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2012-08-24

[][]「戦争の狂気」だけでなく

去る8月15日、毎日新聞は九大生体解剖事件の関係者の証言を掲載しました。

記事中に次のような一節があります。

 「軍人と医者が残虐非道なことをしたが、これは事件の本質ではない」。東野さんは独自に調査中、気が付いた。「当時の心理状態は平和な時代には考えられないほど、おかしな状態だった」。戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた。

かなり短くまとめられているため、証言者の言わんとすることがかなりわかりにくくなっています。ただ、記事のタイトルとあわせ、「戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた」が記者の伝えようとするメッセージであることは明らかです。

生体解剖を目撃した証言者が長年の思索の果てにたどり着いた結論であるのならば、それには相応の敬意が払われねばなりませんが、他方で戦後世代が簡単に「戦争の狂気」と総括するのには問題があります。なぜか。

  • 渡辺延志、「731部隊 埋もれていた細菌戦の研究報告」、『世界』2012年5月号

この記事では、ある元軍医少佐の論文集――「陸軍軍医学校防疫研究報告」掲載の論文8点を合冊したもの――をとりあげているのですが、細菌戦に関するこの論文集は東京大学に学位請求論文として提出され、元軍医はなんと1949年1月、医学博士を授与されているからです。医学者たちの戦争犯罪は決して「戦争の狂気」だけで説明することはできない、ということの動かぬ証拠があるわけです。

rawan60rawan60 2012/08/25 01:21 この事件(九大生体解剖事件)をモデルにした映画「海と毒薬」(熊井啓監督1986年/遠藤周作同名小説原作)がありますが、出演者が決まらず、制作まで15年以上かかったという逸話もありますね。

kohakukohaku 2012/08/25 15:11 はじめまして。
学生時代に読んだ上平恒「水とはなにか」(講談社ブルーバックス、1977)で731部隊での「研究成果」を戦後に、学術誌に発表した学者を批判している箇所があり、衝撃を受けたことがあります。一九五二年の日本生理学雑誌(第二巻一七七ページ英文)に、当時京都府立医大の教授であった人物が発表したそうです。(上垣先生は名前を挙げて批判しています)
pp195-196
「この論文の主な内容は、左手中指を零度Cの氷水に三〇分間付けて、その指の温度を測定したものである。実験は一五歳以上の中国人クーリー一○○名、七〜十四歳の中国人学童二〇名、生後一ヵ月および六ヵ月の赤ん坊、それから生後わずか三日目の新生児について行った。(中略)発表が朝鮮戦争中の一九五二年になされたことも意味深長である。(後略)」
上垣先生は、低温生物学の「非人間的な暗黒面」と評価しています。
九大生体解剖事件とは関係ありませんが、「戦争の狂気」だけで総括できない問題の例として思い出しました。
「水とはなにか」は新版になりましたが、昨日確認したら該当箇所に変更はありませんでした。

ApemanApeman 2012/08/25 16:01 rawan60 さん

ネットの情報だと「出資者」探しに難航と書かれているのを見かけますが、熊井啓監督の自伝かなにかに記述があるのですかね?

kohakuさん

ご紹介ありがとうございます。
731部隊での凍傷に関する人体実験の成果を、戦後『日本生理学会誌』(英文)に発表した、という医学者の事例は、常石敬一さんの『医学者たちの組織犯罪』(朝日文庫)でも紹介されています。こちらも実名が挙げられていますので、同一の事例かどうか、確認してみます。
しかし1977年の時点でそのような告発をしていた自然科学研究者がおられたとは。『悪魔の飽食』で話題になるより前ですからね。

rawan60rawan60 2012/08/25 17:14 >ネットの情報だと「出資者」探しに難航と書かれているのを見かけますが、

うーん、明白に「出資者」ですね。自分で読み返してビビりました(泣

ApemanApeman 2012/08/25 17:50 rawan60 さん

監督が企画を立てた当時なら今より日本映画界の組合も力があったはずなので、「出演者探しにそんなに苦労するかな?」と思いました(^^;

bogus-simotukarebogus-simotukare 2012/08/25 21:58 以前本多勝一氏の文章を読んでいたら(うろ覚えですが)「戦争の狂気」という言葉を安易に出すな、それは日本軍の免罪ではないのかと言う指摘があったのを思い出しました。
日本の731部隊のような蛮行を他国軍もやったかといったらそうではないわけです。
つまり「戦争の狂気」と言う一般論には解消できない「日本の独自性」(国際法の軽視とか)というのもあるわけです。

ApemanApeman 2012/08/25 22:10 bogus-simotukareさん

安易に「狂気」を持ち出すことが日本軍の免罪につながるのはその通りなのですが、

>日本の731部隊のような蛮行を他国軍もやったかといったらそうではないわけです。

これについては「731部隊のような」をどう理解するか次第でしょう。例えば一昨年、1940年代後半にアメリカがグアテマラの先住民を対象に梅毒に関する人体実験をしていたことが報道されてます。同じく梅毒に関する人体実験としては、アフリカ系アメリカ人を対象に70年代初頭(!)まで続けられていたものが有名です(タスキギー事件)。
もちろんその上で、「日本の独自性」があるのではないか、と考えていくことは必要ですね。田中利幸氏の言う、「特殊性」と「普遍性」の二つの相で捉える「複眼的な分析方法」ですね。
cf., http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20061107/p2

hogehoge 2012/08/25 22:12 慰安婦問題についてのエントリでも、戦前戦中のモラルを戦後のそれと切断し、まるで戦中は日本は麻疹にかかっていたかのような物言いで「だから免罪すべき」の論拠とするコメントがありました。

bogus-simotukareさんのおっしゃっている「日本の独自性」は、「海と毒薬」の原作者である遠藤周作の文学的テーマである、「倫理道徳において原理原則を持たない日本人」ということとつながるのかもしれないですね。遠藤にとってはその原理原則はキリスト教だったわけですが。

ApemanApeman 2012/08/25 22:25 hogeさん

橋下の21日の発言中の「慰安婦制度は今から考えると倫理的に問題のある制度なのかもしれない」もその事例の一つですね。「今から考えると」がミソです。

>遠藤周作の文学的テーマである、「倫理道徳において原理原則を持たない日本人」

これはとりあえずおおざっぱな比較をするなら丸山眞男の問題意識でもありましたし、私自身も気にかけているところではあります。ただ、「ドイツはキリスト教文化圏ですが?」という疑問はまず出てきますし、「権威主義的パーソナリティー」研究に対して社会心理学が突きつけた問題もあります。

nesskonessko 2012/08/26 12:40 流行りの風潮に押し流される、その場の空気に抵抗できない、というのは、戦時中でなくても起きることですからね。
医学ということになると、人体実験できればなあ、というのは常にあると想像されます。長い目で見るとそれが医療の進歩につながるかもしれない、というのもありますので、医者の好奇心が根源にあっても理屈で正当化できそうだし。
そうなると、医学者の倫理観が問われることになります。

ApemanApeman 2012/08/26 14:29 nessko さん

>流行りの風潮に押し流される、その場の空気に抵抗できない、というのは、戦時中でなくても起きることですからね。

そうですね。もちろん、戦争が同調圧力を高める要因になるのはたしかですが、科学という営みそのもののもそうした要因にならないのか? と問うことが必要だと思います。

>人体実験できればなあ、というのは常にあると想像されます。

現代の臨床実験のように細かく定められたプロトコル守らなくてすむなら、そりゃ楽でしょうからね。

kohakukohaku 2012/08/27 14:28 Apeman さん
>ご紹介ありがとうございます。
こちらこそご紹介ありがとうございます。
『医学者たちの組織犯罪』(朝日文庫)、通読はまだしていませんが、関係する部分だけ読んでみました。上平先生の告発した医学者と同一人物でした。ただ、常石さんの著書では、雑誌名が『日本生理学会誌』(221ページ)になっていました。日本生理学会の発行しているのは、『日本生理学雑誌』なのでこちらが正しいと思います。(論文を探そうとしたので。)

>しかし1977年の時点でそのような告発をしていた自然科学研究者がおられたとは。『悪魔の飽食』で話題になるより前ですからね。

『悪魔の飽食』よりまえであることは意識していませんでした。調べたら1981−1983ですか。確かに研究者たちの倫理観が問われてることので、早くから非難していた研究者がいたかどうかは気になりなることです。

昔読んで、気にはなってはいたのですが、そのままなかば忘れていました。(秦郁彦の『昭和史の謎を歩く』にも凍傷実験の記述があり、これは読んでいたのですが、秦著では戦後の研究発表はあまり強調されていなかったので忘れていました。昨日思い出して読み返しました。)常石さんの著書で医学界の対応も含めた詳しいことが分かりそうです。ありがとうございます。

ApemanApeman 2012/08/27 14:59 kohakuさん

私も昨日近所の書店に行ったのですが『水とはなにか』の在庫がなかったので、確認できずにいました。
符合する点が多いので同一人物ではないかと思っていましたが、やはりそうでしたか。
地元の図書館にあることは確認しましたので、今度借りてきます。

kohakukohaku 2012/08/29 18:44 Apeman さま

何度もコメント失礼します。

先日、

> ただ、常石さんの著書では、雑誌名が『日本生理学会誌』(221ページ)になっていました。日本生理学会の発行しているのは、『日本生理学雑誌』なのでこちらが正しいと思います。(論文を探そうとしたので。)

と書きましたが、いい加減なことを書いてしまったようです。

調べてみたら、『日本生理学雑誌』は、日本生理学会の発行する”和文”の雑誌でした。
くだんの論文が発表されたのは、 Japanese journal of physiology (2006 年に誌名変更して、Journal of Physiological Sciences) でした。『日本生理学雑誌』の1950~1952 のバックナンバーを見ても該当する論文がないので(そもそも和文ですし、)不思議に思っていました。
すでにご存じのことでしたら、申し訳ありません。

Studies on the reactivity of skin vessels to extreme cold. Part I-Part III

Japanese journal of physiology,
(1950),Volume:1,Page:147
(1952),Volume:2,Issue:3,Page:177
(1952),Volume:2,Issue:4,Page:310

上平先生の言及した論文は、二番目のもので、Fig. 2 に新生児 ("3rd days after birth")に対する実験の結果が載せられていました。
また、実験("The left middle finger" の "The temperature reaction in ice-water")は、”about 100 Chinese coolies from 15 to 74 years old and on about 20 Chinese pupils of 7 to 14 years.”に対して行われたようです。(Fig. 1 からは7-14 歳の "Nos. of subj." は19 人、15-74 歳の "Nos. of. subj." は 101 人と読み取れます。)

常石さんの著書で引用されている医学者の回想でも”英文の『日本生理学会誌』”となっていたので常石さんの著書は誌名を間違えたわけでもはないようです。

数日前のエントリーに何度もコメントしてしまい、ご迷惑でしたら申し訳ありません。

ApemanApeman 2012/08/29 21:05 ご丁寧な補足、ありがとうございました。

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