用意しつつも定期的に人員の配置転換をしたり
時折中央から各屯所を見回る体勢も必要よね。」
「でもそれやると警備隊の再編成や用地確保の資金やらで
大事になるよね。」
「まぁ、案として記憶に留めて置いて
将来、私が都市計画を立てるような立場になった時にでも
使えるようにゆっくり考えておこうかな。」
「頑張ってね。」
「なに言ってんのよ、あんたも一緒に考えるのよ。」
「え、なんで?」
「あんたが最初に言い出したんでしょ!」
「桂花が何か面白い警備案がないか?
って聞くから 言ってみただけじゃない。」
「とにかくあんたも一緒に考えるのよ!」
「・・・・ハァ。」


こんな感じで時間を余している私達は
お茶を飲みながらのんびりと会話を楽しんでいた。

と、そんな私達のところへ荀桂さんがやってきた。


「あなた達こんな所で何やってるの?
もうすぐお客さん達が来るわよ。」
「お客さんですか・・・?
何のために来るんですか?」
「はぁ・・・あんた何言ってんのよ。
前にお母様が話したでしょう。
今日の宴席には近所に住むウチの血縁者も来るって。」
「・・・まさか、昨日の私の歓迎の宴席の続きで
今日は外からもお客さんが来るってことですか?」
「そうよ。
むしろ今日が本場よ。」
「そこまでするようなことなんでしょうか?」
「喜媚ちゃんの感覚からすると
そう感じるのかもしれないけど
ウチの一族みたいな歴史があって、
何人も偉人と呼ばれるような人を輩出している家だと
世間体というものがあるのよ。
ましてや 今回は桂花の命を救ってくれたんだから・・・
受けた恩はそれ以上にして返すと言うことで
ウチの一族の力と徳を示すことが重要なの。
喜媚ちゃんはウチの一族の問題に巻き込む形になっちゃったけど
その分も含めて これからは喜媚ちゃんの力になれると思うわ。」
「友達を助けただけだから
そこまでしてもらわなくても私はいいんですけどね・・」
「まぁ、そういうものだと思って諦めてちょうだい♪
ほらほら、もうすぐお客さんが来るから
喜媚ちゃんも早く着替えて。」
「え? この服じゃダメなんですか?
結構いい服ですけど。」
「荀衍が催事の時に着る服で
もう少しいいのがあったからそれに着替えてちょうだい。
上着の猫耳は桂花とおそろいだからいいけど
中はもう少し良い服のほうがいいわ。」
「お母様、喜媚が着るなら
私の服のほうが寸法が合うんじゃないの?」
「荀衍の昔の服だから今の喜媚ちゃんにちょうどいいのよ。
さぁ、早い人はもうすぐ来るんだから
さっさと着替えてちょうだい!」


そう言うと荀桂さんは私と桂花の手を引っ張り
屋内に連れて行き、私達を着替えさせる。

私が着たことのないような立派な服で
着方がわからなかったので使用人の人に着せてもらい
最後に猫耳の上着を羽織り
応接間に連れて行かれる。

そこからは緊張のあまり 何があったのか記憶がおぼろげだが
次から次へと来る桂花の親族の人達に挨拶をし、
桂花を助けたことを感謝されたり、
色々 おみやげを貰ったり、
更に宴席の会場に来たら
いままで会ったことないような偉い人や
年上の人から私より年下の子供達を紹介され、
良かったらウチの嫁に来ないか? とか、
男だということを行ったら別の人から
ウチの婿に来ないか? とか
次から次へと話が広がったり話が変わったりで
何が何やらわからない状況になり
宴席が終わって、お湯で汗を流し
桂花の部屋の寝台に突っ伏した所で
ようやく私は落ち着くことが出来た。


「なんか・・・すごく精神的に疲れた・・・」
「・・・私も。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・もう寝よっか?」
「・・・そうね。」


こうして ひたすら精神的に疲れた二日目は終わった。


翌朝、朝食後に荀衍さん荀諶ちゃんが私塾に出かける時、
荀桂さんが桂花に話しかける。


「・・・そろそろ桂花は塾に行けそう?」
「・・い、行けるわよ。」
「・・・ふ~ん。
あ、でも桂花は喜媚ちゃんの相手をしてもらわないと行けないから
今日は休みにしておきましょうか。」
「分かったわ。
そうね、喜媚が居る間は私が相手してやらないと駄目だからね!」


おそらく桂花も察しているだろうが、
荀桂さんは桂花が精神的に立ち直ってるのか図るために
わざわざ質問をしたのだろうが、
まだ、桂花が無理に強がっているだけなので
今日も休みにするようだ。

その後 庭で桂花と碁を打ったり話をしたりしていたのだが、
荀桂さんが来てはなしは中断となる。


「ちょっとイイかしら?
少し喜媚ちゃんにお話があるんだけど。」
「いいですよ、どんな話ですか?」
「喜媚ちゃんと二人っきりで話したいのよ。」
「・・・じゃあ、私は部屋にでも行ってるわ。」
「ごめんね桂花。」


そして桂花が屋敷の中に入るのを確認した後、
荀桂さんが話し始めたが、
その話の内容に私は驚くのだった。


「まず要件を言うけど、喜媚ちゃん 私塾に通ってみない?」
「・・・・は?
私が私塾ですか?」
「そう、桂花達が通ってる私塾なんだけど
私が紹介状を書くから通ってみない?」
「い、いや、それは無理でしょう!
私はただの農家の息子だし、学費だって払えませんし。
それに畑の仕事もありますし。」
「学費の事は心配しなくてもいいわ。
私の方で出すし、畑の方で人手が足りないなら
ウチから何人か出してもいいわ。」
「そこまでしてもらう訳には・・・」
「・・・コレは喜媚ちゃんに私塾で学んで学を付けて欲しいと言うのと
私塾で学んだことで泊を付けたり、人脈を作って欲しい。
と、いう本来の理由とは別の理由なのよ・・・・桂花のことよ。」
「桂花ですか・・」
「喜媚ちゃんも今朝の桂花を見てわかったかもしれないけど、
今の桂花をそのまま私塾に行かせてしまうと
ちゃんとやるべき事はやるだろうけど
それだけになってしまう。」
「・・・」
「もともと男が苦手だったあの娘に あんな事があって・・
このままだったらあの子の将来に遺恨を残してしまうわ。
・・・あの娘の才は 私が知る中でも最も優れている。
あの娘や娘達には決して言わないけど、
桂花は将来 歴史に名を残すような人物になるほどの才を持っているけど
このまま放っておいたら その才を自ら潰してしまうことにもなりかねないの。」
「・・・・・」
「これからあの娘は 必ず人の上に立って 人を使う立場になる。
その時に今回の件が原因で 男女間不和を煽る事になっては
桂花のためにも、その下につく者達にとっても良くないわ。」
「・・それで私が一緒に私塾に通うことでどうにかできると?」
「ええ、今現在 桂花が信用している人物の中で
男性は私の夫と喜媚ちゃんだけ。
夫は洛陽にいるから桂花をつれていくわけにもいかないし
仕事があるから桂花の面倒を見ている時間も
それほど多くは取れないでしょう。
本当なら私達が何とか出来ればいいんだけど、
私や姉の荀衍には 気の強い桂花は泣き言は言わないでしょうし、
妹の荀諶にも当然そんな事は言わないでしょう。
同年代で桂花が自分から真名を交わすほど信用していて
桂花の弱音を受け入れることができて、異性である喜媚ちゃん以上に
この件に最適な人物は居ないのよ。
・・・・後ついでに言うと喜媚ちゃんは
かわいいから桂花も男を連想しにくいし♪」
「最後のは余計ですよ・・・」
「それも結構重要なのよ?
喜媚ちゃんも知ってるでしょう?
今の桂花は男を見るだけでも緊張してしまうのよ?」
「・・・・・そうですね。」
「そういうわけで喜媚ちゃんには
迷惑をかけることになるかもしれないけど
できたら桂花と一緒に私塾に通って
桂花の男性不信をなんとか許容範囲に抑えられるように
付いてあげて欲しいのよ。」
「・・・・・少し、考えさせてもらっていいですか?
母さんにも相談しないと行けないし。」
「ええ、もちろんいいわよ。
あとついでに私の方からも喜媚ちゃんのお母さんに
一度会わせてほしいわ。
お礼も言いたいし。
喜媚ちゃんをウチに泊まらせて
迷惑を掛けた分のお詫びもしないといけないし。」
「まぁ、そういうことは母さんは気にしないと思いますが・・・」
「じゃあ、早速昼食を済ませたら
桂花も連れて喜媚ちゃんのお家におじゃましようかしら?」
「いきなり今日ですか?」
「えぇ、こういうことはなるべく早く済ませたほうがいいし。
兵は拙速を尊ぶ って言うしね♪」
「はぁ・・・・」


こうして この日の午後に桂花と荀桂さんを連れて
私の家に行き母さんに今回の事を話すことになったのだが・・・


「全然 良いわよ♪
行ってらっしゃいな。」


あっさりと了承を得られ
その場のノリでトントン拍子に話は進み
結局 私はしばらくはほぼ毎日、その後は畑仕事や他の研究もあるので
一日おき 二日おきと日を空けて
桂花の通う私塾に通うことになってしまった。

私が私塾に通うことになって
桂花はびっくりした後 嬉しそうな顔をしたが
その後 一瞬暗い表情になった。
荀桂さんが私を私塾に通わせることにした意図を悟ったのだろう。

しかしそれもつかの間、すぐに気を取り直して普段の表情に戻り
純粋に私と一緒に私塾に通えることを喜んでくれた。


その日は再び桂花の家に行き、
宴席最終日を桂花の家族達と楽しみ、
もはや当たり前のように桂花と一緒に眠ることになった。


「・・・なんか、あんたを巻き込んだみたいで悪かったわね。」
「ん? 何が?」
「私塾の話よ・・・昼にお母様があんたに話したんでしょ?」
「・・・まぁ、そこは黙秘権を行使ということで。」
「なによ、その もくひけん って?」
「自分に都合の悪いことは言わなくてもいいっていう権利のことだよ。」
「あんたにそんな権利ないわよ!」
「無かったとしても、荀桂さんが私だけに話したことだから
私が勝手に桂花に話したら荀桂さんの信用を裏切ることになるでしょ?」
「・・・っち、ああ言えば こう言う。
・・・・・・・私もわかってるんだけどね。
このままじゃいけないってことくらい・・・」
「・・・・・」
「・・でも、身体が言うことを聞かないのよ。
男を見るだけで・・・震えが来て。」
「・・・しばらくは 私が一緒についてるから
ゆっくり慣れていけばいいよ。」
「・・・・そうね・・・これからは
あんたも一緒に私塾に通うんだしね・・・」
「そうそう、大丈夫だよ。
まだあれから何日かしかたってないのに
桂花は普通に町中に出ることもできるし
買い物だって出来たでしょう?
時間が経てば震えなくなるし、
普通に男の人とだって話したりできるようになるよ。」
「・・・別に 他の男と話す必要なんて無いんだけどね。」
「そうも行かないでしょう?
桂花は将来大きくなったら偉くなって
この国を何とかしたいんでしょ?
その為には上司や部下に男の人が居ることだって
有るんだから普通に話したり
愛想振り撒いたりくらいはできるようにならないと。」
「・・・全く面倒な事ね。
本当、男なんて皆死ねばいいのに。」
「・・・・そしたら私も死んじゃうよ。」
「あんたは半分女みたいなもんでしょ。」
「全部が全部男だよ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ。」
「・・・・・・」
「・・・ほら、もう寝るわよ。」
「・・・・うん。」


こうして桂花を救ったことによって開催された私の宴席は終わり、
明日からは少し変わりはしたが
いつもの穏やかな日常が始まる。



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十四話

許昌



昨日で宴席も終わり、今日は朝食をごちそうになったら
私は家に帰るつもりだったのだが、
荀桂さんが既に昨日の午後に、
私の私塾への入塾手続きを済ませていたらしく、
今から桂花と一緒に塾へ行け。
と 言われてしまった。

筆記用具などを全く用意して無いのだが、
桂花に借りればいいとあっさり言われ、
渋々ながら桂花や荀衍さん達と一緒に私塾へ行くことになってしまった。

途中で三日ぶりに桂花と一緒に塾へ通えるということと
桂花が立ち直りつつ有るということで
荀衍さん達は喜び、桂花が休んでいた時の塾の話などをしながら
通学(?)した。

彼女達の話によると、
桂花にちょっかいをかけていた三人組は
あれからおとなしくなり、
真面目に勉強しているそうなのだが、
塾に人の出入りがあると
桂花が来たのではないか? と怯える様子を見せるそうだ。

話ながら歩いていると やがて私塾に着き
四人で塾の先生の元へ行き、
今日から塾でお世話になる挨拶を交わす。

先生の方も昨日 荀桂さんからの書簡を受け取っていたために
特に問題なく入塾を認められ、
文字の読み書きやどの程度の知識があるのか
簡単に確認されたが
特に知識に問題はないようで、
桂花達と一緒に好きなように勉強するように言われた。

この私塾では、
文字の読み書きができない子は
最初に塾の年長者に文字の読み書きを教わり、
それが出来た子は
最初に読むべき本を何冊か指示され
それを読み終わったものは それぞれが収めたい学問を
好きなように勉強するという形をとっている。

塾の先生はそれぞれ わからないことがあった子達の質問に答えたり
様子を見ながら必要な時に助言を与えたり
先生自身が文官時代に得た経験などを 話して聞かせたりしている。

私の前いた世界の学校などと違い、
最低限の知識だけ教えたら後はそれぞれの子の自主性に任せ
先生自身はそれを補佐するという形を取っている。

こんな形をとっている理由は、
私塾に通うような子は
向学心が強かったり 家柄から通う必要が有る、
等の理由で通っている子が大半なため、
義務教育のような国家レベルでの教育方針があるわけではないので
教育を受けたいと望むもの以外は そもそも私塾には来ないと言う理由からである。


さて、一通り塾の先生の話を聴き終わり、
私達は先生に伴われ 所謂教室のような部屋に連れて行かれたが
桂花の姿をみた三人組の男の子達は顔を真っ青にしている。
そんな風に教室の様子を伺っていると
先生から自己紹介するように言われる。


「今日からコチラの塾で皆さんと一緒に
勉学に励むことになりました胡喜媚です。
色々と至らぬ所はあると思いますが
ご指導ご鞭撻の程 よろしくお願いします。」


こうして私の最初の挨拶も無難に終わ・・・・・ったかと思ったが、
挨拶が終わった後 桂花に引っ張られて教室の隅に
連れて行かれた。


「あんた あんな挨拶も出来たのね・・・」
「そう? アレくらいは普通じゃない?」


この世界に来る前はサラリーマンをしていたし、
義務教育やある程度の高等教育を受けてきたので
普通にできると思うんだが・・・


「・・・まだまだ、あんたについて
知らないことがいっぱいありそうね。」
「・・・?」


桂花は何かブツブツ言っているが、
特に問題がないようなのでいいだろう。

そうして桂花と話して居ると
見覚えのある眼鏡の人が現れた。


「お二人とも おはようございます。」
「おはよう郭嘉。」 「おはようございます。」
「三日ぶりですが荀彧さんが元気そうで安心しました。
噂には聞いていましたが 大変だったようですね。」
「まぁね・・・でも喜媚に助けられたから
擦り傷程度ですんだわ。」
「それは良かったです。
所で・・・喜媚さんですよね?」
「えぇ、郭嘉さんお久しぶりです。」
「・・・何やら・・・随分と雰囲気が変わりましたね。
特に頭の上のあたりが。」


そうなのである。
私は今桂花とお揃いの猫耳頭巾をかぶっているのだ。
最初は上着を着ないで塾に行こうとしたのだが
桂花に無理やり着せられ、
ならば頭巾を被らないようにしようとしていたら
これまた桂花に無理やり被せられ、
抗議はしたのだが、完全に却下され、
何度か言い争ったら桂花が涙目になったので 私が折れる形になった。

その様子を見ていた荀桂さんに後で教えられたが、
桂花は私とお揃いの猫耳頭巾を気に入ってるらしく、
未だに男に対して不安だと言うのと合わさり、
色違いとはいえ 一緒の猫耳頭巾を私にかぶっていて欲しいのだそうだ。


「まぁ、色々あってこの服を着ることになりまして・・」
「・・そ、そうですか。」
「・・・・」


郭嘉さんはそれ以上深く追求はしてこなかった、
流石は 未来の仕事のできる眼鏡軍師(妄想癖あり)。
私の態度から色々と察してくれたようだ。


(荀彧さんと色違いでお揃いの猫耳頭巾・・・
荀彧さんの調教の成果もあり
既に喜媚さんは荀彧さんの所有物だという
周囲への牽制なのか!
・・・いや! 逆に普段は猫のようにツンとすました荀彧さんが
夜は逆にまるで盛りのついた猫のように喜媚さんに縋り付いて媚びを売る・・・
今までは喜媚さんが躾けられていたかと思ったら
実は逆で、荀彧さんが躾けられていたのか!?)
「ぶっ・・・っ!」
「「えぇ!?」」
「ちょ、大丈夫郭嘉、鼻血が出てるわよ?」
「ら、らいじょうふでふ、すぐにおさまりまふから。」
(・・・・郭嘉さん、私達を見て何を妄想したんだ?
と言うか、この頃から既に妄想癖があったんだな・・)


どうやら 私塾での生活も穏やかには済まなさそうである。


私塾へ通うようになったが、それ以外には特に私の生活には変わりなく、
塾でも 今まで桂花と話していたような話の延長であったり
そこに郭嘉さんも混じってきたりしたが、
それ以外には大きな変化もなく、
碁盤があったり、軍隊の指揮を学ぶための駒などがあったので
それで遊んだりしながら過ごしている。


そうして二十日ほど過ごし、
修理を頼んでいた私の鉄扇も
使いやすい形になって戻ってきて、
桂花の様子もだいぶ安定してきたようで 周りがあの事件のことを噂で知っていたので
桂花に気を使ってくれていたこともあり、
あの三人組以外には、普通一人で対応できている。
内心は分からないが、少なくとも表面上に嫌悪感を表すことは無い。

その日は塾の帰りに荀桂さんから
家に遊びに来るように言われていたので
そのまま桂花と一緒に帰り、家のお邪魔したのだが、
お茶を飲みながら話をしている時に 私の予想外の言葉が聞かされる。


「ところで桂花、
お父様があの事件の話を聞いて桂花の心配をしているのよ。」
「心配するのはしょうがないと思うけど
私はもう大丈夫よ?」
「もちろん 一緒に暮らしている私達はわかっているけど、
お父様は書簡でしか知らないし
その情報も遅れているから余計に心配なのよ。」
「・・・それだけじゃないんでしょ?」
「えぇ・・・まだ少し早いとは思うんだけど、
一度 桂花に洛陽に来て顔を見せるように言ってるのよ。」
「・・・そ れ だ け で は ないのでしょ?」
「・・・そこで桂花に洛陽の知人に紹介して
今から人脈を作っておくそうよ。」
「はぁ・・・以前から話は聞いていたけど。」
「洛陽に行くのは大変だと思いますが、
そんなに気落ちするようなことなんですか?」
「お父様は以前から私を何処かの宦官の息子辺りと
婚姻させようとしてるのよ・・・」
「・・・あぁ、前もそんな話を聞いた覚えが。」
「もちろん桂花も いずれ何処かに嫁入りするか
婿を取るかしないといけないんだけど
何も、こんな時期に言い出さなくてもねぇ・・・
人脈を作ることも もちろん大切だけど、
もう少し待ってくれてもいいと思うわ。」
「確かに・・・
(せっかく桂花の様子が落ち着いてきたこの時期に
無理に婚姻なんかさせたら、
また男性不信になるきっかけになりかねない。)」
「一応 今回は婚姻云々は無しで
単純にあの人が桂花の無事を確認したいのと
せっかく来るなら何人か同年代の子達に会わせておこう
って言うことらしいけど。」
「お父様がそういうのなら私はいいわよ。」
「桂花はそういうとは思ってたんだけど・・・う~ん。」
「実際 洛陽に行くときはどうやって行くんですか?」
「知り合いの行商人と一緒に行くつもりよ。
桂花以外にコチラで雇った信用のおける護衛を何人か付けてね。
向こうは護衛兵が増えるし
こっちも桂花の護衛が増えることになるから安心だし。」
「なるほど。」
「でも、洛陽に行くとなると、移動時間と向こうでの滞在も考えて
普通で二十日か長くて三十日ってところかしら?
馬で走って行くならもちろんもっと短縮できるけど
桂花を馬に乗せて警備と行かせるよりは
行商人の護衛と一緒に移動したほうが 人が多くて安心だしね。」
「結構かかるんですね。」
「道はある程度整備されてるけど
商隊との移動だからどうしても荷物を運搬しながらの移動になるから仕方ないわ。
それにあの人も桂花と会ったら それなりの期間は一緒にいたいでしょうし。」
「じゃあ、しばらく桂花に会えませんね。」
「そこで喜媚ちゃんに今日来てもらった意味が出てくるのよ♪」
「・・・・まさか。」
「喜媚ちゃんも一緒に洛陽見物してこない?
あの人がいるから 多分宮殿内も見せてもらえるわよ♪」
「お断りします。」
「え~なんでぇ?」 「そうよ!何でよ!!」
「普通に考えて二十日以上も畑仕事休めないでしょう。」
「そこは塾に行ってる時みたいに 私の方で手伝いを出すから。」
「コレで問題無いわね。
・・・あんたまさか私だけ洛陽に行かせて
会いたくもない連中に会わせるつもりじゃないでしょうね?」


桂花がドスの聞いた声で脅してくるが
流石に洛陽に行く訳にはいかない。
そもそものんびり許昌で暮らしていければいい私には行く理由がない。


「流石に私が洛陽に行く必要も理由もないでしょう?」
「・・・・くっ。」


桂花も理論的に考えて どうしても私が
洛陽に行かなくてはいけない理由を思いつかないようで、
しばらく考え込んでいる。

桂花が考え込んでいると荀桂さんが
私のすぐ横までやってきて、
少し屈んだと思ったら私の顔のすぐ横に自身の顔を持ってくる。
それと同時に荀桂さん持つ大人の女性独特の体臭や
普段から使っている香の匂いなどがして
一瞬ドキッとするが、なんとか平静を保つ。

すると荀桂さんは 私の耳元で囁くように話し始める。


(ねぇ、喜媚ちゃん。
コレは桂花のことを想う 私の馬鹿な親心だと思ってくれていいけど
桂花と一緒に洛陽に行ってくれないかしら?)
(洛陽に・・ですか・・・)
(せっかく桂花の様子が落ち着いてきたのに
今ココで二十日以上も喜媚ちゃんと離れ離れになったら
また、前みたいに男性不信になってしまうわ。
もちろん喜媚ちゃんには悪いとは思うんだけど 私は桂花の母親だから・・・)
(それは理解できますけど・・・)
(喜媚ちゃんも桂花が喜媚ちゃんのことを
どう想っているのかは察しが付いているでしょう?
普通ならこんな事 貴方みたいな年頃の子には言わないんだけど
喜媚ちゃんと話していると、
時々同年代の人と話しているような気がするくらい大人びて見えるわ。)
(そ、そうですか?)
(そんな喜媚ちゃんだからこんな話をしたのだけど
今の桂花には喜媚ちゃんが必要なのよ。
私や荀衍じゃ桂花は弱音を吐いてくれないし、
荀諶じゃ言わずもがなよね。
別に桂花の面倒を死ぬまで見ろ、なんて言わないけど せめて桂花が立ち直って
普通に男の人と接することができるくらいまでは・・
喜媚ちゃんには悪いけど桂花に付き合ってやってくれないかしら?)
(・・・・)


荀桂さんにこう頼まれると私も弱い。
また、この世界に来て母さん以外で
初めて友人と呼べる関係を築けた桂花のことが、
恋愛感情を抜きにして 個人的に好きだというのもあり
今の彼女には誰かが付いていないと駄目だというのもよく分かる。
そう考えると、私が桂花に付いて洛陽に行くしか無いのだが・・・


(私の個人的な意見で言えば喜媚ちゃんが
荀家に婿入りして桂花と結婚してくれてもいいのよ♪)
「ぶふぅっ! ・・・ゲホッ ゲホッ。」
「ちょっとあんた何やってんのよ 汚いわね!」
「ご、ゴメン。」
「あらあら・・」


桂花の目の前で 私と荀桂さんが密談紛いなことをしているのを見て、
訝しげな視線を向けてくるが
そのことに付いて触れてくる様子はない。
桂花はその辺の空気は読めるのであえて放っておくつもりのようだ。


(何言ってるんですか! 荀桂さん!!)
(私の個人的な意見を言うくらいいいじゃない。)
(今 言うようなことじゃないでしょう!)
(逆に今だからこそ言ったのよ?)
(・・・・もういいです。
これ以上何か言っても泥沼になりそうですから・・・
行きますよ・・・洛陽に。」
「本当? ありがとう♪」
「・・・話は終わったの?」
「えぇ、喜媚ちゃんが桂花と一緒に洛陽に行ってくれるんですって♪」
「そ、そう? まぁ、当然よね。」
「何が当然なのかわからないけど・・・まぁ、洛陽には行きますけど
旅費とかは大丈夫なんですか?
一応 私も少しくらいは蓄えがありますけど。」
「それはもちろん私のほうで全額出すわよ。
私達のお願いで行ってもらうんだから。」
「それはありがたいんですが・・・」
「いいのよ、気にしないで。
ただ、向こうでは桂花はウチの旦那と一緒に住むからいいだろけど
喜媚ちゃんはもしかしたら宿をとって貰うかもしれないけど・・」
「それはかまいませんよ。」
「喜媚も私と一緒にお父様の屋敷に住めばいいんじゃない?」
「私はそれでいいと思うけど、
あの人がどう判断するのかわからないから・・・
桂花は嫁入り前だから 喜媚ちゃんと一緒はまずいと考えるかもしれないし。
だけど書簡では喜媚ちゃんのことは恩人として感謝してたし、
恩人に身分差持ちだして、
ないがしろにするような人じゃないから無下には扱わないはずよ。」
「そうね。 もしお父様なにか言うようだったら
私が文句言ってあげるから、喜媚は心配しなくてもいいわよ。」
「はぁ・・・ (あれか? もしかして
桂花のお父さんの荀緄さまは奥さんや娘には弱いタイプなのか?)」


何はともあれ、こうして桂花の洛陽行きに
私も同行することになってしまった。

この日 家に帰り今回のことを母さんに話した所・・


「あら、そうなの?
だったらちょうどいいから左慈に洛陽に行ってもらって
貴方と顔合わせするように言っておくわ。」
「左慈って・・・あぁ、そういえば左慈もこの外史に来てるんでしたっけ。」
「左慈だけじゃなく、于吉と貂蝉、卑弥呼も来てるわよ。」
「皆居るんですか・・・」
「だけど左慈以外は 皆仕事を優先するから
喜媚のサポートは左慈だけだけどね。」
「十分ですけど・・・具体的にどの程度の事を頼めるんですか?」
「そうねぇ・・・・皇帝を暗殺してこい、くらいなら大丈夫よ。」
「・・・・むちゃくちゃじゃないですか!
はぁ・・・まぁ、顔合わせと・・・・そうですね、
買い物くらい頼もうかな・・・」
「その辺は喜媚の好きなようになさいな。」


今回の洛陽行きで分かったが、
どうも このままだと私はこの先も
かなり桂花に振り回されることになりそうだ。

最悪、曹操さんの所に桂花が仕官するか
それ以外に仕官先を見つけて仕官するまでは付き合わされるだろう。
私は曹操さんの所に仕官するつもりは全く無いので
桂花が曹操さんの所に仕官したら速やかに許昌に退散するが、
そうなる場合、これからも今回の洛陽行きみたいに
いろんな所を旅することになりかねない・・・

そうなると私の武術の腕では心もとないので
何か、他にも桂花と私の身を守る方法を考えないといけないのだが、
万が一の黄巾党対策で考えていた
アレの材料がこの世界で揃うだろうか?
洛陽で左慈に会った時に相談してみよう。



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十五話

許昌




あれから 同行させてもらう行商人の人や
護衛に付いてきてくれる荀桂さんの知り合いの
傭兵の人達と打ち合わせをして
洛陽に向かう日取りを調節し、
とうとう私達は洛陽へ行くことになった。

この世界に来てからは許昌周辺しか知らない私には
道中に見える全ての物が新鮮に見え、
途中で傭兵の人達にあれこれ質問しながら洛陽への道中を楽しんでいた。

桂花は幼少時に何回か洛陽に行ったことがあるようで、
あまり記憶には残っていないが
所々見覚えのある地形などが有ったようだ。

道中は商隊の護衛と、桂花の護衛で固められていて
更にその私達についてくるように武装した旅人や
商隊を組めるほどの人員がいない商人達が付いてきていたので
遠目には大規模な護衛付きの商隊に見える。
野盗などに襲われることはなかったが、
コレが黄巾の乱の時期になると
今の私達くらいの人員で移動していても
襲われる可能性が高くなるのだろう。

こうして八日ほど掛けて移動し
とうとう洛陽の城壁が視認できる所まで来たが
外から見る洛陽は圧巻で、高く強固そうな城壁、
周辺に広がる大規模な畑、
流石この国の首都であり、天子様が住む首都である。


・・・と、この時は思っていた。


しかし城門を通り城壁内に入ると最初の印象は吹き飛び、
洛陽に少なからず落胆してしまった。

主要の道路はきちんと舗装され
その脇に広がる商店は豪華な装飾がされ
一見賑わっているように見えるのだが、
そこで買い物をしている人達は皆、
豪華な服に身を包んだいかにも裕福な豪族か
何らかの官職に付いている者やその親類縁者で
普通の、私のような一般の民は殆ど見かけないのだ。

不審に思って路地の方を覗いてみると、
そこには粗末な商店や屋台の様な店が並び
一般の人達は そういう店を利用していた。
商品の方も遠目で見てもわかるくらい差があり、
大通りの方の店の商品と比べても明らかに品質が落ち、
私の住む許昌の方がよほど良い作物が流通している。

どうやら この洛陽にはある程度裕福な人達と
一般の人達とでは通常の官位や生まれから出る格差よりも
遙かに大きな格差が有るようだ。


私達と同行した行商人の人達や
一緒に付いてきた旅人や商人たちと別れ、
私と桂花、それに護衛の人たちと一緒に
桂花のお父さんが住む邸宅まで移動することにする。

護衛の人達が地理を把握しているようで
移動自体は問題なく、順調に目的地に付くことが出来
門の前で人を呼び、桂花が荀桂さんの書簡を渡し
無事に到着したことを伝える。

一旦 使用人の人が門内に戻ってしばらくすると
いきなり すごい勢いで門が開かれ
そこにはきちんと手入れされた立派な髭を蓄え、
豪華な服に身を包み、
その服の上からでも十分に体が鍛えられていることがわかるほどの
筋肉をつけた男の人が、両手を広げて桂花の名を叫んでいる。


「桂花ぁぁ!!」
「「・・・・」」


桂花は落ち着いてその男性の前まで歩いて行き
手を組んでお辞儀をし・・


「お久しぶりですお父様、お元気そうで何よりです。」


と 普通に挨拶をしただけであった。
桂花がお父様と呼んだことから あの人が荀緄様だということがわかったが、
荀緄さんは桂花の取った態度に納得がいかないようで
桂花の肩を掴もうとしたのだが、
つかむ瞬間に手を止め、一瞬悲しそうな表情をした後
すぐに元の位置まで下がって行った。

その時、桂花がどんな表情をしたのかは分からないが
おそらく怯えた表情を見せたのだろう
父親とはいえ 書簡で近況を報告し合うだけで何年も会っていない男性だ
まだ、以前の事件のことを完全に乗り越えたとはいえない状況なので
仕方ないこととはいえ、父親ならば大丈夫だと思ったのだが
なかなか 根は深いようだ。


「うむ、桂花の元気な顔を見られてよかったぞ。
さぁ、長旅で疲れているだろう、
すぐに食事を用意させるから供の者も連れて中に入るが良い。」
「ありがとうございます、ですがお父様、
その前に紹介したい者がおります。」
「うむ・・・・・それはいいのだが、
その硬い話し方は何とかならんか?
久しぶりに会えた家族なのに
その話し方は少々寂しいものがあるぞ。」
「では、いつも通りに話し方で・・・
お父様に是非とも紹介したい子がいるんだけど。」
「うむ。」
「この子よ、書簡では何度か書いたけど 私の命の恩人よ。」
「初めまして、胡喜媚と申します。
周りの者は皆 喜媚と呼びますので
尚書様もそうお呼びください。」
「喜媚と申したか、そう堅苦しくせずとも良い。
ワシのことは荀緄と呼ぶが良い。
娘の命の恩人ならばそれは我が家、一族の恩人じゃ。
何も遠慮することなど無い。」
「ありがとうございます。」


すると 荀緄さんは私の前に来て
両手を組み一度拝礼し・・


「この度は私の娘の命を救ってくれてありがとう御座います。
本来なら最上の礼を持って対するべきですが
私も天子様から官職をいただく身、
今はコレでご容赦いただきたい。」
「え・・・? いえいえいえいえいえ、
私などには もったいないお言葉です!
それにお礼なら許昌で荀桂様から既に宴席を開いていただいたりしてますし
これ以上されると私も困ってしまいます!」
「そうか・・・ならばこの場はコレで終いとしよう。
だが、困ったことがあればいつでも
我が家の門を叩くといい。
ワシにできることならいつでも力になろう。」
「あ、ありがとうございます。」
「さぁ、堅苦しいことはここまでだ。
中に入ってゆっくり旅の疲れを癒すといい。」
「喜媚、行きましょう。」
「え? ・・・うん。」


こうして私達は荀緄さんの屋敷の中に案内される。
荀緄さんの屋敷は許昌の屋敷よりも更に広く 豪華で
所々に装飾品が置かれ、まるで何処かの宮殿を思わせる。

案内された部屋では、すぐにお茶が出され、
しばらくすると 次々と豪華な料理が出される。

洛陽までの長旅で、私が用意しておいた
長期保存の効く漬物や干し肉等の携帯食を主に食べていたので
久しぶりの出来たての料理はとても美味しく感じた。

桂花や傭兵の人達が言うには、
私が用意した携帯食もかなり美味しかったようで
旅の道中でアレだけの料理を食べることができるのは
殆ど無いそうだ。

桂花は食事をしながら、桂花の許昌での生活ぶりや
他の家族の話等を話し、荀緄さんも久しぶりに聞けた
家族の話を楽しそうに聞いていた。

そうして一通り食事が終わった後、
今日の私達の宿の話になったのだが
荀緄さんは桂花は荀緄さんの屋敷に泊り、
私達は洛陽で結構いい宿を用意してくれるそうなのだが
それに桂花が猛反発し、
私が宿に泊まるなら自分も同じ宿でいいと言い出し、
荀緄さんを困らせることになる。


「し、しかしな桂花、嫁入り前の女が
男と同じ屋根の下というのはまずいのではないか?」
「命の恩人を屋敷に泊めるのに何の問題があるの?
それに、私と喜媚は許昌では もう何回も一緒に寝てるわよ?」
「なんじゃと!」


私は慌てて荀緄さんそばに行き、耳打ちをする。


(荀緄さん! その件は、あの事件で桂花が怯えて
夜も眠れない状況だったので已む無くの事でして・・・)
(むぅ・・・真であろうな?)
(荀桂さんから何も聞いてないのですか?)
(ワシはお主を屋敷に泊めたとしか聞いておらぬぞ。)
(・・・・と、とにかくそういうことですので。
それに私も桂花も十一か十二才ですから
間違いなど起こりようがありませんよ。)
(くっ・・・・そういう事ならば仕方があるまい。)
「とにかく私は喜媚が宿に行くのなら私も宿に泊まるから。」
「・・・・・ならば仕方がない。
喜媚も屋敷に泊まるといい。」
「ありがとうお父さま、あと私達の部屋は一緒でいいから。」
「なんじゃと! ならぬ! それはならぬぞ!!」
「じゃあ、私達は外で勝手に宿を取ってくるわ。
お母様からその為の資金も預かってるから。」
(荀桂さんもグルか・・・まったく 何やってんだよ二人共・・・
荀桂さんが桂花の為に私をついていかせたのはいいとして
そこまでやらなくてもいいでしょうに・・・)


荀緄さんの様子を見ると必死の形相で歯を食いしばり
口の横からは血が流れてきていて、桂花と私の方を交互に見ている。
しかし桂花の方はどこ吹く風で、優雅にお茶を楽しんでいる。


(娘が自分の屋敷で他所の男と一緒に寝ようと言うのを
不快に思う気持ちはわかるけど・・・
そんな顔で私の方を見ないでくださいよ、
私は巻き込まれてるだけなんですから・・・)
「あ、あの桂花? 流石に一緒の部屋はまずいんじゃないかな?」
「そうじゃ! 喜媚の言う通りじゃぞ!
嫁入り前の娘がはしたないぞ!!」


しかたがないので私が荀緄さんの援護に周り
桂花を諌めようとし、荀緄さんも乗ってくるが
不意に悲しそうな顔をした桂花は・・


「・・・・お父様・・・私、夜が怖いんです。
今でも夜になると あの時に事を思い出して・・・
でも、喜媚が一緒にいてくれたら思い出さずにすんで・・
安心して眠れるんです・・・お父様、今しばらくの間ですから
お許し下さいませんか?」
「くぅ・・・・け、桂花・・・・」


私にはわかるが アレは荀桂さんが仕込んだ仕込みだ。
桂花がこんな皆が見ている前で弱みを見せるはずがない。
おそらく、荀桂さんが荀緄さんが反対したら
泣き落とせとか言ったのだろう。

そもそも 桂花は今は普通に一人で寝ているのだ、
時折 男の人が急に近くによってきた時に緊張はするが
それ以外では普通で旅の道中でも私塾でもやっていけているのだ。
完全に振りきってはいないが
日常生活に支障が出るほどではない。

しかし、荀緄さんの方は桂花の演技を真に受けてしまい、
結局は桂花の言い分を飲んでしまう。
洛陽にいる間、私と桂花は一緒の部屋で寝ることになってしまった。


その後、護衛の人達は用意された宿に移動し
私と桂花は屋敷に残り、
皆で話をしたりしながら時間を潰し、
夕食を取った後は旅の汚れを落とし、
用意された寝室にで私と桂花は一緒に寝ることになった。


「桂花・・・昼のあの演技は荀桂さんの仕込み?」
「ヤッパリあんたにはわかっちゃう?
そうよ、お母様と一緒に考えたの。」
「あんな演技ができるなら もう私と一緒に寝なくてもいいんじゃないの?
荀緄さんじゃないけど嫁入り前の娘が
男と一緒に寝てるなんて噂がたったらまずいんじゃないの?」
「多少はまずいかもしれないけど、別に噂が立ったら立ったで良いわよ。」
「・・・良くないって。」
「・・・別にあの演技の全部が全部嘘ってわけでも・・・無いわよ。」
「桂花?」
「今日お父様と会って、肩を掴まれそうになった時・・
自分では意識してなかったけど 私多分怯えた顔をしてたと思うわ。
だからお父様も あんな顔したのよ・・・」
「・・・」
「情けないわね・・・家族だっていうのに・・・・」
「・・・しょうが無いよ、
まだアレからそんなに時間がたったわけじゃないし・・
それに桂花はよくやってるよ。
私塾や旅の道中では大丈夫だったじゃない。」
「普通に話すだけなら もう大丈夫なのよ・・・
でも、体に触れられたりすると・・・ね。」
「・・・そっか。」
「私、この洛陽に居る間に、せめてお父様とは
普通に接することができるようになりたいの。
最後に別れる時くらい普通に握手したり、
家族として抱きあうくらいはできるようになりたいのよ。」
「・・・・」
「だからあんたも協力して欲しいの・・・
喜媚がいれば・・何とか出来ると思うから。」
「・・・・ハァ、わかったよ桂花。」
「・・・・・・私がこんな事言ったなんて誰にも言うんじゃないわよ?
喋ったら あんた殺して私も死ぬわよ。」
「はいはい、言わないよ。」
「約束よ!」
「約束しましたよ。」


あの演技はやり過ぎだとは思ったが、
桂花は桂花なりに あの件を乗り越えようとしてることを知った私は
この洛陽で、できるだけ桂花に協力しようと思った。


さて、翌日。
皆で朝食を摂り、今日は洛陽の宮殿で
桂花を荀緄さんの知り合いの何人かに合わせるらしいのだが
私はついていく必要がないので
洛陽の様子でも見に行こうと思ったのだが、
桂花が私に洛陽の宮殿内に連れていけないか?
と 荀緄さんに頼み、最初は揉めたが結局私も宮殿に入ることを許されたのだが
流石に桂花が人と会うところまでついて行くのは駄目だということで
荀緄さんの使用人の女性に案内され
宮殿内の庭園を見学できることになった。

流石に天子様もたまに見に来る庭園ということで
整備も行き届いていて
庭園に咲き誇る花もよく育てられている。

使用人の女性は庭園の入口付近で待っているので
花を散らしたりしない限り、好きに見て回っていいと言われたので
私は庭園内を散歩していたのだが、
私と同じように庭園を見学している人達や、
面会の順番待ちのため時間を潰している人達なども居て
庭園では結構な人達が過ごしている。

そんな中 私のような子供が一人で居ると
どうしても目立ってしなうので居心地が悪くなった私は
庭園の隅の方の生垣の方で日向ぼっこでもしようと思い
移動していたのだが、生垣の向こうから何か 女の子の話し声が聞こえてきた。

何事かと思い、生垣の隙間から覗いてみると
そこには二人の女の子が座って話しをしており
二人共 黒髪を長く伸ばしていて、
年上の娘は、私と同年代か少し上に見えるが
腰まで伸ばし、きちんと手入れされている艶やかな黒髪で
着ている服も白を基調としたかなり豪華な服だ。
足をすっぽり隠すほど長い裙子(スカート)で
顔立ちは優しそうな感じだが、何処か儚げな印象を受ける。

もう一人の子の方は、
同じく黒髪を背中まで伸ばし、
私よりも少し年下に感じる。
着ている服は水色を基調とした服で
ゆったりとした裤(ズボン)を履いていて、
顔立ちは活発な感じで、見てるこっちまで元気になりそうな
明るい表情をしている。

そうして私が観察していると
向こうも気がついたようで話しかけられた。


「むっ! 何者じゃ! 追手か!?」
「・・・・? でもこの宮殿の人という感じではないわよ?」
「お主何者じゃ、この妾と姉上の秘密の場所にどうやって忍び込んだのじゃ!」
「どうやってって・・・そこの生垣の隙間から普通に来ましたけど?」
「む、妾達の秘密の抜け道を見つけるとは・・・
それでお主は何者じゃ。」
「私は許昌から来た、胡喜媚と申します。
今日は尚書さまとそのご息女の共で参りました。」


この子達の身分がわからないので なるべく丁寧に話す。
どうやらこの二人は姉妹のようだ。


「ほう、許昌とな・・・・・・・それは何処じゃ?
姉上は知っておるか?」
「私も詳しくは・・・確か南東の方かと思ったけど?」
「え~っと 許昌はですね。」
「待て、そんなところの居らずにこっちに来い。
お主がそんなところに居っては他の者に見つかってしまう。」
「あぁ、はい。」


私は生垣の隙間から二人のいる生垣の裏の小さな空間に入りこむ。


「許昌というのはですね・・・・
あ、その木の枝少し貸してくれますか?」
「ん? コレか、良いぞ。」
「それで許昌というのはですね・・・」


私はこの国の地図を地面に書き
洛陽と許昌の位置に丸を書いて彼女達に説明する。


「ココが今いる洛陽で、ココの辺りが許昌です。」
「ほ~~意外に近いのじゃな。」
「凄いですね、胡喜媚さまは、地図をお書きになられるんですね。」
「そんなにすごくないですよ、大雑把に書いただけですから。
・・・・あ、そういえばお二人の名前をまだ伺ってませんでしたが
よろしければお教え下さいませんか?」
「え゛・・・・・え~っと・・・わ、妾は・・・・
そ、そうじゃ! 協じゃ、協と呼ぶがいい。
故あって本名は明かせぬが、お主にはそう呼ぶことを許してやろう。」
「では・・・私は弁ですか?
そうお呼びください。」
「じゃあ、私のことは喜媚と呼んでください。
皆そう呼びますから。」
「喜媚さまですか、分かりました。
あと、私達にそんなに丁寧に話さなくても結構ですよ。
普通に話してください。」
「うむ、姉様がそういうのならが 妾も喜媚が普通に話すのを許そう。」
「じゃあ失礼して・・・弁ちゃんも普通に話していいんじゃないの?」
「私はこの話し方が普通なんです。
いろんな人と会う機会がありますので。」
「そうなんだ。」


コレが私と弁ちゃん 協ちゃん、彼女達との初めての出会いだった。



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十六話

洛陽




桂花は 今から人脈を作るために
洛陽の宮殿で荀緄さんの知り合いと桂花が面会している間、
一緒に付いてきた私は 宮殿の庭園で暇つぶしをしていたのだが、
その時に庭園にある生垣の裏で私は協ちゃんと弁ちゃんという
姉妹と知り合う事になった。


「それで二人はこんな所に隠れて何やってるの?」
「む・・・そ、それはな・・・」
「え~っと・・・なんて言いましょうか・・・」


二人は何か悪いことでもしたように
口篭っているが、その様子は悪戯をした後に見つかった時の桂花を思い浮かばせる。


「何? なんかいたずらでもして逃げまわってるの?」
「そ、そんな事しませんよ!」
「そ、そうじゃ!そうじゃ!・・・・た、ただな・・・
その、妾達に学問を教える者があまりにも口やかましいので
・・・逃げてきたのじゃ。」
「・・・二人共何やってんのよ。」
「し、仕方がなかろう!
毎日毎日 勉強勉強、姉上と遊ぶ時間もろくに取れぬのだぞ!
・・・少しくらい遊んだって良いではないか。」
「・・・そういうことなんです。」
「まぁ、私は二人の先生じゃないから
別に口やかましく言わないけど 少し遊んだら戻るんだよ?」
「う、うむ!」 「はい。」
「じゃあ、私は邪魔になるからもう行くね。」
「ま、待つのじゃ!」
「ん? 何?」
「喜媚は城の外から来たのじゃろう?
城の外では 今どんな遊びがあるのか教えてくれぬか?」
「外の遊び? ・・・まぁ、少しくらいならいいよ。」
「本当かや! やったぞ姉上!」
「よかったわね。」
「それじゃあ、今ココでできそうな遊びだと・・・」


こうして私はこの生垣の隅っこでもできそうな遊びを
いくつか彼女達に教えてあげた。

手頃な石を使ってお手玉をやってみせたり、
小さな石でおはじきを教えたり、
私の持っていた袋の紐を使ってあやとりをしてみたり
木の枝で地面に枠を書いてまるぺけや、五目並べを教えたり、
後はしりとりや指相撲等、
簡単にできて場所を取らなくてもできる遊びを
彼女達に教えた。

お手玉やあやとりでは感心されたり、
おはじきやまるぺけでは、慣れている私に勝てずに
協ちゃんが悔しがり、何度も再戦することになり、
弁ちゃんはその様子を見て笑っていたりと
桂花や郭嘉さんと違い、久しぶりに子供らしい、子供を見て
私も穏やかな気分になっていた。

しかし、そんな時間も長くは続かず、
生垣の中から見える通路を歩く桂花達を見つけて
私は戻らなければいけないと彼女達に告げる。


「あ、ゴメンね、私もう行かないと。
私がお供しないといけない人が戻ってきたみたいだから。」
「なんと・・・もう行ってしまうのか。」
「・・・そうですか、せっかくお知り合いになれたのに。
残念ですね・・・」
「二人共ごめんね、一応しばらくは洛陽にいるから
もしかしたらまた会えるかもしれないけど、
今日はもう行かないと。」
「本当かえ? また会えるか!?」
「確実とはいえないけど、
また何回か宮殿には来れるかもしれないから
もしかしたらその時に会えるかも。」
「うむ、それならば、その時はまたココで会おうぞ。」
「そうですね、私達はよくココに・・・その・・・逃げてきますから。」
「フフ、逃げてって・・・
じゃあ、また宮殿に来たらココに来るよ。」
「うむ、約束じゃぞ!」
「約束ですよ?」
「うん、約束ね。
じゃあ、私は行くね。」
「うむ。 今度は城の外の話をきかせてくりゃれ。」
「また、お会いできるのを楽しみにしてますわ。」
「またね~。」


こうして私は、二人と別れて、桂花達の待っている所へ行った。

桂花と合流した時、挨拶だけした後 彼女はずっと無表情で無言だったのだが
荀緄さんの家についた途端、その感情は爆発した。


「もぉ~~~ぅうっ! 何なのよっ!!
あのデブっ 必ず殺すっ!!」
「桂花・・・その、せめて洛陽内で宮中にいる人に悪口は・・・」
「はぁっ!? だから宮中や町中では我慢してたじゃない!
ここまで耐えた自分の忍耐力を 褒めてやりたいわ。」
「・・あの何があったんですか? 荀緄さん。」
「最初は普通に対談してただけなんだがな・・・」


よくわからないが、途中からおかしくなったらしい。
荀緄さんも桂花が暴言を吐きまくっているのを
止める様子がない所から、
荀緄さん自身も今回の会談で思うところがあるのだろう。


「だから男は嫌いなのよ!
まだ、ある程度の歳の女に持ちかけるなら万歩譲って理解できるけど
私は十二なのよ!
あのデブは何を考えてるのよ!
ただの太った変態じゃない!!」


あ~分かった・・・桂花が
何を言われたのか大体想像できてしまった。

大方、嫁に来いか愛妾になれとでも遠まわしに言われたんだろう。
荀緄さんが居て直接的な言葉で言うとは思えないから、
桂花が嫁か妾になったら地位が上がるとか
両家のためになるとか言ったんだろう。


「ニヤニヤと人の体を舐め回すように見てくれて・・・
思い出すだけで怖気が走るわ!
お父様! 私はすぐに湯で身体を清めるから!」
「・・・分かった、用意させよう。」


そう言って桂花は風呂場に向かって肩をいからせながら歩いていった。
荀緄さんの屋敷には小さいながらお風呂場があり
入浴することができるのだが
当然準備には時間が掛かる。
今回は準備の時間がないので湯で身体を流すだけだろう。


「・・・大変だったみたいですね。」
「・・・あぁ、宦官や宮中の中には変わった奴も多いからな。
もちろん 全員がそういうわけではないのだが、
権力に近いものほど、そういう傾向が強くなるのだ・・・」
「幼女性愛や同性愛や少年性愛ですか?」
「あぁ、中には桂花のような子供に興味を持つ者や
男娼を何人も囲っている者も居る。」
「去勢すると性癖がおかしくなる人が多いんですかね?
それとも権力に酔っておかしくなったんでしょうか?」
「さぁな・・・・ん?
まて、なんでお前そんな事知ってるんだ?
喜媚・・・貴様 まさか桂花に・・・」
「変な言いがかりはやめてくださいよ・・。
大体 私が桂花に何か変なことをしたら
荀桂さんに殺されますし、桂花が私を洛陽まで連れて来ませんよ。」
「む・・・まぁ、そうか。
とにかく今回の相手はそういう相手だったのだ。
私もできたら会わせたくなかったのだが
何処で噂を聞きつけたか、
向こうから一度会いたいという話があってな。
断りきれなんだ・・・嫌なことはさっさと済ませようと思ったのだが、
今の桂花には悪いことをしたと思っとる。」
「まぁ、桂花も荀緄さんの事情は察してくれますよ。
そうで なかったら屋敷まで我慢してませんよ。」
「そうだな。」


結局、この日の桂花は荒れに荒れ、
夕食でやけ食いしたり、寝台に入ってからも
私に延々と愚痴をこぼしたりしていたが、
翌日に持ち越すことはなく、
朝には いつも通りの表情になっていた。

この日は宮中ではなく、町の有力者との会談が予定されていたので
私がついて行くこともなく、
二人は護衛を連れて出かけていった。

その間、私は洛陽の町を見て回るために
様々な店が開く時間まで
時間を潰した後、洛陽の町に出かけた。


私の将来設計には幾つかあり、
今まで通り農業や養蜂で身を立てる、
お酒や紙を作って売る、
小さい喫茶店のような店を持つ、
大体この三つなのだが、
今回は喫茶店を経営するにあたって、
どの程度の味のレベルならばお客が来てくれるのか?
と言う調査を行うことにしていた。

洛陽はこの国の中心のために
いろんな店が集まり
他の邑にはないような菓子や飲茶を専門に扱うような店もある。
そういった店と同レベルかそれ以上の味を出せれば
私も店をやっていけるだろうと思い、
味を確かめるべく、いろんな店を食べ歩きしていた。

そうして昼過ぎに差し掛かった所で
流石に疲れたので菓子とお茶を出す店で休憩しようと思い
注文を済ませて椅子に座って待っていると
何処かで見覚えのある少年が
私の座っている正面に相席をしてきた。


「邪魔するぞ。」
「どうぞ・・・・・ん?
あれ? もしかして、何処か出会ったことありませんか?」
「ほう、よく覚えていたな。
名乗るまで気がつかんと思っていたのだが。」


私の目の前の席に座ったのは
あの日、私を巻き込んでこの世界で暮らすことになる原因を作った少年。
左慈君が私の目の前に座っていた。


「お久しぶりですね、左慈君。
何年ぶりになりますか・・・」
「さぁな? 俺は妲己様から定期的にお前の情報をもらっていたので
久ぶりって言う気はせんが・・・・それにしても・・・クックッック。
知ってはいたが、随分と様変わりしたものだな。」
「ほっといてください・・・母さん・・・
妲己さんと桂花に無理やり着せられてるんですから。」
「まぁ、ご愁傷様といっておこうか・・・クックック。」
「・・・いいんですか?
私が何も知らないと思ってるんですか?」
「何のことだ?」
「妲己さんから貰って見ましたよ? ・・あの写真。
左慈君は随分と凛々しい少女姿でしたよねぇ?」
「貴様ぁ!! 今アレを持っているのか!?」
「今は手元に無いですけど、左慈君に会って何か言われたら
言われっぱなしって言うのも面白くありませんし。
・・・ちゃんと大事にしまってありますよ。」
「貴様・・・後でちゃんと始末しておけよ。
万が一 アレ が于吉の手にでも渡ろうものなら
貴様を八つ裂きにしてやるからな!」
「おぉ、こわいこわい。」


私は鉄扇で口元を隠し、
見下すような神経を逆なでする視線で左慈君を見ながらそうつぶやく。


「くっ・・・・!」
「まぁ、冗談はそこまでにしておきましょうか。
お互い様ということで。」
「・・・ちっ。 後でちゃんと処分しておけよ!」
「はいはい、所で左慈君は今日は何の用事なんですか?
顔合わせですか?」
「まぁ、そんなものだ。
お前が洛陽に来ると聞いてな、
一度顔合わせしておけと妲己様からの指示だ。」
「そうですか。」
「そういえば聞いたぞ?
お前もなかなか面白いことをやっているそうだな?」
「は? 何がですか?」
「なんでも許昌で農地改革をして太守の機嫌をとりつつ
荀彧を篭絡し、許昌で旗揚げの準備を着々と進めているそうじゃないか?」
「誰がそんな悪質な嘘を言ったんですか!?」
「ん? ちがうのか?
妲己様から届いた情報を俺なりに分析したのだが。」
「違います! そんなコトしませんよ。」
「なぜだ? 許昌で荀彧を軍師にして旗揚げして
曹操が力を付ける前に潰して取り込めば、
北郷一刀が魏か蜀を選んだ場合
黄巾以前に奴を抹殺できるから いい手ではないか?
魏に来たらそのまま抹殺すればいいし。」
「その何でもかんでも一刀くんを抹殺する方向に
考えるのは止めたほうがいいですよ。
そもそも、私は彼に関わるつもりはありませんし。」
「なぜだ!せっかくこの外史ならば
奴を抹殺しても影響は少ないし、その機会も腐るほどあるのに!」
「私の知ってる外史では左慈くんは失敗したんですから
諦めましょうよ。」
「それは別の端末の話だ、俺が失敗したわけではない。」
「そんなに嫌いなんですか?」
「お前も知っているだろう、俺が奴にどんな感情を抱いているか。」


左慈君がここまで北郷一刀くんを憎む理由は、
自分が外史の管理人として存在している以上
一刀君が外史に降り立ち何らかの終着を迎えるまで
何度も何度も繰り返すこの世界を 見続けなければならないからだ。

彼はその永遠とも言えるループから逃れるために
外史が存在する鍵たる一刀くんを抹殺し、
外史を終焉させ 自分が外史の管理人という役目から開放されることを望んでいる。


「まぁ、気持ちはわからないでも無いですが、
この外史では止めてくださいね。
そんなことになったら私の将来設計が台無しになるんですから。
嫌ですよ? 一刀くんがいなくなったから
戦乱が長期間続いて、結局 私が死ぬまで戦乱が続いたなんて。」
「っち・・・面白くない。
そんなに戦乱を終わらせたかったら お前が王にでもなればいいんだ。」
「私はそんな器じゃないし・・・そんな覚悟持てませんよ・・・
自分の指揮一つで何百何千何万人も死ぬなんて・・・」
「ふん・・・・まぁ、外の世界から来た
貴様ならそう思うのも無理からぬかもしれんが、
だが お前が指揮をしてもしなくても人は死ぬぞ?
それは覚えておくんだな。」
「・・・・私をいじめに来たんですか?」
「お前が不抜けているから活を入れてやったんだ。
そんなことでは黄巾以降生きていけんぞ。」
「・・・・私の指示一つで何万人も死ぬよりはいいですよ。」
「ふん・・・」


その後 注文した料理が来て、
左慈君も同じ物を注文し
二人で無言のまま食べた。


「・・・そうだ、思い出しました。」
「ん? なんだ?」
「左慈君に頼みがあったんですよ。」
「ほう、言ってみろ。
俺に出来る範囲なら手伝えと言われてる、
丁度 暇だったし頼みくらい聞いてやるぞ?
・・・で、誰を殺すんだ?」
「誰も殺しませんよ・・・ちょっと手に入れてほしいものがあるんですよ。」


そう言って左慈君に私の欲しい物を説明していく。


「ふむ、まぁ、手には入るだろう。
一つは今でも狼煙などに使われているからすぐに手に入るだろうが
もう一つは少し時間が掛かるかもしれんぞ。」
「そんなに急いでないので
とりあえず両方共小さい壺に入るくらいでいいので。
これを使って買ってきてください。」


私は左慈君に銀の詰まった小さい袋を渡す。


「分かった、だがそんなものなんに使うんだ?」
「将来的な護身用なんですけど
その二つとあと一つ組み合わせて加工すると・・・」


私は左慈君に頼んだ品物の使用用途を説明する。


「くっくっく・・・・なるほど。
貴様・・口では国盗りに興味ないとか抜かしておいて
この時代に こんな極悪な物を作ろうというのか。」
「護身用ですって、少量をうまく使えば
野盗がら逃げ出すくらいの時間稼ぎは簡単ですからね。
逆に向こうが逃げていってくれますよ。」
「よし、分かった。 すぐに手に入れてやるから俺にも作ってよこせ。」
「嫌ですよ、左慈君に渡したら一刀くんに使うでしょう?
言っておきますけど、左慈君が一刀くんに何かしたら
母さんに言いつけますよ。」
「っち・・面白くない。
まぁ、いい用意しておいてやる。
許昌のお前の家に届ければいいんだな?」
「えぇ、お願いします。」
「わかった・・・・おぉ、
そういえば俺もおまえに用があるんだった。
ホラ、受け取れ。」


そう言うと左慈くんは私の方に向かって
小石のようなものが入った小さい袋を投げてよこした。


「何ですかこれ?」
「俺が仕事をしていた時に襲ってきた馬鹿な野盗から巻き上げたものだ。
妲己様がそういう石が好きだからな。
お前と妲妃様で半分ずつ分けるといい。」


袋の中に入っていたのは様々な宝石や貴金属で
この袋の中の物を全部売ったら一財産になりそうな量だった。


「こ、こんなにいいんですか?」
「あぁ、別にいいぞ。
こんなの襲ってくる賊を始末すればいくらでも溜まるからな。」
(そうだった・・・左慈君は一見少年に見えるけど
その武力はこの世界でも最強の部類に入るんだった。)
「妲己様に直接渡すと全部自分のものにしそうだからな、
お前から妲己様に渡しておいてくれ、
そしたら半分は お前に分けてくれるだろう。」
「・・・否定出来ない。
分かった渡しておくよ。」
「あぁ、じゃあまたな。」
「えぇ、ありがとうね。
後、買い物の件よろしくね。」
「あぁ、任せておけ。」


こうして左慈くんはお菓子を食べた後代金を机の上に置いて
何処かへ行ってしまった。

私もお菓子を食べた後、
別の店の調査に向かうことにした。



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十七話

洛陽




洛陽の町であれから何店か店を回っておみやげを買い
荀緄さんの家に帰り使用人の人と話をしながら時間を潰していると
桂花達が帰ってきた。

流石に昨日のように不機嫌ではなかったものの、
精神的に疲れたようで、帰るなり椅子に座って机に突っ伏した。


「桂花・・・お帰り。」
「・・・ん。」


桂花は机に突っ伏したまま返事するのさえ面倒なのか
言葉にもならないうめき声のような声で返事をしてくる。


「・・・大丈夫なんですか・・・コレ?」
「あぁ、慣れないことをやって疲れておるだけだろう。
今回会った者達は昨日の相手とは違い まだまともな方だからな。
皆それなりに家を構えておる故 多少がめついとこもあるが
理に惑わされて義や信をおろそかにする者達では無い。
桂花はこれからああいう連中と、
それこそ数えきれないほど交渉などをせねばならぬのだから
この程度でヘタれているようでは話しにならぬぞ?」
「・・・・・わかってるわよ。」
「宮中の者は化物とでも思っておくが良い。
奴らの腹芸ときたら人の域を超えておるからな。」
「・・・・ん~。」
「・・ほら、桂花。
今日町を散策した時についでに お土産を買ってきたから
あとで一緒に食べよ。」
「・・・ん。」


どうやら精神的にかなり疲れているようで
まともな返事は期待できない。

まぁ、無理もないだろう。
幾ら未来の王佐の才とは言え今は十二歳の子供だ、
そんな子が何人もの大人と会談をしてくれば疲れもしよう。

この日 桂花は食事もそこそこに済ませ
すぐに布団に入り寝てしまった。

翌日は、宮中で荀緄さんの部下や知人と会談してきたようで、
私は庭園で協ちゃんや弁ちゃんに会えたため
城の外での暮らしや、私の仕事の話などをしながら
一緒に遊んでいた。

翌日は桂花は休みを貰い、洛陽見物・・・と 言う名の視察。
この国の中心である洛陽を見ることで
今この国の現状を理解させようというのが荀緄さんの意図だ。
桂花に警備の人を付け、
洛陽にいる間に できるだけ多くのものを見て回るようにと・・
町を見て回る事で できるだけ多く見聞を広め、
将来 桂花が人の上に立つ時の肥やしになるようにとの荀緄さんの教育だ。

私も桂花に同行し、洛陽の様子を観察して回った。


洛陽での生活は、
桂花が宮中に行くときは私も同行して協ちゃん達と会い、
街の有力者と会う時は 私は洛陽の視察
数日おきに桂花は休みをもらって洛陽の視察。
このように洛陽での生活を送っていた。

その間、私は洛陽で食事の出来る店以外にも、
鍛冶屋などを回って金属加工の件で話を聞いて回ったりしていた。

と言うのも、この荀緄さんの屋敷で その良さを再確認したのだが
私はお風呂に入りたいのだ。
許昌で荀桂様に紹介してもらった 鍛冶屋のおじさんにも相談したのだが
まだ検討中ということで答えをもらえてない。

所謂、五右衛門風呂では鉄を使いすぎるし
加工や輸送が大変なので現実的ではない。

そこで考えたのが パイプ状に加工した鉄をUの字型に曲げ浴槽につなげる。
私がいた世界で言うバランス型風呂釜を もっと単純にしたものだ。。
Uの字のパイプを浴槽の下方と上方につなげ、鉄パイプに水を循環させ、
水の循環する鉄パイプを薪で熱し熱湯にする。
原理自体は至って単純なものだが
鉄の耐久度と熱とサビによる経年劣化が問題になるため、
定期的に鉄のパイプ部分を交換しないとダメだと思うが
浴槽は木で作れるし、パイプとの接合部は粘土でも使えばいいから
鉄の加工さえうまく行けばできるのではないか?
と、素人考えをしている。

だが、洛陽の鍛冶屋さんに何点かあたってみたが難しいそうで、
いい返事を貰うことは出来なかった。

しかし、こうして洛陽を見て回ったが、
表通りの豪華さや賑わいとは違い、
裏通りの侘しさや廃れ具合はどうだ・・・
コレが・・この格差が まさに今のこの国を表している。
中央の一部が富、中央から離れれば離れるほど寂れていき。
重税や飢饉で食べていくことすらも出来ずに
流民や野盗に身を窶すしか無い人達。
この街を見ていると、そんなことを考えずには居られない・・・


こうして洛陽での生活も過ぎていき、
いよいよ近い内に許昌に帰ることになったのだが、
宮中で協ちゃん達にその事を伝えると ひどく落胆されてしまった。


「むぅ・・・やはり喜媚は帰ってしまうのか・・・」
「・・しょうが無いですよ 協。
喜媚様にも喜媚様のご家族が居るのですから。」
「せっかく仲良くなれたのに・・・ごめんね。」
「・・・むぅ、ここは父上に頼んで・・・」
「だめよ、協! そんなことをしては駄目!」
「しかし姉上ぇ・・・・」
「喜媚様が大事な友達だというのならば ココは笑って送って差し上げないと・・・」
「・・・・・うむ。」
「喜媚様、短い間でしたけど、今までありがとうございました。
喜媚様のお陰で、今まで私達が知らなかったことや
想像も出来なかった外の世界のことを知ることが出来ました。」
「うむ! 喜媚は妾達が知らなんだいろんな遊びを知っておったからな。
いままで姉様と遊ぶ時には同じような遊びばかりしておったが
お陰でいろんな遊びができるようになった。
感謝しておるぞ。」
「いいえ、私も二人と知りあえてよかったです。
私の知らない宮中のお話も聞けたし。
それに、二人という友達も出来ましたし。」
「うむ!」 「はい!」


協ちゃんは 一旦はいい返事をしたものの
やはり寂しいようですぐに暗い表情になる。


「・・・・しかし、もう喜媚には会えんのかのぅ。」
「う~ん、これからも洛陽に来ること自体はあるかもしれないけど、
今日までは荀緄さんのお供ということで
宮中に入ることが出来たけど 私一人で洛陽に来ても、
宮中には入れないから・・・」
「そうですね・・・」
「・・・・むっ!」


不意に協ちゃんが何かを思い立ったようで
いきなり立ち上がった。


「そうじゃ! 宮中に入れれば良いのであろう!」
「へ・・・・まぁ、誰かに許可をもらって入れてもらえれば。」
「姉上! 行くぞ!」
「え? えぇ?」
「喜媚は少しそこで待っておれ!
良いか! 勝手にいなくなってはいかんぞ!!」
「はぁ・・・」


そう言うと協ちゃんと弁ちゃんは走って何処かに言ってしまった。

残された私は とりあえず協ちゃんの言う通りに
しばらく待っていたのだが、
かなりの時間が経ち、
もう少ししたら桂花達が戻ってくるかもしれない時間になった時に
協ちゃん達が息を切らせて帰ってきた。


「ハァハァ・・・何とか逃げ切れたのぅ。」
「ハッハ・・・ハァ ハァ こ、こんなに走ったのは初めてです。」
「どうしたの二人共 そんなに慌てて・・」
「うむ、コレを用意してきたのじゃ!」


そう言って協ちゃんが取り出したのは
細長い立派な箱と まだ墨が半乾きの紙だった。


「協ちゃん コレ何なの?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。
要は喜媚が洛陽に着たた時に宮中に入れればよいのであろう、
じゃから妾と姉上でその許可証を書いてきたのじゃ!」
「・・・弁ちゃん?」
「本当に効果があるかはわかりませんが、
見る人が見ればそれなりに効果があると思います。
それに それを見せて私達に確認を取るように言ってくだされば、
私達のどちらかの耳に入りますので
後はなんとか・・・・・できるかも?」
「・・・・」
「きっと大丈夫じゃ!
中を見てみるが良い。」


協ちゃんが言うので紐を解いて箱のなかに入っている
小さな巻物を広げるとなにか文字が書いてあるのだが・・・


「これ・・・者 洛・・・・・・ゴメン、
なんて書いてあるのかわからないよ。」
「何じゃ喜媚は文字が読めぬのか?」
「いや違うよ、コレってかなり達筆で・・達筆すぎて読めないよ。
それに文字の形式も少し古くない?」
「・・・姉上?」
「そうなんですか?
私が習った文字はそんな感じなんですけど・・・
歴史や格式が大事だからと 文字はかなり練習したのですが。」
「私が主に使うのが草書だから
コレは少し前の章草かもう少し前の文字なんじゃないかな?」
「はぁ・・・喜媚様は博識でらっしゃるんですねぇ。」
「あ、ひ、人の受け売りだよ。
で、これってなんて書いてあるの?」
「要約すると、この書を持つものは洛陽内ならどこでも行けますよ。
と言うことです。
それで、署名は私と協の連名なんです。」
「ついでに父上の机に置いてあった印を押しておいたぞ。」
「そんなこと勝手にやっていいの?」
「・・・見つかったら怒られるかの・・・?」
「・・・協が勝手にやったことですから。」
「酷いぞ姉上! 姉上も止めなんだではないか!」
「冗談ですよ。」
「むぅ~・・」
「ハハハ。」
「とにかくこの書が実際に使えるかどうかはわかりませんが、
私達がもう一度 逢えるようにとの願いと
必ず もう一度会おうという約束の形ということで・・・
受け取っていただけませんか?」
「・・・弁ちゃん。」
「そうじゃぞ、喜媚。
せっかく友になれたのじゃ。
このまま別れるのではあんまりではないか。
いつか・・・いつか、必ずまた会おう!」
「うん! じゃあ、また皆で会えるというお守りの代わりとして
もらっていくよ。」
「うむ!」 「はい!」
「・・・あ、そのかわりと言っては何だけど・・・」


そう言って私は髪の毛を左右に分けるために縛っていた
組紐を解いて二人に一つづつ渡す。


「む、コレは何じゃ?」
「コレは私が編んだ組紐って言うんだけど。
今の私には二人に渡せるものはこれくらいしか無いから・・・
あ、でも、どっか他所の国で、
こういう紐を身に着けて願掛けすると、
自然に紐が切れた時に願いが叶うって言うらしいし。」
「そうなのか? ならば妾は肌身離さず持っていよう。」
「私もそうさせてもらいますね。」


三人で話しているとここから見える通路を桂花の猫耳が通るのが見える。


「そろそろ、私は行かないといけないけど・・・
二人共元気でね!」
「うむ、喜媚もな!」
「喜媚様も、お元気で!」


こうして 短い間ではあったが
洛陽で出来た新しい友達と、
いつか必ずまた会おうと言う約束をして 別れることになった。


宮中から帰り二日後には洛陽を立つ予定になっているので
明日は視察も会談も無しで
ゆっくりと洛陽を観光でもするように、
それと食事も今日明日は豪華なものになるので
楽しみにしておくようにと 荀緄さんからのお言葉があり、
私も桂花も今日明日の食事と、
明日の観光を楽しみにするのだった。

翌日は今までの鬱憤を晴らすように桂花はいろんな店を回っては食事をしたり
家族へのおみやげを買ったりと楽しみ。
私もそれに付き合わされることとなった。


今回の洛陽の旅では、
洛陽を通じてこの国の現状を知ることが出来た。

桂花とも話し合ったのだが・・・
この国をこのまま放おっておくと長く持ちそうにない、と言う意見は一致し、
この国を立て直すためにも不正を働き、富と権力を貪る一部の者達を速やかに排除し
一刻も早く民が安心して暮らせるように
する必要がある・・・その為にも自分は今以上に
学を見につけ、この国の民が
安心して暮らしていけるようにしなければならない。
・・・と桂花は決意を新たにしていた。

私にはそんな桂花がとても眩しく見え、
自分がいかに自己保身しか考えていないのかを痛感させられたが・・
それでも・・・それでも 私には桂花のような生き方は出来そうにない。
その事を最確認させられる事となった。


桂花にとっては決意を新たにし
新しい段階へと進む旅となり、
私は自分の浅ましさや臆病さを痛感する旅となった。


帰りも特に野盗などに襲われることもなく、
無事に許昌に帰ることが出来、
桂花の家まで同行し、私は荀桂さん達と
旅の無事を報告し、
荀桂さんは私達の旅が無事に終わったことを祝って
宴席を開いてくれるといったが
私は丁重にお断りし 自分の家へと帰った。


「・・・只今ぁ。」
「あら、お帰り。
無事に・・・とは言いづらいけど帰ってきたのね。」
「なんで?」
「何でって・・・喜媚、自分が今どんな顔してるのか自覚してるの?」
「・・・へ?」
「ひどく落ち込んだ表情をしてるわよ?」
「そう・・かな?」
「洛陽で何かあったの?」
「別に大したことはなかったよ?
新しい友だちも出来たし・・・
まぁ、ちょっと思うことはあったけど・・・
自分という人間がどういう人間か再確認出来ただけだよ。」
「そう・・・貴方がそういうのならばそうなんでしょうね。」
「うん・・」
「さぁ! それじゃあ顔でも洗ってスッキリしてらっしゃい。
今日は私が夕食を作ってあげるから。
そのかわり 明日からは喜媚が作るのよ♪」
「・・・はぁ、わかったよ。」


母さんに言われるとおりに
荷物を部屋において庭の井戸で顔を洗い。
スッキリした所で改めて自分の周りを見回してみる。


(・・・そうだな、桂花や荀桂さん達や
郭嘉さんみたいな歴史の偉人達と一緒になって私塾に通って、
この国のことや、政治の勉強をしたりしている内に、
ちょっといい気になってたかもしれない。
私にはこれくらいの屋敷と 一緒に暮らす家族が居て・・・
それくらいが私の器にちょうどいいんだろう。
これからもこの許昌で暮らしていけば いろんな人に会うかもしれないけど、
私は私の器に合う暮らしをしていけるようにがんばろう。)


こうして顔を洗い、スッキリした所で
久しぶりに母さんの作った料理を楽しむことにしよう!



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十八話

許昌




翌日、私塾へ向かう時に桂花達と合流し、
久しぶりに私塾に顔を出した。


「おはよう郭嘉。」
「おはよう郭嘉さん。
「おはようございます、荀彧さん、喜媚さん。
随分久しぶりでしたけど、
洛陽はどうでした?」
「まぁ、行くだけの価値はあったわ。
あんたも機会があったら是非一度行って、洛陽を隅々まで見て回るといいわ・・・
そうすれば今の現状がよくわかるから。」
「そうですか、今はまだ無理ですが
いつか行こうとは思ってますので その時を楽しみにしています。」
「そうね。」
「喜媚さんはどうでした?」
「私? 私はほとんど観光してたみたいなものだからね。
でも、郭嘉さんにも一度よく見てもらいたいな。」
「そうですか。
お二人がそうおっしゃるなら是非とも 洛陽に足を運んだほうがよさそうですね。」
「とりあえず、洛陽の話も後でするとして、
今日は前の続きの兵法の検討をしましょ。」
「あ、桂花、私は今日は子供達の文字の勉強を教えてくるよ。
そろそろ私の当番だし。」
「そう? 一月くらい前の話だから順番を忘れていたわ。」
「・・・では、荀彧さん。
とりあえず私達だけで話を進めておきましょう。」
「え・・えぇ。」


私は年下の子達に文字を教える為に桂花達から離れる・・・
本来は私の当番ではないけど
当番の子に変わってもらい、子供達に文字を教えている。

元々子供達に文字を教える当番は 自分の勉強の時間が減るので皆嫌がる傾向が強く、
お願いすればすぐに代わって貰える。

こうやって少しづつ桂花と過ごす時間を減らし、
桂花には私以外の友人を作ってもらったり、
男性に早く慣れてもらえるよう頑張ってもらおう。

今回の旅で痛感したが、私と桂花では生きる世界が違うのだ・・・
今の内から少しづつ私と過ごす時間を減らせば
何れ彼女が世にでる時に
私を同行させようなどとは思わなくなるだろう。

少し、寂しくはあるがコレがお互いのためと思い、
これ以降、私は少しずつ桂花との距離を取るようにしていく。




こうして数年経ち、私も十五歳を過ぎた。
相変わらず身長の伸びは悪く、
同年代の男の子の中では最も背が低い。
身長に関して何度も母さんに文句を言ったが 一切聞き入れられず、
結局は私が泣き寝入りをすることになった。


この数年の生活で変わったことといえば、
とうとう念願のお風呂が完成した。
まだ試作段階で、鉄で作った管も
熱と水気ですぐに劣化してしまうので 頻繁に交換が必要だが、
それでも一年くらいは持つので家で私と母さんが使う分には十分だ。
鍛冶屋の親父さんも、
まだ改良する余地があると言っていたので今から楽しみだ。


武術の方は、正規の訓練を受けた兵士と一対一で戦っても
余程の手練でなければ勝てるだろう、
と 言うお墨付きを母さんからもらったので、
今後は一対多の訓練を主にしていくとのことだ。


左慈に頼んでいた物も無事に届き、
コツコツと試作を繰り返して実用レベルになったので
旅をする時は 護身用に持ち歩くようにしている。


旅といえば、あの洛陽への旅以降、
桂花はいろんな人と会談を持つ機会が増えた。
コレは許昌で桂花が農業改革に関わったと言う噂が
一部に広がったためで、桂花の知恵を借りようという者や、
荀家との繋がりを持ちたい者などが 桂花との会談を望んできた結果だ。

その為、許昌で人と会う回数も増えたのだが、
桂花が近隣の都市に出かける機会が増え、
洛陽にも毎年のように行き、弁ちゃんや協ちゃんに会うことも出来た。
桂花の旅に同行させられることが多かったが、
色んな所を見たり 知ったり、洛陽では弁ちゃん達に会えるため
桂花と行く旅は色々と収穫の多いものになった


桂花とはなるべく距離を置くようにしようとは思い
私塾に行く回数も今では三日に一回にし
畑仕事や、お酒、お菓子、料理、お茶の研究を少しづつ進めているのだが
肝心の桂花が毎日のように家や畑にやってくるので、
うまくいっていないのが現状である。

時には郭嘉さんも連れてくるので
そうなったらもう内政や軍事、農法や経済に関する
プチ討論会になってしまうので畑仕事どころではない。


討論会自体ではあまり積極的に参加はしなかったのだが
いくつかの議題には積極的に参加した。
衛生面では死体をそのまま放置しておくことの危険性を説明し
うがい手洗いの有効性、生水は飲まずにせめて煮沸すること、
傷の応急処置の方法など、
許昌に住む人達の役に立つような事を話した

軍事では大盾と複数の種類の長槍を使った密集陣形。
古代マケドニアでよく見られたというファランクスを改造し、
大盾を使うことで機動力が削がれるが
その代わりに防衛戦に関しては強固な防御力を持ち、
盾を持つ者と槍で攻撃する者と分けることで
防御と攻撃それぞれに集中ができ、
騎馬に対しては長さ6m前後の槍で槍衾を敷く事で対抗する。
当然そんな長い槍はすぐには大量に用意できないので
竹槍を代わりに使ったり
先端を切って鋭くした物干し竿などを代わりにすることもできる。
さらに 塹壕と馬防柵を複合的に使うことで騎馬に対抗する。
大盾も成人男性が持てる限度の重量で下方に突起をいくつかつけることで
地面に食い込ませ、敵の突撃を受け止めやすいようにした。

敵の突撃や弓を大盾で受け止め、その隙間から槍で突き刺し、
騎馬には長槍や塹壕、馬防柵で対抗する。

コレは野盗対策の戦術案としてあげたものであり
大規模戦闘では機動力がないために使いにくいが
許昌の町を野盗から守るために、
警備隊の人達の死亡率を少しでも少なくすために考えた。

もちろん考えただけでは駄目で、
桂花や郭嘉さんに悪い所を直してもらい、
荀桂さんに話して許昌の警備隊で使えないか検討してもらうように頼んだりもした。
まだ、実際に運用はされていないが、
警備隊の新兵の死亡率を下げられるのではないか?
と言うことで、今後 試験的に訓練に組み込まれるようだ。


そんなこんなで、あまり政治や軍事に関わりたくはないが
許昌と言う街で 一緒に住んでいる皆、
鍛冶屋のおじさんや 市場でよくおまけをしてくれるおばさん、
桂花が襲われた時によくしてくれた警備隊のお兄さん、
他にもいろんな人と関わってきたが
皆に死んで欲しくはないので、
できるだけ防衛の方向で知恵を出した。


さて、もうひとつの問題事項がある・・・
桂花のいたずらだ。

桂花のいたずらは この年になって落ち着くかと思ったが
落ち着くどころか 年々手が込んできて、
今では桂花が掘った落とし穴は表面上全くわからないのだ。
一応 畑に掘ったり、怪我をするような深さでは掘らないからいいのだが
私の行動を的確に読んでくるので、
七~八割は引っかかることになるのだが、
その後 恒例の鬼ごっこの末、捕まえてお尻叩きをするのだが、
・・・・もうなんというか。

桂花も成長して、身体も丸みを帯び、女性特有の匂いがしたり
(一部を除いて)女らしい体型になり、
更に今まではお尻叩きをしていても、
最短 五回目以降でないと、おかしく(?)ならなかったのだが、
最近は数回、酷い時は叩く前から息が荒くなり、
完全にドMとして覚醒しているので お仕置きじゃなくてご褒美になっている。

私も止めて放置すればいいんだが、
放置したらしたでその場は悦ぶが、その後の罠がより悪質になるのだ。

更に私も悟りを開いた訳でも 聖人君子というわけではないので
この肉体年齢になると それなりに性欲も湧く。
精神年齢が高いため、暴走はしないが
どうも 桂花のお尻叩きを自分自身楽しんでいるところがあるようで、
お尻叩きが終わってから、いたわるように、
桂花のお尻を撫でると甘えるようないい声で鳴くのだ。
結局、桂花を調教しながらも
自分が桂花にSとして調教されているのではないか?
と、思うこともあり、定期的に悶々とした日々を送っている。

荀桂さんは桂花が自分にいたずらを仕掛けて来なくなって 私が羨ましいらしのだが、
正直代わって欲しい。


さて、そんな生活を送っていたある日。
いつものように畑に行くと遠くの方に人が倒れているのがわかる。
普段なら気が付かなかったかもしれないが珍しい赤毛なので気がついた。

急いで倒れている人の近くに行き
呼吸と脈を確かめるとまだ息かあるようで おぼろげながら意識も有る。

知恵袋の医療知識と照らしあわせて確認した所、
栄養不足と脱水症状のようなので、
私が携帯している竹の水筒に入れた 水と蜂蜜と塩、後少しの果物の汁をまぜた
手作りのスポーツ飲料を飲ませる。


「・・・・んっ、んぐっ! ・・・ゲホッ!」
「ほら、そんなに急いで飲んだら胃が受け付けないよ、
ゆっくりと少しずつ口に含ませてから飲んで。」
「・・・ん・・・んぐ。」


そうして彼は時間を掛けてゆっくりと 竹の水筒に入っていた飲み物を全部飲んだので
私は人を呼んでくると彼に伝えて 一旦畑に戻り、
皆を連れてきて 倒れていた赤毛の青年を家まで運ぶ。


「・・・? あら、ずいぶん早く帰ってきたと思ったら
おもしろ物を拾ってきたわね。」
「物じゃないって・・・皆は彼を椅子に座らせて置いて。
私は水を取ってくるから。」
「「「へい! お嬢!」」」


台所でろ過器を通した水を持ってきて、
彼にゆっくりと飲ませ、話を聞こうと思ったのだが・・・


「は、腹が減った・・・」
「・・・・とりあえず、
昼に食べようと思ったおむすびで おかゆでも作るよ。」
「なんか塩気のあるものも一緒に出してあげなさい。」
「ん、分かった。」
「す、すみま せん。」


身体に力が入らないのか
椅子に座って机に突っ伏す彼は
母さんに見てもらっておいて、
私はおかゆと漬物を用意して彼の所に持っていく。

母さんは私が来るとすぐに自室に戻る。

彼は長いこと何も食べていなかったのか、
がっつくように食事を食べるが
途中で、ゆっくり食べるように諭し、
食事が終わり人心地ついた所で 自分のことを語り出した。


「フゥ、まずは礼を言わせてくれ!
ありがとう! お陰で命拾いした!」
「どういたしまして、
私は胡喜媚、この家に母さんと住んでいるの。
私のことは喜媚と呼んでくれればいいよ。
それで貴方は誰なの?」
「あぁ、名乗るのが遅れすまない、
俺の名は華陀(かだ)、五斗米道(ゴットヴェイドォー)を収め、
修行のため全国を回りながら病に苦しむ人達を治療している。」


やっぱり、何処か見て記憶のある青年だと思った。
赤毛だし着ている服も、何処か庶人の物とは違うし。
どうして私は・・・こう、桂花といい郭嘉さんといい
会いたくない偉人に会ってしまうんだろうか・・・


「ゴットヴェイドォーねぇ・・・」
「・・・い、今、なんと言った?」
「え? ゴットヴェイドォーねぇ・・・・だけど?」
「・・・・お・・おぉ!!」
「な、なに!?」
「初めてだ! 五斗米道をきちんと発音できる人間に会ったのは、
あんたが初めてだ!!」
「え? そ、そうなんだ・・・」
「あんたも五斗米道を学ぶ同門のものなのか!?」
「い、いや違うよ。」
「なんと・・俺が倒れていた時の適切な治療や
用意してくれたこの食事、
てっきり医療知識を持つ同門の者だと思ったんだが・・」
「まぁ、私のは雑学で知っている程度の話だから・・・
それにしても華陀は何であんな所に倒れてたのよ?」
「あぁ、実はココに来る前の村である医術書を見つけたんだ。
最新の医術知識が載っている本なんだが
買おうと思っても金が足りなくてな・・・
旅の路銀に手を付ければ買える金額だったので つい、旅の路銀に手を付けてしまって
しばらく何も食ってなかったんだ。」
「・・・はぁ、医者の不養生っていう言葉も有るんだよ?
医療知識のある貴方がそんな無茶してどうするの・・・」
「全くもってその通りだ・・・
一応一緒に旅をしている仲間が、
次の街まで先行して食料を調達してくると言ってはいたんだが・・・」
「間に合わなくて倒れたと・・・」
「・・・・あぁ。」
「それで? その一緒にいた人達とはどうやって会うの?」
「俺が次の街・・・許昌まで辿り着いたらそこで落ち合うことになっていた。
別れてから 許昌までの道は一本道だったし
入れ違いになることもないだろうと思ってな。
それになぜか卑弥呼は俺が何処にいてもやってくるから問題無いと思ってな。」
「・・・・卑弥呼か。」
「知ってるのか?」
「・・・・まぁね・・・・出来れば二度と会いたくないんだけど。」
「そうか? 結構いいやつだぞ?」
「・・・・そうなんだ。
で、華陀さんはこれからどうするの?」
「あぁ、すぐに町に出て卑弥呼達と合流するつもりだ。」
「でも、そんな身体じゃ すぐにまた倒れるよ?
もう少し食べ物を用意するから、それを食べて体力が回復してからにしなよ。」
「いや、そこまで迷惑をかけるわけには・・・」
「ここまで来たら同じだって。
じゃあ、なにか消化に良い物作ってくるから。」
「面目無い。」


そして私は台所に戻り
残り物で簡単な胃に負担の掛けない料理を作り、
華陀さんの元に戻る。

食事を出された華陀さんは私の指示通り、
ゆっくりと食事をとっている。
彼の様子を見ていて今だった私は、なにか話題を振ろうと思って
彼がほとんどの財産をはたいて買ったという本に 興味があったので、
本の話題を振ってみた。


「そういえば華陀さんが買った本ってどういうものなの?
良かったら見せてもらってもいいかな?」
「あぁ、いいぜ。
・・・・ホラ、コレだ。
今の最新の医術知識が載ってるから、喜媚も参考にするといいぞ。」
「へぇ~ どれどれ。」


なかなかいい紙で出来た本で墨も滲んだりせずにきちんとしていることから
素人目だが、新しい本なんだと言うことがわかる。

そういえば紙を作って売るのもいいかもしれないな・・・

そう思いながらパラパラと流し読みをしているが
書かれている内容は当然のことながら
私の時代の現代医学とは比べるまでもなく、
知恵袋で参照しながら読んだが 薬草の効能等も所々間違っていたり
骨格の絵柄も間違っていたり、迷信じみた治療方法が載っていたりと、
所々気になる点も多い。


(まぁ、今の時代ではこんなものでしょうね・・・
所々間違ってるけど、使える知識もあるから役には立つでしょうし。」
「なに? ちょっと待ってくれ!
喜媚はその本の内容がわかるのか?
と言うか、その本は間違っているのか!?
その本を買うのに 手持ちの金をほとんど使ったんだぞ!」
「え? ・・・あれ? 口に出てた?」
「教えてくれ! 何処が間違ってるんだ!?
その本を読んで誤った治療をして、
病に苦しむ患者が悪化するなんてことになったら大変だ!」
「え・・・・え~と・・・・」
「何処なんだ!」


急に椅子から立ち上がって私の方を掴み揺する華陀さん。
結局 彼の勢いに飲まれて 私が気がついた本の間違った箇所を指摘し、
どうしてそうなるのか? どうして間違いなのかを
事細かに説明させられ、
図案が必要な場所は 庭に出て地面に絵を書きながら説明させられることになった。


「という訳で・・・もういい?
もうすぐ日が沈みそうだし・・・」
「・・・・し、師匠ぉ!!」
「うぇ!?」
「ぜ、是非とも 師匠と呼ばせてください!!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「いいえ! こんな・・・こんな優れた医術の知識に触れたのは初めてだ・・・
是非とも俺を弟子に! なんでもしますから弟子にしてください!!」
「あ~・・・・えっとね・・・華佗 さん?」
「呼び捨てで結構です! 是非とも!」

「何か面白そうなことになってるようじゃな。」
「あらぁ、華佗ちゃんを探してたら喜媚ちゃんに会えるなんてぇ。
お ひ さ し ぶ り ね ♪」

「・・・・・卑弥呼さんに貂蝉さん。」


華佗さんは弟子にしてくれと私に縋り
そこに卑弥呼さんと貂蝉さんが来るという
この外史において今最も混沌としてる空間は
今まさしくココだろう。



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十九話

許昌




「出たな・・・」
「あらぁ、喜媚ちゃん。
前会った時とは見違えて、立派な漢女になったわねぇ。」
「うむ、よもやここまでの逸材になるとは
ワシにも予想もつかなんだぞ。」
「止めて!! 私を漢女の枠内に入れるのは止めて!!
私は純粋に女の子が好きな普通の男なんだから!!」
「むぅっ・・・! その悲壮感溢れる仕草!
ワシとしたことが一瞬ときめいてしまったぞ。」
「コレは私達もうかうかしてられないわ!
今一度、漢女の修行をしなおさないと!」
「・・・よく解からんが卑弥呼達は師匠と知り合いなのか?」
「うむ、良くしっておるぞダーリン。」
「そうねぇ、昔からの知り合いよぅ。」
「・・・・・・・不本意ながら。」
「そうか! ならば卑弥呼達からも頼む!
師匠に俺の弟子入りを認めていただけるように頼んでくれ!」
「話が見えぬのだが・・・
ダーリンの頼みとあらばこの卑弥呼!
きっと望みを叶えて見せようぞ!」
「私も協力するわぁん。」


私には、二人の周囲の空間が歪んで見えるような錯覚を覚える。
コレはまずい、今すぐ逃げないと
いろんな意味で私の人生が終わる。

私はすぐさま家の奥へと逃げようと全力で走るが、
そんな私をあざ笑うように卑弥呼は私の襟をつかみ
猫のようにつまみ上げ、
私の顔を卑弥呼自身の顔に近づける。


「喜媚よ、ワシの熱い口づけを捧げるから
ダーリンの願いを叶えってやってくれぬか?
ちなみに初めては既にダーリンが寝ている隙に捧げておるので
気にすることは無いぞ。」
「あらぁん、じゃあ私はこの踊り子として鍛えた身体で
抱きしめて あ げ る ♪」
「ひぃ!?・・・・・こ、殺・・・お、犯されるぅっ!?!!?」

「あんた達ウチの子になにやってんのよ!!」

「へぶぅっ!」 「ぶべらぁ!」


私のいろんな大切なものを失いそうになったその時
母さんが二人を蹴り飛ばし
私を助けてくれた。


「・・か、母さん・・・・グスッ。」
「あらあら、大丈夫よ喜媚。
あの化け物どもはキッチリ始末してあげるから。」
「母ざぁぁんっ!!」 「喜媚ぃ!!」

「あの・・・・俺の弟子入りの話は・・・」


結局この後、皆が落ち着いた所で再度話し合いとなり、
卑弥呼と貂蝉は 母さんに私に触れない事を約束させられ、
華佗さんの弟子入りの話は流れはしたが、
この許昌にいる間、
私が話を聞かせて、それを華佗が
紙に写し取るなりすることで落ち着いた。


「・・・・・死ぬかと思った・・・・
もう人としても男としても死んだと思った。」
「うむ、すこし張り切りすぎてしまったかの。」
「そうねぇ、私もご主人様に会えなくてつい寂しくて
暴走しちゃったわぁん。」
「あんた達 次喜媚に何かしたら私が八つ裂きにするわよ。」
「・・・・弟子入り出来なかったのは残念だが
医学の知識を教えてもらえるのなら 俺は満足だ。」
「結局、私一人が損してるだけじゃないか・・・」
「あら? じゃあ喜媚は 今夜私と一緒に寝て
男としての自信を取り戻してみる?」
「・・・・止めておきます。
本気にしても冗談にしても問題がありすぎるので・・・」
「あら そう?」


こうして華佗さん達が許昌で路銀を稼ぐしばらくの間、
家に出入りして医学の話をしていくのだが、
それを面白く思ってない人間が一人いた・・・桂花だ。

華佗さんがいる間、桂花のいたずらは激しさを増し
お仕置きも比例して激しさを増した結果
桂花の腰が抜けた状態になってしまい、
華佗が治療しようとしたのだが、桂花がこれを断固拒否したため
結局 桂花が家に泊まって行く等の問題が起きた。

後は卑弥呼と貂蝉を見た桂花と郭嘉さんが気を失って倒れるなどの
出来事もあったが、それ以外には特に大きな問題も起きず、
十日ほどで華佗は許昌から旅立っていった。


「師匠ぉ! 何か俺が力を貸せることがあったら
いつでも言ってくれ!
たとえこの国の果てからでも駆けつけるからな!」
「・・・卑弥呼達が付いているだけに、
華佗が言うと冗談に聞こえないから嫌だ。」


華佗達が旅に出て、数ヶ月が過ぎた・・・


最近 行商人の人から、
地方で流民が大量に出たり野盗が組織化してきた話などを聞くが、
町の市場や酒場、食堂でも似たような話を聞き、
黄巾の乱が近づいて来るのを感じるようになった。

アレから警備隊で以前私と桂花、郭嘉さんで出した
陣形に関しての案が現場で若干修正されてから採用されたようで
現在、訓練を積み重ねているそうだ。


世の中が少しきな臭くなってきた中、
全く予想もしていなかった人物が 私の家を訪ねてきた。

何処かの勢力下のお付きの女官だったのだが 話を聞くと
とんでも無い所の女官だった。


「すいません、私 袁公路(えんこうろ)様の所で仕えて居るものですが
コチラで蜂蜜を取り扱っていると
市場で聞いていたのですが、ありますでしょうか?」
「・・・・え? す、すみませんもう一度お願い出来ますか?」
「はぁ、袁公路様の所で仕えて居るものですが
コチラで蜂蜜を取り扱っていると
市場で聞いていたのですが、ありますでしょうか?」
「えんこうろさま?」
「はい、そうです。」
「不躾な質問なのですが、えんこうろさまと言うと
あの司空をお勤めであられた袁周陽様のご息女の?」
「はい、袁周陽様のご息女の袁公路様です。
よくご存知ですね。」
「はぁ、有名で在られますから。」
「実は今、袁公路様が外遊していまして寿春に帰る道中なのですが
蜂蜜を切らせてしまいまして。」
「蜂蜜ですか・・・」
「はい、袁公路様は 大変蜂蜜がお好きでして
外遊時にも常に持っていくのですが
それが諸事情で蜂蜜を切らせてしましまして、
そこで市場で何店か回ったのですが何処も在庫を切らしていまして。
色々話を聞いたらコチラで取り扱っていると聞きましたので
有るのでしたら、ぜひお譲り願いたいと思いまして。」
「・・・分かりました、少しでしたらありますので
それをお売りすればよろしいですか?」
「あるのですか!
助かりました!
ぜ、是非お売りください!」
「はい、では少々お待ちください。」


私はすぐに蜂蜜を保存している倉庫に向かい
蜂蜜の入っている壷を取ってこようとした。

と言うのも、下手に時間を掛けて
袁術ちゃんが出てこようものなら手も付けられない。
とにかく さっさと渡して帰ってもらおうと思い、
居間で待ってもらっている女官さんの所に急いで戻ったのだが・・・
時既に遅し・・・・


「のぅ七乃! 本当にこんな荒屋に蜂蜜が有るのか!」
「はい、部下の話ではこのお家の人は
蜂蜜を取って来る人と言う話ですから。」
「はようはちみつ水が飲みたいのぅ。」
「駄目ですよ美羽様、そもそも美羽様が盗み食いをするから
蜂蜜が足りなくなったんですから
今日のはちみつ水はおあずけですよ。」
「そんな! 妾は昨日も飲んでおらぬのだぞ?
今日も飲まなかったら死んでしまう・・・」
「駄目です、美羽様が盗み食いをしたから
三日は はちみつ禁止にします!」
「七乃ぉ・・・・」
「そんな顔したってダメなものはダメです!」


そこには居間の椅子に座って駄々をこねる袁術(えんじゅつ)ちゃんと
それを叱る張勲(ちょうくん)さん・・・それに脇に控える先ほどの女官さん。


(終わった・・・・いや、まだだ!
このまま適当に接待して帰ってもらえれば!)
「あ、あの蜂蜜をお持ちしましたが・・・
私は胡喜媚と申します。 喜媚とお呼びください。
それで・・失礼ですがどなたでしょうか?」
「む! 妾は司空たる袁周陽の娘、袁術であるぞ!」
「美羽様、美羽様は字の公路をいただいたのですから、
そちらを名乗らないと駄目ですよぉ。」
「むぅ、面倒じゃのう・・・」
「あ、私は美羽様・・・袁公路様に仕える張勲です。」
「えっと、袁公路様とお呼びすれば?」
「それはわかりにくい! 袁術で良いぞよ!」
「はぁ・・・では袁術様、張勲様、コチラが蜂蜜になります。
あ、後 長旅でお疲れのようですから
何か飲み物とお菓子を出しますのでお待ち下さい。」
「七乃! 七乃ぉ! はちみつじゃぞ!」
「駄目ですよ、美羽様! まだ代金を払ってないじゃないですか。
買い物はちゃんとお代を払わないと駄目だと
袁周陽様に前叱られたじゃありませんか。」
「むぅ・・・・ならば早ようせぃ。」
「もう少し待ってください。
ちゃんとしないと美羽様や美羽様のお父様が笑われるんですから。」
「むぅ・・・分かったのじゃ。」


何やら居間の方から声が聞こえてくるが、無視だ!
今は丁寧に接客して穏便に帰ってもらわないと・・・

私は水と蜂蜜などを混ぜたスポーツ飲料と
オヤツに食べようと思っていた
パンケーキの試作品を持って居間に戻った。


「袁術様、張勲様どうぞ。」


机の上にスポーツ飲料とお菓子を載せて二人に勧める。


「ん? なんじゃコレは水かや?」
「そうですねぇ、普通の水に見えますけど・・・
少し甘い臭がしますねぇ。」
「コレは綺麗な水に蜂蜜、塩、果実の汁を適量混ぜたものです。
汗をかいた時や疲れた時などに飲むと
身体にいいとされています。」
「はちみつが入っておるのか!」
「あ、美羽様!」


私の説明を聞くと、袁術ちゃんが茶碗を取ると
自分の分を一気に飲み干してしまう。


「お・・おぉぉっ!」
「み、美羽様!」
「甘くて 飲みやすくて 美味しいのじゃ!
喜媚とやら! もう一杯欲しいのじゃ!」
「もう、美羽様!
私が手をつけるまで 勝手に飲んだり食べたりしちゃいけないって
いつも言ってるじゃないですか!」
「・・・じゃけど七乃ぉ・・・」
「ダメなものはダメです!」


この様子を見てふと思ったのだが、
張勲さんは袁術ちゃんの毒見をやっているのかな?
袁術ちゃんは、この年で既に字をもらって
成人として扱われているということは
色々有るのだろう・・・


「あ、あの・・・もう一杯お持ちしたほうが・・・?」
「いいえ、大丈夫ですよ。
美羽様にはちゃんと言い聞かせますから。
そういうわけで美羽様! もうダメですからね!
あんまりたくさん飲むとまたお腹痛くなっても知りませんよ!」
「・・・むぅ。」
「・・・では、私も失礼して・・・・
あら? 本当に飲みやすくて美味しいですね。」
「気に入っていただけて何よりです。
良ければこちらのお菓子もどうぞ。
一緒に置いてある蜂蜜を少し掛けてからお食べください。」


二人は私の作った試作品のパンケーキを食べる。


「ほぅ! 甘くてふわふわして美味しいのじゃ!」
「本当ですね♪ ・・・・って、美羽様!
私が確かめるまで食べちゃダメだって言ってるじゃないですか!」
「だけど美味しそうだったしぃ・・・」
「駄目です! 我慢してください!」
「七乃だけ先に食べてずるいのじゃ!」
「美羽様のためです!
それに美羽様のほうがたくさん食べてるじゃないですか!」
「・・・・あの、喧嘩されるのは・・・」
「あ、あらあらすいません♪
ほら、美羽様、わがままばっか言ってると喜媚さんに笑われますよ。」
「・・・むぅぅぅ!!」
「あ、喜媚さん、良かったら
このお菓子の作り方も教えてくれませんか?」
「教えるのは構わないんですけど、
このお菓子はちょっと作るのにコツがいるし
材料が珍しいものなので手に入るか・・・」
「そうなんですか?」
「鶏の卵や牛の乳を加工した物を使うので
特に牛の乳を加工したものが手に入りにくいと思うので。」
「牛の乳が入っているんですか!?」
「はい、西涼ではヤギの乳等を使った料理や飲物がありますが
牛の乳も栄養価が高く美味しいんですよ?
もちろん殺菌・・・ええっと火を通してますので
身体に悪い影響はありませんし。
張勲さん達のような方はあまり口にしないと思いますが
ウチに出入りしている人は 口にしたことある人が多いですよ。
最初は皆びっくりしていましたが。」
「おいしいのかぇ!」
「えぇ、少し温めて砂糖を加えると身体もあったまって美味しいですよ。」
「妾も飲んでみたいのじゃ!」
「美羽様! う、牛の乳ですよ!?」
「七乃じゃって牛を食うではないか。」
「・・・そ、それはそうなんですが。」


私はこの時 袁術ちゃんの事を感心していた。
新しいものに挑戦しようという気概。
一見無知で無謀とも言えるが、牛を食べるのに牛の乳は飲めないのか?
と 言う張勲さんに対する問いは、
子供が持つ純粋さ故ということもあるが、
この問に対して明確な答えを出すのは難しいだろう。

牛の糞を食え、というのなら汚いと反論すればいいが
子牛が当たり前のように口にしているものを汚いと言うのなら
牛自体が汚くて食べられないことになる。
張勲さんも困った顔をしている。


「袁術様、残念ですが
このお菓子を作るのに使ってしまいましたので。
今は袁術様にお出しできるほどの量はないのです。」
「なんじゃ・・残念じゃのう。」
「ですが先程袁術様がお飲みになった物なら
作り方をお教え出来ます。」
「まことか! ならば七乃!
寿春に帰ったら早速作ってたも!」
「はいはい、分かりました。」
「作り方は決まった分量の材料を混ぜるだけなので
簡単にできますよ。」
「ありがとうございます。」


そして私は竹簡に材料の分量を書き、張勲さんに渡す。


「それで蜂蜜の方ですが、コレでよろしいですか?」
「ちょっと待って下さいね。」


張勲さんが壷の蓋を開け、指先で蜂蜜を少し取って舐めて確認する。


「七乃だけずるいのじゃ!」
「あ、美羽様!」


張勲さんが舐めるのを見て 袁術さんも指を壷につっこんで
蜂蜜を指に絡めて舐める。


「おぉ、コレは妾が今までに食べた蜂蜜の中でも
かなり上質のものじゃぞ!」
「そうですねぇ、甘くて美味しいです。」
「はちみつが甘くて美味しいのは当たり前なのじゃ。
このはちみつは甘さがしっかりとしていながら
口溶けがよく、口の中で残るようなしつこさもなく
後味が良いのじゃ!」
「「・・・・」」
「ま、まぁ、袁術様は大変舌が肥えてらっしゃるということで。」
「そ、そうですね。
よっ! 流石美羽様!」
「にょほほ、そんなに褒めるでない。」
「あははは・・・」 「うふふふ♪」


なるほど、張勲さんは袁術さんの こういうところが好きなんだろうな。


「のう、七乃。
今度から喜媚の このはちみつを城で食べれぬかの?」
「「はっ?」」
「いつも食べるはちみつは味がまちまちじゃし
この間など水で薄めた馬鹿者もおったではないか。
その点 このはちみつなら最高じゃ。」
「う~~ん、どうなんでしょう?
喜媚さんどうですか?」
「どうと言われましても・・・
蜂蜜自体はきちんと保存すれば十分持ちますし、
一応、お売りすることは出来ますけど、
流石に私では袁術様のいらっしゃる 寿春には届けたりは出来ませんよ?」
「どうにからなぬのか七乃ぉ。」
「そうですねぇ・・・一応洛陽や袁周陽様と連絡を取るためや、
情報収集のために派遣している兵がいるので、
買いにこさせればなんとかなると思うのですが。
ココと寿春ではそれほど離れていませんし。」


え? 許昌と寿春って結構遠いよね?
彼女達は 私の感覚とは違うのかな・・・


「ならば七乃! 早速そのようにするのじゃ!」
「はい! 美羽様!」
(張勲さん! あなた言いなりかよ!)
「いや、張勲様 流石にいきなりはまずくないですか?」
「特に問題ありませんよ。
洛陽に行きか帰りにちょっと寄り道させればいいだけですから。」
「・・・・ハァ、では お二人がそう言われるなら
そのように致しますけど、
気が変わったらいつでも言ってくださいね。」
「はい。 それで今回譲っていただく蜂蜜の代金ですけど、
・・・・これくらいでいいでしょうか?」


そう言いながら張勲さんはお付きの女官の人から
袋を受け取り、中身から銀を約一斤ほど机に置く。


「ぎ、銀ですか!?
しかもコレ五両ほどありますよね?」
「足りませんでしたか?」
「いいえ! 貰い過ぎですよ!」
「そうですか いつもこれくらいで取引してるのですが・・・」
「それ 吹っ掛けられてますよ・・・
銀五両で銭としても約六〇〇銭、西涼なら羊が一頭買えますよ。」
「そんなものじゃないでしょうか?」
(駄目だこの人達・・・金銭感覚が私とかけ離れすぎている・・・)
「あの、この壷の量なら 二百銭ほどで結構なので・・・」
「でも、私達五銖銭は重くてかさばるので持ち歩いていませんから、
これでお願いしますね♪
次回からの分もこの代金でお願いします。」


前の世界でバブルの時にタクシーの運転手に一万円渡して
お釣りはいらないとか言う人は、
こういう金銭感覚だったんだろうな・・・
ただ小銭を持つのが面倒なんだろう。


「で、では一応いただいておきます。」
「それと一応 臨時の符節を作っておきたいので竹簡か何かありますか?」
「あ、はい・・・」


結局 袁術ちゃんと張勲さんに流される形で
ウチの蜂蜜を寿春の袁術ちゃんと取引をすることになってしまった。

この後、袁術ちゃん達は寿春に帰って行き
大体、毎月私の所に袁術ちゃんの使いが来て蜂蜜を購入していった。
その際に竹間に簡単に出来る蜂蜜を使った料理や、
飲み物の作り方などを書いている内に
その流れで袁術ちゃんや張勲さんと文通みたいなことをするようになり、
もし寿春に来る機会があったら 是非とも城に遊びに来てほしい。
その時には 新作の蜂蜜を使ったお菓子をごちそうして欲しいと言う
約束をする事になる。



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二十話

許昌




袁術ちゃん達との邂逅の時に、
桂花や郭嘉さんがいなかったのが不幸中の幸いなのか、
あの後、二人に何か言われることもなく
翌日からは普段通りの生活に戻ることが出来た。

袁術ちゃんが蜂蜜を買ってくれるため、
来季の収穫のために巣箱を増設した。
ほぼ毎月買いに来るので、
最後にはウチで菓子を試作用する時の
材料として取っておいた分まで出すことになってしまい
私はしばらく蜂蜜を口にすることができなくなってしまった。


アレから華佗さんが卑弥呼達を引きつれて
許昌の近くによった時に遊びに来るようになったが
卑弥呼と貂蝉の二人はちゃんと
外史の管理の仕事をしているんだろうか?
それを言えば母さんもそうなのだが
母さんは 時々ふらっといなくなっては
気が付かない内に家に戻ってきたりしているので
その時に何かしているのだろう。


以前、私、桂花、郭嘉さんの3人で考えた
警備隊での防衛戦闘の密集陣形の件だが
十数人の盗賊で試験的に実践してみたそうなのだが、
まともにぶつかり合う前に長槍に怯えた馬が暴れだし
野盗が落馬してしまい、すぐに逃げていってしまったので
全く試験にならなかったそうなのだが、
少なくとも長槍を突き出すだけで
馬を怯えさせ、落馬を誘うことができるので
今後も機会があれば使っていくそうだ。


それと、最近は桂花だけでなく郭嘉さんも
度々私塾を休んでは、人脈を作るために
いろんな人と会談をしているらしい。

ただ郭嘉さんの方は、男性不信とかはないので
普通に会談し、愛想よくしているそうだが
たまに桂花と二人で愚痴を言い合っているのを聞くので
彼女なりに苦労しているようだ。


私の武術の方は、ある程度底が見えてきたようで
訓練していけばもちろん強くなるのだが
今までのような成長期は過ぎたので
これからは経験を積むことが重要と言われ、
母さんが 「一緒に賊を狩るわよ。」 とか
理由の解らないことを言い出した。

許昌周辺で追い剥ぎなどの
少数の賊が出たという情報が入ったら
駆り出されて無理やり賊と戦いをさせられ
吐いたり、夜眠れなくなったりしながら
強制的に人を傷つけることを慣らされることになった。

以前の桂花の時とは違い、
コチラから賊を倒しに行くということで
戦う前から胃が痛くなったりしたのだが
母さん曰く、
「いざという時に戦えないのでは訓練の意味がないじゃない。
これからこの国はさらに乱れていくっていうのに
荒事にも慣れておかないと喜媚が死ぬわよ?
それに許昌周辺の賊を退治しておけば治安も良くなるし傷つく人も減る、
いい事ずくめじゃない。」

と、言うことらしい。
私にとってはいい迷惑である。
誰が好き好んで人を傷つけたり殺めたりしなきゃいけないのか?
と、私も反論したが、ならばこの賊が他の人や
許昌に住む貴方の知り合いを傷つけてもいいのか?
また荀彧ちゃんが襲われたり郭嘉ちゃんが襲われてもいいのか?
誰かが この賊を討つのなら、喜媚の訓練相手にすればいい。
と、逆に言われてしまい、
それ以上反論できなくなってしまったので
已む無く賊の討伐を続けた。

こうして前の世界から引きずってきた私の倫理観は
母さんに徹底的に矯正されることになった。


そして数年経ち私も十七歳、
最近では管路の天の御遣いの噂も
この許昌でチラホラと聞くようになりはじめ、
この国は私が初めてきた時よりも荒れ果て、
今までは数人から十数人単位で活動していた賊が
徒党を組み、各地で大規模な略奪を行ったり
流民などを巻き込んで小さな村や町を襲撃して
自分達の村にしてしまうなどの事件が起きていた。

もちろんのこの許昌も例外では無く、
まさに今、私が経験したことのない大規模な
戦闘が始まろうとしていた・・・


「ふむ・・・賊の規模は百五十から百八十といったとこかしら?
二百はいないわね。」
「はっ! 先程放った斥候によると賊の規模は百七十前後、
その内五十ほどが騎馬で
残りは粗末な武器や農具で武装しているとのことです。」
「賊にしては騎馬が多いわね?
どういうことかしら?」
「以前 北の方で情報のあった騎馬を中心とした賊が、
ココに来る道中で流民などと合流したのではないでしょうか?」
「そう、まぁ、どうでもいいわね。
畑を荒らさせるわけには行かないから城門より少し出て迎え撃つわよ。
だけど出すぎて弓の射程から出ないようにね。
北から来たのを早期に発見できたのが
不幸中の幸いかしら。
南に回りこまれたら畑が荒れてしまうしね。
わざわざ背を向けてまで回り込もうとはしないでしょう。」
「「「・・・・」」」


今私達・・・私と桂花、郭嘉さんは城壁の上で
荀桂さんと私達の護衛数人で
戦闘の様子を眺めている。

そもそも何でこんな事になったかというのかと言うと、
今回の戦闘では、私達が以前考えた陣形を本格的に使うそうで
その陣形の立案者なら、自分の考えた陣形や策で
誰を何人殺し、どれだけ味方に被害が出るのかを見届け、
陣形や策を考え指揮した者として
きちんと戦況を見届け、今後につなげなくてはいけない。
そして そういった指揮官としての心構えを
私達に教えるため、
わざわざ、荀桂さんが太守様に頼んで
私達をここまで連れてきたのだ。
その為 今回の戦は荀桂さんが一時的に指揮権を持っている。


(敵味方合わせて四百人近く居て
それに今は伏せているけど、城壁にも数十人の弓兵が居るし
城門の内側には残党狩りの騎馬隊も準備している。
この城壁の上から見ててもかなりの人数に見えるけど
今からこの人達が殺し合いをする・・・
それに 黄巾の乱や本格的な戦乱が始まると
この百倍、それ以上の人達が戦うなんて・・・)


ふと横に居る桂花や郭嘉さんの方を見ると
若干 表情は強張っているように見えるが
普段通りの落ち着いた表情で居る。


「喜媚ちゃん、不安なのはわかるけど
こういう時 指揮官はどんなに不安でも
どんなに怖くてもそれを顔に出しちゃ駄目よ。
指揮官がそんな表情を見せたら兵士達はもっと不安になり
兵士が作戦通りに動かなかったり 指揮がうまく伝わらなくなったり、
時には兵士が逃げ出すことさえある。
こういう時は少し笑うくらいでちょうどいいのよ。」
「・・・・はぃ。」
「桂花と郭嘉ちゃんも頑張ってるみたいだけど
そんなに緊張しなくてもいいわ。
あなた達が考えた陣形や策は私から見ても合格だったわよ。
あんなろくな訓練もしてない、
数だけの賊になんかに許昌の兵は負けないわよ。」

「「はい!」」


二人は力強く返事をしているが、
私はとてもじゃないがそんな気分にはなれない。

私は母さんに強制的に連れられ何回も賊と戦い
何人も殺めてきたのだから
今からココで何が行われ、どういう状況になるのか、
自分がもし参加していたらどうなるのか、
想像してしまうのだ。

なんとか平静は保っているが、
既にいっぱいいっぱいである。


そして賊の頭と思われる騎馬に乗った一際屈強な男が
武器として持っていた大剣を振り下ろすと
騎馬隊を先頭にゆっくり前進し、
ある程度間合いが詰まった所で後続の歩兵と一緒に一気に突撃してくる。

町の警備隊は盾を構えはしているが
まだ長槍は出していない。

敵の騎馬隊が回りこんできた時は
横に一直線に並んだ陣形から半円の陣形に変化し
城壁の上の弓隊が敵の騎馬隊の
頭を押さえるように弓で牽制する手はずなのだが
なぜか賊の騎馬隊は一直線に盾を構える警備隊に向かって
突撃してくる。


「・・・なぜ騎馬は回り込もうとしないんでしょうか。」
「簡単なことよ、それだけの指揮が出来ないのよ。
ろくに訓練してない騎馬隊なんて先頭の騎馬について行くか、
突っ込んでくるしか出来ないわよ。
下手に方向転換なんかしてご覧なさい、
横の騎馬とぶつかってすぐに落馬よ。
それに馬が言うことを聞かないわ。」
「そうですね、騎馬隊は確かに脅威ですが
ただ馬に乗っているだけの賊ならば
恐れる必要もありません。
長槍が出たらもう 後は勝手に突っ込んでくるか
落馬して自滅するかのどちらかです。」
「大体、あんただってそれくらいわかってたじゃない。
緊張してるのは私達も同じだけど
頭はいつでも働かせておきなさい。」


どうやらあまりに緊張して私の頭が回っていなかったようだ。

桂花や郭嘉さんの指摘通り、
敵の騎馬はひたすらに突っ込んで来ているし、
その後に続く歩兵もまっすぐ盾を構える部隊に突っ込んできている。

ある程度の距離になった所で盾の部隊の裏に居た
槍の部隊の半数が長槍を掲げそのまま突っ込んでくる騎馬に向けて構える。

槍の部隊は槍の石突を少し掘った地面に差し
それを足で抑えて衝撃に備えているので
馬が直接突っ込んできたりしない限り
槍が折れたり槍を構えている兵士が吹き飛ばされることはない。

いきなり槍の穂先を向けられた馬と乗っている賊は混乱し、
落馬する者や方向転換しようとして横の騎馬とぶつかり
転倒する者、そのまま槍に突き刺される者など様々な状況になり、
更には転倒や落馬した者は後ろから来た騎馬に踏まれたり
いきなり前方の騎馬隊が止まったことで
すぐ後ろから突っ込んできていた歩兵は後ろから押されるため急に止まることができず
前の騎馬隊を踏みつけたり 転んで後ろから来たものに踏まれたりして、
一気に崩壊する。


「・・・・よ、予想外の壊滅の仕方をしたわね。」
「・・・騎馬が突っ込んできた時は
長槍で消耗させつつ弓で騎手を射る手はずだったんですが・・・
後方の歩兵も巻き込んで混乱してますね。」
「今よ! 銅鑼を鳴らして部隊を下がらせて!
弓兵は賊にありったけの矢をお見舞いしてやりなさい!
矢をお見舞いしている間に開門し騎馬隊に後方に回らせて
その後は再度 盾隊と槍を短槍に交換した槍隊を前進させ挟み撃ちに。
賊を一人足りとも逃がすな!」
「「はっ!」」
「桂花達もぼさっとしてないで、
自分達が指揮しているのなら
次はどうするのか常に考えなさい!」
「「「は、はいっ!」」」


荀桂さんの合図の元、特定の間隔で銅鑼が打ち鳴らされ
盾と槍の部隊が後方に下がり
弓隊が矢を放ち続け、騎馬隊が出撃、
後は荀桂さんの指示通りに騎馬隊と盾と槍の部隊で
混乱した賊を挟み撃ちして戦闘は終結した。


戦闘が終わり勝利の合図の銅鑼とともに鬨の声が上がり
城壁の上でも兵士の皆が鬨の声を上げている中、
私達三人は呆然と先ほどまで戦場であった場所を見下ろしていた。

ココからはよく見えないが、
そこは大地が血で赤く染まり、
多くの馬や何十人も人が横たわり
全く動く様子がない。

その脇には鬨の声を上げる兵士や
呆然と立ち尽くす者、今尚 敵だったモノに何度も剣を突き刺す者や
それを止めようとする者達、怪我をした同胞に肩を貸し城内へ帰ろうとする者など
様々な人達や人だったモノが、
今まさにこの場所が戦場だったことを感じさせる。

桂花や郭嘉さんも呆然とその様子を見ている。

そうしてると荀桂さんが私達の肩をそっと叩き・・


「ほら、三人ともぼ~っとしてないで。
もう終わったから後始末は私達に任せて
先に家に戻ってなさい。
郭嘉ちゃんも今日は私の家に泊まるんでしょ?
今日はこの後 簡単だけど戦勝の宴を開くから
それまでに気分を入れ替えておきなさい。
人の上に立ち 指揮をするようになったら
戦闘後の宴にも参加して部下を慰撫しないといけないんだから、
今日は家で顔でも洗って宴までゆっくりしてなさい。」
「・・だけどいいんですか?
私達も手伝わなくて。」
「あなた達は今回は陣形の立案者として
実戦で陣形に問題ないか見に来てもらっただけよ。
逆に此処から先は私達の仕事なんだから
あなた達になにかやられても邪魔なだけよ。
それともあなた達これから賊の死体を、
焼いて埋めるための徹夜で穴掘りでもする?」
「やるわよ! その案にしても 私と喜媚でお母様に教えたんだし。」
「冗談に決まってるじゃない。
喜媚ちゃんはともかく
桂花が徹夜で穴掘りなんかできるはずないでしょう?
それに死体を見たことは何度もあるだろうけど、
死体から血まみれになりながら使えるものを剥がして、
掘った穴に捨てるなんて 桂花にできるわけ無いでしょうし私がさせないわよ。
桂花には桂花がやるべき事があるし、
荀家の人間にやらせていい事と 悪いことがあることくらいわかるでしょう?
貴女にそんな事やらせたら 私はともかく、
周りの人間が罰を受けるのよ。」
「・・・・・」
「郭嘉ちゃんも同じよ。
だからあなた達は帰りなさい。」
「「はい。」」
「じゃあ喜媚ちゃん、
警備の人間を何人か連れて 桂花達を家まで送って行ってね。」
「・・・分かりました。」


こうして戦闘終了後、私は桂花と郭嘉さんを連れ、
警備の人達と一緒に桂花の家まで二人を送っていく。

道中二人は今日の戦闘のことには触れるどころか、
一切 何の会話もせずに無言で桂花の家まで行き。
警備隊の人達と軽く挨拶して別れた後、
二人は居間で使用人の用意してくれた、
お茶に口をつけること無く ただ見つめていた。

そんな中、私はどうしても もう一度 戦場を見ておきたい衝動に駆られ、
桂花達に風にあたってくると嘘をつき、
北の城門、先ほどの戦場後に一人で戻った。


そこでは日が沈みかけた今も、
近隣の農家の人達が協力して穴を掘り、
別の場所では手配のかかっていた者がいないかなどの調査と
使える武器や金目の物を選別するための作業が行われ、
別の場所では、今回の戦闘で負傷したけが人の応急処置や
死んでしまった兵士を弔ったり、
また別の場所では穴に放り込んだ賊の死体を焼くための準備など、
皆がそれぞれの仕事をこなしていた。

儒教文化では死者を焼くというのは本来ありえないのだが、
賊の死体ということで納得してもらっている。
もちろん兵士はちゃんとした方法で弔う。

私は城門を少し出た脇で、
邪魔にならないようにしながら
ただ その作業が行われる様子を眺めていた。

本当に、ただ、戦場跡で行われる作業を
見つめることしか出来なかった・・・


戦場跡で作業する人達は、様々な表情をしており
時々怒号も聞こえてくる。

悲痛な表情の人や、怒りに震える人、
ただ淡々と作業をこなす人や、
不快な感情を一切隠すこと無く表情に表している人
泣いている人もいる。

今や この戦場跡には勝利の喜びなどは一切無く
知人を失った悲しみや、
何で自分達がこんな目に会うのか? と言う疑問、
更にはそこからくる怒り・・

そういったモノに満ちている。

戦に勝利して鬨の声を上げた時は勝利に喜ぶ人もいただろうが、
終わってみれば 残されたのは、
疑問と世の理不尽さ、悲しみ、それと怒りだけだった・・・




結局 日が落ちる間際に、
警備隊の人に家に帰るように声をかけられるまで
私は作業が行われる様子を ただ眺め、
その後、桂花の家に戻ることにした。


「ただいま・・・」
「おかえりなさい。」
「・・・随分と遅かったわね。」
「ちょっと・・・ね。」
「そう・・・さっき母さんからの使いが来て
この後 簡単な宴席を開くそうよ。」
「そう・・」
「・・・・」


この後、宴席の準備が終わり、
これから始まるというその時まで
私達は一言も発することなかった。

宴席は本当に簡素なもので、
今日の勝利と、今この家にいる者達が無事だった事を祝い
今回の戦で散っていった兵士達を弔い、
乾杯し、食事を済ませた後はそれぞれが部屋に戻っていった、
・・・のだが。


「なぜ 皆ココにいるし。」
「私が呼んだもの。」
「・・・呼ばれまして。」


現在 私、桂花、郭嘉さんの三人で桂花の部屋に寝間着でいる。
桂花は慣れたものだが 郭嘉さんは流石に恥ずかしそうにしている。


「何でまた・・・」
「あんな戦の後じゃ、
お酒でも飲んで無理やり寝ようとでもしないとでもしないがぎり、
郭嘉が寝られないと思って誘ったのよ。
一人でいるより三人のほうが落ち着くと思って。」
「なら桂花と郭嘉さんだけでいいじゃない。」
「あんたもかなりおかしかったじゃない。」
「・・・・そういう桂花だって。」
「なにか言ったの!!」
「べ、別に何も~。」
「くっ・・・と、とにかく!
今夜は三人で寝るわよ!」
「えぇぇっ!? だ、駄目です! そんな!
い、いきなり三人でなんて! しかも初めてが女同士でなんて!
ん? ・・・喜媚さんはおんな・・・じゃなかったですね。
・・・って! だったら尚の事だめですよ!
初めてがいきなり三人一緒なんて!
た、確かに私も先ほどの戦で少し気落ちしてはいますけど
その弱みに付け込んで二人がかりで
私の身も心もほぐされて・・・
やがて その甘く、身も心も癒すような愛撫に
耐えられなくなった私は
はしたない声を上げながら快感の荒波に流され、
やがて 私は自ら求めるように・・・」
「ちょ! 郭嘉! 止めてよね!
寝る前に寝台を血まみれにされたんじゃたまらないわよ!!
き、喜媚!
とりあえず郭嘉の気を失わせて、寝台に放り込みなさい!」
「え? いいのかな・・・」
「郭嘉の鼻血まみれになった寝台で寝たいの!?」
「わ、わかったよ!   ほっ!」
「あぐっ! ・・・・きゅぅ。」


郭嘉さんの首元を手刀で打ち、気を失わせて
桂花の寝台に郭嘉さんを放り込む。


「ふぅ・・・なんとか血まみれになって寝るのだけは免れたわね。」
「最初から私を呼ばなければよかったんだよ・・・」
「う、うっるさいわね・・・・わ、私も・・・少し・・心細かったのよ。」


郭嘉さんが気を失ったことで
起きているのは私と桂花だけになったことで
桂花が少しづつ本音を漏らすようになる。


「・・・・まぁ、確かに私も少し心細いけど、、
前にも何回か言ったけど 流石に私達の歳だと冗談じゃ済まないわよ?」
「あ、あんたが変なことしなきゃいいだけでしょ!」
「・・・・あのね、桂花。
私だって男なんだから・・・その、
それなりにそういう欲求だって有るんだよ?」
「・・・・っ!
あ、あんた! そんな卑猥な事言ってんじゃないわよ!」
「そもそも桂花が私を部屋に呼ぶから、
こんな話をしなきゃいけなくなったんでしょう?
桂花の立場や家柄のこともあるから 私も桂花にどうこうしようとは思わないけど、
私にも 我慢の限界があるんだから、
そろそろ こういうことは止めにしないと、
そのうち取り返しのつかないことになるよ?」
「・・・・何よ、それじゃあ あんたは私に魅力がないって言うの?
やっぱり乳なのね! 郭嘉のような乳がいいのね!!」
「誰もそんな話してないじゃない・・・」
「あんたが我慢できる程度にしか、
私に女としての魅力がないって言うことじゃない!」
「だから桂花の魅力云々じゃなくて、
家柄とか身分の差とか有るでしょう。
大体、何で荀桂さんも桂花を止めないんだよ・・」
「じゃあ、あんたは家柄とか身分差が無ければ、
私に欲情するって言うことね!」
「・・・・それはまた別の話でしょう。
・・・なんか桂花、少しおかしいよ・・・もしかしてお酒 結構飲んでるの?」
「何よ、飲んでちゃ悪いの?
皆が進めるから しかたがないじゃない、
付き合いってものがあるんだから!」
「おかしくなるほど飲んでるならもうさっさと寝なよ。
眠るまでは一緒にいてあげるから。」
「あんたも一緒に寝るのよ!
どうしても我慢できないなら 郭嘉に触るくらい許してあげるわ。
でも 今流されて私に触ったら殺、怒るわよ。
私に何かしたいんだったら、
ちゃんと手順を踏んでからじゃないと許さないからね!」
(それじゃあ、手順を踏んだら いいみたいな言い方じゃない・・・
まぁ、桂花も少し酔ってるみたいだから適当にあしらっておくか。)


この後、桂花が寝付くまで手を握るということで
妥協してもらったのだが、
結局 桂花に無理やり布団に引きずり込まれ
桂花と郭嘉さんの間で挟まれて寝ることになってしまい。
翌朝、先に目を覚ました郭嘉さんの鼻血を浴びて
目を覚ます事になるのだった。






「き、喜媚殿! ちゃ、ちゃんと責任はとってくださるんでしょうね!!
この後 両親にもきちんと会ってもらいますよ!」


郭嘉さんが起き抜けにすぐ横で眠る私を見て妄想し、
鼻血を吹き出したことで、私や桂花、更に寝台が血で染まり、
何を思ったのか、郭嘉さんがそれを破瓜の血だと勘違いし、
その誤解を解くのに昼までかかった。



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二十一話

許昌




先日の賊の襲撃による戦闘以降、
許昌周辺では一旦 野盗などの動きがおとなしくなったものの
数週間過ぎた頃にはまた活発に動き出し
警備の傭兵を引き連れた行商人など以外の
旅行者が襲撃されたり、別の村では
畑が荒らされるなどの被害が出ているようだ。

徐々に国が荒れてきて、例の管路が占った天の御遣いや
別の救世主が現れると言う噂や、
何処かの諸侯が漢に対して反乱を起こして
この荒んだ国を立て直すのだとか、
様々な噂が聞かれるようになってきた。

桂花や郭嘉さんはあの戦闘以降、
より勉学に励むようになり、
最近では主に兵法を良く勉強するようになった。

荀桂さんの話では、あの規模の戦闘にしては
コチラ側の死傷者は少なく、
十分あの陣形の効力は立証されたとのことなので
これからは本格的に訓練に取り入れるそうだ。
効果が立証されたことで、
荀桂さんに報奨金が出たのだが
それを四等分にし それぞれに分け与えてくれ、
今回の戦闘に作戦の部分で参加したということで
一人前の大人として認められ、
桂花には以前から荀桂さんが荀緄さんと考えていたという
 文若(ぶんじゃく) と言う字が送られ、
郭嘉さんも後に 奉孝(ほうこう) と言う字が親から送られたそうだ。

それに伴い、桂花達にいい策や隊の運営方法があったら
どんな事でもいいから教えるように、と言っていた。


私はあまり私塾の方に顔を出していないので
桂花達が来ない限り彼女達と話す機会も無いのだが、
最近は人と会ったり、仕官先を探したり、勉強などで
彼女達も忙しいようで、
私の家や畑まで来ることも少なくなってきた。

私としては 少し寂しいが自分で望んだことでもあるし
彼女達とは生きる世界が違うので
今の現状には納得している。


そんな中、袁術ちゃんからの使者が来たのだが、
いつもの男性達ではなく今日は女性が来たのだが
その人物は予想外の人物だった。


「初めまして! 私 周幼平(しゅうようへい) と申します!
本日はそn・・・袁公路様のお使いでやって参りました!」


孫伯符と言いそうになったのを 慌てて訂正して、
袁術ちゃんの使いだと元気な声で名乗ってきた。


(なんで周泰(しゅうたい)さんが来るのよ・・・)


私は表面上はニコニコと愛想笑いをしていたが
内心では頭を抱えていた。


「私は胡喜媚と申します、喜媚と呼んでください。
どうぞ屋敷内へ、長旅でお疲れでしょう?
何か飲み物と軽く食べられるものをお出ししますので、
用意ができるまで御くつろぎください。」
「はい! ありがとうございます!」


符節を確認した後、
周泰さんを居間に案内し、水に蜂蜜などを混ぜたスポーツ飲料と
お菓子を出して、蜂蜜の用意をするまで待っていてもらった。

彼女は私の出した飲み物やお菓子に驚いていたが
美味しかったようで、私が蜂蜜を用意し終わる頃には
全て平らげてしまっていた。


「おまたせしました、コレが今回の分の蜂蜜です。
それとコレが袁術様と張勲さま宛の竹簡です。」
「はい、確かに承りました!」
「そういえば、いつもの人達はどうしたんですか?
もしかして何かあったんでしょうか?」
「あるにはあったんですけど、
不幸じゃなくて、むしろおめでたいことなんです。
実は、私の前にこの任務を請け負っていた隊長さんに
お子さんが生まれたそうなんですよ。」
「おぉ、それはおめでたいですね。
私は何も出来ませんが、おめでとうございますと
伝えておいてもらえますか?」
「はい! わかりました!
この周幼平、必ずお伝えしますよ!」
「ありがとうございます。」


その後も、少し彼女と他の町について雑談をしていたのだが
どうも彼女の様子がおかしい・・・
主に彼女の視線だ。
別に怪しんでいるとかコチラを伺っているとかではないのだが、
私の頭・・・主に頭の上の物をチラチラと見ているのだ。
何か頭にゴミでも付いているのかと思い
聞いてみたのだが・・


「あの・・何か私の頭の上に埃でもついてますか?」
「うぇ! い、いいえ!
そんな埃なんて付いていませんよ!
ですが・・・あの、実はその頭巾なのですが・・・」
「ん? この頭巾・・・・あぁ、この猫の耳みたいな意匠ですか。」
「はい! そうなんですよ! そのお猫様のお耳の頭巾なんですが
何処に行ったら手に入るでしょうか!?」
「コレですか? コレは私の上着と一体になっているのですが
残念ながら今ではもうこの服は売ってないんですよ。
以前はこの街の服屋で買うことが出来たのですが・・・」
「そ、そんな・・・・もう買えないんですかぁ?」


そう、この猫耳頭巾付きの上着だがもう服屋では売ってないのだ。

そもそもなぜ数年前に桂花に着せられ荀桂様に買ってもらった服を
まだ着ているのかというと・・・
アレは服を買ってもらってから1年くらいたった日だったのだが、
その頃には私の身体も少しは成長し、
服がきつくなってきていたし、
変えがあったとはいえ、毎日のように着ていれば
汚れもするしほつれたりもして、
そろそろ、この服を着るのをやめようかと思っていた時期である。

その話を桂花にした所、 「少し待ってなさい。」 と言い、
その翌日に私はこの上着を
買ってもらった服屋に連れて行かれて採寸され、
さらに数日後には新しい猫耳頭巾の上着を数着 桂花から送られたのだ。
桂花の方は定期的に新調していたようなのだが、
これ以降、桂花が頭巾と上着を新調する時期に
私の上着も一緒に作られ、以来ずっと着せられている。
費用の方は荀桂さんが出してくれているようで、
桂花を救ってくれてた時のお礼の続きと言う話だが・・・
おそらく桂花がゴネたのだろう。

古くなった上着は 時折桂花が回収し、
何処かに持っていくのだが それが何処に行ったのかは私は知らない。

しかし、その服自体は普通に店で売っていたので
たまに同じ服を着ている子を見ることもあったのだが
桂花が服屋に圧力を掛けて猫耳頭巾の販売を止めたらしい。
それ以降私と桂花以外 猫耳頭巾をしている子を
許昌で見ることはなくなった。

そんな経緯もあって、この猫耳頭巾はもう何処にも売ってない。
完全なオーダーメイドになっているのだ。


激しく落ち込む周泰さん。
そこまで落ち込むようなことか? と私は思うのだが
周泰さんはかなりの猫好きで猫のことをお猫様と呼ぶくらいだから
この猫耳頭巾が手に入らないのは相当ショックなのだろう・・・

余りにも酷い落ち込みように、
なにか私が悪いことをしたような気がしてきたので
まだ桂花に回収されてない服で
わりと綺麗なものが有ったのを思い出した私は
周泰さんに少し待ってもらい、服を取りにいった。


「おまたせしました。
実はこれ、私のお古なのですが、
良かったらちょっと袖を通して見ませんか?」
「えっ!? いいのですか!」


私は服を持って周泰さんの背後に周り
服を着せてあげたのだが、寸法は私とそれほど代わりはないようで
特に大きいとかキツいということはない。
私の身長が桂花よりも拳一つ分大きいので
周泰さんもそれくらいの身長なのだろう。

服を着た周泰さんは早速後ろ髪を分けて前に垂らし
猫耳頭巾をかぶり嬉しそうにしている。
私が鏡の前に連れて行くと
目を大きく見開いた後にだらしない笑顔に変わり
「お猫様だぁ~~♪」 と言いながら悦に入っている。


「あの・・・周幼平様?」
「・・・はっ! す、すみません!
あ、私のことは周泰で構いませんよ。」
「分かりました、では周泰さん、
よろしければその服、さし上げましょうか?
寸法は問題ないようですし、
もうその服は着ないので・・お古で悪いのですが。」
「本当ですか!?
あぁ・・・私がお猫様になれる日が来るなんて・・・
でも、私にはこの服に対して返せるものが!
ココは真名を預けることで感謝と誠意を・・・」
「・・・あの、お古の服をさし上げただけですので
それで、真名を預けられても困るのですが・・・」
「しかし今の私にはそうするしか!」
「いえ、本当に結構ですので。
・・・それで真名をお預かりしたら、
周泰さんの周りの方に怒られてしまいますよ。」
「うぅ、ではどうしたら・・・」
「・・・・あの、では周泰さんと私はお友達になったということで。
友人同士なら服をあげたりとかは普通に行われることなので。」
「わ、わかりました! この周幼平!
ただいまより喜媚殿の友人として
粉骨砕身の覚悟でご友人にならせて頂きます!」
「・・はぁ、えっと、これからよろしくお願いします周泰さん。」
「はい!」


こうして私と周泰さんは友人という関係になり、
この後も、蜂蜜を購入に来るのは周泰さんが担当することになった。

彼女は袁術ちゃんには自分が世話になっている
孫策(そんさく)さんが 諸事情で袁術ちゃんの配下扱いになったので
その流れで自分も袁術ちゃんの
配下あつかいになっていることを教えてくれた。

理由については大体知ってはいたが、
袁術ちゃんの話をする時になると
若干表情が曇るので良くは思ってないようだ。

私も桂花や郭嘉さん、母さんや荀桂さんと付き合ってなかったら
周泰さんの表情を読むなんて出来なかったろう。

周泰さんは寿春や呉に来ることがあったら
是非自分を訪ねて欲しいと言い残し 帰っていった。


さて、こうして恋姫の武将の人達と何人か交流を持ち、
桂花達は字を貰ったことで成人として扱われるようになり、
漢の国内も荒れ、何れ 近い内に天の御遣いが降臨する事となる。

その時、私はどんな立ち位置にいて、何をし、何をしないのか?
最近はそんな事ばかり考えている。

畑の方は順調に収穫を伸ばし、
最近では近隣の畑をそこで働く人ごと買取ったり、
蜂蜜は袁術ちゃんが高価で買取ってくれる。
料理やお菓子作りは舌の肥えた母さんの
合格点をもらえるようになったし
お酒作りも人を雇い順調にいっている。

・・・最もお酒は販売せずにほとんど
母さんや私、それと荀桂さんの家で消費しているのだが。

身を守るための武術も修め、それ以外の方法も用意した。
貯金も潤沢に溜まり、
今や金や銀で貯蓄している。
小さな店なら買い取ることも、容易にできるだろう。

心配事と言えば、
無事に桂花が曹操さんの所に仕官できるかということなのだが
そんな事を考えていたせいなのか、
噂をすれば影、では無いが 思考をすれば影。

荀桂さんが私と桂花を連れて陳留に行くと言い出した。

それは荀桂様が私に話があると
わざわざ、桂花が私塾に行っている時に
使用人の人を使って連絡をしてきた日のことである


「洛陽ならまだわかりますが なぜ今、陳留何ですか!」
「あら、喜媚ちゃんは陳留に行きたくないの?」
「私は基本的に何処にも行きたくありません。
そもそも、なんで陳留に行くんですか?
(外れてくれ、私の勘!!)」
「喜媚ちゃんは曹孟徳(そうもうとく)と言う名を聞いたことはない?」
「(ドンピシャだぁ~~っ!)
き、聞いたことはあります・・・
洛陽で北部尉に着任後、苛烈な取締をなさったとか・・・」
「そう、その曹孟徳さんがその功績を認められて、
今度 県令になるそうなのよ。
凄いわよね~ 桂花とそう歳が変わらないのに。」
「たしかに凄いですね・・・
(宦官にとっては厄介払いともとれるけど・・・)」
「それで、陳留の県令になるにあたって
事前に陳留の様子を知るために、
今は陳留で町の情報を集めているそうなのだけど
県令になられると忙しくなるから
今の内に会えないかということで
色々手を尽くした結果、会えるようになったのよ。」
「それはおめでとうございます、いってらっしゃいませ。」
「貴方も行くのよ。」
「・・・・もう桂花もいい年ですし、
荀桂様も行かれるなら 私は要らないじゃないですか!」
「その桂花が貴方も連れて行くというのだからしょうがないでしょう。」
「荀桂様が駄目だと一言言えばいいだけじゃないですか!」
「私は、言うつもりが無いもの。」
「・・・・・・くっ!
せっかくだから言わせてもらいますが、
桂花が人と合うためや国の実情を知るために色々と行くのは構わないですが、
なんで、私を連れて行くんですか?
しかも、私が一緒に行くといつも桂花と一緒の部屋に泊められて・・
万が一 何か間違いがあったらどうするんですか!?
私はコレでも男なんですよ!」
「あら、まだ桂花に手を出していなかったの?」
「荀桂さん!!」
「冗談よ・・・いい機会だから私も言っておくけど。
私は桂花と喜媚ちゃんが一緒になってくれるなら
コレほど良いことはないと思ってるわよ?
ウチの旦那はともかくとして
私個人はそう思ってる。」
「・・・冗談ですよね?」
「本気よ。」


荀桂さんの表情や目を見ても本気にしか見えない。


「私と桂花では立場も家柄も問題があると言うことが
わからない荀桂さんじゃないでしょう。」
「確かに家柄の事を考えたらそうね。
喜媚ちゃんと桂花が一緒になっても人脈が広がるわけでもない、
むしろ世間からは冷たい目で見られる可能性もあるわね。」
「そこまでわかっているなら・・・」
「でもね、私は桂花には喜媚ちゃんが必要だと思ってるわ。」
「・・・桂花はもう一人でも十分やって行けますよ。
それに私と桂花では生きる世界が違いすぎる。」
「どういうことかしら?」
「・・・桂花は王としての器は無いですが
それを補佐するものとしての器は私の知る中では
随一か郭嘉さんと同じくらいだと思います。
何れ何処かの諸侯についてその才を発揮するでしょう。
彼女はそれだけの才を持っているし
そういう星の下に生まれたと言っても 過言ではないでしょう。
・・・しかし彼女の見る世界は常に上から何ですよ。
彼女はそういう教育を受けてきたし 本人もそうあるべきだと思っているでしょう。
・・・ですが私はあくまで下から見上げる者なんですよ。
私は人の上に立って導くものじゃなく 地に足を付いて日々を生きる者なんですよ。
桂花には同じ目線に立って 彼女を支えることが出来る人の方が必要なんですよ。」
「・・・私はそうは思わないわね。」
「・・・・」
「私はそういう喜媚ちゃんだからこそ、
桂花に必要だと思ってるわ。
確かに家は 代々官職についたり 人を指揮したり導く者を多く輩出しているけど、
そういう環境で育った桂花だからこそ、
下の者の目線で見られる喜媚ちゃんのような子が ついていてあげて欲しいのよ。
下の者の事が理解できなくては、
上の者が幾ら命令を下しても、下の者はついてこないわ。
桂花も何れそれがわかるでしょうけど、
今の若い桂花は下手に才があるからこそ 自分の考えに自信があり、
それが正しいと思っている。
どんなに人が正しいとわかっていても 時に人は誤った道を歩くことが多々あるわ。
賊がいい例えよ、人から盗むことが悪いことなんて子供でも知っている、
でも生きるためにそうせざるをえない。
そして一度その味を知ってしまったらもう抜け出せない。
今の桂花には、賊に身を窶した者の気持ちなんて頭でしかわからないわ。
でも、喜媚ちゃんならわかるでしょう?
あの戦闘の後・・・戦場を眺めていた喜媚ちゃんなら。」
「・・・・見てたんですか?」
「そりゃ、喜媚ちゃんの服は目立つもの。」
「・・・・」
「そんな喜媚ちゃんだからこそ、桂花に必要なのよ。
桂花が持ってない部分を補ってくれる人が。
それに家柄のことを気にしているようだけど、
元々 桂花の命を救ったのは喜媚ちゃんよ?
命を救われた者に対して それ以上の形で返せる恩は やはり命しか無いわ。
ウチの一族の者は皆知っているから
祝福こそすれ非難するものなんて誰も居ないわよ?」
「・・・・・」
「それでも喜媚ちゃんが
どうしても桂花と一緒になるのが嫌なら無理には進めないけど、
私は桂花と喜媚ちゃんが一緒になることは賛成だし、
一族の者も反対する者は 誰も居ないとわかってくれるだけで今はいいわ。
今すぐ桂花をどうこうしろとは言わないけど、
喜媚ちゃんが桂花のことが好きなら 何も心配する必要がないとだけ言っておくわ。」
「・・・・」
「・・・あ、でもウチの旦那は
ちょっとくらい揉めるかもしれないけど
そこは娘可愛さだと思って我慢してね♪」
「・・・・はぁ。」


しばらくの沈黙の後、お互いお茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。


「さて、話を戻すけど。
喜媚ちゃんには陳留に付いてきてもらうわよ。
嫌なら喜媚ちゃんが桂花を説得してちょうだいね。」
「・・・・・分かりました。」


「・・・お互い言いたいことを言い合ったし
いい機会だから喜媚ちゃんに聞きたいんだけど。
喜媚ちゃんはこの国が将来どうなると思う?」
「この国ですか?」
「一応言うけどこの話はここだけの話で、
別に天子様を批判しても、
そのことを密告したりはしないわよ。」
「・・・この国ですか・・・
しばらくは大変なことになるでしょうね。」
「・・具体的には?」


その後 私が話したことは歴史の事実を知っている上で、
私がこの世界で十年余り暮らして感じたことをまとめ、
自分の中で消化した内容を話した。

黄巾とは言わなかったが、民衆による大規模反乱、
それを抑えられない官軍は諸侯に対して命令を出し鎮圧。
この件で中央の力や権威が無くなった事を
確信した諸侯達は虎視眈々と伸し上がる機会を狙い、
体調の悪い霊帝の死か、
別の原因になるかわからないが、
どちらかが引き金になって戦乱が始まるだろう。
長く続く戦乱はやがて一つの諸侯の勝利で終わるか、
それとも何国かで分裂した形での 緊張状態になるかわからないが
疲弊した国内をまとめる為に一時的には収まるが、
その後、疲弊したこの国を狙って、
今まで弾圧され続けた移民族がこの国を狙うだろう。

司馬家がどう動くかわからないし
董卓ちゃんの事を話に入れる訳にはいかない、
そんな話を入れれば不審がられてしまう。

北郷一刀くんの件が無ければ
晋が出来るか三国の内 何処かが勝つのか、
はたまた緊張状態が長く続くのか わからないがこんな感じに進むだろう。
どちらにしてもこのままでは漢が滅ぶ。

私は桂花に間接的にこの話が伝わり、
彼女の将来のための指針の一つになってくれればと思い、
荀桂さんにこの話をした。


「そう・・・・」
「まぁ、私の素人考えですから当てにはなりませんけど
このままだと国はともかく民が耐えられない・・・
私の知ってる偉い人の言葉にこんなのがありますよ。
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。
今のこの国は人を・・・民を蔑ろにしすぎる・・・」
「仇は敵なり・・・ね。
ありがとう、参考になったわ。
この言葉、桂花にも教えてあげなきゃね。」
「そうですか。」
「わざわざ来てもらって悪かったわね。
今日は喜媚ちゃんといい話ができて嬉しかったわ。
あ~あ、私が今の旦那と結婚する前だったら
私が喜媚ちゃんと結婚したのに♪」
「・・・・荀緄さんが聞いたら私が殺されますから
言わないでくださいよ。」
「その時は私が守ってあげるわよ。」


こうして私と荀桂さんの話し合いは終わったが、
まさか荀桂さんがそこまで考えていたとは予想外だった・・・


(はぁ・・・だけど桂花とどうこうなるわけには行かないよな。
決して嫌いなわけじゃないけど・・す、好きだけど、
そこまで深い恋愛感情があるわけでもないし、
今はこのままの関係でいるか、
自然消滅するか、どちらにしても私からは動けないよね。)






喜媚が帰った後、荀家の応接間では荀桂が一人で居た。


「喜媚ちゃんにここまで先のことが見えていたなんてね・・・
こんな話、他の人に聞かせれば
狂人か反逆の徒と思われるでしょうけど・・・」


私は喜媚ちゃんが話してくれた内容を
今の国内の状況と照らし合わせて思考する。


「よくもまぁ、ここまで先を読む事ができて
自分はただの民草だなんて言えるものよね・・・あの子は。」


私自身でさえ、民草の反乱が起きて
この国が乱れる、
最悪漢と言う国が崩壊し戦乱の世が来るとは考えていたが、
その先までは考えていなかった。
おそらく桂花もそうだろう。
それに桂花はこの国を立て直せると考えているようだし・・・


「やっぱり、桂花には喜媚ちゃんが必要ね。
この際、桂花の方から無理やり襲うように仕向けてみる?
・・・無理か、あの子はアレで素直じゃない上に奥手だから。
喜媚ちゃんが少し強引に迫ったら、
今すぐにでも落ちそうなのに・・・まったく。」


何度か桂花から喜媚ちゃんに迫らせる方法を考えてみたが
どう考えても無理だった。


「なんとしても喜媚ちゃんには
桂花と一緒になってもらわないと!
いっそ荀衍と荀諶も一緒につけようかしら?
あの娘達も喜媚ちゃんの事は満更でもないようだし
喜媚ちゃんも男の子だから
あの子達三人で迫られればなんとかなるかしら・・・」


私はこの後も、しばらく桂花と喜媚ちゃんを
くっつける方法を思案し続けた。



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二十二話

許昌




荀桂さんとの会談の後、しばらくは穏やかな日が続いたが、
とうとう、桂花と共に陳留に行く日になってしまった。

正直 陳留には行きたくなしい
曹操さんと会う可能性は限りなく零にするのが好ましい。
だが、荀桂さんと約束してしまったし、
結局 桂花も説得できなかったので行くしか無い。

私は気が重いまま、桂花の家まで行き、
そこで桂花達と合流し、行商人の人達と
簡単な挨拶を済ませた後陳留に向けて出発する。


陳留までの道中、二日ほどは順調に旅の行程を消化していたのだが、
三日目に事件が起きた。

許昌に近い二日ほどは、前の戦闘で攻めてきた賊を一掃したため
問題はなかったのだが、
その分 他の地域にしわ寄せが行ったようで、
許昌から少し離れた所で、
警備の傭兵の人が遠くで砂塵を発見した。
荀桂さんにも確認してもらったが
数騎の騎馬と二十人ほどの野盗の集団のようで
すぐさま傭兵の人達が防衛体制を組み、
荀桂さんも武器の槍を取り出していた。


「歩兵はともかく騎馬は厄介ね・・・
喜媚ちゃんの鉄針でなんとかなりそう?」
「一騎くらいなら集中攻撃すれば
なんとかなるかもしれませんが他の人が・・・」


傭兵の人達は相手に騎馬がいるということで、
表情がこわばっており、
何人かやられたら、最悪逃げる可能性もある。
今までは賊と言っても歩兵ばかりだったし、
そもそも護衛を何人も連れている商人を襲うことなど滅多に無かった。
だが最近は護衛が居ようが関係なく、
また、賊が徒党を組むようになったので、
警備の数よりも人数が多いこともある。
自ら望んでその仕事をしているとはいえ、
傭兵の彼らとて命は惜しい。
騎馬とはやり会いたくないだろう。


「森の中ならば、まだなんとでもなったんでしょうが、
こう開けた場所だと騎馬が圧倒的に有利です。
桂花は何かいい案ある?」
「・・・敵の首領さえ何とか出来れば
後は烏合の衆だから勝手に逃げると思うけど、
今ココにある武装で何とかするのは厳しいかもね。
負けはしないだろうけど、何人かやられるわね・・・
お母様が強いといっても、
他の兵や商人や馬を守りながらではキツいわ。
最悪、荷物は捨てて逃げることを考えたほうがいいでしょうね。」
「荷はともかく皆を犠牲にするのは・・・」
「でも この際しようもないわね。
ココは最悪私達だけでも逃げるわよ。
賊も荷を置いて行けば追ってきても数人でしょうから、
それくらいなら私の部下と私でなんとかなるわ。」


確かに荀桂さん達が無事に陳留に付くためにはそれが最善だろうが、
だからといって行商人や傭兵の人達を見捨てるのは・・・
・・・・・やむを得ないか。

いつかこういう時が来ると思って、
左慈くんに材料を用意してもらい、
何度か試作して、今回の旅の前に作って用意しておいた、
火薬を使う決意をする。


「荀桂さん達は暫くの間でいいので
なんとか商人の人達を落ち着けさせてください。
私が賊の騎馬と歩兵を一時的に混乱状態にしますので
その後、皆で鬨の声を張り上げて威圧してください。
ただ その時にすごく大きい、雷が落ちたような音がすると思うので
合図したら耳を塞いでいてください。」
「何をするつもりなの?」
「詳しく説明は出来ませんが、
こういう時の為に作っておいた薬品のようなものを使います。
その際大きな音と光が出ますので、
なるべく 驚かないでください。」
「よくわからないけど、とりあえず先陣は喜媚ちゃんに任せるわ。
でも、それでなんともならなかったら
最悪 商人と荷を囮にして逃げるわよ。」
「わかりました。」


私は荷物から導火線用の紐が飛び出た小さい袋を取り出して
野営用に取ってある火口から火を付け
皆の前に出て皆に指示を出す。


「皆今から口を開けて耳を塞いでください!」
「喜媚ちゃんの言う通りにして、早く!」


荀桂さんは私の事を信頼してくれているのと、
賊の騎馬がすぐそこまで迫ってきている状況では
少しの猶予もないこともあり
速やかに指示に従ってくれる。

皆も荀桂さんが言ったことで指示を聞いてくれて
衝撃に耐える体勢に入る。

その後 導火線に火をつけて袋を
丁度賊の騎馬の真ん前に落ちるように投げる、
賊は、子供(に見える)私が恐慌状態に陥って
理由のわからないことをしていると思っているようで
笑いながら突っ込んでくるが、
導火線が燃え尽き中の火薬に火がついた時、
大きな爆音と光と衝撃が賊と私達を襲い、
最も爆発の近くに居た騎馬は爆発の衝撃で
馬の足が吹き飛んだり、火薬の爆発と落馬の衝撃で骨折した賊が
痛みも忘れ、いったい何が起きたのかわからないのか呆然としている。


「今です! 賊は恐れています、武器を掲げて大声で叫んでください!」


火薬が爆発した音で 皆に聞こえているのかわからないが
私は傭兵の人が驚いて落とした槍を掲げて、
大声で叫びながらゆっくりと前進する。

荀桂さんも事前に伝えていたので理解してくれたのか
部下の人達や傭兵に指示を出して
私と同じように鬨の声を張り上げて賊を威圧する。


「「「「「「おおおおぉぉぉおぉぉっ!!!!」」」」」」


雷がすぐ近くに落ちたような大きな音と光の後、
騎馬や馬に乗っていたであろう大将が一瞬でやられ、
一体何が起きたのかわからない賊達は
しばらく呆然としていたが、
私達が鬨の声を張り上げながら武器を掲げて
近づいてくることで恐れをなし、
皆 武器を捨て逃げていってしまう。


「・・・ふぅ。
もういいですよ、皆今の内に逃げましょう。」
「・・・・え、えぇ・・・」


その後、すぐに私達も休憩無しで陳留へ向かって急いで移動を開始。
夜まで止まること無く移動し続けた。


その晩・・・
今日の昼過ぎの賊の襲撃の時ことを、
荀桂さんと桂花に尋ねられた。


「今日はお疲れ様だったわね。」
「・・・まぁ、袋投げて叫んだだけですけどね。」
「そのことを聞きたいのだけど・・・アレは何だったの?
もしかして妖術か何か?」
「ハハハ・・・妖術なんて存在しませんよ。
アレは油や炭等の燃える物を適切に処理して
一瞬で燃え上がるように調合した薬品みたいなものですよ。」


もちろん嘘だ、正確な材料や調合方法など教えられるわけがない。
作り方を教えて 桂花達が作ろうとした結果 事故でも起こされたらまずい。


「あんた、そんなもの何処で手に入れたのよ?」
「それは言えないよ・・・たとえ桂花でも。」
「何でよ! アレがあれば!」
「元々大量に作れるものでもないし、
作るのに費用がかかりすぎる。
桂花はアレを賊との戦にでも使おうと言うのだろうけど、
そんなコトしようとしたら作る費用だけで国が破綻するよ。」
「・・・・・・」
「それにアレを敵味方入り乱れる戦場で使ったら
味方も巻き込むよ?
今回は賊を驚かせるためにしょうがなく使ったけど
もう残ってないし、手にも入らないだろうから
さっきの一回きりだよ。」
「・・・・・・どうしても言えないっていうの?」
「どうしても言えない。
桂花や荀桂さんに聞かれてもさっきの薬品に付いて教えるつもりは無い。」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
「・・・分かったわ、喜媚ちゃんには
さっきのことについてはもう何も聞かない。
それでいいわね、桂花。」
「・・・でも! ・・・・わかったわよ。」


一度、荀桂さんが桂花を睨みつけるように見た後
桂花が折れてこの話はコレ以降しないことになった。

この時代の戦争に火薬なんて流通させたら
どうなるかわかったものじゃない。
桂花達を守るのと自衛のために しょうがなく使ったけど、
もう二度と使わないほうがいいだろう・・・
下手に使って妖術使いとか言われて追われるのもゴメンだ。

だけど武力の無い私が生き残るには
こういう状況になると あんなものにでも
頼らないといけない・・・
私にこの世界の武官くらいの武力があれば
さっきの状況も何とか出来たかもしれないが・・・
なんとも世知辛いものだ。


翌朝、商人の人から私が使った火薬をぜひ譲って欲しいと
しつこく頼まれたが、もう手元にないし、
旅の行商人からたまたま譲ってもらっただけだと話し、
諦めてもらった。

実際 まだ火薬は持っているが
許昌への帰りに同じことが起きないとも限らないし
下手に渡して悪用されても困るので 手元には無いことにした。


その後、私達は無事に陳留までたどり着き、
行商人の人達とも別れ、
陳留に宿を取り、桂花達は曹操さんとの会談に備え準備をしていた。

曹操さんと桂花との会談には、当然 私は参加しないのでいいのだが
下手に陳留の町中を歩きまわって
曹操さんと会う訳にはいかないので、
桂花には誘われたが、体調が悪いといって断り、
その日は宿に引きこもり、
翌日、桂花が曹操さんと会う日に私は 陳留の町を見て回ることにした。


(しかし、荀桂さん・・・
前にアレだけ話したのに、まだ私と桂花を同室にしますか・・・
しかもご丁寧に、二人っきりの部屋に。)


以前、荀桂さんが桂花に手を出してもいいような話をしたためか、
妙に意識してしまったが、なんとか耐え切り、
翌日、昼から曹操さんに会うために二人は警備を連れて出かけていった。
夜は向こうで食事をごちそうになるようなので、
帰りはだいぶ遅くなるだろう。

向こうも準備があるだろうから 今日は一日夜まで、
曹操さんと町中で合う可能性が無いということなので
私は安心して朝から町に出ていき
いろんな店を回って、店を開く際のアイデアを探したり
陳留の鍛冶屋が どの程度の技術力を持っているのか確かめて回っていた。

午後に差し掛かる前、何店かで軽食を食べていたので
今度は甘味が欲しいと思い、店を探していると
丁度 菓子を出す店を見つけたので
店の出入り口近くの椅子に座り、お茶とおすすめの菓子を注文し
味わいながら食べていた・・・・のだが、
何やら店の奥のほうが騒がしくなってきた。

他のお客も何事かと思って様子を見ているが
どうも耳を済ませて聞いていると
あるお客が、店の菓子とお茶について文句をつけているようだ。
内容を聞いてみると、この菓子にこのお茶は合わないだとか
菓子に使われている砂糖の分量がどうだとか、

確かに最初はふつうに美味しいと思っていたのだが、
言われてみれば少し違和感を感じる。
お茶は少し苦味がキツいし、菓子は甘みが足りない。
お茶の苦味を抑えるか、菓子を甘くすれば良くなりそうな気もするが
文句を言っている娘の言い分からすると
お茶の種類も駄目らしいが、
そこまで来れば個人的な好みのような気もしないでもない。

そうこうしていると、流石に店主も頭に血が登ったのか、
菓子を作る際に練るための のし棒を取り出してきたので
流石にまずいと思い、私は野次馬を押しのけ
騒ぎの中心に入っていった。


「すいません! この子ちょっと世間知らずで
味覚が独特なので御迷惑かけましてすいません。
お代と些少ですが迷惑料替わりに少し置いていきますので
勘弁してあげてください。」
「ちょ、ちょっとあなた!」


そう言って私は机に上に私が食べた菓子の代金の数倍のお金を置いて
騒ぎを起こしていた娘の頭を抑えて、
頭を下げさせるようにしてから
腕を掴んで逃げるように店から出ていった。

しばらく女の娘の手を掴んだまま小走りで移動し
路地裏に入った所で
女の子の方を向き、注意をする・・のだが・・・


「ふ~、ここまで来れば安心ね。
貴女もお菓子の味に言いたことがあるかもしれないけど
あんな言い方したら作ってる人も怒るでしょう?
もう少し言い方を考え・・・・て。」
「・・・・何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさい。」


私の眼の前にいるのは長い金髪を頭の両方で束ね、くるくるに巻き、
見るからに気の強そうなつり目で
その瞳からは彼女の意志の強さを感じさせる。
そしていかにも高価な生地を使い、細かい意匠の施された
紺色の服と裙子(スカート)・・・・
知ってる人が見たら、どう見ても曹孟徳本人です、
本当にありがとうございました。


(あんた、今日 桂花と会うんでしょうが!
何でこんな所で・・・お菓子パクついてるの!!)


一瞬頭に中が混乱したが、
この状況はまずい・・・とにかく無い頭を最大限に使った結果、
私が導き出した答えは・・・


「と、とにかく、人に注意する時は
相手のことも考えて、ちゃんと聞き入れられるようにするべきよ!
じゃあ、それだけだから。
さよなら!!」
「・・・・・・はっ! ちょっと!
待ちなさい!!」


逃げの一手。

君子危うきに近寄らず、いや、もうどっぷりと足を突っ込んだ後だが、
普段の桂花との追いかけっこで足には自身のある私は
もう ひたすら逃げに逃げた。

路地を何本も曲がったり 人気のない道は全力で駆け抜け、
ひたすら駆け回った後に宿に逃げ込み、
翌朝まで布団をかぶって隠れていた。


(まずいまずいまずいまずいまずいまずい・・
何がまずいって 何で私は逃げたし。
あのまま普通に話して、普通にさよならすれば良かったのに、
逃げたせいで 余計に不審がられてしまったにちがいない。)


私が宿の布団で包まるながら今日の行動を反省していた時、
桂花達は問題なく、曹操さんと面会していた。






--荀彧--


「荀文若さん、今日は有意義な話ができて嬉しかったわ。
是非、また機会があったらこの話の続きをしたいわね。」
「こちらこそ、短い時間でしたが有意義な話が出来て
ほんとうに楽しかったです。
それにわざわざこんな宴席を開いて頂いてありがとうございます。」
「許昌からせっかくいらしていただいたのですから
これくらい当然よ。
本当なら、このまま荀文若さんに私の所に仕官して欲しいのだけど、
私は未だ県令の辞令を頂いていないし、
そちらにも都合があるとのことみたいだから、
今回はお誘いだけさせてもらうわ。」
「すいません、父がどうしても
洛陽で私に自ら仕事を一通り教えたいと言うものですから・・・」
「良いお父上ではないの、
洛陽での勉強が終わったら、私の所に仕官してくれる事を期待してるわ。
貴女ほどの人ならかなりの待遇を約束できるわ。」
「はい、是非前向きに検討したいと思います。」


宴席も終わりに近づき、
最後にお互い挨拶をして今日は別れの時が近づいた時・・


「そういえば出会った時から気になっていたのだけど、
その猫の耳を象った意匠の頭巾は許昌では流行っているのかしら?」
「いいえ? コレは特注で作らせているものですから
許昌でもほとんど無いはずですが?」
「そう、この陳留でも私も見たことがなかったのだけど、
もしかして荀文若さんの知り合いに、
同じような意匠で色違いの
黒い猫の耳の頭巾をかぶった娘がいないかしら?」
「・・・もしかして喜媚を知っているんですか?」
「その名前は真名かしら?」
「いいえ、その子の名前は胡喜媚というのですけど
知り合いは皆 喜媚と読んでいます。
長い黒髪を左右に分けて肩から前に垂らし紐で縛って
上着と一体になった黒い頭巾をかぶっているのですけど。」
「フフフ、そうなの。
今度 荀文若さんが我が家にいらっしゃた時は
その方も連れて来てくださいな。
是非、お世話になったお礼をしたいから。」
「・・・・もしかして あの馬鹿がなにかやらかしたんでしょうか?」
「いいえ、少し助けてもらった上に
ごちそうになったのでそのお礼をしようと思ってね♪」
「そうですか・・・では、本人に伝えておきます。」
「えぇ、よろしくお願いするわ。」


こうして二人の宴席での会談は終わり、
桂花達は夜中に宿に戻ってきたのだが・・・


「あんたは何やらかしてきたのよ!!
曹操様になにか失礼なことしたんじゃないでしょうね!?」
「な、何もしてないし、曹操なんて人知らないよ!!」
「あんたは知らなくても、向こうは知ってたわよ!!
私が出かけている間に何してきたのよ!」
「だから知らないって、私はお腹が痛いからずっとココにいたって!」
「嘘つくんじゃないわよ!
あんた今朝から出かけてたじゃない!」
「き、気のせいだよ、きっと桂花が見間違えたんだよ。」
「そんな理由無いでしょ! ちゃんと私は,
「行ってらっしゃい。」 って見送ったわよ!」


結局 子供じみた言い訳が通じることなど無く、
何があったのか洗いざらい話すことになってしまった。


「はぁ・・・あんた何考えてんのよ。
別に 悪いことやったんじゃないから素直に言えばいいじゃない。」
「いきなり桂花が怒鳴りこんできたから
なにか変な話でも聞いてきたのかと思ったんだよ・・・」
「・・もういいわ、
とりあえず曹操様は別に怒っているようでもなかったし、
今度 来る時はあんたも一緒に連れてきて欲しいって言ってたから。
次はあんたも一緒に行くのよ。」
「絶対に嫌だ!!」
「・・・何があんたをそこまで頑なにするのよ。
別に普通に会ってお礼を言われるくらいでしょ?」
「とにかく曹操さんに会うのは桂花達だけで行って、
私は絶対行かないから!」
「あんたは子供か・・・とにかく次の機会には連れていくからね!」


私が布団に包まって子供が駄々をこねるように
頑なに否定するのに呆れた桂花は、
これ以上、下手に行っても余計に態度を硬化させるだけと悟ったのか、
一旦、この話はここでおしまいとなり
私はこれ以上 追求されることも無くなった。


(何でこんな事に・・・
と、とにかくこれ以上 曹操さんと関わったら
桂花と一緒に魏に取り込まれるかもしれないから
何とかして二度と曹操さんに合わないようにしないと・・・)



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二十三話

許昌




桂花達が曹操さんと会い、その後 桂花と一騒動あったが、
翌日に 私以外の皆で陳留を視察してから許昌へと帰ってきた。

陳留から許昌までの帰りは、特に問題もなく帰ることが出来たのだが、
途中で同行した行商人の人達から、
最近、黄色の布を巻いたおかしな連中が
いろんな村に現れるという話を聞いた。
行商人の人達は、新しい賊の一団ではないか?
と、警戒していたが、
私にとっては、近いうちに・・・少なくとも数年内には
黄巾の乱が起こるのだということを確信させる内容だった。

今の、私にはどうすることもできないが、
少なくとも私の身の回りにいる人くらいは守れるように、
今から準備だけはしておこうと思った。


許昌に帰ってから、私は黄巾の乱に備えて準備しつつ
普段通りの生活を送っていたのだが、
とうとう、桂花が十八歳になったら、
荀緄さんの元で仕事を習うために洛陽に行く事が決定した。

実は桂花の姉の荀衍さんや荀諶ちゃんは既に揃って洛陽に行き
荀緄さんの元で働いているのだ。

コレは桂花がまだ学びたいことがある、
と言ったのと、桂花に会いたいと言う人達が
順番待ちのような状況になっていたので、
一通り会う予定を立てていたら、この時期になったのだ。

桂花が洛陽に行くのと入れ替わりで荀衍さん達は一度 許昌に戻り
その後、荀諶ちゃんは袁紹(えんしょう)さんの所に、
仕官することが決まっているそうだ。

それに郭嘉さんがいい機会だということで、
桂花が洛陽に行く時期に、
知り合いと旅に出て国の現状をこの目で確かめて回るそうだ。


まだ、桂花が洛陽に行くまでは半年以上あるが
皆がそれぞれの目標に向かって動き出す。


私は、将来 穏やかにのんびり暮らすという私の目標の為に、
なんとしても この戦乱の時期を生き残れるよう
着々と準備を進めていく。


(・・・・と、思っていた時期もありました。)


それは桂花が洛陽に行くと聞いて、
しばらくたった時期のことである。

その日、私は荀桂さんに呼ばれ屋敷に向かったのだが、
嫌な予感しかしなかった。


「喜媚ちゃんは桂花と一緒に洛陽に行くわよね?」
「なんで、それが当たり前のような聞き方をするんですか・・・
行きませんよ。」
「なんで?」
「逆にこっちが聞きたいですよ、
なんで私が桂花と一緒に洛陽に行かなきゃいけないのか。
桂花は洛陽に実務を習いに行くんですよね?
私が行く意味が無いじゃないですか。」
「コレは桂花よりも先に行った二人もそうなのだけど
ウチから何人か信用できる使用人をつけているんだけど、
桂花には喜媚ちゃんが着いて行ってあげて欲しいのよ。
もちろんお給金は弾むわよ?」
「お断りします。」
「・・・即答ね。」
「えぇ。」
「・・・・・」
「・・・・・」


私と荀桂さんはしばらく睨み合うような形になる。
流石に今回はいつもの人に会う時のような一時的な旅とは違う。
聞いている話だと最低 数ヶ月から半年は洛陽に居るという話だ。

そんな長期間家を離れるのはまずいし、
荀桂さんのことだ、人手は用意すると言うだろうが、
これ以上 桂花に付き合っていると
本当に、陳留で曹操さんに仕官するまでついて行くことになりかねない。


「・・・・」
「・・・・今回は、小細工は一切抜きで行かせてもらうわ。」


そう言うと荀桂さんが椅子から立ち上がって
私の直ぐ側まで歩いてきて
床に膝を付き手を組み 礼をとる。


「・・なっ!?」
「胡喜媚殿、伏してお願い致します。
桂花が・・・娘が仕えるべき主に仕官するまで、
娘を見守っていてくれないでしょうか?」
「・・・・荀桂さん。」
「娘が望む仕えるべき主に仕えることができたら
それ以降は、胡喜媚殿に対して
これ以上無理なお願いをすることは致しません。
ですから、どうか・・・
どうか、その時まで娘の事をお願いできないでしょうか?」
「・・・・どうしてそこまでして私に括るんですか?
前も言いましたが、桂花はもう十分一人でやって行けますよ?
男に対して苦手意識はあるでしょうけど
それを職務に持ち出すほど桂花ももう子供じゃないですよ。」
「私も桂花の男嫌いに関してはそう思うわ・・
だけど、私は桂花には喜媚ちゃんが必ず必要だと考えているわ。
でも、同時に喜媚ちゃんの人生を歪めてまで
桂花と一緒にしようとは思わない。
そんなコトしたらうまくいくものも うまく行かなくなるわ。
だから、せめて、桂花が仕えるべき主が見つかるまで・・・
その主に仕えることができるようになるまで、
それまででいいから桂花のそばに付いてあげてくれないかしら?」

「・・・・」

「これも前に話したけど、
私個人としては桂花と喜媚ちゃんが一緒になってくれたら
こんなにいい事はないと思ってるわ。
でも、無理強いするつもりはないわ。」
「・・・・私を買ってくれるのは嬉しいんですけど
私はそんなに立派な人間でも無いですし、
どちらかと言えば、自己中心的な人間ですよ・・・
自分さえ良ければいいと思っている様な人間ですよ。」
「そんなの皆そうよ。
逆に 「桂花のためならなんでもできる!」
なんていう人間の方が信用出来ないわ。
実際、私だって自分の娘が幸せになるために 喜媚ちゃんに無理なお願いをしている。
私も喜媚ちゃんも 何も変わらないわよ。」


荀桂さんほどの立場の人が、ただの農民に膝を付いて頭まで下げたのだ。
前の桂花の命を助けたお礼とは理由が違う。

正直 私自身、桂花が無事に曹操さんの元に行けるかは心配だ。
陳留へ向かう時の賊の件もある。
私がついていけば、少なくとも少数の賊くらいだったら
なんとか桂花の身を守ることが出来るだろうし、
一刀くんが魏に所属して 桂花がいないなんてことになったら・・・
程昱(ていいく)さんや郭嘉さんが合流するまで、
特に反董卓連合後の袁紹さんとの官渡の戦いが危ない。
あそこで桂花がいなかったら曹操さんが負けることさえありうる。
そうなったらこの国は相当危なくなってしまう。

そう考えると桂花が無事に曹操さんの所に仕官できるまで
見守るのは悪くないのかもしれない・・・
それに私自身、桂花の事は好きなのだ。
恋愛感情は別としても彼女には生きていて欲しいし、
曹操さんの所に行けば彼女の才は十全に生かされるだろう。

それならば、桂花が曹操さんの所に仕官するまで・・・
ここまで付き合ってきた友人・・・親友なんだから
それまでの間ならば・・・・


「・・・ハァ、もう立ってください、荀桂さん。」
「喜媚ちゃんが うん と言ってくれたら立つわよ。」
「ですから 立ってください・・・
桂花が望む主の所に仕官するまでは着いて行きますから。」
「本当っ!?」


荀桂さんが立ち上がって私の両手を握り締める。


「本当です・・・まぁ、そんなに長くはかからないでしょう。
桂花は曹孟徳さんを すごく気に入ってたみたいですし。
陳留から帰ってきてから よく話を聞きました。
荀諶ちゃんからも、袁本初さんの所に誘われてたみたいですし
多分、どちらかで決まりでしょう。」
「そうね・・・それ以外だと
何遂高様の所だけど・・・コレはないわね。」
「そうですね・・・何遂高様の所だと重用はされるでしょうけど、
桂花の才は・・潰されるでしょうね。」
「そんな事言ってもいいのかしら?
何皇后様の異母姉よ?
下手したら不敬罪に問われるわよ?」
「私が不敬罪に問われるなら、
荀桂さんも一緒じゃないですか。」
「そうね。」
「それに桂花が潰されるとしたら、
何遂高(かすいこう)様云々よりも周りに潰されますよ。
宦官や十常侍辺りにね。」
「・・・何で喜媚ちゃんが宮中の事に
そんなに詳しいのかは聞かないでおくわ。」
「ありがとうございます。
・・・それで、私は桂花の使用人としてついていけばいいんですか?」
「私は夫でもいいのだけど 「帰ります。」 わ~嘘嘘!
そうなったらいいとは思うけど、
そうね、使用人としてでお願いできるかしら?
書生や個人的な秘書だと、喜媚ちゃんも困るでしょうから。」
「分かりました・・・・ハァ。」
「一応、私は桂花の母親なんだから
そんな目の前でため息付かれると 困っちゃうんだけど。」
「だったらこんな事 私に頼まないでくださいよ。
桂花が将来幸せになってくれるのは望んでますけど、
私の将来もかかってるんですから。」
「ごめんなさいね、でも、
喜媚ちゃんが一番桂花を安心して任せられるのよ。
・・馬鹿な親だと笑ってくれてもいいわ。」
「親が娘を想うのを笑えるわけないじゃないですか・・・」
「フフフ、そんな喜媚ちゃんだから安心して任せられるのよ。」
「・・・・ハァ。」


こうして、荀桂さんの泣き落としに近いお願いを聞くことになり、
私は桂花と一緒に洛陽へ行き・・
おそらくその後は、袁紹さんの鄴、
曹操さんの陳留へと行くことになるだろう。


荀桂さんのお願いを聞いた数日後、
袁術ちゃんの所からいつものように周泰ちゃんが
蜂蜜を受け取りに来た。

その時に世間話のついでに、
私が今後 洛陽へ行くため
数カ月後からは母さんに蜂蜜の受け取りを頼むように話をしたのだが・・


「えぇ~、喜媚さまは洛陽ヘ行っちゃうんですか!?」
「行くって行っても一時的なものだよ。
ただ、その後少し回るとこができそうだから
もしかしたら1年くらいは帰ってこれないかもしれないけど・・」
「そうですか・・・あっ、洛陽で
喜媚さまが住むお家が決まったら私に連絡ください!
私、仕事で洛陽にも行きますから、
その時にお会いできると思いますから!」
「本当! 周泰ちゃんも大変だねぇ・・
でも、会えるのは嬉しいよ。」
「私もです!」


最初の出会い以来、周泰ちゃんとは仲良くやっている。
最初の出会いで猫耳服をあげてから、
次に来た時、周泰ちゃんはわざわざお土産を持ってきてくれたのだ。
そのお返しに私がご飯やお菓子をお返しして、
そのお返し、そのお返し、と続いていたので
お互いきりが無いという事で、
お返しは止めて、普通の友達として付き合っているのだが・・・
結局、止めた今でもお土産と
食事のご馳走の応酬は今でも続いている。


「あ・・・・でも、その事は
袁術さまには言わないほうがいいかもしれません。」
「何で?」
「喜媚さまが洛陽や他の邑へ行くと袁術様が聞いたら
寿春にも来るようにおっしゃいますよ、きっと。」
「あ~、でも袁術ちゃんには前から誘われてたんだよね。
それに周泰ちゃんに渡した書簡にもう書いちゃったし。」
「あやや。
でも、喜媚さまが寿春に来て頂けるなら 是非紹介したいお方がいますので、
私の所にも遊びに来てください。」
「そうだね、寿春に行くことがあったら 周泰ちゃんのところにも行くよ。」
「はい! お待ちしてます!」


その後、食事をしながら周泰ちゃんと話した後、
彼女は寿春へと戻っていった。


そう考えると今回の洛陽行きは
少し行程を考えたほうがいいかもしれない。

確か洛陽に行って一度許昌に戻ると言っていたから
戻る時に 少し足を伸ばして袁術ちゃんのところに
行くのもいいかもしれない。

正直恋姫の話に関わってくる彼女とは
あまり会わないほうがいいのだが、
彼女・・袁術ちゃんや張勲さんとの書簡のやり取りでわかったのだが、
張勲さんや本当に身近な世話人以外、彼女に味方がいないのだ。

それ以外の人間は皆 彼女が幼い事で、
彼女を利用しようとするものばかりなのだそうだ。
張勲さん本人が袁術ちゃんを
猫可愛がりしたいだけといいうのもあるのだが、
わざと甘やかすことで袁術ちゃんが、
まだ幼い事を演出している節がある。
実際、袁術ちゃんと書簡で話をしているが、
彼女が原作や、世間で言われているほど暗愚とはとても思えない。
頭に回転もいいし、以外な指摘などをしてくることなどもある。

そんな彼女には このまま行ったら 過酷な状況が待ち受けているので
せめて私にできることがあったら 何かしてあげたいと思うのだが
私にできることなど たかが知れている。

せいぜい、彼女の所に遊びに行って お菓子をご馳走するか、
彼女が逃げ延びた後、ウチの畑か養蜂所で二人を雇ってあげるか・・
孫策さんにうまく会えたら、
その辺の彼女の状況をさり気なく教えることで
彼女が見逃してもらえる確率を上げるか・・
私にできるのはこれくらいだろう。

関わりたくないと言っても
流石に数年来の文通友達が死ぬのは忍びない。
まだ手が打てる 今の内に寿春に行っておくのはいいかもしれない。

・・・・・結局桂花の時もそうだが、
私はこういうところが非情になれないと言うか、
甘いのだろう・・・

でも 非情になって彼女達を見捨てるよりはましだ。
友達くらいは・・・・せめて自分の手の届く範囲の人くらいは
助ける努力をするくらいいいだろう。


まだ、桂花とは話していないが、
一度この件で相談してみよう思った。
最悪、桂花が許昌で家族と会っている間に
私一人で寿春に行けばいいのだ。


さて、私が袁術ちゃんや桂花の事で悩みつつも
いつも通りの日常を過ごしていた。


そんなある日、私は桂花の家の庭で
二人で碁を打っていた。


「はい、コレで終わり♪
13目差で私の勝ちね。」
「ぐっ・・・・だからもう少し置き石を増やしてって言ったのに。」
「コレ以上増やさなくても勝ち目はあったわよ、
ほら、あんたこの盤面で読み違えなきゃ反撃出来たのに。」
「そんな桂花みたいに何十手も先を読めないよ・・・」
「あんたたまにすごい手を打つくせに
相手の手を読むのは苦手なのよね。」
「私が普通で、桂花が異常なんだよ!」
「そんなわけないでしょう、郭嘉は私と同じくらい読むわよ。」
「二人が異常なんだよ!!」


そんなやり取りをしていたのだが、
不意に門が叩かれ来客が来たようだ。


「ん? 桂花、誰か来たみたいだよ?」
「はぁ? そんなのほっとけば誰か使いの者が・・・って
今買い出しに出てるんだったわ・・・
ったく、面倒ね!」
「お客さんに当たらないでよ?」
「そんな事しないわよ!」


そう話しながら、私と桂花は門に向かって歩いて行くのだが
桂花一人だと危ないので、私は一応 桂花の護衛役でついて行く。

そうして門の所に着くと、私が門を開け、
桂花が応対する。


「どんな御用かしら?」
「突然の来訪、申し訳ありません。
私、関雲長(かんうんちょう)と申しますが 家主様はご在宅でしょうか?」


「はぁっ!?」


「ちょっと喜媚うるさいわよ!
私が応対してる横で騒がないでよ!
家の品格が疑われるじゃない!」


(何で! あんたが! 今! ココに! 居るし!! 関雲長っ!!!)


私は一瞬にして混乱状態になったが
確かにそこに立っているのは
美しい黒髪を横に束ね、意思の強さを感じさせる綺麗な瞳。
武を嗜むものなら誰でもひと目でわかるほど
しっかりとした隙の無い佇まいの美しい少女だった。






(何であんたがココに居る 関雲長ぉぉぉっ!!!?)



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二十四話

許昌




(冷静になれ、冷静になるんだ。
冷静になればなんでもできる。)


私と桂花の目の前に立っているのは
知ってる人が見れば人目でわかる、美髯公
もとい美髪公こと関雲長その人だ。

そもそも なぜ 今 関羽さんが許昌に居るのか?
とにかく、彼女の話を聞くしか無いようだ・・・


「それで、関雲長といったかしら?
あなた我が家の家主、私のお母様に用があるとかいう話だけど
一体何の用事なの?」
「はい、実は・・・」


彼女の話を要約すると、こうだ。


彼女は今の漢の現状を憂い、
旅をしながら賊を狩ったりしているのだが、
旅の途中で この許昌の噂を聞いたんだとか。

なんでもこの辺りでは最も発展していて、
民が飢えること無く、賊の大群に襲われても
見事に返り討ちにしたとか。

そこで見聞のため、それと心もとなくなった旅費を稼ぐために
この許昌まで来たのだが、
市場などを周り、用心棒や傭兵等、
武を使う仕事を探したのだが、
この許昌では、警備隊が優秀なため満足な仕事がなく、
あったとしても別の町へ移動する際の警護といったものしか無い。
かと言って普通に働いたのでは
旅費を稼ぐまでにどれくらいかかるかわからないので
割のいい仕事を探していたのだが
その途中で、この辺りに顔の広い荀桂さんなら
いい仕事を紹介してくれるかもしれない。
と言う話を聞き、やってきたというのだ。


はい、彼女が許昌に来たのは私のせいですね。
ありがとうございました。


「ふ~ん、そういうこと。
生憎とお母様が帰るまでもうしばらくかかるけど・・・
貴女、誰の紹介でココに来たの?」
「市場で鍛冶屋を営んでいた熟年の男性の紹介です。」
「あぁ、あの人ね。
わかったわ、家の中に入ってお母様が帰ってくるまで待つといいわ。
お茶と飲茶くらい出すわよ。」
「ありがとうございます!」

(ちょっと、桂花いいの?)
(いいのよ、鍛冶屋のおじさんの紹介なら
この娘の為人は確かだろうし。)
(そういうものなの?)
(そういうものなのよ、この家に紹介されてきたなら
その途中で為人を確かめられてきているはずよ。
逆に為人が確かな人物じゃなければ
家に紹介されて来ることなんてないんだから。)
(ふ~ん、そんな風になってたんだ。)

「あの、どうかされましたか?」
「なんでもないわよ、
今この子にお茶の用意をさせるように言っていただけだから。
じゃあ、喜媚頼んだわね。」
「はい。」


そして私は勝手知ったる桂花の家の台所へ行き、
お茶等の用意をしてから
応接間で待っている桂花たちの元に行く。


「おまたせしました。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」


二人にお茶を出して私は下がろうとしたのだが・・


「喜媚、あんたも座りなさいよ。」
「え? ・・・・でも。」
「あんたはウチの使用人じゃないんだから
別に問題ないじゃない。」
「じゃ、じゃあ・・・失礼します。」
「それじゃあ、簡単に自己紹介しようかしら。
私は荀文若、貴女が訪ねてきた荀桂の娘よ。」
「私は胡喜媚と言います、喜媚と呼んでください。
私は・・・・なんというか、
この荀文若様の友人をさせてもらっています。」
「そうだったんですか。
では、先程も名乗りましたが、
私は関雲長、河東郡解県から諸国を旅をして回っています。」
「河東郡解県と言うと、塩で有名ね。」
「えぇ、よくご存知で。」
「有名だからね。
それで、雲長さんはどうしてわざわざ諸国を旅してるのかしら?
何処かに仕官するという道もあると思うけど?」
「はい、未だ、私が心から
仕えることができる主に出会えませんので・・・
それに、将来のため、今の内に見聞を広げようかと。」
「そう、それは立派なことね。
・・・・どこかの誰かに聞かせてあげたいわ。」


そう言いながら桂花は私の方を流し目で見てくる。


「・・・・」
「どこかの誰かに聞かせてあげたいわ。」


今度は はっきりと私の顔を正面から見ながら言ってくる。


「何度も言わなくてもいいよ。」
「あの・・・」
「あぁ、別に気にしなくてもいいわよ。」
「はぁ・・・それで、先程文若殿が名乗られて
思い出したのですが、
文若殿はもしかして、この許昌で農法や兵法等で
民の為に太守様に知恵を貸しておいでになると言う
話を聞いたのですが、その文若殿ですか?」
「まぁ、私一人の知恵じゃないけどね。
他の二人と皆で考えてその知恵をお母様に伝え、
それが結果的に太守様に伝わって、実行されただけよ。」
「おぉ、では、噂は本当だったのですね!
私では武でしか民の為に力になれませんが
文若殿は知で多くの民を救ってらっしゃるのですね。」
「私は知があるからそれを使っているだけで
貴女には武があるのだから、
私にはできない方法で民の為に力になればいいんじゃない?」
「そうですね・・・私にはそれしかありませんし。」
「おせっかいかもしれないけど、
最低限の知はつけておいたほうがいいわよ?
貴女が将来仕官して軍を率いるのに 最低限の知が無ければ、
それはただの烏合の衆と同じなのだから。」
「はい、それはわかっているので
一応兵法も学んではいるのですが、なかなか・・・・」
「まぁ、武も知も一朝一夕でどうこうなるものではないのだから、
継続することが大事よ。」
「そうですね。」


・・・・なんか凄い真面目な話をしていて
私は居づらいのだが・・・帰っては駄目だろうか?
桂花がたまに私の方を睨むのは、
「あんたも雲長を見習って少しは世のため・・・
と言うか私と一緒に働け!」 と、言っているようにしか見えない。

時折、桂花が私の方をにらみながら、
真面目な話を続ける二人を桂花の横で眺めていたのだが、
私の精神が削り取られる前に
ようやく 荀桂さんが帰って来てくれたので
なんとか、私は耐え切れずに逃げ出すという愚行を犯さずに済んだ。


「ただいま・・・あら? お客さん?」
「お帰りなさいお母様、
鍛冶屋のおじさんに紹介されて、お母様を訪ねて来そうよ。」
「そう・・初めまして、荀桂よ。」
「はじめまして、関雲長と申します。
この度は 荀桂殿に是非お願いがありまして、
こうして訪ねて参りました。」
「あら そうなの?
どんなお願いかしら?」


その後、関羽さんは最初に私達に話した内容を
荀桂さんに説明し、良い仕事を紹介してもらえないか?
と、説明をする。


「う~ん そうねぇ・・・ある程度稼ぎが良い仕事ねぇ。」
「武には自身がありますので、
賊退治や傭兵等の仕事でも構いません。」
「ふむ・・・」


荀桂さんは、関羽さんを上から下へと観察する。


「そうね、私と一対一で試合をしたら、私 負けちゃいそうね。」
「えっ!? お母様、雲長はそんなに強いんですか?」
「さん をつけなさい、お客さんなんだから。」
「ご、ごめんなさい。」
「試合なら負けるわね、戦場でなら話は別だけど。」
「む・・・如何に荀桂様といえど、
今の言葉は聞き捨てなりませぬ。」
「別に貴女の武を侮辱したわけじゃないのよ?
貴女には経験がまだ足りないから、
経験が豊富な分私でも勝ち目があるっていう話しよ。」
「・・・・」


関羽さんが荀桂さんを睨むが、
荀桂さんはどこ吹く風だ。


「戦場では常に一対一というわけではないでしょう?
それに流れ矢だって飛び交うし、
敵の兵を盾にしたりそれこそなんでもありよ?
そういう経験が私のほうがあるから、
戦場では別だといったのよ。
一騎打ちで貴方に勝てるなんて言ってはいないわよ。」
「・・・そうですか。」
「己の武に自信を持つのはいいのだけど、
もう少し、落ち着いて周りを見ることができるようになれば、
貴女も戦場で命を落とすことはなくなるでしょう。
今みたいにちょっと武を貶されたように聞こえただけで冷静さを失っていたら、
そこらの新兵にだって隙を突かれてやられちゃうわよ?
気をつけなさいね。」
「ご忠告として承っておきます。」


どうやら関羽さんも納得したようで
先ほどのピリピリとした威圧感はなくなった。


「さて、仕事の件だけど。
私が紹介できる仕事だと・・・そうねぇ、
喜媚ちゃんのところとかどうかしら?」
「「はぁ!?」」


私と桂花が、お客の前で出しては行けないような声を出して驚く。


「喜媚殿・・の所ですか?」
「えぇ、喜媚ちゃんの所は農家なんだけど
色々手広くやってて、あの袁家とも繋がりがあって
私が知ってる中でもかなり儲けている方よ?」
「袁家というと、三公を輩出したあの袁家ですか?」
「そうよ。」
「荀桂様・・・袁術ちゃんとは普通に商取引をしているだけで・・・」
「ほらね? あの袁公路様を袁術ちゃんなんて呼べるのは 許昌ではこの子だけよ。」
「・・・な、なるほど。」
「荀桂様! 雲長さんも変な風に納得しないでください!
それになぜ私のところなんですか?」
「私が紹介できる中で、一番儲けているからよ?」
「他にも商人とか居るじゃないですか・・・」
「雲長さんができそうな仕事で 高給を出せる所は無いわよ?
それに理由はもうひとつあるのよ。」
「何ですか?」
「雲長さんは許昌の見聞もしたいのよね?
この許昌がどうして発展しているのか知りたいのよね?」
「はい。」
「なら喜媚ちゃんの所が一番いいじゃない。
この許昌が他の都市よりも農作物の出来がいいのは
喜媚ちゃんの研究のおかげなんだから。
この許昌で、いま一般的に使われている農法の基礎は、
ほとんど喜媚ちゃんが考案したのよ?
ウチの桂花達はそれを普及しやすいように調整しただけだもの。」
「・・・本当ですか!?」
「本当よ、表向きは桂花が普及させたようになってるけど
農法自体は喜媚ちゃんが確立したものだもの。」
「・・・・・。」


関羽さんがなんか凄い尊敬の眼差しで見つめてくる・・・
(止めて! 私はただ人の知識を模倣してるだけなの!!)


「それと、雲長さんには もう一つ仕事を頼みたいのだけど。」
「何でしょうか?」
「今度ウチの桂花が洛陽に行くのだけど
それの護衛をして欲しいのよ。
鍛冶屋のおじさんの紹介なら為人は確かでしょうし、
武も私以上なら問題無いわ。
雲長さんは洛陽には行ったことある?」
「いいえ、まだ行ったことはありません。」
「それなら一度行っておいたほうがいいわ。
国を知るなら まずその国の首都を見ないと。」
「・・・確かに。」
「しばらく喜媚ちゃんのところで働いて、
桂花が洛陽に行く時になったら一緒に洛陽に行く。
当然その時の旅費や護衛代は私が払うから、
雲長さんは安い経費で洛陽まで旅ができるし 喜媚ちゃんのところで稼いだお金は
そのまま取って置けるわよ?」
「あの・・・まだ、私が雇うと決めたわけでは・・・」


いきなり関羽さんは立ち上がり、
私の手を両手で握る。


「喜媚殿! ぜひともお願い致します!
喜媚殿の所で働かせてください!
給金は少なくてもいいので、是非この許昌で、
作物の収穫を増やしたという農法を学ばせてください!」
「いや、雲長さんは兵法を学びたいんじゃないの?」
「兵法も大切ですが、人は食べないと生きていけません。
それに食べていけなければ心が荒み、
やがて一部の者は賊に身を窶してしまいます。
民が食べていくためにも 是非優れた農法を学ぶ事が大切なのです!」
「あ~・・・・・あの桂花どうしたら・・・・」
「・・・・なんで私に聞くのよ?
あんたの好きにすればいいじゃない!」
「うぅ・・・」
「喜媚殿!」


若干機嫌の悪い桂花と熱心に私に頭を下げて頼み込んでくる関羽さん。
その二人の様子をみてニヤニヤと笑っている荀桂さん。


(・・・・そうか、荀桂さん仕組んだな。
前から荀桂さんは私と桂花をくっつけようとしてたけど、
今回は関羽さんを間に入れることで桂花を煽るつもりか・・・
その上で、関羽さん私に押し付けて洛陽までの護衛を確保。
一石二鳥どころか三鳥と言うわけか・・・
かと言って・・こんな風に頼まれると断りづらい・・
関羽さんの場合、十割善意だから質が悪い、
それにむ、胸が当たって凄いことになってるし。)
「喜媚・・・」


私が関羽さんの胸を意識した瞬間、
桂花が地獄の底から聞こえてくるような
悍ましい声で私の名を呼んだ。


「ひぅ!?」
「・・・あんたわかってんでしょうね?
関羽とあんたはあくまで雇用関係よ。」
「は、はいっ!!」
「それでは私を雇ってくださるんですね!!」
「決まりね♪」
「え・・・? あっ!?
・・・・じゃ、じゃあ・・・しばらくお願い出来ますか。」


結局 私は弱い人間なのだ・・・
この部屋の中では最弱の虫けらの私が
桂花や関羽さん、荀桂さんに逆らえるはずがないのだ・・・

こうして、この後の話し合いの結果、
関羽さんがウチの空き部屋を使って
住みこみでウチで働くことになってしまった。


私が関羽さんと家に帰る前に
桂花に私だけ呼び出され・・


「いい、あんたと関羽はただの雇用関係なのよ!
その辺しっかりと頭に叩きこんでおくのよ!
特にあの 忌 々 し い 乳 に惑わされて
妙なことしたら あんた・・・・殺すわよ。」


あの時の桂花の目はマジだった・・・
今までの怒りから出る台詞ではなく 本気で私を殺るつもりの目だった。


関羽さんを家に連れ帰り、
母さんに話をしたら あっさり了承され、
空き部屋を関羽さんと掃除し、
とりあえず今日は寝れるような状態には出来た。

その際、他人行儀なので、
字ではなく名で呼んでほしいということで お互い名で呼ぶようになり、
関羽さんも桂花の家でのような固い話し方ではなくなり、
普段(?)通りの話し方になったのだが、
元々お固い性格のようなので そんなに変わった感じはしなかった。

掃除の後に母さんと武術の訓練となるはずだったのだが、
母さんが、 「関羽ちゃんが居るなら
関羽ちゃんに稽古をつけてもらえばいいじゃない。」と言う、
明らかに自分が面倒だからという理由で、
関羽さんと組手をすることになったのだが・・・
この人マジで武術に関することには容赦がない。

特にまだ若いと言うことで教え方が、

「痛くなければ 覚えませぬ。」

を 地で行くのだ。
そういう理由で わずか数分でボコボコにされた私は、
そこで終了・・・・・と いうわけには行かず。
叩き起こされてはボコボコにされるというループを何度か繰り返し、
流石に見かねた母さんが、
「少しは 加減してあげてね♪」 と言うまで 関羽さんのシゴキは止まらなかった。


夕食時に明日からの仕事の話をし、
農法に付いて教えて欲しいと言われたが、
実際の仕事をしながら教えたほうが覚えがいいだろうという母さんの意見で
今日は、食後は普通に寝て 仕事や農法の話は明日以降となった。


こうして、関羽さんを交えた
私達の生活が明日から本格的に始まる・・

私にとっての当面の課題は
明日の朝の稽古を生き残ることであった。



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二十五話

許昌




関羽さんが一緒に生活するようになり、
畑仕事は楽になったのだが、
桂花が良く来るようになった・・・と言うか
監視しに来るので
総合的に見ると、仕事の進み方はあまり変わっていない。

桂花が来ると、作業そっちのけで
話し合いがはじまるのだ。

最初は関羽さんの希望通り、
簡単な農業の知識を話していたのだが、
途中から兵法の話になり、
小石を並べては、この状況の時はどう攻めるべきか?
等と 話しをしている。

また関羽さんが模範的な生徒なため、
教える方の桂花も楽しいらしく、
徐々に白熱していき、私も巻き込まれて
ちょっとした討論会になる。

そこに郭嘉さんが混じったらもう終わりだ。
その日はろくに作業にならない。


そして武術の訓練がまた厳しい。
関羽さんが私の限界ギリギリを見極めて 模擬戦の相手をするので、
最初の方は 終わったら ろくに立つこともできなくなる日もあった。
流石に次の日仕事にならないので、
そういうぎりぎりの訓練は止めてもらったのだが、
それでもキツいものはキツい。
更に質の悪いことに関羽さんに悪意が全く無いので、
私も下手に手を抜いたり出来ない。


そんな、新しい生活を送っていたある日、
突然城壁の見張り台に設置されている銅鑼が激しく鳴り出し、
賊が攻めてきた合図が街中に鳴り響いた。


「な、何事ですか!?」
「賊が攻めてきたんだよ!」
「喜媚、行くわよ! 関羽、あんたは喜媚の家で待ってなさい!」


私は桂花が言うように、
桂花に付いて銅鑼の鳴った東の城壁まで走っていくが、
関羽さんも私達に付いて来た。


「待ってください、お二人は何処に行くんですか?」
「城壁よ!」
「城壁!? ならばこの関雲長もお伴します!」
「あんたが何を勘違いしてるか想像はつくけど、
別に私達は戦いに行くわけじゃないわよ。」
「ならば武器も持たずに 何をしに行くのですか!?
賊が攻めてきているというのに!」
「私達は戦闘の様子を観察しに行くのよ。」
「賊が攻めてきているというのに 物見遊山ですか!!」
「違うわよ! 賊相手の策や防衛の陣形は
私達も関わっているから、実戦でどう運営されるのか見て、
兵の被害を最小限にするために少しでも改良点を見つけるのよ!」
「・・・ならばやはり私も着いて行きます!」
「ただの野次馬根性なら この許昌からあんたを叩き出すわよ!
兵の命がかかってるのよ!」
「違います! 城壁から観察するとは言え、
お二人に何かあったら大変です。
私なら飛んでくる矢くらい叩き落せますから、
お二人の護衛として着いて行きます!」
「・・・もう! だったらしっかり守りなさいよ!」
「承知!」


そう言うと私達は、城壁に登る階段を駆け上がり、
既に付いていた郭嘉さんや荀桂さんと合流する。


「どんな状況!?」
「あら、関羽ちゃんも来たの?」
「私達を守るんですって。」
「そう・・状況は悪くはないけど、
今までで一番数が多いわね・・・
どこからかき集めたのか、六百はいるわね。」
「郭嘉、兵種は?」
「ほとんどが農具などで武装した歩兵ですが
チラホラと槍が見えます。
それと騎馬が百五十ほど。」
「百五十! やっかいね・・・」
「こっちも東側で出せる最大数出していますので 平原で勝負をつけます。
畑を荒らされるわけには行きませんので。」
「他の方角は大丈夫なのね?」
「今のとこ、問題ないようです。
一応それぞれの方角に、
最低限の盾隊と槍隊の合同部隊を用意しています。
私なら騎馬は、城壁脇に伏せておいて、盾隊で抑えた所で
弓で牽制後、南北両方から突っ込ませます。
まぁ、賊が正面から突っ込んできた場合の話ですけど。」


桂花と郭嘉さんが作戦について話しあっている間に
私がこの間、郭嘉さんの眼鏡を作った職人に頼んで
部品を作ってもらい その場ですぐに組み上げれる
簡易望遠鏡を使って賊の様子を確認する。

この簡易望遠鏡は、少し厚めの皮を丸め、
その両端に作ってもらったレンズを
嵌めこむだけの簡単なものだ。
眼鏡があるなら出来るだろうと思って頼んでみたら、
以外にあっさりできてしまったので、
この世界の科学技術の進歩のいびつさを感じたのだが 便利なので使っている。


「喜媚、大将は分かった?」
「大将っていうか・・何人かそれらしいのがいるんだけど、
総大将っていうのはいないみたい。
それぞれ好き勝手に動いてる気がするんだけど・・
どう思います荀桂さん?」
「そうね、私もそうだと思うわよ。
アレだけの数の賊がまともに運用されるとは思えないわ。
見たところ装備も部族もバラバラ、
完全な寄せ集めで人数だけ集めたって感じね。」
「ならばこの後の対応はいつも通りで構いませんか、荀桂様?」
「私に言われてもね、今回総大将は私じゃないんだから。
でも警備隊の部隊長にも今の話を連絡してあげて。
あの子は優秀だから、もう知ってると思うけど一応ね。」
「はい!」


そう言うと郭嘉さんは城壁を走って行き、
部隊長の所に報告に行った。

所でさっきから関羽さんの様子が変だが大丈夫だろうか?
そう思い、彼女の方を見ると、
顔は真剣そのものだが、
きつく握りしめた拳に血が血管を回らなくなり 指が白くなっていた。


「関羽さん大丈夫?」
「・・・え? あ、大丈夫です!」
「気分がわるいなら 少し座っててもいいよ?」
「大丈夫です、私も賊退治は何度もやってますので、
この程度・・・・」
「でも関羽さんがやってた賊退治って こんな大規模な戦闘じゃないでしょ?
別に気分が悪くても誰も笑ったりしないから 少し座ってゆっくりしたら?」
「いえ、大丈夫です。
下では実際に戦う兵士の方々がいるのに、
私がのんきに座って休憩など取れるはずもありません!
それに喜媚殿達を守るのが 今の私の仕事です!」
「そう? ・・・ならお願いね。」


どう言っても 言うことを聞いてくれそうにもないので、
とりあえず関羽さんはそっとしておく。

私も賊に変な動きがないか 観察しておかないといけないので、
彼女だけにかまっている訳にはいかない。
私がなにか見落としたら、兵士の人達が危険になるのだから。


そして郭嘉さんも報告から戻ってきて、
私達は城壁の上で下の戦闘の動きを観察する。
今日は荀桂さんも弓と矢を持っているので 戦闘に参加するようだ。


「喜媚ちゃん、優先して倒すべき相手がいたら教えてね。
私が弓で狙ってみるから。」
「はい、分かりました。」


私も一応 弓は引けるが今回は簡易望遠鏡を使っての、
敵の監視が主な役割なので、その役目に徹する。


戦闘は概ね郭嘉さんや桂花の予想通りなのだが、
賊の騎馬が別々の指揮官が付いているのか 少し広がりすぎているので、
警備隊の指揮官が指示を出して、
騎馬の動きを誘導するように弓隊に指示を出す。
コレは当てるためではなく騎馬の牽制なので、
馬の進行方向を誘導するように矢の雨を降らせられれば
訓練されていない馬なら逃げるように動くので ある程度誘導できる。

誘導した所で、もはや許昌名物の長槍隊による槍衾だ。

騎馬は混乱、又は串刺しになっていくが、
一部の騎馬隊だけわかっていたように途中で方向転換し
盾隊に突っ込まず横に回り込もうとする。


「槍衾を知ってる賊がいたみたいですね。
前回の生き残りがいたのか 見てたものがいたのか・・」
「そうみたいね、でもこっちも騎馬はあるのよ。
・・・ほら。」


盾隊に突っ込まず北の方へ避けていった賊の騎馬隊は
ちょうど方向転換しようとした時、
北側城壁の影に伏せていた騎馬隊に
横から突っ込まれて蹂躙されている。

騎馬の突進が不発に終わったが
賊の方は指揮系統がしっかりしていないのか、
当初 出されたであろう 突撃の指示を律儀に守り 盾隊に正面から突撃する。

その際、既に盾隊に突っ込み槍衾に蹂躙された騎馬隊の生き残りが、
後ろから突っ込んできた歩兵に押しつぶされ、
賊の前線は崩壊、後は合図と共に 賊の歩兵後方に矢の一斉射が放たれ、
南の騎馬隊が次の合図とともに 賊の歩兵の側面から蹂躙し敵は混乱、
その後は掃討戦へと移行し、今回の戦闘は終了した。


「やはり、賊相手の防衛戦ならこの陣形や、槍衾は使えますね。」
「一本道の渓谷等でコレをやられたら最悪ね。
火計が使えればいいけど、あの盾、
燃えにくい木でできてるし、鉄板貼ってあるのよね・・・
どっかの馬鹿の入れ知恵で。
油壺の投擲だって距離が近く無いと使えないし・・・
それにあの部隊、
火計対策は徹底的に訓練で仕込んであるのよね。
・・・・私だったら どう攻めるか。」
「やはり正面からは危険です、
渓谷なら多少時間を掛けても側面に回り
落石を狙うべきでは?」
「そうね・・・でも登れる程度の渓谷ならいいけど
城壁で区切られた通路だと使えないわよ。
盾隊で抑えられて城壁上から矢で撃たれて壊滅ね。
まさに今の賊のように。」


二人は戦闘中にもかかわらず
策や敵対した場合の対策を議論している。
・・・・最初と比べて随分精神的にタフになったものである。

しかし、関羽さんはそうは行かないようだ。
城壁の上から戦闘後の戦場を見て呆然としている。
まるで、最初の頃の私達のようだ・・・
やはり幾ら未来の美髪公と言えども私達と同じ人間、
私なんかより身体も技も心も強いが 彼女も女性。
おそらく初めて見る大規模な戦場なのだろう、
大地を真っ赤に染め上げる血や 数百にも及ぶ馬や人の死体の山、
今までの常識を打ち壊すその光景に、頭が追いつかないのだろう。

私が関羽さんのそばに寄って、彼女の肩を叩くと
ビクリと一瞬 身体が震えた後、
私の方を振り向いたが、
彼女の表情は暗く、血の気が引いたのか青ざめていた。


「関羽さん大丈夫?」
「・・・だ、大丈夫です?」
「無理しなくてもいいよ?
私も そこの桂花と郭嘉さんも最初は皆 今の関羽さんみたいだったんだから。」
「・・・い、いえ! 私は武人です!
戦場で武人が怯えるなどあってはならないことです!
えぇ! 大丈夫ですとも!」


彼女の口調が少しおかしくなっている、
誰が見ても大丈夫とは思えないが
これ以上無理に彼女を追い詰めてもいい結果にはならないと思った私は
桂花達に先に帰るように言い、
彼女達もわかっているのか あっさり認めてくれた。


「じゃあ、関羽さん帰ろうか?
今回の戦闘での話し合いはまた後でもできるし、
私達がココに残ってるとみんなのじゃまになるし。」
「・・そうですね。」


私は関羽さんを連れ、家に戻る。
途中で兵士の人や死体を片付ける穴掘りの人達と何人もすれ違ったが、
皆、一様に暗い表情だった・・・


(やっぱり勝利の一瞬だけは皆喜ぶけど、
その後始末・・・この時間になると急に現実に引き戻される・・
大義ある戦争でもなく、ただ奪われるだけの争いだから
そう思うのもしょうがないんだけど、
皆がこんな目に合うのはできるだけ少ないほうがいいな・・・)


私達は家に向かう途中、お互い何も話さなかったが、
おそらく関羽さんも道中出会う人達を見て、
私と同じようなことを考えたのだろう・・・

私は気落ちするばかりだが、
関羽さんの瞳にだんだん力が戻っていくのがわかる。

何かを決意したような感じが、
彼女の表情を見ただけで感じられる。


こういう時に、私と彼女達では
明らかに生きる世界が違うのだと言うのを感じる。
私はただ、ひたすら嫌気がさし、
こんな事なくなればいいと思うばかりだが、
桂花や郭嘉さん、それに関羽さんは
自分で動いて何とかしようとしている。

時々、そんな彼女達を見るのが無性に辛い・・・


家に無事たどり着き、
母さんに簡単に報告した後、
私と関羽さんは一旦 井戸で顔を洗ってから、
母さんが作ってくれたお粥を食べた後、
軽く就寝の挨拶だけして、それぞれの部屋に向かった。




戦闘の記憶が残っていて
眠れずに布団の中でぼーっとしていると、
庭のほうから何か、風切り音のようなものが聞こえてきた。
ただの音だけなら私も無視するのだが、
その音が一定のリズムで鳴っている。

何かあるのかと思い、鉄扇を持って庭に行くと、
そこには青龍偃月刀を一心不乱に振る関羽さんが居た。


「・・・・なんだ、関羽さんか。」
「え? ・・・喜媚殿。
起こしてしまいましたか?」
「いいや、元々寝てなかったし、
気にしなくていいよ。
関羽さんは何してるの?
訓練にしては遅過ぎない?」
「・・・・・すいません。」


関羽さんはいきなり謝ったと思ったら無言になり
偃月刀を下げ その場に佇んでいる。


「・・・今日の戦闘の事?」
・・・・ビクッ。
「やっぱり・・・」


私は関羽さんの傍へ行く、
すると彼女の手が若干震えていたので
私はそっと彼女の手を握る。


「あ・・・・」
「戦場に実際出たわけじゃないけど、
あの戦場の空気に触れて、あの結末を見たらしょうがないよ。」
「・・・・しかし。」
「さっきも言ったけど、私も桂花も郭嘉さんも皆最初はそうだったよ。
皆最初は・・・怖かったよ。」
「・・・・っ!
し、しかし私は武人として! ・・・・武人として。」
「武人が怖がったって別にいいじゃない。」
「・・・え?」
「関羽さんはあの戦場を見て怖いと思ったかもしれないけど・・・・
その帰りに皆の表情を見て、何か思うことがあったんでしょ?
私が見てても、明らかに表情が変わっていったよ。」
「・・・はい。
あの時の・・・・戦場でたくさん死んでいく賊や兵士を見て、
その後、ココに来るまでの道中で見た、あの人達の表情・・・
勝利に喜ぶでもなく、怒るでもなく、
・・・確かに戦闘には勝ったのに、
それでも 虚しさや、悲しみをひた隠しにして、
戦場の処理をする人達を見ていたら、
こんな事はもう二度と・・・あんな思いをする人達を、
もう二度と出してはいけないと思いました。
家族を失って悲しむ人や、
村を襲われ怒り悲しむ人達をたくさん見てきましたけど・・・
たとえ勝っても! 守りぬいても!
・・・それでも戦争では何かを失うんですね。」
「うん・・・でも関羽さんは凄いよ。」
「え?」
「そんな人達を何とかしてあげたいと思ったんでしょう?」
「・・・・はい!」
「だったら関羽さんは立派な武人だよ。
恐怖を感じても、それでもなんとかしようと立ち上がったんだから。」
「・・・そう、でしょうか?」
「そうだよ。」
「・・・・」
「怖いのは当たり前だよ、死ぬのは皆怖いよ。
でも、それでも立ち上がっていけるから関羽さんは凄い武人なんだよ。」
「・・・喜媚殿。」
「桂花や郭嘉さんもそうだよ、
あんな状況を見て怖いと思っても 皆、前に進もうとしてる・・・
彼女達は武は修めてないけど、
その心意気は立派な武人・・・と言うか、なんというか・・・・
とにかく凄いんだよ!」
「・・・フフ、何を言っているかわかりませんよ。
・・・でも、ありがとうございます。」


関羽さんの表情もさっきまでの 切羽詰まったような表情ではなく、
今は穏やかながらも、瞳には力が宿っている。

これならば大丈夫だろう。


「さぁ、あんまり根を詰めても身体を壊すから、今日はもう寝よ。」
「そうですね・・・・なんか、喜媚殿と話したらすっきりしました。」
「そう? じゃあ、私は部屋に戻るから。」
「あっ・・・」


そう言って、私はさっきまで握っていた
関羽さんの手を離そうとしたら
逆に強く握られてしまった。


「あの・・・手を離してくれないと部屋に戻れないんだけど。」
「あ・・あの! よ、良かったら・・・今夜は、その・・一緒に
寝てくれませんか・・・その、やはり一人になると、
さっきの戦場を思い出してしまうので・・・」
「・・・・あぁ、いいよ。
実は私達も、最初に戦場を見た後は三人皆で寝たんだ。」
「そ、そうなんですか?」
「桂花が郭嘉さんと私を自分の部屋に引っ張りこんでね。
あ、桂花には私が言ったって事は内緒にしてね。」
「フフ・・はい。」
「じゃあ、寝よっか。
私の部屋の寝台の方が大きいから 二人なら大丈夫でしょ。」
「そ、そうなんですか・・・・じゃあ、そのお邪魔します。」


こうして、この日 私と関羽さんは一緒に眠ることになった。
寝台に入り片手をつないだ状態で寝たら私も関羽さんも
精神的に安心できたようで、
それまでの肉体と精神の疲労が一気に襲ってきて
すぐに寝てしまった。



しかし、私は忘れていたのだ・・・・大事なことを。



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二十六話

許昌




翌朝、私が先に目が覚め、それに気がついた関羽さんも目が覚め、
不意に目があった私達は、すぐ目の前にお互いの顔があることや
昨晩のことを思い出して、顔が熱くなってしまう。
関羽さんの顔は真っ赤だが、おそらく私の顔も真っ赤だろう。


「そ、その・・・おはよ。」
「・・・おはよう ございます。」


その後、関羽さんはそそくさと私の部屋から出ていき、
私は顔を洗いに井戸に行ったのだが、
そこで服を着替えた関羽さんと出会い
気まずい雰囲気になってしまう。

私は先に顔を洗い、食事の用意を済ませ、
起きてきた母さんも含めて皆で朝食を摂ったのだが
私と関羽さんの様子がおかしいのを
察した母さんがニヤニヤと笑っていたので、
むかついた私は母さんのスープの中に
小皿に分けていた漬物を全部ぶち込んでやった。

その後は、関羽さんと訓練をしたのだが、
流石に武術の訓練となると、昨日のこともあり、
関羽さんの気持ちも切り替わったようで、
相変わらず私がボコボコにされた後、
小休止してから畑仕事に向かった。


畑に向かう途中で、まだ昨日の戦闘の後片付けをしている人達と
何人かすれ違ったが、関羽さんの表情には
普段と変わった様子はないが
昨晩の様な迷いは一切無く、
しっかりとした足取りで畑に向かった。


畑仕事をしていると、丁度区切りがいいところで、
桂花と郭嘉さんが二人揃ってやってきた。


「こんにちは。」 「こんにちは。」
「「こんにちは。」」


その後、二人は関羽さんの表情を観察していたが・・


「ふん、
昨日はアレから少し様子がおかしかったから
心配したけどもう大丈夫なようね。」
「そうですね。 流石は武術を
修めただけはあるということでしょうか。」
「いえ・・・そんな。」


謙遜する関羽さんは、恥ずかしそうに目をそらした。
関羽さんの様子が なにかおかしい事に気がついた
桂花が彼女を問い詰める。


「ん? ・・・・関羽、アンタ何か有ったの?」
「い、いえ! 何もありませんよ!
昨晩はちょっと喜媚殿に相談に乗ってもらっただけです。」
「そう? ならいいけど・・・」


そう言いながら桂花がいつもの定位置の
私の横の木を切っただけの椅子に座ると
不意に私の方に顔を寄せ、クンクンと鼻を鳴らす。


「・・・ん? 喜媚から女の匂いがする。」
「? 荀彧さん何を言っているのですか?」
「喜媚殿から女性の臭がするのは当たり前ではないですか。」
「・・・・違う! コレは関羽の匂い!!
あんた達昨日の夜ナニやってたのよ!?」


この桂花はどんなけ鼻がいいんだ・・・
私は自分では気が付かないが、
そんな匂いがしているのか?

とにかく、桂花は私の服の襟を掴み
私に詰問する。


「昨日の夜って・・・関羽さんの相談を少し聞いただけだよ。」
「嘘言いなさいよ! それだけでこんなに臭うわけ無いでしょう!」
「あ・・・・・っ!?」
「なに!? 関羽、アンタ何かされたの?」
「あ・・・いや、されたというかしたというか・・・」
「何よ! はっきり言いなさいよ!!」


桂花の剣幕に脅されたのと、桂花達も戦闘後の最初の夜は
皆と一緒に寝たという話を聞いていたせいもあって
関羽さんは あっさり桂花に昨晩のことを話してしまった。


「じ、じつは・・・お恥ずかしい話なのですが、
昨晩はすこし不安だったので・・・・喜媚殿と、その
一緒に寝たのですが、
私はその前に訓練をして汗をかいていたので
それで少し匂いが・・・・」
「あんた 喜媚と寝たの!?」
「は? はぁ・・・なにかまずかったでしょうか?」
「まずいって! あんた・・・・・・ん?
喜媚、あんた自分の事関羽に話したの?」
「え? ・・・・話したっけ?」
「何がですか?」


桂花が興奮する中、郭嘉さんだけが冷静に状況を見ていたようで
郭嘉さんが関羽さんに情報をまとめて説明する。


「関羽さん、貴女が知っているかわかりませんが、
喜媚さんは男性なのですよ。
それで、荀彧さんは関羽さんが男性と一緒に寝た事を
認識しているのか? と聞いているのです。」
「・・・・・・・はぁ!?」
「喜媚! あんた、話してなかったの!?」
「え? 話してなかったっけ?
昨晩は関羽さんから誘われたから
知ってるのかと思ったんだけど・・・」
「・・・・そんな!
そんな大事なことを 知っていたらあんな事誘いませんよ!!
あぁぁ・・・・そんな。
それじゃあ、私は昨晩は男性と閨を共にしたと・・・?
しかも自分から誘って?」


関羽さんが羞恥で顔を真赤にして
地面にぺたんと座り込んだところへ
郭嘉さんが関羽さんの肩にそっと手を置き。


「まぁ、知らなかったのならしょうがないですよ。
その、私も荀彧さんも 以前同じような経験はありますので
今回の事は 無かったことにしたほうが 精神的にもいいですよ?」
「・・・・あぁぁ・・・・」


郭嘉さんもそうだったが、関羽さんも貞操観念が強いようで
自分が昨晩 何をしたのか考えているのか
さきほどから百面相をしている。

関羽さんは 一通り、考え終わったのか、
俯いて地面に手を付き・・


「かくなる上は、喜媚殿に嫁にもらってもらうしか・・・・」
「あんた なに馬鹿なこと言ってるのよ!!
無しよ! 無し!!
昨晩のことは忘れなさい!!」
「いや、しかし・・・・」
「だったら私も郭嘉も一緒に喜媚に嫁入りしなきゃいけないじゃない!!」
「・・・・あの? 誰が正妻になるのでしょうか?」
「ばかっ!! 誰もなりゃしないわよ!
もうっ!! 全部アンタが悪いんだからね、喜媚!!」
「え~・・・」
「まぁ、関羽さんが喜媚さんを女性だと思っていたなら
何もなかったのでしょうが・・・・いや、
関羽さんが何も知らない無いことをいいコトに
喜媚さんが穏やかに眠る関羽さんの豊満な身体を使って
自らの欲望を・・・・」
「郭嘉は寝てなさい!!」


そういいながら桂花は私の鉄扇を奪い取り郭嘉さんの後頭部を殴りつけ、
郭嘉さんは前のめり倒れて意識を失う。


「・・・なんだこの状況?」


結局 状況が収まったのは 陽が少し傾いてきてからで
落ち着いた私達は、
とりあえず、言わなかった私が悪い。
昨日のことはなかったことに。
と 言う結論で落ち着いた。


この日はしばらく関羽さんに警戒されたが、
翌日にはいつも通りの対応になっていた。
おそらく訓練で私をボコボコにして気が晴れたのだろう。


戦場の後片付けに十日ほどかかったが、
今は普段通りの日常に戻っている。

そんな時、私と関羽さんが一緒に荀桂さんに呼ばれた。
呼んだ理由は桂花の洛陽行きの日程が決まったからだ。

桂花の家に行くと応接間に通され、
荀桂さんと桂花がやってきた。


「とうとう桂花が許昌を離れるんですか?」
「えぇ、私としては、桂花が最後だというのが
不思議なんだけど、ウチの旦那がそう決めたみたいだし・・」
「荀緄様ですか・・」
「何を思って桂花が最後なのかわからないけど、
とにかく、前の賊との戦闘で、
ここらの賊がしばらくおとなしくなってるみたいだから
いい時期だと思って。
同行する、行商人や傭兵の手配は既に済ませてあるから
後は喜媚ちゃん達だけなんだけど、
そっちの方の準備はどう?」
「私は大丈夫です。」
「私も大丈夫です。」
「じゃあ、問題無いわね。」
「関羽も悪いわね、私の護衛なんか頼んじゃって。」
「いいえ、私としても洛陽までの旅費が浮きますし
その上、護衛代金も頂いて、洛陽での宿代も浮きますし逆に申し訳ないくらいです。」


洛陽に桂花が移った時は
荀緄様のお屋敷にお世話になることになっている。
関羽さんも洛陽を視察する時に
部屋を一室借りられるように手配されている。


「喜媚ちゃんと関羽ちゃんが
一緒についてくれるなら桂花も安心ね。」
「喜媚はともかく、関羽の武は信用しているわ。」
「・・・・私行かなくてもいいかな?」
「アンタには料理で期待してるから、
ちゃんと付いてきなさいよ。
妲己様が舌が肥えてらっしゃるだけあって
アンタの料理はその辺の食堂よりも美味しいんだから。」
「桂花も料理くらい覚えればいいのに・・・」
「私はいいのよ! りょ、料理くらいできなくても生きていけるわ!」
「いや、無理でしょう・・・食べ物なかったら。」
「その話は後で二人でゆっくりなさい。
とにかく、道中と洛陽では頼んだわね、
喜媚ちゃん、関羽ちゃん。」

「「はい。」」

「それじゃあ、二人はもう戻ってもらっていいわよ。
悪かったわね、急に呼び出して。」
「荀桂さんが 私を急に呼び出すのはもう慣れましたよ・・・」
「これから喜媚の家に行くんでしょ?
じゃあ、私も一緒に行くわ。」
「桂花はまだ、話があるから残りなさい。」
「・・・分かりました。」


私と関羽さんは応接室を出て、
家に帰り 少し早いが夕食の準備でもすることにした。





--荀彧--


その頃 荀家の応接室では・・・


「さて、桂花。
今日は大事な話があるわ。」
「何ですか、お母様・・」
「貴女、喜媚ちゃん好きよね?」


お母様の話を聞くために
いったん落ち着こうとお茶を口に含んだ時・・・


「ブフゥッ!? ・・・ゲホッ・・ケホッ。
な、な、なにをいきなり言い出すのよ!?」
「なにを、って大事な話じゃない。」
「・・私が喜媚をどう思っているかが関係あるの?」
「あるわよ、貴女の婿取りの話しなんだから。」
「・・・まさか、お母様。」
「そのまさかよ、私は喜媚ちゃんを桂花の婿に取ろうと思っているわ。」
「喜媚が私の婿? ・・・本気なの?」
「本気よ、あの人はまだ納得してないみたいだけど、時間の問題よ。
喜媚ちゃんは武術も学問も修めてるし、身体にも何も問題ない。
家柄の問題があるけど、そもそも桂花は
喜媚ちゃんに命を助けられてるんだから 命の恩人なら婿にとっても問題無いわ。」
「・・・・」
「なにか言いたげね?」
「・・・・喜媚はなんて言ってるんですか?
どうせ、お母様のことだから もう喜媚にも話してあるんでしょう?
少し前から あいつの様子がおかしかったし。」
「喜媚ちゃんは 桂花とは生きる世界が違うとか言ってたわね。」
「そう・・・」


喜媚が私と生きる世界が違う、そう言った事に
私は胸に穴が開いたような喪失感を覚えた。


「でも、喜媚ちゃんもまんざらでもないようだったわよ?」
「・・・な!?
・・・嘘よ・・・あの子 最近私を避けてるもの。」
「家柄や桂花の立場のことを気にして
自分から身を引こうとしてるだけよ。
陳留に行った時は 桂花と別の部屋にしてほしいとか言ってたけど
それは桂花を女として意識してるからでしょ?
気恥ずかしいから 避けてるだけよ。
それに 本当に桂花が嫌いだったら、
私が頼んだからって 洛陽まで着いてきてくれるはずないでしょ?」
「・・・・・」
「そこで、今回の話に戻るんだけど。
桂花、貴女が本当に仕えたい主が見つかり、
その人に仕官するまで、喜媚ちゃんが桂花の使用人として、
付いてもらうように頼んであるけど、
貴女、それまでの間に、色仕掛けでもなんでもいいから、
喜媚ちゃんを堕としちゃいなさい♪」
「くっ・・・・・なんで私から そんな事をしなくちゃいけないのよ!!」
「じゃあ、聞くけど桂花 喜媚ちゃんの方から
貴女を口説いてくると思ってるの?
はっきり言うけど、無いわよ。」
「・・っ!?」
「喜媚ちゃんは荀家や桂花の将来のことを考えて、
何処かの権力者の嫁になる事がいいと考えてるのよ?
そんな喜媚ちゃんが貴女を口説こうとするわけ無いでしょう?
それに あの子の自制心ときたら・・・
一時期 本気で男が好きなんじゃないかと 疑ったことがあるくらいなのよ?
だったら貴女から行くしか無いじゃない。」
「だからなんで私がそんな事をしなくちゃいけないのよ!!」
「じゃあ貴女・・・喜媚ちゃん以外の男に抱かれて 子供を生むことできるの?」

「・・・・!?」


私が男に・・・抱かれる?
その時 私の頭にはあの時の記憶が読みがえり
身体は無意識に拒絶反応を示し、震えていた。


「私の目は節穴じゃないのよ?
今でこそ 普通に男の人とも話せたりしているけど
話すのと肌を晒して抱かれるのでは全く違うのよ?
荀家の女として生まれた以上、子を成す事は当然の義務よ。
もう一度聞くけど、貴女、
喜媚ちゃん以外の男に抱かれることができるの?」
「・・・・・っ!」
「・・・無理よね、さっき想像しただけでそれだもの。
子供の頃に あんな事があったのに 忘れられるはずないわ。
心というものは、一度傷つけば傷は治っても
傷跡は残るもの・・
そんな貴女が 好きでも無い男に肌を晒すなんて無理よ。
貴女に喜媚ちゃんより好きな男がいるなら
話しは変わるけど・・いないでしょ?」
「・・・・・」
「すべての条件を満たしているのが喜媚ちゃんよ。
学問、武、五体満足な身体、命の恩人、貴女が唯一心を許せる男、
これだけ揃ってて何が不満なのよ?」
「・・・・」
「言っておくけど、コレが最後の機会よ。
貴女は今までなんだかんだ言って 見合い話を断ってきたけど、
喜媚ちゃんには喜媚ちゃんの人生があるんだから、
これ以上、桂花が煮え切らないからといって 引き止めておくことは出来ないわ。
貴女が仕官した時までに 喜媚ちゃんを堕としていなかったら、
適当な官職に付いている男の嫡子を 無理にでも婿に取るわよ。
その時に 子供を生むために貴女が無理やり犯されても 私は止めないわよ。」
「・・っ!?」
「わかったわね。
コレが家を預かる 私にできる最大の譲歩よ。」
「・・・・はい。」
「じゃあ話は終わりよ、部屋に戻っていいわよ。」
「はい・・・」


お母様の話が終わり、私は部屋に戻り寝台に身を投げ出す。


(・・・・・私が喜媚と?
喜媚の子供を私が生むの・・・?)


それを想像しただけで、
先ほどの男に抱かれるのを想像した時とは違い 全身が熱くなる。
身体の震えや拒否反応も一切しない・・・

私も荀家の女だ、そういった教育も受けているので
ありありと喜媚と私が・・・そういう事をする様子が想像できる。
それどころか、私が喜媚に無茶苦茶にされながらも、
悦んでいる姿すら浮かんできた。


「っ~~~~!!!?
あぁぁ~~~~もうっ!!
なんで私がこんな・・・!
ただでさえ仕官先を選ぶのに大変なのにぃ!!」


結局、この日はもう喜媚の顔をまともに見る自信がなかったので、
部屋に篭り、悶々とした時間を送っていた。



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二十七話

許昌




後日、荀桂様に桂花の洛陽行きの日付を教えてもらい
私と関羽さんは旅の準備を済ませ、
後は許昌を旅立つのみとなった。


そんなある日、私と桂花は郭嘉さんに呼ばれ
許昌の南にある畑のそばの小川へと着ていた。


「・・・懐かしいわね。
昔は良くココへ喜媚と遊びに来たっけ。」
「そうだね・・・最近は郭嘉さんも一緒に来て・・・
遊びはしなかったね・・・」
「郭嘉は変な所で真面目だから、
せっかく小川に来たのに水軍の話をしだすんだもの。」
「別に私が遊びを知らないわけではないですよ!
ただ、あの時は本で水軍の話を読んだばかりだったので・・・」
「何言ってんのよ、一回や二回じゃないわよ?
釣りに来たのに、いきなり太公望の話をしだしたり
喜媚が葉っぱで船を作っったら
いきなりもっと作れとか言い出して
水の流れを調べるとか言い出したじゃない。」
「・・・そんな事もありましたか?」
「・・・まったく。
それで? 今日はこんな所に呼び出してなんなの?」

「荀彧さんが洛陽に旅立つと聞いたので、
私もいい機会なので、国内を見て回る旅に出ようかと思いまして。」
「そう・・・あんたもなの。」
「はい。 この国を良くしようと思ったら
まずはこの国のことを知らねばなりません。
ですので、私は名を隠して旅に出ようかと思っています。
知り合いに同じ志を持つものがおりましたので
その者と一緒に国内を見て回ろうかと思います。」
「・・・あんたの旅の無事を祈ってるわ。」
「ありがとうございます。
私も、荀彧さんと喜媚さん、お二人の無事を祈っております。」
「ありがと。」
「ありがとう郭嘉さん。」
「話はそれだけ?
なら この後みんなで一緒に簡単に祝杯でも上げに行かない?」
「いいえ、ここからが本題です。」


そう言うと郭嘉さんは、私達に向かってまっすぐと立ち
私と桂花の顔を交互に見つめる。


「今回お二人を呼んだのは、
お二人に私と真名を交わしていただきたいと思ったからです。」
「・・・真名を?」
「はい。
幼少の時よりお二人と出会ったことで、
私の知識はより深みを増し、そして初めて心から友と呼べる者を得ました。
許昌で初めての実戦の空気を感じた時には
お二人に心を癒され、
私の目指すべき道を・・・まだ、はっきりとはしませんが
進むべき方向を定めることが出来ました。
そんなお二人だからこそ、私の魂を預けたいと思い、
旅立つ前に お二人と真名を交わしていただきたいと思いました。」
「別に私はそんな大したことはしてないわよ・・・
逆に私も色々・・その、世話になったし。」
「私もです、誰かが一方的に世話をしたのではなくて
皆で少しずつ歩いてきただけですよ。」
「・・・・フフ、やはり私の目に狂いはなかった。
喜媚さん、荀彧さん、私 郭奉孝の真名を、稟と申します。
受け取っていただけませんか?」
「・・・・荀文若、謹んで預からせてもらうわ。
私の真名は桂花よ。」
「私は・・どうしよう、真名無いんだけど。」
「知っています、私も荀彧さん・・
いや桂花さんと同じで構いません。
以後、喜媚さんの名を呼ぶ時は 我が魂を懸けて名を呼ばせて頂きます。」
「・・分かった、郭嘉・・・稟さん。
これからもよろしくね。」
「はい。」

「さて、じゃあ、今日は皆で祝杯と行きましょうか!」
「だったら家に来てよ。
母さんに作らされたお酒で、いいのがあるから。
まだ、母さんにも飲ませてないけど、
味は私が今まで作った中で最高だよ♪」
「では、喜媚さんの家に行きましょうか。」
「じゃあ、行くわよ!」
「うん!」 「はい!」


こうして私達は、郭嘉さんあらため、
稟さんと真名を交わし、祝杯を上げた。

祝杯の席で稟さんだと呼びにくいので稟ちゃんと呼んだら
稟ちゃんは顔を真赤にして、慌てていた。

どうやら今まで呼ばれたことがない
呼び方だったため恥ずかしいそうだ。

途中で関羽さんと母さんも参加して、
その日はちょっとした宴会になった。


そしてとうとう、桂花の洛陽への出発の日。

その日は桂花の家の前に荀桂さんや桂花の家の使用人達、
そして稟ちゃんや荀家に関わりのある人達が集まり、
皆で桂花の見送りにに来ていた。


「・・・喜媚、あんた何やってんのよ。
あんたはこっちでしょ!」
「バレたか・・・」


私はどさくさに紛れて、
荀桂さんの後ろに隠れていたのだが、
すぐに桂花に見つかってしまった。


「喜媚殿・・・荀彧殿の大事な出発の日に
ふざけるのは止めてください。」
「喜媚さん・・・」
「喜媚ちゃん・・・」
「「「「・・・・」」」」
「すいませんでした。」


後に郭嘉は語る、それはそれは見事な頓首だったと言う。


「・・・コホン、
確か、一度洛陽でお父様の所で仕事を一通り学んでから
許昌に戻り、その後、袁本初様のところに行くのだったわね。」
「えぇ、荀諶がうるさいから・・・
それに一度 名門と言われる袁家の治世を見てみたかったし。」
「あの娘も困ったものね。
まぁ、いいわ・・・
さて、桂花、貴女もとうとう この時が来てしまったけど、
荀家の者として恥ずべき事がない様に、
そして 己を見失わずに、自分の歩みでしっかりと進んでいきなさい。」
「はい。」
「洛陽ではお父様の言うことをよく聞いて、
しっかり学んでくるのよ。」
「はい。」
「桂花が無事に帰ってくるのを待ってるわ。」
「はい。」
「喜媚ちゃん、関羽ちゃん、桂花の事よろしくね。」
「「はい。」」
「大体 半年ほどだけど、
洛陽から帰ってきたらおいしいもの用意して待ってるわ。」
「桂花さん、私は少し遅れて許昌を発ちますけど、ご壮健で。」
「あんたもね稟、できたらあんたとは一緒の仕官先になるといいわね。」
「そうですね。
喜媚さんも関羽さんもお元気で。
また何れ会える日を楽しみにしています。」
「稟ちゃんも元気でね。」
「郭嘉殿もお元気で。」
「「「「お嬢様、お元気で!」」」」
「あんたたちもね!
さぁ、行くわよ!
喜媚も関羽も付いてらっしゃい!」
「はいはい。」 「はい。」


こうして私達は城門で待ち合わせをしている
行商人と警備隊の一団と合流し、
洛陽に向けて出発した。


道中では何度か怪しい集団がコチラを伺っていたが、
警備の人数の多さと、関羽さんの睨みで
襲われることは無かった。


「しっかし、昔と比べて物騒になったわよね~。
何回か洛陽には行ったけど
昔はこんなに物騒じゃなかったわよ?
・・・ほら、あそこにもコチラの様子を伺ってる馬鹿共がいるし。」
「そうだね・・・年々物騒になっていくね。
私達はいいけど、他の旅人とかはどうするんだろう?」
「そういう旅人は私のような護衛を数人雇うか
今みたいに行商人の一団と交渉して同行するんですけど、
それも出来ない人達は、命がけで旅をしていますよ。」
「本当ならこの許昌と洛陽の街道なんか
賊が出たら駄目なところなのに・・・何やってんのかしら。」


桂花は官軍という言葉は出さなかったが
話を聞いていた皆は同じ気持ちだっただろう。


「まぁ、いいわ。
私が行くからには少しでもマシにしてやるわよ。」
「その意気です、荀彧殿。」
「頑張ってね。」
「・・・・ハァ、
あんたは本当にもぅ・・・」


賊に警戒しながらも、
私達は洛陽まで旅を続け、ようやく洛陽の城門が見える所まで来た。


「・・・凄い、アレが洛陽ですか。」
「えぇ、そうよ。
・・・本当に城壁は立派よね。」
「城壁は? 中も立派なんじゃないですか?」
「立派よ、宮殿と大通りの市と一部の屋敷だけは。」


関羽さんはよくわからないような顔をしたが・・


「関羽、貴女はそれをその目で確かめるために来たんでしょう?
よく見て回るといいわ・・・この洛陽こそが
この国の縮図だということを・・・」
「この国の縮図・・・・ですか。」
「そうよ、その目で確かめることね。」
「・・・・・」
「・・・」


桂花はそれ以上何も言わず、
私達は洛陽の城門まで進み、手続きをした後、
洛陽に入り、行商人や護衛の人達と別れ 荀緄様の屋敷に向かった。

荀緄さんの屋敷に着くと、
すぐに門が開けられ、荀緄さんが屋敷内から姿を現す。


「おぉ! よく来たな桂花よ!」
「お久しぶりですお父様、1年ぶりくらいですか?」
「そうじゃな、まぁ、堅苦しい挨拶はよい。
喜媚と護衛の関羽じゃったか?
二人共ご苦労だったな。」
「お久しぶりです荀緄様。」
「初めてお目にかかります、関雲長です。」
「うむ、家内から書簡で聞いておる、
部屋はすでに用意してあるからゆっくりと寛ぐが良い。」
「「お邪魔します。」」


荀緄さんの屋敷に入り、私達が使う部屋に案内され
荷物を置いたら、一旦居間に皆で集まり
簡単な祝宴の後、今後の事を話す。


「さて、桂花はもう知っておると思うが、
明日休んだ後。明後日からは儂と一緒に宮中に上がり
儂の補佐をしてもらいながら 仕事を覚えてもらう。


「はい。」
「喜媚は一応使用人ということだが、
荀桂から桂花付きの侍女の仕事をさせろと
言ってきておるからそのようにな。」
「はい。」
「関羽は洛陽を見て回るんだったな。
ならば儂から言うことは特に無い。
騒ぎを起こさない限り好きにして構わぬ。」
「ありがとうございます。」
「うむ、とりあえずそんなところだが、他に何かあるか?」
「あの荀緄さん。」
「なんじゃ喜媚。」
「良かったら私も宮中に入れるように出来ないでしょうか?
今まで通り、宮中のお庭まででいいので。」
「ふむ・・・出来ぬことはないが・・
例の友人とかいうのに会いにゆくのか?」
「はい。」
「構わぬが・・・以前から儂も聞いていたが
宮中にそんな者達はおったかのう、まさか あのお二人ではないだろうし。
まぁ、人の出入りが激しいため
儂もすべてを把握しておらぬからなんとも言えぬが。
とりあえず、桂花の侍女ということで報告しておくので
儂の執務室までの出入りを許可しよう。」
「分かりました。」
「あんた今度 私にもその女達に会わせなさいよ。
どんな女か見てやるわ。」
「あの桂花・・・結構偉いとこの娘みたいだから
もし会えたとしても粗相のないようにね。」
「わかってるわよ、宮中で会う人間に下手なことはやらないわよ。」


こうして 私はなんとか弁ちゃんや協ちゃんに会う算段を付け、
この後は本格的な夕食を楽しみ、
洛陽での初日は終わった。


翌日は、桂花と関羽さんと私の3人で
洛陽の地形を把握するために
目印となる通りなどを 関羽さんに案内しながら
洛陽を視察した。


「どう、関羽?
何か思うことはあった?」
「そうですね、表通りは大変賑やかなのですが
路地に入ると・・その。」
「口に出さなくていいわよ、
私も同じ感想だから、それに下手に人に聞かれてもまずいから。」
「はい。」


私と桂花も何回か洛陽には着ているが、
来る度にひどくなっているような気がする・・・

関羽さんは表通りは賑やかだといったが
昔はもっとすごかった。
ただし、それはある一部の人間のみだったが。


この日は簡単に洛陽の町を見て回るだけで終わり、
明日以降は 関羽さんが自由に見て回るそうだ。

荀緄さんの屋敷に戻り、今日の洛陽での事を話しながら食事を済ませ、
桂花は明日に備え早めに寝るそうなので、
私達もその日は 早めに寝ることにした。


翌日、荀緄さんと桂花と私は宮殿に行き、
まずは手続きを済ませ、宮殿に出入りできるようにしてもらい、
その後、荀緄さんと桂花は仕事を始める。

この日は私は、桂花の手伝いや、
屋敷で、私と桂花の部屋の掃除などをして過ごし、
弁ちゃんや協ちゃんに会いに行くのは、
明日にすることにした。


翌日、午前中は屋敷での仕事を手伝い、
午後になったころ、
弁ちゃん達とよく会えた時間帯になった頃、
宮殿の庭園に向かい、いつも彼女達がよく現れた場所で
しばらく待っていると、後ろの方からガサガサと音がしたと思ったら、
急に私に向かって女の子が飛びこんできた。


「ふぎゅっ! ・・・・痛たた、何者じゃ!
妾の隠れ場に居る・・・・の は・・?」
「いたた・・・協ちゃん・・・・えっと、お久しぶり?」
「喜媚ぃぃ~っ!
喜媚ではないか! ほ、本物かや!?」
「本物だって、協ちゃん ぶつかった時に怪我とかしてない?」
「うむ! 妾は大事ないぞ、喜媚はどうじゃ?」
「こっちも大丈夫だよ。
けど どうしたの そんなに慌てて飛び込んできて。」
「う、うむ、ちょっと追われておってな・・・・
まぁ、ここまで来れば大丈夫じゃ。」
「なに? また勉強抜け出してきたの?」
「う・・・ま、まぁ、女にはいろいろあるのじゃ。」
「何処でそんな言葉覚えてきたのよ・・
そういえば弁ちゃんは?」
「うむ・・・・姉上も大事ないのじゃが・・・その
最近 姉上は忙しゅうてな、妾もあまり会えぬのじゃ。」
「そっか・・去年も忙しくなったって言ってたけど
弁ちゃんも本格的に仕事とかするようになったのかな?」
「仕事というか・・・最近ひっきりなしに
姉上に会いに来るものがおるのでな。
なかなか抜け出せんのじゃ。」
「そういうのも仕事だからしょうがないよね。」
「うむぅ・・・」


協ちゃんは微妙な、喉にものが詰まったと言うか、
言いたいけど言えなくて我慢しているような表情で
うなっていた。


「そうじゃ! 今度は喜媚はどれくらい洛陽におるのじゃ?」
「今回は結構長いよ、短くても三~四ヶ月はいるから。」
「おぉ! そんなに長く居れるのか!
ならば いっぱい遊べるのぅ!」
「遊びもいいけど協ちゃんも勉強か仕事か
私にはわから無いけど、あんまりサボっちゃだめだよ?」
「わかっておる!」
「だけど弁ちゃんが忙しいなら、ちょっとさみしいね・・・
とりあえず今度竹簡・・・・だと かさばるから
手紙でも用意して持ってこようか?」
「うむ、姉上もきっと喜ぶに違いない。」
「じゃあ、今度来る時は手紙を持ってくるよ。」
「うむ、ならば妾が姉上に届けよう!」


こうして一年ぶりくらいになるのか・・・
協ちゃんとの再開を無事に果たすことができたのだった。

後日、約束通り手紙を協ちゃんに渡して、
弁ちゃんに私が来ていることを伝えてもらうことに成功し、
弁ちゃんからの返事をもらうことが出来た。


相変わらずの達筆と言うか章草と言うか、
私には読みにくい文字だったので、
協ちゃんに訳してもらったが、
書いてある内容は
自分も元気であることと、是非私に会いたいので、
私が洛陽にいる間に必ず会いに行く。
そういった内容だった。


こうして私が洛陽に来た目的の内、
彼女達に会うと言う目的は、概ね達成され
この日以降も、毎日ではないが、
協ちゃんと会ったり、弁ちゃんの手紙を読んだりしながら
過ごしていた。



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二十八話

洛陽




洛陽での生活も十日ほど経った頃、
桂花はいつものように荀緄さんの仕事を手伝い、
今日は荀緄さんが何処かの諸侯と会談を開くというので 桂花だけ帰された。
あまり桂花に合わせたくないタイプの人間のようだ。

関羽さんも洛陽の視察を終わらせて帰ってきたのだが、
洛陽での滞在日数がかさむのと比例して 彼女の表情は暗くなっていく。

最近では、路地裏などや、周辺の畑を見て回っているらしいが
洛陽で暮らす一般の民の生活水準を見てショックを受けたようだ。

私は桂花の仕事や、屋敷での仕事を手伝いながら、
空いた時間を見て協ちゃんに会いに行っているが
未だに弁ちゃんとは会えていない。


今日の夕食後、いつものように桂花の仕事の愚痴を聞きながら
食後のお茶を楽しんでいたのだが、
関羽さんが私たち二人に話があるというので、
彼女の借りている部屋に三人で向かうことにした。


「それで? 私達だけに話したい話って何なの? 関羽。」
「はい・・・実は近いうちに洛陽を発とうと思います。」
「そう・・もう洛陽の視察はいいの?」
「はい、荀彧殿が洛陽はこの国の縮図だと
言っていた意味がよくわかりました。
・・・一部の者達だけが富を独占し、民は重税に苦しみ、
日々の食事も満足に得られることができていません。
まさしく、この国の縮図を見ているようでした。」
「そう。」
「しかし、私ではこの洛陽で仕官して
国を内部から変えることは出来ないでしょう・・・
私にはそんな知もなければ 器も無い。」
「「・・・・」」
「ですから私は また旅に出ようと思います。
今度は、私と同じ志を持ち この国を・・・
この国の民を救うことができる仲間と、それができる主を見つけて
協力して、少しでもこの国の民の現状を、良い方向に変えていきたいと思います。」
「そう、じゃあ私から言うことはなにもないわ。
私には私のやるべきことがあるから、
関羽、貴女と共には行けないけど、
貴女の旅で良い出会いがあるように祈っているわ。」
「関羽さん・・・きっと良い仲間に出会えます・・・
貴女が心から信頼出来る人達に会えますよ。」
「ありがとうございます。
・・・その旅立つ前に一つお願いがあるのですが・・・
私と真名を交わしていただけないでしょうか?」
「真名を?」
「本当なら、許昌を発つ時に言うつもりだったのですが、
郭嘉殿に先を越されてしまいましたので・・・」
「別に稟と一緒に言ってくれても良かったのに。」
「いいえ、気恥ずかしかったというのもありますが、
郭嘉殿には失礼かもしれませんが、
私はお二人と真名を交わしたかったので。」
「私達と?」
「はい。
別に郭嘉殿が信頼出来ないというわけではないのですが、
私はあの方の心底を計れるほど 付き合いがあったわけではないので・・
ですが、お二人とは短い間でしたが、
私の人生において大事な時間を過ごさせて頂きました。
お二人には 私に何が足りないのか教えていただき、
その足りないものを埋めて頂きました。
それで、完全になったなんて烏滸がましいことは言いませんが、
それでも 目指すべき道標は出来ました。」
「・・・」
「そう、まぁ、あんたはもう少し学問を修めるべきね。
個人の武はもう申し分ないのだから、
後は知を補えば 優秀な武官になれると思うわ。」
「ありがとうございます。
それにお二人は それぞれ形こそ違えど 心から民を思って居られます。
そんなお二人だからこそ、私の真名を預け、
できることならお二人からも
信頼を預けていただきたいと思っています。」
「・・・そこまで言ってくれるなら
私はいいけど・・・」
「私もいいわよ。
短い間だったけど、あんたの為人は見定めたつもりよ。
ただ残念なのは、あんたが歩む道が私と違ったことね。
あんたが力を貸してくれたら、
武においての不安要素は無くなったのに。」
「私も同じ思いです・・・荀彧殿は
上から変えようとしておられる。
私はまずなによりも先に民を救いたい。
そういう意味では喜媚殿の方が私の思いには近いですね。」
「私!? 私はそんなに大それた事は考えてないよ・・・」
「そうでしょうか?
私には 何れ喜媚殿は大業を成し遂げる人物だと思っています。」
「私はそんな・・・」
「喜媚にはそんなのは似合わないわよ。
喜媚は私の下でこき使われるのがお似合いなのよ。」
「桂花・・・さすがにそれは。」
「う、うるさいわね! あんたにはそれがお似合いなのよ!」
「フフフ・・・私は何れ喜媚殿が
私と同じ道を歩んでくれると期待していますよ?」
「関羽! あんたねぇ・・・!」


関羽さんが私の方を見て微笑んだ後
桂花を見つめている、桂花も負けじと関羽さんを睨みつけるが
関羽さんの瞳には全く悪意や邪心はなく、
ただ 自分の信頼するものを見つめる 穏やかながらも真摯なものだったので
桂花も毒気を抜かれて、すぐに目をそらしてしまった。


「さて、私 関雲長 真名を愛紗と申します。
私の心からの信頼の証としてお預かりください。」
「・・・・私の真名は 桂花よ。
・・・よろしく。」
「私は、以前説明したかもしれませんが
真名がないので・・・」
「えぇ、わかっています。
荀彧・・・桂花殿と同じように、
今まで通り喜媚殿と呼ばせてもらいますが、
その意味は今までとは違い、信頼を込めて呼ばせて頂きます。
喜媚殿は私を真名で呼んでください。」
「・・じゃあ、その、愛紗ちゃん、よろしく。」
「ちゃ・・ちゃん!?」
「あ、まずかった?」
「い、いいえ! 結構です!
それで結構ですよ!」


関羽さん、あらため愛紗ちゃんは、少し慌てながらも
頬を赤く染め、すこし照れたほほ笑みで 私を見つめて来た。


「喜媚殿。 桂花殿。 これからもよろしくお願いします。」


こうして、私と桂花、愛紗ちゃんの三人で真名を交わし、
翌日、今日の真名を交わした一件を荀緄さんに話、
桂花は仕事を早く切り上げ屋敷に戻り、
一日遅れだが、三人で祝杯を上げた。


この日から数日後、
とうとう、関羽さんが洛陽から旅立つ日がやってきた。


「それじゃあ愛紗、元気でね。
できたら貴女とは同じ主の元で働けると良いわね。」
「そうですね、桂花殿と私では 色々考えが違うところもありますが
この国や民の暮らしをよくしたいと望む主の元でなら、
一緒にやっていけると思います。
お互い そういう主に出会えることを祈っています。」
「えぇ・・じゃあ、道中気をつけてね。」
「はい。」
「愛紗ちゃん。」
「は、はい・・・・どうもその ちゃんと言うのは慣れませんね。」
「私から愛紗ちゃん言える事はそんなに無いけど・・・
醜聞に惑わされず、
自分の目と耳で真実を確かめるように気をつけてね。
悪人だと言う噂の人が善人だったり、
良い話に裏があったり・・・愛紗ちゃんは
真っ直ぐすぎるところがあるから、時間がある時は、
まず一旦落ち着いて情報の真意をを確認してから動くようにしてね。」
「はい。 肝に銘じておきます。」
「私の見た目で女だと思って閨に誘った時みたいに 思い込みで判断しないでね♪」
「あ、あの時は!
あの時は喜媚殿が黙っていたのが悪いのではないですか!!」
「ハハッ、冗談だよ。
アレは言わなかった私も悪かったからね。
でも、そういうことだよ。
見た目や噂に惑わされないで。」
「分かりました。
・・・・それでは、また会える日を楽しみにしています。」
「お互いにね。」
「愛紗ちゃん、元気でね。」
「はい! ・・・それでは!」


こうして愛紗ちゃんは行商人の人達と次の街へと旅立っていった。

一応 彼女には釘を刺しておいたけど、
恋姫の歴史の流れ通りに反董卓連合が起きてしまった時に、
少しでも洛陽の皆の被害を抑えられるように・・・


さて、愛紗ちゃんが洛陽を発ち、
荀緄さんの屋敷内が少し寂しくなってしまったが、
私も桂花も がんばって洛陽での生活を送っている。


洛陽での生活が一月ほど経った時に、
周泰ちゃんが袁術ちゃんの書簡を持って訪ねて来たので、
お互いの無事を確認した後、
洛陽の店で、簡単な祝杯を上げ、
お互いの近況を話し合った。


「それにしても あの時は本当に大変でしたよ、
喜媚様が洛陽に行かれたと袁術様が聞いた時は
『なんで喜媚は妾の所に来ずに毎回洛陽などに行くのじゃ!
こうなったら妾も洛陽に行くのじゃ!』
と言い出して、張勲様が袁術様をなだめるのに
寿春中から色んなお菓子を集めて
なんとかご機嫌を取ってましたから。」
「あはは・・・それは張勲さんに悪い事したかな?」
「多分 張勲様からの書簡には、
その愚痴が書き連ねられていると思いますよ。」
「覚悟はしておくよ・・・それにしても
やっぱり一回 寿春に行ったほうがいいのかな・・・
一応、洛陽での仕事が終わって、許昌に戻った時、
少し休みをもらって行こうかと桂花に話してはいるんだけど。」
「来てくださるなら、日程がわかれば私がお伴いたします!」
「周泰ちゃんが付いてくれるなら道中は安心だね。」
「おまかせください!
その話を袁術様にしたら、
きっと私の派遣を許してくださるはずです。」
「なんか悪いけど、日程がわかったら教えるよ。」
「はい!」


この後も いろんな話をした後、
周泰ちゃんは仕事があるというので
最後にお茶で乾杯して別れた。


洛陽での生活もだいぶ慣れ、
荀緄さんの屋敷の人達や、よく行く店の人達、
それに加え、私がよく出入りするのと、
特徴的な猫耳服のお陰で宮殿の見張りの人達とも、
ある程度挨拶や世間話をするようになった頃、
ようやく宮殿内の庭園で弁ちゃんに会うことが出来た。


「喜媚様・・・お久しぶりです。」
「弁ちゃん久しぶり・・・ちょっと痩せた?」


最後に彼女を見たのが 約一年ほど前の記憶なので
あまり当てにはならないが、
彼女は少し痩せた・・・と言うか
やつれたと言う表現のほうが正しいのかもしれない。
若干顔色が悪く、けだるいような感じを受ける。


「食事はちゃんと食べているのですが・・・
最近少し忙しいので。」
「・・・姉様は最近ほとんど休みをとっておらぬ。
今日姉様の体調が悪いということで
ようやく休みを取れたのじゃ。」
「え? じゃあ、こんなとこに来てないで寝てないと!」
「すいません・・どうしても一目 喜媚様に会いたかったので・・
無理を言って少しだけ時間を稼いでもらってきたんです。」
「どういうこと?」
「妾や姉様の身の回りの世話をする者の中に
信用できるものが数人おってな、
その者に姉様の身代わりをしてもらっておるのじゃ。
あまり時間は取れないが それしか方法がなくてのぅ。」
「そこまでして・・・・」
「せっかく喜媚様が洛陽にいらしているのに、
一目もお会いできずに、手紙だけなんて悲しいじゃないですか。」
「弁ちゃん・・・」
「今日は妾の事はいいから、姉様の相手をしてやってくれぬか?」
「でも、体の調子はいいの?」
「えぇ、喜媚様の顔を見たらなんだか気分が良くなってきました。」
「そう? でも少しでも体調が悪くなったら すぐに言ってよ?」
「はい。」


その後、ほんの少しの時間だったが
弁ちゃんと、二人で近況を話し合い、
時々協ちゃんが茶々を入れながら楽しく過ごしていたが
不意に協ちゃんが、今の境遇に付いての愚痴をつぶやくようになった。


「妾もそうじゃが、特に姉様はもう少し、謁見の回数を減らすべきなのじゃ。
今ではまともに休む時間や、食事の時間も取れておらぬではないか。」
「でも協、私が会わないといつまでも待ってる人達も居るし・・」
「それで姉様が体を壊したら元も子もないのじゃ!
それに父様がまだ存命なのにもかかわらず
跡目の事で周りが勝手に騒ぎ立ておって・・・
母様も母様じゃ・・・」
「協!!」
「う、うむ・・・すまぬのじゃ。
喜媚がおるのにする話しじゃなかったの・・・
喜媚も今の話は聞かなかったことにして欲しいのじゃ。」
「それはいいけど・・・二人共体調だけは気をつけてよ?
私には話を聞いてあげるくらいしか出来ないから。」
「うむ、だが喜媚はそれでいいのじゃ。」
「えぇ、話をしてくれるだけで だいぶ気分が楽になりますから。」


彼女達はこ宮殿の中でも
かなり偉い人の娘だということは察しがつくが、
桂花もそうだが、そういう家に生まれたら それはそれで大変なんだろう、
家を守って行かなければならないし
権力が強ければ それに付随する荷物も大きくなる。
跡目争いもある・・・
私には何も出来ないけど、
せめて彼女達の愚痴を聞いたり 気晴らしくらいには付きあおうと思った。


結局この後、すぐに二人は戻らなければならない時間になり
部屋に戻っていった。
短い間ではあったが
お互いこうして顔を合わせて 無事を確認できて良かった。


この後、私も宮殿から帰ったのだが、
帰り道で、肉まんを売っている店があったので
おみやげに買って帰ろうと思い、
何個か買って店前から立ち去ろうとした時。
不意に足を引っ張られる感覚がしたので
下を見たら、この時代のこの国に居るべきでない
赤いスカーフを首に巻いた犬が
私の裤(ズボン)の裾を加えていた。


(なぜオマエがここにいる・・・セキト!)


「ワン!」



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二十九話

洛陽




私がおみやげに肉まんを買って帰ろうかという時、
私の裤(ズボン)を咥えて引っ張っている犬が居る。


(この犬って明らかにセキトだよな・・・
コーギーなんて犬種の犬流石にこの時代の中国に
居ると思えないし、赤いスカーフ巻いてるし・・)


私がセキト(?)を観察している間も
セキト(?)は私の裤(ズボン)の裾を加えて
引っ張っている。


「フー・・・どうしたの?
お腹でも減ってるの?」
「ワン!」
「(・・・流石の知恵袋も犬の言葉はわからないよ。)
あ~、肉まんが欲しいの?
でも君が食べられるものじゃないよ?
玉ねぎとかニンニクとか入ってるだろうし。」
「ワン! ワン!」
「・・・ワンと言われても。」


肉まん屋の前で犬と話している私を
皆奇異な目で見てくる。


「あ~・・・すいません、おじさん。
この子が食べれそうな骨とかありませんか?」
「あ? まぁ、あるにはあるが・・・ちょっと待ってな喜媚ちゃん。」


このおじさんは私が良くこの店で買い食いをするので
私のことはよく知っているので、多少のお願いは聞いてもらえる。

おじさんはそう言って肉まん屋のおじさんは店の奥に行く。
その間もセキト(?)は私の周りをぐるぐると回りながら
吠え続けている。


「よぉ、またせたな喜媚ちゃん。」
「すいません、御迷惑かけて。」
「これくらい いいってことよ、
いつも贔屓にしてもらってるからな、ほれ。」


私はおじさんから少し肉の付いた骨を貰うと、
しゃがんでセキト(?)の目の前に出し食べるように促す。


「ほら、コレならお前も食べれるでしょ?」
「ワン!」


セキト(?)は その場で骨を咥えて齧りだしたので、
呂布さんが来るとまずいので セキト(?)が骨に夢中になっている間に
退散しようと思ってその場から立ち去ろうとするが
また裤(ズボン)の裾を咥えられる。


「・・なに? もうご飯はあげたでしょ?
もう無いよ?」
「ワンワン!」
「・・・・困ったな。」

「あ~~!! セキトこんなところに居たんですか!!」


私がセキトを見つけた様な声のする方を見てみると
そこには未来の呂布さん(董卓軍)の軍師、
陳宮(ちんきゅう)ちゃんがコチラに向かって走ってきていた。


「もぅ、何やっているんですか!
恋殿を探してと言ったではないですか!」
「ワン!」
「ワンじゃないのです!
・・・・お前は誰ですか?」
「いや、それは私の台詞なんだけど?」


セキトを見つけて叱りつける陳宮さんが、私を見て睨んでくる。


「音々は陳公台(ちんこうだい)!
恋殿の一の部下なのですよ!」
「はぁ・・・私は胡喜媚です、喜媚と呼んでくれて結構です。」
「それで、喜媚? はなんでセキトに絡まれてるんですか?」
「私が聞きたいんですけど?」


どうもお互い状況がわかってないようなので、
まず私の方からこうなった経緯を話し、次に陳宮ちゃんから話を聞いたのだが・・・


「つまり肉まんを買って食べている時に 呂布さんという方とはぐれてしまったので、
肉まんの匂いをセキトに嗅がせて 追わせていたら、ココに付いたと?」
「そうです。」
「・・・そりゃそうなりますよ。
この子は肉まんを探せと言われたと思ったんでしょう。
だからココに来て私を捕まえたんじゃないですか?」
「うぅ・・・肉まんの匂いで追わせたのは失敗ですか・・・」
「何か呂布さんの持ち物を持っていないんですか?」
「そんな物恐れ多くて持ち歩けるわけ無いです!
きちんと屋敷に保管してあるのです!」
「じゃあ警備隊の人にでも呂布さんの特徴を伝えて 探してもらったらどうですか?」
「そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないですか!
まるで音々が迷子になったみたいではないですか!」
「いや、実際どっちかが迷子じゃないですか・・・」
「恋殿がそんな不名誉な迷子になるわけ無いのです!」
「じゃあ陳公台さんが迷子なんじゃないですか。」
「違うのです! ・・・・恋殿・・・・音々が迷子なのです・・・」


流石陳宮ちゃん、呂布さんを迷子扱いにするくらいなら、
自分が迷子扱いされるという不名誉を受け入れるとは!
なんという忠義心!!

・・・そんなに大したことでもないんですけど。


「とにかく、だったらやっぱり警備隊の人に・・・」
「ワンワン!!」
「「へ?」」


陳宮ちゃんと今後のことについて話していると
急にセキトが走りだした。
向かった先には、両手で抱えるほどの袋に
いっぱい詰まった肉まんを抱えた呂布さんが居た。


「れ・・恋殿ぉぉ~~っ!!」
「音々、勝手に離れたらダメ。」
「うぅっ・・・申し訳ないのです。」


呂布さんに抱きついて謝る陳宮ちゃんはかなり微笑ましい感じだったが、
このままココに残っていると、
呂布さんにも絡まれるおそれがあると思った私は、
話しかけられる前に、そそくさとその場を後にした。


「そういえば恋殿、さっきセキトがエサを貰った娘が・・・・あれ?」
「・・・?」
「・・・いないのです。」
「ワン! ・・・ッハッハッハ。」
「セキト、その骨どうしたの?」
「そうです、さっきセキトが間違えて捕まえた娘が、
セキトにその骨をあげていたのです!」
「・・セキトご飯貰ったの?」
「ワン!」
「嬢ちゃん達、喜媚ちゃんならもう帰ったぞ。」
「店主、どういうことですか?」
「あんた達が話している間に喜媚ちゃんは帰っちまったぜ?」
「なんと・・」
「・・セキトのご飯貰ったのにお礼言ってない。
・・義母さんに怒られる。」
「て、丁原(ていげん)殿に怒られるのですか!?
・・・あわわ、なんとかして探してお礼を言わないといけないのですが、
時間がもう無いのですよ。」
「探す。」
「しかし、恋殿、丁原殿から頼まれた
お仕事もしないといけないのです。」
「・・・どうしよう?」
「と、とにかく、まずは丁原殿の仕事を先に済ませてから 喜媚を探すのです!」
「分かった。」

「あ、おい嬢ちゃん・・・・行っちまったか。
なんで喜媚ちゃんの住んでる屋敷を俺に聞かないのかね?」


結局この後、呂布ちゃん達は
洛陽にいる間、私を探していたそうなのだが、
帰らなければいけない日まで私を見つけられなかったため、
丁原さんの元に帰った時に 拳骨を貰ったそうだ。


「痛い・・・」 「痛いのですぅ・・」 「クゥン・・」


そろそろ、洛陽で四ヶ月ほど過ごした時、とうとう桂花の限界が来た。


「あ~~! もう、やってらんないわよ!!」
「いきなり私の部屋に入ってきたと思ったら何なの?」
「もう限界! あの宦官共・・・
報告を勝手にいじる、経費の水増しはする、
勝手な命令書を作っては予算を懐に入れる、
賄賂は要求する、挙句に私をいやらしい目で見た挙句 妾になれですって!!
・・・今すぐアイツら殺すわ!」
「桂花・・・誰かに聞かれたら大変なことになるよ?」
「あんたの部屋は壁が厚いから大丈夫よ!
だからわざわざこの部屋に来たんじゃない!」
「・・・ハァ、頭に血が登ってても
そういうとこはしっかりしてるんだね。」
「当たり前よ! これくらい出来なきゃ、
アイツらとまともに仕事なんてできないわよ!」
「でも、荀緄さんの所で仕事を学ぶんじゃなかったの?」
「もう充分学んだわよ!
それに、お父様はともかくアイツらの仕事の仕方を学ぶより、
あんたのほうがよっぽど効率良く仕事してるじゃない!」
「私は、仕事をやる前に整理して順番を決めて片付けてるだけだよ。」
「それに何よあの使いやすい算盤!!
私にもよこしなさいよ!!」
「アレは試作品だから
もう少しちゃんとしたのができたらあげるよ。」
「本当でしょうね! 約束したからね!」
「はいはい。」


とりあえず算盤を貰えるということで 少しは怒りが収まったのか、
桂花は私の寝台に座り、顎に手を当てて何か考えている。


「・・・・・決めた! そろそろ許昌に帰るわ。」
「は?」
「何驚いてるのよ?
ちゃんと学ぶべき仕事は学んだし、洛陽である程度人脈も作ったし、
もうやること無いじゃない。」
「え~っと、何遂高様に仕官とかは?
誘われてなかった?」
「あんた本気で言ってるの?」
「・・・やっぱりだめか。」
「わかってんならくだらないこと言わないでよ。
こんな所で この国をよく出来るわけ無いでしょ。
上の奴らは どいつもこいつも 私腹を肥やすことしか考えていないし
下の手柄を平気で横取りするし。
私がこんなところで仕官したら潰されるわよ。」
「・・・それで? 許昌に帰った後はどうするの?」
「とりあえず許昌に少し逗留した後は荀諶がうるさいから、
一旦 袁本初(えんほんしょ)様の所に仕官するわ。」
「荀諶ちゃん? そう言えばあの子 袁本初様のところに仕官したんだっけ?」
「えぇ、まぁ、あそこは名門として有名だから 泊を付けるには最適よね。
・・・ただ、袁本初様にすこし問題があるらしいけど。」
「まぁ、詳しくは聞かないけど・・・
そうだ、許昌に少しの間いるなら、私、寿春まで行ってきていい?」
「なんであんたが・・・あぁ、袁公路様とあんた懇意にしてたわね。」
「何度か洛陽に来てからも書簡でやり取りしてたんだけど、
袁術ちゃん、袁本初と仲悪いから 私が袁本初様の所に行くと言ったら、
攻め込みかねないって張勲さんが・・・・
だから、せめて袁本初様の本拠地の南皮に行く前に、
顔を出して欲しいって張勲さんに言われてるのよ。」
「・・・・あんたが原因で戦が起きるなんて洒落にならないわね。」
「・・・あの子は本気でやりかねないんだよ。
いい意味でも悪い意味でも純真だから・・・」
「私も話には聞いてるけど、かなりの箱入りなんですって?」
「えぇ、それもまだ若い彼女を守る為なんだけど、
少し度が行き過ぎて悪影響が出てるんだよ。
袁術ちゃん自身は決して愚鈍な娘じゃないんだけど、
周りが幼い彼女を利用しようとするから、
彼女に重要な決済が回らないように 周りで処理してるんだけど、
それだけに彼女には判断材料が全くないのよ。
だから場合によっては 本気で私を捕まえに軍を率いて南皮まで来かねないんだ。
その結果どうなるか 今の彼女には予想も出来ないから。」
「・・・流石に周りが止めるでしょ?」
「止めるでしょうけど、
それでも聞き入れなくて袁術ちゃんが命令を出そうとしたら彼女、最悪謀殺されるよ?
そしたら今度はそれが原因で袁家が寿春に攻め込むよ?」
「あんたどれだけ、袁公路様に好かれてるのよ・・・」
「・・・さぁ? 私もよくわからないけど
長いこと書簡でやり取りしてたらいつの間にか・・・
前に貰った書簡には 今度会う時は私に真名を預けるとか書いてあったし。
・・・多分、周りには彼女を利用しようとする大人か、
彼女を守るために軟禁に近い状態にする人達しかいないから、
同年代で普通に話ができる子が 私しかいないからじゃないかな。
張勲さんは姉か母親って感じだし・・・
あの人もちょっと・・・かなりおかしいとこあるけど。」
「・・・若くして官職を継ぐと大変なのね。」
「とにかく、一回私が顔を見せれば、
しばらくは大人しくしてるって張勲さんが言ってるし、
袁本初様の所に行く前に かならず顔を出して欲しいって言われてるから、
私は少し休みを貰いたいんだけど。」
「・・・・そうね、良いわよ。
だけど私も寿春に行くわ。」

「は?」

「何よ、今後のために実際に見ておくのも悪くないでしょ?
それに袁家に縁が出来るかもしれないし。」
「だったら尚更行かないほうがいいんじゃない?
袁術ちゃんと袁本初様は色々と問題抱えてるから 変な疑い持たれるよ?」
「そしたら『袁公路様は王の器ではありません
ですので仕官の誘いを断って袁本初様の元に参りました。
貴女こそ王の器を持つお方です。』 とか言えば良いんじゃない?」
「よく口の回る・・・」
「・・・・洛陽で仕事してれば これくらい嫌でも口が回るようになるわよ。」
「・・・・・苦労 したんだね。」
「・・・お父様はこういうことを体験させたくて 洛陽に私達を呼んだのよ。
不本意だけど今の世では必要なことだから。」

「「・・・ハァ。」」

「じゃあ、寿春には二人で行くということで。」
「そうね。」
「そうだ、寿春では私の知り合いの周泰ちゃんが
紹介したい人がいるって言ってたから桂花も会うといいよ。
少なくとも一人は話が合う人がいるだろうから。」
「そう? 楽しみにしておくわ。」


そんなこんなで、洛陽の後は許昌、寿春へと行くことになった。
桂花と周瑜(しゅうゆ)さんはきっと話が合うだろう。
陸遜(りくそん))さんとかもいれば彼女とも話が合うだろうし。

ついでに私は周泰ちゃんに 前から考えていたお土産を持っていくことにして、
袁術ちゃん達には、
約束していた私の手料理とお菓子を作ってあげればいいだろう。


こうして、許昌へ帰る手配ができ次第、桂花と私は許昌へ帰ることになったのだが、
その前に私に話があると荀緄さんに言われ、
私は 荀緄さんの執務室に呼ばれた。


「ふむ、楽にしてくれ。
今日は儂の役職は関係なく、桂花の父として喜媚と話がしたいのでな。」
「はぁ・・・それで、どういった話でしょうか?」
「妻から聞いておると思うが、桂花の婚姻の話だ。
アレは喜媚を桂花の相手にしようと考えておるようだが・・
お前には今のところその気はないだろう?」
「・・・・荀緄さんや荀桂さんには悪いのですが、
私と桂花では生きる世界が違うと思っています。」
「うむ、儂もそう思っておる。
家柄等は関係なく、思想が違うというところか・・
お主は人としての安寧を求める。
桂花が家に入って家庭に収まるのなら問題なかろう。
お主は桂花を大切にするだろうし、子が生まれれば大切に育てるだろう。
だが桂花はこの国を憂い、民に幸福を与えようとしておる。
喜媚と結婚したとしても 今の桂花は生き方を変えはしまい。
桂花はお主に補佐されて伸びるだろうが、
お主には安寧は訪れず、その道は険しいものとなろう。」
「・・・・」
「妻はそれがわかった上で それでもお主と桂花の二人ならば
乗り越えていけるだろうと考えておるようだが・・
儂はそうは考えていない。
少なくとも今の喜媚では 何れ持たぬ時が来るであろう。」
「・・・そう ですね。」
「お互いどんなに大切に想い合っておっても生き方が違えばどちらか、
又は双方が歪むことになる。
そうなってしまってはお互いが不幸になるだろう。」

「・・・」

「だが、そこまでわかっておっても
儂にも桂花には喜媚しか相応しい者がおらぬとも思っておる。」
「・・・どうしてですか?」
「元から男が苦手な上にあの件じゃ、お主以外に心を許しておる男がおらぬ以上、
下手に無理にでも子を産ませようと 別の男をあてがえば、
桂花は心が壊れるか 自害してしまうだろう。
それは儂も妻も望むところではない。」
「・・・」
「だが喜媚に無理に桂花と一緒になれとも言えぬ。
それにそんな中途半端な気持ちの状態の喜媚に 大事な娘をやるわけにもいかん。」
「・・・」
「だから儂は今少しの間、時を置くことにした。」

「・・・え?」

「少なくとも、今は時期ではない。
お主と桂花が結ばれる定めならば 天がその時を決めるだろう。
それに・・・これから世は荒れる。
コレはもはやどうしようも出来ぬ。
お主や桂花も否応なく巻き込まるだろうが、
その時に 二人の生き方も変わってくるやもしれぬ。
うまく変われば二人の生き方が交わう事になるだろう。
そうならないかもしれぬ。
または 喜媚より桂花にふさわしいものが現れるやもしれぬ。
・・・だがそれらは 天が決めるであろう。
儂は、お主達の生き方が交わうのをただ祈るのみだ。」
「・・・・・荀緄さん。」
「何も言わずとも良い。
儂はそう思っておるというだけで お主に何かを強要しようとは思っておらぬ。
喜媚が桂花を求めるなら好きにするがいい。
どうするかはあの子が決める。
逆また然りじゃ。
・・・ただ儂はどんな形であれ、
あの娘が幸せになってくれればそれで良い。」
「・・・・荀緄さん。」
「後は 妻が下手に暴走しないよう、
儂が見張っておくから お主達は好きにするといい。
仮に喜媚が桂花を選ばずとも無理に桂花に男をあてがって、
あの子を壊すような真似はせぬ。」
「荀緄さん・・・・その、なんて言うか・・・ありがとうございます。」
「うむ、今しばらくの間、桂花を頼んだぞ。」
「はい。」
「ならば、わしの話は終わりじゃ。
今宵は二人の旅立ちを祝い宴を開くゆえ
楽しんでいくといい。」
「はい。」


こうして、この夜は皆で洛陽での最後の宴を楽しんだ。


その数ヶ月後 荀緄さんも尚書から、
済南相になり洛陽を去ったという話を桂花から聞いた。



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三十話

洛陽




荀緄さんの屋敷で私達の旅立ちを祝う宴を開かれた後、
私は、後二人、弁ちゃんと協ちゃんに
洛陽を去ることを伝えなければならないので
いつもの時間に宮殿の庭園に行き、
二人が来るのを待っていた。

しばらく日向ぼっこをしながら待っていると
協ちゃんが一人で生垣の隙間から現れた。


「おぉ、今日は喜媚が先に来ておったか。」
「協ちゃんこんにちは。」
「うむ、今日は喜媚に会えて佳き日じゃな。」


その後、しばらく弁ちゃんが今日も執務で来れないことや
協ちゃんの、話や愚痴などを聞いていたのだが、
丁度話の区切りがいいところで、
洛陽を去る件を伝えることにした。


「協ちゃん。」
「ん? なんじゃ喜媚、そんなに暗い顔をしおって。
屋敷で嫌なことでもあったのか?」
「屋敷では良くしてもらってるよ。
今日はその話じゃなくて・・・
私、近い内に洛陽から出ていくことになったんだ・・・」
「・・・・そうか、いつかこの日が来るとは思ぉておったが、
とうとう洛陽を発つのか。」
「うん・・・近い内に発つことになるから、
二人に会えるのは今日が最後の機会かもしれなかったから
弁ちゃんにも会いたかったんだけど
仕事ならしかたがないよね・・・」
「すまぬの、妾も会わせてやりたいが
無理にそれをやると喜媚にも姉様にも迷惑がかかる・・・」
「しょうが無いよ・・・あ、でも手紙を用意してきたから、
それだけ渡してくれないかな?」
「うむ、承知した。 必ず姉様に渡そう。」
「お願いね。」
「うむ。
・・・・それで、次は何時くらいに洛陽に来れそうじゃ?」
「正直な話、次は何時来れるかわからないんだ・・・
今までは年に一回は来れたんだけど
次は何時になるのか・・・」
「そうか・・・ならば最悪、今日が最後になるやもしれぬのか。」
「・・・私もできるだけ洛陽に来るようにするけど、
今までは桂花や荀緄さんのお陰でここまで来れたけど
次は 宮殿に入れてもらえないかもしれないから。」


今までは桂花の使用人と言う事と、
荀緄さんの口利きでなんとかここまで来ることができていたが
次はそれも難しくなるだろう。


「そうか・・・っむ、そうじゃ!
以前妾と姉様で書いた 喜媚に渡したあの書簡はまだ持っておるか?」
「え? 持ってるけど?
今はお屋敷に置いてきてあるけど。」
「ならば次はアレを使うと良い!
あの時は ほんのイタズラ心と、また会いたいというお守りのつもりで書いたが、
アレをしかるべきものに見せれば 十分使えるはずじゃ!」
「本当なの?」
「うむ、妾と姉様の連名で、父上の印まで押してあるからの。
大丈夫じゃ!」
「う~ん、じゃあ 次ココに来る手立てがなかったら使ってみるよ。」
「うむ!」


その後も私と協ちゃんは、別れを惜しむように
今までの思いで話や、これから私が何処に行くかなどを話し、
彼女の時間が許す限りいろんな話をした。

そしてとうとう、別れの時間がやってきた。


「そろそろ、戻らんと周りが騒ぎ出すじゃろうな・・・」
「そっか・・・」
「喜媚・・・もし次に洛陽に来るのならば、
できるだけ急いでくれ・・・
姉上もそうじゃが 妾も直に
こうして抜け出すこともできなくなるじゃろう。」
「そう・・・なんだ。」
「姉上も妾も喜媚には会いたいのじゃが
周りがそれを許さぬ・・・妾もこんな所に生まれねば、
姉上と喜媚と三人で楽しく暮らせたのだろうが・・な。」
「協ちゃん・・・」


その時の協ちゃんの表情は、
私よりも年下の幼い彼女が普段するような表情ではなく、
まるで人生に疲れた老人のような表情だった。


「無事会えたとしても、おそらく次が妾達が喜媚に会える最後の機会となろう。
・・・・もし、次会えたならば・・・その時は妾達の本当の名を教えよう。
・・・だから喜媚、ちゃんと次も会いに来るのじゃぞ?」
「協ちゃん・・・また、洛陽に来るよ・・・必ずまた会いに来るよ。」
「うむ、待っておるぞ。」


こうして私は協ちゃんと握手をした後、
その場を離れ、洛陽の宮殿を後にした。

屋敷に帰る時に振り返って洛陽の宮殿を見てみたが、
その豪華な作りとは裏腹に、
洛陽の宮殿は何処か、虚ろで空虚な印象を受けた。



こうしてこの日から数日後、私と桂花は許昌へ向けて旅立った。

荀緄さんは私達が旅立つ前日に、
「もう既に伝えるべきことは伝えた。」
と言い、この日は朝から普段通り宮殿に向かっていった。

私と桂花も、特に普段と変わること無く、
荀緄さんを送った後、城門で待ち合わせをしている行商人や傭兵の人達と合流し、
許昌に向かった。


道中、小規模な戦闘の後が何箇所かあり、
そのまま放置された死体などが幾つかある。
洛陽、許昌と言う主要の道でもこの有様なのだ。
洛陽から離れれば離れるほど状況はひどくなっていくのだろう。

最近では黄巾の噂もちらほら聞くようになったし
管路(かんろ)の占いも耳にする。

果てには東から太陽を背負った救世主が現れるとか
龍が天より降りてきてこの国を一旦滅ぼしてから再生させるとか、
そう言った与太話に近い噂も流れている。
ただの与太話で済めばいいが、私は外史や管理人を知っているだけに
その与太話が本当に起きるのではないか?
と 心配になるが、その話を許昌に帰った時 母さんにしたら・・・
おもいっきり笑われた。


許昌に無事到着した私達は、同行した行商人や傭兵の人達と別れ、
荀桂さんの家へ向かった。


「ただいま! お母様。」
「ただいま戻りました、荀桂さん。」
「あら、二人共お帰り!
予定より随分と早く帰ってきたわね。」
「色々あったのよ、でも 向こうで学ぶべきことは学んできたわ。」
「そう・・・・でも まだ喜媚ちゃんとの事はダメみたいね・・・」
「・・・・ぅ。」
(本人がいる前でそういう話は止めて欲しいんだけどな・・・)


荀桂さんはわざとなのか、私の方を見ては
桂花の耳元で何か囁いて言る。

その後一旦、私は家に帰り母さんと会い、
旅の話を軽く済ませ、久しぶりに食べる母さんの手料理を味わい この日は就寝。


翌日、荀桂さんの家で、母さんも呼んで無事帰ったことを祝う宴会が行われたが、
私は本来祝われる側なのにもかかわらず、
母さんのわがままで私も厨房に立たされることになり
宴会終了直前まで厨房で料理をしているだけだった。

この日は私や、母さんも泊まっていくように言われ
空き部屋が無いから、と言う理由で
私と桂花は一緒に桂花の部屋で寝させられた。
少なくとも私の知る限り空き部屋はいくつもあるし、
寝るなら私と母さんだろうと思ったが、荀桂さんと母さんが結託して、
私と桂花を一緒の部屋に放り込もうとしているので
逆らうことは出来無かった。


「あ、あんたわかってるわね!?
へ、変なことしたらこr・・怒るわよ!!」


真っ赤な顔をして怒る桂花だが、
だが逆に言えば 私が何かしても怒るだけで済ませてくれるということだ。

それに桂花の方から抱きついてきているのだが、
・・・私は怒ってもいいんだろうか?


もちろん 桂花に変なことをするつもりはないが、
私も桂花の気持ちをまったく察していないわけじゃないし
私も決して桂花が嫌いというわけではない。
きちんと手順を踏んで行けば、
ちゃんと 世間一般で言う恋愛関係には成れるだろうし、その先もあるだろう。
しかし 私にはまだそのつもりも覚悟も無い。

荀緄さんに言われた言葉が思い出される・・・

荀緄さんは時が経てば 私と桂花も変わるかも知れない、と言っていたが、
変わった時 私と桂花はどういう関係になっているのだろうか?
私と彼女は幼少時から長く付き合い
今では私の知る恋姫の荀文若ではなくなっている。

男に対して下ネタを含んだ罵詈雑言は吐かないし、
仕事の上では男が相手でも(腹の中で何を考えているかは分からないが)
ニッコリと愛想笑いを崩すこともない。
その分 愚痴等が私に集中するのだが、それもただ彼女の話を聞いてやれば
次の日にはスッキリした顔をしているのだから、
男に対する嫌悪感は、私が恋姫と言うゲームで知るほど酷くはない。

この先どんな形で私達が変わっていくのかわからないが、
少なくとも お互いが幸せでいられる関係でありたいと願っている。


その夜、私は結局桂花に抱きつかれたまま、
彼女の女性特有の匂いや柔らかい身体、体温などを感じながら、
悶々とした夜を過ごしたのだった。


翌朝、私達が袁紹さんの居る南皮へ行く前に
寿春へ行くことを 荀桂さん達に告げたが、
私も桂花も既に家を出た身、 「好きにすると良いわよ。」 と言われ
あっさり寿春行きは決定した。


寿春へ行くまで同行する行商人や傭兵を手配する間、
久しぶりに稟ちゃんに会おうと思い、桂花と一緒に私塾へ行ったが、
既に彼女は旅に出た後で、会うことは出来なかった。

寿春では周泰ちゃんや袁術ちゃん達に会うため
なにかお土産を用意しようと思い何がいいだろうかと考えた。、
袁術ちゃんには手料理でいいのだが、周泰ちゃんは何がいいだろうか?
しばらく考えた後、以前考えた通り彼女の嗜好に沿った物にする事にし、
それを用意するために、服屋へ行き布を購入して早速制作に入った。

後は特筆するようなことはなく、
久しぶりに会った、小作人の皆と話したり、
荀桂さんの家に呼ばれて三人で洛陽での生活の話をしたりしながら
寿春へ旅立つ日まで穏やかに過ごしていた。


数日後、寿春へ旅立つ日になり、
荀桂さんや母さん達に見送られながら出発。

日が合えば 周泰ちゃんが、護衛を引き受けてくれる手はずだったのだが、
私の前居た現代とは違い、通信手段もなければ
移動時間もかかるこの世界では 日数調整はうまく行かず、
周泰ちゃんは寿春で待っていてもらい、
寿春から許昌へ帰るときに送ってもらうよう、書簡で打ち合わせをした。


寿春への道中は、洛陽、許昌間よりも更に酷く、道も若干荒れている。
行商人や傭兵の人達が言うには
コレでもマシな方らしく、さらに南や東に行くと
もっと道が悪かったり、野盗などの危険が多いのだそうだ。

寿春までの道中で小規模な野盗に一回襲われたが、
傭兵の人に怪我人が出た程度で、
私の鉄針の投擲や、傭兵の人の弓で牽制し
桂花の指示した順番で野盗を討っていったら すぐに退散していった。
どうやら、まだ賊に身を堕としたばかりの賊のようで、
武器なども農具であったり、棍棒、粗末な剣等で武装していた。


そうして、無事に寿春にたどり着き、
行商人の人達と別れ、周泰ちゃんが待つ
孫家の屋敷へ向かうのだが、道中 寿春の町を桂花と一緒見て回ったのだが、
主要の道路以外は 洛陽や許昌、陳留よりも酷く荒れ、
路地裏で痩せた老人が座り込んでいたり、
子供達は城壁外の畑で働いていたり、
見る人々も 裕福な人達以外は皆やせ衰えている人が多く
この寿春の政がうまく機能していないことがはっきりと分かった。


「・・・名門袁家の息女の領内とはいえ、
こんなものなのね・・・コレだったら許昌の方がよっぽど良いわよ。」
「仕方がないよ・・・袁術ちゃんの周りが好きかってやってるんだから・・」
「わたしもあんたに言いたくないけど、
それでも領主として着任している以上、責任は袁公路様にあるのよ。」
「それはわかってるよ・・・」
「・・・悪かったわね、あんたの友人を悪く言うような真似して。
でも、それが領主として領内を任された以上 最低限負うべき責任よ。」
「・・・うん。」


袁術ちゃん自身は我儘なところもあるけど
決して善悪の判断が間違っているわけじゃない。
ただ、あの子は若くして領主になってしまい、
なまじ袁家の力があるから それを利用しようとする人間が多すぎる。
そして、それらの人から袁術ちゃんを守るために
張勲さんが無茶をするから余計におかしくなる。
孫策さんの件がいい例だろう。

袁術ちゃんを利用しようとする人間だけだと
暴走しかねないし抑え切れないから、
牽制役に丁度 孫堅さんが亡くなって
力を失っていた孫策さんを取り込むことで
お互いで牽制し合うようにしたのだろう。
自分の利益の為に暴走する者達を、
呉の領民を守る事を第一に考える孫策さんを当てることで
張勲さんが袁術ちゃんをうまく言いくるめて
お互い牽制し合う状態を維持し、袁術ちゃんを守っている。

張勲さんの書簡や、袁術ちゃんの書簡、周泰さんの話、
私の原作知識を動員して考えた結果、
コレが最も納得の行く理由だった。
完全に合ってるとは思えないが、それほど間違っても居ないと思う。

だからといって 袁術ちゃんの領主としての責任が無いわけでもない。
どんな理由であれ、領主になってしまった以上
寿春の領民の生活が苦しいのは 彼女の責任なのだから。


そんな事を考えながら、周泰ちゃんの用意してくれた
書簡の案内通りに進み、途中で人から話を聞くなどして
無事に孫家の屋敷にたどり着くことが出来た。


「じゃあ、桂花 私が中の人と話すから。」
「いいわよ、まかせたわ。
私は周泰って娘、ちょっと遠目で見たことある程度だから。
いい娘そうだったけど ほとんど他人だしね。」


私が門に向かって中の人を呼ぶと、
中から、若干肌が焼けて褐色の肌色をした
長身で長い黒髪の綺麗なメガネをした女性が応対に出てきた。


(あの女は・・・・あの乳は・・敵ね!)


後ろで桂花がブツブツ言っているが無視する。


「すいません、私 胡喜媚と申しますが、
コチラに周幼平様はおられますでしょうか?」
「私は周公瑾(しゅうこうきん)と言う。
明命に用とは・・・あぁ! 胡喜媚殿と申したか。
話は聞いている、明命・・・幼平が世話になっているそうだな。
丁度 今屋敷に居るから どうぞお連れの方も一緒に中へ入られるといい。
すぐに呼んでこよう。」
「ありがとうございます。」


周瑜さんに案内され、屋敷の中に入り、
庭にある東屋に案内されて、ここで待つように言われた。

しばらく待っていると、私と同じ黒い猫耳頭巾のついた服を来た
周泰ちゃんが走ってやってきた。


「喜媚さま! お久しぶりです!!
約束通り来てくれたんですね!」
「お久しぶり、周泰ちゃん。
元気だった?」
「はい! 私は元気です!」
「それにしても・・・私があげたその服 まだ着てたんだね。」
「はい! 屋敷に居る時はこの上着で過ごしているんです。
ところどころほつれたりもしたのですが、
祭様が直してくださるので 今でも貰った時同様 ちゃんと着れますよ。」
「あんた・・・その服一着足りないと思ったら この娘にあげてたのね・・・」


私の横で桂花が小声で呪詛のようにつぶやく。
っていうか、数えてたの!?


「あの、喜媚さま、そちらのお猫様・・・じゃなかった!
そちらの方は?」
「私は荀文若、喜媚の・・・いいな、友人よ!」
「喜媚さまのご友人ですか! 流石お猫様の頭巾がよく似合ってらっしゃる!
私、周幼平と申します! よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそよろしく。」
(ちょっと喜媚! この娘何なの!?)
(周泰ちゃんはちょっと人より猫好きだから、
桂花の猫耳頭巾を気に入ったんじゃない?)
(・・・・私のはあの子にあげないわよ。)
(・・・・好きにして。)
「お二人共 どうかされましたか?」
「い、いいえなんでもないよ。」
「なんでもないわ。」


こうして、私は寿春に来た理由の内の一つ、
周泰ちゃんに会うと言う目的を果たしたのだった。



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三十一話

寿春




寿春に来て、無事周泰ちゃんに会うことが出来たので
彼女に こっそり用意していたお土産を渡すことにした。


「周泰ちゃんこれ、私からお土産。」
「えぇ! わざわざ来ていただいたのに
お土産まで頂いていいのですか?」
「いいよ、周泰ちゃんのために わざわざ作ってきたんだから。」
「喜媚さまの手作りですか!
それは楽しみです、何でしょう・・・・」


私は周泰ちゃんに布に包まれた包みを渡し、
彼女は嬉しそうな表情でそれを開ける・・・と
中から出てきたのは一本の紐が付いた布の巻かれた棒・・・のような物。


「何ですか、コレは?」
「ふふん、それはね、こうして付けるものなのだよ。」


そう言って、説明のために私の腰に紐を巻きつけて縛り、
棒の部分を少し曲げて取り付ける。
その様子を見てすぐに周泰ちゃんは気がついたようで
喜びで頬を垂れさせながら うれしそうに叫んだ。


「お猫様の尻尾だぁ!!」
「周泰ちゃんは猫好きだから服の耳だけだと
片手落ちだと思って、尻尾も作ってみたんだよ。」


この尻尾の作り方はいたって簡単。
黒い布を筒状に巻いて、中に芯として、
何故かこの世界にあるブラジャーに使われている針金を、
何本か束にしてある程度強度を出して、後は綿を詰め、紐をつけて縫うだけ。


「こ、このような物を頂いても良いのですか!?」
「周泰ちゃんにあげるために作ってきたんだから
もらってくれないと困るよ。」
「あ、ありがとうございます!!」


私は尻尾を外して周泰ちゃんに渡す。
すると すぐに彼女は尻尾を付けて
うれしそうに飛び回っている。


「へぇ、あんたあんなの作ってきたのね。
・・・面白そうだから、アンタも付けなさいよ。」
「え? わ、私はいいよ。」
「付 け な さ い 。」
「・・・遠慮「付けろって言ってんのよ。」・・・はい。」


結局この後、許昌に戻った時に もう一本尻尾を作って
付けさせられるはめになってしまった。

私だけ付けさせられるのでは面白く無いので
桂花用に頭巾と色を合わせた尻尾を作って渡したが
彼女は 私には常に付けるように強要するくせに
自分はたまにしか尻尾を付けることはなかった。
椅子に座る時に邪魔なのだとか・・・


周泰ちゃんと尻尾に付いて話していると
周瑜さんがお茶を持って私達の居る東屋にやってきた。


「何やら楽しそうな話声が聞こえてきたが、
何を話していたんだ、明命?」
「冥琳さま、見てください! 尻尾ですよ! 尻尾!
お猫様の尻尾を作っていただいたんです!」
「・・・それは、良かったな。」


周瑜さんは何か、幼い子供を見るような
微笑ましいものをみるような 生暖かい目で
周泰ちゃんを見つめている。


「お二人とも、今日はわざわざ明命・・幼平に会いに来てくれて感謝する。
ゆっくりしていってくれ。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
「それでは、私は邪魔をしても悪いので
コレで失礼・・「あ、ちょっと待ってもらえますか?」 ・・ん?
私にも何か用があるのか?」
「周公瑾さんに用途いうよりも孫伯符(そんはくふ)さまにお願いがあるのですが。」
「雪蓮、伯符に用事か?
・・・あの馬鹿がまたなにかやらかしたのか?」
「あの・・・なにか言いましたか?」
「あぁ、いや、こちらの話だ。
それで、伯符に用事とは一体何の用なのだ? 」
「はい、実は袁術ちゃんに会う為に、
私がそのままお城に行ったのでは 門前払いを受けてしまうので
孫伯符さまにお取次ぎ願いたいのですが。」
「袁術 様に?
・・あぁ、そういえば喜媚殿は袁術さまと懇意にされているのだったな。」
「えぇ、今回袁術ちゃん・・・と言うよりも張勲さんに
南皮に行く前に どうしても来いと言われましたので。」
「南皮? ・・・あぁ、袁本初殿か・・」


周瑜さんは桂花と同じで頭の回転が早いので
少し単語を並べただけですぐに察してしまう。
この世界の軍師って皆こんな感じなのだろうか?


「お察しの通り、私が袁術ちゃんに会わずに
先に袁本初さまに会ったと知れたら袁術ちゃんが何をしでかすか・・・」
「それは想像したくないな・・・いや、喜媚殿 よく来てくれた!
伯符には すぐに袁術様に会えるように取り次がせよう。」
「ありがとうございます。」
「なに、逆にコチラが礼を言いたいくらいだ。
袁術様が癇癪を起こすのを止めることが出来たのだからな。
そうだ・・喜媚殿と荀文若殿は本日の逗留先は決まっておいでか?」
「いえ、これから宿を探す予定です。
一緒に来た行商人の方がいい宿を知っているという話なので
そちらにお世話になろうかと・・」
「ふむ、ならば寿春に居る間は、この屋敷に泊まっていかれてはどうかな?
幼平が世話になっているそうだし、袁術様と懇意にしておられる方に
もしものことがあっても困る。
当屋敷なら寿春に居る間は安心して泊まっていただけるし
歓迎させてもらうが、どうだろうか?
もちろん家主である伯符の許可を取らねばならぬが
喜媚殿は幼平の友人だ、まず反対することはないだろう。」
「喜媚殿お泊りになるんですか!」が
「そうですね・・・少し桂花、文若ちゃんと相談してもいいですか?」
「もちろん構わない、私はその間に伯符を呼んでこよう。
さっきまで部屋で仕事をさせていたから、
まだ抜けだして・・コホン まだ職務中のはずだ。」


そう言うと周瑜さんは屋敷内に戻っていった。
周泰ちゃんは私達の話が終わるまで待っていてくれるようで、
少し離れた所で、私があげた尻尾をいじっている。

その間に私と桂花でどうするか話し合うことにした。


(桂花どうしようか?)
(どうするもなにも喜媚が決めたらいいじゃない。
でも、わかってるでしょうけど、
あの周公瑾って女、あんたを利用する気よ?)
(そこは宿賃替わりみたいなものでしょう?
私を利用するとしても袁術ちゃんのご機嫌取りくらいにしかならないんじゃない?)
(袁紹からあんた取り返すために軍を率いかねない娘なんでしょ?
アンタから袁術に何か要求するように 頼まれるかもしれないわよ?)
(そこは桂花がしっかり見極めてくれればいいんじゃない?
寿春の民のためになるような事だったら受け入れればいいし、
個人的な利益を得ようとしているなら断ればいいし。)
(ふむ・・・)
(それにあの周公瑾さんかなりやり手みたいでしょ?
桂花も一度 話してみたいんじゃない?
あんな人が仕える孫策さんにも興味わかない?)
(それは・・・一応興味あるわね。)
(でしょ? もしかしたら桂花の仕官先になるかもしれないよ?)
(それはないわね、少なくともこの寿春を収める、
袁術の下にいるような状況ならお断りね。
でも、あの周公瑾は興味あるわ。)
(じゃあ、しばらく厄介になるということで。)
(いいわよ、でもなんかあったらすぐに出るわよ。)
(了解。)


こうして私達の方針が決まり、
周瑜さんが孫策さんを連れてくるのを待っていた。

しばらく周泰ちゃんと話していると
屋敷の出入口の方から声が聞こえてきた。


「痛い痛い! ちょっと冥琳!
髪を引っ張らないでよ!」
「お前が仕事をサボって抜けだそうとしなければ こんな事せずにすむんだ!」
「逃げようなんてしてないって、
ちょ~っと気分転換しようとしてただけなんだから。」
「明命の大事な客人が お前に頼みがあると言ってきてるのに
肝心のお前が逃げ出そうとしてどうする!
私や明命に恥をかかせるつもりか!」
「お客が来てるって知ってたら 逃げ出そうなんてしないわよ。」
「やっぱり、逃げるつもりだったんじゃないか!」
「あ・・・」


そんな声が聞こえたきたかと思ったら
屋敷の方から孫策さんの後ろ髪を引っ張りながら
周瑜さんがやってきた。


「すまない、待たせてしまったか?」
「いえ、コチラは大丈夫なんですが・・・そちらの方は大丈夫なんですか?」
「痛いって冥琳! もう逃げないから離してよ!」
「全く・・・・」


周瑜さんが掴んでいた髪を離したら
孫策さんが、手櫛で髪を整えて一呼吸してから私達の方を向く。

桃色の腰までまっすぐと伸びた長い髪の毛。
胸や肩口が露出した赤紫の袖口の広いチャイナドレスに身を包み
少し日に焼けた健康的な肌色は、活発そうな彼女によく似合っている。
若干つり目がちな瞳からは彼女の意志の強さを感じ、
長身だが女性らしい肉付きの身体は、男ならば一目で心を奪われるだろう。

・・・・ただし、さきほどまでの醜態がなければ。


「コホン・・初めまして、私は孫伯符。
ようこそ我が屋敷へ。
明命の友達なんですって?
明命の友達なら大歓迎よ♪
私のことは孫策でいいからね、堅苦しいのは苦手だから。」
「はぁ、私は胡喜媚といいます、喜媚と呼んでくれれば結構です。
よろしくお願いします。」
「私は荀文若よ、荀彧でいいわ。」
「それで? 私に何か頼みがあるんだって?」
「はい、実は袁術ちゃんに会いたいのですが
そのお取次ぎをお願いしたいのですが。」
「袁術ちゃんに?
なんでまた・・まさか仕官の口?」
「いいえ! 違いますよ。
以前から会いに来てほしいと言われていたのですけど、
私がいきなり訪ねていっても、門前払いを受けそうなので、
孫策さんに取次をお願いしたいんです。
私の名前を出してくれれば すぐに面会の予定を組んでもらえると思うので。」
「それくらいならお安い御用よ。
・・・でも、貴女袁術ちゃんとどんな関係なの?」
「私は許昌の農家のものなんですけど
袁術ちゃんが良くウチの蜂蜜を買っていってくれるのでその関係で・・・
知り合い? になったんですが。
ちなみに周泰ちゃんもその関係で友達になったんです。」
「あぁ! あの蜂蜜の!
実は私達も助かってるのよね~。
あの蜂蜜持ってくと袁術ちゃんの機嫌が良くなるから
私達のお願いも通りやすくなって。」
「コラ雪蓮!」
「そ、そうなんですか・・・袁術ちゃんらしいというか・・」
「それで? いつ会いに行くの?」
「流石に今日はもう遅いので、
明日以降にでも話を通してもらえれば。
後は袁術ちゃん次第なので。」
「そう、わかったわ。
丁度 明日お城に行くから、その時に話してみるわ。」
「よろしくお願いします。」
「それと雪蓮、彼女達には
寿春にいる間 屋敷に泊まっていってもらおうと思うんだが?」
「もちろんいいわよ。
明命の友達なら私も友達よ♪
仲良くしましょうね喜媚ちゃん♪」
「・・・あの、一応言っておきますが、私これでも男なので。
ちゃんは止めて欲しいのですけど。」
「え・・・? 冗談でしょ?」
「・・・・」


孫策さんは驚き周瑜さんにいたっては眉間に手を当てて固まっている。


「本当ですよ、雪蓮さま。
喜媚さまは殿方でらっしゃいますよ?」
「一応コレでも男なのよ、こいつは。」
「男色とか女装癖とかではなく 歪んだ家庭教育のせいなので・・・
お察しいただけると。」
「ま、まぁ、世の中色々あるわよね。」
「そ、そうだな・・・大橋みたいなのも居るしな。
それでは部屋は二部屋用意したほうがいいな。」
「・・・・」


流石に人の家では桂花も余計なことを言うつもりはないようだ。


「そういえば荀文若殿と申されたな。
荀文若殿と云えばもしや許昌の?」
「確かに私は許昌の出だけど?」
「おぉ、やはり! 一度お会いして話を伺いたいと思っていたんだ。
よろしければ部屋を用意する間 少し話でもどうかな?」
「いいわよ、私も貴女と少し話してみたいと思っていたから。」
「じゃあ、喜媚ちゃんは私達とお話ししましょうか?」
「雪蓮はその前に穏を呼んできてくれ、
文若殿との話は穏にもいい勉強になる。」
「・・・なんで私が、私一応この屋敷の家主なんですけど?」
「だったら家主らしい仕事をしてから言え。
仕事をほったらかして逃げ出そうとしなくなれば
家主らしい扱いをしてやるぞ。」
「・・・・わかったわよ! 呼んでくればいいんでしょ!?」


孫策さんは肩を怒らせながら、屋敷の中に戻っていく。


「あ、ついでに二人の泊まる部屋の用意もして置くように言っておいてくれ。」
「わかったわよっ!!」
「・・・あの、いいんですか?」
「あぁ、アレくらい全然構わないぞ。
普段仕事をさぼりがちなんだから こういう時にこき使ってやらんとな。
それよりも文若殿、許昌では素晴らしい農法を考案されたとか?
是非その話を聞きたいのだが。」
「だったら喜媚、あんたも参加しなさい。
こいつが元々研究していた農法に私が少し手を貸して普及させただけだから
喜媚もいたほうが話が早く進むわ。」
「それなら喜媚殿も是非。」
「あの、周泰ちゃんは・・・」
「私なら構いません。 会いに来て下さいましたし、
このようなお猫様の尻尾までいただきましたから。
それに部屋の用意を手伝ってきますので
冥琳さまのお相手をしてあげてください。」
「すまんな明命、後で二人で話す時間を作るから勘弁してくれ。」
「はい。 それでは。」


周泰ちゃんが屋敷に戻るのと入れ替わりに、
肩まで伸ばした緑の髪に
妙に袖の長い赤紫の服・・・それになんというか・・・
どうしても目が行ってしまう巨・・爆乳。
小走りでコチラに向かってくる陸遜さんの動きに反発するように
凄い揺れ方をしていて、今にも服から零れ落ちそうだ。

彼女を一目見た瞬間に桂花は敵だと認識したようで、
凄い眼つきで彼女の胸を睨みつけている。


(あんな忌々しい生き物が この世に存在していたのね・・・)


桂花、頼むから いきなり噛み付くような真似はよしてよ・・・


「あの~、雪蓮さまに急いでくるように呼ばれたんですけどぉ。」
「うむ、ココに座れ。
この者は陸伯言、私達と一緒にこの屋敷で暮らしているものだが
なかなかの知をもっているので、
是非文若殿との会談に参加させて勉強させてやりたいのだがどうだろうか?」
「構わないわよ、それと私のことは荀彧でいいわ。」
「それでは私も周瑜で結構です。」
「陸伯言です、よろしくお願いしますぅ。
陸遜と読んで下さぁい。」
「私は胡喜媚です、喜媚と呼んでください。
・・・あの私は一応男なので間違えないようにお願いします。」
「あらまぁ・・・可愛らしい♪」
「・・・・・」


こうして四人揃った所で農法の話に始まり、
経済、政治、軍事、へとどんどん話が広がり、
話が進むに連れて皆議論が白熱していき、
時に口調が荒くなったり、
・・・一部興奮して鼻息や呼吸も荒くなる者もいる。


(しまった・・・陸遜さんは知識欲で性的に興奮する特殊な性癖を持っている人だ。
この中では男は私しかいないから、何処かで逃げ出さないと
大変なことになる・・・最悪 後で桂花に殺されるかもしれない。)


将来歴史に名を残すような軍師三人の話の巻き込まれた私は
知恵袋を動員して話について行くのがやっとで
宴席の準備が出来たと孫策さんが呼びに来た頃には
私は脳と精神的な疲労でヘトヘトになっていた。

しかし、陸遜さん・・・・私に胸や太腿を押し付けるのは勘弁していただきたい。
ただでさえ、桂花の日々の猛攻で悶々としているのに
貴女が本気で迫ってきたら洒落になりません。
太腿を撫で回しながら耳に息を吹きかけるのは止めていただきたい!



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三十二話

寿春




宴席の準備が出来たと呼びに来た周泰ちゃんが、
息を荒くして今にも私に襲いかかろうという陸遜さんを殴って気を失わせ、
何事もなかったように・・・


「宴席の準備が出来たのでどうぞコチラへ♪」


と、にこやかに言ってのけた。
ココ孫家ではコレが日常なのだろうか?
周瑜さんも特に咎めること無く、私と桂花を屋敷内に案内していく。

陸遜さんは周泰ちゃんに引きずられている・・・・わざわざうつ伏せにして。
桂花も時々そうだが、
周泰ちゃんも陸遜さんの胸の事で色々と思うことがあるのだろうか?


案内された部屋には豪華な食事が用意され、
既に孫策さんと黄蓋さん(?)がお酒を飲んでいる。


「雪蓮! 祭殿! 喜媚殿と荀彧殿の歓迎の席なのに
お前達が先に酒を飲んでどうする!!
それに祭殿! 貴女はまだお二人に自己紹介すら済んではおらぬではないですか!」
「おぉ そうじゃったな、
儂は黄公覆(こうこうふく)、黄蓋(こうがい)で良いぞ。
ほら、冥琳すんだぞ。」
「・・・貴女という方は!」
「や~ねぇ、冥琳 固いこと言わないでよ♪
早く食べないと折角の料理が冷めちゃうしお酒も美味しく飲めないじゃない。」
「お前達はっ・・・・二人共 明日から暫く私達の分も含めて、
仕事は全部二人だけでこなすように。」
「えぇ! そんなぁ!」 「それはないぞ冥琳!」
「二人が馬鹿なことをやった罰だ!
本当に申し訳ない喜媚殿 荀彧殿。」
「べ、別にいいですよ。」
「私も気にしてないわ・・・だけど中央の役人相手にこんな事やったら
ただではすまなくなるわよ?」
「流石に二人もそれはわかっているのだが
どうも明命の友人ということで気が抜けているようでして・・。」
「さぁ、お二人共、どうぞ席の方へ!」


この世の終わり家のように凹む二人を放っておいて、
私達は周泰ちゃんに案内され席に着き
周瑜さんの歓迎の口上の後、私達を歓迎する宴会が開かれた。

その様子は、許昌での荀桂さんの宴会に
輪をかけたように明るく騒がしくもので
孫策さんが皆にお酒を進めて周り、
黄蓋さんが私達に食事を進め、
一見すると静かに黙々と料理を食べている周泰ちゃんの周りには
空のお皿が増えていき、
陸遜さんは私と桂花に絡んでさっきの話の続きを、
自分の部屋でゆっくりしよう誘いに来た所で
どこからともなく飛んできたお皿の直撃を食らって倒れ伏し、
周瑜さんは合間合間に私達の旅の話や、許昌での生活の話を聞いたり、
自分達の故郷の話などを話してくれる。


こうして、宴会が終了し、私と桂花は用意された部屋に案内され
この日は布団でぐっすりと眠ることが出来た。


翌日、孫策さんは朝食後すぐにお城へ行き、
私の事を袁術ちゃんに伝えてくれるそうだ。

私と桂花は孫策さんの屋敷の庭で、
武術の稽古をする周泰ちゃんと黄蓋さんをよそ目に、
東屋で周瑜さん、陸遜さんの四人で昨日の話の続きをしていた・・・のだが、
しばらくすると孫策さんがあわてて帰ってきた。


「喜媚ちゃん! ちょっと一緒に来て!」
「え? なんですか孫策さん?」
「袁術ちゃんが喜媚ちゃんをすぐに連れてこいって言ってるのよ。
本当に我儘で困った娘だわ!」
「お前が言うな雪蓮。
しかし、話を伝えてすぐに来いとは・・よほど会いたかったのか?」
「今頃は張勲が抑えてるところよ。
本人に伝えたら自分から会いに行くって言って聞かなかったんだから。」
「あんた書簡で何書いたのよ・・・
何書いたら あの袁公路がそこまで執着するようになるのよ。」
「別に普通の世間話し程度のことだけどなぁ。
じゃあ、すぐに準備します。」
「お願いね。」


私は一旦用意された部屋に戻り、
袁術ちゃんのお土産用に持ってきた蜂蜜の壷と自家製酵母 試作品の蜂蜜飴等を持って
孫策さんの待つ庭へ急いだ。


「お待たせしました。」
「それじゃあ、行きましょうか。」
「じゃあ、桂花はココで待っててね。
私は行ってくるから。」
「いいけど、変な約束とかしてくるんじゃないわよ?」
「わかってるよ。」
「ふむ、喜媚殿 城に行かれる前に少し聞いて欲しい話があるのだがよろしいか?」
「なんですか、周瑜さん。」
「実はな・・・」


その後、周瑜さんは寿春の民の現状と揚州の現状などを簡単に説明し、
その問題の解決のために袁術ちゃんに人手や、資金を出して欲しいのだが
あまりうまくいっていない事などを話し、
揚州の民の生活を改善するための治水工事や畑の開拓資金の捻出の件で、
私に袁術ちゃんに口利きしてくれないか?
と頼んできた。

桂花の方を見てみたが特に問題ないのか 口を挟む様子はない。


「う~ん、私はただの農家の息子なので
袁術ちゃんが聞いてくれるかわかりませんよ?」
「だが、少なくとも我等が話すよりまともに話を聞いてくれるだろう。」
「その話は何度か袁術ちゃんにしたんですか?」
「あぁ、何度か話したが 検討するというだけで
返事をもらっていない状況だ。」
「・・・それだったらむしろ、私が袁術ちゃんのご機嫌を取りますから
どさくさに紛れて 孫策さんが話をすればいいと思うんですけど。」
「・・・普通だったらあり得ないけど、袁術ちゃんだと有り得そうだわ。」
「ふむ、逆に一から話すよりいいかもしれんな。」
「袁術ちゃんは昔から色々有って、
周りの情報から隔離されてるような状況なんですよ。
だから、そうしたら皆が喜ぶよ。
って、単純に話したほうが、彼女には効果的だと思うんですけど。
ちょっと我儘だけど根はいい子ですから。
下手に治水工事云々や開拓云々の話をするよりも、
皆お腹空いて困ってるから袁術ちゃんが少しお金出してくれれば皆喜ぶよ?
くらい単純に話したほうがいいですよ。
張勲さんが目を光らせてますから、全部が全部は通らないでしょうけど、
少なくとも 難しい話をするよりいいですよ。」
「なるほど雪蓮に話すよりも より単純に話せばいいのだな。」
「雪蓮さまに話すようにすればいいんですねぇ。」
「なんで二人して そこで私を例に出すのよ・・・」
「お前は難しい説明をしても、こっちのほうがうまく行く気がする!
とか言って勘で動くだろう・・・それで上手くいくから腹が立つんだが。」
「うまくいくのならいいじゃない。」
「・・・・な? どう思う荀彧殿?」
「私に振らないでよ・・・」
「とにかく、時間もないし喜媚ちゃん行きましょう。
喜媚ちゃんの案ならうまくいくそうな気がするわ!」
「あ、ちょっと、孫策さん!」
「ほらな。」 「ほらね。」
「・・・・あんた達も苦労してるのね。」
「わかってくれるか?」  「・・・・」
「そこ! うるさいわよ!」


そして私は孫策さんに服の襟の部分を捕まれ
猫のようにお城まで運ばれていった。

お城の城門は兵士が孫策さんを確認したのでそのまま素通りし
私は猫掴みで掴まれたまま、袁術ちゃんの待つ
謁見の間まで連れて行かれた。


「連れてきたわよ袁術ちゃん!」
「遅いの・・・・・喜媚ぃぃ!!
久しぶりなのじゃっ!!」
袁術ちゃんは私を見るなり椅子から立ち上がって、
そのままの勢いで私に飛びついてきた。」
「お久しぶりです袁術ちゃん。
だけど、アレから何年も会ってないのに よく私がわかったね?」
「妾が喜媚を見間違うはず無いのじゃ!」
「アハハ、そうなの?
袁術ちゃんは少し大きくなったね。」
「うむ! じゃがまだまだ妾は綺麗になるぞ?
七乃やそこの孫策よりも良い女になるのじゃ!」
「うん、頑張ってね。
・・・・でも好き嫌いはだめだよ?
張勲さんの書簡に袁術ちゃんが好き嫌いをして困るって書いてあったよ?」
「むぅ・・・七乃め、余計なことをしおって。」
「美羽さまぁ、喜媚さんの言う通り好き嫌いはダメですよ?」
「わかっておるのじゃ!
じゃから嫌いな人参も・・・・・少しは食べておるではないか。」
「その調子だよ、袁術ちゃんが嫌いな野菜も頑張って食べるって言うなら・・・
私も約束通り 袁術ちゃんにお菓子を作ってあげるんだどなぁ?」
「本当か! ならば今日から野菜も食べるから 早速お菓子を作るのじゃ!!」
「張勲さん聞きました?」
「はい♪」
「じゃあ、まずはコレ。」
「ん? なんじゃこの袋は?」


私は上着のポケットから小さな袋を取り出して
袁術ちゃんに見せる。


「コレはウチで作った蜂蜜飴だよ。」
「蜂蜜の飴かや!?」
「後で張勲さんに渡しておくから、
ちゃんと野菜を食べたら張勲さんからもらってね。」
「七乃に渡すのではなく妾によこすのじゃ!」


袁術ちゃんは私にしがみついて、飴の入った袋を取ろうとするが
私に近寄ってきた張勲さんに先に飴の袋を取られてしまう。


「七乃返すのじゃ!」
「ダメですよ、美羽さまがちゃんと野菜を食べた時に
一つずつあげますから、ちゃんと嫌いな野菜も食べてください。」
「むぅ~・・・・っ!」


張勲さんを睨みつけながら むくれる袁術ちゃんを
背後から抱えて 私の方を向かせる。


「袁術ちゃん、もう一つお土産があるんだけど。」
「む、何なのじゃ?」
「前書簡で約束した通り、袁術ちゃんお菓子を作って上げようと思ってね。
蜂蜜等は持ってきたけど、張勲さん、厨房を少しお借りしてもいいですか?」
「はい、いいですよ。」
「孫策さんも少し手伝ってもらえますか?」
「え? 私? 言っておくけど私 料理はそんなに得意じゃないわよ?」
「大丈夫ですよ、少し力仕事があるのでそこで手伝ってもらえれば。」
「・・・女の私に力仕事をさせるの?」
「ここまで私を片手で掴みながら走ってこれるんですから
私なんかより十分力がありますよ。」
「・・・うっ。」
「妾も手伝うのじゃ!」
「美羽さま!?」
「いいよ、じゃあ袁術ちゃんも一緒に作ろうか?」
「うむ!」
「あの・・大丈夫なんですか?
美羽さまは料理などした事は・・・」
「大丈夫ですよ、作業自体はそんなに難しことはないですから。
じゃあ、厨房に案内してもらえますか?」
「はい、コチラです。
「はぁ・・・まったく なんで私が。」
「何を作るのじゃ?」
「できてからのお楽しみだよ。」


厨房に案内され張勲さんに他に使う材料を用意して貰う。
使うのは小麦粉、塩、水、酵母だ。
フランスパンを焼いて薄く切り、そこに蜂蜜を塗って食べようということだ。

私の家なら牛乳もバターも用意できるのだが
ココにはさすがに無いので、
今日はコレで我慢してもらう。
だが、焼きたてのフランスパンなら十分おいしいので
袁術ちゃんにも気に入ってもらえるはずだ。

途中の生地を捏ねるのを袁術ちゃんと、孫策さんにやってもらう。
袁術ちゃんはすぐに力尽きてしまったのだが、
孫策さんはラクラクとこなしていた。

一次発酵、ガス抜き、二次発酵、切り分け、寝かせて成形し釜で焼く。
発酵を待つ間にお茶をしながらお互いの話をして時間をつぶす。
焼きあがったパンを少し冷ました後切り分け、
用意していた蜂蜜塗り、皆で食べることにした。


「む!? 甘くてふわふわで美味しいのじゃ!」
「表面がカリッとして中がフワフワなんですねぇ、
甘くて美味しいです。」
「へ~、こんなの初めて食べたけど、美味しいわね。」
「本当ならもっと柔らかく美味しく出来るんですけど
今は材料がないのでコレで我慢してください。」
「コレよりもおいしいものがあるのかや!?」
「まだ、色々あるよ。
でも、コレも焼きたてだから美味しいでしょ?
それに自分で作ったものだから余計に美味しく感じると思うよ。」
「コレを妾が作ったのか・・・もう一つ食べるのじゃ!」
「ほとんど私が練ったんだけどね・・・でも美味しいからいっか。」


その後 ハニートーストもどきを皆で食べながらお茶を楽しんだ。
まぁ、ほとんど袁術ちゃんが食べちゃったんだけど。


「余は満足じゃ~。」
「あらあら美羽さまったら♪」
「それじゃあ約束も果たせたし 私達はコレで帰ろうと思うんだけど・・・」
「なぬ! ならぬ! 喜媚は帰ったらダメじゃぞ!」
「もうすぐ日も沈むからそろそろ帰らないと。
それにまだ何日か寿春に居るからまた会いに来るよ。」
「ダメじゃダメじゃ! 喜媚はココに泊まっていけば良いではないか!」
「う~ん、どうしましょう 張勲さん?」
「美羽さまもこういってますし、
お部屋は用意しますので今日は泊まっていってください。
「いいのかな、私みたいな普通の農民の子がお城なんかに泊まって。」
「はい、喜媚さんなら構いませんよ。」
「それに喜媚にはまだ褒美もやっておらぬ。」
「別に私はいいよ、元々袁術ちゃんにお菓子を作ってあげるのは約束してたし。
それよりもご褒美だったら、孫策さんにあげて。
孫策さんが今回のお菓子作りで一番頑張ったんだから。」
「むぅ、しかしのぅ・・・」
「一番頑張った孫策さんがもらえないなら私ももらえないよ?」
「むぅ・・・・・なら孫策よ、お主何が望みじゃ?」
「私の望みと言ったら・・・今日はアレでいいわ。
前 言っていた、揚州の開墾工事と治水工事の指揮権を、
任せてくれればそれでいいわよ。」
「むぅ?」
「揚州の人達がご飯を食べれなくて困ってるから、助けて上げようって言う工事だよ。
袁術ちゃんがそれを許可してくれたら 後は孫策さんが勝手にやってくれるし、
揚州の皆が御飯食べれるようになって、袁術ちゃんに感謝すると思うよ。
張勲さんどう思います?」


張勲さんは困ったような表情で考え込んでいるが
軍部を動かすならともかく、治水工事や開墾工事ならば行けると思うけど・・・


「・・・う~ん、まぁ、それくらいなら。」
「張勲さんも良いって。」
「うむ、ならば孫策よ、そのなんたら工事をするがよい!」
「ありがと、袁術ちゃん♪」
「ならば喜媚はどうしようかの?
何か欲しいものでもあるか?」
「私は特にないよ、今回使った蜂蜜とかの材料費を少し貰えればそれでいいよ。」
「むぅ・・・うむ! 決めたのじゃ!」
「なに?」
「喜媚には妾の真名を預けるのじゃ!」
「「「・・・・・は?」」」
「み、美羽さま!?」
「なんじゃ、だめなのか?
わざわざ、妾との約束を守るためにここまで来てくれて、
美味い菓子を馳走になったのじゃ。
その友に真名を預けるのに何の問題があるのじゃ?」
「いや・・・・う~ん、喜媚さんなら・・いいのかなぁ?」
「張勲さん!」
「なんじゃ・・・喜媚は妾と真名を交わすのは嫌なのか?」


袁術ちゃんがそう言うと悲しそうな顔をして、
上目+涙目で私を見つめてくる。


「嫌じゃないけど・・・私 真名がないんだよ。」
「どういうことじゃ?」


皆に私の真名がない理由を話し、
真名を交わしたとしても私には交わす真名が無いことを説明する。


「じゃあ、荀彧ちゃんとはどうなの?
荀彧ちゃんの真名は預かってるわよね?」
「アレは桂花が、私の名を呼ぶときには真名を呼ぶつもりで
魂と誇りを懸けて呼ぶって言って・・・」
「ならば妾もそれで良いのじゃ!」
「張勲さん・・・?」


私は最後の望みをかけて張勲さんを見つめるが・・・


「なら、私のことも今後は七乃とお呼びください♪」
「・・・・張勲さん。」
「美羽さまの為にわざわざ許昌からいらしてくれて
美羽さまの信に応えて下さった喜媚さんなら何も問題無いと思います。
それに喜媚さんと私達とのお付き合いもそれなりに長いですし
喜媚さんの為人は見定めたつもりですよ♪」
「ならば妾のことは今から真名で呼ぶのじゃ!」
「これからもよろしくお願いしますね、喜媚さん♪」
「・・・じゃあ、その美羽ちゃんと七乃さん、よろしくお願いします。」


こうして、私がこの世界に来て、
真名を交わした相手が、桂花、稟ちゃん、愛紗ちゃん、美羽ちゃん、七乃さんの
五人になり、何やら大変なことなってきてしまった。



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三十三話

寿春




孫策さんに桂花への言付けと着替えを持ってきてもらうように頼んで、
今日 私は美羽ちゃんのお城に泊まることになった。

孫策さんが帰った後、
私は美羽ちゃんと七乃さんと三人で私の許昌での話や
美羽ちゃんの子供の頃の話などをし、
豪華な夕食をごちそうになった後は、
七乃さんに客室を用意されていたのだが、
美羽ちゃんが私が泊まっていく今日だけは、一緒に寝ようとぐずったため、
結局 七乃さんを含めた三人で美羽ちゃんの部屋で眠ることになった。


「・・美羽さま、もう寝ちゃいましたね。」
「そうですね、いつも寝付きはいいんですか?」
「いえいえ、いつもは寝るまでにもっと時間がかかりますよ。
今日は喜媚さんが来てくれたお陰で
美羽さまはいつになくはしゃいでいたから 疲れちゃったんでしょうね。」
「そうですか。
・・・なんだったら私 今からでも客室の方に行きましょうか?」
「いいえ、ココにいてください。
美羽さまが目を覚ました時に喜媚さんがいなかったら
きっと悲しみますから。」
「そうですか・・・」


私も 美羽ちゃんや桂花ならともかく、
七乃さんは完全に大人の女性なので流石に落ち着かない。


「喜媚さん 今日はありがとうございました。」
「え? あぁ はい。 どういたしまして・・?」
「美羽さまがこんなに嬉しそうに過ごせたのは、
寿春に来て以来 初めてなんですよ・・」
「・・・そうなんですか? いつも明るい感じがしますが。」
「とんでもない、普段美羽さまが笑ってるのは、
蜂蜜水を飲んでるか喜媚さんの書簡を読んでる時くらいで、
普段はふてくされていることが多いんですよ。」
「そうですか・・」
「同年代の友人も居ませんし、
気を許せる話し相手もそんなに居ませんし。
周りには美羽さまを利用しようとするか、
美羽さまにあまりいい感情を持ってない人達ばかりで・・」
「・・・・」
「なんとかしようにも、私には美羽さまのみを守るのが精一杯で。」
「そうですかね? 七乃さんはよくやってると思いますよ。
本当に七乃さんの言う通りだったら
美羽ちゃんはこんなに素直に育ってませんよ・・・
ちょっと我儘な所がありますけど。」
「フフフ、そうですね。 そうだといいんですけど・・」
「そうですよ。」
「・・・」


今は私、美羽ちゃん、七乃さんと並んで寝ているので
七乃さんの表情はあまりはっきりとは見えないが
彼女は少し困ったような感じで微笑んでいる。


「そういえば喜媚さん、今日は孫策さんに手を貸しましたね?
揚州の開墾や治水の件で。」
「・・・やっぱり七乃さんにはバレますか?」
「それは、わかりますよ。」
「ちょっと孫策さん・・と言うより孫策さんの所の
周泰ちゃんと友達なので断りきれなくて。
内容自体も、揚州の民の為になることみたいだし、
一緒に来ていた桂花・・荀彧ちゃんも特に問題無いと判断したようなので・・」
「今日は見逃しますけど、次はダメですよ?
孫策さんは、お嬢様の客将・・みたいな扱いですけど、
実質は美羽さまに援助を受ける代わりに、
配下として働いてもらってます。
ですけど 何時美羽さまに反抗するかわからないんですから。」
「・・孫策さんは、無茶なこと言わない限りは
とりあえず借りを返すまでは大丈夫だと思うんですけど・・・
でも それはあくまで普通の農民の私の考えだから 当てにはなりませんかね?」
「そうですね、事 領地や領民、官職や面子が絡むと、
個人の為人は当てに出来ませんから。
今回の件は 以前から孫策さんから上がってきていた計画書がありましたし、
孫策さんが得る理は揚州での名声だけですので、
喜媚さんを連れてきてくれた褒美として見逃しましたけど次はありませんよ?」
「心しておきます・・でも、もうこういう事もないと思いますけどね。
次からは寿春に来ても すぐにお城に通してもらえそうですし、
私自身 孫策さんに特に借りがあるわけではないですから。
宿がわりにお世話になったのも、今日のコレで十分返したことになるでしょうし。」
「お願いしますね。
喜媚さんが美羽さまに何かするとは思ってませんが、
利用されることがあるということを 覚えておいてくださいね。
美羽さまの真名を預かるということは、
それだけで十分な力になるのですから。」
「・・・分かりました。」
「さて、難しい話はコレまでにして、もう寝ましょうか。
「そうですね。」


この後しばらくして、私と七乃さんは眠り、
翌朝、私よりも先に目を覚ました美羽ちゃんに叩き起こされ、
朝食を作らされることになったり、
昨日作ったお菓子の材料費と褒美だと言って、
小さい袋ではあったが、
銀がぱんぱんに詰まった袋を貰っていいのかどうかで揉めたりしたが、
結局そのまま押しにか負けて 貰う事になり、
午前中一緒に美羽ちゃんと遊んだ後、桂花が心配するといけないので一旦、
孫策さんの屋敷まで帰ることにした・・・のだが、
美羽ちゃんがゴネまくったりと一悶着があった。


孫策さんの屋敷に帰った私は、桂花がどうしているのか気になったので、
使用人の人に桂花の居場所を聞き、庭に居るというので見に行ったら・・・


「・・何やってるの?」
「・・・・色々あったのよ。」
「・・・・ハァ。」
「ハァハァ・・・あぁん♡
あっ、喜媚さん、この縄をほどいてくださいよぉ、
そしたらぁ、ンフフ、私と一緒に二人っきりでお話ししましょう♡」


そこには縄でぐるぐる巻に縛られた陸遜さんが転がされており、
その状態の陸遜さんを無視するように 桂花と周瑜さんが机に竹簡や本を並べて、
何やら勉強会を開いているようだった。


「穏じゃなくて亞莎を連れてくるべきだった・・・」
「・・あんたも苦労してるのね。」
「あぁん♡」
「わかってくれるか?」
「とりあえず、陸遜は放っておいていいから あんたもこっちに来て座りなさい。
丁度今経済の話をしていたから あんたも一緒に話に加わりなさい。」
「・・はぁ。」


結局この後、陸遜さんは縛られたまま、私達の話を聞くことだけ許され、
太腿をもじもじとすり合わせながら 何度かビクビクと震えているが
その様子を見ようとすると、
桂花に思いっきり足を踏まれるか 本で顔面を叩かれるため、、
彼女の方は見ないようにしながら話し合いに参加させられた。


そうしてある程度キリがいいところで、
周泰ちゃんがお茶のおかわりを持ってきてくれたので いったん勉強会は休憩となり、
私が寿春のお城で何をやってきたのか話すことになった。


「しかし、あんた、袁公路の真名を預かってくるとは・・
どれだけ好かれてるのよ?」
「色々あったんだよ・・・ハァ」
「だが、我々は大いに助かった。
昨日 雪蓮から話は聞いたが お陰で少しではあるが確実に揚州の民が救われる。
それに荀彧殿と話しあった治水法や農法は大変役に立つだろう。
できたらお二人にはこのままこの屋敷に残ってもらいたいくらいだ。」
「私もあんたや陸遜との話は楽しいからいいけど、
私達はこの後、行かなきゃいけないところがあるのよ。」
「その話は昨日聞かせていただいた、
袁本初殿のところに行かれるとか?」
「えぇ、妹が早く来いってうるさくてね。」
「それならば仕方がないが、お二人ならいつ来てもらっても歓迎するから、
雪蓮の所に来ることも選択肢の一つとして考えておいてほしい。
アレは普段は仕事をさぼったり問題行動も多いが
民を思う気持ちと主としての器は本物だ。」
「そうね、孫策の為人はまだ見極める必要があるけど
あんたほどの人物が仕えてるんだもの、見極める価値は充分有りそうね。」
「あぁ、是非考えてみてほしい。
もちろん喜媚殿もいつ来てもらっても歓迎しよう。
喜媚殿ほどの人物が野に埋もれるのはこの国の損失だ。」
「私はそんな大した人物じゃありませんよ・・
私はただ、私や私の周りの人達がほんの少し幸せでいてくれたらそれでいいので。」
「・・・ふむ、どうやら喜媚殿は我々や蓮華様と考えが近いようだ。
一度 我々の考えも聞いて欲しい所だが・・・まだその時期ではなさそうだ。
何れ 我々が喜媚殿を迎えに行くこともあるやもしれぬな。」
「・・・そうですか?」
「あぁ、今はまだ理由があって語れないが
何れ我々の話を聞いてもらえれば、きっと理解してくれると信じている。」
「・・・・」
「まぁ、今の我等は袁術の駒でしか無い・・
我等も喜媚殿も荀彧殿も未だその時では無いが、
今はお互い出会えた事を喜ぶとしよう。」
「・・・そうね。」 「そうですね。」
「わ、私も喜媚さま達に会えたことは嬉しいですよ!」
「私もですよぉ・・・っていいますか、いい加減縄を解いてくださいよ!」

「「「「駄目だ(です)。」」」」

「そ、そんなぁ・・・このままじゃ新しい世界に目醒ちゃいますよぅ。」


こうして 夕食中も桂花達の話し合いは続き、
陸遜さんが椅子に縛り付けられたまま話に参加しては悶え、
私が陸遜さんを見ようとすると桂花や周泰ちゃんからいろんなモノが飛んでくる。
と、いう状況の中 夜が深まり、
陸遜さんが私を襲いに来るのを防止するための監視として、
桂花と私が一緒に寝ることになったりして この日は終わった。

翌日以降は、私が昼から夕方まで美羽ちゃんの所に遊びに行くために抜けたが、
桂花と周瑜さん、陸遜さんが、勉強会を開いてお互いの知を高め合っている。


結局、私達が寿春にいる間、勉強会をしている周瑜さんと陸遜さんの仕事は、
普段さぼりがちな 孫策さんと黄蓋さんがやらされることになり、
彼女達は屋敷に軟禁状態にされ、竹簡の山と戦っていたそうだ。

周泰ちゃんは早々に 自分の仕事を終わらせ、
桂花達の勉強会に参加しつつ、陸遜さんを取り押さえる役目をしていた。


それから数日後、とうとう私達が寿春を去る日になり、
美羽ちゃんがゴネにゴネたが七乃さんが何とかしてくれたようで
私を止めるために兵を挙兵するという状況になるのだけは避けられた。

私達が許昌に帰る旅には
周泰ちゃんが護衛として同行してくれる事になり
行商人の護衛隊、私達が雇った傭兵、
さらに周泰ちゃんと言う布陣で安心して許昌までの旅をすることができそうだ。

孫策さんの屋敷で皆が 私達が旅立つのを見送ってくれた。


「喜媚ちゃんが来てくれて助かったわ。
荀彧ちゃんも二人でいつウチに来てくれてもいいからね♪。」
「こちらこそありがとうございました。」
「そうね、考えておくわ。」
「二人が来てくれて楽しかったぞ。
またいつでも来るといい、その時はまた儂の手料理を馳走しよう。
明命、二人の事を頼んだぞ。」
「黄蓋さんも飲み過ぎないようにしてくださいよ。」
「また今度あんたの料理を食べるのを楽しみにしてるわ。」
「はい! この周幼平、必ずやお二人を無事に許昌までお届けします!」
「喜媚さんも荀彧さんもまた来てくださいね♪
その時は またいっぱいお話ししましょうね。」
「あんたを袋詰めにして顔だけ出した状態でいいなら良いわよ。」
「あはは・・・桂花、さすがにそれは・・・・」
「話をする度に発情されたんじゃ あんたやこっちの身がもたないのよ!!」
「その、少しは我慢するように頑張りますぅ。」
「喜媚殿、荀彧殿、また会える日を楽しみにしている。
二人共 壮健でな。」
「えぇ、あんたもね。」
「・・・・周瑜さん、ちょっと二人だけで話してもいいですか?」
「ん? 構わないが?」


私はこの寿春にいる間、一つ気にかかっていたことがある。
最後までどうするか迷ったが 結局、私は情に弱いようだ・・
一度出会って、同じ時を過ごし、友誼を深めることが出来た相手を、
見捨てることが出来ないようだ。

これからすることがどういう影響を及ぼすかわからないが、
わかっている悲劇を回避するために、
私は手を打つことにした。


(何だ喜媚殿、二人だけでの話とは?)
(周瑜さん・・・もしかして何処か身体が悪くないですか?)
(・・っ!? いや、何処も悪くないぞ。
喜媚殿の気のせいではないか?)
(私の気のせいだといいんですけど・・・
私の知り合いに華佗と言う 良い腕の医者がいます。
私が知るかぎり最高の医者です。
彼に頼んで一度ココを訪ねてもらうようにしますから 診てもらってください。)
(・・・私はべつに何処も悪くないといったのだが?)
(そうであることを願っています。
診てもらうだけで結構です。 治療費も何もいりません。)
(・・・・)
(・・・・)
(・・・はぁ、分かった。
喜媚殿がそこまで言うのなら診てもらうだけならいいだろう。)
(お願いします。
容姿は赤髪の男性の医者ですので ココを訪ねてきた時は診てもらってください。)
(わかった。)
(私の話はそれだけです。)


なんとか周瑜さんに納得してもらうことが出来、
これで、後は華佗に連絡を取るだけだ。
母さんか、左慈に頼むか、華佗が許昌に来た時に母さんに言付けを頼むかして、
周瑜さんを診てもらうように頼めばいいだろう。

こうして私は寿春でのすべての用事を終わらせ、
桂花と周泰ちゃんと共に許昌に帰るのだった。



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三十四話

許昌




寿春から許昌までの道中は、
賊の急襲などはまったくなく、無事に許昌までたどり着くことが出来た。

実は夜襲が何度か計画されていたらしいのだが、
周泰ちゃんが事前に察知して、
賊の頭領を討ち取ることで急襲を阻止してくれていたという話だ。
私や桂花、それに傭兵の皆も完全に熟睡していて 全く気が付かなかった。
以前 関羽さんにボコボコにされてわかってはいたが
この世界の武官は明らかに強さの桁が二~三桁違う。
なにかあったとしても 武力で立ち向かうというのは絶対にやめておこう。

こうして無事に許昌にたどり着き、
行商人達と別れ、桂花を家まで送った後、
周泰ちゃんには 旅の疲れを癒す間 家に泊まってもらうことになった。

私はその間に 母さんに華佗か、
華陀と一緒にいるであろう卑弥呼達に連絡を取ってもらい
周瑜さんの診察を頼むよう、母さんに言付けと手配をしてもらっておいた。


許昌についたその日は、荀桂さんが簡単な宴席を設けてくれたので 皆で参加し、
寿春での出来事などを話したりして、一時の安らいだ時間を過ごした。
次は南皮、かなり遠いが袁紹さんの本拠地だ。

桂花が荀諶ちゃんに誘われ、まずは様子見としてしばらく仕え、
袁紹さんの為人や器を見定めるそうだ。
おそらく、袁紹さんのところでは桂花は長く勤まらないだろう、
派手好きの袁紹さんが桂花の出す内政に関しての政策を受け入れるとは思えない。
そうなると近いうちにも次は陳留、曹操さんのところになる。
私が桂花の使用人として仕えるのも もうすぐ終わるだろう。

その後は・・・特に考えが纏まっている訳ではないから
一度 許昌に戻ってゆくり考えるのもいいかもしれない。

・・・そういえば協ちゃんが次に洛陽に来るなら
できるだけ早く来いと言っていた、
黄巾の乱が本格的に動き出す前に一度 洛陽に行ったほうがいいかもしれない。
アレが始まれば、しばらく行商人も都市間の移動も控えるだろう。
私に一人旅は流石に無謀なので、
洛陽に行くなら黄巾の乱が始まる前か その直後がいいだろう。
アレだけの乱が鎮圧された後なら賊の動きもおとなしくなるだろうし
行商人達の動きも激しくなるだろう。


周泰ちゃんが家に逗留している間に、
桂花は南皮に行く行商人達や傭兵と打ち合わせして
南皮までの同行の手配をしいる。

今回の許昌での逗留はそんなに長くはなさそうだ。


そうして数日ほど許昌で周泰ちゃんや桂花と過ごした後、
とうとう周泰ちゃんが洛陽に向けて発つというので
私の家で私と周泰ちゃんだけでのお別れとなる。

今回 荀桂さんによると 桂花は家の仕事を手伝っている(?)ので、
周泰ちゃんの見送りには来れないようだ。
一応 護衛のお礼と餞別という事で桂花から周泰ちゃんに
幾らかのお金が渡されている。


「それじゃあ、周泰ちゃん洛陽までの道中気をつけてね。
周泰ちゃんが強いのは知ってるけど、怪我とかしないようにね。」
「ありがとうございます。
仕事柄慣れてますから大丈夫です!
でも、喜媚さまの御心使い 感謝いたします。」
「あとこれ、道中で食べて。
飴とか日持ちするお菓子とか水は入ってるから。
それと寿春からの護衛のお礼として幾らか入ってるから、
周泰ちゃんの旅の路銀にでも使って。」
「そ、そんな・・そこまでしていただいてはむしろ申し訳ないです。」
「いいからとっといて。
特に 洛陽までの道中は普通の旅の食事だけじゃ味気ないだろうから
甘いものを摂れば元気も出るから。」
「・・ありがとうございます。
許昌に来てからと言うもの 喜媚さまには何から何までお世話になって。」
「私達の護衛をしてくれたんだからこれくらいは当たり前だよ。
・・・それじゃあ、元気でね。」
「はい! ・・・喜媚さま・・今度また私達の所に遊びに来てくださいね。
雪蓮さまも皆も、私も待ってますから!」
「うん、また寿春か孫策さん達が居る所に行ったら遊びに行くよ。」
「はい! お待ちしています。
それでは!」
「またね!」


こうして私は周泰ちゃんを見送り、
この数日後、桂花や行商人に皆と一緒に南皮に旅だった。


南皮までの道中は今までとはまた違い、
洛陽までの道中よりも寿春までの道中に近い。

道は南皮に近づくに連れ荒れていき、
それに連れて怪しい人影が こちらの様子を伺う回数も増えていく。
私達がこれだけの人数じゃなかったら とうの昔に襲われていただろうか?

それか、むしろこれだけの人数で荷物を輸送しているのだから
逆に興味を引いて監視に来ているのかもしれない。

とにかく、私が警戒しすぎなのかもしれないが、
私達が人目を引いているのは間違いない。


私が一人で神経をピリピリさせている間、
同行している行商人や傭兵達、それに桂花はのんきなものだった。
結局南皮まで賊に襲われるという事などはなく、
私が一人、精神をすり減らしただけですんだ。

もう十年以上この世界で生活をしているが
やはり前の世界の感覚が抜け切らないのだろう。
行商人や傭兵にとっては旅は日常みたいなところがあるので
ある程度リラックスしているのはわかるが
桂花ですら 途中で見た怪しい人物や視線などを気にすること無く
道中の地形の把握や調査をしていた。

・・・単に私が臆病なだけと言う可能性も高い。


南皮に着いて最初に思ったことは
何もここまで豪華にしなくてもいいのに・・・
と言う感想だった。

城門は彫り物が施され
城壁にも彫像が立っていたり彫り物がしてあったりする。
主要の道の店や建物は この世界にしては綺羅びやかに飾られ
洛陽に勝るとも劣らぬ豪華絢爛差である・・・が
一本脇道に入れば そこには古い建物や一部が崩れた建物、
とても表の通りの建物とは比べ物にならない貧相なもので、
そこで生活する人達の表情は一様に暗く、瞳に生気はなく、
ただ生きるためだけに黙々と働いている、といった感じである。

私と一緒にその様子を見ていた桂花も
コレには驚いたようで、あの袁家の本拠地でさえこの現状なのか?
と、後で宿に泊まった時に話していた。
寿春も酷かったが、ここ南皮も酷い現状だ。
洛陽と同じく一部の者が富を独占し、
その他の民は ただ日々を生きることで精一杯といった感じだ。


南皮に着いた私達は その日は宿で一泊し、
翌日、お城に努めている荀諶ちゃんを尋ねることにした。


「お姉ちゃんいらっしゃい、喜媚ちゃんも良く来たね。」
「ひさしぶりね、あんたは・・・どこでも元気そうね。」
「荀諶ちゃん久しぶり。」
「ぶ~、そうでもないよ。
私も仕事が大変でさ、お姉ちゃんが来てくれて助かったよ。」
「言っとくけど私はあんたの仕事を手伝う気はないわよ。」
「え~なんでぇ、手伝ってくれてもいいじゃない?」
「自分の仕事くらい自分でやりなさい。」
「ちぇ~ 喜媚ちゃんは?」
「私は桂花の使用人なので~。」
「酷い! 喜媚ちゃんにまで見捨てられた!」


そう言って荀諶ちゃんは その場に泣き崩れる。


「演技はその辺にして、さっさと袁本初様に会わせなさいよ。」
「いいよ、とりあえず私とお姉ちゃんは本初様のとこに行くけど
喜媚ちゃんは・・・私の部屋で待ってて。」
「あ、私は一旦外に出て、今日から暮らす家を探そうかと思うんだけど。」
「それなら心配ないよ、私が探しておいたから
お姉ちゃんを本初様に会わせたら皆で行こうよ。」
「そういう事なら待ってるよ。」
「じゃあ、こっちね、着いてきて。」


その後 私は荀諶ちゃんの部屋で二人戻ってくるのを待っていたのだが、
しばらくすると こめかみに指を当てながら渋い表情の桂花と
いつも通りのニコニコ顔の荀諶ちゃんが帰ってきた。


「どうしたの桂花?」
「どうしたもこうしたも・・・明日から私はアレの下で働くの?」
「本初様は扱いやすくていいじゃない。
適当に褒めておけばいいし、袁家の人脈もできるし、袁家で働いたって泊もつくし。」
「だからって街のあの現状を放って置けることなんて出来ないでしょ!」
「私だって別に放っておいてるわけじゃないよ。
色々やってるけど それでもあの現状を維持するのがやっとなんだよ・・・
周りが足を引張すぎるのよ・・・だからお姉ちゃんが来て
二人ならなんとか出来ると思ったんだけど。」
「・・・はぁ、とりあえず まずは現状を確認しないと。
誰が敵で誰が味方で誰が使えるのかを・・・」
「その前に私達が住む家を何とかしない?」
「・・・そうね、まずはそっちが先ね。
荀諶、案内しなさい。」
「は~い。」


荀諶ちゃんの案内で、一旦城から出て、彼女が探しておいたと言う家に着き、
とりあえず、今日寝れるだけの掃除を皆でして この日は終わった。


翌日から桂花と荀諶ちゃんは お城で働き、
私は家の掃除と食事の用意などの雑務をこなしながら、
町の様子を見て回り、夜に帰ってきた桂花に南皮の現状を桂花に報告。

夜眠る時、寿春までは別々で寝ていたのだが
南皮に来てからまた桂花と私が一緒に寝るようになり、
更に桂花が何処で手にれたのか薄手のネグリジェのような寝間着で
私にくっついて寝るものだから、私もたまったものではない。
桂花がそれ以上の行動に移らないため、
なんとか耐えてはいるが かなり困った状況ではある。
・・・おそらく桂花にこんな事をさせたのは荀桂さんだろう。
桂花が自発的にこんな行動に出るとは思えない。
荀桂さんの思惑通りに行かないためにも
私は日夜の武術の訓練で思いっきり汗を流し
体力を使い果たすことで なんとか桂花の誘惑(?)に耐えるようにした。

南皮では しばらくはこんな生活が続いた。
そんなある日・・


「とりあえず文醜(ぶんしゅう)は性根はいいとしても文官としての能力は皆無。
顔良(がんりょう)がこの南皮の唯一の良心ということね。
後はひどすぎて言葉も出ないわ・・・」
「そうだね、それ以外にもいい人はいるけど、
完全な善人ってわけじゃないから、
自分が不利益を被ってまで何とかしようっていう気は無いね。
まぁ、それが普通なんだけど、話の持ってきかた次第で
敵にも味方にもなるってとこかな。」
「まぁ、その辺はうまく立ち回ればいいでしょう。
洛陽で宦官達相手にするよりかは楽なはずよ。」
「そうだね~。」
「ならばまずは顔良を味方につけて
その上で町の改善要求を出して・・・」
「後は文醜さんも一緒に味方に出来れば・・・」


二人はこの南皮の民の生活水準を上げるために知恵を絞っている。
桂花に性根は真っ黒だと言われる荀諶ちゃんも
荀桂さんの教育の賜物か、やはり南皮の民を放ってはおけないようで
今まで一人で がんばって来てたそうだ。


こうしてしばらくこの二人はなんとか、
南皮を立てなおそうと頑張ってきていたのだが・・・


「何よアレ!! わけわかんないわ!
何が 「美しくないから却下。」 よ!!
顔良も顔良よ! あの娘がもう一押しすれば
文醜も袁紹も納得しそうだったのに
な ん で あの娘がまっさきに折れるのよ!!」
「もう顔良さんは完全に本初様の言いなりだよね。」
「あ゛~もう!! やってらんないわよ!
これじゃあ、どんなに良い計画書を出しても 袁紹の気分次第じゃない!」
「内政なんて地味な積み重ねだからね~
なかなか、本初様が好む派手さとか 華麗さとかは無いよね。」
「その積み重ねを怠ったら華麗さも糞もないでしょうが!」


もはや桂花には当初から少なかったが、
確かに有った袁紹さんに対する忠義の心は既に完全に無くなり、
袁紹と呼び捨てにするほどだ。
荀諶ちゃんも桂花が来たらなんとかなるのでは?
と 思っていたようだが既に諦めの境地に入っている。


そしてこの数日後、私が買い物に行っている時の話である。




--荀諶--


「もう駄目だわ・・・ココを中から変えるのは袁紹が居る間は無理よ。
私はもう南皮を出ていくけどあんたはどうするの、荀諶?」
「私はもう少し南皮に居るよ。
お姉ちゃんはいいけど 私は結構長い事ココに居るからね。
私まで一緒に出て行ったら民にどんな被害が出るか・・・
民に出る被害を最小限にできるように準備してそれからにするよ。」
「そう・・あんたも気をつけてね。
最悪何かあったら、お母様が居る許昌か、私の所に来なさい。」
「うん、喜媚ちゃんの居る所に行くよ♪」
「私かお母様のところに来いって言ってんのよ!!」
「え~、私が本初様の所で駄目だったら喜媚ちゃんに嫁入りしようと思ってたのに。
ココお給金だけはいいから、
結婚費用とその後の生活費はもう十分たまったんだよね。」
「あんた 子供の頃からずっと言ってるけど まだそれ言ってんの?」
「私はずっと前から喜媚ちゃん一筋だよ。
少なくともお姉ちゃんよりは 私のほうが喜媚ちゃんに合ってると思うな~。」
「・・・・どういうことよ?」
「お姉ちゃんは自分の事ばっかりで喜媚ちゃんの為に何かしようとしたことある?
お姉ちゃん 喜媚ちゃんの将来の夢・・知ってる?」
「・・・・のんびり暮らすことでしょう。」
「そう、それよ。
お姉ちゃんは家のため、この国のため、って言ってるけど
実は自分の才を十全に活かしたいだけでしょ?
お姉ちゃんわかってる?
お姉ちゃんがその才を活かそうと思ったら 喜媚ちゃんの望む、
贅沢は出来ないけど、
家族が幸せにのんびりと暮らせる生活を送ることは出来ないんだよ?」
「・・・・」
「お姉ちゃんが才を完全に活かせる場は 政治や戦場、
喜媚ちゃんの願いと まるで正反対。
だからお姉ちゃんが幾ら喜媚ちゃんを誘惑しようとしても、
喜媚ちゃんはお姉ちゃんを相手にしないんだよ。」
「そんな事! ・・・・無いわよ。」
「実は私達もお母様から言われてるんだよね~
お姉ちゃんが駄目だったら 私か荀衍お姉ちゃんが喜媚ちゃんの嫁になれって。」
「・・・・っ!?」
「今夜辺り喜媚ちゃんに夜這いかけちゃおうかな~。
『こんな国は放っておいて 何処か遠くで私と一緒に幸せに暮らそう?』
・・とか言って♪」
「荀諶あんた!!」
「お姉ちゃんはどっちか選べないんでしょう?
いや、違うわね、お姉ちゃんは自分の才を活かしたいんだよ。
喜媚ちゃんの事なんてどうでもいいんだ、
喜媚ちゃんの持ってる独特の着想や知識が欲しいだけなんだ 「荀諶!!」 ・・っ!
叩いたわね・・・。」


お姉ちゃんは私の頬を思いっきり叩き、
私を睨みつける。


「あんたに喜媚は渡さないわ!」
「 今の お姉ちゃんじゃ喜媚ちゃんを幸せにできない。
近い内にきっと喜媚ちゃんを悲しませる。」
「・・・・私には・・喜媚しか いないのよ。」
「そうやって喜媚ちゃんに甘えている内は、
何時まで経っても喜媚ちゃんは振り向いてくれないわよ。
ま、私にはそっちの方が都合がいいんだけど。」


最後にそう言って私は部屋を出る。


(痛~、お姉ちゃん本気で叩いてくれて・・・母さんにもぶたれた事・・・あるわね。
コレは喜媚ちゃんのお妾さんくらいは許してもらわないと駄目ね♪
・・・でも、コレでお姉ちゃんも少しは
喜媚ちゃんの気持ちを考えるようになるでしょ。
このままだと本当にあの二人がくっつくことなんてなさそうだし。
喜媚ちゃんは妙にお固いし、お姉ちゃんは全っ然素直じゃないし、
普通だったらとっくの昔にどっちかが手を出して結婚して、
私がお妾さんになれてるはずなのになぁ・・・ホント二人とも困ったものだよね。
・・・でも、そういう二人が可愛いのよね♪)



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三十五話

南皮




私が買い物から家に帰ってくると、
憮然とした表情の桂花が椅子に座り イライラしているのか
落ち着きのない様子で足を揺すっていた。


「ただいま~、あれ? 荀諶ちゃん帰ったの?」
「あの馬鹿はもう帰ったわよ!」


私が買い物でいない間に何か有ったんだろうか?
荀諶ちゃんの話をした途端に桂花の機嫌が一気に悪くなる。


「・・・近い内に南皮を発つから準備しておいて。」
「え? いいの?
袁紹さんに結構良い待遇で仕官を進められてたんじゃないの?」
「駄目ね、袁紹の君主としての器はともかく
人の話を全く聞かないんじゃどうしようもないわ。
唯一の頼みの顔良は袁紹の言いなりだし、
どんないい計画を持って行っても、
袁紹の気分一つで採用か不採用か決まってしまうんだもの。
・・・・君主以前に人として失格よ。」
「・・・そう。
で、次は何処に行くの? やっぱり陳留?」
「そうね、陳留の曹操様の人柄は申し分ないし、
私の知る限り君主としての器は最高ね。
確実にこれから伸びる方だわ。
孫策も、悪くはないんだけど、あそこは今は袁術の配下だからね。」
「そっか、じゃあ荷物をまとめて 陳留に行く行商人や護衛の手配をしておくよ。」
「えぇ、お願い・・・・喜媚あんたさぁ・・・・」
「ん? なに桂花?」
「・・・ん、やっぱいい、なんでもないわ。
旅の支度は任せたわよ、私はちょっとつかれたから部屋で休んでるわ。」
「わかった、体調には気をつけてね。
ここんとこ桂花は働き詰めだったし。」
「えぇ、わかったわ。
・・じゃあ。」


そうして桂花は自室へ戻っていったが、荀諶ちゃんと何か有ったんだろうか?
明らかに様子が変だけど、大丈夫だろうか?


この日は桂花は一人で寝ると言ったので、久しぶりに私も落ち着いて眠ることが出来、
翌日から南皮を発つための準備を始め、
幸いなことにすぐに陳留へ行く行商人や護衛の手配が着いたため、
この五日後、私達は南皮を発つことにした。

私達が南皮を発つ日、荀諶ちゃんがわざわざ見送りに来てくれた。


「それじゃあ喜媚ちゃん元気でね♪
お姉ちゃんは・・どうでもいいや。」
「あんたはさっさと何処かへ嫁に行きなさい、コレは命令よ。」
「じゃあ、喜媚ちゃんにお嫁さんにもらってもらおっと♪
ね~♪ 喜媚ちゃん。」
「ね~・・・って言われても。」
「寝言は寝てから言いなさい。
どこぞのむさい親父の所にでも嫁に行けばいのよ。」
「お姉ちゃんこそ、さっさとお父様の決めた相手の所にでも嫁けば。
あ、お姉ちゃんみたいな貧相な身体じゃ
その手の特殊な嗜好をもつ変態にしか相手にされないか。」
「あんたも似たようなもんじゃない!!」
「私はお姉ちゃんより中身がいいから。
喜媚ちゃん、私 結構尽くす方だからお得だよ。」
「さっさと仕事に行け!
喜媚! 行くわよ!!」
「え、ちょっと桂花引っ張らないでよ。
じゃあ、荀諶ちゃんまたね。」
「喜媚ちゃんまったね~♪」
「さっさと来い!」


なぜか急に仲が悪くなった桂花と荀諶ちゃん、
一体二人に何があったのかは分からないが、
まぁ、許昌に居る時もこういう時があったから
次会うときにはまた仲良くなっているだろう。


こうして私達は南皮を後にし、陳留へ向けて旅だった。

陳留までの道中は特に問題なく進んだが、
やはり陳留に近づくつれ、治安が良くなってきているのか
妙な視線や怪しい人物を見ることがなくなってきている。

噂では 最近曹操さんは陳留の刺史に出世したそうだから
その影響もあってか、道中は安全に旅をすることが出来た。


「所で桂花、曹操さんのところにはどうやって仕官するの?
荀緄さんや袁紹さんの時みたいに曹操さんに人脈を使って仕官するの?
確か桂花は曹操さんと知り合いだったよね?」
「陳留では今 人を集めてるそうだから、
今回は曹操様の文官としての試験を受けるつもりよ。
曹操様は出世されたから面会できるかどうかわからないし
知り合いといっても何度か書簡をやり取りした程度だから
そんな私がいきなり訪ねていっても迷惑になりそうだしね。
それに曹操様のところなら 能力さえアレばすぐに上に行けるから
直接面会出来る立場になった時に改めて挨拶すればいいわよ。」
「そう、桂花がそうするつもりならそれでいいんじゃないかな。」
「なんか、投げやりな言い方ね。
・・そういえば、今度会う時は あんたも連れてこいって言われてたわね。
まだ覚えてらっしゃるかわからないけど
場合によってはあんたも曹操様に会うかもしれないから
失礼の無いようにしなさいよ。」
「・・私は会いたくないんだけど。」
「別に取って食いやしないわよ。」
(私はともかく、桂花は別の意味で食べられるかもしれないけど・・・)


若干桂花が曹操さんとそういう関係になったことを想像した時
不快感があったが、そのほうが桂花にとってきっと幸せかも知れない。
曹操さんの元でなら桂花はその才能を充分活かすことが出来るだろうし
陳留の民や、この国の人達にとっても そのほうが良いような気がする。

私はこの時はよく考えもせず単純にそう思っていた。


陳留に着き、行商人達と別れまずは宿を取り、
翌日から、住む家を探す。
たまたま運が良かったのか、
宿屋の御主人がこのあたりに顔が効く人で
安くてそこそこ広い空き家があるというので
持ち主を紹介してもらったのだが・・


「今まで何人も曹操様の所に仕官目的出来た者がこの家を借りていったが
誰一人として登用されなんだ。
以来、なかなか借り手がつかんでのう。」
「そう? なかなか値段の割に良い家だし、
ならば 私が借りて曹操様のところに仕官出来た第一号になってあげるわよ。」
「まぁ、儂としても借りてくれるのならば文句はないが
曹操様の所に仕官するには並大抵のことではないから
しっかりと準備をし、心してかかるようにな。」
「ご忠告感謝するわ。
喜媚、この家にするわよ。」
「桂花がいいなら私はいいけど・・・」


こうして陳留に来てすぐに家は見つかり、
数日掛けて掃除し、日常生活をおくるには問題ない状況になった所で
早速 桂花が曹操さんの所に文官としての試験を受けに行った・・・のだが
その日の内に合格してくるとは私も予想していなかった。


「案外楽勝だったわよ、あんたの算盤も一応用意していったんだけど
使うまでもなかったわね。
ちなみに兵糧を管理する部署に登用されたわ。」


桂花には以前からせがまれていたので 算盤を送っていたのだが、
そもそも暗算の能力がかなり高い桂花には
必要なのか疑問に思う時がある。
私が昔 四則演算を一緒に勉強した時にはあっさり習得してしまったし
二桁の掛け算を私は簡単に解くテクニックを使って
インチキをして 桂花をからかおうと思ったのだが
あっさり暗算で解かれてしまったこともある。


今回はその計算能力を買われたのだろう。
・・そういえば原作の桂花も最初に出た時は
兵糧の管理をしていたっけ、などと思いだしていたが・・


この時 もう少し先まで思い出していれば
あんな思いはせずに済んだのかもしれない。


桂花があっさり曹操さんの所に仕官することが出来、
急なことだったのでお祝いは翌日改めてと言うことで
その日は簡単なお祝いだけして就寝、
翌日改めてお祝いのための料理の準備をしていた。


(コレで桂花が無事曹操さんの所に仕官できたから、
私の役目もそろそろ終わりかな。
近い内に荀桂さんに書簡を送って
許昌に帰る準備でもするか・・・)


買い物から帰り、お祝いのための料理を準備がほぼ完了し、
丁度 桂花が日が沈む前にお城から帰ってきたので
桂花が軽く汗を流している間に食事の準備をする。


「それじゃあ、昨日もやったけど、桂花おめでとう~。」
「ありがと、まぁ、私にかかかればあんな試験楽勝よね。」
「桂花が凄いのは認めるけどあんま調子に乗らないようにね。
調子に乗ってるといつか足元を救われるよ?
「わかってるわよ。
お母様みたいなこと言わないでよ。」
「一応 荀桂さんから桂花のお目付け役を頼まれてるからね。」
「はいはい、まったく・・お母様も余計なことを。」
「荀桂さんの話はいいとして、今日はお城でどんな事したの?」
「今日は大して仕事らしい仕事はやってないわよ。
城の中の案内と関係者への挨拶周りと仕事の説明ね。
後は現在の兵糧の備蓄量やらが記載されてる竹簡を読んだり。
本格的な仕事は明日以降になるそうよ。」
「そっか、頑張ってね。」
「任せときなさいよ、すぐに功を上げて、
もっと大掛かりに陳留の内政に介入できる立場になって
この邑からこの国を立てなおしてやるわよ。」
「大きく出たね、でも桂花ならきっと大丈夫だよ。
焦らなくてもいいから足場を固めて安全で確実にね。」
「そんな余裕は無いわよ、
今もこの国は持ちそうにないのに悠長なこと言ってられないわ。」
「そういう思いは桂花一人じゃ無いんだから、
皆と協力して頑張っていけば いつかこの国をよく出来るよ。」
「そうね・・まぁ、曹操様は上司としては申し分ないから
後は曹操様にどんどん出世してもらって、
多くの県や州を管理する立場になってもらえば
それだけ、多くの民にいい暮らしをさせてあげられるわ。
そのためにも明日から頑張らないとね。」
「頑張ってね。」


翌日から桂花は洛陽や南皮で仕事をしていた時のような陰鬱な表情ではなく、
生き生きとした表情で、お城に出かけていった。

この調子なら、問題無いだろう。
そう判断した私は、荀桂さんに桂花の様子を伝えるのと、
そろそろ私がいなくても大丈夫だろうと言う内容の竹簡を書き、
許昌の荀桂さんに届けてもらうように手配をすることにした。


丁度その頃だろうか、
今まで以上に天の御遣いの噂があちらこちらから聞こえてき出したのは。
最近は食堂や酒場に行けば必ずといっていいほどその噂を耳にする。
そろそろ一刀くんがこの外史に降り立つ頃なのだろうか?


そんな時、近くで賊の集団が発見されたという報告を受けたのか、
曹操さんが夏侯姉妹と兵を率いて賊の討伐に出かけて行くのを遠目から見た。
ここの兵はよく訓練されているようで、
動きに大きな乱れもなく、整然と行進している。
私の周りに人々もその様子を頼もしいと感じているのか、
好意的な視線で見つめるものや、声援を送る者もいる。
この様子を見るだけで、
曹操さんがこの陳留でどんな政治を行なっているのかがわかるようだ。


この日からしばらくして、
賊の討伐が終わった曹操さん達が帰還したと言う話を桂花から食事中に聞いたが、
天の御遣いが見つかったという話は聞かなかったし
珍しい服をきた青年を拾ったという話も聞かなかった。


そしてしばらく後、私に取って最初の運命の分岐点、
その始まりとも言える日を迎える。


その日は普段通りの穏やかな日だったのだが、
二つほど変わったことがあった。
一つは曹操さんが兵を率いて賊の討伐に出たこと。
コレはそれほど珍しいことではない。
曹操さんは賊が発見されたり、近くの村や集落が襲われたと言う報告を聞いたら
すぐに兵を率いて現地の確認と賊の討伐を行う。
問題はもうひとつの方だ・・・

桂花が夜になっても帰ってこないのだ。

桂花が仕事で帰ってこない日は別に珍しいものではない。
袁紹さんの所にいた時も時折そういう日があったし
陳留に来てからもそういう日はあったが、
必ず事前に予定を話していたり、後から使いが来て連絡が入ってきたのだが、
この日は連絡が来ることがなかった。

しばらく私は家で待っていたが、
何時まで経っても状況が変わらないので夜にお城に行き
門番に人に確認をとってもらうことにした。

陳留の警備兵は基本的に親切で、
こういったことを頼んでも賄賂も要求しないし
城で働く桂花が帰ってこないとなれば
色々と問題があるため、すぐに確認してくれた。


「遅れてすみません、
荀文若殿なら本日は曹孟徳様と、
近隣の村を襲った賊の討伐に向かわれたとのことです。」
「・・・え? で、でも、桂花・・荀文若様は文官で兵糧担当ですよね?
なんで賊の討伐に同行したんですか?」
「私も詳しくは知りませんが、
曹孟徳様に呼ばれた後、一緒に出陣したと言う話です。」
「・・・・そ、そうですか・・・・ありがとうございます。」


わたしはとりあえず家に帰りながら、
なぜ桂花が賊の討伐に参加したのかを考えていたが、
私の記憶と知恵袋の両方である出来事が有ったことを思い出した。

それは桂花が曹操さんの軍師として登用される事件。
族の討伐に持っていく兵糧の算出を頼まれた桂花がわざと少なめに報告し、
自分の策ならば提示した兵糧で十分だと言い、
それを証明出来なければ・・・・桂花が首を差し出すと言うイベントだ。


それを思い出した時、私の頭から一気に血が引き、
頭の中に氷を突っ込まれたかのような冷たさと、
アレほど、足場を固めてじっくり行けばいいと忠告したのにもかかわらず
それを無視し 功を焦った桂花に対する怒り。
荀桂さんに申し訳ないと言う罪悪感。
原作とは違い、私と関わったせいで、
もしかしたら桂花が本当に首を斬られるのではないかという恐怖。
様々な感情で頭が混乱し、どうやって家に着いたのかわからないが
家についた時には私は完全に混乱状態になっていた。


(桂花・・どうしてこんな事を・・・
そんな危険を犯さなくても桂花なら着実に一歩一歩やっていけば
すぐに曹操さんの目に止まるのに!
もしかしたら私のせいで桂花が居なくなる?
いや! 桂花の事だ、わざわざ首を賭けなくても、
言葉巧みに曹操さんを説得したに違いない!)


こんな思考が頭の中でずっとループして
とても眠ることなど出来ないし、
今の私にはどうすることも出来ない。


(せめて私がそばにいれば桂花を守ることもできるのに!)


そんな事をずっと考えたいたら、気がついたら朝になっていたようで、
窓から差し込む朝日が私の顔を照らし、作っておいた食事も既に冷めきっていた。


この日から数日間、私はろくに食事も取れず、
眠ることも出来ず、最低限の水と食事だけはなんとか摂り、
ひたすら桂花が帰ってくることを祈りながら家で待っていた。


(桂花が居なくなる・・死ぬかもしれないと思っただけでこのザマか・・・
私は自分が思ってた以上に桂花が大切だったんだな。
それにわかっていたはずなんだ、桂花が私と生きる世界が違うことくらい。
桂花が生きる世界は、民のため、国のため、主のために命を懸け、
功を上げるために命を懸け
才を活かすために時に己の全てを懸ける世界。
ここで、桂花が曹操さんを説得して討伐に参加したのならまだいいけど、
もし、原作通りに首を賭けて討伐に参加したのなら・・・・・・私は許昌に帰ろう。
生きる世界が違う桂花にはもうこれ以上付き合えないよ。
これ以上一緒にいたら私は本当に桂花から離れられなくなる。
本当に最後まで桂花に付き合って 戦乱の世を生きることになる。
今でもこのザマなのに 私にはそんな世界・・・耐えられそうにないよ、桂花。
・・でも今は・・・今だけは無事に帰ってきて!)




結局、桂花が帰ってきたのは この翌日の午後だった。


「ただいま喜媚! やったわよ! 私 華琳様の軍師になれたのよ!!」



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三十六話

陳留




「ただいま喜媚! やったわよ! 私 華琳様の軍師になれたのよ!!」
「・・・・桂・・花?」


最初は桂花が扉から飛び込んできた時、
幻覚でも見たかと思ったが 桂花が私の肩を掴んだ感触で
現実だと認識できた。

桂花の様子は 少し汚れているが見た感じ特に問題ありそうではない。


「喜媚・・ってあんたどうしたのよ?
風邪でも引いたの? なにか病気にでかかったの? すごい顔よ。」
「別に大丈夫だよ、少し寝てないだけだから。」
「少しって・・そんなにやつれて何が少しよ。
ほら、早く部屋に戻って横になってきなさいよ。
何か食べるもの買ってきてあげるから。」
「それはいいよ・・・お帰り桂花。
怪我とかしてない?」
「え、えぇ、私は大丈夫よ。
少しお腹が減ったくらいだから。
それよりもあんたよ、あんたの方が酷いじゃない、」
「私は大丈夫だよ、すこし眠ってご飯でも食べれば。」
「本当でしょうね?」
「それより桂花、今までどうしてたの?
心配したんだよ?」
「あぁ、ごめん・・・ちょっと理由ありでね。」
「どうしてたの?」
「どうしてたって、別にいいじゃない。
そんな事より私華琳様の 「桂花。 今までどうしてたの?」 ・・えっと。」


桂花はバツの悪そうな顔をして私から目をそむける。


「ええっと、ちょっと色々あって、華琳様の賊の討伐に参加してたのよ。
それで、その功績を認められて、
華琳様と真名を交わして軍師として召抱えられたのよ。」
「私はどうして桂花が何の連絡もなく、
賊の討伐に参加することになったのか聞いてるの。
桂花は兵糧管理の文官でしょ?
何がどうなって軍の指揮なんてするようになったの?」
「そ、それは・・・・」


その後、渋々遠いった感じで桂花は事の経緯を話す。

最初は賊の討伐のため必要な遠征期間の兵糧を用意するように言われたのだが
桂花が独断で少なめに見積もった竹簡を担当者に渡し、
どうして兵糧を少なめに見積もったのか
その理由を尋ねるために曹操さんに呼び出された時に、
自分が指揮をすれば試算した兵糧で足りると進言したそうだ。
そして それを証明するために桂花は自分の首を賭け
賊の討伐に参加し、途中で大食いの許褚(きょちょ)さんの参加もあり
若干兵糧が足りなくなったのだが
許容範囲内と言うことで許され、その功績を認められて、
桂花は曹操さんの真名を呼ぶことを許され 軍師として召抱えられる。

やはり原作通りの展開・・・一刀くんは魏以外か。


「そう・・・」
「その・・・ごめん。
急いでいたから連絡できずに心配掛けたのは悪かったけど・・
でも! おかげで華琳様の軍師として一気に出世出来たわ!
コレでこの陳留ももっと豊かにできるし
私の目標に一気に近づいたわ!」


私に連絡がなかったことは悪いと思っているようだが、
反省した感じではない。
それどころか、曹操さんの軍師になれたことが
嬉しくてしょうがないといった感じだ。

私は椅子から立ち上がり桂花の正面を向き、
手を組んで拝礼し桂花に告げる。


「荀文若様、おめでとうございます。
コレにて私めが荀桂様より指示された期限は満たされたものと致します。
文若様にお仕えするのも今日限りとなりますが、
許昌にて文若様のますますのご活躍とご健勝をお祈りしております。」
「え・・・・?」
「それでは荷物をまとめて出ていきますので失礼します。」
「・・・・・え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!
なんでそうなるのよ!?
華琳様にお願いして、
あんたを私の専属の文官にしてもらうようにお願いしてあるのよ?
なんで急にそんな、許昌に帰るなんてなるのよ!」
「私が元々荀桂様より頼まれていたのは
荀文若様が使えるべき主を見つけ、そこに仕官するまでの間です。
文若様が曹孟徳様を主と定め 軍師となられたならば
私のお役目も終わりました。
この上は速やかに許昌に帰り、荀桂様に報告し、
私は許昌で農家の運営の仕事に戻りたいと思います。」
「なんで、なんでそうなるのよ!
お母様は関係ないわよ、あんたは私と一緒に華琳様の元で働けばいいじゃない!?
喜媚と一緒ならこの陳留、いやこの国をもっと良く出来るわ!」
「申し訳ありませんが、私には無理です。
以前から申し上げたかもしれませんが、文若様と私では生きる世界が違います。
私の様な身分の者では文若様の足を引っ張ることしか出来ませんし
私には文若様の生きる世界で生きていく事などできません。」
「なんでよ・・いままでは一緒にやったこれたじゃない!
それにその口調と呼び方をやめなさいよ!
いつも通り真名で呼びなさいよ!!」


桂花は私の方を掴んで引きとめようとするが、
今回は私も譲ることができない。
今の私と今の桂花では生き方が決定的に違うのだから
このまま一緒にいてもお互いのためにならない。


「荀文若様、貴女と私では決定的に生き方が違うのです。
貴女は民のため、国のため、主のため、
家のため、名のため、功績のために己が全てを懸けますが、
私は自分の命と身の回りに居る僅かな者達が、
一緒に笑って生きれればそれでいいのです。
私の器はその程度のモノでしか無いのです。
そんな小さな私の器に文若様と同じ物を入れたら、
たちまち溢れて器が割れてしまいます。
私では文若様のお供になれないのですよ。」
「そんな事ないわよ!
あんたの器の広さは 一番長く過ごした私が一番良く知ってるわよ!
喜媚ならきっとこの国で苦しむ民達を救えるし・・・・それに私だって・・・」

「・・・フゥ 桂花、私は桂花が好きだよ。」

「・・え?」
「でも、たとえ好きでもこのままじゃお互いがダメになる。
今の私じゃ いつか必ず桂花の足かせになる。
その時にお互い潰れたんじゃダメなんだよ。」
「わかんないわよ・・・あんたの言ってる事は私にはわかんないわよ!!
私のことが好きなんでしょ!
だったら一緒にいればいいじゃない!!」
「好きなだけじゃダメなんだよ・・
根本的な生き方が違うんだ、私が桂花に合わせても
桂花が私に合わせても、いつか必ず破綻する。
私には桂花にはそうなってほしくないんだよ。」
「そんな事わからないじゃない!!
今までやってこれたんだから これからもきっとやっていけるわよ!
あんたに相談も無しに勝手に賊の討伐に行ったのは謝るから、
だから・・・」
「ごめんね、桂花。」
「あ・・・っ!?」


私が桂花の手を振り払い部屋からでていこうとした時・・


「何やら大声が外にまで聞こえるから
何か事件でも起きてるのかと思って 礼には失するけど立ち入らせてもらったわよ。」
「華琳様・・・」
「・・・・曹孟徳様。」


扉から入ってきたのは、
曹操さんと夏侯惇(かこうとん)さん夏侯淵(かこうえん)さんの三人だった。


「何だ桂花、なんて顔してるんだ?」
「・・・・何か有ったのか?」
「なんでもございません、私が荀文若様の使用人の仕事を
辞する旨をお伝えしただけです。」
「わ、私は認めてないわよ!」
「・・・桂花はこう言ってるけど?」
「私は荀文若様の母上からご依頼されて文若様の使用人として働いておりました。
その期限が来たので職を辞する旨をお伝えしたのです。」
「その呼び方をやめなさい! さっきみたいに真名で呼びなさいよ!」
「ふぅ、話がわからないわね。
桂花、何があったのか最初から説明しなさい。」
「は、はい、華琳様。」


そして桂花は自分が帰ってきてからの出来事を曹操さんに漏れ無く話し
私と桂花が幼馴染で真名を交わした仲であるということまで説明した。


「ふむ、で、貴女胡喜媚と言ったわね。
貴女の言い分は?」
「私から説明することは何もありません。
荀文若様がそうおっしゃるならそうなのでしょう。」
「くっ・・・!」


桂花が私を睨みつけるが私はその視線を無視する。


「貴女の言い分を詳しく聞かない事には判断できないのだけど、
要は胡喜媚、貴女は桂花とは根本的な考え方が違うから
何れ不和を起こす事を恐れているのよね?」
「何も申し上げることはありません。」
「あら、そう。
・・・そうね、貴女 桂花の使用人を辞めるのよね?」
「そうです。」
「喜媚っ!」
「桂花は少し黙ってなさい。」
「・・・はい。」
「じゃあ、貴女私の所で働きなさいな。
桂花に道中で聞いた話では
貴女も文官としてかなりの才を持っているのでしょう?
喜媚が文官として望むなら文官として、
桂花付の侍女か文官がいいならそれでも良いわよ?」
「本気ですか曹孟徳様?
よく知りもしない農家の出の者を その懐に置くなどと。」
「本気よ、私は才ある者を出自で差別するつもりはないわ。」


コレは困ったことになった・・・
曹操さんは陳留の刺史だ。
その曹操さんが言ったことは陳留では絶対だ、
下手に断ろうものなら手討ちにされても文句は言えない・・・が
曹操さんはそこまではやらないだろうが
無理やり私を城に連れていき、
桂花と一緒の部屋に缶詰にして話し合わせるくらいならやりそうだ。

・・・・私の無い頭を総動員して考えた結果、
私が桂花にしてあげられる最後の事を思いついた。
失敗したら桂花に最悪のトラウマを植え付けることになるが、
成功したらきっと今後の桂花の財産になる。
それにどちらにしても、私が桂花に何を伝えたかったのか、
桂花なら理解してくれるはず・・・
私は曹操さんを信じてこの策を使うことにした。


「・・・曹孟徳様にお仕えするのはかまいませんが
一つ。 私の望みを叶えてくれますか?
それが条件です。」
「なにかしら? 言ってご覧なさい。
高待遇は約束するわよ?」
「その前に一つ約束してください。
私がこれから何を言っても絶対に怒らないと。」
「・・・・面白そうね。
良いわよ、言ってご覧なさい。」
「では・・・」


私は一度 夏侯惇さんの方を見て彼女が帯剣していることを再度確認した後、
できるだけ下卑た笑みを浮かべてこう言った。


「曹操、お前の身体を今後 私の自由に弄んで良いのなら その仕官の話受けよう。」

「「・・・は?」」
「貴様ぁ!! 華琳様に向かってふざけたことを!
叩き斬ってくれる!!」
「・・・ッ!」


私がそう言うと夏侯惇さんはすぐさま剣を抜き私に向かって切りかかってきて、
夏侯淵さんは懐から小刀を取り出し曹操さんの前に立ち私を威嚇する。


「喜媚っ!!」
「・・・・」
「やめなさい春蘭!!」
「・・・くっ!」


曹操さんが夏侯惇さんに制止するよう命令を下すと
夏侯惇さんの剣は私の猫耳頭巾に触れた所で止まり、
その後すぐに桂花が私に抱きついてくる。


「馬鹿っ!! あんた何ふざけたこと言ってるのよ!!
もう少しで春蘭に斬り殺されるところだったじゃない!!」
「・・・これで少しは分かってもらえた?
私がこの数日間 どんな気持ちで桂花を待っていたのか。」
「・・・・え?」
「自分の大切な人が必要もない事で命を賭けて来るそのさまを、
ただ待つことしか出来ない人が どんな気持ちか。
荀桂さんや荀緄さん、桂花の姉妹達が今回の桂花の行動を知ったら、
どんな気持ちになるか。」
「・・・・」
「今回の桂花の行動は明らかに功を焦った結果だよね?
桂花ならこんな事しなくても 近い内に曹操さんの目に止まったはずだよ?
・・・もし間違って桂花の首が斬られたら、
私はどんな顔して桂花の家族に説明しに行ったらいいの?」
「・・・・・・」
「桂花、そんなに焦らなくてもいいから確実に一歩ずつ前に進めばいいんだよ?
桂花の事を心配して協力してくれる家族や皆が居るんだから、
そんなに命を粗末にするような無謀な賭けは止めて。
孫氏にも そんな事は愚者のやることだって書いてあったでしょ?」
「・・・・・ごめん。」
「コレが私が桂花に教えてあげられる最後の事。
もっと自分を大切にして。
桂花の事を大切に思っている人がたくさんいるんだから。」
「・・・・うん。」
「さて、曹孟徳様、どうしますか?
ちなみに、私はこう見えて男ですよ?」
「・・・なるほどね、私への仕官を断るのと同時に桂花に教育ね・・・
私を出しに使ったわけね。」


夏侯惇さんは訳のわからない顔をして剣を元に戻し
夏侯淵さんはクスクスと笑っている。


「こうなっては私もこの話を引っ込まざるをえないわね。
貴方の事はすごく気に入ったけど、
今は 流石に私の身体を差し出してまで手に入れようとは思わないわね。
これで貴方への貸しは二つになったのかしら?
一つは何年前かの茶店、もう一つは今。」
「覚えてたんですね・・・」
「私はやられっぱなしで済ます女じゃないの。
それと覚えておきなさい、私は欲しいと思ったモノは必ず手に入れる。
貴方 気に入ったわ、その端正な顔に己が友のために命を張れる胆力、
それに僅かな時間でこの私を出し抜く知、
何れ必ず桂花と一緒に可愛がってあげるわ♪」
「それは御免被りたいですね。」
「話し方も桂花に話す時と同じように普通に話していいわよ、
呼び方も曹操でいいわ。
貴方を手に入れた時には私の真名を呼ばせてあげるから、楽しみにしてなさい。」
「・・・・ハァ。(厄介な人に目をつけられちゃったな)」
「春蘭! 秋蘭! 帰るわよ。
それと桂花、三日休みをあげるから、
胡喜媚を止めたいのなら その間に何とかなさい。」
「は、はい!」
「じゃあ、三日後、二人揃って私の前に来ることを楽しみにしているわ。」


そう言って曹操さん達は帰っていった。


「・・・・・ハァ。」


曹操さん達が帰ると同時に私の足から力が抜け
その場にぺたんと座り込んでしまう。


「こ、怖かったぁ~・・・マジで死ぬかと思った。」
「あんたがあんな馬鹿な事するからでしょ!」
「だってしょうがないじゃない、アレしかいい方法が思いつかなかったんだから。」
「だからってやりようがあったでしょう!
・・・ん? あんたなんで春蘭がすぐに切りかかってくるって分かったのよ?」
「だって陳留じゃ有名じゃない。
曹操さんの悪口を言ったら夏侯惇さんがどこからか現れて、
すぐに斬り殺されるって。」
「・・・あの馬鹿、そんな噂が流れてるなんて。
もぅ・・・あれ? 安心したら私も腰が抜けちゃった。」


そうって桂花も私と同じようにその場に座り込む。


「・・・馬鹿・・・本当にあんたが殺されたかと思ったじゃない!」
「ごめん・・でも桂花にわかってもらうにはあの方法しかなかったんだよ。
桂花も私と同じ気持だから私が死ぬような目にあったら、
きっと実感してくれると思って。」
「口で説明すればいいじゃない!!」
「こういうことは口じゃダメなんだよ、実感しないと。
私だって、桂花が帰ってこなくなって初めて実感したんだから。」
「・・・もう、こんな事二度とするんじゃないわよ!」
「桂花もね。」
「・・うん。
・・・・・ん? ちょっと待ちなさいよ。
私があんたと同じ気持ちってどういう事よ!?」
「桂花はきっと私の事好きなんだろうなって思ってたから。
でなかったらあんな下着が透ける寝間着着て私に抱きついたり
私を閨に誘ったりしないだろうし。」
「あ、あ、あ、あんた・・・知ってたんならもっと早く何か、
こう、行動に移すなり、伝えるなり、何か有ったでしょ!!」
「しょうがないじゃない、今は桂花と一緒になるつもりは無いし。」
「どういうことよ!! あんた私の事好きだって言ったじゃない!!」
「好きだけど一緒にはなれないって・・・
言ったでしょ? 私と桂花じゃ生き方が違う。
桂花が農家の嫁で収まるはずないし、
私が曹操さんの文官なんて務まるわけがない。」
「あんた、まだそんな事・・・」
「荀緄さんも言ってたよ。
私と桂花は今はまだ道が交わらない。
今一緒になっても必ず何処かで破綻するって。」
「お父様まで・・・」
「でも、今は無理だけど 何れ時代が動いて
否応無く私と桂花も生き方を変えざるを得なくなる とも言ってた。
うまくすれば その時に私と桂花の道が交わることを祈ってるって。」
「・・・お父様。」
「だからその時までは・・・
私は許昌に戻って今まで通り農家をやってるよ。」
「どうして・・・別に陳留に一緒にいてもいいじゃない?
華琳様に仕えろとまでは言わないわ、でも一緒ココで暮らすくらい・・・」
「私がココにいたらきっと桂花を放っておけなくなる。
それじゃあ私が桂花の生き方に引きずられることになっちゃうよ。」
「べ、別にいいじゃない! 私が面倒見てあげるわよ!!」
「それだと私の心が持たないよ・・
これから来る戦乱で多くの命を奪う覚悟が桂花と違って私には無いから。」
「・・・私だってそんなにはっきり覚悟として持ってるわけじゃないわよ。
ただ この国を良くするために犠牲は最小限にする必要はあるけど
犠牲者は出るとわかってるだけだもの。」
「それでも桂花は覚悟ができてるよ、
今回の賊の討伐だってちゃんと指揮できたんでしょ?」
「・・・・うん。」
「私じゃ無理だよ・・・きっと。」
「そんな事無い・・そんな事無いわよ、
喜媚だってあの現状を見てあの場に立てば・・・」
「でも今の私にはそう思えないんだよ。」
「・・・・どうしても許昌に帰るの?」
「うん、一度荀桂さんに報告もしないといけないしね。
桂花が立派に曹操さんの所で軍師をやってるって。
今まで私達はずっと一緒だったけど、
ここらで一度離れてお互いの生き方を見なおそうよ?
その間に二人が尊重し合って二人で並んで生きていける生き方を探そう?」
「・・・・」
「さぁ、今日はもう寝よ?
桂花も疲れたでしょう、私も桂花が無事で安心して眠気がもう限界・・・ではないね。
さっき夏侯惇さんに殺されそうになったから目が冴えちゃった。」
「・・・何よそれ。」
「アレは本当に死ぬかと思ったんだから。」
「・・・思い出したくないわ。」


そう言って桂花は私の方に倒れこんできて抱きついてくる。


「私も もう思い出したくないな。
夏侯惇さんに斬られそうになった事も
桂花が帰ってこないんじゃないかって 眠れない夜を過ごしたことも。」
「・・・・ごめん。」
「もういいよ 済んだことだし。
さぁ、もう寝よ。」
「うん。」


こうして私と桂花はようやく腰と足に力が入るようになったので
二人で手を繋いで寝室に向かい それぞれの部屋に別れようとするが、
桂花が私の手を離してくれない。


「桂花、流石に今日一緒に寝るのはまずいんだけど。」
「なんでよ?」
「いや、だって・・・ねぇ。
夏侯惇さんに殺されそうになったり桂花に告白したりした後の夜だから
その、色々と我慢するのもきついし、汗も流してないし。」
「・・・そう、今なら我慢出来ないのね。」


そういうと、桂花は私の手を掴んだまま部屋に私を押しこんで
寝台に私を突き飛ばして自分は私の馬乗りになる。


「あの桂花サン? 私の話を聞いてました?」
「聞いてたわよ、今なら我慢出来ないのよね?」
「いや、そこじゃなくて。」
「華琳様も言ってたわ、あんたを引き止めるために三日休みをくれるって。
つまりコレは華琳様あんたを引き止めろって言ったということよね?」
「・・・嫁入り前の娘が はしたないと思わないの!?」
「あんたに責任取ってもらうからいいわ。」
「え? ・・・・・マジ?」
「マジよ。」
「・・・・・・」


私に馬乗りになった桂花は 上着と頭巾を脱いで私に覆いかぶさり耳元で囁いた。


「・・・・喜媚、大好き。」


「・・・え?」
「な、何度も言わせんじゃないわよ・・・好きって言ったのよ!
あんただけに言わせて私も言わなかったら・・・・
ごめん、ちゃんと伝えたかったの、私の気持ち。」
「・・・あの、本当に まずいんですけど?」


桂花が覆いかぶさってきたせいで
私は身動きが取れない。
その上桂花も何日も汗を流してないせいか
彼女の女性独特の体臭が私の鼻いっぱいに広がり
桂花が密着してくるせいで
胸や太腿の体温や感触がはっきりと分かる。
さらにさっき死にかけたことで生存本能が刺激されているのか、
私の男の部分がはっきりと反応してしまい、その事を桂花が耳元で指摘してくる。


「・・・喜媚のが、私のに当たってる。」
「桂花本当に我慢出来ないんですけど!」
「好きに・・・すれば いいじゃない。」
「・・・いいの? 今は結婚とか出来ないよ。」
「良いわよ 私も喜媚の匂い嗅いでたら なんか・・我慢出来ない。
・・・っん。」
「桂花。」
「喜媚。」

「「んっ・・・」」




こうして私の長い桂花を待つ日々は終わり・・・そうに無かった。
まだ日は沈んだばかり、夜は長い・・・



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三十七話

陳留




「・・・ハァ・・あんた・・やってくれたわね! ・・痛たた。」
「・・・その、ごめん。」
「誘ったのは私だから・・・だ、抱くのはいいわよ?
だけどね・・・・・誰が、気を失うまでやれって言ったのよ!!」
「・・・すいません、今まで散々我慢してきたのでつい。」
「つい。 じゃないわよ!!
どうすんのよ! 私腰に力が入らなくて立ち上がることも出来ないじゃないの!!」
「いや、でも・・・桂花も 「むちゃくちゃにしてください、喜媚さまぁ」
とか言うから・・・」
「そんな事言った覚え・・・・わ、私が悪いっていうの!?」
「いえ、私が全面的に悪いです。」


何があったか詳細は省くが、ナニがあったのだ。
今現在、私の部屋の寝台でうつ伏せに寝転がっている、
桂花の横で正座で私は座っている。
ココ数年ずっと我慢してきたのと、
夏侯惇さんに殺されかけたことで本能が刺激されたのと
単純に桂花が魅力的だったのがあって、体力的にボロボロだったはずの私が
ほぼ徹夜でいたしてしまうという自体になってしまった。


「とりあえず身体がベトベトだからお湯と体を拭くモノ、
それと下着と服持ってきて!」
「はい、すぐに!」


この後、腰に力が入らない桂花の身体を洗うのを手伝い、
下着と服を着せてから桂花を居間に抱いて連れていき
椅子に座らせ食事を摂り布団を洗ってる内に午前中は過ぎてしまった。

ようやく人心地付き、桂花とお茶を飲んでいる。


「で? 昨日も聞いたけどあんたやっぱり許昌に帰るの?」
「うん、コレは桂花に何と言われても変えない。」
「そう・・・じゃあ、お母様によろしく言っといてね。」
「うん。」
「そうそう、私達の事もちゃんと言うのよ。
でないと、私その辺の男と無理やり結婚させられるんだから。」
「なにそれ? 私は知らないけど。」
「お母様が私が仕官するまでに喜媚を堕とせなかったら
無理矢理でも何処かの男と結婚させるって言ったのよ。」
「荀緄さんはそんなつもりなかったみたいだけど?」
「お父様とお母様、こういうどっちが時強いと思ってるのよ?」
「こういう時は荀緄さんでしょう。
普段は荀桂さんだけど。」
「・・・・・それもそうね。
ダメね、まだ頭がはっきりしないわ。
どこかの誰かさんが無茶苦茶やってくれたせいでね!
やっぱり男は獣ね、こんなかわいい顔してやることはえげつないんだから。」
「・・・・半分は桂花がやって欲しいって言ったのに。」
「何か言ったの!?」
「いえ、なにも!」


そうなのだ、一応弁解させてもらうと、
私だってなにも自分の欲望に任せて好き勝手やったわけじゃない。
最初は普通にお互いの愛情を確かめ合うような感じだったのだが、
途中から桂花の変なスイッチが入ってしまい、
桂花から 自分を私の所有物かのように滅茶苦茶にして欲しい、
自分が私のモノだという事を刻み込んでほしい! と言い出したのだ。
だから少しやりすぎたとは思うが私は悪くない!
・・・・多分。


「・・・とにかく、あんたは普通の民のように暮らしたい。
私は才を生かしてこの国を何とかしたい。
これはいいわね?」
「うん・・・私じゃ、兵士に死ねと命令できそうにないし。」
「私だってそんな命令したくないし できるかぎりしないわよ。
・・・だったら私が華琳様を支えて、
一気にこの国を戦も略奪も無い まともな国にしてやるわよ。
そうすればあんたも安心して暮らせるでしょ。」
「桂花・・・」
「なによ、文句あるの?」
「いや、やっぱり桂花は強いなって。」
「ふん、そうでもしなきゃ・・・その、あ、あんたと一緒になれないでしょ!」
「・・・・そうだね。」
「それとあんた、許昌に戻っても たまには陳留に来なさいよ。
その、アンタほっとくと変な女に捕まりそうだし。
荀諶とか荀諶とか荀諶とか。」
「全部荀諶ちゃんじゃない・・・」
「アイツが今一番危ないのよ!
あの馬鹿、南皮で私に喜媚を自分のモノにするって 私に向かって啖呵切ったのよ!」
「だから途中であんなに仲悪かったのか・・・
荀諶ちゃんはともかく・・・そうだね、たまに会いに来るよ。」
「そうよ、月に一度・・・・五回は会いに来なさい。」
「さすがにそれは無理だよ。」
「あんたが行商人になればいけるでしょ?」
「私は農家の息子なんだけど。
私の将来設計に行商人はないよ、
簡単な菓子や飲茶が食べれる茶店を開こうとは思うけど。」
「だったら陳留で開きなさいよ。」
「いや、それじゃあ桂花と暫く離れる意味ないじゃない。
一緒にいると、このままくっついちゃうから少し離れて
お互いが尊重できる生き方を探そうっていうのに、私が陳留にいたら一緒じゃない。」
「私がこの国を変えてやるからいいのよ!」
「・・・桂花本気で言ってる?」
「変える気があるのは本気よ・・・あんたは寂しくないの?
せっかく・・せっかく気持ちが通じたのに。」
「そりゃあ・・寂しいよ。」
「・・・ごめん。」
「私もごめん、桂花の事嫌いとかじゃないんだ。
結局 私がヘタレだから・・・」
「あんたが本当にヘタレだったら、
昨日私のためだからって春蘭のいる前で華琳様にあんなコト言わないわよ。
私は あんたがいつか必ず私の横に立ってくれるって信じてる。」
「・・・・」
「私は信じてるから。」
「うん。」
「・・・でも、他に女作ったら殺すわよ。
作るとしても私が認める女じゃなかったら殺すわよ。」
「作らないよ・・・私こんなんだからモテないだろうし。」
「あんたは知らないだろうけど、
姉さんや荀諶があんたを狙ってるんだから 私に内緒で手を出すんじゃないわよ!
昨日までだったら まったく疑わなかったけど、
昨晩でわかったわ、あんたも男だって事が。」
「・・・・それについてはなんとも。」
「ほんと、男は獣ね。
お母様の言ったとおりだわ。」
「・・・ちなみに荀桂さんはなんて言ってたの?」
「お母様? 確か男は若い内は性欲を持て余している時期がある。
特に力のある男は何人も女を侍らす傾向にあるから、
私にはそんな男に引っかからないように気をつけろ。
と言うのと、喜媚が他の女に手を出そうとしても 自分で制御して、
自分が正妻の立場だと相手の女にしっかりわからせろ。
その上で性欲を満たすためなら少しの遊びくらいは見逃してやれ。
特に子供がお腹にいる時は 私が相手をしてあげられないのだから、
そういう時に変な女に捕まるくらいなら、自分の管理出来る範囲で性欲を発散させろ。
・・・だったかな。」
「荀桂さん・・・なんてことを桂花に吹き込んでるんだよ。」
「私もその話を聞かされた時は、まさか喜媚が?
と思ったけど、昨晩で確信したわ。
あんたも男だって事がね!」
「もう本当、勘弁して下さい。」


しばらくは私は桂花に頭が上がらないだろう。
自分でもなんであんなになったのかわからないのだから、
もし、次桂花とスルことがあっても今度からは気をつけよう。


許昌に変えることが決まったので、陳留での暮らしも残り僅かだ。
私はとりあえず帰るための準備のため、
行商人や傭兵の宛を探していたんだが、
桂花が陳留のお城で知り合いになった者の中に
そういった方面に人脈があるものが居るというので
その人にお世話になることにした。


「・・・桂花が相手の名前を言わなかったから、
少しおかしいとは思ってたんですが・・・
貴女でしたか、夏侯妙才(かこうみょうさい)さん、」
「夏侯淵でいいぞ。
桂花からの書簡を読ませてもらった。
護衛の傭兵は私の一族の中で信用できるものが居るから用意させてもらおう。」
「しかしいいんですか?
曹操さん、私を引きとめようとしてたんじゃないんですか?
それなのに、夏侯淵さんが私が陳留を出ていく手伝いなんかして。」
「無理に引き止めようとは華琳様も考えていらっしゃらない。
あくまで、お前が自分から望んで華琳様に仕えるようにさせることが華琳様の望みだ。
今回 喜媚が許昌に帰ったとしても、
また陳留に来るんだろ? だったら何も問題はない。
後は桂花がうまく喜媚を説得できるかどうかだ。」
「曹操さんらしいというか、らしくないというか。
私は最悪、城に桂花と一緒に軟禁するくらいするかと思ってましたよ?」
「まぁ、昔の華琳様だったらやったかもしれんが、
華琳様も陳留の刺史となられて色々と忙しい。
お前ばかりにかまってはいられんのさ。
それに風評もあるしな、ただでさえ華琳様は同性愛者だと言う噂が立っているのに、
女を二人城で軟禁しているなんて噂を立てるわけにもいかん。」
「そういうことですか・・だけど私も女扱いなんですね。
一応男なんですけど。」
「私も最初はお前は女だと思っていたからな。
世間もそう見るだろう。」
「・・・ハァ。 やっぱり髪切って服も変えようかな・・・」
「それは止めておいたほうがいいな。」
「なんでですか?」
「華琳様が悲しむ。」
「そんな理由ですか・・・」
「華琳様はお前のその黒髪を褒めておられた、
華琳様が悲しむというだけで理由としては十分だ。」


そうだった、夏侯淵さんは一見 魏の常識人に見えるのだが
この人も根本は、曹操さん第一主義だったんだ。


「じゃあ、護衛の件、お世話になります。
それと桂花の件もよろしくお願いします。
あの娘、結構無茶をする時があるのでよく見ておいてやってください。」
「わかった、桂花も曹操様の軍師になったんだ。
我々の仲間ならその身は我等が守ろう。」
「お願いします。」
「あぁ。」


こうして私の護衛の件も方が付き、
行商人の方も陳留に着た時同行していた人達がいたので
許昌まで、同行させてもらうことになった。


この日の晩、桂花と一緒に居られるのが 残り二日ということで、
昨晩のように暴走しないように気をつけつつ、
お互いの愛情を確かめ合った・・・・のだが。

やはり、若さゆえの過ちか・・・
深夜、そこには体力を使い果たした私と、
身体に力が入らず、私にされるがままで抱かれてながら
甘い声を上げている桂花が居た。


翌日も、昼間は普通に身体に力が入らない桂花の世話をしながら過ごし、
次の夜は流石に昨晩みたいに無茶をすると桂花の仕事に響くので
何もせずに生まれたままの姿で抱きあうだけに止め・・・ようとしたが、
結局、二人共やっと想いが通じたということで、
欲望に流されはしたが、ある程度加減することは出来た。

こうして桂花が曹操さんと約束した三日が過ぎたが、
城に向かったのは桂花一人。
曹操さんはそのことを咎めるでもなく、
「次はきっちり捕まえておきなさい。」
と、桂花に行ったのみであったそうだ。

こうして数日ほど陳留での生活が続いたが、
とうとう、私が陳留を発つ日が訪れた。

その日は家の門の前で二人で手を繋いでお別れをしていた。


「・・・喜媚。 本当に行くの?」
「うん、私もなんとか桂花と一緒に歩いていける道を、
探してみるから桂花も頑張ってね。
・・無理して怪我とかしたら嫌だよ?」
「わかってるわよ・・・もう功を焦って馬鹿な真似はしないわよ。」
「うん、荀桂さんにも桂花は良く頑張ってるって伝えておくから。」
「ん、書簡書くから・・ちゃんと返事よこしなさいよ。
あと、たまには遊びに来なさいよ。」
「わかってるよ。
出来る限り会いにいけるようにしてみるよ。」
「・・・うん。」
「・・・じゃあ、行くよ。
皆待たせてるし。」
「うん・・・」


そう返事はするが 桂花は私の手を離してくれない。
私も手を離すのは嫌なのだが、
お互いがこれから自分の生き方を曲げずに
それでも同じ道を二人で歩いて行けるようになるために、
しばしの別れはしょうがない。

私が手を握る力を抜くと、桂花が離さないと言わんばかりに
強くてを握ってくるが、徐々に手から力が抜け、
とうとう私達の手が離れてしまう。


「じゃあ、桂花、元気でね。」
「あんたもね・・・」


最後にそう言って私は門を出ようとした時、
桂花が私の所に走りこんできて 抱きつき、
私に接吻をした。


「ん・・・・じゃあね!
他所で変な女作るんじゃないわよ!」
「・・・またね、桂花。」
「またね!」


最後に見た桂花の顔は
満面の笑みを浮かべながらも、目の橋から涙が零れ落ちるのがわかった。
私も出来る限りの最高の笑顔を浮かべ、桂花の元を去った。


家から城門へと向かう途中、
見慣れない金髪と二本のくるくるの女性・・だと失礼なので、
見事な金髪ツインテールにパーマをかけ
その瞳には確かな意思の光が宿る小柄な女性と
その娘に付き従うように長身でつり目の長い黒髪の女性、
空のように蒼い髪を短く切り前髪だけ伸ばして片目を覆う女性が立っていた。


「わざわざ、曹操さんが見送りに来てくれたんですか?」
「そんなわけないでしょ?
視察の途中でたまたま鉢合わせただけよ・・・って桂花なら言うんでしょうね♪」
「そうですね。」
「もう一度 貴方に言っておくわ、
私は一度狙った獲物は逃さない。
必ず貴方も私のモノにしてあげるわ。
それまで、せいぜい元気でやんなさい。」
「それは怖いですね、
じゃあ、曹操さんの目が届かない所でおとなしくしていますよ。」
「桂花が私の元にいるのに、私の目の届かない所で会うなんて不可能ね。
まぁ、今はいいわ。
やるべきことが山積みだからそれが片付くまで英気を養っておきなさい。
私の元に来たらこき使ってあげるから。」
「おぉ、こわいこわい。」


私は鉄扇で口元を隠し、
相手の神経を逆なでするよな眼つきで曹操さんに向かってそう言い放つ。


「春蘭、アレを今すぐ切り捨てなさい。」
「お任せください!」
「すみませんでした!!」


どうやら、私のこの態度は 曹操さんの逆鱗に見事に決まってしまったらしい。


「喜媚、次そのムカつく態度をとったら その場で首を刎ねるわよ。」
「分かりました。」
「じゃあ、元気でやんなさい。
今度 陳留に着た時は私の所にも顔をだすのよ。
お茶をごちそうになりっぱなしじゃ悪いから、
次は私がお茶をごちそうするわ。」
「あの時のアレですか。」
「えぇ、貴方が私の分の代金まで払ったおかげでね。
あの店、アレからまた腕を上げたから
今度 桂花も連れて皆で行きましょ。」
「そうですね、楽しみにしています。」
「じゃあね。
春蘭、秋蘭、行くわよ。」

「「はっ!」」


去り際に夏侯淵さんがこっちに向かって手を振ってくれたので
私も手を振り返し、この日、私は陳留を発った。



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三十八話

許昌




陳留から許昌までの道中は、特に問題らしい問題もなく、
無事に許昌にたどり着くことが出来た。

この辺は、流石曹操さんのお膝元だというのと、
許昌もこの辺りでは治安がいいことで有名なので、
陳留、許昌間は比較的安全な道と言われている・・・と
同行した行商人や傭兵の人達が教えてくれた。


許昌に着き 一緒に旅をした人達と別れ。
私は、久しぶりの我が家に向かうことにした。

家に着いた私をまず最初に迎えてくれたのが 母さんだった。


「お帰り 喜媚。」
「ただいま 母さん。」
「疲れたでしょ? 荷物を置いてスポーツドリンクでも飲みなさい。」
「アレを その呼び方で呼ぶのは母さんくらいだね。」
「そうね、皆変な呼び方をするから。
仙水だとか力水だとか。」
「ただの蜂蜜とか塩とか果実の汁が入った水なのに。」
「アレを飲むと仕事が捗るそうよ。
さぁ、今日は私が料理をしてあげるから 今日はゆっくりしなさい。
その変わり明日からは貴方がやるのよ。」
「そこは、せめて一週間くらいは代わってくれても良いんじゃない?」
「嫌よ、面倒くさいもの。」
「・・・・はぁ、部屋に戻るよ。」


母さんは私に向かって手を何回か振った後、
調理場に向かっていった。


この日は久しぶりに母さんの手料理を食べたが、
やはり私の料理の腕は、まだ母さんに追いついていない事を実感した。

正直、洛陽や寿春、南皮、陳留と回って私の料理の腕なら
結構いいところまで行けるんじゃないか?
と自惚れていたのだが、まだまだ母さんには追いついていないようだ。


この日は母さんがお風呂を用意してくれたので、
お風呂で旅の疲れを癒して、翌日 荀桂さんに報告をすることにした。


そして翌日・・


「喜媚ちゃんいらっしゃい。」
「おひさしぶりです、荀桂さん。」


私が一人で現れた事で、荀桂さんは少し不安な表情をしたが、
すぐに、普段通りのニコニコとした表情に戻った。


「さぁ、座って。
お茶でも飲みながらゆっくり桂花の話を聞かせてちょうだい。」
「はい。」


屋敷の中に案内された私は、
南皮、陳留での私と桂花の話をしながら荀桂さんとお茶を飲み、
問題の 私と桂花の関係が変化した事を話した。


「本当!
喜媚ちゃんが一人で家に来た時は 少し不安になったし、
話を聞いていて 途中であの子を陳留まで行って叱りつけてやろうかと思ったけど、
最低限の合格点はあげられそうね♪」
「・・・荀桂さん、桂花に変なこと吹きこむのはやめてくださいよ。
房事の事といい、私と一緒にならなかったら別の男と婚姻させるとか。」
「あら? 桂花はお気に召さなかったかしら?」
「・・・黙秘権を行使させてもらいます。」
「もくひけん? なにそれ?」
「自分に都合の悪いことは話さなくても良いという権利です。」
「まぁ、私も二人の房事を聞こうとは思わないわ。
ただ、家の問題として子供を作るためにはそういった知識も必要なのよ。
抱かれればいいというものではないわ。
たくさんの子宝に恵まれるためにはそういった知識も必要なのよ。
私も実際 母から教わったし 家の旦那との経験も含めて
あの子には色々教えておいたから 喜媚ちゃんも若いんだし 楽しめると思うわよ♪」
「・・・そんな話聞きたくなかった。」
「まぁ、その話は今度お酒でも飲みながらゆっくりしましょう。
それで、桂花は曹孟徳さんの軍師になったのね?」
「えぇ、私から見ても曹操さんなら桂花を大事にしてくれると思います。
・・・ただ。」
「ただ、何?」
「あの人、特殊な趣味を持ってて、
女性を閨に連れ込んで・・・その色々するんですよね。
陳留では結構有名ですし。」
「あら、それじゃあ桂花が曹孟徳さんに取られないか喜媚ちゃんは心配ね。
でも、流石に女同士じゃ子供はできないし、
桂花も喜媚ちゃん捨ててまで女に走るとは思えないし、
そんな教育はしてないから 大丈夫だとは思うけど。」
「流石に私も、桂花と恋仲になって すぐ女の人に寝取られたとかしたら、
男として自信がなくなるとか以前の話になっちゃいますよ・・・」
「流石に桂花もそれはないと思うわよ、あの子はアレで一途だから。
主としては命がけで出世しようとしたのだから 曹操さんに尽くすでしょうけど、
恋や色事では喜媚ちゃんに尽くすと思うわよ。」
「そうであったら嬉しいんですけどね。」
「・・・それにしても功を焦って命を賭けるだなんてね。
よっぽど曹操さんの所が気に入ったんでしょうね。」
「そうですね、相性は良いと思います。
曹操さんは相応しい才を持つ人を身分で差別しませんし、
能力以上に邪心を持って重用することも無い 公平な判断の出来る人ですから。」
「喜媚ちゃんにそこまで買われてる人なら桂花は安心ね。
・・ありがとう喜媚ちゃん。
桂花のために命を張って大切なことを教えてあげてくれて。」
「いいえ・・私も この先桂花に無駄死はしてほしくないですし・・・
桂花には幸せになってもらいたいですから。」
「・・・うんうん、これならもう桂花の事は、
喜媚ちゃんに全部任せても大丈夫そうね。」
「私の出来る範囲でなら・・・」
「後は、二人が一緒に生きていけるような生き方を、
見つけてくれることを祈ってるわ。」
「ありがとうございます。」


正直、今回の結果は荀桂さんに怒られることも覚悟していたのだが
思いの外、あっさり受け入れてもらえて、
いままで緊張していた気分が一気にほぐれた。

話が一段落つき、乾いた喉を潤すためにお茶を飲もうとした時、
荀桂さんが思いもかけない一言を放った。


「それで、話は変わるんだけど、
荀衍と荀諶それと荀愔を喜媚ちゃんの妾にしない?」
「ブフゥ・・! ケホッ ケホッ・・・な、何を言い出すんですか!!」
「桂花が曹操さんの所で出世しそうだから、
後はあの三人を何とかすることなんだけど、
あの子達も桂花と一緒でなかなか見合いの話を認めないのよ。
いい話もあったんだけど、ウチの旦那が最近考えを変えたらしくて、
本人が望まないなら無理には婚姻させないつもりらしいから。
喜媚ちゃんの血なら、ウチの家に是非とも欲しいから
三人を側室にとってもらってその子達に家を継いでもらおうと思うんだけど。
桂花と喜媚ちゃんはそんなんだから、いつ子供が生まれるかわからないし。」
「だからってそんな事になったら私が桂花に殺されますよ。
それに三人も納得するかどうかわからないし。
そもそも荀愔さんは会った事もありませんよ!」
「あら? 私は相手が喜媚ちゃんなら三人は納得すると思うんだけどな。
荀愔はウチの旦那が言えば見合いくらいしそうだし、
意外に喜媚ちゃんと相性良さそうだし。」
「と、とにかく! 今は私にはそんな気はありませんし
農家の息子が嫁以外に側室持つなんてありえませんよ。」
「その辺が難しいのよね~、喜媚ちゃんがもっと出世してくれたら
安心して出せるんだけど、流石に今の喜媚ちゃんじゃ桂花はいいとしても
三人を出すのは反対意見が出そうだし。
まぁ、その辺は時期を見ましょうか。」
「お願いしますよ?
迂闊な事になったら 私が桂花に殺されるんですから。」
「その時は私も一緒に説得してあげるわよ。」
「・・・もう勘弁して下さい。」


その後は、もう少し細かく桂花の日常の暮らしや、
旅の間で有った色んな出来事などを話し、
翌日以降も、娘の色んな話を聞きたいと、
荀桂さんに頼まれたので しばらく荀桂さんの家に通うようになった。


この日から数ヶ月、私は月に最低一度は陳留に行くようになり、
数日陳留で桂花と過ごしたり、曹操さんにお茶を御馳走になったりしている。

家では前のように、試験用の畑で好きな作物を育てたり、
身の回りのモノで 改善できる物を探しては自分でいじったり、
鍛冶屋のおじさんや職人の人に相談して 色々改善している。

ろ過器やお風呂も鉄のパイプが耐熱性が増し、耐久性が上がったり、
井戸の滑車を鉄製のものに変えたり、
陳留への移動で馬に乗ることも多くなったので 馬に乗る練習もしている。
鞍や鐙を使えばもう少し楽に乗れるのだろうが
下手に作って市場に流通でもしたら大変なので、コレは作らないことにした。

後は鉄扇を今の私の身長や力に合わせて作りなおした時に、
鉄扇の絵柄に黒猫を描かれた時は微妙な気分になった。
どうも今の許昌では、私は頭の可哀想な娘ではなく
桂花の弟子と思われているようで、
今までは皆が私を見る視線は哀れみに満ちていたのだが、
数年前からは普通を通り越してやや好意的に見られるようになった。
買い物などをしていても おまけしてくれたりすることが多くなった。


そしてとうとう、黄巾の乱が起きた。


コレにより何進(かしん)さんが大将軍となり、
黄巾に対する対策を取ることになったのだが、
官軍の動きは悪く、一部で盧植さんなど功を上げている人達もいるが、
全体では鎮圧はむりで抑えるのに精一杯というところである。

なぜ、私がこんな事を知っているかというと・・・
今私は洛陽に居るからである。


なぜ洛陽に来たのかというと、
協ちゃんが会いに来るのならば早い内に来て欲しい、
と言っていたのを思い出したので、
許昌、陳留間は比較的安全だったので
では、洛陽も行けるのではないか?
と思った私は洛陽に行き協ちゃんに会おうと思ったのだが、
荀緄さんが尚書から済南相になってしまったので、私は宮中に入ることが出来ず、
協ちゃん達に以前貰った書簡を使って入るか、
それとも別の方法を探すか、又は帰るかの判断をしていた所で
黄巾の乱が本格的に動き出し、何進さんが大将軍となり、
洛陽防衛のために周辺の関に兵を配置、
黄巾の兵がそこらで暴れ回り行商人の行き来も減り、
傭兵は義勇軍や兵として登用され、
私は洛陽から移動できなくなってしまい、
今は宿で過ごしているが、その内 路銀も尽きてしまうので、
早い内に許昌に無理にでも帰るか、協ちゃん達に貰った書簡を使って会うか、
それとも洛陽で働きながら黄巾の乱が終わるまで待つか、
最悪 貂蝉さんの屋敷でお世話になるか選ばなければならなかった。


そうして考えた結果、私はとりあえず路銀をこれ以上消費しない為に
何処かの食堂で 住み込みで雇ってもらえるところを探したのだが、
元々 私が荀緄さんの屋敷に出入りしていたという事と
私の黒い猫耳頭巾が目立つということで
意外に私を覚えてくれている人達が多く、
すぐに住み込みで雇ってもらえる食堂を見つけることが出来た。
私が行きつけていた肉まん屋だ。

その食堂で働きつつ、折を見て協ちゃんに会いに行くのもいいし、
黄巾の乱が収まるまで待つのもいいだろうと思った。


「喜媚ちゃんが居ると喜媚ちゃん目当ての客が来るから繁盛して助かるぜ。」
「・・・あの 私男なんですけど。」
「知らね~奴が見たら女にしか見えないし、俺にとっては良い看板娘だぜ?」
「私は厨房で働く仕事を希望したはずなんですけど・・・」
「馬鹿言え、喜媚ちゃんに俺の料理見てもらったお陰で、
俺の腕が上がったって最近評判なんだ。
俺も腕には自信があったが、喜媚ちゃんには負けちまったからな。
この上喜媚ちゃん厨房で働かれたら店が乗っ取られちまう。」
「そんな事ないと思いますけど。
大将の料理も美味しいですし、特に肉まんは絶品ですよ。」
「とにかく喜媚ちゃんは調理場に立つのは禁止だ。
ホラ、お客が来たぜ。」
「はいはい、いらしゃいませ~♪」


こうして数ヶ月、私は食堂で働きつつ 黄巾の乱が収まるのを待っていた。

途中で左慈君が様子を見に来てくれたので、
母さんや荀桂さんに私の無事を伝えてもらい、
荀桂さん経由で桂花にも私の無事を伝えてもらうよう、
書簡でお願いしておいた。

そんな中、黄巾の乱で功績を上げていた盧植(ろしょく)さんを、
宮中の一部の者が嫌って追い落とし、
その後釜に董卓(とうたく)さんを呼び出して盧植さんの後釜にしていたが、
董卓さんが積極的に黄巾に対して積極的に攻勢には出ず 防衛に徹していた。

史実とは違い、私の知識として知る恋姫の彼女の性格からして、
黄巾に参加している賊はともかく流民などを討つことは出来なかったか。

それとも 賈詡(かく)さんが董卓さんが功績を上げて、
表の舞台に出るのを嫌ったのか、
功績を上げても盧植さんのように 宮中の者達に追い落とされては
兵を無駄に失うことになるのでそれを嫌ったのか。
理由は分からないが、丁原さんと協力して防衛に徹していたそうだ。

丁度この頃、呂布さんが黄巾の兵三万を相手に、
一人で立ち向かったという噂が流れたが、
流石にいくら呂布さんでも三万は無理だろうし、
この時代、報告は十倍に報告することが一般的だったので
おそらく 相手は三千くらいで、
呂布さんと戦った時に呂布さんの武勇に恐れて逃げ出したのだろう。
その噂に尾ひれがついて 呂布さん一人で三万と戦った、
と言う噂になって流れているのだろう。


さて、問題の天の御遣いの噂だが、
どうやら黄巾討伐に義勇軍を率いて参加してるらしいので、
おそらく劉備さんと合流したのだと思われる。
あそこは愛紗ちゃんや張飛ちゃん、
諸葛亮(しょかつりょう)ちゃんに鳳統(ほうとう)ちゃんがいるので大丈夫だろう。

私の知る通りに進むなら曹操さんの所と共闘するはずなので、
もしかしたら桂花と愛紗ちゃんが会ってるかもしれない。




--荀彧--


「お久しぶりです桂花殿。」
「ひさしぶりね愛紗・・・アレがあんたが主として認めた子?
どっちが主なの?」


私は華琳様と話している劉備と北郷一刀とかいう男を見て愛紗に尋ねる。


「どちらが・・と言うよりも両方です。
桃香様は大変心の優しい方で誰よりもこの国の民のことを心配してらっしゃいます。
まだ、いろいろ至らないところもありますが、
それは私達が支えていけばいいと思っています。
ご主人様の方は・・あのお方は天の御遣いなのです。
実際 私や桃香様が噂通りに流星が落ちてきた地点を見に行ったら、
あの方がおられたのです。」
「ご主人様? 変わった呼び方をしてるのね・・・あの男の趣味? まぁいいわ。
華琳様もその噂を確かめに行ったらしいけど、遠くて確認できなかったそうよ。
あんた達のほうが近くにいたんでしょうね。
・・・あの男が天の御遣いかどうかはともかくとして。」
「私達が確認しに行った時は、流星が落ちた所にご主人様が倒れていました。
天の御遣いということもありますが、
あの方も桃香様同様に この国の民を思ってらっしゃいますし
その覚悟もコレまでの戦いでついたと思っています。」
「そう・・・だけどあんたわかってるの?
天の御遣いなんて名乗らせたら、天子様に反旗を翻していると思われるわよ?」
「それも考えたのですが、今は民の心を安心させるための道標が必要だと思います。
コレは軍師の朱里や雛里も同様の考えで、
今はまず民を安心させたいと言う考えのようです。」
「そう? 私には義勇兵を集める口実に使ってるようにしか見えないのだけど?」
「・・・その部分も否定はしません。
最初はご主人様も自分がそう名乗ることで人を集められると考えたようですし。
・・ですが! コレまでの戦で、
ご主人様も本心からこの国の民を何とかしたいと考えておられます。」
「そう・・・なら私が言うことはなにもないわ。
いつか天の御遣いを名乗ったことを後悔しないように気をつけなさい。
特に今後 洛陽に居る奴らを相手にする時は。
奴らはそこを突いてあの男を処刑するくらい平気でやってくるわよ?
今ならまだ間に合うわよ?」
「ご忠告として聞いておきます。
・・・それより、喜媚殿はどうされたんですか?
てっきり今日一緒に会えると思って楽しみにしていたのですが・・・」
「あの馬鹿は洛陽よ・・・何を考えたかしらないけど、
黄巾の連中が馬鹿騒ぎしてるこの時期に、
あの 馬鹿 は! 洛陽にのこのこと出かけていったのよ!」
「そうなのですか・・・ご一緒じゃなかったんですか・・・残念です。
せっかく久しぶりにお会いできると期待していましたし、
私の主や仲間達を紹介したかったのですが。」
「そのうち会えるでしょ。
書簡が届いてきたから 一応無事みたいだし。」
「そうですか、無事なら何よりです。」


この女・・・愛紗は危ないわね。
喜媚の事をどう思ってるか詳しくはわからないが、
あの馬鹿が私と一緒に居ないことを聞いた時の落胆のが かなり激しかったし。

それにこの忌々しい乳!! コレは明確な敵に違いない。
喜媚をこの女に近づけさせないように気をつけないといけない。




--喜媚--


そして更に時が流れ、私もいい加減 協ちゃんに会うかどうか決めないといけない。
何度か宮殿の前まで行ったのだが、
なにやら物々しい雰囲気で、宮中に入るのも以前のように簡単には行かず
門前で検閲しているようなので私のような一般人が行った所で
門前払いされるのがオチだと思ったので 今までは見るだけで済ませておいたのだが、
流石にこれだけ時間が経ったのと、
黄巾の乱がどうやら鎮圧に向かって居るという事で、
そろそろ厳戒態勢も解かれたのではないかと、何日かおきに見に行っている。


そうして更に時がすぎ、とうとう黄巾の乱が鎮圧された。


私の知る通り、張角(ちょうかく)達三姉妹は、
曹操さんの所の夏侯惇さんに討たれたという噂が流れ、
今回の功績でそれぞれの諸侯に領地や官位が送られ、
劉備さんの所も領地を貰い、私の知る恋姫の蜀ルートを追う動きになってきている。

このまま行けば、最後には劉備さんの所が勝利し、
桂花も死なずに全てが丸く収まると私は安心していた。



・・・この時の私は まだ何処か心の隅でこの世界を物語として俯瞰して見ていた。

実際にこうして洛陽で暮らして居る人達と交流しているのにも関わらず、
私はまるで物語でも見るように状況を見ていた。



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三十九話

洛陽




黄巾の乱が鎮圧されたことで、洛陽内な雰囲気もだいぶ穏やかなものになり
宮殿での物々しい雰囲気もなくなったが、
宮中のお偉いさん方の間で怪しい動きが目立つようになってきた。

コレは私が食堂で働いていたため、
お客の会話から幾つか聞いた話をつなげていった結果わかったのだが、
霊帝様の体調がかなり悪いらしく、下手をしたら今日明日にも危ないらしいのだ。
そこで次代の皇帝を誰にするかで揉めているらしく、
宦官やその中でも最も力のある十常侍達、何進大将軍、その異母妹
さらに様々な者達の色々な思惑の中で策謀が繰り広げられている。

そんな中、とうとう霊帝が崩御し、何進さんの暗殺未遂事件。
それに怒った何進さんによる報復行動、
少帝弁の即位と目まぐるしく政治が動いていく。
何進さんは報復のため宦官を排除しようと袁紹さんや袁術ちゃん等を呼びだし
王匡(おうきょう)さん、橋瑁(きょうぼう)さん、
鮑信(ほうしん)さん、張楊(ちょうよう)さん、張遼(ちょうりょう)さん等に
兵や兵糧を集めさせると共に、
黄巾の乱の後の周辺の治安維持のために動いていた董卓さん、丁原さんの軍を呼び出し
本格的に動き出そうとしていた。


ここまでの事態になって、ようやく私のヘタレな心も決まり、
協ちゃんに一度会いに行く事にした。

弁ちゃん協ちゃん達がもし宦官の娘だったら、
最悪 今回の宦官排除で彼女達の身も危ないだろう。
何進さん側の配下の娘だったとしてもこの騒ぎで身に危険が及ぶ可能性があるし、
その騒ぎの中で命を落とそうものなら悔やんでも悔やみきれない。
本人達もわかっているだろうが、
もし まだ現状を把握していないなら宮中で、
怪しい動きがあると言う事を警告してあげたいし
騒ぎの時に、宮中から逃げ出すにしても逃げ場がなかったりしたら、
私が匿ってあげることもできるし、
もし彼女達が何らかの形で親を失い 自分達生きていけないというのなら、
私が許昌で匿うのもいいだろう。
少なくとも 彼女達に宮中の外での生活能力があるとは思えない。
彼女達からもらったこの書簡で宮殿に入れるかどうかわからないが
二人は友達だから、出来るだけのことはしてあげたい。

そういった理由で、私は書簡を持って洛陽の宮殿に向かった。


洛陽の宮殿に向かうと、
宮殿に入るために様々な人が並んで検査を受けている。
以前はここまで厳重ではなかったのだが、
黄巾の乱以降、さまざま事情で宮中の人への面会の人が増え、
それと同時に何進さんの暗殺未遂事件があったので 警戒が厳重になっているのだ。

しばらく待っていると私の順番が来たので、
検査をする兵士の人に宮殿に来た理由と入城に際して、
宮殿内部の人の紹介状などがないか、
武器を持ち込んでいないかなどを検査される事になった。


「あの、この書簡を書いたお方に面会したいのですが。」


そう言いいながら私は二人から預っていた書簡が入った箱を兵士に渡し、
中身を確認してもらうのだが・・・どうも様子がおかしい。
最初は兵士の人達が、私のように書簡に書かれた文字が古くて達筆なため、
文字をはっきり読むことが出来ないのかと思ったが
その内、確認できる文官を呼びに行くから待つようにと言われ 待っていたのだが、
私の後ろの方で並んでいた人達が、
あまりにも確認に時間がかかりすぎているので騒ぎ出し
その中の内の一組が、私達のところにやってきた。


「何をちんたらやってるのよ!
こっちは急いでるのよ?」
「何者か知らぬが、ちゃんと列に並ばれよ!」
「コレを見ても同じことが言えるの?
私達は何進大将軍から呼び出されて わざわざ兵を連れてやってきたのよ?」


そう言うと、緑の長髪を左右に編み上げ、
眼鏡越しに見える瞳は本人の気性を表しているのか、
気の強そうなつり目で、身長は私より少し低いくらいだろうか?
ミニスカートに黒のストッキング、黒のブーツ(?)を履いている。
・・・・私の記憶に間違いがなければ、賈文和 賈詡さんだ。
その後ろには肩まである青みがかった白髪に気の弱そうな表情で、
賈詡さんをなんとか宥めようとしているが
声をかけるタイミングを失ったのか、
あわあわと どうしていいか分からない様子の董卓さん、
それに控えるように、肩までの紫がかった灰色の髪に
上半身は肌の露出の多い服装だが、そこから見える筋肉等は
女性らしさと武人としての鍛えあげられた肉体と
両方を持ち合わせた不思議な魅力を放つ華雄(かゆう)さんと何人かの護衛兵が居た。


彼女は紙の書簡を広げ兵士に突きつけると、
兵士の表情がどんどん青ざめたものへと変わっていく。


「こ、コレは失礼いたしました!」
「わかったらいいのよ。 それで? 何を揉めているのよ。」
「実はこの者が持参した書簡なのですが
あまりに不自然なものが多く、我々では判断できかね無いので
上の者に確認のため連絡をとっているところなのですが・・・」
「騙りじゃないの? まぁいいわ、ちょっとその書簡見せてみなさいよ。」
「は、っはい!」


そう言うと賈詡さんが私を怪しいものを見るような目で一瞥した後、
私が持ってきた書簡を読み始めるが、
読み進めるに従って顔がこわばっていき、最後には顔面蒼白で頬を引き攣らせている。


「あ、あ、あんた? こ、コレをどこで手に入れたのよ?」
「・・・大丈夫ですか?」
「いいからボクの質問に答えなさいよ! コレを何処で手に入れたのよ!?」
「えっと、そこの最後の方に連名で二人の名前が書いてあると思うんですけど
その二人から直接もらったんですけど?」
「何処で!」
「ここの宮殿の中の庭園でですけど?
もう何年か前になりますけど、まだ二人が幼かった頃に書いてもらったんです。
それでこの宮殿に入れるかどうかわからないが、
その書簡を持って来れば私が来た事が自分達の耳に入るだろう、
だから困ったら使えと言われて・・・やっぱり何かまずかったですかね?」
「まずいも何もないわよ!!
あ・・・うん、失礼しました。
大変まずい事になりますので、
よろしかったら私達と同行していただけますでしょうか?
私達と同行していただき、
この書簡があればお二人にご面会する事ができると思いますので。」
「? どうしたんですか? 話し方急に変わりましたけど。」
「・・・同行して い た だ け な い で しょ う か ?」


賈詡さんはコメカミに血管を浮かせて引きつった笑顔で、
私に同行するように進めてくる。
賈詡さんの態度がここまで急変するのだ、
よっぽどまずい事でも書いてあったのだろうか?
賈詡さんの後ろでは董卓さんがどうしていいものかと 今もあわあわと慌てている。


「分かりました、とりあえず皆さんに同行すれば二人に会えるんですね?」
「・・そう取り計らわせて頂きます。」


こうして私は董卓さん達一行と一緒に宮殿内に入ることにしたのだが、
賈詡さんが董卓さんとヒソヒソと話をしながら私を宮中へと案内するのだが、
その様子が、あからさまにおかしい。
時折 私の方を見てはコソコソと何か話している。


「あの~やっぱり何かまずかったですかね?」
「・・・貴女もしかして 何も知らずにこんな物騒なモノを持ち込んできたの?」
「え? それってそんなに物騒なものなんですか?」
「物騒も何も、これ一つでヘタしたら私達や貴女の首が簡単に飛ぶわよ?」


何やら賈詡さんが物騒なことを言っているが、
話し方は元に戻っている事から、
私の出自が そう上の方の人物ではないと見定めたのだろう。


「え゛?」
「当たり前でしょう? ココに書かれてある二人から直接もらったのなら、
読んだ上で無碍に扱えば勅令無視と不敬罪で。
貴女が騙りならこんな文章を偽造したうえ、
ココに押されている印の偽造なんて それだけで死罪ものよ?」
「あの~あの二人ってそんなに偉い娘・・偉い方なんですか?」
「あんた本当に何も知らないの?」
「はい、二人からは弁、協と呼べと言われただけで
本名はわけあって話せないと言われてますし、
その書簡も古い言葉な上達筆なので読みにくくて・・・」
「この書簡を書いたお二人はね、少帝弁様とその妹の劉協(りゅうきょう)様よ。
そして押されている印は伝国璽。」
「・・・・・・は?」
「貴女大丈夫? ちゃんと聞いてた?」


私は賈詡さんが言った言葉を何度か頭の中で反芻して、
なんとか理解しようと努力する。


「まって! ・・・と言うことは? あの二人は先代の霊帝様の娘で?
弁ちゃんの方は今の天子様?」
「そうよ、だからまずいのよ。
読んでしまった以上、ボク達が貴女を無碍に扱えば、
皇帝陛下のお客を無碍に扱ったという事と同義になるのよ。
そして もし騙りならあんたは公文書の偽造と皇帝陛下を侮辱した罪になるのよ。」
「・・・・ま、まずいじゃないですか!?
あの二人・・・なんて物を私に渡したんだよ!」
「まぁ、貴女はコレを作った人が本人である事を祈ることね。
それ以外だったら即 死につながるのだから。」
「・・・・・最悪だ。」
「だから物騒な物だって言ったでしょう。」
「詠ちゃん、そんな脅すようなこと言わなくても・・・
この娘も悪気があったみたいじゃないから。」
「月は甘いのよ! こんな事に巻き込まれて・・・
っていうか私が勝手に首を突っ込んだ形なんだけど、
私達にもコレはまずいのよ?
コレが本物だったらこの娘の扱いでなにか言われるかもしれないし、
偽物だったら、くだらない話を持ってくるなと叱責されるかもしれないのよ?」
「でも、詠ちゃんが話に横から入ったのがいけないんだから・・」
「うっ、それを言われると私も辛いのよね・・・
はぁ、まったく。 余計な事しなければよかった。」


その後、無言で足取りも重く宮中を進んでいくのだが、
少し離れた所で怒声と破壊音が聞こえてきた。


「またんかいコラァ!!
この神速の張文遠(ちょうぶんえん)から逃げられると思んなや!!」
「っち・・・!
おい、お前達足止めをしろ!」
「「はっ!」」
「離すのじゃ! は~な~す~の~じゃ~!!」


何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる方を見ると、
そこには宮中でありながら刃物を持った複数の男達と
その男達に抱きかかえられた見覚えのある少女、協ちゃんだ。
その男達を追うように、
無手の張遼さんが二人の武器をもった男達に足止めをされていた。


「協ちゃん!!」
「む、その声は・・・喜媚か!!
喜媚! 助けてたもぉ!!」
「協ちゃん!」
「ちょっと貴女!」


私はすぐに協ちゃんを抱えた男達を追うために飛び出す


「エエ所に来たなあんたら、そいつら捕まえるの手伝ってや!
そいつらが何進様を暗殺して劉協様を攫ったんや!」
「「「えぇ!?」」」
「何進様が暗殺って・・・」
「ちょ、月! 今は劉協様をお助けしないと!
華雄!!」
「任せろ!!」
「あんた達も半数は追うのよ! 劉協様には傷ひとつ無いようにね!
残りはボク達と馬と兵を連れてくるわよ!
何進様を暗殺して劉協様を攫おうなんて奴らよ、
必ず裏で手を引いてる奴らが居るはずよ!
華雄についていって追う者達は 奴らが何処に逃げようとしてるのか分かり次第、
私達の所に報告するのよ!
ほら月行くわよ!」
「え、詠ちゃんもっとゆっくり走って~。」
「「「「「「はっ!」」」」」」


私は足止めされている張遼さんが相手している内の一人を、
背後から鉄扇で殴りつけて倒し、協ちゃんを攫った男達を追う。

無手とは言えそこは神速の張遼さん、武器を持った二人を何とか無傷で倒し、
私の後に続いて、華雄さん張遼さんそれに董卓さんの兵士が数人着いてきて
一緒に協ちゃんを攫った男達を追う。


「助かったわ、あんた名前は?
ウチは張遼や。」
「喜媚で結構です、今は協ちゃんを助けないと。」
「華雄だ、董卓様の一の槍だ。
後ろの者達は私の部下だ。」
「ほんなら一時共闘といくで!
劉協様に怪我を負わせんようにな、それと別口で天子様も連れ去られてもうた。
おそらく犯人は十常侍や宦官の連中や、
奴ら前に何進様の暗殺が失敗して以降なんとか復権しようと躍起になっとる。
陛下を拐ってどこぞの諸侯と組んで復権を狙うつもりや!」
「犯人の証拠は何かあるんですか?」
「それが何もないんや、アイツらそういう手口だけは一流やからな。」
「犯人探しは後でもできるだろう、
今は劉協様をお救いすることだけだ。
董卓様の一番槍、この華雄の武を劉協様にお見せするいい機会だ!」


お互い今の状況を確認しながら走るが、
流石にこの国の武官ともなると足も早い。
身長差もあるのか、先行した私にあっさり追いつき、
今は並走している状態だ。


「奴ら東の門から出るつもりやな、
あそこには馬も馬車もあるから そこまでに追いつけんとちょっと厄介やで。」
「聞いていたな! 東だ、一人急いで賈詡に伝えろ!
騎馬の用意をさせるんだ。」
「はっ!」


華雄さんがそう指示を出すと一緒に追っていた兵士の内の一人が逆に走りだし、
賈詡さんへの報告へ行く。


「っち、面倒な、 おい、二人で時間を稼げ!」
「「はっ!」」


逃げていた男達の内二人が止まって剣を抜き、
コチラに向かって身構える。


「厄介やな、誰か棍でも持ってへんか?」
「ココは宮中だぞ、武器など持ち込めるか!」
「っち、さっきの奴らの剣取っとくんやった。」
「なら私が剣を抑えますのでその間に張遼さんと華雄さんで倒してください。」
「大丈夫なんか?」
「この鉄扇なら剣を受けるくらい平気です。」
「それ鉄扇やったんか、なら任せたで!」
「っち、私も武器があればあんな者達など一閃で真っ二つにしてやるものを。」
「アホか! 宮中で流血沙汰起こしてどないすんねん。」
(そうか。宮中だからなるべく血を流さないようにしないといけないのか・・・
だったら鉄針は使えないな・・・・そうだ、これなら!)


私は速度を上げ 武器を構える二人の内、
一人に 持っていた飴が入った袋を投げつけ牽制し、
もう一人の剣を鉄扇で正面から受けて 一瞬だけ鍔迫り合いの状況に持ち込む。


「張遼さん!」
「任せときや!」


私が一人の剣を抑えた隙に張遼さんが男を抑えこむ。
その間に飴の袋で牽制した男が切りかかってきた所を鉄扇で受け流し・・


「華雄さん!」
「おう!」


剣を受け流したことで体勢が崩れたところへ
華雄さんがもう一人の男の顔面を殴りつける。

その間に 協ちゃんを攫った男達との距離が空けられてしまい、
外が見える所まで逃げられてしまう。


「こっちは片付いたで!」
「こっちもだ!」

「喜媚ぃ~!!」

「協ちゃん!! すぐに追いますよ!」
「任せとき!」
「おう!」


二人は男達から取り上げた剣で武装し、
私達は男達を追って宮殿の東の出口、
張遼さんが言うには近くに厩舎があるそうなのだが
そこに逃げられる前に男達を捕まえ、協ちゃんを救出するために私達は駆ける。



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四十話

洛陽




私、張遼さん、華雄さん、兵士の人二人、
私達はこのメンバーで 拐われた私の友達である協ちゃん、
劉協様を救出するべく、
拐った男達を追って宮中を走り回っているのだが、
男達の仲間に足止めされたせいで 宮中で取り押さえることが出来ず、
とうとう外に出られてしまう。

そこにはすでに用意していたのか、
貴人が乗るような屋根付きの馬車と騎馬が四頭あり、
私達が追いつきかけた時には、劉協様が馬車に乗せられるところだった。


「喜媚ぃ~!」
「協ちゃん!」
「っち、アイツらやっぱり馬で逃げよるつもりか!」
「そうはさせんさ!」


私達は追いついて馬車を止めようと一気に駆け寄るが、
協ちゃんを連れて馬車に乗り込んだ男以外の数人の男達が
私達の足止めをするべく襲いかかってきた。


「本来のウチの得物とはちゃうけど、
お前ら相手やったらコレで十分や!」
「宮殿の外だ、ここなら切っても問題なかろう。」
「私は一人くらいしか相手出来ませんよ?」
「はっ、私一人で十分だ!」
「アホか、時間がないんやから手分けしてかたずけんかい!」


私達は協ちゃんを拐った男達と交戦するが、
相手はそれほど武に長けているわけではないようで、
一人二人なら私でもなんとか相手にできそうだったが、
張遼さんと華雄さんが私が一人を相手にしている間に、
ほとんど全員片付けてしまった。


「ふん、口ほどにもない。」
「っち、言うてる場合か、馬車が出てしまったやんか。」
「町中ならば そう速度も出せんだろう、追いついてやるさ!」
「必ず協ちゃんを助けます!」
「おい、一人賈詡の所に行って状況を知らせてこい!
相手は馬車と騎馬四騎、東に向かっている 行け!」
「はっ!」
「ウチは馬取ってくるさかい、追うのは三人に任せたで!」
「私の分も取ってこいよ!」
「取れる分取ってきたるわ!
あの馬車には劉協様だけや無くて、天子様も乗ってる可能性もあるから
下手に馬車潰すんやないで。」
「っち、金剛爆斧があればあんな馬車真っ二つにしてやるのに。」
「それをするんやない言うてんのや!」


一旦ついてきてくれていた兵士の内の一人が賈詡さんへの報告に向かい、
張遼さんは馬を調達しに行く、
私と華雄さん、残りの兵士一人で協ちゃんの乗せられた馬車を追う事にした。

私達は馬車を追うが、町中で速度が出せないとはいえ、
流石に馬に追いつくのはかなりしんどく、
なかなか距離が縮まらない。
東の方向に向かっているようなので、東の城門から外に出るつもりなのだろう。
賈詡さん達が兵を指揮してうまく足止めしていてくれたらいいが、
この短時間ではそこまでは期待できない。

逃げる彼らは馬車で人を轢くことなどお構いなしに速度を上げていくので、
距離が縮まるどころが、どんどん離されていく。

こうして東の城門まで着たが、やはり賈詡さん達は間に合わなかったようで、
城門はいつも通り開けられ、
馬車は門番の兵士の制止も聞かずにそのまま走り抜けていってしまう。


「まずい、外に出られたら本当に追いつけなくなる!」
「っち、せめて馬があれば・・。張遼はなにをやっているんだ!」


私達が東の城門を通り過ぎ、馬車が速度をあげた所で、
後方から馬が近づいてくる音が聞こえてきた。


「待たせたな! 二頭しか用意でけへんかったわ。」
「遅いぞ張遼!」
「こっちやって精一杯急いできたんや!
文句あるんやったら乗んなや!」
「今はそれどころじゃないですよ!
華雄さんは空いた馬に乗ってください、
張遼さん、二人乗りできますか?」
「喜媚くらいチビやったら大丈夫や、ホラ。」


そう行って張遼さんは馬の上から手を伸ばしてきたので、
私はその手に捕まって張遼さんの後ろに乗る。


「華雄、すぐ取ってこれた得物は戟と戈しか無かったから、
両方持ってきたけど お前はどっちや?」
「戟だ、よこせ!
お前! 敵は街道を東に向かっている、賈詡に伝えろ!」
「はっ!」


張遼さんは馬車を追いながらも器用に華雄さんに武器を渡す。
武器を戟に持ち替えた華雄さんも馬の速度を上げ一気に馬車に迫っていく。


「さぁ、馬に乗ったらウチに敵う奴はおらへんで、
一気に追いついて劉協様を助け出すで~!」
「騎馬は得意ではないが、董卓様のためにも貴様に負けてはおられん!」
「二人共目的は協ちゃんですよ!」


私達は、騎馬二頭で馬車を追う、
流石に相手も馬車の速度に合わせて走らねければいけないのと、
張遼さんや華雄さんの乗馬技術が優れているので、
すぐにでも追いつけそなのだが、
馬車の護衛についていた四人の騎馬の内 二人がコチラに向かって転身してきた。


「また足止めかいな!
華雄! こっちは二人乗りやからしんどい、
お前があの二人を仕留めてから追ってこいや!」
「っち、しょうがない。
すぐに片付けて追いついてやるさ! はぁっ!」


そう言うと華雄さんが二人の方にまっすぐ向かっていき、
張遼さんは少し逸れて走り、
敵の一人が戈で攻撃してきた所を持っていた戈でいなして そのまま走り抜けていく。

後ろの方から華雄さんの名乗りが聞こえてくるが、
私達はそれを無視して、馬車に向かう。


「張遼さん、一瞬だけでいいので馬車の横を通り抜けられますか?」
「できるけど どないするんや?」
「私が一緒に乗っていたら張遼さんが本気で戦えません、
横を通り抜けるのと同時に、
私が馬車に飛び乗りますのでしっかり馬を抑えててください。」
「ほんまにやるんか?」
「コレでも母にしごかれてますので大丈夫です。
失敗したら私を放って置いてなんとか馬車を止めてください。」
「よっしゃ、任せとき!
ホラ、コレ持って行き。
宮中で奴らから奪った剣や。」
「ありがとうございます。
うまく飛び乗れたら御者を倒して馬車を乗っ取りますけど、
・・・馬車ってどうやって止めるんですか?」
「ゆっくり手綱を引いたらええ、そしたら速度が落ちる。
一気に引いたら馬がびっくりするからゆっくり引くんや。」
「分かりました。」


そう言うと張遼さんは更に馬の速度を上げ、
馬車の左側面から近づいていく。
馬車の左右を守っていた敵の騎馬が気づいて張遼さんを止めようとするが
流石に馬上での張遼さんは強い。
あっさり相手の攻撃を捌き 戈の石突きで殴りつけ相手を落馬させる。

そして馬車の側面に近づいた所で・・


「喜媚今や!」
「はい!」


馬に乗る練習をしてるとはいえまだ 慣れない馬の背中から私は馬車に飛び移る。
なんとか馬車に飛び移ることが出来たが、
掴む所があまりないので剣を馬車の屋根に突き立て、
その剣を掴むことで体勢を立て直す。

剣を突き立てた所で、馬車の中から二人の女の人の悲鳴と、
男の声が聞こえてきた。

私は鉄扇から鉄針を取り出すと、
馬車の屋根の上から御者の頭を殴りつけ、鉄針を首に差し込む。

意識を失い倒れこむ御者を蹴り飛ばして御者席から蹴り落とし、
馬の手綱をゆっくりと引いて馬車を止める。

張遼さんの方は私が馬車を止めている間に、
もう一人の方も倒してしまったようで、
その後ろから華雄さんもすぐに馬車に追いついてくる。


「おぉ~うまくやったな喜媚。」
「な、なんとか・・・」
「ならば早速劉協さまをお助けせねば。」


すぐさま馬車の扉を開けようとする華雄さんを、
私は御者席から急いで降りて止める。


「なん (し~! 中に協ちゃん以外に最低二人乗ってます。) わかった。)
(私が馬車の下に隠れますからお二人は
扉を開けた時の強襲に備えてください。)
(わかった。) (任せとき。)


その後、私が馬車の下に隠れて鉄針と鉄扇を用意し、
いつでも奇襲できるように備えた所で、
華雄さんが扉を開けると、
中から短刀を協ちゃん以外の女の人に突きつけて男が出てきた。


「それ以上近づくな! それ以上近づいたら少帝弁の命はないぞ!」
「貴様ぁ! 陛下を人質に取るとは何たる不敬だ!!」
「なんとでも言うがいい! このような飾り者、
我等がいなければまともに政治もできぬ愚か者ではないか!」
「お前らが陛下を軟禁して好き勝手やって私腹を肥やしてるだけやないか!」
「この国を治めてやっているのだ!
多少我等が潤った所で仕事に対する正当な報酬というやつよ。」
「何処まで腐った奴だ!」
「おっと近づくなよ・・その内我等を迎えに兵がやってくる、
そうしたら貴様ら如き武将二人では、
多少武に心得があろうと数には勝てまい。
それまでは時間稼ぎをさせてもらうぞ。」
「くっ、卑怯な。」
「何処まで腐ったやつや!」


華雄さんと張遼さんが少し大げさに騒いで気を引いてる間に、
私は馬車の下から出て二人に目配せしてから 短刀と少帝弁様の間に鉄扇を置き、
鉄針で男の背後から短刀を持っている腕を突き刺す。


「な!? 痛っ ぎゃ~!!」
「二人共!」
「よっしゃ!」
「任せろ!」
「殺しちゃダメですよ!
情報を引き出さないと!」
「わかっている!」


華雄さんは男の顔面を殴りつけ、
倒れた男を、張遼さんが取り押さえる。


「大丈夫でしたか、少帝弁 陛・・・下?」
「え?・・・・喜媚・・様?」


そこには泣きはらして目を真っ赤にして、
涙を流す弁ちゃんが居た。


「姉様!」
「・・え? 劉協! 大丈夫でしたか?」
「妾は姉上がかばってくれたおかげで大丈夫じゃ!
・・・ん? 喜媚!!
お主が妾と姉様を助けてくれたのか!?」
「私だけじゃないよ、張遼さんと、華雄さんも一緒だよ。」
「そうか! じゃがよう来てくれた・・・ほんに よう来てくれた!
前に喜媚からもらった組紐が切れた時に願いが叶うというのは、
本当じゃったんじゃな・・・今朝方髪を結おうと思ったら切れてしまったから
何かあるかもしれぬと思ったが・・・」
「うん、二人が霊帝様の娘だと言うのにはびっくりしたけど、
二人共無事でよかったよ・・・」
「喜媚・・・」
「喜媚様・・・」
「三人とも悪いけどすぐにここから 洛陽に戻らんとまずいことになるで。
こいつが言ってた事がほんまなら、
もうすぐココに兵がやってくるで。
その前にこの馬車使こうて宮殿に戻らんと。」
「そうだな、流石に陛下と劉協さまを守りながら戦うのは厳しいな。」


すると弁ちゃんが私の背後に回って怯えるように叫ぶ。


「い、嫌です!!
もう、もうあんな所へは戻りたくありません!」
「姉様・・・」
「陛下、なぜですか?
このままココにいてはいずれ敵の兵が来て、
陛下や劉協様が連れ去られてしまいます。」
「もう、あんな所 嫌なんです・・・
宮中での私はただのお飾り、私が何を言っても誰にも聞いてもらえず、
皆の策謀の道具にされ、散々使い潰された挙句、
子を生むための道具にされる・・そんな目に会うくらいなら・・・」


そう言うと弁ちゃんは落ちていた短刀を拾い、首に当てる。


「これ以上そんな目に会うくらいなら この場で自害したほうがマシです!」
「「陛下!!」」 「姉様!!」 「弁ちゃん!!」
「・・・劉協ごめんなさい・・・
貴女を守る為にがんばってきたけど、もう限界なの。」
「姉様・・・止めてください!
姉様を失ったら妾はどうずればいいのじゃ!
もう家族は姉様しかおらぬというのに!!」
「ごめんね、劉協・・・喜媚様、私の最後のお願いです。
劉協を、妹をお願いします。」
「弁ちゃん!」
「ね、姉様が自害するなら妾もココで死ぬぞ!!」
「協・・・お願い、貴女には私の分も幸せになってほしいの。
だから貴女は・・ 「姉様が死んで妾が幸せなはずないであろう!」 ・・・劉協。」
「姉様、お願いじゃから妾を一人で置いていくのは止めてくだされ。
妾の一生のお願いじゃ・・・」
「劉協・・・」


私達が協ちゃんが弁ちゃんを説得している様子を見ていると
東と西の両方から砂塵が見えてきた。


「ち、二人共話は馬車の中でゆっくりしてや!
東の砂塵は敵の兵やろう、だが西は・・」
「おそらく賈詡、董卓軍の騎馬隊だ。
ようやく追いついてきたのだろう。」
「とにかく、二人は馬車の中に!
このままじゃ敵に捕まるから 話は馬車の中でゆっくりしてて!」
「う、うむ、姉様 さぁ!」
「でも、劉協・・・」
「ここで奴らに捕まっては何もならぬ!
さぁ!!」
「・・・うん。」
「張遼さん! 馬車を使って少しでも西の方に!」
「馬の扱いやったら任せとき!
華雄、お前は馬車の護衛や、喜媚もウチの乗ってきた馬に乗り!」
「おう!」
「はい!」


こうして私達は張遼さんの操る馬車を護衛しながら董卓軍に合流するために、
西に向かった。

移動していると、徐々に砂塵上げて走る騎馬隊が見えてきて、
騎馬隊が掲げている旗には賈と書かれていることから
賈詡さんの騎馬隊だということがわかる。

しかし騎馬隊の数は少なく、
五十騎弱といった所だろうか。


馬車と賈詡さんの部隊が合流すると、
賈詡さんが前に出てきて状況を聞こうとする。


「華雄! どうなったの!?」
「とりあえず陛下も劉協さまも無事だ、そっちはどうしたんだ?
えらく騎馬の数が少ないが?」
「こっちも大変だったのよ!
洛陽の宮中で袁紹と袁術達が何進様を暗殺した罪で、
宦官と十常侍を殺して回ってるのよ!
そのせいで 宦官が紛れて逃げるかもしれないからって、
あまり大量の兵を出せなくなって、
取り合えずボクが理由を説明してすぐに動かせる騎馬全部動かして連れてきたの。
歩兵も直に着いてくるわ。」
「こっちも厄介なことになってな、
とりあえずまずは陛下達を拐った奴らが兵を率いて東からやってくるから、
それを何とかしないことには・・・」
「あそこに見えてる砂塵がそう?」
「あぁ、このままだと直に追いつかれるな・・・かと言って洛陽にも戻れんし。」
「なんでよ! ボク達が殿を引き受けて洛陽まで逃げきれば大丈夫でしょう!?」
「・・・陛下が洛陽に戻るくらいなら自害すると言ってな。
いま劉協様が説得されている。
それが終わるまでは洛陽に戻れん。
無理に戻ったらそれこそ陛下が自害しかねん。」
「・・・なんでそんなこ事に!」
「理由は後で詳しく話す。
まずは奴らを何とかせんと・・・」
「・・とりあえず馬車を中心に方円陣を組むわ。
それまでは防衛に徹して歩兵が追いついて来たら何とか押し返せると思う。
あの砂塵の量だと敵は百~二百もいないわ。
歩兵は五百は持ってこれるから押し返せるはずよ。
こっちの騎馬は六十近くあるから防衛に徹すれば
歩兵が来るまでの時間稼ぎくらいなんとかなるはず。」


私は敵の砂塵や周囲を見回すと、
少し離れた場所に小規模ではあるが竹林があるのが見えた。


「賈詡さん! あの竹林使えませんか?
敵の先方は急いでいるなら騎馬のはずです。
あの竹林を背にすれば騎馬に背後に回り込まれることが少なくなります。
それに竹を切って簡易の長槍にすれば あまり練度の高い訓練を受けていない騎馬では
槍の穂先に驚いて馬が混乱したり落馬を誘えます。
竹を斬るだけでいいので短時間でも何本か用意できると思います。
馬二頭にそれぞれ竹を括りつけて突っ込ませてもいいですし。
それに華雄さんなら力が強いから、
長い竹でなぎ払うだけで馬から落馬させることができると思いますけど。」
「そうね・・・六十騎ほどの騎馬で方円陣を組むよりかは持ちそうね。
竹林の近くまで移動して竹を切るわよ!
華雄! あんたの武を魅せつけてやりなさい!」
「竹相手に武を魅せつけろと言われてもなぁ・・・コレは馬鹿にされているのか?」
「いいから一本でも多く切りなさい!!」
「わ、分かった。 ・・・まったくなんで私が竹を切らねばならんのだ・・・・」


私達は竹林まで移動し、華雄さんが剣で竹を一刀の元に切り倒す。
本来固い繊維でそう簡単に切れないはずなのに、華雄さんは楽に切っていく。
やはりこの世界の武官は一般人とは一線を画す武を持っている。
華雄さんが切り倒した竹をの枝を兵士が切り落とし、
敵の騎兵が見えるまでに十数本の長い竹槍が用意できたので、
私が賈詡さんや兵達に 許昌での運用方法を説明していく。

華雄さんはその内の一番太い竹槍の持ち手に布を巻きつけて握りやすくし、
振り回している。


「ほう、コレはなかなか面白いな。
どれ、私が先陣を切って敵の騎兵を叩き落としてやろう。」
「馬鹿なことはやめなさい!
他の兵の竹槍の邪魔になるでしょ!
あんたは他の兵の邪魔にならないように小さく細やかに騎兵を落とせばいいの!」
「面白くないな・・・」
「で、ウチは適当に落馬した兵や、
回りこんでこようとする兵を相手にすればええんやな。」
「話が早くて助かるわ・・・何処かの馬鹿にも見習ってほしいわね。」


華雄さんは竹槍を振り回す時の風切り音が面白いのか、
自分の得物を確かめるように振り回しては、握りなどを確認している。


こうして敵の兵が視認できるほど近づいてきた。
先陣はやはり騎馬でコチラの様子を伺っているようだが、
弁ちゃん達が乗った馬車を確認した所で コチラに向かって陣形を整えている

敵はコチラが少数だと侮っているのか、
そのまま騎馬で突撃を仕掛け、その後に歩兵で突撃を仕掛けてくるようだ。

今回は、敵の兵にも旗はなく、鎧も野盗のような粗末な物だが
陣形を組んだ所を見ると中身は訓練された兵のようだ。
野盗に変装して弁ちゃん達を連れて行くつもりなのだろう。


しばらくすると、名乗りもなく 敵がコチラに向かって突進してくる。

竹槍は伏せていたのだが、賈詡さんが絶好のタイミングで指示を出し、
敵の騎馬に向かって竹槍を突き出す。
それに驚いた敵の馬は混乱し、
落馬するものや回避しようとして横の馬に当たる者などで、
敵の先陣の騎馬隊はこんらんし、
それに乗じて張遼さんが騎馬二十騎を引き連れて 一気に畳み掛ける。

敵の騎馬隊が混乱して張遼さんの指揮する騎馬隊にやられている間に、
竹槍を捨てて騎馬に乗り戈で武装した賈詡さんの残りの騎馬隊が、
次の歩兵の突撃に備える。

敵は騎馬隊が思いもかけぬ打撃を受けたことで、
一旦混乱し、歩兵の突撃も止まり膠着状態に持ち込まれる。
歩兵では騎兵を相手にするのは分が悪いと踏んだのだろうか?

そんな中 賈詡さんが名乗りを上げる。


「我が隊は中郎将、董卓様の配下 賈文和(かぶんわ)である!
天子様をお守りする我らに弓を引いた貴様らは一族郎党 尽く皆死罪になるだろう!
捉えた者より情報を聞き出し、
必ずや貴様ら全てを朝敵として一族もろとも子供、
孫の代に至るまで尽く首を刎ねてやろうぞ!!」


賈詡さんの口上とともに図ったように西から砂塵とともに
董の旗を掲げた歩兵がやってくる。

それを見た敵の歩兵の士気は一気に下がり、散り散りに撤退を開始する。


「ふぅ・・・何とかなったわね。」
「今の口上狙ってやったんですか?」
「そうよ、丁度西に砂塵が見えてきたからね、
そろそろ月達の部隊が着くと思ったから、
今の口上と合わせれば敵も逃げ出すと思ってね。
敵の指揮官はともかく、
兵の末端にまで今回の狙いが陛下だとは知らされてると思えないから、
陛下に弓を引いたとなれば当然 一族も含めて死罪だもの。
後は月達の兵を見てだめ押しすれば逃げ出すって寸法よ。」
「へ~・・・なんか、すごいですね。」
「そう? 貴女の竹林を使った兵法もなかなかのものだったわよ?
貴女、ウチに来ない・・・・って、そうだ! 貴女!!
陛下達とどういう関係なのよ!
劉協様は貴女のこと知ってらしたから・・・本当に陛下のお知り合いなの?」
「あ~・・さっき顔見たけど、弁ちゃんが劉弁(りゅうべん)様・・・
少帝弁陛下なら間違いないかと。」
「し、失礼いたしました!」


そう言うと賈詡さんは膝を付き礼を取る。


「あぁ、いいですよ! 本当に! 普通にしてもらっていいです!
私自身はただの農家の子ですし、二人とは本当にただの友人なので!」


私がそう言うと賈詡さんは立ち上がる。


「貴女ねぇ・・・陛下のご友人というだけで、
この国でどれだけの権威があると思ってるのよ。
はぁ・・・まぁいいわ。
だけど陛下に何があったの?
なんで陛下が自害するなんて話になってるのよ?」
「実は・・・」


そうして私は弁ちゃん達を助けた時の彼女の様子を話す。


「なるほどね・・・そういう理由ね。
と、なると難しいわね。
今 洛陽では袁紹達が宦官を誅殺して回ってるから、
陛下が宦官達にいいように使われることはないけど、
何進様も暗殺されて、今 この国の政治の中心には穴が開いてる状態だから、
何としても陛下には戻っていただいて、
次の洛陽を収める者を決めていただかないといけないわね。」
「だけどあの様子だと弁ちゃんが素直に戻るとは思えないんだけど・・・
極度の人間不信になってるから、
協ちゃんか・・・後もしかしたら私くらいしか信用してくれないよ?」
「最悪貴女には陛下と一緒に宮中で暮らしてもらう事になるわね。」
「なんで!?」
「しょうがないじゃない、
無理に連れて帰って自害されでもしたら大事になるわよ。
劉協様と貴女が一緒にいれば 多分時間は稼げるでしょう。
その間に次の洛陽の領主を決めてもらって、
その者にはなんとか陛下のご機嫌を損なわないように気をつけてもらわないとね。」
「・・・・絶対に嫌だ!」
「なんでよ、貴女友達なんでしょ?
それに農家の娘が宮中で暮らせて、
しかも陛下のお世話をできるなんて大出世もいいところじゃない。」
「私は男です! 宮中に入るとなると去勢されるんでしょう!
絶対に嫌だ!」
「宮中に入るもの全てが去勢・・・・は?
貴女・・・・男 なの?」
「男です!」


賈詡さんは私の頭の先からつま先まで何度も見なおして、
目をこすったあと深呼吸して一言。


「嘘だ!!」
「本当です。」
「冗談でしょ? そんな・・そんなはず。」
「事実です。」
「そんな・・・」


何がそんなにショックだったのかわからないが、
賈詡さんが地面に四つん這いに倒れ伏して落ち込んでいると、
董卓さんの部隊が合流し、董卓さんが現れた。


「詠ちゃん! ・・・・どうしたの?」
「月~、ボク・・・ボク本当に女なのかな?」
「は? 何言ってるの詠ちゃん!」
「だってこいつ・・こんな 可愛いのに男だなんて。
だったらボクは何なんだろう?」
「詠ちゃんしっかりして!」


そうして董卓さんが賈詡さんを慰めていると、
馬車の扉が開いて、中から協ちゃんと弁ちゃんが現れた。


「喜媚、待たせたの。」
「協ちゃん・・・弁ちゃん・・・・」
「・・・・劉協、やっぱり。」
「姉様、もう良いのじゃ。
コレは妾が決めたことなのじゃから。」



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四十一話

洛陽 東の外れの竹林




「喜媚、待たせたの。」
「協ちゃん・・・弁ちゃん・・・・」
「・・・・劉協、やっぱり。」
「姉様、もう良いのじゃ。
コレは妾が決めたことなのじゃから。」


馬車の中から出てきた二人の表情は対称的で、
協ちゃんが何かを決意したような、
しっかりと強い意思のある表情をしているのと裏腹に、
弁ちゃんは罪悪感に苛まれるような悲痛な表情をして、協ちゃんに語りかけている。

すでに弁ちゃんの手には短刀は握られておらず、
今すぐ自害するということは無さそうで、私は安心した。

二人の姿を見た私以外の人は皆平伏し、
私も遅まきながら一緒に平伏する。


「伏せずとも良い、皆顔を上げ立つが良い。
特に喜媚、謁見の場や外交の場ではともかく、
平時にはお主は今まで通りで良いのじゃ、妾と喜媚は友達じゃろう?」
「協ちゃん・・・」


そうして皆平服から膝立ちの状態になり、
協ちゃんの話を聞く。


「それで、馬車の中からも少し聞こえておったが、
今はどういう状況じゃ?」
「はっ、劉協様!
少帝弁様、劉協様を拐った者達は一部を除いて すでに処分いたしました。
生かしてある者達からは このあと首謀者を聞き出すために取り調べをする予定です。
敵の兵もすでに逃亡しております。」
「そうか、洛陽の様子は?
袁紹達がなにか騒いでおるようだが?」
「はっ、私達が洛陽を発つときには、
宮中で何進様を暗殺した宦官共を誅殺するため 兵を宮中に入れ、
暗殺に加担した宦官を発見次第捕縛、反抗するものは殺害しておりました。
誠に不敬ながら、袁紹ら諸侯の手で今や陛下の宮殿は血で汚されております。」
「それは良い。
今まで権力を笠に着て好き放題やっていた悪徳宦官共がコレで一掃されるのなら、
この国にとって良い物になるであろう。
この件で袁紹らを罰することは無い。」
「はっ!」
「今回の件で、洛陽内で不正を働く輩は一掃されると見ても良いのか?」
「一掃するにはまだ時間がかかりますが、
何進様暗殺の件などで関わった宦官や不正を働く大本となっていた十常侍などは、
今回の件で死亡、又は失墜することは確実でしょう。
後は捕縛した者を順次取り調べていけば、
宮中は正常な状態へとなっていきましょう。」
「ふむ、お主 名はなんと申す?」
「はっ、賈文和と申します。」
「お主は誰ぞに仕えておるのか?」
「ココに居る、董仲穎に仕えております。」
「ふむ、董仲穎。 此度の戦働き、見事であった。」
「あ、ありがたきお言葉、恐悦至極にございます!」
「張遼も、ようやってくれたな。
お主には宮中で世話になっておったが、今回も良く妾達に仕えてくれた。」
「ありがたき言葉 感謝いたします。」
「そこのお主、名はなんと申す?」
「はっ、董仲穎に仕える、華雄と申します。」
「お主もようやってくれた、
後でお主達全員に褒美を取らすゆえ 待っておるが良い。」
「「「「はっ」」」」


なんか協ちゃんの様子が今まで私が見ていた彼女の様子ではなく、
彼女から為政者としての威厳のようなものを感じる。


「さて、喜媚。」
「は、はい!」
「そうかしこまらずとも良い。
この者達もそうじゃが、お主も妾の命の恩人なのじゃ。」
「え、えっと、漢の民にとって陛下や皇家のために働くのは当然のことであります。」
「くっくっく、慣れぬ言葉など使うものではないぞ?
まったく似合っておらぬ。」
「す、すいません。 いつもはもう少しうまく話せるのですが、何分急なことで・・」
「お主は普段通りで良い。
さて、喜媚に聞きたいのだが、この者達。
張遼は妾は知っておるから除いても構わぬが、董仲穎は信用に足る人物か否か?」


コレは難しい質問をされた・・・
はっきりいって私が董卓さんを判断する材料は原作知識か噂程度しかない。
かと言って知らないと言ったり、酷評しようものなら、
董卓さんが洛陽県令に着任することもないが・・・
逆にそのほうが彼女にとってもいいのかもしれないが、
今現在、彼女が洛陽に留まらなかったら、
袁紹さんか美羽ちゃんが洛陽をめぐって闘いを始めるだろう。
そうなったら反董卓連合以前に洛陽は火の海だ。

だからと言って、ココで董卓さんが洛陽に居たら、
やはり反董卓連合で洛陽は戦火に晒される事になる。

それに協ちゃんの意図がわからない。
なぜ私にそんな事を聞くのか・・・


「逆に質問して悪いんだけど、なんで協ちゃんは私にそんな事を聞くの?」
「うむ、妾と姉様が今最も信用できるのが、喜媚だという事だ。
そこで喜媚の目から見て董仲穎はどんな人物に見えるのか聞いてみたい。」
「・・・・私が見た感じでは為人は善人だと思います。
噂では彼女は異民族からこの国を守るために武力だけではなく、
経済交流をすることによって緩やかに彼らの意識を変え、
争うこと無く国境警備を行なっていると聞きます。
私が洛陽に協ちゃん達が書いた書簡を持ってきた時も、
最初は色々ありましたが、その後は親身にしてくれましたので、
短い間でしたがそれなりに為人を見極められたと思います。」
「そうか。
妾も短い間しか見ておらぬが、この者は信用に足るものだと思う。
長い間あの宮中でいろんな人間を見てきたからの、
コレでも人を見る目には自信がある。
董仲穎からは野心や欲のようなモノがあまり見えて来ぬ。
今はただ困惑しておるだけのようだが、
野心や欲深いものなら、妾が褒美をやると言った時に何らかの反応が現れるはずだが、
そういった者は見受けられなんだ。」
「弁ちゃんにもそう見える?」
「はい、今まで私達の周りにいた宮中の者と比べても、
好ましい人物だと思います。」
「へ、へぅ・・・」


二人に褒められて照れているのか、困っているのか、
董卓さんは、頬を赤く染めて賈詡さんや華雄さんの方を
「どうしたら良いの?」 と言わんばかりにキョロキョロと見ている。
賈詡さんも流石に皇帝やその妹の前なので困惑美味だ。


「さて、何進が暗殺され、姉様は拐われ、
今やこの国の政治に中枢には穴が開いておる状態じゃ。
この状態が長く続くのは好ましくない、コレはわかるな? 董仲穎。」
「は、はい!」
「そこでじゃ、お主には何進に変わり洛陽を治め、
妾に力を貸してもらいたい。」
「ちょ、お待ちください劉協様!
月、董卓に洛陽を治め、何進様の後釜になれと申せられるのですか!?」
「そうじゃ。
それに辺り、姉様は今回の事件で大怪我を負ったため 政務執行不可と言う事で、
妾が皇位継承をし、今後は妾が帝となる。
コレが妾と姉上が話しあった結果、姉上が自害せずに済む最善の方法なのじゃ。」
「そんな・・・月が・・・嫌、でも・・・・うまく行けば・・・
劉協様! それは董仲穎が何進様の地盤を、
そのまま引き継ぐということでよろしいのでしょうか?」
「うむ、そうでなくては洛陽の統治など出来まい、
それに辺り張遼、お主も董仲穎の配下となるが良いか?」
「ウチは構わしまへんで、何進様のやり方には違和感があったし
宦官共にはむかついてたしな、この娘ならあんな事にはならんやろ。」
「そこで喜媚にも頼みがあるのじゃ。
これは皇帝の嫡子としてでも 皇帝でも無く 友としての頼みじゃ。
・・・姉上の事を喜媚に頼めぬか?
これは喜媚にしか頼めぬのじゃ。」
「お待ちください! 陛下をただの民に任せるなど!」


賈詡さんの発言によりまゆが吊上がり、
明確な怒りをあらわにした協ちゃんが賈詡さんに向けて言い放つ。


「この際、はっきり言っておくぞ賈文和、
妾も姉上も最も信を置いておるのはこの胡喜媚じゃ。
以降、喜媚に何か暴言を吐こうものなら直ちに処罰するゆえ心せよ!」
「はっ・・はい! かしこまりました!」
「さて、喜媚、先ほど申したように、
洛陽に住み、姉上の事を頼めぬか?
姉上は今まで妾の為に矢面に立ってくれて妾を守ってくれた。
次は妾は姉上を守る番なのじゃ。
しかし、姉上が宮中に居っては また政治の道具として使われるだろう。
だが妾も姉上とは離れて暮らしとうない。
じゃから洛陽に姉上と一緒に住んで、
姉上の心の傷が癒えるまで一緒にいてやってくれぬか?」
「私が・・・弁ちゃんと?」
「喜媚様・・・」


困った・・・今回は 本当に困った。
今私は 今までの人生の中で最大の選択肢を突き付けられている。

友達を見捨てて平穏な暮らしを得るか、
彼女達と共に戦乱の世を生きるか・・・
今回は以前の桂花の時と同じように、
お互いの妥協点を探る為に時間を取るということが出来ない。
今決めないと二人・・・特に弁ちゃんがまずい事になる。

それに 彼女と一緒に暮らすということは それだけで済む話ではない。

洛陽に住む以上、桂花には今まで以上に会いにくくなるだろう。
それに反董卓連合の戦にも巻き込まれるだろう。
それを原作ルートで凌げたとしても、
だったら彼女達はどうなるのだ?
原作では董卓さん達は劉備さんに保護され無事だが、
あの後 皇帝はどうなったんだろうか?
それを考えるとその後も様々なことに巻き込まれるだろう。
今まで原作のルートから外れずに生きてこようとしたが、
ココが私の分水嶺なのか・・・
まさか今日いきなり こんな事になるとは思わなかったが・・・

私が熟考する中、協ちゃんや弁ちゃんが不安そうに私の顔を見る。
董卓さん達も私がどうするのか心配そうに様子を見ている。

どうしたら良いんだ? 私はただ平穏に暮らせたらそれでいいのに、
この世界ではそれは贅沢な望みだったのだろうか?
私の頭の中を今まで出会った人達や 様々な出来事がぐるぐると回る。

桂花との出来事が最も多いのだが、ふと許昌で一緒に暮らした小作人の皆や、
鍛冶屋のおじさん、八百屋のおばさん、許昌の警備隊のお兄さん、
洛陽で私を雇ってくれた大将、荀緄さんの屋敷の使用人の皆、
洛陽の食堂に私目当てに来てくれたお客さん、
よく行く肉まん屋のおじさん、それ以外にもいろんな人達の顔が思い浮かぶ。

みんなの事を思い出していて一つ、心に出来た・・・いや、
最初から有った感情に気がつく。
私が今まで出会った皆には せめて人並みに幸せに暮らして欲しい。
朝 家族と一緒に食事を食べ、昼 仕事に出かけ、
夕 皆とその日の出来事を話しながら食事を楽しむ。
そんな人並みの暮らしを・・・

私がこのまま逃げ出せば、董卓さんが洛陽を統治し、反董卓連合が組まれ、
その後、史実では袁紹と袁術の不和で反董卓連合は崩壊し、
群雄割拠の時代へと移行していくのだが、
この外史では、史実から外れて一刀君の介入も有り、董卓さんは倒されるだろう。
その後 洛陽に皆はどうなるのだろうか?
どのルートでも袁紹さん美羽ちゃんの部隊が略奪を行ったとされているが、
その場合、洛陽の皆は一体どうなってしまうのだろう?

・・・私なら、いや、私にはそんな力はない・・・・だが董卓さんや賈詡さん、
協ちゃんや弁ちゃんが達が協力してくれたら、
反董卓連合結成を回避できるのではないか?
そうすれば洛陽や許昌の皆は戦乱に巻き込まれることはなく、群雄割拠の時代は来ず、
洛陽や許昌の皆も穏やかに暮らせるのではないか?
この国の改革を 戦によるものではなく、
内部からゆるやかに変えられるのではないか?
そうすれば私と桂花もいずれは一緒に暮らす事ができるのではないか?
そんな思いが私の中に生まれてきた。


「協ちゃん、弁ちゃん、董卓さん、賈詡さん、張遼さん、華雄さん、
・・・皆聞いてください。
これからなにがおこって何に対応しなければいけないか・・・」
「? 何よ? これ以上何か起こるっていうの?」
「賈詡さん、コレから私が話す事を一度深呼吸でもして、
落ち着いて冷静に分析してみてください。
私の考え過ぎなのか、それとも現実に起こりえるのかを。」


そうして私は、これから恋姫の出来事や史実で起こることを、
私なりに消化して説明していく。

ぽっとでの田舎太守の董卓さんが政治の中央でいきなり実権を握ったことで、
諸侯に不満が蓄積する事。
特に宦官の処罰をした両袁家は黙っていないであろう事。
宦官を処罰したといっても全員ではない、必ず復権を狙うものが出るであろう事。
私が知る中でも 両袁家には権力を利用して私腹を肥やしている者達が多数いて、
双方とも基本的に本人は善人ではあるが、
袁紹さんは贅沢な暮らしをする事しか考えず、
美羽ちゃんにいたっては 幼さから政治の実権を握り切れていないと言う事。
私が二人の領土で生活した事もあり、
美羽ちゃんとも親しいためこの情報の信憑性は高い事。
やがてその不満がたまり、一部の権力者の思惑で袁家のどちらかを旗頭として、
反董卓連合が組まれる可能性がある事。
そうなると董卓さんは四面楚歌、周りの諸侯が全て敵になる可能性がある事。
そのためにも、早急に洛陽で善政を敷き、
各地に細作を飛ばして洛陽での善政を風調し情報操作をして、
それに伴う政策を行う事で、反董卓連合を組ませるための口実になりうる、
董卓が洛陽で陛下を軟禁し悪政を敷き、
好き放題しているなどと言う噂を封じ込め 攻め入る口実を与えない事。
更には汜水関などの洛陽を守る関を強化し、
何進さんから引き継いだ軍部を速やかに掌握しなければならない事。
汚職を行った宦官の連中が溜め込んだ資産を没収し、
何進さんが溜め込んだ資産と合わせてそれらを一気に行い、
借金をしてでも短期間で洛陽を復興させなければ、
諸侯に攻め入る口実を与えてしまう事。
これらの事を事細かに説明していった。


「・・・・・正直被害妄想に近い・・・と言いたいけど、
言い切れないだけの説得力があるわ。
国境付近では食べ物をめぐって戦が起きるけど、
中央では権力をめぐって戦が起きる、コレは歴史が証明しているわ。
・・・ボクもいきなりの事で 正直そこまで考えていなかった。」
「宦官の連中はかならず復権を狙うやろうな。」
「へぅ、私が洛陽を治めるとそんな事になるんですか?」
「なにが有っても私が董卓様を守ればいい!」
「・・・妾は間違っておったのか?」
「・・・協ちゃんは多分間違ってないよ。
今の私達には 限りなく選択肢がないんだよ。」
「喜媚様・・・・」
「弁ちゃんが自害したらもっと状況は混乱するからね。
その原因を作ったのが董卓さんにされて、
まず最初に董卓さんが討たれる、その後は協ちゃんを奪い合う戦争が始まるよ。
そしてキリのいいところで禅譲を要求されて後は・・・」

「「「「「「・・・・」」」」」」

「でも今なら、洛陽ので袁紹さん達が宦官を一掃した今が、
この国を立て直す最後の機会でもある。
この機会を逃したら もうこの国は終わるし、
その後は長い戦乱が続くことになる・・・」
「喜媚! あんた陛下がいらっしゃる目の前でなんて事を!」
「いいのです・・・私にもわかりますから。」
「それでも・・それでも董卓さんは洛陽を治める気になるの?」
「・・・・」


私の問に、董卓さんは数秒ほど目をつむり、次に目を開いた時には、
その瞳や表情には 確かな決意が見て取れた。


「やります。 私が何進さんの後を継ぎ 洛陽を治める事で、
この国の状況を変え、民が幸せに暮らせる世を作る礎となるのなら。」
「月・・・」
「・・・董卓様。」
「・・・よっしゃ、ならウチも董卓はんに力を貸そうか。
ウチの真名は霞や。 あんたのその決意に惚れたで!」
「私の真名は月です。 霞さん、
私は親から権力を継いだ 何もできない女ですが力を貸してください。」
「ちょ、月!?」
「任せとき!」
「いいの、月?」
「うん、詠ちゃん。
真名を預けてくれるほど信用している人には 信用で返さないと。
皆が仲良くなる第一歩は、相手を信じる事だよ。」
「・・・月。
・・・・・・私は詠よ。
月を裏切ったりしたら許さないわよ。」
「ここまで覚悟見せてくれた娘を裏切るなんてウチの矜持が許さん。
すぐに信用しろとは言わへんけど、よう見といてや。」
「言われなくても ちゃんと見てるわよ。」


こうして董卓陣営に張遼さんが加わり、董卓さんは洛陽を統治し、
この国を内部から変えていくことを決意する。

・・・私もこの国の為とは言えない、この国の知らない民の為なんて言えない。
兵を率いて多くの人を殺めることも出来ない。
でも、私と一緒に暮らしてきた皆や、私に良くしてくれた皆のために、
私にできる事をやっていこうと思う。


「わかった、弁ちゃんは私が預かるよ。
それに賈詡さん、私は許昌で荀文若様と一緒に学問を習い、
一緒に許昌の為に働いてきました。
一応彼女とは真名も交わしていますし、色々と深い関係にでもありますが、
その知識の中で きっと洛陽の統治に使えるものがあると思うので、
弁ちゃんの件があるので 董卓さんに仕官はできませんが、
知識の部分で力になりたいと思います。」
「荀文若って・・あの許昌の?
助かるわ、許昌の農法や内政、兵法は是非一度調べてみたいと思ってたのよ。」
「一応、荀文若様の知っている知識はひと通り修めてますので、
洛陽で使えるものも多数あると思います。」
「喜媚・・・すまぬの。
でも妾や姉様には喜媚以外 心から頼れるものがお主しかおらぬのじゃ。」
「すみません喜媚様。」
「いいよ二人共、だって友達でしょ?」
「・・・うむ!」
「はい!!」


こうして私の人生の転機とも言える、一日が終わった。



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四十二話

洛陽




予定通り 弁ちゃんは怪我の治療という名目で、
皇帝を辞し、協ちゃんが新たな皇帝、献帝となり、董卓さんが洛陽を統治。
袁紹さん、美羽ちゃん達には褒美として官位と幾らかの金銭が渡されたが、
明らかに不満そうであったが、宮中を血で汚した事もあり、
表立って文句を言ってくる事はなかった。


その間、私と弁ちゃんは洛陽の宮中の一室で、
賈詡さんの指示で ほぼ軟禁状態にされていた。
私や協ちゃんはともかく、弁ちゃんの姿を人に見られるとまずいのと、
洛陽の統治のための準備や、取り押さえた宦官達や協力者の取り調べ、
私財の没収、政務に必要な書類の整理、軍部の掌握、等
仕事が山積みだったというのと、
さらに賈詡さんが私の所に昼夜問わず訪れては、
許昌での農法、内政、軍務の事を聞きに来るため、
私がすぐ近くにいたほうが良いとの事だった。
一応、私が務めていた食堂の大将には、
賈詡さんがうまく言い含めておいてくれたようだ。

それと並行して、私と弁ちゃんが一緒に暮らすための家を探してくれているようで、
私が以前 弁ちゃん達に将来、小さなお店を開きたい。
と言っていたのを覚えていたようで、
賈詡さんに店舗と住宅が一緒になった家を探すように指示し、
家事態は宦官から没収した私財の中で 良い物件があったのだが
護衛のための兵が泊まる場所を作るためや、
防衛のための改築工事などをしているようだ。
さらに洛陽で以前桂花と話していた屯所、所謂交番制度を洛陽で導入するようで、
私と弁ちゃんが一緒に住む予定の周辺の家を買い取って、
屯所にし、私達の護衛のための兵を常駐させるとの事だった。

一時、私が店を運営すると言った時に、
弁ちゃんが 「じゃあ私も手伝いますね♪」 と言ったため、
前皇帝を市井で働かせるなんてとんでもない!
と董卓さん達が猛反発し、その案は廃案にし、
どこか屋敷に住んでもらおうという話もあったが、
ソレだったら、以前十常侍がやっていた軟禁状態での政権掌握と同じではないか?
と言う理由と、私が生活費を稼げ無いし、
弁ちゃんも普通の人と同じような暮らしがしたいと言うので、
店の従業員を全員董卓軍の女性兵で固める事、
外出時には必ず護衛を数名付ける事を条件に、許可が出た。
一応生活費の方は全額、董卓さんが出してくれるというのだが、
将来的には生活費を貰わなくてもやっていける程度には稼ぎたい。


董卓さん達が洛陽、この国の改革に勤しんでいる中、
私と弁ちゃんは 比較的穏やかな日々を送っていた。

協ちゃんは面会を求める来客が尽きないために、
日中はほとんど部屋に戻ってこないのだが、
私達は賈詡さんが文官を連れて 私に話を聞きに訪ねてくるくらいで、
それ以外の来客は完全に無い。
コレは弁ちゃんを人目に晒さないためなのだが、
流石にずっと部屋に軟禁されていると気が滅入るので、
そのあたりの事を賈詡さんに相談した結果、
弁ちゃんを変装させ警備を付けた状態でなら、
庭園までなら出てもいいとい言う事になった。

弁ちゃんの警護についている兵は あの日、
洛陽から弁ちゃん達二人が拐われた事件に参加していた兵の中から
賈詡さんが選び抜いた女性で構成された警備隊で、
この人達は、私と弁ちゃんが洛陽市街に移っても一緒に住む事が決まっている兵達だ。
護衛の訓練も兼ねているので行動できる範囲は限られているが、
それでも部屋に軟禁されているよりはよっぽどいい・・・のだが、
私達が庭園でまったりしていると、
私の話を聞くために賈詡さんがやってきて 私を引っ張っていくので、
あまり長くゆっくりできるものでもない。


「あんた 本当に今まで荀文若の使用人やってたの?
どっかで文官か軍師やってたんじゃないの?」
「本当だって、私はただの使用人だったんだって。」
「だったら荀文若はよっぽどの間抜けか、
あんたを抱え込むために外に出さなかったのか。
・・・前者はないわね、彼女の評価からするとありえないわね。
大体なによその四則演算とか新型の算盤とか言うの、ボクにも使い方教えなさいよ!
こっちが予算の計算でどれだけ苦労してるのか知ってるの!?」
「教えるって、だけど今は洛陽の警備計画の話でしょう。」
「約束したからね! 絶対教えなさいよ!」


どうやら私の知識は彼女の知識欲を刺激してしまったようで、
空き時間さえ有れば賈詡さんは私のところにやってきてプチ討論会を開いていくのだ。
それに弁ちゃんも加わり、三人で話すことが多くなってきた。


「そういえば董卓さんはどうしてるの?」
「劉協様と同じよ、毎日ひっきりなしに面会の申し込みが来るから
ひたすら人に会ってるわよ。
本当は月は表には出したくなかったんだけど、
あんたのこれからの展開予想のお陰でそうも言ってられなくなったわ。
洛陽の統治を良くしていく上で 地元の豪族の協力は必要不可欠よ。
そのためにも月には今は一人でも多くの豪族に会ってもらわないと。」
「なんか董卓さんには悪かったね・・・だけど今が一番大切な時期だから・・・
初動をきっちりしておかないと、
諸侯に洛陽を攻め入る口実を与えてしまうから。」
「わかってるわよ!
だから本当ならボクが月に付いていたいんだけど、
こうして別行動してまで仕事を片付けてるんじゃない!
あんたも悪いと思うんだったら ここに竹簡持ってくるから、
予算の計算だけでもやりなさいよ!
あんたが算盤使えば普通の文官の数人分の計算があんた一人で済むんだから。」
「・・・お手柔らかに頼みます。」
「仕事はたんまりとあるから好きなだけ計算するといいわ。」
「・・やっぱり無しの方向・・・では行きませんよね~。」


賈詡さんが桂花並の睨みを効かせてくるので、
私はその睨みに負けて彼女の仕事を手伝うことになってしまった。
ついでに弁ちゃんも今後店で働くために、計算はできたほうがいいので、
その勉強も兼ねて、少しではあるが仕事を手伝っている。

軍部の方は華雄さんと張遼さんが他の将軍を連れて訓練しているようで、
許昌で使っている大盾と長槍の陣形を賈詡さん達が改良して、
より 元のファランクスに近い、小盾と戈の陣形に組み替えて、
攻防どちらにも対応できるように訓練しているようだ。
それと最悪の状況に対応するために、鞍と鐙の絵図面を賈詡さんに見せて、
試作してもらったものを張遼さんに試してもらって、
騎射ができる部隊を編成してもらうようにお願いした。

ココに来て私は もし、万が一、反董卓連合が結成されてしまった場合、
絶対に負けるわけには行かないので、
今までも桂花にも話して無かった鞍や鐙、などの話も賈詡さんにするようになった。
コレにより騎乗での安定感が増し、
短弓を使っての機動力のある弓騎馬隊の編成が可能になる。
更に弓も改良して射程距離を伸ばしたり、
大きな布を使って敵の矢を防ぎつつコチラの矢を補充する方法や
鎖につないだ丸太を城壁上から落として 城壁を上がろうとする梯子の兵を叩き落とし
鎖を引き上げることで再利用できるようにしたり、
関の門に鉄板を張るなどの案を出して、
汜水関や虎牢関での防衛戦で確実に勝てるように用意する。

私がそんな話をするせいで、賈詡さんの知識欲を刺激しまくり、
賈詡さんがわざわざ仕事や睡眠時間を削ってまで 私に会いに来るのに、
この時の私は必死過ぎて 気がついていなかった。


さて、こんな生活が続く中、新たな報告が上がってきた・・・
と言うより当事者より連絡が着た。

丁原さんが暗殺されたとの報告を呂布さんと陳宮ちゃんが兵を率いて持ってきたのだ。
いま、董卓さんが賈詡さんを連れ、謁見の間で呂布さん、陳宮ちゃんと会っている。


「・・・この書簡を読む限り、
丁原さんは自身の命が狙われていることを知ってらしたんですね。」
「そうですね・・・その書簡には自分に何かあったら、
董卓さんを頼れと書いてあるです。」
「いったい何が有ったの?
あの丁原様が暗殺されるなんて、
あの方は民を愛していたし何進様よりとは言え、
その政治に対する態度は誠実だったはずよ?
恨みを買うとしたら十常侍や宦官位だけど、
奴らは袁紹に誅殺されたかボク達が捉えて取り調べを行なって、
次々と処断している所だから
丁原様を暗殺するような そんな余裕有ったと思えないけど。」


董卓さん、賈詡さん陳宮ちゃんでそんな話をしている中、
今までずっと黙っていた呂布さんが呟いた。


「・・・橋瑁だ、アイツが!」
「橋瑁・・あいつか・・・」
「なにか知っているですか!?
知っているなら教えて欲しいです!」
「悪いけど、コレはウチの重要機密に関わることだから詳しくは話せないわ。
ただ言えることは、先の何進様暗殺や その他の事件は
十常侍を代表とした一部の宦官と橋瑁が結託してる事は間違いないようなのよ。
だけど・・・証拠がない。
捕虜の証言では言い逃れされる、何か決定的な証拠がないとダメなんだけど、
今のところ証言以外何も無いのよ・・・」


賈詡さんの話を聞いた呂布さんがすぐに踵を返し、
謁見の間からでていこうとする。


「・・くっ、橋瑁!」
「恋殿! 何処に行くですか!?」
「橋瑁を討ちに行く。 義母さんの仇だ。」
「待ちなさい呂布! 今橋瑁を今討つ事は許さないわよ。」
「・・・・なぜだ? 義母さんの仇なのに。」
「証拠が無いのよ、貴女が橋瑁が丁原様を暗殺したと思ったのはなぜなの?
何か証拠があるの?」
「義母さんを殺した奴らが吐いた。」
「丁原様が暗殺された時に呂布殿が駆けつけて、
そこい居た不審な者達を全員呂布殿が討ったのです、
その時に聞いたのでしょう。
そして最後に息も絶え絶えな丁原様は 恋殿や私にこの書簡の在り処を教えてここ、
董卓殿のところへ行くようにと・・・」
「・・・分かりました。 ですが詠ちゃんの言う通り、
今橋瑁さんを討つ事は許可できません。
呂布さん達の事は この書簡にあるように兵達や 呂布さんの家族 も含めて、
私達の所で受け入れさせてもらいますが、それでよろしいでしょうか?」
「兵達はそれでいい、でも私は橋瑁は討つ。」
「呂布さんが今、橋瑁さんを討つというのなら、
私達はそれを止めなくてはなりません。」


董卓さんがそう言うと、謁見の間にいた護衛が武器を構え、
呂布さん達を取り囲む。


「・・・お前もアイツの仲間か!?」
「恋殿!」
「違います、私達も橋瑁さんを捉えて罰したいと思っていますが、
話を聞いただけと言う理由で呂布さんが兵を動かすと、
呂布さんの兵達や家族が逆に罰せられることになります。
橋瑁さんを捉えた暁には証言を取り 必ず呂布さんに仇を討たせて差し上げますから、
今は抑えてもらえませんか?
・・・呂布さんを慕う兵や家族、陳宮さんの為に。」
「・・・・・・っく!」
「呂布・・・貴女が今暴れると下手をしたらそれをきっかけに、
この国で戦乱が起こるのよ。
丁原様がこの書簡を持たせえてあなた達がココに来て書簡を読んだ時点で、
形式上あなた達はボク達の配下ということになる。
その配下である貴女が勝手に橋瑁を討ったら、その責任は月に来るのよ。
いま、この国は非常に危うい状態なの。
黄巾の乱以降、何進様が暗殺されて前陛下が誘拐され大怪我をされて治療中、
そして今は私達が擁立して献帝様が即位されている。
今 周りの諸侯はボク達が邪魔でしょうがないのよ。
そのためにボク達を討つに足る理由を必死になって探すわ。
そこで貴女が好き勝手暴れたらそれを理由に挙兵され、
それがきっかけでこの国で戦乱起こる可能性もあるの。
橋瑁を討つならはっきりとした証拠が必要なのよ。」
「・・・恋殿、ココはくやしいですが賈詡の言う通りなのです。
今ココで恋殿が丁原様の仇を討つために挙兵したら、
賈詡の言う通りになる可能性もあるのです。
一応 丁原様の屋敷で恋殿が暗殺者を討った時点で、
仇を討ったと見なされるのですから、
証拠もなしに橋瑁を討ったら世間では恋殿が暴走したと見なされてしまうのです。
そしたら恋殿の兵や、セキトや家族が・・・」
「・・・・・わかった。
でも、必ず義母さんの仇は討つ。」
「それでいいわ、証拠が集まった時点で、
必ず呂布、貴女に指揮を任せて橋瑁を討たせるから、
それまでは兵や家族のために耐えてちょうだい。
丁原様もきっとそれを望んでおられるに違いないわ。」
「・・・・コク。」
「では、必ずこの約定は果たすという意味を含めて、
呂布さんが私達を信じてくれたという 信頼の証に私の真名を預けます。
私の真名は月です。」
「・・・私は詠よ。」
「・・・・・恋。」
「音々、は音々音です!」
「これから、よろしくおねがいします。」
「これから頼むわよ。」
「うん。」
「よろしく頼むのです。
恋殿! 一刻も早く橋瑁が丁原様を暗殺したという証拠を音々が見つけますから、
しばらく我慢してください。」
「・・・お願い。」


こうして、董卓さん陣営に、
呂布さん、陳宮ちゃんが加わり 原作通りの董卓軍の布陣となる。

この日以降、陳宮さんが加わったことで、
賈詡さんの仕事量が減った・・・ように見えたのだが、
その分、内政や風評操作の仕事を増やしたので、
まったく減ることはなく、私の所に回ってくる予算の竹簡も変わる事はなかった。
最近は弁ちゃんはようやく私の計算方法を覚え、前以上に手伝ってくれる。
賈詡さんは恐れ多いから止めてくれ、と言うのだが、
弁ちゃんが 「私もなにか力になりたいのです。」 と言うので
やむなく仕事を手伝ってもらっているというところである。

軍部の方も呂布さんが入った事で、
一旦は訓練方法などで揉めたが、
総合的に兵の練度が増し、華雄さんや張遼さんが呂布さんに挑戦し、
叩きのめされるということで武将個人の練度も上がっている・・・のだが、
何を思ったか、華雄さんが庭園で弁ちゃんとまったりしていた私の首根っこを掴んで、
訓練場まで連れていき、私も武術の訓練を受けさせられる事になった。


「お前は劉弁様をお守りせねばならんのだから、
武を修めなければならないのは当然だろう。
張遼に聞いたところだとなかなか使えるそうじゃないか?」
「張遼さん! なんで余計なことを言ってくれたんですか!!」
「せやかて、華雄の言うことにも一理あるで?
それに喜媚はもう少し伸びると思うからウチらで鍛えてやろう思うてな。
それにウチと喜媚は同じ戦場で戦った仲やないか、
張遼さんなんて他人行儀じゃなくて呼び捨てでええで。」
「コレは口癖のようなものですので、気にしないでください。
とにかく武術の方は母からもう私の伸びしろは無いと言われてますので、
身体がなまらない程度で結構です。」
「・・・そんな事はない。 喜媚はもうちょっとだけ強くなれる。
経験が足りてないだけ。」
「ほら、呂布もこう言っている、
ならば我等で足りない経験を補ってやろうではないか。
劉弁様をお守りする役目がある以上、万全の体制を常に整えておかんとな。」
「・・・私 オワタ。」


この後 華雄さん達にボコボコにされ、
この日の夜の賈詡さんとの話し合いをまともに出来なかったことで、
賈詡さんが華雄さん達に 「やるなら程々にしなさい!」 と言ってもらえた事で、
本当に程々にボコボコにされる日々が続いた。



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四十三話

洛陽




私が弁ちゃん達を助けて1月ほどだった頃だろうか?
とうとう私と弁ちゃん達が暮らす家の改修工事が終わったと聞いたので、
弁ちゃんは変装し、賈詡さんや護衛の兵達と一緒に見に行く事になった。

めったに洛陽の宮殿から出ることはない弁ちゃんは、
街の様子を見るだけで楽しいらしく、
辺りをきょろきょろと見回しているので、
護衛がいるとはいえ、
ほうっておくとはぐれて迷子になりそうだったので、
彼女と手を繋ぎ、一緒に歩くことにした。

洛陽の宮殿、正門から歩いて1分か2分くらいだろうか、
まだ、門が見えているような場所で急に賈詡さんが止まり、
それに合わせて私達も全員足を止める。


「ほら、ココよ。」
「・・・・え?」


そう言って賈詡さんが指をさした建物は、
洛陽の主要の通りが合わさる交差点の北西の角地で、
建物の作りは豪華な装飾はそれほどないが、
他の建物に劣らぬ大きさで、中もかなり広そうな庭付きの二階建ての建物だった。


「ほら、中に入るわよ。」
「本当にココなの?」
「そうよ、ホラさっさとついて来なさい。」


賈詡さんがその建物の中に入っていったので、
私達もついていき 一緒に入るが、
外はそれほど豪華な作りではなかったが、
内部はかなり良い材質の物を使っているのか、
置いてある机や椅子もケバケバしい豪華さではなく、
品のある、落ち着いた感じの物が多く、
置いてある装飾品等も同様で 落ち着いた感じの装飾になっている。


「どう? なかなか良い感じでしょ?
ボクが宦官共から没収した私財の中から選んだのよ。
内装もあまり派手なモノでは無く 落ち着いた感じで統一してあるし、
用意した茶器等もそういった物で統一させてあるわ。
一階には常駐する兵士の部屋もあるから お客の対応をする部屋は小さめなんだけど
これくらいアレば十分よね。
厨房も洛陽で最新の物を用意してあるわよ。」
「あの・・・賈詡さん。
私 家の希望を聞かれた時、
小さいこじんまりとしたもので良いって言いませんでしたっけ?」
「言ったわね。
だからこうして落ち着いた感じで、
机の数も減らしてあまりお客が入らないようにしてあるじゃない。
奥の間仕切りの向こうには個室みたいな感じで、
ボク達と落ち着いて話ができる場所も用意してあるのよ。」
「・・・いえ、そういうことではなくて。
はっきり言わせてもらいますと・・・なんでこんなに大きな店なんですか!?
ぜんっぜん小さくこじんまりとしてないじゃないですか!」
「当たり前でしょ!劉弁様がお住みになる家なのよ!
防犯上の事なども考えれば、
兵士を駐屯させる部屋も必要だし劉弁様を市井の民と同じ部屋に住まわせるつもり?」
「だからってこの立地でこの大きさはないでしょう?」
「仕方ないじゃない、宮殿から近くて、防犯上、兵士も駐屯できて、
向かいに屯所が用意できて、
劉弁様がお住みになるのに相応しい物件がコレしかなかったんだから!」
「だからって、こんな大きな店・・・おまけに広い庭までついてるし。」
「そこは諦めてもらうわよ。
劉弁様がお住みになる以上、それなりの作りは必要だし、
すでに工事も済ませたんだから。
防犯上襲われてもいいように、壁や扉は厚めにしてあるし、
劉弁様の部屋とあんたの部屋には隠し通路も用意したり、
色々大変だったんだから。 因みにお風呂もあるるわよ。」
「私はもっと小さな店でよかったのに・・・」
「すみません喜媚様、私のせいで・・」
「いや、弁ちゃんは悪くないよ。
融通の効かない賈詡さんが悪いんだから。」
「あんたがわがまま言いすぎなのよ!
何が不満なのよ! こんなにいい店あんたが生涯かかっても持てるかどうかって店よ?
それをここまでお膳立てしてただであげようって言うんだから、
感謝して欲しいくらいよ!」
「・・・はぁ、本当にこの店私が貰わないとダメなの?」
「ダメよ。 コレはあんたが陛下や劉弁様を助けた報奨の一部にもなってるんだから。
大体、あんたが月の配下になって官職を頂くか、
どっかの領主にでもなるかすればそれで済んだのに、
陛下の意向を尊重するにはあんたを月の配下にするわけにも行かないし、
領主として洛陽から出すわけにも行かない。
だったらそれ以外の物で報いるしか無いじゃない。
表には出せないことだけど、バレた時に中途半端な物で済ませたとなったら、
陛下や月の器量が疑われるんだから 黙って貰っときなさい!」
「・・・はぁ、桂花の時もそうだったけど、それしか無いのか。」


この国には受けた恩はそれ以上のもので返さないと、
恩を受けた側の器量が疑われるような風習がある。
だから桂花を助けた時も、宴席を開いてもらったり、
服を買ってもらったり、私塾に通わせてもらったり、
あげくには、荀桂さんは桂花をやってもいいとか言い出す始末。
コレで、皇帝陛下やその親族を助けたとなったらどうなるんだ?
董卓さんは何進さんの地盤を引き継ぐ形で官職を得たし、
張遼さんや華雄さんもそうだ、官職に宝剣や馬などを貰ったらしい。
そして私の場合はこの店と弁ちゃんと暮らす間の生活費に護衛の兵士だ。

とりあえず断れそうにもないようなので諦めて、
店の中を見て回るが、棚に置かれている茶器などはかなり良い物のようだ。


「賈詡さん、この茶器はどうしたの?
わざわざ買い揃えたの?」
「違うわよ。 この店に使われているものは建物以外、
ほとんど没収した宦官の私財から出したものよ。」
「へ~、こんないいものを揃えてたなんて、かなりいい暮らしをしてたんだね。」
「いい暮らしなんてものじゃないわよ!
酷いものだったわよ。
奴らから没収した私財の総額がいくらになるかあんた知ってる?
お金や塩などで洛陽の年間の税収の数倍はくだらないものだったわよ。」
「マジで?」
「? なにそのマジって言葉?
まぁ、本当よ。 お陰で洛陽の民の生活改善のための資金には当分困らないから、
ボクとしては予算で心配しなくてもいい分、少しは安心できたんだけど、
逆に言えばそれだけ宦官や権力者が好き放題やってたって事よね。」
「相当酷いことになってたんだね。」
「まぁね、だけどお陰で数年は予算には困ることはなくて済みそうよ。
その分 民に還元して行かなくちゃいけないし、
あんたが話してた 諸侯が連合を組んで私達を攻めてくるのを抑えるために、
色々やらなくちゃいけないのだけど、なんとか目処は付きそうよ。」
「そう・・それは良かった。
何としてもそれだけは防がなくちゃいけないから・・・」
「そうね、ボクもせっかく月が安心して暮らせる地盤を手に入れたんだもの、
絶対に守りきって見せるわ。」


それから賈詡さんの案内で二階に上がり、
私の部屋や、弁ちゃんの部屋などを見て回ったのだが、
弁ちゃんの部屋は他の部屋よりも倍の広さで、
内装もかなり豪華なものになっている。
私の部屋も今まで私が暮らしていた家などとは比べ物にならないほど豪華で、
弁ちゃんの部屋と隠し通路でつながっていたり、
外へ脱出できるような通路も有った。

それ以外にもたくさんの空き部屋が用意されており、
寝具も揃っているのだが、
コレは有事の際に兵が駐屯できるように と言うのと、
どうも賈詡さんが 私がこっちに移ってきても私の話を聞きに来るつもりのようで、
自分用の部屋をちゃっかり用意していた。
一階には言った通りお風呂もあったので、
許昌に手紙を書いて鍛冶屋のおじさんに鉄のパイプを頼んでおこう。
そうすればお風呂に入るのも多少は楽になるはずだ。


こうして、私達が今後住む 店舗兼住宅を見学した後、
宮殿に戻り今後の事を話すのだが、
問題は弁ちゃんの名前だ。
このまま劉弁と呼ぶわけにも行かず、
とりえず偽名を考えようと言う事になったのだが・・


「劉姓はこのままでもいいとボクは思うのよ。
結構劉姓の者は居るし、下手に全てをごまかすのもどうかと思うわ。
ご先祖様にも悪いだろうし。
それに名目上、劉弁様は喜媚に命を救われたお礼に家屋敷を贈って、
自分は居候と言う事になってるのだから、
それなりに格のある家柄ということにしておいたほうがいいと思うわ。
・・・っていうか居候じゃなくて、劉弁様が喜媚を雇ったって形じゃダメなの?」
「私は店の経営などまったくわかりませんし、
それに・・・・形式上とはいえ喜媚様の雇用主になるというのも。」
「共同経営で良いった言ったのに、なぜか弁ちゃんは嫌がるんだよね。
っていか今は名前の話ですよね?
姓は劉でいいとして名はどうしましょうか?」
「やはりそうなると名前ですね。
皆さん なにかいい案はありますか?」
「あまり変えるのもどうだろうか?
今の名前と同じ音の別の文字にしてはどうだ?」
「・・・・モキュモキュ。」
「それもいいですがやはり、
同じように りゅうべん と聞こえると混乱する者が出てくるですよ。
あぁ、恋殿、口の周りが汚れています。」
「だったらまったく別のモノの方が良いのかのぅ。
呂布よ、その肉まん一つ妾にもくれ。」
「・・・・・ん。」
「ふむ、市井の食べ物もうまいのう、賈詡、今度コレを三つほど買ってきてくれ。」
「陛下! 陛下がそのような物をお食べになるなんて!
毒見もしてないのですよ!?」
「呂布が食うておるではないか。」
「あ~~~~もうっ!!」
「詠ちゃん、落ち着いて。」
「ありがとう月・・・でもその片手に持ってる肉まんが全てを台無しにしてるわ。」
「なんでもええんちゃう? 偽名何やから間違わんようにすればなんでもええやん。
呂布、ウチにも肉まん一個頂戴な、酒だけでは口が寂しいわ。」
「・・・ん」


なぜか呂布さんが山のように抱えてきた肉まんを、
皆で食べながらの話し合いになっている。


「喜媚様は何かいい名前は無いですか?」
「そうだな・・・・花なんでどう?
元の弁と合わせると花弁、はなびらって意味になるし、
弁ちゃんの花が散る一瞬の儚げな感じの綺麗さと合うと思うよ。
花と言う言葉自体には これから咲き誇るっていう意味も含めて。」
「あ、あらあら・・・喜媚様・・・そんな皆の前で。」
「・・・あんた自然な感じで劉弁様を口説いてるんじゃないわよ!
そんな容姿で女を油断させといて口説き回ってるんじゃないでしょうね?」
「あ・・・ち、違うよ!
何かいい名がないかって言われたから考えただけで、
弁ちゃんを口説くとかそういう意味じゃ!」
「妾もなにか喜媚に名を付けてもらおうかのう。
市井を見て回る時に名乗る名前を。」
「陛下! 陛下が町を見て回るなどもってのほかです!」
「賈詡は固いのう、喜媚も言うておったではないか、
自分の目で見て体で感じて、今この国に何が必要か感じることが大切だと。
お主もその意見には賛成しておったじゃろう?」
「だからといって陛下が外を歩くのでは問題が大きすぎます!」
「ほんに賈詡は固いのぅ、そんなんでは嫁き遅れるぞ?」
「よ、余計なお世話です!
ボクは月と一緒にいられればそれでいいんです!」
「女同士とは、非生産的すぎるし良い趣味とは言えぬぞ。
女として生まれた以上子供くらいやはり産まぬとな、
よし、賈詡に子が生まれたら妾が名をつけてやろう。」
「え、詠ちゃん、私も女の子同士は・・・」
「陛下!!
月ぇ~、ボクはそんな意味で言ったんじゃないよ!?
月とはいい友達っていう意味で言ったんであって、
決して同性愛とか百合とかそういう意味じゃないからね?」
「フフッ冗談だよ、詠ちゃん♪」
「月ぇ~!!」
「董卓もやるようになったのぅ。」
「コレも陛下の教えの賜物です。」
「陛下! 月に余計なことを教えないでください!」
「妾はなにも余計なことは教えておらぬぞ?
ただ、董卓が面談に来る者達にどういう対応をすればよいか、
相談に来たからちょっと指南してやっただけじゃ。」
「なんでボクに聞いてくれなかったの月!?」
「聞いたけど詠ちゃんは 「適当に話を流して、
はっきりとした約束はしちゃダメよ!」
って教えてくれたじゃない。
忙しそうだったからそれ以上細かく聞くのも悪いと思って、
慣れてらっしゃる陛下にお聞きしたのだけどまずかったかな?」
「まずくはない・・まずくはないんだけど・・・っく!
恋! ボクにもその肉まん頂戴!」
「・・・もう無い。」
「うがぁ~~!!」
「ではとりあえず私の偽名は 『劉花』 と言うことで。」
「弁ちゃんがそれでいいなら、私はいいよ。」
「まぁ、いいんじゃないか?
花と言うのも私の華と似ていていいしな。」
「ええんちゃう?」
「きまりじゃな。」
「いいと思います。」
「・・・モキュ・・ゴクン。」
「いいのではないですか?」
「・・・・喜媚、後でなにか摘み作って、今日は飲むわ。」
「飲むのはいいけど この間みたいに私の部屋でそのまま寝るのはやめてね。
あの後みんなに誤解されて大変な事になったんだから。」
「わかってるわよ!」


こうして、弁ちゃんが町で使う偽名は劉花と言う事になり、
店への引越し準備も着々と進んでいった。

この頃からようやく桂花に書簡を出すのを賈詡さんに許されたので、
表に出せる事の経緯を説明し、しばらく洛陽に住むことを伝える。

表面上は、先の宦官粛清の折にどさくさに紛れて、
賊に襲われていた劉花ちゃんを助けたが、
両親は助けることが出来なかったため弁ちゃんは天涯孤独の身になってしまった。
お礼として両親の持っていた店を貰ったが、
劉花ちゃんの行く所がなかったので、
お店で一緒に働きながら 彼女が一人でも店をやっていけるように訓練をし、
将来的には店を彼女に返す予定だということにし、
桂花には説明しておいた・・・・のだが その返答で帰ってきた書簡には、
大きな文字で 「馬鹿! さっさと陳留に戻って来い!!」
と書きなぐられてあっただけだった。

その数日後に 数日して落ち着いたのか、
心配かけさせるな、もっと早く連絡をよこせ、
早く会いに来い、要約するとこんな感じの内容の書簡が届いたので、
私も早く桂花に会いたいけど、今は洛陽を離れられないのでしばらく待って欲しい。
といった内容の書簡を送っておいた。


こうして私の洛陽での新しい家であり、
目標の一つであった 小さくはないが 茶店の主としての一歩が始まることになった。


『黒猫茶館』


店の名前はこれで決まり、
開店のために兵、あらため、
従業員と劉花ちゃんにお茶の入れ方や接客方法を教える日々が始まる。



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四十四話

洛陽




「あんた劉べ、劉花様に接客をやらせるつもりなの!?」
「私達も止めたんだけど、本人がやりたいって聞かなくて・・・」
「すいません賈詡様、私もこれからは市井の民として生きる以上、
ただ、この店で座っているだけというのも辛いのです。
喜媚様に無理にお願いして、接客を習っているのですがダメでしょうか?」
「劉花様・・貴女の身を守るためにも出来れば控えていただきたいのですが。」
「すいません、でもどうしてもやりたいのです。
今までのように ただのお飾りではなく、自分の手で 何かをやりたいのです。」


賈詡さんは劉花ちゃんの表情を見ているが、
劉花ちゃんの表情は真剣そのもので 折れる様子はない。


「・・・・喜媚、アンタわかってるわね?
もし劉花様に何かあったら・・・」
「わかってるよ。
だから警備の人にも常に劉花ちゃんに付いていてもらうようにお願いしてあるから。」
「・・・何か問題があったらすぐに他の者達に言ってくださいよ?
劉花様に何かあったら、ここにいる全ての者が罰せられる事になるのですから。」
「はい、無理をして皆の足を引っ張るような真似をするつもりはありません。
皆さんにもお願いした時にさんざん言われましたので。」
「はぁ~・・分かりました。
重ねて言いますが 何か問題が起こったら すぐさま兵が対応しますから、
そういった時は劉花様は兵の指示に従ってくださいね。」
「分かりました。」
「それとあんた、ちょっと来なさい。」
「ん? なに?」


賈詡さんに個人的に呼ばれた私は部屋に隅の方に連れて行かれる。


(いい、あんた。 間違っても劉花様に手を出すんじゃないわよ。
指一本触れるんじゃないわよ!
そんな事をしよう物なら即、去勢するわよ。)
(出さないって! さすがにその辺の分別はついてるよ!
だけどさすがに指一本触れずには無理だよ・・・)
(それくらい細心の注意を払えって意味よ!
特に劉花様はあんたにベッタリな所があるからどうなるか想像もつかないわ。
正直、今一番の不安要素はあんた達なんだからね。)
(だから劉花ちゃんにはなにもしないって。)
(約束したわよ、もし破ったら・・・・・もぐわよ。)
(わ、わかってるって。)


こうして、賈詡さんになんとか許可を貰い、
劉花ちゃんも一緒に働けるようになったのだが・・・実際 本当に大丈夫だろうか?
今まで見たところ物覚えはかなりいいみたいだから大丈夫そうだが、
最初はあまり本格的に経営をするのは止めたほうがいいだろう。

こうして、劉花ちゃんも含めて兵の皆にもお茶の入れ方や接客を覚えてもらい、
料理の得意な人には厨房での仕事に回ってもらいながら、
開店準備を進めていった。


さて、私が開店準備を進める中でも そんな事お構いなしにやってくる人達がいる。

その筆頭がまず賈詡さんに陳宮ちゃんだ。
この人達、董卓陣営の中では比較的常識が有りそうなのだが、
自分の欲望に直っすぐな人達でもあった。

董卓さんに対する彼女の対応から見てもわかるのだが、
彼女を大事にしすぎるあまり、原作では軟禁に近い状態で、
洛陽運営時にも ほとんど彼女を人に会わせることが無かったはずだ。
それ故に原作では劉備陣営に逃れる事が出来たのだが、
この外史でもその本質は変わっていないようで、
どこまでも自分の思いに真っ直ぐなのだ。

陳宮ちゃんもそうだ。
呂布さんに対する態度は董卓さんに対する賈詡さんと同系統のモノだ。


何が言いたいかというと、この二人、
空いてる時間を見つけては私のところにやってきて、
私から許昌運営の話を聞いたり、洛陽運営や防衛戦時の討論をしていくのだ。


「あのね賈詡さん、陳宮ちゃん、話をするのはいいんだけど、
時間っていうものを考えてくれないかな?」
「しょうがないじゃない、ボクも忙しくてなかなか時間が取れないんだから。」
「音々もそうですよ、それに喜媚の話を聞かないと洛陽での内政に滞りが出るのです。
許昌での統治方法や屯所の件では喜媚の知識が頼りなのですから。」


そう、今はもう日が沈んで夕食も終わり、
これから寝ようと言う時間に兵に護衛させて彼女達がやってきたのだ。

結局この日は深夜まで彼女達の話に付き合わされ、
彼女達は自分用に用意した部屋に泊まっていった。


それ以外では武官の三人衆だ。
華雄さんは単純に劉花ちゃんの護衛役として私を鍛え、
張遼さんは面白そうだからと付き合い、
呂布さんは私が強くなるのは良い事だという 善意で来るので、
張遼さん以外は断りづらい。

結局この三人が来ると程々にボコボコにされるので、
その日は仕事にならない。

こうして私の店の開店準備は外的要因で進まないことが多かった。


私達が店に引っ越してから、二十日ほどでようやく試験的に、
董卓さん達を招いてプレオープンに持ち込むことが出来た。
この日ばかりは協ちゃんもどうしても自分も行くとゴネにゴネて、
結局 賈詡さんが折れることになり、協ちゃんも来ている。
従業員の制服は裾の長いチャイナドレスで、
劉花ちゃんだけは中に裙子(スカート)を穿いて素足が出ないようにしている。
私は厨房なので普段通りの猫耳服にエプロンだ。


「はい、お待ちどうさま。
今日のお茶は劉花ちゃんが入れたお茶だよ。」
「お~姉様が入れたお茶か!」
「な! こ、これは恐れ多い事です!」
「賈詡さんには何回かもう飲んでもらってるよね。」
「そうね、他の従業員も含めて合格点を出せる程度にはなってるわね。
もちろん劉花さまのお茶も贔屓目なしで採点しているわよ。」
「アッハハ 国広しと言えども 前陛下の入れたお茶が飲めるのはココだけやな。」
「笑い事じゃないわよ、本来なら不敬もいいところなんだから。」
「私は気にしませんので、どうぞ、お茶を楽しんでください。」
「きょ、恐縮です!」


華雄さんだけが妙に硬くなっているが、
皆お茶を一口飲んだ所で賈詡さんと私達以外驚いた表情をする。


「へぇ~、ウチはお茶のことはよう解からんけど、美味しいやんか。」
「そうですね、私も自分でお茶を入れますけど、ここまで美味しくは無理です。」
「・・・・恐れ多くて あ、味が解からん。」
「・・・・ゴクゴク。」
「恋殿! お茶はそんなに一気に飲まれるものではありませんぞ。」
「ふむ、だいぶ安定して入れられるようになったみたいですね劉花様。」
「はい、練習しましたので。」
「劉花ちゃんを厨房に立たせる訳にはいかないからね、お茶を任せたんだよ。」
「姉様が入れてくれたお茶は初めて飲んだが美味しいのう。
これからも飲みに来るかのう。」
「劉協様は今回限りです。
次回以降飲みたいのなら、劉花様を宮殿に呼んでからにしてください。」
「良いではないか、すぐ目と鼻の先なのじゃから、ここまで来るくらい。」
「ダメです!」
「賈詡は頭がかたいのう、そんなんでは嫁き遅れるぞ?」
「大きなお世話です!!」
「はいはい、今度は私が作った料理を食べてみてよ。
ウチはお茶とお菓子と簡単な飲茶でやっていこうと思ってるから、
こっちの味も大切なんだから。」


そう言って私は従業員の皆と、皆の前に料理を並べていく。


「お~喜媚の作った菓子か!
久しぶりじゃのう。」
「久しぶり? あんたまさか以前に劉協様に食事を食べさせたことがあるの!?」
「前に何度かね。」
「あんた・・・バレたらそれだけで とんでもない事になるわよ。
毒見もしてない料理を陛下に出すなんて・・・」
「喜媚が妾に毒を盛るはずがなかろう。」
「そういう問題じゃありません!
陛下の安全のためなんです!」
「賈詡はほんに頭が硬いのう。」
「はいはい、話はいいから冷める前に食べてみてよ。」
「はい、それでは頂きます。」
「饅頭みたいに柔らかいが、甘い匂いがするな、どれ・・」
「おぉ~、甘くて美味しいのじゃ~!」
「本当ですね、これは蜂蜜ですか?」
「そうだよ、許昌のウチでとれた蜂蜜を送って貰ったんだ。
それを生地に練り込んで仕上げに上から少しかけた、
餡の入ってない饅頭みたいなものだよ。
遥か西の方ではパンっていう食べ物なんだけどね。」


今回私が作ったのは蜂蜜を練りこんだパンを一口大に焼いたものだ。
コレならオヤツ代わりになるし、持ち帰りもできるし、
洛陽には無いタイプのお菓子なので、当たれば結構な売り上げになるだろう。


「後は簡単に出せる飲茶だよ、饅頭とか胡麻団子とかね。」
「ふむ、コレなら大丈夫そうね。
お菓子とお茶ならこの洛陽では 客もそんなに多くなさそうだし、
食べに来る客は富裕層だから多少高く値段を設定しても大丈夫でしょうし。
私達が泊まりに来た時は普通に食事やお酒は出すんでしょ?」
「出すけど、宿代わりに使わないでよ。
ただでさえ賈詡さんは勝手に自分用の部屋作っていったんだから。」
「アレは私の部屋じゃないわよ、客間よ。」
「よく言うよ、陳宮ちゃんと一緒に、
本とか荷物とか替えの服も持ち込んできてるくせに。」
「音々もしょうがないのですよ、
必要な事をするのに必要な準備をしているだけなのです。」


この娘達に口で勝つのは不可能なので早々にあきらめることにする。


「喜媚の菓子は相変わらず美味いのう。
のう呂布よ。」
「・・・うん。 おいしい。」
「呂布さんは・・・美味しそうだね。」
「・・・・モキュモキュ。 ・・・・うん、おいしい。」
「へ、へぅ~・・・恋さん、私の分も食べますか?」
「呂布よ、私の分も食うか?」
「・・・・うん。」


呂布さんは頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいる。
その様子に見とれた董卓さんと華雄さんが、
自分の分のお菓子を呂布さんのお皿に移しては、
呂布さんの口の中に消えていく。


「なぁなぁ、喜媚ぃ~酒は在らへんの?」
「ウチはお茶屋であって酒屋じゃありません。」
「そんな事言う手も自分達で飲む分くらいあるやろ?
せっかくの喜媚の店の開店祝いの席なんやから、ちょっとくらいええやんか~。」
「・・・一杯だけですよ。」


そういって私は奥から許昌から送ってもらった日本酒を出す。
後に、私はこの行為を後悔する事になる。


「はい・・・本当に一杯だけですよ。」
「わかってるって、お?
なんやコレ、水みたいに透き通ってるけど、匂いはかなりええ酒みたいやん。」
「家で作ったお酒です。
蜂蜜と一緒に送ってもらったんです。」
「どれどれ・・・っんく・・はっ~!
なんやこれえらいきっつい割に飲みやすくて美味い酒やなぁ!」
「家の母がコレが飲みたいってうるさくて・・・
数年がかりでなんとか再現したお酒です。」
「なぁ、喜媚これもう一杯頂~戴!」
「ダメです。 一杯だけっていう約束です。」
「そないな殺生な! こんな旨い酒一杯だけやなんて・・・」
「コレは私が自分用に取り寄せたんですからダメです。」
「こんなうまい酒一人で楽しむつもりなんか!
そりゃあかん! この神速の張文遠! ウチが絶対許さへんで!!」
「そんな大げさな・・・」
「ウチの分も! ちゃんと代金は払うからウチの分も取り寄せてぇなぁ。」


そう言いながら張遼さんが胸を押し付けてすり寄ってくる。


「ちょ、張遼さん! 胸が当たってますって!」
「ん? 喜媚も男の子やなぁ♪
なぁなぁ、お願いやからウチの分も取り寄せてぇなぁ~。」


張遼さんは更に胸を押し付け、首筋に顔を埋めるようにしながら、
私の耳元で甘えた声でお酒の催促をしてくる。


「あんた達! 陛下達の前で何やってるのよ!!」
「あだっ!」 「痛たっ!」


そんな私達に賈詡さんが拳骨を落としていく。


「いったぁ、私はなんにもやってないじゃない。」
「霞に言い寄られて鼻の下が伸びてたわよ!
何よ! そんなに乳がでかいのがいいっていうの!?」
「鼻の下なんか伸びてないって・・・張遼さんにはお酒を催促されてたんだよ。
それに胸の話なんかしてないじゃない。」
「お酒? あんたアレ霞に飲ませたの!?」
「祝いの席だからって、家には今料理用以外はあのお酒しか無いし。」
「あんなもの霞に飲ませたらそうなるに決まってるじゃない。
・・・まったくしょうがないわね。」
「なんや? 詠はもしかしてウチより先にアレ飲んだんかいな!
・・ずりゅいで!!」
「ずりゅいって、少し口調がおかしくなってるわよ。
私は、喜媚の所に泊まった時にちょっと貰っただけよ。」
「・・・嘘つけ、その後 張遼さんと同じように催促したくせに。」
「なんか言った!?」
「いいえ、何も。」
「・・・ならウチも今日から喜媚と一緒にココで暮らす!!」
「ダメに決まってるでしょ!!」
「せやったらどうやったら このお酒をもう一回飲めるようになるっちゅうんや!」
「泣きながら言う事じゃないでしょう・・・
もう、しょうがないわね。
喜媚、霞の分も取り寄せてやってちょうだい。
お金は霞の給料から引いてあんたに渡すから。」
「そんなんせぇへんでもちゃんと代金は払うって。」
「ウチにもそんなに量があるわけじゃないんだけど・・・」
「だったら多めに作ればいいじゃない。
代金は出すから・・・霞が。」
「そりゃないで詠!」
「冗談よ、でも飲む分は出すから作ることは考えておいて、
・・・ボクも もう少し飲みたいし。」
「・・・はぁ、わかったよ。」


結局この数カ月後、
二人以外にもお酒を口にした人達や、
あの董卓さんも一緒になって要求してきた事で、
ウチの庭に小さい酒蔵が建つ事になるのであった。


こうして、ウチの店のプレオープンは一部問題もあったが順調に終わり。
本番のオープンを迎えることが出来た。


まずは本来ならプレオープンの時に呼ぶべきだった、
近所の顔役の人達を無料で招待し、
その後、一般のお客をいれ始めたのだが、最初はそれほどお客は入らなかったのだが、
一度来てくれたお客がかなりの確率でリピーターになってくれたので、
最初の月はまずまずの売上だった。

賈詡さんにも コレ以上お客を入れると劉花ちゃんの保安上の問題があるので、
あまりお客を入れないように、と釘を刺された。


更に賈詡さんや陳宮ちゃん、華雄さん、張遼さん、呂布さんに董卓さんまで来るので、
その事が豪族達の間で話題になり、
私が何か董卓さんとの特殊な人脈があると考えた人達が、
店に訪れるようになった事で、一般の民には入りにくいが、
ある程度の富裕層の間では店主は董卓軍と人脈があり、
美味しいお茶や珍しいお菓子を出す店として、
そこそこ名が売れるようになっていった。



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四十五話

洛陽




董卓さんが何進さんの地盤を引き継ぎ、
洛陽を治めるようになって数ヶ月で、大きく変わったことがある。
それは町の見回りをする警備兵をよく見るようになった事だ。

民が安心して生活できるようにするために、まずできる事の一つとして、
町の警備を増やし、治安を回復する事だ。
袁紹さん達によって、悪政を働く一部の古参の宦官が排斥された事で、
若くてこの国の未来を憂いている宦官や文官、武官を採用し、
屯所を作るための下準備を進ませる間に、
警備隊を再編成し町の巡回を以前よりも細かくするようになった事で、
犯罪を未然に防ぐ事に尽力した。


それと均田制を導入する事だ。
均田制とは、税金を払えない人達や戸籍のない流民等に戸籍を与え、
最低限の衣食住を保証する代わりに、
洛陽周辺の荒れた土地を開墾し畑として利用できるようにし、
収穫の一部を税として収めさせる。
一代限りの畑と、一定の面積の範囲内の畑なら世襲を認めさせる畑の二種類があり、
流民に戸籍を登録させ、きちんと納税させるための制度だ。

一部豪族が、荘園運営のために人を雇っていたのだが、
その多くは流民で戸籍を有していない者を安い賃金で雇うことで、収益を上げていた。
しかし、袁紹さんの宦官の粛清の時に 自分達も粛清の対象になるのでは?
と 恐れた豪族達は囲っていた民を放逐するか、戸籍を入れさせ税を収める事で、
自分達はきちんと法を守っていると言う姿勢を示す態度をとる者などが現れた。

放逐された民は均田制の導入に伴い戸籍を得て、
衣食住を保証される代わりに洛陽の民としての地位と責任を得ることが出来たが、
中には悪質な豪族なども居て、
荘園で雇っていた民を 『処理』 しようとした者達もいたが、
その場合は私財没収や犯した罪によっては死罪まで適用して、厳重に処罰された。

均田制には 志願者が殺到し一時混乱したが、
なんとか無事に志願者全員分の耕作地の確保ができるようで、
コレは宦官や豪族から没収した私財の中に土地なども含まれていたため、
それをそのまま流用したり、
荒地を開墾させることで志願者の雇用を確保することが出来た。

まずは 基本は 今まで通りの農法で農作業を行なってもらうが、
許昌で採用している農法等も一部取り入れ、農業指導もしているため、
来年以降の税収は期待できるだろう。


更に雇用を生み出す為に、汜水関や虎牢関、函谷関、孟津港の、
防備を固めるための増改築工事で人を雇い、
洛陽内での当時、冷遇されていた職人達に、資金援助などで支援することによって、
職人の数を増やす試みも進行させた。
この増築工事に伴う設計案では、私の知恵袋から出した策も導入してもらい、
汜水関、虎牢関の二つの関は更に強固な関へと変わっていった。


衣食住が満たされ、治安も良くなれば人の心も穏やかになっていく。
こういった董卓さんの内政努力により、
これから数年で、洛陽内は以前とは比べ物にならないほど活気に満ちた、
まさしくこの国の首都に相応しい都市へと変貌していく。

しかし、今はまだ、その第一歩が始まったばかりである。


さて、そうなってくると忙しくなるのは賈詡さん達、文官なのだが、
嫌な忙しさではなく、明るい未来への努力なので、
意外にストレスは溜まってはいないのだが、そこはやはり人間だ。
どんなに良い仕事をしていてもストレスは溜まるので、
その発散方法を個々で色々考えるのだが、賈詡さんの場合は、
董卓さんとのお茶会か、私のところに来ての未知の知識の吸収と・・・愚痴と酒だ。


「だからね、ボクは言うのよ、あんたもこんな店やってないで、
宮殿に来てボクの仕事を手伝いなさいって!!」
「はいはい、そうだね、賈詡さんはすごく頑張ってるよ。
賈詡さん達のお陰で私達は安心して暮らしていけるんだから。」
「それがわかってるならボクの仕事を手伝いに来なさいよ!」
「だから、私がこの店を離れたら劉花ちゃんが心配でしょ?
護衛の人達がいるとはいえ、まだ、彼女は精神的に落ち着いていないんだから。」
「だったら一緒に宮殿に来ればいいじゃない。」
「だから、劉花ちゃんが宮殿内をふらふら歩いてたらみんなびっくりするでしょ?
大怪我で治療中の前皇帝陛下が宮殿内で見つかったらダメじゃない。
それに劉花ちゃんにとって宮殿は嫌な思い出が多すぎて安心できないから、
わざわざ私に着いてきてここで一緒に暮らしてるんでしょ?」
「だったらあんただけでも手伝いに来なさいよ。
あんたの新式の算盤がまともに使えるのは今のとこ、
あんたとボクと音々しかいないのよ!」
「皆に教えればいいじゃない。」
「そんな時間あったら仕事するわよ!」


こんな感じの話が彼女が眠くなるまで延々とループするのだ。
正直彼女にあのお酒を飲ませたのは失敗だった。
最初は美味しいお酒でも飲めば気休めになるかと思って薦めたのだが、
一般に流通しているお酒よりもアルコール度数が強いため、
お酒にそれほど強くない彼女はすぐに酔ってしまうのだ。
そして眠くなるまでひたすら愚痴る。

まぁ、彼女は酔った時の状況が 記憶には残るタイプのようなので、
翌朝、バツの悪そうな顔をして二階から現れる彼女が結構可愛いので、
愚痴を聞くくらいならいいのだが、
そんな彼女の様子を見ていると、ふと桂花の事を思い出してしまう。
書簡でやり取りはしているが、やはり会えないと寂しいもので、
自分でもここまで桂花が好きだったのかと 改めて驚いている。


「・・・・・」
「・・・そ、そのおはよぅ。」
「・・あ、おはよう賈詡さん。」
「・・・・ふんっ。」
「どうしたの?」
「なんでもないわよ!」
「?」


この日 賈詡さんはなぜか機嫌が悪かったが、次に会う時には元の機嫌に戻っていた。


さて、洛陽の宮殿を出て町に住んでいるとはいえ、
私と協ちゃん達が疎遠になったかというと そういった事は無い。
数日おきに洛陽の宮殿に劉花ちゃんと一緒に協ちゃんや、董卓さんを尋ねるのだが、
私が以前、協ちゃん達に用意してもらった書簡では、
効果が強すぎると言うか、兵がびっくりしてしまうので、
新たに董卓さんに立ち入りの許可証を発行してもらい、それで宮殿に立ち入っている。


「協ちゃん久しぶり~元気?」
「おぉ! 喜媚か、よう来たのう。
ほれ董卓よ、今日はもう仕事は止めじゃ。」
「陛下、そうはまいりません。
まだ、本日中に決裁をいただかないと行けない書簡が残っているのですから・・・
でも・・・丁度キリもいいので 少しくらいなら休憩してもいいですね。」
「じゃから董卓は好きなのじゃ~!
コレが賈詡じゃったら 「仕事が終わるまでおあずけです!」 じゃからのう。」
「フフフ、詠ちゃんらしいです。」
「では、お茶を用意させますね。」
「あ、お菓子は私が作ってきたのがあるからお茶だけでいいよ。」
「はい、わかってますよ。
私も喜媚さんのお菓子、楽しみですから。」
「姉様! 市井の暮らしはどうじゃ? 楽しいか?」
「えぇ、皆さんよくしてくれますから楽しいですよ。」
「そうか! よかったのう。
妾も喜媚の店に遊びに行きたいのじゃが、賈詡がうるさくてのう。」
「賈詡さんも劉協の為を思って言っているのですから、
あまり無茶をいってはいけませんよ?
私もできるだけ来るようにしますから。」
「うむ!」
「それにしても劉協は大丈夫ですか?
・・・私の代わりに嫌なことを押し付けてしまったみたいで。」
「妾は姉様が元気でやっておるならそれで良い。
それに姉様が皇帝だった頃と違うて、随分と風通りが良うなった。
妾もそれなりに自由な時間をもらっておるしのう。
逆に姉様に悪い気がしてならぬ・・・
姉様には最悪の時期に皇帝をやらせてしまったからのう。」
「そんな事無いですよ。
私も劉協が元気でやっているならそれでいいですから。」
「うむ!」
「さぁ、二人共話はお茶をしながらでもできるから、
一緒にお菓子でも食べながら話そう。
今日は新作で出す予定の試作品のお菓子だよ、
遥か西ではマドレーヌって言うお菓子だよ。」
「おぉ、喜媚の新作か! 楽しみじゃのう。」
「董卓さんもどうぞ。多めに作って来ましたから、余ったら皆で食べてください。」
「ありがとうございます。」


私達はちょっとしたお茶会を開きながら、
お互いの近況やこの国の将来の形等を話し合う。
董卓さんと協ちゃんはやはり謁見に来るお客が多いことを愚痴っていた。
今でも董卓さんに賄賂を渡そうとする者や、
自分の息子を婿として出そうとする者がいるようで、
董卓さんも対応に困っているそうだ。


「董卓もはよう婿を取ればそういった輩も減るのじゃがのう。
婿を取る予定はないのか?」
「へぅ、ありませんよ! それに詠ちゃんがそういうことにはうるさくて、
なかなか男の方と話す機会もなくて、
それに私も男の人はあまり得意ではなくて・・・」
「喜媚とは普通に話せておるではないか?」
「喜媚さんはなんか、同年代の方と雰囲気が違って話しやすいんですよ。
その・・・容姿の事もありますし、あ、すいません。」
「・・・董卓さん、一応言っておくけど好きでこの格好してるんじゃないからね。」
「わ、わかってますよ、何回も聞かされましたから!」
「わかってもらえてるならいいんだよ。」
「そうなると董卓の婚期も遅れそうじゃのう。
言うておくが喜媚はいかんぞ、喜媚は妾と姉様で婿にもらうのじゃから。」
「ブフゥ・・・ケホッケホッ・・・な、何言ってるの協ちゃん!?」
「何もふざけた事は言うておらぬぞ? のう、姉様。」
「し、知りません!!」
「姉様は初心よのう、そんな事では他の女に喜媚が取られてしまうぞ?
ほれ、喜媚には幼馴染の荀彧がおったじゃろう。
アレに取られてしまうぞ?」
「そう言う事は喜媚様がお決めになることですから・・・」
「そんなんじゃダメに決まっておるじゃろう。
喜媚も子を沢山残さんといかんから荀彧を妾にするくらいなら許してやるが、
本妻は妾か姉様のどちらかから選ぶのじゃぞ?」
「本気にしても冗談にしても性質が悪すぎるよ!」
「もちろん妾は本気じゃ。」
「余計に悪いよ・・・賈詡さんが聞いたら、
私が去勢されるかもしれないから、絶対に賈詡さんの前で言わないでよ!
董卓さんも賈詡さんに告げ口とかしないでよ?
私は協ちゃん達をどうこうしようとか思ってないんだから。」
「わ、分かりました。」
「姉様、喜媚の守りは硬そうじゃぞ。
まずは外堀から埋めていかんといかんようじゃ。」
(・・・・・・劉協、わかってますね?)
(うむ、まずは賈詡を何とかせんとな。)
「何をコソコソと二人で話しているの?」
「なに、女同士の秘め事というやつじゃ。」
「そうですよ、姉妹の語らいです。」
「?」


何やら二人が怪しい雰囲気を醸し出しているが、大丈夫だろうか?
とにかく二人の今後の動きには気をつけよう。
私も賈詡さんに去勢されたくはない。


洛陽の宮殿に協ちゃん達を尋ねた帰り、武官の人達が訓練している訓練所に寄って、
華雄さん達の様子でも見ていこうと予定していたので、
劉花ちゃんと護衛の人達とで訓練所の方に向かった。

私は以前から張遼さんに 密かにお願いしていることがある。
華雄さんの猪突猛進振りを何とか出来ないか? という事だ。

原作恋姫では華雄さんを張遼さんが抑えきれずに汜水関で出てしまい、
汜水関での戦闘で愛紗ちゃんに討ち取られるか、敗北して敗走するのだが、
今回、この外史でそれをやられると非常に困るので、
今の内から矯正できないか、張遼さんに相談しておいたのだが・・・・


「まだまだぁ!! 呂布もう一戦だ!!」
「・・・お腹すいたからヤダ。」
「飯はさっき食ったばかりではないか!」
「華雄の相手してたらお腹が減った。」
「恋殿! 厨房から肉まんを貰って来ましたぞ!」
「音々! お前は仕事があったやんか! 仕事はどないしたんや?」
「仕事よりも恋殿の空腹の方が一大事です!」
「・・・詠に言いつけるから覚悟しとくんやで。」
「し、仕事に戻るです!!」
「・・・なんか変な時に来ちゃいましたか?」
「ん? おぉ喜媚か、丁度休憩する所やからええで。
ほら、そんなところに突っ立っとらんと、
劉花様も一緒にこっちに来て一杯やりいや。」
「流石に昼間からお酒は飲みませんよ。それよりこっち飲んでください。
私が作った蜂蜜水のような物です、運動とかで汗をかいた後に飲むといいですよ。」


私は張遼さんがお酒を注ごうとしていた器に、蜂蜜水のような物を注ぐ。


「どれどれ・・・へ~ほんのり甘くて飲みやすいな。
お~い華雄、呂布もこっち来てコレ飲んでみいや。」
「なんだ?」 「飲み物?」


私は、伏せてあった茶器に 果実水を注いで二人に渡す。


「コレはなんだ?」
「運動などで汗を書いた後に飲むといいものです。
汗とともに失った身体の塩分や水分、栄養を補給するのにいいんですよ。」
「・・・ゴクゴク。」


呂布さんは私の説明を聞く前にもう飲んでいた。」


「・・・おいしい、もう一杯。」
「はいはい。」
「ふむ、確かに飲みやすいな、体に染み渡るような気がする。」
「運動すると水分と塩分を消費しますから、
兵の人達の訓練後にも水分補給と一摘みの塩を舐めるだけでも随分違いますよ。
ですから兵の調練後は水分補給はしっかりしてあげてくださいね。」
「ふむ、分かった。」


華雄さんは戦時はどうか知ら無いが、普段は意外に素直に私の話を聞いてくれる。
特に兵達のためになるような事だと 積極的に話を聞いてくれるので、
彼女が普段どれだけ部下を大切にしているのかがよく分かる。
もちろん、コレは張遼さんや呂布さんも同様で、
兵のためになる事だったら積極的に取り入れてくれている。


「しかしこの間、賈詡から聞いた盾を使った歩兵訓練はどうもいかんな。
防御しながら攻撃というのがいかん。
やはり先手必勝一撃必殺こそ 武の目指すところではないだろうか?」
「皆が皆華雄さんみたいに強いわけじゃないんですから、
アレで許昌では兵の生存率がかなり違うんですよ?
幾ら華雄さんが強くても数の力には勝てませんよ。」
「前にもその話はしたが、一人で二人倒せば倍の数にも勝てるではないか。」
「同じく、前にも話しましたが、
それで死んだり怪我を負ったらどうしようもないですよ。
二人か三人で一人を確実に倒してそれを三回繰り返せば同数、
六回繰り返せば倍の数の兵を安全に倒せるじゃないですか?
実際訓練して証明してみせたじゃないですか、
私の指示通り指揮する部隊対華雄さんの部隊の兵で、
その時は私の指揮する兵が勝ったでしょう?
個人戦ならともかく集団戦は如何に効率的に敵を倒すかです。」
「むぅ・・・」


実際、盾を使った戦法を華雄さんに受け入れてもらうのに、
模擬戦を行ったのだが、私の部隊は盾をつかって敵の突撃を抑えつつ
短く扱いやすい戈で突き刺すと言う戦法だったのに対して、
華雄さんは剣や斧を持った部隊での突撃だった。
両方共華雄さんの部隊の兵なので練度に違いはないが、
私の部隊はとにかく味方同士で守りあって後の先を取る戦法に徹した結果、
模擬戦終了時の損耗率は 私の指揮した部隊の方が圧倒的に少なかったのだ。

賈詡さんや陳宮さん達も実際見に来ていて、
この戦法のいいところを取り入れてもらいつつ、改善点を指摘してもらっている。


「とにかく、あの時負けたら賈詡さんの指示通りの訓練を、
受けるという約束なんですから、約束通り訓練してくださいよ。」
「それはわかっている。
私とて部下達には生きて戦場から帰ってきてもらいたい・・・
だが私の戦のやり方ではないからどうもなぁ。」
「そこは華雄さんが一騎打ちでもする時に華雄さんらしい戦い方をしてください。
部下の皆には生きて帰ってくる事を叩きこんでください。」
「うむぅ・・・」


色々消化でききれてないところもあるようだが、
コチラの指示は聞いてくれているのでいいだろう。
後は華雄さんに煽り耐性が付けば申し分ないのだが・・・


「ほら、華雄次はウチと勝負や。
呂布とやったばっかで疲れてへたれてる言うんやったら、
少しは待ったってもええで?」
「なにを!! この程度疲れた内にもはいらん!!
その減らず口たたっ斬ってくれる!」


まだまだ、先は長いようだ。
と言うか、煽り耐性無さ過ぎます華雄さん・・・



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四十六話

洛陽




洛陽を董卓さんが統治するようになり、
様々な制度を導入し 以前の洛陽とは違い、
徐々に一般の民にも笑顔が見られるようになったある日のこと、
桂花から定期的の送られてくる書簡に気になることが書いてあった。

いつもはお互いの近況報告と 早く陳留に来い!
と書かれた竹簡で構成されているのだが、
今回の竹簡にはそれ以外に、近い内に曹操さんと一緒に洛陽に来るかもしれない。
と 書かれてあったのだ。


(曹操さんが洛陽に来る?
なんでまた・・・まぁ、曹操さんや桂花に、
今の洛陽を見てもらうのはいいのかもしれないな。
反董卓連合が結成されたら曹操さんは連合に与しそうだが、
今の洛陽を見たら考えを変えてくれる可能性が少しは増えることになる。)


反董卓連合が結成された時に備えて、董卓さんや賈詡さんは、
様々な対策を行なっている。
洛陽の平穏な統治、細作や行商人を使っての情報戦、
董卓さんによる より多くの諸侯や豪族との面会、
特に以前より親交があり、漢という国や皇帝にに対して忠誠の高い馬騰さんとは、
より親密にしてもらうようお願いしてあるし、
私も華陀を紹介して馬騰さんの治療をお願いしてある。
恩を売るようであまりいい気分はしないが、
少なくとも民が戦に巻き込まれるよりははるかに良い。

それに私が劉花ちゃんを引き取り、董卓さんに協力するようになってから、
妙に左慈が私に協力的なのだ。
まぁ、理由はわかっている。
董卓軍が勝てば北郷一刀君に一矢報いる事ができるからだろう。
頻繁に私の所に来ては、「手が必要ではないか?」 と聞きに来るのだ。
今まで母さんに指示でもされないか、
私から接触しようとしない限りそんな事なかったのだが、
協力的なのは良い事なので、そのまま協力してもらうことにしている。

私も今では一刀君に勝たせるわけには行かなくなった。
劉備さんと董卓さんは仲良くやっていけそうだとは思うが、
原作知識を元にすると 今の董卓さんと 今の劉備さんでは決定的な違いがある。
君主としての覚悟が違う。
董卓さんは劉花ちゃんが誘拐されたあの日から覚悟を決め、
この国を立て直し、理不尽な死が無く、
民により良い暮らしをしてもらうことを目標にしている。
そのためには戦うことも辞さないと覚悟を決めているが、
原作通りの劉備さんならまだ、そこまでの覚悟は持ってないはずだ。
直接会って話しをしたわけではないので
もしかしたら一刀くんや愛紗ちゃんがうまくやって、
そういった君主としての覚悟を持つことができているのかもしれない。
それに自ら領地を持つことで主君としての心構えが出来たかも知れない。
そうならば董卓さんと劉備さんはきっとうまく協力してやっていけるはずだ。
だが そうでない原作通りの劉備さんならば、今の董卓さんと会わせるのは 危険だ。


最近になって周泰ちゃんも私のお店に来てくれた。
しばらく会えなくて心配していたが、
黄巾党の後始末やらで追われていたらしい。
寿春の方もかなり畑やらに被害が出ているようで、
周瑜さんが苦労しているようだ。
その周瑜さんだが、少し前に華佗の診察を受けたようで、
やはり身体を患っていたらしく、治療にしばらくかかったが無事に完治したらしい。
反董卓連合や、私が洛陽に住むことになってしまい、
当時とは立場が違ってしまったが、それで彼女の死を願うなんてことは出来ないので、
とりあえず完治してよかった。
周泰ちゃんによると 周瑜さんは、
私に会ったら是非お礼を言いたいと言っていたそうだ。


さて、問題は曹操さんだ。
曹操さんは目指す所は同じなのだが 手段が決定的に違う。
そして目的達成のためには覇道を突き進む彼女は、
反董卓連合が結成されれば必ず参加するだろう。
そして参加しつつ いつでも董卓陣営に着くことができるように、
準備をしてくるだろう。
桂花もいるし曹操さん自身の能力も高いこともあり それが可能なのだろうが、
できる事なら最初から董卓さんの陣営について欲しいが・・・おそらく無理だろう。

地理的な問題で、曹操さんが反董卓連合時に最初から董卓さんに付いたら、
まず最初に潰されるのは、より袁紹さんや美羽ちゃんに近い陳留の曹操さんだからだ。
曹操さんが汜水関よりも内側か西の諸侯だったら、
最初から董卓さんの味方になってくれるかもしれないが、
陳留の場所を考えると彼女は連合に参加せざるを得ない。

最も反董卓連合を組ませないことが一番いいのだが、
橋瑁の件や十常侍の張譲がまだ捕まってないいし、
死体も確認できていないらしいので安心できない。
史実では橋瑁は反董卓連合結成に関わっている。
できる限り早急に居所をはっきりさせて捕らえたいのだが、
あまりうまくいってない状況だ。


孫策さんについてはあまり心配していない、
現状彼女達は美羽ちゃんの配下扱いだし、
彼女達は母親の孫堅の天下統一の夢と言うよりも、
呉の民の安寧が優先されると私は考えている。
反董卓連合が結成されればその隙を突いて美羽ちゃんを裏切るかも知れないが、
結成されなければ機を伺うだろう。
適当な所で、董卓さんが支援する形で独立できれば、
董卓さんの味方になってもらうこともできるだろう。
美羽ちゃんには悪いが、彼女の統治、と言うよりも、
彼女の取り巻きの統治では民が苦しむことになる。
美羽ちゃんが本当に幸せになるには、いっその事、
袁家の呪縛から解かれたほうがいいのかもしれない。
コレは私の勝手な意見で、本人は否定するかもしれないが、
彼女は幼くして持たされた権力に縛られているので、
そこから開放したほうが彼女らしい生き方ができると思うが、
そう思うのは私のかってな想像なのかもしれない。


さて、話を最初に戻して、当初の問題は曹操さんが何を目的に洛陽に来るのか?
と言う事だろう。
名目上は新しい献帝のお祝いと言うことらしいのだが、それだけで来るはずがない。
私が目的とも思えないし、桂花がゴネたか?
董卓さんの顔を見に来るのか?
又はそれら全てか?

現状では情報が少なすぎて判断がつかないので、
この件関しては後手になりそうだが、
董卓さん達とよく話をしておいたほうがいいだろう。
場合によっては反董卓連合結成の可能性の話をして、
連合側を裏切ってもらうようにほのめかして置くのもいいだろう。




--荀彧--


今私達は陳留の城で朝議を開いている。


「華琳様、例の洛陽へ陛下のお祝いに行く件ですが、日程が整いました。
貢物の手配のほうも滞り無く進んでいます。」
「そう、ご苦労様。
ご褒美に今夜閨でかわいがってあげましょうか?」
「それは春蘭に言ってやってください。」
「よく言ったぞ桂花! 華琳様!!」
「春蘭は自分の仕事で功績をあげてから来なさい。」
「そんなぁ~・・」
「・・・ふぅ、やっぱり桂花はあの子も一緒じゃないとダメみたいね。」
「しかし、華琳様、本当に洛陽に行かれるのですか?」
「もちろん行くわよ、秋蘭。
陛下が即位されたのに漢の臣下としてお祝いに行かないわけには行かないでしょう?」
「・・・それだけですか?」
「もちろん違うわよ、最近変な噂が流れてるのを知ってる?
董卓が統治するようになって洛陽は以前とは比べ物にならないほど住みやすくなった。
董卓様は素晴らしいお方だ。
不正を働く役人が完全に排斥されて賄賂を払わずに済むようになった。
こんな感じかしら桂花?」
「はい。」
「それを確認しに行くのですか?」
「違うわよ、問題は、董卓が統治するようになって数ヶ月しか経ってないのに、
こんな噂が流れる事よ。
どんなに董卓が優秀で、麗羽の馬鹿が忌々しい宦官を殺して回ったとしても、
数ヶ月でこんなに代わるものかしら?
代わるはずはないわ。
ならば意図的に噂を流している者がいるはず。
間違いなく董卓ね。
そしてその噂に真実味を持たせるために、
今董卓は必死になって洛陽で善政を敷いているのでしょうね。
ではなぜ、そんな噂を流す必要があったのか?
それを確認するのと、董卓の顔を見に行くのよ。
私の覇道に立ち塞がる者なのか、董卓に何処まで先が見えているのか確かめにね。」
「そうですか、しかし連れて行くのが、
桂花と新人の真桜だけというのはいささか不安です。
せめて姉者か私を連れて行ってくれませんか?」
「ダメよ、秋蘭には私がいない間の陳留を頼まなきゃいけないし、
春蘭は陳留防衛の要よ、まだ凪達では不安が残るわ。
あの子達はこれから伸びていくのだから。」
「しかしそれだったら桂花は?
桂花を置いて私を連れて行って下さったほうがいいのではないですか?」
「あら、秋蘭 桂花の恋路を邪魔しようっていうの?
洛陽には桂花の愛しのあの子がいるのよ?
そんなんじゃ馬に蹴られてなんとやらよ。」
「か、華琳様!!」
「そういう意味ではありません。」


くっ、私をからかうためにわざとあんな事を言う華琳様も華琳様だが、
あっさり流す秋蘭にも腹が立つ。


「冗談よ。 桂花をつれていくのは確認のためよ。
あの子が今洛陽に居て 洛陽から動けないとか言ってるらしいけど、
細作によると 董卓の洛陽運営にはウチで使ってる方策や、
今後 使う予定の屯所を運用するために、
用地確保をして兵の訓練をしているらしいわ。
そんな事ができるのは 私が知るかぎり桂花か、
桂花の幼馴染の郭嘉、それに喜媚、あの子よ。
誰かが董卓についている可能性があるのなら確認する必要が有るわ。
後は そろそろ桂花を喜媚に合わせてあげないと色々と問題があるのよ。
桂花の部下の男が桂花の口撃で再起不能にされてるらしくてね、
何とかしてくれって上申が来てるのよ。
喜媚に会わせて抱かれれば少しはおとなしくなるでしょう。
ねぇ、桂花。」
「くっ・・・私は何も特別なこと言っていません。
事実をありのままに口にしただけです!」
「ほら、このザマよ。
あの子はどうやって桂花をうまく扱っていたのか 是非とも聞いてみたいわ。」
「はぁ・・そういう事なら。」
「後最近 麗羽のバカが何やら企んでるらしいから警戒しておいて。
いきなり攻めてくるなんて事は無いと思うけど、
麗羽は何をしでかすかまったく予想がつかないから 警戒はしておいて。」
「わかりました。」


こうして朝議は終わり、私は今日の仕事を片付けるために執務室へ行く。


(フフフ待ってなさいよ喜媚! どんな馬鹿なことやってるかわからないけど、
今度は首根っこ掴んででも陳留に連れて帰ってやるから!)




--喜媚--


「・・・・・ビクッ!?」
「どうしました喜媚様、そんなに怯えて。」
「い、いや、今なんかすごい悪寒が背筋を走ったから。
何も嫌なことがなければいいけど・・・」


今背筋を走った悪寒は、昔桂花が悪巧みをした時の感じに似ていた・・・
まさか、桂花がなにか企んでいるのでは・・・


「ち~っす喜媚、邪魔するでぇ。」
「張遼さん、いらっしゃいませ。」
「ん? どないしたんや変な顔して?」
「いや、ちょっと嫌な予感がしたので。
幼馴染が悪巧みしてる時に感じたような悪寒が・・・」
「喜媚の幼馴染って荀彧っちゅ~奴やろ?
陳留のおるはずなのに、ここ洛陽でなんかできるわけあらへんやん、考え過ぎやって。
そ れ よ り も 早速一杯くれへんか?
もちろんつまみ付きで!」
「張遼さん・・・ウチ酒屋じゃなくてお茶と軽食を売ってる店なんですけど。」
「そんな固いこと言わへんと、
やっと仕事が終わったんやから一杯くらいええやんか。」
「本当に終わったんですか?
この間みたいに賈詡さんが怒鳴りこんでくるのは勘弁して下さいよ?」
「今度はほんまやって、詠にも確認取ったし、
今日はもう仕事上がってええって言うたし、今日は飲むでぇ~!」
「飲むって言ってもそんなにお酒ありませんよ。
許昌から送ってもらった分しか無いんですから。」
「今度輜重隊の行軍訓練で許昌までの往復の行軍訓練でもやろうかな?」
「止めてください!」
「冗談やって、流石にウチも酒のために軍を動かすなんてせぇへんよ。
今日は酒も自前で持ってきたし、喜媚は摘み作ってくれへんか?」


そう言って張遼さんは持ってきたお酒の入った壷を机の上に置く。


「しょうが無いですね、個室のほうでおねがいしますよ。
まだ営業中なんですから。」
「分かった分かった、ほな、頼むでぇ~。」


張遼さんは度々こうやってウチを居酒屋扱いして、
奥の間仕切りの向こうの個室で飲んでいく。
時には華雄さんや賈詡さん、董卓さんも参加していくのだが、
そのおかげで、ウチでは酒も出すのか?
と聞いてくるお客がいて困っている。

劉花ちゃん安全上 一般のお客にお酒を出すわけには行かないのだが、
こうもしょっちゅうやってきて家で酒盛りを開かれると、
誤解するお客が増えて困るのだが、その辺賈詡さんはどう考えているのか・・・

私はとりあえず簡単に作れる摘みを作って張遼さんの所に持っていく。


「はい、出来ましたよ。」
「お~、待っとったでぇ!」
「・・・そもそも なんで張遼さん達は家で酒盛りを開くんですか?
賈詡さんも家でお酒を出すのは反対していたくせに、
夜家に来てお酒を飲んでいくんですけど。」
「そんなんきまってるやん、喜媚が作るツマミが美味いからやん。
それに宮中だと決まった時間にしか食事が出ぇへんし、
つまみ作ろうにもウチらで料理うまい人間が喜媚か月しかおらへんし。
月に作らせるわけにもいかんからココに来るんや。」
「・・・皆さん少しは料理覚えてくださいよ。
陳宮さんは少しはできるんじゃないですか?
呂布さんの面倒見てるんですから。」
「音々はあかん、お子様やからウチらが酒盛り開く時間には寝てるか仕事やらな。」
「まったく・・・・女性がこれだけいて料理もできないなんて。
劉花ちゃんでも最近は簡単な料理をできるようになりましたよ。」
「ほんまかいな!? ・・・や、やっぱり少しくらいは出来たほうがエエのんかな?」
「そうですね、出来ないよりは出来たほうがいいと思いますよ。」
「肉焼くのは得意やねんけど・・・」
「今度機会があったら教えますから、炒飯くらい作れるようになりましょう。」
「う~ん、難しくないか?」
「簡単ですよ、材料切って炒めるだけですから。
調味料はきっちり計った分順番に入れるだけですから、
すぐに出来るようになりますよ。」
「ほんなら少しくらいはやってみよう・・・・・・・・・・・・・・・かな?」
「・・・すごく長く考えた上に疑問形ですか?
まぁ、いいですけど。」
「まぁまぁ、今はええやんけ、喜媚の料理が冷めてしまうから、
食べて飲んでから考えようや。」
「はぁ・・・」


結局このあと華雄さんも来て二人で夜まで飲んだ挙句、
彼女達は二階に泊まっていった。



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四十七話

洛陽




この日は朝起きた時から胸騒ぎがしていた。
何かとんでもないことが起きるような、そんな胸騒ぎが・・・


「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あの、お茶のおかわりとか・・・は。」
「いらないわ。」
「喜媚様、結構です。」


今、私の店の個室でこうしてお互い睨み合っているのは、桂花と劉花ちゃんだ。

何があったかというと・・・話は簡単なのだが、
以前 桂花から書簡で書かれていた通り、曹操さんが洛陽に来たのだ。
曹操さんは 「久しぶりに会ったんだから色々積もる話もあるでしょう?
終わるまで待っててあげるから 話してらっしゃい。」
と言い 表の座席で李典さんと一緒にお茶とお菓子を楽しんでいる。


「・・・・・で? この女は何なの?」
「・・・・この方が荀彧様ですか・・・・フッ。」
「アンタ今私(の胸を)見て笑ったわね!」
「いいえ、そんな事はありませんよ?
喜媚様の幼馴染の方と会えて嬉しくて頬が緩んだだけですよ。」
「あ、あの・・・・」
「なによ!?」
「ひっ・・・こ、こっちの方は劉花ちゃんと言って、
以前、洛陽で揉め事が起きた時に、
ちょっと色々会って私が助けることになったんだけど・・
その辺のことは書簡で説明してあったと思うけど。」
「そう・・・それがこの女なのね。」
「えぇ、私は喜媚様に命を助けられて、
そのご恩返しにこうして 一緒に暮らして お世話をしているのです。」
「くっ・・私も一応自己紹介しておこうかしら。
私は荀文若、喜媚と 子供の頃からずっと一緒に 過ごしてきて、
少し前に とても深い関係 になったの。
今は華琳様、曹孟徳様の所で軍師をしているわ。」
「・・・・そんなっ!? 喜媚様!?」
「な、なに!?」
「荀文若様とはどういう深い関係なのですか!?」
「どういうって・・・」
「男と女の関係と言ったらわかるかしら?」
「・・・・っ!?」
「あ~・・・えっとその、まぁ、そうなんですけど。」
「なんでそういう大事な事を、もっと早くおっしゃってくれなかったんですか!!」
「いや、だって、そんな人に吹聴するようなことでもない・・ですし。」
「くっ・・・でも今は一緒じゃ無いんですよね?
・・・別れたんですか?」
「違うわよ!
ちょ、ちょっと色々会ってお互い生き方を模索しているところなのよ。」
「つまり、今は婚約関係にあるとかではなく、ただの幼馴染という事ですね。
生き方を模索しているという事は、
お互い別々の道を歩んでいらっしゃると言う事ですね。」
「・・・そ、それが何よ。」
「いいえ、喜媚様も人間ですもの、たまには過ちを犯すこともありますね。
過ちを許して 相手の過去を受け入れてこそ、夫婦は長続きするものですわ。
そう思いませんか? 荀文若殿?」
「何が言いたいのよ・・・あんたはただの使用人でしょう。」
「今 は そうですわね。
将来はどうなるかわかりませんけど。」
「くっ・・・・」
「むっ・・・・」


怖い、女同士の話し合いって怖いよ。
私は何も悪い事してるわけじゃないのに、
すごい罪悪感を感じる。

桂花とはちゃんとした関係なはずだし、
劉花ちゃんと浮気したとか そいいうわけでもないのに、
なんで私がこんな胃の痛い思いをしなくちゃいけないんだろう。

劉花ちゃんが私の事をどう思っているかくらいは察しがついているつもりだけど、
桂花と私の事をもう少しはっきりというべきだったんだろうか?

二人のにらみ合いは続いていたが、
そんな中、今は救いの女神とも言える曹操さんが、個室の扉を開けてやってきた。


「あなた達まだやってたの?
桂花、いい加減私達に喜媚を紹介なさいな。」
「・・・はい、華琳様。」
「劉花ちゃんは、お茶を入れなおしてきて。
冷めちゃったから。」
「・・・はい。
(喜媚様、荀文若様の事はあとで 詳しく 話を聞かせてもらいますから。)」
「(・・・はい)」


一度個室から出て、店の方に向かい、曹操さん達が座っている机に皆で座る。

劉花ちゃんがお茶を入れなおして来て、再度各々の紹介からやり直す。


「私の紹介は知ってるからいいわね、
この子は真桜、李曼成ウチで武官をやってもらってるわ。」
「ご紹介にあずかりました李曼成いいます。
李典と呼んでくださって結構です。」
「よろしくお願いします、私は胡喜媚です、喜媚と呼んでください。
この店の主をしてます。」
「やっぱりあんたが! 話は聞いてますで、
あの春蘭様と秋蘭様がいる眼の前で、華琳様に身体を要求したとか!」
「ブフゥッ・・・コホッコホッ・・・どんな話ですか!?」
「あら、事実じゃない。」
「あれは、あの時は事情があってそうしたんであって、
本気で曹操さんの身体を要求したわけじゃないですよ。」
「でも、身体を要求したのは事実なんや!
ほんま、どんなすごい豪傑や思うたら、こないな可愛い娘やなんて。」
「あの、私一応男なんですけど。」
「あぁ、すんまへん。
男やっちゅうのは聞いてたんやけど、どう見ても女の子にしかみえんから。」
「もういいです・・・」
「せやけど、よう生きてましたな、あの春蘭様の目の前でそないな要求して。」
「まぁ、曹操さんが止めて下さったお陰ですよ。」
「あの時はそうせざるを得ないからしょうがないわよ。
私は何を言われても怒らないって約束したわけだし。」
「もうあんな思いは二度とごめんですよ。」
「あら? でもそのおかげで桂花を抱けたんでしょう?
男を見せたってところかしら。
三日後に桂花が私の所に着た時はすごかったわよ?
完全に腰が砕けてて なんとか立っていたけど、
わずか三日でただの生娘がああも色気だつ女に変わったかと思ったら・・
私、思わずそのまま桂花を閨に連れ込もうと思ったもの。」
「華琳様!」
「無理矢理は流石に勘弁して下さいよ?」
「今は そんな事しないわよ。
私にも責任ってものがあるんだから。」

(つまり立場や責任がなかったらやるのか・・・)

「アレから桂花を何度か閨に誘ったんだけど、
良い返事がもらえなくて・・・やっぱり貴方と一緒じゃないとダメみたいね。」
「私は三人一緒とかそんな趣味無いですよ。」
「大丈夫よ。 人間慣れるものだから。
春蘭や秋蘭も最初は戸惑ってたわ。」
「そんな話聞きたくありませんし 慣れたくありません。」
「あら? 男なら好きそうな話題じゃない?」


このままだと曹操さんのペースになりそうなので、私は無理やり話を切り替える。


「それで、今回はなんのためにいらっしゃったんですか?
献帝様のお祝いですか。」
「そうよ。 漢の臣民として当然のことよね。」
「で、本当は?」
「董卓を見定めるのと、貴方を勧誘するのと、桂花の気晴らしにね。」
「随分と正直に教えてくれるんですね。」
「貴方は見当ついてるでしょう?
これから身内に誘おうという人間に偽りを言って心象を悪くしてどうするのよ。」
「残念ながら私はこの店の事があるので、
曹操さんの仕官のお話は受けられませんよ?」
「今日は私の意思を伝えるだけだからいいわ。
私は 諦めない って事だけわかってもらえれば。」
「私なんてその辺にいる農家の息子ですよ。
曹操さんのお役になんか立てませんって。」
「あら、桂花から色々聞いてるわよ。
貴方が作った算盤、アレもいいわね、私も使わせてもらってるけど、
随分使いやすくなってるわね、今まであったものとは大違いよ。」
「基礎を作った人は違いますよ、私は真似しただけですから。
それに大体基礎は前からあったものですし。」
「そうね、でもあそこまで使いやすい物は今までなかったわ。
お陰で仕事がはかどってるわ。」
「それは良かったです、もともと桂花に贈ったものですが、
曹操さんのお役に立てたのなら。」


曹操さんは一旦お茶を飲んで、店の中をぐるりと見回した後・・


「一つ 相談なんだけど、
この店、二階に空き部屋がたくさんあるわよね?
さっき外から見たところ従業員が全員住んでいるとしても、
明らかに屋敷の規模が大きいわ、庭まであるようだし。
そこで相談だけど 私達が洛陽にいる間、ここに泊めてくれないかしら?
宿代は出すし、貴方はその間桂花を好きにできるし、
それに真桜に話を聞かせてやってほしいのよ。」
「李典さんですか?」
「はいな。」
「この娘、ウチでは絡繰りと言うか、工兵もやってるんだけど、
手先が器用でね、桂花の算盤を見てから作った人の話を聞きたかったらしいのよ。
今回真桜を連れてきた理由がそれなんだけど、その辺の話を聞かせてやってほしいの。
貴方が ただの店の主 なら問題無いわよね?」

(私と董卓さんの繋がりに気がついているのか・・?
流石は曹操さんか。)

「う~ん、ウチは宿屋じゃないので、
たいしたおもてなしも出来ませんし、食事は私達が食べるものと同じ物になりますが、
それでもよろしいですか?」
「良いわよ。 桂花に聞いたところだと貴方 料理もうまいんですって?
期待してるわよ。」
「あんまり期待されても困るのですが・・・でしたら部屋を用意させますが、
三部屋でいいですか?」
「二部屋でいいわ、桂花は貴方と一緒でいいでしょう?」
「か、華琳様!?」

「だ、ダメです!!」


給仕をしていた劉花ちゃんがいきなり私達の話に入ってきた。


「あら? 貴方は?」
「この子は劉花ちゃんと言って、ウチで働いてもらっている娘です。
もともとこの屋敷は彼女の両親の物で、
私が彼女を助けた時にお礼として譲り受けたものなんですが、
彼女は両親を失って天涯孤独になってしまったので、
ウチで一緒に暮らしてるんです。」
「ふ~ん、でもただの従業員なら、店主の決定に口を出すべきじゃないわよね?」
「・・・・むっ!」


劉花ちゃんは裙子(スカート)を握りしめ悔しそうにしている。


「いいわよね? 桂花。」
「・・・・」
「あの劉花って娘・・・」
「喜媚と一緒の部屋で結構です!」
「いいそうよ。」
「あの、私の意見は・・・」
「あんたの意見なんて無いのよ!
私と一緒にあんたの部屋で寝る!
それでいいわね!?」
「・・・・はい。」


こうして曹操さんが洛陽に滞在している間、
ウチの店に泊まることが決定してしまった。

下手に断って董卓さんとの繋がりを疑われるのもまずいし、
久しぶりに桂花と過ごせるというのも今の私には何よりもうれしい事だ。

それに李典さんがいるのなら、お風呂の配管の事で相談したら、
いい話を聞けるかもしれない。
兵器の話をされたらぼかしておいて、
平和利用できるものに関しての話だけにしておこう。


この日は曹操さんが来たということで、
従業員の一人に屯所に行ってもらい、
董卓さん達にしばらく家に来ないように言付けして。
曹操さん達をもてなすために 少し豪華な料理とお酒を出したのだが、
料理の方はなんとか曹操さんを納得させられたのだが、
何点かダメ出しされてしまった。

あと、お酒の出自を聞かれて、私が作ったものだと言ったら、
是非製法を教えるか 譲って欲しいと言われたが、
とりあえず陳留に帰る時に数本譲ることで納得してもらった。

その日は久しぶりに桂花と一緒になれたということで、
いろいろ愚痴を言われたが、お互い、少々燃え上がってしまい、
翌朝、曹操さんにからかわれる事になる。
私の家の壁が厚く作ってあってほんとうに良かったと思った。
後で賈詡さんにお酒とお菓子を差し入れしておこう


翌日、曹操さんは宮殿に向かい、協ちゃんとの面会の予約を取り付け、
その後は洛陽を見て回っている。

現在の洛陽の統治方法は、私と桂花、郭嘉さんで考えたものに合わせて、
私の知恵袋の知識も導入されているので、
桂花ならすぐに私が関与しているとわかるだろう。
今夜桂花に何を聞かれるか恐ろしくてたまらない。


その夜・・・


「どういうことよ。」
「な、何がでしょうか?」
「とぼけんな! あんた董卓の統治に手を貸してるわね!
私と一緒に生きる道を探さすんじゃなかったの!?」
「・・・色々桂花には話せない事情があるんだけど。
コレは私なりに考えた最善なんだよ。
荀桂さんから聞いてるかもしれないけど、
この先、この国は戦乱の世に巻き込まれるかもしれない。
その前に董卓さんの手によって この国が安定すれば、
私と桂花が争うこと無く、いずれは一緒にこの国のために働いていけると思ってる。」
「・・・・何があったのよ?
あんた、アレだけ政治に関わるのを嫌がってたのに。」
「・・・関わらざるを得ない状況に・・追い込まれた。
そうしないと大切な人達が不幸な目に会うことがわかっているから・・・
もちろん桂花も含めて。」
「・・・どういうことよ?」
「コレは・・・曹操さんに話してもいいけど、
できたら桂花の胸の内に締まっておいて欲しい。
これから先、董卓さんは袁紹さん、美羽ちゃんのが主導して、
反董卓連合が組まれる可能性がある。
先の霊帝崩御、何進様暗殺、丁原さん暗殺、宦官の粛清、
董卓さんが横から掻っ攫うように何進さんの地盤を継ぎ、
今や最大勢力なっている。
宦官の粛清を実行した袁紹さん達や生き延びた宦官達が、
このまま黙っているとは思えない。
でも、彼女達の勢力じゃ、董卓さんを討てないし、
討とうとしたら陛下に弓を引くことになる。」
「・・・・」
「ならばどうするか? 討つ理由を作ればいい。
例えば董卓さんが陛下を蔑ろにして洛陽で暴政を行なっている。
なんて噂を立てて。
そして連合を組んで皆で董卓さんを討てばいい。」
「・・・だから先手を打って董卓の善政の噂を流しているのね。」
「うん、しかし反董卓連合が組まれると この国は戦乱の世に突入する。
だから私はそれを防ぐために董卓さんに内政分野で手を貸して、
それを防ごうとしている。
コレを防げたら最低数年から数十年は国が安定する。
その間に董卓さんや、曹操さんの様な善良な諸侯達にこの国を中から変えて欲しい。」
「・・・・」
「私と桂花、今は立場は違うけど 同じ道を歩んでいけないかな?
将来董卓さんと曹操さんが同盟でも組めたら、
一緒になることもできるかもしれない。」
「・・・・難しいわね、華琳様は覇道を歩まれる覚悟をしてらっしゃるし、
私もそれに共感している。
この国を変えるには、外から変えるしか無いと・・・」
「桂花 今が最後の機会なんだ、
袁紹さん達が宦官を宮中から排除してくれた今こそが!」
「わかってるわよ!
・・・・だけど、私は華琳様に忠誠を誓ったのよ。
そう簡単に忠義を変えるわけには行かないわよ。」
「・・・そっか。」
「・・・ホント、なんでこんなにうまく行かないかな。
あんたと一緒に生きる事が・・こんなに障害が多いなんて。」
「・・・・なんでかな・・・」

「・・・・ねぇ、何があったの?
何があったらヘタレなあんたがそこまでの覚悟をしなくちゃいけないことになるの?」
「それは・・・・」
「言えないの?」
「桂花には言いたい・・・知ってほしい。
でも曹操さんに知られると・・・・」
「・・・・そう、じゃあ聞かない。
私が聞いたら華琳様に聞かれた時に言わなくちゃいけ無くなるから・・・」
「ごめん。」
「いいわよ、私も政治に関わってるんだから、
身内でも言いたいけど言えない事がある事くらいわかってるわ・・・
だけど・・・今は一緒にいて。」
「うん。」
「せめて私がここにいる間だけは離さないで。」
「うん、桂花・・・愛してる。」
「・・・・・・久しぶりね、アンタにはっきりそう言われるの。」
「そうだね。」
「・・・・・私も・・・その、す、好きよ。」
「うん。」
「・・・もっと嬉しそうにしなさいよ。」
「嬉しいけど、なんか気恥ずかしくて。」
「私だって・・・そうよ。」
「うん。」
「・・・・・今だけは全てを忘れさせて。
今だけでいいから。」
「うん、私も今だけは桂花だけを感じていたい。」
「私も・・・・」


・・・・・・・



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四十八話

洛陽




翌日、またしても曹操さんに朝からかわれたが、
昨晩は私と桂花にとっていろんな意味で大事な夜になった。

曹操さんも昨日と態度が違うことで何か察したらしく、
それ以上からかうこともなくなり、
朝食は穏やかに進んだ・・・・が劉花ちゃんだけが非常に不機嫌な様子だった。


曹操さん達は本日は協ちゃんと董卓さんに面会できる日なので、
宮殿は直ぐ目の前なので護衛は必要ないと言い、
桂花を連れて宮殿に行ったので、
李典さんのみが家に残されていった。




--荀彧--


私達は、先日皇帝陛下と董卓に面会を希望した時に言われた時間通りに宮殿に訪れる。
どうも先日の話から、喜媚は董卓と面識があるようだし、
先代の皇帝陛下から今の代に変わったことに関係あるような気がする。

董卓がどういう人物なのかこの目で見定めるために、
私は気を入れなおして面会に挑む。

謁見の間に通されると、少し待たされた後に、
董卓とおもわれる女が何人かの女官を引き連れ現れる。


「これから陛下がお出でになりますので、伏して待つように。」
「「はっ。」」


そうして広く無音の謁見の間に人が歩く足音が聞こえ始め、
今代の皇帝陛下、献帝様が現れる。


「ふむ、面を上げい。」
「「はっ。」」


初めて目にする陛下は私よりも少し年下だろうか?
気品のある少女で来ている豪華な服を着せされていると言う様子はなく、
見事に着こなしている。
その事から生まれや品の良さが窺い知れる。

そして脇に控える少女、一番奥にいるのが董卓だろう。
華琳様のような人を圧倒する覇気のようなものは感じないが、
彼女からは穏やかな感じを受ける。
当初私が想像した女は、野心にあふれた女だったが、
まったく意表を付かれた感じである。


そうして華琳様の形式通りの挨拶のやり取りが済み、
コレで謁見が終わるかと思ったその時である。


「ふむ、そのほうが荀彧か。」
「・・は?」
「なんじゃ、お主が荀彧ではないのか?」
「い、いいえ、私が荀文若であります。」


陛下は私の返事を聞くなり私を観察するように見た後・・


「そうかそうか・・・・ふむ、
妾のほうが勝っておる・・・・うむ、勝っておるに違いない。」
「・・・むっ。」


なにか一部にすごく不愉快な評価を受けた気がした。


「荀彧よ、友とは仲良うしておるか?」
「は? ・・はい!」
「そうか、仲良いことは良い事じゃからのう。
時に・・ 「陛下!」 何じゃ賈詡、コレから良い所じゃというのに。」
「陛下はお忙しいのですから、
そのような些事は置いておきますようお願い申しあげます。」
「コレは妾や姉様にとって重要な事じゃろう。」
「へ い か !」
「わ、わかった、ほんに賈詡は融通がきかぬのう。
妾は引っ込んでおれば良いのであろう。」


・・・コレが皇帝陛下だろうか?
先ほどの威厳は何処かに吹き飛び、
今はどこかの良家のお転婆な子女のようではないか?

華琳様は肩を震わせて笑いをこらえているようだ。

そうして陛下が退席した後、謁見の間には董卓達と、私達だけが残された。


「すいません曹孟徳様、陛下はまだ幼いので、
いろんなことに興味があるようで・・・
あ、私が董仲穎です、以後お見知りおきを。」
「別に気にしてないわ。
なかなか、楽しい御方で 仕える私としても実にやりがいがあるわ。」
「そう言っていただけると幸いです。
時に曹孟徳様、この洛陽はどうですか?
孟徳様は以前の洛陽の事を私よりも知ってらっしゃるでしょうから、
どのように目に写るのか、評価などをお聞かせくだされば、
今後の統治の役に立つのですが?」
「短い期間で大変よく統治されていると思うわよ。
少なくとも私が知る洛陽よりは、良くなってると思うわ。」
「そうですか!
そう言っていただけると幸いです。」


そう言うと董卓は破顔し嬉しそうに微笑んでいる。
その様子を見て、私はこの女の王としての資質を見た気がする。
信賞必罰を実践し必要ならば 自らの危険も顧みずどんな事もされる華琳様と違い、
優しさや徳で人を導くような王と見た。


「私が着任した時は洛陽は酷い有様で、
なんとか民に安心して暮らしてもらえるように、様々な施策を練ったのですが、
それらが実を結ぶのはまだ先の事です。
ですが現状でもやれることは全てやっておりますが、
過去の洛陽を知る曹孟徳様に認めていただいて、良かったです。」


やられた、と思った。
喜媚が昨夜 私に語った通りなら、華琳様は董卓の治世を認めた事になる。
せめてもう少し時間があり、
華琳様に昨夜 喜媚から聞いた話をする時間があれば、
まだ返答に工夫をすることが出来たのだが・・

華琳様がにこやかに微笑んでいる所を見ると、
私と同じようにやられたと感じたのだろう。
追い詰められた時こそ優雅であれ、と 以前華琳様が言っていたのを思い出す。


「董仲穎様の治世は実に参考になるわ。
少し洛陽を見せてもらったけど、私も幾つか同様の施策を使っているわ。
珍しい施策だから私くらいしか使ってないと思ったのだけど、
董仲穎様はこのような優れた施策を一体どのように思いついたのかしら?」
「私にはこのような施策を思いつくような知識はありません。
私を支えてくれる皆の助力のおかげです。」
「なるほど、よい部下や友人に恵まれてるようね。
私の友人にも実に珍しい施策や知識を有する子がいるのだけど、
案外同じ友人だったりしてね。
胡喜媚と言う子なのだけど。」


華琳様が喜媚の名を出した時にわずかに、賈詡以外の董卓の護衛の者が反応した。
コレは当たりね。


「ならば私の友人の友人はまた友人、
そうならば私も曹孟徳様と良い友人になれそうですね。」
「そうね、私も出来れば良い関係を築けたらいいと思うわ。」
「そうですね、曹孟徳様はしばらく洛陽に滞在されるのですか?」
「いいえ、私も陛下から賜った土地を治めないといけないので、
近日中にでも御暇するわ。」
「そうですか、残念です。
よろしければ宴席など一席設けようと思ったのですが。」
「ありがたいけど今回は遠慮させてもらうわ。
又の機会を楽しみにしているわ。」
「ええ、それでは。」
「それでは失礼するわ。」
(・・・・)


そうして礼をした後私と華琳様は、宮殿を後にする。


「当たりね、喜媚が関わってるわ。
桂花の知らない施策もあるのよね?」
「・・・・はい。
まったく、あの馬鹿は・・・」
「コレでますます、あの子が欲しくなったわね。
それに董卓もなかなか面白そうな子ね。
今回は痛み分けというところだけど、フフ。」
「華琳様・・・実はお話したい事が。」
「じゃあ庭園でも見せてもらって 少しゆっくり戻りましょうか。」
「はい。」


そうして私は昨晩喜媚から聞いた話を華琳様に話す。


「そう、おおよそ、私も似たようなことを考えていたわ。
ならば、今回、私はまんまと董卓に釘を刺されたと言う事かしら。
洛陽の統治をこの目で見て謁見の間で褒めさせられたのだから。」
「すみません、私がもっと早くこの話をしていれば・・・」
「別にいいわよ、私も同じようなことを考えていたといったでしょう?
もし、今後反董卓連合なんてものが組まれて、董卓が潰されるならばそれでよし。
董卓が勝ちそうなら私はなんとかして勝ち馬に乗れるようにするだけよ。
そのためにも桂花には今以上に働いてもらうわよ。」
「はい!」


こうして私達の皇帝陛下と董卓への面会は終わった。




--喜媚--


「李典さん、李典さんは工兵部隊を率いていて絡繰りが得意だと聞いたので、
ちょうどいいので実は見てほしいものがあるのですが、少しいいでしょうか?」
「ん? ええで。
なんか面白いものでも見せてくれるんか?」
「面白いかどうかわかりませんが、ウチのお風呂なんですが、
その配管を李典さんに見てもらって、もう少し改善できないかと思いまして。」
「へ~この屋敷、風呂もあるんか。」
「えぇ、丁度今日はお風呂の日なので、入ってもらえると思いますよ。
結構広くて、足を伸ばしても十分な広さがありますよ。
その分色々大変なんですけど。」
「ほんならちょっと見さしてもらます。」


私は李典さんを連れて風呂場の方へ向かい、例の鉄のパイプの配管を見てもらった。


「コレなんですけど。
今は地元の許昌の鍛冶屋さんにお願いして作ってもらってるんですが、
水に浸かってるのと火の熱で消耗が激しくて。
何か李典さんの方でいい改良案があったら聞かせてもらいたいのですけど。」
「・・・・こ、コレは!
そうか、浴槽につないだこの鉄の管の中に水を通して、
その管を火で温めることで水を沸かしとるんかいな。
こないな使い方があったんかいな・・・
確かに普通の鉄やったらすぐに錆びて使い物にならんようになるから、
定期的に取り換えが必要やけど、
ウチが螺旋槍につこうてる鉄ならもう少し強度が出るはずや。」
「本当ですか? 私としては取り替えるのはしょうがないとしても、
その回数を減らせたり、お湯の沸き具合が良くなったらそれでいいんですけど。」
「せやな、今は無理やけど、陳留に帰ったらコレと同じ寸法で作って、
ここに送ったろか?
材料費だけ貰えればええけど、
その代わりに陳留で華琳様のお風呂にコレと同じ物使わせてもらうけどええかな?」
「それはかまいませんよ。
だけど材料費だけでいいんですか?」
「ええで、おもろいもん見せてもろうたし、
コレを使えば陳留の風呂も今より沸かしやすくなるからな。
せやけど、それと同時に焼けた石も使って一緒に沸かしたら、
もっとはようお湯を沸かせられるけど、なんでせえへんの?」
「・・・・完全に忘れてました。」
「喜媚はんは意外に抜けてるんやなぁ、まぁ、ウチも似たような事やることあるから、
あんまし人のこと言えへんけどな。」
「ありがとうございます、コレでお風呂のお湯をわかすのがもっと楽になりそうです。
それと コレは別の相談なんですが、コレと同じような鉄の管を作れますか?
穴はかなり小さくて穴と同じ寸法の鉄の玉が作れれば申し分ないのですけど。」
「鉄の玉は簡単やけど、コレよりも小さい寸法の鉄の管か・・・ちょっと難しいな。
どれくらいの大きさの穴なんや?」
「小指の先くらいなんですけど。
その管を真っ直ぐ加工して途中で鉄の玉を入れる穴を開けて欲しいんですけど。
長さは三尺ほどで、ある程度の強度を持たせるために、
鉄の作りは厚めにして欲しいんです。
詳しい図面は必要なら書きますけど。」
「ん~ちょいと難しいな、一応検討してみるけど作れんかったらかんにんな。」
「いいえ、できなくて元々だと思ってますから。」


流石に火縄銃に使える銃身は、
この恋姫世界で異常な技術力を持つ李典さんでも無理かな。
量産も出来ないだろうから、
私の護身用に一丁欲しいと思ったのだけど どうも難しそうだ。
一丁だけあっても火薬を作れなければ鈍器としか意味のない物だから、
奪われても私以外使いこなすことは出来ない。
これから乱世に向かう可能性がある以上、
私の武力を補う何かが必要なのだが、今のところ火薬しか無い。
なにか他にいい物があればいいのだが・・・


このあと私は李典さんとお風呂の構造等について話し、
そのあとはお店の営業の方に戻っていった。


午後になり、曹操さんと桂花が戻ってきたので、
昼食を用意しようとしたが、董卓さんの所でご馳走になってきたらしい。


「曹操さん、陛下や董卓さんはどうでしたか?」
「はっきり言って予想外ね。
董卓があんな娘だとは思わなかったし、
陛下もまだ幼い面が見えたけど、双方とも芯はしっかりとしている。
なかなかおもしろそうな娘達だったわよ。」
「そうですか。」
「真桜はなにかおもしろい話を喜媚から聞けた?」
「はい、華琳様!
陳留のお風呂が今よりも大分使いやすくできそうです。」
「あら、そう。
どう使いやすくなるかは後で聞くとして、期待してるわよ。」
「はいな!」
「お風呂と言えば曹操さん、今日家はお風呂の日なんですけど、入られますか?」
「当然入るわよ。
まさか、出先で風呂に入れるとは思わなかったわ。
せっかくだから堪能させてもらうわ。」
「はい、桂花も入っていってね。」
「えぇ・・だけどあんた、ここにもあのお風呂作ったの?」
「うん、許昌の鍛冶屋のおじさんに頼んで鉄の管作ってもらってね。
送ってもらったんだ。」
「そう、じゃあゆっくり汗を流させてもらうわ。」
「あら? あなた達一緒に入らないの?」
「・・・・人目がある時に一緒に入りませんよ。」
「じゃあ、喜媚は私と一緒に入る?
私、まだ貴方が男だって完全に信用できてないのよね。
裸を見れば納得できるのだけど?」
「嫌ですよ! 恥ずかしいですし。
曹操さんも少し恥じらいを持ったほうがいいんじゃないですか?」
「私は見られて恥ずかしい身体をしてないもの。」
「そう言う事じゃなくてですね・・・」
「冗談よ。 私だって簡単に男に肌を晒すほど恥知らずな女じゃないわ。」
「・・・まったく。」
「それよりお茶をもらえる?
食事はとってきたけど、洛陽を見て回る前に少し休憩したいわ。」
「はい、じゃあ、今用意します。」


こうしてお茶を飲んだ後、曹操さん達は三人で洛陽の視察に出かけていった。

夕食時に曹操さんが話していたのだが、
翌日、同じように視察し休養を取り、明後日、曹操さん達は陳留に帰るそうだ。


「そっか、随分短い逗留でしたね。」
「私も仕事があるから、そう長くココにいるわけにも行かないのよ。
桂花には残念だけど・・・喜媚が陳留に来れば全て丸く収まるのだけど?」
「残念ですけど、私も店を離れるわけにも行きませんので。」
「そう。 まぁ、今回はゆっくり話を出来ただけでよしとしておくわ。
貴方がどういう人間か見ることも出来たし。」


曹操さんが私をどう思っているか・・・
そう言われてみると気になったので、聞いて見ることにした。


「曹操さんの目には私はどう写りますか?」
「そうね、よくも悪くも民そのものね。
日々を穏やかに暮らしたいって言う言葉に嘘はないわね。
ただ、貴方のその中にあるモノはとても輝いて見える。
桂花や春蘭、秋蘭や真桜達みたいな才能の輝きじゃない、
知性・・・違うわね、知識ね。
まるで湯水の如く湧き上がる貴方のその知識は一体何処から来るのかしらね?」
「・・・あはは。」


余計なことを聞くんじゃなかった。
桂花もそうだが、曹操さんはこの短期間で私の異質さを見抜いているようだった。


(これだから曹操さんにはできるだけ会いたくなかったんだ。)
「今 私に会いたくなかったって考えてるでしょう?」
「そんなこと無いですよ?
曹操さんのような綺麗な方にあえて嬉しくないわけ無いじゃないですか。」
「だったら余計なことは言わないほうがいいわよ?
うまく表情を隠しているけど、私を妙に褒めるから図星だって行ってるようなものよ。
そこは否定するだけに留めておくべきね。」
「・・ご忠告感謝します。」
「フフフ。」
「・・・・・・むっ。」


私と曹操さんが話していると、
桂花が私を睨んでくる・・コレは後でご機嫌取りが大変そうだ。


こうしてこの数日後、桂花達は陳留へ帰っていった。
短い間だったが久しぶりに桂花に会えて、
触れることができたことで、自分の桂花に対する気持ちを再確認することが出来た。

ただ・・・桂花が去り際に私の耳元で、
「隠れて浮気したら殺すわよ。」
と呟いていったので、浮気するつもりはないが 迂闊なことは出来ないなと、
改めて心に誓ったのだった。



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四十九話

洛陽




桂花達が洛陽を去り、少し家の中が寂しくなったような気がするが、
私がそんな事を気にしてたら、従業員の皆に影響が出てしまうので
気持ちを切り替えて 今日も一日頑張って営業しよう。


そう思っててた時期もありました。
この眼の前で管を巻いてる人が来るまでは。


「賈詡さん、せっかく休みが取れたのなら、
こんな所に来ないで、もう少し体を休めるとか、
董卓さんと遊びに行くとかしたらどうですか?」
「そんな暇ないわよ!
今は一日も早くアンタの持つ治世の知識を取り入れて、
この洛陽を民が暮らしやすい町にしなくちゃいけないのに。
それに月は今日も仕事よ。
本当は月と休みを一緒にしたかったけど、
たまたまボクの仕事が進んだおかげで、
周りとの調節のために一日空いただけだもの。」
「そうですか・・・まぁ、私も董卓さんのお世話になってますし、
例の件もあるので 賈詡さんに話をするのはいいですけど、
店の営業もあるんですから 程々にしてくださいよ?」
「程々なんてありえないわね、今日は徹底的に議論するわよ。」
「・・・・ハァ。」


こんな事を言ってるが 賈詡さんは、
議論ではなく愚痴が半分 議論が半分で話をするから厄介だ。
農法の話をしていたと思ったら、
周りの農地の計算が遅いから予定通り進まないと愚痴り、
私が 「部下の前でそんな事言っちゃダメですよ?」 と諭すと、
「部下の前でこんな事言わないわよ!」 と返答が帰ってきて、
結果的に火に油を注いでしまう事になる。

個室に移ってもらったからいいが、
こんな話を店でやってたらお客が離れるし、
情報漏洩の危険もあるので、早々に個室に移ってもらって良かった。
賈詡さんもその辺は わかってやっていると思うが・・

そんなこんなで夕方頃まで議論は続き、
店を閉めて、皆で夕食になったのだが、
賈詡さんはまだ帰らずに、私達と一緒に食事を取り、
お酒も入って愚痴の比率が多くなる。

まぁ、ココで私に愚痴って明日から仕事を頑張ってもらえればいいかと思い、
私も賈詡さんの愚痴に付き合って、結局夜中まで話し合っていたのだが、
とうとう賈詡さんが酔いつぶれて眠ってしまったので、彼女を抱えて、
部屋まで運び布団を掛けてあげる。


「こんな両手で収まる小さくて軽い娘に、この洛陽の命運がかかってるんだな・・
たまにはこうして賈詡さんの愚痴を聞いて鬱憤を晴らすのに付き合うのもいいか。」


私はそう独り言を言いながら彼女を運び、
せめて今夜くらいは安らかに眠って欲しいと祈った。




--賈詡--


ボクは喜媚に寝かされた布団の中でゆっくりと目を開いた。


「ふん、小さくて悪かったわね。
大体、独身の男と気を許して酔った女が居るのに、なんでなにもしないのよ。
愚痴を聞いてくれるのはいいけど・・・・なんかむかつくわね・・・・ふん。」




--喜媚--


さて翌朝、昨晩飲み過ぎたせいで二日酔いなのか、
頭を抱えて賈詡さんが二階から降りてきたので、
消化の良い雑炊を朝食として取ってもらい、
彼女を宮殿へと送り出す。

去り際にボソッと、 「世話かけたわね・・」 と頬を染めて言い、
彼女は宮殿へと戻って行った。


家に来る人間の中で最も多いのが賈詡さんだが、
その次に多いのが実は呂布さんと陳宮さんだ。

最も、彼女達の場合は 店本来の目的通りに、
食事に来てくれるので、一見いいお客さんなのだが、
食べる量が半端じゃ無く、
一度その日の店のお菓子と料理を全て食べ尽くしてしまったので、
彼女達には事前に予約を入れてもらうようにしている。

呂布さん個人が食べる量もさることながら、
彼女が食事をしている風景を眺めるために、
他のお客も来てくれるので、
呂布さんが来る日の売上は通常の倍近いものになるので、
店としては嬉しい悲鳴なのだが、
よく考えて欲しい、そんなに食べて懐は大丈夫なのだろうか?
それに呂布さんには『家族』が多いので、
彼女の家の食費は人よりも多めにかかる。

もちろん大丈夫じゃない。
呂布さんと陳宮ちゃんの給金を足しても、
足りない月などがあるので、そういう時は彼女達にアルバイトをしてもらうのだが、
呂布さんを厨房や店に入れると 食事に目が行ってしまい、
仕事にならないので、彼女には薪割りをしてもらっているのだが、
家でつかう薪のほとんどはメイド・バイ・呂奉先だ。
無駄に豪華な薪である。


「薪割りが終わった。」
「ご苦労さまです、おやつを用意したので少し休憩したら、
次はお風呂の水汲みをたのんでいいですか?
帰りに陳宮ちゃんと一緒に入っていって、汗を流していってください。」
「セキトもいい?」
「セキト用の桶にしてくれるならいいですよ。
毛が湯船に残ったら後の人が困りますから。」
「ん、分かった。」


そして陳宮ちゃんは、その暗算の速さや、
可愛い容姿なども相まって、たまに看板娘をやってもらっている。

日頃は劉花ちゃんが家の看板娘なのだが、
陳宮ちゃんもマニア受けするので、
彼女達はいろんな意味で家の売上に貢献してもらっている。


「胡麻団子とお茶お待ちどうさまなのです!
あぁ、そっちの蒸しぱんはもうすぐ蒸し上がるので、
少し待って欲しいのです!」
「はい、陳宮様、蒸しぱん出来上がりましたよ。」
「了解です!」


こうして彼女達は意外にいい店員なのだが、
この事が後に賈詡さんにバレて、大目玉を食らっていた。

以降、 「外で働く暇があるのなら仕事を増やしても問題無いわよね?」
と賈詡さんに言われ、陳宮さんの仕事は二割増しに。
呂布さんの仕事も二割増しにされたが、
彼女達が家の店に通ってくる回数は減らなかった。


張遼さんはよく家にお酒をたかりに来るのだが、
意外にウチに店に来る回数が少ないのが華雄さんだ。

以前はたまに来てたのだが、
劉花ちゃんの働く姿を見て、 「陛下にそんな雑事をさせているのか!」 と
店で大騒ぎを起こしたのでしばらく出入り禁止になり、
劉花ちゃんにも 「仕事の邪魔をしないでくださいね。」 と
怒られたので、店に来づらいとの事だ。

董卓さんや賈詡さんから何度も、市井の民にまぎれて暮らしているのだから、
劉花ちゃんがこうして働くのは当然だし、本人も望んでいるので邪魔をするな!
と怒られているのだが、彼女の価値観から、
前皇帝陛下が民に紛れて額に汗をして働くのが耐えられないらしく、
偶に空いた時間を見つけては 店に来て入り口あたりの席から、
劉花ちゃんを見張ったり、
向かいの屯所に出入りしては店を見張っている。


「・・・・・・」
「あの・・・華雄さん、お茶のおかわりは?」
「ん? もらおう。」


董卓さんや賈詡さんも、アレで本人は納得してるみたいだし、
劉花様の警護になるのだから放っておくように、
と言われたのでそのままにしてあるのだが、
武官である華雄さんが店の入口で睨みを効かせていると、単に営業妨害でしか無い。
しかし本人に悪気もないので、追い出すわけにも行かず、
華雄さんが来たら気の済むようにさせておくというのが、
店の暗黙の了解になっていた。


ある日のことだ、
張遼さんが店にやってきて私を呼ぶなり一言。


「なぁ、どないしたら喜媚みたいに女らしくなれるやろか?」
「・・・・・は?」
「せやから、どないしたらウチも喜媚みたいに女らしくなれるやろか?」
「私が男だってわかってて聞いてますか? 嫌味ですか?」
「そこ何や! なんで男の喜媚がウチより女らしいねん!」
「別に女らしくなんかしてませんよ!
人聞きの悪い!」
「せやかてこの間もウチのアホ共が・・
『ウチの隊長は生まれてきた性別間違えてるよな?
黒猫茶館の店主と中身を間違えたんじゃないか?
「「「ハハハツ!!」」」 』
なんてアホなこと抜かしよるから・・」
「で、その後 その人達をどうしたんですか?」
「訓練倍にしてしばらく動けんようにしてやったわ。」
「そういう事するからでしょう・・・
少なくとも私の知る限り張遼さんは女らしいですよ?」
「どないなところが?」
「どんなところがって・・・む、胸とか・・・お尻とか?」
「体の事やのうて内面の事では?」
「・・・酔っ払った時とかお酒が欲しい時に甘えてくる仕草とか?」
「・・・ふむ? こないな感じか?」


そう言うと張遼さんは私にしなだれ掛かり・・


「なぁ、喜媚ぃ、ウチもう一杯だけ飲みたいなぁ。」
「・・・どうでもいいですけど、それ、外ではやらないでくださいよ。
勘違いした男が襲ってきても知りませんよ?」
「え、ほんま? 今の女らしかった?」
「女らしかったですよ。 悪い意味で。」
「なんでや!」
「そういう甘えるような事は 本来お酒のためなんかじゃなく、
好きな男の人 だけ にやってください。」
「え~・・・ほんならどうしたらええの?」
「普段通りでいいじゃないですか、
別に親から早く結婚しろとか、女らしくしろとか、言われてるわけじゃないんでしょ?
女らしくなくても張遼さんらしくしてればいいじゃないですか。
それに よく考えたら今の 内面と関係ないですよね。」
「ほんならなんのためにウチはあんな事やらされたんや!」
「張遼さんが勝手にやったんでしょう。
それに一応確認で聞きますけど、張遼さん、男の人と女の人、どっちが好きですか?
もちろん性的な意味で。」
「・・・・・・・・どっちも?」
「帰ってください、私にはどうしようもありません。」


私が張遼さんから一歩後ずさると、張遼さんは私の足元にすがりついてくる。


「わ~! そないなこと言わんと!」
「大体張遼さん、本当に女らしくなりたいんですか?
ただ部下の人に言われたから むかついて言ってるだけでしょ?
そんな人達 言いたいように言わせておけばいいじゃないですか。」
「言われっぱなしじゃむかつくやん。
それにウチも女なんやから 少しは女らしいとこ見せたいし・・・」
「誰に見せたいんですか?」
「誰にって・・・・誰やろ?」
「好きな人ができて その人に女として見てもらいたくなったら、
改めて相談に来て下さい。
今の張遼さんになにか言ったら、変な方向に進みそうです。
変に女として意識するよりも、張遼さんは張遼さんらしくしたほうが魅力的ですよ?
今回の相談のお力にはなれませんけど、自分らしく、コレが一番いいと思いますし、
私には それが一番張遼さんが魅力的に見えると思いますよ。」
「自分らしく・・・か。」
「少なくとも人に言われたから女らしくなりたい、
って言って、辺に振る舞っても私はそんな張遼さん見たくないですね。
いつものように明るくて、部下や皆の面倒見が良くて、
ちょっとお酒にだらしがない張遼さんの方がいいですよ。」
「ウチはそんなに酒にだらしがなくないで!」
「よく言いますよ。
この間だって 私のお酒を勝手に見つけて飲んだくせに。」
「アレは喜媚が隠すからやんか。」
「張遼さんが飲み過ぎるんですよ。
放っておいたら壷にある分全部飲むじゃないですか。」
「宵越しの酒は残さん主義や!」
「人の分は残しておいてください。
そういう事で、今回の女らしくなりたいって言う相談は、
なかった事でいいですね。」
「・・・あれ? まぁ、ええのかな?」
「いいんですよ。
そのウチ素の張遼さんが良いって人が現れますし、
もしかしたら今もそう思ってる人がいるかも知れませんよ。」
「喜媚みたいな?」
「私は変に飾るより今の張遼さんがいいですね。
きっと董卓さん達も皆そう思ってますよ。」
「そうかな~。」
「そうですよ。」


張遼さんは狐に化かされたような 複雑な表情をしながらお酒を飲んでいるが、
愚痴を言えたことである程度すっきりしたのか、
その後、いつも通りにお酒とおつまみの催促が飛んできた。

彼女は変に飾るよりも、素の彼女のほうが魅力的だろう。
少なくとも私はそう思う。


さて、董卓さん陣営で、
家に来るのが最も少ないのが、その陣営の主である董卓さんだ。

彼女は家のお菓子やお茶を気に入ってくれて、
自分でも作ってみたい、などとよく言っているのだが、彼女の立場がそれを許さない。
それに彼女にはひっきりなしに決裁が回ってきたり、面会の申し込みが来るので、
ほとんど家に来ることはなく、
逆に私が協ちゃんに会う時に一緒に会いに行くしか無い。

彼女もその日を楽しみにしてくれているようで、必ず予定を空けておいてくれる。


以前、張遼さんから女の子らしくなりたい、
と相談を受けたが、そもそも相談する相手を間違っている。
女の子らしくなりたいのなら、董卓さんを観察すれば良い。
女の子の中の女の子、董卓陣営最強の女の子だろう。
・・・自分でも言ってて意味がわからなくなった。


そんな董卓さんだが、意外な事に弓が得意だったりする。
史実か演技では、董卓は馬上で両方の手で弓を引けたらしいが、
以前その事を聞いてみたら・・


「そんな事できませんよ~、でも弓は得意ですよ。
皆 私の冗談だって言って聞いてくれないんですけど。」


彼女は笑ってそう言ったので 試しにお菓子を賭けて勝負してみようか?
と言う話になったのだが、私はなんとか中心に数本当てれたのに対して、
董卓さんは全弾中心に命中、董卓さんは照れ笑いしていたが、
これ、すごいことじゃないだろうか?


「動く的だとこうは行かないんですけど、
それでもイノシシ位なら動いてても当てれますよ。」
「すごいね・・・正直ここまで上手いとは思ってなかったよ。」
「ありがとうございます。
私も久しぶりに弓が引けて楽しかったです。」
「月は剣術とかもひと通り納めてるのよ!」
「それはすごいことなんだけど、なんで賈詡さんが偉そうに言うの?」
「月はボクの親友だもの!」
「へぅ、え、詠ちゃん・・・恥ずかしいよ。」
「なんで恥ずかしのよ、友達が仲がいいのはいいことじゃない。」
「そ、そうなんだけど・・・」


少なくとも董卓さんが武芸一般に通じてて、
二人がすごく仲がいいのだけはよく分かった。

あれ?・・・・・もしかしたら董卓さんって私より強いんじゃない?



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五十話

洛陽




夕方の日が沈む少し前、
店じまいをする私の所へ 神妙な顔をした賈詡さんがやってきた。

私が店じまいの準備を終えるまで、賈詡さんは椅子に座り無言でお茶を飲んでいたが、
店じまいが終ると机をトントンと叩いて私に座るように促してきた。


「・・・・橋瑁が見つかったわ、ついでに逃げ出した十常侍の一人張譲もね。」
「・・・呂布さんには?」
「もちろん伝えたわ。
でも今はどうするこ事もできないとも伝えた。」
「どういうことなの?」


賈詡さんは一度深呼吸をした後、語り出した。


「まず、結論だけ言うと、橋瑁は張譲と共謀していた。
そして今は袁紹の所に逃げ込んでいる。」
「・・・なんでまた。」
「私の調べたところでは、両陛下の誘拐を主導したのは十常侍、張譲よ。
そして兵を派遣してきたのは協力者の橋瑁。
何進様を暗殺し両陛下を誘拐した後に、
劉弁様の指示だと言って橋瑁が今の私達の立場に付く予定だったらしいわ。
それに気がついた丁原様が橋瑁の軍を抑えていた。
そして橋瑁の邪魔をした丁原様は橋瑁に暗殺され、
橋瑁は兵を率いて袁紹の所に逃げ込んだらしいわ。」
「・・・わからないな、なんで橋瑁が袁紹さんの所に逃げ込むの?
袁紹さんは宦官誅殺の実行者だよ?」
「その宦官誅殺の際、張譲が全ての宦官を裏切って袁紹に取り入ったのよ。
自分は悪くない、奴らに脅されたのだ、その証拠に奴らの居場所を教える。
取り調べの結果をまとめると こういう事になったわ。
南皮にいる細作からの報告では、橋瑁の兵が目撃されたわ。」
「・・・・最悪の組み合わせだ。」
「そうね、一応、今後証拠を固めて、
橋瑁と張譲の引渡しを袁紹に要求するつもりだけど、
聞くかどうか・・・」
「・・・次に彼らがどう動くと思う?」
「あんたの予測した最悪の筋書きね。
袁紹を炊きつけて反董卓連合・・・」
「陳宮ちゃんも同意見?」
「ええ、時期は未定だけど、袁紹と橋瑁の軍では私達の兵数を上回れない。
ならばどうするか?」
「・・・かき集めればいい。」


私と賈詡さんは一度お茶を口に含み、ゆっくりと喉を潤す。


「汜水関の工事状況は?」
「虎牢関と合わせてあと半年と言うところかしら?」
「よくまそこまで短期間で出来たね。」
「もともと堅牢な関よ、工事自体もそれほど大規模なものじゃなかった。
その分 函谷関が遅れているけど、
馬騰は僕達に友好的だから西から攻めてくることはないと思う。
仮に攻められても函谷関で十分守りきれるけど、
兵が割かれるのが痛いわね。」
「華佗は間に合わなかったの?」
「細作の報告だと間に合ったそうよ、今治療中ですって。
少し時間がかかるらしいわよ。
その内 月かあんた宛てに感謝の書簡と贈り物が届くでしょうよ。」
「それはどうでもいいんだけど、馬騰さんが参加しなければいいんだけど。」
「一度 陛下からも書状を書いてもらうわ。
洛陽は平穏で民は皆生き生きしている、
病がなおったら一度顔を見せろと言う感じで。」
「そう。
間に合って洛陽を見てもらえれば向こうに着くことはないか。」
「曹操はどう出ると思う?」
「多分袁紹さんに乗るだろうね、その上で私達と連合を秤にかけて、
勝ち馬に乗ろうとするでしょう。」
「抜け目の無い・・・」
「曹操さんの性格もあるけど、地理的にもしょうがないよ。
連合に乗らなかったら最初に攻撃されるのは曹操さんだもの。」
「そうね。
私が袁紹でも最初に陳留を攻めるわ。」
「違うよ、洛陽までの通り道にあって邪魔だから潰せ、
こんな感じだよ、きっと。」
「そんなバカな・・・」
「袁紹さんはそういう人なんだよ。
美しく華麗に前進! ってな感じでね。」
「それで、蹂躙される民はたまったものではないわ!」
「上のほうで暮らしていると足元は見えないんだよ・・・
でも足元の人間には上がよく見える、雲の上までは見えないけどね。」
「それ、あんたの実感?」
「実感半分知識半分、私は農家の出だからね。
桂花と一旦別れて陳留を離れたのもそれが原因の一つだよ。」
「悪いわね、変なこと思い出させて。」
「ん、別にいいよ。 今ではお互い道は同じ方向を向いている、
後は交われば・・・・」
「・・・そう・・貴方荀彧の事・・・・」
「・・なに?」
「いや、なんでもない。
・・忘れて。」
「そう?」


忘れろとは言ったが、賈詡さんの悲しそうな顔を見たら忘れられない。
一体 彼女は私に何を聞こうとしたのか・・・


こうしてこの後、反董卓連合が組まれた場合に備えて、
今何ができるのか? 何が必要なのか? という事をこの日は深夜まで話し合った。

翌朝、賈詡さんは宮殿に戻り、この事について他の武将や文官とも話合うそうだが、
一つだけ決定していることは、橋瑁は呂布さんに討たせる、という事だけだった。


この日から宮殿内は更に慌ただしくなり、
細作の報告や軍部の訓練等、兵糧や食料の確保、
武器の確保等に追われるようになった。

私の方でも最悪の状況を想定して、
左慈君に火薬の材料を追加で買ってきてもらうことにした。
最悪、反董卓連合が組まれた場合・・・
私も工作部隊として五十人ほどの部隊を率いれるように、
事前に賈詡さんに許可を得ているので、
汜水関防衛戦には参加することになるかもしれない。


こうして数ヶ月ほど準備を進めていた所、
賈詡さんの細作から最近変な噂が流れているという報告があった。


『董卓が帝を軟禁し、陛下を拐かして暴政を働いている。』


今日は店は休日にして、私は宮殿に出向いている。
宮殿での作戦会議を行う執務室で、今回流れた噂について皆で議論をしている。


「コレはもう決定ね。」
「やはり・・戦になるんでしょうか?」
「相手はやる気のようです!
なぁに、恋殿が居れば勝利は確実なのです!」
「・・・・橋瑁。」
「あのボケジジイ共 今度こそ引導を渡してやるで。」
「董卓様や、陛下や劉花様が住まわれるこの洛陽を攻めるなど、
この華雄が討ち滅ぼしてくれる!」


皆戦になるという事を前提に話を進めようとしているので
一度落ち着かせるために、避ける方法がないか提案してみる。


「皆落ち着いて、戦なんてしないほうが一番いいんだから、
できたら避ける方策を練ろうよ。」
「そうね、まだ連合が組まれたわけじゃないわ。
とりあえず袁紹には陛下から橋瑁と張譲を引き渡すように書簡を書いてもらうわ。
袁紹が引き渡して来ればそれで終わりだけど・・・可能性は薄いわね。」
「詠ちゃん・・・」
「大丈夫よ月。 不意を付かれたならともかく、
今回の事は予測済みよ。
そのための準備もしてきた。
できるだけ回避できるようにするけど、
戦になっても負けるつもりはないわ!」
「うん・・・」
「それで、喜媚は戦になったら本当に出陣するつもりなの?」
「うん、本当は戦争なんてやりたくない・・・けど、
今回の連合が組まれたら・・・何もしなければ町の皆が苦しむことになる。
董卓さんの治世でようやく・・やっと洛陽の皆が幸せに暮らせるようになったのに、
その幸せを奪おうとする人達がいるのなら、私もできることをやる。」
「だが、喜媚に指揮の経験はあるのか?」


華雄さんが私の指揮経験について疑問視し、質問をしてくる。


「賈詡さんには前から話しておいたけど、
指揮経験はないけど、許昌では指揮も学んだ、
それに今回 私が率いるのは工作部隊、
五十人ほどの部隊だから正面切って戦うわけじゃないよ。
でも敵の戦意を削ぐための工作はいくつか用意してあるから、
人数以上の働きはできると思うよ。」
「詠が認めとるんやろ? なら喜媚に任せといたらええ。
少なくとも華雄より安心してられるわ。」
「なにぃ! それはどういうことだ!?」
「華雄のそういうすぐ挑発に乗る所が信用できへん言うてんのや。」
「くっ・・・」
「その点喜媚やったらヘタレやからな、
深追いもせえへんやろし、自分のやることやったらすぐに逃げるやろ?」
「もちろんです!」
「自慢するようなことではないだろう!」
「やることやって逃げるんやったらええやん、
戦うのはウチらの仕事や、そやろ華雄?」
「っち。」
「私の仕事は敵の士気を削り破壊工作などを行うことですので、
後は散発的な夜襲をかけて眠れなくしたり、
兵糧を焼いたりする破壊工作が主になります。」
「そういうことだから喜媚が参加することに異議はないわね?」
「まぁ、それならばいいだろう。」
「ウチは最初から賛成や。」
「・・・・いい。」
「じゃあいいわね。 連合が組まれて戦になったら喜媚は一時的な客将として扱うわ。
工作部隊は細作から有志を募って厳選しているから、
隠密行動等は得意なはずよ、うまく使ってちょうだい。」
「了解。
それと曹操さんに関してだけど、内通出来ないかな?
乗ってくれる可能性はそれなりにあると思うけど。」
「だけど貴方が言っていた性格や、私と月が直接会っていた感じじゃ、
コチラがある程度の状況を引き出さないと、逆に本気で潰しに来る感じよ?」
「だからコチラがある程度の状況を引き出せばいいんだよ。」
「何か具体案でもあるの?」
「あるにはあるんだけど、きっと賈詡さんはいい顔しなさそうなんだよね。」
「言ってみなさいよ。」
「実は・・・・」


そして私は私が考えた反董卓連合を、
最も被害の少ない方法で収める方法を賈詡さん達に献策する。


「あんたバカなの!!」
「お前は馬鹿か!!」
「流石にそれは無いで、喜媚。」
「喜媚さん・・・」
「・・・・馬鹿ですね。」
「・・・・いや、恋はいけると思う。」

「「「「「恋!?」」」」」

「賈詡さん、常識を一度取っ払ってよく考えてみて。
私達が打てる手で これ以上の策は私には思い当たらない。」
「確かにそれをやったら一気に終息するでしょうけど・・・」
「だから時間は最低限にする。
それに呂布さんが橋瑁を討つ時間も稼ぐ必要があるから、
汜水関と虎牢関で時間を稼いで連合の士気を削いで、
兵が疲れきった所でこの手を使えば必ずその時点で戦を終息できる。」
「・・・今すぐに返答はできないわ、この案件はもう少し検討させて。
どんな檄文で連合が組まれるかもわからないから 今は答えようがないわ。」
「うん、考えてみて。」


この後は、汜水関や虎牢関の改築状況や、
地形の把握、部隊の編成や練度、騎馬、武器の数などを打ち合わせし、
この日の会議は終わった。


今はまだ反董卓連合を呼びかける檄文が出ている状況ではないので、
まだ、戦闘を回避できる可能性は残っている。

協ちゃんの書状で袁紹さんが応じてくれるかもしれないし、
事前に賈詡さんが流している洛陽での善政の噂を耳にして、
諸侯が乗ってこない可能性だって残っている。
愛紗ちゃんには噂を信じるだけではなく、
自分の目と耳で調べつように言っておいたし、
周泰ちゃんも洛陽のことは知ってるはずだ。
いくつか打った布石がうまく効いてくれるよう、祈りながら私は日々を過ごした。


こうして数ヶ月ほど経ち、
日常生活は穏やかながらも、水面下では様々な動きがある中、
とうとう袁紹さん、張譲、橋瑁の三名の署名付きで檄文が出回った。

要約すると、董卓さんが皇帝陛下を監禁し、
怪しい人物を使って皇帝を操り 洛陽で暴政を働いている。
張譲と橋瑁はその証人であり、
張譲は十常侍で董卓さんが洛陽で暴政を働いたのをこの目で見た証人であり、
董卓に洛陽を追われた被害者である。
橋瑁は、董卓さんに唆され乱心した呂布さんが義母の丁原さんを討ち、
董卓さんの元に逃れた際、
丁原さんを守ろうとして呂布と一戦交えた生き残りである。
漢の臣民たる我等は立ち上がり共に董卓を討つ。
コレに賛同しない者は朝敵とみなし、同様に討つ。 と言うものだ。




--荀彧--


この日、緊急で全ての将官が呼び出されて、
謁見の間で緊急の会議が開かれた


「よくもまぁ、麗羽もここまで嘘を並べ立てられたものね。
自分で宦官を誅殺しておいてコレだもの、
呆れを通り越して感心するわ。」
「しかし華琳様・・・」
「えぇ、私達はコレに乗らざるをえない。
コレで董卓が討てるならばそれでよし。
今最も警戒すべき相手を潰す最大の好機でもある。
逆に張譲と橋瑁を捉えて董卓に引き渡せば恩賞は思いのままでしょうね。
その場合 麗羽は斬首か・・・
そうしたらその領地はそっくりそのまま私達がもらうことさえできる。
董卓の次に厄介な麗羽を潰し、労すること無く領地をそのまま貰える可能性がある。
どちらに転んでも私達に損はないわ。」
「では、どうされますか?」
「予定通りよ、うまく手綱を操って勝ち馬に乗るわ。
ただし他の諸侯には悟られないように、私達 だけ が勝ち馬に乗るのよ。」
「はっ。」


(私が喜媚の住む邑を攻めるなんてね・・・どうしてこう うまくいかないかな・・・
私達はただ一緒にいたいだけなのに。
コレが喜媚が言っていた生きる道が違うということなのか・・・
私が華琳様の元に仕えずに、普通に喜媚の奥さんをやってたら・・・
一緒に居られたのかな?
・・・いいえ、私は荀文若なのよ! 必ず華琳様の望む結果を引っ張りだして、
その上で喜媚と一緒に居られるよにしてやるわよ!
待ってなさいよ 喜媚!)




--関羽--


訓練中に、緊急の動議があるということで、朱里に呼び出された私は、
会議室へ向かうと丁度私が最後だったようで、
私が着くとすぐに会議が始められた。


「今日、袁紹さんから このような檄文が届けられました。」


そうして朱里が読み上げるその内容は、
驚きの内容で、聞かされた桃香様やご主人様もかなり動揺しておられるようだ。


「董卓の暴政か・・・」
「・・・そんな馬鹿な。」
「で、でも朱里ちゃん! 董卓さんの噂は、かなりいい噂が広がっていたって・・」
「それと同時に最近になって悪い噂も流れ始めたんです。
私達には未だ、領内の統治と軍部の掌握で手一杯で、
洛陽まで細作を飛ばす余裕はなかったですし、
隣地でもなかったので情報収集はもっぱら行商人からの噂だよりだったのですが、
今回はそれが裏目に出ました。」
「俺の知る歴史では確かに董卓が洛陽で暴政を働いていた、と言う出来事があった。
だけど、この世界は明らかに俺の知るものとは違うから、
それが正しいのか はっきり言って当てにならない。
やはり直接調べないことには・・」
「ですがご主人様、今回は調べている時間はありません。
この檄文にある通りに 賛同しない者は敵とみなし、同様に討つ。 とあります。
袁紹さんの領は私達のすぐ隣でその軍事力も私達とは比較になりません。
戦えばあっという間に滅ぼされます・・・・領民を守るためにも、
私達にはコレに乗るしか道はありません。」
「そんな・・・董卓さんが悪い人かどうかもわからないのに、
それに洛陽には愛紗ちゃん友達が・・・」


そう言って桃香様は心配そうに私の方を見る。


「・・ありがとうございます桃香様。
私は大丈夫です。」
「私達に選べられる選択肢はそう多くありません。
連合の誘いに反対し 滅ぼされるか、連合に乗り董卓さんを討つか・・・」
「待ってよ雛里ちゃん!
董卓さんがほんとうに悪い人ならともかくいい人だったら?」
「・・・・その時は俺達が助けよう。
連合に参加中に情報を集め、董卓の本当の統治状況を調べて、
いつでも動けるようにしておくんだ。
最悪情報が集められなかった時は、
誰よりも洛陽に一番乗りをして、洛陽の状況を確かめて、その時判断しよう。
それで董卓が善人なら助けて、悪人なら討つ。
・・・その時に、一緒に愛紗の友達も助けよう。」
「ご主人様・・・ありがとうございます。」
「現状では、それしかないようですね・・・」
「そうですね、私達の勢力は未だ弱く、選べられる選択肢の中では、
コレが最善かと思います。」
「鈴々にはよくわからないけど、愛紗の友達は助けるのだ!」
「ありがとう、鈴々。
私も・・・出来る限りの最善を尽くします。」


こうして私達は反董卓連合に参加することになり、
その中から少しでも情報を集め、
董卓の真の姿を見極め・・・そして、喜媚殿は私が必ず助け出す!




--周泰--


雪蓮さまから緊急の呼び出して集まると、
そこには冥琳様や祭様、穏様などの重鎮が集まっていた。


「今日袁術ちゃんがこんな物を貰ったらしくてね。」


そう言って雪蓮様が机に上に投げ出した書簡には、
袁紹により洛陽で暴政を働く董卓を連合を組んで討つ、との内容の書簡だった。


「コレは嘘です!!」
「そうね、その通りだと私も思うわ。
だけど袁紹の名で檄文が放たれた以上、風評は広がるわ。
事前に董卓も風評を気にして色々やってたみたいだからこの場合、
勝ったほうが正しいことになる。
それに袁術ちゃんが乗り気でね、
最近黄巾の乱の後始末が忙しくて明命が洛陽に行ってないから、
その事が余計に袁術ちゃんを煽ったらしくて、
「喜媚を助けに行くのじゃ~!」 ですって。」
「・・・ふむ、そして我等の立場ではコレに乗るしか無いと。」
「えぇ、その変わり私達の本拠地から人を呼んでいいことになったわ。」
「ならば、蓮華様や思春達を呼び出すことも。」
「えぇ、コレは私達にとって好機よ。
この連合で董卓と袁術ちゃんの部隊が戦えば袁術ちゃんの兵は損耗する。
それに私達にとって名声を上げる機会でもある。
そして最後に・・・損耗した袁術ちゃんを背後から討つ事もできる。」


雪蓮様はそう言って獰猛な笑みを浮かべる。


「しかしそれでは・・・いえ、なんでもありません。」
「明命の言いたこともわかるわ、
しかし私達がいつまでもこの立場に甘んじているわけに行かない。
董卓には悪いけど、今回は私達が袁術ちゃんを討ち、
私達が蜂起するための足がかりにさせてもらうわ。」
「ふむ、ならばすぐに兵を手配しよう。
それに最小限の被害で最大限の名声を上げねばならぬから大変だ。」
「では亞莎ちゃんも急いで呼ばないといけませんねぇ。」
「とうとう我等の夢への第一歩が始まるのか、腕が鳴るのう。」
「・・・・・」
「明命が何を心配しているかわかるつもりよ?
喜媚ちゃんは発見次第すぐにウチで保護して、
今後の暮らしも不自由の無いようにするつもりよ。
私達も冥琳の件で世話になっているのだから、
最大限やれることはやるつもりよ。
だから明命、貴女は全力でこの戦で功を上げて、
洛陽に一番乗りして喜媚ちゃんを探してらっしゃい。
洛陽に行った際は貴女の単独行動を許すわ、董卓の首は私達で狙う。」
「雪蓮様・・・ありがとうございます。」
「明命、喜媚殿は私にとっても命の恩人だ、頼んだぞ?」
「はい!」


こうして、私達の連合参加が決まり、
この連合の後、とうとう孫家の旗揚げのための第一歩が始まる。



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五十一話

洛陽




私達は洛陽の宮殿内にある作戦会議をする部屋で、
董卓軍の皆と集まっている。

そしてその中央の机に上には、袁紹さん、張譲、
橋瑁の連名で書かれた檄文が置かれている。


「さて、ボク達の努力も虚しく、とうとう最悪の事態になってしまったわ。
・・・袁紹のバカが、そんなに権力の座が欲しいのかしら。」
「・・・詠ちゃん、もう 避けられないの?」
「月ごめん、もう無理なのよ、この檄文が撒かれた以上、袁紹は引く気はないわ。
私達が生き残り、私達の領民を守るには、連合に勝つしか無いの。」
「・・・・わかった。 ならば賈文和! 全権を貴女に授けるから必ず勝利を収め、
この洛陽と、私達の民と、そしてこの国の未来を守りぬきなさい!」
「はっ!」


部屋に入った当初の董卓さんの気落ちした表情とは打って変わり、
今は武人と見間違うくらいのしっかりした眼光に、
王としての覇気を放ちながらしっかりとした号令を出す。


「・・・・へぅ~、こんな感じでいいかな?」
「最後のがなければ最高だったわね、月。」
「いやいや、こっちのほうが月らしいで。」
「董卓様、ご立派でした!」
「・・月は今の方がいい。」
「恋殿の言うとおりですぞ! なれない事はするものじゃないです。」
「董卓さんカッコ良かったよ。」
「へ、へぅ~。」


だがそれも束の間、長くは持たないようで、
すぐにいつも通りの董卓さんに戻ってしまう。

いつもの董卓さんに戻った所で、部屋の空気が張り詰めたものから、
穏やかな空気へと変わっていく、コレも彼女の持つ魅力の一つなのだろう。

こうして賈詡さんの元、引き続き防衛策を練ることになる。


「まず敵が何処から攻めてくるか?
だけど、コレは予定通り東、汜水関の向こうからと言う可能性が最も高いわ。
最大勢力であり、呼びかけ人である袁紹が連合の指揮を取る可能性が高い。
それ以外の諸侯にしても北に黄河に邙山、南に伏牛山があり、
攻めるなら東か西、または黄河を上がってくることだけど、
コレは考えなくていいわ、
大規模の軍勢が移動出来るだけの船を用意できるとは思えない。
小規模の兵が上がってきたとしても孟津港の防衛隊で阻止できるはずよ。
最悪足りなくても洛陽から予備兵を出せる。
西は馬騰か劉焉が攻めて来る場合だけど、
馬騰は皇帝陛下に忠誠を誓っているし、昔からの付き合いもある。
献帝様に書簡を書いてもらったので敵に回るよりも、
むしろ味方になってくれる可能性が高いわ。
悪くても敵には回らず金と兵糧だけ出して日和見ね。
劉焉は身内の跡目争いで内紛を起こしているから、参加する余裕があるとは思えない、
劉焉の子の内 誰かが功を上げるために参加して来るかもしれないけど、
単独で出せる兵数で函谷関を抜けられないから、
やはり参加するとしても東の本体と合流するはずよ。
参加しそうな諸侯で目立った所は、袁紹、橋瑁、袁術、曹操、
後は細かい所が幾つか集まってくると思うわ、目立つ所では黄巾の乱で手柄をあげ、
天の御遣いを擁していると言う、劉備や公孫賛当たりかしら。
どちらもそれほど問題にするほどではないわ。
連合の兵数は五万から多くて八万ほど、
コチラは汜水関の防衛で出せて三万虎牢関で一万、洛陽防衛で二万よ。
敵が八万の場合、最大兵数では二万の差があるけど、
汜水関では三万で抑えてもらう事になる。
そもそも関にそれだけの人員が入らないので、
汜水関の西側で、野営をしてもらい、交戦時に交代で休息をとってもらう形になるわ。
敵も同じで一気に八万の兵を相手にするわけではないから、
汜水関で時間を稼ぎつつ、喜媚の策の準備をするわ。」
「細かい事は賈詡に任せるが、先鋒はもちろん私だろうな?」
「華雄には虎牢関で防衛をしてもらう、先鋒は霞、恋、音々、喜媚よ。
「なぜだ! こんな大戦で董卓軍の一番槍の私が先鋒でないのはなぜだ!?」
「貴女のその性格が問題だからよ。
霞に頼んで矯正してもらおうとしたけど結局治らなかった。
貴女が敵の挑発に乗って、汜水関から飛び出したら、
全てが水の泡になる可能性があるのよ?
そんな危険を犯せるはずがない。」
「敵の挑発に乗らなければいいだけだろう!
私とてこの一戦がどれほど大切なモノかくらい承知している!」
「・・・その言葉本当でしょうね?
本当に貴女、この戦がどれほど大切なモノなのか分かってるの?
洛陽の民、私達の領民、月に献帝様、それにこの国の未来がかかってるのよ?」
「わかっている!!」


賈詡さんと華雄さんがお互いを無言で睨む。
しばらく時間が経った所で、賈詡さんが息を吐き、
やれやれといったような表情で折れた・・・・がコレは実は演技だ。
最初から華雄さんを先鋒から外せるとは思っていない。
華雄さんの性格だ、
賈詡さんも華雄さんを先鋒から外したら、
虎牢関で彼女がまともに指揮ができるとは思っていない。
そのために敢えてこんな演技を挟んで、
華雄さんに絶対に挑発に乗るなという釘を刺しているのだ。


「ふ~、わかったわ、先鋒は指揮官が霞、華雄、喜媚の三人でいってもらう。
虎牢関は恋と音々、ただし華雄、絶対に挑発に乗って勝手な行動を取らない事。
勝手な行動をとった場合 最悪・・・霞に貴女を斬らせるわ。
それでいいわね?」
「構わん!」


その華雄さんの様子を見て、賈詡さんは私と張遼さんの目を見る。
その視線からは (心配だけど後は任せたわ) (任せとけ。)
(やれやれ、やっぱりこうなるか。)
と言った、お互いの心境が読み取れた。


「恋、音々悪いけど虎牢関に下がってもらうわ、
そのかわり必ず橋瑁は貴女の前まで引っ張ってくるから、我慢してちょうだい。」
「・・・・・わかった。」
「分かったです。」
「後の防衛方法や策は以前 喜媚が話した策を主軸にしていくわ。
・・・こんな策は前代未聞だけど、本人が納得している以上、問題無いでしょう。」
「汜水関でなるべく敵兵を減らしながら時間を稼ぎ、
敵の士気を下げつつ撤退はさせない。
ココで敵兵を減らしておけば、
今後こんな馬鹿な事をしでかさないように諸侯の力を削ぐことができる。」
「・・・・・それしか無いか。」
「悪いわね、喜媚。
あんたの気持ちもわかるけど・・でもこうなった以上、敵兵に掛ける情けはないのよ。
そうでないと私達の守るべき領民が死ぬ事になる。」
「・・・わかってるよ。
私も全てが救えるとは思って無い。
私には手の中に収まる人しか救えないし、
それが董卓さんや協ちゃんでも変わるとは思ってない。」
「そして時期を見て汜水関を放棄して虎牢関まで下がり、
時期を合わせて虎牢関を開放、そして最後の切り札で連合に止めを刺す。」
「曹操さんの件はどうするの?」
「一応連絡を取って連合の内紛を誘いつつ、
張譲と橋瑁が逃亡しないように見張らせておくくらいでいいわ、
それ以上何か頼むと借りを作る事になる。
あの女に余計な借りを作っておきたくないわ。
どうせならしくじって連合内部で潰されて欲しいけど・・・ごめん、
あんたの前で言う事じゃなかったわね。」
「いいよ・・・曹操さんが厄介なのは私もよく知ってるし、
桂花の事は心配だけど、この連合の暴挙を許すと洛陽の多くの皆が苦しむ。
・・・・桂花一人と洛陽の皆では秤にかけられない。
桂花は怒るかもしれないけど、
連合が組まれる可能性については事前に話しておいたからわかってくれると思う。
もちろん策の事は何も言ってないし 言うつもりもないよ。」
「そこは信用してるわ。
私達も曹操がコチラを潰す気が無い内は、
コチラから潰すこともないから、喜媚は自分の仕事を全うすることだけを考えてね。」
「うん。」
「それと馬騰の件だけど、この会議の少し前に早馬が来て、
少し遅れてコチラの応援に来るそうよ。
洛陽の警備の為に洛陽周辺での野営の許可を申し入れてきたわ。」
「それは良かったね、馬騰さんが敵に回らなくて。」
「えぇ、それと馬騰自身はまだ体力が回復していないし、
西の羌族のこともあるので、娘の馬超と姪の馬岱が来るそうよ。
あと、この戦の後、月と喜媚に会いたいそうよ。
是非お礼を言いたいのと、お礼の品を用意しているそうよ。」
「分かりました、では戦の後に面会の予定を取りましょう。
陛下にも是非会っていただかないといけないですし。」
「じゃあ、その日がわかったら教えてね。
私も店の事があるし。」
「えぇ、そういえばあんたの店といえば劉花様だけど・・・」
「劉花ちゃんは一応納得してくれたよ、戦の時は董卓さん達と一緒に宮殿居るって。
大分不信感も溶けてきたみたいだから、もう少ししたら大丈夫かもね。」
「そう、良かったわ。」


こうしてこの日の軍議は一旦ココで終了し、
武官や私の部隊を再編成し、武器や資材などを確認してから、
再度軍議を開き、私は連合への破壊工作の為に先行して汜水関へと兵を進めた。




--??--


(はぁ・・ボクって嫌な女だな・・・あの時 喜媚が悲しむのを知ってても
曹操・・それより荀彧に潰れて欲しいと思ってしまった。
そうしたら喜媚がボクを見てくれるんじゃないか?
落ち込んだ喜媚をボクが慰めれば、と考えてしまった。
今までは月だけが居ればそれでよかったのに、今は・・・・
喜媚の知に触れ興味が湧き、優しさに触れて惹かれて、
民・・ボク達の為に荀彧よりも ボク達を選んでくれた事が本当に嬉しかった。
この戦が無事に終わったら・・・ボクは女として荀彧から喜媚を奪ってやるわ!)




--喜媚--


私達は輜重隊を伴ない、先行して汜水関へと移動していく。
連合が汜水関に辿り着く前に、やれる準備をするためだ。

汜水関に着いた私達はまず敵の移動速度を少しでも抑える為に、
主要道路脇に深さの浅い塹壕を掘って行く。

次に輜重隊の馬車に乗せた資材を組み立てる。
組み立てるといっても汜水関の関の上に、
予め置いてある丸太に鎖をつなぎ設置するだけだ。
コレは梯子で上がってくる敵兵を叩き落すための仕掛けだ。
それと大きな布と長い棒をきつく紐で結んで置く、
コレは火計時には水に濡らして消火し、
平時は敵の矢を回収し再利用するための仕掛けだ。
関に篭っての籠城戦なので、再利用できる矢は貴重だ。
関所の壁や盾に刺さってしまっては再利用は難しいが、
布に刺さったものや、はたき落としたものは再利用が容易にできる。
後は食料としても武器としても使える油壷や小麦粉などを、
輜重隊の馬車から下ろして、倉庫に運び込む。
私の士官用の個室には、火薬の入った壺を厳重に保管しておく。
兵に使うつもりはないが、衝車を破壊するのと、敵を混乱させるには最適だろう。
・・・実験で皆に見せた時に賈詡さんに追求されたのが怖かったが、
今は時間が無いという事でごまかしてきたので、
この戦が終わった後の追求は逃れられないだろうが、
製法を教えるわけにはいかないので、なんとか追及をかわす方法を考えておこう。

後続の華雄さんと張遼さんの部隊はもっと大量の武器や食料を運んでくるので、
倉庫の整理も今の内にして、何処に何があるのかわかりやすいように、
リストを作っておく。

更に私の工作部隊・・・なぜか皆 私と同じ黒い上着に猫耳頭巾なのだが、
私の部隊に周囲の地形を覚えさせ、
連合に夜襲を駆ける時に優位な状況を作り上げておく。
この夜襲は、火矢を何本か撃つだけの 戦果はまったく期待できないものだが、
敵が夜中に安心して眠れない状況を作り出すにはこれで十分だ。
夜襲の警戒のドラが毎晩鳴れば、兵は睡眠不足になるだろう。


幾つか他にも準備をしながら 張遼さん達の到着を待っていたが、
数日後、汜水関防衛の本体が到着した。
呂布さん達はしばらくした後に、
追加の物資を積んだ輜重隊と一緒にやってくる予定だ。
汜水関の西側では野営の準備が進められている。

私の案で日持ちの良い漬物などを持ち込んでいるので、
通常の戦時の野営よりも食生活はかなりいい。
コチラには大義があり、食事も良い、
敵よりも事前に到着し準備を進めているので、
休息する時間もあり体力的にも問題無い。
味方の兵達の士気もかなり高く維持できるだろう。

それに引き換え、敵軍はここまでの長期の行軍で疲労しているし、
賈詡さんが事前に流した董卓さんの善政の噂と、
袁紹さん達が流した悪政の噂の両方で悩むことになる。
舌戦でその部分を指摘してやれば敵の兵の士気はさらに落ちるだろう。


「よう喜媚、どんな様子や?」
「こっちは何も問題ありません。
順調に準備が進んでます。
敵兵もまだ斥候すら見えて来ません。」
「そか、ならしばらくは休憩やな。
ここまでの行軍で兵も疲れてるから、いい骨休めになるやろ。」
「そうですね。
・・・・華雄さんの様子はどうですか?」
「・・・最悪や、やる気満々、ほっといたらすぐにでも飛び出していきそうや。」
「抑えられそうですか?」
「抑えるしか無いやろ、どんな手を使ってもな。
どんな戦でもそうやけど、この戦には負けは許されへん。
・・・たとえウチが華雄を斬ることになってもな。」
「そうならないように私も最善を尽くしますよ。
ただ、以前もいいましたが、孫策さん、孫堅さんの娘さんなんですが、
この人が出てきた時は注意してください。
他の兵の挑発は我慢できても、この人の挑発は我慢出来ないかもしれません。」
「華雄と孫堅の因縁か・・・」
「ええ。
華雄さんは孫策さんの母親の孫堅さんに一度負けてますから、
その娘で雪辱を晴らそうと考えてもおかしくありませんので。」
「分かった、孫策が出た時は華雄から目を離さんようにしとくわ。」
「お願いします、力では私では抑えられないので。」


この日から数日、初日は華雄さんは 「敵はまだか~!」
と 大騒ぎをしていたが、
さすがに数日も経つと落ち着いて来たようで、
おとなしく身体を解すだけの訓練をして時間を潰している。

張遼さんは汜水関の城壁の上で私と日向ぼっこをしながら、
敵軍の斥候がいつ来てもいいように眺めている。
すでに城壁の上には、華と張の牙門旗が立っており、
隅っこの方に私の急ごしらえの真っ黒で四角い旗に、
猫耳を模した意匠が施された小さい旗も立っている。
私は要らないと言ったのだが、
賈詡さんに無理やり用意されて、
私の部隊の人達も気に入っているようなので 私も諦めて旗を立たせてある。
賈詡さんが言うには胡の文字を入れるか 猫と入れるか迷ったせいで時間がなくなり、
無地になってしまったそうだ。
正直言わせてもらえれば、余計な事は止めていただきたい。


こうして更に数日後、敵軍の斥候が発見され、
とうとう歴史に名を残す反董卓連合、汜水関の戦いが始まってしまった。



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五十二話

汜水関




連合軍の斥候部隊が確認されたので、
すぐに兵に対して警戒態勢を取るように指示し、
私の部隊を渓谷や森に潜ませて連合軍の様子を探らせる。

私は望遠鏡で部隊の様子を確認しているが、
一番に斥候を飛ばしてきたのは曹操さんの部隊のようで、
兵の鎧から判別している。


「やっぱり一番最初に着いたのは曹操さんですね。
陳留は近いですし兵の練度も高いから行軍速度も早い。
一番いい野営地を確保しつつ、情報収集をするつもりでしょう。」
「やっぱ、連合で一番油断ならんのは曹操やな。
いいとこ取りしようとするだけのことはあるで。」
「ただそれをやられても面白く無いですが、
今は曹操さんを警戒するより、なるべく最低限の被害で連合を抑えて、
二度とこんなくだらない連合を組ませないことです。」
「せやな、そのためにも張譲と橋瑁は必ず始末したる。」
「橋瑁は呂布さんに任せないとダメですよ。
義理とはいえ母親の仇ですから。」
「わかってるって。
それより華雄は何しとるんや?」
「自分の部隊に気合入れてますよ。
交戦までまだどんなに早くても数日はありそうなんですがね・・・」
「まぁ、ほっとき、それで気が済むなら暴れられるよりマシや。
下手に刺激すると、今の内に曹操を潰そうとか言い出しかねん。」
「・・・・ハァ。」


そうして私と張遼さんで城壁の上から望遠鏡で監視していると、
数頭の馬に乗った人達が私達が普通に視認できる位置までやってきた。

よく見ると馬に乗っているのは先頭に曹操さん、
その後ろに夏侯姉妹と桂花、それに護衛が十騎ほどだ。


「はぁ~根性あるなぁ、これから戦闘しようっちゅうのに
護衛連れてここまで近づいてくるか。」
「ギリギリ矢が届かない位置ですね。
しっかりしてますよ。」
「呂布やったら殺れるのになぁ、あいつの弓は普通の弓とはちゃうから、
あの距離なら十分射程範囲内やな。」
「向こうも夏侯惇さんが居るから盾になるか打ち落とされますよ。」


私はバレたらまずいので壁面の矢を射る隙間から覗いている。

すると張遼さんが壁面の上に立ち手を降っている。


「な、なにしてるんですか!!」
「なにって挨拶やん、せっかくこうしてここまで来てくれたんや、
縮こまって隠れてどないすんねん。
大義は我にあり やで? 堂々としとったらええんや。」


そうして見ていると、曹操さんは口を手で抑えているので 笑っているのだろう。
その後 片手を軽く振って張遼さんに答える。


「っは、面白いやっちゃな。
頭来て矢でも射ってくるかと思ったのに、
のんきに返事返してよったで?」
「曹操さんはそういう人なんですよ。」
「おもろいやっちゃ、こんなくだらん連合やなかったら、
一度思いっきりやってみたいなぁ。」
「やるなら、一人でやってください。
兵を巻き込むんじゃなくて。」
「喜媚はそういうとこつまらんなぁ。」
「兵にも家族がいるんですから、武を競いたいなら個人でどうぞ。
それなら止めませんから。」
「まぁ、それ言われるとウチも辛いな。
さすがに兵やその家族を巻き込んでまで競いたいとは思わんで。」
「安心しました。
それでも曹操さんと戦争やりたいとか言うなら、張遼さんを軽蔑するところでした。」
「ウチもそこまでクズやないで?
でも おもいっきり自分の武を活かしたいと思うのは武人の性や、
コレは否定できん。」
「・・・そういうの、少しならわかります。
桂花がそうですから、彼女は自分の知を十全に活かしたいと思ってますから。」
「喜媚はそういうのないんか?」
「私は・・・自分の才を活かす場と家族や友人なら後者を選びます。」
「まぁ、ウチにもその気持わかるわ。
両方活かせたら最高なんやけどな。」
「今日からしばらくは両方活かせますよ。
張遼さんの武で洛陽の民、董卓さんの領民、この国の未来、自分の主君、皇帝陛下。
全てを守るために思う存分武を奮えますから。」
「せやな・・・今この瞬間こそが、
おそらくウチの人生で最高に武を活かせる機会なんやな。
守るべき民や主君だけやない、皇帝陛下までウチの後ろにおるんやからな。」
「私には援護しか出来ませんけど・・・死ぬな とは言いませんよ?
おもいっきり全力でがんばってくださいね。」
「・・・・ハハッ、喜媚はようわかっとるな!
ちょっと惚れてしまいそうやで?」
「私には桂花が居ますよ?」
「なら奪い取るか、一緒に愛でるかや。」
「・・・そうでしたね、張遼さん両方いけるんでしたね。」


その後、曹操さんが帰るまで私達は城壁の上で待機しながらいろんな話をしていた。


そうして数日ほどかけて、徐々に連合の兵が集まってきて、
視界いっぱい、隙間に無いくらいに兵や野営地を展開していた。
これだけ広範囲なら、夜襲の時は適当に火矢を放つだけで、
確実に何かに当たりそうだ。

今はまだ敵方の口上を聞いていないし、
コチラは専守防衛なので連合からせめて来ない限り手を出すことは、
董卓さんから許されていないが、
華雄さんじゃないけど 今攻めたら連合大混乱にできるよな・・
なんて考えながら敵の出方を見ていた。




--荀彧--


今私達は、反董卓連合野営地内で軍議を開くために作られた、
天幕の中で軍議を開いているのだが、
その議題はともかく話の内容がなんともくだらない・・・誰を総大将にするか?
と言う内容なのだが、明らかに袁紹がやりたがっているのだが、
そのくせ自分から言い出さないし、誰も推薦した責任を負いたくないので、
皆黙って袁紹のくだらない演説を聞かされている。

そんな中、遅れてやってきた劉備達が袁紹に総大将をやるように進めたのだが、
そのせいで最初の命令として、袁紹から劉備達に先陣を切るように命令が下った。
戦術は袁紹の元で働いた者ならわかる、皆のお馴染みの『美しく華麗に前進!』だ。

劉備や愛紗と一緒にいた北郷とか言う天の御遣いを名乗る男が、
うまく袁紹に取り行って兵を借り受けていたが、
焼け石に水だと思うのだが、どうするつもりなのか。
愛紗の選んだ主のお手並み拝見といくとしよう。


「袁紹様 変わってなかったねぇ。」
「誰も変えようとしないんだから変わり様がないわよ・・・って、
なんであんたがここにいるのよ荀諶!」
「なんでって、私とお姉ちゃんの天幕が同じだからだよ。」
「聞いてないわよ!」
「さっき決まったんだもん、当たり前じゃん。」
「クッ・・・この娘は・・・
華琳様のところに呼んでやったと思ったらなんで私の部下扱いになるのよ・・・
華琳様もこの件にはまったく聞く耳を持ってくださらないし。」
「それよりも喜媚ちゃんどうするの? 洛陽に居るんでしょ?」
「あんたも聞いてるでしょ、董卓が負けるなら強制的に連れて帰るわよ。
勝つなら張譲を捕まえて董卓に差し出して恩賞を狙うのよ。
その時は・・・・現状維持よ。」
「まったく。 お姉ちゃんが喜媚ちゃんに抱かれたんだから 少しは考え方変えて、
喜媚ちゃんと一緒にいるかと思ったから曹操様の所に来たのに、
肝心の喜媚ちゃんが居ないんだもんなぁ~。
お姉ちゃんホントダメだね。」
「うるさいわね! あんたに関係無いでしょ!」
「関係あるよ、私が喜媚ちゃんのお妾さんになれるかどうかなんだから。」
「絶対にあんたを喜媚の妾になんかしないわよ!
特にあんただけはダメよ!」
「・・・そんなに私に喜媚ちゃん取られるのが怖い?」
「この馬鹿娘がっ!!」
「きゃ~! お姉ちゃんにぶたれるぅ。」


私達が騒いでいると華琳様が、やってきた。


「あなた達! 外にまで聞こえるから少し静かになさい!
ウチの品位が疑われるわ。」
「す、すいません。」 「ごめんなさ~い。」
「桂花、荀諶、これから劉備の手並みを見に行くからいらっしゃい。」
「「はい。」」


そうして私達が戦場を見られる所まで行くと、
劉備だけではなく孫策達も一緒に居る。
何やら考えがあるようだが、どうするのだろうか?




--喜媚--


連合軍の動きが慌ただしくなり、
私達も対応するために、兵を配置につかせている所で、
袁紹さんが前に出てきて、好き勝手な口上を述べる。

内容は殆ど檄文に書かれてあるとおりの内容で、
洛陽で陛下を蔑ろにして暴政を働く董卓を討ち、陛下をお救いする。 と言う内容だ。
張遼さんによると、袁紹さんの両脇に居る男の内、
太ったほうが張譲で、痩せたほうが橋瑁だそうだ。


「恋が居ったらここから弓射って終わりやったのになぁ。」
「口上述べてる時に攻撃したら風評が悪くなりますよ。
董卓さんの統治には、特に風評が大事なんですから。
ところで・・・華雄さんは?」
「とりあえず関の中で休ませてある、
夜襲に備えて交代で番をするって言ってな。
まぁ、幾ら華雄でも、この口上で兵を動かさんやろ。」
「そうですね。」


そうして袁紹さんが引いた後に、劉の牙門旗と孫の牙門旗の部隊が前進してきた。


「まずいな。」 「まずいですね。」
「ウチ、すぐに華雄の所にいってくるわ!」
「お願いします。」


コレは事前に私が原作知識を元に賈詡さんに献策し、華雄さんに確認をとったのだが、
私達の予想通りならこの後に来るのは、華雄さん個人をねらった挑発行為だろう。

劉備さんと孫策さんの部隊がある程度関に近づいた所で、
すぐさま華雄さんを狙った罵声が聞こえ始める。
その内容は、関に篭ったままの卑怯者だとか、悪政を働く董卓さんの犬だとか、
まぁ、酷い内容だった。
そしてそんな中、罵声がある程度収まったと思ったら、
孫策さんの声が聞こえ始める。

華雄さんが孫堅さんに負けた事や、
その華雄さんが相手なら戦うまでも無い、
さっさと関を開けて逃げ出すがいいとか、そんな内容だ。


「孫策ぅ~~!!!」


関の中から華雄さんの怒声が聞こえ始め、
まずいと思った私は、すぐに華雄さんの元に走っていく。


「張遼さん!」
「コラ! 華雄! 予めこうなることはわかってたやろ!!
お前が今出て行ったら詠の策が台無しになるやろうが!」
「ならば貴様は孫策にああまで私の武や部下を馬鹿にされて、
黙って聞いていろというのか!!」
「そうや!! この戦には月だけやない、
この国の未来が懸かってるんや!!
お前一人罵られたからって策を台無しにされてまるかい!!」
「私だけではない、私の部下や董卓様まで貶されて黙って居られるか!
張遼! 貴様 我等が主が馬鹿にされて黙っているのか!? それでも武人か!?」
「腹が立つのはウチかて同じや!
せやけどココで出て行ったら全て台無しになるやろうが!」
「貴様 そこまで腑抜けたか張遼!」
「なんやて!?
腑抜けはお前やろうが華雄! 事前にこうなるとわかってるのに、
頭に血ぃ登らせて突っ込んでいって、勝てる戦棒に振って何が武人や!」
「私が孫策を討ち取ればいイイ事だ!
それで我等の勝ちが完全なモノとなり、董卓様や私の汚名もそそがれる!!」
「そんな頭に血ぃ登らせた状態で突っ込んでいっても、
一騎打ちに持ち込む前に袋叩きにあって潰されるのがオチや!
劉備や孫策の兵が手ぐすね引いてお前が出てくるのを待っとるわ!」


華雄さんは相当頭にきているのか張遼さんの説得を聞く様子はない、
このままでは遅かれ早かれ、華雄さんは飛びでていこうとして、
張遼さんに斬られるだろう。
私の知る原作とは違い、張遼さんは心底董卓さんに忠義を誓っているし、
皇帝陛下の信頼もある。
賈詡さんと皆で考えた策が潰されるくらいなら、
張遼さんは迷わず華雄さんを斬るだろう。
そんな事になればせっかく兵の士気が高く 勝てる戦なのに、
敗北の可能性が高まってしまう。

私は歯を噛み締め、華雄さんの元へ向かう。


「華雄さん・・・」
「なんだ喜媚! まさか貴様も私を止める気ではないだろうな!?」
「華雄!!」


私は棒立ちの状態から、なるべく意を悟られないようにしながら、
華雄さんの頬を思いっきりひっぱたく。


「くっ・・・喜媚、貴様何のつ 「華雄!」 ・・・貴様、どういうつもりだ?」
「普段は圧倒的に武に劣っている私の攻撃を、
躱すどころか防御することもできず、
まともに受けるような状態の貴女が今出ていってなんの役に立つ!
犬死するのがオチだ!
今の貴女は孫策が言うように犬以下だ!」
「喜媚、貴様まで私を愚弄するか!?」
「あぁ しますね。
何が武人だ! 貴女の武は一体なんのためにある!
貴女の名のためか? 功績のためか? 名誉のためか?
違うでしょう! 民と主君、そして国と陛下のためでしょう!!
今のろくに武も発揮できない貴女が出ていってなんになる!?
賈詡さんがせっかく必勝の策を練ってくれたのに、
それを台無しにするだけでしょうが!!
そんな愚か者を犬以下だと言って何が悪い!!」
「貴様ぁ!!」
「頭にきたか? 犬畜生以下の華雄?
ならばその斧で私の首を切って勝手に犬死してこい!
どうせ貴女のせいでこの策はぶち壊しになって、董卓さんも賈詡さんも皆死ぬんだ。
私が先に逝っても何の問題もないでしょう?
さぁ、切るがいい、そしてあの世で後悔を胸に抱いて、
董卓さんと陛下に永遠に詫び続けろ!!」
「くっ!」


そう言って私は華雄さんに背中を向け、その場に座り込む。


「さぁ、どうした!
貴様の武を馬鹿にした者は狂犬のように噛み付いて切り捨てるんだろう?
コレではたりないか? 孫堅に負けた負け犬華雄。
あの世で今の貴様を見て孫堅も大笑いしているだろうよ!」
「ぐぐぐっ・・・・っ!」
「孫堅に負けた負け犬華雄、切るならウチも切りや!
ウチも先に逝って無様に負けるお前をあの世から笑って見てやるわ!」


そう言って張遼さんも私の横に座り込む。


「ぐっ・・・・があぁぁぁっ!!」


そうして華雄さんの叫びの後 通路では破壊音がなり響き、
華雄さんの金剛爆斧が半分ほど壁に埋まっている。

私達の首は・・・繋がったままだ。


「くそっ!! ならば私はどうすればいいのだ・・・
ああまで、孫策に馬鹿にされて、部下や董卓様、私の武を貶され私は・・・」


華雄さんはそう言いながら座り込んで地面を殴りつける。


「華雄さん・・・そもそも華雄さんの武は一切汚されていませんよ?」
「なんだと? ああまで孫策にいいように言われて、
汚されてないなどと戯言を抜かすな!
貴様は武人じゃないからわからんのだ!」
「華雄さん、私だって幼少の頃から、毎日嫌って言うほど武術を訓練してきました。
今でも華雄さん達に偶にボコボコにされてますが、
そんな私に華雄さんの気持ちがわからないと本気で思うんですか?」
「貴様に私の何がわかる!」
「わかりますよ。
少なくとも華雄さんの武は何一つ汚れなく輝いているという事くらい。」
「なん・・・だと?」
「華雄さんの武を光り輝かせるのはなんですか?
功績ですか? 名声ですか? 勝利ですか?
違うでしょう? 武人として主に忠誠を誓った華雄さんの武を最も輝かせられるのは、
ほかならぬ董卓さんと皇帝陛下でしょう?
董卓さんか陛下、どちらかが華雄さんの武を貶しましたか?
華雄さんの武を信じて この汜水関での先陣を任せてくれたんじゃないですか?」
「・・・・」
「孫策が何をしましたか?
汜水関の堅牢さに恐れおののいて、
何とかしようと、小賢しくも親の威光に縋って、
華雄さんを口汚く罵ることしか出来ない負け犬ですよ?
そもそも孫策は袁術の子飼いの犬ですよ?
争いは同列の者だからこそ起こるんです。
華雄さんは董卓さんの子飼いの犬何ですか?」
「違う! 私は・・・私は董卓様に忠誠を誓ったんだ。
行く所もなく家柄に恵まれず 武しかなかった私を董卓様が召抱えて下さったんだ。
私はあのお方の優しさに、この国の未来を見たんだ!」
「ならば何を怒る必要があるのですか?
董卓さんは華雄さんを信じて先陣を任せてくれた。
董卓軍の一番槍は、親の威光に縋る事しか出来ない、
袁術の子飼いの犬と同等の価値があるのですか?」
「あるわけがない!!」
「じゃあ負け犬の遠吠えなど放っておきましょうよ。
華雄さんの後ろでは董卓さんと陛下が安心して笑って見ていてくれるんですよ?
コレ以上の名誉が何処にあるというのですか?」
「・・・・・そう か、
私の後ろには、董卓様と陛下が居てくださるんだな。」
「さぁ、立ってください。
董卓軍の一番槍にそんな姿は似合いませんよ。」


そうして私達三人は立ち上がりお互いの顔を見合う、
華雄さんの目には先程までの怒りの様子はなく、
澄んだ瞳をしている。
張遼さんの方を見ると静かに頷いている、この様子ならもう大丈夫だろう。


「・・・・さて、でも、言われっぱなしっていうのもムカつきますよね?
私達も少し言ってやりましょうか?」
「・・・? どうするんだ?」
「華雄さん、それに華雄隊の皆さんも私に付いてきてください、
城壁の上まで行きます。
そこで私が言うとおりに連合の犬どもに言ってやってください。
自分達がどれほど愚かな生き物なのかという事を。」
「・・・も、もしかして、わ、私が舌戦をするのか!?」
「そうですよ、華雄さんは私の言う事を、
そのまま連合の兵に向かって言うだけでいいですよ。」
「それじゃあ、張遼さん後は任せました。」
「あぁ、行ってこいや!」
「あ、ちょっと待て、喜媚!」


私は華雄さんの腕を取り、城壁の上まで行き、
私は壁に隠れえて下からは見えない位置で待機する。

華雄さんが城壁に出てきた事で、
一時的に罵声も大きくなるが、
華雄さんがどこ吹く風で聞き流しているのでなにかおかしいと思ったのか、
しばらくすると罵声が止む。

実際は華雄さんは表情には出していないが、
怒りで拳に力を込めて握りすぎたせいで 血が流れているのだが、
下からは見えないのでいいだろう。


(いいですか、私の言うとおりに言ってくださいね。)
(お、おう。)

『聞け! 愚かなる連合の者共よ!!
卑しくもくだらぬ謀で陛下のお住みになられるこの地を騒がす愚か者共よ!
我等が何も知らぬと思っているのか!?
そこに居る張譲は、
恐れ多くも先代の大将軍何進様を暗殺した首謀者でありながら橋瑁と結託し、
先代皇帝陛下、少帝弁様を誘拐し、
傷つけるなどと言う恐れ多い愚行を犯した犯罪者だ!
更に橋瑁は張譲の策謀に気づき、
阻止せんと橋瑁の兵を命懸けで阻止した丁原様を暗殺した首謀者だぞ!
その犯罪者の口車に乗り我が主、
董仲穎様が悪政を働くなどという愚かな噂に踊らされ、
洛陽に攻め入ろうとは、貴様らそれでも陛下に忠誠を誓った漢の臣民か!!

恥を知れ!!

我が主が洛陽に置いてどれほど民に慕われているか、
この堅牢な汜水関や洛陽を見れば一目瞭然ではないか!
民が悪政で苦しんでいるのなら、
どうして民はこのような堅牢な関を作る事ができようか!?
そうしてコレほど整備された道が作られようか!?

孫策! 今の貴様を見たら我が宿敵、孫堅も嘆き悲しむぞ!!
民が汗水流し作り、我が守るこの関に!
恐れおののき 口汚く罵声を浴びせることしか出来ぬなど、
今の貴様らこそ犬畜生と同じではないか!

今一度聞け! 連合の愚かなる者共よ!
真に民を思い、皇帝陛下に忠誠を誓い、己が信念に一切の曇がないというのならば!
直ちに武装を解除し、我らに恭順せよ!!
さすれば真の洛陽の姿を見せてやろう!
我が主 董仲穎様が復興させ、民の笑顔が溢れ、陛下が安心して暮らす洛陽を!
そして、洛陽からこの国全土に広がる、
この国の明るい未来の姿を貴様らに見せてやろう!!』

(みんな今です! 鬨の声を!)


「「「「「「おおぉぉぉぉ~~~~!!!!」」」」」」


私の合図で、華雄隊の皆が鬨の声を上げる。
その声量は連合軍を圧倒し、汜水関やこの大地、
国がが揺れているかのような どこまでも通る大声で、
華雄さんの演説と華雄隊の鬨の声で圧倒された連合軍は、
そのまま黙りこんでしまう。

こうして ひと通り鬨の声をあげた後、
華雄さんは下がり、戦場が静寂に包まれる。


「やりましたね、華雄さん!」
「すごかったやん華雄!!」
「お、おぅ・・なんかすごかったな。
わ、私がやったんだよな?」
「そうですよ、どうですか少しはすっきりしましたか?」
「あ、あぁ、なんか今でも実感がわかないけど、
あれ? 私が言ったんだよな?」


華雄さんは自分が行った演説に実感が持てないようで、
不思議そうな顔をしているが、
紛れもなくアレは華雄さんが行った演説だ。

正直私もここまでハマるとは思ってなかったが、
案外華雄さんはこういう才能が有るのかもしれない。
華雄さん自身、部下からの信頼が厚い姉御肌な所があるし、
鍛えぬいた武からくるカリスマの様なものもある。
案外はまり役なのかもしれない。


こうして、反董卓連合の初戦は舌戦となったが、
間違いなく私達の勝利だろう。



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五十三話

汜水関




--荀彧--


私達は華琳様と一緒に、劉備達がどういう戦い方をするのか見ていたが、
アレは完全にしてやられた感じだ。
その証拠に劉備、孫策陣営の士気は著しく低下し、
袁紹は怒り狂って大騒ぎした後 自身の野営地に戻っていった。
張譲と橋瑁も表情が優れ無かったので、内心穏やかではないだろう。
自分達の犯した罪が白日の下に晒されたのだから。


「アハハッ、面白いわね!
事前に聞いていた話だと華雄は猪突猛進な猪武者と言う話だけど、
まったく違うわね、あんな面白い娘が董卓の元に居たなんて私も見逃していたわ。
春蘭! 秋蘭!」
「「はっ!」」
「もし華雄と戦う事になったら華雄が欲しいわ、
生かして捉えなさい!」
「「御意!」」


しかし、本当に事前の情報だと猪武者のはずだったのに、
あの見事な舌戦はどうだ?
連合の兵の士気は今のでかなり低下した。
私達の兵はまだマシだが、劉備と孫策の所の兵はかなり士気が低下しただろうから、
しばらくはまともに能力を発揮できないだろう。
そして何より、董卓の正当性と陛下が背後に居ることを主張したことにより、
連合に不和の楔を打ち込むことが出来た。
これからしばらくは兵達がこの連合の正当性について疑心暗鬼になり、
下手をしたら、逃げ出すものも出てくるだろう。


「すごかったね~、私華雄さんとこ行って洛陽見てこようかな、
喜媚ちゃんに会えるし。」
「あんた何馬鹿な事言ってるのよ!!」
「冗談だよ、冗談。
でも今のでそう思う兵も出てきちゃったね。」
「そうね、劉備達はしてやられたという所ね。
今夜は兵の慰撫で大変でしょうよ。」




--関羽--


朱里達やご主人様の提案で、華雄を挑発し、関から出させ、
コレを討つ と言う作戦は、華雄の見事な舌戦によって失敗に終わった。

兵達もあの演説を聞いて動揺しているようで、
今は鈴々が護衛に付き 桃香様やご主人様が兵の慰撫に回っている。


「ふむ、愛紗よ、どう見る?」
「どう見る、とは?」
「わかっているだろう、今日の華雄の演説だ。
華雄とて勇猛果敢で名の知れた武将。
まぁ、猪突猛進と言う噂も絶えないが、
それでも武に誇りを持っているという噂の絶えない武将だ。
その武将がアレだけ自信満々に演説をしてのけたのだ。
董卓の噂、どうやら色々と怪しくなってきたな。」
「・・・そうだとしても我らのやることに変わりはない。
連合に与した以上、今ココで離反でもしようものなら即刻背後から討たれるし、
万が一領地に帰れたとしても 袁紹に潰されるだろう。
我らは未だ弱小勢力のため領民のためにも選択の余地はない。」
「確かにそうなのだが、それだけでいいのだろうか?
私にもいい案があるわけではないが、
何かやれることがないか 考えてみるのも良いのではないか?
董卓が善政を敷いていた場合について何かやれる事・・・
そう、例えば張譲や橋瑁の様子をうかがい、
いつでも捕縛できるように・・・とかな。」
「星・・・。」
「一度朱里と雛里に提案してみるのも良いと思うぞ?
保険くらいにはなる。
やむを得ない事情で連合に参加はしたが、
内部からこの戦いの本質を見極めるため情報収集をした結果、
董卓殿に義有りと見たので、張譲や橋瑁を捕縛いたしました。
コレならば、董卓に義が有り、連合が負けても我らがお咎めを受けるのを抑えられる。
その保険くらいかけておくべきではないか?」
「・・・・朱里達に話してみよう。」
「そうだな。」


この連合、最初からきな臭いものだとは思っていたが、
私達はどうやらとんでもない策謀に巻き込まれているようだ。




--周泰--


「ふ~、今回は完全にしてやられたわね、
最初は行けそうな予感がしてたんだけど、
途中からすごい嫌な感じがしたのよね~。」
「どうやら、私達が知っている華雄ではないようだな。
孫堅様との事で成長したという事か。」


今雪蓮さまと冥琳さまが天幕内で、
今日の作戦の件で反省会のようなものを開いているが、
私の目から見ても、あの華雄という武将から、
自分の信じる者の為に殉じる覚悟のようなモノを感じ、
将官とは斯くあるべき者だと改めて勉強になりました!


「さて、こうなってくると困ったわね。
どうもこの連合、最初から胡散臭いとはわかってたけど、
かなりやばそうね、今でもすごく嫌な予感しかしないわ。」
「お前がそういうのは止めてくれ、ただでさえお前の勘は当たるのだから。」
「そんな事言ったってしょうがないじゃない、嫌な予感がするんだもの。」
「・・・ハァ、雪蓮の勘は置いておくとして、
ならば我らはどうするか? それが問題だ。」
「手っ取り早く張譲か橋瑁とっ捕まえて董卓に突き出して、
『許してね♪』 って言ってみる?」
「・・・それもいいが時期を見極める必要がある。
士気が落ちたとはいえ、兵数に動きがあったわけではない。
未だ連合のほうが兵数は上だ、董卓の勝ちが見えているのならそれもいいが、
今はまだはっきりと動くのはよしたほうがいいだろう・・・ただし明命。」
「はっ!」
「張譲と橋瑁、それに袁紹、この三名をいつでも捕えられるように、
常に居場所は把握しておいてくれ。
逃げようとしたら即刻捕縛するんだ。」
「わかりました!」
「コレでいいな雪蓮。」
「そうね、いいと思うわよ。
それと蓮華、今回の華雄の舌戦は見ていたわね。」
「はい 姉様。」
「アレは敵の私から見ても見事なものだったわ、
参考にしておきなさい、貴女もいずれ呉の民を背負って生きる者。
舌戦をする事もあるでしょうし、兵を鼓舞するときもあるでしょう。
そういった時の参考にしておきなさい。」
「はい!」




--喜媚--


「っ・・・くちゅん!」
「「え!?」」
「すまん、くしゃみが出た。」
(何いまの可愛いくしゃみ? 華雄さん?)
(ウチはしてへんからそうやろ? 本人もそう言ってるし。)
「誰か変な噂でもしてるのだろうか?」
「そうですか? 一応華雄さんに身体を壊されるといけませんので、
今夜は暖かくして寝てくださいね。」
「あぁ、分かった。」
「?」


なにかがおかしい・・・華雄さんはこんなに聞き分けがいい人だっただろうか?
いつもだったら 「余計なお世話だ!
私がこれくらいで病になどかかるか!」 とか言いそうなのに、
今はすごく素直に聞いてくれた。


「じゃ、じゃあ、私は夜襲の部隊を指揮してきます。
華雄さんの演説で士気が落ちているので、
ここでだめ押しして敵の士気を下げてきます。」
「気をつけてな~。」
「喜媚、お前も風邪を引くといけないから暖かくしていけよ。」
「あ・・・・はい。」


なんだ? 何が起きたんだ?
華雄さんが急に私の心配をするなんて・・・
某国のマフィアは、これから殺す相手に贈り物をするというけど、
この国では、これから殺す相手には まず優しくするのか?

なにか非常に違和感のある華雄さんの態度に納得が行かないが、
とにかく今はやるべき事をやらないといけないので、
私は部隊を待たせてある場所に行き、夜襲の指揮を取る。

私の部隊は、少人数で五十人程の部隊だが、
賈詡さんが選び抜いた精鋭・・・ではあるのだが、一つ重要な理由がある。
それは『私』の事を知っていると言う事と、ウチの従業員が何人か混じっている事だ。
私の事を知っているという事はすなわち、
私と今の皇帝陛下である協ちゃん達誘拐の事件を知っていて、
口止めされている、賈詡さんの腹心の部下だ。

皇帝陛下の命を助けたと言う事は、この国を助けたという事に等しいらしく、
それを知っている彼らや彼女達は、
私の部隊へ配属された事に喜び、私自身への傾倒振りが凄まじく、
そして私が張遼さんや華雄さんと一緒に、
協ちゃんと劉花ちゃんを助けた事も知っているので、
ぽっと出の客将である私の指示も、事細やかに聞いてくれて士気も忠誠心も高い。
戦功にならない連合への嫌がらせの仕事も、
文句の一つも言わず嬉々としてやってくれる。
実に素晴らしい兵達なのだが・・・
なんか変に私が英雄視されているので、非常にやりにくい。


さて、夜襲といってもそんな大規模なモノではなく、
数人編成で森や渓谷の上から近づいて、
火矢を何本か連合の野営地に打ち込むだけだ。
これだけでも心理的に追い込むことができる。
自分に矢が当たるかもしれないし、天幕に火が燃え移るかもしれない、
それにココは敵地だという事を認識させることができる。
こうしてこの日は何回か夜襲を行い、
何か連合軍では士気を上げるために宴会をしているようだったので、
そこに対して執拗に嫌がらせをした。


翌日、連合軍は夜襲であまり眠れなかったようで、
望遠鏡で見ていたが、動きが鈍い。
そんな中でも、曹操、孫策、劉備、公孫賛の兵はキビキビと動いていたので、
よく訓練された兵だというのがわかる。

私が夜襲から戻り、仮眠を取ろうと私の個室に戻ろうとした時、
外から鬨の声が上がり、戦闘音が聞こえてきた。

その音を聞いてすぐさま、城壁で指揮をしていると思われる、
張遼さんの下に行く。


「張遼さん!」
「ん? なんや喜媚か、寝とったらええのに・・・っと危ないで?」


私が城壁の上で張遼さんに駆け寄って状況を聞こうとした時、
ちょうど飛んできた流れ矢を張遼さんが叩き落す。


「喜媚は夜襲で疲れとるやろ?
寝とってもええで?」
「こんな状況で寝てられるほど戦場に慣れてませんよ・・・」
「まぁ、その内嫌でも慣れるで。」
「状況はどうですか?」
「まぁ、様子見ってとこやな。
適当に矢を撃ち合ってるだけや。
お、歩兵が近づいてきてるな、梯子持ってるようやし。
おい! 例の丸太と戈持って来いや!」
「はっ!」
「しばらくはこんな感じやから、喜媚はホンマに寝とってええで。
予定通り衝車が来たら起こしたるから。」
「・・・しばらく様子見てていいですか?」
「ええけど、喜媚にはあんま楽しいもんでもないで?」
「コレでも一応戦場には何回か参加してますから大丈夫です。
でも自分の策でどういう結果になるのかは見ておきたいんです。」
「・・・そんなんばっかやってたら、いつか潰れてまうで?」
「でも、見ておきたいんです、見ておかなきゃいけない気がして。
自分が何をして 誰が犠牲になっているのか。」
「・・・喜媚は優しすぎるで。
まぁ、見たいなら好きにしいや、ウチが守ったるからな。」
「本来は私がそう言うべきなんでしょうけどね。」
「ははっ、今でも喜媚はウチを守ってくれとるで?
昨日かて、あん時ウチは最悪、華雄斬るつもりやったけど、
喜媚のお陰で斬らずにすんだ、味方殺しの汚名を受けずに済んだ。」
「アレは・・ただ必死だっただけですよ。」
「それでもウチは助かったで?
そや! 今からウチの事は霞でええで。
戦場ではいつ死ぬかわからんからな、こんな状況やなかったら、
祝に一杯やりたいとこやけどな。」
「いいんですか? 知ってると思いますけど私真名ありませんし・・・・」
「ウチが真名で呼ばれたいんや。
もちろん喜媚が嫌やなかったらやけどな。」
「嫌なんて事無いですよ!」
「ほんなら今からは真名で呼んでや。
こんな色気もなんも無いとこやなくて、洛陽に帰ったら一緒に飲もうや。」
「えぇ、私が作ったお酒で乾杯しましょう。」
「ええなそれ! 約束やで?」
「約束です。」


そうして張遼さん・・・いや、霞さんと話しながらも戦闘は続いてく、
矢が当たって治療のために引く兵や、
梯子をかけて登ってくる兵に対して、
丸太を落としたり、戈で突き刺して落としていく。

下では矢を受けた敵兵や、
丸太や戈で落とされた兵を連れ戻すために何人かで抱えて運んだりしている。
この時初めてわかったのだが、戦っている相手は袁紹さんの兵だった。
あの袁紹さんがこの時期に先陣に出てくるなんて・・・
もしかして昨晩、連合の野営地で宴会を開いていたのは袁紹さんの部隊だったのか?
その宴会の席に しつこく火矢を打ち込んだのだが、
それがよっぽど頭にきたのだろうか?

そんな中、敵軍が中央を開けるのが見え、その中央からは衝車が見えた。


「もう衝車か! なんや昨日と違うてえらい敵の展開が早いな!!」
「霞さん 私は部屋に戻って荷物を取ってきます!」
「おう!」


私は霞さんの横にいた兵から矢よけ用の盾を受け取って城壁を駆け抜け、
部屋に戻り火薬を取ってくる。
汜水関での戦闘での私の切り札。
こんなに早くこの手札を切ることになるとは思わなかったけど、
コレは好機でもある。
昨日の華雄さんの舌戦、私の夜襲、そしてダメ押しに火薬で衝車を破壊してやれば、
連合の士気は一気に下がるだろう。


部屋に戻り火薬と火口箱を取って急いで城壁に戻ると、
すでに衝車は城門のすぐ近くまで移動してきていた。


「霞さん!」
「おう、喜媚か!」
「すぐに衝車を破壊します!
手はず通り、私の合図で耳をふさいで口を開けてください。」
「分かった! おい! 喜媚がアレをヤルで!!」
「「「「はっ」」」」


私は火薬の詰められた袋と火の着いた松明を手にする・・・


(事ココにいたってはヤルしか無い。
連合の士気を削ぐため、董卓さんの統治で平穏な方法でこの国を改革するため、
洛陽や許昌の皆を守るため、この国の未来をより良くするため、
・・・そして桂花との平穏な生活を手にするために、
私がココで手を汚す事を忌避する訳にはいかない!
そして確実に敵の心理に楔を打ち込むために、衝車を確実に破壊する!)


私は袋に小分けした火薬から伸びた導火線に火を付け
衝車に向かって袋を投げつける。


「耐衝撃体勢!!」
「「「「はっ!」」」」


私の指示で城壁の全員が耳を塞いで、口を開けて、壁面にしゃがみこむ、
しばらくすると、すぐそばに雷でも落ちたような爆発音の後、
連合軍の攻撃が止み、戦闘音や怒声が聞こえなくなった。

すぐに衝車の様子を確認すると、衝車は主軸の丸太だけが原型を残し、
それ以外は瓦礫になっていた。
衝車の周辺にいた兵は身体の一部が吹き飛んだり、
衝撃で体ごと吹き飛ばされたりしたようで、
かなり凄惨な状態になっている。


連合軍の兵は一体何が起こったのかまったくわからないようで、
攻撃が止み呆然と立ち尽くしている。


「霞さん!」
「おう!
見よ!! 貴様ら連合の悪しき行いに天も怒っているぞ!!
董卓軍の兵士よ! 天が我らに味方してくれている!
この戦、勝利は確実やで!!」

「「「「「「おおぉぉぉ~~~~!!!」」」」」」


張遼さんの口上と、鬨の声で連合軍の兵は一気に瓦解し、
呆然と立ち尽くす者や逃げ出す者で戦場は混乱し、
もはや戦線を立直すことも出来ずにこの日の戦闘は終結した。


「一撃で衝車を破壊して驚かせる必要があったから奮発したけど・・・
火薬の量間違えたかな。」
「訓練場で実験は見たけど、
何回見てもこれは酷いな・・・こんなんやられたらウチらどうしようもないで?」
「私も多用するつもりはありませんし、
基本衝車の破壊以外に使うつもりもありません。
でも、これで確実に連合の士気は下がったはずです。」
「せやけどやりすぎちゃうか?
コレで連合軍が引いたら策がぶち壊しになるで?」
「・・・ちょっと やりすぎたかもしれません。」


私と霞さんが話していると、階段の方から華雄さんが走ってきた。


「な、何事だ!?
何があった!?」
「何がって・・・・衝車が出てきたから喜媚が例のアレを使ったんや。」
「なに、もう衝車が出てきたのか?
で、どうだった?」
「自分の目でたしかめぇや。」


華雄さんと私が一緒に下を確認するとそこには破壊された衝車と、
爆発の巻き添えを食った兵士の残骸が散らばっている。


(しょうがないとはいえ、アレを私がやったんだよな・・・)
「すごいな・・・衝車が一撃か・・・」


私達は確認した後すぐに城壁の壁に隠れる。


「わかってても衝撃的やけど、連合の奴らは肝を冷やしたやろな。」
「・・・それはそうだろう、攻城兵器を一撃で粉砕するようなモノを使われたら、
攻城戦ではどうしようもないぞ。」
「とにかくコレで十分敵の士気は下がったはずです。
後は賈詡さん達の準備ができるまで 時間をかせぐだけです。」
「せやな。」
「あぁ、後は賈詡の連絡待ちだな。
だがその前にコチラから早馬を出して状況を連絡しないとな。」
「せ、せやな、忘れとったわ。」
「そ、そうですね。」


本当に華雄さんはどうしたんだ?
あの猪突猛進な華雄さんは何処へ言ってしまったんだろうか・・・



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五十四話

汜水関




--荀彧--


(やってくれたわねあの馬鹿!!)


私は逸る気持ちを抑え、小走りで華琳様の野営する天幕へと向かう。

私が華琳様の天幕についた時には華琳様は武装して、
春蘭、秋蘭を連れて陣の外に出ていたが、
その表情は何が起きたのか確認しようと警戒の色が濃厚に現れていた。


「桂花・・何があったの?
こんな清天に雷が落ちるなんて聞いたことないし、
衝車の駆動音にしては大きすぎるわ。
敵襲で凪辺りが気弾で応戦でもしたの?」
「その事についてご報告に来ました、まずは宿舎内に・・・
他の者に聞かれたくありません。」
「・・・わかったわ。」


華琳様は私の表情や態度を見て 敵襲ではないと悟ったようで、
すぐに私の願いを聞き 宿舎内へと戻っていった。


「それで何があったの?」
「まず ご報告をすると袁紹が汜水関の門を破壊しようとして使用した衝車が・・・
一撃で破壊されました。」
「・・・凪のような気の使い手でも居たの?
でも いくら凪でも一撃で衝車を破壊するのは無理かしら・・・」
「いいえ、おそらくあの馬鹿・・コホン 喜媚の仕業です。」
「喜媚? 胡喜媚が汜水関に居るの?
それにしても胡喜媚がそんな武を持つとは聞いていないわよ?」
「武ではありません。
私も一度だけ見たことがあるだけですが、喜媚が火薬と呼んでいて物で、
火を使い雷の様な轟音と光を発生させ、
周囲に甚大な被害を与える武器のようなモノです。
それを使って衝車を破壊したのだと思います。」
「火薬ねぇ・・・しかし、それだけで胡喜媚が汜水関に居る証拠になるの?」
「いいえ、そもそも昨晩からおかしいとは思っていたのです。
汜水関に立っている牙門旗は華と張、それと黒い妙な形の旗。
最初は連絡用に使う旗だと思ったのですが、おそらくアレが喜媚の旗です。
それと戦術です。
華雄、張遼、共に武勇で有名な武将ですが、汜水関には軍略を使う軍師が居ません。
なのに 昨晩のいやらしい夜襲や、
先日の猪武者との噂とはまったく違う華雄の見事な演説。
そして汜水関で使われている戦術の幾つかは、
私が喜媚から聞いた事がある物が採用されています。
そして火薬。 アレは私がどんなに頼んでも、
製法も入手法もまったく教えなかった物です。
私の知る限りアレを持っているのは喜媚だけです。
しかし、それを董卓に与えたとは思えません、
あの子の性格上 使うなら本人が自分で使うはずです。
そして喜媚は内政で董卓に知恵を貸しているので、
軍事で協力していても何ら不思議ではありません。
その事から考えて汜水関には喜媚が居ると思われます。」
「・・・なるほど。
その火薬というものは見てすぐに分かる物なの?」
「私が見たことがあるのは小さい・・・拳くらいの大きさの袋に入った物です。
そこから伸びた紐のようなものに火を付けて投擲してしばらく後、
雷が落ちたよな大きな音と光、煙を発生させ、
周囲にあるものを吹き飛ばし、破壊します。」
「そんな小さい物でそんな威力があるの?」
「わかりませんが、おそらく袋の中に入っている火薬の量を調節して、
破壊力を調節できるのではないでしょうか?
そうでないと一撃で衝車が破壊され、ここまで音が聞こえてきた理由がつきません。
私が見たものは、人や馬を吹き飛ばすくらいの威力で、
凪の全力の気弾くらいの威力でした。」
「そう、世の中にはそんな物が存在するのね・・・興味深いわ。
桂花、その火薬 手に入らないかしら?」
「私もあれから調べはしましたが、
喜媚以外に持ってる者がいるという情報はありませんでした。
そもそも火薬なんて名前も効果のある物も、
あの子の口からしか聞いたことがありません。」
「となると やはり胡喜媚か・・・
フフフ、面白い子だとは思っていたけど、
まだまだ私の知らない事があの子にはありそうね。
汜水関に来ているなら敵兵として捕縛しても・・・何の問題無いわね?」
「問題は無いですが、そもそも出てくるかどうか・・・
あの馬鹿はヘタレなので、自分から戦場に出てくる人間ではありません。
おそらく裏でこそこそと動き回っているので、戦場で捕縛するのは難しいかと・・・」
「そうね・・・やらないけど、もし桂花を人質にしたらどう?」
「・・・おそらく出て来ません。
私が連合に与していることを知っているにもかかわらず、
汜水関に出てきたということは・・・そういう事でしょう。
仮に私が逆の立場でも出ません。」
「そう、あなた達お互いのことがよくわかってるのね。
そういう友人は大切よ? 大事になさい・・・桂花の場合恋人かしら?」
「か、華琳様!!」
「ならば胡喜媚を捕えるには董卓に勝つしか無いわけだけど、
それも難しくなったわね・・・桂花、もう一つの案の準備をしておきなさい。」
「はっ!」
「・・・・ふぅ、しかしあの時にあの子を逃したのは失敗だったかしら?
私の身体であの子や、さっき使われた火薬、
董卓軍で使われている、まだ見ぬ未知の知識が手に入るのだったら、
それも良かったのかしらね?」
「「「華琳様!!」」」
「フフ、冗談よ。
でもあの子はいずれ必ず手に入れるわ。」
「はっ、必ず華琳様の元に引っ張りだして見せます!」
「期待してるは春蘭。」
「はい!」


華琳様への報告が終わり、私は宿舎を出る。


(あの馬鹿・・・あんたは戦場に出てくるような子じゃないでしょうに・・・
おとなしく畑を耕してればいいのに・・・馬鹿・・・)




--関羽--


「なんで爆弾がこの世界にあるんだ・・・」


先ほどの大きな落雷の様な音と光を見た後、ご主人様の様子がおかしい。


「ばく だん・・ですか?」
「あぁ・・・アレは俺がいた世界にあった兵器なんだ。
酷い物だとそれ一つで数千から数万の命を一瞬で奪うこともできる。」
「「そんな!?」」
「そんな物があったら私達の戦術なんて・・」
「いや、さすがにそれはココには無いと思うけど、
あの威力を見ても手榴弾くらいの威力はあるものが存在してそうだ。
本来ならこの時代には、まだ存在しないはずなのに・・・」
「それはどういった物なんですか?」
「俺も詳しくは知らないが、片手で投げられる程度の大きさで、
中に火薬が詰まってるんだ。
え~っと火薬っていうのは、
すごく良く燃える炭や油のようなものだと考えてもらっていいと思う。
それが詰まった物を投げて、爆発。
さっきのような大きな音と光を出して周囲の物を破壊する兵器だ。
本来この世界にはまだあるはずがないんだが・・・」
「それはご主人様に作れますか?」
「無理だ。 俺には火薬の作り方すらわからない。
そもそも俺がいた世界では、個人で持つことは、
原則的に法で禁止されていて、一部の人間しか扱えない物だから。」
「そうですか・・」
「だけど朱里、あんなもの使わない方がいい。
アレは使い方を間違うと敵味方関係なく吹き飛ばす。
うまく使えば汜水関攻略が楽になるのは確かだけど、
失敗すれば味方に甚大な被害を出す。
数が用意できなかったのか、敵が最低限良心的なのか・・・
昨晩の夜襲の時に使われていたら、
昨日の内に戦闘が終わっていた・・・俺達の敗北で。
それも最悪全滅に近い形で。」
「・・・・これだけの兵が居てもダメなんですか?」
「用意できる火薬の量によるな。
衝車の破壊にだけしか使わなかったのは、
持ってる量が少ないのか、敵が最低限良心的なのか・・
とにかく、皆汜水関を攻める時はできるだけ城壁に近づかないように。
しばらくは様子を見よう、敵が本気でコチラを潰す気なら、
あの爆弾をどんどん使うはずだ。
その気がないか、良心的な敵・・・と言ったらおかしいけど、
そういう敵だったら攻城兵器にしか使ってこないだろう。
しばらくはウチは様子見をしよう。」
「「「「「「はい。」」」」」」


こうして我々の方針は、しばらくは様子を見るということで決定した。
確かにあのご主人様が ばくだん と呼んでいた物を多用されては、
いくら我らの武が優れていたとて、どうしようもないだろう。
さすがの私も、衝車を一撃で破壊などは無理だ。
そんな事を可能にする武器が敵にあるのならば、最大限警戒し無くてはならない。




--喜媚--


今日の戦が終わり、今は夜中の内に敵兵に、
昼間破壊した衝車の瓦礫を撤去させないように、
交代で番をしながら敵の牽制をしている。
コレは瓦礫を撤去させなければ、次の衝車を使うことが出来ないからで、
時間を稼ぐのに持って来いの方法だからだ。

しかし、昼間の衝車を一撃で破壊した火薬の威力に恐れて、
連合軍は近づいてくることは無いようで、
戦場だというのに静かな夜を迎えている。


しかし私にとって、その静かな夜は色々な事を考えさせられる。
本当にアレでよかったのか?
火薬を使用してよかったのか?
コレがまだ個室ではなく、誰かと一緒にいられたなら少しは気が紛れるのだが、
・・・今は私一人だ。


そうして私が眠れない夜を過ごしていると、
不意に扉の向こうから声を掛けられる。


「喜媚、起きてるか?」
「・・・・はい。」


私が寝台から立ち上がって扉を開けると、
そこには燭台と壷のような物を持った華雄さんが居た。


「華雄さん?」
「あぁ、見てわからんか・・・お前大丈夫か?
顔色が悪いぞ?」
「あぁ、大丈夫です、体調がどうこうと言うわけではないので。」
「昼間の事か・・・」
「・・・・ビクッ」
「やはりな。
昨日はほとんど舌戦だけだったし 本格的な戦闘は今日が初めてだったからな。
様子を見に来たんだ。」
「すいません、気を使わせて。」
「いいさ、お前には借りもあるしな。
とにかく部屋に入れてくれ、立ち話もなんだしな。」
「あ、はい。 どうぞ。」


そうして華雄さんを部屋の中に招いて、
椅子に座り、茶碗に水を入れて華雄さんに出す。


「さすがにお茶は用意できないので 水で勘弁して下さい。」
「ここは戦場だからな、それくらい構わんさ。
さて、喜媚は人を殺めたことは・・・
たしかあったな、賊を狩っていた事もあるとか?」
「えぇ・・・」
「戦場も見たことはあるが、実際に参加して戦場で兵を殺すのは初めてか?」
「・・・はい。」
「そうか。
まぁ、口下手な私がなにか言っても効果があるかわからないが、
今回の戦に限って言えば、奴らは賊と同じだ。
董卓様の持つ権力を妬み、奪おうとする。
賊が食料や金を奪おうとする事と本質的にはかわらん。」
「・・・指揮官はそうでしょう、でも指揮される兵は・・・」
「そうだな、兵は指示されただけだ。
だが、奴らを討たねば我らが守るべき民や董卓様や陛下の身が危険に晒される。
お前もそれはわかっているから、
今回の戦に参加したし、昼間もアレを使ったんだろう?」
「・・・・はい。」
「ならば、お前が討った兵の事を忘れろ・・・とは言わんが、
考えるならお前が守った味方や、民の事を考えろ。」
「守った味方・・・ですか?」
「そうだ、衝車一機破壊するのに一体どれだけの損害が出ると思う?
数十人か? 数百人か?
私は計算は得意じゃないからな、張遼ならもう少し細かい数字を出せるんだろうし、
お前のほうが詳しいと思うが 少なくともお前はそれだけの味方の命を救ったんだ。
今日お前が火薬だったか? アレを使わなければ、
衝車を破壊するのに何十人、何百人が死ぬはずだった。
無いとは思うが、門を破られたかもしれない。
その味方を救ったんだから何も敵の事を考えてお前が怯える事は無い。
胸を張れ・・・とは言わんが、怯えたり落ち込むのはやめろ。」
「・・・華雄さん。」
「戦場で兵が死ぬのは当たり前だ。
だが味方を守った者が怯えたり落ち込んだら、他の兵がどうしていいかわかなくなる。
お前も数十人の小さな部隊とはいえ指揮官となったなら、
兵の前で怯えた顔を見せるのは止めるんだぞ・・・その、まぁ、なんだ。
私で良かったら愚痴くらいは聞いてやる。
同じ指揮官同士だから少しくらい愚痴ったって構わんだろう。」
「華雄さん・・・ありがとうございます。」
「うむ、まぁ、お前には昨日、私や張遼も助けられたからな。
私は死なずに済んだし、張遼は味方殺しをしなくて済んだ。
私達で良かったらいつでも力になるから、いつでも頼るといい。」
「ありがとうございます。」
「うむ、まぁ それだけだ。
邪魔したな。 あ、後コレ酒だ、飲めば少しは気が紛れるだろう。」
「はい、すこし飲ませてもらいます。」
「う、うむ、じゃあな。」


そうして華雄さんは部屋から出て自分の部屋へと帰っていった。
去り際に蝋燭の明かりのせいか、
華雄さんの顔がほんのりと赤かった気がするが まぁ、言わぬが花だろう。


その後、華雄さんの持ってきてくれたお酒を少し飲んで、
私は寝台に入り、少しだが眠って体と心を休ませることが出来た。


翌朝からしばらく連合軍の攻撃は遠距離から弓を射るばかりで、
積極的に、前に出て戦おうとする物は現れなかった。

時折、懲りずに華雄さんを挑発する部隊や、
張遼さんを挑発する部隊もあったが、
そういう時は、華雄さんと張遼さんが城壁の上で酒盛りを初めて
逆に相手を挑発したりしていた。


こうして私達の連合の士気を下げ、
時間をかせぐ作戦は成功し、後は賈詡さんの連絡待ちだ。


そして数日ほど経った時、敵の攻撃方法に変化が現れた。
兵や部隊の多さを利用した24時間昼夜問わず攻撃し、コチラの疲労を狙う作戦だ。

しかしコレも私の原作知識でわかっていたので、
コチラもそれ用の部隊編成に変更し、
休憩しながら対応していた。
それができるのも、衝車を一撃で破壊した火薬の印象が、
連合軍の中に根強く残っているため、
積極的に攻めることが出来ないからだ。

時折油壺を投げて火を付けてやるだけで、
兵が怯えて逃げ出すので、
コチラも損害を軽微に抑えながら楽に汜水関の守備をすることが出来た。

こうしてしばらくは汜水関での防衛戦はお互い兵糧攻めに近い、
消極的な時間稼ぎに終始した。



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五十五話

汜水関




--荀彧--


先の喜媚の火薬騒動の後、連合軍の軍議で劉備の軍師から提案された、
昼夜問わず交代で汜水関を攻め立て、
敵兵の疲労を誘うと言う作戦が可決され、
今夜は私達が汜水関に夜襲を掛ける順番なのだが・・・


「「「「「わぁぁ~~!!」」」」」

「「「「「うおぉおぉ~~!!」」」」」

「・・・か、華琳様、さすがにコレはやりすぎなのでは?」
「こんな月明かりも何もない状況で戦の状況なんて確認しようがないわよ。
適当に声出して、やってる振りをすればいいのよ。
それに他の諸侯、特に文句を言いそうな麗羽は寝てるか宴会でもしてるわよ。
大体、この献策は桂花が言い出したんでしょう?」
「いや、そうなんですけど・・・
まさか董卓軍もこうも素直に乗ってくるとは思わなかったので・・・」


そうなのだ、私達が弓の射程外から声を上げて、
偶に剣を等を打ち鳴らして威嚇してるだけなのだが、
敵が弓でも射ってくるのかと思ったら、
敵も同じように声を出して威嚇するだけで何もしてこないのだ。


「桂花と喜媚の愛のなせるわざかしら?」
「華琳様!!」
「まぁ、私達は兵に損害が出ないし、
これで向こうには私達が敵でない事が伝わったろうから、
私達が戦をする時は、ほどほどに手を抜いてもらえるでしょう。
あんな火薬なんてモノ出されたら コチラにどんな被害が出るか・・・
それにこの連合はもうお終いよ。
麗羽も気の毒にね、ヤブを突いて毒蛇を出し、
猫のしっぽを踏んだと思ったら虎だったなんて。
後は私達で張譲と橋瑁を捕えて突き出せば・・・・
フフフ、大した損害もなく一気に領土を広げられるわ。」
「・・・・」
「貴女には喜媚を捕えてあげられなくて残念だけど、
しばらくは董卓とウチの間で戦は起こら無いだろうから、
その内会う機会も作ってあげるわ。
袁紹の領土を治めるまでの間、
一時的に同盟を組むか不可侵条約結ぶのもいいかもしれないわね。
どちらにしろ現状、董卓を相手にした状態で、
同時に麗羽の領土を治めるのは難しいでしょうから、
しばらく董卓と事を構えるつもりはないわ。
・・・やるとしたら董卓は最後よ」
「わかりました。」




--喜媚--


私は今夜も夜襲を掛けようとしたのだが、
今夜は曹操さんの部隊が出てくるため夜襲をかけるのを一旦止め、
汜水関の様子見をしているのだが、曹操さんは攻めっ気を見せずに騒いでるだけ。
なので、こちらも騒ぐだけで済ませている。

今回の事で曹操さんが董卓さんの敵では無い可能性が濃厚になってきた。
もっとも、曹操さんの事なので 全てを信用できるわけではないが、
利害で考えれば、曹操さんにはどちらが勝っても利益を得られる計算があるのだろう。
例えば張譲や橋瑁を捕えるとか、連合の内部にそういった不和の種を植えこむのも、
華雄さんの演説では狙いだったのだが、
曹操さんの部隊にはあまり効果は無いかも知れないと予想していたが、
今回の事で、曹操さんがこちら側に着く可能性が高まったため、
桂花なら、読めば分かるような矢文を射って、
連合内部で不和を煽ってもらうように依頼した。
曹操さんと桂花なら、うまくやる可能性が高いので、コレはコレでいいだろう。

こうして24時間昼夜を問わず、連合軍は攻撃をしてくるのだが、
どの諸侯も思い切った攻撃をしてこないので、
こちらも交代要員だけで抑えられている。

そんな中 賈詡さんからの伝令で、
汜水関をそろそろ放棄しても良い、との連絡が来た。
更に馬超さんの部隊が遅ればせながら到着したとの事なので、
洛陽防衛の心配が薄くなったのもあり、準備が順調に進んでいるようだ。


「詠はもう汜水関から撤収してええって?」
「はい、予定よりだいぶ早いな。」
「だが、予定より連合の士気が落ちすぎている、
ここらがいい機会なのかもしれんぞ?」
「・・・オマエ誰や!! 華雄ちゃうやろ!?」
「何を言っているんだ? 私は私以外、何者でもないだろう。」
「華雄、オマエ前から変わりすぎなんや!
喜媚にひっぱたかれて頭おかしなったか?」
「失礼な事を言うな! 私は何処もおかしくなってなどおらん。
ただ・・私が守るべきものや、
私の背後で安心して私を見てくれているお方に、気がついただけだ。」
「・・・ほんま何があったんや。」
「さぁ? でもいいんじゃないですか?
今のほうがいいですよ、武人! って感じじゃないですか。
かっこいいですよ華雄さん。」
「ん? お、おぅ、そのなんだ・・・あ、ありがとぅ・・・」
「・・・コレは華雄にも春がきたか、それとも強敵になるか・・・」
「ともかく、賈詡さんから連絡が着たので、近日中に汜水関から撤退します。
今から徐々に抵抗を弱めていって、コチラの資材が尽きたように見せかけます。
その後 汜水関から撤退し、
敵を汜水関に誘い込んでから私の部隊で空城の計を弄った火計を行い、
敵の出鼻をくじいている間に、本体は虎牢関まで撤収。
虎牢関で呂布さん達と合流し、橋瑁を討つ準備をします。」
「了解や。」 「うむ、問題ない。」


こうしてこの日から四日ほどかけて、徐々にコチラが資材不足に陥ったように見せて、
その間に野営地の天幕などを撤去し、
撤収準備を整え、敵に調子付かせてから汜水関から撤収することになった。




--荀彧--


「オーッホッホッホ! 私の見事な策でとうとう敵の資材が尽きかけたようですわよ!
偉そうなことを言ってた割にだらしが無いですこと!
このまま一気に押し切って、美しく華麗に前進ですわ!」
「劉備の所の策でしょうに・・・」
「・・・ハァ」


いま諸侯が集まって軍議を開くための天幕では、相変わらず袁紹が馬鹿騒ぎしている。
それにしてもおかしい、汜水関の防衛戦は明らかに董卓軍が勝っていたし、
昼夜問わずの攻撃は喜媚は想定していたはずだ。
実際私もそういう話を幼い頃に聞いた。
それにアレ以降、火薬をまったく使ってこない。
偶に見せかけで油壷を投げて火を放つことはあったが、
火薬の使用は最初の衝車破壊の一回きり。
なのになぜ、抵抗が弱まったのか?
私ならば洛陽から資材を運ばせて、このまま汜水関で粘れば、
連合軍の兵糧は尽きて防衛できるのに。

ここで敢えて兵を引く理由があるとしたら・・・
まさか、虎牢関と汜水関の間に連合軍を閉じ込めて一気に殲滅するつもり!
洛陽からなら孟津港からなら船を出して連合軍の裏に回り込めば、
虎牢関と汜水関の間に閉じ込めることができる。
後は防衛しきれば兵糧が尽きて私達は終わる。


(華琳様、お話が・・・)
(なによ?)
(実は・・・)


私はこの現状最悪の状況になりかねない考えを華琳様に伝え、
万が一汜水関を抜くことができても、
汜水関には防衛の兵を置くように、袁紹に釘を刺す必要があると伝えた。


(そう、わかったわ。 麗羽!」
「な、なんですの華琳さん、私の見事な戦術になにか言いたいことでも有りますの?」
「あんたの戦術はどうでもいいけど、
この後汜水関を抜いた後は、当然、
最低限汜水関を防衛できる兵は残していくんでしょうね?」
「はぁ? そんな事必要ありませんわ、全軍で華麗に前進ですわ!」
「あんた馬鹿なの? 汜水関を抜いた後、董卓達に黄河を使って裏に回られたら、
私達は虎牢関と汜水関の間に挟まれで閉じ込められるでしょう?」
「そうなんですの 斗詩さん?」
「そうですよ麗羽様!
っていうか兵を置いていくつもりだったんじゃないですか!?」
「・・・も、もちろんそのつもりでしたわよ!」
「嘘つくのじゃ! 完全に忘れておったであろう!」
「何を言うんですの美羽さん、私がその辺りのことを考えてないとお思いですか?」

(((((絶対考えてなかったな。)))))

「そういうわけで、ウチの 「待ちなさい麗羽。」 なんですの華琳さん。」
「その部隊、ウチから出すわ、
麗羽は美しく華麗に洛陽ヘ乗り込まなきゃいけないのに、
こんな所で兵を割く訳にはいかないでしょう?
それとも貴女美しくも華麗でもない、落ちた関の防衛なんかやりたいの?」
「えぇ、もちろん美しくもない落ちた関の防衛なんかやってられませんわ!
そういう地味な仕事は華琳さんがお似合いですわ。
では、華琳さん関の防衛はお願いしましたわよ。」

(((((うまい!)))))

「ええ任されたわ。それじゃあ、私は部隊編成があるから先に失礼するわ。」


そう言って華琳様はさっさと席を立ち、天幕から出ていく。
私や春蘭達もそれに続く。


「華琳様お見事でした。」
「麗羽とは付き合いが長いんですもの、アレくらい軽いわ。
それに私達の部隊で汜水関を抑えておけば、
万が一張譲や橋瑁に逃げられても、汜水関で取り押さえられる。
奴らは絶対に私達で捕まえるわよ。
それと桂花、例の袁紹達の不正の証拠集めもやっているわね?
麗羽は、コレが終わった時には、すべてが敵に回るようにしてやるわ。」
「もちろんです華琳様、橋瑁が連合の兵糧を少しずつ水増しして要求し、
不正に蓄えていましたので、その証拠を掴んで有ります。」
「いい子ね、引き続き頼んだわよ。」
「はい!」


この日の軍議はこれで終わり、
私達が抜けた後は、近日中に汜水関に対して大規模攻勢をかけ、
一気に攻め落とすという方針に決まったようだが、
その役目は袁紹が自らやるそうだ。
大方、汜水関突破の功績と名声が欲しいのだろうが、
他の諸侯は袁紹以外、皆あの火薬を恐れて攻勢をかけるのには消極的だった。




--喜媚--


夜明け間近、汜水関の撤収準備もほぼ完了し、
後は今関に残っている部隊と私の工作部隊を撤収させるだけとなった。
今は、汜水関の中に余分な資材が残っていないか最終チェックをしているところだ。


「喜媚、こっちは大丈夫や。」
「こちらも問題ない、全て搬出済みだ。」
「ありがとうございます、それでは次の連合軍の攻撃部隊が交代するのに合わせて、
こちらも撤収します。
張遼さんは西門の閂をきっちりかけていってください。
私達は予定通り、火計をかけた後、縄梯子で汜水関から脱出し、撤収します。」
「了解や、ほんなら次は虎牢関でな。
ちゃんと無事虎牢関まで来るんやで。」
「はい。」


この後、連合軍は朝に今の攻撃部隊が引き、
次の攻撃部隊に変わる時に、
張遼さんと華雄さんは最後の防衛部隊の撤収を開始し、
汜水関の洛陽側の西門を閉めて、虎牢関に撤収していった。

その間に、私と工作部隊で汜水関の兵が通る通路の奥の方に油を撒き、
二階部分に上がり、二階に上がる通路の扉をきっちり閉めて、
閂をかけ、擬似的な密閉状態を作り、
後は敵の部隊が通路を通る時に小麦粉と粉末状の火薬を撒いて火を放ち、
粉塵爆破を起こさせてから撤収するだけだ。
油が燃えてる間は汜水関を抜けることは出来ないので、
消火して通り抜けられるようになり、罠が無いか調査をする数時間か数日は、
連合軍を汜水関に足止めできるだろう。


こうして連合軍は次の攻撃部隊に変わり、
汜水関の攻撃を開始したのだが、私達の牙門旗が降ろされたのを確認したのか、
すぐに汜水関の東門を攻撃する音が聞こえてきて、
しばらくすると衝車も出されたようで、
東門を破壊する音が聞こえる。

そうして一時間ほどした時、とうとう東門が破壊されて、
連合軍、鎧の色や形状から袁紹さんの部隊が、汜水関に突入してきた。


(準備はいい?)
(おっけーです。)


私が部隊の人間だけに教えたOKやNO等の英語を使い、
お互いの意思疎通を図る。

その間にも連合の袁紹さんの兵は通路内に侵入し、
敵が居ないか索敵している。

(スタンバーイ・・・スタンバーイ・・・ゴゥッ!」
「「「投下!」」」


私の合図と共に、増築時に作られた覗き穴から小麦粉が投げ入れられ、
敵兵はいきなり視界全体が小麦粉や木炭の粉で霧がかかったようになってしまい、
混乱状態に陥る。
そこへ私が粉末状の火薬を少量撒いて、
少し置いてから最後に松明を投げ入れて、すぐに覗き穴に蓋をする。
するとすぐに轟音とともに、一瞬で通路全体が火に包まれ、
通路に撒いた油にもうまく火が着いたようだ。


「あちっ、あっつい!」
「隊長! 予想以上に火の勢いが強いです!」
「す、すぐに逃げるよ!
撤収~ 撤収~~!!」
「「「撤収~~!」」」


こうして私達はすぐに上に登って行き、
城壁の上に仕掛けてあった縄梯子で下に降りて、
馬で虎牢関に向けて撤収する。




--愛紗--


汜水関の反撃が一切ない状態で、最初はなにかの罠かと思ったが、
袁紹達の兵が汜水関の門に攻撃を仕掛けても何もしてこないので、
敵が汜水関から撤収したと判断した袁紹は、
残った衝車を持ちだして門を破り、兵を突入させ、
内部に敵が残っていないか確認させていた時、
轟音と共に、汜水関の破壊した門から火が吹き出してきた。


「ご、御主人しゃま、アレも ばくだん とか かやく でしゅか?
あぅ噛んじゃった・・・」
「朱里落ち着いて、アレは火薬かもしれないけど、少し様子が変だ。
アレは普通に油を撒いたかなんかじゃないかな?
それか・・たしか粉塵爆発だったかな?
火薬じゃなくて、何か燃える粉のようなもの・・・
炭を削ったものとか木屑とか小麦粉とか、
そんなような物を撒いて火を放ったんじゃないかな。
炎も一瞬で収まったし、今も燃えているのは一部だけだから、
油と一緒に撒いたのかもしれない。
この敵はかなり詳しく科学、
俺のいた世界の知識に近い知識を持っているに違いない。」
「ご主人様の居た世界の知識ですか・・・」
「俺がこの世界に来たんだ、俺以外にも誰か来ていてもおかしくはないだろ?」
「・・・確かにそうなんですが。
そうなると天の御遣いは二人か、それ以上居るという事に・・・?」
「俺が名乗っているのだって、皆に言われてそう名乗ってるだけだからな。
向こうが本物なのか、それとも天の御遣いなんてただの噂でしか無いのか。
・・・何れにしても、
俺がこの世界のために何かしたいっていう気持ちに変わりはないよ。」
「ご主人様・・・」


ご主人様がこの国のため、信念を持ってくださるのは嬉しいが、
私はこの時妙な違和感を感じていた。
私達が知らない知識を持ち、それを使いこなしている人物・・・
そして今洛陽に居る人物といえば、私の知る中では一人しか居ない。


(喜媚殿・・・まさか貴方なのですか?)



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五十六話

虎牢関




汜水関での火計、粉塵爆破で連合軍に被害を与えた後、
私達は無事に虎牢関まで逃げてくることが出来た。
馬にはかなり無理をさせたので、しっかり休んでもらおう。

虎牢関に入った時に、張遼さんがいきなり抱きついてきた・・と言うよりも、
身長差があるので私の顔が張遼さんの胸に埋まるという自体になり、
華雄さんに救出されなかったら、張遼さんの胸で窒息死していただろう。


「オマエは何をやっているんだ!!」
「喜媚が無事に帰ってこれたから嬉しかっただけやん。」
「少しは自重しろ! 危うくお前のせいで喜媚が窒息死するところだっただろう!」
「男の夢みたいな死に方でええやん。」
「・・・・・」


華雄さんが無言で金剛爆斧を構える。


「冗談やって! 冗談!!」
「次、くだらん冗談を言ったら、すぐさま斬り捨てるぞ。」
「まったく、華雄は汜水関で喜媚に調教されてから喜媚にメロメロやなぁ。」


すぐさま華雄さんが金剛爆斧を張遼さんの首めがけて振りぬくが、
張遼さんがしゃがんで躱す。


「い、今ホンマに殺ろうとしたやろ!!」
「次は無い、と言ったはずだ。」
「・・・華雄調教されたの?」
「されておらん!!」
「くだらないこと言ってないでさっさと関の中に入るですよ、
連合軍が来る前に戦闘準備を整えないといけないんですから!」
「う、うむ。」 「・・せやな。」 「そうですね。」


私達は 虎牢関の中に入り、すぐに門を閉め、閂を三重にかける。


「汜水関で火計をおこなって、少し時間を稼げると思う。
連合は大軍での行軍なので行軍速度がどうしても、
遅くなるし、野営地の撤収の必要もありますから、、
連合が虎牢関にたどり着くまで三日から五日は余裕があると思います。
一応、賈詡さんの黄河を下って回りこんで汜水関を閉めて、
虎牢関と汜水関の間に閉じ込めるという案もあったんですけどね。
多分、連合もそこまで馬鹿じゃないだろうという事ですが、
一応偵察だけ出すそうです。」
「策は何重にも張って隙の無いようにするのは基本ですよ。
万が一にも橋瑁を逃がすわけには行かないのです。」
「・・・逃さない。」
「そうですね。
それと、馬騰さんの所の馬超さんが洛陽防衛に着てるらしいですけど、
今どうしてるか、何かあれから聞いてますか?」
「伝令では何も言ってきてないですね。
定刻の連絡も来ているので、そのまま洛陽防衛してるのではないですか。」
「そうですか。 ならば後は予定通り、この関で橋瑁を討ち、後は止めですね。」
「そうなのです! 音々の策で恋殿が橋瑁を必ず仕留めるのです!!」
「それですが、連合は汜水関で昼夜問わず交代で攻めるという戦法を使ってきたので、
虎牢関でも使ってくる可能性が高いです、
ですので、虎牢関防衛は呂布さんは外して、
いつでも出られるように待機だけしてもらって、
橋瑁の指揮する部隊が出てきた時、陳宮さんの策で動くということでいいですか?」
「問題無いです、予定通りなのです。」


こうして この日は、汜水関での戦闘の様子などを話しながら、
無事に第一段階の任務を完了できたことを祝って祝杯を上げ、
明日以降に備えて、早めの休息を取ることにした。

翌日は、敵が来る様子もなく、
私は張遼さんと望遠鏡を持って虎牢関の城壁の上で日向ぼっこをしている。
呂布さんは華雄さんと訓練をして、橋瑁との戦闘を最高の状態で行えるように調整し、
陳宮ちゃんは策に抜けがないか、私達が持ってきた汜水関での敵の情報から、
再度、策を検討し直している。

こうして五日ほどだった時、東から砂塵と斥候の兵が見えてき始めた。


「お、ようやくお出ましやな。」
「そうですね、こっちは十分休憩を取って体力的にも万全です。」
「私も呂布の方も仕上がりは十分だ。」
「ほんならウチは早速出陣準備に入るで、ようやくウチの本格的な出番やな。」


そう言って張遼さんは下に降りていき、華雄さんも一緒に降りていった。


張遼さんが騎馬隊を準備し、華雄さんが盾と戈で武装した歩兵隊を準備、
城壁の上にも陳宮さんの弓隊がずらりと並び、
皆の牙門旗が、虎牢関の城壁の上でたなびく中、
連合軍が少し離れた所で野営地に天幕を張り始めた時、
私が合図の銅鑼を鳴らし、この連合軍の戦いにおいて、
初のこちらからの本格的な攻撃を仕掛ける。


「よっしゃ! 行くでお前ら!
ウチのケツにきっちりついて遅れんなや、神速の張文遠、突撃や~!!」
「華雄隊! 張遼隊が帰ってくるまで、門前で待機、
敵を一人たりとも近づけるな!」
「陳宮隊、敵が近づいてきたら弓矢で一斉攻撃ですよ!」
「・・・・呂布隊、橋瑁を討つ。
だけど今回は深追いはダメ。」


こうして張遼さんと呂布さんの騎馬隊が野営地で天幕を組み立てる連合軍を強襲する。


汜水関では、呑気に敵の野営地の組立を待ったり、こちらから攻撃に出なかったのは、
こちらが専守防衛だと思わせるためであり、
口上はすでに汜水関で済ませてあるので、この奇襲で風評も下がることはない。


そして騎馬では三国でもトップクラスの二人の部隊に奇襲を掛けられるのだ、
連合軍の被害は相当なものになるだろう。


私は望遠鏡で戦況を確認しているが、
曹操さんや孫策さん、劉備さん、公孫賛さん以外の部隊は完全に無防備だったので、
張遼さんと呂布さんは、その部隊を巧みに狙って敵に被害を与えていっている。
今回、呂布さんには、張遼さんにピッタリとくっついていくように、
陳宮ちゃんから指示されているので、
橋瑁を討つかどうかの判断は、比較的冷静な張遼さんに任されている。
呂布さんも、董卓さんや他の皆とのコレまでの付き合いで、
暴走して味方に被害を及ぼすような事は、見ている限り無いようだ。




--荀彧--


今まで敵から攻撃してきたことはなかったので、
虎牢関で天幕を張るこの瞬間は危ないと、私も荀諶も華琳様も警戒してはいたが、
予想通りに、この隙を狙って董卓軍が騎兵で突撃を仕掛けてきた。


「防衛に徹しなさい!
こちらは行軍と天幕の建設でまともに戦闘態勢がとれていない!
防衛だけを考えなさい!!」
「くそ! ここまでいいように蹂躙されるとは!」
「姉者! ココは華琳様を守ることだけを考えろ、
敵も我らと相対するよりも、他の無防備な部隊を狙っている、
こちらから手を出さない限り、余計な被害を受ける事もないだろう。」
「しかし! クソッ!」
「あんた達何やってるの! 春蘭! すぐに袁紹の部隊の救援に向かいなさい!
袁紹のアホが無駄に豪華な天幕を組んでいたせいで、
完全に無防備になっていて集中攻撃を受けてるわよ!
さすがにココで総大将が討たれるのはまずいわ!!」
「くっ、しょうがない! 秋蘭! 華琳様は頼んだ!!」
「任せろ姉者!」


--周泰--


「っち、嫌な予感はしていたけど・・・コレはいい機会ね♪ 冥琳!!」
「わかっている、我が隊は防衛しながら後方へ下がるぞ!
袁術の部隊に敵を押し付けろ!」
「汜水関からこちらの士気を下げる事ばかりやってきていたが、
やはりこの瞬間を狙ってきおったか。」
「祭様! のんきに言ってる場合ではありません。
万が一にでも蓮華様に何か有ってはまずいのですから。」
「分かっておるわ。」
「あら? じゃあ私はどうでもいいのかしら?」
「雪蓮様はほうっておいても大丈夫ですから~、
ホラ亞莎ちゃん、貴女の部隊もう少しこっちにこないと危ないですよ。」
「は、はい!」


董卓軍の騎馬隊による、
突然の強襲で天幕の準備をしていた連合軍は完全に不意を突かれた形になっている。
そんな中でも予想していた私達や一部の部隊は防衛に徹して、
被害を少しでも抑えようとしている。


「明命!」
「はっ!」
「いい機会だからちょっとこの混乱の中で、
袁紹の陣から張譲が何処に居るか調べてきてくれないかしら?
なんだったら拐ってきてもいいわよ。
さすがに袁術ちゃんをこの機会に討つのは、
貴女の姿を見られる可能性が高すぎてダメだけど、
張譲なら行けるかもしれないわ。
今回は拐えなくてもいいから、居場所と人相風体だけきっちり確認してきて。」
「はっ!!」


雪蓮さまの指示で私は張譲の天幕の位置と、
人相風体を確認するために隠密行動を開始した。




--関羽--


董卓軍の強襲の中、なんとか我が隊はしのいでいるが、
他の部隊の被害はかなり大きそうだ。
そんな中、ご主人様から指示が着た。


「皆聞いてくれ! 呂布の部隊が攻めて来ている!
絶対に呂布とは一対一で戦わないように!
最悪でも二人か三人で当たるようにして、防衛に徹するんだ。
いいか、呂布とは絶対に一人では当たるな!」
「っく、分かりましたが、呂布とはそんなに強いのですか?」
「俺の知る通りの呂布なら、その強さはこの国で最強だ、
悪いが愛紗や鈴々、星でも一人で当たったらまずいことになる。
せめて呂布の武がどれほどのものなのか確認できるまでは、
必ず一人では当たるのは禁止する、コレは命令だ!」
「っ、分かりました。」
「わかったのだ!」
「命令とあれば 仕方ありませんな。
それほどの武を持つものなら是非一手、手合わせしたいのですが。」
「今回だけは聞いてくれ。」
「分かっております。
それよりもご主人様は桃香様達を連れてお下がりください。」
「分かった、桃香、朱里、雛里、行こう。
ココにいたら皆の邪魔になる。」
「「「は、はい!」」」




--張遼--


「どけどけぇ! 張遼様のお通りやで!!」
「・・邪魔!」


ウチらが連合軍に騎馬隊で強襲をかけたが、
曹操達一部の部隊以外は、まったく手応えがない雑魚ばっかりや、
いっそこのまま袁紹の首とったろかと思うくらいやけど、
それは喜媚達から禁止されとるから、殺らんように気をつけんとな。


「・・橋瑁!!」
「なに? 呂布、橋瑁がおったんか!?」


呂布の視線の方向を見たら、
やせ細った嫌らしそうな顔の男が兵を率いて下がっているのを見つけた。


「アレが橋瑁か!?」
「・・・橋瑁ぉぉ~っ!!」
「ひっ、りょ、呂布か!?」
「橋瑁!! 義母さんの仇!!」
「ひっ、貴様ら私を守らぬか!!」


呂布が橋瑁を見つけた瞬間、単騎で突撃しようとする。
その勢いは噂で聞く黄巾の軍三万人を相手に単騎で戦ったという噂が、
本当ではないのか? と思わせるだけの説得力のある 武力だったが、
しかし、幾ら呂布でも今橋瑁のいる位置まで、単騎で突撃するにはきつい位置だった。


「呂布! 単騎では無理や! まだ味方がウチらに追いついてきてない、
このまま突っ込んだら孤立してまうで!」
「だけど橋瑁が!!」
「呂布!! 今ココでつっこんで橋瑁を討てても、その後はどないすんねん!!
お前の家族や陳宮はどうなるんや!!」
「くっ! だけど!?」
「コレ以上は聞かんで! どうしても行くっちゅうんならウチも行くけど、
そん時はウチら一緒に犬死やで!」
「くっ・・分かった・・・引く。 橋瑁! お前は恋が必ず討つ!!」
「よっしゃ! そろそろ引くで!!
きっちりウチについてこいや!!」

「「「「「おうっ!!」」」」」


そしてウチらは周りの敵をひと通り蹂躙した後、
虎牢関まで撤退しそのまま虎牢関の門に突っ込んでいく。
ウチらの背後には追跡してきた連合の騎馬隊が居たが、
華雄の部隊と陳宮の弓隊で防衛し、
敵の虎牢関への侵入は阻止できた。




--喜媚--


「張遼さん呂布さん、皆さん、お疲れ様でした、
そこに水と簡単な食事が用意してありますので、疲れを癒してください。」
「おう、すまんな喜媚。」
「恋殿ぉぉ~~!! ご無事でしたか!?」
「・・・大丈夫、でも・・・橋瑁が居た。」
「なんと!」
「ちょっと距離があったから 橋瑁を討てんかったけど、
呂布はなんとかウチが説得して引っ張ってきたわ。」
「そうですか・・・お疲れ様でした。」
「そうでもないで、汜水関での華雄よりかよっぽどマシや、
呂布は話聞いてくれるからな、それに比べて汜水関での華雄は・・・」
「な、ちゃんと私は言うことを聞いただろう!」
「よう言うわ、喜媚にひっぱたかれて、
ウチと喜媚が首までかけてようやく止まったくせに。
あん時はほんま、死んだかと思ったで。」
「くっ・・・あ、あの時は・・・その、まだ私も未熟だったんだ。
次は二度とああいう事は無い。」
「ほんまか? 月を馬鹿にされても挑発に乗らんって言えるか?」
「それとコレとは別だ、董卓様を馬鹿にするような奴がいたら即刻切り捨ててやる!」
「・・・ほらコレや。
怒りの矛先が変わっただけちゃうんか?」
「そうでもないですよ、董卓さんが望んでなかったら勝手に暴走しませんよね?」
「む・・・・董卓様がそうお望みになるなら・・・しょうがない。
しかし突出しないだけで、そんな輩は必ず私が討つ!」
「・・・・まぁ、少しはましになったん・・かな?」
「でも橋瑁を目の前に、よく呂布さんを説得できましたね。」
「・・・恋が勝手に死ぬと音々とセキト達が悲しむ。」
「恋殿ぉぉ!!」


呂布さんの真名を叫びながら陳宮さんが呂布さんの胸に飛び込む。


「恋殿だけ逝かせませぬぞ!
その時は音々も一緒ですぞ!!」
「・・・じゃあ、恋は死なない。」
「恋殿ぉぉぉぉぉ~!!」
「まぁ、アレは放っ置いてええやろ。」
「そうですね。」
「そうだな。」


こうして、虎牢関での敵の出鼻を挫く作戦は成功し、
張遼隊、呂布隊、双方に若干の被害者を出してしまったが、
それ以上に連合軍に兵、士気共に大打撃を与えることができた。


(こうして、人の命を数字で計算するのは嫌だな・・・)


戦争をしている以上しかたがないのだが、
こうして戦果を数字で計算するような事は できればもう二度としたくないと思った。



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オリジナルキャラ紹介。

こんにちは。


ココでは 真・恋姫†無双 変革する外史。に
登場するオリキャラの簡単な説明をしたいと思います。

原作を知っている人なら、
原作キャラはすぐに分かると思うのですが、
このSSのオリキャラだと、 「誰コレ?」 と言う事に
なると思いますので、簡単な説明をさせて頂きます。

話の進行に伴ない、随時追加されていくので
このオリキャラ誰だっけ?
と思った時などにご覧下さい。


ハーメルン様に移転した事で、
少しオリキャラの事を忘れてる方もいるかも知れませんが、
いい機会なので、一度ご覧になっていただけるとありがたいです。




胡喜媚(こ きび)

主人公。
現実世界で左慈が銅鏡を回収しに着た時の
ドタバタに巻き込まれ、
恋姫の外史に渡ることになった人。
将来の目標は、平穏な暮らし。
彼につけたチート能力である『知恵袋』は
よく内政物のSSで、「なんでそんなに色々詳しく覚えてるんだ?」
と言う疑問があった為、それを補完するモノとしてつけた能力です。
彼が女装する経緯については本編を御覧ください。
女装は本人が望んだものではありません。


蘇妲己(そ だっき)

オリジナルキャラとして出てきた外史の管理人。
左慈達の上司に当たる人で
喜媚を男の娘化しようと日々画策中。
今回の事故を利用して なにか企んでるっぽい。


荀緄(じゅん こん)

史実での荀彧のお父さん。
このSSでも荀彧のお父さん。
尚書と言う役職を務めており、洛陽に常駐している。
洛陽の宮殿内での黒い争いに辟易し、
宮殿からさっさと出ていきたいのだが、
娘達が一人前になるまでがんばろうと
日々ストレスで胃を痛めているとかなんとか。


荀桂(じゅん けい)

オリジナルキャラとして出てきた
荀彧のお母さん。
史実を調べてみたんですが
結局名前がわからなかったので捏造した。
名前の由来はもちろん桂花の真名の一部。

※私の初期の調査不足で、古代中国では同姓の人間の結婚は出来ず
それに中国は夫婦別姓なんだそうです。
あと自分の名の一部を息子などに継承させる事もあまり無いようです。
そのため私のSSでは諸事情でこのままとさせてもらいますが、
実際は上記の通りなので、私のSSを読んで
勘違いなど無いようにお願いします。

ちなみに私は当時日本の感覚で、結婚したら姓が変わると思ってました。

このSSでは、荀彧がMに目覚めたのは
この人と喜媚のお仕置きのせい。


荀衍(じゅん えん)

荀彧のお姉さん。
史実では荀彧は4人兄弟だったということで
チョイ役。
クール系の優しいお姉さんだが、可愛いものにめっぽう弱い。
喜媚を密かに狙っている。


荀諶(じゅん しん)

荀彧の妹。
姉達とは違い甘え上手の小悪魔系で
よく荀彧をからかったりしている。
喜媚の事を気に入っていて、ストレートに喜媚を狙っている。


荀愔(じゅん いん)

荀彧のお姉さん。
今のところ、殆ど出番はない。
お父さんっ子だが、恋愛感情などではなく単純になついているだけ。
長女だったので荀緄が猫可愛がりしたせい。


許昌の北門を守っていた警備隊のお兄さん。

警備隊のお兄さん。
北郷一刀に顔がよく似ていて、
このSSの捏造設定では
本来なら襲われた荀彧をこの人が助ける。
喜媚に出番を奪われたかわいそうな人。
裏設定で 数年後、可愛い嫁さんをもらって、
子供も何人か生まれて幸せに暮らしたそうな。


許昌の鍛冶屋のおじさん

鍛冶屋のおじさん。
それ以外の何者でもない。
荀桂さんが良く仕事を依頼するだけあって
許昌では一二を争う腕の持ち主。


洛陽の肉まん屋のおじさん。

喜媚が行きつけの店で お気に入りの肉まん屋、
よくココで買い食いをしているため、
このおじさんには顔を覚えられている。

後に、喜媚が洛陽でしばらく暮らす際、
このお店で住み込みの看板娘(?)として働いている。


弁ちゃん

謎の少女A
分かる人にはすぐ分かるが、
喜媚は恋姫原作キャラにしか警戒していないので
彼女達の事は殆ど無警戒。
性格はおとなしく、流されやすいが、
根っこの部分のどうしても譲れない事に対しては頑固である。


協ちゃん

謎の少女B
分かる人にはすぐ分かるが、
喜媚は恋姫原作キャラにしか警戒していないので
彼女達の事は殆ど無警戒。
明るく人なつっこい性格で わりと誰とでもすぐに仲良くなれる。
意外に耳年増で、時々姉に余計なことを吹き込んだりしている。

※この二人の偽名に喜媚が気づかないのがおかしい。
と言うのはさんざん指摘されてきましたが、
敢えて読者にわかりやすくしているため、お約束と言う事でお願いします。
初期設定では弁ちゃんが 「夕日」 、
協ちゃんが 「朝日」 と言う偽名案があったが、
読む人に分かりやすくするために 今の名前に決まった。


何進(か しん)

屠殺業をしていたが母違いの妹何氏が
霊帝の宮中に入り貴人となったため取り立てられ郎中となる。
何皇后の姉で、黄巾の乱の時に大将軍になる。
その後、十常侍に暗殺され、それがきっかけで
袁紹、袁術に宦官、十常侍の誅殺が実行され、
その後 董卓、賈詡達により、
洛陽内部の汚職に関わった者達が一掃された。
ググるとアニメ版の画像がよく引っかかるますが
アニメ版では結構出番があるのかな?
このSSではPCゲーム版の世界観なので
チョイ役の上暗殺されました。


丁原(てい げん)

呂布の義理のお母さん。
放浪していた呂布と陳宮を召抱える。
漢の行く末を憂いて、何とかしたいと思い 日夜苦心している。
呂布さんの非常識な性格に悩み、
最低限の礼儀を教育しようとしているのだが、
未だ成果は現れていないようである。
誠実な人柄のため 暗躍している一部の宦官や十常侍から目の敵にされている。
史実では呂布に殺されたが、恋姫呂布はそんなことしそうにないので
善人ではあるがそれ故に十常侍などに邪魔だと思われる、
と言う立場になっていただいている。


張譲(ちょう じょう)

十常侍。
洛陽で悪政を働いていた中心人物の内の一人、
その後、袁紹に言葉巧みに取り入り
反董卓連合を組むのに暗躍する。


橋瑁(きょう ぼう)

史実では、三公の公文書を偽造し、
董卓に対する挙兵を呼びかける檄文を作った人。
このSSでは悪役になって頂いている。
決して嫌いとかではないが 立場が都合よく、董卓が善人になる恋姫では
反対に橋瑁が悪役になると話が収まりやすいため。
張譲と丁原暗殺を企み、丁原を暗殺し、親の敵として呂布に追われていた所、
張譲の口利きで袁紹に取り入り、反董卓連合設立の中心人物の一人になる。


劉弁(りゅう べん)

このSSでの重要人物、弁ちゃん。
幼少時に喜媚と出会い、年に何回かしか会えなかったが、
数少ないありのままの自分を見てくれる喜媚に対して
親愛の情を抱いているが、
それがどう発展するかは今後の彼女次第。
劉協との姉妹仲はかなりいい。
後に劉花と言う偽名を名乗り、喜媚と一緒に茶店で働いている。
今の生活には満足しているが、妹の劉協に皇帝職を押し付けてしまった事と、
喜媚がなかなか自分を一人の女として見てくれない事が悩みの種。


劉協(りゅう きょう)

このSSでの重要人物、協ちゃん
幼少時に喜媚と出会い、年に何回かしか会えなかったが、
外の世界の様々な事を ありのまま教えてくれたり、
遊びを教えてくれる喜媚に対して親愛の情を抱いている。
彼女は皇帝などさっさと止めて、
喜媚や姉の劉弁と一緒に暮らしたいと日々願っているが、
状況が許してくれないので、
時折 宮中に喜媚や劉弁を呼び出しては愚痴を言ったりしている。
劉弁との姉妹仲はすごくいい。
姉の劉弁がさっさと喜媚とくっつけばいいと思いつつも、
最近自分も成長してきたので、皇帝などさっさと辞めて、
自分も喜媚の嫁に一緒になろうと画策しているとかいないとか。

この二人は真名を許す相手は家族か夫になる者以外には教えていけないという
古い風習を守っているので、喜媚と違って真名が無いわけではない。
このSSでは華雄さんも同じ風習を守っている為、
裏設定ではちゃんと真名がある。

それとボツ設定であった二人の偽名案で、
劉弁には 「夕日」 これは漢王朝の衰退を意味し、
劉協には 「朝日」 これは新しく生まれ変わると言う意味を密かに含ませていた。


馬騰(ば とう)

馬超のお母さん。
董卓とは同盟とまでは行かないが
一緒に羌族や氐族に対して対応していた。
恋姫董卓の異民族を排除するのではなく、
共に生きていこうと言う考えには 賛成はしていないが、
その人柄と思いは認めている。
後に、喜媚が華佗を派遣したため、
病気が治り、恋姫では病死で死亡するはずだったが このSSでは生存している。




今後 物語の進行と同時に随時追加されていきます。



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五十七話

虎牢関




陳宮ちゃんの策で先日行った、敵が野営の準備をしている段階での強襲によって、
連合軍の野営地が、当初の位置より東に下がり、
更に連合軍に一定の被害を与え、混乱させることに成功した。

今日は敵も警戒しつつ野営の準備を継続している。
本来ならアレだけの大部隊でも、すでに天幕を張り終わり、
戦闘準備をしているのだろうが、
先日の強襲に加え、私の部隊で夜襲を何度かかけているので、
態勢を立て直したり、被害の復旧、夜襲への警戒、更に連日の行軍での疲労、
兵数が多く、張る天幕の量も多い事もあり、
反董卓連合軍は、今日になってようやく、野営地での天幕の建設等が終わり、
戦闘可能になったのだが疲労のため、今日は攻めてくる様子はない。

そこに追い打ちを掛けるように、
昼間時折、銅鑼を鳴らしては張遼さんと呂布さんが騎馬隊で出撃し、
軽く一当してすぐに撤収するという行為を繰り返し、
夜には、昼に休んでいた私の部隊と陳宮ちゃんの部隊の一部で、
嫌がらせの夜襲も行ったり、
夜中に連合の野営地の近くでただ銅鑼を鳴らすだけで、
何もしない等の嫌がらせを行い、
連合軍に休ませる隙を与えないようにしていた。




--荀彧--


「キーーッ! まったく忌々しい人達ですわ!
ちまちまと嫌がらせのようにやってきてはすぐ帰る。
いったい何が目的なんですの!?」
(こちらの兵を休ませずに、あんたをそうやって苛つかせることでしょうが・・・)


虎牢関から少し離れた場所を野営地とし、
数日間、敵によるコチラの兵を休ませないための攻撃を受けていたが、
ようやく連合も戦闘態勢が整ったので、明日から戦闘に移ることになったのだが、
数日前に張遼と呂布に強襲を受けて以来、
袁紹はずっとこのザマで、まともに軍議にもならない。
周りの諸侯も 余計な事を言って、変な言いがかりを付けられたり、
虎牢関への先陣を切らされたくないのか、
ただ袁紹の好きなように喚かせているだけでだ。


「それでなにか良い策は無いのですの!?」
「連合軍の総大将は貴女なんだから、
そういう貴女がまず最初に何か策を出しなさいよ。」
「ならば、美しく華麗に 「もういいわ。」 なんなんですの華琳さん!」
「何も無いようならしばらくは汜水関と同じように、
昼夜問わずの交替制での戦闘になるけどいいかしら?
まずこちらの兵を交代で休ませつつ、敵の兵を疲労させないと、
まともに戦闘したら、今はこちらが圧倒的に不利よ。
なによりもまずは兵に休息をとらせないと。」
(正直我軍にとってはそのほうがありがたいのよね。
夜番になれば兵の損耗も殆ど無いし、騒いでるだけでいいし。)
「私達もそれでいいと思います。
汜水関は実際それで抜けてこれたことですし。」
「下手に攻勢に出てまた衝車を破壊した、あの変な兵器を使われても厄介だからな。
いいんじゃないか?」
「妾は一刻も早く洛陽に行かねば 「はい、美羽様はすこ~し静かにしましょうね。」
・・・モガモガ!」
「いいんじゃない? 特にそれ以上いい案はないんでしょう?
一応 虎牢関に侵入できないか試しては見るけど、
汜水関では警備がきつくて無理だったんだから、虎牢関も当てには出来ないわよね。」
「・・・少しよろしいですかな?」
「なんですの橋瑁さん?」
「実は私めに一つ試してみたい案があるのですが。」
「言ってみなさいな。」
「汜水関で劉備殿や孫策がやったような挑発で敵を誘い出す策なのですが、
アレをもう一度試して見ませんかな?」
「やるのはいいけど、華雄は出てきそうにないわよ?」
「いいえ、華雄ではなく呂布を相手にです。」
「呂布? なんで呂布なのかしら?
確かに董卓軍において最強の武を誇る呂布を討てれば、
かなり戦力と士気を下げる事ができるけど、
貴方に呂布を引っ張り出す事ができるの?」
「えぇ、先日の強襲で確認しました。
呂布は私を見て明らかに激高しておりましたので、
私ならばかなりの確率で呂布をおびき出すことができるでしょう、
ですので、その後、呂布を討ち取るための兵を皆様で用意していただきたい。」
(それって暗に、自分が丁原を暗殺したって自白したようなものじゃない・・・
コイツその事に気がついてるのかしら?
だけど、コレは使えるわね・・・連合の兵を動揺させるのに使おう。)
「ふ~ん・・・・・かと言ってあまり多数で待ち構えてたら警戒されるし、
まとまっている所にあの衝車を破壊した武器を使われても厄介だから、
そんなに兵は出せないわよ。」
「頭に血が上った呂布を討ち取るだけですので、
それほど多くの兵は必要ないでしょう。
ただ、さすがに呂布相手に単騎で一騎打ちというわけにはまいりません。
そこで、私に策がございます。
兵に命じて、地元の漁師から、投網と人員を借りてきましたので、
一斉にそれを投げて呂布の動きを封じ、矢を射掛けてやればよいかと。」
「ふ~ん・・・まぁ、それで貴方に呂布を討てるというのならいいんじゃない?
じゃあ、私達の誰かが弓隊を編成して準備してればいいのね?」
「お願いできますかな?」
「それくらいならいいわよ。
一隊は私達が引き受けるわ、秋蘭、いいわね?」
「はっ。」
「それに・・・劉備殿の部隊でもお願いできますかな?」
「私達・・・ですか?」
「はい、劉備殿の部隊は黄巾の乱では大層ご活躍した様子。
それに兵の数は少ないですが、そこは汜水関の時のように、
袁紹殿にお願いして、少し兵を融通してもらい、兵数を確保すればいい話。
劉備殿の部隊には様々な武勇伝をお持ちの武将が揃っておられる。
それに何より名高い天の御遣い殿がおられるのです。
兵数、武名の高い武将、天の加護、これだけ揃っているならば、
呂布など恐るるに足りぬはず。」
「っ・・・・・・・では、私達も弓隊として参加させて頂きます。
朱里ちゃんお願いね。」
「かしこまりました。」
「では、私達は午後の攻撃に備えて、休憩させてもらいますわ。」
「モガ~ッ!」
「はいはい、袁術ちゃん、蜂蜜水でも飲んで落ち着いててね。」


こうしてこの後打ち合わせをして この日の軍議は終わり、翌朝に橋瑁の策を試し、
駄目だったら、汜水関でやった昼夜問わず交代で責め立てる策で、
様子を見ることになった。

軍議が終わった後、天幕への帰り道。


「華琳様よろしいのですか?」
「いいわよ、汜水関では華雄を抑えられて、
先日は橋瑁の目の前まで呂布が来ていたのに、呂布は討たずに帰ったのよ?
橋瑁が少し挑発したくらいで呂布が出てくるとは思えないわ。
だけど華雄によると 橋瑁は一応呂布の義母の仇みたいだから、
・・・あのクズは手痛い目に会うかもしれないわね。」
「手痛い目にあって済めばいいですが、
万が一討たれでもしたら厄介な事になるのでは?」
「だからその可能性を下げるために私がわざわざ引き受けたのよ。
捕らえるにしても秋蘭なら呂布の手か足だけを狙い射つ事ができる。
兵には適当に呂布に当てないように指示しておけばいい。
それに、呂布の義母の仇討ちを邪魔したなんてなったら、
張譲を捉えても印象は悪くなるわ。
今のままなら 連合軍を内部から操るための埋伏の毒で済むけど、
呂布の仇討ちを邪魔したとなったら、
張譲を捉えても保身に走ったという印象になりかねないわ。
まぁ、だけど、出てきた場合 呂布を討つつもりはないけど、
捕えるくらいはいいわよね?
この国最強と謳われる武・・・・興味あるわ。
それに生かして捕えたとなれば、董卓が勝った時借りにできるし、
連合が勝った時は呂布は私のモノよ。
秋蘭、殺してはダメよ、
なんとか貴女が手か足でも射ってウチの部隊で捕えなさい。」
「はっ。」
「そういうことでしたら・・・」


こうして、私達は天幕へと戻り、翌日の戦闘に備えた。




--喜媚--


連合軍への嫌がらせを数日繰り返しながら時間を稼いでいた所、
とうとう連合軍が本格的な戦闘行動に移るようで、
今日は朝から、連合軍側の兵士が慌ただしく動き回っていた。
後はしばらく様子を見て、橋瑁の部隊の順番が来るのを確認して、
陳宮ちゃんの策で一気に橋瑁を討てばいい。

そんな中、私は夜襲が終わったので仮眠を取ろうとしていたのだが、
陳宮ちゃんから急の呼び出しを受けたので、急いで城壁の上へと向かった


「何? 連合に何か動きでもあったの?」
「橋瑁が先陣で出てきたんですよ!
しかも自分の部隊だけで突出してきて、
その背後に曹操と劉備の部隊を率いてきてます。」
「ちょっと待ってね。」


私は望遠鏡を取り出し、橋瑁の部隊の様子を見る。
すると先頭には橋瑁とおもわれる痩せた男。
その背後に部隊を率いているが、一部武装がおかしい部隊がいた。
武器を持たずに何やら紐の束・・投網か?
そんなような物を持っている。

それにその背後の曹操さんと、劉備さんの部隊は、弓兵が多めに配備されている。
弓兵が多めに居るのはおかしくないのだが、
橋瑁の部隊の投網のような物を見た後では、
なにをするつもりなのか容易に想像できる。

そうこうしている内に、橋瑁が通常の弓の射程範囲ギリギリまで近づいてきて、
あの小さな体から良くもアレだけの声が出るものだと言うくらいの大声で叫びだす。


「親殺しの呂奉先よ!
貴様そのような非道な事をしてまで董卓に取り入り、父祖に恥ずかしくないのか!?」

「なんと!?」
「なるほどね、陳宮ちゃんこれで橋瑁の部隊を見てみて。」


私は陳宮ちゃんに望遠鏡を貸して、橋瑁の部隊を見てもらい、
その中に居る投網のような物を持つ部隊と、後背に控える弓兵を見てもらう。


「ね、呂布さんをおびき出して、投網で捉え、弓で射る気なんだよ。」
「なんとも悪辣な奴です!
自分で丁原様の暗殺を指示しておいて、その罪を恋殿に被せたばかりか、
それを挑発のネタにするなど・・・
恋殿を呼んできて、この場から弓で撃ち殺してやるです!
恋殿の弓なら十分射程範囲内です!」
「待って待って、さすがに呂布さんでもこの距離だと外すかもしれないよ?
流石に一発勝負はできない、
橋瑁に警戒されて出て来なくなったら目も当てられないよ。
それに こうなると迂闊に出ることも出来ないんだけど・・・」


私がそう思っていると、陳宮ちゃんは目を瞑って深い思考に入ったと思ったら、
急に目を見開いて私に掴みかかってきた。


「・・・・・・いや、コレは絶好の機会です!
恋殿ならば、投網が来るとわかっていれば、なんとでも対応できるのです!
今 橋瑁が出てきた。 この機会を逃す手はないですよ!」
「ふむ・・・待って、それだったらいっそ、全軍で出よう。
敵は呂布さんだけが出てくると思ってる。
だけどそれ以外の部隊まで一気に出てきたら・・・・?」
「それはいいですね・・・・ならば、霞の部隊で先陣を切り、
橋瑁の予想を裏切ることで動揺させて、
橋瑁に逃げられないように橋瑁の部隊のやや後方側面に回りこんで、
側面から橋瑁の背後に兵を押し込むです。
そうすれば自分の兵が邪魔になって、容易に背後に引くことはできなくなるはずです。
霞の騎馬隊なら、意表をつけばこの距離なら十分可能です。
その後 恋殿の部隊で真っ直ぐ橋瑁まで突撃を掛け、一気に橋瑁を討つです。
そしてその後、華雄隊と音々の部隊を出して、
霞と恋殿の部隊を回収する時間を稼ぐです。」
「じゃあ、私は城壁の上から弓隊を指揮するよ。
敵が霞さんや呂布さんを追ってきた時の足止めに。
それに私なら最悪、矢に火薬を結びつけて射って使えば敵の足止めができる。」
「それならばすぐに恋殿達に出てもらわないといけ無いです!
急ぐですよ喜媚!!」
「うん!」


こうして私と陳宮ちゃんは手分けして、呂布さん、霞さん、華雄さんに連絡し、
呂布さんの仇討ちの作戦を伝え兵の準備を整えてもらう。

そうしている間も橋瑁の呂布さんを罵倒する挑発は続く。
あの小柄な体からよくコレほどの大声が出るものだと感心するが、
そんな事を感心している暇は無い。

部隊編成後、張遼さんはすでに虎牢関東門のすぐ内側に騎馬隊を率いて準備している。
呂布さん、華雄さん、陳宮ちゃんの部隊も全部隊準備を完了し、
私が指揮する各部隊から引き抜いてきた弓隊は、
すでに城壁の上で伏して待機している。


「じゃあ、城門を開けるですよ!」
「張遼隊ええな! 今日は呂布の仇討ちの日やで! 
きっちり橋瑁を足止めするんやで!!」
「「「「「おうっ!」」」」」
「・・・・橋瑁を今日こそ討つ!」
「「「「「・・・応っ!」」」」」
「華雄隊、今日は呂布達の援護と退路の確保だ!
だが友が義母の仇を討つ戦いだ、気合を入れろよ!!」
「「「「「おぉぉぉ~!!!」」」」」
「陳宮隊、お世話になった丁原様の仇討ちですぞ!
だが、いつも通りきっちり仕事をするのですぞ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「よし、開門ですっ!!」


こうして、虎牢関の門が開かれそれと同時に一気に張遼さんが橋瑁の部隊に突っ込み、
直前で二手に分かれて橋瑁の部隊を左右から中央に押し込んでいく。

呂布さんが出てくるものだと思っていた橋瑁は、張遼さんが出てきたことに驚いて、
一瞬兵が乱れ、その隙に張遼さんの騎馬隊が、
左右に分かれて橋瑁の部隊を押し込んでいく。

そのすぐ後、呂布さんの騎馬隊が、
呂布さんを先頭にして橋瑁に真っ直ぐ突っ込んでいく。


「橋瑁ぉ~~っ!!」


戦闘中の戦場でありながら、
虎牢関の城兵の上の私の所まで聞こえてくる呂布さんの怒声。
それを真正面から叩きつけられた橋瑁はたまったものではないだろう。
一目散に逃げようとするが背後の曹操さんの部隊、
劉備さんの部隊が邪魔だというのと、
張遼さんの騎馬隊による突撃で、
兵が橋瑁のいる場所の背後に押し込まれているので、
うまく逃げることもかなわない。

その後すぐに曹操さん 劉備さんの弓隊が弓を射ってくるが、
味方の橋瑁さんの部隊に当たらないようにするために、
近くに射てないのと、呂布さんの騎馬隊の突撃が早すぎて、
すでに呂布さんが通過した場所にほとんどの矢が突き刺さる
一部、正確に呂布さんの部隊を狙って弓が射られるが、
それでも呂布さんは矢を方天画戟で打ち落とし、止まらない。

その後 華雄さんと、陳宮ちゃんの盾と戈を持った歩兵部隊が、
張遼さん達の退路を確保するように左右に別れて動く。

この時点で、ようやく連合軍の他の部隊が救援に駆けつけようとするが、
橋瑁、曹操さん、劉備さんの部隊が邪魔になって前線まで上がってこれない。
左右に回り込もうとするがそこには華雄さんと、
陳宮ちゃんの歩兵部隊が道を塞いでいるのと、
汜水関の時と同じように 事前に掘ってあった浅い塹壕のせいで、
うまく前進できない。

そんな中とうとう、呂布さんの声が戦場に響く。


「私の義母さんの仇、橋瑁の頸、討ちとったぁ!!」

「「「「「おおぉぉぉぉ~!!!」」」」」


その鬨の声が上がると同時に、
呂布さんの部隊はすぐに転身し虎牢関へと撤退していく。
左右から呂布さんの背後を守るように張遼さんの騎馬隊が移動し、
更にそれを守るように華雄さんと陳宮ちゃんの歩兵部隊が中央に集まってくる。

そのままの形で徐々に虎牢関を通って撤退していき、
とうとう城壁からの弓の射程範囲に入った所で・・・


「弓隊! 敵陣に一斉射!
矢を惜しむな! ありったけ射ち込んでやれ!」
「「「「「はっ!」」」」」


城壁の上の弓隊が敵陣に矢の雨を振らせ、敵の前進を阻む。
その間にもすでに張遼さんの騎馬隊も撤収し、
今は華雄さん、陳宮ちゃんの歩兵部隊が徐々に交代しながら撤収している。

しかし、敵もこの機会を逃すまいと、矢の雨の中、強引に突っ込んでくる。


「しかたがない・・使うか。
合図の銅鑼を!!」


私は矢に火薬が入った小さい袋を結びつけた矢を持ち、
導火線に火をつけて敵陣中央に数発射ち込む。
華雄さんや陳宮ちゃんの部隊には事前に打ち合わせしておいたので、
耐衝撃姿勢を取ってくれているはずだ。

すると打ち込んだ先から爆発し、その爆発音と光と衝撃波で驚き、敵の進軍が止まる。
その間に一気に撤退の銅鑼を打ち鳴らして、
華雄さんと陳宮ちゃんの部隊を虎牢関の中へと撤退させる。


「閉門~~っ!!」
「弓隊! 油壺投擲後 火矢を射ち込んでやれ!」
「「「「「はっ!」」」」」


火薬の爆発で、足が止まった敵部隊に油壺と火矢を撃ち込み火計を行い、
城壁に近づいてきた敵を攻撃する。

先ほどの爆発と火計で敵が撤退を開始し 矢の射程範囲から外れるまで、
矢を打ち続け、敵兵の数を減らす。


こうして、連合軍の兵が、矢の射程範囲から外れ、
完全に野営地まで下がったのを確認し。この日の戦闘は終了。

呂布さんは無事に義母である、丁原さんの仇を討つことに成功した。



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五十八話

虎牢関




「皆おかえり!」
「はぁ~、ただいま喜媚! やっと、ウチらしい仕事ができたで、
まぁ、主役は呂布で、ウチらは脇役やったけどな。」
「そう言うな、呂布にとって、今回の戦は義母の仇討ちだったんだ。
虎牢関防衛の任もあるが、我らは友として手伝ったのだからな。
主役が呂布なのも当然だろう。」
「恋殿が主役なのは当然なのです!
恋殿がこの虎牢関の主将であり、音々の主なのですから!
「取り敢えず虎牢関防衛の部隊以外の人達には休憩をとってもらってるから、
皆も食堂で飲み物と軽い食事を用意してあるから、
食べれる人は食べていって。
呂布さんも、今日はいつもの野営の食事とは違って、
お米を炊いたから久しぶりにおいしいご飯が食べられるよ。」
「・・・白いお米。」


虎牢関での橋瑁を討ち取る作戦が成功し、
兵に損害が出てしまったが、無事連合軍の武将であり、
呂布さんの義母さんの仇である橋瑁を討つ事ができた。

コレで董卓さんが呂布さんと約束した約定は、達成されたことになるだろう。
そんな中、呂布さんが思いもがけないことを言い出した。


「・・・皆ありがとう、これからは恋でいい。」
「恋殿!?」
「皆、恋達の為に命をかけて頑張ってくれた。
・・・恋にはコレ以上に返すものが無い。」
「恋殿・・・ならば音々も、恋殿のついでというわけでは無いですが、
音々達のために命がけで助けてくれた皆に音々の真名を預けたいです!」
「ええんやないか?
もともと呂布はウチらの仲間やったけど、
これからは真名を交わし合ったもっと深い意味での仲間やな。」
「私は一族の風習上、呂布達の真名を呼ぶわけにはいかんが、魂と心は共にある。
そのつもりで居てもらって結構だ。」
「私は誰かに聞いたかもしれませんが、
真名がないのですがそれでいいのなら、
これからはお二人の真名を呼ばせてもらおうと思います。」
「それでいい。」
「音々もいいのですぞ!。」
「恋の真名は、恋。 これからもよろしく。」
「音々の真名は音々音です、「音々音」ですけど、音々でいいのです。」
「ウチは霞や、よろしくな。」
「これからもよろしく頼む。
共に董卓様や、陛下をお守りしていこう。」
「私もよろしくお願いします。」


こうして、呂布さん改め、恋さん達は董卓軍の皆と真名を交わし、
本当の意味で仲間になった。


この日は連合の方でも混乱があり、昼夜問わずの攻撃は行って来なかったので、
警戒している兵以外はゆっくりと休みを取ることができ、
私は城壁の上で今日の戦いで散っていった兵達を弔う。。
私以外の皆もそれぞれの方法で弔っているようで、
勝利を共に喜んだ宴会時をすぎれば、虎牢関は静かな夜の闇に包まれていた。




--荀彧--


今、連合軍内部では、ある噂で持ちきりになっている。
この反董卓連合に大義は無く、袁紹、張譲、橋瑁の一派による、
権力闘争で、我々はそれに巻き込まれただけではないのか? と言う内容である。
・・・喜媚の依頼で私が細作を使って流したのだけど。

以前、汜水関で夜戦を行なっていた時、一通の矢文が曹操軍に向かって放たれた。
その矢文にはある暗号、と言うか私にしかわからないような内容が書かれてあった。
『華は実をつけ種を落とす、土に必要な分量の栄養があれば新たな実をつけるだろう。
土に栄養が足りなければ、堆肥を撒いてはどうだろうか?』
と言う内容だ。

つまりコレは喜媚が私宛に射った矢文で、
汜水関で華、華雄が不和の種、連合に向けての演説をしたので、
連合内部で今回の連合について栄養、
この場合不信感があれば放っておいても不和の芽は出るが、
袁紹に求心力があり、不信感が足りないようなら、堆肥を撒く、
私達に不信感を煽るよう陽動しろ。
という事になる。


董卓に対する風評は、元々二分化されていた。
民を愛し素晴らしい治世を敷く名君、民を弾圧し専横政治を敷く暗君
参加諸侯の間では、袁紹の圧力でやむなく参加した諸侯も多い。
そんな中、汜水関での華雄の演説、
そして今回の呂布の激昂と橋瑁を討ち取った際の名乗りで、
本当に、当初袁紹達より説明された通り、
呂布は義母を暗殺して董卓に身を寄せたのか?
そもそも、董卓は本当に悪政を働いているのか?
陛下は、袁紹達の言うように軟禁されて政治の場から排除されているのか?
と言う疑問が払拭できないでいた。


「まぁ、麗羽に大義なんて始めっから欠片ほどもなかったんだけど、
これで後は虎牢関で連合が瓦解するまで防衛されて終わり。
その後 陛下が勅命で、それぞれ連合に参加した諸侯を呼び出して、
詰問して朝敵として罰を与え討伐令が出て終わりかしらね。」
「そうなれば大手を振って、連合に参加した 我ら以外 の諸侯を潰して回れますね。
大義もあるので、先制攻撃を仕掛けても風評に影響はありません。
むしろ朝敵を討つのですから、華琳様の風評は上がることでしょう。」
「だけどそれも張譲を捕えない事にはなんとも行かないわ。」
「華琳様は元々、董卓とは面識もおありでしたし、
戦場では双方共、芝居のような小競り合い程度でごまかしていました。
私が喜媚から受け取った矢文もあります。
しかし、唯一の不安は、それでも董卓が、
『そんな事知りません。』 と言えばそれまでですが・・・」
「まぁ、あの董卓がそう言うとは思えないけど、
そんな事を言うようだったら、私の目をも欺く名演技ね。
それはそれで、私の敵として申し分ないわ。
どちらにしろ、この連合の後は乱れるわよ・・・」
「華琳様・・・そのような悠長なことを言っている状況では・・・」
「わかってるわ、だから最悪、張譲を捕えられなかった場合でも、
董卓軍寄りの立場を維持できるように、連合軍の不正の証拠を、桂花、
貴女に集めさせているのでしょう?」
「はい、連合内部での袁紹の横暴な振る舞いや、
飛ばした細作による諜報等で、
袁紹と張譲、橋瑁の会話を聞いて書簡にしたためてあります。
それに橋瑁が討たれた事で、橋瑁の天幕に侵入し、
証拠となるものがないか捜索し、色々と怪しい書簡などが出てきました。
どうやら橋瑁は小心者の上、まわりをまったく信用していないようで、
わざわざ、戦場にまで様々な書簡を持ち込んでいました。
自分が領地に居ないことで、
他の者に自分の裏の面を調べられるのがよほど都合が悪かったのでしょう。」
「ご苦労様、引き続き麗羽や張譲の方も頼むわよ。」
「はっ。」


私は自分の天幕に戻り、
橋瑁の天幕から間諜に奪わせた書簡の確認作業を続けることにした。


(それにしてもあの馬鹿! 火薬はもう無いとか言ってまだあるじゃない!
私にまで隠していたなんて・・・
でも、アレだけの武器ならしょうがないとも思うけど、
私にくらい話してくれたっていいじゃない!
まったく・・・本当にしょうがない奴なんだから。)




--関羽--


今日の戦いで、連合内にとどまらず、
我らの兵にも今回の反董卓連合への不信感が高まってきている中、
桃香様やご主人様は、兵を慰撫して回っている。

今日の戦いは、呂布の言う通りなら、
図らずとも呂布の義母の仇討ちを私達が邪魔した事になる。
軍議の上では我らの立場は弱いので、袁紹に近い者に頼まれては我らは断る術がない。
それにこんな所でご主人様の天の御遣いと言う名を使われるとは・・・
以前、桂花殿から忠告されていたのに・・・コレならばやはり義勇軍を編成し、
黄巾の乱を治め、領地を賜った時点で、その呼び名は取り下げさせるべきだった。
・・・しかし、領地を賜ったとはいえ私達は当時・・・
コレは今もだが弱小勢力だったために、
人を集め、人心を落ち着けさせるために、ご主人様の名を使わざるをえないと言う、
朱里達の意見に反論できなかったのも、また事実。
私自身も当時、楽な方に逃げてしまった・・・
もはやこうなってはどうしようもない・・・
唯一、逃れる手段は我らで張譲を捕縛し、董卓に恩赦を願い出るのみ。


私や朱里、雛里達は、今日の戦闘での被害報告の竹簡を片付けながら、
眠れない夜を過ごす。


「・・・・この先、どうすればいいのでしょうか?」
「雛里?」
「私達は、今回の反董卓連合・・・
この連合には逆らえない形で強制的に参加させられました。
汜水関での華雄さんの演説、虎牢関での呂布さんの名乗り、
それ以外にも細かい所でおかしい所はいくつもあったんです。
連合に参加してからも、細作を飛ばして報告を集めてますが、
おそらく袁紹さん達が流したと思われますが、
董卓さんが悪政を働いて言うのは噂以外では、証拠が全くないんです。
逆に洛陽に近づいて、情報を集めるほど、
董卓さんが善政を行なっているという情報や証拠が集まってくるんです。
この虎牢関や汜水関の道でもそうです。
以前は荒れて補修もおぼつかなかったそうですが、
汜水関、虎牢関の改善工事の時に道も補修したそうです。
それに洛陽の畑では、新しい農法・・・関羽さんが許昌で学んだという農法が、
一部で使用され始めているようです。
戦時中のため、外部の人間は内部にはなかなか入ることはできませんが、
働いている人達はきちんと管理され、明るく元気に働いているそうです。」
「喜媚殿の農法が・・・」
「もはや私達には引くことも進むことも出来ず、流れに身を任せるしかありません、
流れの中でどう舵を切るのかが問題なんです。
せめて・・・董卓さんか、董卓さんに近い方とお話出来る機会でもあれば、
私達の事情を知ってもらい、
董卓さんの言い分を聞いて判断することもできるのですが・・・」
「雛里ちゃん・・・」
「雛里・・・」
「私達には情報が少なすぎる・・・」
「・・・」
「・・・」


雛里の言うことはもっともな事で、
私達は、望んでこの反董卓連合に参加したわけではない。
領地の平定をしていた時に、檄文がいきなり飛び込んできて、
領民を守るためには参加せざるを得なかった立場だ。
その中で、董卓が悪政を働いているかを見極め、
悪政を働いていない事がはっきりと分かった時は、
せめて董卓や、近隣の者達を助けようというのが、桃香様やご主人様の願いだった。

しかし、それも今となっては虚しい・・・
董卓を救うどころか、私達の勢力の存亡の危機でもある。

この連合が、虎牢関を攻めきれずに瓦解してしまったら、董卓はどう出るだろうか?
当然、私達連合をほうっておくはずはない。
何とか言い逃れする事が出来ればいいが、最悪、
朝敵として認定されることにもなりかねない。

朱里や雛里もどうすればいいか判断するための材料を集めるために、
今は睡眠時間を削り休みも取らずにひたすら情報を集めている。

私達にもう少し、後1年でいいので時間があれば・・・
もう少し洛陽の事や、周辺で起きている政争について調べていれば・・・
今はそう思わざるをえない。


「とにかく今は目の前の仕事を片付けて、少しでも情報を集めましょう。
今の私達には情報や手札が少なすぎる。
それと、最悪、張譲の居場所を把握しておいて私達で捕縛をして、
董卓さんに恩赦を願い出る事で
望みをつなぐしかありません。」
「そうだな。」
「そうだね、朱里ちゃん。」


こうして私達は夜通しで今日の戦闘の処理を行い、
一つでも多くの情報と、張譲の居場所などの情報を集めようと奮闘を続けた。




--周泰--


私は今、張譲が袁紹と宴会を開いているため、
外の警備しか居ない張譲の天幕に忍び込み、
捕縛のための下準備や、何か孫家にとって使える情報がないか調べている。
しかし出てくるものは、袁紹の部隊の部隊編成の内容や、
張譲の血縁者や知人、
連合に参加した諸侯に対しても援助や保護を求める書状等が多く、
汜水関で華雄が言ったような、何進さま暗殺や皇帝陛下誘拐の証拠は出てこない。


(保護を求める書状では証拠として弱い・・・
やはりココは時期を見て本人を捕えるしか無いですね、)


私はそう判断し、警備に見つからないように天幕を抜け出して、雪蓮様に報告に向かう


「雪蓮さま冥琳さま、只今戻りました。」
「お疲れさま明命、まずは水でも飲んで喉を潤してちょうだい。」
「ありがとうございます。」


雪蓮さまは机の上に用意されていた湯のみに水差しで水を注ぎ、私に手渡してくれる。
私はその水を飲んで一息つけてから 二人に報告をする


「さて、今はどんな状況なのかしら?」
「張譲の天幕を確認してきましたが、使えそうな書簡などは見つかりませんでした。
ですが張譲がこの連合から逃げ出そうとして、
色んな知人や各諸侯に接触をしようとしているのは確認できました。
この連合が解体してしまえば、
袁家を抜けだして何処かに雲隠れしてしまうやもしれません。」
「そうか、ならばやはりこの戦の間になんとしても捕えんとな。」
「はい、そのために仕込みをしておきました。
ただ警備の状況と、張譲自身が肥満なため、
張譲を運び出すには数人が必要だと思います。」
「なら、その人選をしておいて頂戴。
近い内に私達で張譲を拐うわ。
その後、董卓に連絡して張譲を引渡し、私達の立場を説明して、
少なくとも朝敵にされてしまうのはなんとしても避けるのよ。
出来れば私達が単独で動いたという方向で、
袁術ちゃんだけ立場が悪くなるのがいいけど、
張勲も馬鹿じゃないから、
袁術ちゃんと合同でやった事にされてしまうかもしれないけど、
まぁ、それも今のウチよ。
今回の連合の戦で、袁術軍の兵もかなりの損害を受けているわ。
寿春に着く直前か、着いた直後の気が抜けた時期にしかければ、
たやすく落とせるはずよ。」
「そうだな、そうすればようやく、我らの悲願も叶い、
呉を取り戻し、揚州を得て、孫堅様に顔向けができるというものだ。」
「そうね、長かったけどココで終わらせるわよ。
明命、そのためにも張譲の身柄は必ずウチで確保しないと行けないわ。
人員は任せるから、確実に張譲を捉えなさい。」
「はっ!」


この後、私は自分の天幕に戻り、張譲を確保する際の人員の選別をし、
今日から張譲を昼夜問わず、常時監視するように部下に伝えた。




--喜媚--


呂布さんが義母さんの仇を討った戦いから数日ほど経っているが、
連合の戦闘方法は汜水関の時と変わらない、
それどころか、より消極的になっていて。

衝車を門前まで持ってきたり梯子を城壁にかけるどころか、
適当に矢を射って騒ぐのみで、完全に消化試合の様相を呈してきた。


そんな中、とうとう音々ちゃんに賈詡さんから早馬で伝令が来て、
最後の仕上げの部隊が洛陽を発って行軍中だという連絡が入った。

とうとうこのくだらない、権力闘争も終わり、
過去と完全に決別し本当の意味で、この国の未来の第一歩が始まる。


連合の諸侯皆には悪いが、こんなくだらない戦争で兵やその家族を悲しませ、
洛陽や許昌の私の知り合いの皆に不安な思いをさせたのだ。
その報いは受けてもらい、この国の明るい未来への礎となってもらう。



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五十九話

虎牢関




虎牢関での戦いが消化試合の様相を呈してきた頃、
音々ちゃんに賈詡さんから早馬で書簡が届き、
賈詡さんの方の準備が出来、洛陽を出陣したとの連絡を貰った。

現在、虎牢関では連合軍による、24時間休みを与えずに攻めつづけ、
こちら側を休ませないと言う戦法が取られているが、
汜水関の時と同様に、
想定内の戦術なので汜水関よりも部隊数 兵数共に多い虎牢関での防衛は、
連合軍側が消極的なせいで、比較的楽に防衛できているが、
音々ちゃんとも話したのだが、このまま防衛しきってしまうと、
連合軍が瓦解してしまう可能性が濃厚なので、
こちらも手を抜いて、弱っている振りをする必要があるとの事で、
兵達にはそのように指示し、戦ってもらっている。

命がかかった戦場で、 『防衛に徹して攻撃は手を抜け。』
と言う命令は不条理なモノなのだが、
皆、この戦の後に必ず平和な洛陽が訪れると信じて、
音々ちゃんや私達の作戦指示を聞いてくれている。

こうして、お互い消極的な戦闘を数日繰り返した所で、北西の方から砂塵が確認でき、
とうとう、賈詡さん達の部隊が到着し、
野営地で天幕を張り最後の作戦の準備を開始する。


「待たせたわね、皆大丈夫なの?」
「詠ですか、ようやく来たですね。
こっちは連合軍が撤退しないか気が気でならない状態でしたよ。
兵の被害ですが戦果に対して、かなり軽微に抑えられました。」
「そう、こちらの方はあまり時間をかけていられないから、
天幕を張って、陣形を整えたら、すぐにでも作戦を開始したいのだけど。」
「では、明日から早速虎牢関を開放する準備をするのです。
資材の搬出を開始するので数日ほど掛りますが、それくらいならば大丈夫でしょう」
「汜水関で空城の計に火計を重ねて被害を与えていたから、
虎牢関が空でも、いきなり突っ込んではこないと思う。
関の内部を入念に調べてからくるだろうから、
こちらが陣形を整える時間くらいは稼げるはずだよ。
音々ちゃんどうですか?」
「問題ないのです。」
「わかったわ、私は野営地に戻って月の手伝いをしてくるわ。
月一人じゃ色々キツイみたいだから。」
「わかったのです。」
「しかし本当にココ戦場なの?
なんでこんなに関の中の雰囲気が落ち着いているのよ。」
「今は連合も私達も矢を撃ち合って騒いでいるだけですから。
連合の戦術で、昼夜問わず攻撃を仕掛けて、
私達を眠らせないようにするのが目的のようです。
向こうは部隊数も兵数も多いですから。」
「事前に対策を取っていたあの策ね。
汜水関、虎牢関の両方の関は堅牢だから、少しくらい防衛力が落ちても大丈夫だし、
やることがわかっていれば、対策も楽に取れるわよね。
だけど、他の場所からの侵入だけには気をつけるのよ?
「わかっているのです、それには細心の注意を払っているのです。」
「ならいいわ。
・・・そういえば、貴方達、真名を交わしたのね。
喜媚は前まで音々の真名呼んでなかったわよね?」
「えぇ、今回の戦では色々有りまして。
華雄さんは一族の掟があるので、真名を教えられないのですが、
それ以外の霞さん、恋さん、音々ちゃんとは真名を交わしました。」
「霞や呂布も!? ・・・コホン。
そ、そう? まぁ、一緒に戦場に立てば色々親交も深まるわよね。」
「「?」」


いきなりの賈詡さんの態度の変化に私と音々ちゃんは驚くが、
賈詡さんはすぐに、いつものように落ち着く。


「どうしたんですか詠?」
「なんでもないわ。
・・・そうね、この戦が終わったら一度、喜媚の家に遊びに行くわ。
あんた達がいない間、通常の政務をするのに手一杯で、
新しい政策の話も出来なかったし、
一度時間を取って、今後の事をゆっくり話し合いましょう。」
「それはいいけど・・・」
「それじゃあ、音々も恋殿と一緒に行くのです。」
「あんたはこなくていいわよ。
あんた達は洛陽に戻ったら溜まった仕事が山ほどあるから覚悟しなさい。」
「そ、そんなぁ・・・」
「じゃあ、そういう事で、ボクは戻る事にするわ。」
「それじゃあ、下まで送ります。」
「そう、お願いするわ。」


こうして賈詡さんは一緒に来ていた護衛と一緒に、野営地へと帰っていったが、
何か様子がおかしかったが、私の気のせいだろうか?


賈詡さん達が戻り、私達は虎牢関からの撤収準備を始めた。


数日かかって虎牢関の内部に、
連合に渡って困るような資材や書簡を全部引き上げて、西門を取り外し、
一応、通路に油だけ撒いて、汜水関の時のような火計を警戒させ、
時間をかせぐようにしておき。
私達は、連合軍の部隊交代の時期に合わせて、虎牢関から撤退した。




--荀彧--


先ほど攻撃要員の交代で公孫賛の部隊が出ていったのだが、
その様子を見に行かせていた斥候が戻ってきて、おかしな報告をしてきた。


「敵の反抗が全く無いですって!?」
「はっ、先ほど我々に変わり、公孫賛の部隊が攻撃を引き継いだのですが、
その際に敵からの攻撃の矢が一切飛んでこずに、
おかしいと思った公孫賛が、門前まで斥候を飛ばして確認したのですが、
門は閉められているのですが、攻撃をしても梯子を掛けても一切反応がありません。」
「どういうこと? このまま守り続ければ、
連合は勝手に自滅したのに、わざわざ虎牢関を捨てるなんて・・・
汜水関の時は空城の計と火計で兵を削ったり、
虎牢関、汜水関の間に連合軍を閉じ込め、挟撃すると言う作戦もあったけど、
わざわざ、勝てる戦を捨ててまで虎牢関を捨てるのはどういう事かしら?
ともかく華琳様の所に報告に行くわよ!」
「はっ!」


現在、私は曹操軍に割り当てられた戦闘(?)を終了し、
その後処理をしつつ、休憩を取っていたのだが、
その時に他の軍を見張らせていた斥候から、緊急の報告がやってきて、
報告を聞いた後、華琳様に報告に向かった。


「そう、わかったわ。
そこの者は下がっていいわよ、桂花は残って頂戴。」
「それでは、失礼します。」


一緒に報告に着ていた兵は、華琳様の天幕から出ていき、
天幕の中には、華琳様と私、それと秋蘭が残っている。


「さて、どういうことかしらね?
まさか本気で洛陽を開場して、
自分は悪政など行なっていないと言う証明でもする気かしら?」
「さすがにそれはどうでしょうか? 危険性が高すぎます、賈詡が止めるでしょう。
それに、そのまま攻めこまれ、陛下を連れ去られでもしたら話にもなりませんし、
袁紹はともかく、張譲はそれくらいやりかねませんよ?」
「だけど、それ以外に、今この段階で虎牢関を捨てる意味は何が考えられるか・・・
汜水関を捨てるのは、その為の布石と橋瑁を討つためと考えれば、
理解できなくもないけど、
わざわざ敵軍を本拠地まで誘うほど、董卓はお人好しかしら?
それはそれで、別の意味で覚悟があるとは評価できるけど、あまりにも愚策、
人を善く考えすぎじゃないかしら?」
「単純に野戦で決着を付けるというのは?
こちらは士気がガタ落ちですし、
虎牢関の西門を閉められないように取り外しておけば籠城も出来ません。
虎牢関を通れる兵数は限られますから、
矢の集中攻撃でもうけたら一方的にやられます。」
「それだったら素直に虎牢関と汜水関の間で挟撃のほうが良くないかしら?
そもそも董卓に連合軍を潰す気があるの?
今までの戦いでそんな気配は全くなかったけど。
橋瑁を討つ時に不意を突いたとはいえ、アレだけ見事な戦をしたのよ。
本気で連合軍を潰す気なら、もっと攻撃が苛烈になってもいいのに、
まるでこちらに合わせるように、消極的に防衛するのみ。
おまけに汜水関に罠を張ったとはいえ、戦果としては対価が少なすぎる。」
「・・・今手元にある情報では、どうにも判断がつきません。
まさか、あの火薬を使って虎牢関を通ろうとした連合を、
虎牢関ごとまとめて連合の兵を吹き飛ばすとか・・・
北郷によれば、火薬の量の調整次第で不可能ではないそうですし。」
「それをやられたらどうしようもないわよね。
まぁ、ここで私達が考えてもしょうがないわ。
ココは麗羽に汜水関同様、虎牢関を抜いた名声をあげるから、
先陣を切れと言いくるめるか。
麗羽もそこまで馬鹿じゃないから、
今度はちゃんと調査してから関を抜けるでしょう。」
「そうですね、それが良いかと。」
「それと・・・どうにも嫌な予感がするわ。
そろそろ張譲をウチで確保しておこうかしら?
この状況で決戦になったら、間違いなくあの男は逃げ出すわよ。
連合軍はもうガタガタなんですもの。」
「分かりました、準備しておくように指示しておきます。」
「頼んだわよ。」


こうして公孫賛の報告で、虎牢関がもぬけの殻だということがわかり、
新たに軍議を開いて、袁紹の部隊と火薬の知識がある北郷の部隊で綿密に調査し、
虎牢関を抜ける事にした。

この時、私は軍議の席で、
火薬について知らないふりをしておいた事を素直に過去の自分に感謝した。
流石に虎牢関ごと火薬で吹き飛ばされる可能性がある調査なんてやりたくない。
喜媚の性格からして、その可能性は殆ど無いが、賈詡や陳宮ならやりかねない。
うまく喜媚を諭して実行させる可能性が、全くないとは言えない。


虎牢関の調査が終わり、汜水関同様 通路に油が撒かれていたが、
人っ子一人いない、完全な空という事だったのだが、
その時 城壁から西の方を監視していた斥候から、
董卓軍と思われる大軍が西の平原で陣を敷いている事が発覚し、
あわてて連合軍も虎牢関で籠城しようとしたのだが、
予想通り西側の門は取り外されていたので、籠城することも出来ない。
やむなく、油の処置だけ急いでして、虎牢関の調査が終わった後、
速やかに虎牢関を抜け連合軍側も陣を敷く。

その間、董卓軍側はこちらを攻めるでもなく、
ただ、私達連合軍が陣を敷く間じっと待つのみであった。


軍を率いて陣を敷いて戦闘準備は万全にもかかわらず、
すべての牙門旗を下ろしているのが、私には不吉なモノに見えた。




--孫策--


軍議が終わり、袁紹と北郷の部隊で虎牢関の安全を確認している間、
私はものすごく嫌な予感が感じていた。

それは今まで感じたことのないほどのモノで、
今動かないと身の破滅どころか、
孫家の復興の望みが完全に絶たれてしまうほどの胸騒ぎだった。


「冥琳!!」
「どうした雪蓮?
まだ虎牢関の調査は終わっていないが、何かあったのか?」
「今すぐ明命を呼んできて!」
「なんだ急に、虎牢関の調査は袁紹と北郷に任せるのではなかったのか?」
「いいから早く!!」
「ふむ、分かった。」


冥琳は私の慌てた様子を見てなにか悟ったようで、
すぐに天幕の外に出て、明命を呼びに行った。


「連れてきたぞ雪蓮。」
「ありがとう冥琳、明命も急に呼んで悪かったわね。」
「いいえ、何か緊急のお呼び出しとか?」
「えぇ、実は今すぐ張譲を捕えて来て欲しいの、それも急いで。」
「何っ!?」 「今からですか!?」
「えぇ、すごく嫌な予感がするのよ。
今までなかったような悪い予感がするわ、孫家の存亡に関わるくらいに。」
「・・・普段だったら馬鹿にするが、雪蓮の勘は当たりすぎるからな。
ともかく、どちらにしてもそろそろ張譲が逃げ出しそうだったので、
捕縛しようと思っていたところだ。
明命、行けるか?」
「大丈夫です、指示さえいただけたら今すぐにでも取り掛かります。」
「じゃあ、お願い。
必ず生かして捕縛してちょうだいね、生きていれば後はどうでもいいから。
多少荒事になってもこの際構わないわ、必ず生かして張譲を捕えてくるのよ!」
「・・・分かりました。
必ず逃がしません。」
「頼んだわよ、明命。」
「はっ!」


こうして明命は部隊を率いて張譲を捕縛に向かった。




--北郷--


俺達は袁紹に半ば脅迫気味に脅され、
虎牢関内に汜水関のように火薬が仕掛けられてないか、
調査をさせられることになってしまった。
現在は桃香と朱里、雛里、それと護衛に鈴々は天幕で待機してもらい、
敵が潜んでいた時の対策のため、袁紹の工作部隊と、
俺と星、愛紗と数十名の工作兵で虎牢関の調査を行った。

とりあえず俺は思い出せる火薬の形状を部下に教えて、
発見しても絶対に触らないようにと言う事と、
怪しい場所にはまず水を掛けてから調査するように指示した。


「すまないな皆、俺のせいでこんな危険な事に巻き込んでしまって。」
「何、仮に 『ばくはつ』 ですか?
それが起こっても戦場で流れ矢が飛んでくるような物です。
武官ならば、戦場での死はすぐ隣に常にあるもの。
出来るならば、武名高い武将との一騎打ちで散るのが良いのですが、
部下や他の兵を守るために斥候をして散るのも一興。
ご主人様の気になさることではありませぬ。」
「そうですよ、今回、我らにはできる事があまりにも少なすぎた・・・
ココで散るのならば、それも我らの運命でしょう。」
「星、愛紗、ありがとう。
とにかく、今はやれる事をやろう。
火薬が仕掛けられているのか、それとも何もないのか。
時間はいくらでもかかっていいから、慎重に少しずつ確実に調べていこう。」
「「はっ!」」


そして俺達は、分担して虎牢関の内部を徹底的に調べたが、
結局通路に油が撒いてあっただけで、それ以外には何も仕掛けられていなかった。

この調査で一気に老けた気がする・・・戦場を見た事はあるが、
実際に戦場に立つ兵の気持ちはいつもこんな感じなんだろうか?
死が常に隣にある、この緊張感はできたら二度と味わいたくないものだ。




--喜媚--


現在、連合軍が虎牢関から次々と出てきて急いで陣形を整えている。
私達はその様子を眺めるだけで、特に何も行動しない。
敵から口上なり戦端を開かせるのが今回の目的だからだ。

そうして数時間ほどで敵の陣形が整い、
敵の総大将の袁紹さんとその護衛が騎馬で前に出てきて、口上を述べるようだ。

こちらはそのまま誰も前に行かずに、ただ袁紹さんの口上を待つ。


「オーッホッホッホ! 関に篭ってばかりかと思ったら、
こうして野戦で華麗に勝負を決めようとは、少しは見直しましたわ。
この私率いる連合軍が、貴方達を完膚なきまでに叩き潰して上げますわ!!」


袁紹さんのその口上を聞いた途端、
私達の牙門旗と、洛陽から駆けつけた馬超さん達の牙門旗も合わせて一気に掲げられ、
更に皇帝が出陣する時の蚩尤旗も立てられる。
中央の一番守備が多い部隊が左右に動き、
後ろから、日除けの布がかかった屋根付きの黄屋車(皇帝が乗る車)
に乗った人物が前に出てきた。
連合軍は董卓さんだと思うだろう・・・だがそこに乗っていた人物は。


「ほぅ、妾を叩き潰すとな?
それはすなわち、お主は自分が朝敵であると名乗ったと言う事で良いな?」


前方に進んだ黄屋車にかかっていた日除けの布が開かれ、
中から出てきたのは武装した献帝陛下、協ちゃんだ。

その黄屋車を援護する部隊の旗は 「蚩尤旗」、
前漢時代の皇帝劉邦が使用していた軍旗、
すなわち皇帝陛下の軍、禁軍だ。


「どうした袁紹? 妾を叩き潰すのであろう?
ならば妾に弓を引いたと見てもよいな?」
「な、な、な・・・・へ、陛下・・・ですの?」


突然予想だにもしなかった人物の登場で、さすがの袁紹さんも混乱状態だ。
反董卓連合の兵士や諸侯達も、
今自分の目の前で起こっている状況に理解が追いついていないようで、
あの、曹操さんでさえ、面白い顔を晒している。

連合軍の誰も、想像にもしなかっただろう、
この場に鎧を着て武装した皇帝陛下本人が現れるなんて事。
だが、この戦を平和的に収める最もいい方法は、
皇帝本人を連れてきて、本人の口から悪政等無く、
軟禁もされていないという事を証明する事だ。
しかし、皇帝陛下を洛陽の宮殿から戦場に出すなど、本来有り得ない策だろう。
それに皇帝陛下に万が一の事があるといけないので、長時間出すわけにも行かないし、
連合を追い詰めすぎて戦端を開かせるわけにも行かない。
ある程度士気を落として、この状況で戦端を開くことが、どれだけ愚かなことなのか、
思考できる程度には心理的余裕を持たせて置かなければならない。
しかし、コレでこの戦はこれ以上の死傷者を出さずに終える事ができる。

賈詡さんや音々ちゃん、董卓さん達では絶対思いつかない。
この世界の常識に囚われずに、且つ、協ちゃんに直接戦場に立つことをお願いできる、
私にしか献策できない、戦闘を平和的に収めることができる策だ。


「妾が劉協じゃ。
袁紹、そもそもお主とは何回か面識があろう?
それとも漢の忠臣を謳っておった割に、妾の顔も忘れおったのか?」
「い、いいえそんな! 滅相もございません!」
「うむ、妾も其方が張譲、橋瑁らと結託して出した檄文は読んだが、
あえて今一度問おう。
其方ら、何用で妾が住み、民の笑顔で溢れておる洛陽を攻めた?」
「そ、それは・・・董卓さんの暴政を止め、陛下をお助けするために・・・」
「ほう? ならば袁紹よ、お主が言うには、妾は軟禁されておるらしいが、
こうしてココに居る妾は董卓に軟禁されておるのか?
妾は以前とは違い、護衛付きではあるが、
宮殿内ならどこでも好きなように行く事ができるぞ?
それに洛陽の町にも出た事もある。
望めば董卓はどこへでも好きな所へ妾を連れて行くだろう・・・
護衛付きではあるがの。
それに、お主らの言うように董卓が暴政を働くのならば、
洛陽の民はさぞ苦しんでおるだろうな。
だが、妾がココに来るまでに見た洛陽の町は民の笑顔で溢れておったぞ?」
「そ、それは・・・・」


協ちゃんの問に、袁紹さんは挙動不審になり、何も返答できなくなる。
しかしおかしいのは、袁紹さんの横にいるはずの張譲がいない事だ。
まさか異様な気配を察知して逃げられたかと思い、
賈詡さんはすぐに部下に捜索の指示を出している。


「袁紹よ! それにこの連合に集まった諸侯も聞くが良い!
今から各諸侯の代表者を数名選出し、洛陽の宮殿まで来るのじゃ!
その場にて、其方らの言い分を聞こう!
連合の兵についての仔細は董卓、お主に一任する。
洛陽の民が怯えぬように細心の注意を払うようにな。」
「かしこまりました。」


こうして反董卓連合の戦闘は、思いもかけない皇帝陛下本人の登場により終了し、
反董卓連合対董卓軍の戦闘は終了し、戦後処理へと状況が移行した。



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六十話

洛陽




董卓さんの指示により、
反董卓連合の兵は、虎牢関より東に一時的に駐屯する事が許され、
虎牢関を攻める時に使っていた野営地をそのまま使う事で、
協ちゃんの裁定が終わるまで待機することになる。
それぞれの諸侯から選ばれた代表者は、
主に主君と軍師や参謀役の者、数名で選ばれ、
袁紹さんは文醜さんと顔良さん、美羽ちゃんはもちろん七乃さん、
公孫賛さんは本人のみ、曹操さんは桂花と夏侯淵さん、
劉備さんは一刀君と諸葛孔明ちゃんそれに愛紗ちゃん、
それに孫策さんが周瑜さんと周泰ちゃん達数名の者を連れ、
是非董卓さんに引き会わせたいと言う事で、
話を聞いたのだが、張譲本人を生け捕りにしたと言う事なので、
特別に協ちゃんへの謁見を許されている。
それ以外の諸侯も大体、君主と軍師と言う組み合わせだ。

この話を聞いていた曹操さんは表情にこそ出なかったが、
明らかにその様子は、怒気を放っていた。


こうして、反董卓連合の代表者を伴ない、
董卓の軍に同行して洛陽の町へと帰ったのだが、
洛陽の町に協ちゃんや董卓さんが入ると同時に、
すごい歓声で向かえられ、皆董卓軍の勝利に喜び、
洛陽の民を守るためにと、皇帝自ら出陣した協ちゃんの洛陽での支持は、
うなぎ登りとなった。

連合の諸侯は洛陽の町の様子を見て驚く者や、自らが行った行為に落胆する者、
これからどんな裁定が下されるのかと恐怖に慄く者や
一部、洛陽の発展の秘密を探ろうと目を光らせている者など、様々な様子を見せた。

宮殿に帰り、各諸侯達に部屋を宛てがい、
私達は、宮中の奥の、劉花ちゃんが待つ部屋に向かって移動していたが、
途中で、私達の帰りを聞きつけた劉花ちゃんが
私の顔を見るなり涙目で走ってきて、私に抱きついてきた。

この日は、会議室に移動した後、皆と汜水関、虎牢関、
そしてその先の平原で何があったのか、
皆で情報交換をして、汜水関での出来事で、華雄さんが白い目で見られたり、
虎牢関での橋瑁を討った時の様子を誇らしげに語る音々ちゃん。
平原で反董卓連合の皆に一泡吹かせてやった時の事を、
協ちゃんが面白おかしく話したりと、
ひと通り話した後、今後の反董卓連合の裁定を行い、
協ちゃんの裁量でどういう結末にするのか、
事前に決めていた案と現状を比べて、深夜まで話し合いをおこなった。


翌日、朝食を摂った後、謁見の間に董卓軍の将官、
反董卓連合の代表者達を集めて、
協ちゃんにより裁定し、今回の戦の戦後処理をどうするのか?
その事が協ちゃん、皇帝陛下から諸侯に下される事になった。


すでに謁見の間には必要な者は、協ちゃんと私以外全員揃っている。
そして最後に、皇帝陛下の登場となるのだが、
なぜか、私もその時に一緒に登場し、協ちゃんの側に控える事になってしまった。
これは、協ちゃんが昨晩、不安だから付いていて欲しいと、
駄々をこねた結果であるが、
協ちゃんも皇帝としての謁見は山ほどこなしたが、
今回のような裁定はそう経験がないだろうから、不安なのだろう。
董卓さんや賈詡さん辺りも、その辺のことがわかっているのか、
結局私は、協ちゃんの護衛役として、協ちゃんの側につくことになった。

また、謁見の間には入らないが、皇帝の控え室で劉花ちゃんも、
様子を伺うことになっており。
正装の上、杖を持って待機している。
コレは一応、万が一に劉弁として、出なくてはいけなくなった時の予防策である。


「皇帝陛下がお出でになります。
皆、伏して待つように。」


董卓さんがそう言うと、奥から協ちゃんと私が謁見の間に現れる。
皆は伏しているので、私達の顔を見ることは出来ないが、
一部の人達は護衛を連れているにしては足音が少ない事に違和感を感じたようだ。

協ちゃんが椅子に座ると、私はその横で立ったまま少し下がって控える。


「うむ、皆の者面を上げよ。」


協ちゃんのその一言で、皆が顔を上げるが、
その時に桂花や、一部の人達が私の顔を見てびっくりしたようで、
美羽ちゃんなどは、 『喜媚ぃ! モガモガ』 と私の名前を叫びだして、
七乃さんに取り押さえられると言う状況になっている。
桂花は凄い目付きで睨んできたかと思ったら、
訳がわからないといったような表情に変わったり、
なかなか見れないいろんな表情を見せてくれている。
・・・だが、桂花も怪我も無く、元気そうでよかった。


「本日は、コレより先の騒乱について陛下に裁定をしていただき、
此度の件の始末を付けたいと思います。」


董卓さんのその一言で、場の空気が一気に緊張し、少し冷え込んだような気がした。


「まずは袁本初、斯様な檄文を各諸侯に放ち、此度の反董卓連合なるモノを結成し、
陛下の収めるこの国内で、このような騒乱を起こした理由を説明せよ!」
「は、はい。 今回は、張譲さんや橋瑁さんから話を聞き、
董仲穎様が洛陽にて、陛下を軟禁し、怪しげな者を使い、
非道な行いを行なっているという話を聞きましたので、
陛下や洛陽の民を助けようと思いまして、諸侯に呼びかけ、
連合を組む事になったのでございますわ。」
「ふむ、その檄文、妾も読んだが、賛同しないものは敵と見なす。
とも書かれておったのぅ、コレは袁紹、脅迫とも取れるのではないか?
それに董卓が洛陽で非道を働いたという証拠は、
張譲や橋瑁の証言以外で、何か証拠が有ってのものか?」
「そ、それは・・・」
「・・・何も無いであろう?
そもそも董卓は、何進や一部の宦官の暴走で衰退していたこの国や洛陽を復興させ、
洛陽からこの国を良くしようと、日々誠実に職務についておる。
お主らも洛陽の街並みは見たであろう?
アレの何処に非道が有った?
民は嘆き悲しんでおったか?
それに、張譲は先の何進暗殺の首謀者じゃぞ?
董卓は袁紹、其方に書簡を出して、張譲と橋瑁を引き渡せと、
再三にわたって要求したはずだが、
なにゆえ庇い立てしたのじゃ?」
「そ、それは・・・その。」
「妾が幼いから何も知らぬとでも思っておるのか? ・・・このたわけが!!
其方が洛陽と妾を手中にし、権力を握るために張譲と結託した事を、
妾が知らぬとでも思うたか!」
「へ、陛下! 恐れながら申し上げますが、そのような事は決して!」
「ならばなぜ何進暗殺、姉様と妾の誘拐の主犯と協力者であった、
張譲と橋瑁をすぐに引き渡さなかった!
其方に送った書簡ではその証拠の一部も同封されておったはずだぞ!」
「そ、それは・・・・」


袁紹さんがどう答えていいか混乱する中、協ちゃんの様子が悲しげなものに変わった。


「・・・袁紹よ、それに袁術よ、妾はな、本心から其方らに感謝しておったのじゃ。」
「へ、陛下?」 「わ、妾もかえ?」
「何進が暗殺されたのは悲しい出来事じゃったが、
その後、お主らが何進暗殺の共謀犯である、
一部の悪政を働く宦官を始末してくれたおかげで、
宮殿は血で汚れてしまったが、この国は確実に良い方向に向かうはずだったのじゃ。
その後、董卓達の奮闘により、誘拐されかけた、姉様と妾が救出され、
姉様は怪我のため政務執行不可能になってしまい、
妾が皇帝を継ぎ、董卓に徹底的に悪政の元を断ち、
この国を良い方向に持って行ってもらおうと思ったのじゃ。
きっと袁紹、お主達も協力してくれて、
この国が良い方向に行くと信じておったのに・・・
袁紹がこんなくだらん檄文をばらまき、連合などを組んだおかげで、
危うく、この国が・・・いや、国など良い。
この国に住まう民が、より不幸になるところじゃったのだぞ!」
「陛下・・・」
「民無くして国など無い!
権力に妄執し、民を蔑ろにする者など真の為政者では無い!
なぜ、その事が分からぬのじゃ袁紹!!」


協ちゃんの悲痛な叫びにも近い問いかけに、
袁紹さんはすでにいつもの様子はなく、完全に落ち込んでしまい、
自分が何をしでかしたのか、噛み締めている様子だ。


「次に、袁術よ。」
「はいっ!」
「お主は配下の孫伯符が張譲を捕えたそうだが、なにゆえ張譲を捕えたのじゃ?
連合に参加したのならば、張譲を捕えるのはおかしいのではないか?」
「それについては私から説明をさせて頂きます。」
「ふむ、お主は?」
「張勲ともうします、袁公路の元で政務を取り仕切っております。」
「ふむ、許す、申せ。」
「私達は今回の連合に関して色々と疑問に思うところがありました。
私達の個人的な知り合いの胡喜媚殿から、洛陽での生活の事を聞いておりましたが、
檄文に書かれているような悪政で困っている様子はなく、
日々穏やかに暮らしていると書かれておりました。
そのため、孫伯符に命じて調査をさせ、その結果、
この連合が偽りの名目で仕組まれた事だとわかりました。
張譲を捕えたのは孫伯符の独断でしたが、英断だとも思っております。
彼女がいち早く行動を起こさなければ、
張譲に逃げられていた可能性が高かったと思っております。」
「ふむ、孫伯符よ、どうじゃ? 何か言う事はあるか?」
「・・・何もございません、張勲様のおっしゃるとおりでございます。」


この辺りは七乃さんの上手いところだな。
私は原作知識や彼女との面識もある事で、
美羽ちゃんが何も指示を出していない事は想像がつくが、
ただ自分達が全部指示した、と言っていたら孫策さんは否定しただろう。

しかし、孫策さんの英断が有ったからこそ張譲を捉えられた、と言う事にしておけば、
もしかしたら孫策さんも話を聞くかもしれない、と踏んだか・・・

それに孫策さんも独断で張譲を捕えはしたが、他に何か証拠などがあったとしても、
美羽ちゃんに報告せずに独断で動いたとなれば、美羽ちゃんへの叛意が疑われる。
先ほど協ちゃんは美羽ちゃんに 『感謝している』 と謝辞を述べた。
その美羽ちゃんに叛意有り、となっては都合も悪いだろうから、
直前でやむなく七乃さんの案を飲んだのだろう。

博打に近いが、こうでもしないと美羽ちゃんを守れない。
この対価は孫家の独立と援助、そんな所だろう。
それを孫策さんが聞くのかどうかわからないが・・・まず無理だろう。
孫策さんの性格上、表面上は聞いておいて油断させ、
このすぐ後で弱り切った袁術軍を潰す気だろう。


「ふむ、喜媚よ、お主袁術とは知り合いなのか?」
「はい、袁公路様とは真名を交わす仲で、書簡を通じて数年来の付き合いです。」
「そういえば、そんな話も聞いたような・・・あぁ、蜂蜜の好きな娘か!」
「そうですね。」


これは、協ちゃんの何気ない問だったが、
私が最後に打てるんじゃないかと思った布石だ。

協ちゃんと懇意の私が、真名を交わした美羽ちゃんなら、
孫策さんも、おいそれと討つ訳にはいかないだろうとう狙いだ。
そのために私は、協ちゃんに度々美羽ちゃんの事を話しておいた。


「恐れながら陛下、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ張勲、申してみよ。」
「陛下の横に控えておられるのは胡喜媚様でございますよね?
陛下とは一体どういった御関係なのでしょうか?
私の知る胡喜媚様は農家の出身でしたので、事情がよくわからないのですが。」


七乃さんのこの質問に、曹操さんと桂花、愛紗ちゃん、
美羽ちゃん、周泰ちゃんの目付きが代わる。


「ふむ、妾と喜媚の関係か・・・どう言えば良いのか。
そうだな、お主らと同じで、
数年来の友人で妾と姉様の命の恩人の内の一人といえばよいか。
喜媚とは幼少の頃、妾が身分を隠しておった時に偶然知りおうてな。
それ以来の付き合いじゃが、妾と姉様が最も信頼する者でもある。
妾は命を救ってくれた友に、平伏せよ、などと言うつもりはない。
故にこの場でも立たせておるし、今回は妾の警護についてもらっておる。
武器の携帯も許しておる。
今回はこのような事があった故、市井で暮らしておった喜媚も義によって立ち上がり、
董卓軍に所属して将官として戦ったが、普段は、洛陽で店を開いておる。
ココに居る者達はこの事は口外する事無きようにな。
喜媚本人が、市井の民としての暮らしを望んでおるゆえ、周りで騒ぎ立てぬように。
もし喜媚に何か危害が加われば、それは妾に向かって行った事と同じと知るが良い。」
「かしこまりました。」


「さて・・・他に何か、おぉ、確か曹操よ、お主が提出した書簡の件があったな。」
「はっ。」
「さて、お主が提出した書簡や、董卓の話によれば、
曹操と董卓は知己であったというが、それは真か?」
「確かに董仲穎様とは以前から面識があり、私は洛陽の様子を知っておりました。」
「では、なにゆえ連合軍に参加した?
董卓と知己で洛陽の様子を知っておったのなら、
逆に董卓に味方をするのが義ではないのか?」
「確かに陛下のおっしゃる通りではありますが、
檄文には参加しない者は敵とみなすと言う一文が入っておりました。
私が陛下から管理を任されています陳留は、地理的に連合軍の通り道に当たります。
私の任期がまだ浅いという事や、私の不徳の致す所で、
袁本初様を敵に回すと、領土と領民を守ることができません。
私は陛下からお預かりした陳留を治める刺史としての本分を通す事を優先し、
それでありながら、連合内部から連合の腐敗の証拠や、
出来ましたら、袁紹、張譲、橋瑁を捕えたかったのですが、
それは孫伯符が行ったようなので、
私は今まで調査した書簡を提出するのみとなりました。
しかし、汜水関では、私の策に董卓軍も呼応してくれたので、
双方被害も少なく、ほぼ資材を消費したのみで終わらせることが出来、
その事で董仲穎様に私に敵意は無いと通じたと認識しております。
実際、汜水関では胡喜媚殿より矢文で連合内で不和を起こすよう、
指示も受けております。」
「ふむ、確かに董卓に味方することも義ならば、妾の命を守るのも義か。」
「董卓、どうじゃ? 何か曹操の言い分に言いたい事はあるか?」


その時、董卓さんは曹操さんの方を、ひと目見た後。


「何もございません。」


ただ一言、そう言った。
コレで曹操さんは董卓さんに消極的ながら、借りを作った事になる。
董卓さんがそんな事は知りません。
と一言言えば、曹操さんの立場は一気に悪くなっただろうが、
これで、彼女の立場は天と地ほどの差ができた。
少なくとも、連合参加の件で罰せられる事は無くなったのだから。


「ふむ、ならば他になにか言いたい者はおるか?」
「恐れながら陛下! 我らもこの連合には脅迫まがいで参加させられ、
おかしいモノを感じておりました!」
「ほう、ならばお主は何かしたのか?」
「・・・な、何かと申しましても。」
「・・・このたわけが! 妾を子供と思って侮ったか?
そういえば許されるとでも思うたか?
筋が通っておらぬ戯言など聞く耳持たぬわ!!」
「は、ははぁ~!」


その男の人はすぐに平伏し、協ちゃんの許しを請うたが、
何処の諸侯の人だろうか?
私は見たことがない顔だった。


「ふむ、他に何か無いか?
公孫賛よ、何か言い分でも無いか?」
「いいえ陛下、全ては私の不徳の致すところ、何も有りません。
ただ一言許されるのならば、檄文の内容が全て嘘で良かったです。
少なくとも、陛下は無事で、悪政に苦しむ民はいないのですから。」
「ふむ、なかなか殊勝な心がけじゃな。
・・・さて、コレで何も無いのなら此度の始末を付けようと思うが?
何もないか?」


協ちゃんの問いかけに、連合の諸侯は沈黙を守る。
先ほどの私の確認できない諸侯の件で、迂闊な事を言えば、
協ちゃんの怒りを買うと思ったのだろうか・・・

そんな中、ここでは意外な人物である賈詡さんが協ちゃんに発言の許可を求めた。


「恐れながら陛下、今回の連合とは関係ありませんが、一つ懸念事項がございます。」
「賈詡か、なんじゃ申してみよ。」
「そこに、おられる劉備殿が連れている男の事でございます。」


賈詡さんがそう言った時、劉備さん達が全員挙動不審になった。


「あの男がどうかしたのか?
珍しい服を着ておるようだが それだけではないか?」
「はい、あの男ですが、巷で噂の天の御遣いを名乗っております。
陛下は天の御遣いの噂は耳にした事はございますか?」
「知らぬのぅ・・・・何処かの誰かがなかなか市井の視察をさせてくれんからのう。」
「全ては陛下の警備のためです。
さて、簡単に申し上げますと、管路と言う占い師が、
世が荒れた時に天から流星が降ってきて、
それに乗った者がこの世を乱世から救い平定する、と言う噂です。」
「それがどうかしたのか? ただの噂ではないか。」
「あの男、天の御遣いを名乗っておりますが、
この国において天とは天子様、皇帝陛下以外におりませぬ。
その御使いと言う事は、かの男は陛下の威光を借りる者。
しかしそのような事実などはまったく無く、ただ民を惑わす怪しい者でございます。
そしてその様な者が諸侯となり、領地を賜るなど決して有ってはならない事です。
そのような者が天子様の威光を借りて義勇軍など率い、
黄巾の乱で功績を上げ領地を賜ったのですが、
ボクは速やかに、この領地を取り上げるべきだと進言いたします。」
「ふむ、確かに人心を乱す物なら捨て置けぬが、領地没収は罰として最適なのか?」
「本来なら天を騙ったのですから、死罪か杖叩き五十回以上ですが、
黄巾の乱での功績や、ボクの調査では領地運営は良好で、
私欲に走った形跡も見られませんでした、今回の連合参加の件も含めて、
劉備と合わせて領地没収の上、
北郷はあの怪しい服を没収し、我が董卓軍の治める領内からの追放及び、
今後二度と天の御遣いなどという虚言を吐かない事と、
そのような者を祭り上げ、世を乱した劉備軍の将官には、
強制労働がよろしいかと思います。」


その時の劉備さんや一刀くんは顔面蒼白で、
愛紗ちゃんはがっくりと肩を落としたが、諸葛亮ちゃんだけは、
何かおかしなものでも見るような表情だった。
おそらく天を騙ったにして罰があまりにも軽いと思ったのだろう。

私は特に一刀くんにこの場でなにか言うつもりもなかったが、
賈詡さんが言うには、彼をほうっておくと、
彼を旗頭に又新たな争いの種を撒き散らしかねない。
根は善良なようなので、今回は諸事情のため見逃すが、
二度とこんな真似を起こさないようにきっちりと釘を差しておく必要があると言われ、
私もそれに大きく反対する事は出来なかった。
それにそもそも、劉花ちゃんを預かり、董卓さんの味方をすると決めた時点で、
彼とは敵対する事はわかっていたのだ。
戦争での決着ではなく、こういう形ではあるが、
今は穏便にすんだことで良かったとしよう。


「うむ、ならばそのように取り計らうがよい。」
「はっ。」
「よし、張譲を連れてまいれ、最後に皆に判決を下す。」
「「はっ」」


二人の兵士が謁見の間から出ていき、
しばらくすると、猿轡を噛ませれた張譲が引きずって連れて来られる。


「では此度の判決を下す。」


この私より少し幼い協ちゃんより発せられた声で、
場の緊張感が一気に高まる。

その後、賈詡さんより判決文が読み上げられる。


「張譲、死罪。」
「ん~っ! んう゛~~~っ!!」
「ふむ、何か言いたい事でもあるのか?
張譲を喋れるようにしてやれ。」
「はっ!」


張譲さんの猿轡が外され開口一言。


「貴様達、劉一族は、お飾り何も出来なかったくせに、恩を仇で返しおって!
それに貴様がその椅子に座っていられるのも我らの策があっての事では無いか!!」
「なにを言い出すかと思えばくだらぬ事を・・・
貴様ら一部の宦官が、今まで権力を笠に着て好き放題やったせいで、
この国がここまで荒れたのではないか。」
「この国を治めてやったのだ、それくらいの利益を得て何が悪い!」
「言うに事欠いて開きなおるとは・・・どこまでも腐った畜生よ。」
「っは、何を言うか! 貴様とてどさくさに紛れて姉を追い落とし、
皇帝の座に着いたのではないか!?
大方あの時に殺して何処かに捨ておいたのではないか?」
「妾が姉様を殺すなどありえるはずがないわ!
それに姉様は今この宮殿に来ておるわ!」


協ちゃんの言葉と共に、奥の控え室から杖を着いた劉花ちゃん・・・
いや、先帝少帝弁が現れ、協ちゃんのそばで膝を着く。


「劉弁・・・?」
「姉様! この場は妾に任せて姉様は控えておいてくれれば良いのじゃ!」
「そうも行かないでしょう?
いい機会だから、ココではっきりさせておきましょう。
私はそこの張譲を起こした策謀により『怪我』をしてしまい、
皇帝職を全うできなくなってしまったので、
今の陛下、劉協様に皇帝を継いでいただきました。
コレには何の意図もなく、私が職務実行不可能になってしまっただけですので、
今後おかしな噂などを風調してくださらないように願いします。
何度も言いますが、私はそこの張譲と橋瑁の策略により、
『怪我』をしてしまったのです。」
「・・・そんな、生きていたのか。」
「コレではっきりしたな、妾は姉様を害してはおらぬし、
皇位継承は本人の意思の上で行われたのじゃ。
すぐに張譲を引っ立てぃ!
処刑は明数日内に、民に今回の主犯として説明し公開の上で斬首じゃ!
その後、一族郎党尽く捉え同じく死罪とする!」
「「はっ!」」


そうして理由の解らないことを喚く張譲さんは謁見の間から引きずり出され、
引き続き、賈詡さんより判決が言い渡される。


「さて、少し問題が有ったけど続けるわよ。
袁紹並びに配下の将官の者は・・・」


謁見の間に沈黙が訪れるが、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


「領地、及び官職、私財の没収!」
「「「・・・・え?」」」


コレに反応したのは袁紹さんと文醜さん、顔良さんだ。


「静かに、陛下の御前である。」
「は、はっ!!」
「続けるわよ。 その他連合に参加した者は曹操、袁術、
それと領地等を没収した劉備を除いて、
一定額の罰金の他、今回の戦でかかった我軍の経費を分担して支払い、
汜水関、虎牢関の修繕費用も分担して払う事とする。
そして袁紹の領地で今現在も起こっている 『内乱等』 は、
曹操を主導として連合各諸侯で速やかに治め、
その後、陛下に報告後、参加諸侯の各人の功績によって領地を分配するものとする。
ただし、各諸侯、自領を含めた領地運営に、あまりにも問題があるようなら、
陛下から追って指示があるので、その時は素直に従うように。」

「「「「「はっ!」」」」」

「・・・・・っ!」


この一見、甘いように見える罰則こそが・・・
賈詡さん達の考えた最良にして・・・最悪の策だ。

袁紹さんの陣営が、袁紹さんの威光を笠に着て好き放題やっているのは周知の事実だ。
その事は、賈詡さんの細作が徹底的に調べ上げている。
その袁紹さん配下の者達が、
このまま領地と私財を没収されるとわかっていて黙っているはずがない。
必ず反乱を起こすか、独自で旗揚げ、武装蜂起をする者が多数現れる。
それを連合軍に参加した諸侯に鎮圧させ、
ある程度落ち着いた所で、参加諸侯の良心的な領地運営をする者に、管理させる。
おそらく殆ど曹操さんが持っていくだろう。
曹操さんは袁紹さんの領地も近いし兵力も余裕がある。
公孫伯珪さんは烏桓対策のため、あまり積極的には動けないだろうが、
袁紹さんの支配していた領土は、肥沃な土地のため、
少しは欲しいだろうから、もしかしたら動くかもしれない。
他の諸侯にしても袁紹領に近い諸侯は、皆欲しがるだろう。
なんと言っても陛下公認で肥沃な領地を武力で増やす事ができる、
絶好のチャンスなのだから。

しかし当然、連合軍の諸侯、全員が積極的に参加するわけがない。
自領からあまりにも遠く、飛び地になりそうな諸侯などは、
適当な言い訳を付けて金か兵糧で済ませようとするだろう、
だが今回の戦での罰則金の支払いや保証の支払いがあるので、
その支払もしなくてはいけないので、かなり難しい領地運営になる。
しかし、支払いを滞らせようものなら、
下手をしたら朝敵として認定されてしまうので、
支払いを滞らせる訳にもいかない、
かと言って自分達の領内で民から必要以上に税を取ったりすれば、
領地運営に問題有り、として、陛下からの介入があり、最悪領地没収なので、
真っ当な領地運営に力を入れざるを得ない。


賈詡さんは長期的に国内の一部で、作為的に諸侯に同士討ちや、
余裕のない領地運営をさせて消耗させ。
その間に董卓領内の内政改革を徹底的に進めて、確固たる地位と、
今後、絶対に董卓軍を敵に回せない軍事力を確保する状況を作り出すつもりなのだ。
そしてその後、手法は状況によるが、
恒久的に続く事ができる政治体制へと移行していく。
董卓さんが天下を取ると言う方法もあるし、私が董卓さんに献策している案もある。
董卓さんがどの方法を選ぶか、今はまだ分からない・・・

当然、一時的とはいえ 袁紹さんの治めていた州の領民が苦しむこんな政策には、
私は反対したのだが、避難民は董卓領内で極力受け入れる方針だし、
下手に諸侯が力を維持できるような状況を放置しておくと、
今後ろくな事にならないし、戦乱の種を残しておくことになる。
なので、連合に参加した諸侯同士で消耗させ、
余計な騒乱を起こせないように疲弊させる。

私の思想では到底看過できないが、七を活かすために三を切ると思って、
董卓軍も最大限被害を抑える方向で協力するという事で、
賈詡さんに説得され、やむなくこの案に妥協して賛成した。


コレが、桂花の見ている世界の現実なのだろう。
私もいつの間にか、その世界まで押し上げられてしまったのか?
今までは切り捨てられる側の視点でモノを見ていたが、
私はいつの間にか切り捨てる側に立ってしまった・・・

切り捨てられる者を全てとは言わないが、
せめて私の手の届く範囲内で、できるだけ救う事で、何とかしたいと思った。




そして袁紹さんは、この度の事件に関わったすべての者の恨みを買い、
一人、生きて行かねばならない。

おそらく文醜さんと顔良さんは最後まで袁紹さんに付いて行くだろうが、
彼女達は、これから、この全てが敵に回った世界で生きて行く事ができるだろうか?



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六十一話

洛陽




現在、洛陽の宮殿内部、謁見間では、
反董卓連合に参加した諸侯にそれぞれ判決が下されている。

おおまかに言えば、袁紹さんは配下の将官も含めて領地、官職、私財の全て没収の上、
正式な手続きの後、荒野に一人放り出される事になる。
細かい話になるが、一応最低限の旅費や旅に必要な道具類は支給される。
コレは何も与えずに放逐して、いきなり賊になられても困るからだ。

その他の諸侯は曹操さん、美羽ちゃん、劉備さんの陣営を除いて、
今回の戦で被った董卓軍の被害を金銭等で補填し、
曹操さん主導で反董卓連合に参加した諸侯全てで、
袁紹さんの治めていた領地の内乱等を平定した後、
功績によってそれぞれの諸侯に分配され、領地運営を任せると言うものだ。

一刀君と劉備さんの領地であった徐州には、
董卓軍から一時的に領地運営をする者が選ばれ、
先行して統治の引き継ぎを行い、然るべき者に領地運営を任せるそうだ。

曹操さん、美羽ちゃん達は、基本的にお咎め無し。
しかし、やむを得ない事情や、張譲捕縛の功績があったとしても、
皇帝に弓を引いたのは事実なので、罰は無いが報奨も無い。


現在、細かい部分などを賈詡さんが説明している。
賈詡さんは抜け目がないし、音々ちゃんや董卓さん深夜まで何度も議論していたので、
抜け道を使って補償額を減らしたりといった事は出来ないだろう。

曹操さんも、無表情で聞いているので、あまり面白くない結果なのだろう。
あの人は弱みは見せないが、うれしい時は結構顔に出るので、
無表情の時や、意味もなくニコニコと微笑んでいる時は、機嫌が悪いと思われる。


しかし、コレでこの外史はこの先どうなるのか、
まったく予想がつかないものになってしまった。
北郷一刀くんは制服を没収された上に董卓領内から追放だ。
逆に劉備さん達は、洛陽での期限付きの強制労働が待っている。
私が聞いている話だと、新しく洛陽で識字率を上げるため、私塾ではなく、
公営の塾を開くので、そこの講師として働かせ、
武官の者は一般の警備隊員として働かせるそうだ。

その後、様子を見て使えるようなら、恩に着せる形でうまく使えるだろう、
と賈詡さんは話していた・・・あの陣営で使えない将は一人もいないだろうから、
少なくとも、今後何らかの形で民のために働くことになるだろう。

鉱山労働とかでなくてホッとしたが、洛陽から出る事はできないので、
一刀くんと会う事は、しばらくは不可能だろう。


この後、賈詡さんの細かい説明が終わった後、諸侯には宮殿内に部屋が用意され、
袁紹領内平定において、どの州や県を誰が担当するのか。
それと罰金などの支払い分配をどうするのか?
そう言った話し合いが行われるそうだ。

その話し合いには、賈詡さんなども出席するが、
曹操さん主導で行われるので、口はあまり出さない方針だそうだ。


こうして、私はようやく自分の家とも言える店に帰ることが出来、
洛陽の皆を守ることが出来、いつもの日常生活に帰ってくることができた。
・・・と思っていたのだが、劉花ちゃんと警備の皆と一緒に店に帰り、
店の事を任せていた従業員の皆の歓迎を受けて、
お茶会を開いていたのだが、お昼もすぎた頃、思いがけない来客があった。


「お邪魔するわよ。」
「・・・・・・邪魔するわよ。」
「失礼する。」
「え? ・・・なんで、曹操さん達が?」


私が帰ってくるまで店の営業はせずに、
維持管理だけさせていたので、店は開いてないのだが、
曹操さん達は、お構い無しとばかりに、堂々と店に入ってきた。


「私達は麗羽の領地の今後の事を話し合うまで、洛陽に居る必用があるのだけど、
賈詡と話して、私達と袁術達は、洛陽から出たり騒ぎを起こさなければ、
外に宿をとって良いという事になったのよ。
そこで喜媚、私達は貴方の所で宿を取ろうと思って、こうして訪ねてきたのよ。」
「賈詡さんは・・なんて事を・・・・」
「袁紹や他の諸侯は見張り付きで軟禁されているけど、
今回の件で、お咎め無しの私達を牢にぶち込んだり、軟禁できないでしょう?」


そう言うと曹操さんは私の方に歩み寄ってきて、
妖艶に微笑みながら、私の頬を撫でまわす。


「・・・それにしても、貴方も汜水関や虎牢関ではやってくれたわよねぇ。
それに最後の陛下を引っ張りだしてきたの、貴方の発案でしょう?
董卓達に思いつくとは思えないし、仮に思いついても実行するなんて不可能でしょう。
そんな突拍子もない発想ができて、
陛下に直接頼める立場の人間なんて、貴方くらいしかいないものねぇ?」
「さ、さぁ? 何の事でしょうか?
(バレてる、完全にバレてるよ・・・)」
「こんな事になるってわかっていたのなら、
あの時、私の身体を使ってでも、
貴方を引き止めておくべきだったのかもしれないわね。
どう? 今ならあの時の条件、飲んであげてもいいわよ?」
「そ、曹操さんも私をからかっているんですよね?
それにあんな事もう二度とごめんですよ。
夏侯惇さんはいないけど、夏侯淵さんがいますし、桂花もいますし。」


私が桂花の真名を呼ぶと、今まで私の目を見ようとしなかった桂花が、
急に顔を上げて、私の顔を見てきた。


「・・・・・まだ、私の真名を呼んでくれるのね。」
「・・・桂花?」


桂花はそう言うと、涙目で私の元に走ってきて襟を掴んで締めあげてくる。


「あんたは! ・・・・あんたは何、馬鹿な事ばっかりやってるのよ!!
心配したじゃない! 汜水関に出てくるなんて、流れ矢でも当たったらどうするのよ!
おまけに私達の策を尽く、ぶち壊しにしてくれて!
あんた本当に私と一緒になるつもりあるの!?
何がどうなったら、あんたが皇帝陛下の命の恩人になって、
董卓軍の将官として戦場に出てくる事になるのよ!?
一瞬、私の事嫌いになったかと思ったじゃない!!」


桂花は私の服の襟を掴んで締めあげて私に詰め寄る。


「け、桂花・・・落ち、落ち着いて!」
「コレが落ち着いてられるわけ無いでしょう!?
人がどれだけ心配したと思ってんのよ!
おまけに謁見の間では陛下と一緒に出てくるし、
あんた何がしたいの? この国を乗っ取るつもりなの!?」
「話す、ちゃんと後で経緯を話すから今は手を離して、く、苦しいから。」
「聞くわよ? いくらでも好きなだけ聞いてやるわよ!
時間はたっぷりあるわ、納得行くまできっちり話を聞かせてもらうわよ!」


そんな私達の様子を、いつの間にか椅子に座り、
お茶を飲んでいた曹操さんが涼しげに見つめ。


「さて、桂花も喜媚もこう言ってるし、
私達がここに逗留するのは問題無いわよね?」
「え? そ、それは賈詡さんに・・・」
「賈詡は洛陽から出なければ、何処に泊まっても良いと言ったわよ。」
(賈詡さぁ~ん!!
・・・そうか賈詡さんは曹操さんと私の間であった事知らないから!)
「とりあえず、部屋は前と同じで、桂花は喜媚と一緒の部屋でいいし、
私と秋蘭も一緒の部屋でいいわ、そういう事で後はよろしく。
あっ! 後久しぶりにお風呂にも入りたいわね。
戦場では身体を拭くのがやっとだから、さっぱりしたいわ。
お風呂の準備もお願いね。」
「・・・もう好きにしてください。」


私は曹操さんに抗うのを諦めた。


こうしてなぜか、曹操さん達も家に泊まることになってしまい、
劉花ちゃんがすごくいい笑顔で私を見つめているが、
コレは、曹操さん達が帰ったら、ご機嫌を取るのが大変だな・・・と思った。


結局この日は、曹操さんには店でゆっくりしてもらっている間に、
寝具の準備や食料などの買い出しをしたり、
お風呂の準備をしたりと忙しく動きまわり。

夜は夜で食後、お風呂から上がった後、
少しお酒の入った桂花に強引に私の部屋に連れ込まれ、
深夜まで協ちゃん達との出会い、洛陽での事件、
その時に桂花と一緒に生きるためと、
やむを得ない事情で董卓さんに協力する事になった事。
反董卓連合が結成されたことで一時的に客将として参加した事。
その時に真名を交わした人が何人か出た事等を事細かに問ただされ、
真名を交わした人達と浮気してないかと疑われたが、
誠心誠意説得する事で、なんとか信じてはもらえた。

劉花ちゃんの正体や、火薬の事については一切教えなかったが、
火薬の事は今までも何度も聞かれても教えなかったので、
董卓さんに渡してないと言う事だけ念入りに説明したら、
最後に念を押されて、その後は火薬についての追求は一旦諦めたようだ。
劉花ちゃんの事については、話さなかったのだが、
大凡、桂花達も察しがついたのか、翌日から・・・と言うよりも
劉花ちゃん会った時から、劉花ちゃんに対する曹操さん達の態度が
民や従業員に対する態度ではなかったのだが、
ここで皇帝にするような特別扱いするわけにも行かないので、
微妙な態度で接するようになった。


翌日、朝食をとった桂花達は、会議のために宮殿に向かい、
私達は、店の営業のために色々と準備をしていたのだが、
昼食後、しばらくしたら賈詡さんがウチの店に護衛と一緒にやってきた。
護衛の人は、すぐに向かいの屯所で待機し、
賈詡さんだけがウチの店に入ってくる。


「あ~まったく!
喜媚悪いけど、何か飲み物と軽く食べられる物出してくれない?
ボクまだ昼食、食べれてないのよ。」
「いらっしゃい。
それはいいけど話し合いがうまくいってないの?」
「うまくいくも何もないわよ!
予想通り、責任と保証の押し付け合いに終始して、話しなんかまったく進まないわ。
この様子だと、本当に死ぬまで終わりそうにないから、
キリがいいところで私達が介入して、
それぞれ収める金銭や兵糧等をこっちで算出して決めさせるわ。
曹操も話をまとめるのは諦めて、それぞれの諸侯の言い分を聞いてるだけだし!
あいつ絶対わざとやってるわよ!」


賈詡さんが愚痴っていると、店の入口から数人の見慣れた人達が入ってきた。


「あら? まとめる気はあるわよ?
だけど、まずお互い、言いたい事を言わせないと、どうしようもないもの。」
「曹操! ・・・なんであんたがここにいるのよ!?」
「なんでって、私達がココを宿にして逗留しているからよ?」
「喜媚の店は宿屋じゃないわよ!」
「私と喜媚は 『お友達』 だもの。
信頼出来る友人の家に泊まったって何も問題はないでしょう?
洛陽で問題も起こしてないし、
そこらの宿よりも喜媚の店の方が快適だし、私自身喜媚の方が信用できるわ。」
「くっ・・・・」
「それよりも貴女はどうしてここにいるのよ?
まだこの店は営業していないはずだけど?」
「ボクは喜媚の 『個人的な友人』 だからココにいてもおかしくはないわよ。
それに、この店はお茶も料理も美味しいって洛陽では有名なのよ?
ボクがいてもおかしくはないわ。」


その時、桂花が私を睨みつけたが、すぐさま私は首を横に振って、
浮気などしていないとアイコンタクトで桂花に伝える。


「あらそうなの?
董卓軍の軍師が懇意にしてる店なのね?
なら洛陽でもかなりいい店のようね。
そんなにいい店なら、私達が利用しても不思議ではないわよね?
いい店には自然と人が集まるものですもの。」
「喜媚!」
「は、はい!」
「あんたはどうなのよ!?」
「い、いや、桂花とは真名を交わした仲だし、
その主であり、官職を持っている曹操さんが言うのだったら、
私は別にいいんだけど・・」
「あら、私とは友達じゃないの?
名を呼び合う仲じゃない。」


曹操さんは賈詡さんが、なぜか今回の事で絡んでくる事を面白がっているのか、
賈詡さんを挑発するような言い方をするが、巻き込まれる方はたまったものではない。

劉花ちゃんの件もあるので、
賈詡さんが曹操さんをココに泊めたくないのはわかるのだが、
その事を言うわけにも行かないので、どうしても矛先が私に向いてしまう。

この後も何度か言い合いをしたが、
賈詡さんが最初に洛陽を出なければ、ある程度自由にしていいと言ってしまったので、
結局賈詡さんが折れ、 (劉花様の事だけは気をつなさい!) と釘を刺された事で、
曹操さんが家に泊まるのは黙認する形になった。

曹操さん達が一つの大きめの机に集まって座り、従業員の娘達がお茶を出し、
少しはなれた所で、賈詡さんが座って食事を待っていたのだが、
賈詡さんが桂花を睨んだ後、
『荀彧、個人的な話があるからちょっとこっちに来なさい。』 と言って、
桂花と一緒に、奥の個室に行ってしまった。

この場合、私はできた食事を何処に持っていけばいいのだろうか?




--荀彧--


賈詡に話があると呼ばれたため、店の奥の個室に連れて行かれ、
とりあえず賈詡と対面で椅子に座る。
私は賈詡に今聞くような話は無いのだが、連合の後始末の事で何かあるのかしら?


「・・・・・」
「・・・」
「・・・・・」
「・・・なにか話があったんじゃないの?」
「う、うるさいわね! わかってるわよ、色々とボクにも事情があるのよ!」


そう賈詡は頬を赤く染めて怒鳴っていたが、コレは完全に直感だが、この瞬間、
この女に無駄に大きい乳は無いが、コイツは陸遜以上の強敵だと私の本能が告げた。


「・・・コホンッ あんた相手に変に策を弄しても、
無駄に時間を使うだけだから、単刀直入に言うわ。
あんたと喜媚の仲は察しているつもりだけど、
ボクは喜媚が好きよ、もちろん女としてね!」
「・・・なん・・・ですって!?」
「月・・・董卓軍にも必要な人材だし、私にとっても必要な子だから、
喜媚にはずっと洛陽にいてもらいたいのだけど、荀彧・・・貴女の事がある。」
「ちっ・・・あの馬鹿、やっぱり!」

この女の意図がいまいちわからないが、
なぜ喜媚が好きだという事をわざわざ私に言う必要があるのだろうか?
普通に考えれば、私達が洛陽を去った時に喜媚を口説くなりすればいいのに、
なぜ、この女は今、私にわざわざその事を伝えてきた?
普通に考えたら余計な警戒心を煽るだけなのに・・・


「そんな事いちいち私に言う必要が有るの?」
「あるのよ。 喜媚を仕官させたいという気持ちもあるわ。
士官の話だけだったら、わざわざ貴女だけ呼んでこんな話しない。
だけどボクはあの子の知も欲しいけど、一人の女として喜媚が欲しいのよ。」
「・・・っ!」
「あんたが洛陽に来ると聞いてから、ずっと考えていたわ・・・
不意打ちで荀彧、あんたが洛陽から去った後に、
喜媚に私の気持ちを伝えるのもいいかと思ったけど、
それだと、きっとあの子はあんたに義理立てしてボクを拒否する。
だから、あんたとは一度、腹を割って話す必要があるのよ。
喜媚とあんたの関係は大凡察してるけど、
ボクには・・・ボクと月にはそれでもあの子は必要なのよ。」
「・・・どうしてあんたと董卓に喜媚が必要なのよ?
男なんて、あんた達ならよりどりみどりで、好きな男を選べるじゃない!
どこからでも好きな男を選んで取ってくればいいじゃない!
なんで・・・なんで喜媚なのよ!!」


最後の方で思わず大声で喋ってしまったが、
ココが個室で良かった。壁も厚そうだし。


「あんたが何処までボク達の事を知っているのかわからないけど、
ボク達は、当初望んでこの地位に着いたわけじゃない。
だけど当時はこの選択以外に他に選択肢は無かった。
月・・・董卓は本当に優しい子で、
あの子は家族や自分の周りの人間が、幸せで居てくれればそれで良かった。
あの娘はそういう娘なのよ。
だけど、運命は月に洛陽の君主として、
陛下を補佐する相国としての立場に月を押し上げてしまった。
そして喜媚も同じよ・・・
同じ志を持ちながら、同じように運命に翻弄されて、
何処にも逃げられない立場になってしまった・・・月と喜媚にはお互いが必要なのよ。
ボクが見ていてもわかる・・・月はみんなの前でよく笑うけど、
本当に本心の月を見られるのは、
月と同じ志を持つ喜媚と、昔からの付き合いのボクの前でだけなのよ・・・」
「・・・・」
「それに、ボクも最初は喜媚の知識が目当てだった。
あの子自身、そうは思ってないみたいだけど、荀彧、あんたならわかるでしょう?
あの子の持つ知識が、何物にも代えがたい素晴らしい宝だという事が。」
「あの馬鹿は・・・」


私や郭嘉、華琳様やコイツのような一定以上の知のある者には、
喜媚の持つ知識や、根底に一定以上の知がある上での、あの独自の発想は、
何者にも代えがたい宝に見える・・・見えてしまう。
コイツも最初はそれに釣られて喜媚に近づいたのだ。


「そうやって喜媚に近づいて喜媚と接している内に、
この子は月と同じ志を持っている事に気がついた。
いつも華雄や霞や恋の訓練から逃げ出そうとして・・・しょうが無いヘタレだけど、
ホントどうしようもないヘタレ・・・・だけど、あの子は優しいのよ。
いつもボク達の事を気遣ってくれて、
友人や知人のためには、その知も武も惜しまない。
本当はやりたくもなくて、逃げ出したいはずなのに、
ボク達や洛陽の民のために今回の戦に、私達と一緒に参加してくれた・・・
そんな男だもの・・・見てくれが多少 『アレ』 でも、
女なら惚れてもしかたがないわよ。」
「賈詡・・・貴女本気なの? 真名も交わしてないのに。」
「ボクは本気よ、真名を交わしてないのは機会に恵まれなかっただけだもの。
今日だってあんたらがいなかったら、
泊まっていって、その時に喜媚と真名を交わすつもりだったもの。
そのためにわざわざ今日の予定を空けてきたんだから。」
「・・・・あの馬鹿は本当! ろくな事をしない!!」


私は頭を抱え込んだ、あの馬鹿はちょっと目を離すとすぐコレだ。
厄介事を巻き起こすか、余計な女を引っ掛けてくる。


「だけど好きなんでしょ? あんたも。」
「う、うるさいわね!!」
「あの喜媚があんたを選んであそこまで義理立てするんだもの、
あんたがどういう女か察しはつくわ、でも私も喜媚を諦めつるもりはない!」


そう言って賈詡は立ち上がって私に向かって指を突きつけて宣言する。


「荀文若! コレは宣戦布告よ! 喜媚はボクが、ボク達が貰う!」


私も反射的に立ち上がって、賈詡に宣言する。


「ふざけんじゃないわよ! 絶対喜媚は渡さない!
私にはあの子しか・・・あの子しかいないのよ!!」
「あんたと喜媚に何があったのか、今は聞かないわ。
でもそこまで言うのだったら、ボク達が正室の座についたら、
妾くらいは考えてやってもいいわよ?
喜媚はただの洛陽の茶店の主で終わる人間じゃない。
今回の戦の事だけでも、その戦功は素晴らしいもので、
その報奨もいずれ与えられるわ。
そしたらボクは陛下に直訴して、喜媚に上位の官職を与えるか、然るべき報奨を与えて
正室の他にも側室を持っても問題無い立場にするわ。
その後、月が正室になるかボクかはわからないけど、
あんたもウチに来るなら、入れてあげなくもないわよ?
あの子の血は何としても後世に残さなきゃいけないし。」
「ふざけんじゃないわよ!
見てらっしゃい、華琳様を私が補佐して、あんた達を叩き潰してやるわ、
その時にどうしてもって言うのなら、
私が正室であんたらを喜媚の性欲処理の妾くらいにはしてあげるわよ!?」
「だったらこっちはあんたを喜媚の性奴隷としてなら認めてあげてもいいわよ!」
「ふざけんじゃないわよ! あんた達がそうなるのよ!」

「「・・・ハァハァ・・ハァ。」」

「と、とにかく伝えたわよ。 喜媚はボク達が貰う!」
「絶対に渡さないわ!」
「でも貴女、もうすぐ帰るんでしょう?」
「くっ・・・だったら今のウチに私の魅力で喜媚を骨抜きにしてやるわ!
大体、賈詡あんた喜媚に だ、抱かれた事無いでしょ?」
「くっ!? ・・・そこまで進んでたの!?
・・・い、良いわよ! あんたがいない内に、
ボクだって・・・だ、だ、抱かれてやるわよ!!」
「そんなの許さないわよ!」
「許しなさいよそれくらい! あんたは抱かれてるんでしょ!」
「私は喜媚とはそういう関係だもの!」
「でも、婚約も婚姻も済ませてないじゃない!」
「くっ・・・こっちも色々事情があるのよ!」
「妻のいる男を取ったら問題だけど、
独身の男だったらなんの問題もないわ!」
「っ・・・減らず口を!」
「あんたは先に喜媚に会えただけ。 運が良かっただけじゃない!
それに婚約もしていない男に抱かれるなんてはしたないわよ。」
「私は、喜媚に命を救われたのよ!
命の恩人に身を捧げて何が悪いのよ。」
「だったらボクもそうじゃない!
今回の洛陽の戦では喜媚がいなかったら負けてたんだから、
命を救われたのはボクも同じよ!」
「あんたは、その他大勢のウチの一部じゃない。」
「救われた事には変わらないわよ!」

「「・・・フー フー フー・・はぁ、止めましょう。」」
「「・・・そうね。」」


そうしてお互い椅子に座り直す。


「ともかくコレは宣戦布告よ。 ボク達は本気で喜媚を落とす。」
「やれるものならやってみなさい、
私が喜媚と結ばれるのに、どれだけ苦労したか知らないあんたが、
何処まで出来るか楽しみだわ。」
「言質は取ったわよ。」
「くっ・・・す、好きにすればいいじゃない。
遊びだったらあんたや喜媚を殺してでも止めるけど・・・本気なんでしょ?」
「あんたに喜媚しかいないように、ボク達にも喜媚しかいないんだよ・・・
月が笑ってくれて、ボクが惚れて、
みんなで笑って暮らし行くためには、喜媚しかいないのよ・・・」
「・・・ふん。
話はそれだけ? じゃあ私はもう行くわよ。
・・・あ、あと今日この店に泊まるのはやめといたほうがいいわよ、
私と喜媚の閨事を聞きたいなんて、悪趣味な事したくないならね。」
「・・・・くっ!」


賈詡は悔しそうに机を叩いていたが
私は賈詡を個室に残して部屋から退出し、
華琳様の所に戻る時に少し離れたところで華琳様と話していた喜媚の横を通り一言。


(あんた 『浮気』 したら殺すわよ。)
(なっ!? いきなり何っ!? し、しないよ!)


そう言って華琳様の元へと戻った。


賈詡がまさか・・・まさかあんな事を言い出すとは思ってなかったし、
本当は絶対に・・・絶対に! 死ぬほど許したくないけど・・・


(あんな泣きそうな顔で自分には喜媚しかいないなんて言われたらどうすりゃいのよ!
本当あの馬鹿は、少し目を離すと余計な所で余計な事をしでかすんだから!
引っ掛ける女は、稟も愛紗も皆良い奴ばかり!
遊びで近づく女ならなんとでもなるけど、
あんな・・・賈詡みたいな国の重職に立つような立場の者が、
あそこまでなりふり構わず言ってきたら、私は一体どうすればいいのよ!)


この日、結局賈詡は食事だけして帰っていったが、
私に強力な恋敵が現れた瞬間だった。
どこか私に似た、共感を覚える部分もあるが・・・


(・・・それでも喜媚は、喜媚だけは誰にも渡さないわよ!!)



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六十二話

洛陽




桂花と賈詡さんが一緒に個室に入っていって、
なにか揉めた後、食事をして帰っていったのだが、
それ以降、何度か賈詡さんに、その話を聞いてみたが、
仕事の話をしただけだと言って、はぐらかされてしまった。

その日の午後は、桂花達は町の視察に出ていき、
私は買い出しや、店の掃除などをしてすごし、
桂花達は夕食前に帰ってきたので、一緒に夕食を食べ、就寝。

昨日は、ひたすら私に詰問したり怒るだけだった桂花が、
今日は妙に優しく、それどころか、顔を真赤にして房事を誘って来たのは、
何か有ったのだろうか・・・どう考えてみても賈詡さんと部屋に二人で篭ってから、
桂花の様子がおかしくなったので、全く関係ないとは思わないのだが、
その事を桂花に聞いても、 『あんたには関係ないわよ!』 と言われるだけで、
まったく要領を得ない状態だ。


さて、翌日も曹操さん達は戦後処理の話し合いの為に、朝から宮殿に行き、
私は、店の開店準備を進めるのだが、
ここに来て気がついたのだが、曹操さん達が居る間は、
店を開くのは、やめておいたほうがいいかもしれない。
曹操さんが積極的に揉め事を起こすとは思わないが、
揉め事が起きたら、曹操さんや桂花に不利になるので、しばらくは準備だけにして、
曹操さん達が帰ったら店を開くようにしたほうがいいと思った。


そんな事を考えながら過ごしていたら、
いつの間にか昼になったようなので、昼食を作り劉花ちゃん達と一緒に食べ、
午後は霞さん達の希望で作らされた、酒蔵の様子でも見ようかな、
と考えていたら、その霞さんと華雄さんが一緒にやってきた。


「邪魔するでぇ。」
「邪魔するぞ。」
「いらっしゃい、霞さんに華雄さん。」
「喜媚、元気やったか?」
「元気も何も、一昨日会ったばかりじゃないですか。」
「そうやったっけ?
ウチは戦後処理の書簡が溜まってて、それ片付けるのに忙しかったから、
随分会ってないような気がしてたわ。
あの竹簡の山はほんま、悪夢としか思えへんで・・・」
「ご苦労さまです。
私は兵数は少なかったので、すぐに終わりましたよ。
お陰で、客将としての仕事も、
もう殆ど終わって後は、時々呼び出されて報告するくらいで、
こうして店の準備ができます。」
「喜媚はえ~な~、ウチもこの間の戦で武人として、ひと通り満足したから、
喜媚と一緒に茶店でもやろうかな? ・・・いや、酒屋にしよか。
それやったら毎日飲んでられるし。」
「また馬鹿な事を言い出した・・・」
「毎日商品飲んでたらどうやって儲けるんですか・・・
それに今は、戦が終わったばかりで、少し気が抜けてるだけですよ。
霞さんだったらまた、すぐに身体を動かしたくなりますよ
それで? 今日は一体何の用ですか?」
「あ~、まだ仕事は終わってないんやけど一段落ついたからな、
まだウチらだけではやってなかった、
汜水関での勝利のお祝いでもしようと思ってな、酒も持ってきたで。
まだ仕事が残ってるから本格的には飲めんから一杯だけやけど、
汜水関での勝利は、ウチら三人でもぎ取った勝利やからな。
それに真名を交わしたお祝いもしたかったから、
気分転換がてら、城を抜けだしてきたわ♪」
「しょうがないですね・・・」
「まぁまぁ、そう言わんと、杯三つ用意してや。」
「はいはい、じゃあ一杯だけですよ。」


霞さんの、あの時のお祝いをしたいという気持ちは、
私も少しはわかるので、ココはおとなしく霞さんの言う通りにしておく。


「すまんな、張遼が私の部屋まで来て、どうしてもと言うものだから。」
「華雄かてノリノリやったやんか。」
「せっかくの祝だ、水を差すのも悪いと思ったんだ。」


そうして、私が持ってきた杯に霞さんがお酒を注いで、
三人でそれぞれ杯を持った。


「それじゃあ汜水関の勝利と、ウチらの友誼が深まった事と、
国を守るために散っていった、同胞と、この国の明るい未来の為に!」
「「「乾杯!」」」


私達はお酒を一気に飲み干し、机の上に杯を置く。


「ぷは~、やっぱこういう時に飲む酒は一味ちゃうな。
急いで買うてきたから、そんなにええ酒でもないけど、これはコレで悪うないで。」
「そうだな・・・汜水関での戦いは私も色々と考えさせられた。
結果的には関を連合に通過させたが、
それも策の内、アレは間違いなく我々の完全勝利で、
散っていった仲間も、今の洛陽や、これからのこの国を見れば、
草葉の陰から、安心して見ていられるはずだ。」
「そうですね・・・決して少ない被害じゃなかったですけど、
本来、お互いが潰し合う戦よりは被害者もかなり少なく済みましたし、
洛陽の民も兵を除いて傷つかずに済みました。
後になったら、あの時こうしていれば・・・と思うこともあるかもしれませんが
今は、やれる事は全部やりきった感じがします。」
「これだけの戦果を上げて、ここまで被害も抑えたんや。
喜媚も、もう少し胸を張っていかんと、部下や、散っていった者達が浮かばれんで。
ウチらはあの連合の大軍から、味方の被害も最小限で、洛陽も無傷で守ったんや、
何処に出しても恥ずかしくない戦果やで。」
「そうですね・・・私はあまり戦果を誇る気にはなれませんけど、
私達が落ち込んでいたら、散っていったみんなに顔向け出来ませんよね。」
「そうだぞ。 散っていった兵達は決して無駄死なんかじゃない、
アイツらはアイツらで、洛陽に住む民や、
董卓様、陛下、そしてこの国の未来の礎となったんだ。
今後は我らも散っていった者達に恥ずかしくないように、
この国を、より良い国にしていかんとな。」
「・・・オマエ誰や!? 華雄がそんなまともな事言うなんて・・・
明日は槍が降ってくるんか?」
「失礼な事を言うな! 私とて汜水関では学ぶことが多かったんだ。」
「・・・そうか、喜媚に引っ叩かれて調教されてたもんな。」
「張遼っ!!」


華雄さんが真っ赤な顔になって霞さんに掴みかかろうとするが、
予想していたのか、すぐに霞さんは椅子から立って一歩下がる。


「冗談や、冗談。」
「ふん・・・・だけどアレは効いたな。
私も武術の師匠や、両親に叱られた事など腐るほどあったが、
それは幼少時や修行時代の話だ・・・
董卓様に仕官して、少しいい気になっていた所で、
喜媚に叱られたからな、アレがなければ私は汜水関で私の部隊だけで突撃して、
犬死していただろう。
・・・もう一度言わせてくれ、あの時の事、感謝する。」
「い、いいえ、どういたしまし・・・て?
あの時は私も必死だっただけですよ。
そこまで深く考えて行動したわけじゃないんです・・・ただ必死だっただけで。」
「だが、お陰で私は命拾いし、
私が進む道を再確認する事ができた。感謝している。」
「はぁ~ほんま、華雄は変わったなぁ・・・・」
「私の知ってる孫策さんのとこの人の言葉にこういうのがありますよ。
『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし。』 っていうのがあります。
華雄さんほど優れた武人なら、
ほんの僅かなきっかけで一気に成長することもありますよ。」
「そんなもんかな~。」
「ふむ、良い言葉だな、・・・今なら呂布にでも勝てそうだ!」
「それは無いで。」 「も、もう少し頑張りましょうね。」
「何だ貴様ら! よしわかった!
午後の分の書簡を終わらせたら、
今日こそ呂布から一本取ってやるからよく見ておけ!」


そう言って華雄さんは店から出ていってしまった。


「まぁ、成長はしてますけど、まだまだ伸びしろがあると言う事で。」
「せやな、じゃあウチは治療の手配でもしておくかな。」


この日、華雄さんは仕事を一気に終わらせ、恋ちゃんに挑戦したそうなのだが、
やはり、やられてしまったそうだ・・・・が、
恋ちゃん曰く、 『・・今日の華雄はなんか少し強かった。』 そうだ。


華雄さんと霞さんが帰って行き、私も仕事の続きをしていたのだが、
その時に又新たな来客があった。
今日は店を開いているわけでもないのに、お客の多い日だな、
と思って応対に出ると、そこにいたのは周泰ちゃんと孫策さんに周瑜さんだった。


「お久しぶりです喜媚さま!」
「元気だった?」
「久しぶりだな・・ふむ、壮健そうで何よりだ。」
「周泰ちゃんに孫策さん、周喩さん・・・
お久しぶりです、今日はわざわざどうしてココに?」
「本当は昨日来るつもりだったんだけど、袁術ちゃんを巻くのに大変でね。
袁術ちゃん、昨日も今日も宮殿の中で貴方を探しまわってるわよ?」
「・・・それはまたなんと返事していいか困ってしまいますね。」
「とりあえず、私達は外を探すという名目で来たんだけど、
何の成果も無く見つかりませんでした、じゃ問題だから、
袁術ちゃんにこの店の場所教えてもいい?」
「それはかまいませんけど、あまり大事にしないでくださいね。
私にも、近所の評判というモノあるんですから。」
「ありがと♪
それと今回は悪かったわね、
私は袁術ちゃんの部下扱いだから袁術ちゃんが行くって言ったら止められなくて。」
「それはいいですよ・・・お互い被害は出ましたけど、誤解は解けたようですし、
悪いのは張譲や橋瑁の様な人達、
それに乗せられた袁紹さんのような、権力を己が手中に収めたい人達ですから。」


色々知っている私からしたら孫策さんも、
今回の反董卓連合では名声や功績、袁術ちゃんの弱体化等の狙いがあったようだが、
それを言って下手に勘ぐられるのもまずいし、
彼女達だって、呉や揚州の民の為に立ち上がった人達だ。
政治の世界は特に、綺麗事だけで済む世界ではないから、
敢えてこの場で空気を悪くするような事を言うのは止めておく。


「喜媚殿。」
「はい、何ですか周瑜さん?」


周瑜さんは私の名を呼ぶと、身を正してから礼を取って私に頭を下げる。


「先日、医者を手配してくれた件、誠にありがとうございます。
今だから言うが、私は以前から体調が少し思わしくなくてな、
華佗が言うには肝臓がどうとか・・・
私もそれほど医学に詳しいわけではないので説明はできんが
身体の中の臓器が悪かったらしい。
だが華佗の針の治療を受けた事で、
今では、以前からあった倦怠感や、時折来る腹部の痛みも収まり、
健康な身体を取り戻すことができた。 本当に有難う。」
「いや、別にいいですよ。
私は、華佗に診てもらうようにお願いしただけですから。」
「華佗も言っていたが、初見では私の不調がわからなかったらしく、
診察してようやく私の身体の不調に気がついたようだ。
どうして喜媚殿が一目でわかったのか不思議そうにしていたぞ。」
「そ、そんな大したことじゃないですよ。
ただなんとなく、そう思っただけですから、本当に勘みたいなもので!」
「何にしても、お陰で健康な体を取り戻すことができたのだ、感謝している。」
「冥琳も言ってくれたら私が医者を手配したのに、
私には何にも言ってくれなかったのよ? どう思う?」
「私も一応自分で何人か医者に当たったのだが、
飲み過ぎだとか、仕事のし過ぎとい言われるだけで、要領を得なかったのだ。
だが、喜媚殿が一目で見抜き、
華佗殿の適切な針の治療で、以前あった身体の不調も取れた。」
「何にしても良かったです!
冥琳さまに何かあったら一大事ですから!」
「そうね、冥琳が死んじゃったら、大喬も小喬も心配するし、
私、後追い自殺しちゃうかも♪」
「かも♪ なんて軽く言われても説得力が無い。
今日私達がココに来たのはその礼をするためだと言うのと、
喜媚殿には今回の戦で、迷惑をかけたから、その謝罪のためだ。」
「そうね、今後何かあったら、私達が力になるからなんでも言ってね。
冥琳は私には家族のようなモノだから、家族の恩人は私の恩人でもあるんだから、
何か困ったらいつでも言ってね♪」
「私もできうる限り、力になるつもりだ。」
「喜媚さま、私にも困った時はいつでも言ってくださいね!」
「ありがとうございます。
何もないのが一番いいですが、何かあったら皆さんにご相談しますね。」
「そうして頂戴。」
「あ、そうだ。 立ち話も何ですから、お茶でも飲んでいってください。
私、ココでお茶屋軽食やお菓子を出す店をやっているんです。
今、はまだ開店準備中ですけど、
お茶とお菓子位なら出せますから、食べていってください。」
「そう? 悪いわね、じゃあ少しお邪魔しようかしら。」


そうして、孫策さん達を机に案内してから、
飲茶を出してもてなし、今まで会ってなかった頃の話をしながら過ごしていたら、
ちょうどその時、曹操さん達が帰ってきた。


「ただいま・・・あら? 孫策?」
「なんで曹操がここに? あんたも喜媚の知り合いだったの?」
「そうよ、私と喜媚は 『今は』 友人だもの。
将来的には私のモノにする予定よ。」
(・・・ここでこういう事を平気で言ってのけるのが、曹操さんだよね。)
「あら? 喜媚ちゃんはウチでも狙ってるんだけど?」
「貴女達はまず袁術から独立してから言う事ね。
喜媚の才は袁術の配下のそのまた配下では、生かされないわよ。」
「・・・言ってくれるわね。」
「事実ですもの。」


曹操さんと孫策さんの間に剣呑な雰囲気になったので、私が間に入る。


「そ、曹操さんは、お早い帰りでしたね?」
「そう? 昨日と同じくらいの陽の高さだと思うけど?」
「そ、そうですか・・・桂花もお帰り。」
「ただいま、喉がかわいたから何かもらえる?
アレがあったら飲みたいのだけど。」
「いいよ、席に座って待ってて。」
「桂花、アレとは何よ? お茶じゃないの?」
「はい、華琳様。 水に蜂蜜、塩、果実の汁等を混ぜたもので、
汗をかいた時などに飲むと良い飲み物です。」
「そう・・・面白そうね、喜媚、私と秋蘭も桂花と同じ物を出してちょうだい。」
「はい、分かりました。」
「曹操、貴女達さっきから、さも当然のように喜媚ちゃんを使ってるけど、
友人じゃなかったの?」
「友人よ、でも今は客でもあるの。
私達はこの店に宿を取ってるのよ、つまりコレは料理を注文したのと同じ事なの。」
「え? 喜媚ちゃんのお店って食事を出すところじゃないの?」
「部屋が沢山余ってるのをいい事に、曹操さんが宿代わりにしてるんですよ。」
「あら、失礼ね。 まるで私が我儘言ってるみたいじゃない。
桂花といつも一緒に 「そ、曹操さんは是非ウチでゆっくりしていってねっ!!」
・・・そう言う事よ。」
「・・・喜媚ちゃん、何か弱みでも握られてるの?」
「何も無いですよ!」
「失礼ね、私は友人思いでもあるし、部下思いでもあるのよ。
感謝されこそすれ、恨まれるような事は何もして無いわよ。」
「・・・本当でしょうね?」
「天地神明に誓って本当よ♪」


曹操さんは何事もなかったように、優雅に注文を待っているが、
孫策さんや、周泰ちゃんが怪しい物でも見るように、
曹操さんの様子を窺っている。


「はい、注文の 『アレ』 です。」
「ありがと、どうでもいいけどあんたまだ、名前決めてなかったの?」
「店の商品として出してるものじゃないからね、
人によっては変な呼び方する人も居るんだけど、
私は蜂蜜と果物の汁が入ってるから、蜂蜜果実水でいいかなと思ったんだけど、
思いの外皆に不評で。」
「長いし呼びにくいわよ、縮めて蜂果水(ほうかすい)でいいじゃない。」
「それもいいね。 まぁ、商品として出すものじゃないし。」
「見た目は少し色のついた水なのね、
少し甘い匂いがするのは蜂蜜と果物の汁のせいかしら。」
「そうですね。 桂花の説明だと変なものは入ってないようなので、
大丈夫だと思いますが。」
「飲んでみてください、以外に飲みやすくて、運動の後などにはいいですよ。」
「そう? じゃあ・・・」


そう言って曹操さんと夏侯淵さんが湯のみに口を付けて飲む。
桂花の方は、飲み慣れているので、普通に飲んでいる。


「あら? 思ったより甘さが控えめで飲みやすいのね。」
「そうですね、コレだったらたしかに武術の訓練の後などにはよさそうです。」
訓練後は水や塩分、甘味が欲しくなりますから。」
「汗をかくと、身体の塩分が汗と一緒に流れるんですよ。
だから夏場なんかには水だけじゃなくて、塩も少し舐めたほうがいいですよ。」
「確か桂花が少し前にそんな献策を出していたかしら。
理由が良くわからなかったから、詳しい話を聞くまで保留してあったのだけど。
夏場や暑い地方での行軍では、少し気をつけようかしら。」
「ねぇねぇ、喜媚ちゃん私もそれ頂戴♪
明命と冥琳の分も一緒にお願~い。」
「いいですよ、周泰ちゃんは家に来た時にもう何回も飲んだことあるよね。」
「はい! 美味しいですよ雪蓮様。」
「えぇ~、ずるい~。」
「ずるいって言われましても・・・」
「馬鹿者、明命だって仕事で各地を回ってるんだ。
少しくらい各地で美味しい物を食べたって良いではないか。
仕事上の役得というやつだ。」
「え~じゃあ、冥琳! 今度、私も明命と一緒に・・・」
「どうやら雪蓮は、仕事量が足りないと見える。
帰ったら仕事の量を倍に増やしてやろう。」
「・・・ごめんなさい。」
「ハハハ・・・。」


こうして、なんとか穏やかな雰囲気に変えることができたのだが。
こうやって周りを見回すと、この外史ではこの先どうなるかわからないが、
別の外史の魏と呉の王様が一緒に食事を楽しむ様子は、
この国の明るい未来を感じさせるモノだった。

いつかこうして平時でも所属が違う諸侯同士でも、
穏やかに会話をしながら食事を楽しめる国になったらいいものだ。



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六十三話

洛陽




曹操さん達と孫策さん達が食事と会話を楽しんでいるが、
食事の話から、徐々にまじめな国政の話に変わったり、
お互いの領内での黄巾の乱の後の賊の動きなどの情報交換に変わっていく。

私は、厨房で食事を作ったり、劉花ちゃんと食器を洗ったりしていたのだが、
陽も大分陰ってきたので、孫策さん達にその事を伝えようと、孫策さん達の方に行く。


「孫策さん、大分陽も落ちてきたみたいですし、
そろそろ宮殿か宿に戻らないと駄目なんじゃないですか?」
「あら? もうそんなに経ったの?
まだ、大丈夫だと思ったのだけど。」
「私達はココが宿だから別にいいんだけど、
孫策、貴女達は戻らないと駄目なんじゃないの?
賈詡がまたうるさいわよ。」
「え~、私もココに泊まりたいなぁ~。 駄目? 喜媚ちゃん?」
「駄目です。 そもそも急にそんな事言われても、布団も食事も用意できませんよ。
今用意してるのは、私達と曹操さん達の分だけなんですから。」
「ちぇ~、残念ね。 まぁ、今日はおとなしく帰るわ。
戻ったら賈詡に私達も外に宿をとっていいか聞いてみましょう。」
「雪蓮・・・喜媚殿に迷惑を掛けるのは止めろよ。」
「別に迷惑じゃないわよね?
明命も宮殿の用意された部屋に押し込められるより、
喜媚ちゃんと一緒のほうが楽しくていいわよね?」
「そ、それはその・・・いいんでしょうか、喜媚さま?」
「周泰ちゃんと周喩さんだけ、だったらいつでも歓迎ですよ。」
「なんで私は駄目なのよ!?」
「夜遅くまで、酒盛りとかしそうだからです。」
「ぶ~、喜媚ちゃんは私の扱いが悪くない?」
「私と孫策さんの初対面の時の事をよく思い出してください。」
「まぁ、しょうがないな、あのザマでは。」
「しょうが無いですよね。」
「うぅ・・・皆が冷たい。」


そう言って孫策さんが机に突っ伏す。


「孫策、貴女何やったのよ?」
「別に何もしてないわよ? いつも通りよ。」
「そうだな、いつも通り、仕事をほっぽり出して、逃げ出そうとして、私に捕まって、
髪の毛を引っ張られながら、喜媚殿の前にひきずり連れだされて、
その夜の宴席では、客人である喜媚殿達が席に付く前に、
料理や酒を祭殿と楽しんでいたな。
喜媚殿達を歓迎する宴席なのにもかかわらずな。」
「・・・それは、しょうがないと思うわよ。」
「曹操にまで見捨てられた!?」


場の全ての人に見捨てられ、落ち込む孫策さんだが、
周瑜さんと周泰ちゃんが席を立ち上がり、帰ろうとすると、
まるで親について行く子犬のように、孫策さんも周瑜さん達について行く。
なんかその時の孫策さんはすごくかわいい感じがした。
きっと周瑜さんも、普段の孫策さんもそうだが、
ああいう感じの孫策さんも好きなんだろう。
普段は大人の魅力満載の孫策さんが、あんな子犬みたいに周瑜さんについて回る姿は、
ギャップがあってとても可愛らしい。


「それでは喜媚殿、ご馳走になりました。
また明日来ますが、その時はもしかしたら袁術様も一緒に来るかもしれないので、
その時はよろしくお願いします。」
「あ、はい。 わかりました。」
「喜媚さま、また明日お会いしましょう!」
「周泰ちゃんまたね~。」
「喜媚ちゃんまた明日ね。」
「はい、孫策さんもまた明日。
あんまり周瑜さん達に迷惑かけないでくださいよ。」
「はいはい、程々にしておくわね♪」


こうして孫策さん達が洛陽の宮殿の用意された部屋に帰り、
店には私達と曹操さん達が残った。


「それじゃあ、片付けた後、夕食にしましょうか。」
「そうね、そうして頂戴。」
「あ、喜媚。 今日は『お酒』とおつまみも出してね。
どうせあんたの事だから、持ってきてるんでしょ。」
「アレは私達の分だから、できたら出したくないんだけど・・・」
「いいから出しなさいよ、蜂果水飲んだら久しぶりに飲みたくなったのよ。」
「はいはい。」
「あぁ、あのお酒! 思い出したわ、何本か送ってもらったけど、
まだ製法は教えてもらってなかったわね。
今日こそ聞けるのかしら?」
「そ、その辺はご容赦を、あまりこのお酒は世に出すつもりはないですし、
製法を教えても、材料が曹操さんでは用意できない物があるんですよ。
酵母菌というのですが、コレは私が何年もかかって作り上げたものなので、
よこせと言われて、はいそうですかと言って渡すわけにも・・・」
「そう、技術の結晶というのならば、ただでよこせというのは確かに不条理ね。
じゃあ 『今は』 勘弁してあげるけど、お酒は適期的にちゃんと送って来なさいよ。
代金はちゃんと払うから。」
「は、はい・・・分かりました。」


曹操さんのところにも定期的に送ることになってしまい、
母さんが怒るのが目に浮かぶ・・・なんとか洛陽での生産を確立しないと。

そして結局夕食時に、お酒も一緒に出したのだが、
曹操さん達には今日一日だけで二升ほど飲まれてしまった。
庭で作っている樽はまだ完成まで時間が掛かるし、
なんとか、お湯割りや、熱燗などでかさ増ししたりして、
酔うのを早くして控えてもらい、私達の分を確保しておかないと・・・

この戦でのストレスも有ったのだろうか、桂花はかなりのハイペースで飲んでいた。
この日は夜遅くまで飲んだ桂花が、
寝室で酔っ払った状態で私に絡んでくると言う一幕もあったが、
桂花は酔った時の事も覚えている方なので、
翌朝、私の顔を見た時、桂花はバツの悪そうな表情で、
挨拶だけして、しばらく無言だった。

酔った勢いとはいえ、二人っきりになった途端、
猫が甘えるように頬を擦りつけて来たり、いきなり服を脱いで、
裸で私に抱きついて来たりしたのを覚えていたらしょうがないだろう。


朝食後、戦後処理の会議のために曹操さん達は宮殿に行き、
私もいつものように店の掃除や仕入れ等をしていたのだが、
そんな午前中のある時、店に貂嬋さんが現れた。

貂嬋さんはいつものような覇気は無く、少し気落ちした様子で、
卑弥呼さん達は連れてこずに、一人で私の店に現れた。


「喜媚ちゃんお久しぶりねぇん。」
「貂蝉さんお久しぶりです。」


貂蝉さんを見た従業員の皆や、劉花ちゃんは一瞬身構えたが、
私の知人という事で、とりあえず武器を出すのは止めてもらい、
少し離れた所から様子を窺っている。

私は貂蝉さんにお茶とお菓子を出し、向かいの椅子に座る。
そうすると貂蝉さんは人差し指をくるりと回して、また手を元の位置に戻した。
左慈くんも偶にやるが、周りの人に話を聞かれないようにする術だろう。
と言う事は聞かれたくない話・・・一刀君関係だろうか。


「今日はわざわざどうしたんですか?
なんか元気もないみたいだし・・・やっぱり一刀君の事ですか?」
「えぇ、そうなのよん。
今回の反董卓連合で、連合が負けた事で、
ご主人様の立ち位置が、かなり問題視されていてね。」
「・・・それについては一部、申し訳ないと思いますけど、
私も洛陽や許昌の皆を守るためにやった事ですから、謝りませんよ。
一刀君の事情は知恵袋や原作知識で知っているので気の毒だとは思いますが、
私も洛陽や許昌の皆を守るために、譲るわけにも行かなかったので。」
「私も別に喜媚ちゃんを責めに来たわけじゃないの。
喜媚ちゃんの事情も知ってるから、私にはどうしようもなくてね・・・」
「・・・今回の事は、私も一刀君も巻き込まれたような物ですからね。
張譲や橋瑁が何処かで諦めるか、袁紹さんが張譲達の話に乗らなかったら・・・
一刀君達と董卓さんは、うまくやれたと思うんですが。」
「そうね・・・私も、反董卓連合が始まるまでは、それを期待していたわん。
・・・でも、起きてしまった。」
「・・・えぇ。」
「そこで、ご主人様のこれからの事なんだけど・・・
元の世界に戻そうかという話が出てきてるのよ。」
「戻れるんですか!?」
「悪いけど、喜媚ちゃんは無理よ。」
「いや、さすがに私もここまで来て戻ろうとは思ってませんけど、
一刀君は戻れるんですか・・・」
「えぇ、ある場所に行って、私達の力を使えば戻すことができるわ・・・羨ましい?」
「・・・以前の私ならそう思ったでしょうね。
でも、今はこっちに大切な人達がいますから。」
「そう・・・それはそれで良かったわ。
喜媚ちゃんが、この世界で生きる事を望んでくれて、管理する私達としても嬉しいわ。
・・・それで、ご主人様一人なら私一人だと少しキツイけど、
左慈や于吉、卑弥呼が協力してくれるらしいから四人でなら何の問題も無く戻せるし、
その後の外史の管理活動にも問題はないわ。」
「・・・後は本人が望むかどうかですか。」
「そうね・・だからご主人様を説得する時に、
悪いけど喜媚ちゃんの事を少し話すつもりよ。
この外史の事は喜媚ちゃんに任せて、
ご主人様は、この外史で経験した事を糧にしてもらって、
元の世界でしっかり生きて欲しい、そういう感じで説得するつもりよ。」
「そうですか・・・だけど、よく左慈君が協力する気になりましたね?」
「コレはむしろ左慈が言い出した事なのよ。」
「・・・本当ですか?
何か裏があるとか無いでしょうね?」
「左慈にしてみれば、ご主人様を合法的(?)に排除するいい機会ですもの。
こういう時のあの子のご主人様への執着はかなり強いから・・・」
「なるほど、左慈君らしいですね・・・」
「私達としても、ご主人様が殺されるわけではないし、
このままこの外史にご主人様がいると、誰に利用されるかわからないわ。
それにご主人様が一人で生きるには、色々なモノが足りなさすぎる。
すでに、劉備ちゃん、曹操ちゃん、孫策ちゃんは力を貸さないし、貸せないでしょう。
ご主人様は天の御遣いを名乗ったとして、皇帝陛下から目をつけられている。
わざわざ、陛下に目をつけられるような人材を、
登用しようとは誰も思わないでしょう?
かと言って、このまま放っておいたら、他の誰に利用されるかも分からないし、
むしろ、何処かで野垂れ死にになる可能性が高いわ。
ご主人様は喜媚ちゃんのように、
最低限生きていける武を身につけているわけでは無いし
この世界の常識や旅の仕方をほとんど知らない。
元々部活で剣道をやっている程度では、複数の賊に襲われたらそれで終わりよ。
それに、私もそれは望むところではないわん。」
「・・・そうですね。
私のように十何年もかけてこの世界に慣れて言ったわけでは無いですしね。
劉備さん達にすぐ拾われたようですから、
旅での水や食料、路銀の調達の仕方も覚える暇はなかったでしょうし。」
「私達が一緒にご主人様と旅をして覚えさせる、と言うのも考えられるのだけど、
そうすると数年後、下手をしたら誰かにご主人様の知識を利用されて、
新たな争いの火種になる可能性も高い。
ならば、この外史は喜媚ちゃんに任せて、
ご主人様にはこの外史に渡ってきた元の時間の世界に戻ってもらい、
この外史での経験を糧にして、元の世界で幸せに暮らして欲しい。
私は、そう思っているのよ。」
「そうですか・・・だけどなんでそれをわざわざ私に教えに来たんですか?」
「喜媚ちゃんの事だから、ご主人様の今後の事を心配してると思ってね。」
「・・・そうですね。
気にはなっているんですよ、私が関わったおかげで、
私の知る外史とは流れが変わってしまった・・・
私にできるのは、一刀君の名を、この国に合う偽名に変えてもらって、
私の畑で雇ってあげるくらいしか出来ませんし。」
「それも有りかとも思ったけど、黄巾の乱を経験して、
反董卓連合を経験したご主人様が、これからのこの国の行く末を見ていて、
畑で農作業して満足するかというと・・・ね。
ご主人様は結構正義感が強いと言うか、根が善人だから・・・
だからこそ劉備ちゃんに協力して義勇軍を率いる事になったのだし。」
「そうですね、いつか我慢できなくなって飛び出してしまうかもしれませんし。
なんだかんだ言って彼は善人ですから、困っている人を放っておけない。」
「だったら、喜媚ちゃんの事を話して、
この外史は喜媚ちゃんが、いい方向に持って行こうとしている。
と安心させて、外史に関与できない、元の世界に戻したほうがいいと思ってね。
喜媚ちゃんの事を話せば、政治の中枢にすでに入り込んでいて、
皇帝陛下とも懇意で、今回の反董卓連合を最も流れる血の量が少ない形で収め、
これからも、戦ではない方法でこの国を変えようとしていると話せば、
ご主人様も素直に喜媚ちゃんに後の事を任せて、
元の世界に帰ろうと思ってくれると思うの。
最もすぐには無理だから、しばらく私達と旅をしながら様子を見て、
と言う事になるだろうけど。」


ここで一回貂蝉さんはお茶を口に含み喉を潤す。


「私が言うのも何ですが、一刀君の事、よろしくお願いします。
私も最初は彼に何とかしてもらえばいいや、なんて軽く考えてましたけど、
協ちゃん達を助けた時に、逃れられない選択を突き付けられる立場になって、
賈詡さんや音々ちゃん、董卓さんと政治の話や内政の話、
それに軍事の話をして実際に戦に参加して・・・
実に都合のいい事を彼に押し付けていたんだと実感して、反省もしています。
願わくば、彼が向こうの世界に戻って、この世界での経験を生かして、
充実した人生を送れるように願っています。
私は戻れませんし、もう戻る気もありませんが、
この世界で・・・せめて私の手の届く範囲の人が、
戦のない平和な生活を送れるようにしたいと思いますので、
彼の事、よろしくお願いします。」
「わかったわん、ご主人様の事は私達にまかせて。
喜媚ちゃんは喜媚ちゃんの望むように生きてね。
私達も微力ながら応援してるしサポートもするから。」
「はい、ありがとうございます。」
「じゃあ、私はもう行くわ。
たまには洛陽の私の店にも来てちょうだいね♪」
「そ、その内伺わせてもらいます。」
「じゃあね、喜媚ちゃん。」


貂蝉さんが店から出ていき、
従業員や、劉花ちゃん達はほっとしたような表情で、
みんな床に座り込んでいる。

まぁ、最初に貂蝉さんを見たら、大体皆あんな感じになるだろう。
原作では、あの曹操さんだって、取り乱すくらいだ。

だが、一刀くんのこの先が心配だったが、
貂蝉さん達が一緒なら安心して任せられるだろう。
なんだかんだ言っても、あの人達は 『中身は』 すごく良い人なのだから。


・・・ただ、一緒に旅をしてる間に一刀君が変な趣味に目覚めなければいいのだが。



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六十四話

洛陽




貂蝉さんが帰って、劉花ちゃんや店の皆に色々心配されたが、
あの人の見た目はともかく、中身は良い人だという事と、
昔お世話になった事があるという説明で、皆に納得してもらった。

昼食を食べ午後になり、おやつの支度や、今夜の夕食の材料買い出し、
仕込みの準備をしていると、
いきなり店に金髪の女の子がやって来て私を見つけるなり、
私の胸に飛び込んできて、反射的に抱きしめてしまった。
その後、その娘を追うように次々と女性が何人も店に飛び込んでくる。


「喜媚ぃ~~! 探したのじゃ!!」
「美羽ちゃん!?」


店に最初に飛び込んできたのは美羽ちゃんで、
その後に七乃さん、孫策さん達が入ってきた。


「美羽ちゃんどうしてココに?」
「孫策が昨日、市中で喜媚に会ったという話をしたので、
今日面倒な話が終わった後、すぐに飛んできたのじゃ!」
「すいません喜媚さん美羽様にはもう少し落ち着くように言ったんですけど、
会議が終わった途端、孫策さんを捕まえて飛び出して行きまして・・・」
「私は昨晩、喜媚ちゃんに会ったって話をしただけなんだけど、
夜の内に連れて行けって何度も言って聞かなくて・・・
なんとか今まで待ってもらったんだけど、袁術ちゃんの勢いに押されちゃってね。」
「妾はてっきり喜媚は宮中におると思って、探しまわっておったのじゃぞ?
市中に居るなら居ると教えてくれても良いじゃろう!?」
「美羽ちゃん・・・書簡で、私のお店が洛陽にあるって書いてあったでしょ?
たしか、場所も一緒に書いたはずだよ? 良かったら遊びに来てねって。
・・・・・・七乃さん、探しまわって困り果てる美羽ちゃんが可愛いからって、
ワザと黙ってましたね?」


私が七乃さんの方を見ると、七乃さんはすぐに目を逸らした。


「さ、さぁ? 私も全ての書簡の内容を覚えているわけでもないので。」
「七乃っ!?」
「まったく・・・しょうがないですね。
書簡でも書いてあった通り、ここが私のお店なんだよ。
今はちょっと訳あって店を閉めてるけど、
普段はお茶や軽食、お菓子を出してるんだよ。」
「お菓子とな! この店では喜媚の手作りのお菓子が食べられるのか!?」
「そうだよ、せっかく美羽ちゃんが来てくれたことだし、なにか作ろうか?
ちょうど開店準備で、仕込みを済ませてあるお菓子もあるし、
おやつに皆で食べようと思ってたお菓子もあるから。
七乃さんと孫策さん達もどうですか?」
「良いのですか? ではせっかくですのでご馳走になりましょうか、美羽様。」
「うむ!」
「じゃあ、私達もご馳走になりましょうか♪」
「あまり喜媚殿に迷惑をかけるんじゃないぞ雪蓮?」
「わ、私もいいんですかね?」
「もちろん、周泰ちゃん達も食べていって。」
「ご馳走になります!」


美羽ちゃん達と孫策さん達は別の机に別れて座り、
私は、厨房でおやつように仕込んでおいた、
ホットケーキを焼いて、低温加熱殺菌した牛乳と一緒に出す。


「はい、おまちどうさま。
コレは前美羽ちゃんと一緒に作ったやつよりも、柔らかくてふかふかで甘いよ。」
「おぉぉ~アレよりも更に柔らかくてふかふかで甘いのか!」
「上に乗ってる黄色いバターって言うんだけど、
ソレが溶けてくるから塗り拡げて、蜂蜜をかけて、一口大に切って食べてね。
こんな風に・・・」


私は見本のため、ヘラでバターと蜂蜜を塗り拡げて、
小さめの包丁で切り分けて一口大にして食べて見せる。


「なるほどそうやって食べるのじゃな、どれ・・・・ふぉ!
こ、これはっ!? う~ま~い~の~じゃ~~!」


美羽ちゃんはいきなり椅子の上に立ち上がって叫びだした。
心なしか口から光が溢れだしているような気もする。


「美羽様! はしたないですよ。
それにしても確かに肉まんの皮みたいにふかふかですけど、
甘くておいしいですねぇ。」
「う~ん美味しいけど、お酒には合いそうにないわね、
この白い飲み物はよく合うんだけど。」
「雪蓮様、冥琳様、それは牛の乳ですよ。」
「本当か明命?」
「はい、私も前に喜媚さまにごちそうになったのですが、
牛の乳を軽く熱で温めてから冷ました物のはずですよ。」
「へ~、牛の乳ってこんな味なのね、
この・・・喜媚ちゃんなんていうのこの食べ物?」
「遥か西の方では、ホットケーキ、またはパンケーキって言うそうです。
この国では牛の乳はあまり良い飲み物とはされていませんが、
遥か西や西南の方では一般的な飲み物で、
加工した物も・・・その国で言えば皇帝に当たる人でも普通に口にするそうですよ。
栄養価も高く、新鮮な物なら加熱処理しなくてもそのまま飲めますよ。」
「なるほど、遥か西というと羌や氐のあたりか?」
「そこでもヤギの乳などを飲みますが、私の言う遥か西はもっと向こうですよ。
私もそこから来た行商人の話を又聞きした物を、
何度か実験して食べれるようにしただけですから。」
「なるほど、羌や氐が住んでいる辺りよりも、
遥か西にはまだ大地が広がっているのか。
そういえば昔、張騫と言う者が武帝の命を受けて西方に赴いたと言う話もあったな。
なんでも我々とはまったく違った文化を持つ国を見たとか。」
「そうらしいですよ・・・・今は交通は遮断されていますが、
その当時の記録書などが残っていたり、西方との交流がある董卓さんなどは
結構西の方の事情に詳しくて、経済交流も最初は苦労したみたいですが、
今は少しずつうまく行っているそうですよ。
ですから今、漢の国内で内乱紛いの事なんかしている場合じゃないんですよね。
五胡以外にも、外の世界には色んな人種の人が居るんですから。」
「・・・そうか五胡以外にも・・・そんなに大地は広がっているのか。」


周瑜さんは何かを考えるように顎に手を添えて考えにふけっている。


「喜媚! 難しい話はいいから、コレのおかわりはないのかの?」
「後何枚か焼けますよ、ちょっと待って下さいね。」
「うむ、こんなおいしいものがあるなら、
西の異民族と仲良うするのも良いかもしれぬな!
そして遙か西のもっと美味しい物の作り方を聞いて、喜媚に作ってもらうのじゃ!」
「あらあら美羽様ったら。」


こういうところが美羽ちゃんのすごい所なんだよね。
こだわりが無く純粋だからこそ、本質を突けるというか・・・
本人はただ単純に美味しい物が食べたいだけなんだけど、
そのためには西の異民族と仲良くしようという器の広さがある。
美羽ちゃんも確かに袁家の血筋を引いているのだと確認させられる。

・・・単純に、美味しいお菓子に目が眩んだという可能性も高いのだが。


ひと通り食べ終わった後、
美羽ちゃんが私が普段どんな生活をしているのか気になるというので、
七乃さんと一緒に、厨房の方へ回ってい見たり、
他の部屋を見たりしてすごしていた所で、ふと思い出したのだが、
このままだと、そろそろ曹操さん達が帰ってくる。
曹操さん達がココに宿をとっていると知ったら、
美羽ちゃんも確実に泊まると言い出すだろうし、
そうなったら配下の孫策さんも泊まることになってしまうので、
それはまずいと思った私は、それとなく美羽ちゃんに、
今日は宮殿に帰るように話をする。


「そうだ七乃さん、七乃さん達もお仕事が忙しいから、
そろそろ宮殿に帰らないとまずいんじゃないですか?」
「そうですねぇ・・・あまり外を出歩いていると、
董卓さん・・・と言うか賈詡さんに怒られてしまうので、
そろそろ戻らないとまずいかもしれませんね。」
「そうなんだって美羽ちゃん。
私はココに住んでるから、また明日遊びに来るといいよ。
店は休みだけど美羽ちゃなら、
少しくらいだったらいつ遊びに来ても相手できると思うから。」
「む~もう帰らんとならんのか?
・・・そうじゃ! 妾がココに泊まるというのはどうじゃ!?」
「美羽様!?」
「多分賈詡さんが怒ると思うよ?
そうだな・・・もし賈詡さんを説得できたらその時は私も考えるよ。
美羽ちゃんが泊まるとなったら準備も大変だしね。
今すぐ、というのは流石に無理だよ。」
「よし、本当じゃな?
ならば七乃! すぐに宮殿に戻り、
賈詡に喜媚の家に泊まっていいか聞いてくるのじゃ!」
「はい美羽さま!」


そう言っ美羽ちゃんと七乃さんはすぐにを店出ていった。
後に残された孫策さん達は美羽ちゃん達の行動力と、その速さにあっけに取られ、
机で食後のお茶を飲みながら、彼女達を見送っていた。


「しかし、袁術ちゃんも寿春に居る時とは随分雰囲気が違うのね。」
「そうだな、普段はつまらなさそうに、ぶすっとした表情でいるか、
意地の悪そうな笑みを浮かべて、部下を困らすかどちらかなのだが、
あの様子を見ると本当にただの子供のようだな。」
「アレが私の知る美羽ちゃんなんですけどね。
そんなに寿春では酷いんですか?」
「まぁな、私達も色々と困らされているのだが・・・
おっと、コレは張勲には内緒で頼む。」
「分かってますよ、店での愚痴を他所に漏らしたりしたら、
お客が寄ってこなくなっちゃいます。
良い店の店員は、お客の話は聞くけど口は硬いものですからね。
確か何かでそんなようなことを聞きました。」
「そう言ってくれるとありがたい。
細かくは話せないが・・・まぁ大変なのだ。」
「色々とお疲れ様です。」


そうして私と周瑜さんが話していると、曹操さん達が帰ってきて、
また、昨日のように、曹操さん達と孫策さん達が、色んな情報を交換しながら、
陽が落ちる少し前まで、国政の話などをした後、孫策さん達は宮殿に帰っていった。

夕食を皆で食べている時に、ふと桂花から美羽ちゃんが来たことについて尋ねられた。


「そう言えば、今日袁術が来たんですって?」
「あぁ、来たよ美羽ちゃん。
私を探すために宮殿の中を探しまわってたんだけど、
孫策さんにこの店の事聞いて来たんだって。」
「あの娘・・・相変わらずなのね。」


その話を聞いていた曹操さんが話に加わってくる。


「なに? 貴女、袁術と真名交わしてたの?」
「まぁ、色々有りまして、
文通・・・書簡のやり取りをしていたらいつの間にか好かれまして、
桂花と寿春に言った折に真名を預かったんです。」
「へ~、あの袁術がねぇ。
甘いお菓子で釣ったのかしら。」
「・・・あながち間違いでもないんですけどね。
彼女、家柄や役職の関係で同年代の友人とか、ほとんどいないんですよ。
だから余計に年齢が近くて、話相手にできる私に、
親近感が湧くんじゃないですかね?」
「ウチもそうだけど、袁家に生まれると色々ついて回るでしょうしねぇ。
そういえば、連合の時もあの娘 『喜媚を助けに行くのじゃ!』
と事ある毎に騒いでいたわね。
だから知り合いだとは思っていたけど、真名を交わしていたとは驚きだわ。
麗羽の馬鹿の檄文を真に受けて、
友達を助けに行こうだなんて、なかなか可愛い所あるじゃない。
ただ、領主としてはどうかと思うけど。」
「その辺は彼女にも色々事情あるんですよ。」
「大凡察しはつくわ。」
「それにしても良く今日はおとなしく帰ったわね。
袁術の事だから、泊まっていくくらい言い出しそうな感じだけど?」
「いや、実際言ったんだよ・・・泊まっていくって。
だから賈詡さんに許可もらってきてからならいいよって、
言っておいたから大丈夫だとは思うんだけど。」
「ほんとうに大丈夫なの?」
「賈詡さんも、そう簡単には許可は出さないでしょう。
美羽ちゃんには悪いと思うけど、曹操さん達が居て美羽ちゃんと七乃さんが居て、
そうすると下手すると孫策さん達もこの店に泊まるとなったら、
正直どうなるかわからないから。
人手も足りなくなる可能性もあるし。」
「まぁ、大騒ぎになる可能性は高いわよね・・・確かに来なくていいわ。
夕食や晩酌くらいゆっくりしたいし。
孫策のところの周瑜だけだったらいいのだけど。」
「あら、桂花は喜媚との時間を邪魔されるのが、嫌なだけなんじゃないの?」
「か、華琳様!!」
「事実じゃない、ねぇ、秋蘭?」
「そうですね、夕食後の話し合いの時なども、
上の空・・・とまでは言いませんが、
家事をしている喜媚の事をたまに目で追っていますし。」
「秋蘭まで! 余計な事は言わなくてもいのよ!」
「あらあら、照れた桂花も可愛いらしいわね。
コレはますます、喜媚と一緒に私のモノにしてあげないと。
・・・それにしても周喩ね。
あの褐色の肌は触ったらどんなかんじなのかしらね?
それに気の強そうなあの女が、閨でどんな声で鳴くのかすごく興味がわくわ。
・・・周瑜だけ泊めてあげたらどうかしら?」
「そういう話は食事中には止めてください!」


曹操さんは本当に綺麗な人ならなんでもいいんのかな?
英雄、色を好みすぎじゃないだろうか?


「コ、コホン、だけどいいの喜媚?
賈詡がもし許可を出したら本当に袁術が転がり込んでくるわよ?」
「さっきも言ったけど、そんな簡単に賈詡さんも許可を出したりしないでしょ。
(劉花ちゃんの事もあるし、
本当は曹操さん達だって追い出したいと思っているみたいだし。)」
「だといいけどね・・・」
「そうだ、喜媚。 食後に少し飲みたいから、
あのお酒と何かツマミを作ってくれない?
あとお風呂にも入りたいわ。」
「・・・・曹操さん、ココはあなたの家じゃないんですよ?」
「でもお客じゃない、ちゃんと宿代は払うわよ。
それに貴女、お風呂の開発にウチの真桜を使ってるでしょ?
それを黙認してあげてるんだから、これくらいの要求はしても当然じゃない。」
「・・・ハァ、はいはい、わかりましたよ。
そのかわり又何か李典さんに頼む時は融通効かせてくださいよ。」
「真桜の趣味の範囲で、軍事的な物じゃないなら邪魔しないわよ。
貴女のお陰でウチでもお風呂に入る回数増やしても、
侍女達の負担にならなくなって、
皆がお風呂に入れる様になって感謝してるくらいなんだし。」
「それは良かったです。
お風呂に入ると幸せな気分になれますしね。」
「真桜も変なものばかり作るんじゃなくて、
もっとこういう役に立つモノを作ってくれないかしら?
役に立つものは、すごく役に立つのだけれど、
それ以外の物は本当に、何の役にも立たないのだから困ったものだわ。」
「真桜に好き勝手作らせていたらろくな物を作りませんからね・・・
この間なんか・・・ゴホン、なんでもないわ。」


桂花の顔が急に真っ赤になっているが、いったいどうしたのだろうか?
李典さんに何を作ってもらったのだろうか気になるが、
聞いたらすごい剣幕で怒って来る事が想像できたので聞くのは止めておいた。


こうして今日も一日、皆と穏やかに過ごすことができた。
こんな生活を送っていると、私の目標も実現可能なのではないかと思える。
決して不可能ではない、劉備さんではないが、皆分かり合えると信じられる。
この国の未来を必ず明るいものにしていこうと、改めて心に誓った。



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六十五話

洛陽




曹操さん達が私の家に泊まるようになって三日目、
今日も曹操さん達は朝から宮殿へ出かけていったが、
今回の戦での戦後処理の話し合いが未だうまくいってないらしい。

それというのも、最大勢力でも有り、金銭的にも最も裕福だった、
袁紹さんの勢力が、領地と私財の没収で離脱。
美羽ちゃんは、孫策さんの張譲捕縛による功績で免除され、
これで莫大な戦後の補償費用を、残りのすべての諸侯で分担しなければいけない。
曹操さんも当初から董卓さんと内通していた事と、
情報を提供したことで免除されているが、
彼女の場合、曹操さん主導で戦後補償の話し合いを進め、
他の諸侯と合同で、袁紹さんの元領地を一旦平定しなくてはならない。
曹操さんはこれから精神的にキツイ仕事が待っている。

中には董卓さんに取り入ろうとする者が現れたりすることだろう。
そう言った諸侯には厳正に対処する方針のようだ。

更に、曹操さん主導で連合に参加した諸侯全員で、袁紹さんの領地を平定し、
その後一旦協ちゃんに返上し、その上で、領地運営を誰にさせるのか?
平定時の働きや、自領運営の様子を見て
再度協ちゃんが指定するという運びになっている。

袁紹さん本人は粛々と協ちゃんの裁定を受け入れるつもりのようで、
用意された部屋でおとなしくしているのだが、
その他の袁紹さんの配下の者が素直に受け入れるとは思えない。
中には、独自で勢力を立ち上げるような者も出てくるだろう。
それらの者達を、連合の諸侯達で同士討ちさせる。

コレが賈詡さんの連合を疲弊させるための策だ。
少なくともこの交渉がうまくいかない事で、
最初の段階の連合同士の不和を煽ることには成功している

そしてそんな不毛な話し合いが日々が続くので、曹操さんにしては
珍しく憂鬱な顔をして今日も朝から宮殿に出かけていった。


今回の戦で被害者を多数出したとはいえ、
政治的な視点で見れば最も得をしたのは、もちろん董卓さんの陣営だ。

袁紹さんの持つ莫大な領地に溜め込んだ資産や、私財を、
没収という形で得ることができ、
最大勢力である袁紹さんを自らの手を汚すこと無く、潰すことが出来、
名実共に洛陽では悪政など行なっていないことが証明され、
戦争で使った費用は、連合軍側の諸侯が負担してくれる。
そのため、戦争で散っていった兵達の家族への見舞金などもかなり厚遇され、
少なくとも遺族が路頭に迷うという事は無いようにしている。

更に、没収した私財を元に、まずは董卓領内だけで試験的に行われる、
塩を各城内である程度商用に備蓄し塩の引換券、
いわゆる塩引と呼ばれる手形を発行し、
塩をわざわざ運んで流通させなくても手形を持って城に行けば、
それに応じた塩と交換してくれる手形や、
インフレが起きている状態の五銖銭をきちんと管理し、
領内においては一定の品質管理をし、
偽造には最悪、関係者、一族郎党皆死罪と言うキツイ罰則を設け、
更に銀で作った百倍の価値のある貨幣等を発行する計画の、
初期段階の資金に当てるようだ。
コレらを、董卓領内から徐々に国内でも流通させていき、
重い五銖銭の束を持ち歩かなくてもいいようにし、
商品や金銭の流通等を促し、経済を回していこうと言う狙いである。
コレは長期計画なので、賈詡さんもゆっくり確実にやっていくつもりのようだが、
そのための初動資金として、
袁紹さんの資産や私財を没収できた事は、間違いなく追い風になっているだろう。


こうして賈詡さん達も、汜水関、虎牢関、の復旧工事計画や、
使った武器等の発注等の事務処理に追われ、
忙しい日々を送っている・・・はずなのだが、
彼女は今こうして私の目の前で、竹簡を読みながらお茶を飲んでいる。


「賈詡さん、私が言うのも何だけど、宮殿に戻らなくてもいの?
まだ昼にもなってないのに、こんな所でのんびりしてていいの?」
「だったらあんたがもう一度客将・・・いいえ、
ボクの専属の文官になってボクの仕事手伝いなさいよ。
こっちは昨日の夜も月や音々と一緒に深夜まで仕事してたのよ?
キリが着いた時くらい、ゆっくりしたっていいじゃない。
あと、あの新式の算盤、追加で幾つか作ってちょうだい、費用はこちらで出すから。
ようやくあれを使える者が何人か出てきたわ。
これから更に追加注文すると思うから、そのつもりでいてちょうだい。」
「それはいいけど・・・まぁ、身体を壊さないように気をつけてね。」
「ありがと。 気を使ってくれるなら、
ボクの仕事手伝ってくれたほうが 『はるかに』 いいんだけどね。」
「さすがにそれは・・・劉花ちゃんの件もあるし。」
「わかってるわよ、言ってみただけよ。
あ、それで思い出したけど、あんた、袁術の件どうするの?
劉花様がいるから、できたらココにこれ以上人を集めたくないんだけど。」
「どうしようか・・・正直私もどうしていいものか・・・
断ろうにも曹操さんの事がバレたら、
『曹操は良いのになぜ妾は駄目なのじゃ!』 とか言いそうだし。」
「ボクも昨日は、一応駄目だって言っといたけど、アレはまったく諦めてないわよ。
今日も又ココに来るだろうし、ボクのところにも来るだろうけど、
曹操とココで鉢合わせしようものなら、ボクも断り切れないわよ?
劉花様の事は秘密だから言えないし・・・
今となっては、曹操に市中に宿をとって良いなんて言わなければよかったわ。」
「しょうがないよ。
私もまさか曹操さんが家に泊まるなんて言い出すと思わなかったし。
洛陽にはもっと良い旅館がたくさんあるのに、
なんでわざわざ宿でもないウチを選んだのか。」
「・・・ごまかすのはやめなさい、あんただって察しがついてるんでしょ?」
「まぁ、ね。
私狙いと、最近、桂花に不満がたまってたみたいだから、
それの発散が目的だろうね。」
「あんたもホント厄介事ばかり巻き込まれるわね。」
「昔は普通に農家かココよりも小さなお店で、
のんびりできたらそれでよかったんだけど。
・・・今はそうも言ってられないしね。」
「そうね・・・なんとか反董卓連合は阻止したけど、
ここからは私達文官が、本腰を入れて国内を変えて行かないといけないんだから、
人材はいくら有っても困らないわ、あんた何かいい人材知らない?」
「そうだな~・・・劉備さんとこの諸葛亮ちゃんと鳳統ちゃん辺りは?
一応、将来的に国営の塾を設立する前段階として、
董卓さん運営の塾で講師をしてもらう予定らしいけど、
ある程度、為人を見極めて変な野心を持たないようなら手伝ってもらったら?
彼女達を塾の講師で使い潰すのは正直もったいないよ?」
「ボクはそれほど詳しく話した事はないけど、
黄巾の乱の時の活躍と領地運営を見るに、相当できそうな感じね。
・・・だけど、あそこは本当に運が悪かったわね。
もらった領地が袁紹のすぐ隣で、領内を把握してさぁこれからと言う時に、
連合の檄文ですものね・・・逆らいようがなかったでしょうに。
それに追い打ちを掛けるように天の御遣いだっけ?
アレがまずかったわね、アレがなければ領地没収までせずに済んだのに。」
「言い出した賈詡さんがよく言うよ。」
「仕方ないじゃない、
月の為にも危うい芽は早い内に摘んでおく必要があったんだから。
あの劉備を見て、コイツは早い内に潰さないと、まずい事になると思ったんだもの。
アレは認めたくないけど、月以上に人を引き付ける魅力がある。
だけど細作の調査の報告を見たところだと、まだ主君としての中身が伴ってないから、
今の内に潰して、下手に新興勢力なんか作れられないように、
手の内に置いて飼い慣らしておく必要があるのよ。」
「そういう意図があったんだ。
あの時はいきなり天の御遣いの話なんかしだすから、何事かと思ったよ。」
「今回の連合で、危うい芽はあらかた摘んでおきたかったからね。
ただ、曹操はどうしようもなかったわね、
調査記録と月との面識、どちらか欠けていれば何とかできたのに・・・
あんたが余計な矢文を射ってくれたし!」
「そ、ソレはしょうがないんじゃない?
董卓さんにあの時、曹操さんと面識がないなんて嘘つかせるわけにも行かないし、
そういう娘じゃないでしょ?
だから賈詡さんも董卓さんが好きなんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど・・・っ!?
ボ、ボクは別に曹操みたいに同性愛者じゃないからね!
ちゃんと異性愛者だからそこの所は勘違いしないでよ!!
いい! 私はちゃんと男が好きなんだからね!!」
「え? えぇ? わ、わかったよ、分かりました。」


なぜか異性愛者と言うところを妙に強調してくる賈詡さん。
そんな事、私は言った事もないし、
そんな噂も立ってないのになんでそんなに食いついてきたのだろうか?
確かに賈詡さんと董卓さんは仲が良すぎるくらいに仲が良いが、
彼女達の場合は見てて微笑ましいといった感じだから、
宮中で聞く噂も、実は腹違いの姉妹何じゃないか? とかそんな噂ばかりだし、
それほど気にする必要もないと思うのだが・・・


「まったく、変な事言い出さないでよね!
ボクと月はそんなんじゃないんだから。」
「わかりましたって。」


一度賈詡さんはお茶を飲み、一息つけてから今後の事を話しだす。


「とりあえず、後四~五日中に話が決まらないようだったら、私が介入するわ。
曹操もそれを待っているようだし、それまでには張譲の公開処刑も終えて、
連合の諸侯を洛陽に逗留させておく理由もないしね。
とりあえずそれまでは、何とかして劉花様の事を悟られないようにしなさいよ。」
「わかってるけど、曹操さんは完全に気がついてそうなんだよね。
劉花ちゃんに対して明らかに態度が違うし。
その上で、見逃してると言う感じなんだよ。」
「・・・やっぱり曹操を市中に出したのは失敗だったわね。
だからどうっていう事は無いんだけどね・・・劉花様が『怪我』をしたのは事実だし、
そのせいで政務執行不可能になったのも事実なんだから。
治療先は劉花様の最も信頼出来る者のところで治療していると言えばいい事だし。」
「心の怪我・・・ね。」
「ボク達には想像も出来ないけど、
あの誘拐事件がある前まではかなりご苦労されてたみたいだし。
劉協様からも偶に聞かされるわ。
『姉様は、妾の為に身を粉にして、
妾が安心して生活できるように守ってくれた』 って。
だから今度は自分が、劉花様が幸せに暮らせるように頑張るんですって・・・
皇帝陛下って言ってもそういうところはボク達と変わらないのよね。
・・・・あっ、コレは別に侮辱したとか不敬だとか言うのじゃないわよ?」
「わかってるよ、そんな事いちいち言わないよ。
だけど私もそう思うよ・・・なんだかんだ言っても皇家に生まれただけで、
人としての本質は変わらないって、だから私とも友達になれたし、
洛陽の民を見て幸せに暮らしているって感じるんだよ。
人の心が無くて本当に私達とは違い天人だとでも言うのだったら、
もっと価値観とかが違ってもいいはずだしね。」
「そうね・・・今のこの洛陽、月の領土の状況がこのまま長く続くといいわね。
民が飢えなくて人並な生活が送れて、明るい未来が見えるこの状況が・・・」
「そうだね・・・」


少し、しんみりした所で、私も賈詡さんも無言になる。
しばらくした所で、賈詡さんが残ったお茶を一気に飲み、席を立とうとする。


「さて、ボクはもう行くわ。」
「うん、仕事がんばってね。」
「あんたもね・・・そうだ、曹操達が洛陽を出ていった後、
少しあんたの店で世話になるかもしれないから、部屋の用意しておいて。
ボクも落ち着いた所で少し休みがほしいし、
・・・あ、あんたに話したいこともあるし。」
「ん、わかったよ。 用意しておくよ。」
「じゃ、じゃあね!」


そして賈詡さんは店から出ていったが、
陽の関係だろうか、賈詡さんの顔が少し赤く染まっていたような気がした。

賈詡さんと入れ違いになるように、曹操さん達が帰ってきたのだが、
桂花の様子が明らかにおかしく、不機嫌な様子だった。


「おかえり皆さん、今日は早いんですね。」
「えぇ、今日は昼食を食べてから回ろうと思ってね。
洛陽で出ている食事どころは何店か回ったんだけど、
どこも陳留でも食べられるような料理が多くて、
喜媚のところなら偶に変わった料理が出てくるから、
どうせ食べるなら陳留では食べられないようなものがいいでしょう?」
「そういうものですか?
私は普通に作ってるつもりなんですけどね・・・
ウチの母さんが舌が肥えてる割に飽きっぽいから、
同じ料理を頻繁に出すと文句言うんですよね。
それで作れる料理の品数が増えることになったんですけど。」
「良いお母様じゃない。」
「作る方からしたら良くないですよ、面倒ったらありゃしないし。」
「とにかく昼食を用意してもらえるかしら?
今日は急だったから少しくらい時間がかかってもいいけど、
明日からは毎日ココで昼食を食べるから、そのつもりでいてちょうだい。」
「はいはい、分かりました。」


桂花が不機嫌なのが少し気になったが、
下手に話しかけて地雷を踏むといけないので、
今回は敢えてスルーしようと思ったのだが・・・・


「しかし、さっき賈詡と会った時は面白かったわね秋蘭。」
「そうですね華琳様。
賈詡と桂花はあんなにも合わないものなのですかね?
目が合った瞬間に睨み合って、賈詡が桂花の耳元でなにか言ったかと思ったら、
烈火のごとく怒りだしたのには、私もびっくりしました。」
「私は同族嫌悪だと思うわよ、所々似てるとこあるもの。
ねぇ、桂花? さっき貴女、賈詡に何を言われたの?」
「なんでもありません! ごく個人的な事です。」
「私はそれを聞きたいのだけど?
部下の精神管理も主の仕事の内よ。」
「・・・お答えできかねます。」
「あらら、どうしましょうか秋蘭?」
「そうですね、賈詡殿に聞いても無駄でしょうし、
桂花に答えさせるしか無いのでは無いでしょうか?」


曹操さんも夏侯淵ニヤニヤと笑いながら話しているので、
無理に聞き出そうとは思ってなさそうだが、
桂花をからかう気は満々のようだ。

私は藪を突いて蛇を出すわけにも行かないので、
厨房で何も聞かなかったふりをしながら、料理を作る。


「桂花がアレほど怒るなんて、よっぽどの事よね~、
何が原因だと思う? 秋蘭?」
「そうですね、仕事で男に触れられた時等に嫌な顔をする事がありますが、
女に触れられて嫌な顔をしたということはありませんので、
やはり男関係でしょうか?」
「桂花の周りの男って言ったら、部下の文官か伝令や兵よね、
だけどどれも賈詡とは無関係だわ。
賈詡と桂花、双方に関係ある男と言ったら・・・あの子よねぇ。」
「あの者ですねぇ。」


桂花の表情がこわばってきて、私も心中穏やかではない。
いつ話がこっちに飛び火するかわかったものではない。


「アレかしら? 賈詡は結構喜媚と仲がいいわよね。
確か、連合が組まれる前は頻繁にこの店に出入りしてて、
泊まっていった事も数知れずとか?」
「そのような噂を聞いていますね。
この店には董卓軍の者達が頻繁に出入りしていますが、
その中でも賈詡が最も多く、その次が、同行する陳宮や、
酒を飲みに来る張遼のようですが、
賈詡が圧倒的に多いようです。」
「へ~そうなの? だけど他にも従業員が居るとはいえ、
女が男の所に出入りするなんて、ただ事ではないかもねぇ。」
「・・・くっ!」
「ん? 桂花、何か言いたい事でもあるのか?
あるのならば華琳様に申し上げてみたらどうだ?」
「・・・なにも、ありません!」
「フフフ、案外賈詡も喜媚に・・・・惚れてたりしてね?」
「そうですね、女が男の所に通い詰めるなんて早々あるものではないですから、
しかしそれを受け入れている喜媚も実はまんざらではない・・・それどころか
じつはすでにそういう関係なのでは?」

「そんな事あり得ないわよ!!」

「フフフ♪」 「フフン♪」
「・・・・あ。」


曹操さんと夏侯淵さんい桂花がいいようにからかわれて、
席を立ち上がって、顔が真っ赤になった桂花は座りなおして縮こまっている。


そんな時である、店の中に美羽ちゃんが飛び込んできたと思ったら、
とんでもない事を言い出した。


「喜媚! 賈詡が妾達がココに泊まっても良いと、許可を出してくれたぞ!!」

「・・なんですって! 賈詡め・・あの雌狐、やってくれたわね!!」


美羽ちゃんの第一声に反応したのは、
意外にも桂花で、しかもどうやら賈詡さんに何かされたような物言いだ。
一体彼女達の間で何があったのだろうか・・・




--賈詡--


(フフフ、劉花様の件があったから、
袁術を喜媚の所に泊めるのは危険があったのだけど、
曹操での前例がある限り袁術達に強く出れないわ。
ならばいっそコレを利用して、
荀彧と喜媚が二人っきりになるのを邪魔する事に利用すれば・・・
フフフ、この賈文和、狙った獲物は逃さないし、
荀彧だけにいい思いはさせないわよ!)



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六十六話

洛陽




美羽ちゃんが私の家に飛び込んでくるなり、
いきなり、賈詡さんが美羽ちゃんに私の家に泊まる事を許可したと言い出した。

あ…ありのまま 今、起こった事を話すよ。
私は美羽ちゃんはこの家に泊まるのは止めるように、
賈詡さんに説得してもらっていたと思ったら、
いつの間にか賈詡さん自身が許可を出していた。
な・・・何をいってるのか、わからないと思うけど
私も何を言われたのかわからなかった。

・・・なんて事はないけど、曹操さんの前例がある以上、
いずれこうなる事は避けられなかったか。


「あ、あの美羽ちゃん?
賈詡さんがいいって言っても私の方にも準備とか色々あるんだけど?」
「・・・妾が来ると迷惑なのかや?」


美羽ちゃんが上目で涙目になって私を見つめてくる。
彼女の場合、純粋に自分が拒否されたのではないか?
という思いから来ているから質が悪い。


「あのね、別に美羽ちゃんが迷惑とかそういう話じゃなくてね。
美羽ちゃんが泊まる部屋とか準備できてないし、
食事の用意とかもしないといけないから、今日は諦めてくれないかな?」
「別に妾と七乃は喜媚と同じ部屋で良いぞ?
前一緒に寝たみたいに、また三人で一緒に寝よう!
孫策達は押入れにでも放り込んでおけば良いのじゃ。」
「なんですって!?
どういうことよ喜媚!?」


なんで桂花はこういう時の反応だけは、恐ろしく早いのか。


「・・・桂花、お願いだから 『今は』 少し黙ってて。
後でちゃんと説明するから。」
「・・・ちゃんと私が 『納得』 行くように説明しなさいよ。」
「な、七乃さん、孫策さん達も一緒に泊まるの?」
「本当は私達だけのつもりだったんですけど、
その話をしていた時、たまたま一緒にいた孫策さんが、
『じゃあ私も~。』 といった風に賈詡さんに言い出しまして。
・・・さすがに人数が多すぎましたか?」
「・・・へ、部屋はあるんですけど、
何分、人をそんなに泊めることを想定してないので、
掃除もしてないし、布団もそのままなんですよ。
それに食材もそんなに用意してませんし。」
「のう、喜媚。 駄目なのか?」
「くっ・・・あ、明日、明日ならいいから。
明日には掃除して布団も干して準備しておくから。」
「本当か!? 明日なら喜媚の家に泊まってもいいのか?」
「い、いいよ、そのかわり私と一緒に寝るとかそういうのは駄目だよ。」
「なぜじゃ?」
「な、なんでって言われても・・・ほ、ほら年頃の嫁入り前の女の子が、
男と一緒に寝るなんて駄目でしょ?」
「でも今は桂花、ウチの荀彧と一緒に寝てるわよねぇ?」


曹操さんが面白がって場を引っ掻き回そうとしてきた。


「曹操さんは黙っててください!!」
「なんと! 荀彧は良くて妾は駄目なのか?」
「ソレはその・・・桂花はほら、なんと言うか・・・」


曹操さんがこちらを見てニヤニヤと笑っている。
お茶屋や桂花が軍師になった時の仕返しのつもりだろうか?
それとも単純に場をひっかきまわして楽しんでいるだけなのかわからないが、
あの表情はイラつく・・・・いつか泣かしてやる!


「桂花はその 「私と喜媚は男と女の仲だからいいのよ!」 何言ってんの桂花!」
「こういう事は、はっきりさせたほうがいいのよ!
特に今回は賈詡が絡んでるんだから。」
「あらあら、まぁ♪」
「面白くなっていたわね♪」
「ククッ・・・っと失礼、私は笑ってないぞ?」
「・・・フフフ。」


どうも、何日か前に賈詡さんと個室で話してから、
桂花は賈詡さんを異様に敵視するようになっている。
今回はソレが悪い方向で出たか・・・
桂花は真っ赤になって半分混乱状態になっている。

周りの皆は完全に面白がっているが、劉花ちゃんだけがニコニコと微笑んでいる。
・・・アレはまずい時の笑顔だ、この後が大変そうだ・・・


「・・・・? 男と女の仲とはどういうことじゃ喜媚?」
「どういう事って・・・あの、七乃さん何か上手い説明を・・・」
「美羽様、喜媚さんと荀彧さんは閨房の仲と言うことですよ。」
「なんで七乃さんは、おもいっきり、そのまま言うんですか!?」
「おぉ、そういう事か。
なんじゃ、荀彧は喜媚の子を生むのか。
・・・羨ましいのう、七乃、妾も喜媚の子が欲しいのじゃ!」


美羽ちゃんのこの一言で、場が一瞬で凍りついた。


「・・・七乃さん、美羽ちゃんは普段、
いったいどういう教育を受けているんですか?」
「袁家の女として相応しい教育ですよ♪」
「・・・もういいです。」


桂花も荀桂さんに余計なことを吹きこまれていたが、
美羽ちゃんも袁家の女として、跡継ぎを生むことは、仕事のようなものだ。
その関係で、房事の教育を受けたのだろう。
その内容までは知りたくないが、教育係が七乃さんだ。
美羽ちゃんのためにならない事は教えてないだろうが、
面白がって、ろくな事を教えてない可能性も否定出来ない・・・


「駄目だからね、美羽ちゃん。
家柄や格式と言うものがあるんだから。
袁家のご息女が農家の息子の子を生んだなんてなったら怒られるし、
私が手討ちとかになっちゃう可能性もあるよ?」
「うむぅ、そうか・・・ままならんのう。」
「えっ?」


なんでかわからないが、今回は美羽ちゃんは意外なほど素直に引いてくれた。
七乃さんはこの件に関しては、きちんと教育してくれていたのだろうか?

そんな時七乃さんが私のそばに来て、
美羽ちゃんに聞かれないようにこっそりと話しだす。


(喜媚さん、喜媚さん。)
(何ですか七乃さん?)
(私は美羽様には袁家の娘として、世継ぎを生むというのは大切なお仕事だと、
私と美羽様のご両親とで、何度も何度もしっかり教えてますけど、
具体的にどうするかなどは、まだ早いと思って教えていません。
それと、家柄や格式などについてはご両親から良く注意されてましたので、
それを出されると美羽様も怒られるのが嫌で素直に引いてくれます。
かなり家柄に付いてはしつこく注意されていましたから。
あと、喜媚さんの方でも美羽様から変な誘いを掛けられても、
応じないようにおねがいしますよ。)
(分かってますよ・・・流石に美羽ちゃんをどうこうしようとは思ってませんよ。
今回は桂花がなぜか暴走気味なのでこんな話になりましたが、
私だって、美羽ちゃんや七乃さんと一緒に寝る事だって、
まずい事だという事くらい分かってますから。)
(よろしくおねがいしますね。)
「と、とにかく、泊まるなら明日からにしてね。
ソレまでに部屋を準備しておくから、あと部屋は七乃さんと一緒の部屋だからね。」
「うむ・・・わかったのじゃ。」


美羽ちゃんは少し落ち込んだ様子だが、
一応、明日からなら泊まれると言う事で納得はしてくれたようだ。

それにしても曹操さん達と、美羽ちゃんと孫策さん・・・
一体この店はどうなってしまうんだろうか?


この日、美羽ちゃんは少し私の家で遊んでいった後、
七乃さんに連れられて宮殿まで帰っていったが、
その際にしつこく、 「明日は泊まってもいいんじゃな?」 と念押しされたので、
コレはもう逃げられないだろう。

今日は孫策さん達は来なかったが、
明日から美羽ちゃん達と一緒にこの店に泊まるようなので、
劉花ちゃん周りの警護の人には気をつけてもらい、
向かいの屯所の人員も増やしたほうがいいかもしれない。
その辺は賈詡さんがやっているかも知れないが、
そもそも、なんで賈詡さんは美羽ちゃん達のこの店への逗留を許したんだろうか?
どうも美羽ちゃんや七乃さんからの話を聞いていると、
渋々と言うよりかは、昨日は拒否したのに、
今日はむしろ求められたから許可を出した・・・
いや、率先して許可を出した。と言う印象を受ける。

曹操さん達が冗談で賈詡さんが私を好きだとか言っていたが、
嫌われてはいないと思うが、男と女として好きか?
と言われたら頭を傾げる。
月ちゃん第一主義の賈詡さんが、私を好きになる要素はそんなに多くあっただろうか?
曹操さんが言ったからとはいえ、そう考えるのは私の自意識過剰だろうか?
いくら考えても現段階では答えはでそうにないので、
頭を切り替え、今夜の食事の用意や、明日美羽ちゃん達が泊まる為の準備を進める。


さて、美羽ちゃん達が帰って、私達が夕食の準備や掃除をしていると、
お酒を持った霞さんと華雄さんが店にやってきた。


「お~い 喜媚居るかぁ?」
「邪魔をするぞ。」
「霞さん、華雄さんいらっしゃい。」
「・・・あら? 貴女は虎牢関で騎馬隊を率いていた張遼と、
汜水関を守っていた華雄じゃない?」
「ん? 誰やこの金髪の娘は?」
「こうして対面するのは初めてね、でも私は貴女と会ったことあるのよ?
私は曹孟徳、曹操でいいわよ。」
「ウチは張文遠、張遼でええで。
せやけど、どこで会ったことあるんや?」
「貴女連合の戦が始まるまえに汜水関で見張りをしていた時に、
私に向かって手を振ってきたじゃない。」
「あ~! あの時のおもろい奴らか!
思い出したわ、なるほどあれが曹操やったんか。」


霞さんと曹操さんが話をしている間に、
こちらでは華雄さんと夏侯淵さん達が挨拶をしている。


「私は華雄だ。」
「私は華琳様に使えている、夏侯妙才だ、夏侯淵で結構だ。」
「私は荀文若よ、荀彧でいいわ。」
「あ~っ! このちんまいのが、喜媚がよう言っていた荀彧か!?」
「だ、誰がちんまいのよ!」
「ハハハすまんすまん、しかし噂通りきっつい性格みたいやな。」
「喜媚! あんたどんな話をしたのよ!?」
「別に変な話はしてないよ、許昌でも昔話を幾つかしただけだよ。」
「だったらなんで張遼が、いきなり私の性格をキツイ性格だなんて言うのよ!」
「それは・・・ほら、例の男の子三人組を泣かした話とか色々と。」
「そんな話はしなくてもいいのよ・・・まったく。」
「それで、張遼さんは今日はどんな御用なんですか?」
「おぉ、それや!
ようやく華雄と一緒にココに来る休みを取れたからな、
汜水関や、前やった簡単なものじゃなくて、
今日はちゃんとした真名を交わしたお祝いをちゃんとやろうと思ったんや。
今回はちゃんと酒もツマミも大量に持参してきたで。」
「・・・あんた汜水関で、張遼と真名を交わしたの?」
「まぁ、色々有ってね・・・ってその話はもうしたじゃない。」
「そうだったわね、ふぅん・・・
(この女、張遼も華雄も・・・デカイわね。 これは敵ね!)」
「曹操達が喜媚の店に止まってたのは賈詡から聞いてたんやけど、
どや? 曹操達もウチらの宴会に参加するか?
それとも、汜水関でいいようにやられた、
連合に与していた諸侯としては、おもしろないか?」
「フフフ、そんな軽い挑発に乗るような私じゃないわよ。
でも宴会は面白そうね、参加させてもらうわ。」
「ほな早速、喜媚ぃ~、あのお酒とオツマミ作ってぇ~。」
「・・・ハァ、まぁ、今回はいいですけど、
いつもいつもそんなに簡単に店でお酒が出しませんからね。」
「そうは口でいうても 身体は正直な喜媚だった、っちゅうてな♪」
「何処でそんなセリフ覚えてくるんですか!?」
「ん? この間、立ち読みした艶本でやで。」
「張遼・・・女ならもう少し恥じらいを持て。」
「ふふん♪ そんな事言うてると色々と置いて行かれるで?
賈詡っちも最近怪しいし、何よりココには荀彧がおるんやで?」
「わ、私は武人だ、そんな色恋沙汰など無縁だ!」
「ウチは色恋沙汰なんて言うてないで?」
「くっ・・うるさい!」


何やら霞さんと華雄さんが話しているが、
最近の華雄さんの私に対する態度は少しおかしいので、
そこをからかわれているのだろうか?

二人は、少し大きい机に曹操さん達と一緒に移動し、
昔の武勇や汜水関での戦の時の話に花を咲かせている。

私は急遽、張遼さん達が来た事で、夕食が宴会用の食事に変わってしまったので、
皆と一緒に急いで料理を仕上げて、
ツマミができ次第、霞さん達の机に持っていくのだが、
次々と霞さんが持ってきたお酒とともに消費されていくので、
何時まで経っても料理が終わらない状況だった。


「お~い喜媚、そろそろこっち来いや。
杯三つと例の酒持ってきてな~。」
「はいはい・・・」


一時的に皆に料理を任せて、
霞さんの指示通りに杯三つと私の自作の日本酒を持って、
皆が居る机に移動する。

私も席に座り、杯にお酒を注ぎ、霞さん、華雄さん、私でそれぞれ杯を持って、
それを掲げて乾杯をする。


「それじゃあ、堅苦しい挨拶は抜きや。
ウチらの友誼とこれからも、もっと仲良うなれるように、願い、誓って、乾杯~!」
「「乾杯!」」
「私達も一応祝福させてもらうわ。」
「乾杯。」
「む~・・・かんぱい。」


こうして宴会も進み、酔った霞さんが私に抱きついてきたり、
華雄さんは曹操さんの勧誘を受けたり、
夏侯淵さんは黙々と静かにお酒を楽しみつつ、
曹操さんの器にお酒やツマミが無くなっては補充している。
桂花は、私と霞さんの間に潜り込んで、 『あんたは離れなさい、張遼!』 等と、
私と霞さんの間に椅子を持ってきて座り込んで、
霞さんを警戒している。
劉花ちゃんは桂花とは反対側の私の隣に座り、自分のペースで料理を楽しんでいる。


そして話は汜水関の挑発行為の話になり、
それを止めるために私達がどれほど苦労したかや、
その後、華雄さんに演説させるために、私が影に隠れていたことなどを話して、
私が桂花に叱られたり、その時に霞さんと真名を交換した話や、
さり気なく曹操さんが火薬の話を聞き出そうとしてきたが、
そこは話せないの一点張りで逃げ、宴会は夜まで続いていった。


「なぁ~なぁ~喜媚ぃ~、今日泊まって行ったらあかん?」
「いいですけど部屋は今掃除してある部屋がないので、
いつも賈詡さんが使ってる部屋を華雄さんと使ってくださいよ。」
「え~それやと狭いし~ ウチと喜媚が一緒に寝たらええやん。」
「ダメよ!!」
「張遼! 何を考えているんだ!?
嫁入り前の娘が、は、はしたない!」
「駄目です。 それに部屋には、
ちゃんと寝台は二つありますから普通に一つづつ使えますよ。」
「え~、でもウチと一緒に寝たら、少しくらいなら触ってもええで?」
「張遼さんは魅力的なんですけど、少し恥じらいを持ってくださいね。
女性が素っ裸で居るよりも少し隠したり、
少し恥じらいを持った方が男はグッと来るもんですよ。」
「む~、難しいなぁ。」


皆お酒が入っているので、かなりぶっちゃけた話になっているが、
最近、張遼さんはなぜか私に胸を押し付けてきては、
耳元で、 『当ててるんやで?』 とか言ってきたり、
汜水関や虎牢関でも、今回みたいに一緒に寝ようと言ってくる。
真名を交わしたことで、親しくなったと思うが、その方向性が少々問題があると思う。

私には桂花が居るし、桂花本人がいる前で、
『じゃあ一緒に寝ましょうか♪』 なんて言ったら、
私は明日の朝日は拝めないだろう。


「霞さんはなんで私と一緒に寝たがるんですか・・・まったく。」
「喜媚は抱き心地がええんや、
それにウチが子を生むとしたら今は喜媚の子しか考えられへんしなぁ。」
「「「・・ブフゥっ!?」」」
「ゲホッ ゲホッ ちょ、張遼あんた何言ってるのよ!?」
「そうだぞ! いきなり何を言い出すのだ! 貴様酔っているのか!」
「霞さん・・・異性相手にそんな事言うと、
人によっては冗談ではすみませんよ?」
「え~ほんまやし~。
戦場で一緒に命をかけて、
汜水関で、ウチでも止められへんかった華雄を止めてくれた時、
あぁ、喜媚も見た目はこんなんやけど、男なんやなぁ。 って思うてん。
ウチもそろそろええ年やし、
子供作るなら喜媚の子がええなぁって思ったっておかしないやろ?
ウチ喜媚好っきやし。」
「ダメよ! 駄目! 絶対ダメよ!」
「なんで荀彧がそんなに反対するねん。
ええやん、恋愛は個人の自由で、ウチと喜媚の問題やで?」
「とにかくダメなものは駄目なのよ!!
喜媚が許しても私が許さないわよ!」
「霞さんも酔ってるとは言え少し落ち着いてくださいね。
私を好きと言ってくれるのは嬉しいですけど、
その・・・私は桂花がいますので。」
「喜媚・・・」
「・・・・む。」


桂花が私の方を見て目をギラつかせているが、
華雄さんは何か面白くなさそうな感じだ。


「そんなんどうでもええやん、
正妻は誰になるか後で決めたらええけど何人嫁もろうても問題無いやん。」
「問題あるでしょう・・・私はただの農家の一人息子ですよ?
そんな身分の者が何人も妾や側室侍らせてたら問題あるでしょう・・・」
「あれ? 喜媚知らへんの?
喜媚は今回の戦功や前の件と合わせて、かなり偉い官職貰えるんやで?
それを断ったとしても、かなりの額の報奨金が出たり、
陛下から洛陽での土地を持つ権利や税の免除等かなりの報奨が出て、
そこらの豪族より力が強くなるんやで?
それに皇帝陛下の友人として謁見の間でも、
陛下の横に武器を携帯して立つことが許されとるんやで?
ヘタしたら月っちよりも影響力あるで?
それに西涼の馬騰、名代のあの錦馬超が喜媚に是非お礼をしたいって言って、
馬岱ちゅう娘と一緒に来とるで、
その内、詠から話があるけど、なんでも大層なお礼を用意してるとかなんとか。」
「・・・・報奨なんて初耳ですよ。
それに馬孟起さん帰ってなかったんですね・・・」
「詠が喜媚には何が何でも報奨を受け取らせるって言っとったで。」
「賈詡さぁぁん!!! なんてことしてくれるんですか!?」
「詠は今おらんがな。
ともかく、そんな喜媚やから妾や側室何人侍らしてもだれも文句言わへんで。
むしろ家の娘をどうか娶ってください! って、
これからどんどん見合い話が来るで?」
「・・・賈詡さん・・・なんて事をしてくれたんだ。」


私がそううなだれていると、曹操さんが横から話しかけてきた。


「・・・そう賈詡を責めるものでもないわよ。」
「曹操さん・・・・」
「喜媚、貴方自身が自分をどう評価してるかわからないけど、
今回の戦功や、陛下との信頼関係、董卓軍との繋がり、あと桂花や私、
袁術、孫策との繋がり等を考えても、貴方の立場はすでにただの農民などではなく、
その辺の弱小諸侯よりもはるかに上の権力を持っているのよ?」
「そんな・・・私はただ・・・」
「まぁ、貴方が農家の息子や、この店の店主であることは違いないけど、
この国に対する影響力はある意味、董卓以上なんだから、
そろそろその辺を自覚したほうがいいわよ。」
「そんなぁ・・・・」


霞さんの爆弾発言と共に、私は知らない間に、
とんでもない地位に登りつめてしまったようで、
私の目標である、のんびりした平和な生活からは、
どんどんかけ離れていくのだった。



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六十七話

洛陽




霞さん華雄さん、それに桂花達参加の宴会が終わり、
この日は霞さん達は家に泊まっていったが、
当初言った通り、彼女達には、いつも賈詡さんが使っている部屋を使ってもらった。
しかし、私と一緒に寝たがっていた霞さんが不機嫌なのは理解できるが、
華雄さんまで、私と桂花を見て面白くなさそうな表情をしていたのはなぜだろうか?

私は華雄さんの頬を引っ叩いたり説教したので、
逆に恨まれる位の事は覚悟していたのだが、
どうも華雄さんには、前以上に気を使ってもらっている。


(・・・・まさか華雄さんも桂花と同じくドMな人!?)

「喜媚なに変な顔してるのよ、ほら部屋に入るわよ。」
「あ、うん、今行くよ。」


こうして慌ただしい一日は終わりを迎え、
翌日、朝からいつものように曹操さん達が出かけていった。

そしてこの日は張譲の公開処刑の日だ。
謁見の間で協ちゃんが張譲の処刑を決定してから、
高札が立てられ、処刑台の建設が始まった。
そして先日処刑台が完成し、すべての準備が整ったので、
今日、反董卓連合の主犯の一人として張譲は公開処刑される事になる。

私はそういうものを好き好んで見る趣味はないのだが、
あの戦に参加した者として、戦で散っていった者達の代わりとして、
この処刑を民の目線から見ていた。

張譲は猿轡を掛けられるその瞬間まで、自分勝手な釈明を繰り返し、
最後には斬首台の上に四つん這いに固定され、
兵の手によって首が切り落とされた。

その瞬間、歓喜に沸き立つ民や、ようやくこの戦に結末がついたと安堵する民や兵士。
斬首の瞬間を見て気分を悪くした民や、子供には見せないように目隠しする母親。
無表情で見つめる月ちゃんや賈詡さん達など、
様々な状況だったが、とにかくコレで反董卓連合の件に、
わかりやすい形で一区切り打つ事ができ、
洛陽で暮らす皆にも安心してもらう事が出来たようだ。


そうして張譲の処刑が終わり、宮殿前の広場にはすでに片付けが兵によって開始され、
見に来ていた人達もそれぞれの生活に戻り、
私達も店の開店準備を済ませて、店を営業していた時、
意外な事に賈詡さんがやってきた。


「おはよう、喜媚居る?」
「おはようございます賈詡さん。
どうぞ中に、今お茶を出しますから。」
「悪いわね。」


私は賈詡さんを奥の個室に案内し、お茶を用意して賈詡さんの向かいに座る。


「いいんですかこんな時に来て? 
・・・何か私に緊急の用事ですか・・・って! 思い出した!!
賈詡さん、なんで美羽ちゃん達の逗留を認めたんですか!?」
「その話か・・・しょうがないじゃない、
曹操は認めて袁術を認めないわけには行かないでしょう?
たまたまその逗留場所があんたの店になったという事だけど、
よくよく考えたら、一箇所に集めて見張りを増強したほうが、効率的だし。
それに曹操は劉花様に手を出すつもりはないようだし、
袁術も気がついていないのならば、劉花様の防衛を強化して、
屯所の人員配備を増やして、見張る場所を一箇所にしたほうがいいと思ったのよ。」
「本当ですか? あれだけ劉花様の事がバレるのを心配していた賈詡さんが、
いきなり美羽ちゃん達の逗留を許すなんて、
何か裏があるとしか思えないんですけど。」
「逆に聞くけど何の裏があるのよ?
今は特に各諸侯が洛陽に居るから、警備の人員がギリギリなの。
兵と警備隊では質が違うから、兵を警備隊に回せばいいというものでもないのよ?
一箇所に纏めて警備隊の守備を固められるなら、
そのほうが効率的だと判断したのよ。」
「むぅ・・・」
「聞きたい事はそれだけ?
じゃあこっちの話をさせてもらうわよ?」


なんかいつもの賈詡さんにしては話の持って行き方が、強引な印象を受けるんだよな、
何か隠してそうなんだけど、それが何か皆目検討がつかない。
しょうがないので、この話はここまでにしておくことにした。


「錦馬超、馬孟起どっちかの名前は聞いた事ある?」
「知ってますよ、馬寿成さんの娘さんですよね。
その馬上の武、錦の如き美しさ。 って言う奴ですね。」
「そうそう良く知ってたわね。 だけどその話、馬超本人の前でしないでね。
本人そう呼ばれるのすごく恥ずかしがってるから。」
「分かりました。 で、その馬孟起さんがどうしたんですか?」
「そろそろ宮中も落ち着いてきたし、張譲の件も片がついた。
仕事も一段落ついてきたから、貴方に会わせようと思って。
ほら、馬騰の病気の治療の件、アレでお礼がいいたいそうよ。
なんでもお礼の品も持ってきてるらしいけど、
それらしい物は見当たらなかったし、西涼だから名馬かしらね。
騎馬隊の馬の中には、かなりいい馬が揃っていたから。」
「私が馬をもらっても困るんですけどね・・・
でも、たまには馬で洛陽周辺を駆けるっていうのもいいですね。
昔、訓練の時に馬には乗りましたけど、慣れると気持ちいいモノですし。」
「そうね、それに鞍や鐙もあるし、
無くても乗れたのなら、落馬の心配もそうないでしょう。
だけどアンタ一人で出ていくんじゃないわよ。
必ず屯所の兵に声をかけて護衛を連れて行くのよ。」
「なんで? 私はただの茶店の店主なのに。
それに最近洛陽周辺はかなり安全になったって聞いてるよ?」
「あんた・・・自分の立場を少しは考えなさい!
陛下の最も信頼出来る友人っていうのが、
この国において、どれだけの地位に匹敵するか、よく考えなさい!」
「・・・それ本当なの? 昨日霞さんに、報奨の話と一緒に言われたけど。」
「霞が報奨の話をしたの? なら話は早いわね。
喜媚には陛下や月からかなりの報奨が与えられるから、覚悟しておきなさい。
本当は官職を与えたいんだけど、あんた嫌だし受け取らないでしょ?」
「流石に官職は・・・劉花ちゃんの事もあるし。」
「だから物や金銭になるんだけど、
今あんたが使っている屋敷とは別に別邸を用意するって話があったんだけど、
それだと色々問題があるから、隣の屋敷と繋げて拡張工事をすることになったわ。」
「え? それだと隣の人は?」
「今回の戦の立役者の一人であるあんたの屋敷を拡張するって話したら、
喜んで移ってくれるそうよ。
もちろん転居後の屋敷はそれに相応しい屋敷を用意したし、
転居の費用はこちらで持つわ。
ちょうど宦官達の不動産が余ってて、処理に困ってるのよね。」
「・・・コレ以上家を広くしてどうするの?」
「・・・お風呂が少し狭いと思わない? ソレに酒蔵も作れるし。
ソレにあんたが率いてた黒猫隊?
その構成員が是非、喜媚と劉花様の護衛をしたいって志願してるのよ。
だから、その中から女だけ選んで護衛兼従業員として宿舎が必要だしね。
男の隊員は、向かいの屯所に常駐して護衛をする事になってるわ。」
「お風呂とお酒が本来の目的じゃないの?
まぁ、劉花ちゃんの護衛が増えるのはいいけど、
従業員がそんなに増えてもなぁ・・・この際だから少し事業を拡張しようかな。
紙の生産とか、持ち帰り用のお菓子の販売とか考えていたし。
そうでないと従業員の給金の支払いも困っちゃうし。」
「生活費や護衛要員の経費はこちらで出すわよ?」
「そういうわけにも行かないでしょう。
国内が落ち着いたら兵を退役する人だって出てくるんだから、
その時そのままウチで雇ってあげれたらいいと思わない?」


賈詡さんは一度メガネを外して拭き、かけ直す。


「そうね・・・これからは、未来の事も考えていかなと駄目なのよね。」
「そうそう、戦後処理で今は大変だけど、
コレが終わったらこの国を良い国にしないといけないから、
賈詡さん達はもっと忙しくなるよ。」
「嫌な事言わないでよね・・・でも、今ままでの苦労と比べたらずっといいわね。」
「そうだね、少なくとも国が良くなり民の暮らしも良くなる仕事だからね。
戦争で命の奪い合いする策練るよりよっぽどいいよ。
孫子も言ってるしね。
戦争を起こさなきゃいけない状況になるのは、最悪の策だって。」
「そうね・・・・そうだ、前も言ったけど、
曹操達が帰ったら私が泊まるって話だけど。」
「うん? いいけど、賈詡さんはそんなのお構い無しに、
いっつも泊まりにくるじゃない。」
「普段とは別なのよ、大事な話があるから、あのお酒とお風呂用意しといて。
手間かけて悪いんだけど。」
「了解・・・だけどコレは屋敷増設の時に本当に酒蔵作る羽目になりそうだね。」
「すでに設計段階では酒蔵あるわよ。」
「私の家のはずなのに、私が一切関与してない件について・・・」
「諦めなさい、あんたは劉花様をお預かりしている時点で、
屋敷の防衛上、あんたの希望を受け入れる余裕は殆ど無いのよ。」
「あ、でも厨房は少し広くしてよ、
人が増えるなら、それだけ厨房周りも広くしないと駄目だから。」
「それは大丈夫よ、こっちでも考えてあるから。」
「なら、私からは特に無いよ。」
「じゃあ、そう言う事で。
馬超との正式な面会日が決まったら、また連絡するわ。」
「よろしく、しかし馬か・・・どうしようかな?」
「そんなに難しく考えなくてもいいわよ、
ウチの厩舎で面倒は見てあげるから。」
「その時はお願いするよ。」
「はいはい。 じゃあ私は行くわ。」
「ん、表まで送るよ。」


そして賈詡さんは宮殿に帰っていった。

その後私は美羽ちゃん達が泊まる部屋を皆で掃除したり、
食材を追加で買いに行ったりして過ごしていた。


そんな時、店に居るお客さんの中で、
『店主を呼んでくれ、左慈が来た、と言えば分かる。』
と言って、わざわざ、私の店まで左慈君がやってきた。

その表情はいつも通りだが、どこか今まで有った暗さというか、
鬱屈した感情のようなモノを感じることはなく、
清々しい清涼な風のような雰囲気を醸し出していた。
元がイケメンなだけに、今のこの様子なら街ではモテモテだろう。

私が行くと左慈くんは机を トントン と叩いた。
コレは私に座れ、と言うのと同時に、
周りの人に私達の会話を聞かれないような術を使った証拠だ。


「ほら、コレを受け取れ。」


左慈君はそう言って、机に上に大きな重そうな袋を置くが、
袋から何やら剣のようなものもはみ出しているし、
置いた時の音が、『ガチャリ』 といったので金属類が入っていると思われる。


「左慈君コレ何?」
「ん・・・コレはだな、その、なんというかアレだ。
俺からのプレゼントというか・・・そう、褒美だ! 褒美。」
「・・・褒美?」
「あぁ、あの忌々しい北郷一刀に一泡吹かせてくれたからな。
クックック・・・思い出しただけで胸が空く思いだ。
それをやってくれた貴様への俺からの褒美だ。
全部オマエのモノだ、好きにするといい。
全て売れば、普通に生活するには一生困らない程度の金にはなるはずだし、
中々の宝剣や呪力のある宝石みたいなのもあったな。
どんな効果かは知らんが、まぁ、害は無さそうだったから入れておいた。
心配なようだったら、後日、俺が鑑定してやる。」
「・・・はぁっ!?」
「今日の用事はそれだけだ、じゃあな。
・・・クックック、もう一度、北郷一刀の今の様子でも見てやるか?
くっくっく・・・アハハハハッ!」


そう言っていきなりやってきた左慈君はとんでもないモノを置いて、
言いたいことだけ言って帰っていった。

とりあえず、左慈君が帰った後、従業員の皆に頼んで、
左慈君の持ってきた荷物を、倉庫に片付けてもらった。

後で賈詡さんに頼んで鑑定人に鑑定してもらったら。
無くなったはずのどこぞの王家血筋の家の秘宝や、
一部の地方で逸話になっているような宝剣や短刀。
異民族の間で恐れられてる宝石等、
鑑定人や賈詡さんもびっくりのお宝の山だったそうで、
その後しばらく、私共に是非とも譲って欲しいと言う蒐集家が後を絶たなかった。


午後になり、引き続き掃除等をしていた所で、美羽ちゃん達がやってきた。


「喜媚来たのじゃ!」
「お世話になります。」
「なんで私がこんな目に・・・」
「喜媚殿、こんにちは。」
「お世話になります!」


そこにはなぜかこの世界にあるリュックサックを背負った美羽ちゃんと、
ボストンバックのようなカバンを持った張勲さん、
手ぶらの周瑜さんに周泰ちゃん、
そして、おそらく孫家メンバー全員分の荷物を担いでいる、孫策さんがいた。


「皆さんこんにちは、部屋の準備はもう少しかかるので、
荷物は個室の方にでも置いておいてください。
・・・それで、孫策さんなんでそんなに大量の荷物持ってるんですか?」
「・・・負けたのよ。」
「は?」
「道中でな、明命が喜媚殿に教わった遊びで、
『じゃんけん』 と言うものがあるという話を聞いてな、
雪蓮が負けたものが荷物を全部持つという条件で勝負しようと言い出したので、
やったら見事に雪蓮の一人負けだったのだ。」
「あの、私はすこしは持つといったのですが・・・」
「雪蓮が言い出した勝負だ、遠慮することはないぞ明命。」
「は、はぁ・・・」
「と、とにかく早く荷物を下ろしたいから、喜媚ちゃん個室の扉開けて。」
「あ、はい!」


孫策さん達を連れて個室へと行き、荷物を下ろしてから、
店でお茶を出してゆっくりし貰う。


「それにしてもじゃんけんなんてやるんじゃなかったわ。
勝てそうな予感がしてたのに。」
「そういう勘は雪蓮でも外れるんだな。
今度から、なにかあったらじゃんけんで決める事にしようか?」
「もう二度とやらないわよ!」
「あの・・・一応、皆さんに部屋割りの説明をしたいんですけど、いいですか?」
「あぁ、構わないぞ。」
「美羽ちゃんと七乃さんは一緒の部屋で、孫策さん達は三人で一緒の部屋です。
孫策さん達は三人ですが広い部屋ですし、
寝台も四つほどあるので大丈夫だと思います。」
「わかったわ、無理を言ったのは袁術ちゃんなんだから、
部屋割りはそれでいいわよ。」
「すいません、こっちも曹操さん達もいますし、
従業員の皆も住み込みで働いてもらってるので、
個室を用意はできないもので。」
「無理を言ったのは美羽様なんですから、いいですよ。
それに私も、もともと美羽様と同じ部屋に泊まる予定でしたから。」
「そう言ってもらえると助かります。」
「夕食は曹操さん達やウチの従業員も一緒に食べますが、いいですか?」
「良いわよ、皆で食べたほうが美味しいですもの。」
「私達も大丈夫ですよ。」
「妾は喜媚と一緒に食べるのじゃ!」
「はいはい、喜媚さん机の配置はそのようにお願いできますか?」
「それくらいならいいですよ。」
「では早速、喜媚のお菓子を注文するのじゃ!」
「それは駄目ですよ美羽様、
今お菓子を食べたら夕食が食べられなくなるじゃないですか。」
「む~・・・しかしせっかく喜媚の店に来たのに・・・」
「美羽ちゃん今はお菓子の準備はできてないから、頼まれても作れないよ。
夕食の準備をしているんだから。」
「むぅ・・・じゃあ、あの蜂蜜が入った飲み物を・・・」
「・・・じゃあ、一杯だけですよ。」
「うむ!」
「すいません喜媚さん。」
「これくらいはいいですよ、すぐ作ってきますので。」


とりあえず全員分の蜂果水(スポーツドリンク)を作って、持っていくと、
美羽ちゃんと七乃さん、孫策さん達に別れて、別々の机でくつろいでいる。

みんなに蜂果水を配りながら話を聞いていると、
孫策さん達は、一息ついたら洛陽の町を視察に行くそうで。
美羽ちゃん達はこのまま夕食まで店でのんびりしているそうだ。


その後は話していた通りに孫策さん達は出かけて行き、
美羽ちゃんは七乃さんと一緒に私に付いて回って、
掃除や部屋の準備の様子を眺めたり、
時折、手伝ってくれたりして夕食まで過ごしていた。

夕食の少し前に曹操さん達と、孫策さん達が帰ってきて、皆で夕食となった。


「いただきますなのじゃ!」
「どうぞ、おかわりはあるからゆっくり食べてね。」
「うむ!」


意外なことに美羽ちゃんは、食事の作法はしっかりしていて、綺麗に食べている。
そういうところはきちんと躾されていたのだろう。

私の右横に美羽ちゃん、七乃さんと座り、
左横には桂花、周泰ちゃん、向かえに劉花ちゃんが座り、
曹操さん達は、孫策さん達と何やら色々話している。
時折聞こえる話の内容から、洛陽の事を話しているようだ。


「うむ、喜媚はお菓子も美味いが、料理もうまいの。
妾と一緒に来て専属の調理人にならぬか?」
「ごめんね、私もこのお店のことがあるから、美羽ちゃんと一緒には行けないよ。」
「どうしても駄目かのう?」
「美羽様、あまりしつこく誘うと喜媚さんも困ってしまいますよ。」
「そうか・・・残念じゃのう、じゃあ、菓子職人としてならばどうじゃ?」
「同じじゃない・・・
しばらく私は洛陽を離れる訳にはいかないから駄目だよ、美羽ちゃん。
でも家に来てくれたらいつでもお菓子や料理は出すから、
仕事で来た時は寄っていってね。」
「うむ! 必ず寄るのじゃ!」


孫策さんは美羽ちゃんの事を、
寿春では不機嫌で意地の悪い事を偶にする、と評していたが、
この聞き分けの良さは信頼の証と取っていいのだろうか?
時折、我儘は言うものの、美羽ちゃんは私には聞き分けが良いので助かっている。

桂花の方も美羽ちゃん相手に嫉妬して私の足を踏みつけるという事もなく、
おとなしく食事をし、偶に会話などもして和気藹々と夕食は進んでいく。

そして夕食も終わり、お風呂の準備をしていると。


「喜媚の家には風呂もあるのかえ?
寿春では一緒に入れなんだから、喜媚、一緒に入ろう!」
「「「駄目(よ!)ですよ。」」」
「むぅ・・・三人して言わずともよいではないか。」
「美羽ちゃんは女の子なんだから、男と一緒にお風呂に入るなんて、
結婚した旦那様でもない限り駄目だよ。」
「そうですよ、それにさっき見てきましたけど、
私と一緒に入ったら一杯なっちゃいますよ。」
「そういう事だから諦めなさい。」
「むぅ・・・・」
「お風呂から上がった後に蜂果水を用意しておいてあげるからそれで我慢してね。」
「わかったのじゃ!」


美羽ちゃんには納得してもらえたようで、
七乃さんに言って劉花ちゃんとお付きの侍女さんの次にお風呂に入ってきてもらう。


夕食の片付け等や布団の準備をしながら皆がお風呂に入るのを待ち、
最後に男の私がお風呂に入り、
この日は桂花と一緒に就寝する事にしようとしたのだが、
曹操さんと孫策さんが湯上りに一杯飲みたいと言い出したので、
お酒と水と漬物をだけを用意し、私は桂花と一緒に部屋へと戻っていった。



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六十八話

洛陽




--周泰--


雪蓮さまと冥琳さまと曹操達が食事の時にもしていた、
洛陽の統治についての話を風呂あがりにも軽くして、
夜も深まった所でようやく就寝となり、
私達にあてがわれた部屋に戻り、眠ろうかという時、
雪蓮さまより大事な話があるという事で、
私と冥琳様は、椅子に座り雪蓮様の話を聞く事となった。


「さて大事な話というのは冥琳、貴女も気がついてるわね?
劉花という娘・・・いや劉弁様の事には。」
「あぁ、謁見の間でちゃんと容姿を確認したし、
喜媚殿が陛下から受けている信頼を考えても、
劉弁様を預けるなら喜媚殿だろう。
そしてこの店の従業員は全員かなりの訓練を受けた兵や細作で構成され、
向かいの屯所には常に兵が常駐している。
それにこの店。 ただの店ではなく壁も厚く扉も堅牢、
少しくらいなら籠城する事も容易だろうな。」
「なら決まりね、あの劉花ちゃんが劉弁様。 前皇帝少帝弁様だという事は。」
「そうだな。 噂通り怪我をしている様子はないが、
怪我といっても色々ある・・・心の怪我と言うのもな。
原因まではわからんが、何らかの原因で劉協様に皇帝職を譲ったのだろう。
そして自身は、洛陽で怪我の治療という名目で、この店に住んでいる。
聴きこみでも時折、喜媚殿と二人と護衛を連れて宮殿によく行くそうだ。
おそらく劉協様に会いに行くのだろう。」
「で、私達はどうするのかなのだけど。
どうする? 劉弁様拐っちゃう?」
「最も最悪な愚策だな。」
「そうよね、劉弁様に手を出した時点で、朝敵。 国内全ての諸侯を敵に回すわ。」
「間違い無いだろうな、劉協様と劉弁様の不仲は聞いていないし、
定期的に宮殿に会いに行くくらいだ、相当仲は良いだろう。」
「そ・こ・で、私は考えたんだけど、喜媚ちゃんなんだけど・・・
明命、貴女喜媚ちゃんの子を産まない?」
「・・・・は?」


一瞬、雪蓮様が何を言っているのか分からなかったが、
理解した途端、顔が熱くなるのを感じた。


「な、ななな、何をおっしゃるんですか!?」
「大きな声出さないでよ、皆が起きてちゃうでしょ。」
「雪蓮様がおかしな事を言うからじゃないですか!」
「別におかしな事じゃないわ。
考えても見て、劉弁様・・・この場合劉花ちゃんと言うけど、
あの娘、間違いなく喜媚ちゃんに気があるわよ。
今は荀彧が居るから、抑えてるみたいだけど、
その内、劉協さまが仲を取り持つ事だって考えられる。
その劉協様にしてもそうよ、
謁見の間で陛下の真横に立つ事を許されるような信頼を受けているのよ?
しかも男と女、劉協様本人が喜媚ちゃんを婿に取ってもおかしくないわ。
取らなかったとしても、皇室に対して絶大な影響力を、喜媚ちゃんは持っているし、
冥琳が認めるほどの知もあるし、
武も私達と比べたら駄目だけど、一般の兵よりは強いし病気もなく健康。
喜媚ちゃんの血を孫家に入れられたら、
コレは後の孫家のために、必ずいい方向に進むわ。
劉協様と婚姻すれば、
次期皇帝は禅譲されて喜媚ちゃんになるか、またはその子になるか。
劉花ちゃんでも同じでしょう。
そうしたら孫家に喜媚ちゃんの子がいれば皇帝の血縁になる事ができる。
曹操もおそらく、その事に気がついているから、
荀彧を喜媚ちゃんの所に行かせてるはずよ。
もちろんあの二人の場合、元からそういう仲というのもあるけど、
打算も、もちろんあるはず。
ココで私達が出遅れる事はしたくないわ。
そ・こ・で、明命よ。」
「わ、私ですか!?」
「貴女喜媚ちゃんの事、憎くは思ってないわよね?
アレだけ嬉しそうに話すんだもの。
もちろん明命だけではなく私や、冥琳、蓮華や小蓮も狙っていくわよ。
だけど今一番可能性が高いのは明命、貴女よ。」
「わ、私が・・・?」
「そうよ、少なくとも喜媚ちゃんは明命にはほとんど警戒してないように見える。
喜媚ちゃんも暗愚じゃないから、
明命がどんな仕事をしてるか、察しはついてるかもしれないけど、
それが自分に向くとは思ってないはずよ。
あの子はよくも悪くも自分をただの農家の息子か、店の店主くらいにしか考えてない。
自己評価と出世欲が異様に低いのよ。
だけどそれももうすぐ変わるわ。
謁見の間で皇帝の横に立ったと言う事はそれだけで大きな意味を持つ。
これからあの子の周りにはあの子を取り込もうとする奴らが、
それこそ腐るほど湧いてくるわ。
もちろん董卓や賈詡がそれを許さないでしょうし、
喜媚ちゃん自身、人を見る目もそれなりにあるでしょう。
だから、今の内に喜媚ちゃんと私達の間に、
確固たる信頼関係を築いておく必用があるのよ、
そしてその先に明命か、他の誰かが、喜媚ちゃんの子を産むことが出来れば最高ね。
私は、寿春に帰り袁術を打倒した後、
小蓮を董卓との友好の使者と、
喜媚ちゃんの所に洛陽での勉強と言う名目で送るつもりよ。
幸いなことにシャオは私達の勢力下には名目上入っていない、
ただの孫家の娘と言う立場よ。
友好の使者としてと勉強のために洛陽に来たと言っても、
董卓や賈詡は警戒するでしょうけど、断る理由はない。
それと並行して明命には喜媚ちゃんと是非とも仲良くなってほしいの。
貴女をシャオとの連絡役と言う事で洛陽に派遣できるから、
その間にいろんな意味で・・ね♪」
「・・・・」
「正直、明命がおもしろくないとは思うのは、しょうがないと思ってるわ。
貴女と喜媚ちゃんの友情を利用しようとしてるんですもの。
でも、袁術から呉を取り戻した後、孫家が生き残り、
お母様の夢を実現させるには方法は、今はコレが最短なのよ。」
「・・・」
「明命、今我が孫家は反董卓連合に参加し、張譲を捕縛したという事で、
董卓陣営には一定の繋がりがあるが、袁術を討つと、それがどう転ぶかわからん。
そこで、明命には董卓との繋がりを維持するためにも、
董卓と喜媚殿との友誼は維持してもらわねばならぬし、
深めて貰う必要もある。」
「し、しかし、袁術を討てば、きっと喜媚さまは・・・」
「すごく怒るでしょうね・・・私も正直悩んだのよ。
・・・・だから袁術から領地は奪うが、
命は奪わないことにしたわ・・・
悔しいけど、今袁術ちゃんを討つと、国内での私達の立場はかなり悪くなる。
反董卓連合が失敗に終わり、袁紹は領地没収、袁紹領内では、内乱に近い状態になり、
諸侯は保証費用の工面などで袁紹領内で略奪を繰り返すでしょう。
そうでもしないと、自領の維持すらできない程の保証額を賈詡はふっかけてくる。
賈詡は、コレを機に一気に他の諸侯の弱体化を狙っているわ。
そして、その後に狙われるのは、
袁術を討った直後で地盤が固まっていない私達よ。
だけど董卓と強い繋がりを持つことが出来れば、
董卓と縁の深い私達を叩けば董卓が敵に回る可能性が出てくる。
そうなってくると、近隣の諸侯、特に劉表はウチに手を出せないわ。
だから私達は董卓と友誼を深めつつ地盤を固める時間をかせぐことが重要なの。
そのためのシャオでもあるの、今回の張譲捕縛と、
あの娘を友好の使者・・・悪く言えば人質として洛陽に出す事で、
董卓に叛意は無いと証明し、
一時的な短期間でもいいから同盟に近い状況を作り出して、領内を安定させる。」
「その間にシャオや明命には喜媚ちゃんと色々仲良くなってもらって、
董卓との友好も深めてもらう。」
「・・・・」
「貴女がどうしても嫌だというのなら別の人員を用意するわ、
亞莎辺りでも問題ないでしょう。
あの子は元武官だし、今は軍師見習いでもある、
喜媚ちゃんと話をすればきっと興味を持つはず。」


私以外の者が喜媚さまのお子を・・・?


「・・・っ! や、やります。
私が、やります!」
「亞莎を出しにしたみたいだけど、嫌ならいのよ?
喜媚ちゃんは明命が嫌々抱かれようとしたのならあの子、多分見抜くわよ。
そんな気がする・・・あの子からはなにか不思議な感じを受けるの、
歳相応に見えないと言うか、本当にこの国の国民なのかしら?
劉備の所の本郷一刀に感じた違和感と同じモノを感じるわ。
それでもいけるのね?」
「・・・私がやります。 喜媚さまの事はもともと嫌いでは、
・・・好意は持っていました。
それに他の者にやらせるなら、
もともと喜媚様がす、好きな私がやったほうがいいですから。」
「・・・わかったわ、だけど焦っちゃ駄目よ。
いきなり明日、真名を交換しようとか言うのはダメよ。
明命が本当に真名を交換してもいいと感じた時に交換して、
抱かれてもいいと思った時に抱かれなさい。
無理をしたら喜媚ちゃんは見抜いてくるわよ。」
「分かりました。」
「それで雪蓮、袁術は討たないとすると、どうする?」
「呉には当然置いて置けないから、好きな所に行かせるつもりだけど・・・
十中八九喜媚ちゃんのとこって言うでしょうね、
あの娘が他に頼るとしたらそこしか無い。」
「いいのか?」
「しょうがないでしょう。
逆にそうする事で、私達に対する喜媚ちゃんの印象をよくできるわ。
あの子、袁術ちゃんの境遇に同情していたもの。
歳相応に生きられなかった境遇に・・・
喜媚ちゃんのところなら歳相応の生き方をするでしょう。」
「だが袁術が喜媚殿と通じたらどうする?」
「それは、どうもこうもないでしょう?
私達には選択肢が少ないし、仮に袁術ちゃんが喜媚ちゃんの子を産んでも、
普通に二人の子として育つわよ。
その時の袁術ちゃんは官職も勢力もない状態になる、
今までの情報や、喜媚ちゃんの話から、
あの娘が野心を持って旗揚げすることは考えられないわ。
喜媚ちゃんと仲良く店で働いてたら、それで満足するような娘よ。
あの子には幼さから来る出世欲があるけど、
それは美味しい物がたくさん食べれるようになるとか、その程度よ。
張譲たちのような権力を持ちたいと言う願望じゃないわ。
もちろん将来的にはわからないけど、
その頃には私達は地盤を固め終わった後よ。
袁術ちゃんがでしゃばる隙はないわ。
それに喜媚ちゃんのところなら美味しい物を食べて、
喜媚ちゃんと一緒に働いて偶に怒られてそれであの娘は幸せでしょうよ。」
「・・・そうか。」
「あの子の本質は、権力志向ではなく、日々の幸せや、愛情に飢えているところよ。
それが満たされれば余計な考えは起こさないでしょうし、
張勲も袁術ちゃんが幸せなら余計なことはしないでしょう。」
「ふむ、確かに張勲は袁術に対して異常な執着を見せることがあるが、
基本は姉や母親の様なものだからな、袁術が幸せなら余計なことはすまい。」
「正直、複雑な心境なんだけどね・・・・
今まで、散々嫌がらせを受けてきた相手の幸せを願わなきゃいけないなんて。」
「だがそれが今の我らの状況だ。」
「そうなのよね・・・ハァ、世の中ままならないわね。
願わくばシャオか明命が喜媚ちゃんを骨抜きにしてくれることを願うばかりね。」
「そ、そんな、骨抜きなんて・・・」
「この様子ではなぁ・・・ふむ、明命、少し房事の事を学んでいくと良い。
何も知らぬ娘に仕込むのも男の楽しみというが、
本当に何も知らぬのではそれはそれで困る。」
「そうね、シャオや蓮華には孫家の娘として教育してあるけど、
明命はそういう教育をあまり受けたことはなかったわね。
この際だから、少し勉強していきなさい。」
「え、ええぇぇ~!?」


こうして、この日は深夜まで、雪蓮さまと冥琳さまに房事の事を学んだお陰で、
翌朝、喜媚さまの顔をまともに見ることができませんでした。




--喜媚--


翌朝、周泰ちゃんの様子が変だったが、孫策さんに何か吹きこまれたんだろうか?
・・・それとも・・・まさか昨晩の桂花の声が漏れてた?
周泰ちゃんは隠密だから耳が良いのかもしれない・・・コレは改築案に、
壁をもっと厚くして、防音対策をしてもらうようお願いしておこう。


朝食後、曹操さん達と美羽ちゃん達は、会議のため宮殿に向かい、
私はいつも通りの掃除と開店準備や食事の買い出し等を行う。


そんな時、恋さんが音々ちゃんと一緒にやってきた。


「恋さん、音々ちゃんいらっしゃい。」
「・・・ん。」
「恋殿と一緒にわざわざ来てやったのですぞ!」
「なんかあったの? 音々ちゃんは。
機嫌悪そうだけど。」
「機嫌は悪くないですけど、せっかく恋殿と一緒に休みが取れたのに、
詠の馬鹿たれが余計な仕事押し付けていったのです。
ほら、コレを喜媚に渡すように言われたんですよ。」
「でも、喜媚の所にお菓子食べに来ようとしてた。」
「それでも、休みの日に何か頼まれると嫌なものなのです!」
「はいはい、お疲れ様でしたね。
何か美味しいもの出すから機嫌直して。
とりあえずどこか空いてるとこに座っててよ。」


私は二人にお茶と、後で食べようと思って、
仕込みだけしておいたホットケーキを全部焼いて、
恋さんの前に積み重ねる。


「はいどうぞ。」
「ありがとう。」
「恋殿、音々にも一枚分けて欲しいですぞ。」
「・・・ん。」


そう言って恋さんは五枚ほど音々ちゃんのお皿に積む。


「い、一枚で・・・・恋殿がせっかく分けて下さったんですから、
コレは食べ切らないと!!」
「音々ちゃん無理はやめて、食べられなかったら恋さんに食べてもらいなよ。」


私はそう言いながら椅子に座って、音々ちゃんから預かった書簡を読んでみる。

書簡に書いてあった内容は、
『明日、馬超さんと会う時間を午後に作るから、
昼食食べたら劉花様連れて一緒に来い。』
と言う内容だった、と言うかそう書いてあった。


「賈詡さんも、もう少し書面の書き方というモノが・・・・
まぁ、わかりやすくていいけど。」
「なんて書いてあったんですか?」
「ん? 明日の午後に馬孟起さんに会う予定を作ったから、
ついでに劉花ちゃん連れて宮殿に来いってさ。」
「あ~、なるほど。
馬超は音々も会ったですが・・・変な娘だったのです。」
「変な娘?」
「えぇ、普段はそんなでも無いのですが、喜媚の話をしだすと急に真っ赤になったり、
喜媚がどんな男か聞いてきたり、汜水関での話を聞いてきたりするのですが、
そこに馬岱が茶々を入れるものですから、
顔を真赤にしたと思ったら真っ青になったり、
安心したかと思ったら、涙目になったりと実に見てて面し・・・表情豊かなのです。」
「へ、へぇ~。」


私の知る馬超さんは、確かに感情表現が激しいところはあったけど、
そんな音々ちゃんに不審がられるほどだっただろうか?
まさか私の知らない所でバタフライ効果で馬超さんに何か有ったとか?


その理由を私が知るのは翌日、彼女と出会った時だった。



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六十九話

洛陽




音々ちゃんから賈詡さんの書簡を受け取り、読んだ翌日、
朝から曹操さんと美羽ちゃん達は宮殿に出かけていったが、
曹操さんは店を出る前から、早くもうんざりした様子だ。
話し合いはうまくいっていないのだろう。
賈詡さんが関与するのも時間の問題だろう。

私は午前中は掃除メインに仕事をし、
午後は皆に任せて、護衛を何人か連れお土産を持って劉花ちゃんと宮殿に向かった。


宮殿に着いた後、まず、劉花ちゃんを協ちゃんの所へと連れて行き、
協ちゃんに差し入れのお菓子を渡し、少し談笑した後、賈詡さんの所へ向かう。




--劉協--


今妾は部屋の侍女を全員外に出し、姉様と二人っきりで話会っている。


「姉様、喜媚とはうまく言っておるか?」
「それがなかなかねぇ・・・今は荀彧さんが居るから・・・」
「そんな事では駄目だぞ姉様!
荀彧など蹴飛ばして、妾か姉様が喜媚と結婚するのじゃからどんどん押していかぬと!
それに荀彧に子でもできたらどんどん立場が悪うなる。
姉様にはなんとしても喜媚と懇ろになってもらって、妾も一緒に娶ってもらわねば!」
「でも劉協、そんな事をしたら喜媚様が皇帝の夫になるなんて事になってしまうわよ。
それは喜媚様も望まないでしょう?」
「その時は董卓にでも禅譲すれば良いのじゃ!」
「良いのじゃ・・・って。」
「まぁ、それは冗談じゃ。
だが妾は姉様には幸せになってもらいたい。
そのためにも喜媚を決して離してはならぬぞ?
何かあったら妾に言うのじゃ、妾にできることならなんでもするからの。」
「ありがとう劉協。」
「なぁに、姉様が気にすることではない。
最悪、妾が勅を出して妾が喜媚と結婚して姉様を側室にしてしまえば良い。」
「・・・・劉協。」
「じょ、冗談じゃ・・・・半分くらい。」


今の姉様は本当に怒った時の姉様じゃ・・・
姉様はニコニコと笑っておるのに妾の体は恐怖しか感じぬ。


「・・・怒るわよ。」
「じゃ、じゃがそうでもせぬと姉様は奥手すぎるから、
事が進まぬではないか!」
「でも、無理矢理そういう事をするのはダメよ。
私もなんとか頑張るから。」
「う、うむ。」




--喜媚--


(ゾクッ・・・な、何か私の知らない所で凄い事が計画されるような気が・・・)


私が賈詡さんの執務室に向かって移動している時に、妙な悪寒を感じた。

そうしている間にも賈詡さんの執務室に着いたので、
外から賈詡さんを呼び、返事があったので部屋の中に入る。

部屋の中には所狭しと竹簡が積まれ、壁には私が前書いた国の地図が貼られており、
所々に赤い羽根のついた針が刺されていたり、
メモ書きのような紙が針で固定されている。
賈詡さんの机の上も数多くの竹簡が積まれており、
賈詡さんの頭が少し見えるだけの状態だ。


「やっときたわね、馬超の方は客室でもう待ってもらってるわ。
喜媚の準備ができてるなら、すぐにでも向かいたいのだけど、大丈夫?」
「会って話をするだけでしょ?
だったら大丈夫だよ。」
「そう、だったら行きましょう。」


こうして私と賈詡さんは部屋から出て、馬超さん達の待つ客室へと向かう。
その途中で賈詡さんが話しかけてきた。


「前からボクが話していた、曹操達が帰った後、
あんたと大事な話があるって言う話は覚えている?」
「覚えてるよ、だからっていって、今から何かするこ事は無いけど、
ちゃんと、その時用のお酒も確保してあるよ。
隠しておかないと、曹操さんや孫策さんに飲まれちゃいそうだし。」
「そう・・・ならいいの。
それと今日、馬超と会った後、月の顔も見ていってあげて。
あの娘、あんたに会うの楽しみにしてたから。」
「私も董卓さんには会うつもりだったし、お土産のお菓子も用意してきたよ。」
「そう、ありがとう。 月も喜ぶわ。」
「・・・着いたわね、この部屋よ。
失礼するわよ。」


そう言うと、賈詡さんは扉を開けて中に入り、私も一緒に中に入ると、
そこには馬超さんと馬岱ちゃんが椅子に座ってお茶を飲みながら待っていた。


「馬超、あんたの希望通り、胡喜媚を連れてきたわよ。」
「・・・へ? この娘が胡喜媚・・・殿?」
「そうよ、前に見た目は女に見えるって教えといたでしょ。」
「はじめまして、胡喜媚と申します。
私を呼ぶ時は喜媚と呼んでくれて構いませんので。」
「あ、は、はじめまして! 馬孟起です、馬超で結構です。」
「わたしは馬岱です! よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします。」
「あ、あの大変失礼な事を聞くかもしれませんが・・・本当に男ですか?」
「そうですよ・・・・少々事情が有って、
と言うか、親の歪んだ教育の所為だと思ってください。
私が望んでこの格好をしているわけでもありませんし、
同性愛者でもありませんので。」
「そ、そうですか・・・失礼しました。」
「お姉様! その前に先にお礼を言わないと駄目でしょ!」
「あ、そうだった!
この度は、母、馬寿成の為に医師を派遣していただきありがとうございました!
お陰で母は日々健康を取り戻し、今では無理をしなければ、
普通に日常生活を送れるようになるまで回復しました。」
「叔母様、皆が見てないと、
武器を持ち出して、訓練場に現れて訓練するくらい元気になったんだよ!
『体が鈍るわ!』 とかいい出して。
ありがとう! おね・・喜媚ちゃん!」


馬岱ちゃん今間違いなく、私の事お姉ちゃんって呼ぼうとしたね。
やっぱり初対面の人にはまだ、私は女に見えるのか・・・


「私は董卓さんから聞いて、華佗に診てもらうようにお願いしただけだから、
そんなに大したことはしてないよ。
だからそこまで感謝されるようなことはないですよ。」
「いいえ! 華佗が言うには自分の医療知識だけでは対処療法はできても、
治療は出来なかったそうなんだ。
喜媚殿がら授かった知識がなければ、絶対に治療は不可能だったらしい、
だから母さんも華佗を派遣してくれた、
喜媚殿には、最大のお礼をしないと行けないって言ってて・・・」
「私はそこまでしてもらわなくてもいいですよ、
大体、直接治療した華佗はどうしたんですか?」
「華佗には旅をするための金子が欲しいと言うことだったから、
母さんが相応しい額の金子を支払おうとしたんだけど、
あんまりたくさん貰うと邪魔だからと言って、銀で幾らか貰ったそうなんだ。
後、護身用にウチの家に伝わる短刀をもらってたかな?
しゅじゅつ? するのに丁度いいとか言って喜んでたよ。」
「そうですか。 (じゃあ、私にあまり無茶なお礼を渡しては来ないだろうな。)」
「それに華佗くんは、もう大事な人が居るみたいだったしね!
卑弥呼さんって言ったっけ? たんぽぽにはちょっと理解できないけど、
そういうのも有りだとたんぽぽは思うよ。」
「? 話がよく見えないんだけど?」
「実は喜媚ちゃんへのお礼は・・・
「ば、馬鹿! 蒲公英黙ってろ!」 ・・・モガー!!」


馬岱ちゃんが私へのお礼の内容を言おうとした途端、
馬超さんが、馬岱ちゃんの口を塞いで、取り押さえようとする。


「貴女達、一応ここは陛下がお住みになる宮殿で、
貴女達は喜媚にお礼をしに来たんでしょ?
もう少しおとなしくしてもらえるかしら?」
「ご、ごめん、蒲公英が余計な事を言おうとするから。」
「・・・ふぅ、余計な事じゃないよ、大事な事じゃない。
実は、喜媚ちゃんへのお礼は・・・その前に喜媚ちゃんって独身?」
「へ? ・・・一応独身ですけど?」
「じゃあ、良かった! 喜媚ちゃんへのお礼は・・・私かお姉様なんだ!」

「「・・・はぁ?」」


私と賈詡さんは馬岱ちゃんが一瞬何を言ったのか分からなかったが、
徐々に理解をしていく・・・つまり・・・


「喜媚ちゃんが独身だった場合、
私かお姉様、どちらか気に入った方を、
お嫁さんとして娶ってもらっうって言う事だよ。
既婚者だった場合は側室になるんだけど、独身だから正妻で大丈夫だよね!」
「ダメよ!!」
「賈詡さん!?」


私が何か反論を言おうと考えて口に出そうとしたら、
横から賈詡さんが、いきなり口を挟んできた。


「なんで賈詡さんがそこで出てくるの?
もしかして賈詡さんと喜媚ちゃん、婚約でもしてた?
でも真名でも呼んでないみたいだしそれはないよね!」
「と、とにかく駄目! それはダメよ!」
「な、ほら、喜媚殿も駄目って言ってるから蒲公英、ここは別の案で・・・」
「喜媚ちゃんは駄目って言ってないよお姉様。」
「え、ええっと・・・いきなりはその、流石にちょっと困るんですけど。」
「喜媚! もっとはっきり言ってやんなさいよ! 」
「あ、うん、流石に二人のどちらかをお嫁さんに貰うのはちょっと・・・
まだお互いの事よく知らないし。」


私もいきなりの展開で、自分が何を言っているかわからないが、
とにかく、ここで二人の内どちらかと婚約とかになったら・・・私が桂花に殺される。


「う~ん確かにそうかもね、お互いの事をもっとよく知る必要があるよね。
私達二人共一緒に嫁入りと、側室に迎えてもらうと言う話もあったんだけど。」
「あ、あの! ちょっといいかな?
そもそも、なんでそんな話になったの?
ちょっと話がおかしいよね?」
「それは叔母様の命を救ってくれたんだから、
それ以上のお返しをする必要があるんだけど、
叔母様は流石に嫁入りできないから、代わりお姉様かたんぽぽのどちらか、
もしくは両方を娶ってもらうって話になって。」
「ちょっと待ちなさいよ! 治療した華佗は金子と宝刀で済ませたのに、
なんで喜媚は婚姻なのよ! おかしいじゃない!?」


そう言うと馬岱ちゃんは賈詡さんの方を向いて、
人差し指を立てて左右に動かす。


「ちっちっち、その辺は賈詡さんのほうが良くわかってるんじゃない?
私達、馬一族は漢室、皇帝陛下に忠誠を誓ってるよね?
その陛下の生命を救ってくれて、国を救ってくれて、叔母様の命も救ってくれた。
更に今回の反董卓連合での働きは、将官としても申し分無し。
そんな喜媚ちゃんに、
ウチの一族から嫁を出して漢室と董卓軍との友誼を図ろうっていうのが、
ぶっちゃけた理由なんだ。」
「・・・・あんたぶっちゃけ過ぎよ。」
「でも隠し事するよりはいいでしょ?
私達、馬一族は陛下と董卓様に忠誠を誓う。
今回の婚姻の話は喜媚ちゃんへの恩返しもあるけど、
私達一族と、董卓様、劉協陛下、この繋がりをより強固にする事が目的なの。
・・・というのが叔母様が言っていた理由です!
ココに叔母様の書簡もあるよ。」
「・・・・っく!」
「あ、あの私はただの農家の一人息子なんですけど?」
「あんたはすでに洛陽において、上から数えたほうが早いくらい有力な豪族なのよ!
いい加減理解しなさい!!」
「・・・あ、あぅ。 いきなりそんな事になっても・・・」
「そういうモノなのよ!!」
「とにかく私も、そこで固まってるお姉様も手ぶらじゃ帰れないし、
必要なら董卓軍に出向してもいいと言われているんだ。
喜媚ちゃんも、お姉様もこの様子だと、決められなさそうだから、
しばらく私達を董卓軍に出向させるという事で手を打たない?」
「うぐぐ・・・・」
「賈詡さん、今董卓軍と馬騰さんのとこはどういう関係になってるの?」
「・・・・この間の書簡では連合に勝利した時点で、
馬騰は私達の配下になるのよ、条件付きだけどね。」
「その条件って?」
「陛下の安否の確認、洛陽での善政の確認、
それと馬騰がこのまま鎮西将軍として涼州に収まり、
西の守りをこのまま請け負う事よ・・・・あと喜媚と馬超の面会。
馬騰に西の守りを任せる事は問題ないの、
ウチのやり方を受け入れてくれるそうだから、
羌や氐との経済交流も行なっていくそうよ。
だ・け・ど、喜媚との婚姻は認められないわよ!」
「それは喜媚ちゃんが決めることでしょ?
賈詡さんには関係ないと、たんぽぽは思うな~。」
「・・・っく、この小悪魔娘が!」
「とにかく、私達はしばらく董卓軍に身を置いて、洛陽に住むことになるから、
喜媚ちゃんともこれからお互いの事をよく知ってもらって、
お姉様かたんぽぽ、どっちを娶るか決めてね♪
たんぽぽは両方がおすすめかな♪」
「・・・・・・あ、あはは。
(コレは隠すわけにも行かないし・・・
今夜、桂花に殺されるかもしれない・・・・)」
「・・・・・っは!
た、蒲公英! どうなった!?」
「お姉さまが真っ赤になって固まってる間に、あらかた話し終わったよ。
私とお姉様はこのまま董卓軍に出向して、
その間に喜媚ちゃんと仲良くなるためにがんばろうね。」
「・・・じゃあ、私のよ、嫁入りは・・・?」
「お互いの事を知るために一時保留~。
ンフフ、どうやら敵は多いみたいだから、気合をしっかり入れていかないとね♪」
「・・・せいぜいあんたらをこき使ってやるわよ!」
「や~ん、たんぽぽこわ~い♪」


そう言いながら馬岱ちゃんは私の腕にしがみついてくる。


「こ、こらっ! たんぽぽ!」
「だってぇ~賈詡さんが怖いんですもの~。」
「くっ・・・・あんた達離れなさい、話はとりあえず終わったんだから離れなさい!」
この後、喜媚は月に会う用事があるんだから!」
「もぅ、しょうがないなぁ・・・」


そう言って馬岱ちゃんは私から離れる。


「さぁ・・・行くわよ喜媚。」
「は、はい!!」


この時の賈詡さんの私を呼ぶ声は、
いつか聞いた桂花の地獄の底から聞こえてくるような声とそっくりだった。
私はそんな賈詡さんに逆らう事など出来ずに、
部屋から出ていく賈詡さんにおとなしくついていくのだった。


「ンフフ、楽しくなりそう♪ ね、お姉様?」
「わ、私は楽しくなんか無いぞ!
それにもしかしたら、あの喜媚殿と、その・・・・うぅ。」
「お姉様真っ赤になって、可愛い~♪」
「う、うるさい!!」




--袁紹--


私は今、陛下からの御沙汰を受けた後、
用意された部屋に、文醜さんと顔良さんと共に部屋で謹慎をしている。

何が悪かったのだろうか?
・・・そんな事は明確ですわ、私が何進様暗殺事件の時に、張譲の口車に乗り、
その後来た橋瑁と、二人の口車に乗せられ、愚かにも陛下に弓を引いた事ですわ。

それでも・・・それがわかっていてもこう呟かざるをえない・・・


「・・・何がいけなかったのでしょうね。」
「姫は悪くねーよ! あのバカ共が姫を騙すような事をしたから!」
「・・・」
「いいのよ文醜さん。 あの二人がどんな事を言ったとしても、
最終的に口車に乗ってしまったのは私ですもの・・・
名門袁家の者が陛下に弓を引くだなんて・・・
ご先祖様や、お父様達になんて言っていいか。」
「袁紹様あまりご自分を責めないでください、
止められなかった私達にも責任はあるのですから・・・」
「いいえ、全ては主君たる私の責任ですわ・・・
領地や官職、私財まで没収されこれからどうしたらいいのか・・・」
「姫、一からやり直せばいいっすよ!」
「そうですよ袁紹様、幸い董卓様は、
最低限の旅費と旅に必要な道具などは用意してくれるそうですし、
どこか遠くの・・・交州当たりででもやり直しましょう!」
「斗詩の言うとおりだぜ姫!
そして今度こそ董卓を見返してやろうぜ!」
「文ちゃん! 董卓さんを見返すのはいいけど、
武力では駄目だよ、領地を大きくして洛陽を越えるくらい大きい都市を作って、
それで見返さないと。」
「え~そんなのまどろっこしくないか?」
「今の董卓さんを攻めたら、また反董卓連合の二の舞でしょ!!」


董卓を見返してやる・・・か・・・確かに名門袁家の者として、
このまま負けっぱなしでは、ご先祖様に顔向け出来ませんわ。
何らかの形で董卓さんを見返してやらないと!


「文醜さん、顔良さん・・・いいえ、猪々子さん、斗詩さん、
私に・・・付いてきてくれますか?」
「「はい! れ、麗羽様!!」」
「フフフ・・・それならば、
あんなしみったれた城等董卓さんにくれてやりますわ!
私は交州で新しい、私の王国を作るのですわ!!」
「その意気です! 麗羽様!!」 「どこまでもついていきます、麗羽様!!」
「私は必ずこの洛陽以上の都市を作って、董卓さんを見返してやるのですわ!!
オーッホッホッホッホ!!」
「やってやるぜ!」 「頑張りましょう!」


こうして、私達は陛下の御沙汰通りに、全ての物を董卓さんにくれてやり、
新たな目標に向かって突き進むの事にしたのですわ。



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七十話

洛陽




馬超さん達との面会で予想外の展開になった後、
私は、董卓さんの執務室へ、賈詡さんと一緒に向かった。


「月~入るわよ~。」
「ど~ぞ~。」


董卓さんの執務室に賈詡さんに続いて入ると、
賈詡さんの部屋よりは少ないが、竹簡が机の上に所狭しと置かれ、
董卓さんが竹簡に埋まっているような状況になっている。


「何、詠ちゃん・・・またお仕事?」
「今日は違うわよ、喜媚が来たから連れてきたのよ。」
「董卓さんこんにちは、お土産持ってきたよ。
仕事で頭を使った時には甘いモノがいいと思って、甘いお菓子。」
「わぁ、ありがとうございます♪」
「ボクはお茶を持ってこさせるわ。」


そう言って賈詡さんが、近くで仕事をしていた女性の文官に、
お茶を持ってくるように指示を出す。


「お久しぶりですね、喜媚さん。」
お久しぶりって董卓さん・・・前に私が来たのは二日前だよ。」
「あれ、そうでしたか? 何か十日ほど会ってないような気がします。」
「董卓さんはどうしても仕事が多くなるから、
仕事に追われて時間間隔が少し、私達とずれてるのかもね。」
「そうですか・・・へぅ、なんか私だけ、先に老けちゃいそうな感じです。」
「流石にそういう事はないけど・・・」
「今はどうしても戦後処理で忙しいからね、
月には悪いんだけど、月の決裁を貰わないと進まない工事とかあるから。」
「ううん、それはいいの。
でも、こうして私が忙しいのは、
その分、この領土や国が良くなっているって言うことだもんね。
書簡にも、治水工事とか農地拡張工事とか道の補修とか、そういうのが多いから、
戦の前みたいに武器や防具の発注とかそういう書類は前より少ないし。
・・・でも遺族への慰労金の書簡とか見ると、
ちょっと悲しい気持ちになっちゃうな・・・」
「月は悪くないわよ! 悪いのは難癖つけて攻めてきたアイツらなんだから。
慰労金も家族が困らないように、多めに出してるし、
連合の奴らから、ふんだくってやるわよ。」
「フフ、慰労金の方はともかく、連合の方はあんまりやり過ぎないようにね。
それでまた攻められたら、元も子もないんだから。」
「わかってるわよ、その辺の手綱はしっかり握っておくわよ。」
「さて、仕事の話はこれくらいにして、なにか違う話をしようか?」
「そうですね・・・喜媚さんは何か面白いことでも有りましたか?」
「面白くはないんだけど・・・董卓さんも知ってるかもしれないけど、
今、家に曹操さんや袁術ちゃん達が来ててね・・・」


私は、曹操さんや美羽ちゃん、孫策さんが家の店で好き放題する様や、
それでも曹操さんと孫策さんが(一見)仲良さそうに話している様子や、
美羽ちゃんが私の手伝いと言って料理に挑戦する話や
霞さんと華雄さんが来て汜水関では出来なかった、
真名を交わしたお祝いの席の話等をした。


「そうですか、私も霞さんから聞いていましたけど、真名を・・・
そうだ、いい機会かもしれないですね、喜媚さん。
私とも真名を交わしませんか?」
「え? 董卓さんと。」
「はい! 喜媚さんには、今まで色々お世話になってますし、
今回の戦でも私達を助けて下さいましたし、華雄さんの件も感謝しています。
それに個人的にも・・・ゴニョゴニョ・・・
わ、私も喜媚さんと真名を交わしたいと思ってたんですけど、
忙しくて、なかなか時間が取れなくて・・・
そこで、今日はせっかく話題に出ていい機会なので・・・どうですか?」


そう言って董卓さんは上目遣いで不安げな表情で私を見てくる。
やめて董卓さん、董卓さんのそれはただ、可愛いだけだから!


「私は光栄だけど・・・董卓さんはいいの?
私は 「はい、そこまで。」 賈詡さん?」 「詠ちゃん?」
「喜媚が農家の息子とか真名がないとか月も知ってるし、
あんたはもう農家の息子じゃなくて、洛陽屈指の豪族でしょ?
おまけに皇帝陛下にいつでも好きな時に会える許可まで持ってる。
そんなあんたが、ただの農家の息子のはずないでしょ!」
「うぅ・・・私はごくごく普通の、農家の息子でいたかったのに。」
「私も地方でお父さまから継いだ、小さい領主で良かったんですけど・・・」
「互い苦労するね・・・」
「そうですね・・・」


そうしてお互いの顔を見ながら、二人で軽い溜息を吐く。


「・・・董卓さんが良かったら、
ありがたく真名を交換・・・はできないけど呼ばせてもらうよ。」
「はい! 私の真名は 『月』 です。
これからは私を呼ぶ時は月でお願いします。
・・・一応、私が殿方に真名を預けるのは、
父や親族以外では喜媚さんが初めてなんですよ? ・・・へぅ。」


そう言って月ちゃんは恥ずかしそうに俯いてこちらをチラチラと見てくる。


「うっ、あ、有り難く呼ばせてもらうよ。」
「フフ、お願いしますね?
詠ちゃんは・・・喜媚さんと真名交換しないの?」
「え? ボ、ボクはその・・・
こ、今度、喜媚と二人で飲む時に交換しようと思って・・・」
「え~! ずるいよ! 私は喜媚さんの家に、まだそんなに行った事無いのに!」
「ボ、ボクは仕事とかで行く事が多いだけで・・・」
「でもずるいよぅ・・・」


董卓・・・月ちゃんは上目+涙目で賈詡さんを睨むが、
その睨みは・・・威圧感と言うよりも、
相変わらず、ただ可愛いだけだよ・・・月ちゃん。


「・・・・うぅ、わ、分かった。 分かったわよ!
近い内に月の休みを調整して喜媚の家に遊びにいけるようにするから。」
「本当!? ありがとう詠ちゃん!」
「はぁ・・・でも、月もその分仕事がんばってね、ボクも手伝うけど、
今の時期で休みを取ろうと思ったら、
かなり頑張って仕事を早く片付けないと駄目だから。」
「わ、分かったよ・・・・へぅ。」


その後も他愛のない話をしながら過ごしていたが、
賈詡さんが思い出したように、馬超さん達の話をしだした。


「あ! そうだ月、馬超達の処遇なんだけど。」
「どうかしたの?」
「馬超達はしばらく出向と言う形で、ウチの軍に入ることになったから。」
「それはありがたいんだけど、西の方は大丈夫なの?」
「馬騰の体の調子が戻ってきて、親戚も集めて十分対応可能らしいわよ。
連合に馬超が駆けつけてきてくれた時にそう言ってたし。」
「そう、ならいいけど、どうしてわざわざそんな事になったの?」
「うぅ・・・・実は・・・・」


こうして賈詡さんは先ほどまで馬超さん・・・
と言うか馬岱さんと話していたやり取りを月ちゃんに話す。


「へぅ・・・喜媚さん・・・結婚しちゃうんですか?」
「しない、しないよ! いや、将来的には(桂花と)するかもしれないけど、
今すぐはしないよ!」
「そうですか! 本当ですね!?」
「本当! 馬超さん達とはまだ会ったばっかりだし、お互いの事殆ど知らないし。」
「でも、そんな結婚よくある話じゃない・・・「賈詡さん!!」 「詠ちゃん!!」
ご、ごめん・・・つい・・・」
「と、とにかく、その話は私もいきなり聞かされて、
まだどうしていいものか判断がつかない状態だから。」
「でもあんた、これからこういう話は増えてくるから、
中途半端に返事するんじゃないわよ?
まずボクか、音々、月辺りに相談しなさい。
変な約束させられたり、変な嫁あてがわれたくないでしょう?」
「そ、それはもちろんだよ!
政略結婚とか、豪族同士の権力絡みの結婚なんてゴメンだよ!!」
「だったら今回の馬超達の件もしばらく様子を見て、
私達が何か妥協案が無いか考えておくから、馬超や馬岱に誘惑されたからって、
すぐに手なんか出すんじゃないわよ!」
「私はそんなに手は早くないよ!
むしろ自分では奥手なくらいだと思ってるのに・・・」
「でも無理やり襲われたら喜媚じゃどうしようなないでしょう?」
「馬超さん達も月ちゃんや協ちゃんとの友好が目的なのに、そんな事しないでしょ?
それに馬超さん見たら、本人だってまだ納得しきれてないみたいなのに、
そんな強硬手段に出てくるわけないじゃない。」
「まぁ、そうだけど、世の中にはそういう輩もいるって事よ。
今度から、あんたにも誰か護衛を付けるようにするから、気をつけなさいよ。」
「わかったよ・・・・ハァ。
もう普通の農家の暮らしには戻れないのか・・・ハァ」


何やら協ちゃん達を助けたことや、今回の戦で私の立場も大分変わり、
ただの農家から一気に地位が上がってしまったが、
今後は、今まで以上に、いろんな事に警戒しないといけないのかと思うと憂鬱になる。

私のそんな気分の変化を察したのか、
月ちゃんが気晴らしに碁でも打たないかと話しかけてきた。


「そうだ、喜媚さん。
前の続きやりませんか? 囲碁の続きを。
時間はまだ大丈夫よね? 詠ちゃん。」
「そうね、少しくらいならいいわよ。」
「でも碁盤や石はあるけど、私どんな状況だったのか大体しか覚えてないよ?」
「ボクが覚えてるわよ、石を並べてあげるから碁盤と石を持って来なさい。」


私は賈詡さんの指示通りに、棚に置いてある碁盤と石を持ってくると、
賈詡さんがよどみなく石を置いていく。
私と月ちゃんはその様子を唖然と見ているだけだ。


「賈詡さん、全部棋譜覚えてるの?」
「全部は覚えてないわよ、ただ、月と喜媚が打ってた棋譜は、
あの時は勝負がつかなさそうだったから覚えといたのよ。
あんた達が打つと本当に何日もかかったりする時もあるから・・・
ほら、できたわよ。」


そこには確かに私の朧気な記憶でこんな感じだったな~と、思わせる石の配置だった。
こういう時は知恵袋は使えないから当てにならない。
まぁ、流石に現代で私と月ちゃんが打った碁の棋譜が残ってたらびっくりするけど。


「次は喜媚の手番だから、喜媚から打ちなさい。
この時間で勝負がつかなくても、ボクがまた覚えておくから、
続きがやりたくなったらいつでも言ってちょうだい。」


その後は私と月ちゃんで、囲碁を楽しみながら雑談したり、
今度、月ちゃんが家に来た時、何が食べたいかなどを話しながら、囲碁を楽しんだ。

余談だが、私と月ちゃんは、私が知恵袋使って丁度同じ位の強さなので、
置き石は無しで毎回いい勝負になっている。
私も知恵袋の棋譜を当てにしなくても、
月ちゃんといい勝負ができるくらいにはなりたいものだ。


碁を少し打った後、仕事の時間だというので、月ちゃんとは一旦別れ、
協ちゃんの部屋へ劉花ちゃんをむかえに戻った時、
劉花ちゃんは何か中くらいの、服でも入ってそうな袋を抱えていたが、
協ちゃんから貰った物で女同士の話なのだそうなので、深く追求するのは止めておく。

途中、賈詡さんと話したのだが、後一~二日中に話が解決しないようなら、
賈詡さんが介入し、戦後補償の話を終わらせるそうだ。


護衛の人と一緒に家に帰り、今夜の食事の準備に取り掛かり、
陽が沈む頃に、曹操さん達と孫策さん達、それに美羽ちゃん達が帰ってきた。
美羽ちゃん達は私が宮殿に行っていたので、暇だったらしく、
洛陽観光をしていたそうだ。


その日の夕食後、恒例の曹操さん達と孫策さん達による座談会(お酒付き)をした後、
私と桂花は明日の事があるので、先に眠ることにしたのだが、
私の部屋に戻り寝台に入る前その前に、桂花には話しておく大事な事がある。


「実は桂花に話があるの、ですけど・・・」
「・・・何、あんた。 何かすごく私にとって不愉快な話をする時の態度ね?
どんな話しよ? 聞かせてみなさい。」
「実は・・・・」


そこで私は、今日宮殿で馬超さんと馬岱さんに言われた 『お礼』 の話をした。
話が進む度に桂花のコメカミに血管が浮いてきて、
それを通り過ぎたら、ただ無表情で桂花は黙って私の話を聞いていた。


(こ、コレは辛い・・・別に浮気をしたわけでもないのに、
なんで私がこんな目に・・・)
「ふ~んそういう事、あんたも相当 『ご活躍』 されたそうですから?
洛陽での地位も上がったのはわかるけど、
いきなり他人との婚姻の話を私に持ってくるとはいい度胸ね。」
「ひぃっ!?」


そう言って桂花の目から光が消え、虚ろな目に変わる・・・がそれも一瞬、
すぐにいつもの桂花の顔に戻った。


「・・・・なんて冗談よ。 あんたが汜水関にいて戦功を上げて、
陛下の横に立って現れた。
その後、考える時間が有ったからね、こういう話もいつか出てくるとは思っていたわ。
・・・でも、少し早すぎる気がするけど!」
「ご、ごめん。」
「べつにあんたは謝る必要ないわよ。
向こうが勝手に持ってきた話でしょう? で、どうするつもりなの?」
「私としてはなんとか断りたいと・・・」
「だけど断るにも相当の理由がいるわよ?
向こうはあんたに正妻が居ても、側室として捩じ込むつもりなんでしょう?
しかし馬騰もやってくれるわね・・・
涼州を治めていて華琳様が目をつけるだけの事はあるか・・・」
「で、どうしましょうか、桂花・・・さん?」
「とりあえずは様子見ね、馬超か馬岱が何かやらかしてくれたら、
それを理由に断ればいいわ。
様子見の間に交渉して、他のお礼・・・例えば涼州なら名馬か宝物に変えてもらうか、
そうでなかったら最悪、私とあんたの婚約話を持ち上げて、
最悪・・・本当の本当に最っ悪! の場合は、側室として迎えるかしかないわね。
・・・あんたまさかここで私に相談してきて、
今更、私と婚姻するつもりがないなんて言い出さないでしょうね!?」
「そ、そんな事言うつもりはないけど、
まだ、お互いの生き方が、こんな状況で話を進めるのも・・・」
「そうね、せめて私と喜媚が同じ勢力下か同じ邑に住んでいるのならいいけど、
洛陽と陳留、董卓軍のあんた、と華琳様の所の私ではね。」
「私はもう董卓軍の客将は辞めたんだけど・・・」
「辞めたからって、はいそうですかって董卓があんたを手放すはずないでしょう!
さらにあんたは陛下との付き合いもあるから洛陽から出るわけにも行かないし!
本当っ! あんたはなんでこう厄介事ばっかり首を突っ込むのかしら!」
「ご、ごめん。」
「・・・・ハァ、もういいわよ。
あんたが隠し事せずにちゃんと私に、その日に報告してきたって事で、
浮気する気があるわけじゃないって事は信じてあげるわよ。
・・・だけど本当にどうするかよね。」
「どうしようか?」
「まず前提条件として正妻は却下よ、その場合は婚約者がいるって言いなさい。
もちろん私の事よ!!」
「は、はい!」
「その上で側室としてでもいいって向こうが言い出したら問題よね・・・
私はその馬超と馬岱って娘の事、武勇くらいしか知らないし。」
「桂花、一応馬超さん達の事知ってたんだ。」
「華琳様が馬騰とはいつか勝負を付けたいって言ってらしてね、
その関連で調べたのよ、錦馬超とか呼ばれてるんですって?
馬上での戦闘や騎馬隊の運用はかなりの物みたいね。」
「そうだね、私も噂くらいでしか知らないけど。」
「あんたから見てどんな感じだったの?」


私は自信ありげに髪をかきあげこう言い切った・・・


「二人共、赤子の手をひねるような感じ?」
「あんたが捻られるんでしょうが。」


・・・がすぐに桂花には見破られてしまい、おでこをコツンと叩かれた。


「為人はどう? 何か問題起こしそう?」
「馬超さんは少し恥ずかしがりやな部分があるけど真っ直ぐそうな人かな、
不正を働くような人ではないよ、
馬岱ちゃんはなんというか・・・武闘派の荀諶ちゃん?」
「最悪ね・・・となると・・・・賈詡もその場にいたのよね?
どんな感じだった?」
「へ? 賈詡さん? 結婚話が出た時に、
なぜか私よりも先に反応して大反対してたね。
しょうがなく董卓軍に置いておく事は認めたって感じ。」
「そう・・・となると・・・・ここまで来たらもうしょうがないか、
・・・敵の敵は味方よね。
この件は私が賈詡に少し話してみるわ。
あんたはとにかく馬超と馬岱に絶対手を出すんじゃないわよ!!
出したら・・・わかってるわね。」
「わ、わかりました!!」


こうして桂花へ馬超さん達への事を報告・・・相談した事で、
一先ず桂花の逆鱗に触れることは無くなった。

私が緊張で喉が渇いたので、いったん下に水を取りに行った。




--荀彧--


(・・・この先を考えたら最悪、賈詡を引きずり込むしか無いか・・・腹が立つけど!
喜媚を放っておいたら、
この先、どれだけ女を引っ掛けてくるか、分かったものじゃないわ。
私は陳留に近い内に戻らなきゃいけないし、
洛陽で誰か喜媚の見張りを付けておく必要があるわ。
・・・この際、正妻の件は後できっちり話を付けるにしても、
喜媚を放置するのはあまりにも危険だから、賈詡に見張らせて置くしか無いか・・・
今のところ、あいつだけが私に真正面から啖呵を切ってきたから、
アイツ以上の厄介な女はいないはず。
喜媚の性格なら色仕掛けは通用しないし。

逆に喜媚を落とそうとはするでしょけど、私との決着は必ず付けてくるはず。
賈詡は、他の女みたいにコソコソやる事はないでしょう。
それに賈詡がなにか企んでも、喜媚は私に嘘をつく事はないから、
マメに書簡を送らせれば現状は把握できるとして・・・
後は洛陽に放ってる細作にもついでに見張らせて・・・
・・・まったく。
あの時、力ずくでも陳留に留めておけばこんな事にはならなかったのに・・・ハァ。

結局あの時お母様の言ってた事は本当だったのか・・・
『喜媚ちゃんは一人じゃ止め切れないわよ?
そんな器じゃない、だから荀諶や荀衍と協力しなさい。』
本当にあの馬鹿には苦労させられる・・・喜媚のバカ。」



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七十一話

洛陽




馬超さんの一件があってから数日後、それまで穏やかに過ごしていたが、
とうとう賈詡さんが戦後補償の金銭の支払配分を決める会議に介入し、
その日の内に支払い金額を決めてしまった。

コレには当然のように 各諸侯不満の声を上げたが、
賈詡さんがそれまでに税収や各地の特産物、
現在の諸侯の経済情報等を、
各諸侯が洛陽に届けている税収の報告から綿密に計算して算出し、
更に細作の情報などで懐に入れているであろう分も計算に入れて、
各諸侯の前に突き出し、コレにさらに文句をいうようなら、
こちらにも考えがある、と脅しつけて話し合いを終わらせた。

多少、今後にくすぶる火種を残す結果になったが、
これ以上話し合いをしても結果は出ないし、
どこかで区切りを付けないといけないので、
今回の賈詡さんの決断は長期的に見て正解だろうと、個人的には思う。

曹操さんは店に帰ってきてから、
『もっと早くこうして欲しかったわ。』 とボヤいていたが、
賈詡さんも金額の算出でココ数日、かなり大変だったようなので、
そこは話の付かない話に付き合わされた曹操さんも、
金額の算出に追われた賈詡さんも、両方共お疲れ様でした、といった所だろう。
曹操さんは議長役と言う事で、色々と心労も溜まっているのだろうか、
ウチで飲むお酒の量も結構多かったし。


コレで数日にわたって続いた話し合いは終わり、
明日にはそれぞれの諸侯は念書を書かされて、その翌日には洛陽を出立し、
それぞれの領地へと帰ることになる。

桂花と過ごせるのもあと二日ほどかと思うと寂しくなる。

そんな時、桂花と賈詡さんだけが二人で店に帰ってきて、
急に個室を借りると言うので、言われるまま貸したが、
二人は何を話していたんだろうか?
以前は怒鳴り声などが聞こえてくる事もあったが、
今回はそんな事はなく、二人が出てきた時には、
桂花は渋い表情で、対照的に賈詡さんは、にこやかな表情だった。




--桂花--


私は宮中で賈詡に大事な話があるから、喜媚の店まで付き合え、と強引に呼び出し、
店の個室まで賈詡を連れてきた。
喜媚が私達のお茶とお菓子を置いていった時に、二人っきりで話がしたいと言って、
喜媚には部屋の外に出ていってもらっている。

すぐにお互い椅子に対面で座り睨み合いが始まるが、
今回はそんな事をしている余裕は無い。


「単刀直入に言うわよ。 あんた馬超の件はもちろん知ってるわね?」
「・・・なんであんたが知ってる・・・喜媚か。
あの子はよくも悪くもあんたに躾けられてるわね。
世の男なら力を持てば女の一人や二人囲いたくなるもの。
なのにわざわざ、あんたに言ったという事は、それだけあんたに誠実と言う事か。
・・・妬ましい。」
「うるさいわよ! 喜媚の評価は今回の話の主題じゃないのよ。
今、喜媚の回りの女で、喜媚に色目を使ってるのは何人くらい居るのか教えなさい。」
「なんでボクがそんな事を教えなくちゃいけないのよ?」


賈詡が怪訝そうな表情で私を睨んでくる。


「・・・・今回の馬超の件で確信したわ。
あの馬鹿は、私がほっとくと知らない間に女を落としてくる。
許昌にいる時も私塾で喜媚は結構人気があったのよ・・・女に、
精神年齢が飛び抜け高い事から若い子の相談役として、
色々話を聞いてあげる事があったのよ。
その時は、私が目を光らせていたから問題無かったけど、
今回、あの子は望んでもいないのに、とんでもない権力を持つ事になった。
こうなってくるとただの農家の息子ではなく、
一人の独身の豪族として考えなきゃいけない。
今回の馬超のように、縁談の話も持ち上がってくるでしょうし、
どうも私が見たところ、賈詡、あんた以外にも張遼や華雄、辺りも怪しいし、
劉花様は完全に落ちてるし、なんとか立場で踏みとどまっているだけよね。
このままほうっておくと、あの馬鹿は自制心は強いから、
誘惑されても、そう簡単には手を出さないでしょうけど
その分、真っ直ぐな想いには弱いから、
真正面から好意をぶつけられると、どうしていいかわからなくなる。
今は私が居るからいいでしょう。
でも相手がそれでも良い、側室でもいいと言ったら?」
「・・・っち。」


賈詡は面白くなさそうな表情になる。
コイツ・・・最初からその手を狙っていたな?


「今までは農家の一人息子と言う立場があったから、
妾や側室を持つなんてもってのほかだったけど、
今回、下手な豪族よりも権力を持った事によって、
側室を何人か持とうが世間的には、問題なくなったわ。
そうなると、そう言い寄られて下手したら、全員と関係を持ちかね無いわ。
これはわかるわね? あんたもどうせその線で喜媚を落とそうとしたんだろうから。」
「・・・・えぇ。」
「だから、私は考えたの。
あんたと争っていたらその間に、あの馬鹿がろくでもない事をしでかしかねない、
それこそ、あんたと私で争ってる内に、
馬超か馬岱に横から掻っ攫われたらたまったもんじゃないわ。
そこで・・・腹が立つけど・・・本っ当に、腹が、立つけど!!
お互い一時休戦と行きましょう。
あんたが喜媚に本気だっていう事は認めてあげる。
だけど正妻の座は譲る気がないけど、今はその話は横に置いておきましょう。
・・・賈詡、あんたと董卓は認めてあげる。
その代わりに、洛陽でこれ以上喜媚が馬鹿をやらかさないように、
きっちり見張っておきなさい。
そして私に定期的に連絡をよこすのよ。」
「・・・別にボク達が皆で喜媚を落としてもいいのよ?」


賈詡はニヤリと笑って挑発気味にいうが、コレはハッタリだ。
私には分かる、こいつはどこか私に似た部分があるからだ。


「思ってもないことを口に出すのは止めなさい。
正面切って私にアレだけ啖呵を切ったあんたが、
自分と董卓以外認められるわけ無いでしょう?」


私は湯のみを握り締めるがつい力が入ってしまい、湯のみにヒビが入る。


「私も本当はこんな事許したくないし、
いっそ細作を使って喜媚を陳留に拉致しようとも思ったけど、
断腸の思いで、あんた達を認めてあげるから、あんたも私を認めなさい。
そして、これ以上喜媚の周りに女が増えないように、あんたが見張っておくのよ。
私も書簡で喜媚には釘を刺すようにするけど、それだけじゃ不十分なのよ・・・」
「・・・・・・」
「コレを受け入れられないなら、私は泣き落としだろうが、
子供ができたと嘘をつこうが、なんだろうが手段を選ばずに、
喜媚と婚姻まで強引に持って行くわよ。
決してお互いの為にならないかもしれないけど・・・私は喜媚を失いたくないもの。」


その後、しばらく賈詡は目を瞑って熟考に入り、考えこむ。
そうしてしばらくすると、目を開き、私を睨みつけて話しだす。


「・・・今警戒すべきは、馬超、馬岱、霞、華雄、劉花様、それに陛下よ。
あと最近、音々も怪しいわ、恋はよくわからないけど、なついている事は確かよ。」
「私が知っているのは、愛紗、コレは関羽の真名よ。
それに今は姿を見せてないけど、
真名は稟、姓名は郭嘉、字は奉孝、稟もかなり怪しいわ。
この子は喜媚と私ほど長くはないけど、喜媚の幼馴染で真名も交わしている。
だけど今はどこにいるのか・・・偶に書簡が届くけど、
相方と偽名を使って旅をしているらしいわ。
・・・そういえば最近書簡が届かないわね。 まぁ、今はいいとして。
それに孫策の所の周泰、後は袁術と私の姉妹の荀衍と荀諶よ、荀諶は特に危ないわ。
あの娘、あんたと同じように私に真正面から啖呵切ってきたから。
喜媚を自分のモノにするって。」

「「・・・あの馬鹿! 何人の女に粉かけてるのよっ!!」」


賈詡と、思わず不意に出た言葉が同調してしまった。


「・・・コホン。
と、とにかく危険な状況にであるという事はお互い共通の認識として持てたわね。
・・・それで、賈詡、どうするの?」


そうして賈詡は長考に入る。
開いている窓からは呑気な袁術と喜媚の笑い声が聞こえてくる・・・
こっちはこんなに苦労しているのに・・・後で一発引っぱたいてやろうかしら。


「・・・・・・・分かったわ、その条件を飲みましょう。
お互い正室争いは後日の持ち越すとして、
喜媚にこれ以上女を近づけさせないために協力してあげるわ。 ・・・だけど。」
「だけど何よ?」
「相手が私達みたいに本気だったらどうするのよ?
馬超や馬岱は政治の絡みがあるから別として、
本気で喜媚を好きになった娘は、私でもどうしようもないわよ・・・
特に劉花様や劉協様みたいな人生を救われたような人は・・・」
「・・・・劉花様に陛下、か。」
「陛下はともかく、劉花様は・・・
ココからはあんたは察してるみたいだけど言えないわね。」
「劉花様の事はどうしようもないわ・・・できる事があるとしたら、
誰よりも先に私達が喜媚を堕とす事よ。
喜媚が納得できて、私達が納得できる生き方を見つける事。」
「・・・聞こうかどうか悩んだけど、
そもそも、なんであんた達そこまでお互いが求め合ってるのに、
一緒になってないのよ・・・普通もう婚姻しててもいいじゃない?」
「・・・当時の私と喜媚では、生き方が違ったのよ・・・」


そうして私は陳留で喜媚と別れた時の話を賈詡に語る。


「そう・・・でも今は喜媚の生き方が変わってしまった。
私が華琳様に会う前だったら、間違いなく今でも私は喜媚と一緒にいたわ。」
「・・・だったらあんたもさっさと袁紹の領内を治めて、
この国を安定させる事に協力しなさい。
そうすればあんたと喜媚の生き方も交わる事ができるわ。」
「華琳様がそれを望めばね・・・私は華琳様の、軍師だから。」


そう、私は自分の与えられた裁量を超えて独断では動けない・・・
私は華琳様の軍師なのだから。


「そう・・・でも少なくとも、袁紹の領内を安定させるまではウチと曹操のところは、
同盟こそ組んでないけど、お互い不可侵ではあるし、表面上は友好的なはずよ。
あんたが洛陽に来たって何もおかしくないんだから、
少しは喜媚に会いに来る事ね・・・私達が喜媚を骨抜きにする前にね。」
「はっ、やれるものならやってみなさいよ、忠告しとくけど、
あの子あんな可愛い顔してるけど、一旦共に閨に入ったら中身は獣と変わらないわよ?
せいぜい、自分を保てるように気合を入れることね。」
「な、何よ、脅し?」
「事実よ。 今でこそある程度制御してるけど、
私は最初の数日は、事後はまともに歩く事さえできなくなったんだから。」


賈詡の表情がこわばり、つばを飲み込む音が聞こえる。


「とにかく、いい?
ここまで私が妥協してあげたんだから、あんたは仕事はきっちりしなさいよ!」
「わかってるわよ、ボクもこれ以上増える事には反対なんだから。
ボクと月と・・・本っ当に、むかつくけど! あんただけで十分よ。」
「とにかく今危険なのは、馬超、馬岱、張遼、華雄、劉花様、陛下、
後、愛紗・・・関羽の七人よ。
周泰と袁術は領内に帰るから問題ないとしても、
他の奴らはきっちり見張っておきなさいよ!」
「わかってるって言ってるでしょ! 何度もしつこいわね。
あんたとは後で、きっちり白黒付けてやるけど、
ボクもこれ以上増えるのはゴメンだわ。」

「いいわね、・・・『詠』、任せたわよ。」
「・・・分かったわよ、『桂花』。」


こうして不本意な状況ながら、私達は運命共同体となり、
信頼の証として不本意ながら・・・本当に不本意ながら真名を交わす事となる。


話が丁度終わった頃、扉が開いて、
喜媚が扉から首だけ出してお茶のおかわりが要らないか聞いてきた。




--喜媚--


「あのお茶のおかわり・・・何の話してるの?」

「「あんたは黙ってなさい!!
誰のお陰でこんなに苦労してると思ってるのよ!?」」

「あ、あぅ・・・
(おかしい、私は何も二人を怒らせるようなことはしてないはずなのに、
なぜここまで非難を受けるのだろうか?
ちょっと聞こえた、桂花達があげてた名前は、皆私と仲の良い娘達ばかりだから、
その辺に関係があると思うけど、
二人を怒らせるような付き合いはしてないはずなのに・・・理不尽だ。)」


その後、賈詡さんが帰り、桂花は策を練る、とか言って私の部屋に篭ってしまった。

しょうがないので、私は店の仕事をしながら、
なんであの二人があんなに怒っているのか考えるのだった。


この日から二日後、とうとう曹操さん達や美羽ちゃん達が翌日帰るという事なので、
夕食は盛大に宴会を開いて、また皆が無事に出会えるように祈ると共に、
今ココに集まっている皆が、また無事に出会える事を願うのだった。


翌朝、皆で朝食を取っていた時・・・


「むぅ、やはり喜媚は妾達と一緒にはコレぬのか・・・」
「ごめんね。 私もお店があるから。
だけど美羽ちゃんはお仕事で洛陽に来る事があるでしょ?
その時に来てくれたらまた会えるよ。
それになにか困ったことがあったらいつでも相談に乗るから、
また書簡に書くなり、洛陽に来た時に相談するなりしてくれたらいいよ。」
「うむぅ・・・」
「ほら、美羽様、あんまり我儘を言うと喜媚さんが困ってしまいますよ。」
「・・・わかったのじゃ。」
「・・・・・」
「桂花ともしばらくお別れだけど、当分私は洛陽に居る事にになるから、
こっちに直接書簡を送ってくれたらいいよ。」
「そうね、だけどあんたもちゃんと定期的に書いてよこしなさいよ。
あと余計な隠し事はしないようにしなさいよ。
こっちにはきっちり見張りを頼んだ者が居るんだから。」
「・・・賈詡さんか、賈詡さんに何を頼んだかしらないけど、
変な事はさせないでよ。」
「別に変な事はさせないわよ、賈詡とはある一部において、
ちゃんとした取引をしただけなんだから。」
「本当に頼むよ?」
「あら? あなた達昨夜はあんなにお楽しみだったのに、今朝は仲が悪いのね。」
「か、華琳様!!」
「桂花、曹操さんは私達をからかってるだけだよ。」
「フフフ、桂花はもう少し落ち着かないとね。
それにしても喜媚は引っかからなくて面白く無いわね。」
「曹操さんだって昨夜は夏侯淵さんとお楽しみだったんじゃないですか?
おぉ、卑猥、卑猥。」


私が鉄扇で口元を隠して神経を逆なでする視線で、
曹操さんを見下すように見ながらそう言ったら、
夏侯淵さんの方から箸が投擲され、私の顔のすぐ横を通過していき、
箸の行方を確認したら、後ろの壁に突き刺さっている。
どうやったら箸があんなに深く突き刺さるんだろうか・・・


「良かったわね、春蘭だったら首と胴がさよならしてたわよ。」
「・・・本当にすみませんでした。」
「貴女達は見ててホント楽しいわね♪」
「見世物じゃないわよ、孫策。」
「どうでもいいが、朝から下品な話はやめてもらえるか?
せっかくの朝食の味が不味くなる。」
「すいません・・・大体曹操さんが変な事を言い出すから・・・」
「華琳様が悪いとでも言うのか?」


そう言いながら夏侯淵さんは箸を構える。


「・・・いえ、私が全て悪かったです。」


そうなのだ、私はこの店内で最弱の虫けらなんだ・・・
私に曹操さんや夏侯淵さんに逆らうなんて不可能なんだ。


「そうだ、喜媚ちゃん。」
「何ですか孫策さん。」
「今度もしかしたら私の妹が洛陽に勉強しに来るかもしれないから、
その時は仲良くしてやってくれない?
できたらこの店で、こき使ってあげてほしいんだけど。」
「ウチでですか?
まぁ、もう少ししたら店が少し大きくなるので、
従業員は増やすつもりではありましたけど・・・
どんな娘なんですか?」
「孫尚香っていう私の末の妹よ、それとお付きで、大喬、小喬っていう二人も、
もしかしたら一緒に来るかもしれないから、 『仲良く』 してあげて。
連絡役に偶に明命も洛陽に来る事になると思うけど。」
「はぁ・・・仲良くするのはいいんですけど、
店で雇えるかどうかはわかりませんよ。」
「その辺りは任せるわ、その内、董卓ちゃん辺りから話が来るかもしれないけどね♪」
「・・・孫策さんと月ちゃんが仲良くするのはいいですけど、
変な事に巻き込まないでくださいよ?
私はただの店の店主でいたいんですから。」
「あんたまだそんな事言ってるの?
いい加減ちゃんと自分の状況を理解しておかないと、
変な事に巻き込まれるかも知れないから、いい加減認めなさいよ。」
「だけど、つい最近までただの農家の息子だったり、肉まん屋の店員だったのに、
いきなり、『お前は豪族の仲間入りだ。』とか言われても正直実感わかないよ。」
「その内嫌でも実感するようになるわよ、とにかく気をつけなさいよ。」
「分かったよ、桂花。」


そして朝食後、それぞれの皆が荷物などを持って、
それぞれの領地へと帰ろうとする。


「じゃあ喜媚これ、今までの宿代、これだけアレば足りるわよね。」
「コレは私達の分です、一応孫策さん達の分も一緒になってますから。」
「それじゃあ、頂いておきますけど・・・・随分重いですけど、
中身金とかじゃないですよね?」
「なんでそこまで奮発しないといけないのよ、銀よ。」
「あれ? 金のほうが良かったですか?」
「いいえ! 滅相もない、銀でもこの重さだったら貰い過ぎです!
ただ、昔美羽ちゃんが蜂蜜買った時に、銀の塊を頂いたので、もしかしたらと思って。
流石に金だったら、受け取るわけには行かないので。」
「残念ながら今回は戦時だったのでそんなに持ち歩いていないんですよ。
美羽様は金を出せと言ったんですけど。」
「いいえ、結構です、コレで結構ですから!」
逆に貰い過ぎなので、お釣りを返さなきゃいけないくらいですから!」
「釣りはいいわ、あのお酒かなり美味しかったし、料理も美味しかったわ。
それだけの価値は有ったわよ。」
「私達も同じですよ。」
「そうですか・・・それじゃあ、ありがたく頂戴しておきます。
・・・それで、次にまた皆さんが来た時は・・・
その時に、このお代のお釣りの分も含めて丁重に迎えさせてもらいます。」
「後、喜媚、あのお酒、陳留までまた送っておいてちょうだい。?」
「またですか? 無理ではないと思いますけど・・・流石に家に在庫が・・・」
「あんたの家の裏で酒蔵が有ったでしょ?
あのお酒作ってるんじゃないの?」
「・・・なんで曹操さんが知ってるんですか?」
「見たもの。 アレができたらウチに少し送るくらい問題無いわよね?
楽しみにしておくわ。」
「・・・・・はい。」


曹操さん・・・・どこまでも抜け目の無い人だ・・・
あの蔵の事は誰にも話してないのに・・・桂花か?
桂花なら蔵の中少し見たり匂いとかで分かりそうだけど。


「それじゃあ、喜媚またね。
今回は無理だったけど、次会った時は貴女を私のモノにしてあげるわ。」
「まだ諦めてなかったんですか・・・お手柔らかにお願いします。」
「喜媚それではな。」
「夏侯淵さんもお元気で。 夏侯惇さんには・・・よろしくしなくていいです。
ただ、私は曹操さんに何も失礼なことはしていないとだけお伝え下さい。」
「フフフ、わかった。」
「じゃあね・・・・(隠れて浮気したら・・・わかってるわね?)」
「わ、わかってるよ!
桂花も元気でね、身体には気をつけてね・・・また絶対遊びに来てね。」
「えぇ、また来るわ。 あんたもたまには陳留に来なさいよ?」
「分かったよ、なんとか都合付けるよう努力はするよ。」
「うぅ・・喜媚ぃ・・・」
「美羽ちゃん、また会えるからそんな悲しそうな顔しないで?
美羽ちゃんは笑ったほうが可愛いんだから。」
「う、うむ。 それではの、また絶対来るからの!」
「うん、待ってるから。」
「それでは喜媚さん、また会う日までお元気で。」
「七乃さんもお元気で。」
「喜媚ちゃん、またね。 あのお酒、できたらウチにも送ってね♪」
「・・・分かりましたよ・・・また作る量増やさないと駄目かな。」
「喜媚殿、雪蓮が迷惑をかけるが、これからも仲良くしてやってくれ。
アレでも・・・一応悪気はないからな。」
「何よ冥琳! 悪気なんかこれっぽっちもないわよ!」
「そういう事らしい。」
「ハハハ・・・それじゃあ周瑜さんもお元気で、あまり仕事に根を詰めすぎて、
また体を壊さないでくださいよ?」
「あぁ、分かった・・・そうだ、喜媚殿、
今度また会えるように願掛けとして一つ約束でもしよう。
今度会った時は私の真名を受け取ってくれ。
喜媚殿は命の恩人だし、かけがえのない友人でもある、
また会える日を楽しみにしている。」
「わかりました、私も周瑜さんとまた会える日を楽しみにしています。」
「あ、それ私も! 喜媚ちゃん私も今度会った時真名受け取ってね♪」
「孫策さんはなんか軽い印象を受けるんですよね・・・」
「ぶ~なんでよ! 冥琳は私の家族みたいなものなんだから、
その命の恩人に真名を預けるのはおかしくはないわよ。」
「確かに私もそう思うんですけど・・・
でも、また会えることを楽しみにしてますね、孫策さん。」
「えぇ・・・私も楽しみにしてるわ♪」
「喜媚さま、今までお世話になりました。
私はまた何度か洛陽に来ますが、その時はまたよろしくお願いします!」
「うん、周泰ちゃんならいつでも大歓迎だよ。」
「はい! その時は、よろしくお願いします!」


こうして私は店の前で皆を見送った。
曹操さん達は一度宮殿の方に顔を出し、宮殿で逗留している他の諸侯と一緒に、
虎牢関の東で野営している部隊と合流し、それぞれの領土に帰っていくそうだ。

コレで、なんとか反董卓連合は、無事に洛陽の皆を守ることが出来、
戦火を広げずに済ませることができたが・・・これからが大変だろう。
戦争や革命などではなく、ゆるやかに国内の政治体制を変えていくのは、
難しく根気のかかる作業だ。
月ちゃんはそれをやり切るだけの覚悟と仲間を持っている。
私も微力ながら、知識面で援護し、何とか漢王朝をゆるやかに変革し、
戦の無い国にしたいものだ。



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七十二話

洛陽




桂花達がそれぞれの領地へと去って、少し店内が寂しくなったが、それも束の間、
翌日から開店するための準備をして、いざ開店となった時、
待ってましたと言わんばかりのお客さんで、店内はごった返し、
中には、私が今回の連合との戦いに参加していた事を知っている人達なども居て、
お礼(?)のお土産や、お祝いなどを持ってきてくれる人も居るし、
ウチの息子の嫁にどうだ? と結婚を勧められる始末。

まぁ、それは向こうも冗談だったのだが、
中には本気で、見合い話を持ってくる人や、
所謂、黄金色のお菓子を持参しては、
月ちゃんに会わせて欲しい等と言う輩まで出てくる始末。

そういう人はウチの従業員兼警備隊の御用になって、屯所に突き出されるのだが、
以前はもう少し私が董卓軍と懇意にしてると言う噂を、確認しようとか、
もう少し伺う様子があったのだが、
今日はストレートに月ちゃんや賈詡さんに面会するために、
私を利用しようとしたりする人が現れたり、慌ただしい開店日となった。


そんな事があったせいで、店内には交代で向かいの屯所の人が一時常駐したり、
従業員の皆もピリピリして、
劉花ちゃんは接客ができずに厨房仕事をしていたりしていたが、
数日程で落ち着きを取り戻し、
今でも、私に汜水関や虎牢関での戦いの話を聞かせて欲しいと言う子供と達が来るが、
なんとか通常営業に戻れている。

その裏で、家の拡張工事は進んでいるようで、
今は隣の買い取った屋敷との壁を壊し、
通路を作ったり、一部を破壊して庭を広くしたり、
壁を厚く補強、風呂場の拡張、酒蔵の新設、東屋や池、庭の整備などの工事が、
急ピッチで進められている。
厨房の拡張工事は、すべての工事が終わった後で、
最後に店を何日か休んでするため、店内の方は今は殆どいじっていない。
工事の音でうるさいと言う苦情が来るかとも思ったが、
洛陽は、月ちゃんが治める様になって以来、
様々な所で工事をやっているので、特に問題にはならかったようだ。


こうして更に何日か経ち、月ちゃんの方も忙しさはあるが、
戦の時や、その直後のような休む時間もないほどの忙しさはなくなり、
少しづつ皆が休みを取れるようになってきた所で、
宮殿内では何日か通して兵なども各部署ごとで、勝利の宴を開いたそうなのだが、
一度、身内の皆で集まって宴会を開こうという事になり、
その場所は私の店になってしまった。
それからしばらく、私は宴会の準備に追われる事になる。

今回は私の知り合いだけで行われるのだが、
協ちゃんも変装して来るという事で、
向かいの屯所の警備隊とウチの従業員も一緒に参加して、
休みの日に日夜激しい訓練をしている。
あまり無理をさせるといけないので、差し入れを入れたり、
店の休みの日を少し増やしたり、従業員の皆の仕事を私が変わったりしながら、
無理をして倒れたりしないようにしながら、訓練と宴会の準備の日は続いた。


そして、宴会当日。


霞さんと華雄さんが一番最初に大きな酒樽を持って来たかと思ったら、
恋さんと音々ちゃんが大量の食材を持って、
恋さんの 『家族』 と一緒にやってきたり、
物々しい警備の中、月ちゃんと協ちゃんが乗った馬車が店の前まで来て、
賈詡さんが警備隊に何か指示を出している。

店内では、すでにある程度の料理の準備はできているのだが、
更に恋さんが持ってきた大量食材を誰が調理するのだろうか・・・?
私は宴会へのまともな参加を諦めた。


こうして皆が席に着き、それぞれの器にお酒も注がれ、
後は協ちゃんの言葉を待つのみとなった。


「うむ、今回は堅苦しい事は無しじゃ!
今回はがんばってくれたのう。
妾はこうして無事に洛陽の民が安心して生活を送れるようになって嬉しいし、
この洛陽を守った、皆を誇りに思う。
さぁ! 堅苦しい話はここまでじゃ!
後は皆好きなように飲んで食べて大いに騒ぐが良いぞ!!
乾杯じゃ~~!!」

「「「「「「「「乾杯~!」」」」」」」」

こうして、反董卓連合を乗り切りった董卓軍の仲間達との身内だけの宴会が始まった。


「よっしゃ! 今日は飲むで~!」
「張遼、飲むのは止めんが、酔いつぶれるのだけは止めろよ。」
「アホか! こんな席で潰れるまで飲まずに、いつ酔い潰れるんや!!」
「阿呆はお前だ! お前が潰れたら誰がお前を部屋まで運ぶと言うんだ!
私になるんだぞ!!」
「華雄・・・・後は任せたでぇ!!
喜媚ぃ~ツマミが足りへでぇ~!」
「あぁ・・・諦めるしか無いのか・・・」
「ふぁゆう・・・ふぁんば。」
「呂布、せめて口に物を入れながらしゃべるのはよせ。」
「さぁさぁ、恋殿! こっちには豚の丸焼きがありまずぞ!」
「ん・・食べる・・・」
「月・・・あのバカ共は放っておいて、ボク達は品良く楽しもうね。」
「あ、あの霞さん、私も、もう一杯いただけますか?」
「月ぇぇ~~~~!! ちょっと霞! あんた月に何飲ませてんのよ!?」
「はぁ? こんな機会でもないと月っちは喜媚の酒好き放題飲む機会無いやろが、
だから今日は月っちに優先的に飲ませてやってんねん。」
「やめなさいよ!! 喜媚のお酒はキツイのよ!
そんなに量飲んだらすぐに潰れちゃうわよ!!」
「大丈夫だよ詠ちゃん、このお酒美味しいし、私はしっかりしてるから。」
「月・・・月が見てるのはボクじゃなくてセキトだよ。」
「ワン!」
「詠ちゃんもそう思うよね~♪」
「あ~もう! やってらんないわよ! 喜媚! 私もお酒とオツマミもっと頂戴!!」
「ふむ、コレが喜媚の酒か、なかなかに美味よの。」
「劉協、この料理私が作ってみたのよ? 食べてみて?」
「おぉ! 姉様はとうとう料理まで作れるようになったのか!?」
「喜媚様に味見してもらったから、味は大丈夫なはずよ。」


そうして劉花ちゃんの作った東坡肉を食べる協ちゃん。


「うむ・・・・む! 美味いではないか!
よく味が染みていて、皮や脂身の部分がトロトロで美味いのじゃ!」
「作り方自体はそんなに難しくないし、根気よく煮込んで蒸し煮にするだけだからね。
劉花ちゃんでもできると思って。」
「うむ、コレなら姉様はいつでも嫁入りできるな!」
「まぁ♪」


さり気なく劉花ちゃんが横目で私の方を見た時に丁度目が合い、
お互い見つめ合い形になった所で、
いきなり横から何かに押し倒されたと思ったら、酔っぱらった賈詡さんだった。


「あんた、今何してたのよ!
私のツマミも作らないで劉花様といちゃつくとはいい根性してるわね!」
「いちゃつてないって、ツマミも作るから賈詡さんは席に戻っててよ。
じゃあ、私厨房に戻るから劉花ちゃんも協ちゃんも楽しんでね。」
「喜媚様も料理をつくるのはいいですが、
キリのいいところでこっちに来てくださいね。」
「分かったよ。 じゃあね。」


私は戦場となっている、厨房に戻り料理を作り始める。
宴会場もある意味戦場となっていて、霞さんが自身でもお酒を飲みつつも、
月ちゃんの器が決して空にならないようにお酒を注ぎ続け、
華雄さんがそれを止めようとするが、
「華雄は黙っとれや!」 と張遼さんが言ったと思ったら、
口にお酒の壷を突っ込まれて強制一気飲み状態になり、
恋さんは音々ちゃんや、皆が進める食事を黙々と食べ続け、
月ちゃんは霞さんか注ぐお酒を飲み続け、今はセキトや恋さんの家族の動物達を、
皆と勘違いし話しかけている・・・
動物達も、よくおとなしく月ちゃんの話を聞いてるものである。
賈詡さんは事態の収拾を早々に諦め、自身はちびちびとお酒を飲みながら、
皆の所に回っては、グチグチと日頃の愚痴をこぼしている。
協ちゃんと劉花ちゃんは二人で仲良く食事をメインに楽しみ、
偶に、皆のところに行っては劉花ちゃんが作った料理を、
皆に勧めて感想を聞いて回っている。


こうして、宴会の夜は進んでいき、皆が撃沈した所で、従業員の皆や、
かろうじて意識のある華雄さんや賈詡さん、それとお腹いっぱいで満足気な恋さんが、
皆をそれぞれの部屋へ放り込んで行き、
協ちゃんも今日は劉花ちゃんと一緒に寝るようだ。

そうしてこの宴会の夜は終わりを迎えた・・・はずだった。


それは宴会場の掃除が終わり、洗い物も片付き、
体を拭いてあとは寝るだけとなった時に事である。
私の部屋を尋ねる人物が一人・・・賈詡さんだ。


「喜媚・・・まだ起きてる?」
「起きてますよ、ちょっと待って下さいね。」


私は寝台から起き上がり、消そうとしていた燭台を持って扉に向かい扉を開けると、
そこには薄い生地で、
うっすらと下着が透けて見えるネグリジェのような寝間着を着た賈詡さんがいた。


「賈詡さんですか、こんな時間にどうしたんですか?」
「ん? 丁度いいと思ってね。
本当は別の日にボクがココに泊まりに来てから話すつもりだったんだけど、
今は皆酔いつぶれて居るみたいだからね。
話だけでも・・・と思って。」
「そうですか、とりあえずどうぞ。」


私は賈詡さんを部屋に案内し、椅子に座るよう薦めるが、
賈詡さんは寝台に座った私のすぐ横、肌が触れ合うような距離に座った。


「・・・え~っと、それで話ってなんなんですか?」
「一つは真名の話しよ、華雄は家の掟があるから別として、
ボクだけが皆の中であんたと真名を交わしていない。
別に嫌だったわけじゃないの・・・だた・・・なかなか機会がなくて。
あの戦の後お互い忙しかったし、邪魔が居たしね。」
「そうですね・・・あの戦の処理はまだ終わってませんけど、
あの直後は本当に忙しかったですね・・・
曹操さん達や美羽ちゃん達も家に泊まったりして・・・」
「それで・・・改めてボクの真名を受け取って欲しいの。
ボクの真名は・・・・ 『詠』 よ。 貴方にあずかって欲しい。」
「賈詡さん・・・・ 「詠よ。」 詠ちゃん。」
「ん♪」


その時の賈詡さん・・・詠ちゃんの笑顔は、今後一生忘れることはないだろう。
頬がほんのり赤く染まり、少しはにかむように微笑んだその笑顔は、
普段見る彼女の気の強そうな表情とは違って、とても女の子らしい澄んだ笑顔だった。


「これからは、僕の事は詠って呼んでね。
あんたの真名の事は知ってるから私はこのまま喜媚と呼ぶけど、
その意味が今までと違うのは・・・・いいえ、他の子とは違うわね。
そこでもう一つの話になるんだけど・・・
喜媚・・・私はあんたの事が・・・好き。」
「・・・・・え?」
「ちゃ、ちゃんと聞いてなさいよね!
ボクが人生で初めて異性に言った言葉なんだから!
私は、あんたの事が、好き。」
「・・・うん、そのなんて言っていいか、
いきなり予想外の事だったから驚いたけど、
・・・素直に嬉しいよ。
でも、私には 「待って・・・この事は荀彧も知ってるわ。」 ・・・え?」
「何時だったか、曹操達が泊まっている時に、荀彧と部屋を借りた事があったでしょ?
あの時に話したのよ。
そしてその後も何度か話をしてお互いの妥協点を見つけることができた。」
「桂花と・・・・?」
「コレを見て。」


そう行って詠ちゃんが私に渡した紙にはこう書かれていた。


『賈詡と董卓を抱くとこまでは認めてあげるわ。
洛陽での事は賈詡に任せるから、ちゃんと言うこと聞きなさいよ。
でなかったら・・・・わかってるでしょうね?』

と、そう書かれてあった


「はぁ!? (あれだけ私の浮気に敏感だった桂花が?
でも筆跡は確かに桂花の物だし・・・どういうことだ?)」
「あんたが納得出来ないのはよくわかるけど、まず話を聞きなさい。
荀彧・・・桂花も別に喜んでこの紙を用意したわけじゃないの、理由があるのよ。」
「桂花と真名を交わしてたの・・・?」
「已む無くね・・・一応言っておくけど、あいつが嫌ってわけじゃないの、
アイツとは恋敵なの、あんたをめぐってね。
だから慣れ合うつもりは無いけど、
今回は利害関係が一致し 『尚且つ』 お互いを信頼する必要があったのよ。」


そうして賈詡さんが語ったのは、私が現状置かれている立場。
馬超さん達の事、霞さん達のような他の私の知り合いの女性の事。
私の立場が変わった事で、これから色んな誘惑や話が持ち上がり、
その中には私を誘惑しようとする者や、見合い話を持ち込む者など、
様々な者達が現れるであろうという事。
そんな人達に私が騙されないように誰か信用が置ける者が付いていないといけない事。
そして桂花と真名を交換するに至った経緯。
私の正妻の座を賭けて勝負はするけど、お互い排斥はしない。

なぜ桂花と詠ちゃんがそんな事になったのか、理由を聞いたが・・・


「ボクと桂花、そして月にはあんたが必要なの。
桂花がどうしてそこまであんたに括るのかは詳しく聞いてないけど、
本気だというのは分かったわ。
そしてボク達の理由だけど、これからこの国の改革をしていく上で、
ボクも月もこれから今までに無い、苦難の道を歩いていくでしょう・・・
そしてその支えにあんたが必要なの。
月は、皆の前でもよく笑うけど、
あんたとボクの前でしか月は本当の意味で安らいだ顔を見せる事は無いの。
月にとって、皆は仲間であると同時に友人であり、
部下であり劉協様などは上司なのよ、
そしてあんただけは、そんな事関係無く友人であり、
同じ夢を持っている者どうしの共感、とでも言うのかしら?
月も自分と周りの人達が幸せならそれでいいと思っている娘よ。
そして喜媚、あんたもそう。
だからなのか、それとも単純に惹かれているのか、
月はあんたの前でだけは本当に安らいだ顔を見せる。」
「・・・詠ちゃん。」
「そしてボク・・・ボクは最初はあんたの知識が目当てだった。
劉協様と劉弁様が拐われたあの日、あんたの機転の効いた策や、
許昌で桂花と学んだという内政方法、
その時見せた知、それが目当てであんたの元に通っていたわ。
・・・でも通っている内に、
ボクが仕事で疲れている時なんかにボクの体を気遣って料理を出してくれたり、
ボクの愚痴を聞いてくれたり、悩みの解決案への道筋を示してくれたりしたり、
お酒に酔ったり、疲れて眠ってしまったボクを部屋に運んでくれたり、
そんな隙だらけのボクに何をするでもなく、そっと布団をかけてくれたり。
そんな日々を送っていたら、いつの間にか喜媚、あんたに惹かれていた・・・」


私は詠ちゃんの独白を黙って静かに聞く。


「そして反董卓連合・・・馬鹿な名前よね、
反董卓ですって? 月が何をしたっていうのよ! ・・・けど、それは今はいいわ。
その時に町の皆を守る為に、あんたが月の客将として参加し、
闘いぬいた時、ボクはあんたの本質を見た気がした。
あぁ、この子は月と同じなんだ・・・
自分の周りの人間が傷つくのが耐えられない子なんだ。
そう思った時、ボクは月に持っていた感情・・・家族、姉妹、親友、
そんな想いとは別に、
あんたには月に持っていた感情とは別に女として、
思慕の感情が生まれている事をはっきりと認識した。
・・・今、もう一度言うわ、喜媚・・・ボクは喜媚が好き。
あんたが必要なの、あんたの知、支え、伴侶、人生を共に歩く者として、
喜媚がボクには必要なの。」
「詠ちゃん・・・・」


詠ちゃんは私の目を真っ直ぐみ見てそう語る。


「別に今すぐ抱いて欲しいなんて言わないわ。
喜媚も桂花に確認したいでしょ?
だけど・・・今は、これくらいは許して?」


そう言うと詠ちゃんは私の正面に立って、私の頬を愛おしい人に触れるように撫でて、
目をゆっくりと閉じながら、顔をゆっくりと近づけ、私に口付けをした。

私はそんな詠ちゃんを拒否することは出来ず、
自然に、詠ちゃんの口付けを受け入れた。

後に私は、桂花への罪悪感に苛まれる事になるが、
その時は桂花への罪悪感は一切無く、ただただ詠ちゃんが愛おしかった。




詠ちゃんとの初めての接吻は・・・少しお酒の味がした。



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七十三話

洛陽




私は、自分の寝室に訪ねてきた詠ちゃんの告白を受けた後、口付けされ、
しばらくそのままでお互いの唇の柔らかさと、ぬくもりを確認した後、
ゆっくりと詠ちゃんが離れていき、やがて、お互いの唇が離れる。

その後、詠ちゃんは私の頬を一撫でした後・・・


「今日はここまでにしておくわ・・・
本当はこれ以上許してもいいんだけど、皆が居るからね。
それにアイツとの約束もあるし。
喜媚と結ばれる時はそういう余計な心配したくないし、
貴方も桂花に確認したいでしょ?
それに・・・そうやって焦らす方が喜媚がボクの事意識してくれそうだし♪」
「詠ちゃん・・・」
「フフ、要はおあずけよ♪
じゃあね、おやすみ。」


そう言って燭台を持って、詠ちゃんは扉に向かって歩いて行き、
最後に私の方を見て唇に人差し指を当てた後、ニコリと笑って部屋から出ていった。


「・・・・」


その日は宴会料理等を作ったり、
皆にお酒を飲まされたりして眠たかったはずなのだが、
しばらく眠ることは出来ず、ずっと詠ちゃんの事を考えていた。

コレが計算だとしたら、詠ちゃんは間違いなく悪女だろう。


何とか眠ることが出来、朝目が覚めた時、しばらくボーっとしていたが、
ようやく頭が働き出した時、私が昨晩何をされたか思い出し、
私はすぐさま再び布団に潜り込み、悶絶し、桂花への罪悪感や、
昨晩の事は夢だったんじゃないか? 昨晩の詠ちゃんはすごく可愛かった、等、
頭の中を整理するのに大変な時間を要した。

そうしてなんとか朝食を作る時間に間に合うように身支度を済ませ、
厨房で皆の朝食を作っている時、ようやく皆がそれぞれ起きだしてきて、
水がほしいだの、迎え酒が欲しいだの、言い出したので、
二日酔いには水分補給と糖分をとったほうが良いので、
スポーツドリンク、蜂果水をそれぞれに渡して飲むように進めておいた。

そうして調理を進めていると詠ちゃんが降りてきて、
挨拶だけして月ちゃんの隣の椅子に座ったので、そちらの方に視線を合わせたら、
頬を少し染めて、私と目を合わせて、人差し指を唇に当ててニコリと笑った。


「おはよう喜媚。」
「あ、おはよう詠ちゃん。」
「フフ・・・♪」
「っ!?」
「・・・・ん? 詠ちゃん、喜媚さんと真名を交わしたの?」
「あぁ、昨晩ね、少し眠れないから風にあたってたら喜媚と話す機会があってね。
ボクだけ真名を交わしてなかったでしょ?
いい機会だと思って真名を交わしたのよ。」
「そう・・・でもコレで家の事情がある華雄さん以外、皆真名を交わし会えたね♪」
「そ、そうね。 月、後で少し話があるから、
今夜一緒に夕食の後にでも、ボクと二人で、一緒に飲みましょうか?」
「え? いいよ。 詠ちゃんと二人っきりっていうのは久し振りだね。」
「そうね。」


コレで昨晩の事が夢などではなく現実だと確信した私は、
朝食後、皆を宮殿に見送った後、すぐさま部屋に駆け込んで、
竹簡に桂花への謝罪文と、どういう事なのか問い合わせる内容の書簡を作り、
店の開店準備を皆に任せて、
いつも陳留に書簡を届けてもらっている行商人の人がいるかどうか宿に確かめに行き、
たまたま、今日は居なかったので、
来たらすぐに私に知らせるように宿の店長にお願いだけして帰ってきた。

こうして書簡が桂花の元に届き、返事が帰ってくるまで、
私はひたすら詠ちゃんに操られるように、詠ちゃんの事を意識させられ、
桂花に対する罪悪感と、詠ちゃんに対する妙な意識に悩まされる事になる。


宴会の日から数日、桂花に確認の書簡を送ることも出来、
詠ちゃんはあれから、工事の進捗状況を確認という名目で、
更に良く家の店に来るようになり、
会う度にからかわれているが、アレ以降特に進展はない。

私も詠ちゃんは決して嫌いじゃないし、あの口付けの件もあり、
女の子として意識させられているが、
桂花の居る手前手を出すと言う訳にはいかないし、そのつもりも無い。

桂花の返事もまだ戻ってきていないが、
一体どうしてあんな書簡を書いたのだろうか?

理由は詠ちゃんから聞いたがそれだけなのだろうか?
確かにあれから馬超さんや馬岱ちゃんも董卓軍に加わり、
偶にウチの店に来てくれているが、馬岱ちゃんはともかく、
馬超さんは私の顔を見てすぐに真赤になるが、それだけで、
わたしの為人を見極めようと観察しているように見える。
逆に馬岱ちゃんは積極的に、私に絡んできたり、
買い物に付き合うと言う名目で、腕を組んできたりしてくるが、
彼女の場合、少し背伸びしたい女の子、みたいな印象があるので、逆に安心できる。
なんだか荀諶ちゃんを相手にしていた時のことを思い出す。


さて、店の増築工事もそうだが、反董卓連合が終わった事で、
国内の状況を少しでも良くするために、月ちゃん達が次々と政策を打ち出していく。

まずは以前から計画していた、塩引の発行の告知と、
新通貨発行の告知、更に、今までは色々会ったので略式だったが、
正式に協ちゃんが皇帝に着任した儀礼とお祝いの祭りの開催で、
連合との戦争で落ち込んだ洛陽や董卓領内の民の意識を明るくしようというのと、
経済を活性化させようと言う計画を立てている。
更に異民族問題で、今までは中央の圧力で各地で問題が起きていたが、
月ちゃんが中央に着いたことで、
異民族との融和政策を今後長期的に行う地盤作りをすることになっている。

それに袁紹さんの領内で、やはり領地返還に伴ない反発が起きたため、
現在袁紹さんの領内では、粛々と領地を返還しようという少数派の袁紹派と、
それに反発し、独自で勢力を上げたり、賊まがいの略奪を行う、反袁紹派、
それに日和見の中立派に別れて、領内が内乱状態になっている。

それを抑えるために、曹操さんが奮闘しているらしいが、
他の諸侯が、積極的に戦闘に参加せずに、
なんだかんだ理由を付けて挙兵を断っているため、
曹操さんから、月ちゃんに協ちゃんに勅を出すように催促が来ているらしいが、
その不仲を煽るの詠ちゃんの策の内なので、現状は様子見といったところである。


それと、なんと言ってもこの時期に起きた大きな事件といえば、
孫策さんが、連合を解散し、寿春に戻った時に美羽ちゃんの部隊をを背後から強襲し、
不当な約定で奪われたと主張した領地の奪還と、
美羽ちゃんの揚州の統治では民が飢えてしまうと言う名目で、
義によって立ち上がるという名目で袁術軍を襲った事だろう。

戦闘自体は、それほど大規模では起きず、
完全に予想外の強襲を受けた事と、兵糧がそれほど無かった事、
早期に孫策さんが、周泰さん等の隠密部隊を使って、
美羽ちゃんの周りで甘い汁を吸っていた、
悪徳な文官や将官を暗殺や強襲してしまった事で、
袁術軍の兵の士気は連合での敗戦に追い打ちをかけるように一気に下がり、
孫策さんに投降する兵も多かったらしい。




--孫策--


私は今、袁術軍をほぼ掃討、投降させ、
冥琳や穏や兵達と共に、目の前で袁術ちゃんを仕留める一歩手前まで来ている。


「さてお祈りは済んだかしら?
当初の約定が有ったとはいえ、今まで散々こき使ってくれちゃって・・・
それに揚州の統治もろくに出来ない状況で、
このまま袁術ちゃんを野放しにしておくと、
揚州や私達に付いて来てくれている、呉の民が苦しむのよね。」
「孫策! 今まで妾がかけてやった恩を仇で返すつもりかえ!?」
「受けた恩の分は十分働いたじゃない、
賊の討伐、水賊の討伐、揚州の統治、散々こき使ってくれたじゃない。
それで命を落とした兵だって居るわ。
私が母様を失ってから袁術ちゃんに受けた恩の分は十分働いたと思うわよ?」
「ぬぐぐ・・・七乃ぉ。」
「美羽様、私の後ろに! 孫策さん・・・他の者達はどうしたんですか?」
「他の奴ら? 揚州の統治で賄賂を貰ったり公文書の偽造で懐を温めていたり、
悪事を働いていた奴らは全て今回の事で処理したわよ。
証拠もしっかり用意してある、この後、陛下にちゃんと説明出来るだけのね。
コレで揚州の民の未来は明るくなるわ。
まぁ、でもそれを貴方達が心配する必要は無いのだけどね。」


そう言って私は孫家の主の証である宝剣、南海覇王を抜き袁術ちゃん達に向ける。


「後は貴女達だけよ?
せめて苦しまないようにしてあげるからおとなしくしなさい。」
「「ひっ・・・っ!?」」
「・・・くっ!?」


一瞬怯えた袁術と張勲だったが、袁術がすぐに私を睨みつけ、
張勲の前に守るように手を広げて立つ。


「美羽様!?」
「せめて切るなら妾だけにするのじゃ! 七乃は許してやってたも!」
「美羽様駄目です!
私がなんとか退路を開きますから美羽様だけでも逃げてください。」
「・・・もうココは囲まれておる、逃げても無駄じゃ。
ならば妾が首を差し出せば、せめて七乃だけでも助かるやもしれぬ。
七乃、妾の最後の命じゃ! 喜媚によろしくな・・・後・・・すまぬと伝えてくれ。」
「美羽様いけません!」
「喜媚も良く書簡に書いておった、配下の者の心をよく掴んでおくようにと・・・
妾は遅すぎたのじゃ・・・もう少し早く、幼少の折に喜媚に会えておれば・・・
喜媚が妾の元に来てくれればの・・・最後にもう一度喜媚に会いたいのう・・・・」
「美羽様・・・・」


正直なところ私は驚いている。
袁術ちゃんは張勲と泣き叫んで命乞いでもするのかと思ったら、
この場に来て、主君としての最後の務めを果たそうとしている。
体が全身震えているし、涙目だが、はっきりと発言し、部下を想い、
主君として最後の務めを全うしようという袁術ちゃんのその姿は、
幼いながらも確かに人の上に立つ才・・・血筋を持っている。
この娘がもう数年、主君として人の上に立つ事を学ぶ時間があったのなら・・・
せめて部下がもう少しまともなら・・・
私達との因縁がなかったら・・・
袁術ちゃんはきっと、王にはなれなくとも、
名君として名を馳せることもできただろう。


「ふん・・・その覚悟、本当かしらね。」
「妾は好きにするが良い、だが投降した配下の者や七乃は見逃してやってくれ。」
「・・・分かったわ、約束してあげる。
それじゃあ・・・・さようなら。」


私は南海覇王を袁術ちゃんの首めがけて横薙ぎに斬りつけるが、
袁術ちゃんは震えているが、私から目をそらすことも無く、
しっかりと私を睨みつけている。

そして私は南海覇王を袁術ちゃんの首の寸前で止める。


「っ・・・・!?」
「はぁ・・・まったく、この数年で何があったのかしらね。
最初はただの我侭娘だったのに・・・どう思う冥琳?」
「間違いなく喜媚殿との出会いだろうな。
明命が蜂蜜を買い、書簡を預かる様になってからこっそり書簡を見させたが、
日常会話と袁術の愚痴を聞いているような内容がほとんどだが、
さり気なく主君としての心得や、袁術を導くような内容も含まれていた。
確実に喜媚殿は袁術を導くように差し向けていた。」
「ここでも喜媚ちゃんか・・・ならあの計画、やはり実行ね。
シャオを送るわよ、もう文句は無いわよね?」
「あぁ、問題ない。」


私が南海覇王を鞘に収めたことで、袁術ちゃんはその場にへたり込み、
首のあたりを撫でながら、何事かと私と冥琳達の様子を見ている。


「? 何じゃ、妾を殺さぬのか?」
「見逃してあげるわ、袁術ちゃん斬ると喜媚ちゃんに嫌われそうだし。
そのかわり、袁術ちゃんと張勲にはこの地を出て行ってもらうわ。
二度とこの揚州、呉の地を踏むことは許さないわよ。
それと、陛下の前で、貴女の部下が犯した数々の悪事を認めてもらうわよ。」
「・・・・は? そんな事で良いのか?」
「そんな事って・・・少しは地位に未練はないの?」
「こんな不自由で周りの者が妾を小馬鹿にするような所に未練など無いのじゃ!
父上に言われてしょうがなくやっていただけだからの。
蜂蜜を好きに食べるなくなるのは惜しいが、
これ以上、七乃と妾の命を狙われるような事はゴメンなのじゃ!」
「・・・・私、もっと早く袁術ちゃんに君主を代われって言ったら、
喜んで変わってくれたのかしら?」
「・・・私に聞くな。」
「それで孫策・・・妾達をどうするつもりなのじゃ?」
「逆に貴女達はどうしたいの?
揚州に留まる以外なら大抵の事は聞いてあげるわよ?
ただし、どこかで旗揚げでもしようものなら、次は容赦なく斬るわよ。」
「もうこんなめんどくさいし、皆に恨まれるような事やらぬわ!
七乃、二人で喜媚の所に行こう!
喜媚の所で一緒に蜂蜜を作るのじゃ!」
「喜媚さんは洛陽ですから蜂蜜は作れませんよぅ・・・
でも、お願いすれば店員として雇ってくれるかもしれませんね。
今度お店を広くするって言ってましたし。」
「うむ、ならば早速洛陽に行くのじゃ!!」


そう言って袁術ちゃんは張勲とどこかに行こうとするが、
私が袁術ちゃんの首根っこを掴んで、引き止めた。


「グェッ・・・ケホッケホッ な、何をするのじゃ!!
この城はくれてやると言うたではないか!」
「あんた達に好き勝手動かれると迷惑なのよ。
まだ、どこの馬鹿があんた達を利用しようとするかわからないんだから。
明命、居る?」
「はっ!」


私が明命を呼ぶと天井裏(?)から明命が降りてきた。




--周泰--


「兵を何人か連れて、袁術ちゃん達を洛陽に連れて行ってくれる。
そして董卓と喜媚ちゃんに経緯を説明してきて頂戴。
その時に今までに下準備しておいた物も全部使ってね。」
「え!? まさか・・・わ、私が董卓に今回の事を説明に行くんですか!?」
「そうよ、私も親書を書くからそれを渡して、説明してきて頂戴。
今は何としても早く揚州を治めないといけないから、
私はここを離れられない・・・悪いけど明命しか動けるものがいないのよ。
喜媚ちゃんへの説明は、口頭で説明すればいいわ、
あの子は聡い子だし、揚州の事を知っているから、
揚州の民の為にとって、コレが一番いい事だってわかってくれるはずよ。
あ、ついでにシャオを今度連れていくから預かって、ってお願いもしてきて♪」
「えぇ!? ほ、本気ですか?」
「もちろん本気よ、本当は蓮華も一回会わせてあげたいけど、
シャオを先に喜媚ちゃんのところ、
と言うか董卓との友好の使者として送り出すわ・・・
それがたとえ実質は人質だったとしてもね。」
「・・・っ!?」


小蓮さまが人質・・・?
・・・そうか!? いくら揚州の民のためとはいえ、
今の袁術軍を倒し、簒奪した我らは世を乱す簒奪者。
いくら証拠があろうが、いくら揚州の民のためだろうが、
陛下から領地を賜った袁術から領地を奪ったのだ・・・
信用を得るにはそれ相応の対価が必要・・・
それが小蓮さまの洛陽行き。

そして孫家の親族を洛陽に預ける事で、皇帝陛下に叛意は無い事を証明し、
同時に喜媚さまの血を狙いに行くのか。


「袁術ちゃんを倒し、揚州を握ったとしても、
ここで董卓や陛下を敵に回す事はできないわ。
私が書いた董卓への親書と、冥琳達がまとめた揚州の現状を綿密に調査した資料、
袁術の統治下で、揚州内の将官による不正の証拠等をまとめた書簡、
これらを使って、袁術ちゃんの統治の現状等の説明をしてきて頂戴。
まずは、今まで明命に長いこと掛けてした準備してもらっていた、
内部の協力者達も使って圧力をかけ、その書簡を董卓に渡して説明し
何としても、今回の戦の正当性は我らにある! と言う事をもぎ取ってきて。
そして、袁術ちゃん達を喜媚ちゃんに預けて無事に帰ってきて頂戴。」
「悪いな明命、今動けるものがお前しかおらぬのだ。
後始末や事務仕事で私と穏や亞莎は手一杯・・・
袁術の領内、揚州はそれほどひどい状況なのだ。
お前に渡す資料を全部読めば、賈詡ならば我らの言いたい事は全て汲んでくれよう。
お前に以前から頼んでいた、人脈を使い、外堀を埋めていけば、
明命は黙って立っていても話は通るはずだ、それだけの準備は重ねてきた。
それに、我らは何も嘘偽りは言っていないのだからな、真実に勝る武器は無い。」
「それにそのための袁術ちゃんなのよ。」
「その・・・ための?」
「そう、私達だけの証拠や証言じゃ、作り話だと言われる可能性がある。
まぁ、そうなっても、董卓の調査部隊を揚州に入れればいいんだけど、
でも、できたらそれはしたくない。
董卓に揚州の土地を調べられたくないからね。
だけど袁術ちゃん自身が、認めたら?
私達の証拠の信憑性は確実な物になる。
そして今の袁術ちゃんなら・・・震えながらも張勲を守るために主君として立って、
私を睨みつけ、喜媚ちゃんとの生活を夢見る、
今の袁術ちゃんなら・・・信じてもいいような気がするのよ。」
「・・・フッ、また雪蓮の勘か。」
「そうね・・・コホン、話を戻すわよ。
それで明命には董卓の返答を貰ってきてもらい、
その返答次第で後日、誰か適任な者を選んで、
シャオを洛陽に連れて行く事になると思うわ。」
「・・・そんな重大な任務を・・・私が?」
「大丈夫よ。
貴女は董卓に会う前に事前に根回ししておいた人脈に動くように指示して、
董卓に私の親書と冥琳達のまとめた書簡を渡して、
『今回の袁術の地位の簒奪は、民と陛下への義によって立った物です!
今は我が孫家は董卓様や陛下に逆らうつもりは毛頭ありません!』
そう言えば丸く収まるはずよ。」
「・・・わ、わかりました。」
「お願いね。」
「は、はい!」




--孫策--


こうして、揚州・・・呉、母様の領地を取り戻すことができたが、
これからが大変だろう。
母様の夢は天下を取ることだけど、現状では難しいと言わざるをえない。
もちろん諦めるつもりもないが、私達はこれから揚州を復興させ、
袁紹の領土で起きている内乱を鎮圧する諸侯がその後、
私達の領土を狙わないように警戒し、
さらに董卓と今揉めるわけにも行かない。
ココ数年・・・下手したら十年単位で動く事ができないだろう。

そうなったら董卓や曹操はどれだけ先に進んでいる事だろうか・・・
私も早急に揚州の豪族や諸侯をまとめ上げ、
蓮華に主君として早く独り立ちしてもらわねば・・・
董卓や曹操に置いて行かれる訳にはいかない。
シャオや明命には更に酷な仕事を頼まねばならない。
洛陽で行われている董卓の治世や、
喜媚ちゃんの知と血を早急に得られるようにしつつ、
その情報を送ってもらわないといけないのだから。


袁術ちゃんに関しては、喜媚ちゃんの所で働くというのなら、それでいいだろう。
もはや袁術ちゃんに構っている暇など無い。
私達はこれからやることが山積みなのだから・・・




--関羽--


連合に参加した諸侯はすでに自領へと帰っていったが、
私達はその領土さえ失い、
ご主人様も今ではただの一般の民として生きて行かなければならない。
更に私達には全員強制労働を言い渡されているが、
鉱山ででも働かされるのだろうか?
あれから大分日数が経つが、未だに董卓殿や賈詡殿は何も言ってこない・・・

私達にあてがわれた部屋は牢屋などではなく、悪い部屋ではないのだが、
それが逆に、董卓が何を考えているのか分からず、
朱里や雛里などは日々頭を悩ませている。

ご主人様も死罪は免れたものの、
今考えれば天を名乗ったのは些か早計だたとも言えるが、
あの時はああするしかなかったとも言える・・・


「駄目だ・・・こう何もやることがない時間ばかり有ると、
余計なことばかり考えてしまう・・・
私は一体何をやっているのだろうな・・・
喜媚殿・・・私は一体どこで間違えたのでしょうか?」



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七十四話

洛陽




--関羽--


賈詡殿に部屋で待機を命じられて、はや十日は過ぎただろうか?
それとも一年はたっただろうか?
日付の感覚が曖昧でよくわからない。


桃香様や鈴々等は、当初は洛陽の人達が悪政などで苦しんでいない事を喜んでいたが、
今では、なぜ自分達に未だに何の処罰も下されないのか、
朱里達と一緒に不安がっている。
星は・・・・いつも通り飄々としたものだが、表情にいつもの明るさはない。

張譲の処刑は速やかに行われたのに、私達には未だに何の音沙汰もない。
董卓殿は、一体我らをどうするつもりなのだろうか?

ご主人様は男という事で別室を充てがわれているが、
部屋を出て庭園で気分転換をするくらいは許されているので、
その時に会い、様子を聞いてみたら、特に何も酷い仕打ちは受けていないという事だ。

どうやらご主人様は異民族だと思われているようで、
時折、兵士がやってきては、この国の常識を教えてくれるそうだ。
だがその教え方は親切で、とても異民族を相手にするものではないのだが、
それが董卓殿の方針なのだそうだ。
まず相手を信頼しなければ自分を信じて貰えない。
実際、董卓殿は、異民族と積極的に経済交流する事で、羌や氐を抑えているそうだ。

ご主人様は、すでに以前の服は没収され、
宮中ということで、普通の民が着る服よりも上質な物をを支給され、
今後、洛陽から追放された際に生きていけるように、
この国の常識を教えられているそうだ。

董卓殿の噂を聞くくらいの兵士との会話は許されているので、実際聞いてみたのだが、
以前の洛陽はそれは酷く、民の生活も困窮していたらしい。
そこへ何進様暗殺事件が起きて、宮中の宦官が袁紹達に誅殺され、
拐われた天子様を董卓殿が救ったと言う事で、
現在の地位、相国に納まったと言う話だそうだ。
董卓殿の統治に変わってからは、違法な賄賂等の要求は一切禁止され、
今の洛陽を見ればひと目で分かるように、善政が敷かれ、民に笑顔が満ち溢れ、
兵士も洛陽を守ることに誇りを持っている。

だから今回の反董卓連合には激怒し、兵士達の士気は上がり、
何が何でも洛陽と董卓殿、
それに天子様を守るんだという気概に満ち溢れていたそうだ。


そこでついでに喜媚殿の事を聞いてみたが、
喜媚殿は以前から董卓殿に高待遇で士官を勧められていたようで、
今回、張譲達によって、反董卓連合を組まれた事で、義によって立ち上がり、
客将扱いで董卓軍に仕官し、工作部隊の部隊長として参加し、
数々の戦功を上げられたそうだ、

私がその話を聞いた兵士は喜媚殿の事を、
まるで自分の戦功を誇るように語り、褒め称えた。
どうも喜媚殿が率いた部隊は 『黒猫隊』 と呼ばれていてそうで、
皆喜媚殿と同じ、猫耳頭巾付き上着の制服を支給され、作戦時に着用している。
その部隊は五十名前後で構成され、
董卓軍の最精鋭部隊として勇名を馳せているそうだ。
志願者は数多くいるけれども、決して増員されず、
今回の戦が終わり、連合が解散した後、その部隊も解散されたが、
一部の者は、今でも重要な秘密任務を受けていて、
日々、洛陽の為に影で働いているそうだ。

その話を聞いた私は、酷く罪悪感に苛まれる事になる。
我々の陣営はあの状況では他に選択肢がなかったとはいえ、
戦嫌いで、周りの者を大切にし、日々の穏やかな生活を望む喜媚殿を、
私が戦場に狩りだした要因の一部になってしまった事に・・・


そうして私達が日々を過ごしていると、
ようやく賈詡殿から私達に対しての沙汰が下される事となったので、
謁見の間に通される事になった。

そこには董卓殿と賈詡殿、それに護衛の武官が数名待機している。


「劉玄徳、北郷一刀。」
「は、はい。」 「はい。」
「今回、貴方達の事情は察しますが、
あのような不敬な連合に参加し陛下のお住みになられる洛陽を攻め、
あまつさえ天の名を語る等という不届きな事を許すわけには行きません。
よって、前回申し付けた通り、領地は没収し、北郷一刀は我が領内から追放。
劉玄徳達以下の者は洛陽で期限付きの強制労働をしてもらいます。」
「はい。」 「はい。」
「労働内容は賈文和が説明します。」
「ではボクから説明させて貰うわよ。
まず劉玄徳、諸葛孔明、鳳士元の三名は、
最近ようやく完成した、ボク達が運営する塾での講師をする事。
コレは領内の識字率を上げ、住民の知的水準を上げることが目的よ。
その中から将来、我が軍に有望な者は現れたら積極的に登用していくつもりよ。
関雲長、張益徳、趙子龍の三名は、今度新設される、
洛陽の治安維持の為の部隊の一般隊員として、洛陽の民を守る事。
今まで貴女達の刑の執行に時間がかかったのは、
私塾の工事と、新設する部隊の屯所の建設や部隊編成に時間がかかったからよ。
なお、一応最低限の賃金は支給され、住む場所もこちらで用意するので、
刑期が終わるまでは、勝手に転居等しないように。」

「「「「「「はい。」」」」」」

「それと北郷一刀。
貴方は当初の予定通り、数日後、洛陽から追放されるわけだけど、
その際、最低限の旅の準備こちらでしてあげるので、心配はないわ。
コレは一応、黄巾の乱と今までの領地運営の功績を鑑みて、
董仲穎様からの温情だから感謝し、二度と天子様の名を語ったり、
国内を乱れさせるような真似はしない事。
希望があるなら、どこかの邑までの旅の手配をするけど何かある?」
「・・・徐州へ、できたら彭城への手配をお願いします。
俺・・・私が思慮が足りず馬鹿な事をやったせいで皆に迷惑をかけた、かけました。
せめて、皆にそのお詫びをしたい。」
「・・・わかったわ、彭城まで行く行商人の一座がないか調べておくわ。
それと、それまでにかかるであろう、旅費や食料も用意する。 それでいいわね?」
「はい。」
「他の者もそれでいいわね?」
「「「「「「はい。」」」」」」


こうして、私達の処分は決まった・・・・皮肉な事に、
私達がやむを得なかったとはいえ、
攻め込んだ洛陽の民を私達が守る事になるとは・・・

だが警備などしていたら、いつか喜媚殿に会う事もあるだろう。
・・・私はその時どんな顔をしたらいいんだろうか?
罵倒されるだろうか? 詰られるだろうか? 無視されるだろうか?
それとも私達の立場を理解してくれるだろうか?
・・・ただ、今の私は喜媚殿に会いたいというい気持ちの反面、
何よりも会うのが恐ろしかった。


董卓殿から沙汰を下され、
私達は謁見の間を出て庭園に集まり、今後の事を話している。


「それにしても董卓さんが優しい人で良かったね!」
「確かにそうなのですが・・・少し腑に落ちません。」
「うん・・・朱里ちゃんもそう思う?」
「なにか気になるの? 朱里ちゃん、雛里ちゃん。」
「いえ・・・刑が軽すぎるんです。
死罪となったのは張譲さんのみで、袁紹さんでさえ領地と私財の没収です。
橋瑁さんは戦場で呂布さんに討たれたので除外しますが。
今回の連合に参加した諸侯全員、刑が軽すぎるんです・・・私が思うに、
・・・コレは策略です。」
「策略? どういう事だ?」
「おそらく賈詡さんは連合に参加した諸侯が潰し合うのを狙っているんだと思います。
今回の戦では董卓さんが勝ちましたが、その戦の仕方は防衛に徹していたため、
被害は軽微です、汜水関等の関や道が痛みましたが、
その保守費用は等は全て連合に参加した諸侯で補うことになっています。
今回、戦に参加した諸侯は被害は甚大で戦費もかなり使っています。
その上、保証費用を長期にわたって徴収されるので、どうしても自領では補えません。
と、なると無ければどこかから持ってくるしかありません。
それに、袁紹さんの領土は国内でも最も肥沃な土地で、そのため蓄えも十分あり、
アレだけ大量の兵を養っていけていましたが、その分汚職も酷かったんです。
おそらく、最悪、袁紹さん、
もしくはその側近の誰かが陛下の裁定に反旗を翻すでしょう。
そのための布石が 『袁紹さんと配下の将官も含めて私財没収』 なんです。」
「どういう事・・・まさか!」
「そうですご主人様、賈詡さんは 『わざと』 反旗を翻すよう誘って、
それの鎮圧を連合の諸侯にやらせて弱体化させ、袁紹さんの領土を平定した上で、
自分の腹心の部下にでも統治させ、この国の役半分の領土を得る事になるんです。
自分の懐は一切痛めず、それどころか肥やして。」
「そしてその間に董卓さんの領土は益々潤っていく・・・
今回の戦の勝利で、すでに董卓さんは天下統一への道標ができているんです。
曹操さんは袁紹さんの領土を狙っているようですが、
それも董卓さんの胸先三寸、袁紹さんの配下が反乱を起こせばそれを口実に、
国を乱した責任を追求され、袁紹さんの領地はわずかに貰えたらいいところ。
下手をしたら責任を追求される事さえあります。」
「では、この国は近い将来董卓殿が統一すると?」
「そうです星さん・・・その道筋はすでに見えているんです。」
「・・・む~、鈴々にはよくわからないけど、
戦が無くなるのは良い事なのだ。」
「そうですね、ただこれからしばら袁紹さんの領内は荒れるでしょう。
その後、諸侯同士で潰し合って、最後に残った諸侯を董卓さんが止めを刺して終わり。
董卓さんの勝利です。」
「で、でも董卓さんはいい人だから酷い事はしないよね?
朱里ちゃん、雛里ちゃん?」
「そうですね、洛陽の統治を見る限り董卓さんの統治能力は、ずば抜けています。
私も以前の洛陽の話は聞きましたが、わずかこれだけの短期間でここまで復興させ、
繁栄させている・・・そしてすでにその先も見えているんです。
だからわざわざ、国費まで使って塾を作り、
民の識字率を上げ、これからの国政を担う者を育てようというんです。
そして、それを私達にさせるつもりなんです。」
「反董卓連合なんて意味がなかったんです・・・
董卓さんは今最もこの国の未来を見ているんですから。
私達がやった事は・・・・・」


朱里と雛里は無力感に苛まれ、暗い表情になっているが、
そんな時、星が明るくこう言った。


「そうか・・・しかし、そう悪いことでもなかろう?
これからこの国は良くなっていく、我らはその手伝いをいち早くできるのだ。
今は罰を受ける身だがその期限も無期限ではない。
将来この国が良くなった時に、胸を張ってこう言えばいい。
『我らがこの国の礎を築いたのだ。』 とな。
そう言えるように、与えられた任務を果たせば良い。
桃香様の 『みんなが笑って暮らせる国』 は我等の手では無理だったが、
その手助けはできるのだから、我らはまだ恵まれているというものだ。」
「そう・・・ですね・・・
そして私達はこれからのこの国を良くしていく子供達を育て上げて、
同時に董卓さんが権力に酔って暴走しないように、
内部から見張る役目をすれば!」
「そうだよ朱里ちゃん! 桃香様や御主人様、
それに皆でこの国を良くすることは、まだ出来るんだよ!」
「そうだな・・・我らがこの洛陽の民に迷惑をかけた分・・・
それにこれからの未来の為に、まだやれることがあるんだな。」
「鈴々も頑張るのだ!」
「そうだよな・・・俺も徐州に戻って巻き込んでしまった皆に謝って、
外から袁紹の領土の民が少しでも困らないように、
今まで学んだことを生かしてなんとかやって行くよ。」
「皆、頑張りましょう!」

「「「「「「おう!」」」」」」




--喜媚--


「と言う事で劉備達の処遇はそうなったわけ。」
「あんまり酷い事にならなくてよかったよ。」


今詠ちゃんはウチの店で、休憩しつつ、
今日劉備さん達に処断を下した事を教えに来てくれた。
私が愛紗ちゃんと知り合いだというのを知っているので、気を使ってくれたんだろう。


「月も甘いからね・・・私は死罪、鉱山労働、
五十回棒叩きでもいいと思うんだけど。」
「それって、ほとんど全部、死に直結してるよね?
一番いい鉱山労働だってかなり死亡率高いって聞くし。」
「・・・つまりはそういう事よ。」
「詠ちゃんは時々言う事が過激で怖いよね。」
「それがこの国の治安に取って最もいいと思うんだもの。
特に劉備は本当は真っ先に排除したいんだけど、
月がいい先生になりそうだとか言うから・・・あんたが吹き込んだんでしょうけど!」
「で、でも子供達には人気でそうだよね。
董卓領内の識字率を上げるための実験何でしょ?
先生が生徒に好かれるのはいいことだよ。」
「はぁ・・・・あんた達は呑気でいいわね。
ボクは子供達が変な洗脳されないか心配よ。」
「洗脳って・・・」
「天の御遣いなんて怪しい名前で義勇軍をアレだけ纏めあげたのよ?
あの娘は天然で人心を集めるのがうますぎるのよ。
それだけに放置できないから、殺すか、籠で飼いならすか・・・ハァ。
月も、もう少し主君として非情な判断を取れるようにならないかな?」
「でも、そんな月ちゃんが好きなんでしょ?」
「・・・・・フンッ!」


一旦私も詠ちゃんもお茶を飲んで一息入れる。


「それにしても、本当にこの機会を捨てるの?」
「詠ちゃんも歴史は嫌というほど学んだでしょ?」
「・・・そうね、月やその子供の時代は良くても・・・その先は・・・」
「そのためにも必要なんだよ・・・出来れば三つが好ましい。」
「・・・ボクは正直、今は賛成できない・・・いや、頭では分かってるの、
喜媚の言ってる事はその通りだって、でも!」
「まだ時間はあるよ、いそがないで考えてみて。
音々ちゃんも居る、月ちゃんも居る、皆でゆっくり考えて歴史から学んで?
人はそんなに愚かじゃない。
きっと過去から学べるはず。」
「ただ問題はボク達は納得しても他がどうか・・・」
「私は信じるよ。 皆は戦なんか望んでないって。
あんな勝っても負けても虚しさしか残らない事なんか誰も望んでない。」
「そうだといいわね・・・でも腹案は必要よ? ボクはボクで策を進める。」
「うん。」
「でも・・・あんたの言う事も理解できる。」
「うん。」
「だから少し時間をちょうだい、ボクも、もう少し考えてみる。」
「うん。」


それから二人でお茶を飲んで一息入れる。
丁度湯のみは空になった。


「・・・それで、話は変わるけど、桂花から返事は来た?」
「ビクッ!? ・・・・ま、まだだよ?
あ、あの・・・お茶のおかわり 「いらないわ。」 ・・・そうですか。」


詠ちゃんが言っているのは、私が桂花に尋ねた、
本当に詠ちゃんと月ちゃんに房事を許したのか? と言う返事だ。


「返事、来たのね? ボクの言ってた事は本当だったでしょう?」
「・・・・う、うん。 でも・・・」
「桂花に悪い? 本人が許してるのに?」
「わ、私は 「ただの農家とか茶店の店主とか言うのは通じないわよ?」 あぅ。」
「大体あんた、この間この店に出入りしている豪族の娘と、
見合い話持ちかけられてたわね?
アレだって結局私が潰してあげたんじゃない!」
「こういう時どうやって断ればいいのかわからないんだよ。
下手に断って問題になってもアレだし、
今までは冗談で済んでたんだけど これからはそうも行かないし・・・」
「まぁ、あんたは元農家の息子だからしょうがないけど・・・
桂花が心配だって言っていたのがよく分かるわ。
あんたは人が良すぎるの! 嫌なら嫌って言えばいいの!!」
「う、うん・・・・」


こういう時に、元日本人の悪い癖が出てしまう。
NOと言えない日本人の癖が。


「とにかく! あんた見合い話とか、一度娘に会わないか?
とか、そういった話が来たら、まずボクに言いなさいよ!
あんただけに任せておくと、気がついたら側室が増えてました、
とかいう状況になりそうだわ。
流石に桂花に操立てしてるだけ有って、簡単に婚姻話は受けないだろうけど、
皇帝陛下に直接影響力のある喜媚なら、向こうは側室でも妾でも十分なんだからね!
有耶無耶にしようとしたり中途半端な返事はするんじゃなくて、
ボクに相談するか、はっきり駄目だって言いなさいよ!」
「はい・・・わかりました。」


もう、桂花云々以前に完全に尻に敷かれてるよね・・・
詠ちゃんが心配するのは解るから、私ももう少し気をつけないと。


「それで、桂花の確認が取れたならもう問題無いわね。
一回宮殿に戻って仕事を終わらせるけど、ボク・・・今日泊まっていくから。」
「・・・え?」
「意味は・・・分かるでしょ?」
「あんたがこの間、ボクを拒絶しなかったって言う事は、そういう事でしょ?
なら問題ないじゃない・・・っていうか、
女にここまで言わせて、これ以上恥をかかせるつもり!?」
「・・・詠ちゃんの事は嫌いじゃないんだよ・・・むしろ好きだよ。
でも、私にそこまでの価値があるかと言われると・・・」
「あんたがどう思おうがボクにはそれだけの価値があるの、
たとえ桂花と勝負で負けて側室扱いでもね。
桂花だってその覚悟があって、
それでもあんたと離れたくないから私と条件付きで協力してるんでしょ?」
「・・・・」
「ボクはね、いや、ボクも桂花も、そしてきっと月もだけど、
あんたと一緒に歩いて行きたいの。
これからボク達にはいろんな苦難が待ち受けているわ。
この国の未来の事やボク達の人生の事・・・
それ以外にも予想外の出来事も起こるかもしれないけど、
ボク達は皆あんたと一緒に乗り越えていきたいの。
桂花だって今は離れ離れになっているけど、
ボクの策かあんたの策、どちらかが成功すれば、
皆で一緒に暮らす事も不可能じゃないし、
桂花だって桂花なりに曹操の軍師という立場から、
あんたと一緒に生きていける方策を懸命に考えているわ。
・・・喜媚、あんたはボク達と一緒に歩んで行きたくないの?」
「そんな事はないよ!」
「じゃあ、答えはもう出てるじゃない。
あんたの今の立場では、側室を何人持ってもだれも文句も言わない、言えない。
それにボクも桂花も、お互いが求め合ってる。 これ以上何が必要なの?」
「り、倫理的に・・・?」
「適当な理由をつけてごまかすのは止めなさい、あんたの悪い癖よ。」
「うっ。」
「これが最後よ、どうなの? ボクや月、桂花と一緒になりたくないの?」
「・・・・なりたい。 皆と一緒に、ささやかでも良い。
ただ、皆と幸せに暮らしていきたい。」
「なら決まりね。 今日泊まっていくわ、お風呂の用意しておいてね。」
「一つだけ教えて、なんで詠ちゃんはそこまでして・・・
桂花や月ちゃんが居るのに私と一緒になりたいの?」
「・・・そんなの決まってるじゃない。
喜媚と二人っきりっていうのもいいけど、月がいたほうが幸せだもの。
桂花は・・・まぁ、決着さえつければ、仲良くやっていけると思うわ。
別にボクはあの娘の事、嫌いじゃないもの。」
「私にはすごくいがみ合ってるような気がするんだけど・・・」
「それは立場がはっきりしてないからよ。
お互いの立場がはっきりすれば、きっと仲良くやっていけるわ。
私、一度仕事片付けてくるから。
じゃあ・・・またね♪」


そう言って詠ちゃんは人差し指を唇に当てて、笑って店から出ていった。


この後、私は通常の仕事に戻ったが、いまいち仕事に身が入らず、
珍しく劉花ちゃんに 『喜媚様、集中していただかないと怪我しますよ!』
と注意されてしまった。


そして、この日の陽が沈む頃、詠ちゃんが店にやってきて、
皆で食事を取る時に、劉花ちゃんから妙に視線を感じたが、気のせいだろうか?

私は食事の片付けをしている間に、
お風呂に入り身を清めた詠ちゃんは、先に私の部屋へ行き、
その後私も最後にお風呂に入り、部屋に戻った時、
詠ちゃんは寝台で下着姿で私を待っていた。


「喜媚・・・その、ボ、ボクは初めてだから、やさしくね?
桂花から聞いた話だと、喜媚は激しいらしいから・・・」
「う、うん・・・なるべく優しくするよ。」
「ん・・・喜媚、好き、だよ。」
「詠ちゃん、私も好きだよ・・でも 「それは無しよ、今だけはボクの事だけ見て。」
・・・うん。」


そしてこの日、私は詠ちゃんと身も心も結ばれる事となった。



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