逆行のエヴァンゲリオン 〜使徒逆転〜
第七話 イレギュラー

シンジとアスカが日本で使徒を倒している間にも、ネルフドイツ支部では伍号機の建造が着々と進んでいた。
そして今、初の起動実験が行われようとしていた。
フォースチルドレンとして選ばれた14歳の少女、真希波・マリ・イラストリアスはパイロット待機室で鼻歌を歌いながらプラグスーツに着替えている。

「(歌声)今日の試合で〜、全打席3振だとしても〜、あきらめないで〜、きっと明日は逆転満塁ホームラン〜」
「実験を前に緊張しているかと思えば、アニソンなんか歌って余裕だな」

ふらりと部屋に入って来た加持は、穏やかな笑顔を浮かべてマリに声を掛けた。

「やっとエヴァに乗れるんだから、ワクワクしてるんだよ!」

嬉しそうな顔をして答えるマリに、加持はやれやれとため息を突く。

「お前はエヴァに乗る事に不安や迷いってものはないのか?」
「どうして?」

加持に尋ねられて、マリはキョトンとした表情になった。

「なぜ使徒と戦わなくてはいけないのかとか、疑問に思う事もあるだろう」
「そんなの考えた事もないね」

加持の言葉を聞いて、マリはケラケラと笑った。

「おいおい、お前は使徒と戦って命のやり取りをするって言うのに、あきれたもんだな」
「疑問を持たずに使徒に突っ込む鉄砲玉。……チルドレンとしてはその方が適正なんでしょ?」
「すまないな、俺達大人のせいで」

真剣な表情になって尋ねたマリに対して、加持も深刻な顔で謝った。

「あははっ、気にしたって仕方がない事は悩んだってしょうがないよ」

しかしマリはまた明るい笑顔になり、軽い調子で笑い飛ばした。
そして起動実験の準備が整ったと知らされると、マリはおもちゃを与えられた子供の様にはしゃいで待機室を出て行った。
マリの姿を見送った加持は深々とため息をつく。

「悩まずに突き進むのはシンジ君達とは対照的な性格だな。……だが、その自意識の希薄さが危うい」

加持は伍号機の起動実験の様子も発令所で見守った。
マリのシンクロ率はそれほど高くはなく、シンジ達よりも低い。

「まあ実験機と実験パイロットの組み合わせにしては良くやっている方か」

この程度は想定の範囲内だと、加持は特に驚いた様子は無かった。
しかし、その後実験棟のシミュレータで行われた仮想使徒との模擬戦で見せたマリの身体能力に、加持は舌を巻いた。

「(歌声)あたしはミラクル〜、奇跡の怪盗〜、盗めないものは無いわ〜、間抜けなやつら〜、追いかけて来ても〜、月を背にひとっ飛び〜」

エヴァの模擬体のエントリープラグの中で、マリはアニソンを歌いながら仮想使徒の攻撃を華麗に避けて行った。

「(歌声)どかない相手には〜、サマーソルトキック〜! 時にはパワーも必要よ〜!」

歌に合わせて、マリはターゲットである仮想使徒に強烈な宙返り蹴りを食らわせた。
さらにマリは仮想使徒に連続してパンチやキックを叩き込み、あっという間に殲滅させてしまう。

「ふう、まるで野獣のような戦いぶりだったな」

一部始終を眺めていた加持は冷や汗を浮かべながらため息をついた。
マリのA.T.フィールドの強さはシンジ達に劣るだろうが、アクロバティックな回避や近接戦闘での格闘技術を見た加持はマリに軍配をあげた。

「頼もしいじゃない、もし伍号機とそのパイロットが配属されれば大きな戦力になるわね」

加持からマリに関する報告の電話を受けたミサトは声を弾ませてそう答えた。

「確かに使徒が3体も連続で襲撃するとは予想もつかない事態だったな」
「何よ、奥歯に物が挟まったような言い方ね」
「だが手際が良すぎる。もしかしてシンジ君達の戦況に関係無く、前から伍号機とフォースチルドレンは決まっていたんじゃないか?」
「備えあれば、憂いなしって事じゃない?」
「俺には隠れた意図があるように感じるんだがな」

加持はミサトにそうつぶやくと、まだマリの調査を続けるためドイツ支部に残ると告げた。

「まあ、俺と会えなくて寂しい思いをしているだろうが我慢してくれ」
「おあいにく様ね、こっちはあんたの顔を見なくてせいせいしているわ!」

ミサトは大きな声で叫んで加持との電話を切った。

「ふう、元気を貰ったのは俺の方だな」

穏やかな笑顔を浮かべた加持は、そうつぶやいた後、表情を引き締めた。
ネルフドイツ支部を裏で動かしている黒幕がマリを使って何を企んでいるのか本格的に探るのだ。
スパイ活動をしていると察知されれば、命を奪われる危険もある。

「チルドレン達は死に物狂いで使徒と戦っているんだ、俺が体を張らないでどうする」

加持は自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、闇の中へ姿を消したのだった。



使徒達は3体連続で襲撃してきた後、それを穴埋めするかのようにすぐに姿を現さなかった。
そこでネルフはチルドレン達の戦闘待機命令を解除し、日常生活を送る事を許可する。
今まで戦いの連続で、正直疲れていたシンジ達は大いに喜んだ。
転入した第壱中学校は、度重なる使徒の襲来でシンジ達が知っているクラスの人数とは半減していた。
しかしそれでも残ったクラスメイトの中にトウジやケンスケ、ヒカリ達の姿を見たシンジ達は胸をなでおろした。
担任の根府川先生に続いて教室に入ったシンジとアスカに、トウジ達の注目が集まる。

「転入生やと?」
「他の町へ疎開して行くやつらが多いこの時期に、珍しいな」

トウジとケンスケは怪しむようにシンジとアスカをにらみつけた。
微妙に張りつめた空気が教室に漂う中、シンジとアスカは自分の名前を黒板に書いて自己紹介をする。
するとクラスメイトの女子から、シンジとアスカは付き合っているのかと質問が飛ぶ。
やはり年頃の中学生、転入して来た不気味さによる警戒心よりも好奇心の方が勝るようだ。

「えっと、僕とアスカは……」

どう答えていいのか分からず、言葉を濁すシンジ。
しかし顔を真っ赤にしてしまっては肯定したも同然だ。

「アタシとシンジはその……同僚よ」
「同僚って?」

アスカがたどたどしい口調でそう答えると、ケンスケが尋ねた。
そしてシンジ達がエヴァンゲリオンのパイロットである事を告白すると、教室にクラスの生徒達の歓声が響き渡った。

「お前、エヴァのパイロットだったのか?」
「うん……」
「僕もエヴァに乗りたいけど、どうすればパイロットに選ばれるんだ?」
「分からないよ」

目を輝かせて食らいついて来るケンスケに、シンジは引き気味に答えた。
ケンスケの反応は思った通りだったが、シンジにとって気になるのはトウジがどう自分に接してくるかだった。

「ネルフで働いているオトンから、あの使徒とかいう化け物と戦っとるパイロットは中学生やって聞いとったけど、本当だったんやな」
「ごめん、ガッカリさせちゃったかな?」
「そないな事あらへん、少し驚いただけや」

シンジが謝ると、トウジは笑顔でそう答えた。
トウジの明るい顔を見て、シンジも安心して表情を緩めた。

「よかったわねシンジ、これで3バカトリオの復活じゃない」

アスカが油断して口を滑らせてしまうと、トウジとケンスケは不思議そうな顔で首をひねった。

「3バカトリオだなんて、面白い事を言うわね」

笑いながらシンジ達の話に割り込んで来たのは、クラスの学級委員である洞木ヒカリだった。

「そないな笑う事は無いやろ」

ヒカリの言葉を聞いたトウジは腕組みをして口をへの字にとがらせた。

「だけど運動バカの鈴原と軍事バカの相田はともかく、碇君まで一緒にしたら可哀想よ」
「いいのよ、シンジは鈍感バカなんだから」
「フフ、確かに碇君は女の子の気持ちには疎そうな感じね」
(アスカ、良かったね)

自然な流れでヒカリと話す機会が持てたアスカを見て、シンジも心の中でそうつぶやいた。

「それにしても、僕達とあまり変わりない碇のようなやつがエヴァのパイロットとして使徒と戦ってたなんて、思ってもみなかったよ」
「せやな、もっと獣(けだもの)のようなのが乗っとると思うとったわ」
「シンジぐらいで驚くのは早いわ、なんとレイもエヴァのパイロットなのよ!」

ケンスケとトウジのつぶやきにアスカがそう答えると、叫び声を上げたクラスの生徒達の視線が教室の隅で我関せずと本を読んでいたレイに集まった。

「あ、あの惣流さん……?」

レイは戸惑った表情で本から顔を上げた。

「ほら、アンタも使徒を倒したヒロインなんだから、こっちに来なさいよ!」

アスカはそう言うと、レイの腕を取ってシンジ達が居るところまで連れて行った。

「でも私は人と話すのが苦手だし、面白い話もできないから……」
「別に無理をして発言することはないよ、自分が話したいと思った時に自然と出てくるものだから」
「ええ、分かったわ」

シンジが優しく声を掛けると、レイは安心して肩を力を抜いた。
それからシンジ達は休み時間も昼休みも集まって話を楽しんだ。
話を聞いていたレイがシンジ達と一緒に笑ったりするのを見て、ヒカリが声を掛ける。

「綾波って、前と感じが変わったね」
「そうやな、明るうなったわ」
「えっ?」

ヒカリとトウジの言葉を聞いたレイは、驚いて目を丸くした。

「今までのレイは、自分を暗い人間だと思い込んで、そう行動してしまっていたのよ」
「そうだったのかしら」

アスカに言われたレイは半信半疑の表情を浮かべた。

「例えば日本には血液型で性格を分類する風習があるけど、周りからA型だから几帳面だって言われて本人もその気になってしまう事もあるみたいよ」
「ふーん、アタシの居たドイツではそれほど血液型を気にする風習は無かったような気がするわ」

ヒカリがそう言うと、アスカはそうつぶやいた。

「同じクラスにずっといた僕達も、綾波を暗いやつだって勝手に決めつけて悪い事しちまったな」
「すまんな」
「いいえ、みんなの話の輪に加わらずに、本ばかり読んでいた私の方こそ良くなかったのよ」

謝るケンスケとトウジに、レイは首を横に振って否定した。
トウジ達と友達なったシンジ達は、その日の放課後、トウジ達を自分の家へと招いた。

「へえ、エヴァのパイロットって立派なマンションに住んでいるんだな」

葛城家のあるコンフォート17を見上げたケンスケは、そうつぶやいた。

「僕達がミサトさんの家に居候させてもらっているんだけどね」
「ミサトさん?」
「私達の保護者になってくれた、お姉さんのような人よ」

レイが答えると、トウジとケンスケは目を輝かせてシンジに詰め寄る。

「なあなあ、ミサトさんってすごい美人なんか?」
「羨ましすぎるぜ」

そんなトウジとケンスケの姿を見て、アスカとヒカリはあきれた顔でため息をついた。

「惣流さんと綾波さんは碇君と別に住んでいるのね」
「思春期を迎えた男と女なんだから当然よ」

しかしアスカとレイまでもが別々の世帯で暮らしていると知ったヒカリは率直な疑問を口にする。

「だけど、どうして惣流さんと綾波さんは同じ部屋に住まないの?」
「そ、それは空いている部屋がたくさんあるんだから、アタシ達で有効利用しようと思ったのよ」

レイはすでにカヲルと同居していると説明できるはずもないアスカは、適当に理由をでっち上げてごまかした。
今度カヲルとトウジ達が会ってしまわないように気を付けなければならないとシンジ達はアイコンタクトを送り合う。
その後シンジ達はミサトの家に集まって過ごした。
夕方になり、自分の家事もしなくてはいけないヒカリがシンジ達の迷惑にならないうちに帰ろうと促したが、トウジとケンスケはミサトに会うまで帰らないとごねた。

「あのねえ……!」
「まあまあ、アタシもヒカリをミサトに紹介したいのよ」
「アスカがそこまで言うなら……」

アスカになだめられたヒカリは怒りを飲み込んた。
どうやらヒカリもミサトに興味を持っていたのだ。
そしてアスカから連絡を受けたミサトは仕事をできるだけ早めに切り上げて帰る約束をした。
葛城家の夕食も同席する事になったトウジ達は、シンジ達の買い物にも同行した。

「やっぱり惣流さんと碇君って付き合っているのかな……」
「ああ、そないな感じやな」

シンジとアスカがスーパーで食材を買う様子を見たヒカリ達は、馴染んでいる感じだとささやきあったのだった。



翌日からも平穏な学校生活は続き、シンジ達は音楽の授業の課題で仲の良いクラスメイト同士でグループを組み演奏発表会をする事になった。
シンジ達は放課後の屋上で、曲目や誰がどの楽器を担当するかについて話し合っていた。
そして強い突風が吹いた時に事件は起こった。

「うわっ!」
「きゃっ!」

突然空からパラシュートで何者かが降下し、シンジの背中にお尻から着地したのだ。
さらにシンジは目の前にいたアスカを押し倒す形となってしまった。
その様子を周りにいたトウジ達はあ然として見つめていた。

「ごめーん、着地ポイントをミスっちゃったよ」

一番最初に声を発したのは、シンジの背中の上にお尻を乗っけているパラシュートを背負った眼鏡をかけた少女だった。
その少女はシンジ達と同じぐらいの年齢で、違う学校の制服を着ている。
そして携帯電話の着信音が鳴り響くと、その少女はシンジの背中に乗っかったまま通話を始めてしまった。
英語でまくしたてられる少女の言葉の内容は、トウジ達にはさっぱり聞き取れなかった。

「バカシンジ、いつまでアタシに乗っかっているのよ!」

下敷きになっていたアスカが大声を出すと、シンジは不可抗力だと言い返したかったが、顔がアスカの胸に埋まってしまい声が出せない。
首を横に振って否定しようとすると、アスカは悲鳴を上げ、ヒカリも手で顔を覆って絶叫した。

「あはは、これが『尻に敷かれる』ってやつだよね?」
「まったく、笑い事じゃないよ」

電話を切ってシンジの尻から退いた少女が笑いながらそう言うと、シンジは少し怒った顔で言い返した。

「くんくん、キミってばLCLの匂いがするね」
「ちょっと、顔が近いってば!」

少女が犬のようにシンジに鼻を近づけると、アスカ達はあごを外しそうなほど驚いて固まった。

「あなた……誰?」

冷静さを取り戻したレイが少女に尋ねると、アスカも怪しんで少女に質問をぶつける。

「LCLの事を知っているなんて、アンタ何者よ!」

アスカに人差し指を突き付けられた少女はキョトンとした表情になる。

「そっか、まだ日本に来た事は秘密なんだっけ。ここで会った事は他言無用だよ、じゃあね!」

そう言うと少女は屋上のドアを開き、校舎の中へと姿を消した。

「あっ、待ちなさい!」

怒ったアスカが声を上げて少女を追いかけ、固まっていたシンジ達もあわててアスカの後をついて行った。

「逃げ足の速いやつね」

校門まで追いかけたアスカは少女を見失ってしまうと、肩で息をしながら悔しそうにつぶやいた。
しばらく辺りで目撃者の聞き込みを行ったが放課後の学校は生徒の数も少ない。
その中で獣のような唸り声を聞いたり、素早く動く影を見た気がすると言う証言を得た。

「それって、惣流の事やないか?」
「失礼ね、アタシのどこが獣だって言うのよ!」
「アスカ、落ち着いて!」
「鈴原もいい加減にしなさい!」

トウジに殴り掛かろうとしたアスカをシンジとレイが止め、トウジをヒカリが注意した。

「結局あいつ、何者だったんだろうな」
「さあ、分からないよ」

シンジはケンスケのつぶやきにそう答えたが、シンジ達には少女の正体について予測が立っていた。
LCLの事を知っている彼女はたぶんネルフの関係者、もしかしたら新しいチルドレンかもしれない。
しかし部外者であるケンスケ達の前で話し合うわけにもいかなかった。

「……早く話し合って決めてしまいましょう、練習時間がもったいないわ」
「そ、そうだね」

レイの一声で、シンジ達は演奏会についての話に反らす事ができた。
楽しい日常生活を取り戻せたシンジ達だったが、見覚えの無い少女の登場に言いようのない不安を感じるのだった……。

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