日本映画批評家大賞

第21回受賞作品



大鹿村騒動記

この映画は、原田芳雄の遺作になってしまった。
個性あふれる野生的俳優だった原田芳雄が演じたのは、
逃げた女房が駆け落ちした男と帰ってきても、
ろくに責めもしないで許してしまう初老の心やさしい男。
この風祭善という好人物を中心に、
伝統芸能の歌舞伎が村人によって演じられている
長野県大鹿村の自然豊かな山村の魅力が伝わる映画になっている。
阪本順治監督は、これまでに「どついたるねん」「顔」「闇の子供たち」など
さまざまなジャンルの映画を手がけたが、「大鹿村騒動記」では、
歌舞伎芝居が生活の中に根付く村で繰り広げられる
人間ドラマという新しい分野を切り拓いた。
大鹿村は300年続く歌舞伎芝居が名物になっている。
しかしリニア線など時代のすう勢は押し寄せている。
この村でシカ料理の店を出すカウボーイハットの男が風祭善だ。
女房の貴子に逃げられ、18年間独身で通してきた善のところに、
貴子(大楠道代)と、彼女と共に駆け落ちした
かつての親友・治(岸部一徳)の2人が戻ってきた。
貴子は認知症になり、もてあました治が連れ帰ったのだ。
天使のごとく無邪気になった貴子を大楠が見事に演じて、
毎日映画コンクールの田中絹代賞の原動力になった。
岸部一徳の憎めない男ぶりも注目された。
ほかに佐藤浩市、松たか子、三國連太郎など
村人の顔ぶれがバラエティーに富んでおり、
村歌舞伎の舞台を織り混ぜながらの競演が楽しい。
脚本が名手・荒井晴彦で、笑いがあって快調に進む。
歌舞伎芝居で十八番の景清を演じる原田芳雄と大楠道代の息がぴったり。
おひねりが乱れ飛ぶ村芝居の熱気は、
現代の日本社会が失ってしまった地域の絆と素朴な伝統を思い起こさせる。
日本映画の矜持を感じ取ることが出来る。

成島 出

不倫相手の赤ん坊を誘拐して4年間育てた女と、誘拐犯に育てられた女…
2人のその後の運命を描いた
角田光代のベストセラー小説を映画化した「八日目の蝉」。
育児放棄、虐待、親子間での殺人…
家族崩壊の危機にある時代だけに、心に突き刺さる作品だ。
いかなる理由があろうとも誘拐は犯罪であり、
決して許されることではない。
成島監督は、永作博美演じる希和子の母になれなかった悲しみ、
二度と子どもを産めない身体になってしまった苦悩、
小さな命を守りたいという純粋な愛情を感じさせながらも、
同情的になりすぎることなく、犯罪者であるという事実を突きつける。
悲しい物語であると同時に、未来に希望を感じさせる作品でもある。
「大阪極道戦争しのいだれ」(94年)で脚本家としてデビューし、
「笑う蛙」(02年)、「T.R.Y」(02年)、
「クライマーズ・ハイ」(08年)などヒット作の脚本を多数手がけ、
03年に「油断大敵」で監督デビューを果たした成島監督。
「フライ、ダディ、フライ」(05年)、「ミッドナイト イーグル」(07年)、
「ラブファイト」(08年)、「孤高のメス」(10年)、
「聯合艦隊司令長官 山本五十六―太平洋戦争70年目の真実―」(11年)と、
コンスタントに素晴らしい作品を撮り続けている。
「油断大敵」で舞台挨拶の司会をさせて頂いた時、
ものすごく緊張していた監督のことを今でも良く覚えている。
才能豊かで何でも出来る人だと圧倒される思いで見ていたのだが、
実はシャイで人間っぽさを感じ、ちょっと安心したものだ。
それ以来、作品と同じくらい監督のファンになり、
作品が完成するのをワクワクしながら待っている。
成島監督自ら出版社に問い合わせ、映画化が実現したというこの作品で、
数多くの映画賞を受賞し注目を集めているのは嬉しい限り。
今後の作品にも期待している。

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