2011年に起きた「清武の乱」にはじまる一連の騒動について綴られた『巨魁』が、今年3月に発売された。同書の著者であり、本騒動の中心人物である清武英利氏は、今なお、もうひとりの主人公、ナベツネの標的にされ続けている。『巨魁』に込められた思いと、4月に読売が起こした同氏の復刻本差し止め訴訟について、清武氏があらためて口を開いた──。
(写真/奥山智明)
──清武さんが書かれた『巨魁』は、今まで噂されながらもあまり表に出てこなかった、渡邉恒雄氏の読売巨人軍内における横暴が描かれていました。2004年に清武さんが球団代表・編成本部長に就任して以降、問題と感じたのはどういったところですか?
清武英利(以下、清武) 渡邉さんが、ルールやコーチ、選手、ファンを無視して読売巨人軍を絶対支配しようとしていたところです。読売巨人軍は読売新聞の子会社のひとつですが、超優良企業だし、取締役会もある。なのに、重要事項や1億円以上の決裁となると、本社代表取締役の事前承認を受けないといけないという異例の定款があるんです。僕が告発しようとした時に「破滅だぞ」と言ってきたのは、子会社としての独立性を認めていないからでしょう。
それと、僕もそうでしたが、巨人の上層部は本社から来た役員ばかりだった。子会社に来たら子会社のことをまず考えないといけない。でもそんな状態だから、役員も親会社のほうばかりを見るようになってしまう。ほとんどの社員は生え抜きなのに、そんな上層部を見ていたら、やりがいなんて生まれませんよね。
──長く現場から離れていた江川卓さんを突然ヘッドコーチにするというのは、とても無茶な話に感じたんですが、渡邉さんはどの程度野球を理解していたんでしょうか?
清武 桃井氏(恒和・現球団社長)に聞いたんですが、「今さら聞けないんだが、セカンドとショートはどっちがファーストに近いんだ?」と言っていたことがあるらしいんですよ(笑)。それくらい、野球についてはほとんど知らないと思いますよ。僕が知っていることとして言えるのは、あれだけ口を出していても、巨人の会議には一度も出たことはないんです。二軍のグラウンドに来たこともないし、キャンプにも来なかった。試合も、高い位置の席からしか見ていない。つまり、野球が身近な存在の人ではなかったんです。だってお客さんはヘッドコーチを見に球場に来ると思います? それでも、「江川を連れてくるんだ」って言われたら、なかなか逆らえないんです。
──『巨魁』は、清武さんが行った巨人改革の本でもあります。清武さんが球団代表に就任されたのは、04年に起きた一場靖弘選手をめぐる裏金事件を受けて、渡邊さんをはじめ、上層部が解任されたことがきっかけですが、なぜこのような問題が起きたのでしょうか?
清武 渡邉さんがオーナーの時代というのが長く続いて、大金をかけて四番バッターばかりを集めた大艦巨砲主義になっていました。金にモノを言わせるという、そのやり方のつけが、一場事件に表れたんだと思いますよ。そもそも大金を使っているのに、渡邉オーナー時代はあまり優勝していないんですね。負けているのに、責任を取って辞めなかった。上が責任を取らないような組織じゃ、強くなれません。
──まさにその時期、たとえば、97年には高橋由伸選手に6億5000万円、98年には上原浩治選手、二岡智宏選手にそれぞれ5億円、00年には阿部慎之助選手に10億円……と、球界で申し合わせた最高標準額を超える新人契約金を巨人が払っていたことを、今年3月に朝日新聞が報道じましたよね。
清武 上限がなかったからと言っているけど、それは嘘ですよね。申し合わせでもルールはルール。野球だってルールがあるから成り立つのに、ルールを台無しにしてなんぼでも払ってしまうようなトップがいるから問題なんです。1億円以上の決裁が行われているんだから、当然渡邉さんが事前承認していたはずなのに、問題をすり替えて責任を取らないんです。
──もっと問題にするべきことなのに、その後の報道があまりされていないのはなぜでしょうか?
清武 報道がない理由は、僕にはわかりません。ただ、スポーツマスコミというのはひとつの村なんです。スポーツ村というのはすごく閉鎖的で、異分子を追い出そうとする傾向がある。彼らにとって巨人というのは大きなネタだから、取材できなくなると困ってしまう。だから、弱きをくじき強きに巻かれるようなことをしてしまう。スポーツ記者の一部は、平気で事実をねじ曲げて書いたりもするんです。そういう雰囲気は、スポーツの世界にはあっちゃダメ。なんのために記者をやっているのか。ジャーナリズムの世界に戻った人間として、嘆かわしいと思いますよ。
「携帯電話の履歴を開示しろ!」 嘘の陳述書も書かせる読売の手口
──マスコミの報道では、「ナベツネ同様の権力志向」「現場がわかっていない」など、清武さんに対して否定的な意見も見かけますね。
清武 マスコミといっても、どこのマスコミかによりますよ。スポーツ関連の媒体を持っていないところで行ったあるアンケートでは、僕への支持率が圧倒的というのもありましたし。でも先ほど言ったように、スポーツマスコミは村社会だから、巨人の意向に反したことはなかなか書けない。それとテレビのコメンテーターなんかは日テレにも出る可能性があるから、渡邉さんのことを悪く言えない。彼らは印象で語っているとしか思えないけどね。
──仮に渡邉さんに反論があったとしても、読売が清武さんにスラップ【編註:SLAPP・大きな企業や団体が、個人や比較的弱い団体に対して恫喝的訴訟を行うこと】を繰り返しているところをみると、まるで説得力がありませんよね。
清武 僕個人に対して3つ(1つは取り下げ)、僕らの本を出した七つ森書館に対して3つ訴訟を起こされました。特に僕個人に対しては「契約金の問題が報道されたのは、意図的に僕が秘密書類を暴露したのだから、僕の私物の携帯電話の履歴を開示しろ」とまで訴えたわけです。取材源の秘匿が生命線である新聞社が、そんなことをやるなんておかしいですよね。
しかしそのおかげで、同様に反感を持っていた読売の中の人たちが、自分にもやられるんじゃないかってビビってしまった。それだけじゃなく、僕の友人や関係者がみんな恐怖心を抱く。裁判を起こせば僕らは疲弊するし、向こうは漏洩防止と批判の封じ込めになるわけです。
──七つ森書館に対しての3つの訴訟は、清武さんたちが社会部時代の00年に新潮社から出した『会長はなぜ自殺したか』の復刻を差し止めようと、「契約の無効」「著作権」「名誉権」を持ちだして、今年4月に行われました。同書は総会屋への不正融資をめぐる第一勧銀・宮崎邦次元会長の自殺の真相と当時の金融腐敗を追った内容であり、今回の一連の騒動とはなんの関係もありません。読売側は何を根拠にしているんですか?
清武 契約の無効については、復刻本の窓口になっていた当時の社会部筆頭次長が、復刊に関して会社の許可を得ていなかった、ということを根拠にしています。著作権についても、すでに締結していたものでしたが、これも締結はしていなかった、と。彼は、「上司に相談せずやってしまった」という陳述書を書かされたようですが、そんなことあるわけがないでしょう。でも彼以外にも、清武班と呼ばれた僕の元部下たちが、新聞記者としての矜持を捨て去って読売の意図に沿った陳述書を書いているんです。私の告発前に、すべて許可は取れていた話なのに。七つ森書館は5人くらいの小さな出版社で、訴訟費用を考えると本当に気の毒だと思いますよ。
それから、すでに七つ森書館が勝訴した名誉権については、昔の事件なのに実名が出てくることが問題だと言い出したんです。15年前の事件なのに、実名を出すことはプライバシーの侵害に当たると。そんなことを言っていたら、田中角栄だって実名で書けなくなりますよ(笑)。ノンフィクションだけじゃなく、すべての出版物が当てはまってしまうし、新聞の縮刷版だって全部黒塗りにしなきゃいけなくなる。大新聞社がそんな馬鹿馬鹿しいことを言っちゃダメでしょう。
──ちなみに、今号はタブー破りの本特集なんですが、今回の件を踏まえ、巨人や読売、渡邉さんのタブーについて迫った本は何かありますか?
清武 読んでもらいたいのは、前澤猛さんの『表現の自由が呼吸していた時代ー1970年代読売新聞の論説』(コスモヒルズ)。前澤さんは読売新聞の論説委員だったんですが、渡邉さんと論説委員会で戦って飛ばされた人なんです。渡邉さんは「俺は裁判で負けたことがない」って豪語しているけど、前澤さんとの裁判は実質負けている。とても根性がある方だと思いますし、非常に冷静に書かれている本です。
それと魚住昭さんの『渡邉恒雄 メディアと権力』(講談社文庫)も立派な本ですね。僕は、魚住さんとは対談もしていて、単行本にまとまる予定です。
──渡邉さんの『わが人生記~青春・政治・野球・大病』(中公新書ラクレ)には、渡邉さんのプロ野球改革論が掲載されています。「プロ野球は文化的公共財だ」とも書かれていましたが、この論文をどのように感じられましたか?
清武 その続きを書いてもらいたいものですね。物事は、言い続けたり書き続けたりしないと意味がない。でも本人はすぐ忘れちゃうんです。ある時は文化的公共財だというけど、ある時はまったく逆のようなことをいう。『君命も受けざる所あり~私の履歴書』(渡邉恒雄・日本経済新聞出版社)には「私の後継者の本命が内山(斉・元読売新聞社長)君」と書いてあります。でも去年辞めさせられてしまいました。本当にプロ野球を改革しないといけないと思うなら、改革し続けないといけないんです。僕が渡邉さんを告発して9カ月です。僕がやり始めたことが広がって、おかしくなっている読売の実態をわかってもらえた部分もあると思います。でもまだまだ8カ月では短い。2年かかっても3年かかっても、最後まで続けていこうと思っています。
(文/大熊 信)
清武英利(きよたけ・ひでとし)
1950年、宮崎県生まれ。立命館大学卒業後、読売新聞社に入社。社会部記者として、警視庁、国税庁などを担当。04年に読売巨人軍球団代表兼編成本部長に就任し、11年からは、専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を務めた。著書に、『会長はなぜ自殺したか』(共著/七つ森書館)、『「巨人軍改革」戦記』(新潮社)など。
『巨魁』
清武英利/ワック出版(12年)/1600円
11年11月11日、当時読売巨人軍球団代表であった清武氏は、巨人のコーチ人事をめぐり、ナベツネこと渡邉恒雄球団会長が不当介入したことを告発した。本書では、同氏が自身の球団代表就任からナベツネに対する内部告発に至った経緯と、巨人軍、そして野球への思いを綴っている。
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