武具の備え
7/27 勇者支援生活88日目
目が覚める。こんなに安心して寝たのは何日ぶりだろうか?隣のマギーを起さないようにベッドから出る。天蓋付きの立派なベッドだ。
「・・・また私に黙ってどこに行くの?」
「起しちゃったか。いや、おはようだな。いつもの習慣さ、鍛錬をしないと落ち着かないから。」
「そこまでいくとほとんど病気ね。いいわ、私も行くから待ってて。」
「いいのか、脳筋の塊みたいのしかいないから嫌いだって。」
「なんとなく慣れたわ。ガイラとかサイモンとか筋肉の塊だけど、嫌いではないわ。それに見たいことがあるの。」
「そう、じゃあ玄関で待ってる。」
部屋からでて屋敷の廊下を歩く。すれ違う使用人が笑顔で会釈をしてくるのでそれとなく返す。玄関にて執事のシャッテンブルグが待っていた。全部知られているようでなんとなく照れくさい。形式的な挨拶の後の不意打ちがきた。
「ケルテン殿、屋敷の者全てを代表して御礼申し上げます。」
「とくに何もしてないよ、いや君達からしたらよからぬことしかしてないような・・・。」
「ひさしぶりにお嬢様の笑顔を見ることができました。」
「そうか、マギーはそんなに沈んでいたのかい。」
「はい、例の漆黒の騎士の件以来、ずっと籠もりきりで何か悩んでいました。」
「ふむ、それも俺のせいかも知れないけど、それでもいいのかい?」
「お嬢様があなたの為に悩んで喜ぶのなら、それについて我々から申し上げることはありません。」
後ろでわざとらしい咳が聞こえた。
「シャッテンブルグ!私のいないところで勝手なこと言わないで!」
「失礼いたしました。それでは私は失礼致します。ケルテン殿、お嬢様をよろしくお願いします。」
マギーが俺の手を引っ張って玄関からでる。
「もう!皆して私を子供扱いする。ケルテンも子ども扱いしたら許さないわよ!」
「してないよ。まったくそんな気はない。」
この話題はやばそうなので逃げるように歩く。
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ひさしぶりの訓練所だ。中央に人だかりができている。よく見るとアレフを中心に人が輪を作っているようだ。アレフが困った顔をして質問に答えている。俺を見つけると助けを求めるように話かけてきた。
「おはようございます。今日はマギーさんも一緒ですか?」
その場の視線が俺に集まる、次の瞬間に後ろのマギーに視線が移った。
「ああ、おはよう。マギーが見たいことがあるそうだ。」
「そうですか、それで何を見たいのですか?」
うまく話題が逸れたアレフが逆に質問する。
「弓とクロスボウを見たいの。誰か持ってきてくれない?」
俺が俺がと皆が騒いでいる。収拾がつかなさそうなので口を挟む。
「ジョルジョ、頼めるか?」
「はい、では持ってきます。しばらくお待ち下さい。」
「ああいいよ、それと皆さん、ここは訓練所です、雑談所ではありません。手が空いているなら誰か私と手合わせ頂けませんか?」
途中から口調を変える。蜘蛛の子を散らすように人が散らばった。
「ケルテン、あなた相当恐れられてるのね。」
「失礼だな、俺はこんなに紳士なのに。」
そこにジョルジョが戻ってきた。話が聞こえていたようで少し笑っている。
「持ってきましたよ。何をしましょうか?」
「とりあえずどこでもいいから、両方とも撃ってみて。」
言われたジョルジョが弓を構えて、20m先の的を狙う。放たれた矢は的から外れた。続けてクロスボウを構えて放つ、的に当たった。マギーがじっと見つめている。
「すみません、弓は得意ではありません。こっちならまだ自信があるのですが。」
クロスボウを片手にジョルジョがそう言った。
「その様ね。いいわ、ちょっと貸して!」
「ちょっと待って、今まで扱ったことはあるのか?」
「あるわけないじゃない。あったらこんなことしてないわよ。」
「アレフ!その辺の奴等全員に盾を持たせろ。怪我人が出るぞ。」
俺が大声で警告を出すと、近くで見物していた者が急いで盾を構えた。気づいていなかった者もアレフに言われて慌てて盾を持ち出す。撃つ本人が怪我をしては困るので、俺が後ろに回って一緒に弓を構えることにした。
「いいかい、このまま後ろに引いて、放してっ!」
放たれた矢はでたらめな方向に飛ぶ。人には当たってない。
「当たらないじゃない。」
「当たり前だ。かなり練習しなくてはまともに撃つことすらできないよ。」
「そう、簡単そうに見えるけど。いいわ、じゃあクロスボウを貸して。」
少し避難していたジョルジョが出てきて弓とクロスボウを交換する。すでにクォレルはつがえてある。
「まだ下を向けたままだぞ、絶対人に向けるな。」
「うるさいわね、わかってるわよ。こう構えて引き金を引けばいいのね。」
マギーが立ったまま的に向かって構える。引き金を引く、的からは外れるが近い所に刺さった。見ていた者達からほっとしたような声が上がる。
「なるほど、これなら私でも撃てるわね。昨日言ってた意味が解ったわ、それで矢はどうやってつがえるの?」
「えっ!まだやるの?」
「やっちゃ駄目なのかしら?」
「いや、駄目じゃないけど・・・。分かったよ、まずここに足をかけてこっちの弦を引っ張る。できる?」
マギーがクロスボウに右足をかけ、屈みこんで弦を引っ張ろうとする。周りからおおっ!と歓声があがった。それもそのはず、豊かな胸を強調するかのように屈んでいるのだ。
「マギー、俺がやる。君のその格好は刺激が強すぎる。」
クロスボウを取り上げてクォレルをつがえる。それを渡すと再び的に向かって放った。的には当たらない。
「もういいだろ、危ないからもう止めよう。」
「危ないってどういう意味よ。まあいいわ、そんなに言うならもう止めてあげる。」
ちょっとふくれっ面で俺に渡す。クォレルをつがえて手にする。
「こうやってつがえれば誰が撃っても同じ強さのクォレルが飛んでいく。ただ誤射の危険があるのでこの状態では人に向けてはいけない。それと撃つときは安定させるためにこう顎につけて撃つ。もっと安定させたいなら膝立ちになるか、うつ伏せで撃ったりもする。何かの上に置いて撃ってもいい。これだけ気をつければ誰でも撃てるし、そのうちコツもつかめる。」
「なんとなく分かったわ、でも私は魔法の方がいい。」
「ああ、そうしてくれ。見てるこっちの方が怖い。」
そう言ってから無造作に的に向かって撃つ。クォレルが中心に突き刺さった。マギーが呆気にとられている。周りで見ていた連中からも感心したような声がする。
「何でもできて気持ちが良さそうね。うらやましいわ。」
何か棘のある言い方だ。
「この距離なら外すことはない。言っただろう、街にたくさん用意させたって。その時に散々練習をしたのさ。俺が使えなければ用意させた面目が立たない。」
「まあいいわ、そういうことにしてあげる。」
話題を変えるべきだな。
「ジョルジョ、悪かったな。これは返しておいてくれ。」
「はい分かりました。それと一つ報告したいことがあります。」
「なんだい?」
「正式に近衛騎士に推挙されました。これもケルテン殿の教えのおかげです。」
「俺は何もしてないよ。君が騎士に相応しいと判断されたんだろう。でも誰の推挙だい?」
「ローゼンシュタイン殿です。」
「ああ、サイモンか。あいつもたまにはいいことをする。」
「ええ、感謝しています。それとケルテン殿にも御礼を言いたかったのです。」
「そうか、よかったな。困った騎士にだけはなるなよ。」
「胆に命じておきます。」
それだけ言うとジョルジョは立ち去った。やっと鍛錬ができる。俺は空いた場所を探して刀を振る。ここで鍛錬を行なうのは久しぶりだ。横でマギーがしゃがみ込んで見ている。そんな雑念も刀を振っているうちに消えた。
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鍛錬が終わって朝食をとる。兵舎の食堂に連れて行くわけにはいかないので、城下街にでた。アレフに聞くと、ガイラはまだ宿屋にいるそうなので宿屋へ行くことにした。
「それにしてもその鎧ひどいわね。買い換えたらどう?」
改めて自分の姿を眺める。確かにひどいな、胸や篭手の一部が裂けて中のミスリルが見えかけている。
「これは一品物で買い換えることはできない。」
「そう、どこで作ったの?」
「自作だよ。」
「・・・相変わらずなんでもできるのね。アレフ知ってた?」
「ええ知ってますよ。ガイラの篭手もケルテンさんの作品です。」
「そういえばそうだったわね、修理ができるぐらいだと思ってたわ。」
「今回は新しい素材が手に入ったから、今よりいいものが作れる。実に楽しみだ。」
「新しい素材?」
「ああ、ドラゴンの素材だ。鱗を使うか、皮を使うか、ガイラと相談だな。」
「でも街の前で倒したドラゴンはもったいなかったですね。全部メルキドに差し上げましたから。」
俺は気絶していて忘れていたのだが、目が覚めた後で区長に無くなった人や強制招集した人への手当てに使わせてもらいます、と言われて断ることなどできなかったわけだ。
「まあ仕方がないさ、これからの防衛に必要になるし・・・。」
「防衛に必要ってどういうこと?」
「うん、鱗を使って盾を作るんだ。ああ盾といっても手にもつ奴じゃなくて、立てかけて使うやつね。それと骨とか牙で鏃とか槍先を作ってもいいな。」
「加工できる物なの?」
「難しいね。でもそこまで責任もてないな。さあもう宿屋だ、まず食事にしようか。」
扉を開けて宿屋に入る。ここに来るのも久しぶりか、俺の顔を見つけた宿屋の親父が声をかける。
「おお、お前さん大活躍だったってな。こいつに聞いたぜ。」
飯を食っているガイラを指さして言った。
「まあその話は後だ、飯3人分な。急いで頼む。」
「おう、ちょっと待ってろ。」
親父がカウンターの裏に入った。俺達はガイラと同じテーブルに座る。
「昨日も酒宴だったのか?」
「ああ、いろんな奴に誘われてな。俺断るの苦手だろ。」
「ガイラは断るのが苦手じゃなくて、断る気がないだけです。」
「アレフ、正解だ。この馬鹿は死んでも治らない。」
マギーが横で笑っている。こんな光景も慣れたようだ。しばらくすると朝食が運ばれてきた。結構な量である。
「ちょっと多くない?」
「まあ、冒険者向けの宿屋だからこんなものだね。余ったら誰か食べるよ。」
食べながらこの前の冒険譚を話す。宿屋だけに皆聞き上手だ。
「学者、それで俺とお前の鎧はどうする?」
「ドラゴンの鱗と皮はとってあるな?まさか売っぱらってないよな。」
「僕が預かってます。飲み代に化けたら困りますから。」
「そうか、鱗一枚でいいから持ってきてくれないか?」
アレフが部屋に向かって走る。速攻、竜の鱗を手に戻って来た。手渡された鱗に懐から出したナイフの先端を当てる。ほんの少ししか傷がつかない。
「やっぱり硬いな。これを加工するのは大変だ。」
「じゃあどうする?」
反射的に聞いてきたガイラを無視して、今度は俺の刀を抜いて先端を当てる。軽い力で傷が入った。これならいける。
「ミスリルでできた道具を作ってもらうか。」
「おいおい、お前ら何とんでもないこと言っているんだ?」
宿の親父が口を挟んできた。
「そういえば知らなかったか、俺のこれはミスリルだ。アレフの盾もそうだ。ガイラの武器もな。」
「・・・・・・何をさも当たり前みたいに言ってるんだ。」
「秘密にしておいて下さいね。ではラオフへ行きますか?」
「そうするか、温泉で療養するのもいい。」
「おっと、ならちょうどいい。一つ頼まれてくれないか?」
宿の親父がまた口を挟んだ。
「なんだ、護衛の依頼でも入ったのか?」
「その通りだ。昨日からの客なんだが、ラオフの村まで護衛してほしいと依頼された。こんな時勢なので受けてくれる冒険者などいないと、言ったんだけどな。それなら5000Gまで出すと言って聞かない。お前らがラオフに行くなら頼まれてくれ。」
「俺は構わない、お前らはどうだ?」
「ガイラ、当たり前のように返事をするなよ。」
「僕も構いませんよ。」
「アレフ、そこは少し渋るとか、報酬の交渉とかするものだ。まあいいさ、受けてやるよ。」
「すまん、恩に着る。これは俺のおごりでいいから。じゃあ依頼人を連れてくる。」
依頼人を向かえに二階に駆け上がっていった。気分は上々の様だ。
「フフッ!食事代が浮いたわね。よかったのかしら?」
「気にしなくていい。5000Gの報酬なら、仲介料の1割つまり500Gがあの親父の懐に入るからね。」
「へえ~、それなら奢りも解るわ。」
依頼人の男を連れて戻ってきた。見たことのある男だ。
「紹介します、鍛冶のリヒャルトさんです。」
「ああ知ってる。ヘンドラーの武器屋だった人だ。」
「何だ、知り合いか。」
「僕の武器と盾を売ってもらいました。しかし店の武具を全部無償で提供したと聞きましたが、よろしかったのですか?」
アレフが申し訳なさそうに質問する。
「あいつらな、碌な武具も持たずに戦に出ようとしてやがった。見てられなくて、それで全部放出した。全部なくなった店を見てたら、ここには何の未練もないことに気づいて街を出てきただけだ。行きたい所は決まってたからな。」
「そうですか、ではラオフまで僕が送ります。よろしいですか?」
「よろしいも何もこっちから頼むさ、アレフ。」
アレフとリヒャルトが硬い握手を交わす。妙に波長があった二人だな。
「まあ、ついでの話だ、皆で行くよ。」
「じゃあ、私もついて行くわ。いいわね?」
語尾に強い口調、これは何を言っても聞かないパターンだ。アレフとガイラがニヤニヤしている。
「分かったよ、なら今回は馬車を用意してくれるか?」
「いいけど、でもどうして?」
「今回は護衛がいるから、いつもの様に突っ走る訳にはいかない。あれは普通の人には酷だからね。」
「いいわ、じゃあ昼までには準備させるわ。それでいいわね?」
マギーが依頼人のリヒャルトに確認する。リヒャルトが困惑した顔をしたまま首を縦に振った。
「じゃあ、私は一旦屋敷に戻るから、ここで待っててね。」
それだけ言い放つと嬉しそうにマギーは出て行った。
「いいのか?結構いいところのお嬢様みたいですけど、俺ごときに馬車までだしてくれて?」
「いいところのお嬢様どころか、れっきとした伯爵家のご当主様だよ。まあ当人が喜んでやるって言ってるんだ。断る理由もないさ。」
「はあ・・・。」
困惑する二人に俺達三人は笑っている。また一緒に旅ができるのだから、それは楽しいものになるだろう。
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