文鮮明氏死去:合同結婚式主宰、実業家の顔も

自称「問題人物」

 「自らをメシアと称した韓国人宗教活動家」(米紙ニューヨーク・タイムズ)、「1970年代を席巻し論争の的となった宗教指導者」(米紙ロサンゼルス・タイムズ)、「数千組の合同結婚式の主宰者」(英紙ガーディアン)、「巨大企業帝国の創始者」(米時事週刊誌タイム)…。

 世界基督教統一神霊協会(統一教会)の創始者・文鮮明(ムン・ソンミョン)氏(92)が3日午前1時54分、京畿道加平郡の統一教会聖地内にある清心国際病院で死去した。文鮮明氏は肺炎の合併症を患い、先月14日からソウル聖母病院の集中治療室で治療を受けていたが、「現代医学では病状を好転させる方法がない」という医療陣の判断を受け、先月31日に同氏専用の病室に移送されていた。

■「私は世間を騒がせる問題人物」

 1920年に現在は北朝鮮に属する平安北道定州郡で生まれた文鮮明氏は、国際社会で最も名の知れた韓国人の1人だ。2009年に出版した自叙伝の序文でも「私は名前の漢字3文字を言っただけでも世間を騒がせる問題人物」と述べている。自身を「メシア(再臨のイエス・キリスト)」であると主張し「異端の宗教創始者」というレッテルが生涯付いて回った。また、1984年に米国で脱税などの疑いで1年以上服役するなど、6回にわたり刑務所に収監されている。さらに財産をめぐる家族間の訴訟も絶えない。

 文鮮明氏は、数え年で16歳だった1935年に神秘的な体験をしたとされている。統一教会のホームページには「その年の4月のイースター(復活祭)で祈りをささげていたとき、イエス・キリストに会い『罪悪の中でうめく人類と、それによる神の悲しみを晴らしてほしいというお告げ』を聞き、メシアとして自覚した」と書かれている。1945年の光復(日本による統治からの解放)後、宗教活動により北朝鮮で2度収監されたが、50年の6.25戦争(朝鮮戦争)時に米軍により釈放され韓国に戻った。そして54年にソウルで統一教会を設立した。文鮮明氏と統一教会が世間の関心を集めるきっかけになったのは、55年に起こった、いわゆる「延世大学・梨花女子大学事件」だ。キリスト教系大学の両校が統一教会に入信した教授・学生を免職・退学させたことから、「異端」として韓国内のプロテスタント系団体・信者との確執が深まった。

金翰秀(キム・ハンス)記者
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