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駅への備え
7/18 ノイエブルク城下町 中央広場
 男の首が晒されている。その横には不名誉印を刻まれた黒い鎧が置いてある。立て板には男の身元、罪状が書かれている。通りがかる者は唾を吐きかけるか、石を投げつける。無念そうな男の首は何も言わない。

 昼過ぎの近衛騎士控え室で雑談をしている者たちがいる。

「ステファン、お前褒美を固辞したのは本当か?」

「本当ですよ、サイモンさん。これでやっと全てが決着した、そう言ってお断りしました。元とはいえ自分の主人を討って手柄を得るなんてできません。騎士の手柄は戦場で立てるものです。」

「ふ~ん、なるほどなあ。お前真面目だな、貰える物はもらっておけばいいのに。」

「そういう貴官も貴族らしくないですね。男爵の家系ですのに。」

「ああ、くそ真面目な兄貴に反発して結構悪いことばっかりしてた。最初はわざと悪く振舞ってたが、いつの間にか板についてしまった。まあその頃の経験が今になって生きている、なんとも皮肉な話だ。」

 サイモンが頭をかきながらそう言う。ステファンがそれを見て微笑む。

「貴族らしくない貴族に、騎士たろうとする騎士ですか。私はこのスタイルを貫きます。せっかく陛下に頂いた生命です。陛下の御意の為に使用致します。」

「そうだな、お前はそれでいいと思うぜ、俺は俺のままでいい・・・。それはそうとお前結構使えるな?」

「何がですか?」

「いや、剣の腕だ。この間のケルテンとの模擬戦でそれなりに使えると思っていたが、あれほどとは・・・それも長年あいつに強さを隠していたのだろう?」

「ええ、あの方は負けることを極端に嫌っていました。それでお手合わせする時はそうと分からない様に手加減をしていました。もうそうする必要もなくなりましたが・・・。ケルテンというのはあの時の特務隊士の方ですね。」

「ああそうだ、俺のダチだ。俺に土をつけた数少ない内の一人だ。普段は優しそうにしてるが怒らすと容赦無い。お前も聞いているだろう?ギルベルト殿下を牢屋に放りこんだ話を。」

「噂でしか聞いていません。あの話は内密になっていますから・・・そうですか、あの模擬戦、違いますね、一方的で理不尽な五番勝負の時は、確かにかなり怒っていました。まさか木とはいえ盾や剣を斬り裂くとは信じられません。」

 サイモンが自虐的にフッと笑った。

「あれな、この城で一番先にやられたのは俺だ。あいつの新人テストに乱入した時だ。俺が卑怯な手で一本取ったらお返しと言わんばかりにやられたよ。」

「卑怯な手とは、何をされたのですか?」

「剣を合わせた次の瞬間、こう蹴りを入れてやった。」

 そう言いながら、蹴りを見せる。

「それは酷い。実戦ならともかく兵士の試験でやることじゃありませんね。」

「その通りだ。あいつが他の新人を相手に上品に立ち回っているのが癪に触ってな、思わずやってしまった。」

「それでどうなったのですか?」

「ああ、澄ました顔で立ち上がって二本目の勝負を促した。盾を捨てたと思ったらいきなり電撃の魔法、それで仰け反ったところに同じく蹴りが来た。」

「それはそれは、貴官の自業自得ですよ。」

「まあそうだな。まさか魔法も使えるとは思わなかったからな。三本目は魔法を警戒して飛び込んだら、あの抜き打ちだ、嫌な予感がしたのでむりやり踏ん張って止まったところに、追撃で盾ごと左腕をもっていかれた。ひびが入ってたな。」

「あの抜き打ちには驚きました。剣を落とされるまで一瞬でした。初撃だけとはいえよく避けることができましたね。」

「それが只の勘なんだ、ちなみにその後来た近衛騎士隊長は、鼻先で見切って上段から寸止め、一合だけの勝負とはいえ、あれよりすごい勝負は見たことがない。」

 ステファンがしきりに感心している。自分の手を使ってそれっぽく再現する。

「あいつが戻ってきたら、朝6時に兵舎の訓練所に行くといい。面白いものが見れるさ。」

「楽しみです。さあ今日も職務に励みましょう。城下街の巡回頑張りましょう。」

 そう言ってステファンが立ち上がる、近くで聞いていた騎士も立ち上がった。

「そういうのは小隊長である俺の号令なんだけどなっ!まあいいや、よし行こう。」

 日の光を浴びて街を巡回する4人の騎士に後ろめたいことは一つもない。胸を張り堂々としたその姿はまさに近衛騎士だった。

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 ガイラの飛礫が赤飛竜を落とす。鎧騎士と対峙していたアレフが一歩下がってIncursu(電撃)でメイジキメラにとどめを指す。間を詰めようとした鎧騎士にガイラの拳が叩きつけられた。

 見事はコンビネーションだ。二人とも自分のできることを把握して、やるべきことをやっている。俺はというと馬上で肘をついて見ているだけだ。しばらくすると掃討し終わった二人が戻って来た。

「学者、お前も戦えよ!」

「馬鹿言え、俺は勇者支援官として後方支援の任に努めているだけだ。お前が戦いの愉悦に勤しんでいる間に馬がやられたらどうするんだ?」

「なに、俺のライはそんな柔じゃねえ。」

「お前一人ならそれでいいだろう。だがアレフや俺の馬もいるし、荷物を運んでいる馬もいるんだ。まだ先は長い、馬を失いたくはないだろう?」

「ガイラ、いいじゃないですか、あの程度の敵なら二人だけで十分ですよ。」

 アレフが横から仲裁にでる。ガイラが不満げに言う。

「あ~あ、これだからこの師弟はかわいくねえ。理屈っぽい師匠に優等生の弟子、俺の立場がねえ。」

「言ってろ、さあ先を急ぐそ。」

 馬を引き渡して先頭にでる。ガイラが不承不承ついてくるのが判る。

「まだまだ先は長い。それにゴーレムとの戦いもあるんだ、この程度で文句を言われたくないな。そのゴーレムだが・・・やはり一度転ばすしかないな。あの巨体だ、足をちまちま攻撃しても意味が無い。」

「どうやって転ばす?」

「そうだな・・・・落とし穴かワイヤートラップか、どちらにしても罠を仕掛ける時間がない。」

「なら誰かが気を引いている間に罠をはるか。ワイヤートラップなら俺がやってもいいぞ。」

「自分で言っておいてなんだが無理だな。そこまで丈夫なワイヤーがない。この間の爆発の魔法で足元に穴でも開ける。うまく行けば足を取られて転んでくれるだろう。まだセンドラーまで時間はある。もう少し熟慮するとしよう。じゃあ少し急ぐぞ、雨が降ってきそうだ。」

 話を打ち切って、馬の足を速める。雨が来る前に濡れない場所を探そう。濡れると体力の消耗が激しくなる。
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7/19 ラダトーム城下街
 再び城下街が恐怖に震える。昨晩の間に起きた無差別撲殺事件、犠牲者は先と同じく流民十数人。容疑者は不明・・・晒されていた黒い鎧に返り血がついていた。近衛騎士達が立ちすくむ。

「これはどういうことだ。まさかこいつが動き出して殺してまわったとでも言うのか!」

 サイモンが手にした剣で血だらけの鎧を突付く。なんの抵抗もなく鎧が崩れ、ガランと音を立てた。

「まさか、これは犯罪を誤魔化す為に血をかけたのでしょう。」

「常識で考えればそうだな。その証拠に今はこの通り少しも動かぬ。外で戦った鎧の魔物だったら反撃ぐらいしてくるだろう。」

 近衛騎士達が重く沈む。戦場での不名誉から始まった連続事件、いつになったら終わるのか見当もつかない。

「言っても詮無いことだが、あの五番勝負の時もっと痛い目にあわせておけば良かったのかもな。そうすればあいつが出撃することもなかったかもしれん。いや、そうじゃない、これは近衛騎士全体の問題だ。」

「そうですね、それを言ったら私があの方に手加減などしなければ、己を理解してもらえたかもしれません。私は自分の身がかわいいばかりに偽ったその結果とも言えます。」

「それこそ言っても詮無いことだ。もう過去のことは忘れよう、とりあえず今晩からの巡回を強めるように隊長に進言してみる。こんな時にあいつがいてくれたらなあ・・・何か解決策を考えてくれそうなんだが・・・。」

「特務隊士殿ですか?そんなことまでできるのですか?」

「ああ、戦う学者、そんな異名を持っているそうだ。魔法、魔物、歴史、アイテムなどの全てに亘った知識がある。どこでそんな知識を得たのか知らんが頼りになるな。強さだけで特務隊士になったわけじゃない。」

「なるほど、強さにはいろんな強さがあるんですね。」

「ああ、戻ってきたあいつに馬鹿にされないように解決しておくぞ。」

 そうだ、あいつの真似をするか、確か言っていたな・・・必要なら何でも使う。それが権力だろうが、暴力だろうが関係ない、ただ自分より弱い立場の者を虐げることだけはしない・・・か。そうだあいつを見送ったときの3人で相談しよう。みんなあいつに負けたくないはずだ。

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 いつも通りマギーは図書館で魔術書を読んでいた。付箋の数はさらに増えた。書き込むわけにはいかないので別のノートに書き写す。その時図書館の扉が急に開いた。慌てて魔術書を片付ける。

「すまんな、嬢ちゃん。困ったことがあって相談にきた。」

「なによ、近衛と特務隊士が揃って困ったこととは?でも珍しいわね、ここに近衛がくるなんて何時ぶりかしら。」

「そりゃあ、馬鹿は嫌いと高らかに公言した筆頭魔術士どのが悪い。」

「筆頭魔術士なんて呼ぶのは止めて!それと嬢ちゃんも止めてよ。私にはマギウスと言う名前があります。マギーでいいわ。」

「分かった。じゃあマギー、相談ごとだ、ケルテンが戻るまでに片付けたい。多分あいつがこの顛末を知ったら責任を感じるかもしれん。」

「責任、何のこと?ここにいないケルテンに何の責任があって?」

「例の不名誉騎士の件だ。実はあの事件の前にケルテンとやりあっている。まあ、いつものようにとっちめただけだが、その後であのざまだ。」

 サイモンが一通り説明する。マギーがしかめっ面で言葉を返した。

「そうね、責任を感じるかもしれない。」

「そこでサイモンと相談して、3人で解決しようとここにきた。研究に励んでいるところを悪いが手伝ってもらう。」

「いいわ、あの人が帰ってくる前に解決しましょう。もしできなくて帰ってきたあの人に簡単に解決されたらくやしいわ。それで何がどうなったの?」

「これは近衛騎士の問題だ。俺が説明する。
・・・・・・・・・・・・・・というわけだ。それで真犯人を探し、事件を終わらせる。」

「なるほどね、あの話にさらに続きがあったのね。」

「そうだ、俺も大臣からも早急な解決を頼まれている。それは近衛騎士もそうだろう?」

「ああ、近衛騎士の不名誉から始まった話だ。騎士の名誉の為に解決する、そう張り切っている者も多い。だが俺達にできることは巡回と訓練しかない。だから外の意見が聞きたい。何かあるか?」

 聞かれたマギーが首を捻って考え込む。時折手元の紙に何か書き込む。ほうっ!シュミットがそれを見て好色な顔を見せた。

「じゃあ聞くわ、まずこの黒く染まった鎧は鎧の魔物と同じと考えてよいのかしら?」

「ああ、そうだ。普通の悪魔の鎧には不名誉印はないがな。実際戦った魔物も、戦場で死んだ騎士や兵士の甲冑や身体からできている。鎧の形状、ついた傷から分かることだ。

「大体ケルテンから聞いている通りね。次にこの前の斬殺事件の時は人間だったの?それとも魔物だったの?」

「元従士の騎士と普通に会話していた、俺が証人だ。」

「間違いなく死んだのね?」

「ああ、首を落とされて生きていられる人間はいない。」

「よく似た人とか替え玉とかそういうことはない?」

「ない。あの会話は本人達でなくてはありえない。」

「とりあえず、今夜も巡回するのね?」

「もちろんだ。これ以上の被害はだせない。」

 マギーがここまでを紙に書き留める。それから一息ついた。

「現時点でできることはそれしかないわね。ならその鎧を見張って貰えるかしら。」

「もちろんすぐ横で見張ることになっている。馬鹿馬鹿しいという意見もあるが。」

「馬鹿馬鹿しいついでに、その見張りは鎧から隠れて行って下さい。もし動くのなら見張られていては動きづらいでしょう。」

 サイモンとシュミットが思わず顔を見合せ、同時にため息をついた。

「他の奴には任せられないな。俺がやる。」

「そうか、俺も手伝おう。大臣から厳命を受けている。やらざるを得ない。」

「では結果については教えてください。いつもここにいますから。場合によっては次の手をうちます。」

「わかった。では夜に備えて今から寝ておくとする。また明日にでも来る。」

「おれもそうする。その前に大臣にも報告しておく。」

 二人が立ち上がって図書館を出て行く。残されたマギーが魔術書を開く。もしかしたらこれを使わないといけないかもしれない。そうなると私の一存で公表することになるかもしれない。ケルテンならどうするかしら?聞いてみたいと思ったが今ここにケルテンはいない。

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 城の廊下に二人の足音が響く。

「しかしまあ、あの何か考えている時の顔は美しい。俺の知っている女の中でも一、二を争う。」

「しばらく黙って聞いていると思ったら、お前そんなこと考えていたのか?」

「ああ、美しいものを美しいと言う、俺の性だ。」

 シュミットがサイモンを相手に茶化す。

「駄目だぞ。手を出すのは俺が許さん。」

「分かっている。人の女を奪うようなまねはしない。それとあれを怒らせるのは得策ではない。」

「そうだな、じゃあ俺はこっちだから。十時に鎧の場所に集合だ。」

「了解した。」

 二人が二手に別れた。十時まで3時間、今夜の見張りは特に眠くなりそうだ。そうならない様にしっかり眠っておこう。サイモンはそう思った。


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