神戸市立王子動物園の雌のニシゴリラ、サクラ(32歳)が“道ならぬ恋”に落ちた。お相手は飼育担当の川上博司さん(52)。30年以上、サクラと暮らしてきた雄のヤマト(33歳)は、川上さんがサクラに近づくと胸をたたくドラミングで威嚇し、ライバル心をむき出しにしている。この三角関係、実は深い理由があるようで‐。(木村信行)
ゴリラ舎に川上さんが姿を見せると、サクラはうれしそうに駆け寄り、窓ごしに見つめ合う。その様子を遠くからながめていたヤマトは数分後、我慢も限界とばかりにドラミングをしながら突進してきた。「いつものことです」と川上さんは苦笑する。
2頭はアフリカ生まれ。香川県の栗林公園動物園で20年間暮らし、同園の閉園に伴い2004年、王子動物園に来た。
2頭は仲がよいが、川上さんには悩みがあった。その関係はまるできょうだいのようで、夫婦のようにはならないのだ。絶滅危惧種のゴリラの繁殖は動物園にとって最大の課題。「なんとか子宝を」。試行錯誤が始まった。
ゴリラの発情は月1回程度。ゴリラの交尾シーンのビデオを見せたり、別の動物園からもらったゴリラの尿をまいて刺激したりしたが、うまくいかない。人間のグラビアアイドルには興味津々で、川上さんが週刊誌を差し入れると、何度もページを繰るヤマトだが、サクラには発情しない。
そこで考えたのが、川上さんがサクラと恋仲になり、ヤマトのライバル心をくすぐる作戦だ。
川上さんは身長177センチ、体重85キロ。雌ゴリラは“大男”を好むため、川上さんが優しく体に触れるなど異性として接すると、次第に恋心を抱くようになった。指を出して甘え、熱い視線で見つめる。そんなサクラの変心に動揺したのか、ヤマトは柵に体当たりして対抗心をむき出しにするようになった。
半年ほど前からは、発情したサクラが尻を突き上げると、ヤマトが後ろから抱きかかえるようになった。だが、交尾には至っていない。
ゴリラの繁殖期は40歳ごろまで。「群れで暮らし、繁殖の仕方を自然に学ぶのがゴリラ本来の姿。人間が群れの一員になって刺激し、2頭を夫婦にできれば」。川上さんの挑戦は続く。
【国内での実績は5頭/個体数減り、子づくり難航】
国内の動物園でゴリラ繁殖の中心的な役割を果たしている上野動物園(東京)では、1996年に「ゴリラの住む森」を整備。各地に分散している個体を1カ所に集め、群れの中で繁殖を進める「ブリーディングローン」に取り組む。
現在は7頭おり、2頭の赤ちゃんが生まれた。
しかし、全国でも繁殖は5頭にとどまる。国内では90年のピーク時には約50頭いたが、23頭に減り高齢化も進む。
上野動物園でゴリラの飼育を担当する堀英正係長は「個体数が少なく、幼いころからペアだけで暮らすケースが多い日本の動物園は、構造的に繁殖に限界がある。“疑似群れ”で本能を刺激する王子動物園の試みに注目したい」と話す。
【ニシゴリラ】 アフリカ中西部の熱帯雨林などに生息。シルバーバックと呼ばれる雄をリーダーに、血縁関係のない雌とその子ら約10頭で群れをつくる。植物の葉や果実を食べ、繊細、温和な性格とされる。環境破壊や乱獲で激減し、ワシントン条約で取引が禁止されている。
(2012/09/01 15:40)
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