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事の顛末
 ノイエブルクに朝が来る。そこに異変が見つかった。一人の侍従が国務大臣の執務室に駆け込んでくる。

「大変です、王女様の部屋に異変です。」

「なんだとっ!どういうことだ!!!」

「分かりません。毎朝の掃除に入りましたところ、寝具がなくなっているのを発見しました。」

「案内せよ!私自ら行く!」

 その侍従が大臣を連れて城内を走る。そのあまりの剣幕にすれ違う人が割れる。ローゼマリー王女の部屋の扉を開けた。天蓋付きのベッドにあるはずの布団がない。

「なんだ、これは・・・説明せよ!」

「いえ、私はいつもの様に朝のベッドメイキングに入っただけです。その時にはこうなっていました。」

「ぬう、もうよい!昨晩の見張りは何処だっ!?」

 その怒声に外に立っていた近衛騎士二人が慌てて近づく。

「我々は朝からです。昨夜の者は交代しておりません。」

「すぐに連れてこい!」

 一人がすぐに早足で離れる。しばらくして先ほどの騎士に連れられた眠そうな騎士二人と近衛騎士隊長がやってきた。

「こんな朝早くからどういたしましたか?」

「どうしましたかではない、近衛騎士隊長どの。これを見たまえっ!」

 アイゼンマウアーと二人の騎士が部屋を覗き込む。

「寝具がありませんな。侍従どのが片付けたのですか?」

「いえ、私が入ったときにはすでにありませんでした。」

「それは不思議ですな、それだけですかな?」

「分かりません。」

「では侍従殿、調べてください。なるべく他の者は立ち入らぬ様にしましょう」
 
 侍従が机、鏡台、箪笥を調べる。いくつかの箪笥が調べられた後に報告する。

「いくつかの衣服がなくなっています。盗まれたのでしょうか?」

「それは確かですか?勘違いということはないでしょうね。」

「間違いございません。侍従を務めて30年、どこに何があるかははっきりと分かっています。」

「では盗まれたと考えるべきでしょう。お前達、昨晩に異常はなかったか?」

「いえ、特に異常はありませんでした。」

 連れてこられた騎士二人が互いに顔を見合わせて答える。顔を真っ赤にした大臣が怒鳴る。

「現にこうして盗まれておる!近衛はたるんでおるのではないか!近衛騎士隊長どの、なんらかの責任は取っていただけないといけませんな。この件は陛下に報告します、よろしいですな!」

「仕方ありません、そうして下さい。」

 大臣がどんどん足音を立てて早足で立ち去った。

「隊長、申し訳ありません。」

「嗚呼、私に任せておけ。お前達に悪いようにはしないから控え室に戻りなさい。」

 アイゼンマウアーの手が近衛騎士の背を軽く押す。肩を落とした騎士が足を引きずるように戻っていった。

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 ラダトーム城 謁見の大広間
 ライムント16世が王座に座っている。左に国務大臣、縦に文官が並ぶ。反対側には誰も立っていない。国王の眼前に近衛騎士隊長と近衛騎士2名が片膝をついて控えている。

「陛下、誠に残念な報告をせねばなりません。」

「残念とな、しかしなぜ近衛騎士隊長がそこにおるのか?」

 ライムント16世の問いにも、顔を伏せたままのアイゼンマウアーの顔色は一切変わらない。

「それはこれからの報告に関わりあることでございます。昨晩ローゼマリー王女の部屋に盗賊が入りました。王女の衣服や寝具の一部が盗まれています。その警備を行なっていた者と警備の責任者でございます。」

「そうか、余の未練のせいでこの者達が罪を負う結果になってしまったか、すまぬな。」

 国王の意外な一言に国務大臣があせった。

「えっ!いえ、陛下。そういう問題ではありません。警備の職にある者の怠慢にて盗難を防ぐことができなかった。そのことに罪がございます。」

「そう言うてやるな。誰もいない部屋の警備など緊張感を持ってできるものでもあるまい。」

「恐れながら申し上げます。」

 近衛騎士隊長アイゼンマウアーが直言の許可を得る。

「大変ありがたいお言葉ですが、陛下の御意志に添えなかったのは私の罪でございます。綱紀粛正の為にも罪に相当する罰を賜える様お願い申し上げます。」

「そっ、その通りでございます。罪に対する罰をおろそかにしては国家の根幹に関わります。」

 国務大臣としては罪がなかったことになりそうな雰囲気に困惑していた。、そこに罪人である近衛騎士隊長自身の告発があり、それに同調する形で断罪する。

「そうか、近衛騎士隊長自身がそう言うのなら罰せぬわけにはいかぬか。しかしその罪に対してどの程度の罰が相当するのか分からぬな。国務大臣、そなたはどう思うか?」

「はっ!警備担当の者は2週間から1ヶ月の登城停止、責任者である近衛騎士隊長は3ヶ月から半年の俸給の返上で如何でしょうか?」

「なるほどのう、流石国務大臣のさじ加減は上手であるな。近衛騎士隊長、それでどうだろう。」

「恐れながら、罪は私だけに留めていただきたい。どうか部下には緩怠な処置を。」

「何を馬鹿なことを!せっかくの陛下の温情に異議を唱えるか!」

 自身の意見を否定された大臣が憤慨する。

「いえ、何と言われましても聞けませぬ。ここ2ヶ月で近衛騎士のうち11名を失い、さらに2名を失うことはできません。これも全て私の指導力不足故にございます。」

「ではそなた一人でどう責任を取るのだ?」

「指導力の足りない者では隊長の任は務まりません。それ故に私は近衛騎士隊長の任を辞するつもりであります。」

「しかし、現役、それも後任も決まらぬうちに近衛騎士隊長が辞任するなど前例がない。」

 あまりのことに大臣が動揺して、異論を述べる。ライムント16世と近衛騎士隊長アイゼンマウアーの視線が交わる。アイゼンマウアーの真剣な目にライムント16世がふっと笑みを浮かべた。

「辞めたいと言う者を止めるのは無理であろう。その願い聞き入れてやろうではないか。それで他の者は一切不問、余はそれで構わぬ。」

「はっ!ありがたき幸せ。」

「しっ、しかしそれでは・・・いや、どうしていいのか・・・・・・・・・」

 大臣も困惑が過ぎて何を言っているのか解らない状態になっている。

「もうよい。余が決めたことだ。アイゼンマウアーよ、長いことご苦労であった。もう下がってよいぞ。」

「はっ!では失礼いたします。」

 最後に大きく頭を下げるとアイゼンマウアーが大広間から退場した。さらにその後について二人の近衛騎士も退場する。その場に残された者は重い雰囲気に言葉を発することもできずにいた。

「そなたらも下がってよいぞ。もう用件は済んだであろう。」

 ライムント16世の言葉に救われた文官たちが退場した。最後に退場しようとした国務大臣に声がかかる。

「国務大臣、そなたは残るがよい。」

「はい、何用でしょうか?」

 全員が完全に退場するまでライムント16世は口を開かない。大臣もそれは分かっているので同じく口を閉ざす。そして二人だけが大広間に残された。

「そなた、ならぬぞ。」

「はて、何がでしょうか?」

「退役した近衛騎士隊長がどんな形であろうとも、すぐに死すようなことはあってはならぬ。」

「おっしゃる意味が解りません。」

「そうか、ならばよい。つまらぬことを言った。下がってよいぞ。」

「それでは失礼致します。」

 国務大臣が不満そうに立ち去る。王座に残ったライムント16世が一人呟く。

「何が起こるのかさっぱり分からぬ。さてこの戯曲を書いたのは誰であろうか?できれば最後までこの戯曲をみたいものだ。」

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「なんで隊長が辞めなければならないのですか!?」

 近衛騎士の中でも最も遠慮がなく声が大きいサイモンの声が控え室に響く。その言に半数の近衛騎士が頷く。

「それは私に罪があるからだ。」

「しかし、あの様な軽微な罪で辞めることはないでしょう?」

「いや軽微ではない。それにそれを決めるのは私自身だ。」

「でも隊長の代わりなんていません!力量でも人格でも隊長に匹敵する者などいません。」

 アイゼンマウアーの言葉の正確な意味は誰にも理解できない。サイモンが必死で食い下がる。半数ほどの近衛騎士もそうだ、そうだと口にする。残る半数はそうでもないようだ。

「後任に関しては陛下と国務大臣が決定するであろう、それに従うべきだ。それに私が辞めることに納得しておる者もおるようだ。やはり辞めることを決めたのは間違ってはいない。」

 周りを見渡したアイゼンマウアーの視線を避ける者達がいる。それは貴族階級にある者達、サイモンにはそれが腹立たしく感じられた。

「私のことはもういいだろう。いま近衛騎士そのものの存在に疑念が生じている。瑣末なことで内紛をしている場合ではないだろう。近衛騎士は陛下にのみ従う、その本分を忘れるではない。ではしばらくは引継ぎ事項を書類にせねばならぬので部屋にこもる。誰も邪魔をしてくれるな。」

 それだけ言うと近衛騎士の隊長室にアイゼンマウアーが入る。近衛騎士控え室になんとも言えない暗い空気が漂っていた。

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 荒野野中、馬車を疾走させている。

「もう少しで日が暮れるな。馬車を止めるぞ。」

「ええ、そうしましょう。この子達ももう限界だわ。無理しすぎじゃない?」

「なるべく急いで戻りたいからな。馬には治癒魔法でもかけてやるさ。」

「治癒魔法を馬に使うなんて聞いたことないわ。」

「まあそうだろうね。それはいいとして、荷物は何があった?中身は確かめたんだろう?」

「布団上下が一式、枕一つ、替えのシーツが2枚、寝巻きが3組、下着も3組、普段着ていた服が一式、そんなところかしら。」

 マギーが上目遣いで指を折りながら答える。

「急の話にしては十分だな。しかしどうやって用意したのだろう?無茶してなければいいけど。」

「そうね・・・・・それよりさっきの宝石を見せてくれるかしら?」

「ああ、これだ。」

 腰の袋から取り出して渡す。その見事な宝石にマギーの目が丸くなる。

「これすごいわね。さっきも見たけど手にしてみると圧巻ね。これが炎の宝玉って本当?」

「間違いない、ものすごい魔力を感じる。それに隊長が持っているのは予想していた。どうやって受け取るかが問題だった。これほどの物だ、ただ下さいと言って貰える物ではないだろう?」

「確かにそうね。魔法の品としてでなくても宝石としての価値も想像できないわ。でもなんで隊長が持っていると思ったの?」

「勇者が3人の友に託した神器だ、一つは僧侶、一つは賢者、そしてもう一つは戦士の家に代々引き継がれていると考えていいだろう。隊長は武具から戦士の家柄と分かっていたからね。」

「まあ、そうね。じゃあこれで後一つね。」

「う~ん、それがそうでもないんだよな~。」

「どういう意味?」

「賢者の子孫は偏屈でね。勇者の証を持って来いと言っているんだ。前にアレフとガイラがそれで追い返された。」

「何よ、それ!」

「まあいいさ。当面の問題から処理しよう。マギー、今日からは不寝番もやってもらうよ。」

「分かったわ、まず食事にしましょう。」

 それから馬車に積んできた食事を取る。今回は人数が少ないのと馬車からあまり離れたくないので携帯食料を3日分積んできている。あまりおいしくない、いやまずいと言うべき物だが贅沢は言ってられない。それが分かっているのか、マギーも文句を言わなかった。


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