ヒグマからの恋文 疏暗 菜穂子

投稿日時 2010-02-23 16:17 | カテゴリ: 連載エッセー

まえだ・なおこ
 
1948年旭川市生まれ、
 
75年北海道大学理学部生物学科動物学専攻卒業、同年登別温泉ケーブル株式会社のぼりべつクマ牧場に飼育員として入社、76年ヒグマ専門誌『ヒグマ』発刊、79年市民団体・ヒグマの会発足、84年ヒグマ博物館開設・学芸員として現在に至る。
室蘭工業大学・北海道大学非常講師。著書に『ヒグマの冬ごもり』(新日本図書)、『ヒグマが育てる森』(岩波書店)、『よいクマわるいクマ』(北海道新聞社)など。


厳冬期は命誕生の時

北海道民医連の皆様お元気ですか。
1年で一番寒いときを迎えましたね。
風邪などひかれていませんか?
 
私たちヒグマの誕生日は1月から2月にかけて、ちょうど今頃です。
皆様のご先祖様からの言い伝えでは、大寒(1月下旬)に私たちは生まれるといわれていたそうですが、ぴたり、あたりです。
 
私たちは2メートルもある雪の下、そのさらに下の土穴の中で生まれます。
それなのにどうして昔の人は私たちが1月下旬に生まれることを知っていたのか不思議ですね。
 
きっと今より、ずっと自然の一員として共に暮らし、自然の事を深く知っていらっしゃったのですね。
パソコンで検索すれば、なんでもわかったつもりになる今と違い、自分も自然の一部として体ごと解っていたのでしょうね。
だから私たちと付き合うにはどうしたら良いかもご存知だったのでしょう。
皆様はいかがですか?
 
北海道の先住民アイヌは私たちをキムンカムイ(山の神様)と呼んで尊敬の念を持ってお付き合いくださいましたが、本州から開拓に入ってきた和人は私たちを害獣と呼んで、何と恐ろしいことでありましょう。
皆殺つまり絶滅政策を明治3年(1870年)から昭和63年(1988年)まで続けました。
尊敬しあえば、お互いにより深く理解し合うことが出来ますが、絶滅するため殺す相手では無理ですから、私たちは皆様方から逃げ隠れしながら生きてきました。
長い間とても辛い関係でしたね。
ヒトラーのユダヤ人に対する考えと同じで、ドイツにはユダヤ人を絶滅させるためのガス室を備えた捕虜収容所がありましたが、日本ではクマの捕虜収容所であるクマ牧場が全国に現在7カ所あります。
 
このまま絶滅政策が続けば、いずれエゾオオカミのようにエゾヒグマも絶滅してしまう。
何とか200頭位は地球上に残して飼育しようと、1958年に春グマ駆除で孤児になった子グマ8頭をハンターから買い入れ、創設されたのぼりべつクマ牧場で初めて私たちが生まれたばかりの姿を皆様が見たのは1965年、今から45年前のことです。
当時動物学の権威犬飼哲夫北大教授はそのとき、こんなに小さいのは早産に違いないと言ったそうです。

 
それから何度となくクマ牧場で出産が繰り返され、今までにのべ800頭近くの赤ちゃんが産まれていますが、平均すると体重450グラム、頭胴長25センチメートル足らずで毛も短く見かけはまるでネズミのように小さいのですが、早産ではなくこれが普通のヒグマの赤ちゃんだということがわかりました。
 
どうしてそんなに小さいのでしょう。
母グマは12月末から5月はじめまで冬ごもりしていますから、水の一滴も食物も何も食べずに赤ちゃんを出産し、おっぱいをあげ、体重を4倍の10キロまで育てるのですから小さく産んで大きく育てる見本です。
 
赤ちゃんは普通1頭か2頭、まれに3頭生まれ、目は硬く閉じ、耳も閉じ毛もありません。
でも大きな口と大きな鼻、鋭い湾曲したツメは胎児のときからしっかりあります。
それは生きるために欠くことが出来ないからです。
生まれて2時間もすると赤ちゃんは自力で臭いで感知する母グマの3対6個ある乳房にそれぞれ、この鋭いツメで毛を引っ掛けてよじ登り自分でおっぱいを飲みます。
母グマはいびきをかいて寝ていても赤ちゃんは自分でおっぱいを飲むことが出来るのです。
 
でも母グマは寝てなどいません。
赤ちゃんのお尻をなめてあげないと、おしっこやウンチが赤ちゃんは出来ないのです。
体がようやく入る幅1メートル、奥行き3メートルもない土穴の冬ごもり穴は母グマの体温が32度以上もありますから、赤ちゃんのおしっこやウンチをそのままにしておけばたちまち腐敗して、100日以上もそんな穴の中では過ごせません。
母グマがすべてなめとって食べてしまいます。
究極の食べてしまいたいほど可愛いという母の愛の実践で育つのです。
母は全く何も食べずに4カ月間、3時間おきに赤ちゃんのお尻をなめてきれいにし、授乳し子育てに没頭します。
 
人間のおっぱいは1対、たいてい一人生まれますね。
ちゃんと1個スペアが用意されています。
クマは3対ですから3頭まで生まれてもいいはずです。
ところが北海道のヒグマの平均は1・6頭、つまり1頭か2頭が半々くらいなのですが、アラスカやカムチャツカなどは2・8頭とか2・6頭です。
3頭が多く、ごくまれに4頭産むこともあり、しかも体重も北海道より大きいのです。
なぜだと思いますか。
 
次回はそのわけをお話しましょう。お楽しみに。

(連載5回)




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