アスカ・バーディラッシュ!
Hole No.2 レイとの初対決!


さくら山温泉カントリーゴルフクラブで行われた市民ゴルフ大会。
それがアスカとレイの対戦の初舞台となった。
本来ゴルフは三人一組のグループで回るはずなのだが、選手の一人が直前になって欠場したので、アスカとレイの二人だけで各ホールを回ることになった。
レイはすでに新進気鋭の高校生ゴルファーとして注目を浴びていたため、観客の数も多い。
アスカは人に注目される事には物怖じしなかった。
そして、アスカのアイドル並みの容姿はレイとは別の意味で注目を集めていた。
シャッター音が鳴らされる観客の写メールにアスカとシンジはうんざりしていた。
アスカが初めてのティーショットを打とうとした時も『お静かに』との看板を掲げられているにも関わらず、マナーの悪い観客達は携帯電話をカシャカシャと鳴らすのを止めない。

「ちょっと! 集中したいんだから、写メールは止めてよ!」

アスカは観客に向かって怒鳴るが、最前列で携帯電話を構える若い男性のグループは、へらへらと笑いを浮かべている。

「怒った顔も可愛いね〜」
「お前みたいなパッと出のやつが勝てるわけがないじゃん!」

観客のヤジにアスカはますます怒りを募らせ、ゴルフクラブを悔しそうに握りしめた。
そんな時、対戦相手のレイが口を開く。

「試合中の写メールはマナー違反よ。……後、汚いヤジも止めてくれる? 私は正々堂々と戦って勝ちたいの」

アスカはレイを見て目を丸くした。
試合前に会った時にアスカがあいさつをしても、レイは返事をしなかったからだ。
レイを冷たい人形のようだと思っていたアスカは、レイに対する評価を改めた。

「ありがとう、アスカを助けてくれて」

シンジが笑顔でお礼を言うと、レイは顔を赤くしてうつむく。

「別に、いいのよ……」

アスカはレイのそんな姿を見て、敵と再認定した。
いつまでも打とうとしないアスカに、レイのキャディであるカヲルが髪の毛をかきあげながらアスカに声を掛ける。

「オナーの君が打たないと試合が始まらないよ、さっさと打ってくれないか」
「わかったわよ!」
「好意に値するよ」

カヲルはアスカに向かって自慢の笑顔を見せた。
これで過去に何人もの女子がカヲルに好意を持って来た、必殺のアルカニック・スマイルだ。
しかしアスカは何の反応も無く平然とスイングの構えに入った。
シンジはそんなアスカを見て胸をなでおろし、レイはカヲルに軽蔑のまなざしを向けていた。
アスカは1番ウッドを構えて正確にインパクトを決めてボールに当てた。
試合前のイライラした気持ちは落ち着いたようだ。

「ナイス・ショット!」

シンジの掛け声の直後、観客たちから拍手と歓声が上がり、アスカの第1打のボールはピンまで残り130ヤードの好位置のフェアウェイに着地した。
レイの第一打はアスカより距離は伸びなかったが、負けじとフェアウェイの真ん中に球を落とした。
第2打はカップからの距離が遠いレイが先。
1番ホールはパー4なので第2打でグリーンに乗せればバーディを狙える。
レイの放った第2打はカップから1m以内という近い場所で止まった。

「ナイス・ニアピンだね」

カヲルの言葉とともに観客からも盛大な拍手と歓声が上げる。
アスカも第2打を負けじと8番アイアンをスイングさせる。
完璧なインパクト、一点のズレもない。
アスカは手ごたえを感じていた。
グリーンに着地したボールは一直線にカップに向かって転がって行く。

「入れ!」

シンジは声を出して祈っていた。
試合を観客にまぎれて見ているゲンドウ達も同じ気持ちだった。
だがグリーンを転がるボールは勢いを失い、カップまで数cmと言うところで止まってしまった。

「おおっ!」

アスカのスーパーショットに観客は沸き上がった。
しかし残念ながらアスカのプレイに対してヤジを飛ばす観客も居たのだった。
2人は両方ともバーディを取り、1番ホールを後にした。



2番ホール、パー3の全長170ヤードのこのコースは、アイアンでもグリーンに十分届く距離だった。
前ホールに続いてオナーのアスカがゴルフバッグからアイアンを取り出すと、シンジは慌ててアスカに1番ウッドを渡そうとした。

「ちょっとシンジ、何で1番ウッドを渡そうとしているのよ。この距離なら6番アイアンでも届くじゃない」
「アスカ、ここは1番ウッドじゃないとダメなんだ!」
「うるさいわね、もういいわよ!」

アスカはシンジを無視してティーショットの構えに入った。
コーチのゲンドウから簡単なコースだと聞かされていたからだ。
さらに1番ホールであっさりとバーディを取ったのがさらにアスカの慢心を強めていた。
アイアンで高い軌道を描いたアスカのティーショットは、右前方にあった桜の枝に引っ掛かり、池に落ちてしまった。

「だから、軌道の低い1番ウッドで木の下を潜らせるべきだったんだよ」

驚いて固まってしまったアスカに、シンジはため息を吐きながら声を掛けた。
シンジはこのコースでプレイした経験があったので、アスカに必死に1番ウッドを勧めていたのだ。
しかし、ティーショットに立ったレイもアスカと同じくアイアンを構えている。

「どうして……?」
「うん、アスカが失敗を目の前で見ているはずなのに」

不思議に思ったアスカ達が見守る中、レイが第1打を放つ。
レイの放ったボールは左に大きく曲がって行き、右正面にせり出した桜の木を上手くすり抜けてグリーンに乗った。

「きれいなドローボールだ」

シンジは感心したようにレイの事を見つめていた。
それが面白くないアスカだが、もっと面白くない事態がアスカを待っていた。
アスカの打ったボールは池に落ちてしまったことによって、ゴルフのルールではウォーターハザードと言うことになり、プラス1打のペナルティを課されて池に落ちた地点の側の岸から打ちなおさなければならない。
だからアスカの実質的な2打目は3打目ということになってしまう。
アスカは3打目を上手くピンに寄せたが、カップに入れたのは4打目。
よってパーより1打多いボギーとなった。
レイは冷静に2打目をカップに沈めてパーより1打少ないバーディを取った。
2番ホールでアスカはレイに2点のリードをされてしまったのだ。



続いて3番ホールは前のホールで一番良い成績だったレイがオナーとなる。
正面にフェアウエイが広がるパー4のこのホールは、真ん中にぽつんとノッポの木があるだけで、障害物のようなものは無かった。
レイの1打目は華麗なドローボールで背の高い木の左側をすり抜けて、フェアウェイの真ん中に着地した。
真正面に打たなければ木に当たる事がないとシンジのアドバイスを受けたアスカは、球筋を右に曲げるスライスで木の右側を抜けようと考えた。

「アタシはアイツの真似はしたくないのよ!」

しかしアスカの放ったボールは風に流され、木の幹に当たって跳ね返されてしまった。
この不運とも言うべきハプニングに、観客の中には笑い声を上げる者もいた。

「アスカ、まだ大丈夫だから、しっかりしなよ」
「うん……」

シンジは、少し泣きそうな表情になって体を震わせるアスカの手をしっかりと握って安心させようとしながらアスカと歩調を合わせた。
そんなアスカとシンジの姿を、レイはじっと見つめていた。
アスカの受難はまだ続く。
木が真正面にあるために、直接グリーンを狙えないので迂回しなければならないのだ。
よって、このコースでのアスカのバーディは絶望的になった。
このホールでもレイはバーディを決めて、アスカとの3点差まで広がった。



4番ホールはフェアウェイが左に傾いた特徴的なホールだった。
オナーのレイが打ったティーショットはフェアウェイを勢いよく転がり、ラフへと突っ込んでしまった。

「予想以上にランが伸びてしまったんだろうね」
「ふふっ、これは逆転のチャンスね!」

レイのミスに、アスカはテンションを上げた。
アスカはバックスピンをかけて第1打を放ち、アスカのボールはランは伸びなかったがフェアウェイに止まった。
そしてアスカのセカンドショットは、しっかりとグリーンに乗った。

「これでアイツもプレッシャーを感じるはずよ!」

元気を取り戻したアスカは余裕を持ってレイのセカンドショットを見守った。
打ちにくいラフからのショットは、ボールをグリーンに乗せる事だけでも難しい。
しかしレイの放った打球はカップから少し離れた場所とは言え、グリーンへと降り立ったのだ。

「どうやら綾波さんは冷静だったみたいだね」

シンジがそうつぶやいた後、ショックを受けてしまったアスカはその場でよろめいてしまった。
逆に動揺する形になってしまったアスカは、バーディパットを外してしまう。
幸いレイも1打でカップに入れる事は出来なかったため、それ以上点差は広がらなかった。



そして迎えた5番ホールは、初めてのパー5のロングホールだ。
距離は長いが2打でグリーンに乗せ、3打目で入れればパーより2打少ないイーグルとなる。
点差を縮めるチャンスは十分にあるコースだ。
オナーのレイは1番ウッドで打ったが、1打目の飛距離は200ヤードを少し超えた程だった。
これではセカンドショットをいくら飛ばしても2オンは無理だろう。
そしてアスカはこのホールでイーグルを取ってレイと点差を縮めようと焦っていた。
だからできるだけ遠くまでボールを運ぼうと、アスカは力いっぱいティーショットを放ち、240ヤード近くまで飛ばした。
飛距離の長いナイスショットに観客達から拍手が上がる。
しかしそんなアスカの第1打を渋い顔で見ていたのはゲンドウだった。
いや、いつもゴルフ場ではゲンドウは厳つい顔をしていることが多いのだが、深いため息もついている。

(アスカ君も悪いが、シンジもキャディとしてのアドバイスがまるで出来ていない)

グリーンから遠く離れたレイの2打目は、うまく木々を避けてグリーン近くのフェアウェイに着地した。
これでバーディは確実、上手く行けばショットを直接カップに入れるチップインイーグルも狙えるかもしれない。

「こうなったら、アタシはイーグルを決めてやろうじゃない!」

気合を入れたアスカは2打目を打とうと自分のボールのある場所に到着し、グリーンの方向を見て驚いた。
背の高い木が何本もアスカの前にそびえ立っていたのだ。
アスカは青い顔をしてつぶやく。

「もしかして、アイツの打った場所がこのコースの正しいルートだって言うの?」
「……残念だけど、ここからじゃ木が邪魔で2打でオンは無理だね、手堅く回り道をしてバーディを取ろう」

シンジが助言すると、アスカは激しく首を横に振って拒否する。

「嫌よ、アタシはイーグルが取りたいの!」
「何を駄々っ子みたいな事を言っているんだよ!」

試合中に言い争いを始めてしまったアスカとシンジを見て、観客達から失笑が上がった。
そんな2人の姿を見たゲンドウは、我慢しきれずに叫んでしまう。

「こらっ、2人とも試合中だぞ、静かにプレイをしないか!」
「す、すいません、おじ様」
「ごめん、父さん」

驚いたアスカとシンジは動きをピタリと止め謝った。
その後、他の観客から「お前の方がうるさい」と指摘されたゲンドウは少し顔を赤くして引き下がった。
すると、しぼんだ表情になったアスカがぽつりと弱音をもらす。

「ねえ、アタシはこのまま負けてシンジと会えなくなっちゃうのかな」
「な、何を突然言い出すんだよ!」
「だって、おじ様は最強の女子プロゴルファーをお嫁さんに迎えたいって話していたじゃない」

そのアスカとシンジの会話を聞いたレイの目が鋭く光った事に、カヲルは気が付いたのだった……。


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