日本映画批評家大賞

第21回受賞作品



山下 健治

去年、私がいただいた浦岡賞を
今年は三池崇史監督作品「一命」の編集をした
山下健治さんが受賞したと聞いて、いろんなことが走馬灯のように
脳裏を駆け抜けていきます。
冒頓とした真面目な山下君が先輩方にしごかれながら、
食らいつくように一生懸命、仕事をしていた姿が思い起こされます。
私と山下さんが出会ったのは、山下さんがまだ20代前半で、
編集技師の島村さん、今は亡き福田憲二さんと
仕事をご一緒していた頃だったと思います。
そんなに厳しくする必要があるのだろうかと考えさせられるほど、
その指導は徹底していて、求められることは多く、
山下さんは連夜、徹夜で乗り切っていました。
仕事も早く、センスもいい山下さんに期待していたからこそ、
あの厳しさで接していらっしゃるのだろうと、
私にはわかりましたが、山下さんはきっと辛かっただろうなと思います。
どんなに期待されているかも知らず、誰かに見られていなくても、
山下さんは、そんなぎりぎりの状態でも、
いつでも元気で愚痴も漏らさず仕事をしていました。
そんなけなげな山下さんを見ると、「きっと神様が見ているよ」と、
私は声をかけてやりたくなったものです。
そうして、三池監督とコンビを組んでいた島村さんがご病気の時、
代打に立たれた山下さんは、
監督を見事にサポートして編集を立派にやり遂げられました。
あれ以来、山下さんは三池組の常連になっています。
山下さん、あなた自身、きっと今年の浦岡賞の受賞を
心から喜んでいるでしょうけれど、あなたの活躍ぶりを
島村さんは我がことのように喜んでいらっしゃると思います。
そして浦岡さんはもちろんのこと、
福田さんも一緒に天国で祝杯を挙げていらっしゃるに違いありません。
深い愛情を持って私たちを育ててくださった先輩達の期待に応えた
あなたの見事な仕事が、これからさらに研ぎ澄まされて
素晴らしい作品に結集することを信じています。

金宇 満司

ベテランの名カメラマンだった金宇満司さんは、
熊井啓監督と松本の同郷だったということもあって、
熊井作品では「黒部の太陽」のほか
「北の岬」「サンダカン八番娼館 望郷」も撮影した。
さらに石原プロモーションに席を置いていた関係で、
映画やテレビで石原裕次郎出演のドラマを数多く撮影した。
そのきっかけとなったのが「黒部の太陽」(1968)で
続く「栄光への5000キロ」(1969)では
芸術選奨新人賞と日本映画撮影監督協会の新人賞、
三浦賞を受賞している。
さらに裕次郎と三船敏郎が再度共演を果たした
「ある兵士の賭け」(1970)の撮影も担当。
テレビでは「西部警察」「大都会」など人気シリーズを手がけた。
石原プロモーションでは常務として経営にも携わり、
裕次郎氏が死去の際は最後まで看病し、
その経験を「社長、命」という本に著している。
大作「黒部の太陽」の撮影は並大抵の苦労ではなかった。
特に破砕帯トンネルのセット撮影は、困難を極め、
出水事故で多数の負傷者を出した。
石原裕次郎は著書「口伝 我が人生の辞」で、
『僕は一度、死んでいる。「黒部の太陽」の出水シーンの撮影事故で
気を失い、何分か何秒かはわからないけど、
その間、僕は確実に死んでいた』と書いたほどだ。
金宇さんも体中に負傷したが、流されたカメラを探し回り、
フィルムのマガジンを見つけると水道で洗い、
バケツの水に漬けたまま現像所に車で送ったという。
現在のようにCGが発達していれば、このような事故は皆無だろうが、
完璧主義者の熊井啓監督なら今でもやったかもしれない。
そんな危険を冒してまで撮影された「黒部の太陽」は、
スタッフと俳優たちの死に物狂いの執念が感じられる。

辻井 伸行

「神様のカルテ」のテーマ曲はやさしさが溢れ出る実に美しい旋律。
透明感のある音を紡ぎ出すことで定評のある
ピアニスト辻井伸行さんが初めて手がけた映画音楽だ。
7歳で全日本盲学生音楽コンクール器楽部門ピアノの部1位受賞を
皮切りに、12歳でソロ・リサイタルを行いその後、
日本の名指揮者、オーケストラ等と共演。
2005年には第15回ショパン国際ピアノコンクールで
「批評家賞」を受賞。
2009年のアメリカで4年に一度開催されている
ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで
日本人として初優勝の快挙を達成。
ヴァン・クライバーン自身が「まさに神業」と誉め讃えたほど。
なんといってもこのコンクールの受賞者は
3年間のアメリカ内外の多数のツアーおよび録音契約もあり、
それをこなすのもハードなスケジュールでも有名だ。
そんな彼が、忙しい仕事をこなしながら点字化した
「神様のカルテ」の原作・台本を読み、
人と人のつながりの大切さを描いた台本に感動して、
はじめての経験になる映画のテーマ曲に挑戦。
制作にあたって撮影現場も訪ね、
「感動して涙が止まらなかった現場からつかんだ雰囲気を
そのまま曲にしたい」
と翌日松本のコンサートホールで、
ピアノソロの即興演奏をレコーディングしてこの曲が誕生している。
「天才」と言う名を欲しいままに
ピアノを弾く指の美しさと優雅さはまさに彼の音楽そのもの。
現在23歳、多彩な音色と癒しにも通ずるその響きで
これから数多くの映画音楽を手がけて欲しいものだ。

三宅 喜重

人気作家有川浩が関西の私鉄ローカル線を舞台にした
「愛の物語」を昔その沿線に住んだこともある
関西テレビの三宅喜重が監督を務めた作品。
地元のことを知り尽くした経験と知識を
見事に生かして素敵な出来上がりとなった。
舞台は車内で、そこに乗り合わせた乗客の触れあいが、
ごく普通のことではあるが、セリフの一つ一つが大変良く出来ていて、
思わず引き込まれる。
戸田恵梨香は神戸出身でピッタりの役どころ。
中谷美紀、宮本信子、芦田愛菜、南果歩、玉山鉄二、勝地涼と
多彩なキャスティングでそれぞれに個性を出した演技を見せてくれた。
電車の中の撮影ということで阪急電鉄が全面的に協力、
延べ3000人を超えるエキストラを集めたロケは
監督も大変感謝している。
映画は初でテレビと違って苦労されたであろうが、
多くの経験を生かした演出は見事に実を結んだものとなった。
次回作も楽しみに!楽しい作品を待っています。

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