埼玉県立自然史博物館 自然史だより 第35号 1998.3

カブトエビ−神出鬼没な草とり虫−

井口 巌

 みなさんは、カブトエビをご存じですか。カブトガニをずっと小さくしたような淡水産の甲殻類です。例年、5月中旬から6月下旬にかけて発生し、時おり新聞紙上でも話題になります。発生場所は局地的ですが、一時的に大量に発生します。野外では、一見するとオタマジャクシが水田にたくさん泳いでいるように見えるので、案外見過ごしてしまうこともあります。県内でも何カ所か発生する場所が知られていますが、毎年必ず発生するとも限らない気まぐれものです。
 「生きている化石」といえば、カブトガニやシーラカンス、オウムガイやメタセコイアといったものをよく耳にしますがこのカブトエビも実はルーツが古く、およそ3億年前の古生代石炭紀をはじめとして,中生代三畳紀や白亜紀の地層からも化石が見つかっています.幼生のメタノープリウスの形態から見て、三葉虫から分化してきたのではないかと考えられており、現在のカブトエビ属は古生代からほとんど形態の変化もなく、生きている化石として生存し続けてきたようです。
 国内で比較的よく見られるアメリカカブトエビTriops longicaudatus(Le Conte)は、節足動物門、甲殻網,鰓脚目,背甲亜目,カブトエビ属に属します。体は細長い円筒形で体長3〜4cmぐらい、左右2枚の甲殻は開いて体の前半部を被い、40以上の体節と脚をもち、1対の尾鞭に終わります。何でも食べる雑食性で、摂食や産卵行動のために、水田の土の表面をかき回したり穴を掘ったりします。その結果として、新芽や幼根を摂食したり、芽生えたばかりの雑草の根を浮き上がらせ、水を濁らすことから植物の光合成を阻害したりして、水田雑草の繁茂を妨げていることから「草とり虫」の別名が付いています。一時期、この雑草防除効果が注目されたことがありましたが、除草剤に比べて不安定な面があり、普及には至らなかったようです。
 このように「生きている化石」と言われながらも特に珍しいものでも、貴重なものでもありません。それでも話題性があるのは、出現時期が限られ、しかもごく限られた範囲で、発生するからです。
 水田に水入れをした2、3日後に2mm程の幼生として現れ、10日あまりで急速に成長して成体となり、産卵を始めます。その後1カ月余りで一気に姿を消してしまいます。稲刈りがすみ、乾燥状態になった土壌の中で、カブトエビの卵は寒さと乾燥に耐えて翌年の水入れまで休眠します。また、アメリカカブトエビは,雌の体内に卵精巣発達する雌雄同体生なので、雄が見つかっていません。国内では主に中部以西に分布し、オーストラリアカブトエビを除くヨーロッパ、アジア、アメリカカブトエビの3種が生息しています(図:片山,1980)。なぜかヨーロッパカブトエビは、山形県だけからしか発見されていません。県内では、ほとんどがアメリカカブトエビで、わずかにアジアカブトエビが混生することもあるようです。しかし、天敵や農薬散布による影響を受けやすいうえ、新しい正確なデータも少なく、種類や分布等について、その実態はよく調べられていませんそこで、動物課では、新たにカブトエビのデータを収集しています。みなさんも足元に生きる、3億年のロマンを見つけてみませんか。情報をお待ちしています。
 情報をお待ちしています!
県内外のカブトエビの分布を調査しています。お近くの水田等で、カブトエビを見かけた方は、動物課(井口)までご一報ください。

(いぐち いわお・主査)


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