専門家ゲスト:渥美由喜さん(東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長)、荒木次也さん(NPO法人 ファミリーカウンセリングサービス 主任カウンセラー)
ゲスト:室井佑月さん(作家)、くわばたりえさん(タレント)
リポーター:松田利仁亜アナウンサー、内田明香記者(生活情報部)
家族にとって幸せなイベントである出産。しかし、昨年、ある民間の調査機関がおよそ300人に行った調査で、「出産直後から妻の夫への愛情が急速に下がる」という実態が明らかになりました。また、別の研究ではこの期間に生じた不仲はその後の夫婦関係に長く影響するなんてデータも。中には、長年連れ添ったにも関わらず、出産後わずか1年半で離婚に至ってしまう夫婦もいます。実は産後とは夫婦に大きな危機が訪れるタイミングなのです。
こうした問題はこれまで『育児ノイローゼ』『産後ブルー』といった言葉で主に母親たちの問題であるように語られてきました。しかし、番組ではこれを夫婦や社会の問題であると捉え、「産後クライシス」と名付け、その実態に迫りました。
昨年、驚きの事実がわかりました。以下は民間の調査機関ベネッセ次世代育成研究所がおよそ300人を対象に行ったもので、妊娠期、0歳児期、1歳児期、2歳児期に『夫(妻)を心から愛していると実感する』という夫婦の割合を追跡調査したものです。
<夫(妻)への愛情を実感する>
・妊娠期
男性・・・74.3パーセント
女性・・・74.3パーセント
・0歳児期
男性・・・63.9パーセント
女性・・・45.5パーセント
・1歳児期
男性・・・54.2パーセント
女性・・・36.8パーセント
・2歳児期
男性・・・51.7パーセント
女性・・・34.0パーセント
なぜこうした結果が起こるのか。また、なぜ女性の方が著しい減少をみせるのか。調査を行ったお茶の水女子大学の菅原ますみ教授らの研究によると、『夫からのねぎらい』『夫の家事や育児への参加度』が強く関係しているといいます。菅原教授が注目したのは、妊娠時と子どもが1才の時期に共に『愛情が変わらない』と答えていた妻たちでした。『夫はよくわたしの家事や子育てをねぎらってくれる』と答えた妻の実に47.1パーセントが、また『家事・育児を助け合っている』と答えた妻の41.2パーセントが『夫と一緒にいると本当に愛していると感じる』と答えた一方で、ねぎらいが少ない場合はわずか10.2パーセント、育児家事参加が低い場合は20.5パーセントにとどまったのです。これは夫にねぎらいの気持ちがあると育児参加につながったり、また逆に育児参加すると妻の大変さを実感してねぎらいの言葉が妻にかけられるようになったりして、妻の側も夫への愛情を感じる良いサイクルがあることを示しています。これに対して男性側が「家事や育児は女性がするのが当然」と思っている場合はねぎらいが低く、育児参加も低いため妻の愛情が下がるという悪循環に陥ってしまうことが分りました。
また、番組では今回ネットクラブを通して、およそ1200人にアンケートに答えてもらいました。その結果、産後クライシスがあったという層の多くが『出産後の夫の家事育児への非協力』を不満に思っているという事が推察されました。
この事は番組で取材した事からも推察できます。ある東北地方に住む主婦は産後10年になりますが、産後、夫がとった無自覚な行動が今でも忘れられず、そのせいでその後の夫の行動を全く信頼できなくなったと話しました。また、ふたりだけの夫婦生活を10年近く続けてきたにも関わらず、出産後わずか1年半で離婚に至ってしまった女性は『産後の半年が結婚10年の中で一番辛い時期だった。その時に助けてもらえなかった事は夫へのわだかまりとして今も残っている』と言いました。この言葉はこの時期のデリケートさをよく表していると思います。
企画では産後クライシスの克服方法についてもとりあげました。大事なのは『夫が父親として自覚をもち、産後に家事・育児協力をする事』です。番組ではネットクラブへのアンケートを通し、『産後クライシスが起きなかった』という妻たちがどんなことをしていたのかご紹介しました。
まず、挙げられるのが我慢をせずに自分の状態やして欲しい事を夫に言葉で伝えているという事です。『問題を1人抱え込みがちな女性』が産後に精神的に追い詰められている時に、夫から『察してもらうじゃなくて、言葉にしてもらわないとわからない』と指摘された事をきっかけに、夫と話し合うようになり関係が回復したという例がありました。
(参考『男の人は察する事ができない。だから言葉で伝えよう』とは女性の産後ケアに長年取り組んでいる「NPO法人マドレボニータ」の吉岡マコさんのススメでもあります。吉岡さんは自分の体の状態や今の気持ちをしっかり言葉で夫に伝えましょうと多くの産後女性に勧めています。)
次に夫が家事や育児協力をしてくれた場合、しっかりほめることが重要です。取材した女性の中には夫が子どもを幼稚園に連れて行く際に『ママ友を通して夫をほめてもらう』という高度なテクニックを使い、夫を家事や育児に促したという女性がいました。また、『姑に細かく指図されるのが本当に嫌だった。夫も妻に言われるといやだろうと思い、ひたすらほめることで伸ばしています』という女性もいました。今回、番組に出演した荒木次也さんや、育児や家事の問題に取り組む著作家の百世瑛衣乎さんも『相手をほめる事』の重要性を指摘しています。百世さんは男性が『すごい』と言われる事が好きとも指摘します。『なんで夫をほめないといけないのだ』と考える女性も多いかもしれませんが、試してみてはいかがですか?
男性は育児や家事の能力は経験値の少なさから一般に女性よりできない傾向があります。とりあえずそれまでは『家事の完成度は6割でOK』と考える事も重要とも言えるかもしれません。(続けているうちに男性の家事や育児能力は一般的には上達します)
荒木さんは男性が仮に手伝った場合に女性がその完成度に不満をぶつける事で男性のやる気を削いでしまうことがある事を指摘します。特に以下のような言葉に気をつけると良いといいます。
夫婦の問題についてカウンセリングを行ってきた荒木次也さんによると、実際に夫婦仲に問題を抱え40代、50代になって荒木さんの元を訪れる人の半分は産後から問題を抱えているといいます。
荒木さんはそうした問題を抱えた人が集まって話し合う場所を作り、そこで第三者同士が会話する事で自分の間違っていた点に気づいてもらおうという取り組みを行っています。『今の不仲の原因は産後から起きていた』という事に男性や女性が気づくのが夫婦関係を回復させる第一歩になるという事です。
日本の特に都市部では里帰りをして出産をする女性は少なくありません。NPO法人マドレボニータが都市部周辺に住む620人を対象に行った調査では、およそ57パーセントが里帰りをしたと答えています。
しかし、里帰りには『夫と一緒に子育てを0から始められず、父親としての自覚が生まれにくい』という落とし穴もあることが分ってきました。(参考 横浜創英大学の久保恭子教授が首都圏に住む196人の父親を対象にした調査のデータからは「里帰りをすると夫が父親としての実感を抱きにくくなる」との傾向が浮かび上がり、里帰り男性の父性を阻害する恐れがある事を指摘しています)
番組では『産前産後で3か月里帰りをした女性』が『里帰り中の安心感と里帰り後の夫の非協力とのギャップ』に苦しみ、最終的に『夫より実家の方が頼りになる』と考え離婚してしまったケースをとりあげました。『産後クライシスがあることをあらかじめ知っておいて、夫と対策をとれていれば違った結果になったかもしれない』と女性は話します。
<都市部の女性>
・産後に離婚したいと思った事がある?
はい・・・52パーセント
いいえ・・・48パーセント
NPO法人マドレポニータ調べ
番組では上手な里帰りの方法を紹介しました。
<離れてる時>
・まめなコミュニケーション
・夫が来たら育児を体験
<里帰りから戻る時>
・夫に前もって掃除してもらう
・夫の参加はできる事から
番組では夫婦が暮らす地元で子どもを産み育てる事についても取り上げました。平成23年度のデータでは男性の育休取得率は2.63パーセント。夫だけをあてにして地元で出産する事にはなかなか勇気が必要です。こうした中、自治体によっては日中家事や育児を助けてくれる人がいない場合、育児ヘルパーに補助金をだしてくれる所があります。番組では里帰りできなかった夫婦が国分寺市の制度を利用し、産後クライシスに陥らなかったケースを取り上げました。また、これ以外にもシルバー人材センターやファミリーサポートという地域の住民の助けをかりる事業が各地で広がってきています。あわせて検討してみても良いかもしれません。
(育児ヘルパーへの補助については各自治体で要件が異なります。お住まいの自治体にお問い合わせください)
取材をして実感したのは、産後は夫婦にとってクライシスであると同時に、夫婦の絆を深めるチャンスでもあることです。産後クライシスを上手に避けた夫婦や一度はクライシスに陥ったけれど解決した夫婦は、夫婦仲も子どもとの関係も良くなり家庭生活に大きな楽しみを見出しています。女性にとっても男性にとっても負担の大きい産後ですが、この時期を上手に乗り切れば、その後、子どもの思春期や定年退職後の夫婦だけの生活といった変化にともに立ち向かう態勢が作りやすくなります。そういう意味でも夫婦にとって、家族にとって大きな意味のある時期だということはぜひ知っておいていただきたいと思いました。