栗城史多×安藤美冬 【第1回】 「ぼくはニート出身ですから」ソーシャルメディアで情報発信を続ける登山家はどうやって人の心を動かすのか

2012年08月26日(日) 安藤 美冬
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安藤: 栗城さんの本の担当編集者も気づいてました。「僕」っていうのは、栗城史多という一人の30歳の男性として言っているんですよ。ところがもう一つ、「登山家・栗城史多」という人格があって、それが出てくるときの一人称は「栗城」になる。

栗城: なんかカウンセリングみたいになってきた(笑)。多重人格のようなものかなあ。

安藤: いや、そういう感じじゃないんです。「僕」も「栗城」も、とてもナチュラルにやっていますよ。きっと、自分の中ではすごく自然に切り替えているのではないでしょうか、無意識のレベルで。

 山頂に立ったとき、「僕」はきっとすぐに泣きたいんですね。ところが「栗城」は「ちょっと待って」と言って、三脚を立ててカメラをセッティングして、撮影を始めてから泣く。

栗城: ハハハハ。なるほどねえ。

安藤: 今になってわかったんですか? 頻繁に使い分けてますよ。

栗城: 確かにそうかもしれないけど、考えてやっているわけではまったくないんです。僕の人生って、ニートになったのも登山家になったのも、本当にたまたまの連続なんで、だからそういう使い分けがごく自然にできているのかもしれません。

 いやぁ、今日はこれまでまったく気づかなかった自分のことがわかって、やっぱりこの対談に来てよかったと思いました(笑)。

〈次回に続く〉

 

栗城史多(くりき・のぶかず)
1982年北海道生まれ。大学山岳部に入部してから登山を始め、大学3年のとき、単独で北米最高峰のマッキンリーを登る。その後、6大陸の最高峰に登頂。2007年以降はヒマラヤの8000m峰に挑戦している。07年、自らの登山の動画配信をスタート。09年から「冒険の共有」としてのインターネット生中継登山を始め、同年ダウラギリ(8167m)の単独・無酸素登頂と6500m地点からのインターネット中継に成功。世界最高峰エベレスト(8848m)には登山隊の多い春ではなく、気象条件の厳しい秋に単独・無酸素で挑戦している。12年秋にもエベレストに単独・無酸素で挑戦する予定。
安藤美冬(あんどう・みふゆ)
株式会社spree代表取締役/フリーランス。1980年生まれ、東京育ち。慶応義塾大学卒業後、(株)集英社にてファッション誌の広告営業と書籍単行本の宣伝業務を積み、2008年には社長賞を受賞。2011年1月独立。
ソーシャルメディアでの発信とセルフブランディングを駆使し、一切の営業活動をすることなく、複数の肩書で複数の仕事をする独自のノマドワークスタイルが注目を浴び、MBS-TBS系列『情熱大陸』、朝日新聞などのメディアで多数取り上げられる。またNHK『ニッポンのジレンマ』、TBS『田村総研』にも30代の若手論客として出演。日本初のセルフブランディングをテーマにした「自分をつくる学校」学長を手がけるほか、書籍やイベントの企画•プロデュース、野村不動産、リクルート、東京ガスなど企業が参画する「ポスト団塊ジュニアプロジェクト」のアドバイザーも務めるなど、企業や分野を超えて活動中。
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