時論公論 「課題検証 消費増税」2012年08月15日 (水)

竹田 忠  解説委員

消費税が1年7ヶ月後に引き上げられることが決まりました。
税率は、最終的に、今の倍の10%になります。
巨額の借金を抱える日本が、懸案である財政健全化にようやく一歩踏み出すことになるわけですが、家計への負担はズシリと重くなります。

消費税は2段階で引き上げられますが、
専門家の間には、一回目の引き上げは簡単でも
2回目の引き上げを予定通り行うかどうかについては
慎重な判断が求められるのではないかという見方が出ています。

なぜ、そうなるのか?
増税による経済への影響をどう見るのか?
そして、それをどう判断すればいいのか?
消費税増税までの残された課題を検証します。

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■前例のない「増税」

まず、今回、法律で決まったのは、
2014年の4月に、消費税の税率を今の5%から8%に、
そして、翌年の2015年10月には、さらに10%に引き上げるというものです。

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ここでまず、踏まえておかなければいけないのは、
実は、今回の増税は、消費税としては、かつて前例のない「本格増税」だということです。

これはどういうことかといいますと、
過去の消費税導入や、引き上げの時には、いずれも減税がセットになっていました。

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例えば、消費税が導入されたのは1989年の竹下内閣の時です。
消費税によって増えた税収は、関連する分を合わせて6兆6000億円でした。
一方、消費税導入と引き換えに、所得税や相続税、それに法人税などは逆に減税されました。
これによって減った税収は9兆2000億円。
差し引きすると、2兆6000億円の減収でした。
つまり、全体としては、実は、減税が行われていたことになります。

また、税率が、3%から今の5%に引き上げられたのが1997年の橋本内閣の時です。
この年の消費税関連の増収は、4兆8000億円でした。
これに対して、やはり、所得税や住民税などが減税されました。
その減税分(3兆8000億円)と、社会保障の給付を増やしたこと(たとえば年金の物価スライドの適用)などを足しますと、国の減収分は合わせて4兆8000億円。
差し引き、ちょうどプラスマイナス・ゼロになる、と、財務省では説明しています。

このように、これまでは、消費税の導入や引き上げの時に、様々な配慮を行っていたのに対して、今回の消費増税では、こうしたまとまった減税はありません。
いわゆる低所得対策などが議論されているだけです。
つまり、10%への引き上げで新たに増えると見込まれている13兆5000億円の税収は、まるまる、増税となるわけです。
これが、前例のない「本格増税」という理由です。
つまり、それだけ家計や、企業への影響は、より深刻なものとなるわけです。
 
■家計への影響は?

では、その家計への深刻な負担とは、具体的にいくらになるのか見てみたいと思います。
40才以上の夫婦で、どちらかが働き、小学生の子どもが2人いる、という4人世帯の場合です。
税率が10%にあがっている2016年の時点で、負担が、今よりどれだけ増えるか、という大和総研の試算です。

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それによりますと、
年収300万円の場合、一年間で新たに増える負担は、10万6700円。
500万円の場合、16万7000円、
800万円の場合、24万9200円の負担増となります。
景気低迷で給料が増えない中、年間でこれだけの負担が新たに必要になるわけです。

しかし、これは、あくまでも消費税に限った話しです。
問題は、家計にとってみれば、消費税以外にも
他の税や社会保険料の負担増などが、これから目白押しだということです。

具体的には、来年以降から負担が始まる復興増税や、
毎年上がり続けている厚生年金の保険料、
また、こども手当の縮小や、住民税の年少扶養控除の廃止、
更には、東京電力の管内では、家庭向け電気料金の値上げも来月(9月)から始まります。

これらを全て含めると、家計の負担は、大きく増えます。

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年収300万円の場合で、年間の負担増は24万9600円に、
500万円の場合で、32万8900円に、
800万円の場合は、43万1200円というふうに、
年間の負担増は、ほぼ、倍に膨れあがります。
 
■景気への影響は?

これだけ負担が増えるとなると、当然、個人消費や景気全体への影響が懸念されます。

まず、過去の例からみますと、消費税の引き上げ前には、駆け込み需要が起きて、経済は一時的にはよくなりますが、引き上げた後は、その反動で、逆に消費は減り、経済は落ち込みます。

ここで試算をみてみます。
予定通りに消費税を引き上げると、本来の実質GDPにどれだけ変化が出るかをニッセイ基礎研究所が予測したものです。

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消費税引き上げ直前の2013年度は、
個人消費や住宅投資などで駆け込み需要が起きて、
実質GDPは0.7%、本来の水準よりも押し上げられると予測しています。

一方、一回目の引き上げが完了する2014年度は、その反動が出て、
消費は減って、実質GDPは、逆に1.4%押し下げられると見ています

これによって、2014年度の実質GDPは、
前の年のプラス分との差が2.1%と、落差が非常に大きくなるため、
実際には、マイナス成長になるおそれが強いと、この試算では見ています。

この点については、他の民間のシンクタンクの試算でも、
2014年度はマイナス成長に陥る可能性がある、という見方が出ています。
 
■増税の判断は?

問題は、この落ち込みをどう見るかです。
と言うのも、今回の消費増税の法律には、
実際に税率を引き上げるかどうかは経済情勢を踏まえた上で判断するといういわゆる景気弾力条項が盛り込まれています。
具体的には「経済状況の好転」が確認できなければ、
増税は見送ることもある、という趣旨になっています。
ただ、何をもって、「好転」と判断するのか、その基準はあいまいなままです。
実際には、2回の引き上げの、それぞれ半年前をめどに、
政府が最終判断することになると見られます。

となると、一回目、2014年4月の引き上げについては、
予定通り行うかどうかの判断は2013年の末に行うことになるでしょう。
この時は、駆け込み需要で景気にはプラスの効果が出ていて、
判断はたやすいと見られます。

問題は、2回目、2015年10月の引き上げです。
この判断は、2015年の春ごろ、行うことになります。
ご覧のように、その時期は、経済が落ち込んでいる時期になる可能性があります。
このため、専門家の中には、景気弾力条項の趣旨を素直に解釈するなら、二回目の引き上げについては、慎重な判断が求められることになる、そう指摘する声があがっているわけです。

そうは言っても、政府としては、多少景気が悪くても、よほどのことがない限りは、引き上げは予定通り行うしかない、という腹づもりでしょう。
そうなれば、景気は一気に冷え込むおそれがあると警鐘を鳴らしているわけです。

しかし、では逆に、慎重な判断をして、増税を途中で中止したり、延期したり、ということにもしなれば、一体どうなるでしょうか?
日本は財政再建できない、とみなされれば、日本の国債は売られ、利回りは上昇し、財政はさらに危機的な状況に陥るかもしれません。

どちらをとっても、いばらの道です。
 
■対応策は?

つまり、消費税の増税が決まった以上、政府は、その影響を少しでも和らげるため、全力で、デフレを解消し、経済成長力を強化することに取りくむしかありません。

TPPの参加の是非や、エネルギー問題、そして何より、本来は、今回の一体改革で答えを出すはずだった社会保障改革など、
日本のこれからの成長を大きく左右する問題は山積したままです。

税率引き上げまで、あと、1年7ヶ月。
それまでに、どれだけ日本経済の体力をつけることができるのか、
時間は限られています。 
 
(竹田忠 解説委員)