第56号

地域新聞「河北新聞」

人権侵害の記事は許さない

関西の会とも提携して運動を


 人権と報道関西の会の例会が4月19(土)、大阪・北区のプ口ボノセンタ−で開かれ、前枚方市教育長で「北河内報道と人権を考える会」事務局長の家高憲三さんから報告を受けた。家高さんは教育長時代に、地域新聞「河北新聞」に「根拠のない誹謗・中傷記事を掲載され、人格、名誉などを傷つけられた」として去年8月大阪地裁に提訴しておリ、例会では自身が体験した報道被害と訴訟に至るまでの経緯、またこれに合わせて結成した考える会の活動について詳しく話していただいた。

この中で家高さんは「議会、市役所の問題点はなかなか一般の人たちに伝わらない。民主主義、知る権利、情報公開を実現していく上で、報道機関の役割は重要だと思う。しかし書かれる側の人権を奪う一方的な記事は問題だ。キチッとした記事を求めていくために関西の会とも連携して運動を進めていきたい」と述べた。


家高さんの報告は次の通り

裁判に至るまでの経緯


 河北新聞の95年8月 日日付け記事「家高教育長媚を売って延命を図る」「中司市長に不始末の詫び状」、同年9月1日付け記事「家高圃教育長再任希望?」「忘れられない権力の昧」などのタイトルで報じられ、「教育長に再任してもらうために政敵の市長に対し、詫び状まで書いて延命工作をしている」「利己的な性格から教育長にとどまるためには、なりふリ構わぬ行動をとる」と決め付けられた。しかしそうした事実は一切なく、著しく名誉を傷付けられたため、昨年8月大阪地裁に慰謝料、謝罪文掲載を求めて提訴。現在、係争中。


「詫ぴ状」の件

延命エ作では全くない


 私は88年から96年の3月まで枚方市教育長をしていたが、在任中の95年7月、市教委職員から、河北新聞の記者がやってきて「今度の市の人事異動で部課長がだれそれであると話している」と報告を受けた。私は市教委事務局を統括する立場にあり、この記者の言うことが正確であることから助役に対して「内示前に人事が洩れているのは問題だ」と抗議、訂正を求めた。助役は河北新聞に「教育長が記者の言動を問題にしている。困るではないか」と言ったところ、逆に河北新聞から「そんなことは言っていない。教育長に報告した職員の名前を言え」と詰め寄られてしまった。助役はすっかリ困ってしまい、「市長らと話し合った結果、このような文書に私と一緒にサインしてほしい」として、1枚の文書を持ってきた。これが「詫び状」で、私は「河北新聞に謝る必要はない。人事を洩らした者が職員にいることは、公務員の守秘義務違反である。そちらの方が問題だ」と拒否した。しかし助役が執拗に「サインしてほしい」と懇願するので、それでおさまり、河北新聞側に渡らないならという条件で、仕方なくサインをした。「詫び状」の件については、事態をおさめるためのもので、記事にある「延命工作」というものでは全く無い。


教育への信頼低下

人権侵害は許せない


 経過としてはそういうようなことで、一言で言えぱ河北の言いなリにならなかった。だからひどい記事を書いて、イヤガラセをしてきたというのが経緯ではないかと思う。それで、95年9月、人権侵害と闘う本を見つけ、河北新聞を追及していこうと思って、不発に終わったが公開質問状の準備もした。現職の教育長がこういうことをするのはとてつもないことだが、教育への信頼が低下することやウソを書かれて、そのままにしておくことも許せないと考えたからだ。それで教育長を去年3月にやめてから裁判と会の結成に着手した。


言論機関という名で

好きなように書く


 問題は私個人だけにとどまらない。「公用車の運転手が勤務中にパチンコ」という記事があった。河北新聞の記者は記事が出る前に人事当局のところに出かけ、このことを告げに行っている。しかし調べてみたらこの運転手は事前に有休を出していることが分かった。しかし訂正記事は出さない。圧力をかけることだけが目的だからである。また職員のブライバシ−も利用する。「組合員の女性をもてあそぶ」と、市役所職員の顔写真付き記事が出る。一個人のプライバシ−まで記事になるというのは問題だ。「保険センタ−の職員が不倫」という記事も、職員の顔写真付きで掲載されている。だれが写真を渡しているのかと思うのだが、結果的にこの職員は配転されてしまった。また選挙前になると、特定の議員、勢力を狙い撃ちにして色々と書く。たとえば議員の「オース卜ラリア視察」という記事。「なんでこんなにたくさんの職員が行かなければならないのか」という内容。またある議員について「なんと横暴なヤツだ」という記事。選挙前になるとこういう記事をドンドン出してくる。一方で書かれた職員が抗議に行ったら、早速謝ったケ−スもある。どういう圧力をだれがかけるのか。相当な圧力をかけないと謝罪なんかしない筈だ。他にも建ぺい率違反などで企業を脅すことや、「広告」名義で常識をはるかに超える多額の現金を取っているという噂をよく聞く。法律違反をただすという名目で、自分の懐をふくらませているのだ。言論を使って、好きなようにメチャクチャ書くというのが河北新聞の実態と言っていい。


市役所の体質にも問題が

どうして河北はここまでやれるのか。


 市役所職員のプライバシ−や仕事上のミスなど、弱みを河北新聞に握られているという面がある。(一説には詫ぴ状が相当あるという噂も)ある程度のネタをつかまれていて「どうなってんネン」と記者が来たら、職員は「知リません」と言えない、相手が恐いからだ。また上司の姿勢も問題だ。記者がうっとおしいから上司自身も相手が気に入るように何か言ってしまう。そういう弱みにつけこまれて河北新聞のスパイ、通報者になれ、と言われることもあるようだ。この新聞の中には誉められている議員が何人かいるが、どういう関係なのか職員は不審に思っている。


地域の人権を守る

考える会の活勤


 かつては市役所職員の給与、ラスパイレス指数日本一が枚方市。市民が市政を見る目は厳しい。河北新聞が「ブライバシ−、ゴルフ」の問題を書くと、市民が受け入れてしまう土壌もある。あんなゴロ新聞、相手にするな、という声もあるが、報道の自由は守らなけれぱならない。そう考えて、去年9月、北河内報道と人権を考える会を結成した。現在、会員は36人、寄付83人、団体加盟が8つる。年4回ニュ−スを出し、1回ごとに3万部出しているが、今後年6回を検討。労働組合を通して、市内のマンションのほか、各地域にまいている。特に河北新聞のあまリのひどさに会員も増えている。今年の総会には関西の会の木村哲也さんにも来てもらった。考える会を報道評議会にして、苦情受付の場にしたいと思っている。会費、力ンパで活動しているが、ある企業は「河北新聞を叩くなら力ンパする」と10万円を出してくれた。相当、頭に来ていたようだ。また商店街に行ったら、「私も入る」という人が結構いる。「あんな新聞は枚方の恥」という実感でここまで大きくなったと思う。現在のところ、会計も、事務も私一人でやっているので忙しいが、報道被害をなくすためにがんぱっていきたいと思っている。


参加者との議論

 この後の議論では「身近な人の名前が出ているから読まれるという側面があるように思う」と受け手の側の体質についての指摘があった。家高さんは「人の噂話を面白がるのも問題だ。河北新聞は全ての記事が問題という訳ではなく、時々いい記事も出しているので、新聞を見て信用してしまう人もいる」とし、「ウソを書かれたらキッチリただしていく事が必要だ』と強調した。

 また家に河北新聞が配られているという参加者もあリ一般紙が書かないことも書いてあり、参考になることもあるが、全体として下品な新聞だ。報道被害者が行動を起こしているとは知らなかった」と発言した。「だれにでも新聞は作れるし、インタ−ネッ卜でも新聞は作ることができる。今後、報道被害がふくれていくのではないか。心配だ」という意見も出されていた。最後に家高さんは「議会、市役所にも問題はある。日刊紙が報道しない事柄もあり、地域新聞が知リたいことを報道するのは民主主義、知る権利、情報公開につながるのだからその役割は重要だと思っている。しかし河北新聞は異質だ。書かれる側の人権をきちっとしてもらいたい。考える会の会報が出た時、いきなリ「お前、エエ加減にせえよ」という脅しの電話も入ってきた。誰がかけているのか想像がつくが、不退転の決意で喧嘩するつもリだ。今後、関西の会にもご協力いただいてて、がんばっていきたい」と決意を述べた。(関屋)


例会に参加して

 一昨年十一月、新聞の片隅に「人権と報道シンポジウム第八回」の予告記事を偶然発見し、そのテ−マ「松本サリン事件を検証する」に惹かれて参加したのがそもそもこの「人権と報道」関西の会との出会いでした。事件の被害者であるにもかかわらず、事実無根の一方的な報道によって深刻な人権侵害を受けた河野さんの話が直接聞ける機会だったからです。それはまた、私の所属する創価学会も、悪質な週刊誌をはじめ、あリとあらゆるメディアによって日常的な悪宣伝を浴びせかけられていますが、その実態はほとんどバッシングであリ、意図的なネガティブキャンぺ−ンではないか・・・との問題意織からでした。例会の資料では、私たち自身を対象とするデッチあげ記事も話題になリました。私は、私どもが正面から真筆に受け止められ、互いの成長のための切瑳琢磨ができる正当なジャーナリズムの発展には、市民一人一人の自覚と主体的な関わリがとても大切であることを学びました。(秋庭洋)


 初めて例会に出席させていただきました。京都でマスコミを考える会」を数年前から何人かの人達と運営してきたのですが、大阪の方へも一度顔を出したいと思っていました。家高さんのお話は、河北新聞から明らかに名誉毀損と思われる記事を書かれたにも関わらず、一方的に相手を非難するものではあリませんでした。自治体や企業に対するチェツク機能という点で地方紙の存在意義を認めた上で、河北新聞の記事の不正確さ、人権感覚のなさを的確に指摘しておられました。僕の家にも(なぜか)河北新聞が配達されてきます。よく書く時には気昧が悪いほどべタ誉めで、その逆の時は人格攻撃やあてこすリに終始して、取材の厚みが感じられず、品のなさが目につく代物です。ただ、いくら発行部数の少ない地方紙とはいえ書かれた側の痛手は相当なものがあるわけで、今後はメジャ−なものばかりではなく、こうした身近なメディアの存在にも気をつけていきたいと考えています。それにしても、「北河内報道と人権」の動きの早さ、通信の発行部数の多さに驚かされました。もしこれがきっかけとなってメデイア全体を見直す機運が高まるとしたら、実は河北新聞は多大なる功績を残すことになるのかもしれませんね。(牧口誠司)


こんな記事はいらない。

 いつまでたっても改まらない、被害者の実名問題だ。5月26日昼、兵庫県相生市内の空き地で、土木建設作業員(16)の死体が発見された。同日夜、容疑者が逮捕されたが、容疑者は、被害者の小学校、中学校時代の1年後輩だということだ。両名とも似未成年であるが、容疑者とされる中学生が匿名であリ、被害者については実名というのはこれまでどおリである。ぽとんどのメディアが被害者の顔写真も掲載し、あるいは放映したようだ(筆者が知る限りでは朝日新聞は顔写真なし、毎日新聞はあリ)。

 事件の動機、原因も書かれている。それによれぱ、被害者が、容疑者に金をせびリ、断った容疑者に対して殴る蹴るの暴行を加えたので、怖くなった容疑者がバツトを持ち出して殴ったということである。容疑者である生徒がおとなしくまじめな性格で、中学時代には被害者が容疑者を一方的に連れ回すような親分子分の関係だった、ということを同級生の証言という形で載せている。

 しかし、これでは、報道機関が認識する事実関係のうえでたまたま被害者とされたがゆえに、実名、顔写真入リで、生前の非行を暴露されるというおかしな結果になっている。ただでさえ、そっとしておいて欲しいというのが、被害者や遺族の心情であるのに、右の上うな記事はまさに被害者の名誉の問題も絡んでくる。26日昼に発生し、夜に容疑者が逮捕された事件である.日付が変わってすぐの午前2時には締め切りの朝刊で、はたしてどこまで本筋に迫れているのであろうか。

 犯行自体についても同様にいえる。犯行を認めているということだが、自白というものがいかに危ういものであるかは、いうまでもない。外形的事実として、容疑者であるる生徒がバツ卜で殴ったのが真実だとしても、殺意の点などは、おいそれと断定できるものでもないしこのような事件が起こるとと、加害者、被書者、犯行動機などをあリきたリの事実関係のなかに押し込めたがるのが通例のようであるが、事件はそう単純なものではない。一人の命が失われたという事実は重大で、軽々に論評できるものではないが、それでもあえていうならば、加害者、被害者の立場は相対的である。加害者、被害者の立場を即断即決して、未成年の容疑者は匿名で、被害者は実名でという既成観念がいつになったら改まるのだろうか。そもそも犯罪被害者についても匿々であるべきだ。(木村哲也)


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