天皇杯出場を決め、記念写真に納まるFC刈谷イレブン=名古屋市港サッカー場で
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天皇杯の出場権を懸けた「県サッカー選手権大会」は二十五日、名古屋市港区の市港サッカー場で決勝戦があり、FC刈谷(刈谷市)がPK戦の末、マルヤス工業(岡崎市)を下し、三年ぶり十四度目の優勝を果たした。
FC刈谷は後半16分、MF北野純也選手の右クロスを、DF東間勇気選手が頭で合わせて先制。マルヤス工業も後半26分に日下大資選手のPKで同点にした。
その後、両チームは何度も決定的な好機を迎えたが、2点目を奪えずに延長戦を終了。PK戦は後攻のFC刈谷が4−3で制した。
東間選手は「大会前にけが人が続出していた。チーム全員で強い気持ちで走り抜いたことが勝因。僕のゴールはたまたまです」と語った。
マルヤス工業は二〇〇三年以来、九年ぶりの天皇杯出場を目指したが、浜崎滋昌主将は「自分たちらしいサッカーができた時間帯もあった。そこで決めていれば」と悔やんだ。
マルヤス工業をPK戦の末破り喜ぶイレブン=名古屋市港サッカー場で
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◆降格、主力退団…存続危機乗り越え
「サッカーをこのまま続けていけるのかと不安な時期もあった。苦しい時を乗り越えて、天皇杯に出場できる」。FC刈谷の加藤知弘監督(33)は喜びをかみしめた。
三河地方の名門、デンソーサッカー部を前身として二〇〇六年に発足したFC刈谷。しかし、〇九年に日本フットボールリーグ(JFL)から社会人リーグに降格。リーマン・ショックによる〇八年秋以降の景気後退に伴うスポンサー収入の減少や、主力選手の相次ぐ退団などで一時はクラブ存続の危機も経験した。
二十二人の選手は全員がアマチュアで、昼間は地元スポンサーの自動車部品工場や介護事業所などに勤務。平日の練習は夜間に二時間しかできない。西原拓己コーチ(34)は「スタミナを付けることができない弱点を補うために、セットプレーやパスなど戦術面にこだわった」と勝因を分析。
加藤監督は「プロを夢見て頑張っている若手もいる。JFLやJリーグのチームとガチンコで戦える舞台に立てるのが楽しみです」と意気込んだ。
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