2012年08月02日
ここ数年、ハンガリー、オランダ、イタリア、スイス、オーストリア、フランスなど、EC諸国内で極右政党が力を伸ばしている。今年1月に発刊された地政学雑誌『Hérodote』144号の特集「ヨーロッパの極右翼」によれば、20世紀初頭まで強力だったヨーロッパに対するノスタルジー、また欧州連合の成立によって EC諸国間の国境がなくなったことや、移民の増加によるアイデンティティーの危機感に起因するという。
フランスの極右翼政党、国民戦線が好成績をおさめた今年の大統領選挙予選後、4月28日付けフィガロ紙上において、フランス国立科学研究所のステファン・フランソワ氏は、極右翼政党を2種類に分類している。
まずは、ハンガリーのヨビックのような反ユダヤ主義を唱えるネオ・ナチタイプだが、ほかのEC諸国内ではその暴力的性向ゆえに一般市民の賛同を得ることができず衰退しつつある。
2番目はネオ・ポピュリスト。国会で議席を獲得し、大統領選挙にも出馬し、政治の場で確実に根を降ろしている。9.11事件、ユーロ危機をきっかけに広まり、移民の増加=失業の増加と治安の悪化、EC連合=経済停滞というような、わかりやすい政治観を広めている。
フランスでは、今春の大統領選挙と総選挙で、ネオ・ナチタイプからネオ・ポピュリストへの変身を遂げた極右政党である国民戦線が、今までより高い投票率を獲得した。
国民戦線は1972年にジャン=マリー・ル・ペンによって創立された政党で、社会党やド・ゴール派である共和国連合といった与党の汚職や収賄事件を告発し、怒れる市民層の間で支持率を伸ばしてきた。反ユダヤ主義、人種差別、死刑復活、両親がフランス人である子どもにのみにフランス国籍を与えるという国籍血統主義(注1)、民事連帯契約Pacs(注2)廃止といった反動的な立場をとり、2002年には、大統領選挙で社会党候補者を破り決戦投票に残った。
2007年から2009年にかけては、内部分裂によって一時的に衰退したが、2011年にジャンの娘にあたるマリーン・ル・ペンが党首となって以来、新たに支持率が上昇。マリーン・ル・ペンは、マドンナがコンサートで彼女の額に鉤十字をつけた映像を使用し、物議を醸した人物である。その彼女が、今年の大統領選挙では17.9%を得て第3位、国会総選挙では2議席を獲得した。
フランス社会ではこれまで、国民戦線に投票することは、スキャンダラスで反道徳的なこととされ、公言できない雰囲気があった。「あの人、国民戦線に投票するんだって」という噂が流れれば、人としての道をはずれているとみなされるような風潮があった。しかし、2011年マリーン・ル・ペンが党首となってから、国民戦線は市民権を獲得しつつある。いったいなにが変わったのだろうか?
創始者ジャン=マリー・ル・ペンは、アルジェリア独立戦争中にアルジェリア人を自らの手で拷問したことを「必要だった」と正当化し、第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人大量虐殺のためのガス室の存在を「歴史のなかの瑣末事」と言うなど、多くの舌禍を巻き起こした人物である。初期には海賊のように黒い眼帯をつけ、暴力事件を起こすなど、禍々しい雰囲気を売り物にし、人種差別や戦争賞賛などの罪で18回判決を受けた過去をもっている。
娘のマリーン・ル・ペンは、国民戦線の支持層を拡大していくために、賢明にも父ジャン=マリー・ル・ペンとの間に距離を置く方針をとった。反ユダヤ主義や人種差別は表に出さず、不法移民排斥、欧州懐疑主義、ユーロからフランへの回帰、NATOからの離脱、保護貿易主義を唱えている。社会学者のシルヴァン・クレポンによれば、マリーン・ル・ペンが女性で離婚経験者であることで、ジャン=マリー・ル・ペン時代の国民戦線の、アルジェリア戦争帰還兵の集まりといったマッチョなイメージが緩和され、女性支持層が増えたということだ。
もう一つ、イメージアップに役立ったのは、マリーン・ル・ペンが「非宗教」という立場を明らかにしたことである。この「非宗教」という理念は、キリスト教が国教であったフランス革命以前の旧体制と一線を画するという意味で、現在のフランス共和国の理念として重要なもののひとつである。
国民戦線はキリスト教原理主義者から強い支持を受けているにもかかわらず、マリーン・ル・ペンは、あえて「非宗教」という立場を選択した。そうすることで、共和国の基本原則に沿った合法的な政党であるというイメージを強めるとともに、「フランスは非宗教の国であるからイスラム教徒の移民は必要ない」という論理を展開するという巧みな政治作戦をとっている。
また、マリーン・ル・ペンのEC連合やNATOを批判する発言は、既成のシステムに対して疑問をもつ若者層を引きつけている。今年の大統領選挙前の18才から24才を対象にした統計では、現オランド大統領への支持が25%だったのに対して、マリーン・ル・ペンに投票する若者は26%と1番多かったというショッキングな結果がある。
「なぜアメリカの戦争やEC諸国の負債に私たちの税金が使われなければいけないのか?」という短絡的だがわかりやすい論調は、政治論議に慣れていない若者にも受け入れられやすい。高校卒業後大学に進む若者の国民戦線支持率が10%なのに対し、高校卒業後に就職する若者の支持率は30%という統計もある(注3)。
地域別に見ると、移民が多くフランス国民としてのアイデンティティーが危機にさらされている北部、北東部、南東部など国境地帯や、失業率が高い街での国民戦線支持率が高い。このような地域で、国民戦線は「目立たない人々を代表する候補者」というスローガンのもとに社会的弱者の意見を代弁する姿勢を強め、小さな街の家々を一戸ずつ訪問するという選挙運動で成功を収めている。
社会学者のシルヴァン・クレポンはこう語る。
「マリーン・ル・ペンに投票する人々は、必ずしも彼女に大統領をつとめる度量があると思っているわけではない。国民戦線への投票は、現在の政治への抗議の表明なのだ」(注4)。確かに、マリーン・ル・ペンが主張する、ユーロを離脱しフランに戻る、また、NATOからの離脱する、という主張は、現実に即しているとは思えない。
しかし、グローバル化が進行する世界で、民意がまったく反映されない政治との距離に恐れおののいて暮らしている人々は多い。スペインやギリシャの負債を払うために税金を収めることの意味がわからない、なぜ言葉が通じない移民が遠い国から隣に引っ越してきたのかわからない、会社は利益をあげているのに、なぜ自分は「経済的理由」で解雇されたのかわからない、そういった素朴な不可解の積み重ねが、わかりやすい答えを提供してくれる極右翼政党への支持につながるように思われる。
「政治家は一般市民の日常生活に関心を抱いているか?」との質問に対して、「まったく考えていない」と答えた人の数は1978年15%、2010年には42%に上昇している。極右翼政党支持率の伸びは、長年、与党をつとめてきた社会党、共和国連合、国民運動連合にも大きな責任がある(注5)。
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(注1)フランスは生地主義をとっており、両親が外国籍でも、フランス国内で誕生した子どもはフランス国籍を取得できる。
(注2)同性または異性の成人2名の間で、共同生活をするために締結される契約。結婚より緩いが、同棲よりは確かな法的権利を享受することができる。
(注3) Antisysteme de Marine Le Pen et sa denonciation des elites, Le Monde, le 9 avril 2012
(注4) Europe1, le 24 avril 2012
(注5)「Le racisme des intellectuels」Alain Badiou, Le Monde, le 6 Mai 2012
慶応大学文学部哲学科美学美術史学科卒。ギャラリー勤務、展覧会企画、パリ・ポンピドゥーセンターで開催された『前衛の日本展』の日本側準備スタッフを経験後、1988年に渡仏。美術書翻訳、音楽祭コーディネーター業、在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」の編集スタッフを経て、フリーライターとして活動している。歴史・文化背景を正確にふまえたうえでの執筆がモットー。