サンドイッチ! 〜キョンはハルヒに3度恋をする〜
第二話 七夕なんて大嫌い!


俺と佐々木が出会ったのは忘れもしない、小学5年の新学期だった。
小学5年は、小学3年の時と同じく2回目のクラス替えが行われる時期だ。
俺が転校した学校も例外ではなく、俺の気持ちも少しは楽になった。
そして最初の頃こそは同じクラスのやつらも名前で俺を呼んでくれたが、教室に忘れ物を届けに来た妹のせいでまた例のあだ名で呼ばれるようになっちまった。
佐々木も俺の名前に興味を持ったらしく、声を掛けて来た。
他の連中と同じくからかうのが目的だと俺は思ったが、佐々木は知的好奇心からだと語る。

「どうして、妹さんはキョン君などと呼ぶのだろうね」
「さあな」

わざわざ説明するのも面倒だった俺は、佐々木の質問に対してとぼけてやった。

「多分、妹さんはキミのおばさんかおじさんの呼び方を真似したんだろうね」
「良く分かったな」
「親は子供を君付けで普通呼ばないからね」
「それもそうだな」

さらに佐々木は、俺の名前からどうすれば「キョン」と言うあだ名になるのか解釈を述べた。
俺が叔母さんから聞いた話の通りだったから、そこまで言い当てられた俺は驚いてしまった。
もちろん、これは出会いのきっかけにすぎない。
教室でも席が近かった俺と佐々木は、親しくなっていった。
休み時間になると佐々木が後ろを振り返り、俺に話し掛けて来る。
そう言えば俺がハルヒの前の席だった時は、授業中にもかかわらずシャープペンで肩を叩かれたりしたものだ。
さらに俺と佐々木は登下校の時間も合わせるようになった。

「よう、今日は良い天気だな」
「晴れが良い天気だと断定するなんて、ナンセンスとは思わないかい?」
「お前が雨の日が好きだって言うのは解ったよ」
「個人的な話ではなくて、普遍的な問題なのだけどね。恵みの雨とも言うだろう?」

佐々木は難しい遠回しな物の言い方をする。
俺も佐々木と話しているとまるで哲学者と問答をしているような気分になり、同級生の中で浮いたような存在だった。
冷静で大人びた態度は、周囲の人間を寄せ付けない空気を放っていた。
だから俺も佐々木の方から近づいて来なかったら、遠くから眺めているだけだったかもしれない。
――ハルヒの時もそうだったように。
しかし佐々木はハルヒとは違い、他人と積極的に関わろうとするタイプではなかった。
事件にやたら首を突っ込もうとするハルヒとは逆に、佐々木は傍観者に徹し自ら手を出そうとする事はない。
そんな感じで俺と佐々木は自分達だけの世界を形成することが多かった。
誤解を招きそうだが、俺と佐々木の間では恋愛感情などと言うものは無かった。
佐々木が男言葉で俺と話すのも、そうした気持ちの表れではないだろうかと俺は思う。
そんな俺達を周りの人間は冷やかしはしなかったが、俺と佐々木の話に割り込んで来るやつも居なかった。
俺と佐々木は思う存分に自分達の世界へとのめり込む事ができたのだ。
そして学校で話し足りない時は、俺の部屋まで佐々木を招く事もあった。
母親は俺と佐々木が付き合い始めたのを歓迎していた。
これでハルヒと居た頃と同じように、俺の成績は落ちる事が無いと安心したらしい。

「佐々木お姉ちゃん、ゲームしよう!」
「ふふ、それなら少しだけだよ」

妹も佐々木とパズルゲームで対戦するのが楽しみになっていた。
佐々木の20連鎖にへこたれないのはお前だけだよ。
俺の方も佐々木とボードゲームをする事があったが、どのゲームでも完敗していた。
だから俺と佐々木はゲームなどをするよりも話す方が多かった。
そして迎えた七夕の日。
俺達は笹の葉に短冊を提げたりはしなかった。
佐々木とは夏の大三角形を構成する恒星の内、デネブだけが遠く離れているとか、そんな話をしただけだった。
別につまらないわけじゃなかったが、SOSクラブでイベントをやっていた頃に比べると寂しく感じた。
ハルヒ達はワイワイと騒がしくも楽しい七夕イベントをやっているのだろうか。
――考えるのは止めよう、さらに俺の気持ちが沈んでしまうだけだ。
俺とハルヒは離れ離れになってしまったし、ハルヒにとって俺は過去の人間だろう。
遠くへ行ってしまった恋人にわざわざ会いに行ったが、すでに相手の心は離れてしまっていた、なんて小説を読んだ事がある。
俺もハルヒの新しいパートナーを紹介されるなんてまっぴらだ。
だから俺はハルヒの事を完全に忘れて、今の穏やかな生活を受け入れるべきだ。
しかし無理に自分にそう言い聞かせようとするほど俺は胸が締め付けられる思いがする。
――そうか、俺はハルヒに会いたいんだ……。
夜空に輝く星を見上げながら俺はそんな事を思った。

 

そして俺と佐々木は揃って同じ中学校へと進学した。
頭のいい佐々木の事だから、俺と同じ地元の市立に行くとは意外だった。

「中高一貫の公立は狭き門だからね。ちょっとやそっとじゃ行けないから、辞退したよ」

お前がそこまで言うのなら、俺には到底無理な話だな。

「僕達はモラトリアムを与えられたけど、油断すると3年はあっという間に過ぎてしまうよ」
「入学前からテンションを下げるようなことを言うなよ」
「でも、僕らが青春を謳歌するだけの時間的余裕2年近くある。それも高校に入ったらまた2年、大学ならもっとさ」

うんざりとした顔でため息をついた俺に向かって、佐々木は励ますようにそう告げた。
それから今まで過ごした2年間とほとんど変わり映えの無い日常が始まった。
俺はそんな生活に安心しながらも、退屈を覚えた。
そして今年の七夕も何事もなく過ぎて行くのかと、俺はため息をついた。
俺が七夕に何かをしようと強く誘えば、佐々木もついて来てくれたかもしれない。
しかし俺にはその勇気も行動力も持ち合わせていなかった。
――だから俺は、また夜空を見上げて願った。
中学1年の夏休みもどこに出かける事も無く、佐々木といつものように話をして過ごす。
小学生だった頃と変わった事と言えば、宿題の量が増えたぐらいか。
俺は諦めに近い気持ちで、このまま平凡な学校生活を甘受しようとしていた。



しかし運命と言うのは分からないものだ。
中学2年の新学期から、俺の家族は親父の仕事の都合で、また春日市の家へと戻る事になった。
3年振りに帰って来た訳だが、俺は別に不安は感じなかった。
谷口や国木田と同じクラスになって小学校の時のようにつるめれば良いかと思っていた。
――正直言うと、ハルヒの事やSOSクラブのその後は気にならないはずはない。
だが……俺は転校先でハルヒを筆頭とするSOSクラブのメンバーからのメールを無視し続けた男だ。
今更のこのこと、俺が顔を出せるはずもない。

「よう、久しぶりだな、キョン!」
「谷口、国木田!」

俺は旧友と同じクラスになった幸運に感謝した。
2年の1学期に合わせて転入した俺は、特に転校生として意識される事も無く他の生徒達と同じように自己紹介を済ませた。
クラス全員が紹介を終えてもハルヒの姿はない。

「あいつは違うクラスか……」

俺はハルヒと同じクラスになれなかった事に安心と落胆が入り混じった気持ちになった。
それならせめて遠くからハルヒの姿を見ようと思い、俺は休み時間に他のクラスの教室でハルヒの姿を探した。
きっとハルヒの居るクラスの教室にはハルヒの元気な声が響き渡っているのだろう。
いや、もしかして元気が有り余ってその辺を走りまわっているかもしれない。
しかし俺の期待は見事に裏切られた。
教室の片隅の席で、クラスメイトの輪から孤立したハルヒは、冷たい表情でじっと前を見据えていた……。



あれは……俺の知ってるハルヒなのか……?
俺の抱いていたハルヒのイメージと、視線の先に居る成長したハルヒの「ような」女子生徒とはまったく似つかなかった。
トレードマークである頭に付けた黄色いリボンは変わっていないが、あの笑顔は欠片も感じさせない。
眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに結ばれた口、何者も寄せ付けない冷たいオーラを放っている。
誰もこんなやつに用事もないのに声を掛けようとはしないだろう、俺も同感だった。
あの明るかったハルヒ、俺が恋い焦がれたハルヒは俺の思い出の中にしか存在しないんだ。
谷口や国木田達がハルヒの事を話題にもしなかった理由が解った。
教室に戻った後も、俺は谷口達にハルヒの事を聞く事はできなかった。
俺は平静を装ってくだらない話をしていたが、心の奥底ではハルヒの変貌ぶりにショックを受けていた。
そして学校からの帰り道、谷口達と別れて一人になった俺は、思わぬ人物に声を掛けられる。

「……お待ちしていましたよ」
「古泉! それに……」

振り返った俺は古泉の後ろに立っていた長門と朝比奈さんの姿にさらに驚いた。
何だこれは、ハルヒ以外のSOSクラブのメンバーが勢揃いじゃないか。
だが俺は懐かしさよりも後ろめたさ、恐ろしさのようなものを感じとった。

「……やはり話はSOSクラブの件か?」
「ええ、あなたは今日学校で涼宮さんを見ましたよね?」
「ああ」

古泉の質問に俺は首を縦に振ってうなずいた。

「今の涼宮ハルヒの中には、憎悪が渦巻いている」
「どういう事だ?」

長門の言葉に驚いた俺は思わず聞き返した。

「まずは順を追って話しましょう。SOSクラブの七夕イベントで、涼宮さんが短冊に書いた願い事は覚えてますか?」
「確か、みんなが一緒に居られるように……だったな」
「ですが、あなたは転校してしまった。それを涼宮さんは七夕の織姫と彦星のせいだと憤慨しているのです」
「バカな、いくらハルヒが純粋なやつでもクリスマスにサンタクロースがやって来るなんて信じるほどじゃないだろう」
「そう、本当の涼宮ハルヒの憎悪の対象は……あなた」

長門は俺に向かって人差し指を突き出した。

「キョン君、涼宮さんのメールに返事もしないなんてひどいです」

黙っていた朝比奈さんにもそう言われた俺は立つ瀬が無かった。

「あなたとの絆を絶たれたと感じた涼宮さんの落ち込みようはかなりのものでした。そして彼女はあなたに直接怒りをぶつける代わりに織姫と彦星に復讐すると言い出したのです」

古泉の話によると、それからのSOSクラブは神を呪うような儀式ばかりするようになってしまったのだと言う。
そして七夕に笹の葉を燃やしてしまうハルヒの暴挙について行けなくなった古泉達はSOSクラブを辞めたらしい。

「僕達の力では涼宮さんを説得する事は叶わなかったので、お手上げだったのですが……」
「涼宮ハルヒに希望を取り戻させる存在、それがあなた」
「お願いキョン君、涼宮さんと話して」

長門と朝比奈さんにも詰め寄られた俺は、言葉を濁した。

「あのような涼宮さんの姿を見ていられないのは、あなたも同じでしょう?」
「涼宮ハルヒの方から接触が無いのならば、あなたの方から手を差し伸べるしかない」
「分かった、明日学校でハルヒに声を掛けてみるよ」
「よかった……」

古泉と長門に対する俺の返事を聞いた朝比奈さんは、安心した顔になった。
そして古泉たちと別れて帰った俺は、家の玄関で待っていた妹に声を掛けられる。

「ねえ、ハルにゃんは一緒じゃないの?」

どうやら妹は、俺がハルヒを連れて帰って来ると思っていたようだ。

「まあ、近いうちに連れて来るよ」
「楽しみー」

約束をしてしまった俺だが、今の能面のような冷たい顔をしたハルヒを妹に会わせるわけにはいかないと分かっていた。
ハルヒを変えてしまったのは、自分が傷つきたくないからと冷たく突き放した俺のせいだ。

(キョン、離れていても、あたしとあんたはずっと友達だからね!)

小学校の頃、ハルヒと交わした約束が思い起こされた俺は、久しぶりにハルヒと遊んでいる夢を見た。
夢の中でハルヒは笑顔で目を輝かせ、七夕の短冊に願い事を書いていた。
そうだ、お前は誰かを憎みながら暮らすようなやつになっちゃいけない。



翌日の朝、俺はなるべく他の生徒が少ないうちにハルヒに声を掛けようと早い時間に登校する。
すると、静まり返った教室の中でぽつんと自分の席に座っているハルヒの姿を見つけたのだ。
厳しい表情で虚空を見つめるハルヒは確かにとても話し掛け辛い雰囲気だ。
だが俺は勇気を出して作り笑いを浮かべてハルヒに話し掛ける。

「よう、久しぶりだな」
「……今さらどの面下げて来ているのよ、この裏切り者!」
「裏切り者だと?」
「あたしの前から消えなさい!」

ハルヒはそう言って俺を追い払おうとしたが、俺もこのまま引き下がるわけにはいかない。
しかし俺はハルヒに何と言って謝ればいいのか思い付かなかった。
するとハルヒはカバンからナイフを取り出し、俺に向かって突き付ける!

「あたしの言う事が分からないの!?」
「おい、何でそんな危険なものを持ってる!」

俺はハルヒからナイフを取りあげようとしたが、ハルヒはナイフを振り回して俺を近づけさせなかった。
そしてナイフを構えたハルヒは俺に斬り掛かって来た!

「うわっ!」

無様にも俺は目を瞑り悲鳴を上げてハルヒの攻撃を待ち受けるしかなかった。
俺はハルヒに殺されるのか……?
しかし俺の覚悟した痛みはやって来なかった。

「有希!」

ハルヒの叫び声が聞こえた俺が目を開くと、長門が俺とハルヒとの間に立っていた。
しかも長門はハルヒの握り締めているナイフの刃を素手でつかんでいる。
だが長門の白い手には傷一つ付いていない、どういう事だ?

「ペーパーナイフ」

長門がぽつりとそうつぶやいた。
本物のナイフじゃなかったのか……。
俺もそれに気付かなかったのはよっぽどあわてていたんだな。
武器を取り上げられたハルヒは牙を抜かれた獣のようにうなだれていた。
俺とハルヒの間から退いた長門が俺に向かって無言で合図を送るが、俺は考える時間を与えられたにも関わらず、ハルヒに何と言葉を掛けたら良いのか迷っていた。
すると突然ハルヒが、立ち尽くしていた俺に抱き付いて来た。
驚いた俺だが、退かずにハルヒの体を受け止め、ハルヒの腰に手を回した。
そうか、言葉よりも大切な事があったんだな……。
ハルヒは今、俺の胸で泣きじゃくっているが、顔を上げた時、ハルヒはとびきりの笑顔になっているのではないかと俺は思っている。
だが長門やきっと遠くから見ているであろう古泉や朝比奈さんの前では恥ずかしいものがあるけどな。



しかし、思わぬ来訪者により俺とハルヒは重大な選択を迫られる事になる……。


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