加工卸産業との契約取引は順風満帆ではなかった
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千葉県 富里市 |
富里市農業協同組合 |
当農協の食品産業等との契約取引実績は、1971年のY社との加工トマト(350t)、1979年のC社とのポテトチップス(3000t)、1981年のG社との人参ジュースの原料取引(2500t)などで、この他にはT社の薬草契約の取引(90ha)などがあった。が、現在、残っているのはC社とY社だけとなっている。 |
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市場出荷とT社向けとの複線型取引であったが、取引市場と出荷組合が数量が少ないことで揉めた。何度か説得をしたが、組合員は市場を選択、2か月で中止になりT社の信頼を一時的に失った。このとき、同等の品種と品質のある代替産地をT社に教え、信頼回復に努めた。2か月後にT社からハーブ契約栽培の打診があり、外食企業とT社担当者を交えて数量、単価、期間などの交渉が始まった。当時、T社はこんなことを言っていた。「農協系統はどこにいっても私達を相手にしてくれない。しかし、富里農協は農業とは何か、野菜のできるまでの問題や特性、さらに、素材の特徴まで教えてくれる」。そのためか、次々に営業担当者が外食顧客を当農協に連れてくるようになった。 |
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農協全景
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2003年、T社担当者から「納品先のO社の仕入部長が替わり、原料価格を値下げして欲しいと要求された」と連絡してきた。契約農家と深夜激論。「契約期間中の値下げは約束違反だ!」とT社の弱腰対応に批判が続いた。しかし、加工卸のT社もO社に相当の負担を背負わされていた。T社とは「取引数量の増加」、「規格簡素化」、「コンテナ容器」で農家粗収入減少を防ごうと合意していたが、契約農家の粗収入2千万円と取引額7億円はいまだに2億5千万円程度にとどまり未達成のままだった。こうした状況での単価値下げ要望であり、T社への組合員の意識は低下していった。
また、S社とも7年間継続した取引が生菌数(環境常在菌/セレウス菌)の問題で中断、S社は代替品目を提案して農協が組合員を説得したが受入れられず、やむなく新たな仲卸会社とのベビースピナッチ等の栽培に転換した経緯があった。
新たな取引先の開拓を目標に機構改革を実施、営業開発部署(販売部署+指導部署)を設置したが、食品企業との取引は「人と人」の結びつきが強くバイヤーが変われば産地が変わり、契約内容の変更が生じる。例えば、S社と生菌数で契約決裂して2年以上経過したが、このS社にT社の担当者が引き抜かれ、富里は再びS社と新たな取引を開始した。組合員にとって理解できない部分でもある。
自論として、担い手や集落営農組織の基盤が確立しただけでは、日本農業は生き残れません。需要に対する生産販売機能が確立しない限り、取引変更のたびに疲弊感に苛まれます。つまり、販売開発能力や機能です。社会構造の変化とともに小売業態も変化しており、さらに、少子化や高齢化、核家族化、女性の社会進出により小売業態の変化や中食、外食業態の変化が日々起っています。
このことに農協が生産販売機能を持ち対応していかなければ、農家は安定した生産活動ができないと考えます。打開策は、産地でニーズに対応し加工処理する機能を備えるか、従来のように、中間コストを農家の販売額から控除するか、それとも実需者からコスト徴収するのか、など考え方は多様です。
多機能一元集出荷施設は大きな構想です。野菜のカット、冷凍、調整、芯抜き野菜(ゴミ部除去)、PC施設(小分け)など、組合員が畑からコンテナで納品した後、あらゆる需要に対応する販売拠点づくりにあると考えます。農産物は収穫されると3時間で鮮度が落ち始めるが、この弱点を食品加工技術で賞味期限3〜6か月まで伸ばしカバーする。このことも多機能施設構想のひとつです。
首都圏消費地を控えた産地が需要創造力を持つことは重要であり、需要家に期待される産地になるのではないかと考えます。
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外食向け大根 |
企業契約大根 |
(なかの りゅうぞう)
AFCフォーラム2005年6月号