sec.11/束の気持ち、レヴァンの野心
生徒会メンバーが揃ってしばらく、六月も暮れの学年別トーナメント。全校生徒強制参加なこのトーナメントは一週間丸々使って行われる。四○○人足らずの学生がISで戦闘し、その実力を測るのだ。
一対一が前提なのでその総試合数はおよそ七○○というすさまじいトーナメントだ。一年生から三年生までが学内に三つあるアリーナでそれぞれ戦う。一週間という期間が確保されているものの、そのスケジュールは過密の一言である。
そのトーナメントもいよいよ大詰め。俺はトーナメントを順調に勝ち上がり、今は決勝。案の定勝ち上がってきた千冬と対峙している。
俺の専用IS『ラファール・カスタム』には多脚戦車に搭載されているものと同じ『神経精密同調システム』、通称ネクサスによって操縦が補佐されているため、脳にISが情報を送り込んで理解しなおすというプロセスなしにハイパーセンサーの情報を取得できる。そのためデジタルに外界を認識でき、射線予測や射撃の精度は他の追随を許さない。
この圧倒的正確さをもってして、所詮マニュアル操作の通常ISを降すなど造作もないことだった。見事なキサラギの勝利だ。
しかし千冬は別格だ。模擬戦で何度も戦っているが、勝率は二割と負けている。手の内が分かった時点で対策を立てられ、なかなか思うように戦いが進められないのだ。雪片で押し切られるか、何とか逃げて削り切るかといったところである。
そしてこれから真剣勝負。いつもとはお互い気迫が違う。
「この戦いで優劣を決めるとしよう」
「測るまでもない。勝つのは私だ」
試合開始のブザーが鳴り響いた。俺は開始すぐに急降下する。飛び上がるより二Gだけ余分に加速力を稼ぐことができる。
そのまま一回転して上を見る。天地が逆転した状態で一二.七ミリ機銃を発砲した。ネクサスで外界を認識しているため地面との距離も正確に把握できる。
千冬が俺の後に続いて降下する。ローリングとヨーイングを巧みに使い分けて弾丸を躱すが、完全な引き撃ち体勢に躱しきれない弾がシールドバリアーを削る。
「男なら立ち向かって見せろ!」
「正面から挑むのは愚の骨頂ってもんだぜ!」
地面すれすれでターンして地上を滑るように移動する。その間も機銃のトリガーから指は放さない。
地面に脚を着いてクイックターン。半円状の溝を刻み、千冬はそのまま俺を追い越して行った。その背中向けてもう一射撃。
「踊れよ!」
地面が回避の邪魔になると判断したのだろう、千冬は『瞬時加速』で急上昇していく。
『瞬時加速』時は旋回半径が広くなる、つまり小回りが聞かなくなるため後ろに付ければ有利になる。俺も『瞬時加速』で千冬を追った。
「やっと来たな」
「……チッ」
千冬は『暮桜』の『非固定浮遊部位』を進行方向に構え、再度『瞬時加速』で俺に向かって突撃してきた。
ギィィィンッ!
機銃で狙う間もなく、『暮桜』の近接ブレード雪片と『ラファール・カスタム』のパイルバンカーに取り付けられた大型ナイフがつばぜり合いを起こし、派手に火花が散った。
「追い駆けっこではつまらないだろう」
「嫌なら銃使えっての!」
『ラファール・カスタム』の肩に取り付けられた二つの可動盾が『暮桜』の『非固定浮遊部位』を挟み込み、体勢を崩させる。雪片をはねのけると、俺はここぞとばかりにパイルバンカーを振り抜いた。
「毎度同じ手は食わない!」
「なっ!」
高速で射出される杭とタイミングを合わせて、『暮桜』の脚部スラスターが唸り千冬は前方宙返りした。いまだ実用化に至っていない『非固定浮遊部位』だからこその芸当か。
「セイッ!」
雪片の一閃が『ラファール・カスタム』の盾を支える二本のアームを切り裂いた。
――バリアー貫通、ダメージ108。シールドエネルギー残量、392。実体ダメージ、レベル中。
◇◇◇
季節は梅雨明け。夏の暑さが本格化する頃、私、篠ノ乃束は誰もいない生徒会室でパソコンを弄っていた。
先月末の学年別トーナメントは結局盾を斬り飛ばされた赤髪がずるずるとみっともない敗北を喫し、いつも通りちーちゃんの優勝に終わった。
やっぱり束さんとちーちゃんのコンビは最強だね。クラス対抗戦では作戦勝ちを許しちゃったけど、まあ今さらだろう。
ちーちゃんはそれから赤髪を自分の訓練に連れ回しているみたいで私にはあまり構ってくれない。実にムカつくね。でもちーちゃんも勝つか負けるかの戦いがしたいらしいから、強い敵がほしいのも分かるんだけどね。
あのデュノアの赤髪、やたらと私のことを可愛いと言うけど心から思っているかは不明だ。
でも急に生徒会室がすっからかんになると何だか違和感があるね。いつもは誰かがいて紙をめくる音やペンを動かす音がする。ついでに馬鹿の声も。いや、以前はそんな音も意識の外に追いやれたんだけど、ここに来てからは何か変で、ないと少し物足りない。
生徒会室にいろいろ運び込んで――というか赤髪に運び込ませて――部屋面積の半分は私の私用スペースになってるけど、あいつは何も言わない。
私のことを全面的に肯定とか訳分かんないこと言ってたような気がするけどその一貫なのかな。
ちーちゃんは部屋が狭くなるとか文句言ってたけど、生徒会長公認なら好きにできる。フランスから取り寄せたらしいお菓子もあるから束さん的にはアリかな。
まあ私としては害がないなら傍に置いておくのもやぶさかじゃない。お菓子くれるしね。
「束さんを餌付けする気か知らないけど、もはや私のいるところが生徒会室になってる状態だからどうでもいいんだよね」
しばらくするとちーちゃんたちが帰ってくる。赤髪は『ただいま』とか別に待ってたわけじゃないのに言ってくるけど、気にしない。
それから赤髪が紅茶を容れながら訓練でのことをちーちゃんと話す。あ、眼鏡もだっけ。
「『三次元躍動旋回』は今の可動盾の枚数じゃキツいものがあるなぁ。やっぱ四枚でないと」
「そうか、なら明日は別の機動を練習するか」
「そうだな、そうしてもらうと助かる……ん?」
――手が止まってた。
赤髪はそれに気付いたのか容れたての紅茶を私の前に置く。
「今日はアッサムティーだ。一段落付いたならどうぞ」
「……うん」
無駄に目ざとい……。
別に話し声を聞いてたわけじゃないんだからね。そう、一段落付いたのだよ。
そういう気で顔を上げると、なぜか赤髪はニヤニヤしながら私の頭を撫でる。人類最高の頭脳を内包した束さんの頭に触れるだなんて不敬にもほどがあるとはねのければ、大人しく手を引いて言う。
「束は今日も可愛いな」
この瞬間が一番鬱陶しい。何だかすべてを見透かされてる気がして視界から外れたくなる。
ぷいっと視線を紅茶にずらせば、赤髪はそこで退散していく。毎回このパターンだから、紅茶が赤髪の残した脱出ルートみたいで何か悔しい。
でもカップに口を付ければそんな気持ちも静まる。あいつの容れる紅茶は普通に美味しいから、それで許してあげることにした。
「……何で束さんがあんな赤髪のために思考を巡らせなきゃならないのかね。忌々しいよ本当」
私の呟きが聞こえたのか、ちーちゃんとの会話を中断して赤髪、レヴァンは言う。
「紅茶、どうだ?」
「美味しいよ」
忌々しい。この束さんが他人のいる部屋を居心地いいと感じるなんて、本当……忌々しい。
◇◇◇
シャワーを浴びてそろそろ寝るかとベッドに潜り込むと、専用機持ちの特権プライベート・チャネルで千冬が通信を入れてきた。
『まだ起きてるか?』
「ああ、起きてる」
口は動かさず、頭の後ろの方で会話するイメージで返す。ネクサスはこういう細かいシステムまではカバーしていないので、ISを作った束のすごさが分かる。
「何だ? 訓練のことなら明日にでも――」
『いや、そうじゃない。束のことだ』
「束がどうかしたか? いつも通りだったと思うけど」
俺は予想外の話題に眉を動かす。
『たいしたことじゃないんだが……いや、結構たいしたことか。束はな、昔から私と私の弟、それからあいつ自身の妹にしか興味がなくてな。他人には無関心で滅法冷たいんだ』
「だろうな」
『……率直に聞く。束に何をした?』
「穏やかじゃない聞き方だな」
『済まない、責めてる訳ではないんだ。むしろ嬉しくすら思っている。――生徒会室に限るが……ここ最近の束はあまり排他的ではないと感じてな』
ああ、そんなことか。それはそうだろう。自分にとって居心地のいい場所でリラックスするのは当然のことだ。
「束はさ、自分で自分のアイデンティティーを決め付けてるんだよ」
『決め付けている?』
「誇りを持ってると言ってもいいかもな。自分がどういう人間か、全部分かった気でいるのさ。他人に無関心なんじゃない。無関心でいようと努力していることに、自分自身気付いてないだけなんだよ」
『…………』
少し分かりにくかったか。なら噛み砕いて説明してやろう。俺自身束のことを理解できてるわけじゃないがな。
「人ってのは絶対に独りじゃない、必ず繋がりを求めるもんだ。そういう本能がある」
『ああ』
「だから、本当に他人に無関心な奴なんていない。独りが好きとか大切な三人以外は興味ないとか言う奴は、単なる格好付けなんだよ」
『そういうものか?』
「そういうもんだ。大切なものは増えもすれば減りもする。俺は束にその辺悟らせてやりたいんだ。生徒会が束にとって居心地のいい場所になれば、きっと愛着も湧くしな」
『そうか……束には対等に相手のできる人間が増えてくれればいいな』
「お前も、だろう?」
『そうだな。今は私が一枚上手だが、対等になれるようしごいてやろう、喜べ』
「ったく、勘弁してくれ……お前みたいなのとだけは結婚したくないね」
『同感た。私もお前みたいな変態とだけは結ばれたくない』
「言ってくれる……」
『何だ? 本当は私がほしいのか? やめろ、寒気がする』
「……上等だ。次こそ屈伏させてやりたくなった」
『フン、ここのところ敗戦続きのくせしてよく言う』
「……キャノンボール・ファストで俺が勝ったら、何でも俺の言うこと一つ聞けよ!」
『戦闘じゃ勝ち目がないからレースでか? 小物が。いいだろう、私が負けたら好きにしろ。そんな未来などないがな。私が勝ったら当然お前は言うことを聞くんだな?』
「無論だ。文字通り何でもしてやる」
『そうか、では楽しみにしていよう――』
通信が切れた。俺はニヤニヤが止まらない。
千冬、お前が勝つことは絶対にあり得ない。キサラギが今全力で新兵器を開発しているからな。
メイドコスでご奉仕させてやるから覚えてろよ!
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