sec.16/日だまりと腹黒
学園祭から数日して、レヴァンはフランスに一週間ほど帰ることになった。理由は言わずもがな、私があいつのISを破壊したためだ。
代表候補生であるレヴァンの専用機『ラファール・カスタム』は雪片によって切り刻まれ、無惨な姿になってしまった。盾は斬り飛ばされ、装甲の至るところに斬痕があった。
あいつはあのとき気迫で負けていたとはいえ弱すぎる気がしたが、やはりあの忌々しい学園祭の準備のためにISにはろくに乗っていなかったらしい。帰ってきたら早速特訓だ、叩き直してやるとしよう。
「ちーちゃん!」
「千冬先輩!」
そして今は生徒会長不在の生徒会室で、私は最近やけに張り合っている二人に質問責めを受けている。
「だからあの夜は何もなかったと言っているだろうが」
「そんな訳がないんだよ! 私たちに仕事押しつけて、職員に根回しまでして、保健室で一体何があったの!?」
「そんな……ダメですっ。まだ高校生なのにそんなこと……不純異性交友です! 電気も消えてましたし、つまりそういうことなんですよね!?」
「…………」
こいつらはどうやら学園祭の夜に私とレヴァンの間に何があったのか聞きたいらしかった。
無論、メイド服で奉仕していたなどと答えられる訳がない。あれは私もどうかしていた。あのときの私は私ではなかったのだ。今思い出しても恥ずかしい、この織斑千冬があんな格好をして『ご主人様』などと言っていただなんて……。
「……少なくとも、お前たちが考えているようなことはなかったからな。私は純潔だ」
「少なくともって……じゃあそれに準じた“何か”はあったってことだよね……?」
「抜け駆けですか……そうですか。でも本当に純潔を失っていないか確認するまでは信用できません……」
「……おい、お前らどういうつもりだ……!」
何だか二人とも目が血走っている。本能が警鐘を鳴らす。
二人がにじり寄ってくるかと思うと、急に距離を詰めて私の肩を掴んだ。何かヤバい……!
「おい馬鹿っ、離せ! 触るなぁ!」
山田君が私の腕を極め、束が制服のベルトに手をかけてきた。あっそんなとこ!
プシューッ
そのとき部屋のスライドドアが開き、プリントの束を持った一人の生徒が姿を現した。
「あ、えっと……」
「…………」
一瞬の沈黙をもって状況を――彼女なりに――理解し、彼女は頬を染めながら言った。
「……お、お取り込み中のようなので、また後で来ます……」
「待て、君は誤解している!」
私の弁解むなしく、彼女は行ってしまった。後には圧縮空気の音だけが残された。
私は変態二人に目を向ける。
「さて、どうしてくれよう……?」
「待ってよちーちゃんっ……誰にでもあるでしょ、若気の至りというか何というか……」
「そうですよっ……そんなことより、千冬先輩はレヴァン会長のことどう思ってるんですか!?」
「なっ、それはどういう意味だ!?」
わずかに怯んだ二人だったが、山田君は立ち直り反撃してきた。ここに来た当初よりも随分とたくましくなったようだが、今は関係ない。
私は冷静だった思考を乱され、困惑する。
「別に何とも思っていないっ! あんな奴に思うところなど、あるはずが……!」
「嘘っ」
慌てて答える私に束が指を突き付けてくる。
「ちーちゃん、最近おかしいもん。キャノンボール・ファストが終わってかられっくん見るとそわそわしてるし、二人きりで夜遅くまでいたり……本当にれっくんのこと何とも思ってないの?」
「そ、それは……」
それはあいつが事故で私のファーストキスを奪って……いや事故じゃなくてあれはあいつが無理矢理したんであって……。そもそも何で私は事故であることを否定させたんだ?
分からない……。
束は顔を近付けてきて、その目の真剣さに私は身を引いてしまう。
「こんなこと、ちーちゃんが親友だから言うんだけど……ちーちゃん、れっくんのこと好きなんじゃないのかな? 勿論私の勘違いかもしれないけど、ちーちゃんを見てるとそうだとしか思えないよ」
「私は……」
唇に手を当ててみる。あのとき、私は決して嫌ではなかった。ただびっくりして、それから事故ですましたくないと思った。どうしてだか、残しておきたくなったのだ。
レヴァンの傍の居心地は悪くない。いや、いいんだろう。馬鹿もするが、あったかいんだ。言うなればそう、『人たらし』とでも呼ぼうか。ただの女たらしかもしれないが。
私はいつの間にか、レヴァンの傍にいたいと思っていた。
「千冬先輩、私たちは抜け駆けはしたくないんです。ちゃんと彼に見てもらって、それで選んでほしいから……だから、あなたの結論を聞きたいんです」
「私の、結論……」
どうなんだろうか……。誰にも冷静に対応しようとしていたが、あいつにだけは本気で怒ってしまった。弟に向ける気持ちとは違う形のそれ。
レヴァンにだけは自分を型にはめずに付き合える。あいつがいるだけで、ありのままでいられる。幸せ……なんだろう。
レヴァンにくっつこうとする二人を見て何も思わなかった訳ではない。むしろ、何だか嫌な感じがした。二文字の熟語が思い当たって首を振ってかき消したのも一度や二度ではなかった。
「私は、あいつの傍を気に入っている……」
「それは私たちも同じだよ」
束の言葉に山田君が首肯し、見つめてくる。しばらくの沈黙。
私は意を決して口を開いた。
「そう、なのかな……変に気を張ることもなく、ありのままを迎えてくれる日だまりのような場所……。そんなレヴァンを、私は慕っているのかもしれないな……」
「ちーちゃん……」
「……ありがとう、二人とも。おかげで自分と向き合えそうだよ」
いまだ葛藤を続ける心を隠しながら、私は視線を外へ向けた。
◇◇◇
フランス、キサラギ本拠施設トライトン地下。
「完成だな……」
「『日だまり(アンソレイエ)』。苦労した甲斐があったわね、ボス」
俺とエラは目の前にたたずむISを見て満足気に笑みを浮かべる。
千冬との戦闘データを蓄積し、ボロボロになった『ラファール・カスタム』を全面改修した機体がこの『アンソレイエ』だ。学園祭で千冬に損傷レベルDまで追い込まれ、いっそ一から作り直した方がいいのではと思われたがISコアの初期化を嫌ったエラにより改修に留まったのだった。
「キャノンボール・ファストでは何とか勝てたが、模擬戦ではからっきしだったからなぁ。性能差も顕著だったし、これでまた巻き返せそうだ」
俺は『アンソレイエ』の装甲を撫で、起動させる。表面の凹凸を足掛かりに登り、座り込むように装着した。
エラがコンソールを叩いてシステムを最適化する中、俺は機体スペックを確認する。
「『ラファール・カスタム』とは比べるべくもない性能だな」
「ボスが良質な稼働データを取ってくれたおかげで、改善点が洗い出せたからね。後、織斑千冬の戦闘データもおいしかったわ」
「ウイング・スラスターの枚数を増やして戦闘機動に幅を持たせることに成功している。いい仕事をしたな」
『ラファール・カスタム』では可動盾がスラスターの役割を果たしていたが、それだけだと盾として使用する間はスラスターとしての機能が制限されるため近接戦での立ち回りに支障をきたすのだ。そのため新たに二つのウイング・スラスターを増設して出力と運動性を向上させている。
「元の可動盾も大幅に改良して多機能化を図っているわ。スケイル・アーマー採用で可動範囲を広くとりながら関節の防御も可能になった。もう羽根をもがれてクソムシにならずに済むわね」
「口が汚い」
それはいいとして、このスケイル・アーマーはその名の通り鱗のような装甲だ。団子虫のようでもある、あくまで構造が、だが。
盾には真ん中辺りにさらに関節を設け、格闘適性を高めている。甲殻類の腕ような印象を受ける。なぜそんなことをするかというと――
「――先端にリニア・パイルが一つずつ。これで二挺銃の火力とパイル・バンカーの破壊力が両立できる訳だ」
いい機体だ。これで各距離対応の万能機の実現だ。しかもこのパイルは伸ばした状態で普通にブレードとしても使えるらしい。一粒で二度おいしいな。
「そうそう、そのリニア・パイルだけど、ノルウェー出身でドイツで科学者やってたオースゴールって坊やが作ったのよ。まだ二十歳なのによくやるわあの子、天才ってやつね。まあ私には劣るけど」
随分と変わった経歴の持ち主だ。ドイツはリニア系強いからな、彼の知識はこれから役に立つだろう。
それとエラ、俺も天才だってこと忘れてなイカ? 大変に遺憾でゲソ。
「それでその子、ファーストネームはトールっていうんだけど、多脚戦車に惚れちゃったみたいでジャンに弟子入りしてたわ。ああして変態は受け継がれるのね」
エラは苦笑いしながら作業を続ける。ディソーダー作ってからのあいつら何か怖いもんなぁ。最近ヒューマノイドAIに興味を持ち出して、『多脚ちゃんとお話し隊』とか言って量子コンピューター研究してんだよね。その内タチコマンズとか結成されるんじゃねーの。
「まあ、好きにさせておけばいいさ。多脚戦車の売れ行きは好調だし」
「うんうん、そういうボスに一つ相談なんだけど」
いつの間にか作業を終えたエラがこっちを向く。俺は手を握ったり開いたりしながら聞き返す。
「どうした?」
「私、やりたいことがあるのよね」
「……言ってみろ」
もったいぶる彼女に一抹の不安を覚えつつも、話だけは聞こうと続きを促した。
「空中要塞作りたいの」
「……はァ?」
「フェルミ計画って言うんだけど、PICとシールド・メーカーを搭載した直径二、三○メートルくらいのUFOみたいなやつでね、空の戦車みたいな感じで――ほら、ヨーロッパって狭いし地形に左右されないから迎撃戦力として重宝されるかなって。ミサイルとでっかいBT兵器で武装したら強そうじゃない? ISって戦力の圧倒的個体依存性に危険視する主張もあることだし、代替可能な人員で運用できるように形態を変えれば売れると思う訳ね――」
それから俺が調整のためにどこにも行かないのをいいことに、数十分間絶え間なく空中要塞の讃称を続けていた彼女に俺は見落としているポイントを指摘してやる。
「……で、その見るからに金のかかりそうな計画に、予算の当てはあるのか?」
エラはキョトンとした顔で口をつぐむ。ったく、だったらまずは基礎技術開発の提案をしろと。こいつは優秀だが、時として大事なことを忘れて突っ走るからなぁ、今回は始める前に止めれてよか――
「――あるわよ、勿論」
「……はァ?」
ふざけたことを……。俺の知るかぎりじゃそんな超ユーロ的な新しい貨幣単位が必要になるくらいの予算の余裕はないはずだ。それともそれだけの投資を確保するだけのネタがあるとでも?
そう言うとエラは懐から写真を取出し、逆V字にしていた唇を切り裂くように歪ませて楽しそうに言った。
「それがあるのよ……うふ、コレなーんだ?」
「アァ?……なっ、こ、これは……!」
その写真には、束と俺が仲良く添い寝する様子がしかと写されていた。
「今しがた世界中のメディアに流したところよ。ISの開発者と内のボスが“そんな関係”と知れれば、デュノアの株はだだ上がりね★」
「こんのデバガメ女狐がぁぁぁぁああ!」
俺は日本に帰ったときの三人への対処に頭を抱えることになるのだった。
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