歪曲の手法 -- 『歪められた私の論旨』の歪んだ論理

一口に「自由主義史観」派といっても、その言動のスタイルはさまざまです。藤岡信勝のようなプロパガンダ臭いっぱいのアジ演説は、その胡散臭さも明白で、ある意味「分かりやすい」のですが、秦郁彦の一見中立風な学者然とした物言いには未だに騙される人が少なくないようです。私の経験上でも、こうした問題に対してそれなりの見識を持っていてもよさそうな人が、秦氏の所説を「史学的立場」に立つものと評価していたりして、驚かされることがあります。

「従軍慰安婦」問題に関して、その秦氏がとりわけ熱心に行ってきたのが、クマラスワミ報告書に対する攻撃です。報告書中のわずかな誤りをあげつらっては、「学生のレポートなら落第」などと「評価」してみせる氏ですが、その氏が資料を歪曲して利用するその手口は、学生のレポートなら落第どころか退学モノと言わざるを得ないようなシロモノです。ここに掲載する記事では、「朝日新聞によれば」とか「吉見義明『従軍慰安婦』を参照」などとあたかも相手側資料に依拠しているかのように見せながら実際にはその内容を歪曲し、あるいはそこに書かれてもいないことを「発明」して自らの「論旨」に利用する、秦郁彦式資料歪曲のテクニックを具体的に解明します。

さて、記事中にも書いたのですが、私にとって最も不思議なのは、なぜ原資料をちょっと確認すればすぐバレてしまうような安易なデタラメを平気で書くのだろうか、ということです。秦氏の「論文」を熱心に読むような人々は決してその内容を検証しようとしたりはしない、と見越した上でのことなのでしょうか。だとしたら、ずいぶんと読者をナメた話です。
(1998.08.12)
投稿先: fj.soc.misc, fj.soc.history, fj.education
タイトル投稿日
インドネシア兵補協会の調査1997.10.08
Re: 秦郁彦氏の著作(Re: インドネシア兵補協会の調査)1997.10.27


Newsgroups: fj.soc.history,fj.education,fj.soc.misc
Subject: インドネシア兵補協会の調査
Date: 08 Oct 1997 11:42:38 GMT

高橋(亨)です。

In article <...> S.Y writes:
>残念ながら私の手元にはN.Mさんの疑問にお答えできるような資料がありません.
>どなたかこの件に関して他に情報をお持ちの方はいらっしゃいませんか?私もこ
>の件の真相には興味があります.

私の手元に多少資料がありますので、代わってお答えしておきます。

>N.M wrote in article <...>:
>>  貴重な資料ありがとうございました。いくつかの点を確認させていただきた
>> いのですけど、
>>
>>  1) 川田文子氏の調査については、一九九六年一月一四日付の朝日新聞報道で
>>     16884 人と報道されているのですけど、これは「従軍慰安婦」の数として
>>     報道されたものであり、川田氏は強姦などの被害者ではなく、従軍慰安婦
>>     の数としてそれを報告したのではなかったのか?

N.Mさん、あなたは本当に朝日新聞の記事を確認したんですか? 私の
手元にはこの記事と思われるものの切り抜きがあるんですけど、内容が
大きく違ってるんですよ。

私の切り抜きでは、タイトルが「旧日本軍の性被害者 登録者は1万6000
人」となっており、冒頭部分で

  戦時中のインドネシアで旧日本軍に慰安婦などにさせられた性暴力被害
  者の数は、昨年末までに現地の調査団体に登録された女性だけで一万
  六千八百八十四人に上っていることが十五日、明らかになった。

と説明されています。また、川田文子氏はこの結果を「現地を訪れ、確
認した」のであって、調査したのは「旧日本軍補助兵やその遺族で作る
兵補協会」と報じられています。すなわち、N.Mさんが「朝日新聞報道」
として書かれた内容は:

(1) まず記事の日付が違う。ほぼ同じ内容の記事をわずかの間に二回掲
載するとは思えないし、何より15日に明らかになった数字が14日付けの
新聞に載るはずがない。

(2)「性被害者」「慰安婦*など*にさせられた性暴力被害者」と繰り返
し書かれているとおり、この数字はいわゆる「従軍慰安婦」だけの数で
はなく、「性暴力被害者」の総数(それも*登録*された数)として報じ
られている。

(3) 調査を行ったのは川田文子氏ではなく、現地の兵補協会。

というように、わずか4行の間に三つも重大な間違いがあります。一体
どうなっているのでしょう? まさかN.Mさんが勝手にデタラメを書い
たのではないでしょうから、N.Mさんの情報源そのものが間違っていた
のであろうと推測されるんですが、一体どこからこのようなインチキ情
報を入手されたのか教えて頂けませんか。

大変不思議なことに、既に昨年

    <96Sep18...>

でそのデタラメぶりを指摘しておいた秦郁彦の『歪められた私の論旨』
には、「名のり出た元慰安婦の数」に関して「インドネシアの場合、川
田文子の現地調査によった96年1月14日付けの朝日新聞報道によると
16884人に増加」というように、今回のN.Mさんとそっくりの誤りが書
かれてる[1]んですけど、これは偶然の一致なんでしょうか?

>>  2) 川田氏の調査は当初ジャワ島に限られ、その時点ですでに「従軍慰安婦」
>>     の数は一万人近くまでのぼっていたのではないのか?

こちらは資料がなくて確認できませんが、「川田氏の調査」というとこ
ろがそもそも間違いであるのは明らかですね。

>>  3) 川田氏はその二万二千人について何らかの検証を行い、「従軍慰安婦」と
>>     しての実数を算出したのか? 行ったとすれば、その基準は?

この調査を行っているのはインドネシア兵補協会なんですから、「これ
だけの登録数の中身の分析や、登録者をどう扱うかは今後の調査やイン
ドネシア側の対応にかかっている」と朝日新聞が続報で報じている[2]
とおり、それは兵補協会の役割でしょう。登録者数が多いだけに詳細な
調査・分析(個別インタビュー等)には相当の期間を要するでしょうが。

>>  これらについて、わかる範囲でお答えしていただけたら、幸いです。

さて、わかる範囲で書いておきましたので、今度はN.Mさんの方からお
答え頂ければ幸いです。

[1] 秦郁彦『歪められた私の論旨』文藝春秋 1996年5月号 p.198
[2] 朝日新聞『「旧日本軍による性被害」多数登録 現地の訴え、民間
団体が調査 インドネシア』1996年2月14日夕刊

Newsgroups: fj.soc.history,fj.education,fj.soc.misc
Subject: Re: 秦郁彦氏の著作(Re: インドネシア兵補協会の調査)
Date: 27 Oct 1997 03:17:25 GMT

高橋(亨)です。

In article <...> N.M writes:
>高橋> 大変不思議なことに、既に昨年
>高橋>
>高橋>     <96Sep18...>
>高橋>
>高橋> でそのデタラメぶりを指摘しておいた秦郁彦の『歪められた私の論旨』
>高橋> には、「名のり出た元慰安婦の数」に関して「インドネシアの場合、川
>高橋> 田文子の現地調査によった96年1月14日付けの朝日新聞報道によると
>高橋> 16884人に増加」というように、今回のN.Mさんとそっくりの誤りが書
>高橋> かれてる[1]んですけど、これは偶然の一致なんでしょうか?
>
> ああ、それですよ。それっ。私の参照した文献は。これまでも秦氏の論文を
>参考にしていると示してきたように、原典に直接当たっていたわけではありま
>せん。実際のところ、この件に関して、私も秦氏の解釈に確証が持てなかった
>ために、一応質問という形で記事を投げかけたつもりです。この件に関しては、
>高橋さんの調査結果から、秦氏の解釈は誤りということで結構でしょう。

これは*解釈*の問題などではありません。資料処理そのものに関する問
題です。秦氏は、資料として用いた新聞記事にはインドネシア兵補協会
による調査と明記されているものを川田文子氏によるものであるかのよ
うに、また実際には性暴力被害者の登録総数であるものを「名乗り出た
慰安婦の数」であるかのように歪めて伝え、その結果読者に対して、川
田氏がいかにも信用できない人物であるかのような誤ったイメージを植
え付けているのです。私はこれが単なる解釈の誤りなどというものでは
なく、資料そのものの内容を歪めて伝えるという、歴史学者として一番
やってはならないことであるからこそ問題にしているのです。

この秦氏のイメージ操作にまんまとひっかかり、

In article <...>
N.M>  1) 川田文子氏の調査については、一九九六年一月一四日付の朝日新聞報道で
N.M>     16884 人と報道されているのですけど、これは「従軍慰安婦」の数として
N.M>     報道されたものであり、川田氏は強姦などの被害者ではなく、従軍慰安婦
N.M>     の数としてそれを報告したのではなかったのか?
N.M>
N.M>  2) 川田氏の調査は当初ジャワ島に限られ、その時点ですでに「従軍慰安婦」
N.M>     の数は一万人近くまでのぼっていたのではないのか?
N.M>
N.M>  3) 川田氏はその二万二千人について何らかの検証を行い、「従軍慰安婦」と
N.M>     しての実数を算出したのか? 行ったとすれば、その基準は?

などという記事を全世界に向けて流してしまったN.Mさんが、いまだに
「解釈の誤り」などという認識でいるようでは困ります。

> このような『歪められた私の論旨』のいくつかの誤りについては、認める必
>要があるでしょう。しかしながら、この秦氏の記事を読んでもらえばわかりま
>すように、高橋さんの批判はあくまでも些末に関するものであって、その表題
>にある本筋の「歪められた私の論旨」についての批評ではありません。デタラ
>メというからには秦氏の記事における本論について否定してから、そのように
>述べるべきでしょう。
>
> すなわち、<96Sep18...>で紹介
>したのは吉見氏の著作や朝日新聞の記事についての引用に対する批判であって、
>クマラスワミ報告書に対する秦氏の非難でありません。

ああ、やはりN.Mさんは私の記事の趣旨を全く理解していなかったんで
すね。『歪められた私の論旨』に見られる誤りは、「些末に関するもの」
と言って片付けてしまえるようなものではありません。以前に書いたこ
とと一部重複しますが、改めて問題点を整理しておきます。

(1)秦氏は、

秦| それに類似の慰安所制度は第二次大戦期のドイツ、
秦| イタリア、アメリカ、イギリス、ソ連などにも存在した(くわしくは吉
秦| 見義明『従軍慰安婦』を参照)のに、日本だけを処罰せよというのは、
秦| 公平を欠くのではないか。

と、あたかも吉見氏がその著書で当時これらの国々にも日本軍と同様な
慰安所制度があったと書いているかのように述べています[1]が、これ
は事実ではありません。吉見氏が日本軍と類似の慰安所制度があったと
述べているのはドイツ軍の場合だけであり[2]、イタリアなど名前すら
出てきません。

すなわち、秦氏は吉見氏が言ってもいないことをさも言ったかのように
捻じ曲げて、自説を展開するために利用しているわけです。逆に言えば、
吉見氏の言をこのように歪曲しない限り、「日本だけ…公平を欠く」と
いう秦氏の「論旨」は成立しないのです。もし秦氏が吉見氏の著書に言
及せずに、ただ「それに類似の慰安所制度は第二次大戦期のドイツ、イ
タリア、アメリカ、イギリス、ソ連などにも存在したのに、日本だけを
処罰せよというのは、公平を欠くのではないか。」とだけ書いたのであ
れば、これは単なる秦氏の誤り(余りにも不見識ではありますが)に過
ぎません。しかし、吉見氏の著書に言及して見せることによって、読者
は「吉見氏ですら当時広範囲に慰安所制度が存在したことを認めている
ではないか」「それなのに、吉見氏らが日本の責任ばかり追及する不公
平なクマラスワミ報告を支持しているのは不当だ」「そんな不当な意見
ばかり載せる朝日新聞は*意図的な紙面作り[3]*をしている」「慰安婦
キャンペーンだ」という印象を受けるわけです。これは、単なる誤りで
は済まされない悪質なイメージ操作です。

(2)在日韓国人の元「慰安婦」宋神道さんについても、秦氏は朝日新
聞(1993年9月21日夕刊)の記事によるとわざわざ断った上で、その記
事内容を大きく歪めて中傷しています[4]。

まず秦氏は、この記事からの引用という体裁で宋さんの「身の上話」を
紹介しているのですが、この部分は宋さんがどこの慰安所にいたのかと
いう基本事実すらデタラメな上、宋さんが中国まで行って初めて「慰安
婦」にされることを知ったことや、「通過部隊を中心に連日数十人の相
手をさせられた」こと、「乱暴され、背中に10センチの傷も残った」
こと、部隊付き慰安婦として「討伐」の際には遠征にも同行させられた
こと、終戦までに一児を死産し、無事生まれた二児も近くの人に預けた
ことなど、宋さんが受けた被害の実態を示す肝心の部分がすべてカット
されています。秦氏が書いた「身の上話」だけ読むと、まるで宋さんは
勝手に中国まで行って平穏無事に慰安婦稼業を勤め上げたかのようです。

こういうふうに宋さんの被害実態を隠した上で、秦氏は、

秦| 取材した記者は、この女性から「朝鮮はまだ北と南で戦争してる。だか
秦| ら大っ嫌い」とか「おれ、裁判なんて面白半分にやってんだ」と浴びせ
秦| られ、戸惑いを隠さないが、「慰安婦問題について、自分の視点を定め
秦| たくて」彼女の支援グループに飛び込む日本人が少なくない、となると
秦| 筆者の理解を絶する。

などと書くのです。これではまるで、大した被害も受けていない宋さん
が遊びや冗談で裁判を行っているみたいですが、実際の記事に書いてあ
るのは次のようなことなのです。

朝日| ○カラ元気の奥に
朝日|
朝日|  従軍慰安婦という、やり切れない暗さの付きまとうイメージとは、だ
朝日| いぶ違う。しかし、親しくなった人は感じる。乱暴で陽気な口ぶりの奥
朝日| に、世間への不信感と、それをぬぐい去るためのカラ元気がある、と。
朝日|
朝日|  宋さんの体験を、「皇軍慰安所の女たち」という本にまとめた作家、
朝日| 川田文子さん(五〇)は言う。
朝日|
朝日|  「七年もの慰安所生活が、多感な時期のショックを覆い隠してしまっ
朝日| たのではないか。戦後も、日本社会に溶け込もうと無理をしたあまり、
朝日| 屈折してしまったような気がする」
(中略)
朝日|  耳が遠い。十三日夕、イスラエルとPLOの和解を報じるテレビを大
朝日| 音響にしながら言った。「いくさは嫌だあ。朝鮮人は、まだ北と南で戦
朝日| 争してる。だから大っ嫌いなんだ」
朝日|
朝日|  二十四日は、宋さん本人が法廷に立つ。「生活保護を受けているくせ
朝日| に、裁判なんて」という地元の人の声を聞いて、泣くこともある。が、
朝日| 人前だと、また軽口が出る。
朝日|
朝日|  「おれ、裁判なんて面白半分にやってんだ。どうせ政府は動かねえん
朝日| だろ。もうやめるか。でも行くんだ。おれの話、うそだと思われっとい
朝日| けねえから。補償が出たら、ばらまいてやっからな。あてにしないで待っ
朝日| てろや」

宋さんが言っているのは、「どうせ政府は動かねえんだろ」うから無駄
かも知れないが、それでも本当のことを訴えるために法廷に立つ、とい
うことです。もちろん取材した記者もただ戸惑っているわけではなく、
カラ元気を張って、冗談めかした形でしか真情を語ることができない宋
さんの心の傷を思いやっているのです。

秦氏は、このように資料である新聞記事の内容を歪めて宋さんの人格を
中傷した上、

朝日|  主婦の宮城ゆみ子さん(四三)=東京都町田市=は二年前、高校生だっ
朝日| た娘から「学校で慰安婦のことを知って驚いた」と聞かされたのを機に、
朝日| 慰安婦問題の勉強会に加わり始めた。「自分も知らなかったわけではな
朝日| いのに、目をそらそうとしていた」。宋さんの「終わらない戦後」を知っ
朝日| て支援に加わった。
【中略】
朝日|  鍼灸師(しんきゅうし)、申孝信さん(四二)=仙台市=は地元の連
朝日| 絡役を務め、時には宋さんの愛犬も預かる。「東北弁が通じるし、身内
朝日| のばあさんみたいな感じ。自分が男であることにひっかかりはあるが、
朝日| 何とかしなきゃいかん」
朝日|
朝日|  出版社の編集者、黒田貴史さん(三一)=東京都板橋区=は、「慰安
朝日| 婦問題について、自分の視点を定めたくて」支援の輪に飛び込んだ。

といった支援者の声の中から、一番抽象的な書き方になっている「自分
の視点を定めたくて」という部分だけを抜き出し、「筆者の理解を絶す
る」などと嘆いて見せるのです。冗談で裁判を行うふてぶてしい元「慰
安婦」を何も知らない馬鹿な連中が支援している、事情を良く知る「筆
者」には憂慮に堪えない事態である、という図です。

この宋神道さんの記事に関する歪曲も単なる誤りでは終わらず、「慰安
婦」の境遇など実はたいしたことではない、「慰安婦問題を…日本政府
を責めたてる格好の材料に仕立てようとする一部のNGO運動家やマス
コミ[5]」が悪いのだとする秦氏の「論旨」に直結しています。

(3)秦氏は、名乗り出ている元慰安婦の数について、

秦| とくにインドネシアでは日弁連の某人権派弁護士が出かけて働きかけた
秦| ものの、三千、六千、一万六千人とうなぎ登りにふえすぎて、さすがに
秦| 当惑していると聞く。何しろ日本軍の兵力が一万人前後なのに、それを
秦| 上まわる慰安婦はありえず、大多数は便乗組と思われる。

などと書き、更には「インドネシアの場合、川田文子の現地調査によっ
た96年1月14日付けの朝日新聞報道によると16884人に増加」と、これま
た当該記事の内容を歪曲したデタラメを書いています。この件の詳細は
既に

     <96Sep18...>
     <97Oct8...>

で述べたのでここでは省略しますが、このインドネシアの事例に関する
歪曲も、川田氏を始めとする人々の信用を貶めるイメージ操作、そして

秦|   二月八日の「産経抄」は、問題を「仕掛けたのが、日本人の弁護士と
秦| その支援団体であることがつくづくと情けない」と歎きつつ「かつて従
秦| 軍慰安婦となってくれた女性に、深謝と同情を決して惜しむものではな
秦| い」と書いた。
秦|
秦|   筆者も同感で、今となっていは女性基金を活用して福祉施設などを作
秦| るぐらいしか方法はないと思う。

と[6]、クマラスワミ勧告を真っ向から否定する「論旨」の材料として
利用されています。

以上から明らかなように、クマラスワミ報告書中の誤りがいずれも勧告
を導き出す論拠にはなっていない、いわばその場限りのものであるのに
対して、秦論文中の歪曲はその「論旨」と直結しています。はっきり言っ
て、この秦論文から誤りや歪曲をすべて除去したら、論文としては到底
成立しない駄文と化してしまいます。

>『歪められた私の論旨』
>のクマラスワミ報告書批判としては、
>
> 1) 秦氏の「慰安婦の雇用契約関係は日本軍との間ではなく、業者(慰安所の
>    経営者)との間で結ばれていた」という主張について資料のコピーまで渡
>    したのにもかかわらず、それについて全く反対の意味にねじ曲げたという
>    こと。

この問題については別記事
(<97Oct27121519@...>)
で述べたとおり、単なる単純ミスでしょう。

> 2) 秦氏の現地調査で虚偽性の判明した職業的詐話師たる吉田清次の証言を採
>    用していること。

秦氏は自分の現地調査の結果を『従軍慰安婦たちの春秋(上)』[7]で報
告しています。この論文中で吉田証言を否定する最大の根拠とされてい
るのは、現地紙『済州新聞』に掲載された1989年8月14日付け記事[8]な
のですが、この記事によれば、

| 解放四十四周年を迎え日帝時代に済州島の女性を慰安婦として二○五名
| を徴用していたとの記録が刊行され大きな衝撃を与えている。しかし裏
| 付けの証言がなく波紋を投げている。
| …
| しかしこの本に記述されている城山浦の貝ボタン工場で一五〜一六人を
| 強制徴発したり、法環里などあちこちの村で行われた慰安婦狩りの話を、
| 裏付け証言する人はほとんどいない。
| 島民たちは「でたらめだ」と一蹴」し、この著述の信ぴょう性に対して
| 強く疑問を投げかけている。城山里の住民…は「二五○余の家しかない
| この村で、十五人も徴用したとすれば大事件であるが、当時はそんな事
| 実はなかった」と語った。
| …

というように、吉田証言は全面否定されています。この記事を額面どお
りに受け取れば、確かに吉田証言は根も葉もない嘘、ということになる
んですが、一つ奇妙なのは、この記事の通りであれば、済州島では吉田
氏の言うような官憲による暴力的強制連行どころか、「慰安婦」の徴用
そのものがなかったことになってしまう、という点です。同じ論文中で
秦氏は「慰安婦」の総数を六万〜九万、そのかなりの部分は朝鮮人、と
推測し[9]、更には官斡旋方式による「慰安婦」徴用の実態が「半ば勧
誘し、半ば強制」であったことを認めている[10]のですが、ではなぜ日
本に最も近い済州島に限って「慰安婦」の徴用がなされなかったのか、
その説明は一切ありません。

それとも、この記事が言っているのはあくまで吉田式の奴隷狩り的強制
連行がなかった、ということだけで、それ以外の形態の徴用は済州島で
も行われた、ということなのでしょうか? しかし、秦氏の「現地調査」
報告のどこにも、済州島で何らかの「慰安婦」徴用が行われたことを認
める証言はありません。

済州島における「慰安婦」徴用の実態はどうだったのか? 秦氏の現地
調査だけでは何も分からないのですが、実は秦氏以外にも済州島での現
地調査は行われているのです。例えば、テレビ朝日は92年に、『ザ・ス
クープ、従軍慰安婦Part2、戦争47年目の真実』という番組を放映して
おり、この番組では吉田証言を追跡するために現地取材を行っています。
孫引きになりますが、その内容を紹介しておきます[11]。

|    番組では、女性アナの田丸美寿々さんが現地で二人にインタビューしま
| した。一人は城山の長老の洪さんです。田丸さんの質問「この工場から徴用さ
| れた慰安婦がいるか」に対し、洪さんは
|   「いないよ。いない。この辺にはいないよ。もしいたとすればよそから来
| た人だよ。何十人か連れていかれたという話もあるけれど、それは済州島の人
| 間じゃないよ」
| と微妙な返答をしました。つまり、済州島の人間は連れていかれたことはない
| が、よそから来た人は何十人か連れていかれたという話をきいていると、肯定
| とも否定ともとれる返答をしました。
|
|    もう一人インタビューに応じた地元の女流作家、韓林花さんは番組でこ
| う語っていました。
|   「(地元の人は)みんな知らないふりをしている。口にしないようにして
| いる問題なんです。日本に女まで供出したことを認めたくないという民族的自
| 尊心と、女は純潔性を何よりも最優先にするものだという民族的感情のせいな
| のです」

また、尹貞玉・元梨花女子大学教授も1993年に同島で調査を行っていま
すが、この時には「島民の強い抵抗の中で一人の被害者と推定される証
言者が名乗り出た。だが、周囲からの本人への説得と制止によって、そ
れ以上証言をとり続けることを拒否された」という事実が報告されてい
ます[12]。

以上の状況から、済州島では「慰安婦」に関する実態はタブーとして厳
しく隠蔽されており、この状況に変化がない限り、吉田証言の真偽は判
定できない、と見るべきだと思います。なぜこのようなタブーが生じる
かについては、上杉聰氏の次のような意見(同じく[12])が参考になると
思います。

| 性暴力の被害者すべてに言えることだが、被害を訴え出ること自体に大
| きな困難が伴う。ましてや儒教が強く残っている韓国社会では、さらに
| 大きな障害となる。したがって、現在元「慰安婦」と名乗り出ている女
| 性のほとんどが身寄りのない単身女性である。それに加えて、済州島と
| いう小さな島で名前を明らかにすることは、近隣・親戚に直ちに波及す
| る大事件となる。そして同島は、韓国の中でも差別的に見られているこ
| とに留意すべきである。もし誰かが名乗り出れば、韓国語に翻訳されて
| いる吉田氏の著書への関心と合わせて、興味本位の視線が済州島の島民
| 全体に浴びせられる危険性を危惧しない者はいないだろう。それを畏れ、
| 島内には箝口令が敷かれてきた可能性を否定できない。

秦氏のあのような表面的な「現地調査」で吉田氏を「職業的詐話師」な
どと断定するのは余りにも不用意なこと、と言わざるを得ません。

ところで、もし秦氏が前記の『ザ・スクープ』を見ていたのであれば、
例の記事を書いた『済州新聞』記者や「五人の老人」と話しただけで吉
田氏を「詐話師」などと一方的に決め付ける[13]ことはできなかったは
ずなんですが、氏は番組を見ていなかったんでしょうか? でもそれに
しては、同論文の冒頭に吉田清治氏の顔写真として、氏が登場した*テ
レビ画面*を撮影したものが使われているのは大変奇妙なことです。

> 3) 事実関係に関わる部分はジョージ・ヒックス『慰安婦』(The
Comfort

>    Women、書店で入手可能)という通俗書からの引用であること。

確かに、ヒックスのこの誤りの多い著書に依存しすぎているのは問題で
すね。本業の傍ら国連の特別報告者という役割をこなさなければならな
いクマラスワミ氏がつい英語の文献に頼りすぎてしまうのはある程度や
むを得ないとも言えますが、これは日本の研究者・支援者サイドからの
サポート(英語での積極的情報発信等)が足りなかったせいだとも言え
るわけで、反省点ではありますね。

> 4) 慰安婦(チョン・オンスクの例)の証言が日時場所が違う『労働新聞』に
>  掲載された例に酷似していること。

北朝鮮在住の元「慰安婦」に対しては韓国や日本の場合のような厳密な
ヒアリングは行われていないので、証言の細部(日時や人数等)に誤り
が含まれている可能性があるのは確かです。とはいえ、単に別の証言と
内容が似ているというだけでは反論にはならないでしょう。(ところで、
N.Mさんは「酷似」とおっしゃいますが、秦氏が両証言の共通点として
挙げているのは「生首スープ」の件だけですよ[14]。)

また秦氏は、この証言に関して

秦|   それにしてもシナリオライターの構成力がお粗末すぎて、ばかばかし
秦| くなるが、若干の注釈を加えておくと、まずチョンが拉致された1933年
秦| の朝鮮半島は平時で、遊郭はあったが、軍専用の慰安所はなかった。
秦|   半島駐屯の日本軍は全体でも一万人程度で、?(注:字が出ない)鏡
秦| 南道には1個連隊(二千人)しかいないし、五千人も入る兵舎はありえ
秦| ない。

と非難していますが、そもそも「五年後に逃亡して朝鮮に戻った[15]」
(つまり朝鮮以外の土地で「慰安婦」をさせられていた)チョンさんの
証言に対してなぜこれが批判材料になるのか、私には全然わかりません。
お粗末なのは秦氏の分析力のほうではないんでしょうか。

『歪められた私の論旨』でとりあげられている元「慰安婦」の証言は、
このチョンさんと前記の宋神道さんの二例だけです。つまり、被害者証
言に関する秦氏の批判はお話にならないレベルと言わざるを得ません。

>ということです。これらの主張が正しくないならば、*クマラスワミ報告書に
>対する*秦氏の非難がデタラメということになるでしょう。些末な部分でなく、
>本質的な部分について、秦氏の主張はどうでしょうか?

以上のようなわけですので、N.Mさんが言うような意味でも、クマラス
ワミ報告書に対する秦氏の非難ははっきり言ってデタラメなんですよ。

> ところで、高橋さんは、
>
>In article <97Oct3131445@...> (Toru Takahashi) wrote:
>高橋> それから、秦郁彦に歴史的事実に関する検証ができるなどと考えるのは
>高橋> 過大評価というものです。彼は、他人が書いた著書や新聞記事をまとも
>高橋> に引用することすらできない、歴史学者失格と言わざるを得ない人物で
>高橋> す。
>
>とはっきりと言い切っていますので、秦氏の著作についてかなりお読みになっ
>て、このような結論を出していると思うのですけど、『歪められた私の論旨』
>以外にどのような著作をお読みになって、このような結論を出されたのか、教
>えていただけないでしょうか? できれば具体的に歴史的事実に関する検証が
>できていないと判断された箇所を紹介していただいたら、幸いです。

この点ですが、私が秦氏のことを「歴史学者失格」だと言うのは、秦氏
の主張が正しくないとか、「歴史的事実に関する検証ができていない」
などというレベルの判断からではありません。私がこのように言う理由
は、最初に触れたとおり、氏の資料処理が余りにも杜撰だからです。

歴史学者というのは、それが公文書であれ、新聞記事であれ、あるいは
体験者の証言であれ、一定の資料事実から出発して、それに史料批判や
時代状況に関する考察を加えていくことにより「歴史的事実」を解明し
ていくのが仕事です。その仕事が検証可能なまともな仕事として成立す
るためには、論証の基礎として使用した資料事実そのものには一切手を
加えないことが最低限の大前提として必要になります。

例えば私が吉見義明氏の論文を読む場合、氏の論理構成に賛成するにせ
よ反対するにせよ、氏が依拠する資料事実そのものは論文中に提示され
たとおりのものとして安心して見ていくことが出来ます。吉見氏による
「歴史事実に関する検証」が妥当なものであるかについては、氏が提示
する資料事実に基づいて独自に検討することが可能です。これが歴史学
者の仕事というものです。

ところが秦氏の場合、至る所に資料事実の歪曲・改変があるので、氏の
主張が妥当なものかどうかを検討する前に、まず氏が論拠とする資料に
逐一自分で当たってその内容をチェックする作業が必要になってしまい
ます。これでは秦氏の論文を歴史的事実を検討したり議論したりするた
めのベースとして使うことはできません。その資料が普通の書籍や新聞
記事のようにチェック可能なものであれば私がやったようにその歪曲を
明らかにすることもできますが、一般人が容易にアクセスできない一次
史料や「誰それは…と言っていた」といった類のものでは、チェックす
ること自体が不可能です。そのような論文は、特定の政治的主張のため
のプロパガンダとしてはともかく、歴史学上の論文としては成立しませ
ん。そのような論文を発表することが学者としての自殺行為であること
は、自然科学者が実験データを改竄して自説に利用した論文を発表した
らどうなるかを考えてみれば明らかだと思います。

というわけで、秦氏にはそもそも「歴史的事実に関する検証」などを行っ
て見せる資格はないのです。もちろん貴重な時間を費やしてそんな氏の
著作を読み漁る無駄な作業を私がやらねばならない理由もありません。

とはいえ、私も「一度罪を犯した人間は一生その罪を背負わなければな
らない」などと言うつもりはないので、秦氏が『歪められた私の論旨』
その他で行った数々の歪曲を認めて謝罪/訂正するなら再度歴史学者と
して認めても構いません。しかし、とっくに「在日の『慰安婦』裁判を
支える会」から出されている抗議に対して秦氏が謝罪したなどという話
は、残念ながら聞いたことがありません。

[1] 秦郁彦『歪められた私の論旨』文藝春秋1996年5月号 p.189
[2] 吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書 p.202-208
[3]『歪められた私の論旨』p.190
[4]『歪められた私の論旨』p.196-197
[5]『歪められた私の論旨』p.197
[6]『歪められた私の論旨』p.198
[7] 秦郁彦『昭和史の謎を追う(下)』文藝春秋社 p.319-337
[8]『昭和史の謎を追う(下)』p.335-336
[9]『昭和史の謎を追う(下)』p.328
[10]『昭和史の謎を追う(下)』p.334-335
[11] 半月城通信 No.12
     (http://www.han.org/a/half-moon/hm012.html#No.117)
[12] 上杉聰『「慰安婦」は商行為か? ---「慰安婦」問題の真実---』
     (http://www.jca.or.jp/jwrc/news/shokoi.html)
[13]『昭和史の謎を追う(下)』p.336
[14]『歪められた私の論旨』p.196
[15]『歪められた私の論旨』p.195

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