定型発達者もつらい…かな?

花風社・浅見淳子のブログ

公平とは何か

2011-08-10 08:22:00 | 日記
「浅見さんの障害者に対する公平な視線は貴重だ」と言ってくださる読者の方々がいる。

一方で

「障害者に対して差別的だ」と極端に意見が分かれる人もいる。

「公平」や「差別」という言葉の定義が違うのだから
別に不思議なことではないと思う。

二年先輩のこうちゃんのことを
大地君の先生たちは「大地にとっては先輩」と教えている。

たとえこうちゃんに言葉や知的な遅れがあっても
先輩は先輩。
おそらくこうやって育てられた子たちが
バリアフリーの世界を作ると思う。

こうちゃんのママによると
こうちゃんは健常児の妹ちゃんが泣いていると
涙を拭き、頭を撫でてなぐさめる。

「家ではお兄ちゃんしているんですよ。だってお兄ちゃんですから」

こうちゃんを育てるのも他のきょうだいを育てるのも同じだという。
人としてやっていいこととやってはいけないことを教える。
こうちゃんにわかる教え方が、他のきょうだいとちょっと違うだけだ。

こういう方針の人は
私のことを「公平な視線をもった人」と見なしてくださる。
そして「これからもその感性で本を作ってください」と言ってくださる。

一方で「障害者差別反対」と言いながら、その実
「特別扱い」を求めている人たちもいる。

「事件を起こした子に診断が下っても報道しないで」と報道規制をしながら
一方で足元で当事者が起こしている事件を放置するような片肺の支援しかしない団体を私なら支援団体とは呼ばない。
圧力団体と呼ぶ。

それでもこのやり方に共感を覚える人たちもいる。

わからないではない。障害を背負って生まれたということは不利なことだから。

ならば「平等」というきれいな言葉を使ってごまかすのはやめたらどうだろうか、と私は思う。

彼らが求めているのは「平等」ではなく「特別扱い」なのではないかと思うことがある。
だったらはっきり主張すればいい。
「障害があるのだから特別扱いしてくれ」と。
必要なら憲法改正してでもね。

大地君から来たあとがき
彼が三ヶ月かけて書いたあとがき(の一部)を
個人情報のみを変えて、ここに貼ります。

このまま本に使うかどうかはわかりません。
来週休暇で海外に出ます。
私にとって五感に優しい地で
ゆっくり考えようと思います。

ただこのままここに貼ることだけは、しようと思いました。

大地君は、これだけの思いをしました。

それでも藤居学が大地君の育てられ方に口を出す権利があり
私がぶんパパから来たメールをここに貼ったことで非難されるのなら


それは障害の軽重による差別だと私には思えますね。

障害がある人やその家族は、一般人を罵倒しても許されますか?
それに対する専守防衛は許されないのですか?

知的障害のない子はない子で厳しい社会に生きていかざるをえない。
ただ一部の重度の親がコンプレックスを感じるからと言って
その子に相応しい教育を用意してはいけないのですか?

障害が軽い子は、重い子の父親によって存在そのものを否定されても反撃してはいけないのですか?

ならばそれは差別です。

大地君のあとがきは、とてもいいですよ。
ここにはまだ未発表の部分で
本当に「障害」と「健常」について突き詰めて考えています。

だからこそ、この部分をそのまま活字にするかどうか私は迷っています。

けれども今日ここに貼ることには、なんの迷いもありません。
皆さんに見てほしいです。

このあとがきを私が頭から否定しなかったとき
大地君はオイオイ泣いたそうです。

これを頭から出して、大地君は
お勉強もはかどるようになったそうです。

それだけ溜まっていた思い。

だから託された私にとっては、公表するのが努めだと判断しました。


=====

 二年生の時に書いた「ぼく、アスペルガーかもしれない。」の本のレビューで、そらパパさんという人に、僕だけではなく大切な先生や両親を侮辱するようなことをネットに書き込まれました。僕は先生や両親に嘘を教えられたのかと、にくい気持ちが心に生まれました。誤解はすぐに溶けましたけど、嘘ばかりの話に僕は心がズタズタになりました。そして浅見さんがいじめられました。そのあとは、神田橋先生まで本が出る前からやられることになりました。すべては僕の本から始まりました。僕は「生まれてこなければよかった。」と思いました。僕が生まれてきて、生きていて、頑張ろうと思うことでたくさんの人がそらパパという一人の人に傷つけられる結果になりました。僕は我慢が出来ませんでした。僕は正々堂々と手紙を書きました。その時は相手にもされなかったようです。今もなお返事すら来ません。そして、両親はそのブログ記事を消してもらえるようにお願いしましたが、今もそのブログ記事はそのままにしてあります。それを読んだ人たちから、僕たち家族は非難されました。それは言われもないことです。そして、とてもここには書けないような酷いことをメールで送ってきた人もいます。僕は「死にたい。」と思ったこともありました。僕が生きていることがたくさんの人を傷つける。障害のある人が人としての修行すると、こんなにも攻撃されるのかと僕はショックを受けました。でも僕の周りの大人は強かったです。僕がこれ以上に傷つけられることがないように対策を練ってくれました。そらパパさんとその一味からの攻撃は僕を悲しくて苦しい気持ちにしました。でも、苦境の時から僕は大事なことを学びました。今はそらパパさんに感謝しています。「そらパパにバカにされたままで終わりたくない。」という気持ちが、僕を強くしました。僕はひとりで学校に通えるようになりました。そんなことは序の口です。僕は発達しました。自分でもわかるほどです。成長だけではないと思います。「負けたくない。」という気持ちが僕を変えてくれました。そして、先生たちが教えてくれた「大地は大地らしく」とか「人として」とか「自分の意志を貫く」という言葉の本当の意味を解るきっかけになりました。僕は思います。僕はそらパパさんの子供でなくてよかったです。そして、巡り会えた先生たちが栗林先生や本山先生だったことは幸せなことです。僕には障害があって、それは中途半端な障害で、大切なことを教えてくれる人たちがいなかったら、僕はきっと人として生きていなかったと思います。医者が言うように、何の努力もしないで、国からお金をもらって、一日中、ネットやゲームをして家に閉じこもる廃人になった恐れがあります。今頃は、学校に行っていなかったと思います。もしかしたら、自分で自分の命を放棄していたかもしれません。僕は僕を大事にしてくれる人たちに感謝しようと思います。
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きょうだい 障害者差別
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