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sec.14/ジコとコイ

 レースも終盤。お互い一歩も譲ることなく、レヴァンと私は抜きつ抜かれつの戦いを繰り広げていた。
 最初こそ不覚を取ったが、今はまったく互角と言っていい。元々技術的には私が勝っていたものの、レヴァンも機体の特性を最大限引き出して食い付いてくる。
 最終ラップに入る。直線を『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で駆け抜ける。レヴァンも五○メートルほど遅れて付いてきていた。
 平均時速六○○キロメートルのキャノンボール・ファストにおいて、五○メートルは極近距離だ。

「どうしたレヴァン。いつまで女の尻を追っているつもりだ?」

 激励も込めて挑発する。
 私は本気でやりたい。だからお前も本気を出せ。真の実力を私に見せてみろ。

「ハッ、舐めんなよ雌牛ちゃん(ヒーファー)!」

 最初の連続カーブに入ると、レヴァンは追加スラスターを起動させる。この決勝で初めて使った『瞬時加速』専用のスラスターだ。
 カーブを曲がるごとに使用して失った速度を回復している。一週目で私がやった業だ。

「あいつめ、私をよく見ているな。スライド角度もばっちりじゃないか」

 レヴァンも私以外は眼中にないらしい。私ももはや後続の選手など気にならない。二人だけのデッドヒートだった。
 瞬く間に追い付いてくる『ラファール・カスタム』の盾には、雪片で付けた生々しい傷痕が目立つ。
 距離が詰まることで切り替わる榴弾と散弾の応酬を掻い潜りながら、トンネルへと入る。
 プライベート・チャネルでレヴァンが話しかけてきた。その間も銃撃と斬撃は続いている。

「賭け、忘れてねーだろうな!」

「フン、今さらどうでもいいな」

 私は今のこの戦いを楽しみたい。そう返すとレヴァンは「じゃあもっと楽しませてやる」と前置きして、叫んだ。

「俺が勝ったら今年の学園祭、メイド喫茶でメイドをしてもらう!」

「な、何だと!?」

 こいつ、この張り切りようはその(よこしま)な欲望のせいか! 失望したぞレヴァン!
 この私にメイド服を着せようなどと……けしからん、けしからんぞ!

「お先!」

「貴様ぁっ、私が天誅を下してくれる!」

 弾幕と追加スラスターで一気に振り切ろうとするレヴァンを『瞬時加速』で追う。大丈夫、この『暮桜』の運動性能なら次の急カーブで追い抜けるはずだ。
 この戦いだけは負ける訳にはいかない。私の尊厳がかかっている。私はどんな醜い勝利も受け入れる覚悟を決めた。


◇◇◇


 メイド発言から千冬の表情は一変、戦士の顔から乙女の顔になった。しかし必死さは倍増した。

「今から悔しげな顔が目に浮かぶ――」

「もう勝ったつもりか」

 さすが『暮桜』、カーブに強い。だが、俺だって今度こそ千冬を屈伏させてやりたい。
 近距離にもかかわらず、俺はグレネードをぶっ放した。

「くっ……!」

 直撃は避けたみたいだが、グレネードは爆風で攻撃するもんだ。案の定『暮桜』は体勢を崩し、『ラファール・カスタム』と並んだ。

「負けるかよ、こちとらお前のメイド姿のために死ぬ気でやってんだ!」

「変態がっ!」

「男のロマンだ!」

 雪片で右の無反動機関砲が破壊される。相変わらずすさまじい切れ味。俺は使いものにならなくなったそれを捨てて、散弾を連射する。
 カーブを抜けて直線に入ると、俺は『オーバード・ブースト』を起動させようとするが――

ギンッ!

――雪片の刀身が傷だらけの可動盾に突き立った。雪片ェ……。
 般若のような形相で千冬が言う。

「私が勝つ……勝って雪片で貴様のナニを斬り飛ばしてやる……!」

 ちょぉぉぉおっ!
 ヤバイ、これは本気の目だ……! そんなことされたらIS学園が本当に女の子だけの学園になっちまう!
 それはならん、それだけはならん……! だがこのまま取り付かれていては、一週目のトンネルで切り刻まれたあの娘のようにズタボロになることは必至。
 俺は最後の最後、取って置きの取って置きに一縷(いちる)の望みを託した。

「クソッ、キャスト・オフ!」

 盾が、武器が、補助スラスターが、解き放たれる。ISとして必要最低限のパーツと『オーバード・ブースター』を残して、他のすべてのパーツがパージされた。
 浮いたエネルギーをすべて『オーバード・ブースト』に回し、音速を超え、俺は砲弾のようにゴールへと直進していった。


◇◇◇


 白黒ツートーンのゴールラインを越え、ブザーが鳴る。一着を知らせるランキングボードが空中ディスプレイに表示される。
 『オーバード・ブースト』を持続できなくなった『ラファール・カスタム』が姿勢を崩し、俺は地面に叩きつけられた。絶対防御があるため怪我の心配は無用だが、ぐるぐると転げ回るのは御免こうむるので何とか体勢を立て直す。が――

「ふぅ……どあぁっ!」

――そこに『暮桜』が突っ込んできて、俺は吹っ飛ばされた。
 二人してもつれ合いながら緩衝壁に叩きつけられる。シールドバリアーが壁に亀裂を作り、衝撃でクレーターができた。

「うん、ふむぅ……」

 俺の下から、千冬のそこはかとなくエロい声が聞こえてくる。
 疲労と緊張の解れから力が入らないが、唇に柔らかい感触がある。
 悪い予感と共に恐る恐る目を開けてみる。

(千冬……近い、え……?)

 あまりに近い位置で千冬と目が合った。その目は驚愕とその他諸々で大きく見開かれていた。観衆の歓声の中、やけに互いの息遣いが鮮明に聞こえた。
 混乱を落ち着かせるのに五秒、自分たちの体勢を理解するのにまた五秒。たっぷり一○秒たってから、俺は彼女の唇から自分のそれを離した。

「えっと……あの、これはその……事故――」

「どさくさに紛れて女の唇を奪うなど……そればかりかまだ醜態を晒すつもりか……」

「いやっ、こ、これは所謂事故ってやつで――」

「お前は欧米出身だからな、多少のスキンシップは容認していた……だが」

「聞けよ千冬っ。確かに不用意に立ち上がった俺も悪かったが、その……キスは事故で……」

「うるさいっ!」

 俺は誤解を解こうと必死に弁明するが、千冬は聞く耳を持たない。
 いっそぶっ飛ばしてくれたら楽なのに、千冬はなぜか赤面しながら泣きそうな声色で責めてくる。
 千冬は俺を振り切って立ち上がると、PICを起動して浮き上がる。

「お前には失望した……学園祭の企みもそうだが、何よりこのことに……!」

「千冬っ!」

 俺はパーツの足りない『ラファール・カスタム』で『暮桜』の腕を掴む。
 何だってんだ。あんなの事故なんだからノーカウントってなもんだろうがよ。
 俺は放せと振り切ろうとする千冬を押さえつけ、むっとしながら言った。

「千冬、お前ちょっとおかしいぞ。何をそんな怒ってるんだ」

 すると千冬は顔を上げ、涙目で睨み付けてくる。
 冗談の含有量ゼロパーセントの強い口調で言ってきた。

「衝突したのはいい、キスのことも別に怒ってはいない」

 何言ってるんだこいつは。そうじゃなきゃ何に怒ってるって言うんだ。
 俺はますます分からなくなって、眉をしかめた。そんな俺に千冬が怒鳴る。

「私が怒っているのは、私の初めてを事故だなどと言ったことだ!」

「……は?」

 予想外の答えに俺は一瞬頭が空っぽになる。

「私のファースト・キスを奪っておいて、その態度は何だ! 事故? ふざけるなよ、変態! 女を馬鹿にしているのか!?」

「…………」

 あー、どうやらこいつはファースト・キスが誤爆ったのが受け入れられず、それで癇癪を起こしていたらしい。何だよお前、理不尽だろ……可愛いけどさ。
 まあ、千冬は俺が思っているよりずっと乙女だったということか。
 自分の先入観と浅慮に恥じ入る。まあ普通は――普通にあり得る事態ではないが――誰しも俺と同じことを言っただろうが、俺は変態で、紳士だ。乙女ちーちゃんにはこれくらいの譲歩はすべきだろう。

「……悪かったよ。組み敷いた体勢で見る千冬があまりに魅力的で、自分の欲望を制御しきれなかった。許してくれ」

「さ、最初からそう言えばいいんだ……この変態め。私も失望したなどと言って悪かったな。少々気が立っていた……」

「いいさ、お互い様だ」

 しょぼんとする千冬。思い出すように唇に指を当ててほのかに頬を染めている。
 乙女モードの織斑千冬……可愛すぐる。
 千冬の肩に手を置いて、俺はクーデレの破壊力を噛み締めながら言う。

「学園祭のメイドコス、よろしくな」

「やはり失望した!」

――ズガンッ!

 雪片のフルスイングからの強力な峰打ちが俺の側頭部を正確に捕らえ、絶対防御の上から俺の意識を刈り取った。



.
千冬デレ。スーパー千冬タイムは近い。


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