動物園のお医者さんからのメッセージ
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動物園のお医者さんの華麗なワザ

2. ちんぱんじーの森へお引っ越し
引っ越し前に麻酔がかかったチンパンジーの健康診断

 2006年、“ちんぱんじーの森”がオープンする前、旧施設から9頭のチンパンジーを引っ越しさせました。と言っても、命令して歩かせたわけではありません。簡単に聞こえるかもしれませんが、実は大変な苦労でした。

 彼らが言うことを聞いてくれるわけではないので、麻酔で眠らせることになりました。

 実は、動物園の中で、最も吹き矢麻酔に手こずる動物の一つがチンパンジーでしょう。
 なんせ賢く、器用なので普通にやっては必殺技が通用しません。というのも、吹き矢を発射させた後、弾が当たる前に手で払いのけたり、弾が刺さった瞬間手で抜き取ったり、なんて反撃に出ることがあるからです。

 また、言い忘れましたが、チンパンジーはとても危険な動物で、咬まれたらただのケガではすみません。中途半端な麻酔で脱走されたら大変なことです。といって、逆に麻酔量を多くすると、生命の危険に関わってきます。

 その当時、チンパンジーの麻酔には、新たな麻酔方法を用いました。それは、精神安定薬、2種類の鎮静薬、そして麻酔薬の複数の薬を組み合わせて使い、3段階に分けて投薬しました。

 @まず、20分くらい前からジュースに精神安定薬を混ぜて飲ませ、不安を和らげ気持ちを落ち着かせました。こうなると、直接吹き矢から始めるよりも、鎮静薬を打ちやすくなります。

 A次に、吹き矢で鎮静薬を投与し、自然に眠るような意識レベルまで下げました。こうなると、檻の中に入って軽い処置はできるようになります。しかし、自然に眠っているような状態であって麻酔状態にはないので、大きく移動させたり、痛みを伴うような処置を加えたりすると、覚醒するかもしれません。

 Bそして、最後は約10分後に鎮静レベルを確認して、その状態に合わせた麻酔薬の量を調節し、檻の中に入って手で直接注射しました。約5分後には何をしても目を覚まさない状態になりました。


 全頭の引っ越しは2日間に及び、なんとか無事完了しました。

 その当時から用いている麻酔方法は、従来の方法よりも、スムーズに麻酔がかけられる上、目覚めが格段に早いため個体への負担が軽く、新しい施設にも速やかに順応してくれました。

 麻酔がかかって酔っぱらいのようにデロデロになった人、いやほぼ同じ体重のチンパンジーを運ぶことは大変な力作業です。
 チンパンジーという希少動物に万一の麻酔事故があってはならず、この引っ越しは当たり前のことを当たり前にこなすことの大きなストレスに襲われました。最後の1頭を運び終えたときは、極度の緊張感から開放され、放心状態となりました。

 麻酔なくして質の高い野生動物の飼育および健康管理はありません。

※補足:チンパンジーがテレビ番組などで人に育てられて服を着させられたり、犬を散歩させられたりしているイメージで、おとなしい動物のように思われるかもしれません。しかし、動物園でも親に自然に育てられたチンパンジーは、人になつくわけではないので、一緒の部屋に入ることですら危険性があります。当園では、野生動物がその“種らしく”暮らすことがその個体と種にとって“最も幸せ”だと考えておりますので、決して擬人化することはしません。