第54号
96年人権と報道シンポ

市民的基盤をもったメディアへ

今こそ報道評議会設立を 

関西マスコミ文化情報労組会議(MIC)と人権と報道関西の会が共催する毎年恒例のシンポジウムが昨年12月21日、大阪市北区南森町の東興ホテルで開かれた。9回目を迎える今回のテーマは、「日本における報道評議会の設立に向けて」。マスコミによる人権侵害が後を絶たず、TBS問題などで権力側が報道機関を規制する動きも増している。こうした現状の下、ジャーナリズムを強化させる手立てを探ろうと企画。浅野健一同志社大学教授、北村肇新聞労連委員長、当会代表世話人の野村務弁護士が講演したシンポジウムでは約70人の一般参加者から質問が相次ぎ、この問題に対する関心の高さを浮き彫りにした。


「野村務氏の講演要旨」

 スウェーデンでは、出版自由法によって、報道の自由が保障されている。例外については、秘密保護法で制限的に列挙されている。同国で保障されているものには、検閲の絶対的禁止、完全公文書公開、責任編集者制度、情報提供権の保護などがある。この国では、出版に関する裁判では陪審制が採用されている。一般市民九人の陪審員によって構成され、六人が賛成しないと決定しない。民事でも刑事でもメデイアに関する犯罪については陪審制を採用している。しかしメディアの仕事に倫理性が求められるのは、どの国でも同じ。スウェーデンにおけるブレスオンフズマンや力ウンシルの歴史は長い.二○世紀初頭からこうした取リ組みは始まっている。 現在の報道倫理綱領は一九五三年にできたものだ。一九六○年になって、報道の人権侵害が社会問題となリ、法律で規制しようとする動きが出てきた。メディア側は一九六九年、それまでのプレスオンブズマン・報道評議会(力ウンシルをよリ充実させるために制度を改めた。オンブズマンは国会が任命するべきだという意見もあったが、その意見は抑えられ、自主的な組織として規定された。

 スウェーデンには、国会オンブズマン、公正取引オンブズマン、男女機会雇用オンブズマンなど、法的な根拠を持つオンブズマンがたくさんあるが、プレスオンブズマンはメディアの自主自律機関。スウェーデンでは、記者が個人で加入する。パブリス卜クラブ、ジャーナリストユ二オン(記者組合)、日本の新聞協会にあたる新聞発行者協会の三者で報道協力委員会を構成している。そこが倫理綱領を作っている。オンブズマンは、そこと弁護土会会長と議会オンブズマンが選任する。プレスオンブズマンが一人、サブが一人、事務が三人,オンブズマンは現在は新聞の編集長出身者がなっている。ブレス力ウンシル(報道評議会)は、報道協力委員会と議会オンプズマンらが選出する、議長一人、副議長二人、メディア選出委員六人、市民代表四人。議長副議長は最高裁判事がなっている。新聞発行者協会少パブリス卜ユ二オン、ジャナーナリス卜ユ二オンから二人・市民代表は、議会オンブズマンと弁護士会代表。この十四人が七人ずつに分かれてチームを作っている。さらに代議員がいる。報道によって被害を受けたと感じた人は、三ヵ月以内にオンブズマンに申し立てる(第三者が本人の同意を得てやることもできる)、制裁金は力ウンシルの運営にあてられ、報道被害者が損害賠償を請求する場合は別に裁判が必要となる。力ウンシルが審査して害がないと判断した結果、不処分の決定。一九九四年度の場合、四二六件の新規申し立てがブレス力ウンシルに寄せられ、うち五二件が「人権侵害あり」との認定を受けている。


【浅野健一氏の講演要旨】

 一九九六年一二月九日に、郵政省放送行政局長の私的懇談会「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会」が放送の在リ方について最終報告書をまとめ、苦情対応機関に言及している。それを受け、新聞協会や民放連は、「こうしたことはメディアが自主的にやるべきことである」と声明を出し、新聞労連の最近の取り組みがおとなしく見えるほど、鼻息が荒いその言やよしだが、問題は、それを言う彼らが、メディアのア力ウンタビリティー(責任)について、本気で取り組んでいるかどうかだろう。

 メディア責任制度は、メディアが金を出し、メディアが作る制度で、決して第三者機関ではない。大事なことは、倫理網領を守っているかの判定を、メディア自身が運営資金を出して、オンブズマンに委嘱し、その決定には従うということ。同制度を導入するためには、まず印刷媒体でまとまリその後、放送媒体に加わってもらう二段階のプ口セスが望ましい。まず、イギリス型の"プレス力ウンシル`を作り、日本マスコミュ二ケーション学会所属の研究者、憲法学者、報道被害者らをメンバーに入れる。問題は、新聞協会の腰が重い点だ。日弁運が積極的に働き掛けて、協会を説得して欲しい。新聞労連の良心宣言(案)では、匿名か顕名は警察の判断に拠らず、メディアの判断でするべきだと述べている。大変素晴らしい内容だ。これが現場に浸透していけば、報道の自由を権力の介入から守リ、市民の人権を守リ、市民のためのジャーナリズムを作る取リ組みが前進することになる。


【北村肇氏の講演要旨】

 新聞は大きくいって三つの危機にある。まず第一に、信頼感がそこなわれ、読者離れを起こしている。とにかく新聞は自分勝手に振る舞ってきた。新聞とはこういうものだ、新聞記者とはこうあるべきだ、という自分たちの常識に凝り固まり、市民たちの「それは違う」という意見に耳を傾けずにいる。その結果、本当に伝えるべきニユースを伝えず、市民に対して権力になっている。それに無自覚な記者が多い。総じて言えば、残念ながらひどい状況だ。二つめの危機は、国家権力の介入。 権力はなんとかして、新聞に介入しようと考えている。最近、郵政大臣が選挙報道の自粛を要請した。とんでもないことだ。しかしテレビは自粛してしまった。新聞は抵抗の姿勢を見せているが、マルチディア時代にテレビと新聞の系列化を進めている。新聞がひっぱられる時代が来るもしれない。ニュースの質を、真剣に考え、読者の信頼感を取リ戻さないと権力側にこうしたことをさせる口実を与えてしまう。

 三つめの危機は、資本の介入だ。マードックがテレ朝の株を買った。彼は最近出た本の中で、とにかく自分は全国紙が欲しい、そのために口ー力ルなテレビや新聞を買い取っている、と言っている。日本の新聞は、高賃金のイメージが強いが、実はもうかってない。読売だって、新聞だけでは経宮は赤字。一日に一五○○億円を動かすといわれるマードックが朝日を取ろうと思えば、そんなに難しいことではないのでは? 国内の企業もメディアに手をのぱそうとしている。彼らが最も欲しいノウハウを持っているのは、新聞社なのだ。これらの三つを乗リ越えるためには、権力を監視し、そのために最高水準の倫理を持ち、下らないスクープ合戦で足を引っ張リ合わず、ジャーナリズム機能を強化しなくてはいけない。読者・市民と力を合わせ、全体を強化させ、権力の介入を防いでいく。それを今から始めないと、大変なことになる。


 続いて野村さん、浅野さん、北村さんに当会世話人の木村哲也弁護士を加えた四人のディス力ッションを開催。北村さんは冒頭、倫理綱領や報道評議会を作る必然性、今後の見通しを話した。報道機関に、不毛な特ダネ競争に勝つ記者が優秀であるとするシステムが出来上がっておリ、そういう記者が幹部になリ、同様のタイブを生み出していく。これではいけないと思っている内部の人は多いが大きな力にはなっていない。新聞労運は倫理綱領を作るところから改革を始めようと考えたという。「理想を掲げて、頑張る姿勢がないと何も変わらない。同時に、記者が信条に基づいて記事を書き、会社から不合理を被った時に守っていくシステムを作り、あわせて報道評議会の設置も実現させたい。私たちの良心宣言には拘束力がないという指摘もあるが、取リ組み自体が経営側に相当のプレッシャーを与える。私の任期中に一定の方向性を出したい」などと述ベた。


 会場からは意見・質問が噴出し、この問題に対する市民の関心の高さを浮きぼりにした。

 「報道評議会を作る前に、内部の倫理性を高めることが大切なのでは」との質問に対し、浅野さんは「これまでマスコミは、書かれた側に対して『何を書いても文句を言うな』で済ませてきた。そのツケが出ている。六○年代には公害を撒き散らし、社会的責任を問われた企業のことを悪く言えないはずだ。逮捕状が出た段階で大きく報道し、その後のフォ□ーを怠リ、『被疑者の人権』を守ろうとしない姿勢が最大の問題だ。裁判を詳報し、捜査をチェックするシステムを作り、マスコミ人の倫理性を高めることが大切だ」などと持論を展開。北村さんは、「過当競争と特ダネ競争によってシステムががんじがらめに出来上がっておリ、記者個人ではどうしようもないところに来ている。それを解きほぐすには、マスコミ内外で力を合わせる必要がある」と述ベた。

 「マスコミも近年、毎日新聞が署名化を進めるなど、改革を志向しているように思える。こうした取リ組みの現状を聞かせてほしい」との質問には、北村さんが「例えば、社会部の事件原稿には署名が入っていないのが現状。命の危険性と取材源の秘匿が主な理由に上げられるが、秘匿しないと後の取材に困るような場合は現状ではほとんどないのでは? 全体として署名化の方向にあるが、定着するかどうかは、業界の中心である朝日新聞の今後の姿勢にかかっている」、「グリコ事件、松本サリン事件、TBS問題ー。事件が起こるたびにマスコミはお詫びを出すが、これまでシステムを抜本的に見直すことはしなかった。私は個人的には、権力犯罪はともかく、個人の犯罪については報道すベきではないと考えている。現在の取材システムを根本から変えようというのが、私たち新聞労連の運動だ」と述べた。

 さらに、「日本には週刊誌などがあリ、スウェーデン型のシステムでこれらの報道被害に対応できるのか?調査スタッフを充実させる必要があるのでは」と、評議会のあリ方に対する意見も出た。

 浅野さんは、「スウェーデンでは、報道評議会にもオンブズマンにも調査スタッフがいる。構成メンバーの三団体、とリわけジャーナリス卜ユニオンが市民の立場に立って調査に精力的であることが、このシステムが機能している大きな要因になっている」。野村さんは「スウェーデンは人口が八○○数万人の小国なので、この態勢で今のところ機能している。日本の場合は、新聞労運が指摘しているように、東京だけでなく、各地に設置しないと機能しないだろう」と述べた。

 逮捕段階での報道被害に関連して、「そもそも日本司は、警察の逮捕状発効の申請を、裁判所が安易に認める傾向があるのでは?」という意見が出され、シンポに一般参加していた弁護士は、「松本サリン事件で誤報の原因となったのは、地元の警察が、殺人容疑で被疑者不詳のまま河野義行さんの家を捜索したからだ。しかし警察は『簡易裁判所に捜索差し押え令状の発効を認められ、そこにマスコミが飛びついただけだ』と責任を転嫁している。こうした『権力の行使』には、もっと慎重さが必要だ」と指摘した。

 議論は、最近、大きくクローズアッブされたTBSビデオ問題にも及んだ。浅野さんは「ビデオを見せたこと自体がいけないのではなく、何のために見せたかが問題だ。日本テレビが警察のリークで、警察に都合の良いタイミングでこの問題を報道し、ジャーナリズムの構造的な問題が問われることなく、TBSだけがパッシングされている。それが郵政省のテレビに対する規制強化の動きにつながっている」と指摘。北村さんは「政治家の取材では、記事にすることを事前に知らせたり、ゲラを見せる必要はない。しかし一般の人に対しては、私は答える義務があると思う。ゲラやビデオを外部の人に見せるべきかどうかは良心宣言に則って、記者が自分の判断ですればいい。要は、その記者がどの立場を取るかだだろう」と話した。


「記者は本来、最も情報を持つ権力に迫っていく猟犬のようなエー卜ス(習性・特性)を持っている」。東京で開かれた報道評議会設立に向けたシンボジウムで、ある記者がこう言っているのを聞いた。本当に記者は「猟犬」のような習性を持つべきなのだろうか。もし持っているとしても、記者のそのような「エートス」が記事となって紙面に表れるとき、それは弱い市民ではなく、パブリック・インタレストを持つ権力の不正などに対して向けられるぺきではないのか。松本サリン事件の報道被害者、河野義行さんも参加していたそのシンポジウムを聞きおえて、何か釈然としないものが残った。大学でジャーナリズムを学びはじめて1年になろうとしている。この四月からは地方の新聞社に勤める予定だ。もとは哲学専攻の学生だが、思いもよらず最終学年を留年したこともあって、同志社で浅野健一教授の講義をとった。そこで研究者でもあリジャーナリス卜でもある浅野教授のジャーナリズム論に触れ、はじめて新聞記者を志望した。この間多くの記者、ジャーナリストに会うことができた。各地の講演会やシンポジウムにも参加し、報道被害に苦しむ方々の話を聞き、初めて裁判の傍聴にも行った。

 この一年で私が学んだのは、記者はどこまでも「人間らしく」という事だ。ある地方紙の新入社員研修では、記者の「取材一○ヶ条」として書かれた中に「馬のように驚き、牛のように粘リ強く」とあった。 記者はまず「記者」である前に人間だ。自らを犬とか牛と言っている内に、人間らしい心を矢っていかないか。先輩記者に「一人前の記者」と言われる頃には、書かれる側の痛みを分かる感受性が擦リ減っているのではないか。幸い私はこの一年で大きな「財産」を得ることができた。 また今年は報道評議会の設立へ向けて大きく前進しそうだ。新聞労運の「良心宣言」制定の動きなどは、これからメディアの現場に入っていく者にとってもとても大きな前進であリ好機だと思う。ここまでの前進を支えてこられた市民・記者・メディア研究者の運動を我々の世代も確実に引き継ぎながら、地方からも『人権と報道」について発信し、考える気運を盛リ上げていきたい。(耕)


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人権と報道のホームページを会員の協力で立ち上げていますが、内容は会報のバックナンバーのほか、メールで報道に対する意見なども募集しています。


次回例会の案内

 次回例会(9月12日・土)は

「犯罪被害者の目から見た報道」

 人権と報道関西の会の次回例会は9月12日(土)午後1時半から「犯罪被害者の目から見た報道」をテーマに、プロボセンター(第5大阪弁護士ビル3階・大阪市北区西天満4の6の2・電話06−366−5011)で開催します。

 講師は「犯罪被害者の人権を確立する当事者の会」を大阪市内で7月に発足させた林良平さんです。

 林さんのお連れ合いは、見知らぬ犯人に包丁で刺され、今も車いす生活を強いられていて、それらの経験から、報道、捜査機関、周囲の人たちに対する思いなどを語っていただきます。

 日頃の事件報道では犯罪の模様や容疑者の側に目がいきがちで、被害者の方たちや家族の方たちの問題を語ったり、考える機会があまりありません。大勢の方の参加を呼びかけます。


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