すべてが想定内の緩い試合。「代表チームのプレシーズン・マッチ」だった。
最もコンディションの良いのがロシアリーグ開幕から4試合を終えて絶好調の本田(もちろん、GKの川島もベルギーリーグが開幕している)。次が開幕直前で調整が万全の選手たち。たとえば、長友や岡崎。そして、疲労のピークにあったのが、連戦続きのJリーグ組や3大陸を股にかけての遠征に帯同したばかりの香川、それにオリンピックで6試合戦ってきた吉田などである。
この試合のテーマは2つ。まず、第一は、今野、栗原、内田が出場停止という状況で迎えるイラク戦を前に、守備陣をどう整えるかという緊急課題。ザッケローニ監督は、「これまでの序列」通りに右SBには駒野、CBには伊野波を起用した。そして、さらに「予定通り」後半には伊野波に代えて水本もテストした。駒野は、Jリーグ組としては最もコンディションが良いようで、右サイドで絶好調の岡崎とともに何度もチャンスを作り、14分には相手DFをかわして切れ込んでマイナス気味のクロスを入れ、遠藤の先制ゴールをアシストした。
右SBはベネズエラ戦には故障のために招集されなかった酒井宏樹と、この日は疲労のためかベンチで過ごした酒井高徳がおり、9月6日のUAE戦でどちらかが試される可能性は残っているが、ベネズエラ戦でのプレーを見れば、経験値も含めて、イラク戦のバックアップは駒野で決まりではないだろうか。CBは、結局、疲労のピークにいるはずの吉田が90分フル出場した。「今野が不在である以上、吉田は絶対の存在」というザッケローニ監督のメッセージがはっきり出た起用だった。そして、オリンピックという真剣勝負の場で最終ラインをカバーし続けてたくましさを増した吉田も、このザッケローニ監督の期待に応え、何度も危険な状況を救ってみせた。
吉田を90分起用したことで、吉田と伊野波、吉田と水本の2つの組み合わせを45分ずつテストしたということになる。どちらが、組み合わせとしてしっくりきたのか……。ザッケローニ監督は、吉田の意見も聴きながら最終決定をしてUAE戦で最終チェックを行うはずだ。ちなみに、ベネズエラのトップ、とくにニコラス・フェドールはスピードもパワーもあり、仮想イラクにはうってつけの相手だった。フェドールに失点は喫したが、テストできたのは幸運と考えるべきだろう。
「DFラインのバックアップの決定」という緊急課題とともに、僕が注目していたのが(前回のコラムにも書いたが)、「本田と香川」の関係性の問題だった。マンチェスター・ユナイテッドでもトップ下で起用されることになるであろう香川。その香川が、日本代表のザッケローニ監督の下では左サイドで固定されているのだ。もちろん、本田もトップ下でプレーするのが彼の適性としても、日本代表というチームを考えてもベストの選択であることは間違いない。だが、そうなると「トップ下での香川」というワールドクラスの能力が使えないことになる。第一、香川自身だってトップ下でのプレーを望んでいるのではないか。そうなれば、将来的に本田と香川という日本が誇る攻撃的MFを同時に起用できないというような事態も招きかねない。それが心配だったのである。
だが、どうやらそんな心配は杞憂だったようだ。本田という選手は、大人だった。本田が芝生に足を滑らせて転倒してしまい、パス回しが狂って、フェドールに突破を許す危険な場面があった。前半6分のことだ。すると、その直後、本田は左サイドにポジションを移し、香川をトップ下に置く形に変えた。さらに、その後の時間になると、香川がやや中央寄りにポジションを移し、本田と香川がトップ下に並ぶ「ダブル・トップ下」のような形となり、この時間帯に遠藤の先制ゴールが生まれた。中盤で長谷部が縦に送ったボールをワンタッチで本田がさばいて、そこから駒野のドリブル突破につながるのだが、右のタッチラインに近い位置に本田がいたのは、香川と本田が2列目で並列となり、本田がやや右寄りのトップ下、香川がやや左寄りのトップ下というポジションにいたせいだ。
この先制ゴールからさらに10分ほどたった時にこんな場面があった。ハーフライン手前で長谷部のパスを受けた本田が左前に向かって斜めにドリブルで突進していく。そして、左タッチラインに近い位置で本田から香川、香川から本田。そして、さらに本田から香川とワンタッチでパスが交換されたのだ。結局、最後の本田からペナルティーエリア内に入った香川へのパスのところで意思疎通がうまくいかず、パスは流れてしまったのだが、2人の日本を代表する攻撃的MFが互いを意識し、互いを使い合うプレーをした瞬間だった。
最後のパスは通らなかったので、結局ミスで終わったプレーだが、それは将来の日本代表にとってとても意味のあるミスパスだった。そして、36分、再び、今度はもう少し長いパスが本田から香川に渡り、香川が突破を試みたがDFに倒されて、しかもホイッスルも鳴らなかった場面があった。これも、突破は成功しなかったものの、将来に向けて大きな意味のあるプレーと言ってよかった。
その後も、逆に香川が本田を使う場面もあり、2人はこれまでの試合よりも近い距離でプレーを続け、互いを意識しあっていた。そして、本田は香川だけではなく、右サイドで素晴らしいプレーを続けた岡崎を使うためのパスも出したし、周囲の選手の良さを引き出そうというプレーを随所で見せたのだ。こうしたプレーは、とくにザッケローニ監督の指示だったようには思えない。選手たち、とくに本田の意思によるところが大きいのではないだろうか。
とかく「俺様キャラ」で描かれる本田という選手だが、実際には、繊細で「周囲を生かそう」という気持ちを持ったプレーヤーだ。これなら、「本田と香川が共存できない」などという状況はこれからもけっして生じないことだろう。本田と香川の呼吸が合うようになれば、日本の攻撃力ははるかに上がってくるはずだ。本田と香川の「ダブル・トップ下」、両者が入れ替わる形(本田の左サイド、香川のトップ下)、さらに香川が右サイドに張って、内田や駒野、酒井宏らの突破力を引き出す形(岡崎も左サイドでもプレーできる)と、2列目の組み合わせだけでも日本の攻撃は多彩さを増すこともできる。
というわけで、不甲斐ない引き分けに終わったベネズエラ戦ではあったものの、日本代表の将来について大きな夢を描ける1戦だった。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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