過去〜未来　宇宙の願い　細野晴臣さん

■秋の読書特集　架空全集を編む

　こんな音楽全集がほしいと思いつつも１０冊で事足りるはずがなく、ただただ心に去来するままに並べてみたのである。実験的な響きから普遍的な宇宙の願いまで、こじつけて曰（いわ）く……。

　第１巻『音の海』。英国人音楽家でもある著者の、音への博識は海のように深くて広い。とくに桁（けた）外れの情報量を誇るが故に、本書を読んでいると、近未来の不思議な音楽を聴いているような感覚になる。その一片一片にはユニークな響きがあり、音楽の面白みが宿っている。

　面白みといえば、ジャズとジョークの醍醐味（だいごみ）はアメリカだけのものではない。日本にも楽しい音楽が生き生きしていた時代があった。クレージーキャッツである。第２巻『植木等伝　「わかっちゃいるけど、やめられない！」』は往年の、文字通り軽やかな「軽音楽」の世界に強い憧（あこが）れを抱かせる。そういえば近年、軽妙な音楽の系譜が途切れているのはなぜだろう。

　戦前戦後の日本には、音楽の熱気が渦巻いていた。第３巻『進駐軍クラブから歌謡曲へ』からは、ぼくが子供のころに聴いていた“音楽の坩堝（るつぼ）”が聞こえてくる。失われた音への強い郷愁。時代は変わり、ジャズはロックに、そして歌謡曲はポップスに取って代わった。

　１９６１年の夏、中学生のぼくに音楽の可能性を教えてくれたのが、ビーチボーイズを率いるブライアン・ウイルソンだった。第４巻『自叙伝』は、たとえポップスであろうと、創造性にかかわる者には多くの犠牲がつきまとうと教えてくれる。

　８０年代、ぼくはテクノポップという新しいジャンルに取り組んでいた。と同時に、成長神話ともいうべき圧倒的な消費社会の波にもみくちゃにされていた。それを精一杯（せいいっぱい）かわす姿は、ハタから見れば面白かったのではないか。その微妙な笑いは密（ひそ）かに受け継がれ、いまは第５巻『念力姫』の短歌や詩の中にある。

　内田百けん（「けん」はもんがまえに月）は、ぼくの感覚の中心にある“滑稽（こっけい）さ”に相通ずるものがある。それを発見して以来、とくに第６巻『冥途（めいど）』は何度も読み返す本になった。ここにある夢のような話は、遠くに聞こえる微（かす）かな記憶のようだ。

　そんな微かな、しかし強い感覚の存在を気づかせる本、それがタイ・バンコク出身の漫画家による第７巻『帽子の下の煙』だ。東京のような大都会での虚（むな）しくも切ない、アンビエントな恋心を動画のように描く。新しい都市感覚の可能性を感じる。

　第８巻『ロバート・ジョンソン　ブルース歌詞集』。苦痛と快感の鬩（せめ）ぎ合いは、そもそもブルースの神髄でもある。時代は１９３０年代、アメリカの南部、そのどこかの十字路で悪魔に出会い、この伝説的なブルースマンは誰も弾いたことのないギター奏法を伝授されたという。魔術的な表現の奥には、「呪われた自由」を持て余す人間の、誰も言わなかった本音が聞こえてくる。

　音楽には、それを創造する人々の願いが正直に織り込まれている。その声を、音を聴けば、そこに人間の、あるいはそれを取り巻く宇宙の願いが理解されるはずだ。そのことを第９巻『音楽のつつましい願い』や第１０巻『アメリカン・インディアンの歌』は痛感させてくれる。

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音楽が聴こえてくる本全集

　第１巻『音の海』デイヴィッド・トゥープ著（佐々木直子訳、水声社・３６７５円）▽第２巻『植木等伝　「わかっちゃいるけど、やめられない！」』戸井十月著（小学館・１４７０円）▽第３巻『進駐軍クラブから歌謡曲へ　戦後日本ポピュラー音楽の黎明期』東谷護著（みすず書房・２９４０円）▽第４巻『ブライアン・ウイルソン自叙伝　ビーチボーイズ　光と影』Ｂ・ウイルソン、Ｔ・ゴールド著（中山康樹・中山啓子訳、径書房・品切れ中）▽第５巻『念力姫』笹公人著（ＫＫベストセラーズ・１６８０円）▽第６巻『冥途』内田百けん著（ちくま文庫・１１０２円）▽第７巻『帽子の下の煙』ウィスット・ポンニミット著（マガジン・ファイブ　１０５０円）▽第８巻『ロバート・ジョンソン　ブルース歌詞集』Ｒ・ジョンソン著（鳥海森介訳、万象堂・２５２０円）▽第９巻『音楽のつつましい願い』中沢新一、山本容子著（筑摩書房・２３１０円）▽第１０巻『アメリカン・インディアンの歌』ジョージ・Ｗ・クローニン編（渡辺信二訳、松柏社・４２００円）